肛門性格をめぐって
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(2) (148)401 肛門性格 をめ ぐって. 超 自 我﹂ の形 成 も始 まり ます し、 支 配 と 断 念 す る事 を 学 ぶ の です 。 こ の自 己 支 配 の問 題 か ら 、 罪 責 感 を 産 み出 す ﹁ 服 従 の問 題 か ら 、 攻 撃 性 やサ デ ィズ ム及 び マゾ ヒズ ムも 生 ま れ ると 考 え られ ます 。. 、す べて の物事 を 自 分. こ の発 達 段 階 に 固着 す る人 間 、 つま り 肛 門性 格 の人 間 は 、自 然 な欲 望 と、 自 分自 身 を コント ロー ルし よう と す る. 超 自 我 と が乖 離 し 、 強 迫 的 な性 格 に な り ま す 。素 直 に快 楽 を 追 求 せず に我慢 しよう と す る事. 、 が決 め た 通 り にき ち んと コント ロー ルし な いと 気 がす ま な い事 、等 が そ の特 徴 です 。 ま た 、超自 我 が強 過 ぎ る為 に. 一方 ま た 、 肛 門期 の幼 児 に は、 母親 の言 い つけを 聞 かず に、 大便 を 出 さず にお こう 恥 や罪 の意 識 も 強 く な り ま す 。. 、 と す る願 望 も 強 く あ り ま す か ら 、 人 の言 う 事 を 聞 か な い強 情 ・頑 固 な 性 格 にな ったり やり た い事 と やる べき だ と. 、 思 いの外 に符合 す る所 が. 、 、 思 う 事 の分 裂 か ら 、 同 一人物 が 矛盾 対 立 す る 三面 性 を 示 し 、 礼 儀 正 し さと無 礼 几帳 面 さと だ ら し な さ 吝 薔 と 浪 費 、 優 し さと 攻 撃 性 と い った 正 反 対 の性 格 を 合 わ せ持 つと も 言 わ れ て います 。 ※ ※ ※. 以 上 の様 な 肛 門 性 格 の特 徴 を 念 頭 に置 いて、 谷 崎 の生 涯 と 文 学 を 眺 め渡 し て見 ま す と. 、欲 望 を 満 た す 時 に. 多 い事 に気 が付 き ま す 。 、 3︶ 細 雪﹄ ︵s8 谷 崎 の芸 術 上 の完 全 主 義 ・凝 り 性 、 私 生 活 に お け る義 理 堅 さ ・礼 儀 正 しさ ・時 間厳 守 ま た ﹃ l∼2 、 肛 門性格 の特徴 です 。 谷 崎 等 か ら も感 じ 取 れ る よ う に、 年 中 行 事 や儀 式 のよう に型 に填 ったも のを 好 む事 な ど も. の マゾ ヒズ ムも 、 強 す ぎ る超 自 我 と 本 来 の欲 望 と の間 に強 い葛 藤 が生 じ 、罪 悪感 が生 ま れ る為. 、 は 同 時 に自 ら に罰 を 加 え て罪 滅 ぼ し を し よう と す る事 と 関 係 があ ると 考 え ら れま す 。 谷 崎 の小説 に は 大 小 便 への 、 。 厠 の い ろ いろ﹄ ︵SO 言 及 が か な り 頻 繁 に出 て来 ます し 、 ﹃ l︶と いう ト イ レを 論 じ た随 筆 も書 いて います ま た 面 、 白 い事 に、谷 崎 は生 涯 にわ た って、 便 秘 を 非 常 に気 に し ており ま し た 。 これ らも 谷 崎 が 肛 門性 格 だ った事 を 推 測 さ せま す 。.
(3) 一体何だ った のでし ょう か? さ て、も し潤 一郎 が、実際に肛 門性格 だ ったとす るならば、そう な った原 因 は、. 私 は、原因 の 一つは、母 セキ のトイレのし つけ方 にあ った のではな いかと想像 して います。そ の事を幾らかでも裏. 少年 の記憶﹄︵T2︶と題す る回想があります。 こ の中 で、谷崎 は五、六歳 の頃、 よく 付け てくれそう なも のに、 ﹃. 少しも械 いと思はぬ のみか、肛門 の周囲 の筋肉が奇妙 に伸縮す る 鉄道馬車 に乗 ったが、馬が途中で糞をす る のを ︽. 円形 の土手を築 いて、其 の中 へ放 尿を ︾ と言 い、また、泥を捏ね て ︽ 工合 を、面白 さう に熟 視す るのを常と した。. し合 つた後、又其 の土を崩 して弄 んだ が、それさ へ械 いと は思はなか つた。 ︾ と回想 して います。また、同じ文章 光. 楚、汚械と云ふ意味 は好く合点出来なか つた。 ︾. 中略︶私には大 人 の清 阿母さ んは械 い子供 が大嫌 ひ︱﹂ など ゝ欺 し嫌 され ても、私は い つかな承知 しなか つた。︵. 中略︶私 はやれ石鹸が眼 へ泌 みると ︽五六歳 の時分、私 は毎晩母に促され て入浴する のが面倒 でならなか つた。︵ か、 やれ湯が熱 いとかだ ゞを捏ね て、手 足を バタバタ藻掻き つ ゝ泣き叫 んだ。 ﹁い ヽ子だから大人しくす るんだよ。. の中 には、次 の様な 一節もあります。. 江. この様 に糞尿 に対す る強迫的な不潔恐怖を示す母親が、息子に対してどう いう トイ レのし つけをしたかは、容易 に. わなければ気が済まなか った。冬 になると指先がす っかり割れてささく れ立 ったが、それでもやめなか った。 ︾. ︽ 私 の母は病的 に神 経質だ った ︵ 中略︶母は綺一麗好き で、便所 から出 ると、塩と軽 石で手を 三十分位 ごしごし洗. の日本橋﹄ に、次 の様 に書き残し ています。. 遠 い明治 と ころが、谷崎 のお母 さんと いう人は、また取り分け綺一麗好き であり ました。潤 一郎 の弟 ・精 二が、 ﹃. る事 には、全く納得 し て いなか った のです。. こ の例からも分かるよう に、幼少時代 の谷崎は、大小便 にむしろ愛着を示し て いて、親 によ って清潔さを強制され. 細. 400(149).
(4) (150)399 肛 門性格 をめ ぐって. 、 想 像 で き る で し ょう 。潤 一郎 は、大小便 への愛着を断念す るよう に強制 された事 が 一種 の外傷体験 にな って いて. そ の為 に 生 涯 に わ た って大小便を復権 しようとす る無意識 の願望を持ち続けた人だ った のではな いかと私は考え る のです 。 ※. 、 大 便 は 、 社 会 にと って は単 に嫌 悪 す べき 無 価 値 な も のに過 ぎ ま せ んが 肛 門 性 格 の人 間 にと っては ア ンビ ヴ ァレ 、 、 ント な存 在 です 。 つま り そ れ は、嫌 悪 す べき も の、抑 圧す べき も のであ ると 同 時 に 触 ってみた い 手 に入 れ た い 、何 か の切 っ掛 け か ら 、急 に熱愛 し始 め ると い. も の でも あ る訳 です 。 谷 崎 には、最 初 、 嫌 悪 し て いた 不潔 な も のを. 、﹃ 4︶を 書 いて、大 阪 の人 が 満 員 電 車 の 阪 神 見 聞 録﹄ ︵Tl. 。 う 例 が あ り ま す が 、 これ は谷 崎 の大 便 に対 す る ア ンビ ヴ ァレ ン ツの現わ れと 解 釈 す る事 が出 来 る でし ょう 例 え ば 谷 崎 は、 関東 大 震 災 後 、 関 西 に移 住 し た て の頃. 、 、 中 で子 供 に大 小 便 を さ せ る無 神 経 さ を 罵 倒 し て いま す が 、 そ の後 間も な く 大 の大 阪 人贔 贋 にな って 大 阪賛 美 の 、 江戸 つ 私 の見 た 大 阪 及 び 大 阪 人﹄ ︵S7︶を 書 き ま す 。 と こ ろが、 そ こでも大 阪 の家 の中 の不 潔 さを 言 い ︽ 為に ﹃. 、 あ れ で み ると 大 阪 人 の下着 類 は定. 、 大 阪人 が 不 潔 だ と いう 認 識を 変え た ので は な. 児 は 檻 棲 を 着 て ゐ ても ふ んど しと履 き 物 だ け は新 し いのを 誇 り と したと 云 ふ が ︾ と 書 いて いま す 。 つま り 谷 崎 は め し 不 潔 であ ら う と 察 せ ら れ る。 く 、 不 潔 な 大 阪 人 が好 き にな ってし ま った のです 。. 、 アゴ ・マリ ア﹄ ︵T2 ま た 、 これ は 小 説 です が 、 ﹃ l︶と いう 作 品 の主 人 公 は 店 に丁 稚奉 公 を し て いる鈴 吉 と いう 、 最 初 は畳 の上 に座 って いる鈴 吉 の. 少 年 の足 だ け を 、鈴 吉 の人 格 と は無 関 係 に崇 拝 す る よ う に な り ま す 。 それ も. 、︽ 厭 だ /ヽ と 思 つ. 臀 の 下 に重 ね ら れ て ゐた 黄 色 い足 の裏 ︾ を 見 て、 今 な ぜ 人 間 に はあ んな不 作 法 な 足 な ん ても のがあ る んだ ら う な ︽. 中略︶﹁せ め て足 袋 で も 穿 いて ゐ た ら い ゝのに﹂ と 、 ひ そ か に そ の足 を 憎 ん︾ で いた のに あ﹂ ︵. 皮 膚 に黒 いひび の這 入 つた むく んだ 汚 い足︾ を 崇 拝 て ゐ るう ち に い つの間 に やら ひよ いと 好 き にな つ︾ て、 そ の ︽.
(5) 光 江 細. 398(151). 黄 色 い︾ 汚 い ︽足 の裏︾ と いう 言 い方 か ら見 て、 足 の裏 は大 便 す る よう にな る のです 。 ︽臀 の下︾ と いう 位 置 や ︽. に近 いも のと 考 え ら れ ま す 。 実 際 、人 間 の体 の中 で、 足 の裏 は最 も 下 の方 にあ り 、 最 も 下等 で不潔 な部 位 と 言え る. 、 で し ょう 。 だ と す れ ば 、 足 の裏 を紙め て みた いなど と 感 じ る谷 崎 の フ ット 。フ ェテ ィシズ ムも ま た 肛 門性 格 に由 来 す る部 分 が大 き いのでは な いかと考 え ら れ ま す 。. と ころで谷崎 は、自分 の理想とする女性 に対 しても、大便 に対してと同様、憧 れと恐怖 の混在するアンビヴ ァレ. ンツを、生涯 にわた って示し続けております。 これは、谷崎 の人格 は、肛門期 にそ の基本構造が出来上が って いた. 為 、後 に女性 に対 して大人 の性欲が生まれた時 に、女性もまた大便と同じ様 に アンビヴ ァレ ントな存在 にな ってし. 、 ま ったから ではな いか、と考え られます。谷崎が、生涯 にわた って女性を愛 し つつ恐れ、性的快楽を追求 し つつ. 一つには母 セキに対す るイ ンセスト ・タブ ーのせ いだと考えられますが、もう 一 罪 や死 の恐怖 に悩 み続けた のは、. つには、谷崎 にと って、女性 は言わば大便そ のも のだ ったからではな いか、と私は思う のです。. こ の仮説 は、大胆 に過ぎ るよう に思われるかも知れませんが、谷崎 には、自作 の女性主人公を大便と結び付けよ うとす る奇妙な傾向 が、実際 にあるのです。. 5︶には、平中が本院 の侍従 の排泄物を見 る有名な話が 4∼2 少 将滋幹 の母﹄︵s2 乱菊物 語﹄︵s5︶と ﹃ 例え ば、 ﹃. 武州公秘話﹄︵S6∼7︶では、武州公が便所 に通ず る地下道を通 って、桔梗 の方 に会 いに 使 われ て います。また ﹃. 春 真 に文字通り芳し い最期を遂げた︾事 などが語られて います。 ﹃ 行く話 や、的場大助が桔梗 の方 の糞溜 の底 で、︽. 琴抄﹄ ︵s8︶には、春琴に ついて、︽お師匠様 は厠 から出 て いらし つても手をお洗 ひにな つた ことがなか つたなぜ. なら用を お足しになる のに御自分 の手 は 一遍もお使 ひにならな い何から何ま で佐助ど んがして上げた入浴 の時もさ 猫と庄造 う であ つた︾と書 かれ て います。 つまり春 琴 のお尻 の穴 は、佐助が拭 いたり洗 ったりして いた訳です。 ﹃.
(6) (152)397 肛 門性格 をめ ぐって. と 二 人 のを んな﹄ ︵SH︶に は 、 猫 のリ リ ー の フ ンシ が 、 繰 返 し出 てき ます 。 そ し て庄 造 は、 ︽ 僕 り ヽ︱と は屁 ま で. 嗅 ぎ 合 う た 仲 や︾ と 自 慢 し ま す 。 ﹃ 余 細 雪﹄ が 雪 子 の下痢 で終 わ る事 は有 名 です が 、 妙 子 も 赤 痢 に な り 、 下痢 が ︽. ︾ ︵下巻︶と 描 か れ て います 。 り 頻 繁 な の で、起 き て、 椅 子 に掴 ま つて、 御 虎 子 の上 へ跨 が つた き り であ つた 。. 5︶ の ラ スト に、 青 塚 以 上 は 比 較 的 穏 やか な 例 です が 、 も っと 過 激 な も のと し て は 、 例 え ば ﹃ 青 塚 氏 の話﹄ ︵Tl. 氏 と 思 しき 人 物 が 、 由 良 子 そ っく り に作 った 人 形 の大 便 を 自 分 の顔 に掛 け て喜 ぶと いう 話 があ り ま す 。ま た、 戦 後. 、 、 の ﹃ 過 酸 化 マンガ ン水 の夢﹄ ︵s0 3︶に は 洋 式 水 洗 便 所 の中 で 他 な らぬ自 分 の大 便 が女 に な る と いう 顕 著 な 例. 、 、 ビ が見 ら れ ま す 。 ﹃ 馬 の糞﹄ ︵T4 l︶と 題す る小 説 で は 友 人 の細 君 を 毛 嫌 いす る 男 が こ んな女 と 結 婚 す る のは ︽. フテキ の代 り に馬 の糞 を 喰 ふ︾ よう なも のだ と 言 って、厭 が ら せ を します。 彼 が嫌 いな女 性 を ︽ 馬 の糞︾ と呼 ぶ の. は、 彼 にと って女 性 は い い糞 か 悪 い糞 か ど ち ら か であ って、 い い糞 な ら食 べても い いと 思 って いる か ら でし ょう 。. 2︶ の中 で、 辰 野 隆 が谷 崎 に ︽君 は 中 学 時 代 に、 惚 れ た女 な ら ク ソで 実 際 、 戦 後 の対 談 ﹃ 忘 れ 得 ぬ こと ど も﹄ ︵S2. 今 でも そ んな 気 も ち が あ る か い︾ と 聞 く と 、谷崎 は ︽や ア、 な いこと も な いが ⋮⋮︾ と も食 う つて い つてた ね︾ ︽ 答 え て いま す 。. 4︶に は 、 ダ ンス ・ホ ー ル に行 った 後 、急 に ナ オ ミに幻 滅 を 感 じ 始 め た譲 治 が 、 帰 り の電 車 ﹃ 痴 人 の愛 ﹄ ︵T3 l∼︲ の中 で 、 次 の様 に思う 場 面 があ り ま す 。. ︽ ち やう ど 私 の座 席 か ら は 、 彼 女 が 最 も 西 洋 人 臭 さ を 誇 つて ゐ ると こ ろの獅 子 ツ鼻 の孔 が、 黒 々と 覗 け ま し た 。. 中略 ︶此 の鼻 は ︵ 中略︶ま る で私 の体 の 一部 も 同 じ こと で、 決 し て他 人 の物 の やう に は 思 へま せ ん。 が、 さう 云 ふ ︵. 一層 そ れ が 憎 ら しく 汚 ら し く な つて来 る ので し た。 よく 、 腹 が 減 つた 時 な ぞ にまづ い物 を 夢 中 感 じ を 以 て見 ると 、. で ム シ ャム シ ャ喰 ふ こと が あ る、 だ ん /ヽ 腹 が 膨 れ て来 る に随 つて、急 に今 迄 詰 め 込 んだ 物 のま づ さ加減 に気 が つ. 一度 に胸 が ム カ ム カ し出 し て吐 き さ う にな る、︱ ︱ ま あ 云 つて見 れ ば 、 そ れ に似 通 つた 心 地 でせう︾ く や否 や、.
(7) ビ フテキ︶と 思 って食 べて いた所 、 ナオ ミ の鼻 の穴 は 、 恐 ら く 肛 門を 象徴 し て いま す 。 譲 治 は ナ オ ミを 、良 い大 便 ︵ 実 は馬 の糞 だ った と 分 か って吐 き 気を催 す のが 、 こ の場 面 でし ょう 。. 、 、 、 ﹃ 悪 魔 ﹄ ︵M5 4︶に は ヒ ロイ ンが鼻 を か んだ ハ ンカ チを 主 人 公 が ぺろ ぺろと 紙 め る場 面 が 出 て来 ます が こ の. 場 合 も 、鼻 の穴 は肛 門 に、 鼻 汁 は鼻糞 と いう 言 葉 があ る事 か ら も 、大小 便 に準 ず る も のと 考 え ら れま す 。. 、 、 、 、 少 年﹄ ︵M4 ﹃ 4︶ に は 狐 ご っこ の場 面 が あ り 狐 に な った ヒ ロイ ンの光 子 が 狐 の 糞 と 小 便 と 称 し て 足 で踏. 私︾ や仙 吉 に食 べさ せま す 。 み潰 し た 慢 頭 ・鼻 汁 で練 り 固 め た豆炒 り ・白 酒 の中 へ痰 や唾 吐 を 吐き 込 んだ も のを ︽. す る と 信 一が 、 ︽今 度 はあ べこ べに貴 様 を 糞 攻 め にし て やる︾ と 言 って、皆 で光 子 の顔 を 餡 こ ろ餅 でぐち ゃぐ ち ゃ. にし ま す 。 餡 が大 便 の代 わ り にな る訳 です 。作 品 の最後 の方 で、光 子 は仙 吉 と 私 を 縛 り 上 げ 、 額 の上 に蝋 燭 を 載 せ. 鳥 の糞 のやう に溶 け出 し て座 ら せ ま す が 、 こ の場 面 でも谷 崎は、 二人 の顔 を覆 い尽 く した蝋 に ついて、 わざ わざ ︽. 鼻 の穴︾ も肛 門 の象 徴 でし ょう 。 こ の様 に ヒ ロイ ン の大 小 便 を愛 す る 一方 で、愛 す る ま せ た り︾ し ま す が 、 こ の ︽. ︻ 鼻 の穴 の掃 除 を 命 じ たり 、C︻ た蝋 ︾ と いう 形 容 を 与 え て いま す 。そし て、 ラ スト で光 子 は、 私 や仙吉 に ︽ 用 を飲. ヒ ロイ ン の顔 を 大 便 ま み れ に し ようとす る事 は 、 谷 崎 の女 性 への愛 着 が 、大 便 への愛 着 の延 長線 上 にあ ると でも考. 母を 恋 ふ る 記﹄ ︵T8︶で自 分 の母 を 鳥 追 痴 人 の愛﹄ のナ オ ミを浅 草 千 東 町 の銘 酒 屋出 身 と したり 、 ﹃ 潤 一郎 は ﹃. る の でし ょう 。. は夢 で、 胸 を 墨 で汚 す事 は 、 顔 を絵 の具 で塗 り 潰 す のと 同様 、 大 便を塗 り 付 け る性 的 な行 為 の代 理象 徴 と な って い. 十七 年 の地 震 の際 、 母 の白 い胸 に筆 で墨を 黒 々と 塗 り 付 け た と いう 思 い出 話 が出 て来 ます 。 恐 らく これ は、実 際 に. 0∼3.︶に は、 明 治 二 幼 少 時 代﹄ ︵s3 り ま す が 、 こ の場 合 の黄 色 い絵 の具も大 便 と 考 え て間 違 いな いと 思 いま す 。 ﹃. 、 、 ﹃ 肉 塊﹄ ︵T2 l︶と いう 小 説 に は 美 し い白 人 女 性 ・グ ラ ンド レ ンの顔 を 映 画 撮 影 の為 に黄 色 に塗 り 潰 す 例 があ. え な い限 り は 、 理 解 でき な いと 思 います 。. 江. 光 細. 396(153).
(8) (154)395 肛 門性格 をめ ぐって. いの姿 で登場 させるなど、 ヒ ロイ ンの出自を殊更、下賤なも のにしたがる傾向がありますが、 これも ヒロイ ンを不 浄なも の、 ひ いては大便と結び付ける為 の設定と考えられます。. 女 の顔を絵 の具 でぐち ゃぐち ゃにする例 は、 ﹃ 鬼 の面﹄︵T5︶と いう小説にもありますが、 こ の作品 の主人公は、. 絵筆よりもむ し ろ短 刀 で、︽ 餅を捏ねるやう に顔中を捏ね返して見︾ た いと考えます。 ﹃ 春琴抄﹄ で春琴 の顔を破壊 す る事 も含 め て、 これらは顔そ のも のを大便 に変え て捏ね返した いと いう事 でし ょう 。. 谷崎 は、大便 を捏ね 回した いと いう欲望 が強か ったと見え て、 ﹃ 柳湯 の事件﹄︵T7︶と いう奇妙な小説も書 いて. います。 この小説 の主人公 は画家 で、ぬら ぬらした物質︱︱ 蒟蒻 や ︽心 太 、水飴、 チ ューブ入り の煉歯磨 ︵ 中略︶. と ろ ゝ、肥え た女 の肉体︾等 が大好き で、画家 にな った のも ︽ さう 云ふ物質に対す る愛着 の念が、次第 に昂じて来. た結果だらう︾ と言 います。そして、自分 の情婦 に対し ても、シ ャボ ンを顔に塗りたく ったり、体中に布海苔をぶ. っ掛 けたり、︽ 鼻 の孔 へ油絵 具を べ つとりと押 し込 んだり︾ して いじめます。ここでも鼻 の孔は、肛門と同 一視さ. れており、油絵 具 やぬら ぬらした物質は大便 であ ると考えられます。彼が油絵具を鼻 の孔 へ押し込む のは、大便は. 肛門 の中 にあ る べきだから でし ょう。そして、 こ の主人公は ︽ 肥えた女 の肉体︾ も、 ぬらぬらした物質、 つまりは. 大便と同列 に並 べて いる のです。谷崎が女性 の肉 体を大便と同 一視 し、女性 の肉体を大便 の様 に捏ね回した いと感 じて いた可能性 は、決し て小さくな いと私 には思われます。. ﹃ 憎念﹄ ︵T3︶と いう小説 では、主人公が丁稚 の安太郎 の鼻 の穴を見 て、今何と云 ふ醜 い、汚ならし い、鼻 の孔. だらう。 人間 の顔 には、どうし て鼻 の孔 なんぞが附 いて居 る のだらう。 中略︶﹁ 飯を喰ふ時 にはキ ツ ﹂︵ ﹂︾ と 思 い、︽. と其 の恰好 が眼先 へちらち らし て気持ちを 悪く さ せ︾ る ので、安 太郎を憎むよう になり ます。そ の憎 しみは、︽ 我. れ我れが食事 の最中 に或 る汚械 な事物を想像す る時、何とも云 へな い、嘔吐を催す やう な不愉快︾と同じだ ったと. 言 います。明 らかにこの例 でも、鼻 の穴は肛門と無意識 に同 一視 され、それ故に嫌悪 されて います。.
(9) 光 江 細. 394(155). と ころが、主 人公 には、 この安太郎が手代 の善太郎 に暴力を振 るわれた際 の ︽ 歪 んだ顔 つき や、悶え廻る手足 の 恰好が甘 い誘惑 物 のやう に 一種 不思議 な牽引力を 以 て写 つて居ました︾。そ の為 に主人公 は、もう 一度、安太郎が. 善太郎 に殴られ る所を見ようと、陰険な策略 を巡らす のです。主 人公はこの欲望 を、︽しん こ細工︾を例 に取 って. あ のグ ニヤグ ニヤした、柔か い、粘 ツこ い物質︾ ︽ あ の物質を自由勝手 に伸ばした 説明しようと試 みます。即ち、︽. 中略︶私 は全く そ のやうな好奇 り 圧し つけたり 摘ま んだりす る手触りが、子供 には無意 識に面白か つた のです。︵. ︾と。谷崎 は気付 いて いませんが、 ここ 心から、もう 一遍安太郎 ののた打ち廻る光景を眺めたく な つた のでした。. に語られ て いる物質を捏ね回す快楽も、恐らくは、大便を捏ね回す快楽 です。安太郎 は、大便と同 一視されるが故 に、 醜く、色黒く、而も豊か 一方 では吐き気を催 させながら、他方 では捏ね 回してみた い欲望もそそる のです。 ︽. に肥え て居る彼 の体質︾ が、椰 ったり孤 ったりし てみた い気持をそそるとされて いる事 も、安太郎と大便と の類似 性を感じさせます。. 老人性痴呆症 にな ったお年寄り は、しばしば自 分 の大便を手 で掴 んで捏ね回したり、食 べたりす るそう ですが、 これは、人間 には本来そう いう欲望があるのだが、普段 は抑圧し て いて、痴呆症 にな ると抑 圧が取れるのだと考え. られます。子供 が泥遊びを好む のも、実は大便を捏ね る代わり であり、世 の母親達がそれを厭がる本当 の理由も、. 少年 の記憶﹄ の泥 んこ遊びでも、泥は元 々大便 の代わりだからこそ、そ そこにあ ると思われます。先 に引用した ﹃ れに小便を混 ぜようと いう発想 が浮かぶのでし ょう。 ※ ※ ※. と こ ろ で、 谷 崎 の女 性 そ の他 に対す る趣 味 ・嗜 好 に は、生 涯 に少 なく と も 二回 、 劇 的 な変 化 が起 こ っており ます 。. 一回 目 は青 年 時 代 で、 そ れ ま で は大変 な優等 生 ・学 校 秀 才 で、禁 欲 的 な聖 人 ・君 子 た ら んと し て居 た のが、 百 八十. 度 方 向 転 換 し て、性 的 快 楽 の探 求 者 に変身 し た事 です 。 二回 日 は 関 西移住 後 、 そ れ ま で の西洋 崇 拝 o白 人女 性 崇 拝.
(10) (156)393 肛 門性格 をめ ぐって. か ら 日本 回 帰 し て、 関 西崇 拝 o古 典 的 日本女 性 崇 拝 に変 わ った事 です 。 それ では、 こ の 二回 の大変 身 の際 に、谷 崎 の肛 門性 愛 は ど の様 に変 化 し た ので し ょう か ?. 最 初 の優等 生 時 代 には、 谷 崎 の肛 門性愛 は、 も っぱ ら禁 欲 的 に、 我 慢 す る力と し て機 能 し て いた事 が 、容 易 に想 像 でき ま す 。 そ れ で は、自 人女 性 崇 拝 の時 代 に はど う だ った のか 。. 白﹂ は、 一切 白 ﹂ と い つ色 そ のも の であ り 、 ﹁ 結 論 か ら 先 に 申 しま す と 、 白 人 女 性 崇 拝 の鍵 を 握 って いる のは ﹁. 一方、白 人 に対 し てしば しば 日本 人 の象 徴 と の不潔 な も のを 拒 絶 す る色 、 大 小 便 の完 全 な る否 定 と 考 え ら れ ま す 。. 黄 色﹂ は糞 尿 の色 だ った と思う のです 。 黄 色 ﹂ であ り ま す が 、 谷 崎 にと って ﹁ さ れ る色 は ﹁. 5︶と いう 日本 回 帰 直前 の 為 介 の話﹄ ︵Tl 西 洋 崇 拝 の時 期 、 谷 崎 は黄 色 い日本 人 を 軽 蔑 し て いま す が、 例 え ば ﹃. 中 絶 作 品 で は 、 ア メリ カ風 の白 いズ ボ ンと白 靴 の流 行 が 日本 人 を 尚 更 醜 くす ると書 き 、 ま た 、 不愉 快 な 大 阪 の新 聞. 泥だ 汗 で ぬ ら ぬ ら光 つて ゐ る襟 頸 や、垢 づ いた カ ラ ー、 曲 つた 蝶 結 び のネ ク タイ︾ ︽ 記 者 を 描 写 す る の に、 彼 の ︽. 歯 糞 の附 いた 黄 色 い歯︾ を 見 て吐 き 気 を催 した と書 いて い ら け な白 靴︾ 等 の不 潔 さを 指 摘 し 、 更 にそ の上 、 彼 の ︽. 白 靴︾ も ︽ 汚 れ て は ゐた け れど 踵 が 曲 つて ゐ 色 白︾ で、 ︽ ま す 。 し か も 主 人 公 は、 二人 の新 聞 記 者 の内 、 比較 的 ︽. 白﹂ は清 潔 で優 な︾ い方 の新 聞 記 者 を 選 び 、 彼 を これ見 よが し にえ こ贔 贋 し て見 せ る のです 。 こ こ では 明 ら か に ﹁ れ た も の、 ﹁ 黄 色 ﹂ は 不潔 で嫌 悪 す べき も のと な って いま す 。. 清 潔 と 整 頓 を 文 化 の第 一条 瀬 惰 の説 ﹄ ︵s5︶ の中 で は 、谷 崎 は逆 に ︽ と こ ろが 、 日本 回 帰 後 に書 か れ た 随 筆 ﹃. 今 に ア メリ カ人 は鼻 の穴か ら臀 の穴 ま で、 紙 め ても い ゝやう にキ 件 と す る ア メ リ カ 人︾ を 椰 楡 す る よ う に な り 、 ︽. レイ に掃 除 を し 、 垂 れ る糞 ま で が春 香 のやう な 匂 いを 放 つやう に し な け れば 、真 の文 明 人 では な いと 云 ひだす かも. 、 ︽八重 歯 や. 白 い汚 れ 日 のな い歯列 を 見 ると 、 何 と な く 西洋 便 所 のタ ︾ と 言 った り 、 ハリ ウ ッド の映 画 俳 優 た ち の ︽ 知 れ な い。. イ ル張 り の床 を 想 ひ 出 す︾ と 言 った り し ます 。 そ し て、 便 所 を ひど く 汚 くす る中 国 人 への共感 を 語 り.
(11) 光 江 細. 392(157). 茄子歯︾ が失われ て行く事を嘆き、老人 の歯は ︽ 煙草 のやにで黄色く汚れて︾ いる方 が、︽ 皮膚 の色とも よく調和. して、 のんびりした、悠 々迫らざ る感 じを抱かせる︾ と主張 します。 ここでも ﹁ 白﹂ は明らかにトイ レの清潔さと. 白﹂ を排斥し出し、それま で嫌 って いた ﹁ 結び付けて考え られて いますが、谷崎は日本回帰す ると同時 に、﹁ 黄色﹂ を弁護し始 める のです。. 5︶と いう小説 谷崎 には、西洋崇 拝と 日本 回帰 の問題を直接 に テー マとし て取り上げた ﹃ 友 田と松永 の話﹄ ︵Tl. があります が、そ の中 で、︽ 黄色 い国︾ 日本を嫌 ってパリに渡 った西洋崇拝 の主人公 ・松永 黄色 い顔︾ の日本人 ・︽ が、 日本回帰す る切 っ掛けも、愛 人 スーザ ンの真 っ白 な肌が、何故だか急に恐くな って来 た事 でした。そして、間. もなく松永 は、 ︽ 女 の肌 の色 も、真 つ白 いのより も黄 色 が ゝつてゐる方 が、和 やかであ り ︵ 中略︶真 に自 分を心 の. 想像した ゞけでも荒んだ神経が静ま るやうな感じを覚え︾、 底 から労 つてくれるやうな気 が︾ し始め、日本 の事を ︽ とうとう 日本 へ逃げ戻 って来 る のです。. と ころで、 日本 が懐かしくなり始めた時、松永 の耳元には、次 の様な囁き声が聞え て来ます。. ︽ 此 のピ カピ カし た ガ ラ スや金 属 の食 器 でも つて物 を た べて旨 いと 思ふか? 此 のテ ーブ ル ・ク ロー スはどう. だ? 此 の磁器 の皿はどうだ? 成る程清潔 には違 ひな いが渋 みも深みもな いぢ やな いか。 ︾. ここで清潔な洋食 器 の事 が出 てく るのは、西洋 および ﹁ 白﹂ が清潔 の象徴 であるから に違 いありません。松永は、. 西洋 の清潔な白 さに追 い立 てられ て、 日本に逃げ戻 ると言 っても過言 ではな いでし ょう。. 同じく 日本回帰を テー マとした作品 ﹃ 蓼喰ふ虫﹄︵s3∼4︶でも、明らかに不潔なも のが復権 されようとしてい. ます。例えば、 ヒ ロイ ンのお久 は、古風な京女 で、茄子歯と 八重歯があり、 ハイ カラな美佐子はそれを ︽ 不潔 で野. 蛮︾と酷評 します が、 ﹃ 瀬惰 の説﹄ の谷崎同様、主人公 の要は ︽ さう云ふ非衛生的な歯を治療 しようともしな いと. ころに︾心を惹 かれます。淡路 で人形浄瑠璃を見 る場面 では、見物席 の通路 で子供 に小便を させる母親が描かれま.
(12) (158)391 肛 門性格 をめ ぐって. 阪 神 見 聞 録 ﹄ で な ら 、 罵 倒 の対 象 と さ れ る筈 のも の です が 、 こ こ では牧歌 的 な のど か な 雰 囲 気 を 強 め る のに す。 ﹃. 厠 の いろ いろ﹄ と 同じ ︽雪隠 哲 学︾ を 説 き 、 お久 に鶯 の糞 を 役 立 てら れ て いま す 。 ま た 、美 佐 子 の父 は、谷 崎 の ﹃. 春 琴 抄﹄ の春 琴 も そう です が 、 お久 は絶 え ず 顔 に鳥 の糞 を塗 り た く って いる訳 です 。 そ し て、 使 わ せ て いま す 。 ﹃. ラ スト で要 は 、 白 いタイ ル張 り の浴 室 と は対 照 的 に不潔 そう に見 え る薄 暗 い長州 風 呂 に入 って、 お久 と 結 婚 した よ. 蓼 喰 ふ 虫﹄ と いう 小 説 に安 らぎ が満 ち 満 ち て いる事 と 、 こう し た 不潔 の復 権 と は、恐 う な 気 持 にな り ま す 。 こ の ﹃ ら く 無 関 係 で は あ り ま せ ん。. 陰 翡 礼 讃﹄ ︵s8∼9︶にも 、 同様 の現象 が見 られ 日本 回 帰 後 の谷 崎 の美 意 識 の エ ッセ ン スと でも 言 う べき 随 筆 ﹃. ま す 。 こ の中 で潤 一郎 は、 ︽日本 の厠 は実 に精 神 が休 ま る やう に出 来 て ゐる︾ と 言 い、 白 いタ イ ルを 張 り 詰 め た西. 洋 式 のト イ レ に す れ ば ︽ 清 潔 に は 違 ひな いが︾、 精 神 が 休 ま ら な いと 言 います 。 ま た ︽西洋 人 は垢 を 根 こそぎ 発き. 中略︶因 果 な こと に 、 わ れ /ヽ は人 間 の垢 や油煙 や風 雨 のよ ご れ が 附 いた も の、 立 て ゝ取 り 除 かう と す る のに反 し ︵. 乃 至 は そ れを 想 ひ出 さ せ る やう な色 あ ひ や光 沢 を 愛 し 、 さう 云 ふ建 物 や器物 の中 に住 ん で ゐ る と 、 奇 妙 に心 が和 や. いで来 、神 経 が 安 ま る。 ︾ と 言 いま す 。 日本 人全 員 が そう であ るかど う か はとも かく 、 少 な く と も谷 崎 にと っては、. 大 便 、或 いは 大 便 的 な 不潔 な も のが 、 心 に安 らぎ を も た ら す のです 。 谷 崎 の場合 、 これ は、 母 によ って清 潔 を 強制. 厠 の いろ いろ﹄ で、 さ れ る以前 の乳 児 期 にま で幼 児 退 行 し た いと いう 願 望 の現 わ れ でも あ り ます 。だ から谷 崎 は 、 ﹃. ︽ 便 所 の匂 には 一種 な つか し い甘 い思 ひ出 が伴 ふも のであ る︾ と 書 いて いる のでし ょう 。. ﹁ 白﹂ は、 大 便 を 抑 圧す る 強 迫 的 な 色 です 。 そ し て、 大 便 を 強 迫 的 に抑 圧 す る のは谷 崎 の母 セキ であ り 、清 潔 好. き な 西洋 人 で す 。 し か も セ キ は 、 大 変 色 の白 い美 人 で し た 。 です か ら 、 西 洋 崇 拝 時 代 の谷 崎 の中 で は 、 母 セキと. ﹁ 白 ﹂ と 白 人女 性 は 、 一つに混 じ り 合 い、愛 す べき も の であ ると 同 時 に、大 便を抑 圧す る恐 ろ し いも のと も な って いた のでし ょう 。.
(13) 光 江 細. 390(159). しかし、日本 回帰後 の谷崎と言えども、セキを否定 したり、女性 の白 い肌 の価値を否定す る所ま では行きません. でした。 ﹃ 陰翡礼讃﹄ の中 で谷崎 は、自人と 日本人 の肌 の色を比較して、︽日本人 のはど んな に自くとも、白 い中に. どす黒 い、埃 の溜 つた やうな隈︾ ︽ 微 かな蒻りがあ る。 ︾ と言 い、そ の ︽ 翡り︾を ︽ 清 冽な水 の底 にあ る汚物︾ ︽ 薄. 汚 い蔭︾ ︽ 薄墨 のしみ︾等 と言 い換え ています。 この黒 い汚物 は、大便 のメタ フォアでし ょう。だ から谷崎 は、黒. 人 の血が少しでも混 じ った混血児を徹底的に追求し排除 しようとした南北戦争当時 の自人達 に、共感を示す のです。. 陰騎礼讃﹄ に於 いて谷崎は、︽ ﹃ われ/ヽ の先祖は、明 る い大地 の上下四方を仕切 つて先づ陰% の世界を作り、そ. の間 の奥 に女人を籠 らせて、それを此 の世で 一番白 い人間と思ひ込んでゐた のであらう︾ と書 いて います。 つまり. 陰場 は、純白 でな い日本人を、可能な限り白く見せる便法として礼讃されているに過ぎな いのです。と ころが、同. じ ﹃ 陰騎礼讃﹄ の中 で谷崎 は、 トイ レに関して、︽ ああ 云ふ場所 は、も や/ヽ とした薄暗 がり の光線 で包 んで、何. 処 から清浄にな り、何 処から不浄 になるとも、けぢめを朦 朧と ぼかし て置 いた方 がよ い。 ︾ と述 べて います。だと. す れば、陰翡 で包 み隠 さねばならぬ日本女性 の純白ならぬ肌もまた、 一種 の不浄、即ち大便 に他ならな いのです。 しかし、汚物を含 んだ白、大便を拒絶しな い白 は、谷崎 にと って安らぎ の色 でした。 ﹃ 陰翡礼讃﹄ の中 で谷崎は、. ︽ 唐紙 や和紙 の肌 理を 見 ると、 そ こに 一種 の温かみを感 じ、心が落ち着く やう にな る。同じ白 いのでも、西洋紙 の. 白 さと奉書 や白唐紙 の白 さと は違ふ。西洋紙 の肌は光線を撥ね返す やうな趣があ るが、奉書 や唐紙 の肌は、柔か い. 初 雪 の面 のやう に、 ふ つく らと光線を中 へ吸ひ取 る。︵ 中略︶西洋 人 は食器など にも銀 や鋼鉄 や ニ ッケル製 のも の. を用 ひて、ピ カピ カ光 る様 に研き立 てるが、われ/ヽ はあ ゝ云ふ風 に光 るも のを嫌 ふ。 ︾ と 述 べて います。 ここで. 谷崎が、紙 の肌あ いに ついて語 る語り方からは、谷崎が紙を、実 は女性 の白 い肌 のメタ フォアとし て語 って いる事. が感 じ取れます 。西洋紙 の光線を ︽ 撥ね返す︾肌は、大便を拒否する白人女性 の肌 であり、光線を ︽ 吸ひ取る︾唐. 紙 や和紙 の肌は、大便を受 け入れる日本女性 の肌な のです。だから こそ、 ここでも ﹃ 友 田と松永 の話﹄ 同様、ピ カ.
(14) (160)389 肛 門性格 をめ ぐって. ピ カ光 る清 潔 な洋 食 器 が 、 比較 の対 象 と し て呼 び出 さ れ る の です 。. ﹂ う し て見 ると 谷 崎 が 、 自 人女 性 崇 拝 か ら 日本 回 帰 し 、 黄 色 や大便 を 復 権 す る のは、 ゝ. 、 谷 崎 が 大 便 を 徹 底 的 に抑. 白 の世 界 に憧 れ つ つも 、自 己 の内 な る大 便 への願望 を抑 え 切 れな く な った 結 果 と考 え ら れ 圧 す る よう な清 潔 な ﹁ ﹂ 、快楽 追 求 へと 方 向 転 換 し て います ま す 。 谷 崎 は青年 時 代 、 聖 人 君 子 た ら んと し て いて、 結 局 、 我 慢 でき な く なり. が 、 白 人 女 性崇 拝 は 、 言 わ ば 快 楽 追 求 路線 内 で の聖人 君 子 志 向 で、 そ れ がま た崩 壊 す ると いう 一種 の振 り 子 運 動 が. 、 起 き て いるよう です 。 そう 思 って見 ると 、確 か に白 人 女 性 崇 拝 時 代 の谷 崎 に は 何 か無 理 を し て背 伸 び し て いる様. 支 那 趣 味 と 云 ふ こと﹄ ︵TH︶は 、 そ の最 も端 的 な現 わ れだ った ので し ょう 。 な印 象 が あ り ま し た 。 ﹃. 、 こ の時期 、特 に強 ま って、 良 心 の苛責. 谷 崎 は自 人女 性 崇 拝 の時 期 に 、自 分 の小 説 の主 人公 を 、 頻 り に悪 人 ・背 徳 狂 o悪魔 主 義 者 な ど と 呼 ぶ よう になり ま す が 、 これ は、 自 己 の内 な る性 欲 を 、 悪 と し て否定 す る超 自 我 の働き が. を 感 じ る事 が、実 際 に多 く な って いた か ら でし ょう 。 超 自 我 は、 谷 崎 にあ っては大便 を 抑 圧 す る傾 向 が 強 い訳 です. か ら 、 良 心 の苛責 と 大 便 の抑 圧 と白 人女 性 崇 拝 と は、 相 互 に切 っても 切 れな い関係 にあ った 訳 です 。. 以 上 の様 に、肛 門 性 愛 と いう 視 点 は 、 谷 崎 文 学 を考 え る 上 で は 、 極 め て有 効 であ ると 私 は考 え ま す 。 ※ ※ ※. 、 、 肛 門 性 格 に ついて の フ ロイ ト の仮 説 が 正 し いも のであ る な らば 、 そ れ は 谷 崎 に限 らず 肛 門 性 格 の作 家 す べて. に、 そ れ なり の有 効 性 を 示 す 筈 であ り ま す 。 例え ば 、 尾 崎 紅 葉 を 例 に取 って考え てみま し ょう 。. 、嫌 っ. 紅 葉 は幼 い頃 か ら 極 め て几帳 面 で、真 っ直 ぐ であ る べき も のが 曲 って いたり 、角 が 円く な って いた り す る事 を 嫌. いま し た 。 ま た、 例 え ば 花 の形 を し た菓 子 があ ると す ると 、 そ の花 び ら が少 し でも欠 け て いた り す るも のは. 明治文豪伝之内 尾崎紅葉し。 松原至文 ﹃ て見 向 き も せ ず 、 形 が 完 全 無 欠 でな い限 り は手 も触 れ な か った と いう 事 です ︵ 。. 後 年 、 文 章 に凝 り に凝 った事 も 考 え 合 わ せ ると 、紅葉 に は 、 肛 門性 格 的 な傾向 があ ったと 考 え ら れ ま す.
(15) と こ ろ で、 肛 門性 格 の人 間 に は、お金 を 溜 め込 む 人 が多 いと 言 わ れ て います 。肛 門期 の幼 児 にと って、 大 便 は母. 親 に対 す る最 初 のプ レゼ ント であ りま す か ら 、 大便 と お金 や黄 金 は、無 意 識 の内 に同 一視 さ れ 易 い のです 。事 実 、. 陰 蒻 礼 讃﹄ の中 でも 、 ︽ 金 屏 風︾ や ︽ 大 便 と 黄 金 は、 神 話 や童 話 の中 でもしば しば 同 一視 さ れ ま す 。 谷 崎 の ﹃ 能衣. 裳︾ 等 の美 し さ が取 り 上 げ ら れ て いま す が、 これ ら も実 は 、糞 尿 の メタ フォアであ ると考 え ら れま す 。. 0∼3 5︶に当 て は め て考 え ると 、 どう いう 事 にな る で し ょう か。 ﹃ 金 色 夜 叉﹄ ︵M3 金 そ れ で は 、 こう し た事 実 を ﹃. 色 夜 叉﹄ の貫 一は、 お金 を 軽 蔑 し て いる にも か か わ らず 、 高 利 貸 にな ってま でお金 を 溜 め込 も う と し ま す 。 これ は. 矛盾 し た 行 動 に見え ま す が 、 肛 門期 の幼 児 が 母親 に対 し て不満 を 抱 いた 際 、 強情 を 張 って大 便 を 出 す 事 を 頑 固 に拒. み続 け 、 大 便 を 溜 め 込 む事 で、 母 に復 讐 し よう と す る のと 同 じ と 考 え れば 、す んなり 理解 でき るよう に思 わ れま す 。. 貫 一が こ の様 な行 動 に出 る 下地 は、彼 の生 い立 ち に求 め ら れ ま す 。 貫 一は早く 両親 に死 な れ て いま す が 、 こ の事. な く 、 失 った 父母 兄弟 す べて の身 代わ り でした 。 と こ ろが 、 死 んだ 両親 の代 役 を 果 たす べき 筈 の鴫 沢 夫 妻 が 、 そ の. は、 心 理 的 に は両親 に よ って捨 てられ た のと 同等 の意 味 を 持 つか ら です 。 そ の貫 一にと って、 宮 は単 な る恋 人 では. 宮 を 富 山 唯 継 と 結婚 さ せ よう と し、宮 も ま た貫 一を 捨 て てしま った のです 。 です から 、宮 お よ び鳴 沢 夫 妻 に対 す る. のです 。. 怨 念 が 込 め ら れ て いた筈 です 。 肛 門性 格 の紅 葉 は、 そ の怨 念 を 、 大 便 と し て のお金 を 溜 め込 む と いう 形 で表 現 した. 当 に自 分 を 迫 害 した と いう 怨 念︱ ︱ そ こに は、幼 く し て母 を 失 い、 父 にも 捨 てら れ た よう に感 じ て いた紅 葉 自 身 の. と 人 に対 し て恨 みを 抱 き ま す が 、 こ の場 合 の天 は、 父 の正 義 を 象 徴 す る のでし ょう 。 正 しく あ る べき 父 も 母 も 、 不. 中編第七章︶ ったと 考 え 、 天 く 行 ひ、二 も曽 て犯 せ る事 のあ らざ り し に、 天 は却 り て己 を 罰 し 人 は却 り て己を詐︾ ︵. に冷 た か った 父 母 の仕 打 ち を 恨 む 気持 の方 に、 通 か に近 いも のと な る のです 。 貫 一は、 ︽ 身 は 人と 生 れ て 人 が ま し. 貫 一の恨 み は、普 通 の青 年 が失 った恋 人 に対 し て抱 く普 通 の感 情 と は全 く 違 い、 む し ろ、 子供 が自 分 に対 し て不当. 江. 光 細. 388(161).
(16) (162)387 肛 門性格 をめ ぐって. 中編第 二章︶訳 です か ら 、 知 つて身 を 堕 した︾ ︵ 事︾ と 自 ら ︽ 白 日盗 を 為 す ︾ 金 心 貫 一は 、 高 利 貸 を ︽極 悪 非 道︾ ︽. 、 、 そ の行 動 は 、 エリ ート に な れ る筈 だ った自 分 の未 来 を自 ら 葬 り 去 る 一種 の自 殺 行為 であ り ます 。 そ れ は 子供 が. 、 間 貫 一と いう 名 前. 自 分 を 愛 し てく れ る べき 筈 の父 母 に期 待 を裏 切 ら れ た時 に、 復 讐 的 に自 分自 身 を 傷 付 け よう と す る行 動 と 解釈 し て. よ いで し ょう 。 勿 論 そ れ は 、 幼 稚 な 子 供 じ みた 行 動 であ り ま す が 、 紅 葉 も そ れ は自 覚 し て いて に は 、 間抜 け が 一人と いう 意 味 が込 め ら れ て いる位 です 。. 、宮. 貫 一は 、 宮 が ど んな に 反 省 し 、謝 罪 し ても 許 し ま せ んが 、 そ れ は 、紅 葉 が 、幼 い自 分 を 捨 て てあ の世 へ行 ってし. ま った 冷 た い母 ・庸 に対 す る恨 みを 、 宮 に振 り 向 け て いる せ いで し ょう 。紅 葉 の死 んだ 母 が帰 って来 な い以 上 に対 す る恨 み が晴 れ る事 も 、 あ ってはな ら な いのです 。. 一文 無 し にな 情 死救 済 の広 告 を な し て、 五十余 人 の命 を 助 け 、 紅 葉 の腹 案 で は、 最 後 に怒 り の解 け た 貫 一は 、 ︽. ︵5 ︲︶. 、 る︾ 予定 だ った よう です が 、 自 分 の財 産 を 基 金 に し て、 そ の利 子 で救 う と か言 う のではな く 一挙 に全 部 使 ってし. 一挙 に出 し て し ま う 方 が、 むし ろ気 持 が い いか ら だ と 思 わ れます 。 ま う のは 、 溜 め込 んだ 財 産 は大 便 に過 ぎ ず 、. 以 上 、 簡 単 な が ら、 肛 門 性 愛 と いう 視 点 が 、 谷 崎 以外 にも 有 効 であ る事 を 示 し得 たと 思 いま す 。. 、 授 乳 は正 確 に 四. ︻以 下補 足 ︼ 顕 著 に肛 門性 格 を 示 し て いる作 家 と し て、 も う 一人 、忘 れ てな ら な いのは 三島 由 紀夫 であ り ま す 。. 三島 の異 常 な幼 年 時 代 に つ いては良 く 知 ら れ て いま す が 、 例 え ば 、 まだ 三島 が赤 ん坊 だ った 頃. 時 間 置 き と 決 め ら れ、 授 乳 時 間 ま で祖 母 によ って厳 密 に決 め ら れ て いま した 。 三島 は こ の祖 母 の命 令 に大 人 しく 従. う と いう 訓 練 を 小 さ い時 か ら 叩 き 込 ま れ た結 果 、 自 分 の自 然 な 欲 望 を 強 く抑 え 込 む 肛 門性 格 にな った と 考 え ら れま. 、 す 。 三 島 の母 は 、 祖 母 か ら の隔 世 遺 伝 と し て、 三島 の ︽礼 儀 礼 節 義 理 立 て報 恩 、 人 と の約 束 の時 間 厳 守 几 帳 面.
(17) さ︾等を挙げ て いますが、 これらは いずれも肛門性格 の特徴を示し て います。また、三島は ︽ 幼少 のころから 日本. 古来 のしき たり、行動と いう よう なも のがと ても好き で ︵ 中略︶大 人 にな ってからも ︵ 中略︶毎年 の豆撒き の時 な ど、先 頭に立ち ︵ 中略︶物凄 い大きな声 で、 ﹁ 鬼 は外、福 は内﹂ とど なり な がら豆を撒き、それから家族 中 に各 自. の年 より 一つ多 い数 の豆を ひ ろわせて十円玉と 一緒 に包ませ、自 分 みず から近所 の四 つ角ま で持 って参 り、帰り に. は掟 に従 い決 し て振り返らな いと いう調子 で ︵ 中略︶この念 には念 の入 った信心振り は死ぬまでやめ︾︵ 平岡梓 ﹃ 悴. ・三島由紀夫し なか ったと いう事 です。 この様 にしき たり や型を強迫的 に大切にす る のは、言うま でもなく肛 門性 格 の特徴 です。. 4︶の中 で、︽ そ の三島 が自 ら の同性愛 的傾向 を テー マと し て書 いた ﹃ 仮面 の告 白﹄ ︵s2 汚械屋︾ の青年 を、︽ 私. の半生を悩ま し脅 かし つづけたも の︾ つまり同性愛的欲望 の ︽ 最初 の記念 の影像︾としている事 は、三島 の同性愛. そこから私が永 遠 に拒まれ てゐると いふ悲哀︾ を感じるのは、三島 が糞 尿ま みれになる事を望 み つつ、祖母 によ ︽. がもともと肛門性愛から生じたも のであ る事を示唆しています。そし て、主人公が ︽ 糞尿汲取人︾ と いう職業 に、 って強く禁止され ていた事 を想像 させる のです。. 京都 の金 閣寺と余 り にも良 く似 ております。小説 ﹃ 金閣寺﹄︵s3.︶には、特 に糞 尿に関するイ メージ は出 て来な. 島 が神輿を担ぐ事 に憧れ、後 に実際にやらせて貰 った事は有名 ですが、金 の鳳凰を て っぺんに つけた金色 の神輿は、. 金 いろに縮れ て光 つた。 ︾と いう描写があります。中でも面白 いのは、夏祭り の金 の御神興が出 て来 る事 です。三. ールのシー ンでも、主人公が心を惹かれる青年 に ついて ︽ 腋害 のくびれからはみだした黒 い叢が、 日差 しをう けて. たち の汗 の匂 ひ︾ も ︽ 黄金 に炒 られた海岸 の空気 のやうな匂 ひ︾ とわざ わざ 言 い換えられます。 ラスト のダ ンスホ. と考えられます。例えば、生まれた時 に主人公が見たと言う金色 に光 る盟 の縁もそう です。主人公 の憧れ る ︽ 兵士. ﹃ 仮面 の告白﹄ の中 では、金色 のも のがしば しば重要な意味を持 って いますが、 これは糞尿 のメタ フォアであ る. 江. 光 細. 386(163).
(18) (164)385 肛門性格 をめ ぐって. いよう です し 、 作 中 で は、金 閣 寺 は概 ね太 陽 と 同 一視 さ れ て いる よう であり ま す が 、 太 陽 の金 色 が 、 三島 に お いて 糞 尿 と 結 び つ いて いる 可能 性 は 、 決 し て小 さく な いと 私 は考 え ま す 。. と こ ろ で、 金 閣 寺 を 建 てた のは 足 利義 満 です が 、 彼 は世 阿弥を 寵 愛 し た男色 家 であ り ま した。 世 阿 弥 は能 の完 成. 陰 騎 礼 讃﹄ で能 衣 裳 を 賞 賛 し て いる事 は先 に述 べた 通 り です 。 三島 も 能 が好き でし た が 、 ド ナ ルド 者 で、谷 崎 が ﹃. 、 いか にも 肛 門 性 格. 5︶で 三島 は、 世 阿 弥 の 一番 偉 い所 は、 ア ン テ ィ ノ ウ 世 阿 弥 の築 いた 世 界﹄ ︵s4 ・キ ー ン、 小 西 甚 一と の座 談 会 ﹃. ス の様 に容 色 が美 し か った事 だ と 言 って いま す 。 や や大 風呂 敷を 広 げ る ならば 、金 閣寺 も能 も 好 み、 同性 愛 者 好 み の対 象 な の です 。. 5︶と いう 小説 があ り ます 。 こ の小 説 で は 、 青 の時 代﹄ ︵s2 金 色 夜 叉﹄ と でも呼 ぶ べき ﹃ 三島 には ま た 、 戦 後 版 ﹃. 帽 子 の紐 を 顎 のと こ ろ で几 帳 面 に花 麦 藁 帽 子︾ を か ぶ る にも、 ︽ 主 人 公 の父 親 が ひど く 几帳 面 な 人 物 で、 例 え ば ︽. ︾ と さ れ て います 。主 人 公 は 、 こ の父 結 び に結 ん で︾ いて、 し か も ︽そ の結 び 日 の長 さ も左 右 が 寸 分 ち が は な い。. 三局 o東 大 に進 学 後 、高 利貸 にな る のです 。 親 のせ いで ひど く 几帳 面 な 、 肛 門 性 格 の人 間 に育 ち 、. 彼 は、自 分 に は自 然 さと いう も のが欠 け て いて、 普 通 の人 生 か ら疎 外 され て いると いう 感覚 に悩 ま さ れ 、次 の様 に考 え ま す 。. ︽ 僕 の や る こと な す こと は 、 結 局 かう いふ 世 界 と 自 分 の間 に屹 立 し て ゐる硝 子 の壁 を 壊 す に足 り な い。 考 へても. み るが い い、 北 極 探 険 の大 冒 険 家 だ つて 一日 一回 は厠 へ行 か な け れ ば な らな いだ らう に、僕 は用便 に つ いては 一言 も 触 れ て ゐな い探 険 記 を 鵜呑 み に し た わ け だ︾ つま り 、彼 を 普 通 の人 生 か ら 疎 外 す る のは 、他 な ら ぬ大 小便 の抑 圧 な のです 。. と こ ろ で、 こ の小 説 の最初 に は 、 文 房 具店 にあ る巨 大 な鉛筆 の広 告 模 型を 主 人公 が欲 し が る話 が出 て来 ま す 。 主. 人 公 の父 は 、 こ の広 告 模 型 を 主 人 公 に買 い与 え た 上 で、無 理矢 理 、 海 に捨 てさ せ 、 ︽ほ し いも のがあ つても 、 男 は.
(19) 我 慢 を せ な け り やな ら ん︾ と いう 肛門 性 格 的 な 教 訓 を 与え ます 。 こ の鉛 筆 は、 主 人 公 が遂 に自 分 の物 に出 来 な か っ. た 平 凡 な幸 福 の象 徴 と し て、作 品 の最 後 にも 再 び 登 場 し て来 ます 。 三島 は 恐 らく 、 ベ ンシ ルは ペ ニス の象 徴 と いう. 青 の時代﹄序︶ であ る事 を 象 徴 さ せ る つも り で、 作 品 贋 物 の英雄︾ ︵﹃ フ ロイ ト の解 釈 を 念 頭 に置 いて 、主 人 公 が ︽. の最 初 と 最 後 に置 いた のだ ろう と 思わ れ ま す が 、 本 当 はむ し ろ大 便 の象 徴 と す べき でし ょう 。 そ の形 や、 緑 色 に金. 文 字 付 き と いう 色 合 いも そう です が、 そ れ が張 り 子 の模 型 であ って、 現 実 に は全 く 何 の役 にも立 た な い所 が 、 いか. 青 の時 代﹄ の主 人 公 に は、 最 後 に も 大 便 的 です 。 大 便 は、平 凡 な幸 福 の為 に は是 非 と も 必 要 な も のだ った のに、 ﹃ ま で手 に入 ら な いのです 。. 三島 の文 学 は 、 概 し て作 者 が 人 工的 ・意 志 的 に作 り 上げ たも のと いう 印 象 が強 いよう に思 わ れま す が 、 これ は 、. 自 分自 身 を も 作 品 を も 、 強く意 志 的 に コント ロー ルし よう と す る肛 門性 格 の現 わ れと 考 え ら れます 。 三島 が ボ デ ィ. 自己改造の試み3 と考 え 、意 志 と 鍛 練 によ って文 体 を支 配 し よう と し た 作 家 にと って のザ イ ンではなく ゾ ルレ ン ︵﹃. l oビ ルデ ィ ング やボ クシ ング ・剣道 等 によ って、意 識 的 に自 己 の肉 体 と 精 神 を 改 造 し よう と 企 てた事 も 、 文 体 を. 無 意 識 と いう も のは、 絶 対 に お れ に はな い のだ︾ と 発 言 二十 世 紀 の文 学﹄ ︵s4.︶で、 ︽ 事 も 、 安 部 公 房 と の対 談 ﹃. た のではな いで し ょう か。. です 。 切 腹 に 関 心 を 持 ったもう 一人 の作 家 ・森 鴎 外 にも 、 肛 門性 格 的 傾向 があ り 、 だ か ら こそ 三島 は鴎 外 を愛 好 し. ら 排 泄 す る行 為 と も 、我 慢 に我 慢 を重 ね て溜 め込 んだ 肛 門的攻 撃 性 を 一気 に噴 出 さ せ る行 為 と も 、 解釈 でき る か ら. 腹 は そ の中 でも 最 も 肛 門 に近 い場 所を 破 壊 す る死 に方 です 。 ま た 、 切腹 は、 大 便 の詰 ま った おな かを 裂 いてそ こか. 何 故 な ら 、自 殺 の方 法 に は、頭 や心 臓 をビ スト ル で打 ち抜 くと か 、 首 を 吊 ると か 、色 々な 遣り方 があ り ま す が 、 切. 三島 は晩 年 にな って、 切腹 に 強 い憧 れを 抱 く よう になり ます が 、 私 は これ も肛 門性 格 と 関係 があ ると 思 いま す 。. し た事 も 、 不感 症 の女 に心 を惹 か れた事 も 、 す べて肛 門性格 的 な自 己支 配 の願 望 の現 わ れと 言え る でし ょう 。. 江. 光 細. 384(165).
(20) (166)383 肛 門性格 をめ ぐって. 鴎 外 に ついて詳 し く 語 る時 間 が な いのは残 念 です が 、鴎 外 が、医学 の中 で特 に衛 生 学 を 研究 対象 に選 んだ のは 、. 3︶ の エリ スにせ よ、 ﹃ 4∼T 舞 姫﹄ ︵M2 雁﹄ ︵M4 彼 の 不潔 恐 怖 症 の現 わ れ でし ょう 。 ま た 、 彼 の描 く ヒ ロイ ンが、 ﹃. 雁﹄ で示 し て い 4︶ のお 玉 に せ よ 、 貧 家 の出身 であ り な が ら 、 必 ず 身 ぎ れ いと され て いる事 、 高 利 貸 への関心 を ﹃ る事 、鴎 外 の自 己 抑 制 の強 さな ど 、 す べて肛 門性 格 的 傾向 の現 わ れと 考 え ら れ ま す 。. は健 脳丸を よく飲 んで いたよう だ が、当 時 この薬 は、︽ 便 秘 の人は常 に服用せば 中風又 は卒中等を未発 に防ぐ︾と広告 さ. 異 悲 し み にも ︽﹁ が悪 か たら便秘に気を付けな いと いけな い。 先 日医科 の友達 とあ る。小説 ではあ るが、 ﹃ 端 者 の ﹄ 脳 つ ﹂ ︾とあ る。潤 一郎 にこんな忠 告 を受 け てから、彼 は毎 日湯 水を飲 んで、出 来 るだけ多く 通じを つける やう に努 めて居た。. 書林古書 目録 H6/ 2︶に、 ︽ 便 通 の こと は小生も毎 日気 に致 しをり滞 る時は下剤を用 ひても 通じるやう に致 し居り候︾. 或 る時 の日記﹄ に ︽ ︾、 ﹃ 毎 青 春物語﹄ に ︽ 私は 日々下剤を用 ひ、もし 一回 でも通じが 止まると不安 にな つた。 ︵1︶ 例えば ﹃ ︾、全集未収録 の昭和 三十年十月 二十 一日付け川田順宛葉書 ︵浪速 朝あ る べき筈 の通じが 一日止ま つてもそれが気 にな る。. 注︺ [. る 見 通 し であ り ま す 。. そ れ を ﹁近 代 性 ﹂ と 呼 ぶ な ら ば 、 ﹁近 代 性 ﹂ は 確 か に ﹁肛 門 性 格 ﹂ と 繋 が って い る 。︱ ︱ こ れ が 私 の現 時 点 に 於 け. え 繋 が って行 く と 、 私 に は 思 え る か ら で す 。 近 代 の芸 術 と そ れ 以 前 の芸 術 を 比 較 す る 時 に 我 々 が 直 感 す る 差 異 ︱ ︱. 於 け る 自 我 と 欲 望 の 問 題 を 解 く 鍵 が あ り 、 更 に 言 え ば 、 肛 門 期 の研 究 は 、 近 代 そ のも の の起 源 を 解 き 明 か す 事 に さ. に 対 す る セ ル フ ・コ ント ロー ル の在 り 様 を 決 定 す る 時 期 で す か ら 、 肛 門 期 に こ そ 、 所 謂 ﹁近 代 的 自 我﹂ ︱ ︱ 近 代 に. ま す 。 し か し 、 私 が 抱 い て いる 野 心 は 、 実 は も っと 遠 大 な も のな の で す 。 と 申 し ま す のも 、 肛 門 期 は 、 自 ら の欲 望. 以 上 の様 に 、 肛 門 性 格 と いう 視 点 は 、 幾 人 か の優 れ た 作 家 の研 究 に 、 少 な か ら ぬ 貢 献 を 成 し 得 る も のと 考 え ら れ. ※.
(21) 光 江 細. 382(167). れ て いる。. かあち やん、⋮⋮あ た い糞 こがした いんだ けど、此 のま ゝし ても 異端 者 の悲 し み﹄ ラ スト で、 死 んで行 く妹 が、 ︽ ︵2︶ ﹃ い ゝか い。 ︾と母 の許 可を得 る所にも、谷崎 の母 の不潔恐怖が窺われる。. ︵3︶ ﹃ 為介 の話﹄ にも同様 の罵倒があ る。 江 戸 つ児︾ が、 ︽ふ んど しと履き 物 だ け は新 し いのを誇 りと した︾ 二私 の見 た大 阪及 び大阪人し 事 からも、足 の裏 ︵4︶ ︽ ︵ 履き物 ︶と大便 ︵ふんどし︶ の類縁性が感 じ取れる。. 中略︶黄色 い水 の中に折 々餡 のやうな 水は黄色く濁 つた全く の泥水 で ︵ ︵5︶ ﹃ 細雪﹄ 中巻 に出 てく る阪神大水害 の描 写も、︽ ︾と いった具合 で、見よう によ っては自然界 の下痢とも考えられる。 色をした黒 いど ろ/ヽ のも のも交 つてゐる。. ︵6︶ 狐は体 の色も大小便を連想させ、尻 の穴がよく見え、菊 =肛門と結び付けられ る動物 であ る。谷崎が女 に化けた狐 に対. す る憧れと恐怖 のア ンビヴ ァレンツを示す のは、狐が大便を本質として いる為かも知 れな い。 歌舞伎 の中 の残酷味﹂ 傘四季し に語られて お才と巳之介﹄ のラストに巳之介 が泥ま みれになる場面があ る。 これは ﹁ ︵7︶ ﹃ 。﹃ 少年﹄ で、少年 たち が物. いる ﹁ 黒手組助 六﹂ 序幕 の影響だ が、大便 ま みれ になり た いと いう谷崎 の願望と関連 しよう 置小屋 で泥 んこにな る のも、同様に考え られる。. 細雪﹄ のお春ど んのよう に、不潔 さを 猫と庄造と 二人 のをんな﹄ の福子、 ﹃ 痴人 の愛﹄ のナオミや ﹃ ︵8︶ 谷崎 の小説 には、 ﹃ 強調される女性が出 て来 る事 があるが、 これは清潔を強制されな いと いう意味 で、潤 一郎 には好まし いタイプだ ったと思. われる。 鍵﹄ ︵9︶ ﹃ 細雪﹄ で雪子 の顔 に現われるシ ミは、 ラ スト の下痢 同様、彼女を大便と結び つけるも のであり、また、戦後 の ﹃ 臀 ノ孔 マデ覗イ テ見︾ る のも、 ︵S3.︶ の中 で、大学教授 の夫が、妻 ・郁 子 の体 にシミがな いか、残 る隈無く調 べる時、︽ 肌 のシミが大便 のメタ フォァだから であ る。 、 一郎 の ︽ 、 。 び 寧 ろ徳望者 に近 いやう な生活態度︾ 等 から、潤 一郎 の悪魔主 で の 中 人 及 潤 芸 術 ﹄ 一 郎 ︵0 潤 1︶ 佐藤春夫 は ﹃ 父となり て﹄等からも分 かるよう に、潤 一郎 は実際に良心 の苛責 に苦し 義を シ ャラタ ニズ ムに過ぎな いとし て いるが、 ﹃. んで いたから こそ、作品 の中で、そ の問題を取り上げた のであ る。 1 谷崎は、 ﹃ 金茶色 の底 厠 の いろ いろ﹄ で、侃雲林が作 ったと いう蛾 の翅を敷き つめた便器を絶賛し て いるが、それは、︽ ︵1 ︶ 光りを含 んだ︾ 蛾 の翅が、大便を黄金 に昇華す る美的イ メージにな って いるから であ ろう 。なお、侃雲林が実際 に作 った.
(22) (168)381 肛 門性格 をめ ぐって. のは鵞鳥 の羽毛を敷き つめた便器 で、谷崎 は聞き 間違え から、勝手 にイ メージを膨らませて行 った のであ る。志賀直哉 ・. 。 谷 川徹 三ほか による ﹃ 書と画と庭園を語 る座談会﹄ ∩瓶史﹂ S2 l/ 1︶参照 、 。 2 金 叉 ︵︲ ﹃ 中 第 参 な 後 ︶ 色 夜 ﹄ 章 照 お 編 七 編 ︵ 七︶ の二で、貫 一は孤児 にな った事 が諸悪 の根源だ ったと鰐淵直道 に語 る。 続 々編第式章 で塩原 の景色 を見た貫 一が、 ︽ 偶ま人 中を迷 ひたり し子 の母 の親 にも逢 ひけん やう に︾ 感じ、夢 に見た のと. 同じ百合を見 て、︽ 宮 はは や此に居たり︾ と 思う事 が、宮と の和解 の予兆とな って いる。 、 、 。 ︵3 ︲︶ 日本 には 古 くから 成仏を拒否 し て生き ながら鬼 にな ると いう生き方 のパター ンがあ る 貫 一がそ のパターンを踏襲 し て いる事 は、 ﹃ 金色夜 叉﹄ と いう題名 からも明らか であ る。 ︵4︶ ﹃ 金色夜 叉﹄ 続 々編 ︵二︶ の二で、貫 一が ︽ 宿帳 を御覧、東京 間抜 一人と附け て在 る︾ と言う 通り、確かに 間 貫 一は ︲ ﹁ 間貫 け 一﹂ とも読 める。 5︶ 例えば、有島 武郎 が自 分 の財産を完全 に放棄 しようと した事 も、宮沢賢治が財産 に対して否定的 で、 日蓮宗 のよう な極 ︵︲ め て攻撃的な宗教 に心酔 した事も、彼 らに肛門性格的な傾向 があ った事を示すも のと考えられる。 6︶ ﹃ ︵︲ 青 の時代﹄ には、 こ の他 にも、父 に部 屋 に閉じ込 められた主 人公が、便意を催 した為 に降参す る話 や、ドイ ツ哲 学を 厠 が ついて いな い大建築 に警え て非難す る所 など、肛門性格 に関連す る部分が散見 される。. ︻付 記︼ 本稿 は、平成 六年 十月 二十三日 にお茶 の水女 子大学 で行な われた 日本近代文学会 ・秋季大会 のシ ンポジウ ム ﹁︿ 性﹀. と いう規制﹂ にお いて、﹁ 肛門性格 を めぐ って﹂ と 題し て 口頭発表したものの原稿 であ る。 ただし、 シ ンポジウムでは 時 間が足りなくな ったため、本論 の 一部 は省略 し、予定 し て いた補足も全く断念 せざ るを得なか った。.
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