大学教員NIの事例
著者
王 俊?, 小山 雄大, 窪田 香織, 鍾 秋怡, 張 未然
, 津川 千加子
雑誌名
東北人類学論壇
号
18
ページ
170-184
発行年
2019-03-31
URL
http://hdl.handle.net/10097/00126920
170 調査報告
現代日本における大学教員の還暦祝いの民族誌
―
T 大学教員 NI の事例
王俊旖・小山雄大・窪田香織・鍾秋怡・張未然・津川千加子
1. はじめに 本稿の目的は、T 大学大学院文学研究科・文学部文化人類学研究室主任教授 NI 先 生の還暦祝いを事例として、現代日本社会における大学教員の還暦祝いとはどのよ うなものかを明らかにすることである。 2018 年 5 月 4 日、NI 先生は還暦を迎えた。T 大学の文化人類学研究室では、NI 先生への日頃の感謝を込めて、研究助手のB 氏を中心に NI 先生の還暦祝いを開催 することが決定した。同年5 月 19 日、現在 T 大学文化人類学研究室に在籍してい る学生のみならず、T 大学文化人類学研究室の卒業生や NI 先生にゆかりのある人々 が集い、還暦祝いが開催された。 多くの職場において、60 歳は定年退職の年と位置付けられる。したがって、還暦 は退職と結びつけられ、還暦祝いは職業人生の大きな節目を象徴する儀礼となる。 しかし、現在多くの大学教員の定年は63 歳あるいは 65 歳となっており、還暦を過 ぎても、同じ職場で、また同じ立場で引き続き働くこととなる。そのため、還暦は 職業人生の節目とならない。にもかかわらず、還暦祝いが盛大に行われることがあ る。それはなぜなのか。 また、文化人類学を学ぶ上で「通過儀礼」は避けて通れないテーマである。T 大 学文化人類学研究室に在籍する学生ならびに卒業生は、大学の授業や自主的な勉強 を通して、通過儀礼に関する基礎的な知識を習得している。そのような知識を持つ 彼らは、NI 先生の還暦祝いを通過儀礼として捉えているのだろうか、また通過儀礼 の知識を持つ人々の企画する還暦祝いとはどのようなものなのだろうか。 このような問題意識から、本稿では、NI 先生の還暦祝いがどのような人々からどの ように祝われるのか、そしてそれらがどのような意味を持つのかを、2018 年 5 月 19 日171 に開催された還暦祝いの参与観察と参加者への聞き取り調査を通して得られたデー タを用いて民族誌的に記述し、文化人類学的に考察する。 2. 調査地と調査対象の概況 1958 年宮城県生まれの NI 先生は、「人間の全てを知りたいと思い、高校時代に 今の専門に憧れた」(東北大学大学院文学研究科・文学部 n.d.)と言った。NI 先生は 1982 年に T 大学文学部を卒業した後、さらに 1991 年米国 M 大学大学院博士課程 を修了し、翌年に博士号を取得した。その後、1991 年 4 月に T 大学文学部講師に 着任し、助教授を経て、2004 年 4 月より現在まで教授を務めてきた。NI 先生は、 台湾を中心とした東アジア研究を行っており、1986~1989 年まで訪問学員として、 台湾で3 年間生活を送りながら、フィールドワークをしていた。また日本での生活 を通して、NI 先生は夫婦別姓、セクハラや DV の被害者支援、障害者の自立生活運 動、定住外国人のサポート等、様々な社会運動に関わってきた。 NI 先生が勤めている T 大学は、1907 年に創立された宮城県 S 市にある国立大学 である。T 大学文学部では、学部 1 年生が全学教育科目を履修し、入門的授業を通 じて専門分野に触れる。そして学部2 年次に 25 専攻あるうちの 1 つから自分の専 攻を決め、研究室に所属して本格的に研究を進めていく。 NI 先生が所属している文化人類学研究室は 1993 年 4 月に独立専攻として設立さ れた。私たちが調査を行った当時(2018 年 5 月)、T 大学文化人類学研究室の所属 学生は学部生40 名、研究生 5 名、大学院生 16 名で、教員は NI 先生と A 先生の 2 名で構成されている。文化人類学研究室の研究助手は大学院博士課程3 年の B 氏が 務めている。 A 先生は 1998 年 T 大学文学部を卒業後、2007 年に T 大学文学研究科で博士学 位を取得し、K 博物館機関研究員を経て、2010 年より現職にある。A 先生は東アジ ア、特に中国における家族親族、宗教、移動について研究を行っている。 ここで事例として取り上げるのは、2018 年 5 月 19 日に行われた T 大学教授であ る NI 先生の還暦祝いの事例である。祝い場所の予約、出欠確認などの還暦祝いを 中心的に企画し担当したのはB 氏であった。
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3. 理論的背景
(1)通過儀礼 通過儀礼とは1 つの状態から他の状態へ、あるいは 1 つの世界から他の世界への 通過ないし移行に際して行われる儀礼である。ファン=へネップ(1995[1909])によ れば、通過儀礼を分離、過渡、統合の3 つの儀礼から成り立っている。分離の儀礼 は、個人がそれまであった状態からの分離を象徴する形で行われる。過渡儀礼は、 個人がもはやこれまでの状態でなく、また新たな状態でもない過渡的無限定な状態 にあることを示す。統合儀礼は、分離儀礼と過渡儀礼を経た個人が、新しい状態と なって社会へ迎え入れられる儀礼である(綾部 1977: 203,鈴木 2006: 130)。 その後、ターナー(1996[1969])は、ファン=へネップの過渡の概念を発展させ た。「過渡」の段階は、分離と統合の2 つの状態の中間点であり、どっちつかずの 境界状況である「リミナリティ」であるとし、そしてリミナリティの状況にある人々 同士の間で取り結ばれる関係を基本として成り立つ社会形態を「コミュニタス」と した(ターナー 1996[1969]: 126-129)。このコミュニタスにおいては身分秩序が逆 転され、権力関係が無化されて、混沌たる状態が生じる(ターナー 1996[1969]: 129)。 そして大塚は、このようなコミュニタスの状況は、社会や文化を考える基礎概念で あると述べた(大塚 1997: 118)。 人の一生には、誕生、成人、結婚、死などいくつかの節があるが、こうした人生 における節ないし節目は、個人が所属する集団内での身分の変化と新しい役割の獲 得を意味している。そのため、いかなる社会でも、人生の折目の通過に際して、そ の平安を保障する目的で、それに応じた一連の儀礼を行なっている。通過儀礼の中 心をなす人生儀礼のもつ意義は、第1 に個人がその属する社会において新しい地位 と役割をもったことを社会に公示することであり、第2 に、儀礼を経験する当人を して、新しい身分を認識させることである(綾部 1977:206)。なお、通過儀礼を狭 義の人生儀礼に限定するならば、この意味での通過儀礼は、不可逆的時間の概念に 基づくものということができる(綾部 1977: 207)。173 (2)還暦祝い 還暦とは数え年61 歳の呼称で、本卦がえりともいう(石井 2005: 187)。人の年齢 は干支のめぐりにしたがって 60 年ごとに区切られ、一巡し誕生年の干支に還る場 合に還暦を祝う。還暦祝いには、親戚や友人が祝宴を開き贈り物をするなど、全国 を通じておおむね同様な風習が見られる。また還暦祝いの際には、赤いちゃんちゃ んこを贈るのが慣例である。ちゃんちゃんことは、元来袖なし羽織を指す言葉で、 一般的に子どもが着る場合に用いる呼称である(日浅 1996)。日本における還暦の祝 いの中で赤色の頭巾とちゃんちゃんこを着用する風習は、干支が一巡して生まれ年 に戻ることから、生まれ直すという意味を持つという(小野 1996)。赤いちゃんちゃ んこを買った際に付属していた紙によると、赤色には魔よけという意味が含まれて いるという。本来還暦は長寿儀礼として祝われるが、高齢化の中で長生きをしたと いう意味での還暦のめでたさは相対的に薄れている(大里 2014: 149 )。むしろ、還 暦は引退としての節目というよりは、その後も続く長い人生の通過点の意味合いが 強いように思われる(石井 2005: 188)。近年、還暦を第二の人生の出発として祝う 「還暦式」と呼ばれる儀式が行われ始めた。2007 年に、長崎県佐世保市では合同還 暦式が行われ、約千人が集まって互いの「再出発」を祝った(朝日新聞 2007)。また 2008 年には、千葉県市川市の地方公共団体による主催された還暦式について、朝日 新聞は「市川市が「還暦式」―第 2 の人生 道案内 来月 26 日」をタイトルとする 記事を掲載した(朝日新聞 2008)。 ここでは、NI 先生の還暦祝いはどういう構造で、何が行われるかについて観察し、 日本の大学教員の還暦祝いとはどういう儀礼かを考察する。また、今回の事例が通 過儀礼のモデルに当てはまるかについても検討してみたい。
4. NI 先生の還暦祝い
(1)準備段階 NI 先生が 2018 年 5 月 4 日に還暦を迎えるにあたって、還暦祝いの開催について 考えはじめたのは、A 先生と B 氏だった。B 氏によれば、退官論集の作成とともに 昨年度から構想が始まっていたという。2018 年 2 月 1 日には、B 氏が SNS で NI 先生の還暦祝い祝いのために SNS のグループを作った。最終的には在学生や卒業174 生をはじめとする計95 名のメンバーがそれに参加した。この SNS グループの存在 も、NI 先生本人には祝いが終わるまで存在を伝えなかった。それは、還暦祝いをサ プライズで行うほうがNI 先生に喜んでもらえるだろうという意図によると B 氏は 言っていた。 2018 年 4 月 30 日に、祝いの時間・場所が公表された。これを決めたのは B 氏で あり、A 先生の助言も受けていたという。B 氏は後日のインタビューにおいて、こ の店を選ぶことになった経緯を説明した。まず、主催側が求める条件として、大人 数を収容できる広さと、特別な雰囲気を挙げた。以前、A 先生の前の教授として T 大学文化人類学研究室に勤めていたC 先生のための還暦祝いは居酒屋で行われてい たことを思い出して、B 氏は懇親会などで研究室が何度も使用している居酒屋を会 場にすることも考えたという。しかし、同年度のうちに同窓会で同じ店を使用する 可能性があることや、普段の雰囲気がぬぐえないという理由から取りやめた。その ような中で、NI 先生が SNS でしばしば自宅で洋食を作った様子を投稿しているこ とから、イタリア料理のT 店を検討し始めたという。卒業生が結婚式の二次会に使 用した際に雰囲気が良かったというA 先生の助言があり、この店が選ばれた。1 人 分の予算は5500 円であった。2018 年 5 月 7 日に、博士 1 年の D 氏と博士 2 年の E 氏がプレゼント係に任命され、プレゼントの購入にあたった。研究室にしまわれ ていたちゃんちゃんこの状態も確認し、この様子はSNS にも投稿された。B 氏によ ると、NI 先生にはこの祝いが還暦祝いであるとは伝えておらず、あくまで懇親会で あると伝えている。しかし、現在在籍するT 大学文化人類学研究室の生徒だけでな く、その卒業生までもこの懇親会に参加するという情報は、事前に NI 先生に伝え ていたという。 2018 年 5 月 19 日、つまり NI 先生の還暦祝いの当日に、意図して第 165 回の T 大学人類学談話会が開催された。この日の流れは、午後からT 大学において談話会 が行われ、その夜に懇親会及び NI 先生の還暦祝いが開催されたという。T 大学文 化人類学研究室のホームページによれば、T 大学人類学談話会とは、T 地区の人類 学研究を活発にしようと、T 大学文化人類学研究室初代教授の F 先生を含めた 5 人 の教授が発起人となり、1976 年より開催されている研究会である(東北大 文化人類 学研究室 2008)。1987 年からは日本文化人類学会の T 地区研究懇談会と承認され、 現在の開催頻度は年5 回前後となっている。
175 A 先生は談話会の司会を担当し、最初に談話会の趣旨を説明した。まず、A 先生 は「立派な先生の還暦・退官と言えば」というタイトルで、C 先生の還暦祝いの時 の様子から話を始め、そして現職の NI 先生の文化相対主義に関する見解を紹介し た。その中で、「文化人類学=相対主義的な思考を学ぶこと」、「それは文化人類 学の基本的な態度」などの言葉が出てきた。最後に、A 先生が生活(仕事)として・ 人類学者として・生活者としてという3 つの面から、「生活で、フィールドで向き 合う文化相対主義(と人類学)」の話をした。談話会の発表は2 部に分けられてお り、前半は「文化人類学と生きる」という主題を巡ったT 大学文化人類学研究室の 卒業生の5 人の発表であった。彼らは、文化人類学から学んだことをどのように仕 事に活かせるのかということについて、1 人 10 分程度で発表した。後半は在校生の 博士後期課程の4 人の発表とそれに対する質疑応答という形で進められ、彼らは自 身の研究を踏まえて、文化相対主義に関する個人的な見解を発表した。発表後、B 氏 が談話会の参加者に質疑応答の時間を設けた。参加者は基本的にはT 大学文化人類 学研究室の先生、卒業生、在校生と他の大学やT 大学の他の専攻の文化人類学に関 心を持っている人であった。最後に、NI 先生が今回の談話会についての感想を述べ た。そして2019 年は 25 年ぶりに T 大学で文化人類学の学会が開催されるというこ とで、談話会のような話は主催校企画で大きく宣伝し、卒業生たちにもぜひ参加し てほしいとNI 先生がコメントをした。その中で、5 年後の退官については、自分は 官僚じゃないから退官ではなくただの退職であるとNI 先生は言っていた。 談話会が終わってから、B 氏と修士 1 年の留学生の ZW、WJ、ZQ の 3 人が先にタ クシーで会場に行き、会場に着いてから、参加費の徴収などの準備や来場者の受付 を担当した。また、その間に修士2 年の H 氏はちゃんちゃんこを研究室から会場に 持って行った。 (2) 乾杯の挨拶から結びの挨拶まで 祝いはS 市の中心部にあるイタリア料理店 T で開催された。その店は普段から結 婚式の二次会など貸切でも使用されている。店の中には、イタリアの写真や地図な どが飾られ、ジャズ風のBGM が流れていた。料理はパーティーコースであり、飲 み放題とマイク2 本の貸し出しも含まれていた。料理には、フォカッチャ、前菜 8 種盛り合わせ、季節の温菜、魚介のトマトソースパスタ、パルミジャーノチーズの
176 リゾット、豚のロースト、ドルチェの盛合せなどがあった。式の進行役、会費の計 算、二次会の予約などの庶務はB 氏がついた。 祝いの受付は午後6 時から始まった。参加者は会場に着いてから、まず受付に参 加費を払い、乾杯用のドリンクを注文した。当日の参加者は68 人であった。NI 先 生は受付開始から約 30 分後に会場に着いた。彼の参加費は同窓会の会費から出さ れたとB 氏は言う。参加者が 9 割ぐらい来場した時点で、B 氏が皆に声をかけ、祝 いが始まった。始めに第1 期生の院生でもあった I 先生による挨拶があった。そし てJ 先生が「乾杯」の音頭をとり、NI 先生に「おめでとうございます」と言った。 その後、参加者はいくつかのグループに分かれて、談笑しながら食事を楽しんでい た。 開始から約30 分後、B 氏がまた声をかけ、皆の注目を集めた。そして在籍の学部 生のK 氏が NI 先生に赤いちゃんちゃんこと頭巾を渡した。そしてプレゼント係の D 氏が NI 先生にプレゼント(カフスとタイピン)を渡した。2 人が互いにお辞儀を した後、NI 先生はプレゼントを開けずにそのまま持って皆に見せた。その後、E 氏 がNI 先生に花束を渡した。 次は NI 先生による挨拶であった。その時、D 氏が代わりに花束とプレゼントを 持っていた。挨拶は「死」に関する話から始まった。NI 先生より 3 歳年上の T 大学 西洋史研究室のL 先生が、今年卒業式の日に亡くなったことに触れて、自分も 3 年 後に死ぬのかもしれない思っていると言った。平均寿命が延びた現在では、60 歳を 迎えてもまだまだ現役で働き、健康で若い人が多くなっているという背景がある中 で、60 歳まで生きている人もいれば、そこまで辿れつけない人もいると言った。ど の世代でも死亡率が同じだった昔から、世代ごとの死亡率が上がっていくようにな り、「その確率が、私もこれから少しずつ上がって行く」とNI 先生は笑いながら言 った。また、来年から年号が変わるため、61 歳で 3 つ目の年号を迎えることを楽し みにしているとも言った。その後NI 先生は、今年を入れてあと 6 年後の研究室創 立30 周年の時に、ちょうど定年を迎えると言った。定年後は A 先生に引き継いて いただくと言って、最後は「本日は本当にありがとうございます」とみんなに感謝 した。 最後にB 氏が NI 先生の持参した 2 本のワインを皆に紹介してから、NI 先生がそ のワインについて説明した。そのワインはNI 先生の生まれ年の 1958 年産のもので
177 あった。「50 歳の時に飲もうと思っていたが、飲む機会を失してそのままずっと置 いていた」とNI 先生が言っていた。そして「それはどんな味がしようが、どんな匂 いがしようが、それが私だと思ってください」とNI 先生が言うと、皆が笑った。 ここで、NI 先生がワインを持ち込んだことに注目したい。NI 先生には今回の祝 いが還暦祝いであると伝えていない。しかしこのように、NI 先生の手によって、人 生の節目の場である還暦祝いにおいて、NI 先生の生まれとゆかりのあるワインが振 る舞われたのである。NI 先生がこのワインを持参するという話は、先生自身が 4 月 に話を持ち出したという。NI 先生の発言から考察すると、このワインは還暦祝いに 合わせて用意されたものではない。また、50 歳の時に飲もうとするもそれが叶わず、 飲む機会を失っていたという。さらに、NI 先生にはこの祝いが還暦祝いであるとは 伝えていないが、今回の祝いにどれほどの人数が集まるのか、そしてどのような人 が来るかは伝わっている。したがって、今回の祝いは「普段の研究室の飲み会とは 違った場」であり、また自分が式の直前に60 歳になる誕生日を迎えたということも 相まって、NI 先生は偶然ワインを持ち込むに至ったと考えられる。 最後は第1 期の学部生でもあった N 氏による挨拶の予定であったが、「僕は言い たいことが一杯あるのですけれど、学会とかで話すことがいくらでもあるので、も うちょっと違うタイプの人に言ってもらおう」とN 氏は言いつつ、最後の挨拶を O 氏に任せた。なぜO 氏かというと、それは文化人類研究室のできた時に NI 先生が 34 歳であり、O 氏もちょうど 34 歳であるということと、研究室恋愛のすえに結婚 したということが関係している。O 氏の夫の M 氏は 2005 年の卒業生であり、現在 T 大学の職員として働いている。O 氏は研究室二代目の教授であった C 先生の退官 記念祝いの日に入籍した。彼女は夫の苗字を名乗っているが、NI 先生の還暦祝いの 場では、ずっと旧姓で呼ばれていた。O 氏の挨拶では、まず彼女が学部生だった時 のN 氏と A 先生に関する話がされた。そして自分が 30 代という年齢でもう精一杯 だと感じているが、NI 先生の話を聞いたら 30 代がまだまだいける年齢だというふ うに思ったとO 氏は言っていた。その後 B 氏が来場者に二次会の出欠確認を行い、 受付係の2 人が店側と会計を確認した。会場を出る前に、NI 先生がちゃんちゃんこ を脱いだ。 その後の二次会は会場から徒歩5 分ぐらいの居酒屋で行った。
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5. 考察
本節では、前節の記述に基づいて、現代日本社会における大学教員の還暦祝いと はどのようなものかを考察していく。 (1) 還暦祝いの構造 本節では、大学教員の還暦祝いはどのような構造で行われるのかということに関 して述べていく。大学教員の還暦祝いの場合、企画するのは所属している研究室の 生徒であり、参加者は在籍の学生だけでなく、卒業生もいるということである。今 回においても、卒業生の連絡や、場所の予約、プレゼントを買うなどの準備は、主 に研究助手のB 氏を中心に行われ、卒業生は参加者の約半分を占めた。 その一方で、大学教員の還暦祝いは一般的な還暦祝いと同様に、本人が赤いちゃ んちゃんこと頭巾を着て皆に祝われるのである。そして一般的に、企画者からお祝 いのプレゼントと花束、そして還暦祝いの挨拶を贈られる。還暦祝いの挨拶とは、 基本的に自己紹介、お祝いの言葉、還暦を迎えられた方とのエピソードや思い出、 今後のご活躍や健康を祈る言葉、結びの言葉などで構成されており、本稿の場合で もほとんど同じ流れで行われたが、還暦を迎えられた方以外に昔所属していた研究 室での思い出に関する話もあった。 一般的に、還暦祝いは親戚や友人により主催される場合が多い。しかし本稿の事 例では、主催者は本人の属している研究室となり、参加者はその研究室の関係者の みである。つまり、本人の大学教員という身分が強調されるということである。さ らに本事例から、本人の還暦祝いだけではなく、その研究室の関係者たち、特に卒 業生と在学生が互いに親しみを深めるための懇親会の場という側面もあるというこ とがわかる。 (2)通過儀礼としての還暦祝い 次に本節では、今回調査した還暦祝いを、ファン=ヘネップ(1995[1909])やターナ ー(1996[1969])が提示した通過儀礼のモデルである「分離」、「過渡」、「統合」 の3 段階をもとに考察した。179 まず、理論的背景をもとに考えてみると、通過儀礼は人生の折り目の通過に際し て、身分の変化と新しい役割の獲得を伴って行われるものである。NI 先生は 1991 年4 月に T 大学講師に着任し、2004 年から同大学の教授を務め、2023 年で定年退 職を迎える予定である。ここで注意しておきたいのは、近年では還暦祝いを経たあ とに数年間働くことも珍しくなく、本事例もその例外ではないということである。 60 歳から定年退職(NI 先生の場合は 65 歳)までの 5 年間は、老年期の入り口に立 ちつつも仕事はまだ続けるという、いわば「老人であるが老人ではない」状態であ るため、「退職後の生活に移行するための過渡期」として考えることができる。こ れらを基に考えると、NI 先生が T 大学の教授という身分から「分離」し、教授とい う身分でありながら退職後の生活に移行するための「過渡」に入り、退職者として 「統合」されるという過程は、ファン=ヘネップ(1995[1909])が提示した「分離」、 「過渡」、「統合」というモデルに当てはまる。そのため、「退職するための準備 にあたって行われる様々な儀礼や行為すべてを1 つのもの」として考えた通過儀礼 が行われているといえる。そして今回調査した還暦祝いは、そのような人生におけ る節目としての通過儀礼の「過渡」の期間に行われたものであると考えられる。さ らにこの還暦祝いは、B 氏が皆に声をかけて祝いが始まることで「分離」し、祝い の最中は日常生活の中にありつつも特別な場にいるという「過渡」に入り、祝いが 終わることでまた日常にもどるといったように「統合」される。つまり、今回調査 した還暦祝いもまたファン=ヘネップ(1995[1909])が提示した通過儀礼の 3 つのモ デルに当てはまるため、「NI 先生の人生における節目としての通過儀礼の過渡期」 の中で行われた、通過儀礼であると考えることができる。 今回調査した還暦祝いは通過儀礼であると述べたが、ここで少し補足する。この 「過渡」にあたる祝いの最中においても、K 氏が NI 先生に赤いちゃんちゃんこを 渡したことで、NI 先生は還暦祝いの場にいる人間から「分離」し、赤いちゃんちゃ んこを着ることで還暦祝いの場にいる人間でありつつも特別な存在として扱われる 「過渡」に入り、赤いちゃんちゃんこを脱ぐことでその場にいる人間として「統合」 されると考えられる。以上のように、通過儀礼の中に通過儀礼が含まれているとい った入れ子構造のようになっていると考えられる。 理論に当てはめて見ればこのように捉えることもできるが、果たして本当にそのよ うなのだろうか。以下では理論からは少し離れて、実際に NI 先生自身そしてその
180 周囲の状況をよく見てみたい。ファン=ヘネップは「年齢、身分、状態、場所など の変化、移行に伴って」(綾部1987:490)日常生活や一般の社会から変化するこ とを「分離」であるとした。確かに、今回の還暦祝いは59 歳の NI 先生から 60 歳 の NI 先生へと年齢が変化したことが前提となって開催されている。また開催され た場所においても、談話会が開催された東北大学から還暦祝いが開かれているお店 へと変化している。しかし、NI 先生をとりまく日常生活や一般の社会に変化が生じ ているとは考え難い。よって、還暦祝いにおいて「分離」は行われていないと考え る。また、「分離」が生じていないことにより、ある状態からある状態への変化も 生じておらず、「過渡」期に入っていると考えることも、「統合」されていると考 えることも難しい。また、「過渡」の状況にたたないため、ターナー(1996[1969]) が提示したコミュニタスの特徴にもあてはまるとは考え難い。 さらに、還暦祝いにおける諸要素が通過儀礼の概念に当てはまるか検討する。ま ず、還暦祝いでNI 先生が身に着けた赤いちゃんちゃんこは、前任の C 先生が還暦 祝いで着たものである上、NI 先生は「このちゃんちゃんこを A 先生の還暦祝いに も引き継いでいただく」と言った。ゆえにこのちゃんちゃんこは、T 大学の文化人 類学研究室において縦のつながりを象徴するものであり、これを着ることは「伝統」 のように受け継がれるという事がうかがえる。ちゃんちゃんこはもちろん「還暦祝 い」を象徴するものであるが、それ以上に研究室の「伝統」や式の主役を目立たせ るという意味合いが大きいと考えられる。 また、カフスとタイピンというプレゼントも、NI 先生が仕事の場で普段シャツと ネクタイを着用するということを考慮し、予算と実用性の面から適当なものとして 選ばれたと考えられる。このプレゼントは、少なくともNI 先生が退官するまでの 5 年間は使うことができるだろう。つまり、参加者はNI 先生が「分離」するとは認識 しておらず、こうした側面からもこの還暦祝いは通過儀礼とは言い難い。 最後に、先生が持参したワインについてである。2 本のワインは NI 先生が生まれ た1958 年に生産された。NI 先生はワインについて、50 歳の誕生日に飲もうと思っ ていたが忘れていたと述べた。すなわち、このワインを還暦祝いで飲むという理由 は後付けで発生したということになり、象徴的な意味は「普通の誕生日祝い」の枠 を出ないと考えられる。
181 以上のように、NI 先生の日常に変化が起きていないために「分離」や「過渡」に 当てはまらず、ちゃんちゃんこやプレゼント、ワインからも還暦祝いが通過儀礼で あるという意識がみられないということがわかった。 さらに、ここでは還暦祝いを「定年後の生活へと移行する過渡期の始まり」とし てみなす考えを示したい。かつては還暦祝いは、定年退職後または定年退職後とほ ぼ同時に行われた。この場合、還暦祝いは単純に「老年期」や「隠居」を示すもの だったはずである。ところが近年では還暦祝いを経たあとに数年間働くことも珍し くなく、本事例もその例外ではない。60 歳から定年退職(NI 先生の場合は 65 歳) までの数年は、老年期に入り口に立ちつつも仕事はまだ続ける、いわば「老人であ るが老人ではない」状態であり、退職後の生活に移行するための過渡期として考え ることができる。ファン=ヘネップ(1995[1909]: 9)が指摘するように、過渡期へ移 行する際にも通過儀礼の形式を経る場合がある。本事例は新しい段階への加入を披 露する統合儀礼としての性質が強いと考えられる。NI 先生は挨拶の中で、63 歳で 亡くなったというT 大学の教員に言及した。このように、新しい段階への通過を果 たせない者もいるゆえに、NI 先生の教え子たちで一致団結して祝い、円満な過渡を 願うのだ。赤いちゃんちゃんこを着てカフスとタイピンを受け取る姿は、NI 先生の リミナルな姿を象徴しているようにも思える。 この考え方の弱点は、60 歳から 65 歳までの教員生活がリミナルであると断言で きるほどの証拠がないことである。ファン=ヘネップが述べるイニシエーションに あるような隔離、試練や教育(Hendry and Underdown 2012: 107)が行われる訳で もなく、コミュニタス的な人間関係が生じやすくなるという見通しの根拠となる指 標もない。この期間がリミナルであるか否かは、NI 先生自らの意識に依るところが 大きいだろう。 6. おわりに それでは、この還暦祝いは一体何だったのだろうか。(a)で見たように理論的には 当てはまりそうである。しかし、(b)から(c)で見たように実際にその理論が当てはま るのか考えてみると疑問である。ここで、この還暦祝いに参加している人々は全員 文化人類学を学んだ者たちであるということに注目したい。「通過儀礼」は学部 2
182 年生の頃にはおそらく全ての文化人類学研究室の学生が学ぶ概念である。そして理 論的背景で示したような内容は文化人類学を学んでいなければ、なかなか知らない ようなものである。私たちは「通過儀礼」という概念を知っている人々という共通 意識のもと、「分離」、「過渡」、「統合」という通過儀礼の過程に則ることを楽し んでいたのではないか。つまり、還暦祝いはNI 先生の 60 歳のめでたいお祝いとし て、そして「通過儀礼」を文化人類学を学ぶ研究室の人々の間の「身内ネタ」とし ての側面を持つのではないだろうか。 本稿では、NI 先生の還暦祝いの事例を通して、日本の大学教員の還暦祝いとはど のような儀礼なのか、それはどのような地位、役割、年齢、性別の人によって行わ れるのかを考察してきた。最後の結論として、大学教員の還暦祝いは、大学及び大 学関係の人々と深く関わり、本人の人生の節目を祝うと同時に、学年や世代を超え た交流の場を設ける。 また、今回の事例は、ファン=ヘネップ(1995[1909])やターナー(1996[1969])が 提示した通過儀礼のモデルに当てはめて考えることはできるが、実際の還暦祝いは 本当に理論の通りなのかというと疑問が残る。そこで、この還暦祝いは文化人類学 者の集いでもあるということに注目し、「通過儀礼」を参与観察したのだ。しかし ながら、本稿で取り上げた事例は、T 大学という特定の大学の 1 事例に過ぎないこ とも事実である。また、観察不足のため、本稿の結論には欠落部分があるとも考え られる。
引用文献
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