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良遍撰『転換本質事』翻刻・読解研究

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(1)

良遍撰

翻刻・読解研究

西

ではじめに 日本の仏教は、論義研鎖を通して綴密に発展したといってよい。ことに法相宗(唯識﹀においては根本 論典である﹃成唯識論﹄(以

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、 ﹃ 成 論 ﹄ ) に つ い て 千 百 有 余 も の 論 題 が 立 て ら れ 、 ﹁ 成 唯 識 論 述 記 ﹄ ﹃述記﹄)を初めとする諸師の章疏を用いながら、教義上の諸問題について種々の義が論じられてきた。本 研究で扱う論義﹁転換本質﹂もその.つである。 本論義﹁転換本質﹂は先行研究によれば、現在確認されているものだけで因明関係の短釈を除けば最も 多くの数の短釈が残されており、その数は三十九篇にも登る。:本論義は﹁神通論﹂に分類されるという ことができるが、神通は﹁士石を転じて金となす﹂という舌一口葉に象徴されるように、禅定によって色法が 転じられるということに主眼が置かれる。このような色法を唯識教学では﹁定果色﹂といい、五位百法内 の色法の法処所摂色に分類し、これに実法と仮法とがあると論じた。すなわち、仏や大力の菩薩の禅定力 によって引起される定果色は実法であり、それ以外の場合は仮法とされたのである。これは、はたして何 を意味するものなのであろうか。

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論義を単なる教学についての学問研績にすぎないと見れぱ、仏や大力強口薩の定果色も具体的な意義をも たない机上の論に堕してしまうが、学侶の論義研績は結局は仏道そのものであったと見れば、そこに大き な効能が生じてくるのである。すなわち、仏や大力菩薩が無漏定によって引起した色法が実法であるなら ば、自在に有情を韓関益することが可能となる。大乗仏教の大乗仏教たるゆえんは、いうまでもなく大慈悲 の実践にあるが、定果色が実法となることによって自在なる衆生化益もなされるのであるから、仏道を希 求する学侶の関心を広く集め、理論化されるに至ったものと考えられるのである。 もっとも、その姿勢は謙虚であった。当時の一般的学説を収録したと考えられている﹃成唯識論同学紗﹂ (以下、﹃同学紗﹄)を見ると、﹁有情鏡益﹂までの言及はなく、大力菩薩の実用を示すに廟閉まっている。で はなぜ、それが多数の学侶の関心を招いたのであろうか。その背景には、仏道の実践を重視した解脱房貞 慶(一一五五

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二二三)の存在があった。この点についてはすでに拙稿において論じたが、論義﹁転換 本質﹂の論理は大力菩麓の無漏定通によって凡夫が導かれていくあり方を明確に示すことによって、仏道 実践における主観的体験を教学の上に客観的に位置づけようとするものであったといってよいのである

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現在確認できる論義﹁転換本質﹂の短釈を熟読したところ、そのほとんどの短釈が字句の異なりはある ものの、趣を同じくする内容を有していることがわかった。これら多くの短釈類の中でも、本論文で翻刻・ 読 解 を 行 う 良 遍 竺 九 四

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一二五二)撰﹃転換本質事﹄(以下﹃良遍抄﹄)は論義﹁転換本質﹂を理解す るうえで重要な資料である。なぜならば、本短釈を読解することで、論義﹁転換本質﹂のおおよその議論 を把握することが出米るからである。その構成も端的であり、大きく一ニつに分けることができる。すなわ ち、①転換本質のオーソドックスな議論、②意解思惟観に関する議論、③二乗の転換本質の有無について の三点である。①は他の短釈とも共通する内容であり、大力の菩薩による転換本質がなされる論理構造に

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ついての議論がなされている。②では③の前段階の議論として意解甲山惟観による定果色の論理構造および 認識構造についての議論がなされている。③は﹃良遍抄﹄の特徴的な内容といえるが、②の内容を承けて 二乗にも転換本質の義があるか否かについての議論がなされている。このように、論義﹁転換本質﹂を通 して、﹁定果色﹂について詳細な議論が尽くされているのである。 以上のような内容をもっ﹃良遍抄﹄であるが、実はこれらの議論を通して、二乗や異生の限界を示し、 教学的に菩薩の勝用を明らかにする一方で、凡夫の得られる宗教体験を低く位置づけ、実践面においても 謙虚な姿勢を示していることが明らかとなった。そこで本稿においては、知足院良遍が撰述した薬師寺所 蔵﹃転換本質事﹄の諸本を示した後、翻刻・読解研究を行うことにしたい。

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ニ.良遍撰﹃転換本質事﹄の諸本 本論文において翻刻読解研究を行う良遍撰述の﹃転換本質事﹄は現在のところ、実に以下の三本の存在 が明らかになっている。 ①薬師寺蔵﹃薬師寺短釈﹄所収本(第三二二九号・酉威函・十七冊) ︹ 表 紙 ︺ 論 題 七 巻 薬 師 寺 弐 知足院 転換本質事 尭胤之 ②無為信寺短釈 ︹ 表 紙 ︺ 第七巻 転換本質事 ︹ 内 表 紙 ︺ 遍 草 転換本質 法隆寺 遍箪

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③無為信寺短釈 ︹ 表 紙 ︺ 論第七 勝願院 転換本質事 ︹ 内 表 紙 ︺ 第七巻 勝 願 院 転換本質事 澄 経 ︹ 表 紙 裏 ︺ 勝 願 院 ト モ 一 宮 知 足 院 ト モ 一 F 民 遍 之 御 事 也 本稿は、これらの短釈の内、最も鮮明な①本を底本、②③本を対校本として翻刻・訓読を行うことによ り、﹃良遍抄﹄の全体像を明らかにしようとするものである。翻刻読解研究にあたっての﹁凡例﹂は以下 の 通 り で あ る 。

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︻ 凡 例 ︼ 一、本翻刻は薬師寺論集所蔵良遍撰﹁転換本質事﹄一巻、全十七丁である。 二、本文中に使用されている旧字・異体字・合字に関しては、内容に抵触しない限り常用漢字に改めた。 また、﹁寸﹂などの片仮名の略字については﹁コト﹂のように開いて表記した。 三、割注に関しては︿﹀で括った。 四、虫損等により判読不能の文字については、-により字数分の空格を示した。 五、対校する際、文字の加減は+または│で示した。(︻例︼②一+答)文字の異同は、底本の文字 を記し、イコールで対校本の文字を示した。(︻例︼③一(底)耶 H 乎。)これら文字の加減・異同 については末尾に一括して記した。 ニ . 翻 刻 読 解 ︿ 転 換 本 質 概 要 ﹀ ︻ 原 文 ︼ ( 一 丁 右

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一 丁 左 五 ) ︻ 翻 刻 ︼ 一 義 云 実 可 転 換 一 也 実 転 換 者 依 心 自 在 力 一 令 滅 一 土 石 現 行 一 令 生 一 金 銀 現 行 一 也 非 土 石 現 行即成金銀現行↓也又非土石ノ種子成 金 銀 種 子 一 生 一 一 ハ 金 銀 寸 也 種 子 各 別 也 現 行 各 別也本論云雪山王等起金勝解即随勝

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解 如 実 非 余 ↓ 同抄云可水質滅火質別生↓本疏云任運 実変大地等得為金宝︿乃至﹀然今取転換本 質↓別抄云地等成金非則;地等転成金等金地 等種其体各殊所生現行体相各異︿乃至﹀ 地相隠伏金等相顕説為転地以成金等↓皆此 意也 ︻ 訓 読 ︼ 一義に実に転換すべしと云ふなり。実に転換すとは心自在力に依りて土石の現行を滅せしめ、金銀の現 行を生ぜしむなり。土石の現行がすなわち金銀の現行を成ずるには非ず。また、土石の種子が金銀の種子 を成じ金銀を生じるには非ず。種子は各別なり。現行も各別なり。﹃本論﹄に云く﹁雪山王等は金の勝解 を起こす。即ち勝解に随いて実の如くにして余に非ず。﹂﹃同抄﹄に云く﹁水質は滅し、火質は別に生ずべ し﹂と。﹁本疏﹄に一五く﹁任運に実に大地等を変じ金宝となすを得る。(中略)然るに今は転換本質を取る。﹂ と﹃別抄﹄に云く﹁地等は金を成ず。則ち地等が転じて金等を成ずるには非ず、金地等の種は其の体各殊 なり、所生の現行も体相各異なり。(中略)地相は隠伏し金等の相が顕るるを説きて地を転じて以て金等 を成ずるとなす。﹂と。みなこの意なり。

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︻ 解 説 ︼ ﹁転換本質﹂の論義は﹃同学紗﹄においては冒頭に﹁土石を金銀に変ずることについて、実に土石の体 を転じて金銀を成ずるのか、土石のうえに金銀を現ずるのか﹂という聞が立てられ議論が展開されている。 良遍の﹁転換本質﹂では﹁心自在の力によって土石の現行を滅して金銀の現行を生じさせる﹂ことで実際 に本質を転換することが示されており、﹃同学紗﹄中の﹁実に土石の体を転じて金銀を成じる﹂説が採用 されていることが分かる。このような問題が取り上げられる背景には法相唯識の現象に対する真撃な追求 姿勢があるといえよう。すなわち無漏定通による不思議の境地を不思議のままにすることなく、法相唯識 の八識の体系の中にいかにして位置づけていくか、その追求がなされたものである。ここでは﹁実に土石 の体を転じて金銀を成じる﹂というあり方に三つの説を想定している。すなわち①﹁土石の現行を滅して 金銀の現行を生じさせる﹂説、②﹁土石の現行が金銀の現行を成じる﹂説、③﹁土石の種子が金銀の種子 を成じ、金銀の現行を生じる﹂説の三つである。このうち、①を採用し、その文証として﹃聡伽師地論﹄ ( 以 下 、 ﹃ 聡 伽 論 ﹄ 、 ﹃ 大 正 ﹄ 三 三 、 四 九 二 、 上 ) 、 ﹃ 聡 伽 師 地 論 略 纂 ﹄ ( 以 下 、 ﹃ 略 纂 ﹄ 、 ﹃ 大 正 ﹄ 四 三 、 一 三 八 、 下 ) 、 ﹃ 述 記 ﹄ ( ﹃ 大 正 ﹄ 四 三 、 四 八 九 、 上 ) 、 ﹃ 成 唯 識 論 別 抄 ﹄ ( 以 下 、 ﹃ 別 抄 ﹄ ) を 挙 げ て い る 。 ︻ 第 一

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第 二 問 答 ︼ ︻ 原 文 ︼ ( 一 丁 目 左 五

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二丁目左二)

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︻ 翻 刻 ︼ 尋云金石雄異一体ハ同四塵也何実即 体不改耶答色法ノ好悪等皆是法匁差別也金

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石等差別;全非仮相一既実体差別也彼此則;体改 易 者 転 石 一 * 6 成金一之時種生現因縁ニ閥引自果義一 若改種子一者自類相生之因縁又闘彼義一法ノ 相必然故心自在之力モ不及則?体改転一也 増寿変易時好悪転変事可為例 尋 云 転 斉 ノ 種 子 ノ 前 念 劣 ナ レ ト モ 能 引 後 念 勝 品 ↓ 全不閥引自果義一若;雄有勝劣ノ不同一一法 一性故-一ト云者金石又好悪雄異一一法一性也前念/ 石ノ種何不引後念ノ金種↓耶;︿四無記同別種処灯釈 大切也可見之﹀ 答一心品ノ作用明昧等ノ不同ハ異金石体性各 別好悪 * m 堅 実 之 差 別 ニ ハ 心 ノ 作 用 ハ 依 縁 一 転 勝 返 テ 色法ノ体性ハ差別各定転変中々難シ可思之一 ︻ 訓 読 ︼ 尋ねて云く。金石異なるといえども、体は同じく四塵なり。なんぞ実にすなわち体を改めざるや。 答ふ。色法の好悪等は皆これ法年の差別なり。金石等の差異は全く仮相に非ず。既に実体の差別なり。

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彼此すなわち体改易せば、石が金を転成する時、種生現行の因縁に引自果義を関く。若し種子を改むれば、 自類相生の因縁もまた、彼の義を働く。法相は必然なるが放に心自在の力も即ち体の改転には及ばず。 増寿変易の時、好悪の転変する事を例となすべし 尋ねて云く。転斉の種子の前念劣なれども後念の勝品を引く。全く引自果義を閥かず。若し勝劣不同有 りと雄も、法一性故にといわば、金石また好悪異なると難も、一法一性なり。前念の石の種、なんぞ後 念の金の種を引かざるや。︿四無記同別処鐙尺大切なり。これを見るべし。﹀ 答ふ。-心口問の作用明昧等の不同は金石の体性各別、悪好堅実の差別に異なれり。心の作用は縁に依り て勝に転じ返って滅す。色法の体性は差別各定まり。転変は中々難し。これを恩ふベし。 門 解 説 ︼ 第一問答および第二問答では先に述べた②一土石の現行が金銀の現行を成じる﹂説③﹁土石の種子が金 銀の種子を成じ、金銀の現行を生じる﹂説を A 筆頭に置き、これらを退けるような問答が設けられている。 第一問答においては土石と金とは異なるが、その体はどちらも四塵であるからそれを改めることが出来 るはずであると難じている。それに対して答文では、金や石という色法の差別は法がのものであって仮相 ではないことをまず述べ、このままでは種子六義のうちの引自果の義(種子は必ず自らの巣を引生するこ と)および恒随転の義に説かれる自類相生(前種が後種を生じる﹀の義を欠いてしまうことになると指摘 しているのである。そして、金や石などの諸法の相は理のままに必然としてあるものであり、たとえ﹁心 自在の力﹂であったとしても改転することはできないと答えているのである。 第二問答の直前には﹁増寿変易の時、好悪転変する事を例となすべし。 L とある。これは第一問答に続

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いているようにも見受けられるが、内容から判断すると第二問答に属するといえる。第二問答では﹁転斉 の種子は前念が劣であっても後念に勝品を引く。﹂と難じている。このままでは理解しがたいが直前の一 文が第二問答に属すると考えれば、問の内容が見えてくる。すなわち、八地巳上の菩薩は必ず箆体である 分段身を転変改易して、悲願の力により不思議変易身を受ける。このように前念が劣であっても後念に勝 品を引くことが出来ると難じているのである。それに対して答文では一心品上の差別と色法の差別とは異 なり、色法の体性は各々定まったものであるから中々転変することがないと答えている。 以上のように第一問答および第二問答では﹁種生現﹂の論理や色法の差別は転変しがたいという論理を 用いて﹁土石の現行が金銀の現行を生じる﹂、﹁土石の種子が金銀の種子を成じ、金銀の現行を生じる﹂一一 説を廃している。 ︻ 第 三 問 答 ︼ ︻ 原 文 ︼ ( 二 丁 目 左 三

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三丁目左六)

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随欲転変ノ力唯心如幻ノ 理 可 然 一 故 云 * 凶 者 実 ニ 体 性 可 転 変 一 境 ノ 体 実 ニ ハ 為 メ 心一不被転変一者罵唯識義耶 答所難太寛太狭也凡一切諸法雄非竪実一

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如 幻 / 体 性 宛 然 シ テ 相 分 タ リ 種 子 現 行 各 守 自 類 ゴ 打 更 不 雑 乱 一 然 皆 是 一 心 ノ 作 用 故 依 品 以 心 一 為 増 上 縁 ↓ 生 是 唯 識 転 変 之 理 因 縁 所 生 ノ * m 義 也 若 不 知 此 理 寸 之 時 ハ 由 無 始 串 習 一 一 境 界 不 随 今 ノ 所 念 一 若 深 ク 知 此 理 一 畢 之 * 却 時 ハ 境 界 随 所 念 一 一 自 在 也 故 思 金 ↓ 地 現 滅 シ テ 金 現 生 是 自 在 難 思 ノ 力 也 難 云 唯 識 ↓ 心 内 / 諸 法 ハ 全 不 雑 乱 一 随 テ 心 ノ 所 念 一 一 生 起 ス ル 宣 非 随 心 一 耶

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以 云 唯 識 ↓ 一 切 令 雑 乱 一 者 是 不 知 唯 識 言 深 意 趣 一 也 如云唯言不遮不離色等↓一切皆可知之一若法体雑 乱 セ ハ 者 * n 量 不 同 外 道 見 一 一 耶 ぉ 但 必 滅 地 現 行 寸 事 ハ 是 心 自 在 之 至 ル 分 斉 也 滅 此 現 一 令 生 彼 現 イ 全 不 一 帯 法 / 相 一 五 能 叶 転 換 ノ 実 義 一 一 心 自 在 之 力 依 ヵ 何 一 不 能 一 哉 * お 是 以 ユ カ 抄 ニ 不 シ テ 許 体 性 転 変 之 義 ↓ 而 述 タ リ 可 水 質 滅 火 質 別 生 ↓ 今 所 成 一 品 趣 分 明 也 是 * 釘 文 理 * お ︻ 訓 読 ︼ 尋ねて云く。若ししからば、ただ石の現行の上に金の現行を覆ひて、これを見せしむべし。﹃別抄﹄は あにこの意にあらざらんや。必ず地の現行を滅すと云ふ事何の文理有るや。しかるに若し随欲転変の力、 唯心如幻の理はしかるべき故にと云はば、実に体性は転変すべし。境の体、実には心の為に転変せられず

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んば、いずくんぞ唯識の義なるや。 答ふ。所難は太寛太狭なり。凡そ一切諸法は堅実にあらずと雄も如幻の体性は宛然として相分たり。種 子の現行は各自類を守り、更に雑乱せず。然るに、皆是一心の作用なるが放に依って、心をもって増上縁 と な し て 生 ず 。 ζ れ唯識転変の理、因縁所生の義なり。若しこの理を知らざるの時は無姶串習に由りて境 界は今の所念に髄わず。若し深くこの理を知り畢ぬるの時は境界は所念に随いて自在なり。ゆえに金と恩 へば地の現滅して、金の現生ず。これ自在難恩のカなり。唯識と云ふと灘も心内の諸法は全く雑乱せず。 心の所念に随いて生起するは、最に随心にあらざるや。もって唯識と玄ひで一切をば雑乱せしむれば、こ れ唯識の一言の深き意趣を知らざるなり。﹁唯の言は(識に)離れざる色を遮さず o ﹂等と云ふが如し。一切 皆これを知るべし。若し法体を雑乱せば、宣に外道の見に同じからずや。但だ必ず地の現行を滅する事は これ心自在の至る分斉なり。この現を滅して彼の現を生ぜしむるは全く法の相に寧せず、能く転換の実義 に叶ふ。心自在の力は何に由りてか、あたはざるや。これをもって﹃ユガ抄﹄に体性転変の義を許さずし て﹁水質は滅し、火質は別に生ずベし﹂と述べたり。今成ずるところの趣は分明なり。これ文理なり。 門 解 説 凶 第三問答では﹁土石の現行が金銀の現行を生じる﹂説でも、﹁土石の種子が金銀の種子を成じ、金銀の 現行を生じる﹂説でもないととを承けて、﹁石の現行のうえに金の現行を覆う﹂説を挙げて﹁実に体を転 ずる﹂説を難じている。この﹁石の現行のうえに金の現行を覆う﹂という説は﹃同学紗﹄(﹃大正﹄六六、 四二二、下

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において﹁実に転じる﹂説と並べ挙げられる説である。さらに﹁地の現行を滅して金の現 行を生じさせる﹂ととに関して文証・理証を求める。その上で﹁唯心如幻の理はしかるべき故に﹂という

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回答を想定し、そうであるならば第一問答および第二問答で退けた﹁土石の現行が金銀の現行を生じる﹂ 説や﹁土石の種子が金銀の種子を成じ、金銀の現行を生じる﹂説のように体性の転変を許すべきであると す る 。 この難に対して答文では、第一答、第二答と同様に﹁種生現﹂の論理に基づいて論じていく。すなわち、 諸法の種子の現行は自類相生の因縁を守っており、それを乱すことがないという唯識転変の理・因縁所生 の義を深く知ることこそ﹁心自在﹂の至るあり方である。すでに理と義に了達しているからこそ、境界を 思いのままに転じるに際しては理と義に反するような法体を雑乱することがなく、大地の現行を滅して金 の現行を生じさせることができるとしている。これを見ると、たとえ大力菩薩の無漏定通であるとしても 法相教学の種子因縁論を逸脱することなく真撃な会通がなされ、論理構築がなされてきたことが知られる。 そして﹃略纂﹄(﹃大正﹄四三、二二八、下)では体性転変を許していないとし﹁水質は滅し、火質は別 に生ずべし﹂の文を引き文証としている。 ︻ 第 四 問 答 ︼ ︻ 原 文 ︼ ( 三 丁 七

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︻ 第 五 問 答 ︼ ︻ 原 文 ︼ ( 四 丁 右 四

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五丁右四)

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︻ 翻 刻 ︼ 尋云若必滅地等現行寸者於是一処一或有情又有為テ土 石 ↓ 可 受 用 一 者 金 銀 無 用 也 菩 薩 利 生 一 方 閥 ス 以 之 一 思 之 一 金 地 現 行 倶 不 シ テ 滅 二 処 相 容 シ テ 如 幻 自 在 ナ レ ハ 互 無 碍 也 或 有 情 ハ 為 金 ↓ 受 用 シ テ 実 ニ 有 其 体 一 故 可 有 実 用 一 或 有 情 ハ 為 石 受 用 シ テ 実 有 其 体 一 故 又 可 有 実 用 二 時 一 念 之 中 ニ モ 彼 此 皆 具 足 シ テ 返 可 有 其 徳 一 何 必 滅 地 等 現 行 一 耶 品 是 以 霊 山 三 変 土 田 之 時 ハ 猶 不 シ テ 滅 一 械 * M 相 ヲ 其 上 覆 浄 相 一 ︿ 見 タ リ ﹀ 則 * ぉ 此 義 欺 答今所成者心自在力之至ル分斉転換之至極 必堪滅地形︿現イ﹀一生金現ゴ鉛故有此所観一之時ハ必 可 如 此 一 ︿ 為 言 ﹀ 若 金 地 倶 ニ 可 為 用 之 時 ハ 彼 此 現 行 一 処 ニ 相 容 互 無 碍 ナ ラ ン 事 又 不 * 幻 遮 之 若 不 匁 者 随 * ぉ 転 変 耶 * 却 然 可 限 其 分 斉 一 者 * 羽 又 失 自 在 ノ 義 イ 侃 或 滅 地 現 一

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或 不 滅 之 一 皆 可 随 所 欲 一 一 疑 難 取 一 辺 一 捨 一 辺 一 欺 然云転換

2

本 質 ↓ 者 正 ハ 其 滅 地 現 ↓ 生 金 ノ 現 ↓ 之 * 時ノ事也土石本質不滅一者転換之*必義猶劣故 可為種類↓也 ︻ 訓 読 ︼ 尋ねて云く。若し必ず地等の現行を滅すれば此の一処に於いて或有情はまた土石として受用ずべき者は 金銀無用なり。菩薩の利生、一方に闘す。これをもって、これを思うべし。金と地の現行は倶に滅せずし て一処相容して如幻自在なれば互いに無碍なり。或有情は金となして受用して実にその体有り。故に実用 有るべし。或有情は石と為して受用して実に其の体有るが故に、また実用有るべし。一時一念の中にも、 彼此皆な具足して返りてその徳有るべし。何ぞ必ず地等の現行を滅するや。これを以て霊山三変土田浄土 の時は猶し械相を滅せずしてその上に浄相を覆ふと見たり。則ちこの義なるか。 答ふ。今成ずるところは心自在の力の至る分斉、転換の至極なり。必ず地の眼を滅して金の現を生ずる に堪ふ。故にこの所観有るの時は必ずこの知くなるべし。若し金地倶にこれを用ふとなすべき時は彼此の 現行は一処に相容して互いに無碍ならん事またこれを遮さず。若ししからざれば、量に随(欲)転変なら んや。然るに、その分斉を限ればまた、自在の義を失す。のって或は地の現を滅し、或はこれを減せず。 皆なこれ所欲に随ふべし。疑難は一辺を取りて一辺を捨つるか。然るに転換本質と云ふは正くはその地の 現を滅し、金の現を生ずる時のことなり。土石の本質減せざれば転換の義は猶し劣なるが故に種類となす べ き な り 。

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門 解 説 凶 第六問答では菩薩の利生という観点から﹁必ず地等の現行を滅する﹂説を難じている。すなわち、転換 本質が﹁必ず地等の現行を滅する﹂事であれば、正受化の有情に対しては利益があるが、虫類などの土石 を土石として受用するその他の有情にとっては利益がないとし、菩薩の利生はそのようなことはあり得な いので現行を滅しないまま一処に相容するはずであるとしている。そして三変土悶を相例として挙げる。 =一変土聞は﹁妙法蓮華経﹄﹁見宝塔品﹂中に説かれるもので、釈尊が多賓塔を供養するために霊鷲山にやっ てくるに際して神力によって三度、議士を変じて浄土とすることである。この時、浄土の相が繊土の相を 覆っており、﹁必ず地等の現行を滅する﹂という説の妥当性を問うているのである。 これに対して答文では、転換本質は心自在力の至るあり方で、必ず地等の現行を滅して金の現行を生じ させるとする。しかし、金として受用する有情、土石として受用する有情が岡処にある時は地と金の現行 が一処相容するとしてる。すなわち金と受用する有情の前には地の現行が滅し、地として受用する有情の 前には地の現行が滅さないとする α このようなあり方が﹁随欲転変﹂であるとする。ただし転換本質とは 大地の現行を減して金銀の現行を生じることで、土石の本質相分を滅しなければ転換の義が劣るので、本 物とはいえず﹁種類﹂にすぎないとしている。

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︻ 第 六 問 答 ︼ ︻ 原 文 ︼ ( 五 丁 右 五

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断簡二向不可属一 今 義 一 一 今 所 成 一 人 師 先 徳 / 釈 / 中 ニ 有 此 義 道 一 耶 * 必 答鏡水抄十一云変石為金令諸衆生得実受 用簡異凡夫二乗有願不能実救故也︿乃至﹀ 間変石為金一之時為石則*必金為シ於石上別変為金一 若石則*U金ナラハ為同種生為別種生一若別変者既 不 従 石 一 生 一 復 依 何 一 生 答 但 詫 於 石 一 一 為 増 上 縁 一 其 実 ハ 変 ル ハ 金 ↓ 従 自 種 一 起故︿元イ﹀若現*必他種則*。闘引自果義一︿云云﹀ 十巻私 記五云問変地等成金一品耶*日答彼地等種子金 等 種 子

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︿別ナリ﹀今転変地等一成金宝等一者止テ地等 現 行 一 品 云転地等て日金宝等↓也

(20)

一 J‘‘J 又太抄釈疏↓云則*凶作金時地体等以滅余人得此 金等ノ法一有実用︿云云﹀又ユカ抄是分明詮也余 義 甚 難 会 釈 一 * 日 既 云 可 水 質 滅 等 ↓ 宣 不 ト 滅 水 質 ヲ 得 意 耶 又 大 難 体 性 転 変 義 ↓ 則 * 弱 体 * 訂 転 変 意 得 耶 * m m 仰 一 向 相 当 今 ノ 義 一 也 ︻ 訓 読 ︼ 尋ねて云く。宗家の解釈は諸義各断簡あり。 の釈の中にこの義道は有るや。 答ふ。﹃鏡水抄﹂十一に云く。﹁石を変じて金となし諸の衆生をして実の受用を得さしむ、異、凡夫二乗 を簡ぷ。願あるも実に救する能はざるが故なり(中略)問ふ。石を変じて金となす時、石を則ち金となす か、為た、石上において別に変じて金をなすか。若し石を則ち金とせば同種生となすや、別種生となすや。 若し別に変ずるとせば既に石従り生ぜず。復た何に依りてか生ず。答ふ。但だ石に詫して増上縁となす。 その実は金と変ずるは自種従り起こるが故に、若し現(親しく)他種ならば、則ち引自果義を闘く﹂と。 ﹃十巻私記﹄五に云く。﹁問ふ。地等を変じて金を成、ずるや。答ふ。彼の地等種子と金等種子とは各別な り。今地等を転変して金宝等を成ずるとは地等の現行を止めて地等を転じ金宝等(を成ずると)云ふ。﹂と。 又、﹁太抄﹄は﹃疏﹄を釈して云く。﹁則ち金となす時、地の体等は滅するを以て余人はこの金等の方を 得 る 。 ﹂ と 。 一向に今義には属すべからず。今成ずるところの人師先徳

(21)

又、﹃ユガ抄﹄はこれ分明なる設なり。余義は甚だ会釈し難し。既に﹁水質は減すベし等﹂と云ふは、 豊に水質を減せざると意を得んや。又、大いに体性転変の義を難ず。則ち体転変の意は得るや。のって一 向 に 今 の 義 に 相 当 す な り 。 門 解 説 ︼ 第六問では拠るところの先徳の解釈について問われている。 ている。引用されるものは以下の通りである。 それに対して答文のほとんどは引用文となっ ① ﹃ 鏡 水 抄 ﹄ ( 栖 復 ( 生 没 年 不 詳 ) ﹃ 法 華 玄 賛 妥 集 ﹄ ︹ ﹃ 続 蔵 ﹄ 一 一 一 十 四 、 四 二 四 、 下 ) ) ②﹃十巻私記﹄(作者不詳) ③﹃太抄﹂(露泰(生没年不詳)撰﹃成唯識論疏抄﹄(﹃続蔵﹄五十、三四八、中)) ④基﹃略纂﹄(﹃大正﹄四十三、二ニ八、下) これらを四つの書を挙げ﹁士石の現行を滅して金銀の現行を生じさせる﹂説の依拠としている。このう ち﹁②﹃十巻私記とについてはその詳細は不明である。﹁鏡水抄﹄の﹁金は白種より生じる﹂、﹁十巻私記﹂ の﹁地等の現行を止めて地等を転じ金宝等を成じる﹂、﹃太抄﹄の﹁地の体等は滅するを以て余人はこの金 等 の 方 を 得 る 。 ﹂ 、 ﹃ 略 纂 ﹄ の ﹁ 水 質 は 減 す ベ し L と、これらの記述をもって文証としている。中でも﹃略 纂﹄の﹁水質は減すベし﹂を明らかな文証として挙げ、さらに﹁略纂﹄は土石の種子が金の種子を生じた り、土石の現行が金の現行となるというような体性転変を難じているとしている。その体性転変を難ずる

(22)

とはどのようなことであろうか。﹁略纂﹄の該当箇所を確認すると次のようにある。 ﹃ 略 纂 ﹄ ( ﹃ 大 正 ﹄ 四 一 二 、 二 二 八 、 下 ) 只 タ 可 コ 水 質 ハ 滅 ν 火質ハ別ュ生三(中略 有 ノ 増 ス ル 失 ナ ル ヵ 故 品 、 不 ν づ 転 づ 性 ヲ 也 。 ) 。 若 ν 改 w ヲ 成 同 レ ハ 性 ヲ 者 、 転 コ テ 無 情 ↓ 成 ユ 有 性 ↓ 。 即 チ 衆 生 界 一 一 とある。ここでは体性転変を許すことは無情を有情に転ずることを認めることになり、菩薩の利生におい て度すべき衆生が増えかねないとし、体性転変を許さないという記述に合致している。このように先徳に よっても﹁土石の現行を滅して金銀の現行を生じさせる﹂説が支持されており、その大元は基に返ること が出来ると強調される問答が本問答であるといえる。 以上、転換本質に関するオーソドックスな議論について見てきたが、﹁種生現の論理や﹁心内の諸法 は全く雑乱せず L などと見られるように、仏菩薩の定通による不思議の境界を唯識教学上の論理構造によっ て理解しようとしていることがわかる。実はこのことを通して唯識定立の正当性を明らかにしている。そ れは論義﹁転換本質しが﹃成唯識論﹄中の﹁九難義﹂の一段に属することからも明らかであり、これによっ て凡夫の到底及ぶことのない不思議の境界も法相の論理を離れるものではないことが知られる。 ︿ 疏 二 釈 断 簡 ﹀ 門 原 文 ︺ 門 第 一 問 答 ︺ ( 六 丁 右 七

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七 丁 右 八 ︺

(23)

︻ 翻 刻 ︼ 疏二釈断簡 尋云疏云或意解思惟観一等者論ノ心自在ニ 取 意 解 思 惟 一 欺 将 於 テ 凡 ノ 事 一 是 難 有 一 論 ノ 心 自 在 ニ 不取之一云欺又意解思惟観ト品者如何又此観誰人 之所観︿作﹀耶 答十巻私記五云問先徳*ω自在者何人耶 答謂*飢疏有二釈初釈ハ実変大地等本質一 為金等一令有情受用一菩薩ヲ云自在者↓後釈 遍取二乗異生ノ意解思惟ノ観一也問二釈中*ω 何 為 好 一 耶 * 印 答 疏 則

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初釈為是一︿云云﹀ 問云匁意如品何答得定自在ノ人-一ハ取転換本 質一意解思惟観ハ不転換本質一故初釈為是 也︿云云﹀先徳釈能叶疏文一*“何初釈ハ論ノ心自在ニ唯 取 菩薩↓後釈広取菩薩二乗等↓意解思惟観ハ即二 乗異生ノ所作也但於意解思惟ノ転変ノ分斉一

(24)

者太抄ニ釈云或有観行者

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於 仮 相 * 肝 心 一 多 時 修此観一己後即自身見大地一為金↓余人皆 見 大 地 ↓ 不 見 為 金 一 不 得 受 用 一 ︿ 云 云 ﹀ ︻ 訓 読 ︼ 尋ねて云く。﹃疏﹄に﹁或意解思惟観﹂と云ふ等は論の心自在に意解思惟観を取るか。将た凡その事に 於いて、これ有ると雄も論の心自在にはこれを取らずと云ふか。また意解思惟観とは如何。またこの観は 誰人の所観(作)なるや。 答ふ。﹃十巻私記﹄五に云く。﹁問ふ。先徳︹の心︺自在とはいずれの人なるや。答ふ。謂く﹃疏﹄に二 釈有り。初釈は実に大地等の本質を変じ金等となし、有情をして受用せしむる菩薩を自在者と云ふ。後釈 は遍じて二乗異生の意解思惟の観を取るなり。問ふ。二釈の中、何れをか好しとなすや。答ふ。﹁疏﹄は 則ち初釈を是となす。﹂︿云云﹀問ふ 0 ・爪云ふ意は如何。答ふ。定自在を得るの人には転換本質を取る。 意解思惟観は転換本質を取らざるが故に﹁初釈を是となす。﹂︿云云﹀先徳の釈は能く疏文に叶ふ。のっ て初釈は論の心自在にただ菩薩を取り、後釈は広く菩薩、二乗等を取る。意解思惟観は即ち二乗異生の所 作なり。ただ意解思惟の転変の分斉に於いては太抄に釈して云く。﹁或いは観行有る者、仮想心において 多時にこの観を修して己後即日身は大地を見て金となす。余人は皆大地と見て金と為さず、受用するを得 ず 。 ﹂ ︿ 云 云 ﹀

(25)

門 解 説 凶 本問答より以下は﹁疏二釈断簡﹂と題されるものである。これ以降は二乗や異生の意解思惟観や、それ によって引起される定果色の論理構造、その認識構造を中心とした議論が展開されている。 ﹃述記﹂には﹁或意解思惟観難境亦成。然今取樽換本質不取於此。﹂とあり、威徳定の他に意解思惟観 によっても境が転ずる事が一示されているが、転換本質には至らないとされている。本短釈の最大の特徴は ﹁二乗転換本質事﹂にあることは既に述べたところではあるが、意解思惟観は二乗、異性による所作であ り﹁二乗転換本質事﹂につながる重要な議論であるといえよう。なぜならば転換本質が威徳定によってな される為に、その威徳定について検討しなければならないことと同様に、二乗の転換本質について検討す る時、二乗の所作である意解思惟観についての検討は避けられないからである。 そこで本問答の間部分を見てみると、①意解思惟観には心自在の義があるのか、②どのような観法であ るのか、③誰によってなされるのかという二一つの問がなされている。 それに対する答文は﹃十巻私記﹄に譲られている。まず、﹁①意解思惟観に心自在の義があるのか﹂と いう聞にたいしては、﹃述記﹄における間程の義には菩薩に限るものと、二乗・異生に及ぶものとのこ釈 があることが示され、そのうえで﹃述記﹄は菩薩に限る説を採っているとする。﹁②どのような観法であ るのか﹂という問に対しては﹃太抄﹄を引き、意解思惟観を修するものは大地を見て金とするも、他は金 とせず受用することができないとしている。﹁③誰によってなされるのか﹂という問に対しては二乗・異 生によるものであるとしている。

(26)

︻ 第 二 問 答 ︼ ︻ 原 文 ︼ ( 七 丁 左 一

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(27)

門 訓 読 凶 尋ねて一五く。﹃職伽抄﹄に云く﹁其の非威徳定の色は唯だ他をして見せしむ。実に事を作すにあらず ︿云云﹀と。非威徳定とは則ち仮相定か、若ししからば、﹁唯だ他をして見せしむ﹂と述べたる。﹃太抄﹄ に則ち﹁自身は大地を見て金となす﹂釈と大に相違せり、如何。唯自見と唯他見とは水火なるが故なり。 若しまた仮相定にあらざれば、威徳山此の外の定は宣に仮相定にあらざるや。設ひ彼にあらざれば仮相定に 対して勝劣は如何。唯自見や勝たる、唯他見や勝たる。 私に云く。二乗異生等の仮想定の転変の時、類に随ひて定めざるべし。或は他見、或は自他倶見、のっ て各随一を挙ぐるか。このごとき不同有ると雄も、皆転換本質に能はず。ただ本相の上に相を覆うなり。 これ則ち異生は未だ理を設せず。二乗は生空を詮すと離も未だ法空の法性を鐙せざる故に本質を改転する こと能はざるか。﹁疏﹂の異生の転変を釈して﹁皆、この境は事慧︹に随ひて︺転ず。﹂とは未だ法性を鐙 せざるが故に境は事の慧に随ひて転ずるを以て転換本質に能はずと一五ふなり。太抄に云く﹁事とは則ち是、 五 塵 の 境 な り 。 ﹂ 門 解 説 凶 本問答は先の問答中﹁②︹意解思惟観は︺どのような観法であるかしという問に対する答文の﹃太抄﹂ の引用部分﹁︹意解思惟観は︺大地を金となし、他者は金となさない。﹂を承けて展開されている。すなわ ち、﹃略纂﹄(﹃大正﹄四三、一九二、中)には﹁威徳定以外によって変現された色は唯だ他をして見せし む o ﹂とあり、先ほどの﹃太抄﹄の所述と異なると難じている。つまり、﹃略纂﹄では非威徳定 ( U によって﹁唯令他見﹂と述べ、﹃太抄﹂では仮相定によって﹁唯令自見﹂と述べ、所述が矛盾するという

(28)

のである。さらに威徳定でない定は仮相定に他ならないはずであり、もし威徳定、仮相定の他に第三の定 があるとするのであれば、その定と仮相定との勝劣はどうであるか、と問うている。 それに対して答文では、﹁私に云く﹂という形で回答がなされている。ここでは二乗・異生の仮相定に よる転変のあり方は一定ではないことが示されている。いずれにせよ転換本質には至らず、土石の相の上 に金相を覆う、ばかりであるとする。そのため﹃述記﹄(﹃大正﹄四三、四八九、上)には﹁みな、この境 は事慧に随い転、ず﹂という文を以て転換本質には至らないことを示している。 ︻ 第 三 問 答 ︼ ︻ 原 文 ︼ ( 八 丁 右 八

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(29)

無実用一等名其*斜影像一︿云云﹀此則品釈顕揚ノ定果 色ノ十二相ノ品第一影像相也彼影像ヲハ則品法処章 判 シ テ 為 定 果 ノ 仮 色 ↓ 灯 及 章 釈 其 意 明 鏡 也 * 鈎 ︻ 訓 読 ︼ 尋ねて云く。菩薩の転変の中、金地の二現倶に滅せずして一時相容する事、これを許し畢ぬ。今二乗等 の本相の上に金相を覆ふとは則ちこれに同じか。 答ふ。しからず。彼は金も地も倶に別種の所生、第八所変の本質なり。則ち金地の二現は相容して互無 碍なり。其れに杖りて変ずる処の第六等の所変もまた別種生にして皆実色なり。この仮相定の所変は地の 現は実種所生、第八所変にして本よりこれ在り。滅せずしてその第八所変の中に全く金の現行無く、唯だ これ地なり。その上に仮想思惟の力に依りて仮の金相を覆ふ。既にこれ仮色なるが故に別種の所生にあら ず。故に実用無し。これを以て﹃灯﹄に云く。﹁定所行とは所変の金等は実用無き等を其の影像と名づく。﹂ ︿云云﹀と。これ則ち﹃顕揚﹄の定果色の十二相の第一影像相なり。彼の影像をば則ち﹁法処章﹂に判じ て定果の仮色となす。﹃灯﹄及び﹁章﹂の釈、その意明鏡なり。 ︻ 解 説 ︼ 先に述べたように、土石を金として受用することで利益のある衆生、土石を土石として受用することで 利益がある衆生が同処にある時、菩薩の利生が一方において閥けないよう、土石と金の現行が相容すると あった。また前の問答で二乗・異生は意解思惟観によって地の相の上に金の相を覆うとしているとあった。

(30)

これら二つは同じものであるかと聞が起こされている。 これに対して答文では、当然、菩薩によるものと二乗・異生によるものは異なるとしている。菩薩によ る場合、金も地もそれぞれ金の種子、地の種子から生じた別種の所生たる実法であるため、どちらも第八 識所変の本質である。そのため金と地の現行は互いに磯げることなく一処にある。一方で二乗・異生によ る意解思惟観などの仮相定では元ある地は第八識所変であり別種の所生たる実法であるものの、その上に 覆う金相は種子の現行によるものではなく観念上のものにすぎず実際に用いることはできないとしている。 このような二乗・異生による意解思惟観などの仮相定によってあらわれる色について述べたものに﹃成唯 識論了義灯﹄(以下、﹃了義灯﹄)(﹃大正﹂四三、七七一、上)や﹃顕揚聖教諭﹂(﹃大正﹄三一、五六九、 上 ) 、 ﹃ 大 乗 法 苑 義 林 章 ﹄ ( 以 下 、 ﹃ 義 林 章 ﹄ ) ( ﹃ 大 正 ﹄ 四 五 、 三 四

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、中)があるとしている。 ︻ 第 四

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第 七 問 答 ︼ ︻ 原 文 ︼ ( 九 丁 右 四

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(32)

必ず実用有るベし。故に既に第八はこれを縁ぜず。放に五識の本質は闘くべし。乃ち五識はこれを縁ずべ か ら ず 。 尋ねて云く。﹁或第六所変﹂の義に准じて五識並びに第六所変に杖ること何の失有るや。 答ふ。彼の釈は義に随ふ。得意の様は同じからざるなり。今は﹁必ず第八所変に杖る﹂の義を好む。彼 の釈は定通の時の第二重の本質なり。五識の親所杖は必ず第八なり。 門 解 説 M ﹁疏二釈断簡﹂における第四問答より第十二問答は比較的短い問答が列挙されており、その全てが認識 構造に関する議論となっている。これらの問答は前半と後半に大別できる。前半では意解思惟観によって 変現されたものの認識構造一般についての議論が列ねられている。後半は出定時の認識構造の検討など、 これまでの議論を総合したより具体的な検討が為されている。 第四問答は意解思惟観によって変現されるも色法が一一類境の観点から検討がなされている。三類壌は四 分義と並び法相教義の核心といえる。四分義は能縁の心の側の構造分析であるが、ここで言及される三類 墳はそれに対して所縁の境の側から認識構造を分析したものである。一二類境とは性境、独影境、帯質墳の ことであり、性境は実の種子より生じた実法で、独影境は観念上のもので種子より生じていないものであ り、帯質境は本質はあるものの能縁の心がその自相を得ていないものである。第四聞は三類境のうち独影 境と帯質境いずれになるかという問である。ここでは性境は除かれているが、これはここまでの議論によっ て二乗・異生の意解思惟観によって変現されたものは別種の所生でないことが明らかにされているためで ある。これに対する答文では本質を有さず、別種の所生ではないため独影境であるべきとしている。

(33)

第五問答では前五識の認識の有無にその中心がある。独影境であれば意解思惟観によって変現された金 は観念上のものであるため必ず第六識によって縁じられる。つまり、ここでの聞は第六意識に加えて前五 識も変現された金を認識するか否かが問題となっている。これに対して答文では意解思惟観によって変現 された金は仮法であり、本質を有しないため前五識は認識することがないとしている。 続く第六問答では第五問答を承けている。すなわち間では第六の定心の変現した金を所依として第八識 がそれを縁じるという。それによって第八識が金を変じるので本質があり、前五識も認識するのではない かというのである。答文では、第八識所変は必ず実用があるので、意解思惟観によって変現されたものが 仮法であるという前提に違すことになると答える。仮法となるのであるから、第八識の縁ずるところでは なく、本質を閥くので五識は縁じないとするのである。 第七問答もまた第六問答を承けている。ここでは﹁或第六所変﹂の義に准じれば五識が第六識を所杖と することに問題はないはずであると難じる。﹁或第六所変﹂の義とは﹃述記﹂(﹃大正﹄四三、五

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﹁必杖第八、或第六所変外質方起﹂に基いており、﹁同学紗﹄所収の論義の一つでもあるが、未転依の前五 識が第六識の所変を以て本質とするか否かということを問題としたものである。乙れに対して答文では ﹁必ず第八所変に杖る﹂の義をよしとしている。﹁彼の釈は定通の時の第二重の本質なり。五識の親所杖は 必ず第八なり。﹂とあるが、これは入定者の認識構造において語られていることを示している。簡単に述 べれば入定者の定心所変の定果色によって入定者の第八識が金を変じる。(初重)入定者の前五識がその 初重の相分を本質として自の相分を縁じる。(二重)所化の有情の第八識は二重の相分によって自の相分 を縁ずる(一二重)となる。つまり﹁或第六所変﹂は入定者の観点から諮られているものであり、本問答に おいては適さないとするのである。

(34)

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第 十 三 問 答 ︼ ︻ 原 文 ︼ ( 十 丁 右 二

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i、・ 起執一也其執ハ或五後意識或五倶意識不同 縁 之 辺 也 今 仮 想 金 開 眼 ↓ 見 之 一 又 可 准 * 山 之 一 眼 識 ハ 詫 根 一 一 見 テ 地 ↓ 不 見 金 イ 意 識 ハ 或 同 時 或 五 後 ニ 不 詫 根 一 可 見 金 イ 欺 尋 云 此 時 ノ 第 六 ハ 散 * 山 欺 * 山 定 欺 * 凹 答 開 眼 ↓ 見 外 色 ↓ 五 識 既 生 ス 打 任 テ ハ 是 可 散 心 一 然 由 定 所 引 一 故 出 定 ノ 第 六 猶 変 金 相 一 欺 尋 云 此 相 ヲ ハ 白 ノ ミ 見 之 一 欺 将 令 他 ヲ 見 一 欺 ︻ 翻 刻 ︼ 尋 云 彼 観 行 等 * 問 者 於 其 仮 ノ 金 相 一 一 只 心 中 ニ 思 念 其 相 一 許 欺 将 開 眼 ↓ 現 ニ 見 之 一 欺 答 観 行 成 熟 之 後 開 眼 ↓ 或 ハ 現 ニ 可 見 之 一 欺 尋 云 若 匁 既 詫 眼 根 一 一 白 根 門 一 見 之 一 五 識 何 不 縁 之 一 哉 * 別 答 開 眼 一 縁 色 ↓ 起 執 ↓ 凡 夫 常 事 也 彼 時 眼 識 宣 執 之 一 * 即 耶 * m 以 之 * 川 知 之 一 彼 ハ 白 根 門 雄 似 見 之 一 起 執 ↓ 之 辺 ハ 実 ニ ハ 不 詫 根 一 也 詫 根 一 一 之 辺 ハ 実 ニ ハ 不

(35)

③ ﹁答或唯自見或唯他見或倶見皆可有之欺如上成之 戸尋云令他見之時他人ノ識縁変之様如何 答 他 人 第 八 不 可 縁 之 一 仮 故 如 上 成 一 第 八 不 縁 一 故 他 人 ノ 五 識 亦 * 山 不 可 縁 之 一 只 引 他 人 第 六 ↓ 令 縁 之 其 相 仮 ニ シ テ 無 実 用 一 偏 第 六 ノ 仮 想 ノ ミ 品 也 尋 云 其 唯 自 唯 他 等 依 定 ノ 勝 劣 一 欺 如 何 * 回 答 其 不 同 ハ 或 依 定 勝 劣 或 依 定 前 ノ 加 行 意 楽 一 欺 但 唯 令 他 見 / 中 自 ハ 変 地 寸 見 地 ↓ 他 雄 変 地 ↓ 見 * 山 事 可 有 之 一 以 非 黄 見 黄 寸 可 准 ホ m 知 之 一 金 ハ 是 心 ノ 行解也其相ハ是当情現相也心中現地ノ相也 是 依 定 力 一 一 今 * 国 思 金 ↓ 也 是 ハ 尤 浅 近 也 野 干 等 ノ 趣 * 得 通 又 則 * m 此 分 斉 欺 次 令 他 ヲ シ テ 変 金 ノ 相 ↓ 心 中 現 是 金 相 也 然 自 ハ 猶 変 シ テ 地 ↓ 見 テ 地 ↓ 事 又 可 有 之 是 或 依 意 楽 一 不 自 見 一 或 依 定 力 ノ 劣 ナ ル ニ 不 及 自 見 一 欺 可 思 之 一 次 唯 自 見 之 中 或 ハ 意 楽 或 力 堪 タ ル 分 斉 也 但 * m 可 有 之 欺 此 中 ニ ハ 変 シ テ 地 ↓ 思 金 ↓ 浅 近 ノ

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也 、 之 M

ふ 乙

川 内

寸 一

ス低成訪

有 一 欺 次 自 他 倶 見 之 之 * m 類 ハ 必 * 出 自 在 ノ 人 欺 謂 自 変仮ノ金ヲ引テ他ノ第六↓令縁之他第六変仮金↓皆見金ト 也 ︻ 訓 読 ︼ 尋ねて云く。彼の観行等はその仮の金相に於て只だ心中にその相を思念するを許すか。将た眼を聞きて 現にこれを見るか。 答ふ。観行感熟の後、眼を聞きて或は現にこれを見るか。 尋ねて云く。若ししからば、既に眼根に詫して根門よりこれを見る。五識は何ぞこれを縁ぜざるや。 答ふ。眼を聞きて色を縁じ、執を起こすは凡夫の常事なり。彼の時、眼識は宣にこれを執するや。これ を以てこれを知るべし。彼は根門よりこれを見るに似たりと雄も、執を起こす辺は実には根に詫さざるな り。根に詫すの辺は実には執を起こさざるなり。その執は或は五後の意識と、或は五倶の意識の不同縁の 辺なり。今の仮想金は眼を聞きてこれを見る。又はこれに准ずべし。眼識は根に詫して地を見て金を見ず。 意識は或は同時、或は五後に根に詫せずして金を見るべきか。 尋ねて云く。この時の第六は散か定か。 答ふ。眼を聞きて外色を見る。五識既に生ず。打ち任せてはこれ散心なるべし。然るに定所引に由る故 に出定の第六は猶し金相を変ずるか。 尋ねて云く。この相をば自のみこれを見るか、将た他をして見せしむか。 答ふ。或は唯白見、或は唯他見、或は倶見、皆なこれあるべきか。上にこれを成ずるが如し。

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尋ねて云く。他をして見せしむるの時、他人の識の縁変の様は如何。 答ふ。他人の第八はこれを縁ずべからず。仮なるがゆえに。上に成ずるがごとし。第八は縁ぜざるが故 に他人の五識も亦たこれを縁、すべからず。只だ他人の第六を引きでこれを縁ぜしむなり。その相は仮にし て実用なし。偏に第六の仮想のみなり。 尋ねて云く。その唯自と唯他等は定の勝劣に依るか、如何。 答ふ。その不同は或は定の勝劣に依り、或は定前の加行意楽に依るか。但だ唯令他見の中、自は地を変 じて地と見、他は地を変ずると離も金と見る事はこれ有るべし。非黄見黄を以て准じてこれを知るべし。 金はこれ心の行解なり。その相はこれ当情現相なり。心中の現は地の相なり。これは定力に依りて今、金 と思わしむなり。とれは尤も浅近なり。野干等の趣は通を得る。又た則ちこの分斉なるか。次、他をして 金の相を変ぜしむ。心中の現は実にこれ金相なり。然に自は猶し地を変じて地と見る事、又これ有るべし。 これは或は意楽に依りて閏は見ず。或は定力の劣なるに依りて自の見に及ばざるか。これを思うべし。次、 唯目見の中、或は意楽、或は力の構えたる分斉なり。但だこれ有るべきなり。この中には地を変じて金と 思ふ浅近の類は有り難きか。次、問他倶見の類は必ず自在の人なるか。謂く自は仮の金を変じて他の第六 を引きてこれを縁ぜしむ。他の第六は仮金を変じて皆金と見るか。 門 解 説 回 以下、比較的簡略な問答群の後半、出定時の認識構造の検討に関する問答に入る。 第八問答では定中の観念上の金相であるのか、それとも限を開き出定の後も金相を見るのかという問が なされている。これに対し答文では観行が感熟した後には出定後にも金相を見るとしている。

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