論 文
鉄(VI)酸カリウムによるぶどう糖の酸化に関する検討
(昭和59年8月30日受理)
風間ふたば 加藤健司
Oxidative Destruction of Glucose by Ferrate (VI)
FutabaKAZAMA KenjiKATO Abstract Effects of molar ratio of ferrate to glucose, mode of neutralization and added inorganic salts on oxidative destruction of glucose by potassium ferrate were examined. Hydroxide ion released from decomposed ferrate may be neutralized either by phosphate buffer or dropwise addition of dilute sulfuric acid. More than 90%of glucose were oxidized in the case of neutralization by sulfuric acid, even when molar ratio of ferrate to glucose was only 10. On the other hand, glucose was hardly decomposed in phosphate buffer, even when molar ratio of ferrate to glucose was over 23. In the former condition, TOC removal was less than 10%, probably because of imperfect oxidation of glucose. Effects of inorganic salts added O.1−2.0%to the reaction mixture were as follows:Sodium chloride, magnesium sulfate and sodium sulfate increased oxidation ratio, trisodium phosphate did not affect the reaction, and disodium hydrogenphosphate perfectly interfered the oxidative reaction like phosphate buffer solution.1.はじめに
鉄酸カリウム(K2 FeO4)は,水溶液中でその加水分 解反応および酸化環元反応の結果,次式のように水酸 化鉄(III)を生成するとともに水酸基を放出してpHを アルカリ側へと移行させる性質がある。 純水中での加水分解反応 2FeO42−十3H20→2FeO(OH)十3/202十40H− (1) 酸化還元反応(中性およびアルカリ性条件下) FeO42−十4H20十3e→Fe(OH)3十50H− (2) したがって,K2 FeO、による酸化反応とpHに関連し た実験を行う場合には,実験中にpHがアルカリ側に ずれてゆくのをおさえる工夫が必要である。そのため に,これまで多くの研究者たちは,いずれもリン酸塩 を含む緩衝溶液を用いて研究してきた1)2)。 ところが,著者らが別に大腸菌を用いてK2 FeO4に よる殺菌実験を行った際3),リン酸塩緩衝溶液を用い てpHを一定に調整した場合と, pHスタットを利用 して無機酸を滴下しながらpHを調整した場合とで *環境整備工学科,Department of Environmental Engineering. は,K2 FeO4の殺菌力に著しい違いのある事実を観察 した。さらに殺菌実験の際,ぶどう糖のような被酸化 性の有機物が比較的多量に存在しても,緩衝効果を持 つ試水中では,強い殺菌効果が認められたことを報告 した3)。この結果は,溶液のpHそのものやK2FeO4濃度 ばかりでなく,pHを調整した実験液の緩衝能あるい は緩衝溶液に含まれるリン酸塩や炭酸塩が,K2 FeO、 の殺菌作用の発現に極めて重要な保割を果たしている ことを示唆するものと考えられるが,K2 FeO4の酸化 特性を調べた研究において,このようなpHの調整方 法の違いや,溶液に含まれる塩の種類に着目して検討 している例はいまのところみあたらない。 そこで,今回はぶどう糖を対象として,実験のpH調 整方法を変えながら,pHやK2 FeO4と有機物とのモ ル比が酸化反応に及ぼす影響を調べるとともに,数種 の無機塩が共存する場合についても実験したところ極 めて示唆に富んだ興味深い結果を得たのでここに報告 する。 2.実験材料および実験方法 K2 FeO、はSchreyerら4)の方法により合成した純度 91.9%の粉末を用いた。また3.0×10−3M(540 mg/1)一123一
昭和59年12月 山梨大学工学部研究報告 第35号 のぶどう糖原液をあらかじめ作成しておいた。 初濃度がいっも1.5×10’4 M(27mg/1)となるよう にぶどう糖原液の一定量をビーカーにとり,これに純 水あるいはSφrensenのリン酸塩緩衝溶液を注いで一 定容量とし,これをマグネチックスターラーでかきま ぜながら所定のモル比となるようK2FeO、の粉末(ま たはこの直前に作成したK2FeO4溶液)を添加した。 緩衝溶液を用いない場合には,ぶどう糖溶液をかきま ぜながらK2FeO4を添加して,直ちにpHスタット(東 亜電波㈱製HMS−10A)を作動させてM/10硫酸を滴 下し,1∼2分のうちに所定のpHに達するよう調整を 行った。そのときのpHをpH。とする。 この後2時間室温に放置してから再びpH(pH2)を 測定した。M/10硫酸でpHを調整した場合には水酸 化鉄(III)の沈殿が生成していたので,上澄みをメンブ ランフィルター(0.45μm)で炉過してからぶどう糖濃 度を測定した。 ぶどう糖溶液にK2 FeO4を加えると赤紫色の溶液 となったが,リン酸塩緩衝溶液でpHを調整した場合 には,時間の経過とともに赤紫色は消失し,その後, 燈色から黄色の溶液へと変化しても,水酸化鉄の沈殿 は生じなかった。 共存する無機塩がぶどう糖の酸化に及ぼす影響を調 べる実験では,硫酸ナトリウム(Na2SO、),硫酸マグ ネシウム(MgSO4),塩化ナトリウム(NaCl),リン酸 水素ナトリウム(Na2HPO4),リン酸ナトリウム(Na3 PO4)のそれぞれについて10 W/V%の無機塩溶液を 作成しておきこの適量をぶどう糖溶液に添加してか ら,とくにpHの調整をせずにK2 FeO4による酸化実 、験を行った。 本研究ではぶどう糖濃度の減少割合を酸化率で現わ すこととし,酸化率は次式より算出した。 酸化率一( 測定により求められたぶどう糖濃度1一
@ 初濃度(1.5×10−4M))
×100(%) ぶどう糖濃度の測定はフェノール硫酸法で行った。 3.結果と考察 3.1pHの調整方法を変えて実験した場合 まず,ぶどう糖溶液にK2 FeO、を添加したら,直ち にpHスタットを作動してM/10硫酸を滴下させて, pH 5∼8の範囲の一定のpH値となるよう調整して実 験した。 図一1はpHを5.0と8.0に調整した場合について, それぞれK2FeO4の添加量を変えて処理したもののモ ル比と酸化率との関係を示したものである。これより 明らかなように,いずれもK2 FeO、の添加量を増せ ば,酸化率はそれぞれ対数曲線的に増加する。また図 一2に示したように,K2FeO、のモル比が3倍程度では pHの増加につれて酸化率は40%位から60%以上に まで大きくなる。K2 FeO4添加量を増やして10∼15倍 程度にまでモル比を大きくすると,酸化率は90%程度 にまで達し,しかもpHが5∼8の間で変化しても,そ の影響を受けることなく,高い一定の酸化率を示して いるのが注目される。 この90%を超える高い酸化率を与えたモル比1/15 での実験の際,ぶどう糖濃度の測定に併せて,K2FeO、 添加1∼2分後のpH(pH。)と処理後2時間経過した 後のpH(pH2)とをチェックし,またぶどう糖の酸化 分解の度合いを知る目安としてTOC値を測定した。 それらの結果が表一1である。一124一
( ) loo 60 e 岨 ( )e
0 0 5 10 15 20 モル比(絶FeO4/ぶどう糖) 図一1K2 FeO、とぶどう糖のモル比と酸化率 loo 60 20 0 K2FeO4/ぶどう糖 0 3/1 △ 10/1 口 15/1 図一2 K2FeO4によるぶどう糖の酸化率とpH鉄(VI)酸カリウムによるぶどう糖の酸化に関する検討 表一1K2FeO、によるぶどう糖の酸化 (M/10硫酸でpHを調整した場合) K2FeO4/ぶどう糖 @ (モル比) pHo* pH2** ぶどう糖濃度@(mg/1) 酸化率
i%) TOCimg・C/1)
一 27.0 0 10.8 15/1 5.4 5.2 2.6 89.4 9.8 15/1 5.7 5.3 3.1 87.4 9.8 15/1 6.4 5.4 2.6 89.4 9.9 15/1 8.0 6.9 2.3 90.6 10.0 *K2FeO、添加直後1∼2分以内に調整したpH ** Q時間後ぶどう糖濃度の測定直前に測定したpH この表より明らかなように,当初27mg/1のぶどう 糖濃度はpHの違いに支配されずにほとんど2.3∼3.1 mg/1と大幅に減少し,90%程度の酸化率を示すけれど も,同時に測定したTOC値は,当初10.8 mg/1が酸化 処理によっても9.7∼10.Omg/1と,有機炭素量につい てはあまり変化していないことがわかる。また一方, 処理直後と2時間経過後のpHの変動をみると,いず れの場合も処理直後のpHに比べ,2時間経過したも のは0.2∼1.0程度低下した。 これらのことは,15倍モルと多量のK2 FeO、を添加 し酸化処理することによって,ぶどう糖の大部分は酸 化されるけれども,最終的にCO2にまで酸化されるも のは極めて少なく,大部分のものは,グルコン酸その 他のカルボン酸類に変化したと考えざるを得ない。も ちろん,pHの低下については,同時に生成した水酸化 鉄ゲルが,時間経過に伴う熟成過程で水素イオンを放 出する影響5)を無視できないとは思われるが,TOC値 の減少が極めて小さい点を勘案すれば,このpH値の 低下は,やはりぶどう糖の酸化によるカルボン酸類の 生成に起因するものが大きいと考えるのが妥当と思わ れる。 つぎに,リン酸塩緩衝溶液でpHを調整してぶどう 糖を酸化処理した実験では,前の実験とは全く異なり, ぶどう糖溶液に15倍から23倍モルものK2 FeO4を 加えたにもかかわらず,pH7∼8の中性付近では全く ぶどう糖の減少は認められなかった。表一2にその結果 を示す。 これらのことは,K, FeO、によるぶどう糖の酸化分 解反応を検討する場合,実験中のpHやモル比の影響 もさることながら,どんな方法でpHを調整したか,つ まりK2 FeO、の還元に伴う実験液のpHのアルカリ側 への移行を,緩衝力を持たない強酸を用いて一定にし たか,あるいはリン酸塩緩衝溶液の添加によってpH を一定にしたかが重要なポイントになると考えざるを 得ない。 表一2K2FeO4によるぶどう糖の酸化 (リン酸塩緩衝溶液を用いてpHを調整した場合) K2FeO、/ぶどう糖 @ (モル比)
pH
酸化率
@(%) 14/1 6.9 V.3 W.3 N.D m.D m.D 23/1 7.3 V.9 N.D m.D 3.2 無機塩が共存した場合 無機塩の共存がFeO、−2の加水分解反応に関連を持 ち,K2 FeO4溶液の安定性に影響を及ぼすことは比較 的古くから知られているが6・7),有機物をK2FeO4で 酸化する場合,共存する無機塩が酸化反応に及ぼす影 響については今のところ定かでない。 そこで,あらかじめ無機塩を添加しておいたぶどう 糖溶液(1.5×10−4M)にその3倍モルとなるようK2 FeO、を加えて,とくにpHを調整することなく酸化実 験を行った。無機塩としてはNaC1, Na2SO4, MgSO4, ( )e
纈 loo 60 0 0 O WOC 1 (p卜椙.3∼10.3) ▲No2SO,,i (OU9・5−10・0) ▲ MgSO4 (PH∋.0∼9.5) 囚 卜b3FO4 (PH9・6∼12・2) 国 1〔]2HPO4 (pH9、2∼9.5 ) 無機塩を添加しない場合(1刻10.7) 0.05 0,10 0,15無機塩濃度(M)
0.⑳ 図一3共存無機塩がK2FeO4によるぶどう糖の酸化 に及ぼす影響一125一
昭和59年12月 山梨大学工学部研究報告 第35号 Na2HPO4, NaPO4を用い,6.0×10−3 M∼0.17 M (0.1%∼2.0%)の添加濃度で実験した結果が図一3で ある。この場合,pHの調整をとくに行っていないの で,処理後2時間経過すると,当然pHはアルカリ側に 移行していた。そのデータも図一3に併記しておいた。 図一3より明らかなように,無機塩を添加しない場合 には,酸化処理によるぶどう糖の酸化率は20%程度だ ったが,NaClやNa2SO4, MgSO4を添加した場合に は,10−2M程度の添加濃度でも35∼50%にまで上昇 していた。このことは,明らかにこれら無機塩の共存 が,ぶどう糖の酸化を促進していると考えてよい。 ところが,リン酸塩の場合には,上述の塩類とはそ の影響の様相がかなりちがっていた。 まず,Na3PO4を加えた場合についてみると,無機塩 を添加しなかった場合と比べて酸化率にほとんど差違 が認められなかった。またNa2HPO4が存在すると,そ の濃度が6、0×10−3M程度でも, K2FeO4によるぶど う糖の酸化はほぼ完全に抑制されていることがわか る。 したがって,リン酸塩系の緩衝溶液を用いてpHの 調整を行う場合,その所要pHによってリン酸塩イオ ンの濃度が変化することを考えると,上述のリン酸塩 に関連した実験結果は,従来K2 FeO4に関連した研究 にリン酸塩緩衝溶液が広く用いられているだけに,今 後大きな問題を提起することになろう。