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〔研究ノート〕

ドーピング・コントロールを学ぶために必要なもの

酒 井 淳 一

はじめに  2006年4月の人間健康学部開設にともない 始まった科目である健康科学概論,解剖生理 学,生理学・同実習など,身体の構造と正常 機能に関する講義を担当してきた。人間健康 学部はヒトのからだ,こころ,社会・環境な ど,「ヒトのすべて」を教育・研究対象とする ユニークな学部であった。この学部での選択科 目のひとつに薬理概論があった。この科目では 生活習慣病に関連する薬物を中心に分かりやす く解説し,単に薬理作用機序を解説するのでは なく,「クスリとヒトにまつわるすべて」につ いて講義してきた。薬理概論はその後,スポー ツ健康学部においても引き続き行っている。ス ポーツ健康学部では「スポーツと薬物」の関連 を意識し,特にドーピングについて,またアス リートとして知っておきたいクスリの知識につ いて講義している。  本年4月にスポーツ健康学部に入学した学生 にドーピングについてのアンケートを実施し た。実施日は2014年4月11日(金曜日)2限, 実施場所は瀬戸キャンパスA2教室で,健康科 学概論の1回目の講義終了時に書面による質問 に答える形で行った。対象は男性130名,女性 31名,計161名であった。回答状況は設問に対 し回答した者が159名,回答せずに提出した者 が2名で,有効回答率は98.8%であった。設問 は「ドーピング」について知っているかの点に 絞り,「ドーピング行為」をどの様に思うかな どの個人の見解についての質問は避け,特にア ンチ・ドーピング活動について知識があるかを 問うことにした。設定した質問を以下に示す。 問1.ドーピングを知っていますか。問2.ドー ピングについてどこで知ったか。問3.ドーピ ングの具体例を挙げて説明できますか。問4. スポーツ健康学部の授業でドーピングについて 講義すべきか。問5.JADAを知っていますか。 これらの質問に関してマークシートに自ら記述 し,回答してもらった。今回のアンケートの結 果と現在までのスポーツ健康学部での講義経験 からドーピング・コントロールについて学生が 学ぶのに必須な事項の抽出を試み,研究ノート に記録しておく(2014年5月1日現在)。 ドーピングは知っているが,具体例はあま り知らない  「問1.ドーピングは知っていますか」の質 問に対して156名(98.1%)が知っていると答 え,知らないと答えた者は3名(1.9%)であっ た。このことから,「ドーピング」という言葉, 名古屋学院大学 スポーツ健康学部 E-mail: [email protected] Received 18 June, 2014 Accepted 26 June, 2014

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行為,そのイメージなどは本年度スポーツ健康 学部入学者には広く知られているものと考えら れる。  次の質問は,「問2.ドーピングはどこで知っ たか」とやや曖昧な表現とし,いつ知ったか, 誰から知ったのか,どのように知ったのかを 問うことにした。更に,選択回答を作成し, 「1 高校の保健体育の授業で先生に教わった,2 ニュースや新聞記事などで知った,3 インター ネットで知った,4 友人から知った,5 その 他」とした。また,複数回答してもよいことに し,5を選択した場合はその内容を記述しても らうことにした。その結果は1が23名,2が87 名,3が3名,4が4名,5が39名であった。最 多回答は報道で知ることであった。また,保健 体育の授業で取り上げられ,知ることも多いよ うである。このことは保健体育では興味深い講 義内容で強く印象に残っているものと考えられ る。5と答える者の中にはインターハイに出場 した際に説明を受けたと答える者もあった。ま た,父親から聞いたとの回答もあった。  一方,次の質問である具体的な事例を挙げて 説明できるかについては,54名(34.0%)の者 が説明できると答える一方で,105名(66.0%) の者は説明できないと答え,更に具体的事例を 記述する者は一部の学生のみであった。記述事 例としては以下のようであった。オリンピック での事例,近年の自転車競技での事例,野球の メジャーリーグの事例など多様であった。驚い たことにベン・ジョンソン選手の事例を書いた 学生がいた。これはソウルオリンピックでの ドーピング違反行為を指すものであるが,ソウ ル大会は1988年に行われ,26年以上前の事例 である。学生にとっては生まれる以前のことな ので,どのように知ったのか,また先生からど のように教わったのか極めて興味がある。 アンチ・ドーピング活動に関する質問  第4の質問であったスポーツ健康学部の授 業でドーピングについて講義すべきかに対し て,あってもよいが110名(69.2%),必要な いが6名(3.8%),どちらともいえないが43名 (27.0%)であった。多くの学生が講義内容と してあってもよいと答えていたが,しかし,こ の質問に関して必要ないと答えるのは新入生に とって抵抗感があったと考えられる。この質問 は適切性を欠いたものであった。回答からは考 按できない。第5の質問であった「JADA」を 知っていますかに対しては知っているが11名 (6.9%),知らないが148名(93.1%)であっ た。この質問ではJADAを日本アンチ・ドーピ ング機構Japan Anti-Doping Agencyとは記さ ず,あえて略名で質問した。これは「アンチ・ ドーピング」という言葉や活動内容を認識して いるかを知りたいためであった。このアンケー トから,ドーピングについてはイメージできる が,具体的事例やアンチ・ドーピング活動につ いてはほとんど知らないようであった。この結 果は,ドーピング・コントロールについて学生 が学ぶための必要なものを考察する指針となる。 講義経験から 「ドーピング」の語源の意味は知っている  ドーピング(doping)の語源は,アフリカの カフィール族が祭礼や戦いの前に飲用する強い 酒(dop)に由来している。スポーツにおける ドーピング行為は当初,興奮作用を持つ薬物の 使用がみられた。この語句の発生根拠について は薬理概論で解説するが,学生はこの点はよく 知っていた。高校で使用されている保健体育の 教科書にも語源については記されている。ま

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た,前述のアンケートでも高校の先生から教え てもらったと答える者が多いのにも一致する。 ドーピングの語源はよく知っていると考えられ る。 禁止薬物の使用事例の解説は難しい  講義で紹介するドーピング事例の中でも,日 常生活で服用する薬品に禁止薬物が混在してい た場合のいわゆる「うっかりドーピング」につ いては,例えば降圧薬の中に利尿薬が含まれる 製剤があることを説明する程度にしている。禁 止薬物によるドーピング行為は競技力向上の意 図をもって行うものを指し,使用量も医療目的 で使われる薬用量よりはるかに多く,通常使用 を逸脱し,それにともなう副作用の出現を話す ようにしている。講義内で紹介する禁止薬物に は,例えばエリスロポエチン,タンパク同化ス テロイド,男性ホルモン,興奮性薬物などを主 に挙げ,化学名に併せ商品名を示すようにして 説明している。ドーピング行為は,スポーツ競 技者の肉体的・精神的健康を損ない,フェアプ レイと競争の価値を著しく低下させる行為であ ることをこれらの薬物使用事例で紹介してい る。しかし,説明がやや困難であると感じる時 があり,その経験をエリスロポエチンの例で記 しておく。  2011年の東京マラソン女子の部優勝者(タ チアナ・アリャソワ,ロシア)がドーピング検 査で陽性となり,優勝取り消しと記録抹消に なったと事例を紹介している。この事例を挙げ る場合,多くの事項を学生に説明する必要があ る。試合後のドーピング検査においてヒドロキ シエチルデンプンhydroxyethyl starch(WADA 禁止表国際基準S5利尿薬および他の隠蔽薬の 項に収載,以下HESと略す)の尿中への出現 が検出された。HESの使用は前投与されたエ リスロポエチンerythropoietin(同禁止表S2ペ プチドホルモン,成長因子および関連物質の項 に収載,赤血球新生刺激物質)の体内痕跡を隠 蔽するための使用(血漿増量を目的として静脈 内投与)であった。さて,実際に講義で説明す る場合,HESがどの様な目的で使用されてい たのか。また,いつ頃から禁止表に収載されて いたのかを説明する必要がある。HESの作用 機序を理解するためには先ず血漿浸透圧濃度を 理解しておかなくてはならない。この部分はス ポーツ生理学か生理解剖学の循環器の講義で触 れておくしかない。HES投与の本来の目的は 血漿の希釈である。次にエリスロポエチンを何 のために前投与したのか,その目的を説明する 必要がある。マラソンのような持久力が勝負の 競技では赤血球の酸素運搬能が結果を左右す る。そのため赤血球数を増やすことで,末梢へ の酸素運搬能を高め,持久力強化を図ったわけ である。赤血球数を増加するためには骨髄での 造血幹細胞から赤芽球,赤血球への分化増殖を 促進させ,赤血球新生を刺激誘導させる。その ために分化の過程に必須な物質であるエリスロ ポエチンを投与して,赤血球の増加を企み,そ の結果,選手の持久力強化をねらった戦略で あった。しかし,エリスロポエチン投与により エリスロポエチンが体内に本来ある量より多 く残存するため,投与の痕跡を隠蔽するため HESを投与したわけであった。しかし,その HESが検出されてしまった事例であった。ドー ピングを隠蔽するために更にドーピングをした わけである。このように近年の事例はより巧妙 になっており,単に禁止薬物の使用例を話すだ けでは理解できない。前述のタンパク同化男性 化ステロイド薬の紹介においても性ホルモンと その生成過程,アロマターゼの説明が必要とな

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る。興奮性薬物の説明ではやはりシナプスの理 解が不可欠となる。このようにドーピング違反 例を挙げるにしても説明に難しい点が多く,生 物学,生理学の理解が必須となる場面を講義の 中でいくつか経験した。 学生にドーピングに関する著書や最近の研 究を紹介する場合  薬理概論の講義内では次の様な著書を紹介し ている。高橋正人らは著書「ドーピング―ス ポーツの底辺に広がる恐怖の薬物」の中で,男 性ホルモンの作用を分かりやすく解説してお り,内容を講義で学生に示している。著者は臨 床医としてドーピング・カウンセリングの経験 から,ドーピング行為による勝利の代償には悲 惨な副作用があることの事例を挙げ紹介してい る[1]。学生たちに是非読んでもらいたい一冊 である。しかし,内容理解のためには性ホルモ ンの生成経路とアロマタイゼーションを知って おくことが大切で,生理学の基礎知識が必要と 感じられる。多田光毅らは著書「図解入門―よ くわかるドーピングの検査と実際」の中でドー ピング違反を分かりやすく説明している。弁護 士として実際に担当したドーピング違反事例の 経験から選手への制裁内容について書かれてい る[2]。本書も学生に紹介し,大変興味深い が,薬理概論の講義の中では解説が難しい内容 である。処分を受けた後の不服申し立てや仲裁 についても書かれており,これらの内容が書か れているのは本書だけで,どちらかと言えば選 手向きかと感じる。もう一つ興味深い内容の著 書を紹介している。ドーピング違反行為の事例 は決まって外国人選手の例である。なぜドーピ ング違反に日本人選手は少ないのだろうか。近 藤良享は著書「スポーツ倫理」の中で,ドーピ ング行為を倫理面から捉え,この疑問に答えて いる。ドーピングを薬理作用から解析するでは ない点など,クスリの作用とは異なる切り口か らドーピングを捉えている[3]。  薬理概論の講義ではドーピングに関する最近 の研究,ドーピング検査に関しても説明する場 合がある。近年,ヒト内在性ホルモンなどの天 然型生理活性物質を用いるドーピングがみられ る。それを検知するための由来識別検査法を解 説した植木眞琴の総説[4]を紹介する。この 総説を理解するには学生には機器分析に関する 知識,特に質量分析や同位体に関する知識が必 要と考える。スポーツ健康学部の基礎科学の科 目に化学,生化学,機器分析学などによる生体 成分の分析を概説する講義があるとよいと感じ る。ドーピング行為には禁止薬物の投与ばかり でなく,禁止方法も含まれる。禁止方法には血 液および血液成分の操作,化学的および物理的 操作,遺伝子ドーピングが挙げられる。特に自 己血の循環系への投与は禁止行為である。現 在,選手生体パスポートと呼ばれるシステムが 考案され,選手個人の血液検査履歴のデータ ベース化の構築が進めば,各選手の検査結果を 経時的に追跡調査し,非生理的な急峻な変動を 捉えることも可能になるだろう。また,遺伝子 を修飾した細胞の使用は禁止行為である。学生 がこれらのことを理解するには生物学,分子生 物学などの知識をよく理解しておく必要がある。 ドーピング・コントロールを学ぶために必 要なもの  スポーツ健康学部の学生がドーピング行為, ドーピング禁止薬物の投与,アンチ・ドーピン グ活動などドーピング・コントロール全般につ いて学ぶ上でこれだけは知っておくべき事項の

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抽出を試みる。今回行ったアンケート結果か ら判明したことは,ドーピングの言葉の意味 は知っているが,具体例はあまり知らなかっ た。また,アンチ・ドーピング活動について もその団体名を知らなかった。その点を解決 するには最新のドーピング事例,JADAとアン チ・ドーピング支援活動を具体的に紹介すべ きと考える。JADAの活動を講義で紹介する場 合,JADAのホームページ[5]からいくつか のコンテンツを実際にやってみることにしてい る。禁止表国際基準のmobile siteが用意され ており分かりやすい。Real Winner E-learning は完了すると修了書が取得でき,学生には好評 である。また,Global DRO Japanは自らの服 用している薬をチェックさせてみるとその場で 判定が出るのでとても分かりやすく,これも学 生には好評である。スポーツ健康学部の講義に JADAホームページのコンテンツを大いに利用 すべきで,ドーピング・コントロールを学ぶ上 で大切なツールと考える。スポーツ健康学部で の講義経験から判明したことは,ドーピング事 例を学ぶ場合,そこで解説する薬物作用を知る には生物学,生理学,病理学,生化学,分子生 物学などの基礎医学領域の知識をある程度事前 に学んでおくことが必要とされる点である。具 体的には,内分泌とその異常症,伝達物質と受 容体,代謝調節機構とシグナル伝達系,腎と排 泄機構は必須と考えられる。また最新の検査法 を知るには基礎科学領域として機器分析学,特 に最新の質量分析法などが挙げられる。 各講義との連携が不可欠  薬理概論の講義ではドーピング以外にも,生 活習慣病の薬物についても説明している。講義 内容は出来る限り新しいもので話すように努め ている。例えば,糖尿病の治療薬であるインク レチン関連薬や更に最近のSGLT2 inhibitorな どの新薬を挙げる場合がある。この説明では, 血糖値,インスリンの働き,インクレチン類と 消化管ホルモン,膜のグルコーストランスポー ター,腎の再吸収機能などを事前に知っておく 必要がある。この解決手段として健康科学概 論,解剖生理学,スポーツ生理・生化学と連携 し,各講義でこれだけは知っておいてほしい内 容minimum requirementを出し合っておくの もよいのではないか。また,ドーピングに関し ても例えば治療目的使用に係る除外措置TUE (Therapeutic Use Exemption)に関する日本 ドーピング防止規程の説明やTUEの申請手続 きの実際についてはトレーニング論で,性ホル モンの生成経路とアロマターゼの役割などはス ポーツ生化学との連携を図ることで,より科学 的根拠に基づいた新しい知見を解説できるもの と考える。各講義との連携の構築はスポーツ健 康学部の緊急な課題のひとつと感じる。  スポーツ健康学部では薬理概論を担当してい るが,リハビリテーション学部でも薬理学を担 当している。リハビリテーション学部の薬理学 ではシナプスの構造と機能,抑制機構,可塑性 と長期増強,伝達物質と受容体,疾患と治療 薬,特にパーキンソン病治療薬,高血圧治療 薬,血栓症治療薬,糖尿病治療薬,骨粗鬆症治 療薬,抗リウマチ薬などを中心に説明してい る。リハビリテーション学部の学生は卒後にア スリートの治療機会が多くあると思われるの で,ドーピングに関する内容を含めるのも良い かもしれない。 追 記  研究演習および卒業研究で3年生と4年生の

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ゼミを毎年担当している。この学年の学生は就 職活動にも出かけなければならない。就職活動 を終えた学生から興味あることを聞いた経験 がある。面接を受けた会社の人事担当者の方 から,「スポーツ健康学部というのは文系か理 系か」と質問されたそうだ。もし私が質問され たとしたら,答えに戸惑うであろうが,スポー ツ健康学部は境界領域の学部ではないかと考え る。ここに記したようにドーピングに関して学 ぶにしても基礎科学,基礎医学を基盤にするだ けでなく,倫理学や法律の知識などの多方面か ら捉えることも必要であろう。本年11月1日 に本学50周年記念事業のひとつとして,スポー ツ健康学部において「アンチ・ドーピング活動 への支援―スポーツ健康学部が果たす役割と使 命」と題する講演会を開催する。講師は前出の スポーツ倫理学の近藤良享氏と,国際陸上競技 連盟医事・アンチドーピングコミッション委員 の松澤文裕氏のおふたりで,両氏にドーピング に関する最新の知見を講演していただくことに なっている。ご専門の異なる講師からドーピン グに関するお話が聞ける貴重な機会である。そ の際にドーピング・コントロールについて学生 が学ぶ上で何が必要かを両氏に尋ねてみる。 参 考 [1] 高橋正人,立木幸敏,河野俊彦.ドーピング ―スポーツの底辺に広がる恐怖の薬物.講談 社,2000. [2] 多田光毅,入江源太,石田晃士.図解入門よ くわかるドーピングの検査と実際.秀和シス テム,2010. [3] 近 藤 良 享,ス ポ ー ツ 倫 理.不 味 堂 出 版, 2012. [4] 植木眞琴,ドーピング検査における天然型ホ ルモンの由来識別.分析化学63: 161―169, 2014. [5] 公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構 http://www.playtruejapan.org/

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Minimum Requirement for Learning about Doping-Control

Junichi Sakai

Faculty of Health and Sports, Nagoya Gakuin University

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