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循環器病の診断と治療に関するガイドライン (2008 年度合同研究班報告 ) 本ガイドラインで用いられる主な略語 ACT:activated coagulation time ADL:activities of daily livings APC:activated protein C APTT:a

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(1)

肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、

治療、予防に関するガイドライン

(2009年改訂版)

Guidelines for the Diagnosis, Treatment and Prevention of Pulmonary Thromboembolism

and Deep Vein Thrombosis(JCS 2009)

合同研究班参加学会:日本循環器学会,日本医学放射線学会,日本胸部外科学会,日本血管外科学会,       日本血栓止血学会,日本呼吸器学会,日本静脈学会,日本心臓血管外科学会,日本心臓病学会 班長 安 藤 太 三 藤田保健衛生大学心臓血管外科 班員 伊 藤 正 明 三重大学大学院医学系研究科循環 器・腎臓内科 應 儀 成 二 日立記念病院血管外科 小 林 隆 夫 県西部浜松医療センター 田 島 廣 之 日本医科大学放射線科 中 西 宣 文 国立循環器病センター心臓内科 丹 羽 明 博 平塚共済病院循環器科 福 田 幾 夫 弘前大学外科学第一 増 田 政 久 千葉医療センター心臓血管外科 宮 原 嘉 之 長崎記念病院内科 協力員 石 橋 宏 之 愛知医科大学血管外科 金 岡   保 加東市民病院外科 佐久間 聖 仁 国立循環器病センター心臓血管内科 佐 藤   徹 杏林大学第二内科 田 邉 信 宏 千葉大学大学院医学研究院呼吸器内科 中 村 真 潮 三重大学大学院医学系研究科循環器 内科 山 下   満 藤田保健衛生大学心臓血管外科 山 田 典 一 三重大学大学院医学系研究科循環器 内科 外部評価委員 尾 崎 行 男 藤田保健衛生大学循環器内科 栗 山 喬 之 栗山医院内科 坂 田 隆 造 京都大学心臓血管外科 中 野   赳 山本総合病院 松 原 純 一 博愛会病院 (構成員の所属は2009年11月現在)

目  次

本ガイドラインで用いられる主な略語……… 2 改訂にあたって……… 2 Ⅰ.総 論……… 3 1.急性肺血栓塞栓症 ……… 3 2.慢性肺血栓塞栓症 ……… 8 3.深部静脈血栓症 ……… 10 Ⅱ.各 論……… 12 1.急性肺血栓塞栓症 ……… 12 2.慢性肺血栓塞栓症 ……… 34 3.深部静脈血栓症 ……… 41 4.肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)の   予防 ……… 50 文 献 ……… 55 (無断転載を禁ずる)

(2)

本ガイドラインで

用いられる主な略語

ACT

activated coagulation time

ADL

activities of daily livings

APC

activated protein C

APTT

activated partial thromboplastin time

BMI

body mass index

CT

computed tomography

CTEPH

chronic thromboembolic pulmonary hypertension

DIC

disseminated intravascular coagulopathy

DVT

deep vein thrombosis

ESC

European Society of Cardiology

FDA

Food and Drug Administration

HIT

heparin-induced thrombocytopenia

HOT

home oxygen therapy

ICOPER

International Cooperative Pulmonary Embolism

Registry

INR

international normalized ratio

mt-PA

mutant tissue-type plasminogen activator

MRI

magnetic resonance imaging

MRV

magnetic resonance venography

PAIMS

Plasminogen Activator Italian Multicenter Study

PCPS

Percutaneous Cardiopulmonary Support

PEA

pulmonary endarterectomy

PH

pulmonary hypertension

PIOPED

Prospective Investigation of Pulmonary

Embolism Diagnosis

PT

prothrombin time

rt-PA

recombinant tissue-type plasminogen activator

SK

streptokinase

t-PA

tissue-type plasminogen activator

UK

urokinase

UPET

Urokinase Pulmonary Embolism Trial

改訂にあたって

 日本循環器学会は,主要疾患の診断および治療に関す るガイドラインの作成に取り組んでいる.肺血栓塞栓症 および深部静脈血栓症の診断,治療,予防に関するガイ ドラインは

2004

4

月に完成したが,その後本症の診 断や治療法にも進歩が見られ,この度改訂されることと なった.班員は前回と同様,主に肺血栓塞栓症の診断, 治療,予防の研究に関わってきた循環器内科医と心臓血 管外科医により構成された.  肺血栓塞栓症の成因や病態はまだ十分に解明されてい ないが,深部静脈血栓症が大きく関与している.肺血栓 塞栓症は深部静脈血栓症の合併症ともいえ,静脈血栓塞 栓症として

1

つの連続した病態と捉えられている.肺血 栓塞栓症は急性と慢性で病態と治療法が大きく異なる. 急性肺血栓塞栓症は欧米に多い疾患とされるが,我が国 においても生活様式の欧米化,高齢者の増加,本疾患に 対する認識および各種診断法の向上に伴い,最近増加し ている救急疾患である.また,エコノミークラス症候群 や地震後の意外な二次災害としてマスコミも注目した疾 患であり,消化器外科や産婦人科・整形外科などの術後 に安静臥床が長くなった患者では,注意しなくてはなら ない術後合併症の

1

つでもある.急性例では早期に診断 して適切な治療を行わなければならない.急性の本症で は血栓溶解療法や抗凝固療法が有効な症例が多く,最近 新しい薬剤も保険認可が認められ使用可能となった.血 栓が多量で広範性であったり循環虚脱となった症例で は,カテーテル的治療や外科的手術が有用となる.予防 的に下大静脈フィルターも使用されるが,最近では非永 久留置型(一時留置型,回収可能型)フィルターの使用 が増加している.肺高血圧を伴った慢性の本症は右心不 全や呼吸不全を来たす重篤な疾患であり,内科的治療に 抵抗性であるが,肺高血圧に有効な治療薬も現れ予後が 改善した.根治療法として超低体温間歇的循環停止法を 用いた血栓内膜摘除術が施行されるが,最近の中枢型に 対する外科的治療成績は非常に良好となった.そして, 術後は臨床症状と呼吸循環動態が著明に改善して,生活 の質の向上が得られる.周術期の静脈血栓塞栓症は理学 療法による予防が非常に重要であり,新しい薬剤も投与 可能となった.静脈血栓塞栓症に対しては,診断・治療・ 予防に関して未だ確固たるエビデンスが乏しい現状にあ り,今後新たな知見を積み重ねていく必要がある.

(3)

総 論

1

急性肺血栓塞栓症

1

疫 学

 肺血栓塞栓症は,欧米では虚血性心疾患,脳血管障害 と並んで

3

大血管疾患として捉えられているのに対し て,日本ではこれまでまれな疾患と考えられてきた.し かし,高齢社会の到来,食生活の欧米化,診断率の向上 といった様々な要因により,我が国においても肺血栓塞 栓症は確実に増加してきており,決してまれな疾患では なくなった.厚生労働省人口動態統計の資料でも,我が 国における肺血栓塞栓症による死亡者数が増加傾向にあ る(図1).実際,臨床現場からも,最近の急性肺血栓 塞栓症の増加傾向を指摘する声が多くなっている.しか し,残念ながら,我が国における発症数に関する疫学的 調査はほとんど行われていないのが実情である.  

Kumasaka

らの疫学的調査によると,

1996

年の我が国 における発症数は

1

年間で

3,492

人(

95

%信頼区間

3,280

3,703

人)であり,人口

100

万人あたりに換算すると

28

人と推定している1).佐久間らの疫学調査では,

2006

年の我が国における発症数は

7,864

人で

10

年間に

2.25

倍 に増加しており2),人口

100

万人あたりに換算すると

62

人と推定される.米国における人口

100

万人あたり

500

人前後の発症数と比較すると,

2006

年の日本での人口 あたりの発症数は米国の約

1/8

ということになる.アン ケート調査をもとにした発生頻度には,依然として日本 と米国間で大きな隔たりが存在することになる.  剖検による発生頻度の調査では,固定肺の連続切片を 用いた詳細な検討が行われている.米国の

Freiman

らは 連続

61

例について

64

%に3),英国の

Morrell

らは

263

について

51.7

%に肺血栓塞栓症を認めた4).日本では, 中野らが

Freiman

の方法に準じ,約

1

年間の連続成人剖 検

225

例の両肺を膨張固定し,約

1cm

間隔に前額断スラ  今回のガイドライン改訂にあたっては,できる限りこ れまで報告されたエビデンスを重視したが,このガイド ラインはあくまでも現時点までの情報をもとに作成され たものである.そして臨床の循環器内科医や心臓血管外 科医および手術に携わる外科系の医師が,静脈血栓塞栓 症をどのように診断して治療していくかの指針を示した ものである.よって,本症の診療では主治医の判断が優 先されること,決して訴追されるべき論拠を提供するも のではないことを付記する.今後新しい診断法や治療法 の開発により,将来また改訂される可能性はある.  本ガイドラインを日常診療のお役に立てていただけれ ば幸甚である.  なお,本ガイドラインでは既存のガイドラインに倣っ て,検査法および治療法の適応に関する推奨基準として, 以下のクラス分類を用いた.

Class

Ⅰ:検査・治療が有効,有用であることについ て証明されているか,あるいは見解が広く一致して いる.

Class

Ⅱ:検査・治療の有効性,有用性に関するデー タまたは見解が一致していない場合がある.

Class

a

:データ・見解から有用・有効である可能 性が高い.

Class

b

:データ・見解により有用性・有効性が それほど確立されていない.

Class

Ⅲ:検査・治療が有用でなく,ときに有害であ るという可能性が証明されている,あるいは有害と の見解が広く一致している. 図 1 我が国における肺血栓塞栓症による死亡者数の推移 (症例) 2000 1600 1200 800 400 0 総数 女性 男性 1951 1961 1971 1981 (年)1991 2001 2005

(4)

イスを作成し,肺動脈末梢までの十分な観察を行った結 果,

54

例(

24

%)に肺血栓塞栓症を認めた5).また,中 村らは,

5

年間の成人剖検

315

例に対し,約

15mm

間隔 に縦切して検索したところ,

57

例(

18

%)に肺血栓塞 栓症を認めている6)  上記の固定肺連続切片を用いた詳細な検討に比べ,一 般的な剖検時の検索方法では肺血栓塞栓症の頻度は低く なる.しかしながら,日本病理剖検輯報の集計結果から 調査した我が国における肺梗塞を含む肺血栓塞栓症の頻 度は,年を経るにつれ徐々に増加してきていることが示 さ れ て い る. 三 重 野 ら の 報 告 で も,

1967

0.92

%,

1977

2.03

%と増加傾向を示しており7),引き続いて行 った東北大学と三重大学での共同調査によると,

1987

2.97

%,

1997

3.12

%とさらに増加し,

1967

年と比 べ

3

倍以上に増えてきている8).肺血栓塞栓症が主病変

あるいは死因(

A cause or contributing cause of death at

autopsy

)となった症例の頻度も

1965

年の

0.16

%から

1986

年の

0.70

%と同様に増加してきている.  こうした増加傾向に対して,最近の我が国における入 院患者に対する一次予防の普及が周術期の肺血栓塞栓症 の発生頻度を減少させつつあることを示すデータが報告 された.日本麻酔科学会による認定施設へのアンケート 調査で,

2002

年から

2005

年の手術

1

万件あたりの肺血 栓塞栓症の発生率は,それぞれ

4.41

4.76

3.62

2.79

であり,

2002

年から

2003

年にかけての増加傾向が,日 本での予防ガイドラインや予防管理料の診療報酬加算が 認められた

2004

年を境に減少に転じていることが示さ れた9(図2).)  急性肺血栓塞栓症患者の性別や好発年齢については, 肺塞栓症研究会共同作業部会調査(図3)10)においても, 日本静脈学会調査11)においても,日本人では男性より女 性に多く,

60

歳代から

70

歳代にピークを有している.

2

危険因子

 肺血栓塞栓症の主な危険因子を表1に挙げる.

1856

年に

Rudolf C. Virchow

が提唱した(

1

)血流の停滞,(

2

) 血管内皮障害,(

3

)血液凝固能の亢進が,血栓形成の

3

大要因として重要である.具体的には,先天性危険因子 として,プロテイン

C

欠乏症,プロテイン

S

欠乏症,ア ンチトロンビン欠乏症,高ホモシステイン血症などが, 後天性危険因子としては,手術,肥満,安静臥床,悪性 腫瘍(

Trousseau

症候群),外傷,骨折,中心静脈カテー テル留置,うっ血性心不全,慢性肺疾患,脳血管障害, 抗リン脂質抗体症候群,薬剤(エストロゲン,経口避妊 薬, ス テ ロ イ ド な ど ), 長 距 離 旅 行(

traveller

s

thrombosis

)などが挙げられる.欧米人の間では,静脈 血栓の重要な先天性危険因子とされる活性化プロテイン

C

抵抗性(

APC resistance

)の原因の

1

つである第

V

因 子

Leiden

変異やプロトロンビン遺伝子変異(

prothrombin

G20210A

)は,日本人では見つかっておらず,日本人 と欧米人との間の発生頻度差に大きく影響していると考 えられている.  肺塞栓症研究会共同作業部会調査の結果10)によれば, 急性肺血栓塞栓症と確定診断された

309

例中,院外発症

150

例(

49

%),院内発症

159

例(

51

%)と院内での発 症が多く,院内発症例のうち,

110

例(

69

%)が術後症 例であった.特に,整形外科領域

34

例,産婦人科領域

25

例,消化器外科領域

20

例と腹部・骨盤・下肢に対す る手術後が多かった.その他の危険因子としては,

65

歳以上の高齢

44

%,

BMI

25.3

の肥満

34

%,長期臥床

23

%,悪性腫瘍

23

%,外傷,骨折後

9

%,血栓性素因

6

%で,さらにその他にも,妊娠出産,血管カテーテル検 査,慢性心疾患,中心静脈カテーテル留置,慢性呼吸不 発症件数(1 万症例対) 5 4 3 2 1 0 500 400 300 200 100 0 件 件数 発症頻度 2002 2003 2004 2005 369 440 409 257 4.41 4.76 3.62 2.79 図 2 手術 1 万件あたりの肺塞栓症発生率 (症例)70 60 50 40 30 20 10 0 nu m be r o f p at ie nt s age 0 10 20 30 40 50 60 70 80(歳) male(n=131) female(n=178) 図 3 急性肺血栓塞栓症患者の性別と好発年齢

(5)

全,脳血管障害といった危険因子を有する症例が含まれ た.

3

発症状況

 本症の塞栓源の多くは,下肢,骨盤内静脈の血栓であ るため,起立,歩行,排便など下肢の筋肉が収縮し,筋 肉ポンプの作用により静脈還流量が増加することで,血 栓が遊離して発症することが推測される.  肺塞栓症研究会共同作業部会調査研究では,急性肺血 栓塞栓症

309

例中,発症時の誘因が明らかな症例は

108

例であり,そのうちの

57

%が起立や歩行,

22

%が排便 あるいは排尿に伴って発症していた10)

Yamada

らの報 告においても,

138

症例中,発症状況が明らかな

57

症例 において,排便・排尿に伴った発症は

53

%を占めてい た12).発症状況の明らかな症例には,安静解除後の起立, 歩行や排便,排尿が多いことは特筆すべきことである.

4

病 態

①急性肺血栓塞栓症の病態

 急性肺血栓塞栓症は,静脈,心臓内で形成された血栓 が遊離して,急激に肺血管を閉塞することによって生じ る疾患であり,その塞栓源の約

90

%以上は,下肢ある いは骨盤内静脈である.肺血管床を閉塞する血栓の大き さ,患者の有する心肺予備能,肺梗塞の有無などにより, 発現する臨床症状の程度も,無症状から突然死を来たす ものまで様々であり,そうした臨床像の多彩さや元々の 基礎疾患による症状所見により,見過ごされる危険性が 指摘されており,診断にあたって注意を要する点である.  急性肺血栓塞栓症の主たる病態は,急速に出現する肺 高血圧および低酸素血症である(図4).肺高血圧を来 たす主な原因は,血栓塞栓による肺血管の機械的閉塞, および血栓より放出される神経液性因子と低酸素血症に よる肺血管攣縮である13),14).また,低酸素血症の主な 原因は,肺血管床の減少による非閉塞部の代償性血流増 加と気管支攣縮による換気血流不均衡が原因である.局 所的な気管支攣縮は,気管支への血流低下の直接的作用 ばかりでなく,血流の低下した肺区域でのサーファクタ ントの産生低下,神経液性因子の関与により引き起こさ れる15)  機械的閉塞による肺血管床の減少は肺血栓塞栓症にお ける肺血管抵抗増加の主たる原因である.急性肺血栓塞 栓症では,肺血管床の

30

%以上が閉塞されると,肺血 管抵抗が上昇し,肺高血圧を生じるといわれている.既 往に心肺疾患を有しない場合には,肺血管床の減少程度 と平均肺動脈圧の上昇程度は比例することが動物実験お 表 1 肺血栓塞栓症の危険因子 後天性因子 先天性因子 血流停滞 長期臥床 肥満 妊娠 心肺疾患(うっ血性心不全,慢性肺性心など) 全身麻酔 下肢麻痺 下肢ギプス包帯固定 下肢静脈瘤 血管内皮障害 各種手術 外傷,骨折 中心静脈カテーテル留置 カテーテル検査・治療 血管炎 抗リン脂質抗体症候群 高ホモシステイン血症 高ホモシステイン血症 血液凝固能亢進 悪性腫瘍 妊娠 各種手術,外傷,骨折 熱傷 薬物(経口避妊薬,エストロゲン製剤など) 感染症 ネフローゼ症候群 炎症性腸疾患 骨髄増殖性疾患,多血症 発作性夜間血色素尿症 抗リン脂質抗体症候群 脱水 アンチトロンビン欠乏症 プロテイン C欠乏症 プロテイン S欠乏症 プラスミノゲン異常症 異常フィブリノゲン血症 組織プラスミノゲン活性化因子インヒビター増加 トロンボモジュリン異常 活性化プロテイン C抵抗性(Factor V Leiden* プロトロンビン遺伝子変異(G20210A)* *日本人には認められていない

(6)

よび臨床検討にて示されている16),17).元来,心肺疾患 を有しない正常の右室が生じ得る平均肺動脈圧は

40

mmHg

といわれている18).したがって,急性期にそれ 以上の圧を呈する場合には,慢性肺血栓塞栓症に急性肺 血栓塞栓症の病態が加わり急性増悪したもの(

acute on

chronic

)や慢性肺血栓塞栓症そのものを疑う必要があ る.発症前の心肺疾患の有無は,肺血栓塞栓症の発症後 の臨床症状や所見の程度に強く反映し,既往心肺疾患を 有する症例では,より小さな塞栓でも重症化につながる. 右室後負荷増大時の心拍出量減少のメカニズムとして は,冠血流低下に伴う右室あるいは左室自体の心筋虚 血19),20),右室拡張により左室拡張末期容積が減少する

reverse Bernheimeffect

21)などが考えられている.  しかし,解剖学的肺血管床閉塞だけで循環動態の変化 を説明しきれない例も多く,次に述べる神経液性因子の 関与が想定された.血小板と塞栓子である血栓との相互 作用の結果,液性因子が血中へ放出される.現在,液性 因子としてセロトニン,トロンボキサン

A

2などが知ら れており,これらは肺血管収縮,気管支収縮を引き起こ す.塞栓子である血栓に存在するトロンビンが血小板か らセロトニンの放出を誘発するが,こうした液性因子の 影響は,ヘパリン投与による

thrombin

形成抑制22)や抗 血小板薬投与によって阻害されることが実証されてい る23),24).急性肺血栓塞栓症患者にヘパリンの静脈内投

与後,

maximal expiratory flow rate

の速やかな改善と肺 抵抗の低下を認め,セロトニンが,血液凝固過程に血小 板から放出され,気管支攣縮を引き起こすことが示唆さ れている.  急性肺血栓塞栓症における低酸素血症の主たる原因 は,換気血流不均衡であるが,急性期以降に持続する低 酸素血症は,肺血流の供給が閉ざされ,肺サーファクタ ント産生低下により生じる無気肺に伴う右左シャントが 原因として考えられている25)

②肺梗塞症の病態

 肺梗塞は病理学的には出血性梗塞であり,急性肺血栓 塞栓症の約

10

15

%に合併する26),27).肺組織は,他の 組織と異なり,(

1

)肺動脈,(

2

)気道,(

3

)気管支動 脈の

3

つの酸素供給路を有すること,さらに閉塞した肺 動脈より末梢へは肺静脈からの逆行性血流を受け得るこ と28)より,肺動脈の血栓閉塞のみでは必ずしも組織壊死 には陥らない.臨床および実験データにて,肺梗塞は中 枢肺動脈の閉塞よりむしろ末梢肺動脈の閉塞で生じやす いことが示されている.

Dalen

ら29)は,気管支細動脈と 肺細動脈の末梢側に交通チャンネルが存在し,肺細動脈 レベルで血流が途絶えると,気管支動脈血流が肺毛細血 管へ流入する.末梢肺動脈での閉塞では,狭い範囲に高 圧の側副血流が流入するため,毛細血管圧が上昇し,容 易に肺実質への出血が起こりやすいと述べている.また, 左室不全といった原因で肺胞血液のクリアランスの遅延 が存在すれば,より肺梗塞を生じやすく,心不全の合併 は,肺梗塞の発生と強い関連があると報告されてい る30).肺梗塞症では炎症を伴うことにより胸膜性胸痛, 発熱,血痰といった症状が出現する.

③奇異性塞栓

 急性肺血栓塞栓症では,卵円孔開存症例において,右 房圧の上昇に伴い,右左シャントの血流に乗って,奇異 性塞栓が生じることがあり,急性肺血栓塞栓症において, 卵円孔開存は予後増悪因子とされている31)

5

重症度分類

 国外の学会によるガイドラインや研究者の定義によっ て,急性肺血栓塞栓症の重症度分類は少しずつ異なって はいるものの,最近の動向としては,肺動脈内血栓塞栓 の量,分布,形態によって分類されるのではなく,早期 死亡に影響を与える因子(表2)の有無によって重症度 が評価される.心エコー上の右心負荷所見の有無により 本疾患の予後や再発率が有意に異なることを受けて,こ れまで主に患者の血行動態所見と心エコー所見を組み合 わせた重症度分類が用いられてきた(表3)32) 広範型(

massive

):血行動態不安定症例(新たに出現し た不整脈,脱水,敗血症などが原因でなく,ショックあ 肺血栓塞栓 血管攣縮 肺高血圧 急性肺性心 気管支攣縮 神経液性因子 (セロトニン,TXA2) 換気血流不均衡 低酸素血症 機械的血管閉塞 心拍出量低下 ショック 図 4 急性肺血栓塞栓症の病態生理

(7)

るいは収縮期血圧

90mmHg

未満あるいは

40mmHg

以上 の血圧低下が

15

分以上継続するもの) 亜広範型(

submassive

):血行動態安定(上記以外)か つ心エコー上右心負荷がある症例. 非広範型(

non-massive

):血行動態安定(上記以外)か つ心エコー上右心負荷のない症例.

 

2008

年 の

European Society of Cardiology

ESC

) の

Task Force

では,さらに早期死亡率に影響を与える因子 として心筋マーカー上昇の有無などを加え,早期死亡の 高リスク群,中リスク群,低リスク群という重症度分類 を提唱している(表4)33)

6

予後と経過

①急性期予後

 肺塞栓症研究会共同作業部会では,後ろ向き検討では あるものの,日本におけるまとまった症例数についての 予後調査を報告している.この中で,急性肺血栓塞栓症

309

例の死亡率は

14

%,心原性ショックを呈した症例で は

30

%(うち血栓溶解療法を施行された症例では

20

%, 施行されなかった症例では

50

%),心原性ショックを呈 さなかった症例では

6

%であった10).また,欧米のデー タによれば,診断されず未治療の症例では,死亡率は約

30

%と高いが,十分に治療を行えば

2

8

%まで低下す るとされ,早期診断,適切な治療が大きく死亡率を改善 することが知られている34),35)

 

ICOPER

International Cooperative Pulmonary

Embolism Registry

) の 結 果 で は, 急 性 肺 血 栓 塞 栓 症

2,454

例のうち,致死的肺血栓塞栓症は

7.9

%であり,す べての原因を含めると

2

週間での死亡率が

11.4

%,

3

か 月間での死亡率は

17.5

%であった36).発症時の血行動態 不安定例での死亡率は

58.3

%であったのに対し,安定例 では

15.1

%であった.死亡原因は肺血栓塞栓症によるも のが

45.1

%,癌によるものが

17.6

%であった.死亡の独 立規定因子としては,心エコーの右室機能低下,

70

歳 以上の高齢,癌,うっ血性心不全,慢性閉塞性肺疾患, 低血圧(収縮期血圧<

90mmHg

),頻呼吸であった.  これ以外にも右心内浮遊血栓の存在37)や卵円孔開 存31),さらに最近ではトロポニン値の上昇38)は予後不 良因子とされる.また,致死的肺血栓塞栓症では,

75

%は発症から

1

時間以内に死亡,残りの

25

%は発症

48

時間以内に死亡するとの報告もある39)

②慢性期予後と経過

 肺塞栓症研究会共同作業部会調査では,

1994

1

月か ら

1997

10

月までに登録された

533

例中,

2001

3

月 まで追跡調査可能であった急性肺血栓塞栓症

219

例につ いて,追跡中の死亡例は

25

例で,死因としては,悪性 腫瘍が

16

例と最も多く,肺血栓塞栓症は

1

例のみであ った.生存率は,男性が

58.9

%,女性が

79.1

%と予後に 有意差を認めた.再発例は,

12

例(

5.5

%)であり,急 性期を除くと

5

例(

2.3

%)であった.再発

5

例のうち,

3

例では抗凝固療法が継続されていたが,

2

例は中止さ れており,

1

例は死亡した.追跡期間中の肺高血圧出現 表 2 急性肺血栓塞栓症のリスク層別化に有用な主な指標 臨床指標 ショック 低血圧* 右室機能不全の 指標 心エコー上の右室拡張,壁運動低下,圧負荷CT上の右室拡張 BNPあるいはNT-proBNPの高値 右心カテーテル検査で右心圧上昇 心筋損傷の指標 心臓トロポニン Tあるいは I 陽性 *新たに生じた不整脈,脱水,敗血症を原因としない収縮期血 圧<90mmHgあるいは40mmHg以上の血圧低下が15分以上 継続 (文献33より抜粋改変) 表 3 急性肺血栓塞栓症の臨床重症度分類 血行動態 心エコー上右心負荷 Cardiac arrest Collapse 心停止あるいは循環虚脱 あり Massive (広範型) 不安定 ショックあるいは低血圧(定義: 新たに出現した不整脈,脱水, 敗血症によらず,15分以上継続 する収縮期血圧< 90mmHgある いは≧ 40mmHgの血圧低下) あり Submassive (亜広範型) 安定(上記以外) あり Non-massive (非広範型) 安定(上記以外) なし

表4 早期死亡率に従ったリスク層別化(ESC 2008 Task Force)

早期死亡率 リスク リスク指標 治療法 臨床的(ショ ックや低血圧)右心機能不全 心筋損傷 高リスク群 (>15%) + (+)* (+)* 血栓溶解療 法あるいは 血栓摘除術 中リスク群 (3~15%) - + + 入院加療 + - - + 低リスク群 (<1%) - - - 早期退院 あるいは 外来治療 *ショックや低血圧の存在下では高リスクに分類するために右 心機能不全や心筋損傷の有無を確認する必要はない (文献33より抜粋改変)

(8)

3.7

%に認められたとしている40)

 欧米における治療後の残存血栓の追跡調査について

UPET

Urokinase Pulmonary Embolism Trial

)では,肺 血流シンチグラムで血流欠損像の完全正常化が得られた 症例は,

5

日後に

36

%,

14

日後に

52

%,

3

か月後に

73

%,

1

年後に

76

%であり,

1

年後にも

24

%の症例で血栓残存 が認められると報告している41).また,

Paraskos

らは

60

症例を平均

29

か月間(

1

7

年間)追跡し,

12

%で残 存血栓を認めた42).米国においては,肺血栓塞栓症の生 存例のうち慢性血栓塞栓性肺高血圧症に移行するのは

0.1

0.5

%とされていたが43),44),最近の報告では

2

年間

3.8

%との報告もある45)

7

エコノミークラス症候群

 エコノミークラス症候群は,航空機利用に伴って生じ た静脈血栓塞栓症を指す名称である.長時間の同一姿勢 や機内の低湿度,脱水傾向などが原因として考えられて いる.パリ,シャルルドゴール空港における調査では, 飛行距離が

2,500km

未満での発症例はなかったのに対 し,

10,000km

以上では

100

万人あたり

4.77

人が発症し, 飛行距離が長くなるほど発症率が高いことが示され た46).日本における調査としては,(財)航空医学研究 センターの三浦らによるアンケート調査があり,エコノ ミークラス症候群

44

例(確定診断

42

例・強い疑診例

2

例, 男性

3

例・女性

41

例)で,平均年齢

61.0

±

9.9

歳,平均 搭乗時間

11.6

±

1.6

時間,座席はエコノミークラス

31

例, ビジネスクラス

6

例,不明

7

例,うち死亡

4

例であった. 座席位置は窓側

11

例,中側

8

例,通路側

6

例,離席回数

0.5

±

0.8

回であったと報告している.日本における発症 頻度は

1999

年で

1,000,000

人あたり

0.18

人と極めてまれ であった47).しかし,静脈血栓塞栓症は,エコノミーク ラスに限らず,ビジネスクラスでも生じること,さらに は,航空機に限らず長時間の移動の場合には,自動車, 列車,船舶などでも起こり得ることより,本来は,旅行 者血栓症(

traveller

s thrombosis

)と呼ぶのが適当である.

2

慢性肺血栓塞栓症

1

疾病の定義・概念

 慢性肺血栓塞栓症は,器質化血栓により肺動脈が慢性 閉塞することにより発症する.慢性とは我が国では

6

か 月以上にわたって肺血流分布ならびに肺循環動態の異常 が大きく変化しない病態と定義されている48).慢性肺血 栓塞栓症には肺動脈の多くが血栓性閉塞し,この結果肺 高血圧症を合併し,労作時の息切れなどの臨床症状が認 められる症例が存在し,これを慢性血栓塞栓性肺高血圧 症(

Chronic Thromboembolic Pulmonary Hypertension

CTEPH

)という.

CTEPH

はその臨床経過により,過去 に急性肺血栓塞栓症を示唆する症状が認められる反復型 と明らかな症状のないまま病態の進行がみられる潜伏型 に分けられる.

CTEPH

は,軽症では抗凝固療法を主体 として病態の進行を防ぐ内科治療が有効な場合がある が,高度肺高血圧合併例では内科的治療に限界があり, 予後不良とされてきた49),50).近年,このような症例で も手術(肺血栓内膜摘除術)により

QOL

や生命予後の改 善が得られる症例の存在が明らかとなり43),44),48),51)−57) 正確な診断と手術適応を考慮した重症度評価が重要であ る.なお,

CTEPH

の同義語には,本症を厚生労働省が 治療給付対象疾患に指定したときに命名した特発性慢性 肺血栓塞栓症(肺高血圧型)がある.

2

疫学的事項

 我が国では急性例および慢性例を含めた肺血栓塞栓症 の発生頻度は,欧米に比べ少ないと考えられている.少 し古い報告ではあるが,日本病理剖検輯報にみる病理解 剖を基礎とした検討でも,急性肺血栓塞栓症の発生率は 米国の約

1/10

である58).急性肺血栓塞栓症の多くは, 急性期を脱すれば自然寛解する.しかし抗凝固療法を主 体とした治療で急性例

43

例の経過をみた

Paraskos

らの 報告では,血栓の残存が

12

%にみられ,うち慢性例へ の移行が

1

例であった42).米国では,急性肺血栓塞栓症 の年間発生数が

50

60

万人と推定されており,急性期 の生存症例の

0.1

%~

0.5

%が

CTEPH

へ移行するものと 推定されていた43),44).しかし,最近,急性例の

3.8

%が 慢性化したと報告され,急性肺血栓塞栓症例では,常に 本症への移行を念頭に置くことが重要である45)  我が国では,

1997

年に厚生労働省(旧厚生省)特定 疾患呼吸不全調査研究班が,本症の診断基準を定め59) 全国調査を行った.その結果,当時の本症の全国推計患 者数は,

450

人(

95

%信頼区間

360

530

人)と報告さ れた60),61).またその後本症は難病に指定されたことか ら毎年疫学調査が行われており,

2006

年度の治療給付 対象者は

800

名であった.そのうちの

520

名の臨床調査 個人票の解析では,我が国の症例は,女性に多く(女

2.8

:男

1

),年齢は

62

±

13

歳であった.

40

代以上では 女性に多く,若年者では性差は認められなかった62)

3

成因

 本症の正確な発症機序は未だ明らかでなく,通常欧米

(9)

では,急性肺血栓塞栓症例からの移行を想定している. しかし,我が国では急性例に比して慢性例の発生頻度が 高いこと,深部静脈血栓症の頻度が低いことなどから, 急性例からの移行とは異なった発症機序の存在も考えら れる.我が国の全国調査においては,急性肺血栓塞栓症 の既往は

29

%,深部静脈血栓の合併頻度は

28

%に過ぎ なかった61)

CTEPH

の基礎疾患として,血液凝固異常

14.6

%(そのうち抗リン脂質抗体症候群

75

%),心疾患

12.8

%,悪性腫瘍

9.8

%などが認められたが,

43.9

%の 症例では明らかな基礎疾患が認められなかった.また深 部静脈血栓症の危険因子として,抗リン脂質抗体の他, アンチトロンビン・プロテイン

C

・プロテイン

S

などの 欠乏症も報告されているが,その頻度も多くはなかった. 最近,米国では,本症の血中には溶けにくいフィブリン が存在することが報告され,慢性化の一因として注目さ れている63)  

CTEPH

では,急性肺血栓塞栓症を示唆する時期があ っ た 後 数 か 月 か ら 数 年 の 無 症 状 期 間(

honeymoon

period

)がみられる症例もあり43),この期間の肺高血圧 症の進展の機構は不明である.肺血管床は線溶能が高く, ほとんどの新鮮血栓性塞栓を処理する能力があるが,血 栓反復,肺動脈内での血栓の進展などに加え,何らかの 機序で血栓の処理ができない場合,器質化が進行すると 考えられる.これに関しては最近,(

1

)肺動脈性肺高血 圧症でみられる細いレベルでの血管病変,(

2

)血栓を認 めない部位の増加した血流に伴う血管病変,(

3

)血栓に よって閉塞した部位より遠位における気管支動脈系との 吻 合 を 伴 う 血 管 病 変 な ど の 存 在 か ら,

small vessel

disease

という概念も導入されてきている64).特発性肺 動脈性肺高血圧症では,

BMPR2

遺伝子の変異が報告さ れているが,本症の肺組織において,

Angiopoetin-1

mRNA

の発現が亢進し,肺血管抵抗と相関し,また

BMPR1-A

の発現が低下していることも報告されてい る65).さらに我が国では,深部静脈血栓症の頻度が低い

HLA-B

*

5201

HLA-DPB1

*

0202

と関連する病型がみら れるとの報告もある66).今後

CTEPH

発症機序の解明が 進むことが期待される.

4

臨床症状

 自覚症状として本症に特異的なものはないが,労作時 の息切れは必発といってよい.反復型では,突然の呼吸 困難や胸痛を反復して認める.一方,反復の明らかでな い潜伏型では,徐々に労作時の息切れが増強してくる. この他,胸痛,乾性咳嗽,失神などもみられ,特に肺出 血や肺梗塞を合併すると,血痰や発熱を来たすこともあ る.肺高血圧の合併により右心不全症状を来たすと,腹 部膨満感や体重増加,下腿浮腫などがみられる.  身体所見としては,低酸素血症の進行に伴いチアノー ゼ,および過呼吸,頻脈がみられる.下肢の深部静脈血 栓症を合併する症例では,下肢の腫脹や疼痛が認められ る.また,右心不全症状を合併すると,肝腫大および季 肋部の圧痛,下腿浮腫なども認められるようになる.

5

診断

 後述する特発性慢性肺血栓塞栓症(肺高血圧型)の診 断の手引きをもとに診断するが,造影

CT

は本症におい て区域,葉動脈,主肺動脈の血栓性塞栓を検出し,手術 適応の判定や効果の予測に有用との報告がなされてい る67).しかし亜区域レベルの評価など手術適応決定の際 には,肺動脈造影が必要とされる.

6

予後

 

Riedel

らの報告では,安定期の平均肺動脈圧が

30

mmHg

を超える症例では,その後,肺高血圧症の進展が みられたが,平均肺動脈圧が

30 mmHg

以下の症例では, 肺高血圧症の進展はみられなかった.

5

年生存率は,平 均肺動脈圧が

40 mmHg

を超える症例で

30

%,

50 mmHg

を超える症例で

10

%であった49).我が国における慢性 肺血栓塞栓症の報告でも,安定期の平均肺動脈圧が

30

mmHg

以下の例では

5

年生存率は

100

%と良好であった. 全 肺 血 管 抵 抗 を 指 標 と し,

CTEPH

を <

500

500

1,000

1,000

1,500

1,500

dyne

sec

cm

−5

4

に分類すると,それぞれの

5

年生存率は,

100

%,

88.9

%,

52.4

%,

40.0

%で,全肺血管抵抗値は予後推定に有用で ある50)

7

治療

 内科治療例の予後は不良であることから,付着血栓が 手術的に到達可能であり,他の重要臓器に大きな障害が なければ後述する肺動脈血栓内膜摘除術の適応を考慮す る43),44),48),51)−57).我が国の成績でも,付着血栓の近位 端が葉動脈,本幹にある例での手術成功例では著明な肺 血行動態,

QOL

,予後の改善が得られている53)−57).ま た区域に限局する例においても,手術で肺血行動態や

QOL

が改善することが報告されている55),57).非手術適 応症例については,肺動脈性肺高血圧症に使用される薬 物を使用し,有効であったとの報告もみられるようにな ったが,その評価は定まっていない56),57),68)−70).英国で

2003

年以後の内科治療例の予後が改善したと報告さ れた71)

(10)

3

深部静脈血栓症

1

定義

 四肢の静脈には筋膜より浅い表在静脈と深い深部静脈 があり,急性の静脈血栓症は深部静脈の深部静脈血栓症 と表在静脈の血栓性静脈炎を区別する.深部静脈血栓症 は,発生部位(頸部・上肢静脈,上大静脈,下大静脈, 骨盤・下肢静脈)により症状が異なる.欧米では,発生 頻度の高い下肢の深部静脈に発生するものを深部静脈血 栓症としている72).ここでは,四肢の深部静脈,特に発 生頻度の高い骨盤・下肢静脈の急性期深部静脈血栓症を 中心に取り上げる.

2

疫学

 深部静脈血栓症の発生頻度は,診断の根拠となる症候 や検査により異なり,剖検では疫学調査より約

50

%多 い73).剖検の発生頻度は,欧米では病院死亡の

24

60

%であるが,我が国では

0.8

%とされている74)−76).疫学 調査の発生頻度は,我が国では,

1988

年,厚生省特定 疾患系統的脈管障害調査研究班により年間

650

例とさ れ77),また

1997

年,日本静脈学会静脈疾患サーベイ委 員会から年間

506

例との報告がある78).しかし,

2006

年の肺塞栓症研究会の短期アンケート調査では,年間

14,674

例と推計された2).この発生頻度は年間

10

万人あ たり

12

例となり,この

10

年間に約

30

倍増加したことに なる.一方,米国では,深部静脈血栓症が毎年

116,000

から

250,000

例発生し79),80)

1976

年から

2000

年の論文 解 析 か ら, 発 生 頻 度 は 年 間

10

万 人 あ た り

50

例 で あ る81).我が国の発生頻度は,近年,欧米の約

1/4

まで急 増した.

3

成因と危険因子

①成因

 静脈血栓の形成には,静脈の内皮障害,血液の凝固亢 進,静脈の血流停滞の

3

つの成因がある82).内皮障害で は,好中球から誘導されるサイトカインや組織因子によ る内皮機能不全が凝固亢進を促進して,血栓形成が成立 する.凝固亢進では,凝固系や線溶系における制御機構 の破綻に伴う凝固系の持続的な促進状態により,血栓形 成が成立する.血流停滞では,好中球の内皮接着や内皮 の低酸素状態が促進されるが,単独では十分条件とはな らず,内皮障害や凝固亢進の必要条件のもとで,血栓形 成が成立する.

②危険因子

 深部静脈血栓症の発生は,誘発因子である

3

つの成因 によるが,発症にかかわる危険因子は多数証明されてい る72),73(表5).

3

つの成因が様々な程度で個々の危険因 子に関与し,通常,複数の危険因子が作用して発症する. 患者の発症リスクを判定するには,複数の危険因子とそ の成因を考慮した定量的解析法が必要である73).欧米で は,

2001

年,院内発症を予防するため,基本的危険因 子の総リスク度を

4

段階に評価し,他の付加的危険因子 の強度を

3

段階で考慮して,最終判定するガイドライン が公表された83)−86).我が国でも,

2004

年,このガイド ラインが採用された87).今後,ガイドラインの有効性を 検証する必要がある73)

③発生部位

 深部静脈血栓症は,頸部・上肢静脈では,内頸静脈や 鎖骨下静脈への輸液路やペースメーカなどカテーテル留 置により医原性に発生するのが大部分であり,一部に胸 郭出口症候群に起因する

Paget-Schroetter

症候群がある. 上大静脈では,上大静脈症候群として,縦隔腫瘍による 圧迫が主な原因となる.下大静脈では,骨盤・下肢静脈 から進展する場合が多いが,一部に下大静脈フィルター 血栓や

Budd-Chiari

症候群がある.骨盤・下肢静脈では, 骨盤部から先天性

iliac band

web

,腸骨動脈による

iliac compression

などの静脈圧迫,大腿部からカテーテ ルの穿刺や留置,下腿部から運動制限下臥床により発生 するが,下腿部が大部分を占める73),88).下腿部では, 膝窩静脈捕捉症候群が関与することもある89).下腿部で 表 5 深部静脈血栓症の危険因子 事項 危 険 因 子 背景 加齢 長時間座位:旅行,災害時 病態 外傷:下肢骨折,下肢麻痺,脊椎損傷 悪性腫瘍 先天性凝固亢進:凝固抑制因子欠乏症 後天性凝固亢進:手術後 心不全 炎症性腸疾患,抗リン脂質抗体症候群,血管炎 下肢静脈瘤 脱水・多血症 肥満,妊娠・産後

先天性iliac bandやweb,腸骨動脈によるiliac compression 静脈血栓塞栓症既往:静脈血栓症・肺血栓塞栓症 治療 手術:整形外科,脳外科,腹部外科

薬剤服用:女性ホルモン,止血薬,ステロイド カテーテル検査・治療

(11)

の初発部位は,多くがひらめ筋内静脈である72),90).ひ らめ筋内の静脈群はひらめ筋静脈と総称され,内側部・ 中央部・外側部から還流する.通常,中央部が最大で, 内方と外方からの合流分枝を持つ91)−94).ひらめ筋静脈 血栓症は,大部分中央部から発生し,多くは数日で消失 するが,約

30

%が数週以内に中枢側に進展する91)

4

病態

①血栓形成と血栓加齢

 静脈血栓の局在的病態として,血栓形成,その後の血 栓進展には,内皮のセクレチンとその受容体,および血 流中の血小板由来微小粒子や組織因子の関与が示され た82),95),96),99),100).一方,血栓形成後の溶解や退縮には, 各種サイトカインが複合的に関与することが判明し た82),92),93),97),98).静脈血栓は,数日以内に炎症性変化に よ り 静 脈 壁 に 固 定 さ れ, 以 後 器 質 化 に よ り 退 縮 す る72),73).静脈弁は炎症性変化や器質化により障害され るが,一部では弁機能が保持される72),73).血栓性閉塞 の血流再開は,急性期には溶解や退縮が中心で,慢性期 には器質化や再疎通が重要となる.静脈血栓は,膝窩静 脈より末梢側では,数日から数週で消失するものが多い. しかし,膝窩静脈より中枢側では,

1

年以内には約半数 が退縮するが,消失するものはまれで索状物として残存 する99)

②中枢進展と塞栓化

 深部静脈血栓症では,血栓の中枢端が塞栓,あるいは 塞栓源となる.通常,発生部位から中枢進展する過程で 進展血栓が塞栓化するが,関節周囲や下腿筋ポンプ内の ような特殊な状況では,進展血栓が容易に塞栓化するた め中枢進展のない反復性となる.血栓の組成により,白 色血栓や混合血栓は静脈壁に固定されやすいが,赤色血 栓は固定されにくく塞栓化する傾向が強い100).骨盤・ 下肢静脈では,塞栓化は,仰臥位や座位では股関節や膝 関節の運動により血栓が剥離され,また,立位では歩行 運動に伴う下腿筋ポンプ作用により血栓が駆出されるも のと考えられる92).塞栓化の時期は,発生や進展から

1

週間以内が多いが,中枢端の血流状況により反復性とな る90),93).肺血栓塞栓症の重症度は,塞栓の大きさと頻 度が関係する.重症例は,膝窩静脈から中枢側の塞栓源, 特に大腿静脈に多いが,末梢側でも発生する90),92),93) 孤立性のひらめ筋静脈血栓症でも報告がある90).一方, 塞栓源の

30

60

%は不明とされているが72),73),無症候 性でも剖検により骨盤・下肢静脈に新・旧の塞栓源の存 在が証明されている93)

5

病型と病期

 骨盤・下肢静脈の深部静脈血栓症では,病型は膝窩静 脈から中枢側の中枢型(腸骨型,大腿型)と,末梢側の 末梢型(下腿型)を区別する.ここでは,深部静脈血栓 症を臨床症状と静脈還流障害から,急性期と慢性期に区 別する.急性期の症候の発現には,血栓の進展速度と静 脈の閉塞範囲が関与する.急性静脈還流障害として,中 枢型では三大症候である腫脹,疼痛,色調変化が出現す る.中枢型の腸骨型では,急速発症した広範閉塞の場合 には静脈の高度還流障害に伴う動脈灌流障害により静脈 性壊死となることがある.臨床的重症度として,有痛性 白 股 腫, 有 痛 性 青 股 腫, 静 脈 性 壊 死 の 分 類 が あ る が72),101),有痛性白股腫はまれであり,有痛性腫脹,有 痛性変色腫脹(白股腫,青股腫),静脈性壊死と分類す るのが実際的である.一方,末梢型では,主に疼痛であ るが,無症状が多い.理学的所見では,直接所見である 血栓化静脈の触知や圧痛とともに,間接所見である下腿 筋の硬化が重要である72),101).慢性期の再発では,急性 と慢性の還流障害が混在した症候となる.慢性還流障害 による静脈瘤,色素沈着,皮膚炎に加えて,急性還流障 害の症候が出現する.理学的所見では,下腿筋の硬化や 圧痛が重要となる72),101)

6

予後と再発

 骨盤・下肢静脈の深部静脈血栓症は,自然予後と比較 して,早期の適切な治療により予後が改善する102).急 性期予後に関係する病態には,急性静脈還流障害,急性 肺血栓塞栓症,動脈塞栓症がある.急性還流障害は,通 常,数日から数か月で消失し,静脈性壊死はまれであ る72),101).急性肺血栓塞栓症は,最も重篤な病態であ り73),80),一次予防,二次予防が重要である.また,動 脈塞栓症は,卵円孔開存が原因であり,その早期診断が 必要である31).慢性期予後に関係する病態には,血栓後 症候群,深部静脈血栓症再発,慢性肺血栓塞栓症,動脈 塞栓症がある72),73),101).血栓後症候群には,急性還流障 害から移行するものと一旦症候が消失した後に発症する ものがある.血栓化範囲と関係があり,中枢型では約

40

%で発症する72),103).深部静脈の閉塞や弁不全は静脈 高血圧の原因とはなるが,血栓後症候群の発症とは一致 せず73),患者の生活環境や穿通枝や表在静脈の弁不全が 関与する.深部静脈血栓症の再発は,急性期の再燃だけ でなくより高率に血栓後症候群を発症し104),新たな肺 血栓塞栓症や動脈塞栓症を続発する.抗凝固療法の未施

(12)

行では,約

30

%で再発する105).抗凝固療法後の再発では, 血栓性素因の検索が必要である106),107).再発予防には, 患者の生活環境を考慮した運動圧迫療法の継続が重要で ある.抗凝固療法では,少なくとも

3

か月から

6

か月間 の継続が必要であるが,患者の危険因子(可逆性,特発 性,永続性)を考慮した投与期間の設定が重要とな る73),107).抗凝固療法の終了には,

D

ダイマーの正常化 が参考となる.

各 論

1

急性肺血栓塞栓症

1

診断

 診断に対する基本的考え方:本疾患は致死性の疾患で あり,我が国では心筋梗塞より死亡率が高い(急性肺血 栓塞栓症

11.9

%108),急性心筋梗塞

7.3

109)).急性肺血 栓塞栓症は死亡率が高い疾患であり,死亡は発症後早期 に多い.それゆえ,本疾患を疑った場合は,できるだけ 早急に診断するように心がけるべきである.本症の診断 を難しくしているのは症状,理学所見,一般検査で本症 に特異的なものがないことによる.それゆえ,これらの 非特異的所見から本症の存在を疑う臨床的センスが要求 される.他の疾患で説明できない呼吸困難では本症も鑑 別すべきである.一方,肺疾患,心疾患を有する患者は 本症のリスクが高く予備能が低いので重症化しやすい が,この様な例では特に肺血栓塞栓症の診断が難しい. 呼吸困難が増悪し,原疾患に対する治療への反応が不良 の場合や否定された場合には,本症も思い浮かべる必要 がある.

①症状

 急性肺血栓塞栓症と診断できる特異的な症状はなく, このことが診断を遅らせる,あるいは診断を見落とさせ る大きな理由の

1

つとなる.逆に急性肺血栓塞栓症と診 断された症例の

90

%は症状より疑われており,診断の 手がかりとして,症状の理解は重要である.誘因があり 疑わしい症状が認められる場合には,過剰診断を恐れる ことなく検査を進める必要がある.表6に代表的な自覚 症状を示す10),110)−112).呼吸困難,胸痛が主要症状であり, 呼吸困難,胸痛,頻呼吸のいずれかが

97

%の症例でみ られたとする報告もある113).呼吸困難は最も高頻度に 認められ,他に説明ができない呼吸困難,突然の呼吸困 難で,危険因子がある場合には急性肺血栓塞栓症を鑑別 診断に挙げなくてはならない.心肺疾患を有する患者で は呼吸困難が以前より増強してくる.胸痛は次に頻度の 多いものである.胸膜痛を呈する場合と,胸骨後部痛の ことがあり,前者が末梢肺動脈の閉塞による肺梗塞に起 因するもの,後者は中枢肺動脈閉塞による右室の虚血に よるものと考えられている.呼吸困難と胸痛を示す疾患 として,気胸,肺炎,胸膜炎,慢性閉塞性肺疾患,慢性 閉塞性肺疾患の悪化,肺癌などの肺疾患,心不全を鑑別 する必要がある.失神も重要な症候で中枢肺動脈閉塞に よる重症例に出現し労作性に起こり,急性血栓肺塞栓症 は失神の鑑別疾患として忘れてはならない.咳嗽,血痰 も少なからず認められ,動悸,喘鳴,冷汗,不安感が認 められることもある.血痰は末梢肺動脈の閉塞による肺 梗塞によって起こる.  このように症状単独では本症に結びつけることの困難 なポピュラーなものばかりである.しかし,総論で取り 上げた基礎疾患,誘因に加え発症状況を判断材料に用い れば診断精度は向上する.特徴的発症状況としては安静 解除直後の最初の歩行時,排便・排尿時,体位変換時が ある.

②診察所見

 頻呼吸,頻脈が高頻度に認められる111),114).ショック で発症することもあり,低血圧を認めることもある.肺 高血圧症に基づく所見としてはⅡ

p

音亢進が主な所見で 右室拍動を認めることもある.右心不全を来たすと頸静 脈の怒張や右心性Ⅲ音,Ⅳ音を認める.肺梗塞を合併す ると不連続性ラ音を聴取することがあり,胸水貯留によ り打診で濁音となり清音伝導が低下する.深部静脈血栓 症に基因する所見としては下腿浮腫,

Homans

徴候など がある.  *臨床的に見た疾患可能性(

clinical probability

表 6 急性肺血栓塞栓症の自覚症状 症状 (n=224)長谷川ら 肺塞栓症研究会(n=579) 呼吸困難 171(76%) 399/551(72%) 胸痛 107(48%) 233/536(43%) 発熱 50(22%) 55/531(10%) 失神 43(19%) 120/538(22%) 咳嗽 35(16%) 59/529(11%) 喘鳴 32(14%) 記載なし 冷汗 19(8%) 130/527(25%) 血痰 記載なし 30/529(6%) 動悸 記載なし 113/525(22%)    (文献10,110-112 より改変引用)

(13)

 まだ,日本では十分に普及していないが,ベイズ統計

学を用いて,検査前の疾患可能性(検査前確率

pretest

probability

あるいは事前確率

prior probability

)が検査法

の結果でどのように変化するか(検査後確率

posttest

probability

あるいは事後確率

posterior probability

)を推 定する方法が診断に取り入られてきている.特に,静脈 血栓塞栓症ではその研究が進んでいる.  この方法を用いるときの基礎データである臨床的に見 た疾患可能性評価法として,

Wells

スコア115)とジュネー ブ・スコア116(および改訂ジュネーブ・スコア) 117))が 有名である(表7).

277

例での検討では

Wells

スコアと ジュネーブ・スコアによって肺血栓塞栓症の可能性が低 いとされた群での肺血栓塞栓症の頻度はそれぞれ

12

% (

95

%信頼区間:

7

17

%),

13

%(

95

%信頼区間:

8

18

%),可能性が中等度の群ではそれぞれ

40

%(

95

%信 頼区間:

31

50

%),

38

%(

95

%信頼区間:

29

47

%), 可能性が高度の群ではそれぞれ

91

%(

95

%信頼区間:

59

100

%),

97

%(

95

%信頼区間:

35

90

%)であり,

Wells

スコアとジュネーブ・スコアの肺血栓塞栓症予測 に対する正確さは同等であると報告された118)

749

例で の改訂ジュネーブ・スコアの妥当性の検討では,肺血栓 塞栓症の可能性が低いとされた群での肺血栓塞栓症の頻 度は

7.9

%(

95

%信頼区間:

5.0

12.1

%),可能性が中 等度の群では

28.5

%(

95

%信頼区間:

24.6

32.8

%), 可能性が高度の群では

73.7

%(

95

%信頼区間:

61.0

83.4

%)であった117)

③検査

①スクリーニング検査 ①一般検査  一般血液検査では特異的な所見はない.胸部

X

線写真 では

7

割に心拡大や右肺動脈下行枝の拡張が見られる. また,

1/3

には肺野の透過性亢進が認められる119).肺梗 塞を起こすと肺炎様浸潤影や胸水が見られる.しかし, 診断に直接結びつく特異的所見はない.心電図としては 右側胸部誘導の陰性T波,洞性頻脈を高頻度に認め,

S

Q

T

Ⅲ,右脚ブロック,

ST

低下,肺性

P

,時計方向 回転も出現する.また,右軸偏位,

ST

上昇が見られる こともある119).しかしながら,本症に特異的な心電図 所見は存在しない. ②動脈血ガス分析  低酸素血症,低二酸化炭素血症,呼吸性アルカローシ スが特徴的所見である.

PaO

2が

80Torr

mmHg

)未満, 肺胞気

-

動脈血酸素分圧較差(

AaDO

2)も開大すること

が多いが,

PaO

2が

80Torr

以上や

AaDO

2が

20Torr

以下で

あっても本症は否定できない.末梢酸素飽和度(

SpO

2) の測定は簡便であり,頻回にあるいは持続して非侵襲的 に実施できる利点があるため,特に周術期管理でのスク リーニング法としては役立つ. 表 7 肺血栓塞栓症の可能性予測 Wellsスコア ジュネーブ・スコア  改訂ジュネーブ・スコア PEあるいはDVTの既往 + 1.5 PEあるいはDVTの既往 + 2 66歳以上 + 1 心拍数>毎分 100 + 1.5 心拍数>毎分 100 + 1 PEあるいはDVTの既往 + 3 最近の手術あるいは長期臥床 + 1.5 最近の手術 + 3 1か月以内の手術,骨折 + 2 DVTの臨床的徴候 + 3 年齢(歳) 活動性の癌 + 2 PE以外の可能性が低い + 3   60~79 + 1 一側の下肢痛 + 3 血痰 + 1   80以上 + 2 血痰 + 2 癌 + 1 動脈血二酸化炭素分圧 心拍数   < 36mmHg + 2  75~94 bpm + 3   36~38.9mmHg + 1  95 bpm以上 + 5 動脈血酸素分圧 下肢深部静脈拍動を伴う痛みと浮腫 + 4   < 48.7mmHg + 4   48.7~59.9mmHg + 3   60~71.2mmHg + 2   71.3~82.4mmHg + 1 無気肺 + 1     一側の横隔膜挙上 + 1     臨床的可能性 臨床的可能性 臨床的可能性   低い 0~1   低い 0~4   低い 0~3   中等度 2~6   中等度 5~8   中等度 4~10   高い 7以上   高い 9以上   高い 11以上 PE:肺血栓塞栓症,DVT:深部静脈血栓症(文献115−117より引用)

(14)

③Dダイマー  

D

ダイマーはフィブリン分解産物の集まりである.こ の分解産物は単一の成分ではなく,様々なサイズの異な った構成成分から成り,個人差や病状による差もある. 分解産物の測定部分(

DD

フラグメント,

DD/E

フラグ メント)は測定法によって異なる.これらの理由から, 標 準 試 薬 を 用 い た

D

ダ イ マ ー の 国 際 標 準 化

standar-dization

は断念され,測定法間の協調

harmonization

が図 られる予定である120).また表示単位もフィブリノーゲ ン相当量,

D

ダイマー値,

DD/E

単位など一定でない.  測定法(

ELISA

法,ラテックス比濁法など)や試薬 により最低検出感度,測定限界,再現性など性能に差が あるため,静脈血栓塞栓症疑い患者での検査法間の性能 評価が行われている121).特に,

ELISA

法は高い感度を 有している.

DIC

での利用される測定範囲とは全く異な ることも注意が必要である.つまり

DIC

診断で求めら れる検査性能と静脈血栓塞栓症診断で求められる検査性 能は異なる.  肺血栓塞栓症診断へは,診断の除外に利用される.前 述した検査前確率の概念を用いると,この確率が高くな い場合に

D

ダイマー検査は利用価値が高い.それは,検 査が陰性の場合には検査後確率が大幅に低下し静脈血栓 塞栓症を除外でき,陽性の場合には逆に検査後確率が非 常に高くなるからである.一方,検査前確率が高い場合 には

D

ダイマー検査は利用価値が下がる.検査前確率が 高い場合に

D

ダイマーが基準値を超えても検査後確率 はほとんど上昇せず,基準値内では検査後確率は下がる がさらなる精査を中止してよいレベルには達しない.そ れゆえ,検査前確率が高ければ,

D

ダイマー測定結果に かかわらず追加の検査が必要となる.定量迅速

ELISA

法のデータ121)と疾患可能性の評価を組み合わせた関係 を図5に示す122)  ラテックス法がまだ多いこと,さらに外注検査の施設 が多いため迅速な診断には利用できないことが日本での

D

ダイマーの問題点である123) ④経胸壁心エコー  閉塞血管床が広範な場合には右室拡大,および心尖部 の壁運動は保たれるが右室自由壁運動が障害される,い わゆる

McConnell

徴候を認める.ドプラ法により推定さ れる肺動脈圧も上昇する.右室機能不全が心エコー上認 められる例では短期予後が悪化する36),124).本法により 血栓自体を検出することはまれであるが,本疾患のスク リーニング法としてのみならず,右室負荷判定は重症度 判定やその後の治療方針決定に際しても有用である. ②画像診断  スクリーニング検査に引き続き,より特異度の高い検 査を施行する.これらの検査の目的は塞栓子の証明(確 定診断),右心負荷の評価,深部静脈血栓の検索である. ①肺動脈造影(DSAを含む)と心臓カテーテル検査  肺動脈造影は未だに急性肺血栓塞栓症確定診断の

gold

standard

で あ る. 直 接 所 見 と し て 造 影 欠 損(

filling

defect

),血流途絶(

cut off

),間接所見として血流減弱 (

oligemia

),充満遅延(

filling delay

)がある.選択的肺 動脈注入のディジタル肺動脈造影はカット─フィルム(以 前

gold standard

であったが,現在では利用することはほ とんどない)と同等の診断能を有するが125),右房注入 ではその精度は低下する.バルーンによって閉塞した肺 血 管 の 遠 位 部 に 少 量 の 造 影 剤 を 注 入 す る

wedged

pulmonary angiography

は末梢血栓の検出には有効であ る.

PIOPED

研究に登録された症例での検討126)では, 肺動脈造影の合併症として

1,111

症例中死亡

0.5

%,致 死的ではない重篤な合併症が

1

%,軽度の合併症が

5

% に発生した.また,死亡を含む重篤な合併症は

ICU

患 者に多く,肺動脈圧,造影剤の量,最終的に肺塞栓症が 存在するか否かとは関連がないことが示されている.ま た,肺動脈造影によって決着がつかない例が

3

%,不完 全な検査は

1

%に認められたが,その多くは合併症に起 因していた.低浸透圧非イオン性造影剤の使用により造 影検査の安全性は向上したが,

Hudson

らも検査前の一 検査後確率 陰性尤度比=0.09 陽性尤度比=1.70 検査前確率 0.0 1.0 0.8 0.6 0.4 0.2 0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 Wellsスコア,ジュネーブ・スコアおよび改訂ジュネーブ・ス コアで肺血栓塞栓症の可能性が低いとされた場合,疾患確率は 陰性の場合それぞれ12%→1.2%,13%→1.3%,7.9%→0.8% に変化し,陽性の場合には 18.8%,20.3%,12.7%に変化する. 可 能 性 が 中 等 度 の 場 合, 検 査 が 陰 性 の 場 合 そ れ ぞ れ 40%→5.7%,38%→5.2%,28.5%→3.4% に変化し,陽性の場 合には53.1%,51.0%,40.4%に変化する.可能性が高い場合, 検 査 が 陰 性 の 場 合 そ れ ぞ れ91%→47.6%,97%→74.4%, 73.7%→20.1%に 変 化 し, 陽 性 の 場 合 に は94.5%,98.2%, 82.7%に変化する.Wellsスコアで肺血栓塞栓症の可能性が中等 度の場合の確率変化を矢印で表示した. 図 5 定量迅速 ELISA 法の検査前確率と検査後確率の関係

表 16 血栓溶解療法の禁忌(文献 32より改変) 絶対禁忌 活動性の内部出血 最近の特発性頭蓋内出血 相対禁忌 大規模手術,出産,10日以内の臓器細胞診,圧迫不能な 血管穿刺 2か月以内の脳梗塞 10日以内の消化管出血 15日以内の重症外傷 1か月以内の脳神経外科的あるいは眼科的手術 コントロール不良の高血圧(収縮期圧> 180 mmHg;拡張 期圧> 110 mmHg) 最近の心肺蘇生術 血小板数< 100,000/mm 3 ,プロトロンビン時間< 50% 妊娠 細菌性心内膜炎 糖尿病性出血性網膜症
表 27 静脈血栓塞栓症の付加的な危険因子の強度 危険因子の強度 危険因子 弱い 肥満 エストロゲン治療 下肢静脈瘤 中等度 高齢 長期臥床 うっ血性心不全 呼吸不全 悪性疾患 中心静脈カテーテル留置 癌化学療法 重症感染症 強い 静脈血栓塞栓症の既往 血栓性素因 下肢麻痺 ギプスによる下肢固定 血栓性素因:アンチトロンビン欠乏症,プロテイン C欠乏症, プロテインS欠乏症,抗リン脂質抗体症候群など

参照

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