東海公衆衛生雑誌 第 8 巻第 1 号 2020 年 1
市町村の個人情報保護条例における学術研究条項の有無と学術発
表について
大西 オオニシ 丈二ジョウジ* 進藤シンドウ 信子ノ ブ コ* 目的 愛知県および三重県の各市町村が定め公表されている個人情報保護条例のうち,学術研究に 関する条項の有無を把握するとともに,当該市町村における医学系学術研究の活動度との関連 を明らかにする。 方法 本研究は,愛知県および三重県内の全市町村を対象とし,各市町村の個人情報保護条例にお いて,「研究」の語が含まれるか否かを調査した。2019年4月現在,全市町村において,個人情 報保護条例がインターネットで確認することができ,本調査はすべて WEB から情報収集を行っ た。各市町村の学術発表については,医学中央雑誌(医学中央雑誌刊行会)に掲載されている, 2018年に市町村職員によって報告された研究発表数を数えた。 結果 個人情報保護条例の中に学術研究の語が含まれたのは,83自治体中58自治体(69.9%)であ った。そのうち愛知県は54自治体のうち40自治体(74.1%),三重県は29自治体のうち18自治 体(62.1%)であった(p = 0.187)。学術発表は,愛知県の市町村では平均 0.44 ± 1.28 件 (平均±標準偏差,以下同),三重県では0.10 ± 0.31 件であった(p = 0.068)。学術発表の 件数は,学術研究に関する条項が有る自治体では平均 0.34 ± 1.00 件,無い自治体では0.28 ± 1.21 件で,条項有無による有意な差はなかった(p = 0.800)。 結論 愛知県および三重県の全市町村の個人情報保護条例において,学術研究に関する条項が有る のは69.9%であった。個人情報保護条例の有無によって,医学系学術研究発表数に有意な差は 認められなかった。 Key words : 個人情報保護,市町村,条例,学術研究 * 名古屋大学医学部附属病院老年内科 連絡先:〒466-8550 名古屋市昭和区鶴舞町65 E-mail: [email protected] 90東海公衆衛生雑誌 第 8 巻第 1 号 2020 年
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The Ordinances about academic use in the personal information protection, and
academic activities in municipalities
Objective
To clarify current status about the personal information protection ordinances adapting to
academic use, and the relationship with academical activities in municipals.
Methods
In this study, we searched the word "research" in the personal information protection
ordinances in all municipals in Aichi and Mie prefectures in April 2019. All of the personal
information protection ordinances can be confirmed on the WEB. The medical academic
activities of each municipals were evaluated by the numbers of presentations registered by
municipal staff in 2018 by using the medical publication search system;
“Igaku-chuo-zasshi.”
Results
74.1% (40 out of 54) in Aichi prefecture, and 62.1% (18 out of 29) municipalities in Mie
Prefecture included the words of academic research in the personal information protection
ordinances. There was no significant difference between the numbers of two prefectures (p
= 0.187). Medical academic presentations averaged 0.44 ± 1.28 (mean ± SD) in Aichi
Prefecture and 0.10 ± 0.31 (mean ± SD) in Mie Prefecture (p = 0.068). The number of
academic presentations averaged 0.34 ± 1.00 (mean ± SD) for municipalities with
provision for academic research, and 0.28 ± 1.21 (mean ± SD) for municipalities without
the provision, with no significant difference depending on the presence of provisions (p =
0.800).
Conclusion
In the personal information protection ordinances of all municipalities in Aichi and Mie
prefectures, 69.9% had provision on academic research. There were no significant
differences in the number of academic presentations according to the presence or absence
of the personal data protection ordinances.
東海公衆衛生雑誌 第 8 巻第 1 号 2020 年 3 Ⅰ 緒 言 疫学研究は,原則として本人の同意を得て個人の 情報を収集するものの,個々の同意を得ることが現 実的に不可能な場合も多く,オプトアウトなど代替 する対応が必要である。わが国では個人情報の保護 に関する法律(以下,個人情報保護法)が2016年に 改正され,病歴を含む「要配慮個人情報」にはオプ トアウトが許されず,その情報取得には事前の本人 同意が必須とされたが,それによって疫学研究の実 施に重大な負の影響が与えられることが危惧されて いる。2016年,日本公衆衛生学会から「個人情報保 護法等の改正に伴う疫学研究への影響の懸念と要望 について」が国に提出された後,「人を対象とする医 学系研究に関する倫理指針」(文部科学省および厚生 労働省)が2017年に改正されて,本人同意が困難な 場合,オプトアウトが許される条件が加えられ,要 配慮個人情報の研究利活用も可能な道が開かれた。 ただしその提供の際には,事前に研究目的等を研究 対象者らに通知または公開し,研究が実施または継 続されることについて,対象者が拒否できる機会を 保障することが必要とされている。 個人情報保護法は3年ごとに見直されるものとな っており,2019年4月,個人情報保護委員会から「個 人情報保護法 いわゆる3年ごと見直しに係る検討の 中間整理」が公表され,違反時の罰則が強化される 一方,利活用推進についても検討され,医療分野に おいては2018年に施行された「次世代医療基盤法」 がその中心に置かれた。同法では,厳しい基準をク リアした認定事業者のみに匿名加工医療情報作成を 行うことを許している。ただし,病歴等の個人情報 については,情報取扱事業者に応じて適用される個 人情報保護に関する法が異なっており,地方公共団 体及び地方独立行政法人の場合は各地方公共団体の 個人情報の保護に関する条例が適用されるため,「次 世代医療基盤法」等に基づいて情報を扱う場合にお いても,市町村が定める条例の範囲内である必要が ある。 本研究は,上記の背景のもと,愛知県および三重 県の各市町村が定め公表されている個人情報保護条 例のうち,学術研究に関する条項の有無を把握する とともに,当該市町村における医学系学術研究の活 動との関連を明らかにするために実施した。 Ⅱ 研究方法 本研究は,愛知県および三重県内の全市町村を対 象とし,各市町村の個人情報保護条例において,「研 究」の語が含まれるか否かを調査した。2019年4月現 在,全市町村において,個人情報保護条例がインタ ーネットで確認することができ,本調査はすべて WEB から情報を集めて実施した。 各市町村の学術発表については,医学中央雑誌(医 学中央雑誌刊行会)に掲載されている,2018年に市 町村職員によって報告された研究発表数を数えた。 報告者には筆頭,共同演者とも含め,会議録・解説・ 特集を含めた件数とした。ただし市町村立病院所属 の演者については除外した。統計解析はすべて IBM SPSS Statistics for windows Version 25.0(Armonk, NY: IBM Corp)を使用して行った。二群の比較には, カイ二乗検定または T 検定を用いた。統計学的有意 水準は両側5%とした。本研究は個人情報を扱わず, 「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」の 適用範囲外であった。 Ⅲ 研究結果 個人情報保護条例の中に,学術研究の語が含まれ たのは,愛知県は 54 自治体のうち 40 自治体(74.1%), 三重県は 29 自治体のうち 18 自治体(62.1%)で, 両県合わせ 69.9%であった(図)。両県の間で有意 な差はなかった(p = 0.187)。 学術発表は,愛知県の市町村では平均 0.44 ± 1.28 件,三重県では 0.10 ± 0.31 件で,両県の間 に有意な差はなかった(p = 0.068)。学術発表の件 数は,学術研究に関する条項が有る自治体では平均 0.34 ± 1.00 件,無い自治体では 0.28 ± 1.21 件 で,条項有無による有意な差はなかった(p = 0.800)。 図.市町村別学術研究に関する条項の有無 92
東海公衆衛生雑誌 第 8 巻第 1 号 2020 年 4 Ⅳ 考 察 これまで,公衆衛生分野における個人情報保護と 情報の利活用に関する法整備は,情報技術(IT)の急 速な発展と普及に対し遅れがちであった 1)。わが国 では 2001 年,尾島らが全国の市町村を対象に,個人 情報保護に関する条例の有無等が調べられたが,こ の時,当該条例を持つのは 51.6%に限られた2) 。そ れから 18 年後となる現在,個人情報保護条例は全て の市町村で備えられ,保護に関する法的整備はおお むね整った。市町村には各分野で膨大なデータが集 められており,施策への活用が強く期待される。い わゆるビッグデータの施策活用が推奨されている今 般であるが,市町村のみで分析が難しい場合,大学 や保健所,民間企業など,分析力を持つ外部との協 働も求められるものの,わが国の個人情報保護法令 は 2 千件近い法令等が併存する混合方式であって3) , 医学研究への利活用においても,研究主体の類型に よって適用法令が異なるなど障壁も多く,保護と利 活用の両面を備えた整備が望まれている。 2017 年,個人情報の保護に関する法律および行政 機関の保有する個人情報の保護に関する法律(個人 情報保護法)が改正,施行されたところであるが, 学術研究については第 76 条において除外規定とし て定められており,「個人情報の保護に関する法律に ついてのガイドライン」(個人情報保護委員会)およ びその Q&A(2018 年最終更新,個人情報保護委員会) にて詳細が示されている。 しかしながら,本研究結果によると,市町村の個人 情報条例において,学術研究条項が有るのはまだ 69.9%に留まっていた。法改正後,また条例改定が 行われていない市町村が少なからずあり,まだ改定 手続きの途中という面もあろうが,政令指定都市で ある名古屋市で学術研究条項がないのは,何らかの 配慮があってのことかもしれない。学術研究に関す る条項有無により学術発表数に有意な差は認められ なかったが,これは全体の件数が多くないことに加 え,条例改定後,まだ間がないためかもしれない。 個人情報は研究への利活用のほか,商用利用も含 めた多様な利活用の検討が進められている4)。高齢 化で世界の先進を行くわが国にとっては,目指すべ き超高齢社会の在り方を考える上で,保健医療福祉 データが活用できる基盤を持つことが,大きな強み となっている。十分な慎重さを持ちながら,市町村 に保有されるビッグデータの公衆衛生分野における 利活用が望まれる。 Ⅴ 結 語 愛知県および三重県の市町村の個人情報保護条例 において,学術研究に関する条項が有るのは,83の うち,58自治体(69.9%)であった。個人情報保護 条例の有無によって,医学系学術研究発表数に有意 な差は認められなかった。 なお本研究において,著者に開示すべき COI 状態は ない。 文 献
1) Gostin LO, Hodge JG Jr, Valdiserri RO. Informational privacy and the public's health: the Model State Public Health Privacy Act. Am J Public Health. 2001; 91(9): 1388-92. 2) 尾島俊之, 多治見守泰, 大木いずみ,他.全国の 市町村における疫学研究と個人情報保護に関する検 討の現状. 厚生の指標 2001; 48(13): 22-28. 3) 荒木和夫, 増澤祐子, 高橋由光,他.医学研究に 関する個人情報保護・研究倫理関係法令等の体系, 適用関係および適用除外についての調査研究. 日本 公衛誌 2018; 65(12): 730-743.
4) Kaplan B. Selling health data: de-identification, privacy, and speech. Camb Q Healthc Ethics. 2015; 24(3): 256-71.