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1 診断

①基本的アプローチ

 深部静脈血栓症では,常に,肺血栓塞栓症を念頭にお き,診断・治療を選択する(図6,7).急性期では,以 下の

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点を考慮する72),101),335.第一に,血栓の存在を確 認して(血栓の判定),中枢進展を阻止する治療を開始 する.第二に,血栓の範囲を確定して(病型の判定),

血栓後症候群を軽減する治療を選択する.第三に,血栓 の中枢端を評価して(塞栓源の判定),塞栓を阻止する 治療を選択する.第四に,静脈還流障害を評価して(重 症度の判定),急性還流障害が改善する治療を選択する.

 初発・再発とも,急性期は準緊急的治療を必要とする 病態であり,診断のアルゴリズムを示す335),336(図 12).

診察による症状や所見などの症候からは,典型的な中枢 型では診断は可能であるが,末梢型では診断は困難であ る.それゆえ,問診による症状や危険因子から急性期を

疑診断することが重要となる.最近では,各種検査を行 う前の深部静脈血栓症の臨床確率を評価する方法とし て,危険因子や症状所見から点数化する方法が考案され て い る. 代 表 的 な も の と し て は

Wells

ス コ ア が あ り337),338

Wells

スコアにより低臨床確率かつ

D

ダイマ ー正常例では安全に深部静脈血栓症が除外できるとされ る339),340.問診や診察で急性期の疑いが強い場合に は82,直接確定診断できる画像検査を選択する.四肢で は,迅速に実施できる非侵襲的な静脈エコー(断層法,

あるいは断層法にドプラ法を併用する超音波検査)が第 一選択である100),341.しかし,腹部や胸部では,静脈エ コーの診断精度が高くないことから,造影

CT

,ときに は

MRV

を選択する342)−344.これらの低侵襲的検査によ り確定診断できない場合には,侵襲的な静脈造影を選択 する345.静脈造影は現在でも,最も確実な確定診断,

ならびに除外診断の基準検査である.一方,静脈エコー が妥当でない場合(疑いが低い場合や手技が難しい場合)

や対象者が多い場合には,スクリーニングや選別診断の ため,短時間にあるいは簡単に施行できる定量検査を選 択できる335),336.選別診断には最近では,

D

ダイマーが 広く測定されている121),346

D

ダイマーの異常値では,

急性期の可能性は高いが,確定診断ではないことから画 像検査を追加する.

D

ダイマーの正常値では,急性期を 除外できるが,慢性期は除外できないことに留意する.

可能であれば,治療を開始する前に病因検査を行う.

 下肢深部静脈血栓症の急性期診断は,問診,診察,臨 床検査の順で行う.臨床検査には,全身状態を把握する 一般検査と深部静脈血栓症や肺血栓塞栓症を診断する特 殊検査がある.ここでは,問診・診察・特殊検査(定量 検査,画像検査,病因検査)を中心に取り上げる.

疑 診断

選別診断

確定診断

問診診察 (危険因子,症状,所見)

定量検査 (Dダイマー:低侵襲)

画像検査 (静脈エコー:非侵襲)

     (造影CT・MRV:低侵襲)

     (静脈造影:侵襲)

病因診断 病因検査 (血栓傾向,自己抗体)

図 12 深部静脈血栓症の診断のアルゴリズム

②問診

 問診では,深部静脈血栓症の急性期の症候だけでなく,

肺血栓塞栓症や動脈塞栓症の症候にも留意する72),101),335

(図12).危険因子は,時間的制約もあり,重要で頻度 の高いものから確認する(表5).

 現病歴では,急速発症した腫脹,疼痛,あるいは色調 変化から,急性期を疑診断する.腫脹は,両側性では特 異性が乏しい.片側性では中枢型を疑うが,圧迫性還流 障害や嚢胞破裂との鑑別を要する.疼痛は,大腿部や下 腿部に自発痛や静脈性跛行を呈する場合には中枢型を疑 う.下腿部痛だけの場合には末梢型を疑うが,外傷(筋 断裂や筋内出血)との鑑別が必要となる.色調変化は,

大腿部や下腿部の赤紫色では中枢型を疑うが,感染(リ ンパ管炎や蜂窩織炎)も考慮する.末梢型では,無症候 性が多いことから,呼吸困難や胸痛からも疑診断する.

現病歴で頻度の高い危険因子として,静脈内カテーテル 留置,術後や集中治療による

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日以上の絶対安静,四肢 の麻痺や固定などを確認する(表5).特に,大腿骨骨 折の周術期は重要である344.既往歴では,深部静脈血 栓症・肺血栓塞栓症・脳血管障害・脊髄損傷の有無,な らびに四肢や腹部の手術を確認する.家族歴では,血栓 性素因を示唆する若年性,あるいは多発性や再発性の静 脈血栓症を確認する.生活歴では,止血薬,女性ホルモ ン薬,ステロイドなどの血栓傾向を誘発する薬剤の継続 的服用を確認する.

③診察

 診察では,深部静脈血栓症の急性期を疑診断するため,

視診により四肢の色調変化や腫脹を確認するとともに,

触診により深部静脈や筋群の性状を判定する72),101),335

(図12).慢性期の再発では,慢性還流障害の所見に混 在する急性還流障害の所見に留意する.

 色調変化は,立位や下垂位で明瞭となり,挙上により 速やかに改善するので,感染との鑑別に役立つ.色調変 化は,下肢の中枢型に特異的であり,下肢全体では腸骨 型,下腿部では大腿型を疑う.腫脹は,下肢の中枢型に 特異的であり,下肢全体では腸骨型,下腿部では大腿型 を疑う88.しかし,浮腫は特異性に乏しい.表在静脈の 怒張は閉塞部位の参考となる.鼠径部では,中枢型の直 接所見として,動脈に伴走する弾性構造物を触知できる.

下腿部では,中枢型の間接所見として,下腿筋の硬化が 有用であるが,下腿筋の発達した患者では難しい.また,

中枢型や末梢型の直接所見として,下腿筋の圧痛が有用 であり,下腿筋内静脈血栓ではより限局性となる.

Homans

テスト(膝を軽く押さえて足関節を背屈させる

と,腓腹部に疼痛が生じる)や

Loewenberg

テスト(下 腿 に 血 圧 測 定 用 の カ フ を 巻 き 加 圧 す る と,

100

150mmHg

の圧迫で疼痛が生じる)では,陽性は中枢型

や末梢型を疑うが,特異性が低い72.色調変化・腫脹と ともに,下腿筋に硬化や圧痛があれば,中枢型を強く疑 う72),335.皮膚の色調不良や壊死があれば,動脈ドプラ により下腿動脈の血流状態を判定する72

 慢性期の再発では,静脈瘤,色素沈着,皮膚炎などの 慢 性 期 の 所 見 に 急 性 期 の 所 見 が 混 在 す る こ と が あ る72),335

④検査

①定量検査

 定量検査は,深部静脈血栓症を血液や血流の数量的指 標で選別診断する検査法である(図12).血液検査では

D

ダイマー,血流検査には血管内血流を測定する超音波 検査と下肢血流を測定する脈波計がある.

①Dダイマー

 血液検査では,

D

ダイマーが広く普及している.

D

ダ イマーの測定法には多くの種類があり,また異常値にな る病態が多いことから,各施設で診断の基準値を検討す る必要がある121),346.疑いが低い場合に,正常値から急 性期深部静脈血栓症を除外のため測定する.しかし,異 常値からも急性期を確定診断できないことから,対象者 が多い場合のスクリーニングに適している.

②超音波ドプラ法

 血流検査では,血管内血流の測定には超音波検査のド プラ法を使用する.連続波ドプラ法は,深部静脈血栓症 のスクリーニングには使用されなくなったが347,下肢 動脈の評価には有用である.重症の急性還流障害におけ る下肢動脈の血流状態を評価する.パルスドプラ法では 血流速度で定量的に,カラードプラ法ではカラー表示で 定性的に血流状態を評価する.通常,カラードプラ法を 主に使用しながら,パルスドプラ法を追加する335.深 部静脈血栓症では,閉塞や血流再開,さらに側副路形成 を判定する.大きな装置で使用場所が制限されることや 深部でカラー表示できない短所はあるが,短時間に施行 でき,かつ修得にあまり経験を必要としない長所があ る335),347.カラードプラ法は血管内血流の標準的検査と して普及している.

③脈波計

 下肢血流の測定には脈波計のストレーンゲージ式や空 気式を使用する72),335.ストレーンゲージ式は,下肢静 脈の流出路閉塞の評価に使用されるが,末梢型の診断精

度が低いため使用されなくなった335),348.空気式は下肢 静脈機能の標準的検査として普及している72),335

②画像検査

 画像検査は,深部静脈血栓症を形態的に確定診断する 検査法であり72),335,超音波検査,造影

CT

MRV

,静 脈造影がある(図12).各検査の特性が異なるため,各 施設の状況に応じて検査体制を整備する.

①超音波検査

 超音波検査では,疑診断した患者に適した超音波装置,

基本的手技,検査体位を選択する.機種による機能の相 違は少ない.探触子は,四肢では,中枢型・末梢型とも

7.5MHz

を選択するが,深部では

5.0MHz

に変更する.

腹部では,

3.5MHz

が必要である.超音波法では,断層 法が基本となるが100),335),349,カラードプラ法が中心で ある350.基本的手技として,探触子で静脈を圧迫する 圧迫法と用手的に下肢筋群を把持する血流誘発法の修得 が必要である.検査体位は,中枢型では仰臥位,末梢型 では座位,あるいは下垂位など患者の状態で工夫する.

 静脈エコーによる下肢深部静脈血栓症の診断手順を示 す(図13).第一段階として,検索部位(大腿静脈近位 部,膝窩静脈遠位部,腓骨・後脛骨静脈,ひらめ筋静脈)

で血栓の存在(有,無)を判定する.血栓がある場合,

第二段階として,血栓性状(組成相違,加齢変化)から 病期(急性期,慢性期)を判定する.急性期の場合,第 三段階として,血栓範囲から病型(腸骨型,大腿型,下 腿型)を決定する.第四段階として,血栓の中枢端(塞 栓源)を決定して,血流状態・血栓性状から塞栓源(不 安定,安定)を評価する.一方,検索部位に血栓がない 場合,血栓症を除外する.検索部位に血栓があり,慢性 期の血栓がある場合にも,病型・中枢端を決定して,塞 栓源を評価する.慢性期でも不安定な塞栓源の場合,

D

ダイマーを追加する.

 第一段階では,血栓の存在は,検索部位において,静 脈の圧縮性(狭窄度),拡大,呼吸性動揺,血流欠損か ら判定する(表25).断層法では,圧迫法により,標的

静脈の横断像で,正常静脈は消失するが,血栓化静脈は 消失しない100),335),350.静脈血栓では,非退縮血栓は圧 縮されない非圧縮(閉塞)となるが,退縮血栓は一部圧 縮される部分圧縮(狭窄)となる.また,静脈血栓では,

静脈が動脈より大きく,静脈の呼吸性動揺は消失する.

カラードプラ法では,血流誘発法により,標的静脈の横 断像や縦断像で,正常静脈では層状血流が還流するが,

血栓化静脈では血流欠損となる.静脈血栓は,非退縮血 栓では血流のない全欠損となるが,退縮血栓では一部に 血流が存在する部分欠損となる.全欠損では,血流停滞 部と区別するため,圧迫法により確認する.浮遊血栓は,

血流の部分欠損と血栓の移動が根拠となる335.  第二段階では,血栓性状は,血栓輝度,血栓硬度,血 栓内血流から判定する(表25).断層法では,赤色血栓 は低輝度で確認できないが,混合血栓は中輝度,器質化 血栓は高輝度で血栓像と判定できる100.圧迫法により,

硬度が低い新鮮血栓では変形するが,硬度が高い陳旧血 栓では変形しない.カラードプラ法では,急性期には血 栓内血流はないが,慢性期には再疎通による血栓内血流 が出現する.新しい超音波法である組織エラストグラフ ィでは,色調表示により,新鮮血栓(赤),硝子様化血 栓(緑),器質化血栓(青)が判定できる可能性があ る351.これらの指標から総合的に病期を判断する.

 第三段階では,血栓範囲から病型を決定する(表 25).静脈エコーにより,鼠径部(総大腿静脈,大腿深 静脈),大腿部(大腿静脈),膝窩部(膝窩静脈,腓腹筋 静脈),下腿部(下腿静脈,ひらめ筋静脈)の順に連続 的に検査し,正確な血栓範囲を判定して病型を決定す る335),349),350

 第四段階では,病型における血栓の中枢端を決定して 塞栓源とする(表25).塞栓源の評価では,塞栓化を誘 発しないよう慎重に圧迫法や血流誘発法を行う.血栓性

図 13 静脈エコーによる下肢深部静脈血栓症の診断 第一段階

第二段階

第三段階

第四段階

血栓存在:有・無

血栓性状:病期(急性期・慢性期)

血栓範囲:病型(腸骨型,大腿型,下腿型)

血栓中枢端:塞栓源(安定・不安定)

表 25 静脈エコーによる急性期と慢性期の診断

判定指標 急性期 慢性期

静脈 狭窄度(圧縮性) 閉塞(非圧縮) 狭窄(部分圧縮)

   拡大度 拡大 縮小

血栓 浮遊 移動 固定

   退縮 無・中等度 高度

   硬度 軟 硬

   表面 平滑 不整

   輝度 低・中 高・中

   内容 均一 不均一

血流 欠損 全 部分

   疎通(血栓内) 無 有    側副(分枝内) 無 有

(文献335より改変)

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