* 鳴門教育大学 (Naruto University of Education) 兵庫教育大学 教育実践学論集 第 18 号 2017 年 3 月 pp.89 - 103 1 はじめに 立岡(1)(2)は風土記愛(「風土記」という語が愛好され る現象)の実態把握を試みている。風土記愛は端的には命 名に際して「風土記」を用いることに現れる。すなわちそ れは直接には近代風土記創出の際に見られる嗜好である (近代風土記については上掲文献(1)を参照。なお,以下 では風土記とは一般に古風土記を意味する)。しかしその ような嗜好の背景の一つには,古風土記・近世風土記に対 する関心が考えられる。したがって,風土記愛が浸透する 過程を明らかにするためには古風土記が一般市民にどのよ うに受容されてきたかを明らかにする必要がある。 国文学界では現在でも古典を口語訳で読むことは周辺 視されており(3),口語訳による享受史を把えようとする 志向は概して乏しい(注 1)。この点は風土記についても同 様である。というよりも,文学的にはより低い評価しか 受けてこなかった風土記では,享受史が研究史と同一視 されても不思議ではない(注 2)。しかしすでに近世におい ても単なる読書人が風土記記載の神社を巡拝している(11)。 研究者ではない周縁的な読者層による受容にも,それと してたどるべき時間的・社会的広がりがある。口語訳に よる享受も含めた包括的な観点が必要な所以である。児 童向けの風土記は,こうした周縁的受容の一部分(しかも, そのなかでの大きな部分)をなす(注 3)。 そもそも児童文学では再話は常態であることから,古 典(特に筆者の関心からは古事記ないしは 「 日本神話 」) の再話に関してもすでに研究の蓄積がある。まず基礎作 業としての再話作品の目録作成が,戦前の古事記(12)およ び戦後の古典全般(13)について試みられている。しかしこ れらの目録は , たとえば古事記説話の何がどのように改変 されて/されずに提供されたかという点は取り上げてい ない。これに対し , 原典と再話作品との(あるいは再話作 品間の)異同を説話内容について分析した研究 (14)(15)(16)(17) (18)(19)(20) (21)(22)(23)(24)は,さまざまな目的で行われているが, 原典に関するイメージの形成と再話との関係は論じられ ていない。一方 , 再話には限らないが , 古典籍の古典化(25) (26)(27) (28) (29)については , 特に国民国家論との関係で論じら れている。その問題設定は筆者のものと重なる。しかも 風土記の再話はいまや,そうした一般的な国民教化とい う問題にとどまらない。社会科では第 6 次学習指導要領 (1992 年施行)から,国語科では今次学習指導要領(2011 年施行)から,風土記が教材の一部として明示的に指示 されている(30)情勢下では,風土記がどのようなものとし て児童に供されてきたか・供されるかという問題は,学 校教育に直接関わる問題ともなっているからである。 しかも風土記は他の古典とは違った性格を有する。近代 社会で風土記の地位がさほど高くなかった結果でもあろう が , 児童は自ら風土記を作成することを慫慂され(たとえ ば田中(2012)(31)の pp.44 ~ 45),実際に作成してきた(立 岡(2016)(1)。具体例としては次山(1996)(32)の pp.20 ~ 25)。風土記は単なる所与ではなく,児童が現在的に関わ るものとして与えられるているのである。 本稿では, ・風土記のどの記事(説話)が与えられるか ・与えられる各説話がどのように処理されているか
児童向けに再話された古風土記の特徴:
子どもはどのような風土記を与えられたか
立 岡 裕 士 *
(平成 28 年 6 月 8 日受付,平成 28 年 12 月 6 日受理)Hudoki rewritten as juvenile: what hudoki were given to children
TATUOKA Yuuzi
*
Hudoki is originally the title for chorographies or reports, which the central government ordered each province to present in AD 713. The preference for "hudoki", that is hudokiphilia, prevails in modern Japan. This paper inquires rewritten Hudoki as a background of this phenomenon. Tales in Hudoki have been introduced to children since early 20th century. The number of books increased from 1946 to 1975, and declined after that. Specific tales have been rewritten more frequently. There are two ways of introduction; as a subsidary to tales in Koziki, or as simple tale books. The characterization of Hudoki as tale book has been little changed.
・風土記がどのようなものだと説明(性格付け)されるか という三つの側面から,児童に与えられてきた風土記を 検討する。 2 風土記の再話作品 (1)対象作品の検索 本稿では,抽象的に風土記を紹介したり風土記の記事 を史料として引用するものではなく,具体的な風土記の 記事を再話して紹介している児童書を対象とする(雑誌 掲載の作品は除く)。こうした図書は書名・副題もしくは 目次で「風土記」を明示しているとは限らないため,国 会図書館を始めとする通常の蔵書検索システムで機械的 に検出するだけでは十分ではない。筆者はいささか恣意 的ではあるが,以下のようにして調査対象を拡張した: ・文献 12・13 所載の作品 , および『世界児童文学全集・ 内容綜覧』(日外アソシエーツ)所載の児童向け文学全 集の「日本神話」「日本昔話」「日本民話」「日本おとぎ話」 「日本童話」の巻 , を含める(これらの題名の巻に風土 記説話が含まれていることがわかったからである)。 ・ 「国会図書館サーチ」により,「日本(の)神話」「神話物語」 「古事記物語」「おおくにぬし」「いなばの」「くにひき」「く にびき」「はごろも」「がまんくらべ」「もちのまと」をキー ワードとして探す(上記と同様に,これらの説話に風 土記説話が補足材料として使われることがあるためで ある)。 ・さらに該当書の著者をキーワードとして検索する。 風土記がどのようなものとして児童に供されるかとい うことを検討しようとする本稿において,風土記説話を 紹介する図書を対象として検索するということはすでに 偏りを含むものである。また上記のように検索対象を広 げたことも特定の時期や性質の図書のみが検出される可 能性をもつ。したがって本稿は暫定的な結論を呈示する 中間報告にとどまらざるをえない。 風土記を利用しながらも典拠を示さない作品を取り上 げることは,本稿の本来の関心から不必要であるが,明 示的な風土記再話の背景として検討する。その際,風土 記の再話であるか否かは以下の基準によって判断した: ・記紀説話と内容的に同一であるものは風土記の再話と しない(たとえば景行・神功に関する九州諸国の記事や, 少彦名に関する伯耆逸文など)。 ・浦島説話は亀の報恩譚である場合には再話としない(風 土記説話以後に生じた報恩譚としての浦島説話の方が よく知られているため)。 ・三保の羽衣譚は天女と婚姻しない場合は再話としない (より有名な謡曲「三保の羽衣」と最も大きく相違する のがこの点と考えられるため)。 ・余呉の羽衣譚は天女の子どもなどにかかわる要素があ る場合は再話としない(それを含んだ,余呉を舞台と する在地伝承(桐畑太夫説話)が存在するため)。 ・因幡の白兎の話において,ウサギが隠岐の原住者では なく因幡から流されたとされている場合は風土記説話 の利用と見なす。 ・松浦のヒレ振り譚は主人公が石になる場合は再話とし ない(佐用姫伝説があるため)。 なお,逸文の範囲は作家が利用する『風土記』によって 同じではない。しかし現在でも最大で 195 条である(うち 31条は現伝風土記と重複する)(33)一方,『古風土記逸文』 にすでに 186 条(うち 28 条が現伝風土記と重複)が挙げ られている。そして本稿で調査した限りでは,『古風土記 逸文』にないものは 2 例(宇治橋姫・三保羽衣)のみであっ た。したがって,現在の評価にかかわらず『古風土記逸文』 採録のもの(および上記 2 例)は全て風土記の逸文と見な し,それを利用した作品は風土記説話の再話と見なした。 以上により約 500 冊の図書を調べた結果,非明示的に 風土記説話を再話した図書 103,多少とも明示的に風土記 説話を再話した図書 116 を確認した(紙芝居を含む。稿 末付表)。これらには,同一の作品でも収録される図書が 異なれば重複して掲出している(ただし,作家の個人全 集は一般的には児童の読み物とは考えがたいので割愛し た)。同様に,同一内容の図書が違う叢書名で刊行されて いる場合も重複をいとわず表示している。 (2)対象作品の分類枠 風土記がどの程度明示的に,あるいは原典に忠実に紹 介されるかは作品により大きく異なっている。そこで本 稿では,形式面で「風土記」がどれほど読者に見えるか ということを典拠・作品名・構成の点から,そして内容 面で原話との関係を潤色・改変の程度と空間性との点か ら,それぞれ分類することを試みた。具体的には以下の 通りである: Ⅰ 典拠としての風土記の明示性 0 風土記が典拠であることを示さない(風土記以外 の典拠が示されている場合も含む) 1 解説などで風土記に言及するが,当該図書のなか のどの部分が風土記を典拠としているかを示さない 2 特定の説話が風土記を典拠としていることを記す が,風土記の国名を具体的に示さない 3 個別の話ごとに特定国の風土記を典拠としている ことを示す Ⅱ 作品題名における風土記の顕示性 0 書名または当該図書内部の個々の作品題名(また は本文の注記)に「風土記」が全く現れない 1 作品題名または本文中の注記に「風土記」と記さ れている 2 目次に,部立てとして「風土記」と記されている 3 図書の副題に「風土記」と記されている 4 図書の書名に「風土記」と記されている
Ⅲ 収録説話数(紹介された風土記説話の数ではなく, 各図書で風土記説話を記す作品または章・節の数) 1 単数 2 複数 Ⅳ 図書編集上の風土記の独立性(風土記の説話群が他 の説話から独立して配列されているか否か) 0 なし 1 風土記説話がまとめられている 2 「風土記」という名称で説話がまとめられている 3 当該図書全体が風土記説話である Ⅴ 原話との関わり(これは他の分類基準とは違い段階 というよりも種類の違いである) 0 着想のみ 1 (短い)原話を長大な話にふくらませる 2 他の説話に素材として吸収されている(同一風土 記内で , 同一人物にかかわる説話の場合は除く),ま たは複数の説話で一つの説話を作っている 3 かなりの潤色が加えられている 4 原話の,おおむね忠実な口語訳 Ⅵ 空間性の保存 0 なし 1 地名はある(国名でもよしとする) 2 空間的編成が保存されている Ⅶ 地図の有無 0 なし 1 あり Ⅷ 説話ごとの解説(典拠を除く)の有無 0 なし 1 あり Ⅸ 風土記に関する解説の有無 0 なし 1 あり 3 考察 (1)出版数 児童向けの再話風土記は 20C 初めに現れた。高等小学 校用の第 1 期国定教科書『高等小学読本 2』(1904 年) に掲載された「浦島子」が嚆矢であろう。風土記も含む 説話を集成した『東洋口碑大全 上巻』(巌谷小波)が刊 行されたのは 1913 年であり,有朋堂文庫の 1 冊として『古 事記・祝詞・風土記』が刊行されたのは 1914 年以前(注 4) である。これらが一般市民向けの風土記の初めであるとす れば,児童向けの風土記はそれに先行したことになる(注 5)。 その後の刊行状況を,風土記が原拠であることを示さな いもの(A)とそれを標示するもの(B)とに分けて,約 15年ごとに集計した(表 1)。以下の 4 点が指摘できる: ・A が戦前に多数出版されている。 ・1946 ~ 1960 年には B は戦前より多く出版されたのに 対して A は B よりも少なく戦前の 1/3 程度でしかない。 ・1961 ~ 1975 年には A・B ともに出版数が多い(注 6)。 ・1976 年以降は出版数が急に減少した。特に A は 1991 年以降には 1 冊しかない。 (2)風土記の可視性 1950 ~ 1970 年代に再話作品の出版が多い要因の一つ は,この時代が文学全集の時代(34)であり , 児童向けの全 集も多く刊行されたことにあろう。その限りでは,風土 記の凋落は必ずしも風土記に特有な現象ではないと思わ れる(注 7)。しかしながら,1 冊全体を風土記説話にあてた 図書(全部で 20 冊刊行されている。ただしその 7 は,A に属する , 風土記を名乗らない図書である)も,1976 年 以降は数・比率ともに減少している。かくして風土記は 児童に疎遠になったように見える。しかし風土記がどれ ほど目に着きうるかという点では,刊行数による判断と はやや違う可能性がある。すなわち,「風土記」を題名ま たは副題にもつ図書は比率では減少していない。先に触 れた,社会科の学習指導要領(1992 年施行版以後)のな かで風土記が記紀に併記されていることが影響している のではなかろうか。 (3)取り上げられた説話 対象とした 221 冊の図書において取り上げられた説話 (地点)は細分すれば 209 ほどになる(注 8)。収録説話数の 多い 3 冊(付表の B053・B71・B105)はそれぞれ 106・ 98・38 説話を取り上げている。しかしそれら以外の図書 は基本的に風土記を素材として利用しようとするもので あって全体としての風土記を紹介する様子は見えない。 10話以上の説話を載せるのは上記 3 種のほかは 15 冊にす ぎない。にもかかわらず他で取り上げられていない説話 を紹介しようという意識もあるのか,B053・B71・B105 以外の図書のみが取り上げた説話は 30 ある。しかし特定 の説話が繰り返し再話される傾向も顕著である。A・B い ずれかにおいて 1 割を超える図書が取り上げている説話 は 23 であった(表 1。「国引き」・「白兎」が多いのは対象 図書の探索方法に起因するかもしれない。しかし「堲岡」 や「富士と筑波」の説話が多いのは実態を反映するもの と思われる)。 各説話の採用数は「国引き」を頂点として,全体とし て A と B とで比例関係にある。これから大きく逸れるの は,B に比べて A が多い「白兎」「速鳥」であり,逆の方 向に「富士と筑波」である。速鳥が A で多いのは,教科 書に採用されているためであろう(注 9)。一方,戦前・戦 後に分けて採用状況を見ると,この場合も「国引き」を 頂点として,両者はおおむね比例関係にある。それから 逸れるのは戦後に多い「富士と筑波」「堲岡」「餅の的」 である。「国引き」「白兎」「温泉」は多くの場合,記紀説 話を補足するために用いられた。「堲岡」「蘇民将来」は 補足目的の場合とそうした目的のない場合とがある。そ れ以外の説話は補足目的ではほとんど使われていない。 選択目的の違いは,それぞれの説話のいわば独立性に も影響する。「白兎」は,風土記説話として独自なのはウ サギが因幡から流される点であり,したがって通常,古
事記の白兎-大国主説話の発端部に組み込まれる。「粒丘」 「堲岡」「温泉」も,天日矛や少彦名との一連の話のなか に挿入されることが多い。 (4)説話の処理 風土記が説話集と見なされた場合,そこには幾つかの 扱われ方がある。一つは記紀説話を「日本神話」の本流 として把え,風土記の説話を,その補足材料と見る立場 である。この立場は特に戦前に強力であったが,戦後に なくなったわけではない。そもそも風土記に登場する神(・ 人)名を接点と見なし,郡単位で集計すれば,古風土記 のほとんどの部分は記紀説話のいずれかに接続可能であ る。したがって,記紀から素材を選んで再話しようとし た場合,どこにでも風土記から説話を採って補うことが できる。しかし実際には(選択される記紀説話が限定さ れていることもあり)利用される場所は限定されている。 すなわち国引き,大国主の説話圏(白兎・少彦名・天日矛), さらに景行・神功などである(たとえば日本武の古事記 説話に常陸風土記を接続することはほとんどない)。特に 国引きや大国主関係で利用が多いことが表 1 からわかる。 久保(1981)(35)は自身の作品(注 10)に絡めて,① 1953 年当時には戦前とは性格の違う日本神話の本がまだな かった,②以前の日本神話はほとんど記紀に拠っていた が自作では新に風土記のものも取り上げた,という二つ の点を指摘している。①はともかく,②に関しては検討 の余地がある(注 11)が,風土記を独立した部門として扱う のは戦後の現象のようである。しかし垂直的に連綿と続 く記紀説話に対していわば水平的に風土記説話をおいて いるにすぎず,「日本神話」の補足材料という性格づけに 表 1 再話された風土記説話を含む図書の刊行状況
は本質的な変化がないと思われる(注 12)。 説話集として風土記を扱うさらに別の立場は,「日本神 話」との関係を特に顧慮せず,風土記を単純に説話集と 見るものである。この立場は,本来伝説である風土記説 話を,昔話に再話することに通ずる。このような傾向は, 児童向けに風土記を再話する最初期からすでに現れてい る。先に示した『高等小学読本』(第 1 期)の「浦島子」 には「よさの海」という地名が保たれていたが,1910 年 の『尋常小学読本 巻 2』に掲載された「モチノマト」は 完全に昔話化されている。すなわち,この説話は原拠で は速見郡の田野の伝説として語られている(注 13)。しかる に「モチノマト」の冒頭・末尾は以下の通りである(引 用には『日本教科書大系 近代編』を用いた)。 ムカシ アル トコロ ニ、タ ヤ ハタケ ヲ タクサン モツテ ヰタ 人 ガ アリマシタ。・・・ 中略・・・ソレ カラ コノ 人 ノ タ ニハ、 オ米 ガ スコシモ デキナク ナツタ ト イヒ マス。 「国引き」(『尋常科用小学国語読本 巻 3』(第 3 期国定 教科書。1933 ~ 1940 年使用))のような,出雲と密着し ているはずの伝説でさえ,同様の処置を受けている。 大むかし の こと です。/神さまが、どうかし て この 国 を もっと ひろく したい と、 おかんがへ に なりました。・・・中略・・・神さ ま は、かうして 日本の 国 を ひろく なさっ た と いふ こと です。 これらの処置が,昔話→伝説→神話→歴史という教科 書編者の考えていた発展段階論(37)に沿うためだけに行わ れたか,あるいは特定の土地から切り離すことでどの土 地の児童もが教材に親しめるようにする(37)ためかはとも かく,記紀説話を直接補足するのとは違った方向で風土 記説話が提供されることになる。地名が消去されて昔話 化された説話を提供する図書の数は,A において,戦前 から 1975 年までの期間で顕著である。同時期でも B では さほど多くない。戦後の動向は,国家との距離の置くた めの方策を反映しているのであろうか(注 14)。 (5)風土記の性格づけ 風土記が原拠であることを明示して説話を紹介した図 書では早い時期から風土記に関する何らかの説明・解説 が見られる。それらによる風土記の性格は基本的に, ①風土記は地理書として編纂された ②多くの説話を含み,地理書というよりも説話集である ③地方色のある説話を多く含む の 3 点になる(もとより全ての解説がこの 3 点を全て挙 げているわけではなく,逆に 3 点が相互に排他的なわけ でもない)。 ①の例としては次のものがある 「風土記」とはどんな本でしょうか。和銅六年(七一三 年)元明天皇が全国に,その国の地理,産業,伝説な どを書きつけた本をつくるように命ぜられたので,こ れから十世紀ごろにかけて,それぞれの国から,でき あがるごとにこれを政府に提出しました。これをまと めて,「風土記」というのです。(福田(1958) (38)p.209) ②の例としては次のものがある 古事記を歴史の本とすれば,風土記は地理の本とい えましょう。歴史といっても,地理といっても,大む かしのことですから,歴史も地理もごちゃまぜです。・・・ 土地の名のおこりなどが,書かれています。/どちら かといえば,そういうことばかり書かれているので, 風土記は地理の本というよりも,土地々々の,いいつ たえを集めた本という方が,いいくらいです。(久保 (1955)(39)p.178)。 ③の例としては次のものがある 「風土記」は,やはりそのころに,日本国内のようす をはっきりしらべるために,地方ごとに,役人などに いいつけて,その土地の川や物産や伝説などについて, くわしくしらべてしるさせた本です。/「古事記」や「日 本書紀」のほうは,中央で朝廷につかえていた人たち が書いたものですが,それにくらべて「風土記」のほ うは,地方の人民たちのあいだにつたわっていた話を そのままとりあげてしるしてあるので,そのころの多 くの人が,生活の中でもっともしたしんでいた郷土的 な神がみといえましょう。(久保 (1968)(40)p.235) 先に示した風土記再話の方向性にそれぞれ沿うもので あり,説話集としての風土記を再話しようとする図書で は当然の性格づけと言える。しかし,ひるがえってこれ らの再話者たちは地理書をどういうものとして理解して いたのか,それがなぜ説話集であるのか,説話集として 扱うことは風土記の真面目を紹介することになるのか, という点をどう考えていたのか,などについて問わねば なるまい。 4 むすびにかえて 本稿では 20C 初め以来児童向けに刊行された再話され た風土記説話について検討した。その結果,以下の点が 明らかになった。 ・再話風土記説話には,風土記を原拠とすることを明示 したものとそうした記述を全く欠くものとがある。 ・両種類を併せて少なくとも 219 冊刊行されていた。15 年ごとに集計すると,刊行数が多いのは 1946 ~ 1975 年の期間である(風土記を明示しない図書は戦前にも 多い)。1976 年以降は急に減少した。 ・しかし,1980 年代までに刊行された図書は風土記説話 を含んでいても書名・副題にそれが示されることは少 なかった。1990 年代以降の図書では風土記が題名に含 まれることが少なくない。
・再話された風土記説話は多岐にわたるが,少数の説話 が何度も再話されている(「国引き」「白兎」「富士と 筑波」「堲岡」「餅の的」「奈具社」など)。全体として は、風土記を原拠とすることを示す図書と示さない図 書と,また戦前・戦後で大きな違いはない。しかし「白 兎」は原拠を示さない図書での採用が多く,「富士と筑 波」「堲岡」は示す図書で多い。「富士と筑波」「堲岡」「餅 の的」は戦後に多い。 ・風土記の説話は,「日本神話」の本流を補足する材料と して再話される場合,中央の神話ではない地方の「日 本神話」を語るものとして再話される場合,神話とは 関わらない単なる伝承として再話される場合,がある。 最後の場合では,しばしば昔話化される。 ・風土記に対しては,地理書,地理書というよりも説話集, 地方の様子を伝える説話集,といった性格づけがなさ れてきた。 本稿は,風土記説話の再話作品(図書)の一般的な傾 向を明らかにした。今後は,「国引き」以下,再話される ことの多い主要説話について,個別に再話の特徴を明ら かにすることを課題としたい(そのうち国語教科書に掲 載された明石の速鳥説話については別稿(41)にまとめた)。 付記 : 本研究にあたり,鳴門教育大学附属図書館を介し, あるいは直接に,多くの大学附属または公共図書館の蔵 書を利用させていただいた。記してお礼申し上げます。 - 注 - 1 もとより源氏物語に関する田坂(2007)(4)のような例 外はあり,特に記紀に関しては口語訳を超えて図像的な 受容史(5)(6)(7)も研究されている。 2 たとえば橋本(2001)(8)の第 4 章は「風土記の受容と 研究史」と題されているにもかかわらず,そこで扱われ ているのはもっぱら研究史である。ただし大久間(1983)(9) の文献目録には欠落もあるものの口語訳本が採録されて おり,口語訳による享受への関心が全く見られないわ けではない。さらに,山崎(2015)(10)は風土記に対す る関心の広がりをインターネットサイトの点から示し ている。 3 一般市民向けの風土記本文についてはまだ目録を完成 していないが,たとえば大久間(1983)(9)は風土記の「テ キスト」31 種,「注釈書」25 種を挙げる。そこに落ちて いるものおよび 1983 年以後に刊行されたものは,管見 の限りであわせて 14 種である。したがって全体として 100を超えることはないのではなかろうか。 4 有朋堂文庫の奥付には初刷に関する記載がない。国 会図書館サーチを利用した限りでは新潟県立図書館蔵 本が 1914 年刊行で最も古い。 5 ただし中等学校用の教科書・教材で風土記の文章を採 録しているものには,古くは吉川弘文館の『高等国文 巻 8』(1896)がある。そうであれば,むしろ学校教科 書が世間一般に先行していたと見るべきかもしれない。 6 1950・60 年代は NHK の TV 番組においても「風土記」 が量産された時代である。1953 年から 2015 年までに放 映された 2768 本中 1095 本が 1972 年までに放映されて いる(うち 150 本が子ども番組。NHK「番組表ヒスト リ ー」http://www.nhk.or.jp/chronicle/index.html で 算 出 し た)。古風土記の受容とは直接関係ないが,筆者として は同時代的現象として注目したい。 7 文学全集の時代が終わった 1980 年代以降,日本神話 や古事記の再話書の刊行数が減少したことは確かであ ろうが,それでも風土記の説話を含まないものは 30 冊 以上刊行されている。 8 風土記の記事を個別の記事に分割することは容易で はなく,また再話作品においても一つの章段に複数の 説話が並べられていることがある。このため原話にせ よ再話作品にせよ精確に計数することは困難である。 9 しかしながら B の図書で「速鳥」を採用しているのは, 教科書で速鳥が使われているために「速鳥」の知名度 が上がり,その結果,「速鳥」が採用されるようになっ たのであろう。この点は「餅の的」も同様に思われる。 10 この作品は 1953 年刊の『日本の神話』だと記されて いるが,国会図書館サーチでも確認することができな かった。内容的には目録の B050 と同一であるらしい。 11 たとえば吉田助治の『日本の神話』(目録の A019 はす でに戦前の段階で 6 本の風土記説話を取り入れている。 12 この立場は神田(1978)(36)が風土記を古事記の外伝 と呼んだことに端的に表れている。 13 田野の所在はさらに「郡の西南に在り」(角川ソフィ ア文庫『風土記 下』p.38)と注記されている。もっと も『塵袋』に引用された逸文では「球珠ノ郡ニヒロキ 野ノアル所」(p.410)と記され,すでに現実との結び付 きを失いかけている。 14 ただし昔話化することは,戦後には「日本神話」か ら離れる方向で機能したかもしれないが,少なくとも 戦前には,(特定の地点の児童ではなく)全国の児童 が等しくその説話にと結びつく契機となったであろう。 それは「国引き」の末尾のように,風土記説話を現代 の日本に直結することをも可能にするものであった。 -文 献- ( 1 )立岡裕士「問題としての近代風土記:風土記愛研究の ために」『鳴門教育大学研究紀要』31,pp.233-247,2016 ( 2 )立岡裕士「宝塚歌劇における風土記」『徳島地理学会 論文集』14,pp.100-115,2016 ( 3 )田中貴子「古典文学(研究)「棒鱈」化計画-「文学 (研究)」を「共有」するために-」『日本文学』57-4,
pp.46-53,2008 ( 4 )田坂憲二「『源氏物語』と『日本文学全集』-戦後『源 氏物語』享受史一面-」紫式部学会編『源氏物語とそ の享受 研究と資料-古代文学論叢第 16 輯-』武蔵野 書院,pp.143-176,2007 ( 5 )及川智早「神功皇后伝承の近代における受容と変容 の諸相-絵葉書・引札というメディアを中心に-」『国 文学研究』148,pp.1-11,2006 ( 6 )田中千晶「視覚化される「古事記」: 近代における享 受の観点から」『甲南女子大学大学院論集 . 言語・文学 研究編 』6,pp. (1)-(10),2008 ( 7 )田中千晶「反撃するヤマタノヲロチ : 戦うスサノヲ 像のイメージ形成とその諸相」『甲南女子大学研究紀要 . 文学・文化編』48,pp. (7)-(18),2011 ( 8 )植垣節也・橋本雅之『風土記を学ぶ人のために』世 界思想社,2001 ( 9 )大久間喜一郎『古代説話 風土記篇』桜楓社,1983 (10)山崎夢香「ウェブサイト・ノート 風土記についてのポー タルサイト」オンライン検索 36(2),pp.97-112,2015 (11)関和彦『古代出雲への旅:幕末の旅日記から原風景 を読む』中央公論新社,2005 (12)田中千晶「児童向け『古事記』等作品目録 < 近代編 >」 『神戸常盤短期大学紀要』28,pp.54-46,2007 (13)小櫃暢太郎「戦後期の児童日本文学全集における日 本古典文学の「再話」目録」『立教大学大学院日本文学 論叢』12,pp.102-141,2012 (14)原田留美「神話と児童文学 : スサノヲのヤマタノヲ ロチ退治神話について」『精華女子短期大学紀要』25, pp.87-102,1999 (15)原田留美「神話と児童文学(その 2)続・スサノヲ のヤマタノヲロチ退治神話について」『精華女子短期大 学紀要』26,pp.59-80,2000 (16)原田留美「伝統的な言語文化の再話作品の諸相-小 学校国語科教材「いなばのしろうさぎ」の場合」『新潟 青陵学会誌』4-1,pp.13-23,2011 (17)原田留美「小学校国語科教科書掲載作品「ヤマタノ オロチ」の再話作品としての特徴について」『新潟青陵 学会誌』7-3,pp.25-33,2015 (18)原田留美「伝統的な言語文化の再話作品の諸相 2 : 東 京書籍発行小学校国語科教科書掲載の「いなばの白うさ ぎ」について」『新潟青陵学会誌』8-3,pp.11-18,2016 (19)沖田瑞穂・百々佑利子「児童文学としての日本神話 : 古事記上巻を中心として」『日本女子大学大学院紀要 . 家政学研究科・人間生活学研究科』15,pp.85-93,2009 (20)及川智早「『古事記』・『日本書紀』に載録された「海 幸山幸神話」の近代における受容の諸相 : ちりめん本 『THE PRINCES FIRE-FLASH & FIRE-FADE.』と巖谷小 波『玉の井』を中心にして」『帝塚山學院大学研究論集 リベラルアーツ学部』45,pp.15-30,2010 (21)谷本由美「明治期児童向け古事記「いなばのしろう さぎ」のはじまり-チェンバレン「ちりめん本」から 巌谷小波「日本昔噺」へ-」『同志社女子大学生活科学』 45,pp.44-53,2011 (22)中嶋真弓「小学校国語教科書教材「かぐやひめ」採 録の変遷」『学び舎 : 教職課程研究』5,pp.12-26, 2010 (23)長谷川潮「児童における古典文学の受容-平家物 語の再話史-」水原一編『古文学の流域』新典社, pp.404-424,1996 (24)木村奈津紀「絵本のなかの古典文学-子ども文化に おける『平家物語』享受-」『学芸国語教育研究』25, pp.57-47,2007 (25)家永三郎「古事記の受容と利用の歴史-日本の思想 界における古事記の役割-」下中弥三郎編『古事記大 成第 1 巻 研究史篇』平凡社,pp.209-236,1956 (26)棚田真由美「昭和戦前期における『古事記』教材化 と時代社会」『教育学研究紀要』48(第 2 部),pp.60-65,2002 (27)田中千晶「戦時下における児童向け『古事記』の 受容と変容-引用の観点から」『児童文学研究』40, pp.15-29,2007 (28)品田悦一『万葉集の発明』新曜社,2001 (29)堀切実編『『おくのほそ道』と古典教育』学文社,1998 (30)渡瀬茂「小学校学習指導要領国語科の「伝統的な言 語文化」と神話の教材化」『近代姫路大学教育学部紀要』 4,pp.77-89,2011 (31)田中貴子『絵で見てわかるはじめての古典 1 古事記・ 風土記』学研教育出版,2012 (32)次山信男『みんなの調べ学習 全国の調べ学習実践 集 ⑧いろいろな調べ学習』ポプラ社,1996 (33) 荊木美行『風土記逸文の文献学的研究』皇学館出版 部,2002 (34)田坂憲二『文学全集の黄金時代 : 河出書房の 1960 年 代』和泉書院,2007 (35)久 保 喬「 日 本 神 話 再 論 」『 日 本 児 童 文 学 』27-2, pp.30-37,1981 (36)神田秀夫「『古事記』外伝」神田秀夫『図説日本の 古典 1 古事記』集英社,pp.164-175,1978 (37)国語教育学会編『小学国語読本綜合研究巻 4』岩波 書店,1938 (38)福田清人『日本史の光 1 年生』あかね書房,1958 (39)久保喬『日本の神話 2 年生』宝文館,1955 (40)久保喬『日本の神話』盛光社,1968 (41)立岡裕士「早鳥/はやとり:教材・教材観の変化・ 不変化」『鳴門教育大学学校教育研究紀要』31,pp.103-113,2017
付表 児童向けに再話された風土記記事(説話)を載せる図書 A 典拠を明示しない図書