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' 列 強 の 中 国 争 奪 戦 と 露 清 同 盟 密 約 日 清 戦 争 の 結 果 、 日 本 が 清 国 と の 講 和 条 約 に よ っ て 取 得 す る こ ど に な っ た 遼 東 半 島 が 三 国 干 渉 に よ っ て 、 庫 平 銀 三 千 万 両 の 代 償 の 下 に 清 国 に 還 附 さ れ る こ と に な っ た 。 と こ ろ が 、 列 強 は 、 こ の 三 国 干 渉 を 切 っ か け と し て 、 俄 然 弱 ま ヴ た 獲 物 の 清 国 に 対 し 露 骨 な 争 奪 を 開 始 し た 。 こ れ は 先 ず 、 清 国 が 日 本 に 負 う た 賠 償 金 の 調 達 に 、 英 独 仏 露 の 銀 行 団 が 薄 先 々 競 う て 引 受 参 加 す る と い う こ と か ら 始 め ら れ た 。 こ れ と 共 に 各 国 に よ っ て 夫 々 次 の よ う な 活 動 が 展 開 さ れ た 。 一 八 九 五 年 、 フ ラ ン ス は 、 先 ず 、 湧 湖 島 を 含 む 中 国 南 方 を ね ら い 、 結 局 ﹁ 中 国 領 の 雲 南 を 割 い て 仏 領 東 京 の 国 境 を 変 更 し た ほ か に 、 中 国 は フ ラ ン ス と の 商 業 の た め に 広 西 お よ び 雲 南 の 数 都 市 を 開 き 、 雲 南 、 広 西 お よ び 広 東 の 諸 君 に お い て 鉱 山 を 開 発 す る と き は 、 第 一 に フ ラ ン ス の 企 業 家 お よ び 技 師 に 依 頼 す べ き こ と を 約 し 、 安 南 に あ る 既 設 鉄 道 に 計 画 さ れ て い る そ の 他 の 未 設 鉄 道 を 中 国 領 内 に 延 長 す る 権 利 を フ ラ ン ス に 許 与 し た ﹂ ' ・ド イ ツ は 、 一 八 九 五 年 の 十 月 に 、 漢 口 と 天 津 と に お い て 二 つ の 利 権 提 供 の 保 証 を と り 、 更 に ま た 港 湾 の 譲 渡 に つ い て 清 国 に 交 渉 を 行 っ た 。 同 じ 年 、 イ ギ リ ス は 山 海 関 鉄 道 計 画 を 中 国 に す す め て 、 そ れ を 自 国 の 管 理 の う ち に 収 め 、 同 国 の 企 業 家 は 上 海 ・ 蘇 州 鉄 帝 国 主 義 的 列 強 の 中 国 争 奪 戦 と ロ シ ア の 対 満 進 出 ・ 一' 、 帝 国 主 義 的 列 強 の 中 国 争 奪 戦 と ロ シ ア の 対 満 進 出 二 . 道 の 建 設 を 行 っ た 。 同 年 春 、 ア メ リ カ 人 ブ ッ シ ュ ( uロ 蕊 7 ) は 、 資 本 金 二 億 五 千 万 ド ル を 擁 す る ﹁ ア メ リ カ の 一 流 鉄 道 会 社 、 汽 船 会 社 、 銀 行 家 の 代 表 者 よ り な る 極 め て 有 力 な シ ン ジ ケ ー ト ﹂ に お け る 尨 大 な 計 画 を 以 て 北 京 に 乗 込 み 関 係 方 面 と 折 衝 し た 。 す な わ ち そ の 計 画 に よ れ ば 、 右 の シ ン ジ ケ ー ト に よ っ て 資 本 金 百 万 ド ル の 米 中 開 発 会 社 (ぎ 窪 8 コ 〇 三 審 u ①邑 。 冒 ・箕 o ρ ) を 設 立 し そ れ は ﹁ 近 年 、 中 国 に お い て 当 然 工 事 請 負 の 行 わ れ る 諸 鉄 道 の 建 設 を 嚇 手 に 引 受 け る ﹂ こ と を 任 務 と す み 。 そ の 主 な 目 標 は 北 京 一 漢 口 お よ び 漢 ロ ー 広 東 間 の 鉄 道 で あ っ た が 、 こ の 場 合 、 中 国 本 土 の 鉄 道 系 統 を 満 洲 鉄 道 に よ っ て シ ベ リ ヤ 鉄 道 に 結 び つ け る こ と が 必 要 で あ る と し た 。 更 に プ ッ シ ュ は 、 全 体 の 計 画 を 実 現 す る た め に は 、 ロ シ ア と 協 定 し 、 満 洲 に お け る 鉄 道 工 事 を 自 分 で 引 受 け 、 か く し て ロ シ ア の 諸 計 画 の ﹁ 政 治 的 陰 謀 ﹂ と 結 び つ い た 危 険 か ら 中 国 を 救 い 出 し 、 こ の こ と に よ っ て 、 ア メ リ カ の 全 計 画 に 対 レ 、 中 国 が 同 意 し 易 い よ う に す る こ と が 必 要 で あ る と の 見 地 に 立 っ て い た 。 か く て 、 彼 は ポ コ チ ロ ー フ と カ シ ニ ー に 自 己 の 計 画 を 述 べ 、 前 述 の 会 社 の 株 式 や 社 債 の 取 得 に つ い て ロ シ ア 人 の 優 先 権 を 認 め ﹁ こ の 事 業 に お い て ロ シ ア の 最 も 信 頼 す べ き 同 盟 者 と な る ﹂ 幽 こ と を 提 言 し た 。 こ れ と 並 行 し て 彼 は 李 鴻 章 の 秘 書 官 と 交 渉 を 進 め 、 そ の 用 意 せ る 利 権 契 約 の 草 案 を 手 交 し た 。 だ が 、 こ の 草 案 の 中 で は 、 最 早 シ ベ リ ヤ 鉄 道 と 北 京 -広 東 鉄 道 と の 単 な る 連 絡 が 問 題 と さ れ て い た の で は な く 、 全 満 洲 の 平 和 的 征 服 が 問 題 と さ れ た 。 す な わ ち 、 鉄 道 は 遼 東 湾 の 何 れ か の 港 を 起 点 と し 牛 荘 一 奉 天 一 吉 林 一 斉 々 恰 爾 を 経 て シ ベ リ ヤ 鉄 道 の い ず れ か の 地 点 に 達 す る も の と 、 奉 天 か ら 朝 鮮 国 境 に 至 る も の と で あ る こ と 、 ま た 会 社 に は 満 洲 内 の 好 ま し い 地 点 と 鉄 道 と 接 壌 す る 蒙 古 の 諸 地 点 に お い て ﹁ 土 地 、 森 林 お よ び 鉱 山 ﹂ を 獲 得 す る 権 利 が 与 え ら れ る こ と 、 最 後 に 同 会 社 に 満 洲 に お け る 凡 ゆ る 鉄 道 建 設 に 対 し て 三 十 ケ 年 の 独 占 権 を 認 め る こ と 等 が 述 べ ら れ て あ っ た 。 こ の ア メ リ カ 人 の 提 案 は 、 政 治 的 に も 経 済 的 に も ロ シ ア 側 の ウ イ ッ テ の 計 画 と 全 く 相 容 れ ぬ も の で あ っ た 。 す な わ ち 、 ●
こ の 提 案 に よ れ ば 、, ロ シ ア は ウ ラ ジ オ ス ト ゾ ク に 達 す る 直 通 線 が 得 ら れ な い の み で な く 、 外 国 商 品 が 南 満 お よ び 朝 鮮 の 諸 港 を 経 て 直 接 満 洲 に 輸 入 さ れ る に 便 利 な 鉄 道 網 を 許 容 す る こ と に な る の で 、 ロ シ ア は こ の 協 定 に よ っ て 自 ら ロ シ ア の 経 済 的 支 配 圏 か ら 永 久 に 満 洲 を 失 う こ と に な る わ け で あ っ た 。 こ の 外 、 日 本 は 朝 鮮 湾 の 北 岸 お よ び 遼 東 半 島 に 鉄 道 敷 設 を 計 画 し 、 フ ラ ン ス は 前 記 の 通 り 安 南 内 地 に 鉄 道 敷 設 権 を 得 た ほ か 甘 粛 鉄 道 に 奔 走 し た 。 イ ギ リ ス は 前 述 の 如 く 上 海 ・ 蘇 州 鉄 道 の 建 設 に 参 加 し た 上 、 英 人 キ ン ダ ー は 既 に 北 京 . 天 津 鉄 道 建 設 の 指 図 者 に な っ て い た 。 こ の よ う な 、 情 勢 下 に 、 ウ ィ ッ チ は 、 次 の よ う な 見 解 を も つ に 至 っ た 。 す な わ ち ロ シ ア は ﹁ 必 要 上 、 ロ ツ ア の 経 済 的 競 争 者 の 所 ,為 に 倣 わ ね ば な ら な い 。 若 し 、 そ う し な け れ ば 、 満 洲, を 含 め て 北 支 諸 省 の 重 要 鉄 道 は 列 国 の 手 に 帰 し て し ま う 。 そ れ は ロ シ ア の 認 容 出 来 な い 所 で あ る 。 故 に 、 全 力 を 以 て 北 支 に お け る 鉄 道 網 の 獲 得 に 直 進 し な け れ ば な ら な い 。 ウ ラ ジ オ ス ト ッ ク 直 通 幹 線 が 、 一 旦 ロ シ ア の 手 に 帰 す る と き は 北 支 に お け る 如 何 な る 他 の 鉄 道 な い し 支 線 も 、 ロ シ ア の 同 意 な く し て は 建 設 さ れ な い で あ ろ う 。 ﹂ そ う な れ ば ﹁ 今 後 満 洲 に ロ シ ア の 経 済 的 勢 力 を 確 立 す る ま で は ﹂ 牛 荘 港 支 線 の 敷 設 を 許 さ ず 、 以 て 、 こ の 港 を 経 由 し て 外 国 商 品 が 中 国 内 に 愈 く 多 く 輸 入 さ れ る こ と を 防 ぐ こ と が 出 来 る 。 ロ シ ア は 、 対 外 的 必 要 か ら や む な く 、 満 洲 鉄 道 を 以 て 、 中 国 の 経 済 的 分 割 に 乗 り 出 し た と い う 。 満 洲 を ﹁ ロ シ ア の 経 済 的 勢 力 か ら 永 久 に ﹂ 逸 し な い よ う に 急 が ね ば な ら な い 。 そ れ は 単 に 満 洲 を 他 か ら 孤 立 し た 市 場 と し て 獲 得 す る だ け に 止 ま ら な い 。 同 時 に 、 満 洲 横 断 の 直 通 線 の ﹁ 政 治 的 ﹂ お よ び ﹁ 戦 略 的 ﹂ 意 義 は 、 こ の 線 が ザ バ イ カ ル 地 方 に 軍 事 基 地 を 設 け 、 そ こ か ら ﹁ 何 時 で も 最 短 距 離 に よ っ て ﹂ た だ に ウ ラ ジ オ ス ト ッ ク の み な ら ず 、 満 洲 の 何 れ の 地 点 に も 、 す な わ ち ﹁ 黄 海 沿 岸 へ も ﹂ ﹁ 清 国 の 首 府 に 近 い 所 へ も ﹂ 軍 隊 の 輸 送 を 可 能 な ら し め る 点 に あ る 。 然 ら ば 、 こ の 政 治 的 戦 略 的 関 係 に お い て も 、 ロ シ ア の 前 に 宏 大 な 展 望 が 開 け ﹁ 自 然 の 勢 ﹂ と し て 早 晩 、 ロ ジ ア の 支 線 を ﹁ 中 国 の 内 地 ﹂ に 敷 設 せ し め ず に お か な い で あ ろ う 。 こ れ が ロ シ ア 帝 国 主 義 的 列 強 の 中 国 争 奪 戦 と 臥 シ ア の 対 満 進 出 三 '
帝 国 主 義 的 列 強 の 中 国 争 奪 戦 と ロ シ ア の 対 満 進 出 四 の 最 高 首 脳 ウ ィ ッ チ の 見 解 で あ っ た 。 だ か ら 、 こ の 方 針 に 基 づ い て 出 先 た る 駐 清 公 使 カ シ ニ ー 伯 に 対 し て ﹁ 幹 線 に お い て も 補 助 的 な 満 洲 鉄 道 に お い て も そ の 利 権 の 許 与 は 、 ロ シ ア の 会 社 に 無 条 件 に 有 利 に な る よ う ﹂ に 努 力 す べ し と の 訓 令 が 発 せ ら れ た 。 北 京 に お け る カ シ ニ ー の 交 渉 は 一 向 に 進 展 し な か っ た が 、 一 八 九 六 年 春 に 、 ニ コ ラ イ 二 世 の 戴 冠 式 に 参 列 の た め ロ シ ア に 赴 い た 李 鴻 章 と ウ ィ ッ チ と の 間 に 交 渉 が 行 わ れ 、 遂 に 露 清 同 盟 密 約 の 締 結 に ま で 進 ん だ 。 こ れ よ り 先 き 、 北 京 駐 在 の カ シ ニ ー 公 使 を 通 じ て 清 国 政 府 に ロ シ ア 側 か ら 要 求 し て い た の は e 満 洲 通 過 鉄 道 の 敷 設 と ⇔ 軍 艦 碇 泊 用 の 不 凍 港 を ロ シ ア に 提 供 す る こ と で あ っ た 。 と こ ろ が 、 ウ ィ ッ チ と 李 鴻 章 と の 会 談 で 、 右 の 要 求 の う ち 、 ロ シ ア 軍 艦 の 碇 泊 港 の 問 題 は 、 次 の 問 題 す な わ ち 日 直 接 朝 鮮 と 接 壌 し 、 朝 鮮 よ り 大 陸 へ の 進 路 を 遮 ぎ る 満 洲 地 方 を ロ シ ア 鉄 道 の 勢 力 範 囲 に 包 含 す る こ と ⇔ 黄 海 の 不 凍 港 中 の 一 つ を ロ シ ア 鉄 道 系 と 結 び つ け る こ と レ こ の こ と は 、 と く に 、 ロ シ ア の ゲ ロ ジ 軌 幅 に よ る 場 合 は 、 不 可 避 的 に ロ シ ア を か か る 港 湾 の 事 実 上 の 主 入 た ら し め 、 軍 艦 碇 泊 港 問 題 を 政 治 的 お よ び 戦 略 的 に 最 も 慎 重 な 形 態 で 解 決 す る で あ ろ う 一 と い う 問 題 に す り か え ら れ た 。 李 鴻 章 は 、 満 洲 鉄 道 幹 線 の ロ シ ア 政 府 へ の 正 式 所 属 の 問 題 と そ の 南 満 支 線 の ゲ ー ジ の 問 題 で は 反 対 し た が 、 結 局 、 前 者 に つ い て は 、 鉄 道 敷 設 問 題 成 功 の 上 は 、 三 百 万 ル ー ブ ル を 李 鴇 草 に 酬 ゆ る と い う ウ ィ ッ チ の 約 束 に よ っ て 、 李 鴻 章 は 清 国 鉄 道 会 社 設 立 の 意 図 を 棄 て て 、 ロ シ ア 鉄 道 会 社 案 に 同 意 し ・た 。 ﹁ 黄 海 の 一 港 ﹂ に 達 す る 鉄 道 支 線 に 関 す る 交 渉 は ゲ ー ジ の 問 題 で 不 調 に 了 つ た 。 ゲ ー ジ 問 題 で 李 鴻 章 の 示 し た 抵 抗 は 、 こ の 問 題 は 、 ロ シ ア の 南 満 進 出 の 意 図 を 端 的 に 示 す も の で あ り 、 ﹂こ れ に 対 し て は 清 国 側 と し て 、 絶 対 に 譲 れ な い 限 界 を 表 明 し た も の と 見 ら れ る 。 . . こ の よ う に し て 一 八 九 六 年 露 暦 五 月 二 十 二 日 ( 六 月 四 日 、 括 弧 内 は 太 陽 暦 、 以 下 こ れ に 準 ず る ) の 露 清 同 盟 条 約 が 締 結 さ れ 、 .、 こ に ロ シ ア の 対 満 進 出 が 具 林 化 す る に 至 っ た 。
こ の 露 清 同 盟 条 約 は モ ス ク ワ 条 約 と も い わ れ 、 そ れ は 、 こ の 条 約 と 附 帯 し て 締 結 さ れ た 所 の 李 鴻 章 へ の 贈 賄 三 百 万 ル ー ブ ル の 支 出 を 規 定 し た 議 定 書 ( 一 八 九 六 年 露 暦 五 月 二 十 三 日 ) お よ び 同 年 露 暦 八 月 二 十 七 日 (九 月 八 日 ) の 鉄 道 利 権 契 約 (清 国 政 府 と 露 清 銀 行 間 ) と 共 に ⑮ 極 秘 の も の で あ っ た が 、 ロ シ ア 革 命 後 こ れ ら の 原 文 が 発 表 さ れ 、 ロ マ ノ フ の ﹁ 満 洲 に お け る ロ シ ア ﹂ に 全 文 が 掲 載 さ れ て い る 。 こ こ で は 真 数 に 制 限 が あ る の で 転 載 を 割 愛 せ ざ る を 得 な い 。 露 清 同 盟 条 約 を 検 討 し て 見 る と 、 こ の 同 盟 は 明 ら か に 、 朝 鮮 を 含 む 大 陸 へ の 日 本 の 進 出 を 完 全 に 阻 止 し 、 こ の 日 本 の 大 陸 侵 略 の 防 止 を 名 と し て シ ベ リ ヤ 鉄 道 の 満 洲 通 過 を 承 認 さ せ 、 ま た 戦 時 に は ロ シ ア 軍 艦 が 清 国 の 全 港 湾 を 使 用 す る 権 利 を 認 め し め た も の で あ っ た 。 か く て 、 一 八 九 一 年 シ ベ リ ア 鉄 道 建 設 宣 言 以 来 の ロ シ ア の 宿 望 は 、 こ の よ う な 形 に 仕 上 げ ら れ た わ け で あ る 。 ① 切 ﹀ ・ 勺 o 竃 農 o 塑 男 0 8 類 譲 切﹂ ヨ ρ。 出 田 ㌶ 冥 ℃ § ♂ あ 8 1 H 8 ρ ○ 港 ℃ 尻 笛 目 o 寓 8 0 ℃ 醤 = 切 器 巳 = Φ 跡 目 o ﹄ 属 目 閑 鵠 8 冨 o 員 ① ℃ 葵 密 旨 出 口﹂ ① 目 o 図 o = 竃 一 目 ① ℃ 器 ﹄ 葛 寓 や ﹄ ① 臣 胃 ℃ 自。 油 ・ ㊤ 卜。 。。 ・ ロ マ ノ ブ 著 ﹁ 満 洲 に お け る ロ シ ア ﹂ 山 下 義 雄 訳 ﹁ 満 洲 に 於 け る 露 国 の 利 権 外 交 史 ﹂ 一 一 七 i = = 頁 。 こ の 著 書 は 革 命 後 に 整 理 さ れ た 帝 政 ロ シ ア 政 府 の 外 交 文 書 、 電 報 、 御 前 会 議 議 事 録 等 の 豊 富 な 根 本 資 料 に 基 づ い た 最 も 権 威 あ る 研 究 で 、 一・ 々 そ の 資 料 を 明 示 し て い る が 、 以 下 、 ロ マ ノ フ の 著 書 の 訳 本 の 頁 数 を 示 す に と ど め る 。 原 書 は 今 日 で は 稀 観 図 書 で あ る 。 ⑪ ⑩ ⑨ ⑧ ⑦ ⑥ ⑤ ④ ③ ② ロ マ ノ フ 右 著 ロ マ ノ フ 右 著 ロ マ ノ フ 右 著 ロ マ ノ フ 右 著 ロ マ ノ フ 右 著 ロ マ ノ フ 右 著 ノ ニ ノ ァ 右 著 ロ マ ノ フ 右 著 ロ マ ノ フ 右 著 ロ マ ノ フ 右 署 ロ シ ア 問 題 研 究 所 訳 ﹁ 露 西 亜 帝 国 満 洲 侵 略 史 ﹂ 九 五 頁 。 山 下 氏 訳 本 山 下 氏 訳 本 山 下 氏 訳 本 山 下 氏 訳 本 山 下 氏 訳 本 山 下 氏 訳 本 山 下 氏 訳 本 山 下 氏 訳 本 山 下 氏 訳 本 一 三 八 頁 つ 一 四 一 、 一 四 二 、 } 三 八 頁 。 = 一 一一 二 頁 。 一 三 三 、 一 四 二 、 一 四 四 頁 . 一 五 二 頁 。 一 四 二 頁 。 ロ シ ア 問 題 研 究 所 訳 本 一 〇 五 、 一 〇 六 頁 。 一 四 三 頁 。 ロ シ ア 問 題 研 究 所 訳 本 一 〇 七 頁 。 = 二 四 頁 。 ロ シ ア 問 題 研 究 所 訳 本 一 〇 二 、 一 〇 三 百 佑 一 四 三 頁 。 ロ シ ア 問 題 研 究 所 訳 本 一 〇 七 頁 。 ロ シ ア 問 題 研 究 所 訳 本 一 二 〇 頁 。 帝 国 主 義 的 列 強 の 中 国 争 奪 戦 と ロ シ ア の 対 満 進 出 隔 五, '
帝 国 主 義 的 列 強 の 中 国 争 奪 戦 と ロ シ ア の 対 満 進 出 ・ 六 ⑫ ロ マ ノ フ 右 著 山 下 氏 訳 本 一 五 二 、 一 五 三 頁 。 ロ シ ア 問 題 研 究 所 訳 本 = = 頁 。 ⑬・ ⑭ ロ マ ノ フ 右 著 山 下 氏 訳 本 一 八 一 頁 。 ロ シ ア 問 題 研 究 所 訳 本 一 四 二 頁 。 ⑮ ロ マ ノ フ 右 著 ロ シ ア 問 題 研 究 所 訳 本 ︼ ︼ 六 1 一 一 八 頁 。 な お 李 鴇 草 に 贈 る 三 百 万 ル ー ブ ル の 支 出 を 規 定 し た 議 定 書 の 全 文 は 右 訳 本 ﹂ = 一二 、 一 二 三 頁 に 載 っ て い る 。 、 二 列 強 の 争 奪 と ロ シ ア .の 南 満 進 出 上 述 の 如 く 一 八 九 六 年 五 月 (露 暦 ) の 露 清 同 盟 密 約 で シ ベ リ ヤ 鉄 道 の 満 洲 通 過 が 決 定 さ れ 、 更 に 露 暦 八 月 の 清 国 政 府 と 露 清 銀 行 と の 利 権 契 約 に よ っ て 、 こ の 鉄 道 建 設 に 附 帯 す る 利 権 譲 渡 が 具 体 化 し 、 建 設 の 実 質 的 主 体 た る 東 清 鉄 道 会 社 の ロ シ ア 政 府 に よ る 独 占 的 株 式 引 受 も 十 二 月 に 終 了 し 、 露 暦 十 二 月 二 十 七 日 に 会 社 の 創 立 を 見 た 。 こ こ に 鉄 道 建 設 に 関 す る 一 切 の 機 構 が 完 備 す る に 至 っ た 。 し か し 、 満 洲 鉄 道 の 建 設 は 仲 々 着 手 さ れ な か っ た 。 測 量 作 業 に 従 事 し た の は 一 八 九 七 年 の 八 月 末 で あ り 、 実 際 の 建 設 に 着 手 ← 允 の は 翌 年 の 六 月 で あ る 。 と こ ろ が 、 道 の 間 に 、 満 洲 の ロ シ ア 植 民 地 化 に 決 定 的 影 響 を 及 ぼ し た 所 の ロ シ ア に よ る 遼 東 半 島 (大 連 、 旅 順 を 中 心 と す る ) の ﹁ 奪 取 ﹂ と 南 満 洲 鉄 道 敷 設 権 の 獲 得 と い う 大 き な 変 化 が 生 じ た 。 先 に 述 べ た 一 八 九 五 年 春 の ウ ィ ッ チ ・ 李 鴻 章 会 談 に も 現 わ れ て い る よ う に 、 当 時 ・ロ シ ア の 極 東 外 交 の 方 針 は 、 e 北 満 に お い て は 、 ウ ラ ジ オ ス ト ッ ク に 至 る 通 過 鉄 道 を 求 め 、 ⇔ 朝 鮮 に お い て は 、 朝 鮮 を 完 全 に 併 呑 す る た め の 捷 路 を 求 め 、 ⇔ 南 満 洲 に お い て は 不 凍 港 に 達 す る 出 口 を 求 め る と い う に あ っ た 。 第 一 の 方 針 は 一 八 九 六 年 露 清 同 盟 条 約 に 結 実 し た 。 第 三 の 方 針 は ウ ィ ッ チ の 努 力 に も 拘 ら ず 、 こ の 条 約 に 実 を 結 ば せ る こ と が 出 来 な か っ た 。 、 第 二 の 方 針 は 、 日 清 戦 争 お よ び そ の 直 後 に お い て 朝 鮮 に 進 出 し た 日 本 勢 力 を 圧 倒 す る ( 一 八 九 六 年 春 の y ロ シ ア 側 の 進 出 と し て 現 わ れ た 。 す な わ ち 、 一 八 九 六 年 五 月 二 日 (十 四 日 ) の 京 城 に お け る 日 露 覚 書 お よ び 同 年 五 月 二
十 八 日 ( 六 月 九 日 ) の ロ バ ー ソ フ ・ 山 縣 の モ ス コ ー 議 定 書 に 第 一 歩 の 成 功 的 な 結 実 を 見 た 。 山 縣 は 日 本 の 形 勢 不 利 を 挽 回 せ ん と し て 始 め 三 八 度 線 に よ る 日 露 の 朝 鮮 分 割 を 提 議 し た が 、 ロ シ ア 側 は ﹁ 朝 鮮 は そ の 地 理 的 、 政 治 的 条 件 か ら し て 大 ロ シ ア 帝 国 の 将 来 の 構 成 部 分 た る 運 命 を も て る も の と し て 吾 々 に よ っ て 予 定 さ れ て い た 。﹂ 然 る に 今 ﹁ 朝 鮮 半 島 の 南 端 を 条 約 に よ っ て 日 本 に 譲 渡 す と す れ ば 、 ロ シ ア は 正 式 に 永 久 に 、 戦 略 お よ び 海 軍 々 事 関 係 か ら 見 て 朝 鮮 の 最 も 重 要 な る 地 方 を 抛 棄 し 、 か く し て 将 来 に 於 け る 自 己 の 行 動 の 自 由 を 好 ん で 束 縛 す る も の で あ る ﹂ と い う 見 解 の 下 に 、 日 本 側 の 提 議 を 拒 絶 し た 。 そ し て 、 一 方 、 日 本 の 朝 鮮 、 満 洲 等 へ の 進 出 を 徹 底 的 に 阻 止 す る こ と を 目 的 と し た 露 清 同 盟 を 結 ぶ と 共 に 、 他 方 、 ﹁日 本 に 対 し て は 朝 鮮 の ﹁ 艮 本 よ り の ﹂ 独 立 を 確 保 し 、 ロ シ ア の 進 出 の 途 を 開 い た 前 記 の モ ス コ ー 議 定 書 へ の 調 印 を 求 め た 。 こ の よ う に 、 日 本 勢 力 が 朝 鮮 か ら の 後 退 を 余 儀 な く さ れ た の に 対 し 、 一 八 九 六 年 春 に は 、 ア メ リ カ が 韓 国 王 に 迫 っ て 京 仁 線 鉄 道 の 最 初 の 利 権 を 得 、 而 も 朝 鮮 鉄 道 の 軌 幅 を ヨ ー ロ ッ パ 式 の 四 眼 半 と す る 勅 命 ( } 八 九 六 年 七 月 三 日 ) を 発 せ し め た 。 ま た フ ラ ン ス の 円 く 。 ω ピ 目 Φ 会 社 が 京 城 よ り 凡 ゆ る 方 向 に 至 る 鉄 道 利 権 を 請 願 し た が 、 . ロ シ ア の 反 対 に よ っ て 成 功 せ ず 、 結 局 フ ラ ン ス は 京 義 線 の 利 権 を 得 た に 過 ぎ な か っ た 。 而 も ロ シ ア は 、 朝 鮮 政 府 に 対 し て 狭 軌 採 用 に 関 す る 七 月 三 日 (露 暦 ) の 勅 令 の 撤 廃 を 要 求 し 、 改 め て ロ シ ア 式 の 広 軌 採 用 を 命 ず る 勅 命 を 公 布 せ し め 編 。 こ こ に も 前 述 せ る ロ シ ア の 極 東 外 交 の 第 二 の 方 針 が 貫 ぬ か れ て い る 。 と こ ろ が 東 清 鉄 道 会 社 の 最 初 の 理 事 会 ( 一 八 九 七 年 露 暦 一 月 十 二 日 ) に お い て も 、 東 清 鉄 道 よ り 黄 海 の 一 不 凍 港 至 る に ま で の 広 軌 鉄 道 の 建 設 認 可 申 請 の 問 題 が と り あ げ ら れ て 論 議 さ れ た が 、 諸 搬 の 事 情 よ り し て ﹁ 当 分 は こ の 支 線 が 朝 鮮 の 一 港 湾 に い こ う が 、 南 満 洲 の 一 港 湾 に い こ う が ⋮ ⋮ 支 線 敷 設 問 題 は 両 方 に 角 を 生 や し た 形 態 の ま ま で ﹂ 解 決 が 留 保 さ れ ざ る を 得 な か っ た 。 そ れ は 、 よ り 大 き な 外 交 的 解 決 を 待 つ 外 な か っ た の で あ る コ そ の 後 、 外 交 的 に は 朝 鮮 経 由 の 海 洋 進 出 線 と ハ 遼 東 半 島 経 由 の 海 洋 進 出 線 の 問 題 が 幾 度 と な く と り あ げ ら れ た が 、 更 に 帝 国 主 義 的 列 強 の 中 国 争 奪 戦 と ロ シ ア の 対 満 進 出 ・ 七 9
帝 国 主 義 的 列 強 の 中 国 争 奪 戦 と ロ シ ア の 対 満 進 出 八 ロ シ ア の 極 東 外 交 の 問 題 と し て 山 海 関 経 由 の 満 文 連 絡 線 が 穏 密 に 或 は 露 わ に と ワ あ げ ら れ て 来 た 。 例 え ば 一 八 九 七 年 春 に 、 北 京 に 行 く 露 清 銀 行 総 裁 の ウ フ 干 ム ス キ ー 侯 に 対 す る π シ ア 政 府 の 訓 令 は 次 の 如 き も の を 主 と L た 。 e 満 洲 幹 線 の 謂 わ ゆ る 南 部 線 分 敷 設 許 可 を 清 国 よ り 獲 得 す る こ と 。 ⇔ 天 津 よ り 山 海 関 経 由 錦 州 に 至 る 清 国 の 予 定 線 と 東 清 鉄 道 を 連 絡 す る ロ ツ ア 鉄 道 の 敷 設 の 問 題 に 対 し て 清 国 政 府 が 如 何 な る 態 度 に 出 , る か 。 ま た 幹 線 よ り 朝 鮮 の 一 港 に 至 る 鉄 道 敷 設 に 対 し 、 清 国 が 同 意 す る か ど う か を 確 め る こ と 。 と こ ろ が 、 清 国 側 は 、 南 部 支 線 に つ い て も 、 朝 鮮 港 連 絡 線 に つ い て も 、 取 り 合 わ な か っ た 。 次 に 、 山 海 関 経 由 の 鉄 道 に つ い て は 、 錦 州 以 北 に 中 国 側 が 鉄 道 建 設 の 意 図 が な く 、 ま た 他 の 如 何 な る 国 に も 同 様 の 利 権 を 附 与 し な い 旨 言 明 し た 。 然 る に ウ フ ト ム ス キ ー が 露 国 へ 去 る や 否 や 、 李 鴻 章 は 、 直 ぐ 国 庫 金 を 以 て す る 山 海 関 -吉 林 鉄 道 建 設 着 手 を 奏 議 し 、 六 月 十 九 日 裁 可 を 得 た 。 鉄 道 の 総 裁 と し て 中 国 鉄 道 建 設 に 十 五 年 の 経 験 あ り ﹁ 英 国 技 師 キ ン ダ ー の 勢 力 下 に 在 る こ と 疑 い な き 香 、 ⑨ 上 銀 行 派 と し て 有 名 な 湖 焔 券 が 任 命 さ れ た 。 ﹂ そ こ で ﹁ 北 京 に お い て 、 露 国 の 代 表 者 は 、 北 直 隷 湾 に 至 る 露 国 鉄 道 に 、 英 国 人 の 勢 力 を 固 め る 直 接 的 の 危 険 を 排 除 す る 応 急 的 手 段 を 採 っ た 。 ﹂ す な わ ち 山 海 関 以 北 の 鉄 道 建 設 に 、 イ ギ リ 入 の 参 加 を 許 し て は な ら な い と い う 厳 重 な 抗 議 書 を 提 出 す る と 共 に 、 李 鴻 章 と 湖 橘 券 の 両 人 に 強 硬 に 説 明 し 、 鉄 道 建 設 費 は 露 清 銀 行 で 小 借 款 を 与 え る こ と お よ び 清 国 側 は イ ギ リ ス 銀 行 へ の 金 融 の 依 頼 を 放 棄 す る こ と と い う こ と で 落 付 い た 。 然 る に 、 } 八 九 七 年 九 月 (露 暦 ) に は 、 清 国 側 の 招 き に よ っ て 、 イ ギ リ ス の プ リ チ ャ ー ド ・ モ ル ガ ン 商 会 の 代 表 と し て 米 人 技 師 が 、 鉱 山 の 探 査 の た め 北 京 か ら 満 洲 に 出 発 し 、 遼 陽 、 奉 天 、 鳳 鳳 城 お よ び 通 化 縣 間 の 全 地 域 に 亘 っ て 、 実 地 踏 査 を 行 い つ つ あ っ た 。 さ れ ば 、 ロ シ ア と し て は 、 こ の よ う な 絶 え ざ る 脅 威 か ら 金 満 市 場 の 排 他 的 支 配 を 確 保 す る た め 、 満 洲 の 門 戸 閉 鎖 政 策 を 焦 眉 の 問 題 と せ ざ る を 得 な か っ た 。 こ の 時 、 恰 度 、 山 東 に お い て ド イ ツ の カ ト リ ッ ク 宣 教 師 の 殺 害 事 件 が お こ り 、 こ れ を 口 実 に 予 て か ら 計 画 し て い た ド イ
G ツ の 膠 州 湾 占 領 が 行 わ れ た 。 そ れ は 一 八 九 七 年 の 十 一 凋 で あ っ た 。 十 二 月 、 李 鴻 章 は 、 ロ シ ア の 鉄 道 、 鉱 山 等 の 諸 要 求 を 容 れ る こ と を 約 し て 、 ロ シ ア の 援 助 を 乞 う こ と と な っ た 。 こ れ よ り さ き 、 ロ シ ア は 旅 順 口 、 大 連 湾 の 占 領 を 決 定 し て い た の で 、 李 鴻 章 か ら の 乞 援 を 幸 と し て 、 清 国 を 援 け る と い う こ と で 、 軍 艦 の 旅 順 口 入 港 を 十 二 月 三 日 ( 十 五 日 ) に 敢 行 し 、 続 い て 大 連 湾 へ の 入 港 も 行 っ た 。 こ の 旅 順 口 入 港 に つ い で は ・ ロ シ ア は 前 日 ド イ 臥 の 了 解 を 求 め て い 転 。 と こ ろ が 、 十 二 月 二 日 ( 十 四 日 ) に 李 鴻 章 は 、 日 本 に 対 す る 賠 償 金 の 残 額 支 払 い に 要 す る 一 億 両 の 新 借 款 に つ い て 、 前 と 同 様 ロ シ ア 政 府 の 保 証 を 得 た い と 要 請 し て い た 。 そ こ で 、 ロ シ ア は 、 こ の 機 会 を と ら え 、 十 二 月 四 日 (十 六 日 ) す な わ ち 旅 順 ロ 入 港 の 翌 日 、 北 京 駐 在 の 露 清 銀 行 代 理 人 ポ コ テ イ ロ フ に 対 し て ﹁ 李 鴻 章 の 要 請 せ る 借 款 の 条 件 と し て 、 e 満 洲 の 三 省 お よ び 蒙 古 に お け る ロ シ ア の た め の 鉄 道 お よ び 産 業 に 関 す る 独 占 権 、 ⇔ 東 清 鉄 道 会 社 に 対 す る 同 鉄 道 幹 線 よ り 同 鉄 道 管 理 局 が 営 口 以 東 の 黄 海 沿 岸 に お い て 選 定 す る 一 港 湾 ま で の 支 線 敷 設 権 、 ⇔ こ の 湾 内 に お い て ロ シ ア 国 旗 を 掲 揚 す る 一 切 の 船 艦 が 入 港 し 得 る 港 の 建 設 権 の 許 与 方 を 清 国 政 府 に 要 求 す べ し ﹂ と の 訓 電 を 発 し た 。 更 に 、 翌 一 八 九 八 年 一 月 十 一 日 の パ ウ ロ フ に 対 す る 訓 電 に お い て は ﹁ 海 関 税 収 入 以 外 に 、 束 清 鉄 道 附 属 の 陸 地 税 関 お よ び 満 洲 三 省 に お け る 一 般 陸 地 税 関 の 収 入 並 び に 全 塩 税 収 入 を 以 て 借 款 の 担 保 と な す べ し ﹂ と い う 要 求 が 含 ま れ て い た 。 と こ ろ が 以 前 、 清 国 側 か ら の 借 款 の 依 頼 に 望 み な き 態 度 さ え 示 し た イ ギ リ ス は 、 一 月 十 一 日 に は 、 清 国 政 府 に 対 し 、 ロ シ ア よ り も 有 利 な 借 款 引 受 の 提 議 を な し 、 次 い で そ の 交 換 条 件 と し て 大 連 湾 を 通 商 港 と な す こ と を 求 め た 。 こ れ は ロ シ ア 側 の 満 、 蒙 の 排 他 的 独 占 化 の 要 求 に 対 し 、 こ れ を 排 し 、 イ ギ リ ス が 圧 倒 的 優 位 を 占 む る 貿 易 に 大 連 従 っ て 満 洲 を 開 放 せ し め よ う と す る も の で あ っ た 。 か く て 英 露 の 借 款 引 受 の 押 売 は 相 互 に 排 他 的 で あ り 、 脅 迫 的 と な っ て 来 た 。 清 国 は 、 始 め 両 者 を 天 秤 に か け ん と し た が 、 今 は 全 く 窮 地 に 陥 っ て 双 方 に 対 し て 、 借 款 の 依 頼 を 取 消 す よ り 外 な き 旨 を 言 明 し た 。 と こ ろ が 、 イ ギ リ ス は こ れ に 対 し て 、 借 款 破 棄 の 責 任 を 問 い 、 賠 償 と し て イ ギ リ ス 船 の 中 国 に お け る 内 河 川 の 航 行 、 揚 子 江 地 域 帝 国 主 義 的 列 強 の 中 国 争 奪 戦 と ロ シ ア の 対 満 進 出 九
帝 国 主 義 的 列 強 の 中 国 争 奪 戦 と ロ シ ア の 対 満 進 出 、 一 〇 の 不 割 譲 、 南 寧 、 湘 潭 の 開 港 を 脅 迫 的 に 要 求 し た 。 清 国 は 南 寧 、 湘 潭 に 対 し 岳 州 を 以 て 換 え ん こ と を 求 め た だ け で こ れ に ゆ 屈 譲 の 已 む な き に 至 っ た 。 後 に 、 借 款 は イ ギ リ ス 系 の 匿 豊 銀 行 ( 香 上 銀 行 ) で 成 立 し 、 右 の 他 イ ギ リ ス 人 の 総 税 務 司 常 任 の 利 権 を 獲 得 し た 。 ロ シ ア は 、 こ れ に つ い て は 、 態 度 を 豹 変 し 、 寧 ろ ﹁ 清 国 の イ ギ リ ス と の 借 款 を 締 結 す る こ と を 妨 害 せ ざ る の み か 、 却 っ て イ ギ リ ス を し て 清 国 に 対 し て 提 議 せ る 条 件 を 緩 和 せ し む る よ う ロ シ ア が 援 助 す る ﹂ と い う 風 に 出 て 、 清 国 側 に 恩 を 売 る と 共 に 、 次 の 行 動 -遼 東 半 島 の 租 借 に つ い て イ ギ リ ス の 容 喙 せ ざ る よ う 暗 に 求 む る 所 が あ っ た の で あ ㊥ ` . ' る 。 借 款 は 結 局 、 雁 豊 銀 行 の 外 に ド イ ツ 系 .の 徳 華 銀 行 で も 成 立 し 、 三 月 一 日 に 調 印 さ れ た が 、 そ の 翌 々 日 ロ シ ア は 、 他 国 の 侵 略 に 対 し て 中 国 を 援 け て 満 洲 を 保 護 す る と い う 名 目 で 、 旅 順 口 、 , 大 連 湾 の 租 借 と 旅 順 口 に 至 る 東 清 鉄 道 支 線 の 敷 設 権 を 要 求 し 、 三 月 二 十 七 日 を 期 限 と し て 強 引 に 調 印 を 迫 っ た 。 清 国 側 は 色 々 と 別 な 提 案 を な し て 、 こ の 要 求 を さ け よ う と し た が 、 ロ シ ア の 態 度 は 強 硬 で 一 歩 も 譲 ら な か っ た 。 そ し て ロ シ ア の 提 議 せ る 旅 順 口 、 大 連 湾 租 借 条 約 は 期 限 通 り 三 月 二 十 七 日 に 調 印 さ れ た 。 ウ ィ ッ チ は ﹁ 回 想 記 ﹂ で 旅 順 口 、 大 連 湾 租 借 条 約 が ロ シ ア の 希 望 通 り に 締 結 さ れ た の は 西 彼 が 李 鴻 章 、 張 蔭 桓 に 贈 賄 し た 結 果 で あ る と 述 べ て い る 。 一 八 九 八 年 三 月 二 十 七 日 に 締 結 さ れ た 旅 順 口 、 大 連 湾 租 借 条 約 は 、 旅 順 口 、 大 連 湾 を こ れ に 接 達 す る 附 近 の 海 面 と 共 に 、 ・二 十 五 年 を . 期 限 と し て 租 借 す る 権 、 お よ び そ の 満 期 後 ロ シ ア 、 中 国 両 国 の 商 議 の 上 こ れ を 続 相 す る 権 を ロ シ ア に 許 す こ と (第 一 条 、 第 三 条 ) 、 旅 順 口 、 大 連 湾 租 地 の 境 界 は 大 連 湾 以 北 、 該 租 地 の 陸 地 方 面 に お け る 防 護 が 十 分 に 確 保 せ ら る る た め 必 要 な 距 離 に 及 ぶ こ と (第 二 条 ) 、 租 地 お よ び 附 近 海 面 の 陸 海 軍 軍 事 統 帥 権 お よ び 最 高 の 民 治 行 政 権 は 全 然 ロ シ ア 官 憲 に 譲 与 す る こ と (第 四 条 ) 、 旅 順 口 は 専 ら 軍 港 と し て ロ シ ア 、 清 国 両 国 の 艦 船 に 限 っ て 享 用 す る こ と を 得 る こ と 、 他 国 の 軍 艦 商 船 に 対 し て は 不 開 港 た る こ と 、 大 連 湾 に 関 し て は 、 湾 内 の 一 港 は 旅 順 口 同 様 、 ロ シ ア 、 清 両 国 の 艦 隊 の 専 用 と す る 外 は 、 こ れ を 通 商 港 と な し 、 各 国 商 船 の 自 由 入 港 を 許 す こ と (第 六 条 ) 、 を 規 定 し 、 第 七 条 で は 、 砲 台 を 含 む 軍 事 施 設 と 港 湾 施 設 に つ い て 規 定 し 、 第 八 条 に お い て 清 国 は 一 八 九 六 年 東 済 鉄 道 に 対 し て 譲 渡 し た 利 益 を 、 東 清 9
' 鉄 道 幹 線 の 一 駅 よ り 大 連 湾 ま で 敷 設 せ ら る べ き 支 線 お よ び 必 要 と 認 定 せ ら る る 場 合 、 営 口 よ り 鳴 緑 江 口 ま で の 遼 東 半 島 沿 岸 の 比 較 的 便 利 な る 大 運 湾 似 外 の 地 点 ま で 敷 設 せ ら る べ ぎ 支 線 に 及 ぼ す こ と 、 清 国 政 府 、 露 清 銀 行 間 の 契 約 の 各 規 定 も こ れ ら の 支 線 に 適 用 せ ら る る お こ と 等 が 規 定 さ れ て い る 。 な お 、 右 の 条 約 で ﹁ 営 口 よ り 鴨 緑 江 口 ま で ﹂ の 鉄 道 敷 設 権 を 認 め し め た の は 、 前 か ら ロ シ ア の 極 東 外 交 の 懸 案 だ っ た 朝 の 鮮 経 由 海 洋 進 出 線 へ の 具 体 的 前 進 を 意 味 す る も の で あ っ た 。 ` ﹂ か く の 如 く 、 .一 八 九 七 年 十 一 月 ド イ ツ の 膠 州 湾 占 領 を き っ か け と し て 列 強 の 中 国 争 奪 戦 は 俄 か に 活 況 を 呈 し 、 先 ず ロ シ ア が 遼 東 半 島 の 奪 取 に 進 み 、 イ ギ リ ス は 対 岸 の 威 海 衛 を 租 借 し て こ れ を 牽 制 し 、 更 に 楊 子 江 流 域 の 不 割 譲 、 香 港 背 後 地 の 獲 得 を 強 行 し た 。 フ ラ ン ス は 海 南 島 の 不 割 譲 、 鉄 道 の 諸 利 権 の 獲 得 お よ び 広 州 湾 の 租 借 を 要 求 し 、 日 本 は 福 建 省 お よ び そ ゆ の 沿 岸 地 方 の 不 割 譲 を そ れ ぞ れ 要 求 し て 成 功 を お さ め た 。 最 後 に 今 ま で 中 国 に 何 ん の か か り 合 い の な い イ タ リ ー ま で が 、 分 け 前 に 与 ろ う と し て 要 求 を 呈 出 し 、 清 国 に 拒 絶 さ れ て 退 い た の は 寧 ろ 喜 劇 で あ っ た 。 争 奪 戦 は こ の 様 に 花 々 し く 展 開 し た の で あ る が 、 こ の う ち で も ロ シ ア の 南 構 造 出 は な ん と し て も 最 も 大 規 模 で あ り 、 且 つ 最 も 強 引 な も の で あ っ た こ と は 否 定 出 来 な い 。 さ れ ば 三 国 干 渉 以 来 全 く 熱 湯 を 呑 ま さ れ 通 し の 日 本 は 勿 論 、 敵 対 的 地 位 に あ っ た イ ギ リ ス お よ び 実 質 的 進 出 の 機 会 を 得 な か っ た ア メ リ カ 等 は ロ シ ア に 対 し 愈 ζ 敵 対 的 勢 力 を 結 集 し て 行 っ た 。 か く て 次 に 展 開 す る 日 英 同 盟 、 日 露 戦 争 お よ び ア メ リ カ に よ る 日 露 調 停 へ の 途 が 形 成 さ れ て 行 っ た の で あ る 。 ① ロ マ ノ フ 前 掲 著 山 下 氏 訳 二 二 二 頁 。 ② 矢 野 仁 一 著 ﹁近 代 満 洲 史 ﹂ 二 四 七 頁 。 ③ ロ マ ノ フ 右 著 山 下 氏 訳 本 一 九 八 頁 。 ロ シ ア 問 題 研 究 所 訳 本 ④ ⑤ ロ マ ノ ブ 右 著, 山 下 氏 訳 本 一 九 四 頁 。 ロ シ ア 問 題 研 究 所 訳 本 ア 問 題 研 究 所 訳 本 ﹁ 列 強 対 満 工 作 史 ト 上 巻 四 一 頁 に も ふ れ て い る 。 帝 国 主 義 的 列 強 の 中 国 争 奪 戦 と ロ シ ア の 対 満 進 出 一 五 五 頁 。 一 五 二 頁 。 山 県 の 交 渉 に つ い て は 、 ザ エ ・ ア ヴ ア リ ン 著 ﹁ 帝 国 主 義 と 満 洲 ﹂ ロ シ 一 一
⑳ ⑳ ⑱ ⑳ ⑳ ⑳ ⑲ ⑱ ⑰ ⑯ ⑮ ⑭ ⑬ ⑫ ⑪ ⑩ ⑨ ⑧ ⑦ ⑥ 帝 国 主 義 的 列 強 の 中 国 争 奪 戦 と ロ シ ア の 対 活 造 出 口 マ ノ ブ. 右 著, ロ マ ノ フ 右 著 ロ マ ノ ブ 右 著 ロ マ ノ フ 右 著 ロ マ ノ フ 右 著 ロ マ ノ フ 右 著 ロ マ ノ フ 右 著 矢 野 氏 仁 一 著 ﹁ 満 洲 近 代 史 ﹂ 矢 野 氏 矢 野 氏 矢 野 氏 矢 野 氏 矢 野 氏 矢 野 氏 . 矢 野 氏 矢 野 氏 矢 野 氏 矢 野 氏 ヴ ェ 右 右 右 右 右 右 右 右 右 右 書 書 善 書 書 書 誓 書 書 書 山 下 氏 訳 本 山 下 氏 訳 本 山 下 氏 訳 本 山 下 氏 訳 本 山 下 氏 訳 本 山 下 氏 訳 本 山 下 氏 訳 本 一三 五 ・ 一 三 八 頁 Q 一 三 九 頁 。 二 一一 = 頁 ゆ 二 三 一 頁 。 二 三 二 頁 つ 二 三 四 頁 。 一 = 二 七 、 二 四 二 頁 コ ニ 四 五 、 二 〇 四 、 二 〇 五 頁 。 ロ シ ア 問 題 研 究 所 訳 本 一 六 一 、 二 二 八 。 ロ シ ア 問 題 研 究 所 訳 本 一 七 八 、 一 七 九 頁 。 一 ; = 頁 ゆ ロ シ 7 開 題 研 究 所 訳 本 一 八 一 頁 Q 二 三 五 頁 g ロ シ ア 問 題 研 究 所 訳 本 一, 八 五 頁 。 二 三 八 頁 。 ロ シ ア 問 題 研 究 所 訳 本 . 一 八 八 頁 コ ニ 三 八 、 二 三 九 頁 。 ロ シ ア 問 題 研 究 所 訳 本 一 八 八 、 二 三 九 、 二 四 〇 頁 。 ロ シ ア 問 題 研 究 所 訳 本 一 八 九 、 二 二 四 頁 。 -二 二 六 頁 。 ロ マ ノ フ 舳別 掲 書 ・ ア ヴ ア リ ソ 著 ﹁ 帝 国 主 義 ど 満 洲 ﹂ 既 に 述 べ た よ う に 、 等 の 列 強 に よ る 露 骨 な 帝 国 主 義 的 侵 略 が 展 開 し た が 、 一 六 二 頁 。 天 九 頁 ・ 一 九 〇 頁 。 一 二 ㌧ 二 三 八 頁 Q 二 四 六 頁 。 山 下 氏 訳 本 二 七 六 、 二 七 七 頁 。 ロ シ ア 問 題 研 究 所 訳 本 ﹁ 列 強 対 満 工 作 史 ﹂ 上 巻 五 三 頁 。 三. 団 匪 事 変 一 ロ シ ア の 満 洲 占 領 一 日 露 戦 争 一 八 九 七 年 十 一 月 下 イ ツ の 膠 州 湾 占 領 を 切 っ か け ど し で 、 ド イ ツ 、 ロ シ ア 、 イ ギ リ ス 、 フ ラ ン ス こ れ は 中 国 人 民 の 憤 激 を か っ て 遂 に 一 九 〇 〇 年 義 和 拳 匪 の 乱 を 勃 発
せ し あ た 。 始 め こ の 鎮 圧 の た め 出 動 し て い た 清 朝 官 軍 も や が て こ れ 、に 和 し 、 ま た 清 朝 内 に 強 い 勢 力 を も っ て い た 端 部 王 一 む 派 も こ れ に 連 絡 を と っ て 援 助 し 、 遂 に 共 同 し て 北 京 の 外 国 公 使 館 を 囲 み 、 六 月 二 十 一 月 列 国 に 宣 戦 す る に 至 っ た 。 ` こ れ に 対 し 、 周 知 の 如 く 聯 合 軍 が 編 成 さ れ た の で あ る が 、 こ の 時 、 イ ギ リ ス 側 は 日 本 軍 の 大 量 ( 三 万 ) 参 加 を 提 離 し た の に 対 し 、 ド イ ツ は こ れ に 抵 扮 し て ロ シ ア 軍 の 大 量 参 加 を 求 め 、 こ こ に 英 米 日 と 独 露 と の 対 立 が 生 じ て い 短 。 し か し 、 ロ シ ア は 北 京 へ の 出 動 は 出 来 る だ け 避 け 、 満 洲 支 配 の 確 立 に 全 力 を 注 ぐ 機 会 を 得 ん と し て 、 列 国 と の 対 支 共 同 外 交 に 対 し て 寧 ろ 自 分 は 清 国 の 救 済 者 と し て 単 独 外 交 方 針 を 堅 持 し た 。 ラ ム ス ド ル フ が 、 ニ コ ラ イ 皇 帝 に 説 明 し た 如 く ﹁ 列 国 の 如 何 な る 国 と も 、 完 全 に 一 致 行 動 を と る と い う 約 束 を 立 て て 、 予 め 、 ロ シ ア が 拘 束 さ れ る の は 、 不 利 、 不 便 と 思 わ れ た ﹂ の で あ る 。 ま た 一 九 〇 〇 年 八 月 十 二 目 附 文 書 を 以 て 、 ロ シ ア か ら 列 国 に 発 せ ら れ た 北 京 よ り の 軍 隊 撤 去 の 提 議 も 、 清 国 救 済 者 と し て の ロ シ ア を 印 象 付 け 、 や が て 行 わ れ る 単 独 交 渉 を 有 利 に 導 か ん が た め で あ っ た 。 し か し 、 義 和 団 の 叛 乱 は 一 九 〇 〇 年 の 六 月 に は 南 満 の 各 地 に 波 及 し 、 六 月 末 に は ハ ル ビ ン の 包 囲 が 行 わ れ 、 約 一 ヶ 月 続 い た 程 だ っ た 。 こ の 間 ハ ル ビ ン は 数 回 の 襲 撃 と 砲 兵 隊 の 砲 撃 を う け た 。 七 月 の 中 頃 に は 愛 琿 に お い て ロ シ ア 船 舶 が 砲 撃 を う け 、 ブ ラ ゴ ウ ェ シ チ ェ ン ス ク も 三 週 間 に 亘 っ て 断 続 的 に 砲 撃 さ れ た 。 破 壊 さ れ た 南 満 鉄 道 は 二 百 露 里 に 及 ん だ 。 各 方 面 か ら 北 満 洲 に 進 撃 し た ロ シ ア 軍 隊 は 拳 匪 お よ び 清 国 軍 隊 の 若 干 の 抵 坑 を う け た が 八 月 末 ま で に は 幹 線 は 再 び ロ シ ア 側 の 完 全 た 支 配 に 帰 し た 。 南 満 洲 に お い て は 、 ス ボ ー テ ィ ッ チ 将 軍 の 部 隊 が 作 戦 し た 。 こ の 部 隊 は 九 月 末 ま で に に 奉 天 お よ び 営 口 を 含 む 鉄 道 沿 線 の 凡 ゆ る 都 市 を 占 領 し た 。 天 津 -山 海 関 一 営 口 間 の 鉄 道 は ロ シ ア 軍 に 占 領 さ れ ( 営 口 占 領 直 後 清 国 の 税 関 の 上 に は ・ シ ア の 税 関 旗 が 掲 げ ら れ た 。 こ の た め 動 員 さ れ た 。 シ ア の 軍 隊 は + 五 万 だ ・ た と い 犯 ・ ﹂と こ ろ で 、 ﹂当 時 ロ シ ア の 交 渉 の 相 手 方 た る 清 国 中 央 政 府 の 慶 親 王 、 李 鴻 章 の 両 全 権 の 勢 力 は 、 ・清 朝 廷 を 擁 し て 西 安 に の が れ た 端 郡 重 派 の 勢 力 に お さ れ て ﹁ 零 に 等 し 恋 た 。 ﹂ そ し て ・ シ ア 側 か ら す れ ば 蘭 束 州 書 ア ・ ク セ ・ フ 提 督 を 経 帝 国 主 義 的 列 強 の 中 国 争 奪 戦 と ロ シ ア の 対 満 進 出 一 三
帝 国 主 義 的 列 強 の 中 国 争 奪 戦 と ロ シ ア の 対 満 進 出 . . 一 四 て 直 接 地 方 官 憲 に 交 渉 し 、 厳 密 に 確 定 せ る 地 域 の ロ シ ア の 利 益 を 急 速 に 収 め 、 後 で こ れ ら 各 官 憲 と の 地 方 的 協 定 を 清 国 中 . 央 政 府 を 相 手 と す る 条 約 中 に 包 含 せ し む る こ と が 唯 一 の 合 目 的 手 段 と 観 ぜ ら れ た 。 L か く て 、 一 九 〇 〇 年 十 月 二 十 七 日 ( 十 一 月 九 日 ) に 旅 順 口 に お い て ア レ ク セ ェ フ 長 官 の 代 理 と 盛 衰 将 軍 増 誤 の 代 理 と の 間 に 予 備 協 定 が 締 結 さ れ た 。 そ れ は e 清 国 軍 隊 の 武 装 解 除 と 軍 事 施 設 の 解 体 お よ び 武 器 、 軍 需 品 の 引 渡 を 含 み (第 三 条 、 第 四 条 ) 、 更 に ロ ロ シ ア 軍 隊 は 建 設 中 の 鉄 道 の 保 護 と 地 方 の 秩 序 保 障 の た め 奉 天 そ の 他 省 内 の 若 干 地 点 に 軍 隊 を 配 置 す る が 、 こ れ に 対 し て 将 軍 管 下 の 諸 官 憲 億 こ れ を 礼 遇 し 、 宿 舎 や 糧 秣 購 入 な ど の 場 合 は 必 要 な 協 力 を な す こ と ( 第 二 条 ) 、 ⇔ 将 軍 は 従 来 の 省 行 政 の 職 務 施 行 を 開 始 す る と 共 に 、 省 の 秩 序 お よ び 安 寧 の 維 持 、 東 清 鉄 道 建 設 作 業 の 故 障 な き 進 行 と そ の 完 成 に 対 し て 責 任 者 と な る こ と ( 第 一 条 ) 、 ㈲ 将 軍 と 関 東 州 長 官 と の 連 絡 の た め 将 軍 附 ロ シ ア 委 員 を 設 置 し 、 将 軍 は そ の 一 切 の 重 要 事 務 お よ び 命 令 に つ い て こ れ に 通 知 し な け れ ば な ら な い 。 ( 第 七 条 ) と い う 主 旨 の も の ℃ あ っ た 。 当 時 新 民 庁 に あ っ た 増 祓 は 僚 属 の 弾 劾 を お そ れ て 躇 賭 し た が 、 ロ シ ア 側 の 強 圧 に 抗 し 難 ぐ 一 月 二 十 六 日 調 印 す る に 至 っ た 。 ・ と こ ろ で 、 右 の 予 備 協 定 は 、 満 洲 に お け る ロ シ ア 側 の 支 配 を 確 立 し 、 遂 に は 満 洲 に お け る 清 国 の 宗 主 権 を 失 う と い う 危 険 の 切 迫 を 意 味 す る も の だ っ た の で 、 李 鴻 章 は ロ シ ア と の 外 交 を 北 京 に う つ す こ と に 全 力 を 注 い だ 。 清 国 中 央 政 府 側 と の ペ テ ル ス ブ ル グ 或 は 北 京 に お け る 会 談 で 、 ロ シ ア 側 の な し た 要 求 は 単 に ﹁ 銭 遣 の 保 障 ﹂ の み で な く ﹁ 満 洲 に お い て 完 全 な ロ シ ア 勢 力 を 確 保 す る ﹂ こ と で あ っ た 。 そ し て 満 洲 撤 兵 問 題 も ﹁ 全 て が 安 定 し て 、 わ が ( ロ シ ア ) 要 求 の 悉 く 履 侍 せ ら れ る 時 ﹂ 始 め ℃ 撤 兵 を 受 諾 す る 肚 で あ っ た 。 ロ シ ア 側 が ら ﹁ 満 洲 朝 発 祥 の 地 と し て ﹂ 奉 天 に 清 朝 廷 を 遷 移 す る よ う に と の 提 案 も あ っ た が 、 李 鴻 章 は 婉 曲 に こ れ を 斥 け た 。 ロ シ ア 側 が 満 洲 に お い て ﹁ 完 全 な 勢 力 を 確 保 す る ﹂ と い う 要 求 に 対 し て は 、 李 鴻 章 は ﹁ 全 然 私 設 会 社 の 如 き 旗 幟 の 下 に 、 蒙 古 、 満 洲 に お け る 宏 大 な 凡 て の 天 然 資 源 の 開 発 権 を ロ シ ア に 与 え る 条 約 を 締 結 し よ う ﹂ と 提 案 し た 。 ま た ,﹁ ロ シ ア が 清 朝 政 府 の た め に 主 権 を 保 存 .す る な ら ば ﹂ ﹁ 新 し い 利 権 地
方 全 体 に L ﹁ 自 己 の 守 備 隊 を も つ ﹂ 権 利 を ロ シ ア に 提 供 す る と い う 提 案 も し 煙 。 し か し ・ ロ シ ア 側 は 満 洲 に お け る 実 質 的 支 配 権 と 広 汎 な 資 源 開 発 の 独 占 権 を う る た め 、 ﹁ 還 附 さ れ た ﹂ 満 洲 に ﹁ ウ ラ ジ オ ス ト ッ ク と 旅 順 と ロ シ ア と の 連 絡 ﹂ を 保 障 す る た め 鉄 道 建 設 の 完 了 す る ま で 、 ハ ル ビ ン 、 吉 林 ㍉ チ チ ハ ル お よ び 奉 天 に 駐 兵 権 を も つ こ と を 提 案 す る ク ロ パ ト キ ン も あ り 、 ウ ィ ッ チ の 平 和 的 方 法 に よ る 提 案 も あ っ た が 、 ロ シ ア 側 の 最 後 的 な 露 清 両 政 府 単 独 協 定 案 は 一 九 〇 一 年 一 月 二 十 六 日 の 大 臣 会 議 で 次 の 如 く に な っ た 。 甲 e 満 洲 に お け る 清 国 政 権 の 復 活 に 同 意 す る 。 (第 一 条 ) ⇔ 東 清 鉄 道 会 社 に そ の 鉄 道 用 地 に お け る 独 立 管 理 権 と 守 備 隊 駐 屯 権 を 認 め る 。 (第 二 条 ) ⇔ 東 清 鉄 道 の 建 設 完 了 ま で 、 お よ び ロ シ ア 側 の 賠 償 利 権 の 要 求 完 了 ま で ロ シ .ア 軍 の 残 留 を 認 め る 。 (第 二 条 ) ㈲ 束 清 鉄 道 の 建 設 完 了 お よ び そ の 正 常 な る 経 営 確 立 ま で は 、 清 国 軍 隊 を お い て は な ら な い が 、 そ の 後 は ロ シ ア 政 府 と の 協 定 に よ っ て 定 め ら れ た 数 ま で は お く こ と が 出 来 る 。 但 し 武 器 弾 薬 の 満 洲 輸 入 は 禁 止 す る 。 (第 四 条 ) ㊨ ロ シ ア の 承 認 せ ざ る 省 長 お よ び そ の 他 高 級 行 政 官 の 任 命 更 迭 を 行 っ て は な ら な い 。 (第 五 条 ) 因 外 国 の 軍 事 教 官 は 認 め な い 。 (第 六 条 ) ㈲ 満 洲 、 蒙 古 、 甘 粛 省 地 方 の タ ル ポ ガ タ イ 、 ク ー リ ヂ ン (伊 梨 ) 、 カ シ ガ ー ル 、 ヤ ル ケ ン ド 、 ホ ー タ ン お よ び ケ ー リ イ の 管 区 に お い て は 鉄 道 建 設 、 鉱 山 採 掘 の 如 何 な る 利 権 も 如 何 な る 産 業 的 企 業 の 利 権 も ロ シ ア の 許 可 な く し て 外 国 に 与 え る こ と が 出 来 な い 。 ま た 、 こ の 地 方 で ロ シ ア の 許 諾 な く し て 自 己 の 資 金 を 以 て 鉄 道 の 建 設 も 出 来 ず 、 牛 荘 以 外 の 地 区 は 外 国 人 に 利 用 さ せ て は な ら な い 。 (第 八 条 ) 囚 東 清 鉄 道 或 は 南 満 支 線 よ り 北 京 に 向 っ て 長 城 に 達 す る 鉄 道 の 建 設 お よ び 経 営 の 利 権 を 東 清 鉄 道 会 社 に 与 う る こ と 。 (第 + 二 条 ) 以 上 の ほ か 団 匪 事 変 の 損 害 賠 償 の こ と を 規 定 し て い る 。 こ の 要 求 は 、 満 洲 を ば 殆 ん ど ロ シ ア の 独 占 的 植 民 地 化 せ ん と す る も の で あ っ た 。 . . 清 国 政 府 と の 会 談 は 一 九 〇 一 年 二 月 十 八 日 に 初 め て 開 始 さ れ た が 、 清 国 側 の 抵 抗 に 対 し て 、 .﹁ 日 本 に は 、 凡 て の 場 合 に お い て 、 清 国 を 支 持 す る 用 意 が あ る ﹂ と い う 日 本 の 声 明 が 北 京 で な さ れ 、 三 月 十 一 日 に は 日 本 、 イ ギ リ ス 、 ア メ リ カ 、 ド ・ 帝 国 主 義 的 列 強 の 中 国 争 奪 戦 と ロ シ ア の 対 満 進 出 一 五 '
帝 国 主 義 的 列 強 の 中 国 争 奪 戦 と ロ シ ア の 対 満 進 出 一 六 イ ツ お よ び 伊 太 利 ま で 加 つ た 友 好 的 圧 迫 の 下 に 、 清 国 政 府 は 、 ロ シ ア 側 の 提 起 し た 条 約 に 調 印 す る こ と を 拒 ん だ の で 談 判 は 休 止 と な っ た 。 こ う し た 列 強 の 対 露 共 同 戦 線 の 背 後 に は 、 前 述 の ア レ ク セ ェ フ 、 増 祓 の 予 備 協 定 も 既 に 知 ら れ 、 露 清 会 談 の 内 容 も イ ギ リ ス 、 日 本 の 対 清 働 き か け に よ っ て も れ て い た の で あ る 。 更 に 三 国 干 渉 、 朝 鮮 問 題 、 対 日 。 露 清 同 盟 、 遼 東 半 島 奪 取 、 団 匪 事 変 に 関 連 す る 全 満 占 領 等 と 相 次 ぐ 雇 シ ア の 強 圧 的 進 出 の う ち に ﹁ 日 本 に お い て は 、 ロ シ ア と の 戦 争 を 目 指 し た 軍 備 ﹂ が 急 が れ 、 こ の 頃 は そ れ が ﹁ 完 了 せ ん と し て い た の み で な く 、 一 九 〇 一 年 一 月 初 め よ か ロ ン ド ン 、 東 京 、 ベ ル リ ン に お い て 、 必 要 な 国 際 的 結 成 準 備 に 関 す る 工 作 が 行 わ れ て い た 。 ﹂ ロ マ ノ フ は 一 九 〇 一 年 二 月 三 日 (十 六 日 ) ロ ン ド ン 駿 在 ド イ ツ 大 使 館 書 記 官 エ カ ル ド シ ュ タ イ ン は 日 本 の 林 ( 薫 ) 大 使 と の 会 談 に お い て 林 が ﹁ ロ シ ア が 朝 鮮 に 根 拠 を 据 え よ う と 試 み る 場 合 、 英 、 独 の 中 立 が 確 か で あ れ ば 、 日 本 は 行 く 所 ま で 行 く で あ ろ う 、 だ が 満 洲 に 関 し て は 、 日 本 は イ ギ リ ス の 実 際 的 援 助 を 期 待 し 得 ら れ 、 ド イ ツ の 好 意 的 中 立 の 確 実 で あ る 場 合 に 始 め て 開 戦 す る で あ ろ う ⋮ ⋮ 陸 上 で は ロ シ ア に 勝 つ こ と は 容 易 で あ る が た だ 海 軍 の 戦 備 が 畢 ら な い ﹂ と い う の を 聞 く こ と を 得 た と 報 告 し て い る と 述 べ て い る 。 ま た 二 月 十 五 日 ( 二 十 八 日 ) ハ ツ フ ェ ル ト 大 使 は 、 林 大 使 を 招 い で 饗 応 し た 後 で ﹁ 日 本 が 単 独 で 、 或 い は 日 英 が 協 同 し て ﹃ 武 力 を も っ て 中 国 に お け る ロ シ ア の 行 動 を 妨 げ る ﹄ こ と を 余 儀 な く さ れ る な ら ば 、 ド イ ツ は ﹃ 絶 対 中 立 を 守 る ﹄ と 語 っ た と い う 。 当 時 イ ギ リ ス は ア フ リ カ に 二 十 万 の 軍 隊 を 釘 付 に さ れ て い た 、 従 っ て ﹁ ド イ ツ が 同 時 に 加 盟 し な け れ ば ﹂ 中 国 に 関 す る 如 何 な る 協 定 を も 結 び 得 な い と い う の で あ っ た 。 し か し ド イ ツ は ﹁ イ ギ リ ス が ア フ リ カ で 悩 ん で い る よ う に 、 現 在 ロ シ ア は 金 融 恐 慌 に 悩 ん で い る こ と 、 ウ ィ ッ チ は 戦 争 の 場 合 、 金 本 位 制 の 破 滅 と 自 分 自 身 の 没 落 を ﹃ 予 見 し て ﹄ い る こ と 、 そ れ . か ら ロ シ ア は 戦 争 を 敢 行 し 得 な い こ と を イ ギ リ ス に 信 ぜ し め ﹂ る こ と に 努 力 し 、 極 力 日 英 の 結 合 に 奔 走 し 、 日 英 同 盟 の 成 立 に 力 を 致 七 た 。 そ れ は 、 ウ ィ ッ チ が 一 九 〇 一 年 七 月 初 め パ リ で 借 款 を 斡 旋 し た 所 に も 見 ら れ る 如 く 、 少 く と も ﹁ 一 九 〇 四 年 ま で 一 ﹂ ﹁ ロ シ ア と 田 本 の 利 害 欄 係 の 対 立 の 不 時 の 激 化 を 阻 止 せ ん ﹂ と す る 働 き が あ り 、 ま た 日 本 で 鳳 対 露 開 戦 を お
そ れ る 伊 藤 博 文 が 後 に (九 月 ) ﹁ パ リ 政 府 を 通 し て 日 露 同 盟 の 提 議 を ロ シ ア に 提 議 し た 所 に も 見 ら れ る よ う な 兆 が 感 知 さ れ た か ら で あ ろ う 。 ﹂ ド イ ツ は ま た ﹁ ロ シ ア が フ ラ ン ス と 共 同 し て ヨ ー ロ ッ パ で ド イ ツ を 攻 撃 す る こ と の な い と い う 保 証 を ﹂ 得 た い の で あ る 。 す な わ ち . ド イ ツ は 日 英 が 一 緒 に な っ て 対 露 戦 に 入 る こ と を ね ら い 。 こ の た め に 一 方 、 イ ギ リ ス 、 日 本 を 安 心 さ せ る と 共 に 、 他 方 ﹁ ヨ ー ロ ッ パ に お い て ニ コ ラ イ が 、 海 か ら も 陸 か ら も 攻 撃 の 脅 威 を 受 け な い よ う に 、 ヨ ー ロ ッ パ に お い て 背 後 よ り ツ ァ ー ル を 保 護 す る た め に 、 手 を 束 ね る こ と は 出 来 な 鴨 ﹂ と ウ ィ ル ヘ ル ム が ニ コ ラ イ に つ げ さ せ ら 他 方 ﹁ 独 乙 の 外 交 は 極 東 に お い て 、 何 等 直 接 的 対 外 進 出 を な す も の で な い 。 そ れ は 徒 ら に 米 国 を 駆 っ て 、 公 然 反 露 同 盟 に 結 合 芒 め 、 差 し 向 き 太 平 洋 髪 い て 、 微 弱 極 ま る 独 乙 蟹 を 米 国 の 打 撃 下 に お く ・ と に な る か ら ず い う 態 度 に も 現 わ ゆ れ て い る 。 ﹁ ウ ィ ル ヘ ル ム 二 世 が 日 露 戦 争 の 発 意 者 ﹂ 、 と い わ れ る の も 、 こ う し た 所 か ち だ と 見 る こ と が 出 来 よ う 。 清 国 政 府 の ロ シ ア に 対 す る 抵 抗 も こ う し た 国 際 的 な 列 強 の 動 き を た く み に 利 用 し て な さ れ た こ と は い う ま で も な い 。 三 月 に 休 止 と な っ た 会 談 は 七 月 に 再 開 さ れ た 。 ロ シ ア 政 府 は 列 強 の 抵 抗 に よ っ て 前 の 提 議 の 承 認 が 困 難 と な っ た の に 鑑 み 、 新 に ﹁ 若 し 清 国 政 府 が 満 洲 に お い て 露 清 銀 行 に 提 供 す る 前 に 何 人 に も 鉄 道 お よ び 産 業 利 権 を 提 供 し な い こ と を 露 清 銀 行 に ゆ 約 束 す る な ら ば 、 大 い に 満 洲 か ら の 撤 兵 に 努 力 す る で あ ろ う ﹂ と 語 っ た 。 ﹁ ロ シ ア 側 で は ﹃ 全 満 洲 を 銀 行 の 手 に ﹄ 獲 得 し て 、 再 び 外 国 人 を そ こ に 寄 せ つ け ず 、 あ と 一 ケ 年 半 の 間 1 そ れ で 足 り な け れ ば 、 そ れ 以 上 -占 領 を 続 け て 鉄 道 敷 設 を 出 来 る だ け 促 進 し 、 鉄 道 守 備 隊 を 予 定 の 標 準 ま で 高 め る こ と が 問 題 で あ っ た 。 ロ シ ア 外 交 は 李 鴻 章 の 個 人 的 買 収 の 上 に 、 そ の 打 算 を 築 き つ づ け 、 そ の 中 に 政 府 と 銀 行 と の 二 重 の 協 定 の 秘 密 に 対 す る 保 証 を 求 め つ つ ﹂ あ っ た 。 か く て 馬 ロ シ ア の 新 し い プ 艮 グ ラ ム で は 、 表 面 は 列 強 の 攻 撃 を さ け つ つ 、 フ ラ ン ス 資 本 が 支 持 せ ざ る を 得 な い よ う に 仕 向 け 惹 た め 、 露 清 銀 行 が 金 満 の 鉄 道 敷 設 権 お よ び 産 業 利 権 を 獲 得 し 、 裏 面 で は 大 蔵 大 臣 が そ の 支 配 権 を 握 り う る よ う な 機 構 を 準 備 し て い 煽 。 九 月 二 十 七 日 李 鴻 章 の 求 め に よ っ て 銀 行 協 定 案 が 提 出 さ れ た が 、 こ の 時 季 鴻 章 は ﹁ 全 満 を 銀 行 の 手 に 渡 し て 、 外 国 人 の 帝 国 主 義 的 列 強 の 中 国 争 奪 戦 と ロ シ ア の 対 満 進 出 - 一 七
帝 国 主 義 的 列 強 の 中 国 争 奪 戦 と ロ シ ア の 対 満 進 出 一 八 抗 議 を 無 条 件 に ま き 起 す よ う な こ ん な 協 定 に 対 し て は 断 じ て 責 任 は 負 え な い L と 強 く 反 対 し 、 ﹁ 鉱 山 の 利 権 に つ い て だ け . ㊧ ・ ⑳ 日 本 政 府 が 断 然 イ ギ リ ス と 結 び つ ぐ こ と に 態 度 を 決 し た の で あ っ た 。 か く て な ら 交 渉 し て よ い ﹂ と 述 べ た 。 時 あ た か も 、 十 月 は 会 談 が 休 止 と な り 、 十 二 月 に 再 開 さ れ た が 、 翌 一 九 〇 二 年 に な り 、 イ ギ リ ス 、 日 本 お よ び ア メ リ カ が 歩 調 を 合 せ て 露 清 銀 行 と の 協 定 が 調 印 せ ら れ る 場 合 、 必 ず 清 国 に 対 し て 補 償 を 要 求 す る で あ ろ う と 断 乎 と し て 言 明 す る に 及 ん で 、 清 国 側 は 、 一 月 二 十 九 日 ( 二 月 十 一 日 ) に ﹁ 米 国 並 び に 日 本 側 か ら の 断 乎 た る 抗 議 に よ り 、 や む を 得 ず 、 露 清 銀 行 と の 訂 約 事 宜 む に 関 す る 今 後 の 交 渉 を 拒 絶 し な け れ ば な ら ぬ こ と に な っ た ﹂ と 言 明 し た 。 か く て ﹁ 満 洲 に お け る ロ シ ア の 全 勢 力 を 確 立 す る ﹂ と い う ロ シ ア の 外 交 交 渉 は 完 全 に 崩 れ て し ま っ た の で あ る 。 そ の 翌 日 ペ テ ル ス ブ ル グ の 日 本 公 使 か ら 、 外 相 ラ ム ス ド ゆ ル フ に 対 し て 一 月 十 七 日 ( 三 十 一 日 ) に ロ ン ド ン で 調 印 さ れ た 日 英 同 盟 条 約 文 が 通 告 さ れ た 。 か く て 、 外 交 関 係 は 愈 ζ ロ シ ア 側 に 不 利 に 傾 き 、 一 九 〇 二 年 三 月 二 十 六 日 ( 四 月 八 日 ) 露 清 間 に 調 印 さ れ た 満 洲 撤 兵 条 約 も 日 清 国 政 府 の 政 権 復 活 に 関 し て 宣 言 し た 策 一 条 。 ⇔ 一 八 九 六 年 八 月 二 十 七 日 の 約 定 を 遵 守 し 、 満 洲 に お け る 鉄 道 お よ び 露 国 臣 民 の 安 全 を 保 つ 清 国 の 一 般 的 義 務 並 び に 満 洲 三 省 よ り 六 ケ 月 一 期 、 三 次 に ﹁ 全 軍 隊 を 撤 退 せ し む る ﹂ 露 国 の 具 体 的 義 務 (第 二 条 ) ⑪ 噌 の ほ か 内 何 等 ロ シ ア 側 の 当 初 の 対 満 計 画 を 残 し て い な か っ た 。 撤 兵 期 限 に つ い て は 、 こ れ を e 鉄 道 建 設 終 了 期 と 、 そ し て ⇔ 二 万 五 千 一 三 万 の 鉄 道 守 備 隊 全 部 を 、 撤 退 す る 野 戦 軍 と 交 代 さ し て 完 全 な 戦 闘 準 備 に 結 集 す る 時 間 と に 一 致 せ し む る よ う ロ シ ア 側 に よ っ て 努 力 さ れ た が 、 清 国 側 の 強 力 な 主 張 -恐 ら く 日 英 米 の 尻 お し に よ る 一 に よ っ て 、 ロ シ ア が 完 全 な 動 員 準 備 に 応 ず る に は 不 足 す る 期 間 に 譲 歩 せ ざ る を 得 な か っ た 。 そ こ で ロ シ ア 側 と し て は ﹁ 反 乱 が 起 ら ず 、 ま た 列 強 の 行 動 が 妨 害 し な い な ら ば ﹂ と い う 有 名 な 条 件 を 附 し た わ け で あ る 。