フランスにおける経営史研究
ピエール=イヴ・ドンゼ
1. はじめに フランスは,社会経済史研究において豊かな伝統を持つにもかかわらず,経営史研究の分野 での国際的影響力がほとんどない。例えば,2016年にベルゲン(ノルウェー)で行われた第 1 回世界経営史会議(World Congress of Business History)では,報告241件のうちフランス人 の研究者を含めた報告は 9 件のみであった(日本は37件,イギリス24件,アメリカ15件,ドイ ツ13件,オランダ10件など)。また,同じく Business History の第58巻(2016年)と第59巻 (2017年)には,フランス人研究者の論文はそれぞれに 1 本しかなかった。 また,フランスの経営史に興味を持つ外国人の研究者も少ない。19世紀半ばから現在にかけ て大企業の発展およびグローバル・ビジネスの形成を分析していた研究者はフランスの企業をあまり対象にしなかった。Alfred Chandler (1918⊖2007) はScale and Scope (1990)でフラン
スの事例を取りあげず,1999年に編集した Big Business and the Wealth of Nations の中でフ ランスはイタリアとスペインと共に西ヨーロッパの追随者(follower)に位置づけられた。20 世 紀 に お い て フ ラ ン ス は 直 接 投 資 本 国 の ト ッ プ 5 に 入 っ て い る が,Geoffrey Jones の Multinationals and Global Capitalism(2005)は主にアメリカ,イギリスとドイツの事例に基 づいている。アメリカの経営史研究者は,19世紀フランスとアメリカ,ドイツに比べて低い経 済成長の要因を,企業家精神の不足にもとめている。Landes(1949)は,フランスの企業家 が,企業の長期的発展ではなく,次世代の士業(弁護士や医師,牧師など)へのキャリアや社 会的な出世を目指していたと主張した。それによれば,結果として企業は手段であり,目的で はない。 しかし,経営史研究に関して国際的影響力とプレゼンスが弱いフランスは,社会経済史研究 の面では戦前から盛んであり,1920年代にアナール学派は世界的に史学方法論変革の先頭に 立っていた。特に,このアプローチは,政治と軍事だけではなく,経済と社会の分析により長 期的な史的展開を明らかにした。これに基づいて,フランス人の歴史家は1960年代から数量的 方法で人口史,経済史,環境史,社会史の研究を行い,それを背景に経営史研究者の最初の世 代が出現した。 フランスにおける経営史研究の誕生と発展に関して,Maurice Lévy-Leboyer (1920⊖2014) は主要な役割を及ぼした。彼はロンドン・スクール・オブ・エコノミクス,それからハーバー 海外研究動向 経営史学 第53巻第 4 号(2019年3月) 28~40頁 ピエール=イヴ・ドンゼ,大阪大学大学院経済学研究科教授
ド・ビジネススクールに留学し,帰国後,経済史の研究をしながら,チャンドラー・モデルと 経営史研究をフランスに導入した。また,Lévy-Leboyer は Chandler がリードしていた国際共 同研究プロジェクトに参加し,フランスの事例を紹介していた(Lévy-Leboyer 1980)。なお, 1974年に銀行史・金融史を専門としていた Jean Bouvier(1920⊖1987)と二人で経済史の博士 準備プログラム(DEA en histoire économique,修士と博士の間の資格)を設置し,経済史・ 経営史研究において新世代研究者の育成に貢献した(Fridenson 2014)。また,Lévy-Leboyer は Landes と Chandler の「フランスの遅れ」論に抵抗し,中小企業と地方市場に基づいて成 長したアメリカと異なるフランスのモデルを提供した(Lévy-Leboyer 1974)。このフランス の特殊な経済成長モデルは現在にいたるまで多数の論文を生み出している(以下参照)。な お,同年代のフランス人の経済史学者は国際共同研究プロジェクトに積極的に参加しなかっ た。例えば,1980年以前の富士コンファレンスに招待されたのは François Crouzet (1922⊖ 2010)(第 3 回富士コン,1976年)だけである。 一方,1980年代から,指導教員 Jean Bouvier に師事した Patrick Fridenson(1944⊖)は, 史学と経済史の中だけではなく,独自な分野として経営史研究の発展に貢献した。Fridenson は,アメリカやイギリスなどと同じく組織論,経営学,社会科学からの方法論と概念を使いな がら企業の歴史研究を促進した(Fridenson 1989)。 従って,30年前からフランスにおける経営史研究は 2 つの柱に基づいている。 1 つ目は伝統 的な史学と経済史の分野で, 2 つ目は社会科学としての研究分野である。この 2 つのアプロー チは明確に分けられているわけではなく,現在の多くの研究者は両方のアプローチを使う。こ の特徴は経営史研究の組織,雑誌と主な研究テーマに影響を与えている。 2. 経営史研究の組織 1980年代以前のフランスにおいて,経営史は独特の研究分野ではなく,経済史の一環として 存在した。その結果,特別の組織ではなかったので,経営史を行った研究者は経済史の学会に 参加した。Fernand Braudel (1902⊖1985)や,Ernest Labrousse (1895⊖1988) などのような 著 名 な 経 済 史 学 者 は1965年 に フ ラ ン ス 経 済 史 学 会(Association française d’histoire économique, AFHE)を設立し,翌年から国際経済史協会(International Economic History Association)に加盟した。AFHE の主要な目的は 3 年に一度の学会の主催と奨学金の提供, 学会賞の決定である。 ただ,経済史として研究された「経営史」はあまりに発展しなかった。1960⊖1970年代にお いて,フランスの主要な経済史の雑誌には経営史(企業史や,産業史,企業家史など)と関わ る論文はほとんどなかった。この間,Marc Bloch (1886⊖1944) と Lucien Febvre(1878⊖ 1956)が1929年に創立した Annales d’histoire économique et sociale(経済社会史年報,現在 Annales)には,経営史の論文はほとんどなかった。また,1899年から出版される Revue d’histoire moderne et contemporaine(近現代史雑誌)は1970年代末まで同じ状況である。
経 済 史 研 究 に お い て1980年 代 は 重 要 な 転 換 期 で あ っ た。 ま ず,Braudel(1985年 ) と Labrousse(1988年)の死去とともに,フランス経済史の黄金時代が終焉した。同分野は数量 的・マクロ的なアプローチから離れて,社会史の影響を受けたミクロ的分析に注力していっ た。その結果,会社や企業家が研究の対象となり,この新しい枠組みは経営史の発展に貢献し た。また,この変化を表示する Histoire, économie et société(歴史,経済と社会)の新しい雑 誌は1982年に設立され,経営史研究の成果のためのメディアとなった(内容について以下を参 照)。 次に,新世代の研究者は会社の史料の分析に基づくクラシックな経営史研究に興味を持ち, 独自研究分野としての経営史の発展に貢献した。Fridenson はとくにこの世代の代表者にな り,フランスの経営史研究の組織化と国際化を促進した。Renault の経営史をテーマとした博 士論文を修了後(Fridenson 1972),同氏は1971年にパリ第10大学(ナンテール)において現 代史の准教授となり,1985年に社会科学高等研究院(EHESS)の教授としてフランスにおい て最初の経営史講座を担当し,経営史研究の普及を進めた(1)。また方法論に関して, Fridenson は組織論と経営学からの概念,議論とアプローチの使用を促進した(Fridenson 1989)。この新しい方法論により,国際比較でフランス企業の特徴を強調できたことにより, Fridenson は国際共同研究プロジェクトに積極的に参加した。例えば,1999年に Chandler, Amatori and Hikino が編集した Big Business and the Wealth of Nations の中で,Fridenson は フランスについての章を担当した。なお,1980年に第 7 回の富士コンファレンスに招待されて から,ほとんど毎回の富士コンファレンスにフランス人の研究者は参加するようになった。ま た,Fridenson と共に経営史の発展に主要な役割を及ぼした同世代の Dominique Barjot (1950⊖)である。Barjot はフランスの公共事業における大企業の経営史を専門とし,技術史と 鉄道史の専門家 François Caron(1931⊖2014)の後任として1998年から2018年にかけてパリ第 4 大学(ソルボンヌ)の教授となり,経済史の講座を担当する(2)。同氏も経営史の組織化と国 際化に貢献した。 1980年代において他の特徴は,経営史に関わる多数の委員会と協会の設立である。国家と大 企業(とくに国営企業)はこれらの組織を支援した。例えば,財務省(1986年),工業省(1989 年),郵便省(1995年),労働省(1996年)は歴史委員会を設立し,研究者の活動を支援した。 特に,1986年に財務省により設立されたフランス経済史金融史委員会(Comité pour l’histoire économique et financière de la France,CHEFF)は,同省の官僚と経営史・金融史・経済史 の主要な研究者を集め,学会を主催し,現在までに150タイトル以上のあるシリーズの出版を 行い,フランスの金融史に対して重要な役割を及ぼした(3)。また,大企業は電気史協会
(Association pour l’histoire de l’électricité,1982年),アルミニウム史研究所(Institut pour
l’histoire de l’aluminium,1986年),鉄道史協会(Association pour l’histoire des chemins de
fer,1987年)などの設立と活動(学会主催,出版,研究助成など)をサポートする。これら の新しい組織的な枠組みは,経営史の研究を促し,1990年代における同分野の急速な発展に貢
献した。しかし,国家と大企業の関心が引率したフランスの経営史の問題意識は,国際的な議 論と関係せずに発展しており,国際討論への貢献は少なかった(Daumas 2012a)。 これに対して,1990年代半ばに Fridenson をはじめとするフランス経営史の国際化を目指し た研究者が,チャンドラー・モデルに基づいたアプローチの使用および国際討論への参加を促 進した。例えば,Ludovic Cailluet は1995年に戦略と組織を中心としたアルミニウム企業の Pechiney の長期的な分析について博士論文を発表した(Cailluet 1995)。また,1991年に Fridenson と Caron は経営史において Entreprises et Histoire(企業と歴史)の専門雑誌を創
立し,歴史学者と経営学者を合わせて編集委員会を構成した(4)。なお同時に,経営学者が歴史
に対して関心を高めた。1988年にフランスの経営学における主要なジャーナルの Revue française de gestion(フランス経営雑誌)は企業の歴史に関する特集号を出版した。 7 年後, 経営学者の Yannick Lemarchand (1946⊖) はフランス会計学会(Association française de
comptabilité)の支援で第 1 回会計経営史学会(Journées d’histoire de la comptabilité et du
management, JHCM)を主催した。その後,同学会は毎年開催され(2014年以来経営組織史 となった,Journées d’histoire de la gestion et des organisations),2013年に新しい組織に至っ た( 経 営 組 織 史 学 会,Association pour l’histoire du management et des organisations, AHMO)。2014年から AHMO の年会は特集のテーマを取りあげている(表 1 )。会員数50⊖ 100人と AMHO はまだ小さい組織であるが,経営学・社会学の方法論を活かして,フランス の経営史研究の発展に重要な役割を果たしている。 とくに,2000年以降フランスの歴史学研究は文化史・社会史に偏り,経営史の人気が衰退し たため,AHMO が主要な学会組織となった。方法論と研究課題に関して,AHMO は国際化 を促進し,フランス経営史研究をグローバルな枠組みに入れることに貢献している。例えば, 企業文化 (Godelier 2006),会計(Pezet 2009, Labardin & Nikitin 2009),経営管理(Berland & Chiapello 2004)に関する研究は歴史学ではなく,経営学・社会科学のアプローチから行わ れた(Cailluet, Lemarchand & Chessel 2013)。 表 1 経営組織史学会(AHMO)の年会のテーマ,2013⊖2018年 年 課題 2013 会計史・経営史 2014 イノベーション 2015 医療機関の歴史 2016 経営のユートピア 2017 自伝と経営史 2018 組織と時間 (出所) https://ahmo.hypotheses.org/journees-dhistoire-du-management-et- des-organisations/retrouver-des-communications-des-precedentes-journees
3. 経営史の出版 歴史学の一環として行う経営史研究の成果は主に図書,とくに単著として出版される。これ は学問的習慣や学界キャリアのために必要だからである。しかし,経済史・経営史に専門化し た 出 版 社 は な く, 研 究 者 は 一 般 の 出 版 社(Alphil, Armand Colin, Economica, Gallimard, Picard, Seuil など)と様々な大学出版会から出版する。そのため,経営史のシリーズは存在し ない。 一方,論文については,1980年代以降,経営史の研究は主に 2 つの雑誌に掲載される。 1 つ 目は Histoire, économie et société(歴史,経済と社会)である。同誌は1982年から年 4 巻で16 世紀から現在にかけて一般的社会経済史のジャーナルであり,経営史の専門雑誌ではない。全 ての論文はフランス語で書かれている。編集委員会はフランスと外国の研究者を集め,査読制 度を運営している。また,同誌は専門誌ではないので,歴史学の中で経営史の位置づけとその 変化を分析することができる。図は1982年から2017年にかけて 5 年間ごと同誌においての経営 史の論文数を表示した。その結果,1990年代の黄金時代が明らかになる。1982⊖1984年間から 1995⊖1999年間の間,論文数も合計論文対割合も急速な成長を遂げた。1995⊖1999年間のピーク に,同誌の経営史論文は合計論文の24.9%であった。また2000年以降の衰退もはっきりする。 2015⊖2017年間において経営史論文は合計の6.5%に落ちている。この減少は文化史と社会史の 発展の結果である。 1982 1984 1985 1989 1990 1994 1995 1999 2000 2004 2005 2009 2010 2014 2015 2017 0 5.0 10.0 15.0 20.0 25.0 30.0 0 5 10 15 20 25 30 35 40 45 50 経営史の論文数(左) 合計の%(右)
図 Histoire, économie et société における経営史の論文,1982⊖2017年
テーマに関して,同誌の経営史論文には固有の特徴はなく,一般的なフランス経営史研究の 課題を取り扱っている(以下を参照)。また,これらの論文は主にフランスについてである が,同誌は特集号を通して外国の研究を紹介し,フランス経営史研究の国際化に貢献した。例
えば2001年に,Barjot は「現在の経営史研究」(L’histoire des entreprises aujourd’hui,第20
巻第 4 号)を編集し,Jonathan Zeitlin(アメリカ),Andres Regalsky(南米)と工藤章(日 本)が直接投資,技術移転およびアメリカナイゼーションについて議論した。他の特集号は経 営史の古典的テーマ(革新,工業化),フランスの資本主義の特徴(土木事業,業界団体)と 第二次世界大戦を対象にしている(表 2 )。 2 つ目は1992年に設立された経営史専門雑誌の Entreprises et histoire(企業と歴史)であ る。同誌の目的は,フランスにおいて学術的なアプローチに基づいた経営史研究の促進および 海外の研究成果を導入することである。これを通して,同誌は,当時のフランス経営史研究が エピソード的・聖人伝的事例分析に傾斜していたことを批判し,研究のレベルを高めることを 目指した。2018年 8 月時点まで,同誌は全90号を出版した。 Entreprises et histoire は 3 つの特徴を持つ。第 1 に,編集委員会は歴史家(主に経済史の研 究者)と経営学者を合わせている。これによって同誌は,経営学と経済史からそれぞれのアプ ローチ・概念を経営史研究に導入することができ,またビジネス・スクールに経営史の分野を 伝えることに成功した。第 2 に,同誌は年 4 巻,特集号だけを出版する。そのため,あるテー マに関して特集編集者として専門家は研究者を集め,最新の研究成果を紹介できる。最近,外 国人の(共同)編集者も招聘されている(例えば,María Inés Barbero と Carlos Dávila,南 米の経営史,第54号,2009年; Evrydiki Sifneos,ギリシアの経営史,第63号,2011年;Harm Schröter,日本・欧州の経営史関係について,第80号,2015年;西村成弘,工業所有権につい て,第82号,2016年,など)。なお,外部から編集者を招待した場合も,編集委員会が査読を 管理する。各号は論文と共に経営史と関わる博士論文および企業の史料を紹介し,また特集号 のテーマで研究者,経営者,官僚などを集めたラウンドテーブルを開催し,その結果を発表す
表 2 Histoire, économie et société における経営史の特集号,1982⊖2017年
年 課題 1983 現代の技術進展 1989 工業化 1992 ドイツ占領における企業の戦略 1993 企業と革命 1995 土木事業の企業 1997 ヨーロッパの業界団体 2001 現在の経営史研究について 2005 第二次世界大戦におけるドイツの企業 (出所)Histoire, économie et société,各巻。
る。第 3 に,同誌はバイリンガルであり,フランス語と英語の論文を提供する。よって海外の 研究成果をフランス人の研究者に直接に紹介でき,フランス経営史研究の国際化に重要な貢献 をしていると思われる。 4. 主要な研究テーマ フランスにおいて経営史研究のテーマは幅広いバラエティーがある。国際比較から見た場 合,企業家史,中小企業・産業集積,大企業の発展,創造的産業という 4 つのテーマが特徴的 である。 第 1 の企業家史は,フランス大企業の形成の遅れに関して Landes と Chandler ないし1970 年代から Lévy-Leboyer の討論の一環として登場し,フランス経営史研究における主要な課題 となった。1980年代に行った多数の研究の成果は,フランスの企業家精神をはっきり理解する ために,地域別モデルについて考えることが必要ということを明らかにした。19世紀におい て,フランスの企業は主に家族企業であり,創立者の投資および自己金融によって発展したに もかかわらず(Lévy-Leboyer 1985; Marseille 2000),成長の過程と目的は地方により異なっ た。南部・西部の経済は依然として農業と工芸に基づき,地元エリートは製造業ではなく,不 動産に投資していた(Poussou 2000)。また,北部のノルマンディーにおいては,綿業が発展 していたにもかかわらず,企業家は積極的に設備投資をせず,士業や不動産,政治活動を通し て社会的出世を目指した(Chaline 1982,Terrier 1996)。しかし,北東部(リール,ルーベー など)と東部(アルザス)には,イギリスから新しい生産技術を導入していた企業家が存在 し,工場制機械工業によって毛・綿紡績・織物業を発展させ,国際競争力を得た。また彼らは 繊維から機械や金属など他の産業に利益を再投資した(Hau 1987; Lamard 1988; Barbier 1989; Stoskopf 1994; Daumas 2004b)。また大都市の郊外にも,近代企業家が出現した。例えば,パ リでは工作機械,リオンでは絹紡績・織物業が盛んになった(Woronoff 1994)。19世紀フラン スにおける企業家モデルの多様性は,1991年から2010年にかけて Barjot が編集した「第二帝 政の企業家」(Les patrons du Second Empire)全11巻のシリーズによってよくわかる(Barjot 1991⊖2010)。一方,20世紀に関しては,研究成果がより少なく,大企業の発展の一環としての 企業家と経営者のキャリアは分析されたが,19世紀の企業家と異なり主要な討論対象にはなら なかった(Daumas 2010;Daumas 2012b;Joly 2013)。 第 2 のテーマは企業家史と深く関わる中小企業史および産業集積史である。フランス大企業 の遅れに関する Landes と Chandler の議論に対して,フランス人の研究者は中小企業と家族 企業の特徴と役割を再考した(Lescure 1996)。19世紀から第二次世界大戦後まで,国立銀行 の政策ないし保護主義によって政府は中小企業を支援した。また,19世紀後半において地方で の中小企業は鉄道網の形成のおかげで全国のマーケット,特にパリにアクセスができた(Caron 1973, Bouneau 1990)。フードビジネスは取り立ててこの一環として取り扱われた(Londeit 2012, Vabre 2015)。1990年代以降,第三イタリアにおける Giacomo Becattini(1927⊖2017)の
産業集積論はフランス中小企業の経営史研究に主要な影響を与えた(Becattini 1992)。繊維 (Minovez 2012),靴製造(Le Bot 2007),機械(Judet 2004, Olivier 2004)などにおいて地方 で様々な産業集積があり,同産業組織はアメリカ型大企業以外の成長モデルとして,フランス 経済の特殊な発展過程に貢献したと述べられる。また,産業集積論から見た経済発展はもちろ んフランスに限られず,同時に西欧(とくにイタリア,スペイン,スイス,イギリスとドイ ツ)に多数の研究があり,国際共同研究の大型プロジェクトも存在する。こうした研究プロ ジェクトは,主にフランス人の研究者によって主導されていた(Lescure & Eck 2002, Lescure 2006, Daumas, Lamard & Tissot 2007, Tissot, Garufo, Daumas & Lamard 2010)。 第 3 に,第二次産業革命期の大企業である。チャンドラー・モデルおよび経営史研究に関す る国際的議論の影響を受け,Fridenson を皮切りとして研究者は19世紀後半から現在までのフ ランス製造業における大企業の形成と発展を分析した。自動車産業(Fridenson 1971, Loubet 1990 & 2001, Gueslin 1993),エンジニアリング(Barjot 1993),化学産業(Cayet 1998),金 属産業(Cailluet 1995)などでは,現在でもフランス経済を支配する大企業の成長が分析され た。同時に,大企業の成長を可能にした要素も分析された。例えば,Le Roux (1998)はフラ ンスの研究開発体制,Mouttet (1997),Barjot (2002)は戦間期におけるアメリカナイゼー ションの特徴を明らかにした。さらに,これらの大企業の多国籍化も分析された(Bonin e.a. 2002, Fridenson 2006)。 また,製造業以外でも,Hubert Bonin(1950⊖)は大銀行,金融会社および貿易商社に関し て多数の研究成果を発表した(Bonin 1987a, 1987b, 2006)。Bonin はとくに19世紀後半の貿易 から20世紀後半の金融・公益事業への転換を経験した商社の過程を明らかにした。なお, Barjot (2006)は,現在の公益事業のグローバル市場を支配するフランス多国籍企業(EDF, GDF-Suez, Vinci, Total など)の歴史的な発展を分析し,19世紀半ばからインフラネットワー ク経営や,事業の多角化(水道,ガス,電気,ゴミ回収など),自治体との契約交渉などがこ れらの企業の競争優位となったことを明らかにした。 第 4 に,創造的産業(creative industries)であり,この課題は文化史と社会史,また1990 年代から急速な成長を遂げたフランスの化粧品企業(L’Oreal),ラグジュアリー・コングロマ リット(LVMH, Kering, Hermes),百貨店(Bon Marche, BHV, Galeries Lafayette)などか ら強い影響を受けた。消費史(Chessel 2012, Effosse 2014),流通史(Marseille 1997, Coquery 2000)および広告史(Chessel 1998, Pouillard 2005)は,1990年代まで供給に集中していた経 営史研究の目を需要に向けた。ファッションとラグジュアリーの経営史は,この一環として 2000年代から学術研究が活性化した(Marseille 1999, Sougy 2013)。この分野の特徴は,研究 が主に国際プロジェクトとして行われ,成果が国際雑誌で発表される点にある(Briot 2011, Pouillard 2011, Brachet Champsaur 2012)。
5. まとめ 本稿が明らかにしたように,フランスにおける経営史研究は現在まで 3 つの時期に分けるこ とが出来る。第 1 期は,1970年代から1980年代後半にかけての形成期である。ハーバード・ビ ジネススクールに留学していた Lévy-Leboyer は経営史の研究分野をフランスに導入し,経済 史の中で発展した。また,Fridenson もルノー自動車メーカーについて博士論文を準備した。 第 2 期は,1980年代半ばから2000年にかけてであり,経営史の黄金時代であった。フランス の経済史において,経営史は最も重要なアプローチとなり,1992年からは専門雑誌(Entreprises & histoire)が経営史の普及を促進した。しかし,こうした経営史研究の発展にもかかわら ず,国際的プレゼンスは小さかった。当時の研究課題は,国際的に取り扱われたテーマ(ハイ テク企業とイノベーション,ジェンダーとビジネス,政府と企業の関係,産業構造変更の中で の企業経営など)というより,企業そのものが研究の対象であった。その結果,多くの研究成 果は社史に近い会社の歴史であった。 第 3 期である2000年以降は,衰退と国際化の時期となった。歴史学が社会史・文化史に傾斜 する中で,経営史の位置づけは低くなり,Histoire, économie & société においても経営史の論 文数は非常に少なくなった。しかし,研究分野として小さくなったフランスの経営史は,国際 的な議論に積極的に参加し,経営学と社会科学の方法論からインスピレーションを得た。現 在,フランス人の経営史研究者は,北米と欧州諸国と同じような課題を取扱い,国際討論に参 加する。2013年に設立された AHMO はこの傾向を表示している。また,ファッションの経営 史のような新しい研究分野が,国際的なコンテキストで登場した。 最後に,著者は日本が,フランス経営史研究の経験から何が学べるのかに関する示唆を提示 したい。両国は共通点と相違点がある。主要な共通点として,国際的な議論と関係なく,両国 の経営史研究が1980年代から2000年代にかけて黄金時代をむかえ,その後,衰退時期に入って いる。しかし,この点についても二つの相違点がある。まず,黄金時代においてフランス人研 究者は主にフランスの事例を取り扱ったのに対して,多数の日本人研究者は欧米の企業を専門 としていた。日本の独特なアプローチと方法論に従ったが,日本では世界の幅広い事例にもと づいた経営史研究が発展していた。次に,2000年以降,日本における経営史研究は停滞したに もかかわらず,フランスにおける国際化と同じような傾向が見えない。研究対象は日本(と東 アジア)の事例に戻り,国際的な議論の影響はほとんどみられない。日本経営史は,フランス の経験から刺激を受けて,グローバル化による復活を目指すことができると思われる。 注 (1)http://rhe.ish-lyon.cnrs.fr/archoral/temoins/118.htm (2)http://lettres.sorbonne-universite.fr/IMG/pdf/D-BARJOTweb0809.pdf (3)https://books.openedition.org/igpde/ (4)https://www.cairn.info/en-savoir-plus-sur-la-revue-entreprises-et-histoire.htm
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