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ドイツ黒い森の温泉保養地における治療・療養・保養─現地視察からうかがえた温泉地の特徴による自然資本活用可能性─

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(1)

寄  稿

ドイツ黒い森の温泉保養地における治療・療養・保養

─現地視察からうかがえた温泉地の特徴による

自然資本活用可能性─

中村  毅

1)*

,阿岸 祐幸

2) 抄 録  ドイツの温泉保養地では,土地固有の特徴ある自然資本の経験的な生体に対する効果を 医学・気象学・化学などの科学的手法によって検証し,治療手段として承認を得,健康維 持,治療や疲労・ストレスからの回復に提供している.自然資本は土壌からの素材である 療養泉・ガス・ぺロイド(使用法は浴用,湿布など日本も欧州も差異はないが,欧州ぺロ イドの物理的性質は日本に比較して劣り,有機質を多く含有させるため,処理を施す点が 異なる)のほか,気候や海洋からの素材も含み,種類や質によって温泉保養地の種が規定 されている.その特徴により利用者の目的に応じた場所を選択できるシステムが構築さ れ,健康増進に効率的に活かされている.  自然資本が豊富であるにもかかわらず活用が十分ではないと思われる日本の現状に対 し,ドイツ温泉保養地の近年の動向について,黒い森地域を主とする伝統ある温泉・気候 保養地を参考にすべく現地視察体験し現状について学んだ.  視察を行ったいずれの場所もドイツ温泉協会,ドイツ観光協会から認定されている温 泉・気候保養地であったが,特に Bad Wildbad, Keidel Mineral-Thermalbad の 2 つの温 泉保養地は,医学的治療,ツーリズム等の提供構造を維持しながら,土地構造,自然素材 の長所を活かし,トレンドや感動の要素を組み込み地域社会,温泉地の活性化につなげて いた.  日本とドイツでは温泉地自体の構造,環境,制度などの相違もあり,ドイツでは,補 完,代替医療が広く行われ一部公的治療費が支払われるが,プライベート保険を用いて保 険償還が行われている(高山真,他:ドイツ 4 ヶ所の医療施設における統合医療の現状, 日東医誌 Kampo Med, 2012; 60(4): 275-282).ドイツの現状をそのまま応用するには容易 ではないが,黒い森地方に劣らない量,多様性のある自然資本を所有する日本においても 健康増進へのさらなる活用可能性があると考える.ドイツ温泉保養地の取り組みはその方 向性の一端を示してくれるのではないか. キーワード:黒い森の温泉保養地,自然資本,健康増進,地域特性,情緒

I は じ め に

 2019 年 4 月 12 日から 4 月 19 日の期間,ドイツ・ヘッ セン州(Bad Homburg)およびバーデン=ヴェルテン ベルグ州の黒い森(Schwarzwald)地域(Baden-Baden, Bad Wildbad, Freudenstadt, Freiburg im Breisgau: Keidel Mineral-Thermalbad, Bad Krozingen, Badenweiler)にある 7 ヶ所の温泉・気候保養地の視察 (投稿受付日:2020 年 5 月 22 日,掲載決定日:2020 年 6 月 15 日,J-STAGE 早期公開日:2020 年 7 月 17 日) doi:10.11390/onki.2332 1)医療法人 社団主体会 小山田記念温泉病院  〒 512-1111 三重県四日市市山田町 5538-1  *連絡先(中村 毅):TEL:059-328-1260,FAX:059-328-1921 2)一般社団法人 健康保養地医学研究機構

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体験を行った.ドイツの温泉保養地では,その土地にあ る固有の特徴を持つ自然資本(ここでは素材,あるいは 資源とする)・環境に対し効果を医学・気象学・化学等 の手法によって検証されたうえで治療・療養地としての 承認を得,それらを健康維持,回復に様々な形で提供し ている.また,必要な全ての基準に準じた医学的治療, ツーリズムの提供構造をサービスレベルが達成すること により各種の種の称号が授与される1).黒い森はドイツ の南西部にあたり(Fig. 1A)ドイツ全土に 350 ヶ所以 上ある温泉地・保養地(Heilbad, Kurort など)のうち, 約 40 ヶ所を有する2)(Fig. 1B).訪問した温泉・気候保 養地はそれぞれ歴史があり異なる自然治療資源による個 性を持っていたが,伝統的な治療・療養・リハビリテー ションを継続しつつ変化・発展している.その中で健 康・療養への土地の自然資源の活用法,集客の工夫に 関し特に印象に残った 2 事例(Bad Wildbad,Keidel Mineral-Thermalbad)を視察体験,現地資料,参考資 料をもとに紹介し,日本の温泉地づくりへの応用可能性 について考察する.

II 黒い森(Schwarzwald)

 黒い森の地理学上の成立時期は,中生代末期の第三 紀,今から 6500 万年前に始まったアルプス造山運動に ともない,その北側のヴァリスカン地帯が連動し,様々 な標高差に隆起ないし陥落し,現在の中位山地帯の骨格 を形成した時である.中位山地帯は名称どおり 1000 m を超える高山は少なく,黒い森の最高峰フェルトベルク は海抜 1493 m である.黒い森地方は標高差 800 m で, 南北約 166 km,東西幅,北部で約 30 km,南部で約 60 km におよぶ.北部の黒い森は今日 3 分の 2 をトウヒ やモミなどの針葉樹で覆われている.黒い森という名称 も密集して生えるトウヒやモミによって暗く(黒く)見 えることがその由来といわれる.黒い森という名称が最 初に登場するのはスイスのザンクト・ガレン修道院の 868 年の古文書で,ゲルマン部族法の中の記録において である.高原状の土地には森林だけではなく,牧草地, 畑地,町もあり森だけが一様に広がっているわけではな い.温泉地間を移動する際にも広大な森林,渓谷に圧倒 されるとともに放牧風景や美しい街並みに魅了される.   温 泉 と の 関 連 で は 温 泉 地 と し て 世 界 的 に 有 名 な Baden-Baden には西暦 70 年から 250 年頃にローマ人が 訪れ,温泉での療養のため,皇帝と兵,それに彼らの馬 の為に温泉場を造り,「Aquae Aureliae」と名付けた3) 「Aquae」は当時,南ヨーロッパに存在した療養地に多 く名付けられている4).また,17 世紀前半の 30 年戦争 を描いたグリンメルスハウゼン(1621 年あるいは 1622 年~ 1676 年)著「冒険家ジンプリチシムス」(和訳:阿 呆物語)の中にもヤンコウィッツの戦いにおける負傷兵 のため,医師が炭酸泉の湯治場・温泉地である黒い森の グ リ ー ス バ ッ ハ(Bad Peterstal-Griesbach: Mineral- und Moorheilbad, Kneipp-Kurort)への療養を勧めてい る場面がある5).昔から戦争での外傷に対する治療や療

養場としての重要な役割を果たしてきたことがうかがえ る.近年においても毎年,800 万人以上の行楽客と日帰 り観光客がこの地域を訪れている.

Fig. 1 A: Geographical location of the Black Forest (Schwarzwald) in Germany (rectangle). B: Distribution of spas (Heilbäder) and resorts (Kurort) in the Black Forest.

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III 温泉保養地の概要と現状

 1.Bad Wildbad  1)温泉保養地の背景  Bad Wildbad はフランクフルトから南へ約 145 km, 黒 い 森 の 北 部 に 位 置 す る 人 口 約 1 万 人, 面 積 105.26 km2,町の 90% 以上を森林が占める Kurort であ る.海抜 426 m の谷間の霧の無い気候と海抜 750 m に ある Sommerberg の穏やかな 2 つの気候帯からなり厳 しい西風から保護されている6).Enz 川が市街の中心部 を流れ,その両側に全長 1.5 km(35 ha)におよぶ縦長 の Kurpark が広がる独特の構造を呈している(Fig. 2A,B).温泉地としては 1993 年に「Bad」という称号 を与えられた.現在は Heilbad(治療効果のある温泉地) および Luftkurort(気候条件の良い保養地)の種名を 与えられている.クアオルト認定としての Heilmittel (自然の治療手段)はファンゴ(温泉泥)およびフッ化 物を含んだ 35 ~ 42℃の単純温泉があり,毎秒 12 L が 噴出している.また,作曲家のジョアチーノ・ロッシー ニが療養のため滞在していたこともあり,1989 年以来 Rossini in Wildbad とよばれるフェスティバルが毎年催 され,Kurpark 中に存在するクアシアター(Fig. 2C) やトリンクハレ(飲泉場)も会場として活用されてい る.  2)医療,健康管理(Wellness)  医学的治療のため何世紀にもわたり,主に筋骨格系障 害を持つ患者が訪れてきた.適応症は炎症性リウマチ性 疾患(関節リウマチ),運動器疾患(事故・術後の運動 器障害,腰痛症,背部痛,脊柱側弯症,骨軟骨症,麻 痺,ズデック症候群,骨粗鬆症など),皮膚疾患におよ ぶ.町には現在 3 名の温泉療法医が存在する.治療メ ニューとしてはファンゴ,水中運動,陸上運動,各種 マッサージ,オステオパシーなど多岐にわたるが,Bad Wildbad における伝統的な理学療法として Schlingen-tischbehandlung(身体を紐でつるしての関節運動)が 知られている.町には特徴を異にする Therme が 2 施 設存在し,彫刻やアールヌーボー様式の装飾が施された Palais Thermal はヨーロッパで最も美しい浴場の一つ と言われる.浴場以外にも複数のサウナ(フィンランド 式サウナ,バイオサウナ,7 つの異なる温度のサウナな ど ) を 備 え, 屋 外 の パ ノ ラ マ サ ウ ナ か ら は Bad Wildbad の町が見渡せる.健康管理(Wellness)として Thalgo(タラソテラピー),月見草オイル浴,各種マッ サージなどのサービスが充実している.一方,Vital Therme では併設する健康センターとともに,温泉プー ルを利用したアクアトレーニングやファンゴによる外来 患者の治療,リハビリテーションが行われている.

Fig. 2 A: Terrain features of Bad Wildbad. B: Photograph showing the city area of Bad Wildbad. C: Kurpark with Kurtheater in Bad Wildbad.

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 3)近年の動向   ロ ッ シ ー ニ な ど 著 名 人 の 療 養 場 所 と し て 栄 え た Kurort であるが,1997 年の大規模な医療制度改革以後,宿 泊客,クリニックの減少につながった.市街地からケー ブ ル カ ー で ア ク セ ス 可 能 な Sommerberg に は 2.5 ~ 11 km(所要時間 40 分~ 3 時間)の複数のハイキング コースがあり,町と山を結ぶ登山コース(2 ~ 6 km) も整備されテルメ近くへアクセス可能な道もある.様々 な難易度のマウンテンバイク専用のコースを充実させ, ドイツにおいて特に市場が拡大しつつあった電動バイク も取り入れた7)(Fig. 3A,B,C).町と周辺の領域を含 む広範なガイド付きサイクリングコースも提供されてい る.また,Sommerberg には Baumwipfelpfad と名付け られた地上 20 m にもおよぶ高所にあるバリアフリーの 遊歩道が山の木々の間をぬって設置された(Fig. 4A). その途中には人の視線の高さに合わせて野鳥の巣箱が木 に備えられ,温泉や森林を題材とした環境教育が漫画で 説明されるなど大人から子供まで楽しみながら森林浴を 満喫できる工夫がなされている(Fig. 4B).その終点に は遊戯施設や地上 40 m におよぶ,らせん状に上ってい く巨大な展望台があり黒い森を 360 度見渡せる(Fig. 4C).展望台の途中からは 50 m の長さのあるらせん状 の滑り台も併設されている(Fig. 4D).近年では毎週数 千人が訪れるようにまでになり伝統的なクアオルトから 観光都市へと変貌しつつある8)

 2. Keidel Mineral-Thermalbad(Freiburg im Breis-gau)  1)温泉保養地の背景  フライブルク市は,バーデン=ヴェルテンベルク州の 南西部に位置する,人口約 23 万人,面積 153 km2の都 市である.ライン川の上流に位置し,スイスとフランス 国境に近く,黒い森の玄関口にある.Keidel Mineral-Thermalbad は,市中心部から南西約 6 km に位置する. Mooswald と呼ばれる森に隣接し,自然に囲まれ都市中 心部の多忙な日常から離れてリラックスできる環境にあ る(Fig. 5A).1970 年代の後半,建設に大きな影響を 与え,フライブルク市長であった Eugen-Keidel にちな んで名付けられた.健康管理(Wellness)エリアは 6000 m2を超える . 環境都市フライブルクらしく 2011 年 にエネルギーの熱源をガスからバイオマスに転換した プールがある9)

 施設に隣接して Dorint An den Thermen Freiburg というホテルがあり,ここを拠点に施設に通う患者もい る.健康増進,保養目的の日帰り利用者に加え,ホテル から年間約 10000 人,リハビリ病院(整形外科,心身総 合科 Psychosomatik)から年間約 8000 人の患者の利用

Fig. 3 A: Bicycle parks in the Sommerberg area. B: The entrance leading to the hiking and bicycle trails. C: Beginner area of the bicycle park.

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Fig. 4 A: Baumwipfelpfad in the Black Forest. B: A cartoon describing the environment and ecology associated with Bad Wildbad. C: Observation tower at the end of Baumwipfelpfad. D: Slide attached to the observation tower.

Fig. 5 A: Keidel Mineral-Thermalbad surrounded by the Mooswald. B: General plan of the facility. C: Adventure pool (34℃) (Erlebensbecken).

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も受け入れている.患者の平均利用期間は整形外科患者 で 3 週間,心身総合科患者で 3 ~ 6 週間,患者による 1 日利用者数は 460 人(一般患者 + リウマチの自助組織 からの週 1 回利用者)となっている.  2)医療,健康管理(Wellness)  Mooswald に囲まれた施設は Mineral-Thermalheilbad の種名を認定されており,主な自然の治療手段はフライ ブルク近郊の Kaiserstuhl で採取されるファンゴおよび カルシウム・ナトリウム・マグネシウムー硫酸塩・炭酸 水素塩高温泉である.治療適応症は心血管疾患,炎症性 リウマチ性疾患,運動器疾患などがある.ファンゴは関 節リウマチなどの炎症性リウマチ疾患や結合組織疾患, 挫傷・捻挫などの外傷性疾患に適応・効果を有する.温 度,用途の異なる温泉プール,浴槽が,屋外に 3 種類 (Fig. 5B,C),屋内に 6 種類あり,リラックス目的の利 用,フィットネスや多彩な水中運動プログラムが提供さ れている(Fig. 6A,B,C).リウマチ患者の自助組織 Rheuma-Liga と提携した水中での機能訓練,持久力ト レーニングを基礎とした Aqua Fitness,水中エアロバ イクを使用し集団で楽しみながら行う Aqua cycling. Aqua Relax は重度または複数の障害を持つ人の体幹の 安定性を促進する訓練で高齢者の転倒予防としても有効 である.サウナエリアは約 3000 m2におよび,温度や性 質の異なる 9 種類のサウナ(屋内 3,屋外 6)がある. 健康管理(Wellness)としてもアロマオイル,ホットス トーンマッサージなどの各種マッサージが提供されてい る.  3)近年の動向  集客の工夫としてスポンサーとなっている地元のアイ スホッケーチームのメンバーを施設へ招待し,比較的若 い女性にターゲットを設定したり,前述の様々な水中運 動プログラムに加え,世界的に有名なダイバーの指導の 下,無呼吸ダイビングに由来し,ヨガ・潜水反射・瞑想 のテクニックを有するリラクゼーション RelaquaⓇを取 り入れるなど楽しみ,高揚など情緒に訴える工夫もして いる(Fig. 6D).2019 年に増設された森,池に面する 屋外サウナは,外部の眺望を楽しむことができる構造で 開放的な気分を提供し,自然との一体感を体感できる (Fig. 7).学術的にも近隣医療機関との連携で,うつ病 などに対する温泉効果の研究も行われている10).施設 内には利用者の立場に立った配慮が随所にみられ,新鮮 な飲み物,食事,デザート,ドイツの代表的なパンであ るプレッツェルなどがその場で調理され提供されてい る.またカップルを想定し,利用後の女性の着替えの待 ち時間を過ごすため,男性利用者を想定したスポーツ観 戦を楽しめるスペースも設置されている.  施設の経営理念であるが温泉を家庭,職場につぐ健康 上の利益を持つ 3 番目のなくてはならない場所としてと らえている.そこは,温泉の力の中に回復力,楽しさ, リラクゼーションの要素を見出すことができ,疾病予

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防,心身の再生,リハビリテーションに利用され,日常 生活のパフォーマンスや生きる喜びの向上に寄与する. また,外界からの感覚刺激と心身の内なるバランスのた めの休暇スポット,友人とふざけたり,楽しむ場所とし ての役割を果たしている.

IV 考     察

 視察を行った前述以外の場所もドイツ温泉協会,ドイ ツ観光協会から認定されているすばらしい温泉・気候保 養地であった.Freudenstadt はドイツ最大のマルクト 広場を有するとともに Heilklimatische Kurort として気 候療法を心血管疾患のリハビリテーションに活用してい る.美しい Kurpark を有する Bad Krozingen は屈指の 炭酸泉を活用した医療・研究がなされ,Badenweiler は 古城や古代ローマ時代の浴場遺跡を有し由布院の温泉地 づくりの際,静けさ・緑・空間を大切にする街づくりに も参考にされたとされる11)  今回特に注目した 2 ヶ所の温泉保養地は,医学的治 療・療養・保養やツーリズム提供のための土地固有の土 壌や気候等からの自然資本,山間部と都市近郊という地 理的特徴や森林の形態が異なるが,環境に対する関心の 高まりを背景に,その土地構造,自然治療素材の長所を 活かし,これまであったエコロジカルな観光資源を再構 築し,トレンドや斬新なアイデアを組み込んでいた.そ して疾病予防,保養,リハビリテーション,健康管理 (Wellness)に活用するとともに地域社会,温泉地の活 性化につなげていることが感じられた.  山間部の渓谷にある Bad Wildbad は中心市街では典 型的な Kurort 構造を保ちつつ,伝統的な治療,保養, 健康管理(Wellness)の場を提供し続けている.一方で 穏やかな気候のもと,渓谷と山・森林を中心とする周囲 の自然環境を,楽しみや環境教育の要素を加えながら開 発利用していた.森の生態系保護と観光利用はしばしば 対立する面もあるといわれるが,来客への情報提供,環 境啓蒙も組み込み複数のハイキングコース,登山コース を整備している.中等度の運動強度があるとされる電動 バイクにも注目し,坂道移動や歩行移動による所要時 間,過体重などによる関節への負担の問題へのハードル をも低下させ,環境に配慮した運動,観光に活用してい ると思われる.システマティックレビューでも心呼吸器 系への有用性12),近年では食後血糖の低下作用の報告 もあり,糖尿病への効果検証も行われつつある13)  一方,大都市近郊にある Keidel Mineral-Thermalbad は周囲の自然の治療手段,森の環境を活かしつつ,多彩 な水中プログラム,サウナでの健康増進,リハビリテー ションを提供するとともに,顧客の立場に立った独自の 集客の工夫も認められた.新しく屋外に設けられたサウ ナは Baden-Baden のカラカラテルメでも取り入れられ

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ていたが,Keidel Mineral-Thermalbad のサウナ内から 外の自然を眺望できる工夫は特徴的である.近年ではサ ウナの医学的効果が注目され,心血管疾患,認知症など への効果の疫学的報告がある14).これらは別の機会に 視察を行ったラドン坑道治療で有名なオーストリアの Bad Gastein における医師の説明でも言及されており欧 州の温泉地では注目されているものと考える.  2 ヶ所の温泉地とも保証された高品質の自然治療手 段,環境を基礎に,健康増進,リハビリテーション,健 康管理(Wellness)に利用し,それらを維持,発展させ ながら楽しみ,感動など情緒(emotion)に影響を与え る要素を取り入れ,観光,来客数を伸ばしている.従来 と異なる独自の森林活用によって免疫機能改善,リラッ クス効果等の森林浴効果15)に加え,集客や子供から大 人におよぶ環境学習効果も期待される.  ドイツの温泉保養地のシステムは治療の場としてのみ ならず,疾病予防,リハビリテーションや健康管理 (Wellness)提供の重要な場でもあり健康の維持・回復 を目標にしている.よって心身のストレスからの解放, 0 次から 3 次までの予防,フレイル・サルコペニア予防 などに最適と思われる.疾患の中でも現代病ともいえる 高血圧,肥満,慢性肺疾患,糖尿病,心血管疾患などは 良い適応である.疾病予防をも視野に入れた,自然資本 を活用したドイツの温泉保養地のシステムは参考にすべ き点が多いと考える.  ドイツの温泉地の現状をそのまま日本の温泉地へ応用 するには困難な事情も多い.医療保険制度,地形・気候 条件や災害,公園,Therme や宿泊などの施設形態の相 違,景観についても Kurort の要件として電柱などの規 制も例として挙げられる.また今日,掘削技術等の進歩 により温泉施設,健康管理(Wellness),サウナなどの サービスは温泉地以外の都市部においても日常の生活の 場からアクセスしやすい状況にあり温泉地が提供する サービスと重なる部分も多い.しかし,わが国において も周囲に恵まれた自然環境を持つ温泉地だからこそでき るサービス提供の工夫,可能性の一端が今回の視察から 見て取れた.ドイツ黒い森の温泉地に劣らない量,多様 性に恵まれている森をはじめとする自然環境や温泉を主 体に,日本においても土地の特徴,固有の自然資源を活 かした健康増進への温泉地活用がこれまで以上に期待で きよう.  ドイツにおいても日本の温泉地と同様に滞在期間の短 縮,宿泊数の減少など共通の問題点を抱えている.2 ヶ 所の温泉地,特に Bad Wildbad においては Sommer-berg 全体に拡がる複数の登山道,マウンテンバイクや ハイキング用のコース,遊歩道の Baumwipfelpfad,さ らに市街地周囲の自然環境を存分に活用した広域のサイ クリングコースなどを整備・提供し,この問題に取り組 んでいる様子がうかがえた.温泉地滞在による治療とし ての生体機能の回復には 3 週間,保養などでも数日から 1 週間(サーカセプタン)程度の期間が理想的であるこ とが過去の蓄積された研究によって推測される16).こ れらの条件を可能な限り実現するには,さらなる温泉療 養効果のエビデンスの構築とともに,個人の健康に対す る意識変容だけでなく社会制度づくり,働き方や価値観 の転換が必要かもしれない.視察したドイツ温泉地やそ こで生活し,働く人々は改めて今後の向かうべき方向性 について示唆を与えてくれた. 謝辞  本報告の作成にあたり,Keidel Mineral-Thermalbad での研究資料につき使用許可をいただきました Bad Krozingen の Johannes Naumann 先生,資料提供・使 用許可を承諾いただきました Keidel Mineral-Thermalbad の Oliver Heintz 氏にここに記して深謝いたします.特 に Intervision 社の西川力 氏には最新の諸情報を頂いた ことに感謝致します. 利益相反  申告すべき項目はありません.

引 用 文 献

1)“Kapital 2 - Voraussetzungen für Artbezeichnungen”. Begriffsbestimmungen/Qualitätsstandards für Heilbäder und Kurorte, Luftkurorte, Erholungsorte – einschließlich der Prädikatisierungsvoraussetzungen – sowie für Heil-quellen und Heilbrunnenbetriebe 13.Auflage. Deutscher Heilbäderverband e.V., Deutscher Tourismusverband e.V. 2018, p35-36.

2)Heilbäder und Kurorte - gesund warden und gesund bleiben. Deutscher Hielbäderverband, https://www. deutscher-heilbaederverband.de/die-kur/wissenswertes/ heilbaeder-und-kurorte/(参照 2020-04-20) 3)“歴史的概観”,バーデンバーデン─現地在住の日本人 がお勧めする探索ガイド─,AQUENSIS,2009; p8-9. 4)ウラディミール・クリチェク:“ローマ人の入浴熱”, 世界温泉文化史,種村季弘,高木万里子(訳),国文社, 東京,1994; p100-101. 5)グリンメルスハウゼン:阿呆物語 下,望月市恵(訳), 第四刷,岩波文庫,東京,1974; p29.

6)“Bad Wildbad”. Deutsches Bäderbuch. Werner KÄß. E. Schweizerbart’sche Verlagsbuchhandlung・Stuttgart, 2008, p1083-1086.

7)Doris Herget. “Einführung in die Thematik”. Entwick-lung eines Marketingkonzeptes fur das touristische Sportangebot E-Biking am Beispiel der Kur- und Bäder-stadt Bad Wildbad. GRIN Verlag, 2011, p1-3.

8)BAD WILDBAD REPORT 2020. https://www. dropbox.com/s/cxbtnklga27wc0x/BWR_2020_ KOMPLETT_final.pdf?dl=0(参照 2020-04-20)

9)西川力:“ヒートポンプとペレットボイラー活用の大 規模温泉プール”,ヨーロッパ・バイオマス産業リポー

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ト,築地書館,東京,2016; p36-47.

10)Naumann J, Grebe J, Kaifel S, et al: Effect of hyper-thermic baths on depression, sleep and heart rate varia-bility in patients with depressive disorder: a randomized clinical pilot trial. BMC Complementary and Alternative Medicine 2017; 17: 172-180.

11)野口智弘:由布院ものがたり,中公文庫,東京,2013; p162-166.

12)Bourne JE, Sauchell S, Perry R, et al: Health benefits of electrically-assisted cycling: a systematic review. International Journal of Behavioral Nutrition and Physi-cal Activity 2018; 15: 116-130.

13)Bourne JE, Page A, Leary S, et al: Electrically assisted

cycling for individuals with type 2 diabetes mellitus: protocol for a pilot randomized controlled trial. Pilot and Feasibility Studies 2019; 5: 136-148.

14)Heinonen I, Laukkanen JA: Effects of heat and cold on health, with special reference to Finnish sauna bathing. Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol 2018; 314: R629-R638.

15)李卿:“森林浴による健康への効果”,温泉・森林浴と 健康,森本兼曩,阿岸祐幸(編),大修館書店,東京, 2019; p57-72.

16)“Reaktive Perioden des Kurverlaufs”, Handbuch der Balneologie und medizinischen Klimatologie, Gutenbrun-ner C, Hildebrandt G, Springer, 1998; p91-97.

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Medical Treatment, Recuperation and Recreation at Health Resorts in the Black Forest

─ Utilization of Natural Capital Depending on the Characteristics of the Health Resort ─

Takeshi NAKAMURA

1)*

, Yuko AGISHI

2) Abstract

 In the health resorts of Germany, the empirical effects of the unique natural capital and environment on humans are verified by scientific methods such as medicine, meteorology, and chemistry, and then approved as therapeutic drugs. Natural capital is provided in various forms for the maintenance of health, treatment of diseases, and recovery from fatigue and stress. Natural capital include hot springs, natural gases, and peloid (from the soil), as well as climate and oceans. The categorization of health resorts is defined by the type and quality of natural capital available. Due to their unique characteristics, a system that allows users to select the health resorts that suit their specific needs has been established, enabling them to utilize natural capital effectively for health promotion.

 Considering the current state of Japan, country with an abundance of natural capital that is considered underuti-lized, we visited Bad Homburg and six health resorts located in Germany’s Black Forest located in the southwestern part of the country to learn about the current state of their health resorts.

 All the health resorts we visited were excellent centers certified by the German Spas Association and German Tourism Association. Bad Wildbad and Keidel Mineral-Thermalbad, both thermal health resorts, maintain the provision structure for medical treatment and tourism. Against a background of growing interest in the environment, they utilize the land and natural capital to their advantage by incorporating the elements of trendiness, fun, and excitement to revitalize the local and the health resorts’ communities.

 Due to the differences in the structure, environment, and systems between the hot springs in Japan and those in Germany, it would not be easy to apply the current state of the German health resorts to similar resorts in Japan. However, Japan is rich in natural environments such as forests and hot springs and is blessed with a quantity and diversity comparable to that of Germany’s Black Forest. Therefore, we believe that there is potential for further utilization of Japan’s natural capital for health promotion. The efforts of the German health resorts could direct and inspire us.

Key words: health resorts in the Black Forest, natural capital, health promotion, regional characteristics, emotion

1) Oyamada Memorial Spa Hospital

5538-1, Yamada-cho, Yokkaichi, Mie 512-1111, Japan

Corresponding author (T. NAKAMURA): TEL: +81-59-328-1260, FAX: +81-59-328-1921

Fig. 1 A: Geographical location of the Black Forest (Schwarzwald) in Germany (rectangle)
Fig. 2 A: Terrain features of Bad Wildbad. B: Photograph showing the city area of Bad  Wildbad
Fig. 3 A: Bicycle parks in the Sommerberg area. B: The entrance leading to the hiking and  bicycle trails
Fig. 5 A: Keidel Mineral-Thermalbad surrounded by the Mooswald. B: General plan of the facility
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参照

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