〈ノート〉「倫理基礎」からみえる価値観--2013年
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(2) 「倫理基礎」からみえる価値観. 143. 「倫理基礎」からみえる価値観 ― 年― . 阿部典子 . Die Wertvorstellungen in dem “Fundament zur Ethik” ―2013―. Noriko ABE. 1.はじめに 2007 年の前期に工学部の総合科目のひとつとして一年生向けに「倫理基礎」 を開講した。その直接的目的は、社会全体として大学生の位置づけが大きく変 化していると感じられるようになり、その様な状況のなかで、学生の日常生活 と大学生活を学生自身に確認してもらい、将来の社会生活を視野に入れて現在 の生活をより充実させるためにはどうしたらよいかをゆっくり考える時間を設 けたい、という点にあった。大学で勉強することの目的や基本を確認し、大学 生活の基礎を確立していこうという講義である。そのため、すでに担当してい る科目名の中から倫理という言葉を用いて、「倫理基礎」という名称にした。 この科目には哲学に直接結びつく観点がある。哲学における問題のひとつで ある、世界をどのように理解するのか、あるいは環境をどう捉えどう判断する かということは、自己理解と切り離すことができない。世界観は人間観や自己 観、自己感と直結している。哲学や倫理学で論理的に議論し、ひとつの理論体 系として世界観を持つことはきわめて重要であると考えているが、たとえ一人 の人間において理論体系として構築されていない場合にも、世界観や人間観は その人の生き方において、意識的にせよ無意識的にせよ、明瞭に現れている。 近畿大学工学部教育推進センター Center for the Advancement of Higher Education, Faculty of Engineering, Kinki University.
(3) 144. 阿部 典子. むしろ、生きているということはそもそもその本人の生き方で生きているので はないだろうか。少なくともそのような側面があることは確実である と思われ る。そうであるならば、哲学や倫理学では論理的作業と同時にその実践が意味 を持つはずである。 特に倫理学では人間の相互関係や社会秩序、人間と物との関係が中心課題と なり、何が善い状態あるいは良い状態なのか、そのような状態を保つためには どう考え行動したらよいのかが問われる。この観点を自分自身の日常生活に即 して考え実行に移すことは、倫理学の目的のひとつである。「倫理基礎」におい て、学生がごく普通の日常生活を確認しながら、まず自分にとってのよしあし を考え、それを全体の視点から見直し行動に移すことができれば倫理学の実践 となる。 本論では「倫理基礎」の講義において学生たちに確認してもらったことの中 から、工学を学ぶ学生としての倫理観がみえやすい課題として、次の3点を紹 介したい。通学手段の自転車、レポートの貸し借り、授業時間の延長である。 2.通学手段の自転車 学生に次のような状況を仮定してもらい、自分がどのような行動をとるか想 像してもらった。「駅から大学まで自転車通学をしている。たまたまその日は授 業開始ぎりぎりの時間に駅に着いたが、自転車置き場に置いたはずの自分の自 転車が見つからない。急いで登校しようと思ったところ、鍵のかかっていない 古びた放置自転車が目に留まった。あなたはどうしますか」。自転車に乗った場 合には、窃盗ないし横領の罪に問われることもあらかじめ説明した。 今年度の受講生 171 名中、放置自転車に乗ると答えた学生は 18 名、乗らな いと答えた学生は 151 名、2名が不明であった。(1) 乗ると答えた学生のうち、数名は次の理由を挙げた。「楽」、「遅刻はしたくな い」、「放置する人が悪い」、「その日だけ」、「一回なら見つからない」、「使い捨 てる」、「なんとなく」。 乗らないと答えた学生のうち、数名は次の理由を挙げた。 「一線は越えない」、 「他の人のものを勝手に使うことはしない」、「以前盗難にあったことがあり、 腹が立ったので、自分はやらない」、「ばれたら怖い」、「誰が乗っているのかわ からないので、汚いものには乗りたくない」。 学生からは、実際に自転車がなくなった経験がある、自転車に置いておいた ビニール傘がなくなったことがあるなどの実例も感想文に書かれていた。また、 いずれにしても遅刻はしたくないという意見は多かったが、反面、先生に遅刻 の事情を説明する、という意見もみられた。そもそも他の人のものを勝手に使.
(4) 「倫理基礎」からみえる価値観. 145. ってはいけない、という意見は数名から出たが、この観点についての 意見は積 極的には求めていない。また、乗ると答えた学生の理由のうち、「汚いから」と いう理由は他の観点とは異なる。 放置自転車と遅刻という身近な例ではあるが、自分の損得といわゆる善悪と の間の葛藤が生じる可能性のある一例であるといえる。具体的な場面で確認し てもらったうえで、そもそもの価値観として学生には考え直してもらった。 3.レポートの貸し借り 学生に次のような状況を仮定してもらい、自分がどのような行動をとるか想 像してもらった。「実験の授業が月曜日にある。毎週実験を行い、そのレポート を翌週に提出することになっている。日曜日、自分はレポートをまとめ終わっ たとき、友人がレポートを貸してくれとお願いに来た。あなたはどうしますか」。 筆者自身は文系であるため、実験の様子は想像しづらい。また、学科により実 験の状況が異なると思われる。ひとりで実験をする場合もあれば、グループで する場合もあるだろうし、グループ実験の場合にはデータは共有となるだろう。 また、テキストに掲載されている実験の追体験の場合もあるかもしれない。こ の点を学生に確認し、それぞれ自分の体験の中での具体的場面に合わせて答え てもらった。 今年度の受講生 171 名中、レポートを貸すと答えた学生 66 名、貸さないと 答えた学生 103 名、2名が不明であった。(2) 貸すと答えた学生のうち、数名は次の理由を挙げた。 「善意」、「友人が困って いたら手を貸す」、「自分が借りたいときもあるので、お互い様」、「他の見返り がある」、「人間関係を大切にしたい」、「貸さないと相手が嫌な気持ちになる」、 「面倒なことを言ってきたら貸す」、「断れない」、「損をするのは相手」。 貸さないと答えた学生のうち、数名は次の理由を挙げた。「相手のためになら ない」、「自分がやったものは見られたくない」、「同じレポートになり自分の評 価も下がる」、「自分の努力がむくわれない」、「先生に目をつけられる」、「戻ら ないと困る」。 レポートの貸し借りにおいて「善意」のあらわれ方が逆になっていると考え られるが、少なくとも学生の意見からは損得勘定ではない観点も見出される。 また、同級生同士においても「断れない」という関係性が見出される。いずれ にしても評価に結びつくという点は、どのように行動するかに大きな影響を与 えている。 人間関係を保つということは現実生活において重要度が高い。学生にはその ことを確認してもらい、改めて「善意」とは何かを考えてもらった。時間的な.
(5) 146. 阿部 典子. スパンを長くとり、本当に自分のためになり相手のためになることは何かを再 度考えてもらった。 4.授業時間の延長 学生に次のような状況を仮定してもらい、自分がどのような行動をとるか想 像してもらった。「3・4時間目に続けて実験の授業があり、グループでの実験 が終了した段階でそのグループは授業が終わりになる。時々授業終了時刻を越 えて少し延長になることもあるが、ほとんどは時間内に終了している。たまた ま実験の曜日に、とても大切な知り合いと食事をする予定ができた。ゆとりを みて6時の約束をして、相手も自分も楽しみにしていた。その当日、実験に思 いのほか時間がかかり、約束の時間が迫っているのに実験が進まない。あなた はどうしますか」。レポートの貸し借りと同様、学生それぞれの実際の実験や実 習における具体的場面に合わせて考えてもらった。 今年度の受講生 171 名中、実験を続けると答えた学生 114 名、続けないと答 えた学生 40 名、不明 17 名であった。(3) 実験を続けると答えた学生のうち、数名は次の理由を挙げた。「実験グループ のメンバーに迷惑をかけないため」、「実験は最後までやる」、「約束の相手に連 絡すればわかってくれるはず」。 実験は続けないと答えた学生のうち、数名は次の理由を挙げた。「授業時間は すぎている」、「約束は守る」、「グループのメンバーにお願いする」、「食事に行 きたい」。 この質問には不明と答えた学生が多い。その理由はほとんどが「相手による」 というものであった。現実にこのような事態になった場合に、学生は実験を続 けるか続けないかのどちらかの行動をとらざるをえない。その判断の基準を あ らかじめ確認するのは難しいということであろうか。 「そもそも実験の日に約束は入れない」と感想を書いた学生が数名いた。も っともな話しであるが、必ずしもそれが可能であるとはいえない。また、自分 ではなく、グループの他のメンバーがそのような状況になった場合、自分はそ のメンバーに実験を続けることを勧めるのか、約束の方に行くよう勧めるのか ということも学生には問いかけた。いずれにしても、何を優先するのかは日常 生活において常に問われていることを確認してもらった。 5.終わりに 講義の時期にはこのようにまとめることを想定していなかったため、データ.
(6) 「倫理基礎」からみえる価値観. 147. も学生からの意見も十分に整えられていない。また筆者はアンケートや統計の 基礎的知識を持ち合わせておらず、学生への質問の仕方も的確とはいえないと 思われる。なるべく誘導尋問的にならないようには心がけた。しかし学生の答 えからは、専門も年齢も大きく異なる筆者の観点からはあまり想像していなか った学生像が垣間みえてくる。もちろん、同じ感覚の所も多々確認できた。個 人的差異はもちろんのこと、一般にいう理系と文系ではその思考傾向や志向傾 向が異なることも多く、また、同じ工学系であっても学科によって方向性が異 なり、必要とされることも異なるはずである。その差異は特質であり、利点で もあるだろう。 日常生活における判断基準は様々あり、実際の行動においては快不快や損得 など色々な尺度が入り混じる。倫理学においては善悪が重要な判断基準となっ ており、善悪という概念上の分類では、おそらく善を選ぶように考えることは 一般的であるだろう。しかし現実の具体的場面になると、善悪の基準は人によ り微妙に異なり、線引きは一定にはならない可能性が高い。そもそも何を善と するかさえ相対的である。そのような価値基準のなかで、それぞれの差異が よ りよく働くように視野を広げることは倫理学上の課題のひとつである。 本論では学生の意見を紹介させてもらったが、これらは受講者全員が共有し た意見である。その意見に対しての感想もまた様々あると思われるが、再度の フィードバックは行なっていない。また、記名の上で教員という立場にある者 へ意見を提出する形式であるため、実像からずれている可能性もある。学生の 自己理解の度合いや想像力、客観性などにより、現実の行動にどれくらい近く 想像できているのかも異なるだろう。しかし、学生同士がこのような観点から の会話をするチャンスは少ないとも思われる。意見を共有することが学生生活 の何かに役立ち、また自己理解や人間理解の一助となれば幸いである。 注 (1)今までに同様の質問をした結果は以下である。 年度㻌. 受講者㻌. 乗る㻌. 乗らない㻌. 不明㻌. 㻞㻜㻝㻟㻌. 㻝㻣㻝㻌. 㻝㻤㻌. 㻝㻡㻝㻌. 㻞㻌. 㻞㻜㻝㻞㻌. 㻝㻡㻣㻌. 㻞㻞㻌. 㻝㻟㻠㻌. 㻝㻌. 㻞㻜㻝㻝㻌. 㻝㻢㻟㻌. 㻝㻢㻌. 㻝㻠㻢㻌. 㻝㻌. 㻞㻜㻝㻜㻌. 㻝㻢㻥㻌. 㻞㻤㻌. 㻝㻠㻝㻌. 㻜㻌. 㻞㻜㻜㻥㻌. 㻞㻝㻢㻌. 㻟㻢㻌. 㻝㻤㻜㻌. 㻜㻌.
(7) 148. 阿部 典子. (2)今までに同様の質問をした結果は以下である。 年度㻌. 受講者㻌. 貸す㻌. 貸さない㻌. 不明(他)㻌. 㻞㻜㻝㻟㻌. 㻝㻣㻝㻌. 㻢㻢㻌. 㻝㻜㻟㻌. 㻞㻌. 㻞㻜㻝㻞㻌. 㻝㻡㻣㻌. 㻡㻤㻌. 㻥㻤㻌. 㻝㻌. 㻞㻜㻝㻝㻌. 㻝㻢㻟㻌. 㻤㻢㻌. 㻣㻜㻌. 㻣㻌. 㻞㻜㻝㻜㻌. 㻝㻢㻥㻌. 㻥㻥㻌. 㻢㻞㻌. 㻤㻌. 㻞㻜㻜㻥㻌. 㻞㻝㻢㻌. 㻝㻜㻝㻌. 㻝㻝㻡㻌. 㻜㻌. 㻞㻜㻜㻤㻌. 㻝㻠㻟㻌. 㻥㻢㻌. 㻠㻠㻌. 㻟㻌. 㻞㻜㻜㻣㻌. 㻝㻠㻣㻌. 㻥㻡㻌. 㻡㻝㻌. 㻝㻌. (3)今までに同様の質問をした結果は以下である。 年度㻌. 受講者㻌. 続ける㻌. 続けない㻌. 不明(他)㻌. 㻞㻜㻝㻟㻌. 㻝㻣㻝㻌. 㻞㻜㻝㻞㻌. 㻝㻡㻣㻌. 㻝㻝㻠㻌. 㻠㻜㻌. 㻝㻣㻌. 㻝㻝㻤㻌. 㻟㻤㻌. 㻝㻌. 㻞㻜㻝㻝㻌. 㻝㻢㻟㻌. 㻥㻣㻌. 㻡㻟㻌. 㻝㻟㻌. 㻞㻜㻝㻜㻌. 㻝㻢㻥㻌. 㻝㻞㻝㻌. 㻠㻟㻌. 㻡㻌. 㻞㻜㻜㻥㻌. 㻞㻝㻢㻌. 㻝㻢㻝㻌. 㻡㻠㻌. 㻝㻌.
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