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「やまとひめ」と近代中国

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やまとひめ

と近代中国

遊 佐 徹 上掲 の図は、清朝末期 の上海で発行 され ていた 日刊紙 『警鐘 日報』 の光緒 甲辰 正月廿 二 日号 、す なわ ち 1904年 3月 8日号の凶説欄 に載せ られ た政治漫画であ る. 図 中の小 さく 描 かれ た中国 (支那)人 、朝鮮人 を見下ろす 2名 の女性 が 、それ ぞれ 日本 とイ ギ リスの鶴 意であった こ とは、本 図に付 され た以下の よ うなキャプ シ ョンか ら判 るo O這個図、我イ門中国周 朝鮮算 是小核子 、英国 日本是保 母的様 子、是 日英 同盟後 、 日本人画 的。 血在新 聞紙上 、又画在 各種器 物上、又画在女子的腰 帯上 、在 日本 是狼栄耀的事。 如 今又算為保護 朝鮮保碓 我満 洲 、又把俄 国打勝 、巽莫可算 尽保母 的責任 了。但我m 中国就 甘心 同朝鮮 一様倣小核子麿C 要知道小核子是投有什磨権利 的 、克甘心譲 吉亥 [該譲の誤植 か- 遊佐 ]他 L FlE磨。 この図- 我 々中国 と朝鮮 は子供 であ る らしく、イ ギ リス と 日本 はその保母 の様子 で ある - は、 日英同盟締 結後 に 日本人 が描いた もので 、新 聞紙上 に載 り、また様 々な 道具に も、女性 の着物 の 帯に も描 くな ど して、その ことを 日本にお いては大変 な栄誉 ー 2 5

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-と していたOそれ が今 日、E l本 は朝鮮 を保護 し、我 が満 洲 を保護 す る存在 と見な され 、 また ロシアに打ち勝 った ことで、ついに本 当の意 味 において保母 の責任 を果 たす こと にな ったのである。 しか し我 が中国 が、朝鮮 と同様 子供の地位 に甘ん じてい られ よ う か。 も し子供 にはなん らの権利 もない とい うことが判 るので あれ ば、 このまま彼 等 に 権利 を譲 り渡 して置 く状 況に甘ん じてい るべ きで あ ろ うか 1。 す なわち、2人の女性 は、 日英同盟 を象徴するもので、それが東ア ジアにおいて持つ意 味 を当時戦端 が開かれ て間 もない 日露戦争 との関係 において ながめ直す こ とを読者 に求 め た図 であ る、 とい うのであ る。 果 た して『警錬 日報』の意 図 が読者 に伝 わったか ど うかについての判 断 はひ とまず置 き、 この政治漫画のデザイ ンそ の ものに注 目 してみ よ う。 2人の女性 の奥側 が 日本 人の、手前側 がイ ギ リス人の象徴 であ るこ とは、疑いの余地 の ない ところであ ろ うが、なぜ 2人 とも武 装 (矛 、盾 を持 し、兜 を被 る) して描 かれ る必要 があったのだ ろ うか。 その姿 は、 キャプ シ ョンにい う 「保母」像 とは あま りに も懸 け離れ た ものでは ないだ ろ うか。 そ もそ も、なぜ 女性 の姿を用 いて ロ英 同盟 とそれ が東 ア ジアに もた らす影 響 を描 き表 わす必 要が あ ったのだ ろ うか。

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『警鐘 日報』 は、光緒 二十 九年十月七 日 (1903年 12月 15日)に対俄 同志会- ロシ アの中国東 北部侵入 に危機感 を抱 いた察 元倍等 が上海 に設 立 した組織- が上海 で創 刊 し た機 関紙 『俄 事警聞』 の後継紙 であ る。 光緒二十九年十二月 (1904年 2月)の 日露戦争 の勃発 に よ って対俄 同志 会が争存会 に改組 され たの を機 に 『俄碍管聞』 も 『警鐘 日報』 に 改名 す るこ とにな ったの であ るが、通俗 性 を 旨 と した両紙 は、時叩状 況、政治状況の解説 に漫画 の掲載 を一貫 して虎視 し続 けた。 その総数 は、両紙合 わせ て 54幅 に上 るとい う 20 例 えば、『俄事警聞』の創 刊号に載せ られ た 「瓜分 中国凶」はその代表的 な もので 、稚拙 な出来映 えではあ るが、 中国の分割 支配 を 目論む列強 諸国 を動物等 (熊 で ロシア を、犬 で イ ギ リスを、蛙 で フランスを、蛇 で ドイ ツを

鳥でア メ リカをそれぞれ表 わ し、 日本 だけ は太陽 を もって表わ してい る) で擬 え、添え られ た長 文の キャプ シ ョンとともに中国 が身 を催いてい る国際政治状 況、 中国人が共有、訟織すべ き危機感 を判 りやす く読者 に指 し示 す機能 を果 た してい る 3。 ところで 、 この 「瓜分 中国図」 は、それ に付 され た キャプ シ ョンで も言及 され てい る通 り 『俄 串瞥

』 オ リジナル の作 品ではない 40我 々 日本 人 も世界史の教科 さや参 考図説等 で一度 は 目に した こ とが あるであろ ういわゆる 「時局 凶」 を下敷 きに描 かれた 5もの なの であ った。 「瓜分 中国図 」が与 える稚拙 な印象 には二番 煎 じとい う理 由があったので あ る。

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図 2 「瓜分 中国図」 図

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「時局図」 T槻掛 こ当た っての こ う した既成作 品の借 用 ( 実は、『俄 事幣聞』にお け る漫iJAJJ 悪 くい えば 盗用) は、 これ に限 った こ とではな く、 さらに 『替線 日報』 で もよく用 い られ た手法 であ った 60 1節 で取 り上げた 日英 同盟 の舶音 uhJJにも、キャプ シ ョンに r日本 人画的」とある通 り、基づ く作 品を指摘す るこ とがで きる。それ は、明治三十 五年 (1902年)二月十八 日の 『時事新報』 に掲赦 され た北 沢楽天の手にな る 「日英 同盟- ブ リタニア とや ま とひ め一 一 」 と越 され た挿絵 であ る 7。 盟 6;1 共 日 ^ ひ ご ± + t: 丁 王乙

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図 4「日英 同盟- プ リタニア とや ま とひめ」 - 27

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我が国の近代 漫画 史上 において特解 され る地位 をもって語 られ るこ との多い北沢楽 天 8 が、 この挿絵 を描 くに至 った経緯 、そ して締結成 って間 もない 日英 同盟

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日発効) を この よ うなデザイ ンに よって描 き成す こ とになった理 由や そのデザイ ンの 由来 等 について は、す でに佐藤 み ち こ氏 「日英 博覧会 とその表象~ ブ リタニア と 「や ま とひめ」 ~」(『芸術学研 究』第 2号

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年)、菅野洋人氏 「新 聞付録 《や ま とひ め とブ リタニア》 について」 (『郡山市 I l'/_美術館研 究紀要』 第 3号

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年) とい う先行研 究があ り、基本 的 な情報 を提供 して くれ て い る。本節で は、それ らを一部修正 しなが ら利用 しつつ、新 し く得 た知見 も加 えて 、「ブ リタニア とや ま とひめ」図 を中国近代 との関係 において捉 え直す ための視座 を設 定す るこ とに したい。 当時、『時蒋新 報』 の 日曜版 付録 で あ る 「時事浸画 」 の主筆 の地位 にあった北沢楽 天が 「日英 同盟- ブ リタニア とや ま とひめ- 」 を播いた理 由、背景 は 、菅野氏 も引 く該図 を掲載 した 『時事新報』の次の よ うな 2篇 の文章 (前者 は、挿絵掲 載 当 日の もの、後者 は、 その約 4カ月後 の 6月 26日に同紙 が石版

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州 ヒした- 楽天 は、好評 を博 した該図 を油絵 に描 き直 し、それ を も とに石版画 が制作 され た- それ を頒布す るに 当た っての告知 文で あ る) に よ っておおむね知 る ことができ る。

『時碑新 報』 明治三十 五年二 月十八 日 や ま とひ め 欧米各国 には 自らに して英国 を代表す る画像 と名称 あ り。画 工等 の皆常に用ふ る所 に し て、比に図 した るブ リタニアの如 き現 に其一例 な り。 男子の形 を用 ひては英 の ジ ョン ・ ブル 、米 のア ンクル ・サ ム、皆人 の熟知せ る所 な らん。我邦 には未 だ斯 くの如 き俗 なき を以て、従 て国体 を代 表 して遺憾 なき画像 あるを見ず。外国の画工その漫画 に往 々 日本 国を代表す る人体 を描 写 した る ことな きにあ らざるも、多 くは如何 は しき形相 に して取 るに足 らず。 要す るに彼等 が我国風 に通ぜ ざるの致す所 な り。 比に描 き出 した る 「や ま とひ め」亦固 よ り完全 な りと称す るにあ らざれ ども、叫の先縦 を有せ ざることとて我社 の画工が稗や苦心 を費や した る所 、略 ぼ国体 を代表せ しめ得 て遺憾 な きに近か らん とす。 本紙 は今 後人体 を用 ひ て 日本 国を表 は さん とす るこ とあ る場合 に於 て、常 に此画像 を用 ひ、且つ呼ぶ に 「や ま とひ め」の名 を以てせ ん と欲 す るもの な り。 - 句読は遊佐 によ る。 以下同 じ。 ○ 『時事 新 報』 明治三十 五年 六月二十也 日 英皇 戴冠式奉祝 大画附録 英 国皇帝 皇后 両陛下の戴冠式 は愈 々本 月廿 六 日を以 て挙行せ らるべ し。 時事新報 は遥 に 同盟 国の盛典 を祝 せ ん が為 め 当 日の紙 上 に両陛 下の御 肖像 を掲 げ て其 万歳 を祝 し) 5・る の外 、更 に高尚優美 な る本紙 一面大 の画附録 を発刊 して、謹 んで万里 同慶 の微 意 を表せ ん とすo u如ま本社 の新 意 匠に成れ るものに して、越 して や ま とひ め とブ リタニヤ と

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いふ。即 ちブ リタニヤは英吉利 の祖 国 を代表す る雄偉 温雅 の女性 に して、 「や ま とひ め」 は我 日本 を代表す る秀麗 高潔 の女性 な り。 両女性 互 に手 を把 り相 等- てな らび行 く処 、 歩 々瑞雲 を生 じて和気天地 に満 つ。 蓋 し東洋 の平和 を保 維扶植 す るの意 を視示 した るも のな り。 此図は今 日の創 意 にあ らず。 乗 に El英協約 の発 表せ らるるや 、直 に時事新 報の 挿画 として掲 げた るに、大 に世間の好評 を博 し、特 に本社 に照会 して、織物時計扇 面及 び其他 の装飾模様 に転用せ ん こ とを乞ひ しもの少 なか らず。然れ ども 日々刊行 の挿画 は 概ね咽嵯勿 卒の間に落Tr・す るの常 に して、必ず しも掃滅 の妙 を主 とす る者 にあ らず。 是 に於 て本社 の画家北沢保 次氏は、経常惨傍之 を油跡 こ大成 し、更に之 を精巧美麗 な る着 色十余度槽 の石版 に附 し、改 めて今回 の附録 となせ る ものなれ ば、其筆致 の穏健 と配 色 の絢欄 とは必ず観者 の眉 目を清むべ きは勿論 、永 く同盟 国盛 典の紀念 と して壁 間欣賓 の 料 に充つ るを得べ し。該 痢附録 は 当 日以後 引続 きて月極 めの講読 をなす者 に限 り無代進 呈 し、其他 は本紙 とも一部十銭 を 申受 くべ し。 これ ら2篇 の文章か らは、以下の よ うな ことが判 るであろ う。 ① 「や ま とひ め」は、 当時欧 米各国において普遍的に存在 していた国家の寓意像 の 日本版 (「人体 を用 いて 日本国 を表 はJす画像) と して、新たに創 作 された女神像 である。 ②従 って、 「や ま とひめ」は時事新 報社のオ リジナル のデザイ ン (「新意匠」)で ある。 ③ 「や ま とひ め」は、 日本 がイ ギ リス と対等 の関係 に立 った (日英 同盟)象徴 であるのみ な らず 、「東洋 の平和 を保維 扶植 す るの意」とい う文言 に示 され てい るよ うに、イ ギ リス と 手 を結んだ 日本の東 アジアにお け るプ レゼ ンスの象徴 、宣言 で あ った0 先 に示 した 『警鐘 日報』 におけ るその槻磯は、 もちろん 「や ま とひ め」 が有す る③ の性 格 に強 く反応 した もので あ った訳 であるが、その点につい て さらな る分析 、検討 を加 え る 前 に、① と② について も新 た に接待 した惰 軸に も拠 りなが らも う少 しコメ ン トを加 えて置 くことに しよ う。 まず、① について。 ジ ョン ・ブル 、アンクル ・サ ム、ブ リタニア・-・・といった人物 (『時等 新報』の用語で い えば 「人体」)のみ な らず 、動 物 (先 に取 り上げた 『時局tg]』がその好例 )や植 物 に よって 国家 を表象す る手法 は、 ヨー ロッパ にお いて育まれ た政治 文化 で あ る 9。 明治 以降の 日本 も、様 々な西洋文化 とともにそ うした国家 とい う抽象概念 を視 覚化す るイ コノ ロジー の伝 統 を我が もの と して ゆ くことにな ったのだが、 この北沢楽天 の挿絵 に関 しては、 さらにブ リタニアに見合 う存在 と して 「や ま とひ め」が産み 出 され た とい う点に奄 要 な意味 を読み 取 る必要があ るはず であ るQ それ は、 当時 のイギ リス人達 がブ リタニ アに担わせ た象徴 的 - 29

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-意味 を理解 す ることに よっておのず と明 らかになることだ ろ う。 若桑み ど り氏が端的 に、 また飯 倉換氏 が詳細 に論 じてい るよ うに、元来、 ローマ帝 国の 属州 の表象 、す なわ ち被支配 の表象 であ った ブ リタニアは、近代 にお いてイ ギ リスの政治 的統一が進 み、また海外 - の進 出が活発化す るとその性格 を大 き く変 え、世界支配 の表象 、 大英帝国の シンボル- と転化 す るこ とにな った。 ブ リタニアが鎧 兜 を身に纏 い、 トライデ ン トをア トリビュー トとす るのは近代イ ギ リスが海洋等事 国家化 した ことの証 しであ ると いっ 10 。 日清戦争 での勝利 を経 て海 外 に植 民地 を獲得 し、や は り海洋軍事 国家-の道 を歩み だ し た明治 日本 が、ブ リタニ アに匹敵す る武 張 した女性像 で描 かれた国家表象 を必要 と した理 由は ここに ある。 ところで 、佐藤 氏、若桑 氏 がす で に指摘 してい るよ うに、明治 日本 には、楽天の 「や ま とひめ」に先立 って複数 の女性像 を利 用 した国家表象 が存在 した 11。 それ は、天照大神 と 神 功皇后で ある。 明治 日本 にお け る彼 女等の国家表象化 の理 由、背景 とその実際 につ いて は、著桑氏 の論考 を始 め とす る専論 12に委 ね ることにす るが 、前節 に引いた文章の内容 か ら して も、 また、楽天 の画業 か ら判 断 して も、北沢楽天 -時事新 報社 が意識的に彼女等 と 異 なる新 た な国家表象 と して 「や ま とひ め」 を創 作 した と考 えて差 し支 えないだ ろ う。 なお 、 これ もす でに指摘 されてい る (揺 藤 氏)こ とで あ るが 、普通 、辞典や事典 で 「や ま とひめ」を検 索す る と垂仁天日の皇女 に し てかの 日本 式尊 の叔母 、伊 勢神宮の創建 者た る 「倭 比売命 (倭 姫命)」 にゆき当た る。 こ の 「倭 比売命 」も、日本 武尊 の東征 に際 し天 凝雲剣 を授 けて い るの で武装女 性 をイ メー ジさせ る要素 を持つ が、楽天の 「や ま とひめ」 との関係 は よくわか らない。和製武装女性表 象 の創 作 に当た って 、も し楽天が 「倭 比売命」 を強 く意識 して いたので あれ ば、所持 させ る 武器 は天 草雲剣 で あ って もよ さそ うな もの であ るが 、実際 は本来ブ リタニアのア トリビ ュー トで あ るべ き トライ デ ン トの よ うな武 器 にな ってい る。ただそ の後 に石版画化 され 時事新報社 よ り頒布 され たバー ジ ョンでは、 「や ま とひ め」の武器 は 「八尋矛」に改 め ら れ てお り 13、そ こに景行天皇が 日本 武尊の 東征 に 当た って 「八軸矛 」を与えた故事 の存 在 を読み 取 るのであれ ば、い ささか遠 凶 りで はあ るけれ ども楽天 の 「や ま とひめ」に 「倭 比売命 」の影響 を透 か し見 ることがで きるか も しれ ない。 図 5 「や ま とひめ とブ リタニア」

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この 「倭 比売命」 と 「や ま とひ め」の関係 は興味深 いテーマではあ るが、前者 が後者 の 誕生に与 えた影響 については残念 なが ら現段階で これ 以上言及す るだ けの資料 を持 ち合 わ せていない。 しか し、「や ま とひめ」の創 出が従来の 「倭 比元命」のイ メー ジに影響 を与 え る結果 をもた ら した こ とは事実 と して指摘す るこ とがで きる。 それ は、例 えば明治 四十二 午 (1909年) に詠 われ た高 田桝安 の 「や ま と姫」 と題す る以下の よ うな歌か らも判 る。 三大州 の東洋 に 立たせ給- るや ま と姫 青海原 を御 裳 と し 音天上 に若 し給ふ 水底深 く堅岩 を 御 足 の台 と踏み在せ ば 願も風狂潤迫 る とも 太 平基 抱が じな 三千年 の古昔 よ り 我現時代 を連 ねた る 一系の君 と独 立の 民は世界 に類例 な し 皇御意は民 に活 き 民の命 は量 に住み 義気溢 る ゝ御 姿勢 栄光優れ Lや ま と姫 共御 首に照 る鈍 御胸 に玉璽腰 に

足ぞ皇祖 の御垂 訓 智仁 勇 をぞ伝 ふ な る 万象 明かす智の鏡 仁 慈 を盟ふ玉璽 清 き武勇 は草薙の 剣 と与 に備 - あ り ・(後略) ・ ・・14 ここに詠 まれ る や ま と姫 」は明 らかに皇統 に連 な り天准 雲剣 (草薙 の剣) を持す存在 であ りなが ら、海洋

事 「 国家 の表象 と して もイメー ジ され てい る。 次 に② につ いて。 「大いに世 間の好評 を博 し---織物時計扇 面及 び其他 の装飾模様 に転用 」 され た と 「日 英 同盟- ブ リタニア とや ま とひめ- 」の人気 を・#語 した 『時事新報』 の告知文の実際 は、 タバ コのパ ッケー ジや西 陣織 の羽織宴地のそれ を用い たデザイ ンの存在 に よって確認 でき (菅野氏)、また、『警鐘 E]報』 の 「画在各将器物上、又画在女子的腰 帯上 (様 々な道 具に も、女性 の着物 の帯に も描 く)」に よって傍 証 を得 る こ とにな るだろ うが、一方 で、時 事新報杜 が図像の産みの親 と してのプ ライオ リテ ィー を維 持 しよ うと努力 し続 けた こ とも 確かであ る。「プ リタニア とや ま とひ め」の石版画化 (石版 画化 され た時 には タイ トル は 「や ま とひめ とブ リタニヤ」 に変 更 され た) はその意志のひ とつの現 われ で あろ う。 この意志 は 、やがて さらに よ り本 質的意味でのオ リジナ リテ ィーの ]-_張 と管理 とい う方 向性 を取 って現 われ ることに な る。す なわち、外来、既成 のデザイ ンで あ る 「プ リタニア」 に対 し、新創 出の 「や ま とひ め」 を独 立 させ て扱 うとい う判断 を時事新報社 が下 したので あ る. 以下に引 く文章は、 日露戦争勃発後初 めての新年 を迎 え るに当たっての告知文で あ る。 - 3 1

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-○ 『時事新 報』 明治三十七年 十 二月二十 七 日 「来年一月- E]の時事新 報Ab一附録」 歳 は戦争 に暮れ て又戦争 に明 けん とす。例年 一月一 日を以て本紙 一 面大の画附録 を添へ 其都度 内外 の欣 賞 を博 し来れ る時事新 報は、比際庇 も斬新雄抜 な る意匠 を以て有為壮烈 なる新年 の年頭 を飾 らん ことに注意 し、壮年洋痢家 中特 に俊 才の 日あ る本社の画家渡部 審也氏 に属 して月桂 冠 と題す る新画 を作製 し、之 を着色十度 槽の石版 に附 して来年 一月 の附録 となす に決 した り。 画の結構 は 、眉 目端麗 に して威 容 あ り敬すべ く して放 るべか らざる女性 「や ま と姫 」が手 に八尋の矛 を執 って立つ処 、醜 の黒熊 その轍 の下に雌伏 し て爪牙皆折 、赫 灼た る曙 光姫 の身辺 よ り発 して、 うす 紫の祥罵宇宙 を龍 め、努架 と して 遥 空天楽 の起 るあた り、天使 一束 の雲 を駆 りて誉れ あ る月桂 冠 を携 -つつ姫 を望 んで 再 々降 り来た らん とす。 我 国民の大精神 と大抱負 とを親 し得 て殆 ど遺憾 なか るべ く、落 筆の猶勤 に して軟岩 な る、配色の雄隈 に して荘厳 な る、亦能 く題 意 と相換発 して観 爽の 気人 に迫 り、観 音 を して覚 えず快哉 を三呼せ しむ るものあ らん。 此附録 は

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箇月以上の 購読者 に限 りて無代進 呈 し、其余 は 当 日の時事新 報一 部 と共 に金 十五銭 を申受 く。 「や ま とひめ」 は、今度 は渡部審也 とい う画家の手に よって単独 像 に描 かれ頒布 され る ことにな った 15ので ある。 画 中にお いて 「八尋 の矛 」 の石 突 き (「轍」)の もとに調伏 され る淑熊 とは、 もちろん宿 敵 ロシアを意味 してい る。興 味深 いのは、「天使 」 と 「月桂 冠」の存在 で、 日本 の勝利 を予 祝す るアイ テムが西洋文化 に由来す るもの達 であ るところに、 当時の 日本 の言論界、 ジャ ーナ リズム にお け る 日露戦争 の位 置付 けの一端 を垣間見 る ことがで きるだ ろ うO この石版 画の タイ トル 自体 も 「月桂冠 」 と名付 け られ た 16ので あ る。 . i 緑 Yi この段階 に至 って、「や ま とひめ」には 、「 リタニア」 の存在 を前提 と しない 自立の道が 用意 され た といえ るであ ろ う。

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時事新 報社 が新 た に渡部審也 に委嘱 して 「や ま とひめ」 のオ リジナ リテ ィー を確保 、 主張 しよ うと努 めたのに対 し、そ もそ もの産 み の親 と も称 す べ き北 沢楽 天 が それ を主張 す ることはまた 当然 の こ とであった。左 の図 は、楽天が 『時事新報』の 「時事漫 画」で 「や ま とひめ」 を描 いた例 である。やは りロシア の寓意で あ る熊 を 「や ま とひめ」ひ とりで駆

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か 7。 逐 してい る図柄 であ る 1 以上の事例 か ら判断す る と、「や ま とひめ」 は、少 な くとも 口蕗搬争 当時 には新 しい E]本 の軒昔像、女性 国家 表象へ とその地位 を確立 しつつ あ った とい え るだ ろ うO

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図 6 「時事渡画」 のや ま とひ め

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さて、本題 である。 これ まで進 めて きた検討 に よって、子供 の姿に描 かれ た 中国 と朝鮮 を 「保母」 と してな がめ遣 る女性 が、なぜ武装 してい なけれ ばな らなか ったのかの理 由は判明 した。 しか しな が ら、中国人 によって 「保 母 」 と紹介 され た女性像 が、決 して 「保母 」ではなか った こと も明 らかにな った。ここで改 めて、「日英 同盟- ブ リタニア とや ま とひ め」を転載 した 『暫 純 E l報』-中国人 が 「や ま とひ め (とブ リタニア)」をなぜ 「保 母」に見 な したのか とい う 疑問が生 じるこ とにな るだ ろ う。 この疑問 を解 く手掛 か りは、1 9世紀末 よ り 20世紀初頭 における 日本の時事漫画が朝鮮 を どの よ うに描 き、それ が 日本人 の対朝鮮 、アジア認識や その後 の 日本 の近代 の歩み に ど の よ うな影響 を及 ぼす こ とになったのかを研 究 した韓相- 、韓稗 善 (神 谷丹路訳)『漫画Jに 描 かれ た 日本 帝国 「韓 国併 合」 とアジア組織』 (明石貴店 2010年 東京 )に よって得 られ るか も しれ ない。 該智 を通覧す る と、 日本 が 、 「脱 亜入欧 」の ス ロー ガ ンを掲 げ、近 隣 ア ジア諸国 との関 係 を文明- 野蛮の価値基 準 によって捉 え直 し、や がて支配 の対象 と見な して ゆ く過程 に お いて、新 聞紙 面 を賑わせ た時事 漫画のなかで朝鮮 を しば しば、か弱 い動物 (「鶏」)、従順 な女性 、無分別 の子供 に描 いていた ことが判 る。 「日英同盟- ブ リタニア とや ま とひ め」 は、その朝鮮 と清 を他者 の指導 、庇護 を受 け るべき存在 い う意味で同 じ次元に置 くこ とを 宣言 した ものであ った (日清 戦争期では、子供の朝鮮 を奪 い合 う、つま り支配権 を争 う図 柄 で 日本 と清 は描 かれ ていた)。『幣錦 日報』 が該図 を転載 した最大 の理 由は、そ うした現 状 の認識 を同胞 に迫 るた めの もので あった とい えるだ ろ う。2年前 に 『時事新報』 に倣 っ た 日英同盟の締結 を祝 う挿絵 をニ ュー スバ リュー的には全 く意味 がないに もかかわ らず紙 面刷新後間 もない 『緊線 日報』 にわ ざわ ざ転載 した理 由はそれ以外 には見出 し難 い。 ま し てや 、 日本人 が新た に創 出 した女性 国家表象 な ど中国人達 に とっては何 等 関心 を寄せ るべ き存在 ではなか った こ とだ ろ う。 この よ うに 「や ま とひ め (とプ リタニア)」は、元来の 日本人の製作意図 を間引きす るか たちで中国人達 に受 け取 られ た こ とが明 らかになったが、 さらに視 点 を変 えることで、別 個の該図 と近代 中国 との関係 の存在 を読み取 るこ とがで き るだ ろ うO そ の作業 は、該 図 に も う 1枚 の図 を加 えて検討す ることで可能 となる。その図 とは、先 に言及 した 「時局図」 同様 、や は り私達が世界史の教科番や 参考図説等で 目にす る機 会 の多い ドイツ皇帝 ヴィル -ル ム 2世のいわゆる 「黄禍 の図」 1 8であ る。 この 日清戦争 終結後 間 もない 1885年夏頃 に描 かれ 、複製が広 く欧米 の王室関係者 、政治指導者 に配 られ た とい う図の意味は、大天 使 ミカエル (キ リス ト教世界 の象徴)に率い られ た 7名 の女性 (ヨー ロッパ羊要文明国の 象徴) が画面奥 の黒煙 と炎の なかに浮 かび上が る龍 に乗 った仏像 (ア ジアの象徴) に警戒 のまなざ しを送 る構 図に よって、黄色 人称 の勃興 、勢力伸張 に対す る西洋 諸国の一致団結 、 対処の必要性 を訴 えた もの と解釈 され てい る 19。 もちろん一 目で判 るよ うに女性 達のなか にはプ リタニア も含 まれ てい る。 -33

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-図 7 「黄禍 の図」 この図 を念頭刺こ置 きなが ら 「日英 同盟- ブ リタニア とや ま とひめ」 をながめる と、ほ んの数年前 にはブ リタニ アや その他の ヨー ロ ッパ各国 を象徴す る女性 達 に警戒のまな ざ し を向け られ ていた 日本 が、一転 、ア ジア を離脱 し、ブ リタニア とともに中国 と朝鮮 を見下 ろす側 に立つ ことにな ってい る変化 が見 出 され るこ とにな るだ ろ う。 ともにながめ られ 、解釈 され る立場 に置 かれ ていた もの同士 が、た ちま ちの うちに新た な る見 る - 見 られ るの関係 、解釈す る - 解釈 され るの関係 のなかに分 立す る。 これ ら 女性 国家表 象 とまな ざ しに よって構成 され る 2枚の輔意図は、1 9世紀末か ら 20世紀初頭 にかけての アジアをめ ぐる国際 政治状況 の変化 を鋭 く描写 した ものだ ったのである。 「黄禍 の図」 は、早速 ヨー ロッパ にお いて 日本人の ながめ る ところ とな り、また 日本国 内- も紹介 され ることにな った 20とい うo つま り、 「黄禍 の図」 をあ らか じめ見知 った う えで 「日英 同盟- ブ リタニア とや ま とひめ」 をなが めることにな った 日本人 も実際 に存 在 した訳 で ある。彼等 が上述 の よ うな 「変化 」 を感慨 深 く感 じ取 り、理解 した可能性 は商 いのではな いだ ろ うか。 そ して、 この想像 は、中国人 に対 して も同様 の経験 を用意す る環 境 が、す なわち、「黄禍 の 図」を見知 るこ とので きる環境 が用意 され ていたかも しれ ない と い うも うひ とつの想像 をか き立て ることにな るが、 この点 については さらな る調査 を重ね るこ とに したい 21。 注

1

.

『幣鐘 日報』 については、中国国民党 中央委員会党 史史料編 纂委員会影 印 『中華 民国史 料叢編』 ( 1968年 台北)所収 の影 印版 を使用 した。 2.許′ト音 、采 蘇華 「拒俄 運動与渡画- 以 《俄都督 聞》、《瞥錨 日報》 為考察点

」(

『成 寧 学院 学報』2 010年 第 2期 )。 3.『俄事響聞』について も注 1と同様 の影印版 を使 用 した。

(11)

4. 「這-張図 、叫倣 瓜分 中国図、前年有一個 人従英 国新 聞紙上訳 出来的。」 とあ る。 5.図 3として掲げた通行の 「時局図」では、イギ リス を 「虎」 と して描 くが、『俄事警 聞』 のキャプシ ョンが示す よ うに謝鞭 泰が描 いたオ リジナル版 はイ ギ リスを 「狗」で表わ して いた よ うで あ る。 また 「時局図」 は中国にお ける最 も初期 の新 聞 ・雑誌 漫画 と して取 り上 げ られ ることが多い (畢克官 『中国恕画史話』等).本 図 の由来、中国- の紹介者お よびそ れ が もた ら した影響 について もい くつ もの研 究が ある。本稿 では、以下の論 文 を参照 した。 「時局図題詞」 (『近代 史資料』 第 1期 1954年)。 片寄みつ ぐ 「「北京夢枕」 と 「時局図」- El中の親刺 画交流」 (『楓刺 画研 究』第 6 号 1993年)0 黄大徳 「《時局全図》考」 (『老漫画』第 1輯 山東画報 出版社 1998年)0 王零紅 「有 閑 《時局図》的幾個 問題」 (『歴 史教学』2005年第 9期)。 6.注 2の研 究によれば、《俄事警聞》 と 《警鏑 日報》 に載 る全 54幅 の漫画の うち 日本 由 来の ものは 15幅 を占めるとい う。 7.『時節新報』 については、国会図番館蔵 マイ クロフィル ム版 を使用 した. 日本 での職 業漫L= 8.例 えば清水勲氏は、楽天 の ことを 「 u蛎家第一 号」 と称 してい る (同氏 『慢u5'が語 る明治』 [講談社 学術文庫 2005年 東京])0 9.飯 田線 『イ ギ リスの表象 ブ リタニア とジ ョン ・ブル を中心 と して』 (ミネル ヴァ諮房 2005年 京都 )序章 、イ ギ リスの国家表象。 10.若桑み ど り 『皇后の 肖像 昭憲皇太后 の表象 と女性 の国民化』 (筑摩 書房 2001年) 第 6章、皇后像 の神話化お よび飯 田氏前掲番第 3章、イギ リスのブ リタニア- 18世紀。 ll.佐藤 氏前掲論文 (3節参 照)、若桑氏前掲番第 6章。 12.両者につ いては若桑氏前掲番第 6章、特に神功皇后については さらに以下の研 究があ る。 リチャー ド・W・ア ンダー ソン (亀井好恵訳)「征韓論 と神 功皇后絵馬- 掠末 か ら明治初 期の西南 日本

」(

『列 島の文化史』 10 1996年)。 高寛敏 「神功 皇后物語の形成 と展開」 (『東 アジア研 究』第 38号 2003年)0 メラニー ・トレーデ 「近代 国家の象徴 と しての古代女神- 紙幣 にお け る 「神功皇后」 の表象 (「美術 に関す る調査研 究の助成」研 究報告)- (2005年度助成)」(『鹿 島美術財 団年 報』2005年)0 及川智早 「神 宮皇后伝 承 の近代 にお ける受容 と変容の諸相- 絵葉Il# ・引札 とい うメデ ィアを中心 に- 」 (『国文学研 究』第 148号 2006年)0 13.楽天は、石版の原画 となった油絵 の 「や ま とひめ とブ リタニ ア」 を描 いた あ とに、 さ らに水彩 で もそれ も描 いた (菅野 氏)が、水彩版 では再 び トライデ ン ト型 の武器 に描 き直 してい る。 14.高田桝安 『正吉一斑』 (南湖院 1 19 7年 なお、本 恕は国会図J.=館 の近代デ ジタル ラ7 イブ リー に よって閲覧 した)0 15.渡部審也 は当時の 日本 において トップ クラスの挿絵画家であ り、1901年の太平洋画 会の創 立 に参加 す る とともに、『時叩新報』、『中央新聞』等 の記事 、迎 範小 説 の挿絵 を担 当 した とい う(「特集 渡部審也 とい う画家 を知 っていますか

[

『西美 浪わが街』o31N,1 2 00 3 年 ])0 - 3 5

(12)

-16.「月桂 冠」は、川崎市市 民 ミュー ジア ム、大阪芸術 大学等 が所蔵す る0 17.「時事軸面」については、北沢楽天編 著 『時事 漫画』 (文化図雷 2001年 東京)第 1 巻 、明治簾 を使 用 した。 18.元来の表題 は 「ヨー ロ ッパ の諸国民 よ、汝 らの信仰 と祖 国の防衛 に加 われ !」 (文献 に よって多少 の異 同あ り)で あった とい う (飯倉 章 『イエ ロー ・ベ リル の神話 帝国 日本 と 「黄禍」の逆説』[彩流社 2004年 東 京]第 2章 、 ドイ ツ皇帝 ヴィル-ル ム 2世 と 「黄 禍」 の起源 ) 0 19.飯倉氏 前掲番第 3草 、 ヴィル -ル ム 2世の寓意 血再考。 20.飯倉氏前掲鞘 '第 4章、「黄禍 」 と新 日本- 日中の 「黄禍 」思想 -の対応。 21.調査 は、現在 までの ところ、キ リス ト教I f年会が上海 で創刊 した総合 冊子 『進歩雑 誌』 の第 7巻第 3号の巻頭 が 「徳 皇威廉第 二之図幽歴 史」 と して載せ るもの を指摘す るこ とが で きる レベ ルに止 ま る。 なお 、 「黄禍 の凶」 については 、魯迅 『黄禍』 ( 1933年 10月 20 日 『申報 ・自由談』 の ち 『准風 月談』所 収) に も言及 が あ る。 補注 :『 J新報』の 「 時Z t El英 同盟- プ リタニア とや ま とひ め」には 日本亡命 中の染啓超が 早速反応 し、「英 日同盟論 」 (『新 民遊報』第 2号 1902年 2月)に次の よ うな見解 を示 し てい る。 比約発布 後数 日、 日本 之 『時事新報』、絵 一画 凶 、為英 日両女神 之像 、倍輪持故 、而保 護 q r韓両棲童於其膝 下。 鳴呼 !君国人 見此図者 、当有如何 之感慨乎O我遂為英 日膝 下-#児以 自足平。 図版 出典 図 1:注 1に よる 図 2:注 3による 図 3:中国歴 史博物館編 『中国近代 史参考図録』 (上海 教育 出版社 1986年 上海) 図 4:注 7に よる 図 5:渡辺俊夫監修 『「自然 の美 ・生活 の美 ジ ョン ・ラスキンと近代 日本展」カ タログ』 (1997年 ) 図 6:注 17に よる 図 7:注 18飯倉氏著非掲 載 〔付記〕本稿 は、『岡 山大学文学部紀要』第 55号 に発 表 した同名編 文 に修 正 を加 えた もの である。

図 2 「 瓜分 中国図」 図 3 「 時局図 」 T槻掛 こ当た っての こ う した既成作 品の借 用 (実は、『俄 事幣聞』にお け る漫iJAJJ 悪 くい えば 盗用) は、 これ に限 った こ とではな く、 さらに 『替線 日報』 で もよく用 い られ た手法 であ った  6 0  1 節 で取 り上げた 日英 同盟 の舶音 u h JJ にも、キャプ シ ョンに  r日本 人画的」とある通 り、基づ く作 品を指摘す るこ とがで きる。それ は、明治三十 五年  ( 1 902 年)
図 7 「 黄禍 の図」 この図 を念頭 刺こ置 きなが ら 「日英 同盟- ブ リタニア とや ま とひめ」 をながめる と、ほ んの数年前 にはブ リタニ アや その他の ヨー ロ ッパ各国 を象徴す る女性 達 に警戒のまな ざ し を向け られ ていた 日本 が、一転 、ア ジア を離脱 し、ブ リタニア とともに中国 と朝鮮 を見下 ろす側 に立つ ことにな ってい る変化 が見 出 され るこ とにな るだ ろ う。 ともにながめ られ 、解釈 され る立場 に置 かれ ていた もの同士 が、た

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