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存在論的史観の問題 : 存在の探究(その3)

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Academic year: 2021

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(1)Title. 存在論的史観の問題 : 存在の探究(その3). Author(s). 上岡, 宏. Citation. 北海道教育大学紀要. 第一部. A, 人文科学編, 42(1): *1-16. Issue Date. 1991-07. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/4224. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 北海道教育大学紀要 ( 第 一部A)第四二巻 第 一号 平成三年七月. 存在論的史観の問題. 岡. 宏. ギ リ シャ ・ロー マ的 世 界 と古 代中国 であ るが、 いず れもそ の当 時 最. の論文が紀元前六世紀頃までの四大文明圏であり、第二論文 の方は. ての展開 的再 構成 を試 みることが出来 た。我 々が扱 った のは、最初. も存在 の連関 項 を順次 見 つけ出 し、 それを用 いて過去 の時 代 に つい. 遡 ってそ の祖 型を考察 し てきた。 そ の結 果、 ご く大 ま かな形 な がら. 我 々は これ ま で、 現実 世界 の存 在構 造 を解 明す るた め に、過去 に. から十 八世紀 、 あ る いはもし かす ると 二十 世紀 ま でが、 それ に該当. いる時 間 に他 な らな い。時 期 的 に いえば 、 七世紀 な いし 八世紀 以後. 東 西 に広 が って い った時 代 から、 ほぼ現在 に近 い時点 ま で連 な って. に関与 し始 めた時代 であ り、 さら にイ スラ ム教 が アラビ ア半 島 から. 教 が ヨー ロ ッパ に君臨 し、大乗仏教 が東 アジ ア に浸透 し て国家 統治. えなくな る のであ る。 具体的 に いえば 、 そう し た過去 と はキリ スト. う かも定 か でな いような歴史 的世界 に、次 の 一歩 を踏 み出 さざ るを. 1 1 11存 在 の 探 究 ( そ の 3 )1 1 11. 上. を ひそめ て みても、得 られ るも のはご く わず かだ ろう から であ る。. す ると、 どう し ても我 々は、も っと近 い過 去 の世 界 に改 め て焦 点 を. 高度 の文 明を 形成 した人類を モデ ルにし たも ので、遠 い過 去 であ る. す る のであ る。 いうま でもなく、 このよう な 歴史 的世 界 は直 接 間接. に. ことが存在 の連 関構 造 を概 括 す る の にむし ろ好都 合 であ るよう な対. を問 わず、 何 ら か の仕方 で現代世界 に つな が って いる。 一線 を 画す. め. 象 であ った。 それ は職 え て いえば 、宇宙 船 が地球 の大 きさ と形 を最. ことが出来 そう な側 面も たし か にあ るが、 大 部分 は本質的 にそ こ に. じ. もう まく視 界 に収 めら れ る高 度 ま で飛躍し たよう なも ので、巨大 な. つなぎ とめら れ て いる のかも しれな い。従 ってそ の限 り では、 これ. は. 対象 を雛 型 の形 で眺 め る の に最適 の距離 だ った のであ る。. 吟味 し なければ なら な いよう な、 そう いう存在開 示 に つなが る探究. 絞 る必要 に迫 ら れる。 つまり、 現代 と 一線 を画 す ことが出来 るかど. し かしな が ら、 こう し た概括 的内 容 は、世 界内 存在 とし て現 にこ の世界 に生 き て いる我 々 にと って、 それだ け では何 ら存在開 示 の意. にな ることも充 分考 えら れる のであ る。. と ころ で、我 々 の考察 が右 のよう な段 階 を迎 えた とな ると、 そ の. から の考察 は、 存在 を問う我 々が そ の意 味 を引 き受 け得 るかどう か. 味 をな さな いことも事実 であ る。遠 いと いう こと は同時 に無 関 係 と いう こと にな り易 いし、 そ の隔 りを縮 めよう とし て追 体 験的 に想 い.

(3) . . 宏. 上 岡. はな い。 現代世 界 はも し かす ると歴史 哲 学 の概 念 装 置 では捉 え にく. 二 対象 領域 には先駆者 が居 て、 す でに数多 く の業 績 を あげ て いると い. 歴史 哲 学 と いう言葉 は十 八世紀後半 にヴ ォルテー ルが始 め て使 っ. い時代 な のかもしれな い。 一体 それ は何 故 な のだ ろう か。. と い った形 で研究 さ れ公表 され た思想 は、多 かれ少 な かれ、引 き受. た と いわれ るよう に、 哲学 史 の時 間 尺度 から いえば 極 め て新 し い概. う ことも、我 々は想起 す る必 要 があ るだ ろう。 歴史哲 学 と か歴史 観 け得 る かどう か の意 味 の問題 とし て、 殆 どが右 に述 べた近 い過去 か. 念 であ る。 周知 のよう に、 こ の時 期 の ヨー ロ ッパ的 世界 は ア メリ カ の建 国、 フラ ン ス革命 と大 事件 が連 続 し、新 し い時 代 の到 来 が誰 の. あ る。存 在論的探 究 が従来 の歴史 哲学 とど の点 で異 な る のか、また、. 設定 を図式 的 に呈 示 す る ことなら、少 なく と も本 論 にお いて可能 で. 者 は まだ委 を 尽く す段 階 に達 しな いかも し れな いが、前 以 て枠 組 の. 来 の探究 にかかる の でな け れば な らな い。本 論 の範 囲 とし ては、後. 先 駆者 の仕事 をまず 概 観 し て、 それ と対 比 す る形 で我 々 の考察 内容 を検討 す る ことが必要 にな る であ ろう。 そし てそ れを済 し てから本. 知性 は かく の如 く進 歩 発展 す るも のだ と いう誇 らし い自意 識 が、 彼. ら れ て いた のに、 ヨー ロ ッパ人 は そ こから 一段階 上 昇 し た。 人間 の. リ シヤ人が幾何 学 を創 り出 し て以来 、確 実 な学 問 は数 学 だ けと信 じ. し い知的能 力 を自 分 た ち は手 に入れ た と確 信 す る ことが出 来 た。ギ. を開 始 し ており、 ヨー ロ ッパ の人 々は これま で持 った こと のな い新. 目 にも明 ら かな時 代 であ った。自 然科学 が学 問 とし て の確 実 な歩 み. 1) {. ら結論 を引 き出 し て いるから であ る。 そ れ故 、 本 論 では、 こうし た. こ の探 究 法 は紀 元後 の世 界史 の流 れをど のよう な連 関構 造 で捉 えよ う とす る のか、 これらを吟味 す る のが こ こで の目的 だ から であ る。. ら を し て過 去 を振 り返 ら せた ことは いう ま でも な い。 コンド ルセ の 「 人間精 神 進歩 の歴史 」 (一七九 五)と いう著 書 の題 名 は、著 者 の不 運 な最 後 にも かかわらず 、 そう し た知 性 への誇 り によ って輝 いて い る。 そ し て、 ここから 歴史 哲学 は始 ま った のであ った。 発 展史 観 こ. そが こ の哲 学 の原点 だ った わけ であ る。. かく て登場 した歴史 哲学 は、啓蒙 主義 と呼ば れ るそ の初 期 の時 代、. 歴史 哲 学 と いう言葉 は最近 あ まり耳 にしな く な った。特 に哲 学プ. は それを未熟 で低 い知 性 の段 階 にあ る文 化 と し て、 そ こ から の発展. 文 化 に高 い価 値 を見出 し て越 ら せよう とし た のと反対 に、 啓蒙 主義. 去 を見 下 す態度 でも って歩 みを開始 す る。 ルネ ッサ ン スがギ リ シャ. H 歴史哲学 の概念. ロパ ー の領域 では これを哲学 問題 とし て論議 す る風 潮 がす っかり衰. の方 に注 意 を払 った のであ る。 ただ、当 時 の状 況 では、 そう し た歴. 人間精 神 の最高 の発展段階 を そ の当時 の知性 に措 いた結 果 、 まず 過. え、すでに大分以前 から歴史哲学専門 の学者や思索型の歴史学者 の. 史 観 に沿 って歴史記述 にか か ろう とし ても\史料批判など 一連 の学. 問的手順が未完成で、事実学としての歴史理論は殆ど不可能 であ っ. 目 を惹 き つけ るよう な仕 事 を し ては いな いよう であ るo最近起きた 一連 の社 会主義 圏 で の大 事 件 は、 そ の世界史 的意 味 から し ても、彼. たo ク ローチ ェによ れ擬 ・ ヴ ォルテー ルの頃 の歴史資 料 で確 実 性が. 専有物 にな ってき た。 ただ し、 これら の人 々も こ こ暫 く は大衆 の耳. ら の関 心 を呼び さま す であ ろう が、 現在 のと こ ろまだ 目立 った動 き.

(4) . 存在論的史観の問題. 概念 装置 とし て みれば、 こ こに予造説 や獲得 形質遺 伝 説 の名 残 りを. と自 由 の意識 の生成 の過 程 でもあ ると いう のが そ の骨 子 であ った。. 神 の自 己開 示 によ る展開 の歩 み であ り、 そ れ は人間精 神 の自 己意 識. を ロマン主義 の時 代 と いう が、 ヘーゲ ルはそ の中 で、我 々 に最 もな じ み の深 い歴史 哲 学体系 を完成 する。歴史 は絶対 者 あ る いは世界精. あ った。歴史 哲学 の上 では十 八世紀 末 から十 九 世紀前 半 あ たりま で. う どそ の頃 は、 カ ント から ヘーゲ ルに至 るド イ ツ観念 論 の最盛 期 で. マルク の獲得 形質遺 伝 の学 説 が より大 き な影響 を与 え始 め る。 ち ょ. た と いう のであ る。最初 は これが有 力 であ った。 し かし やが て、 ラ. て のも のが内 在 す ると いう学説 であ る。 これが 発 展史 観 に応 用 され. 物 の種 子 の中 には成長 したあと で姿 をあ ら わす全 て の因 子が含 ま れ て いる が、 そ れ と 同 じ よ う に原 理念 ( d「瓦①@- ) あ る いは 原 植 物 ( OH 冨i ①)と い った存在 の中 には、そ の後 の発 展 で開 示 される全 も-. あ る人 は いう 。例 えば 予造説 金 品- 6己 と いう のがあ る。植 ヨPげ 0「. 立 場 では、 そ れ は不可欠 の作業 だ った にちが いな い。 では、 そ の概念 装置 はど こからえ た のだ ろう か。 生物 学 からだ と. 心 を払 ったと いわれ て いるが、精神 の発展 段階 を跡 づ けよう とす る. 時代 の史料収集 に熱 中 した時 と ちが って、 イ ンドや中 国 に多 大な関. を創出 し て、 断片 的 な史 料 はそ の肉 づ け に使 う と いう方法 し かとれ. 的 だ った と いう。 とな れば どう し ても、何 か アプ リ オリな概念装 置. 保 証 でき るも のは極 め て稀 か、 人 によ っては絶無 と され る のが 一般. は産業革命 の渦中 であ って極端に貧富 の差が拡大し、過酷な条件下. ではな いのかと い った類 の俗流 論議 を引 き起 す。 さら に、 そ の当時. クを与 え、 人間 は猿 から進 化 した のであ って神 によ って創 ら れ た の. く知 ら れ て いるよう に、それはまず 日曜 日 に教 会 に行 く大衆 に シ ョッ. 一方、 同 じ頃、 イギ リ スではダ ーウ ィンの進化 論 が登場 す る。 よ. た の は 、 ま さ に そ の時 で あ った 。. られ、近代科学 たりう る資 格 を備 え た本来 の歴史 学 が歩 みを 開 始 し. もと に優秀 な人材 が集 まり、 史料 批 判 など の専門的 な手 続 き が固 め. と は歴史 的事実 の収 集 こそが肝要 にな ってき た のであ る。 ラ ンケ の. イ ム の著 作 から知 ら れ るよう に、 そ の方法 は殆 ど完 成 し て いた。 あ. が確 立 さ れねばな ら な いが、 十 九世紀後半 ま でには例 えば ベ ル ン ハ. 言 す るから には、史実 とし て確 実性 が保 証 でき るよう な学 問 的 方法. み立 てる こと に抵抗 す る。 歴史 は か つて事実 が そう であ った 通り に. 否 し、 歴史 の外 から アプ リ オリ な諸 概念 を持 ち込 ん で歴史記 述 を組. 置 を離 れ てゆく。先鞭 を つけ た のは恐らく ラ ンケであ った。卓 越 し. 歴史 哲 学 と は何 であ った かと いう なら、 哲 学プ ロパ ー の側 から見 る限 り、 この発展史 観 こそ、 そ の本 質 であ った と いえ る であ ろう。 だ が ま さ にそ の段階 から、 歴史 哲 学 は急速 に哲 学 の -部 門 と いう位. と見 な せ る部分 の、 両方 が窺 え る のであ る。. 的 展開 だ ったと見 な せ る部 分 と、時 代毎 に自 由意識 を獲得 し て来 た. ( 3). な い で あ ろ う 。 こ の時 代 の ヨ ー ロ ッパ 人 は 、 従 前 ギ リ シ ャ ・ロー マ. 見 つけ る のは造 作 もな いだ ろう。実 際、 自 由意 識 の進歩 の段 階 とし. 産業 資 本 の自 由競争 を容 認 す る側 からは、自 然 淘 汰 ・適者 生 存 と い. う進 化 思想 がむし ろ歓 迎 され ると い った状 況 を作 り出 す。す で に労. で長時 間 労働 に痛 め つけられ ている下層 民が社会 問題 化し て いたが、. ^ 5Y. も と る べき でな いと いう のが彼 の立 場 であ った。 も ちろん、 そう断. 記述 さる べきも の で、 そ の内 部 で連 関 を探 究 す る以外 、 どん な方途. ^ 4). た歴史 学者 とし て、彼 は ヘーゲ ルのよう な普 遍 的世界史 を激 しく拒. て、 一人 し かそ の意識 を持 ってな い時代 とし て上古 の専 制 君主制 を 挙げ 、 数 人 が持 った段 階 に古典古 代、 つまり ア テナイ の民主制 を擬 し、 万人 のそ れ に当代 を充 当 した考 え方 の中 には、 予造 によ る必然. 三.

(5) . . 宏. 上 岡. 四. 働 者階 級 の結束 を 唱導 す る共産 党 宣 言 が出 て いた時 期 であ る。ダ ー ウイ ニズ ムはま さ に、池 に石 を投げ こんだ のと同 じ であ った。 至 る 処 に波 紋 が及 んだ のであ る。歴史 哲 学 も例 外 ではな か った。ただ し、 。 そ れは社会 思想 タイプ の受 けた影響 よりも っと深 い所 に及 ん で いた. いと研究 に没 頭 し た。 そう し た専 門家 た ち の中 から、第 二 の動 きが. な史 料 の中 に分 け 入 って、史実 たりう るも のならば 一つも見逃 す ま. が生 き残 る にせよ、あ る いはど の文 明、ど の民族 が生 き残 る にせよ、. 存 の為 の闘争、 サ バイ バ ル競 争だ けが進 化 の動 力因だ とす れば 、 誰. が自 然淘 汰説 の立場 に立 つと、 それら はす べて消 され てし まう。生. 向 と いう のは、多 少 の幅 はあ る にせ よ、 ほぼ決 ま って おり、 そ の歩 みは程度 の差 こそあ れ合 目的的 な も のだ と考 えら れ て いた。 と ころ. 在 し て いると いう のが、 そ の基 本 的 発想 であ った。 従 って歴史 の方. 精神 にせよ民族 にせよ人類 にせよ、 と にかく そう いう も のの中 に内. 中 で姿 を現 わし てく る要素 の殆 ど は始 め から歴史 的 主体 た る何 か、. 従来 の発 展史 観 は、 ヘーゲ ル に代表 され るよう に、 歴史 の歩 み の. こ の態度 が説 得 力 を持 つた め には天才 的 な歴史 家 が必要 であ った。. 史観 を拒 否す る のと同 じ意味 で科 学法 則的 な 発想 を退 け る。ただ し、. あ った通 り に浮 き上 が ら せ記述 し よう とす る態 度 は、 か つて の発展. 人材 を集 め つつあ った。 歴史 の内部 で歴史 に即 し て、 事 実 が か つて. 一方、 ラ ンケ以来 の伝統 も、 本来 の歴史 学 の方向 とし て、優 れた. 的 な出 発点 た りう ると いう わ け であ る。. て示 され て いたが、 学 問 とし て の方 法 が確 立 し た今 こそが そ の実 質. の考 え方自 体 は、 一時代前 に世 を去 った コント : 八五七 没)によ っ. は科学 だ と断言 でき る位 置 へ持 ってゆ こう とす る運動 であ った。 そ. に則 し て捉 え よう とす るも ので、後 には統計 学 をも導 入 し て、 歴史. が る様 子 が こ こ にはよく 現 わ れ て いる。 こう した学者 た ちは、膨 大. を軽 侮 し た とク ローチ エな どは嘆 いて いるが、 新 興 の学問 の意気 上. ^ 6). 発 展史 観 の根 本的 な部分 を変 更 しなければ ならな い程 のゆさぶりだ っ. 出 てく る のであ る。 それ は、歴史 的 事件 の連 な りを科 学的 因 果系列. 集 に当 ったり真 偽 の鑑定 に当 る程度 の者 が、 シ エリ ング や ヘーゲ ル. た の で あ る。. そう し た結 果自体 は偶然性 を伴う のが当然 であ り、内 在 因的 な考 え. の状 況 に照 ら し て明 ら か にす る。 いわ ゆ る歴史主義 、 つま り歴史 哲. 幸 いにし て、こ の前 後 のド イ ツ には そう いう 天才 が何 人も 現 わ れ る。 例 えば ト レルチは 「ルネ サ ン スと宗 教改革 」 と いう有 名 な論 文 で、 こ の 二 つは補 完 的 な関 係 にあ る と いう従来 の了解 はま ちが いで、 む. 学 の流 れ の中 でそう 呼ば れ る狭義 の歴史 主義 は、 こう し た逸 材 た ち. 方 が入り込 む余地 はなくな ってし まう のであ る。 こ の立場 ではむし ろ、 自 然科 学的 な因果系 列 に沿 って歴史 は進 行 す ると考 え た方 が は. 十九世紀 も末 期 に近 づ く と、 歴史 哲 学 は かく し て全 く新 し い相貌. の実 績 を踏 ま え て登場 し て来 た も のであ った。 歴史 主義 は、 歴史 の. し ろ対 立 す る性 質 のも のだ った と いう ことを、 イタリ ア のそ の当時. を 呈 す るよう にな る。動 き は多 彩 であ った。 第 一のそ れは歴史 学 の. る か に理 に適 って いる。歴史 の見方 を根 本的 に変 更 す る必要 が あ る. 方 法 を確 立 し、 文献批 判 な ど厳 密 な学 問的 手続 き によ って史実 を確. 中 に登場 す る文 化 や価値 はそれ固有 のも のであ り、 そ れ ぞ れ の歴史. のは誰 の目 にも明 ら かであ った。. 定 す る訓練 を積 んだ学者 た ち の輩 出 であ る。彼 ら は当然 のことなが. 的 文 脈 の中 で のみ捉 え ねば な ら な いと唱 え る。 つまり歴史性 を剥 ぎ. 7) ヒストリズム^. ら、 か つての ヘーゲ ル型 の歴史 哲 学 を、 そ の思想 に ついてよ りも記. 味 だ と いう のであ る。 こう した と って普 遍 妥 当性 を 云 々し ても無害仰. うんぬん. 述 内容 の素 人 っぽさ に ついて軽 侮 す る。 古 文書 を写 し た り異本 の蒐.

(6) . 存在論的史観の問題. よ って次 の歴史 段階 が用意 されたと いう のが、 そ の基 本 原 理 であ る が、 エンゲ ルス以後 の後継者 たち によ って、 やが てそ れは科 学 法則. ら生 じ る対 立 と矛盾 が階 級 闘争 の形 で発現 した時 、弁 証 法的止場 に. 社会 におけ る物質的生産 関係 を歴史的 展開 の基盤 にお いて、 そ こか. 他 方、こ の時 期 は唯物 史 観、マルク ス主義 の登場 の時 でもあ った。. 立 場 から発言 す ることが原 理的 に不 可能 だ と いう こと にな ってしま う。 これ は歴史主義 が抱 え こん でし ま った根本 的 な矛盾 であ った。. か の歴史 的事態 が進行 し危 機感 が高 ま って いた とし ても、 歴史 家 の. 相 対真 理説 のよう な パ ラド ック スが生 じ て来 て、例 えば 現実 に何 ら. から何 ら か の意味 を引 き出 そう とす ると、 ち ょう どプ ロタゴ ラ スの. いた証拠 があ る。 し かし、 そ の種 の文献史 料 が最 も豊富 に残 って い. ら再 構成 でき ると いう ことが、 十九 世紀末 には真 面 目 に信じ ら れ て. れだ った と確 認 でき るような歴史 を、 あ る国 のあ る時 代 に ついてな. し て完 全 な歴史 を、 つまり客観 的 で誰 が ど の点 から見 ても事 実 は こ. が厳密 な学問的 方 法 とし て整 備 された結 果、 す べて の史実 を 洗 い出. 史 家 固有 の領域 でも混乱 が始 ま った のであ る。例 えば 、史 学 研究 法. 批判 を封 じら れる形 にな った ことだ けが そ れ に当 る のではな い。 歴. りあ って爆 発し た時代 であ る。 それ は文字 通り の意 味 で の自 爆 であ り、収 拾 の つかな い混乱 でさえあ った。 唯物 史観 が歴史 哲学 者 たち. 二十 世紀 は、 こう した諸 々 の動 きが世 界史的事件 の続 発 と からま. のかも し れな い。それ程 に唯 物史 観 は波 乱 万丈 の経 歴 を持 ってしま っ. と同程度 の客観性 を持 つと され、 コント以来 の実 証主義 的 理想 を体. るよう な、例 えば外交 分 野 に限 って みても、 す べて の史実 を 洗 い出. 考 え方 は、 歴史 を 正 しく 理解 し よう、 あ る いは実 際あ った通 り に捉. 現 す る のはむしろ史 的 唯物論 の方 だ と唱導 され る に至 る。 ただ、幸. す ことが できな いのは当然 であ ろう。 しま いにはあ る外交官 の家庭. た の で あ る。. か不幸 か、 こ の新 たな装 いを つけた歴史 哲 学 の代表選手 は、哲 学的. の事 情 ま で踏 みこん で調 べた とし ても、 「 す べて」と いう こと はあ り. え よう とす る時、 それだ け な らば 確 か に有効 であ ろう。 し かし そこ. 土壌 で検 討 されたり精練 された りす る暇 を全 く持 たず 、 いきな り激. え な い。. だ 日和 見だ と ののしり合 う ことなく、唯物史 観 を歴史 哲学 の枠 の中. でやんだ のはご く最近 であ る。 も し かす ると、教条 主義 だ修 正主義. を ふる った のは誰 の記憶 にもあざ や か であ ろう。 そう いう嵐 が 日本. え でさえ、敵対的 と見 な された。戦 後 の日本 で この種 の状況 が猛威. な いことを装 う か、 二 つに 一つし かな か った。 無 視 す ると い った構. あ る。 歴史家 は これ に賛 同 し従 う か、 そ れとも そう いう 理論 は知 ら. ど は敵 対 す る階級 から の攻撃 と同 じだ と見 な され る形 にな った ので. た め に戦 闘 理論 とし て武 装 さ れる方 向 だ けが急 が れ、批 判的検 討 な. それも当 然 であ った。実 証主義 的 な見方 によ れば 、 歴史 と は過去 の. 験 は、歴史 学 に ついて、百 八十度方向 のちがう反省 を呼び起 し た が、. う 以外 どう し ようも な いこと であ ろう。 歴史学者 た ち のこう し た経. な る。結 局 それ は歴史家自 身 の主観 によ る決断 で、 「ここま で」と い. とし ても、 こう な ると探索 そ のも の に限界 を定 める ことが で きな く. け て いるも のがあ るよう に感 じられ た から であ ろう が、仮 にそう だ. う モ ット ーだ け が理由 ではなく て、 史実 のそれぞれ の連 関 の中 に欠. 究 が あ る時 期 本格 的 に試 みら れ た。 そ れは恐らく 「す べてを 」 と い. と ころが、実 証主義 的歴史 学 では、 こ の種 の際限 のな い史 実 の追. ( 8Y. の手 から離 れ て、 これを国是 とす る諸 国家 の手 にわ たされ、 一切 の. 動 す る世 界史 の真 っ只中 へ飛び 出 し て行 かざ るを えな か った。 そ の. で論議 でき る のは、実 は これ から 二十 一世紀 にかけ てが そ の機 会な. 五.

(7) . . 宏. 上 岡. 史 料 が当 のそ の歴史 家 によ って組 み立 てら れたと いうだ け の、 作 ら. これ これ の歴史家 によ って取捨 選択 され評 価 され ラ ンクづ けら れた. なら な いけれど も、 歴史 研究 の実状 から いえば 、 再 現 され る のは、. 客観的 な事 実 の連 な り であ り、 歴史 学 は そ の正確 な再現 でな け れば. ま れ る。 それ を解 明 す れば よ いと い った考 え方 も、 な か った わけ で はな い。無 論 これ は極 端な意 見 と いう べきだ ろう が、 と にかく こ の. 一的 に綜 合 す るそ の人自身 の歴史 性 の意 識 や心情 な いし想像 力 が含. の才能 に依 存 し て いる。 そう した才 能 の中 には、 歴史 的 多様性 を統. や歴史 記述 は、 そ の史料 の選択評価 の段 階 から し て、 す で にそ の人. か。文 学 や芸術 に近 いと考 え る人 もも ち ろん いた。優 れ た歴史 論 文. 六. れた歴史 ではな いかと いう のが、 そ の反省 の骨 子 であ った。. 人 々が 思 い浮 か べた のは カ ント の認識 論 であ る。 カ ント は、 直観 に. な いと す れば何 な のかと いう のが次 の問 題 であ った。 そ の時 、 まず. こでは す で に否定的 な ニ ュア ン スを帯 び て いる のであ って、 科学 で. そ の時 から であ る。 も ち ろん、 科 学的 社 会 主義 を国是 とす る諸 国 で は、 こん な話 はそ れ こそ厳禁 であ った。 し かし、疑 問 と いう のは こ. であ ろうが、 し かし、 歴史 研究 におけ る アプ リ オリ なも の への言 及 は、 それ自 体 とし ては殆 ど役 に立 たな い内容 のも ので、 歴史家 には. 分 野 で哲学 プ ロパ ー の側 で最初 に発言 し た のは恐 らく新 カ ント学 派. あ る。批判 的 歴史 学 と か歴史 論 理学 と いう のが そ れ であ った。 こ の. いう意味 で、 歴史 哲 学 の中 に新 し い部 門 を作 る役 目を果 た し た ので. 種 の論 議 は、 歴史 を構成 す る歴史 家 一般 の主 観 の側 を問題 にす ると. 外 から与 え られた雑多 な内容 を と りま と め秩序 づ け る のは悟 性 であ. 何 の影響 も与 え な か ったよう であ る。 なぜ なら例 えば 、 リ ッケ ルト. 歴史 は実 証科 学 たりう る かと い った深刻 な疑 問 が出 て来 た のは、. るとし て、 こ の悟 性 が アプ リ オリ に備 え て いると ころ のカ テゴ リ ー. を構成 す るも ので、歴史 学 のた め のも のなど ではな いと いう点 であ っ た。 す で に非 ユークリ ッド幾何 学 が登 場 した時 から、 カ ント の先 験. カ テゴ リ ーな るも のが ユー クリ ッド幾何 学 と ニ ュート ン物 理学 だ け. け であ る。 ただ し、 こ の種 の類 比 にと って最 大 の困難 は、 カ ント の. に置 き換 え れば、 同 じ ことが いえ る のではな いかと人 々は考 え た わ. 本質 的 だ った こと の方 に注 目 せよ。価 値 とは歴史 にお いては発 展 の. し てそう す る の ではなく て、 ヨー ロ ッパ の文化 発 展 に有 意義 であ り. 決 め る時、 歴史 家 は それが ヨー ロ ッパ にも たらし た利害 得失 を評価. 何 と言 った のか。例 えば こうだ。 フラ ン ス革命 が何 故重 要 な のかを. す べきだ と言 う時、そ の価 値 とは実 に陳 腐 な も のだ った から であ る。. 的個 別 性 を個 別 化 された方法 で記述 す るも のでな け れば な ら ぬと言 い、 それを歴史 的 全体 性 へ関連 づ け る に当 っては価 値的観 点 を導 入. が歴史 的文 化 的 対象 領域 に携 わ る科 学 は自然 科学 とち が って、 一回. 的認識 論 は崩 壊 も同 然 と見 な され、 科 学論 と か科学哲 学 の分 野 で の. 系 列 を いう のであ り、 あ る意味 では目的 論 的 でもあ る から、 歴史 家. によ って こうし た与件 を構 成 す る時 、始 め て客観 的妥当 性 を備 え た 史料 」 与 件 」 のと ころを 「 学問 が成 立 す ると唱 え て いる のだ から、 「. 論議 が 活 発化 し て いた程 で、 歴史 学 者 が 入 り こむ隙間 は皆 無 だ った. の概 念 構成 は目 的論的 であ りう る。 歴史 家 は、宗 教 ・国家 ・法律 ・. 陳腐 と いう言 葉 を く り かえす ま でも なく、初 版 が 一八九 八年 と聞. 道徳 ・芸 術 など の普遍 的価 値 を読者 と同 じ 一般 レベ ルで承認 し て い うんぬん て、 そ の向 上 の方向 に価 値 を お いて いる べきだ 云 々。. ( 9). の であ る。. てしま って いた歴史 哲 学を、一種 のメタ歴史 学 と し て、哲 学プ ロパ ー. し かし な が ら、 こ の種 の難 問 は、 は からず も歴史 学者 の手 に移 っ の手 に取 り返 さ せ る役 目 も果 た し た。 歴史 は科 学 でな いと す れば 何.

(8) . 存在論的史観の問題. けば 驚 く程 に、 リ ッケ ルト の用意 し た アプ リオリ は古 く さ い。 ただ 唯 一の収穫 と いう べきも のはあ った。 そ れは価 値 でも何 でも、 と に かく 歴史 を記 述 す る側 に、 歴史的 与 件 を仕 分 け評価 す る為 の、何 ら か のアプ リオリ がな いと、 世 界史 は描 けな いと いう共通 の認 識 であ っ た。 発 展な ど と いう概念 は歴史 哲学者 はも はや誰も認 めな いが、何 かアプ リオリ な図式 は必要 であ る。 トイ ンビ ーや コリ ング ウ ッドや シ ュペ ング ラ ーが、 そう いう図式 を 用意 し て歴史 記述 にとり か か っ た こと は、 歴史 哲 学 のここま で の転変 からす れば 、当 然 すぎ る程 の 帰結 であ った。 難点 があ るとす れば、 そ の図式 が例 えば 挑戦 と応 答 のよう な、人類史 の全体 を 見 る為 には余 り にも貧弱 で内 容 の乏 し い 形式 だ った点 であ ろう。 歴史 哲学 と は何 であ るか に ついては、 以上 でそ の概 要 が語 ら れ た とし よう。実 は こ の分 野 が哲学 プ ロパ ー の手 から離 れ て以来 、哲 学 者 の側 から歴史 哲 学 を概 観 す る のはかな り面倒 で、 ち ょう ど物 理学 の展開 を めぐ って科 学論関 係 の哲 学者 が物 理学者 と討論 し て いる内 に次 第 に 置 き 去 り に さ れ た の と 、 同 じ こ と が 起 って い る の で あ る 。. 歴史 哲 学 専 門 の学者 の書 いたも のは難解 な部分 が多 いと いう ことも あ るが、 それ よりも むし ろど ことなく思考 回路 が異 な って いて、 一 般化 し概 括 し て事情 を理解 し よう とす る哲 学 一般 の側 の我 々とな じ m} ^. ま な い。 こ こ で は た ま た ま 、 ア ル ウ ィン ・ デ ィー マー の 「哲 学 綱 要 」. ( 0「 g 今 田 Qg ℃EB8 号 宿) の中 に七〇頁程 の分量 で歴史 哲 学 の 章 があ る のを参 考 にし て、 あ いま いな部 分を ク ローチ エな ど の著 作 に頼 ったが、 生物 学 の例 えば 予造 説 が初期 の発展史 観 に関 係 し て い るな ど と いう のは、 歴史 哲 学専門 の人 だ ったら言 わな いこと で、哲 学プ ロパーな れば こそ の発言 であ ろう。おかげ で大 分まとめ易くな っ たが、多 く の問題 が省 かれ て いる憾 みがあ るとは いえ、 歴史 哲学 が. 今 どう いう状態 に来 て いるかだ け は、我 人 とも に理解 でき た と 思う。. 問題 は歴史 的所与 に立 ち向 かう主 観 の側 に今 やあ る のであ り、 そ の 限 り では歴史 家 も哲学 者 も同次 元 にあ ると、 少 なく とも現在 の段階. 存 在論 は歴史哲 学 た りう るか?. でなら言 う ことが出来 るから であ る。. 口. 前 節 で我 々は、歴史哲 学 とは何 であ った か に ついて概 観 を試 みた。 端的 に言 えば 、 歴史 哲 学 は過去 を時 間軸 にそ って動的 に捉 え よう と す るも のであ り、 現在 を そ の延長 上 に位置 づ け た上 で、 可能 な らば. 未来 を も予言 し よう とす るような探 究 形式 だ った と いえ るだ ろう。 ただ こうし た探 究 方式 は、過去 と いう存 在 が それ自体 とし ては いわ ば地 下 に埋 も れ て いるため、 それを掘 り出 し て正しく配列 す ると い う作業 を必要 とす る。 それは本来 の探 究 にと っては準備作業 でし か. な いはず な のであ るが、実 際 には むし ろ こち ら の方 が大変 だ った の で、も っぱ ら そちら の方 に重点 を置 く客観的 学 問 が近 代史 学 と し て. 歴史哲 学 の前 に立 ち はだ か った。 こ のた め、 こ の探究 方式 は色 々な 制約 をう けた が、 さら に自 然科学 上 の発見 などが歴史 哲学的 な 発想 法を ゆ さ ぶ った りし て、 あれ これ別 のアイデ アを試 みて いる内 に、. 二十 世紀 の激 動 が これ らを押 し流 し てし ま った と いう のが、 少 な く とも現時 点 での実 情 であ ろう。 歴史 哲学 は或 る意 味 では破 産 状 態 に あ り、健 在 な のはむし ろ近 代史 学 の方 だと いえ る状 態 な のであ る。 では存 在論 はどう であ ろう か。我 々が試 み て来 た過去 の世 界 の存. 七.

(9) . . 宏. 上 岡. 八. は いず れ隠 れたま ま では済 ま さ れな いのであ る から、 ここ で喧 伝 す 、 る にも及ば ぬであ ろう。実 際 に ハイデ ッガー以後 存 在 を存 在 とし 、 て のみ探 究 す ると は要 す る に探 究 す る自 分自 身 を基点 と し て 存 在. 。 在論的 再構成 は、 歴史 哲学 と どう いう関係 にあ る のだ ろう か これ. 者 とし て の自分 を中 心 に遠近 と方 位 を も って広 が る存 在者 の世界 を. に ついては、 こ の シリ ーズ の最初 の論 文 で、 存 在 論的考 察 は歴史 哲 。 学 と の間合を測 ら ねば な ら ぬと述 べた ことが想起 される べきだろう. はあ く ま で現実 存在 そ のも のの解 明 を旨 とし て いる の であ るから尚. 、 う探究 が 現実 存在 の内 な る過 去 にまず 焦点 を絞 った と は いえ そ れ. 哲 学 とは無 関係 に見 え る かも し れな い。 二 つの方向 の内. こう した経 歴 と身 構 えを持 つ存在論 は、 それだ け で眺 め ると歴史 、 外 へ向 か. 究 を すすめ る学 な のであ る。. 受 け る べき意味 の問題 とし て、 いわば審 判 にさら され る こと にな っ て いる。存 在論 と は実 にそ こま で見 通 す形 で、終 末 を 見定 め つつ探. 実 存 の深測 を凝視 し つ つ模索 す る方向 の二 つに展 開 す る のが通例 と な った。 し かも こ の 二 つの方 向 は、 とりあ えず の探究 方 向 と し ては 、 正 反対 であ るよう に見 え るけ れど も、内 実 は完 全 に連 関 し ており す べてはもう 一度 、存在 を問う根 源的自 我 の前 に引 き出 さ れ て引 き. 構 造 的 に追 究 す る方向 と、存 在者 とし ての自 分 の基底 を な し て いる. 存在論 は歴史 哲学 と は異質 のも のだ から であ る。 し かし それ にも か. 、 もう. かわらず 、存在 論 は そ の包 括性 の故 に何 ら か の仕 方 で歴史 哲 学 と関 、 わりを持 たざ るを え な い。 なぜ なら例 えば あ る場 面 では 存在 を問 、 う 側 の持 つ歴史 的関 心 が未 来 指向 に関 わ る態度 決定 と連 動 す る時 歴史 哲 学を求 めた人 々と存 在 を問う我 々が全 く 同 じ状 況 に置 かれ得 。 る か ら で あ る 。 一体 そ れ は ど う し て な の か こ れ に つ い て は. 少 し順序 立 て て事柄 を整 理 し てみる必 要 が あ る。 存 存 在論 は アリ スト テ レス以来 「 す で に何度 も述 べて来 た よう に、 。 在 をも っぱ ら存在 とし て のみ」探究 す る学 だ と され て来 た こ の学 は本 性上最 も普 遍 的 な学 であ り、他 のす べて の分科 学 と区別 され る 最高 の学 問だ とも言 わ れ て来 た。 ただ し それ は、 た ん に抽 象的 で形 あ るL と いう言 葉 を、 それ自体 とし て無 式的 な存在 一般 な いし は 「. 更 であ る。だ が それ にも か かわらず 、 まさ にこ の点 で歴史 哲 学 と存. 在論 は接触 す る。 なぜ な ら歴史 哲学 も また、多 かれ少 な かれ過 去 に 、 よ って現在 を位 置 づ け、 現実 世界 のはら ん で いる意味 を捉 え て そ 。 れを引 き受 け よう と呼び かけ る構 えを持 って いる から であ る ただ. 内 容 な まま いじく り ま わす と いう意味 ではな い。普 遍 的 で最高 の学 、 だ と称 し得 た のは、存 在論 が他 の いかな る知 識 も前 提 す る ことな く. 歴史 哲学 には、 不確 かな過去 の伝承 を歴史 と誤認 し てそ こ から教 訓. 決定 し、 そ こ から開 示 し てく るも のだ けを次 な る考察 の足 が かり に. いかな る先 入 見も持 たず に、自 ら の権能 の内 で探究 の方向 と方 法 を し て来 た から であ る。 存 在論 のこう した歩 みは、中 世後 期 に実 存 の. 、 揚 をあ お る為 に歴史 の 一部分 に過 大な 評価 を与 え 他 民族 を差別 し 虐 待 す る こと の正当 性 を宣伝 す ると い った犯罪的 効 用 すら利 用 す る 、 考 え方 があ った から であ る。 こ のた め歴史 哲学 は どう し ても現実. ん に歴史 に教 訓 を求 め るだけ の実 用主義 な らば まだ しも. 。 を引 き出 せば能 事 終 れ り とす る悪 しき考 え方 への反省 が あ った た 、 民族 的高. 発見 と いう重 要 な場面 を迎 え、 やが てそれ はデ カ ルト の我 有 り の覚. 知で足場を固め、近世哲学の認識論的展開の中でその展開可能性を 予兆的 に示し た のち、 二十 世紀 に入 って ハイデ ッガ ー の現象 学 的存 存在 在論 でよう や く開 花 し た のであ る。 これら に ついてはす で に 「 論 の方法 」 の中 で明 ら か にし てあ るが、 哲 学史的 常 識 とし て人 々が 、 こ のことを理解 でき るま ではな お年 月 が必 要 であ るとし ても 真実.

(10) . 存在論的史観の問題. 動機 とし ては同 じ こと であ り、 現在 に ついて の覚 知 に基づ いて未 来. 理など と いう も のを歴史 哲学が呈 示し てくれ ても容易 に信じな いが、. 重 な りあう。存 在論的探 究 に携 わ る者 は仲 々疑 い深 く て、 歴史的真. に携 わる人 々 の動機 は存在論 が見定 め て いるも のと かな り の部 分 で. た のであ る。 し かし、 そうした方 法的 配慮 を 別 にすれば、 歴史哲 学. 入 って、 そ こ から順 々 に現在 へと辿 ってく る必要 があ ると考 えら れ. 世 界 への関 心 から離 れる必要 があ った。中 立 的 客観 的 であ るた め に は、 むし ろ飛び離 れた過去、 過ぎ 去 って今 はな い事 ども の内 に分 け. の何 ら の保 証 も持 って いな い。大部分 は類推的概 念 だ った の であ る。. 歴史哲 学 が用意 し た これら の概 念 は、 それが先 験的概念 であ る こと. 念 を持 ち出 し てく る。そ こが問 題 な のであ る。し かも厄介 な こと に、. 発展史観 にせよ進 化思想 にせよ、 歴史 全体 を括 ってしまう よう な概. が殆 どな ので、さほ ど問 題 になら な い。と ころが 歴史 哲学 と な ると、. の合 理性 と か、 それ自 体 とし てはそ の都 度 の基準 の役 目をす るも の. 所持 し て いる のであ るが、 後者 の場合 は時 間 的整 合性 とか連 関 構 造. る現場 の歴史 学者 と いえども、何 ら か の意味 でアプ リ オリな も のを. いかえ れば引 き受 け る べき意味 開 示 とし て の、何 ら か の結論 を 歴史. 化 され る のは現実 存在 であ って、過 去 的 なも のが独立 した地位 を与 えら れ る こと はな いのであ る。 従 って、 存在 論 は真 理とし て の、 い. あ り、時 間性 が そこ に連 関的 に定立 された と し ても、 そこ から主 題. がそ の対象 と し て措定 す る存在 そ のも のと は元来非時 間的 なも ので. 過程 で見 る限 り、 いまだ か つて試 みられ た ことがな い。存 在 の問 い. 現在 を過去 から の延長上 で位 置 づ け る ことは、存 在 論 の固有 の探 究. が歴史哲 学 とな るわけ にはゆ かな いから であ る。 歴史哲 学 のよう に. を振 り返 ってみれば、 そ の答 は明白 であ ろう。 存在 論 は、 それ自 体. では存在論 は歴史 哲学 たりう る のだ ろう か。 これま で述 べた こと. 性 を備 えた諸概 念 を持 って いる のであ る。 問題 はむし ろ、 こう した. が できな い。 と ころが存 在論 は、 逆 にそれ自 体 とし ては論 理的 必然. 証し てくれ る哲 学 が な け れば 、我 々は これ に確実 性 を承認 す る こと. 生命 に見ら れ る特 性 は文化 にあ てはま ると考 え、 そ の成 長 から 死 ま. だ ろう。シ ュペング ラ ーが文化 形態学 と いう観点 から歴史 を眺 め て、. 念 を例 にと って みれば 、 そ の連 関構造 の確 かさが誰 にも納得 でき る. 以 上 のも のは いな いと いう程 の根拠 を持 って いる。 用具性 と いう概. い そ の も の に あ った と い いう る こ と か ら す れ ば 、 保 証 人 と し て こ れ. 自体 とし ては時 間軸 上 の概 念 ではな いにせよ、 そ の根 源が存 在 の問. こ の点 から いう と、存 在論 が用意 す るアプ リ オリなも のは、 そ れ. らな いと いう点 であ る。実 際 には事実 学 とし て の研究 ・調査 に携 わ. に向 かう態 度 を決 める場面 では、 両者 は共 通 す る のであ る。. から取り出 す ことはしな いと いう こと にな る。端 的 に言 えば 歴史 的. 先験的概念 を ど のよう に歴史与 件 に結び つけ る かと いう こと であ ろ. う。存在論 的史 観 と いう も のが可能 だ とす れば 、実 にこ の点 こそが. でを華麗 な筆 致 で描 いた とし ても、生 命 と文 化 の根 源的 同 一性 を保. ( =). 真 理など は認 めな いのであ る。 し かしながら、存在論 と歴史 哲学 は全 く無 関 係 と いう のでも な い。 とし て の歴史 学 の方 であ るが、 同じ く そ こ に依拠 す る歴史 哲 学 と は. う。 周知 のよう に、 カ ント は純 粋悟性概 念 と いう アプ リ オリ な も の. このこと はただ ち に、 カ ンヤ の判断 力 の図式論 を想 起 させ るだ ろ. 主 題化 され る べきな のであ る。. 多 く の共通点 を持 って いるから であ る。中 でも特 に目立 つのは、 双. と直観 の多様 とも呼ば れ る与 件 とを綜 合 す る能 力 を判断力 と呼 び 、. 存在論 が現実 世界 の歴史性 を追究 す る際 に頼 り にす る のは、 事実学. 方 とも歴史与 件 に対 し てアプ リ オリ なも のを 予 め用意 しなけ れば な. 九.

(11) . . 宏. 上 岡. 彼 らが最 も 不可欠 とす る先験的概 念 を提 示 でき る。 的考察 に対 し て、. いえば、後者 は少 な く と も、 歴史 認識 の問題 を論議 す る メタ歴史 学. ば 、 それ は そ の通 り であ る。 けれど も、 歴史 哲 学 と存 在論 の関係 で. 下 でもな いのだ から、 歴史 哲学 な ど に応 用す るな ど問題 外 だ と いえ. と物 理学 の いわば 保 証 人 の役 目 を し たも ので、 それ以 上 でも それ以. だし、 す で に述 べた よう に、 これら は十 八世紀 の時 点 におけ る数学. 知覚 の予料 、経験 の類 推、 経 験 的 思惟 一般 の公準 が そ れ であ る。 た. そ の綜合 に当 って判 断 力 が依拠 す る原則 を 四 つ挙げ た。直 観 の公理、. そ の吟味 に当 っては再び 古代 世 界 が視界 に入れら れ る こともあ ろう. 古 代 世 界 の分析 にそれが 用 いら れな か った と いう こともあ る ので、. 連 関 とそ の展開 の論 理を こ こ に適 用 す る為 の原則 とを、 事柄 の性 質 に則 し て使 いわけながら、追 究 す る こと にし よう。前者 に関 し ては、. 世 界 を考察 す る の に必 要 な概 念 装 置 の追 加 と、 す で に用 いた用 具的. 的 考 察 だ けは し てお かねば な ら な い。 そ れ故、次 節 では、 紀 元後 の. 格 的 にとり かかる段階 ま では至 ら な いが、少 なく とも そ の為 の準備. な い。 最初 に述 べたよう に、本 論文 は紀 元後 の歴史 の構 造 分析 に本. の分析 から得 た 人間関係 のカテゴ リ 1的 展開 は、 全く適 用 され て い. 一〇. つまり今 ま で根拠薄 弱 だ った歴史 哲学 が、存 在論 から歴史 的 世 界 の. が、 そ の辺 は自 由 に考 え る方 がよ いと思 われ る。 何 度 もく り かえ す が、 我 々は歴史 哲 学 を志 し て いる のでなく て、 現実 世 界 の構 造解 明. . れを歴史 与件 と綜 合 す るた め の綜 合 的 原則 を、 判断 力 の図式論 のよ. 存在構造を解明する為 の純粋概念を手 に入れれば、歴史哲学者はそ. の為 に過 去 を追 って いる のだ から であ る。. 同 歴史における宗教概念の図式性について. う な形 で考察 でき るよう にな ると いえ る のであ る。 このことは何 を意味 す る のだ ろう か。結論 的 に いえば 、 存在 論 が 歴史 哲学 にな る こと は許 されな いが、 歴史 哲 学 が存 在 論 的史 観 を形 成 す る こと は可能 だ と いう こと であ ろう。 む ろん これ は原 理的 に可 能 な のだ と いう こと であ って、 まだ誰 も これ に手 を つけた人 は いな. いえ る世界 の歴史 に眼 を向 け る べき時 であ る。 ただ し、我 々はまだ. に述 べたよう に、 紀 元 七世紀前 後 から の、我 々 にと って直 接的 とも. 上 で ひとまず そ の検 討 が済 んだ も のとしよう。 今 や我 々は、 はじ め. 歴史 哲学 と の間 合 を測 ると我 々が述 べてきた問題 に ついては、 以. う と いう本 来 の立 場 に留 ま って歴史 を 眺 め る我 々 の方 は、 あ く ま で も そ の位置 で考察 を続 け ねば な らな いのであ る。. 課題 を設定 し考察 をす す め ても、 少 し も差 し支 え な いことが 分 った. を拘束 す る程 の説得 力 を持 たず 、存在 論 は目前 の探 究方 式 によ って. れた と いう こと位 であ ろう。即ち、先駆者 た ち の仕 事 は必ず し も我 々. 少 意義 があ った とすれば、 こ のことが我 々をあ る程度 自 由 にし てく. れら は本来 の探究に と って格 別 重 要だ った と いう わけ ではな い。多. の立 場 とを、 さまざ まな角 度 から検 討 し て来 た。 し かしな が ら、 こ. 我 々は これま で、 歴史 哲 学 の諸 問題 と歴史 の考 察 に携 わ る存 在 論. 存在論的探究の過程 で入手したアプリオリな概念装置を、用具性以. のであ る。我 々が謙 虚 にな る べきだ とす れば 、 それ は存在 そ のも の. いし、手 を つけ るとす れば 歴史 哲学 を専攻 す る学 者 こそが そ の学識 と思索 力 によ って、 これ に携 わ る のでな け れば な ら な い。 存 在 を問. 存 在論 の方 法 」 の中 で相 互主観 的 世界 外殆 ど用 いて いな い。 特 に 「.

(12) . 存在論的史観の問題. が歴史 的地 平 の彼 方 から姿 を 現 わし て来 た時 であ る。存在 論 は自 分 で用意 し たアプリオリな概 念 で歴史 的 世界を再構成 しようとするが、 時 には、 あ の神 人 君主 の出 現 の謎 のよう に、 そ こで の論 理 では捉 え きれな い事態 に出会 す ことがあ る。我 々は そ の時 、 とりあ えず作業 仮説 のよう な形 でこれを切 り抜 け て来 た が、 も ち ろんそれ では済 ま な い。少 なく とも改 め て、 こちら から新 たな論 理 をく り出 し て考 察 し直 す必要 があ る。 謙虚 にな れとは、 ま さ にそ のことを意味 す る の で あ る。. では、紀 元後 の世 界 はど のよう な仕方 で探究 したら よ いのだ ろう か。 これ に ついては、 まず こ の シリ ーズ の第 二論 文 の内容 を ふり か え ってみる必 要 があ ろう。 「 歴史 的世 界 と人倫 の問題」と題 した論文 で、我 々は紀 元前 五百年 代 に起 った新 たなう ね りを、鉄 器 の普 及よ り は文字 文化 の出 発 から説明 し た。 言文 一致 を可能 にし た文字 の登 場 と、 それを容 易 に定着 さ せう るパピ ル スや木簡 の登場 が、 どんな. 3) ( 1. 波及効 果を持 った か考 え て みたわけ であ る。 そし て、 これらが合 理 的思考 を推進 し、神 話伝説 の類を卑 小化 せし め る方向 に作 用 する に つれ て、神 人君主 を大真 面 目 に信ず る人間 は急 速 に減 って行 った と も述 べた。 こ の こと は、 は からず も ア レキサ ンダ ー大 王 の逸話 の中 で、 ペルシ ャ人 が彼 を神 人 と考 え、神 な らば赤 い血 を流 す はず がな いと思 いこん で いた エピ ソード から傍 証 され る形 にな ったが、農耕 によ る余剰食糧 と い った最初 の用具連関 と、 こ の第 二の「 文字 と紙 」 から始 ま る用具連 関 の広 が りが、第 二論 文 におけ る世 界史 展開 の基 軸 と な った の で あ る 。. かく て、連関 構造 の展開 の追 及 は、 まず古 典 古 代 のアテナイ の経 済 発展を モデ ル にす すめら れ、 ア レキサ ンダ ー の世界 国家 から後発 の ロー マ世界帝 国 の出 現 ま で辿 られたが、 一方 そ の辺 り から次第 に. 顕在 化 し て来 た問題 もあ った。 それ は、神人 君主 でな ければ 、誰 が. いかな る権 限 で世界を統 治 す る のかと いう問 題 であ った。我 々はそ こ で始 め て、世 界宗 教 とし て のキリ スト教 が要 請 され る に至 る所 以 を 了解 し た わけ であ る。 ただ し こ の段 階 では まだ、我 々は宗 教 概 念. を存 在論 の方 から原 理的 に位 置 づけ る ことが出 来 な か った為 に、 と りあ えず は神 人 君主 の出 現 の謎解 き に用 いた作 業 仮 説 から、 類 推的. にイ エス ・キリ スト の出 現を考 え る にとどま った。 発生 し た事 態 を 原 理的 に予想 でき る概念 図式 がまだ手 元 にな か った為 に、 ま た し て. も作 業仮 説 で処 置 す るし かな か った のであ る。. 以上 のよう な反省 を し て みると、紀 元後 の諸 国 の歴史 は、 従 来 の 用具連 関 型 の図式論 では到底 探究 し きれな いと いう ことが、 す ぐ さ. ま 予 測 で き る だ ろ う 。 ヨ ー ロ ッパ に せ よ 日 本 に せ よ 、 キ リ ス ト 教 が. 前 者 に、 仏 教 が後者 に伝 わ った頃 は、農業生産 力 は極 め て低 く、 大. 雑 巴 な言 い方を す れば 段 ・周時 代 の中 国並 みであ った。 と こ ろが仏 教 ( 大 乗 仏教 ) や キリ スト教 が世 界宗 教 た る基盤 を 固 めた地域 は、. 農業生産力は殆ど日本の江戸時代並みで、商品経済 ・貨幣経済も成. 熟 し ており、文字 文化 も合 理思想 も す で に 一つの頂 上 を極 め て いた のであ る。構 造連関 の展開 を追究 した時 に、 そ の展開 から完 結 への. 最後 の段 階 で登場 し た のが、 大乗仏 教 であ り キリ スト教 であ った。 こ のよう な世界宗 教 が、 まだ半 分未開 と い っても よ いア ルプ ス以北 の ヨー ロ ッパや 日本 に伝 わ った から と い って、 歴史 を開 始 したば か. り のこれ ら の国 々が成熟 へ 一歩 近 づ いたなどと は誰 だ って考 え な い だ ろう。 こう な るとどう し ても、後 進 国 へ伝 わ る前 の段 階 で、 宗教 の問 題 を存在論 の側 から解 明 し ておかねば な らな い。 つまり、紀 元. 後 の世界 の探究 は、宗教 に関 す る図式論 を究 明 す る こと によ って の み、 そ の下準備 が整 う のであ る。. :.

(13) . . 宏. 上 岡. そ れ故、 本節 では まず 宗 教 が、存 在 を問う我 々 の側 のど の辺 り か ら発 し てく る のか考 察 す る こと にし よう。 そし てそ の概 念 的 図式 が 明 ら か にな った上 で、 紀 元後 の世 界史 を問 う際 の原則 の問題 にこれ を つき合 せ る こと にしよう。 図式 の問題 は、 現段階 では宗 教 が緊 急 、 の課題 と な って いるが、 実 際 に考 察 を始 めたら また別 の課題 が出 。 てく る にちが いな い。 し かし そ の時 は そ の時 であ る さし当 り こ こ では、宗 教 心 が実 存 的関 心 のど の部 分 から由来 す る のか問 い直 す こ と から始 めら れ る べき であ る。 さ て、 最初 の論 文 で我 々は、 原 始的 な自 然信仰 が狩 猟採 集 民 の間 でどう し て生 じ た のか簡 単 に述 べた。 そし て自 然 の気 まぐ れとも見 え る天 候 不順 や 天災 が、 彼 ら の暮 し に恐 る べき結 果 を も たらす こと が そ の原 因 だ とも述 べた。 これ は別 に確 認 を要 す る ことも な い通念 、 であ ろう。 では 一体 彼 ら はなぜ、 あ る いは何 を恐 れ て 自 然 を司 る 何 者 か に祈 りを奉げ た のだ ろう か。 い っ死 の危険 に直 面 す る か分 ら 、 な いと いう 恐怖 が それだ った のだ ろう か。 それとも いず れ は必ず 。 死 ぬこと を確 知 し て、 死後 の行先 を恐 れ てそう した のだ ろう か あ 、 る人 は前 者 だ と い い、 他 の人 は後 者 だ と い い 別 の人 は両方 だ と い 、 い、さら に別 の人 は恐 れ は個 人 の死 よ りも種 族 の死 の方 だ と い って ちがう答 を 用意 す るだ ろう か。 。 多 分、こ の種 の論 議 は堂 々めぐ り にな ってし まうだ ろう 人 は色 々 な見方 をす るも のだ し、事実 はどう な のかたし かめよう もな いから であ る。 し かし存在論 は、 こ の種 の問 いかけ に対 し ては原 理的 に二 、 つの解 答 を用意 し て いる。 これは存 在 を問う自 我 が 存 在開 示 の契 、 機 とな る実 存的 関 心 を抽出 し区分 し て 方 法的 に措 定 し たも のに関 、 係 す る から であ る。実 存的 関 心 と いう のは それ自 体 は カオ スのよ 、 う な も ので、 ど のよう に区分 し ても い いし 精神 分析 学 や心 理学 が. 、. 一二. 根 源的 衝動 と し てど んな形 に名 付 け ても いいような も のであ るが. 存 在論 の展開 に当 っては、 これを我 々は実 存 保 持 への関 心 と実存 拡 、 。 大、 実存 対 時 と いう 三 つの項 に分類 し た そし て こ の観 点 から見. ると、 最初 期 の自 然 信仰 には この内 の実 存保持 と実 存 対 時 の二種 類 、 私 存在 と の関 心 があ ては めら れる のであ る。 こ の内 後 者 の方 は 「 、 実 存 の間 で」 と いう論 文 でも述 べた よう に そ の人 だ け の心 の問題 、 とし て、自 分が必ず 死 ぬと いう こと の承認 の上 で そ の救 済 を模索 我 と汝 」 の す る方向 に関 心が向 く が、前者 は人称 的空 間 におけ る 「. 相 互性 へ進 みな がら、 同時 にそ の保持 つま り生存 を指向 す る と いう. 、 形 を と る。 従 って前 者 は本 質 的 に共 同主 観的 であ り 共 同体集 団 な. らば 相 手 をもう 一人 の自 分 とし て、 自 分 のみならず集 団全 体 の実 存 、 。 維持 を 目指 す方 向 に働 く と解 され る こ のよう に考 え ると 先 の問 、 。 いかけ の解答 はす ぐ見当 が つく だ ろう つまり自 然 信 仰 の段 階 では 、 実 存保持 的 関 心が主 であ って、 実 存 対 時的 な も のは 死期 の迫 った 、 者 が秘儀 的 に見 えざ る自 然神 と個 の立 場 で対話 す る場 面 で のみ 発. 動 す ると解 釈 でき る のであ る。 。 では次 に、部 族宗 教 のよう な特定 の神 を祭 る段 階 を考 え てみよう こ の場 合 の特 徴 は、 そう し た神 も しく は神 々が名前 を持 って いる こ 、 と であ る。神 々が文字 通 り複 数 な らば 固有 名 詞が つく が 単 数 の場. 合 だ と、 そ の部族 の言葉 で神 を意 味 す る単語 が そ のまま固有 名 詞 に 、 な って いると いう こともあ りう る。 し かし いず れ にせよ こ の場 合 、 の神 も しく は神 々は他 の部族 にと っては関 係 のな いも の いいかえ. れば 他 部族 も ま た固有 のそれを持 って いると考 え ら れ るも のだ とし 、 てみよう。神 々が それぞれ名前 を持 つに至 った由縁 に ついては は っ 金枝篇 」 など を参 きりし た こと は何 も いえな いだ ろう が、例 えば 「 考 にす ると、 人類 が狩 猟 ・採 集 生 活 から農 耕 ・牧 畜 生 活 に転 換 す る.

(14) . 存在論的史観の問題. 四季 の順序 に従 って支配 す る神 の名 がまず 唱え ら れ、 農耕 の発展 と. 仮説的 に推理すれば、原始的農耕の時代に穀類などの 一年生草本を. にそ れ ぞれ名前 が つく よう にな ったと いう ことだ け は分 る。 従 って. に つれ て、 穀物 の農 穣 を司 る神 やブ ド ウなど の果実 栽培 に関 わ る神. だ固有 の神 であ って他 の民族 には関係 な いと い った性格 は帯 び な い. 為 の守 護神 とし て崇 めら れ る側 面 を持 つけ れ ども、 そ れだ け で はま. そ の他 の致命 的 な自 然 の脅威 に対 し て、 そ の部族 や民族 が生 き残 る. 護神 とし て分立 す る には至 ら な いはず だ から であ る。神 々は、 凶作. た と いう だ け で、自 然 の恵 みに向 か いあう限 り では、 民族 固 有 の守. であ ろう。 す るとどう し ても、脅威 に ついて別 の要素 を考 え る必要. 伝播 に伴 って 一方 では役 割毎 に識 別 され る形 で多 彩 な神 々が崇 めら れ、他 方 では後 進地域 にそ の技 術 と 一緒 に神 の名前 が伝 わ って行 き、 多 少 の音韻 変 化 によ って い つのま にか別 の名前 のよう にな って い っ. いう点 では共 通 し て いる から であ る。. 式 に狩 猟 と農耕 のちが いが生 じ た とし ても、 共 同体 的実 存 の保持 と. 変 化 はな い。食 物 を恵 ん でくれ る自 然 に対し て、 そ れを摂 取 す る方. 畜生 活 に入 った部族 が名前 を持 つ神 々を崇 め るよう にな った とし て も、 そ の動機 が部族共同体 の平穏無 事 な存続 にあ る限 り、 本質的 な. あ る。自 然宗 教 的 な狩 猟 o採 集 生活 から の流 れ で いえば 、農耕 ・牧. つ神 々が民族宗 教 的 な体系 に転 換 し て い った かと いう ことだ から で. の場合 むし ろ有 害 であ る。 問題 は、 ど の段 階 で部族 神的 な名前 を持. るだ ろう。 理論 的整 合性 のた め に資 料解 釈 の方 を変 更 す る のは、 こ. れば農 耕 民族 から伝播 した のにちが いな いと い った弁解 が必要 にな. ば 、 狩 猟採 集 民族 には名前 を持 つ神 々は存 在 し な いと か、 あ るとす. 民族 の中 にし かな いと断定 す る のは早計 であ る。 そんな ことを す れ. し かしながら、 これら のこと から、名前 を持 つ神 々は農 耕 ・牧畜. こともあ った であ ろう。場 合 によ っては、 そ の部族 の固有 の記 憶 の 中 に、 絶滅 の危機 を救 ってく れた祖先 の名 があ って、危急 存 亡 の時. く れた謂 わば 実 績 によ って、 それを守 護神 とし て崇 め るな ど と いう. 代 の自 然神 にま でさ か のぼ って、自 分 た ち種族 の維持 を可能 にし て. 面 で の守 護神 的役割 が付加 さ れた と か、 も っと古 く、 大 昔 の狩 猟時. う し た守 護神 が形成 され るま で の経過 は多 彩 であ って、戦 いの神 と. この点 から考 えた方 が理解 し やす いのであ る。 も ち ろん、実 際 にこ. 族 や民族 が固有 の名 を持 つ神 を崇 め るよう にな った動機 は、 ま さ に. 衛策 と共 に、 こ の面 で の守 護神 を考 え る のが当然 であ る。 そ し て部. ねば な らな い。 共同体的実 存 保持 に基 づく危機意識 は、 現実 的 な自. の羊 を養 う牧畜 民は、 それ を奪 いに来 る敵 の存在 を常 に考 え て おか. 族あるいは他民族 の存在を考えれば、備畜食糧を持 つ農耕民や多数. ろ人為 的 なも のであ ろう。 掠 奪 、殺 数 な ど の目的 で襲 ってく る他 部. が出 てく る のであ る。 では、 そ の脅威 とは何 であ ろう か。自 然 以外 と いえば 結 局 のと こ. さ てそうだ とす ると、 一体 ど の辺 り から部族 あ る いは民族 固有 の. には い つも そ の名 が唱 えら れ るな どと いう こともあ った かも し れな. たと いう ことも言 え るであ ろう。. 神 々が登場 す る のだ ろう か。 原 理的 に考 えれば、例 えば農 耕 民族 が. い。. に本 質的 な ちが いがあ るはず はな い。農耕 技術 の伝 播 と共 にや って. ゆる民族宗 教 や土 俗的宗 教 が存 在 論的 にど のよう な も のであ った か. さ て こ のよう に考 え て みると、 世 界宗 教 が登場 す るま で の、 いわ. い ったは っきり した形 を と った場合 よりも、農業神 や牧 畜神 に こ の. 山岳 や大 河 で隔 てら れ て いた とし ても、 そ の二 つの民族 が祈 る神 々 来 た神 々が、二 つの民族 でそ れ ぞれちがう名 前 で呼ば れるよう にな っ. 一三.

(15) . . 宏. 上 岡. 一四. 形態 的 には千 差 万別 だ った にちが いな い。例 えば 、あ る民族 にと っ. 種 の宗教 は、 今述 べた守 護神 と の関 わ り からも推 理 され るよう に、. いにし ても副次 的 な 関係 し か持 た な か った のであ る。 ただ し、 こ の. おり、個 々人 の魂 の不安 にかかわ る実 存対 時 的 な関 心 と は無 縁 でな. と いう問題 は かな り分 りや す いも の にな ってく るだ ろう。 端 的 に い えば 、 それら は本 質 的 に共同体 の存 続 にか かわ る関 心 から由来 し て. 孫 を名乗 っても、 さ ほど珍奇 には見 ら れな い。 むし ろ彼 ら の持 つ技. 洗練 された民族宗 教 を携 え て入 ってく れば 、 そ の指 導 者 が神 々 の子. いる所 へ、例 えば 採 鉱 ・治 金 と い った驚 異的技術 を も つ 一団 が より. プ ト にせよ シ ュメー ルにせよ、 土俗 的宗 教 の地盤 が あ る程度 出 来 て. を促 しただ ろう と いう ことも、 こ こで再確 認 し てよ いだ ろう。 エジ. こ のよう な経過 の中 で、 あ る程度 の確 率 をも って、神 人 君主 の出 現. ほ ぼ間 ちが いな いと い ってよ い。青 銅 器文 化 に関 わ る技 術体系 が、. ては、 そ の神 は人格神 であ り、 雷鳴 の轟 き にも似 た声 で、 し かも自. 術 の威 力 の方 が、 そ の証明 とし て役 立 った であ ろう。. こう した点 から いえば 、 必ず し も金 属 治金術 と の関 係 な し に支 配. 分 た ちと同 じ言 語 で語 り かけ てく る存 在 だ ったが、別 の民族 にと っ ては、 全宇宙 を司 る最高 神 以下、多彩 な神 々 のそれぞ れが華 麗 な神. では、 個 人 の魂 の救済 に関 わ る関 心、 そ の意 味 で の宗 教 は、 世 界. 階級 の位 置 を占 めた と思 わ れ るイ ンド ・ア ーリ ア人 の謎 も解 け る で あ ろう。土 俗 的 でまだ 混沌 とし た段 階 にあ る先 住 民 の宗 教 の中 へ、. 話 で語 り伝 え られ て いて、地域 の事 情次第 であ ち こち に別 々 の神 が. 原 理的 に、存 在論 の側 から考 え ら れ る宗教概 念 と は大 略 し て以上. 宗 教 以前 には全 く存 在 しな か った のだ ろう か。 も ち ろん、 そ んな こ. 祭 ら れ ると い った存 在 だ った であ ろう。 そし てまた時 には、名 を持. のと おり であ る。 世界史 を考 え る上 で の図式 論 は、 これら の考察 か. とはな いであ ろう。 ただ し、 これ には条件 があ る。 つま り少 なく と も、 共同体 の危 急 存 亡 に継 時 的 にせよ反復的 にせよ直 面 す る恐 れ の. きらび や かな神話 に彩 ら れ た バラ モン教 が突然 も た ら された の であ る。 何 が起 った か いう ま でもな いだ ろう。 先住 民 はよ り低 いカ ー ス. ら充分 に演経 でき る。 我 々は、 最後 にこ の点 を まと め ておく べき で. あ る人 々は、 部族 単位 であ れ、 階級 とし て であ れ、 民族宗 教 の段 階. つ神 々は凶暴 で、 猛獣 に化身 し たりす る恐 ろし い存在 であ るた め、 つね にそ の機 嫌 を伺 って犠 牲 を奉 げ ねば なら ぬと い った よう な、 厄. あ ろう。第 一には っきりし て いる こと は、現存在 とし て の人間 にと っ. から出 ら れな いのであ る。 とす れば 個 の魂 の救 済 が宗 教 的関 心 の基. ト におと され る屈辱 と、 輝 くば かり の民族宗 教 の魅 力 とを天秤 にか. て根 源的 な関心 は いく つにも仕 分 けら れ るが、宗 教 的関 心 とし て初. 介 な宗教 を抱 え てし ま った民族 もあ った にちが いな い。 そ の多 く は. 期 の人類 が つね に抱 え て いたも のは、種 族 の生 き残 り に関 わ る共同. 軸 とな る人は、 極端 に限定 され る であ ろう。大真 面 目 に不老 不 死を. けざ るを えなく な った にちが いな い。実 存 的関 心 とは そ れ程 に人 間. 体 的実 存 保持 のそれだ ったと いう こと であ る。狩 猟採 集生 活 から農. 念 じう る最高 位 の支 配者 た ち し か、最初 は居 な か った にちが いな い。. 死者 の国 さえ牛 耳 って いるとさ れ て いた から、 人 々は個 人 の魂 の問. 耕牧畜生活に入り、都市国家を形成し、青銅器文化を獲得する段階. つまり神 人 君主 と そ の 一族 な ど僅 か の人 々だ けが、 死後 の生 を信 じ. を動 かす も のな のではな いだ ろう か。. ま で、 こ の種 の宗 教 的関心 が民族宗 教 と か土 俗宗教 など様 々な形 で. よう とし た はず な のであ る。 ヘーゲ ルの歴史 哲学 ではな いが、 専制. 題 など に関 心 を払う いとまも な か った わ け であ る。. 少 しず つ整 理 され、かな り の程度 ま で体 系化 された であ ろう こと は、.

(16) . 存在論的史観の問題. 宗 教 的救 済 の方 に関心を向 け ては いな か った。 むし ろ、政治 の理念. 達 した他 の地域、 つまり中 国 やギ リ シャ では、自 由な魂 は必ず しも. ト教 に先 立 つこと約 五百年 であ った。 ただ し、 そ の頃 に個 の自 覚 に. れ るだ け の教養 を備 える段 階 に達 し た階 級 だ った のであ る。 キリ ス. た最初期 の人 々は、 すで に個 と し て の自 覚 と共 に魂 の救済 に心惹 か. 特 に恵 ま れた地域 にお いて であ った。 イ ンド で釈迦 の説教 に帰 依 し. 集 め るよう にな った のであ る。 し かも そ れ は、 先進 文 明圏 の内 でも. 成 され る に つれ て、個 人 の魂 の救 済 の方 が、 よう やく多 数 の関 心を. にな って、経済的 に自 立 でき る市 民階 級 が自 営業者 や商 人 とし て形. 世界性 を獲得 できな い。 は る か に後世、 す な わち紀前 五百年 代 以降. 則 に他 なら な い。 し かも こ の原則 を適 用 す ると、実 に次 のよ う な状. 式 論 であ り、宗 教 的葛藤 と変貌 とを アプ リ オリ に説 明す る綜 合的 原. る べき紀 元後 の世界史 にお いて、 これを存 在論 的 に考 察 す る為 の図. を引 き お こし た はず な のであ る。 そし て これ こそが、次 にと り か か. 祭儀 の多 く を改編 し つつ世 界宗教 に委 ね るか、 と にかく様 々な事態. 逆に民族宗教 の方が宗教色を削がれて神話的文学と化し、共同体的. 済 と い った要 素 をとり 入 れ て新 し い民衆 的宗教 に変 わ ってゆ く か、. つく であ ろう 。何 ら か の仕方 で併 存 す る か、 民族宗 教 の方 が魂 の救. を持 つ地域 に伝 わ った世界宗 教 が、 ど んな葛 藤を起 した かも 見 当 が. など、すでに成熟した社会で、固有 の神話型民族宗教や哲学 ・思想. こ の よ う に考 え て み る と 、 ギ リ シ ャ ・ロー マ世 界 や 中 国 ・イ ン ド. な の で あ る。. と道徳と哲学が関心の的であ った。救済の問題が世界的規模で主要. 況 す ら論 理的 に予測 でき る のであ る。 それ は、 よ り未成 熟 な 土地 で. 君主 一人だ けが自 由 であ る段 階 では、実 存 対時 を基軸 とす る宗 教 は、. な関 心事 にな る のは、数 百年 にわ た る戦 乱 を経 た紀元後 のことな の. 土俗性 をとり 入 れ変 貌 した世界宗 教 は、 そ の共 同体的祭儀 を 肩代 り. したが ため に、 そ の地域 の人 々が経 済力 と教養 の向 上と によ って個. であ る。. さて、 それ では 一体 この こと は、紀 元後 の世界 を考 え る上 で、図. の自覚 が すす み出 す と、却 ってそ の土俗 性 を攻撃 され、魂 の救 済 と. 宗教 の概念 は、紀 元後 の世界史 を これから考 え る上 で、現 実 世 界. 式論 的 にど のよう な意味 を持 つのであ ろう か。第 一に確 かな こと は、. 階 にあ る地域 に伝 わ ったと した ら、 も ちろん世界宗 教 はそれら を駆. の連関 構造 を解 明す る為 の最初 の重要 な鍵 であ る こと、 以上 によ っ. いう本 来 の世界宗 教 的要素 を取 り戻 す よう改革 を迫 られ るだ ろう と. 逐 し た であ ろうが、 そ の代 り に、土地 の人 々が そう した土俗宗 教 に. てす で に明白 であ る。 ただ し、決 し て唯 一無 二 にと いう わけ で はな. これ ほど に洗練 された世界宗 教 が まだ半 分未 開 な地域 に伝 わ った と. よ って満 たし て いた共同体 的実 存 にま つわ る関 心 を、 そし て多 分 そ. い。 恐 ら く は こ の先 、 さ ら に新 し いも の が 出 て く る に ち が い な い。. いう点 であ る。 十 四、 五世紀 によう やく そ の レベルに達 し た 国 々 に. れ に伴 う特有 の宗 教的祭儀 を、 世界宗 教 は肩代 りしな け れば な らな. けれども、 と にかく これ によ って従前 の用具連 関 に加 え て、 人 倫 的. し ても、それら は魂 の救済 と い った レベルで受容 されることはな か っ. か った であ ろう。 つまり世界宗 教 は、本 来 一義 的 であ るにも かかわ. 基礎概 念 とし て の宗 教 的連 関 が概 念装 置 とし て手 に入 ったから には、. 何 が起 った か言 う ま でも な いだ ろう。. らず 、自 然 信仰 から部族神 を経 て民族 宗 教 にま で至 る共同体中 心 の. 我 々は次 の考 察 に歩 みを進 め る べき であ る。 やが て登場 す る新 し い. ただ ろう と いう点 であ る。 例 えば 、 まだ 混沌 とした土 俗的宗教 の段. 宗教 的 要素 を、 そ の上 に いわば 重 ね着 し な ければ な らな か った はず. 一五.

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