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アメリカの国際人権訴訟と国際慣習法 : 外国人不 法行為法の判例展開

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(1)

アメリカの国際人権訴訟と国際慣習法 : 外国人不 法行為法の判例展開

著者 宮川 成雄

雑誌名 同志社法學

巻 63

号 5

ページ 2291‑2324

発行年 2011‑12‑31

権利 同志社法學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014032

(2)

(    同志社法学 六三巻五号一七三

― ―

外国人不法行為法の判例展開

― ―

宮    川    成   

Ⅰ はじめにⅡ 国際人権訴訟とアメリカ法 1 最高法規条項とアメリカ法としての国際法 2 外国人不法行為法の立法経緯 3 合衆国控訴裁判所Filartiga判決と後続の訴訟類型 4 一九九一年拷問被害者保護法の制定Ⅲ 合衆国最高裁Sosa判決による外国人不法行為法の解釈 1 Sosa事件の概要 2 最高裁Sosa判決の概要  (1)連邦不法行為請求法の解釈

二二九一

(3)

(    同志社法学 六三巻五号一七四   (2)外国人不法行為法の解釈  (3)最高裁Sosa判決の特徴 3 最高裁Sosa判決後の訴訟展開Ⅳ 国際慣習法としての同意なき医学人体実験の禁止 1 Abdullahi事件の概要 2 合衆国控訴裁Abdullahi判決  (1)国際慣習法の確認手法   (ⅰ)規範の普遍性と義務的性質   (ⅱ)規範の特定性と定義可能性   (ⅲ)規範の相互性  (2)Abdullahi判決における国際慣習法判断の特徴   (ⅰ)典拠の広範性   (ⅱ)法的拘束力の動的な把握Ⅴ 外国人不法行為法と今後の訴訟展望 1 外国人不法行為法の裁判管轄権と国際慣習法の確認 2 今後の訴訟の展望と課題  (1)国際慣習法の範囲の継続的探求  (2)行政府の外務権限との関係  (3)外国人不法行為法とアメリカ企業の海外での事業活動  (4)外国人不法行為法の訴訟展望と課題 二二九二

(4)

(    同志社法学 六三巻五号一七五 Ⅰ はじめに  アメリカ合衆国議会は、一七八九年の第一回議会において合衆国憲法下で連邦裁判所を組織するために、裁判所法(

Ju dic ia ry A ct

)を制定した。その一つの条項は、およそ二〇〇年間援用されることがなかったが、二〇世紀の末に見出され、アメリカの連邦裁判所に国際人権訴訟 の管轄権を提供している。それは現在、外国人不法行為法(

A lie n To rt St at ut e

)と呼ばれる法律である。この法律は、外国人を被害者とする国際法違反の不法行為についての連邦裁判所の管轄権を規定する。この裁判管轄権に基づく国際人権訴訟は、グローバル化した二一世紀の世界におけるアメリカの国際的な地位にも影響を与えうる形で展開している。 アメリカは主要な国際人権諸条約の締約国であると同時に、議会上院はその大部分について、裁判所が条約をそのままの形で適用することを妨げる非自動執行の宣言を行っている。しかし、一九世紀の最後の年、一九〇〇年に下された合衆国最高裁の

P aq ue te H ab an a

判決 は、国際慣習法もまた合衆国の法であることを宣言し、アメリカの裁判所が国際慣習法を適用することを明確にしている。それゆえに、アメリカの連邦裁判所が、条約というルートではなく、国際慣習法というルートを通して、国際人権法を実現する役割を果たす可能性が開かれている。 外国人不法行為法はその制定の時期が古いゆえに、その制定の経緯が不分明である。そもそもこの法律は、連邦裁判所に裁判管轄権を与えるだけであるのか、あるいは、一定の訴訟原因を規定する法律であるのか、またどのような国際慣習法がこの法律の下で援用されうるのかについても見解が分かれている。合衆国最高裁は、この法律の制定から二一五年を経た二〇〇四年の

So sa

判決 において、これらの争点に一定の見解を示した。すなわち、外国人不法行為法は、連邦裁判所に管轄権を与えるだけであり、訴訟原因を規定するものではないこと、また、この法律の下で援用しうる国

二二九三

(5)

(    同志社法学 六三巻五号一七六

際慣習法は、この法律の制定当時、すなわち一八世紀末に確立していた国際慣習法と同程度の明確性をもって、二一世紀の現在に国際慣習法として確認しうるものに限定されることを判示した。 二〇〇四年の

So sa

判決は、外国人不法行為法が連邦裁判所に付与した裁判管轄権により適用される国際慣習法の範囲を厳しく限定したといえる。しかし、合衆国最高裁は

So sa

判決において、連邦コモンローとしての国際慣習法が新しく形成されうることを明確に認めた。このように限定されてはいるが、発展の可能性のある国際慣習法の範囲を探求するかのように、

So sa

判決後も、外国人不法行為法を援用した国際人権訴訟は継続して提起されている。二〇〇九年には、第二巡回区合衆国控訴裁判所が、一つの注目すべき判決を下した。

A bd ull ah i

判決 である。この判決は、同意なき医学人体実験の禁止を国際慣習法であると確認し、新薬の被験者とされたナイジェリア人がアメリカの製薬会社

P fiz er

を被告として訴えた損害賠償請求訴訟において、連邦裁判所の管轄権を認めた。 本稿では、Ⅱにおいて国際人権訴訟とアメリカ法の枠組みを概観し、Ⅲでは合衆国最高裁による外国人不法行為法の解釈の特徴を検討する。そして、Ⅳにおいて

A bd ull ah i

判決における国際慣習法の確認手法の特徴と、Ⅴにおいて外国人不法行為法の今後の訴訟展開の課題を検討する。

Ⅱ 国際人権訴訟とアメリカ法

 1 最高法規条項とアメリカ法としての国際法 アメリカは、合衆国憲法第六条二項の解釈として、国際法を国内法に変形することなく国内的効力を認める一般受容体制をとっている。同条項は、﹁この憲法、これに準拠して制定される合衆国の法律、および合衆国の権限に基づいて 二二九四

(6)

(    同志社法学 六三巻五号一七七 すでに締結されまた将来締結される条約は、国の最高法規である﹂(

“T his C on st itu tio n, an d th e L aw s o f t he U nit ed St at es w hic h sh all b e m ad e i n P ur su an ce th er eo f; an d all T re at ie s m ad e, or w hic h sh all b e m ad e, un de r t he A ut ho rit y of th e U nit ed S ta te s, sh all b e t he s up re m e L aw o f t he L an

締さ邦連は法際国、はにらるとなもととこるれさ大拡が法。しらの約て、にえゆるいてれ条に地州法優越るす位が認め り、合衆国て憲法にお認にた確の法習慣際国はま結締のいよ明に示権たれさ任委に的定限限府黙政および的示に連邦的 にい場合裁は、判所がはなて性全完るいっ整が続手内国当条該る約約条、たま。あがとこるす執断非自動を行約と判条 はについて判、裁所訴条約にてっがたし。るあが合場い訟がおや能可が行執内国の約条、な性明のけだるす用適いて確 国らず、実際慣習法もておしれさ定制てと提前を用適規定で範内い言はとるあで確明が容難のに的義一、にえゆいなそ 連並んで成 邦法を構約と際条も法習慣国にうよのこ、しる国し内内国はく多の約条、かし。有的効力るをすものであ 反慣習法に違とするされた。 にの判決、より。アメこてるいし下認を決判るすカリの海船て際国が収没船漁の籍ン軍イペスの隻二たし獲捕が確しと 下戦従に業岸沿ていおに時し、す討検を物作著の者学法事漁ると法習慣際国をとこ漁ならない象上船対、海が捕獲権の れ、ておに決判のこるいて。さ示判がとこるす成構を衆合い国国国な名著びよお行慣の最家諸一高裁際のは五世紀以降

P ac ke t H ab an a

法こす、習ていつに点の。にいなは及言のていつでは一も慣際国、り九に決判よ合国の法の年〇〇衆 条文で﹁及約、に言し明﹂は項二条六第法憲国衆合 いてんる要に法習際国るあで源法な慣重並の、条と約がで国際法 りまあでのるいてれ邦込み組に法連は法国、法際を。るえいるす成構と法連のカリメアは邦 わするとい、う意味で優越邦に法州が系体法の法邦連ち連規法での国、てっがたし。るあ際の性る高法規最を定してい 法邦連、法憲のてしとのは邦連、くなでのるす味意律法条、を性なす、系体法たせわ合約おるす結締が府政邦連びよを

d”

規うと規定する。ここでい最法高法規とは、憲法の最高)

二二九五

(7)

(    同志社法学 六三巻五号一七八

結および国際慣習法の確認により、州法の効力が否定されることがありうる。このような連邦制への考慮化から、議会上院は、アメリカが締約国となる主要な人権諸条約に非自動執行の宣言を付している。人権諸条約のなかでも合衆国憲法の価値観と親和性の高い自由権に関する市民的政治的権利に関する国際規約(自由権規約 )についても、アメリカは非自動執行の宣言を付している。 条約が自動執行性を持つか否かの判断は、具体的な訴訟で裁判所が判断する ことであるから、議会上院の非自動執行の宣言は一義的に裁判所を拘束するものではない。しかし、条約締結権を大統領と共有する議会上院の非自動執行の宣言は、裁判所の判断に際しても相当な重みをもって考慮されることとなる。したがって、人権諸条約を国内において実施することについて、アメリカの裁判所は大きな足枷をはめられているといえる。このような状況にあって注目されるのが、国際慣習法についての裁判所による確認と適用である。

 2 外国人不法行為法の立法経緯 一七八九年に制定された外国人不法行為法の立法経緯は不分明であるが、その背景には独立直後のアメリカがおかれた国際的な政治状況が作用していたと考えられる。アメリカがイギリスから独立した当時は、いうまでもなくアメリカは今日のような超大国ではなく、むしろ正反対の発展途上の弱小国家であった。国際関係において弱小国が拠るべきは自国の政治力や経済力でもなく、主権国家として大国も小国も対等な扱いが保障される国際法であった。合衆国憲法が制定される前の連合規約時代(一七七七年~一七八八年)に、アメリカ国内で起こった外交官に対する国際法違反の行為につき、連合構成各邦による十分な対処がなされなかったことにつき、アメリカはヨーロッパ列強から外交圧力を加えられることを経験する。独立直後の弱小国家アメリカが、強国による内政干渉を排して主権国家としての自国の存立 二二九六

(8)

(    同志社法学 六三巻五号一七九 を守るために依拠できるものは国際法であった。 合衆国憲法は議会の立法権限の一つとして、公海上の海賊行為をはじめとする国際法違反の犯罪行為を定義し処罰する権限を列挙している。合衆国議会は、憲法の授権による国際法違反への刑事処罰だけでなく、外国人不法行為法を制定することにより民事救済を規定したといえる。これにより、アメリカが国際法を遵守する姿勢を対外的に印象付け、ヨーロッパ列強からの内政干渉の口実をふさぎ、また、アメリカ自身が国際法によって守られることを確保しようとしたと考えられる 。外国人不法行為法の法文は当初の課題であった外交官への不法行為への民事救済だけでなく、広く国際法違反の不法行為を対象とするものとして制定された。 合衆国憲法上、国際法違反の犯罪行為について刑事処罰を科しうることは明らかであるとしても、民事責任についてはどのような救済を提供することができるかは必ずしも明確ではない。国際関係法リステイトメント第三版は、国際法が海賊行為の被害について損害賠償・原状回復を救済とすることを排除しないとしているが ₁₀

、その他の国際法違反の不法行為責任については言及がない。二〇世紀末のリステイトメントも沈黙している国際法違反の不法行為責任について、外国人不法行為法が包括的に規定していることは、同法の制定された当時のアメリカを巡る国際関係の特徴を示唆しているといえる ₁₁

 3 合衆国控訴裁判所

F ila rti ga

判決と後続の訴訟類型 外国人不法行為法が注目を集めたのは、一九八〇年に合衆国第二巡回区控訴裁判所によって下された

F ila rti ga

判決 ₁₂

によってである。この事件は、外国人不法行為法の国際慣習法違反についての不法行為の管轄権に基づき、第二巡回区控訴裁判所が、外国での拷問による死亡事件につき、これを国際慣習法違反の不法行為として損害賠償請求を認めたも

二二九七

(9)

(    同志社法学 六三巻五号一八〇

のである。原告はパラグアイ人であり、同国で発生した警察官による拷問によって死亡した男性の遺族である。原告は、不法残留で移民帰化局に収容されていた加害者に対して訴状を送達し、ニューヨーク東部地区合衆国地方裁判所に訴訟を提起したのである。同地裁は、管轄権を否定して訴えを却下したが、第二巡回区控訴裁判所は管轄権を認めた。差戻し審では、原告は一千万ドルの損害賠償判決を得た ₁₃

。 この判決を契機として、非自動執行の宣言により閉ざされた条約というルートではなく、国際慣習法というルートで、国際人権法を援用する訴訟が活発化する。

F ila rti ga

判決後の多くの訴訟は、次の三つの類型で説明される ₁₄

。第一は、

F ila rti ga

事件のように国家機関またはその外観の下になされた拷問等の国際慣習法違反を争うものである。この類型にあてはまるものには、一九九三年に始まるボスニア内戦において﹁ボスニア・セルビア共和国﹂でなされたとされるジェノサイド作戦による残虐行為の被害者が原告として、同国のカラジッチ大統領を被告として損害賠償を求めた

K ad ic v. K ar ad zic

事件 ₁₅

がある。第二は、国家との密接な結び付きや協力のもとでなされた国際慣習法違反を争うものである。この類型には、一九七八年のイスラエルでのテロリストによるバス襲撃の被害者およびその遺族が、リビアやパレスチナ解放機構に損害賠償を求めた

Te l-O re n v. L ib ya n A ra b R ep ub lic

事件 ₁₆

がある。また、発展途上国の政府との結びつきの下で環境破壊等を行ったとして、多国籍企業を被告として訴える事例などもある。第三は、アメリカ政府との協働の下になされた国際慣習法違反を争うものである。これには、アメリカの移民帰化局の収容施設で拘束されていた外国人の死亡について、遺族がアメリカ政府を被告として損害賠償を請求した

P aP a v. U nit ed S ta te s

事件 ₁₇

や、アメリカ政府のエイジェントによってメキシコからアメリカに連行されたメキシコ人が、国際慣習法違反を争った前述の

So sa

事件がある ₁₈

。 外国人不法行為法が援用される事件類型は以上のようにまとめられるが、これら三つの事件類型に共通した法律解釈 二二九八

(10)

(    同志社法学 六三巻五号一八一 上の一つの争点がある。それは、外国人不法行為法がどのような国際慣習法違反を訴訟原因としているのか、あるいは同法は連邦裁判所の裁判管轄権を規定するに過ぎないのかである。

 4 一九九一年拷問被害者保護法 ₁₉

の制定 

F ila rti ga

判決とその後の判例展開を受けて、合衆国議会が外国人不法行為法の上記の争点に一つの答えを示した。それは一九九一年拷問被害者保護法の制定である。同法は、外国政府機関またはその外観の下でなされた拷問という不法行為を訴訟原因として、その損害賠償請求の管轄権を連邦裁判所に与えるものである。この立法化により、外国人不法行為法のもとで不明確であったどのような国際慣習法違反を裁判所で争いうるのか、という問題について、一つの具体的内容が示されたのである。これは連邦コモンローとしての国際慣習法の内容を、裁判所が判決の集積を通して具体化し、立法の指針を提供することにより、議会がこれを法律として立法化した例と位置づけることが出来るであろう。つまり、判例法の形成が実定法の制定を促進したといえる ₂₀

。 拷問被害者保護法は、外国人不法行為法のもとで争われてきた国際慣習法の内容の一つを立法化により明確化すると同時に、救済の対象となる事件類型を若干拡大し、また訴訟提起の要件を若干厳しくした。すなわち、外国人不法行為法のもとで訴訟を提起しうるのは外国人だけであったが、拷問被害者保護法はこれを合衆国市民にも広げている。また、拷問被害者保護法によりアメリカで訴訟を提起しうるのは、行為発生から一〇年の出訴期限を設定し、行為地国で国内救済を完了していることが要件に加えられている。 拷問被害者保護法により、外国政府機関による拷問について連邦裁判所で損害賠償を請求することが立法化されたが、依然として、それ以外のどのような国際慣習法違反が不法行為として、外国人不法行為法に基づいて損害賠償請求をな

二二九九

(11)

(    同志社法学 六三巻五号一八二

しうるかは明らかではなく、そもそも外国人不法行為法が訴訟原因を規定するものか、裁判管轄権のみを規定するかの争点は未決のままであった。

Ⅲ 合衆国最高裁

So sa

判決による外国人不法行為法の解釈  1 

So sa

事件の概要 合衆国最高裁は、二〇〇四年の

So sa v . A lv ar ez -M ac ha in

判決 ₂₁

において、外国人不法行為法が訴訟原因を規定するものではなく、単に裁判管轄権を規定するに過ぎないと判示するとともに、外国人不法行為法のもとで損害賠償を請求しうる国際慣習法違反の成立には厳しい基準を示した。 事件の概要は次のとおりである。被上訴人

A lv ar ez -M ac ha in

はメキシコ人であり、連邦薬物取締局(

D E A : D ru g E nf or ce m en t A dm in ist ra tio n

)が雇ったメキシコ人により拉致され、一九九〇年アメリカに連行された。この拉致連行を行ったのが本件上訴人

So sa

である。連行の目的は、

A lv ar ez -M ac ha in

のアメリカでの刑事訴追(連邦薬物取締局のエイジェントの殺人容疑)であった。米墨間には犯罪人引渡し条約があるが、引渡しは実現しなかった。そのため、連邦政府は強硬手段をとったのであるが、最高裁は

A lv ar ez -M ac ha in

の拉致連行は、連邦裁判所の刑事管轄権を阻害しない旨を判示した ₂₂

。国際法上、国家の領域外の法執行措置は、国家主権の侵害と考えられ国際法上の責任を問われる。しかし、﹁違法な逮捕なれど合法の勾留﹂のローマ法原則が妥当すると考えられ ₂₃

、その違法な逮捕により勾留され裁判に付された場合、当該国の裁判管轄権の行使を排除するかは別問題とされる。ともあれ、

A lv ar ez -M ac ha in

は連邦地裁により無罪の判決を受け、合衆国政府に対して連邦不法行為請求法により、また、

So sa

に対しては外国人不法行為法に 二三〇〇

(12)

(    同志社法学 六三巻五号一八三 より、損害賠償請求訴訟を提起した。 連邦地裁は、連邦不法行為請求法における主権免除放棄の例外規定、つまり、法的責任を免除する規定を適用し、同法に基づく請求を却下した。しかし、外国人不法行為法に基づく損害賠償請求は認めた。合衆国第九巡回区控訴裁では、連邦不法行為請求法に関する地裁判断を覆し、合衆国政府の損害賠償責任を認めた。また、同控訴裁は外国人不法行為法に基づく損害賠償責任については連邦地裁の判断を支持して、これを認めた。

 2 最高裁

So sa

判決の概要 上記の訴訟経過から明らかなように、合衆国最高裁が判断を求められた争点は二つである。一つ目は、連邦不法行為請求法の下で合衆国政府は

So sa

の拉致につき損害賠償責任を免除されるかである。二つ目は、

So sa

の拉致は外国人不法行為法の下で訴訟提起が可能な国際慣習法違反を構成するかである。

( 1 )  連 邦 不 法 行 為 請 求 法 の 解 釈

 連邦不法行為請求法は、合衆国政府の被用者による不法行為につき、被害者の損害賠償請求に対する主権免除の放棄を規定する。しかし、これには例外規定があり、﹁請求原因が外国で生じた(

cla im s a ris in g in a fo re ig n co un tr y

)﹂場合には、主権免除放棄の適用がない。合衆国第九巡回区控訴裁は、司令部理論(

he ad qu ar te rs d oc tr in e

)により、外国での不法行為が国内の司令本部からの指示による直接の結果である場合には、﹁請求原因が外国で生じた﹂場合に該当しないことを理由に、免責放棄の例外に該当しないと判断した。 しかし最高裁法廷意見は﹁司令部理論﹂を、二つの観点から批判的に検討し、その適用を否定した。第一に、﹁司令

二三〇一

(13)

(    同志社法学 六三巻五号一八四

部理論﹂が適用されるためには、国内での違法な計画行為が外国での実行行為の主原因(

pr ox im at e ca us e

=当該結果をもたらす法的に相当と考えられる原因)であることが必要である。しかし、実行行為の主原因となる事実は唯一でないことがある。国内の行為だけが主原因であるとは限らない。外国での行為が主原因である場合もある。第二に、主権免除放棄の例外について、議会が﹁外国で生じた﹂という文言を制定したとき、不法行為に関する準拠法の選択の判例法理は、﹁法益侵害の発生した土地の法を選択﹂するのが一般的であった。本件でも、﹁外国で生じた﹂とは、行為地が﹁外国﹂という意味ではなく、法益侵害が生じたのが﹁外国﹂であるとの解釈を採用しなければならない。本件での身体拘束が発生したのは﹁外国﹂である。このように本件の拉致行為の主原因はメキシコでの行為である要素もあり、法益侵害そのものはメキシコで発生しており、﹁司令部理論﹂は否定された。それゆえ主権免除の放棄の例外に該当し、合衆国政府は賠償責任から免除されると判断された。

( 2 )  外 国 人 不 法 行 為 法 の 解 釈

 最高裁が判断を求められた二つ目の争点は、

So sa

の拉致は外国人不法行為法の下で訴訟提起が可能な国際慣習法違反を構成するかである。その判断は二段階で構成されている。第一段階は外国人不法行為法が国際法違反について訴訟原因を規定するものなのか、裁判管轄権を規定するものに過ぎないのかについての判断である。裁判管轄権を規定するに過ぎないのであれば、第二段階の判断として、刑事訴追を目的とした外国人の拉致は損害賠償請求を提訴しうるだけの国際慣習法違反を構成するのかである。 外国人不法行為法は、次のように簡潔に規定する。﹁[合衆国]地方裁判所は、国際法または合衆国の条約に違反してなされた不法行為のみについて、外国人による民事訴訟の第一審管轄権を有する。﹂

“T he d ist ric t c ou rts s ha ll ha ve

二三〇二

(14)

(    同志社法学 六三巻五号一八五

or ig in al ju ris dic tio n o f a ny c iv il a ct io n b y a n a lie n f or a to rt on ly, c om m itt ed in v io la tio n o f t he la w o f n at io ns o r a tr ea ty of th e U nit ed S ta te s.

₂₄

と規定する。この規定は合衆国地方裁判所に国際慣習法 ₂₅

または条約への違反について、不法行為訴訟を提起することを規定するだけである。裁判管轄権が規定されていることは明白であるが、どのような慣習国際法について、その違反行為が訴訟対象となるかは、国際慣習法として何を認識するかにかかっているといえる。 法廷意見は、第一段階の判断として外国人不法行為法そのものが訴訟原因を規定することを否定し、同法は裁判管轄権を規定するだけであると判示した。第二段階の判断については、同法の裁判管轄権が行使されうる訴訟原因は、同法の制定当時に立法者が念頭においていた国際慣習法違反の不法行為と同程度の明白性をもったものでなければならないとされた。一七八九年に同法が制定された当時に、国際慣習法に違反する不法行為として同法の裁判管轄権の行使が想定されていたとされるのは、海賊行為、外交使節の権利の侵害、および安導券(

sa fe c on du ct =

戦時航海証)の侵害であるとされた。 法廷意見は外国人不法行為法の管轄権が行使されうる訴訟原因は、一八世紀末のこれら三つに限定されるのではなく、その後の国際法の発展により拡大することがありうるとしている。しかし、その拡大には慎重でなければならないとする。慎重でなければならない理由は、次の五つである。①現代のコモンローは、法の創造機能を果たしており、従来理解されていたような法の宣明機能にとどまるものではない。②一九三八年イーリ鉄道会社判決 ₂₆

以降、連邦裁判所の権限として一般コモンローを形成することが否定され、連邦裁判所が形成する連邦コモンローは限定的な領域に限られている。③裁判所の救済が保障される私人の法的権利(

a pr iv at e rig ht o f a ct io n

)の創出は立法部の判断に任せるのが賢明である。とりわけ合衆国議会が裁判管轄権を設定した国際法に基づく法的権利の救済については、どのような訴訟原因に基づいた裁判が可能かは立法部の判断を尊重せねばならない。④国際法違反につき私人が訴えを提起しうる訴訟原因

二三〇三

(15)

(    同志社法学 六三巻五号一八六

を認めることは、合衆国の対外関係に潜在的影響を生ずることがある。⑤議論の余地のある新しく形成される国際慣習法の違反について、合衆国議会は裁判所に積極的な創造性を期待していない。

Sc ali a

裁判官はその結論同意意見で、連邦裁判所が新しい国際慣習法を確認し適用する権限を完全に否定している。しかし、法廷意見は合衆国議会が連邦裁判所の裁判管轄権としてこれを否定するのでない限り、慎重ながらもそのような権限行使は認められるとするのである。 このように法廷意見は、外国人不法行為法が裁判管轄権を規定するだけであると判示し、刑事訴追を目的とする拉致連行が国際慣習法に違反する不法行為として裁判を提起することができるかを検討する。まず、被上訴人は、彼の拉致連行が世界人権宣言および国際自由権規約に違反すると主張するが、前者は国際条約として拘束力をもたないし、後者については、議会上院が批准に際して同規約の非自動執行性を宣言しており、訴訟原因を規定するものとして援用できないとされる。次に、被上訴人は、恣意的逮捕抑留の禁止が国際慣習法たる性質を獲得したと主張するが、その典拠をほとんど示していない。被上訴人は、自由権規約上の﹁恣意的﹂逮捕抑留とは、国内法上の授権を越えた公権力により実行された逮捕抑留であると定義するが、このような広範な解釈が認められるのであれば、世界のどこでなされても、権限を越えた逮捕について米国で損害賠償訴訟が可能となってしまう。彼の主張する慣習国際法は、当裁判所が要求するような明確性を備えていないと判示された。

( 3 )  最 高 裁 Sosa 判 決 の 特 徴

 最高裁

So sa

判決の第一の特徴は、国際慣習法について外国人不法行為法の解釈という枠内で判示されていることである。

So sa

判決は、外国人不法行為法が単に連邦裁判所の裁判管轄権を規定するにすぎないと判示するとともに、外国人不法行為法の下で援用される国際慣習法が、一八世紀末の国際社会で確立していた国際慣習法と同程度の明白性を 二三〇四

(16)

(    同志社法学 六三巻五号一八七 もっていなければならことを判示した。具体的には、海賊行為の禁止、外交官の権利保護、安導券の遵守である。これらの一八世紀末に既に確立していた国際慣習法と同程度の明白性を備えていなければ、外国人不法行為法に基づいて損害賠償を請求できる国際慣習法違反とは認められないということである。このことは、連邦裁判所における国際人権訴訟をオープン・エンドの形で広げない役割を果たす。すなわち、国際慣習法のルートで外国人不法行為法を援用して国際人権訴訟を提起するためには、同法とは別に、国際慣習法の成立を証明しなければならない。 これらの判示は、外国人不法行為法の解釈という枠の中での示されたことであるが、

So sa

判決は、外国人不法行為法の解釈の枠を超えた文脈でも重要な判断を示している。すなわち、

So sa

判決の第二の特徴は、国際慣習法が連邦コモンローを構成するものであり、その規範内容は歴史と共に発展し、現代のコモンローは法の発見ではなく法の創造であることを明言したことである。しかし、コモンローについての裁判所の法創造機能ゆえに、連邦コモンローとしての国際慣習法に違反する不法行為に対する裁判管轄権の行使については、極めて慎重な態度が示された。その慎重さは、外国人不法行為法の下で損害賠償を請求できる国際慣習法違反については、この法律が制定された当時に成立していた国際慣習法と同程度の明白性が必要であるとの要件が課されたのである。このような厳格な要件を課す理由として、そもそも連邦コモンローは一九三八年のイーリ鉄道会社判決以来、限定された領域に後退したこと、国際法違反の不法行為につき損害賠償請求を私人に認めることは連邦政府の外務権限に潜在的に影響を与えること、そして、議論の余地のある新しい国際法の違反については、議会は裁判所に積極的な法創造を期待していないことが、最高裁により言及された。最高裁のこれらへの言及には、連邦コモンローとしての国際慣習法を連邦裁判所が確認・適用することを巡り、連邦権限と州権限の関係、裁判所と外務権限をもつ行政府との関係、そして裁判所の法創造機能と立法機関である議会との関係という、連邦制と三権分立における抑制と均衡への配慮が示されている。

二三〇五

(17)

(    同志社法学 六三巻五号一八八

3 最高裁

So sa

判決後の訴訟展開 最高裁

So sa

判決は、外国人不法行為法の下で損害賠償請求の根拠となりうる国際慣習法の成立に厳格な基準を設定したが、それと同時に歴史的な発展の中で新たな国際慣習法の形成の可能性を認めている。しかし、一八世紀末の国際慣習法の成立の明白さと同程度という基準だけでは、どのような内容の国際慣習法の違反が外国人不法行為法の下で、損害賠償請求の対象となりうるのかを判断する十分な指針とはなっていない ₂₇

。それゆえに、

So sa

判決後も、連邦裁判所での訴訟動向は活発である。

So sa

判決の判断枠組みが示す国際慣習法の範囲を探るかのように、多種多様な訴訟が連邦裁判所に提起されている。 例えば、連邦控訴裁判所によって裁判管轄権が認められたいくつかの事例をあげる。第二巡回区控訴裁判所が、外国人不法行為法に基づく管轄権を認めた事例として、アパルトヘイト訴訟がある。これは、南アフリカ共和国のアパルトヘイト政策がとられていた時代に、同国で事業を行っていた外国企業数十社を被告として、同国のアパルトヘイト被害者が、同国政府と教唆幇助関係の下でなされた人権侵害について、外国人不法行為法を援用して損害賠償訴訟を提起したのである。第二巡回区控訴裁は、同法の下での管轄権を認め審理が継続している ₂₈

。 また、和解で終結した事例であるが、第九巡回区控訴裁判所が、外国人不法行為法に基づく裁判管轄権を認めた事例として、ミャンマーでの石油開発工事にからむ人権侵害の訴訟がある。これは、アメリカの石油会社が参加していたミャンマーのパイプライン建設プロジェクトで、工事現場の治安維持に従事していたミャンマー軍による民間人に対する強制労働、殺人、および強姦について、外国人不法行為法の裁判管轄権が認められた事例である ₂₉

。 裁判管轄権が否定された事例ではあるが、外国人不法行為法が援用される範囲の広さを示すものとして、次のようなものがある。いずれも第二巡回区控訴裁判所に係属した事例である。その一つは、ベトナム戦争中に、アメリカ軍が使 二三〇六

(18)

(    同志社法学 六三巻五号一八九 用した枯れ葉剤によって被害を受けたベトナム人が、枯れ葉剤を製造したアメリカの化学薬品会社を訴えた事例であるが、裁判所は枯れ葉剤の使用を禁止する国際法の証明が不十分であるとした ₃₀

。また、別の事例では、領事関係条約が逮捕された外国人に国籍国の領事との連絡をとる権利を保障し、その権利の告知を保障しているにもかかわらず、その告知がなかったことについて外国人が損害賠償訴訟を提起した。裁判所は、領事関係条約がそのような違反について、私人に損害賠償の訴えを提起する権利を保障してはいないと判示した ₃₁

。最高裁

So sa

判決の前の控訴裁判決であるが、もう一つの事例では、アメリカの鉱業会社がペルーで大気汚染および水質汚染を引き起こしたとして、深刻な環境汚染による生命、健康および持続可能な発展の権利を侵害したとして、ペルー人によって国際慣習法違反の損害賠償訴訟が提起された。第二巡回区控訴裁判所は、そのような国際慣習法の立証がないとして訴えを退けた ₃₂

。 このように一八世紀の末に制定された外国人不法行為法によって、二一世紀の多種多様な人権侵害を理由とする損害賠償請求訴訟が提起されている。外国人不法行為法の下で訴訟原因となりうる国際慣習法違反の範囲を探る一連の諸判決として位置付けられる一つの判決が、二〇〇八年に下された。その事件では、薬品開発にかかわる治療実験が発展途上国で実施され、その際に被験者のインフォームド・コンセントが得られていなかった。これにつき外国人不法行為法に基づく損害賠償請求が提訴され、第二巡回区控訴裁判所は、同意なき医学人体実験が裁かれたナチス医師裁判判決等を典拠として、国際慣習法を確認する注目すべき判断を下した。以下にこの事件の

A bd ull ah i

判決 ₃₃

を検討する。

二三〇七

(19)

(    同志社法学 六三巻五号一九〇

Ⅳ 国際慣習法としての同意なき医学人体実験の禁止

 1 

A bd ull ah i

事件の概要 

A bd ull ah i

事件の事実の概要は、次のとおりである。 世界最大の製薬会社とされる

P fiz er

(本件被控訴人)は、一九九六年に中央アフリカのナイジェリアで発生したバクテリア脳膜炎の大規模感染に際して、ナイジェリア政府の協力の下に、同社の新薬トロバンの治療実験をナイジェリアの小児二〇〇人を対象に実施した。本件控訴人は、治療実験の被験者となった小児およびその後見人である。控訴人の主張によれば、

P fiz er

は三人のアメリカ人医師を派遣し、ナイジェリア人医師四人と共に、ナイジェリアのトマに所在する感染症病院において、小児患者をトロバン投与の一〇〇人と、その照査集団として既存薬セフトリアキソンを投与する一〇〇人に分けて治療実験を実施した。トロバンはアメリカ連邦食品薬事局(

U .S . F oo d a nd D ru g A dm in ist ra tio n:

F D A

)の未承認薬であり、これまで小児患者への治療実験の実施例はなく、動物実験では致死の危険も含めて、肝臓機能障害、軟骨発達異常、関節疾患、進行性骨障害などの副作用が明らかとなっていた。これに対し、セフトリアキソンはFDA承認の薬品でありその安全性と治療効果は証明済みであった。トロバンの治療実験に際して照査集団へのセフトリアキソンの投与量は、トロバンの効果を際立たせるために通常より少なく抑制された。控訴人の主張によれば、約二週間の治療実験の結果、一一人が死亡し、その内五人がトロバンの被験者であった。照査集団からも六人が死亡したが、これは治療に有効なセフトリアキソンの投与量が不足していたことが原因と主張された。他の被験者には、失明、聴覚喪失、身体麻痺、脳障害などが生じたが、

P fiz er

は適切な事後措置をとらなかったと主張された。 控訴人の主張によれば、

P fiz er

はナイジェリア政府の協力を得ていたが、この治療実験について小児またはその後見 二三〇八

(20)

(    同志社法学 六三巻五号一九一 人からインフォームド・コンセントを確保しておらず、この治療の実験的性質と重大な危険性について説明することを怠った。また、控訴人の主張によれば、

P fiz er

はトロバンがナイジェリアで発生しているバクテリア脳膜炎の種類に対応するものか、被験者が肝臓疾患や関節疾患を持つか、またバクテリア脳膜炎に罹患しているかについても事前に調査していなかった。

P fiz er

の主張によれば、治療実験を実施した病院の倫理委員会の承認を得ていたとのことであるが、控訴人の主張によれば、承認文書はFDAによる監査のために後日作成されたものであって、承認文書の日付一九九六年三月は後付けであり、当該日付当時には倫理委員会は未だ設置されていなかった。FDAは、一九九八年にトロバンを承認したが、肝機能への副作用が強いために、その使用は小児用ではなく成人の緊急治療に限定した承認であった。 本件控訴人は、二〇〇一年八月、

P fiz er

に対してトロバンの治療実験が、同意なき医学人体実験を禁止する慣習国際法に違反するとして、外国人不法行為法に依拠して、ニューヨーク南部地区合衆国地方裁判所に提訴した。同地裁は、二〇〇五年八月、事物管轄権の不存在、および不便宜法廷(

fo ru m n on c on ve nie ns

)を理由に訴えを却下した。本件は、この地裁判決 ₃₄

に対する控訴審である。

 2 合衆国控訴裁

A bd ull ah i

判決

( 1 )  国 際 慣 習 法 の 確 認 手 法

 第二巡回区控訴裁の

A bd ull ah i

判決は、同意なき医学人体実験の禁止は国際慣習法であると確認した。その判断手法は、国際司法裁判所規定第三八条の裁判準則を援用し、国際慣習法の成立要件である一般的国家実行と法的確信(

op in io ju ris

)を判断するものである。その判断手法の特徴は、国際慣習法の確認のために用いる典拠の広範さと、国際慣習の法的拘束力が時間的に形成され発展するものとする動的な認識である。控訴裁判決は、国際慣習法を確認するための典

二三〇九

(21)

(    同志社法学 六三巻五号一九二

拠は条約に限られないこと、また議会上院が条約に非自動執行の宣言を付していることは、国際慣習法の確認には重要性を持たないことを指摘する。さらに控訴裁判決は、国際慣習法の典拠が法的拘束力を持つかどうかは、その典拠たる文書が採択された時点だけでなく、その後に当該文書が国際条約や国内立法の制定に結びついていることが重要であると評価する。 控訴裁判決は、国際慣習法の確認のために用いるべき典拠について、国際司法裁判所規程第三八条一項が定める国際裁判の準則を引用する。すなわち、﹁一般又は特別の国際条約で係争国が明らかに認めた規則を確立しているもの﹂(第三八条一項a)、﹁法として認められた一般慣行の証拠としての国際慣習﹂(同項b)、﹁文明国が認めた法の一般原則﹂(同項c)、および﹁法則決定の補助手段としての裁判上の判決及び諸国の最も優秀な国際法学者の学説﹂(同項d)である。そのうえで、控訴裁判決は、控訴人の主張する四つの典拠、ならびにその他の国際条約や国内立法を検討し、同意なき医学人体実験の禁止が、外国人不法行為法の下で訴訟原因として援用できるだけの、(ⅰ)規範の普遍性と義務的性質(

un iv er sa lit y a nd o bli ga to ry n at ur e

)、(ⅱ)規範の特定性と定義可能性(

sp ec ifi cit y a nd d efi na bil ity

)、および(ⅲ)規範が個別の国家の関心事にとどまらず国家間の共通の関心事であるという相互性(

m ut ua lit y

)を備えていると判断する。

 (ⅰ) 規範の普遍性と義務的性質(

un iv er sa lit y a nd o bli ga to ry n at ur e

) 控訴裁判決が検討する第一の典拠は、ニュルンベルク・コード(

N ur em be rg C od e

₃₅

)である。これは、第二次世界大戦後にアメリカ合衆国軍事法廷 ₃₆

が下したナチス医師一五名に対するニュルンベルク医師裁判判決の一部であり、一九四七年八月に公表された。この軍事法廷は、第二次世界大戦後に連合国管理理事会(

A llie d C on tr ol C ou nc il

)が制定した理事会法第一〇号(

C ou nc il L aw N o. 10

₃₇

)に基づき、連合国各国が占領地域の犯罪を処罰するために設置することが認 二三一〇

(22)

(    同志社法学 六三巻五号一九三 められた軍事法廷の一つである。同コードの第一原理は、医学人体実験について﹁被験者の自由意思による同意が絶対的必須要件である﹂と規定している。同軍事法廷は、マラリア、伝染性黄疸、発疹チフス、天然痘、およびコレラの免疫薬について、同意なき医学人体実験がなされたことを事実認定し、七人の医師に死刑判決、八人の医師に禁固刑を宣告した。控訴裁判決は、ニュルンベルク医師裁判で明らかとなった同意なき医学人体実験が、法的にも道徳的にも承認されえないものであることを、合衆国最高裁判決が確認していることや、この原則が連邦法においても立法化されていることに言及する。 控訴裁判決が検討する第二の典拠は、国際自由権規約である。同規約第七条はその前段で、﹁拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰﹂を禁止し、後段は特に﹁自由な同意なしに医学的又は科学的実験﹂を人を対象にして実施することを明示的に禁止している。国際自由権規約には一六〇カ国を超える締約国があり、その前段の禁止には数カ国の留保が付されているのに対し、後段の医学人体実験の禁止には全く留保等が付されていない。このことが、同意なき医学人体実験の禁止の普遍性の証拠であると指摘される。 控訴裁判決が検討する第三の典拠は、一九六四年に採択された世界医師会ヘルシンキ宣言(

W or ld M ed ic al

A ss oc ia tio

f tio C ou il fo r I nt er na nc na rg an iz at io ns o l O

第しと拠典の四裁、は決判訴控控て 訴団人(会議協体療医際国るす張主が しであるとている。 ル法、が言宣キンシりヘこ拘よにとこのられ的れ束さは拠証な力有るいて容力受に的界世てっもを、決裁訴控。るれ判 い判訴裁の八決当時、四控立れさ化法がておに国各界世个国同にさ摘指とるいてし禁りよ止律学意法き医な人体実験を

ki ec la ra tio n of H els in D n’s

し。るあで)か、の同宣言の内容はこし。束いなた持を力拘言的法はのものそ宣

M ed ic al Se rv ic es

)によって一九九三年に発表された人体に関わる生医学研究の国際的倫理指針四(

In te rn at io na l

二三一一

(23)

(    同志社法学 六三巻五号一九四

E th ic al G uid eli ne s f or B io m ed ic al R es ea rc h In vo lv in g H um an S ub je ct s, gu id eli ne 4

)、および、その他にも人権生医学条約(

C on ve nt io n o n H um an R ig ht s a nd B io m ed ic in e

)、EU指令、UNESCO宣言などを検討する。控訴裁判決は、これらの文書の内容が世界各国の国内立法や行政規則などに成文法化されていると指摘し、同意なき医学人体実験の禁止が国際慣習法として普遍的に承認され、法的拘束力をもつことの例証とする。 これらの文書の検討において控訴裁判決は、国際慣習法の個々の典拠の採択時に法的拘束力が備わっていたかが重要なのではなく、これらの文書の採択後に諸国がその国家実行の過程で、国際条約や国内立法として法的拘束力あるものとして制定され、時間の経過とともに国際慣習法として形成されたことが重要であるとしている。

 (ⅱ) 規範の特定性と定義可能性(

sp ec ifi cit y a nd d efi na bil ity

) 最高裁

So sa

判決は、外国人不法行為法の下で訴訟提起が可能な国際慣習法違反は、同法が制定された一八世紀末での国際慣習法違反と同程度の明白性を要求した。このことについて、控訴裁判決は、同意なき医学人体実験の禁止が、海賊行為、外交官の権利の侵害、および安導券の侵害と同程度、あるいは、それ以上の規範内容の特定性と定義可能性を備えているという。そのことは、上述の典拠に明らかであり、国際自由権規約第七条の条文、および少なくとも八四カ国が国内法によって成文法化し、一致してこれを禁止していることからも明らかであると指摘する。

 (ⅲ) 規範の相互性(

m ut ua lit y

) 国際慣習法が規律する事項が、国内的関心事ではなく国際的関心事であるといえるためには、当該事項につき各国が個々に利害を持つということではなく、各国が相互に関係する利害に関わるものであることが必要である。すなわち、 二三一二

(24)

(    同志社法学 六三巻五号一九五 殺人は、各国が共通して処罰する個々の関心事(

se ve ra l c on ce rn

)であるが、海賊行為は諸国の安全な通商に関わる各国相互の関心事(

m ut ua l c on ce rn

)である。この相互の関心事であるためには、各国が個々の国内法によって禁止しうることであっても、世界の諸国が明文の国際合意を締結することによって、特定の違法行為が相互の関心事であると示しているのであれば、当該違法行為によって生じる損害について、外国人不法行為法の下で訴訟提起が可能であると指摘される。各国相互の関心事であるかどうかは、当該違法行為が国際平和と安全保障を害する可能性があるかどうかによって判断しうるものであるとされる。この点について、控訴裁判決は、一六〇カ国を超える締約国を持つ国際自由権規約や、三六カ国の締約国を有する人権および生医学に関する条約、および二〇〇一年の臨床試験EU指令の存在が、同意なき医学人体実験の禁止を国際的に取り組むべき各国相互の関心事としていることを示していると指摘する。

( 2 )  Abdullahi 判 決 に お け る 国 際 慣 習 法 判 断 の 特 徴

 第二巡回区控訴裁の

A bd ull ah i

判決は、同意なき医学人体実験の禁止を国際慣習法として確認するにあたり、依拠する典拠の広範性と法的拘束力の動的な把握という二つの特徴を示している。この二つの特徴について、以下にそれらが示唆する理論的説得性について検討する。

 (ⅰ) 典拠の広範性 控訴裁判決は、同意なき医学人体実験の禁止を国際慣習法として確認する第一の典拠として、ニュルンベルク・コードを挙げている。しかし、同コードは、本判決に付された反対意見が指摘するようにナチス医師裁判判決の一部を構成するものであり、国際司法裁判所規程第三八条が定める国際法の法源としては補助的なものである。また、第三の典拠

二三一三

(25)

(    同志社法学 六三巻五号一九六

とされる一九六四年世界医師会ヘルシンキ宣言は、言うまでもなく医師の学術団体による規範の宣言であり、第四の典拠とされる国際医療団体協議会の倫理指針四も、医療従事者の遵守すべき規範を医療団体が宣言しているに過ぎず、両者ともに国家機関による規範の定立ではない。控訴裁判決は、これらの文書により国際条約の制定や国内立法が促進され、同意なき医学人体実験の禁止が国際慣習法として確認できるとの立場をとる。したがって、控訴裁判決は、世界医師会ヘルシンキ宣言および国際医療協議会の倫理指針四そのものが、法的文書であるとしているわけではなく、これらの文書が、国際司法裁判所規程第三八条一項bにいう﹁法として認められた一般慣行の証拠としての国際慣習﹂を示しているとの立場をとるものと考えられる ₃₈

。 控訴裁判決は、国際条約についても、同意なき医学人体実験の禁止を国際慣習法と確認することのできる典拠として援用する。その一つは国際自由権規約である。同規約には、アメリカがこれを批准するときに議会上院が非自動執行性の宣言を付している。この点につき本判決の反対意見は、議会上院がアメリカの裁判所で実施立法なしに援用できないと意思表示している条約を、国際慣習法を確認する典拠とはできないと指摘する。しかし、同規約第八条の同意なき医学人体実験の禁止は、一六〇カ国以上が何らの留保も付さずに国際法としての効力を承認しており、アメリカの議会上院がその国内的な自動執行性を否定しているからといって、その普遍性と法的義務たる性質を否定することはできない。国際慣習法の成立と条約の非自動執行性とは別問題である。 控訴裁判決が典拠として援用するいま一つの条約は、人権生医学条約である。この条約はヨーロッパに限定された地域的条約であり、二二カ国が批准しているに過ぎない。またイギリス、ドイツ、フランス、ロシアといった主要国は批准に至っていない。しかも、同条約は、本判決の反対意見が指摘するように、法的拘束力が発生したのは、スロバキアが批准した一九九八年一月一五日であり、本件の被控訴人

P fiz er

の治療実験が実施された一九九六年当時は発効して 二三一四

(26)

(    同志社法学 六三巻五号一九七 いなかった。したがって、人権生医学条約は、同意なき医学人体実験の禁止の国際慣習法たる性質を証明する一つの典拠とはなりえても、これを用いて

P fiz er

のナイジェリアでの治療実験の違法性を論じるのは、説得力に欠けるといわざるをえない ₃₉

 (ⅱ) 法的拘束力の動的な把握 控訴裁判決は、同意なき医学人体実験の禁止の法的拘束力について、この規範を国際慣習法として確認する典拠が成立したときの法的拘束力だけが重要なのではなく、その典拠がその後の国際条約の締結や国内立法の成立を促したことを重視する。その意味で法的拘束力を時間的に発展するものとして把握している。このような動的な把握がなされていることは、国際慣習法を固定的に理解するのではなく、歴史的に発展するものと理解している点で、連邦コモンローとしての国際慣習法の現代的な発展の可能性を指摘した最高裁

So sa

判決の趣旨を踏まえているといえる。また、このことは、現実の事件で国際慣習法を確認し適用すべき裁判所の役割として妥当な姿勢であるといえる。 同意なき医学人体実験の禁止は、ニュルンベルク医師裁判でニュルンベルク・コードの第一原則として具体的に認識されることになり、世界医師会や国際医療団体の職業倫理規範として発展していった。さらには、この規範は、条約として明文によって国際自由権規約第七条の規定に結実している。このプロセスは、同意なき医学人体実験の禁止という規範を、ナチス・ドイツによるドイツ国内や占領地で強制収容された民間人および戦時捕虜を対象とした、何らの治療目的も持たない医学実験という特殊性を超えて、いかなる条件の下でなされる医学実験であっても、被験者の同意を必須の条件とする一般性を持った規範内容へと発展させている。控訴裁判決は、そのような本規範の法的拘束力を、ニュルンベルク・コード、世界医師会ヘルシンキ宣言、国際医療団体協議会倫理指針、国際自由権規約、世界各国の国内法

二三一五

(27)

(    同志社法学 六三巻五号一九八

における立法化という過程を経て形成されてきた評価する。それに対して本判決の反対意見は、国際慣習法の典拠としての国内立法の価値は、まず国際条約が規範を定立して、それを国内法化している場合に認められるとする。しかし、国際慣習法の形成は多様な次元で展開されうるものであり、医学実験という専門職倫理が大きく関わる領域では、専門職団体の規範形成にウエイトが与えられることは妥当である。また、反対意見の指摘するような条約とその国内法化という順序を重視することは、規範形成の多様な次元を考慮すれば妥当ではない。

Ⅴ 外国人不法行為法と今後の訴訟展望

 1 外国人不法行為法の裁判管轄権と国際慣習法の確認 本稿では、外国人不法行為法に基づく裁判において、同法が国際慣習法違反に関する裁判管轄権を設定すること ₄₀

、および国際慣習法がどのような手法によって確認されるかを検討してきた。そこで見られる一つの特徴は、国際慣習法を確認する典拠として幅広く多様なものを採用する方向性である。この傾向は第二巡回区控訴裁の

A bd ull ah i

判決に顕著に見られる。これに対し、最高裁

So sa

判決は、外国人不法行為法に基づく裁判で援用されるべき国際慣習法に、規範として確立された高い明白性を求めている。両者は一見対立するように見えるけれども、人権に関する国際法が現在抱える課題を反映した相互補完の関係にあるように思われる。すなわち、国際法は伝統的には国家相互の権利義務を規律する法規範 ₄₁

として形成されてきたけれども、第二次世界大戦後、人権保障を国際法の重要な課題とする体制が成熟するにつれ、国際法における法主体性を国家だけでなく、個人にもこれを広げて認識することが可能な状況が存在する。個人に国際法主体性を認めて、人権の本来の享有主体としての性質を認めるのであるならば、これが侵害された場合の救 二三一六

参照

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