D・ヒュームの経験論的人間学の研究︵十九︶
︵1︶
iヒュームの共感論
︵こ古賀勝次郎
序文第︼章 ヒュームのキリスト教神学批判
︵第四十一・二号︶
第二章ヒューム体系の哲学的基礎
第一節 ヒュームの知覚論︵第四十三号︶
第二節 ヒュームの因果論︵第四十四・五号︶
第三章ヒュームの方法論
第一節 懐疑主義と自然主義︵第四十六号︶
第二節 ヒュームの道徳哲学方法論
︵i︶ 近代自然科学の方法論
︵11︶ ヒュームの実験的・経験的方法論
︵以上第四十七号︶
︵⁝m︶ ヒュームの歴史的方法論︵第四十八号︶
︵.W︶﹁存在﹂と﹁当為﹂の問題
第四章情念について
第
第第五第 第第第第第
範轟三章嘉範ε毒.重事協
ヒ
1型聾1蓼撚華華饗
繕翻纏崔畠輪畠慧躯畠
道利徳道先客 諸他論徳駆学 庫主批論者の 覚義判 達基 論_ _礎
と暑夏にと 単二 つ直 間ま い接 の謡 て的
の
三豊 情
と係し
て の
.足、、
同一性の関係
﹁知覚の束﹂としての心︵第四十九号︶
情念の分類
間接的情念と直接的情念
必然と自由について
自然意志論争
両立説︵ooヨ冨二び厳ωヨ︶︵以上第五十号︶
必然と自由と人間の責任
情念と理性
ヒュームの先駆者達︵以上第五十一号︶
ヒュームの道徳論
合理主義道徳論批判
利己主義と利他主義︵以上第五十二号︶
ヒュームの道徳感覚論
早稲田社会科学研究 第59号 99(H.11).10
37
︵1︶﹁自然﹂概念の転換
㈲ 古代・中世の自然概念
㈲ 近代の自然概念
ω合理主義の自然概念︵以上第五十三号︶
回理神論とケンブリッジ・プラトン主義
の経験主義の自然概念
㈲ロック・パークリの自然概念
︵以上第五十四号︶
︹中間考察︺ヴィーコとヒューム
はじめに
︵i︶ ヴィーコの基本命題 <①凄ヨー1融︒εヨ
(・P1︶ ヴィーコの学問体系
︵血︶ ヴィーコのデカルト主義批判
㈲ デカルトの幾何学的方法論
㈲ ヴィーコのデカルト主義批判
︵・W︶ ﹃新しい学﹄におけるくΦ﹁⊆重病鼠6εヨ
とロ﹁o<己Φコニ凶︵以上第五十五号︶ 第六章 第一節 第二節 第三節 第四節 第五節第七章第八章第九章 ㈲ボイルの機械論哲学と﹁キリスト教神学﹂㈲道徳感覚学派の自然概念i シャフツベりとバトラー ︵以上第五十六号︶
11 F・ハチソンの目的論的自然
⁝m A・スミスの﹁見えざる手﹂
︵第五十七号︶
ぴ⇒qュームの自然概念︵以上第五十八号︶
ヒュームの共感論
共感をめぐる議論
自我の社会的性質︵以上本号︑
情念と共感
共感と道徳的判断
A・スミスの共感論
ヒュームの正義三
号鞍接近代の経済社会 以下続く︶
38
はじめに
D・ヒュームの経験論的人間学の研究(十九)
中世のキリスト教神学が神を頂点とした学問体系であったとすれば︑近代の人間学は人間を中心として形成され
た学問体系といってよかろう︒そして人間学の中心に据えられる人間とは︑この場合︑人間の本質︑即ち人間の自
然臼籠居き昌煙霞Φ︶というものであって︑その人間の本質1一自然を起点として︑その回りに様々な科学が打ち立
てられることになるのである︒人間学︵ω9①50Φohζ碧︶とはそれら諸科学を総称した名称に他ならない︒近代
の当初から︑人間の本質をめぐっては様々な議論があったが︑大きく言えば︑人間の本質を理性に求めるものと経
験に求めるものとの二つに分けられる︒言うまでもなく︑合理論的入間学は前者の議論から︑経験論的人間学は後
者の議論からそれぞれ形成されたのである︒
さて︑このように︑近代の1少なくとも︑十八世紀末にドイツ観念論が現われるまでのi人間学には︑合理
論的人間学と経験論的人間学の二つがあって︑互いに対立していた︒ところで︑これら二つの人間学を︑体系の構
造という観点から︑中世のキリスト教神学と比較すると︑合理論的人間学の方が構造的にキリスト教神学に似てい
る︒しかし︑両者を内容の連続性の観点から比較すると︑経験論的人間学はキリスト教と連続性を有している︒合
理論的人間学は︑スピノザ︑ライプニッツ以後︑キリスト教︑キリスト教神学との関係を急速に失っていった︒後
者の内容の連続性の問題はともかく︑合理論的人間学が︑その体系の構造において︑キリスト教神学に似ているの
は︑誤解を恐れず非常に単純化していえば︑キリスト教神学における神の位置に人間の理性が取って代ったものに
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過ぎないといってもよいからである︒そうしたことは経験論的人間学には不可能であった︒キリスト教︑キリスト
教神学における神は全智全能であって︑神の属性には経験といった概念は不要であったからである︒そのため︑経
験主義者は合理主義者よりもより険しい道を歩まねばならなかった︒
しかしながら︑少なくとも十九世紀前の思想家の中で︑言葉の真の意味での経験論的人間学を樹立し得たのは︑
ひとりD・ヒュームのみであった︒ヒューム以外の経験主義者達は︑﹁神﹂を前提としていたからである︒J・ロ
ックは経験主義の祖だが︑ロック体系の土台にある自然法論は神の啓示あるいは理性がその前提にあったし︑ロッ
クが倫理︵道徳︶学を論証可能な科学とした理由の︻半も︑神の権威がそれを保証すると考えたところにあった︒
バークリの根本原理である国ωωΦ幽ω℃費9且の根底にも神が存在していた︒バークリの世界は︑精神と観念から成
っているが︑精神の方が観念よりもより根源的なものとされた︒そして︑観念が人間の精神によって知覚されない
場合︑それは神の精神内に存するとされたのである︒また︑道徳感覚学派の祖ともいえるシャフツベリにとって︑
自然は神と同じものであった︒また︑J・バトラーは︑人間の理性の限界を指摘したが︑神の啓示はこれを認め︑
啓示の神と自然の神とを同一のものと考えた︒更にF・ハチソンの自然も︑ヒュームが批判したように︑目的因に
基づくものであって︑キリスト竜神学的色彩が色濃く残っていたのである︒そうして︑いま述べたロックからハチ
ソンまでの一広い意味での1経験主義者達は︑何れも︑神の存在の設計論的証明︵住①玖讐碧αqニヨΦ昌¢を信じ
ていたのである︒しかしヒュームは︑この神の存在の設計論的証明の批判を出発としてその経験論的人間学を打ち
立てていったのである︒
かように︑近代初期の経験主義者達も神を前提としていたのである︒そこには確かに︑彼等の深刻な苦悩を見る
40
D・ヒュームの経験論的人間学の研究(十九)
ことができる︒だが︑神に訴えたことによって︑彼等の経験論的人間学の体系は︑歪みや不斉合を生み︑深さを欠
くことになった︒ロックの合理主義的な道徳理論は︑その経験論的人間学においては︑歪んでいるといおうか︑斉
整的でないといおうか︑ともかく座りがよくない︒また︑経験主義に立つのであれば︑当然なくてはならない経験
の蓄積としての歴史がロック体系には欠けている︒ヒュームが最も大きな影響を受けたハチソンの道徳感覚論にお
いても神が前提とされており︑その道徳感覚は神によって賦与されたものであった︒だが︑そのことによって︑ハ
チソンは︑より深いより根本的なところがら道徳というものを考えることをしなかった︒スミスはヒュームの後輩
であるけれども︑スミス体系は︑神の見えざる手が導く﹁理想世界﹂とそうでない﹁現実世界﹂の二つから成るが︑
これら二つの世界がどういうように結びついているのかいま一つ判然としないのである︒もしろ︑︑スの体系の中で︑
﹁理想世界﹂にのみ目を奪われるならば︑スミスは自由放任者になってしまうであろう︒しかし︑目を専ら﹁現実
世界﹂に向けるならば︑それはヒュームの世界とそれ程の距りはないのである︒
だがヒュームは︑神を前提とせずにその経験論的人間学の樹立を企てた︒確かにヒュームはキリスト教を批判し
たが︑しかしその批判は部分的なものであった︒ヒュームが全面的に批判したのは︑宗教としてのキリスト教では
なくして︑学問体系としてのキリスト教神学であった︒キリスト教神学に見られる思考様式や理論構成が︑宗教と
してのキリスト教を不寛容にしているというのである︒また︑キリスト教神学の思考様式や理論構成をもってして
は︑近代社会の理解は歪んでしまって︑到底十分な理解は得られないというのである︒かく考えてヒュームは︑い
かなる場合にも神に訴えることをしなかったのである︒こうして神を前提としない経験論的人間学が形成されるこ
とになるのである︒では︑ヒュームの神を前提としない人間学は︑キリスト教をはじめその他の諸宗教にとってネ
41
ガティプなのであろうか︒否である︒
ヒュームが当時の社会問題の中で︑最も重大な関心を持っていたのは︑キリスト教内の宗派と宗派の問の争いで
あった︒その原因としては勿論︑各宗教の説く思想の違い︑政治的状況︑経済的利害など色々のことが考えられる
が︑ヒュームはその原因の一つをキリスト教神学の中に見出した︒それは︑キリスト教神学に見られる︵形而上学
的な︶必然主義的因果論が︑キリスト教を不寛容な宗教としている︑というのである︒しかし各宗派が互いに対立
し合うならば︑社会は混乱し秩序を維持できず︑正義は実現され得ない︒そこでヒュームは宗教各派に対して寛容
︵8翠玉討8Vを説くのである︒もっとも︑宗教的寛容を説いた思想家は︑ヒューム以前にもかなりいるのであって︑
ロックもその一人であった︒ロックは︑﹁良心の不可侵性﹂からそれを説いたのだが︑しかしその寛容論には︑カ
トリック教徒と無神論者は排除されていた︒カトリック教徒はともかく︑無神論者が排除されているということは︑
当然︑キリスト教圏外の一すべての1人々も︑ロックの寛容論からは外されている︑ということを意味する︒
それ故︑ロックの寛容論は︑ア・ポステリオリな意味でも︑普遍的なものとは言えなかった︒これに対して︑ヒュ
ームが問題としたのは︑キリスト教宣の諸宗派の寛容ばかりではなく︑すべての宗教間の︑すべての宗派間の寛容
︵11平和的共存︶であった︒そのためには︑少なくともキリスト教神学の概念を用いて寛容論を説くことはできな
い︒共感︵ω<ヨO跨げ︽︶こそヒュームが使った用語であった︒
勿論︑ヒュームが当時の社会問題で︑重大な関心を寄せたのは︑キリスト教内の宗派と宗派との争いだけではな
かった︒政党と政党との対立︑国家と国家の対立にも︑ヒュームは非常な関心を抱き︑問題の根本から説き起し論
じた︒そしてこれらの問題に対してもヒュームは︑基本的に土ハ感の概念をもって議論したのである︒T・A・バー
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D・ヒュームの経験論的人間学の研究(十九)
デイドやD・C・エインズリなどもいうように︑共感がヒュームの社会科学に占める位置は︑キリスト教神学の摂
理︵只︒︿黒鼠二9︒︶と同様の位置を占めるのであって︑土ハ.感はヒュームの社会科学の出発点でありその骨格であ
︵2︶つた︒ロックは︑政治的問題を社会契約論によって解こうとしたが︑他方では︑神を前提とした自然法を当然のこ
ととして認めていた︒ロックにとっては︑政党間の対立︑社会・国家間の対立といった問題は︑そうした自然法に
よって解決が計られ得ると考︑託られていたのである︒つまり︑ロックは︑摂理を自明の前提としてその社会科学を
説き始めているのである︒このように︑ロックとヒュームの間には︑社会科学の出発点からして大きな︑次元的と
いってもよい違いがあったのである︒もっともヒュームの社会科学の土台を成しているのは道徳論である︒そして︑
共感論はその道徳論とかなり重なり合っている︒重要なことは︑共感論がその道徳論と︑正義論︑法理論︑政治理
論などヒューム社会科学の本体とを結ぶ重要な位置にある︑ということである︒
共感を道徳論あるいは道徳哲学︑社会科学の出発点︑基礎としたのはヒュームとスミスのみといってもよいが︑
しかしやはり︑ヒュームやスミスの共感論を理解するには︑共感論の歴史といったものもある程度知っておく必要
があると思われるので︑先ずは共感についてこれまでどのような議論がなされてきたかを簡単に見ておくことにし
ょ・つ︒
第一節 共感をめぐる議論
43共感のギリシア語源はω皿ヨ℃p︒9Φ貯で︑それはω巨11共に・似たとO讐ぽ︒ω11感情から成っていて︑他人の経験の
影響を受け︑自分も同じような感情を持つという意味である︒だが︑他人の経験の中で︑自分も同じような感覚を
持つようになるのは︑何よりも他人の苦しみや悲しみである︒例えばスミスは︑後に述べるように︑共感の原初的
意味を︑他人の苦悩︵ω無hΦユ轟ω︶に対するわれわれの同類感情︵○霞︷①一一〇≦点①Φ一骨αq︶としているが︑W・エック
スタインもそれに同意を表している︒何故なら︑ギリシア語のω億ヨ℃四昏Φ01は︑冨臼8が何よりも苦痛︵9の ︵3︶いΦ錠窪︶を意味していたように︑先ずもって﹁共に悩む﹂︵目三日置Φ巳を意味していたからである︑と︒これに対 ︵4︶してアッペルドールンは︑共感には中立的意味もあったことを指摘している︒また︑ストア学派においては︑ ︵5︶ωoヨづβ︒夢①冨は有機的結合︵o蹟蝉三︒oo曇①oけδ昌︶という意味で使われていた︒ストア学派の思想家達は︑自然現
象や社会現象の中に︑互いに作用し合うことによって調和がもたらされていることを認識していたからである︒そ
の後︑そうした共感概念は︑占星術や夢判断︑卜占術などの思想的根拠を与えるものとして用いられた︒そしてこ
うしたことは︑ルネサンス期のパラケルズスやネッテスハイムのアグリッパといった思想家達にも見られた︒
共感が中世のキリスト教神学においていかなる位置を占めていたのかについてはよく分からないが︑恐らく次の
ように考えられていたのではないだろうか︒﹁我らの創造主は我々人間が共感の絆︵夢①σo巳︒噛ω︽ヨ冨貯︽︶で結
びつけられるように予め配慮し賜うたが故に︑神はこの絆がそれに相応した喜悦によって強化されるように︑とり
わけ他人の苦難︵岳の茸Φωω①ωVという我々の共感が最も必要とされる場面で特にそれが強化されるように取り慮ら ︵6︶われた︵住Φω一ひq昌Φ匹︶︒﹂この文章は︑E・パークが一七五七年に出した﹃崇高と美の観念の起原﹄︵トき帖この§ミqミ
肉ミミ曙§ごミ恥O曇ご亀︒ミ§8ミミQの§職§鳴§翫切§ミ魯︑︶の中から抜き出したものである︒千七百年
代半ばといえば︑近代に入って既に大分経った頃なのであるが︑自由主義者とはいえ︑キリスト教の影響を非常に
44
D・ヒュームの経験論的人間学の研究(十九)
強く受けていたパークの言葉としては決して可笑しくはない︒キリスト教神学の色彩をまだ濃く残していたスミス
も︑かくまでは言っていない︒しかしながら︑中世のキリスト教神学において共感の概念が占めていたのは︑多分︑
上の文章に窺えるようなところであったように思われる︒
近代に入って︑共感について論じた思想家は数多いが︑ここでは︑シャフツベリ︑バトラー︑ハチソン︑D・ハ
ートリ︑パーク︑ベンサム︑J・S・ミルの共感の議論をそれぞれ簡単にみておこう︒
これまで何度も述べてきだように︑ヒュームの道徳哲学に最も大きな影響を与えたのは︑シャフツベリ︑バトラ
ー︑ハチソンなどの道徳感覚学派の思想家達であったが︑近代初期において︑共感についてとも角前向きに論じた
のも彼等であって︑恐らくそういうことが︑ヒュームにある示唆を与えたのかもしれない︒もっとも彼等の共感に
ついての考えとヒュームのそれとは︑従ってスミスのそれとも︑まるで違ってはいたが︒例えば︑G・R・モロウ
は次のように論じている︒﹁ハチソンやシャフツベリは︑共感を人間本性のある性質として︑すなわち︑同情
︵ooヨ冨︒︒ωδ口︶もしくは哀れみ︵且蔓︶の同義語として︑また非利己的な衝動︵夢①巷ωΦヨ鴇一日O巳ωΦω︶のひとつ
として理解していた︒だが︑この非利己的な衝動は︑かれらによれば︑人間本性のその他の性質と共に所与のもの﹁
として理解されており︑またそれは抽象的個人主義の放棄を含意するものではなかった︒ハチソンは︑共感に基礎
を置く道徳の可能性を考察したが︑結局それを否定した︒かれにとってみれば︑共感を説明するためには︑仁愛
(σ
盾テΦ<o一Φ昌︒Φ︶が前もって想定されていなくてはならないのである︒しかしながら︑ヒュームが︑﹃コミュニケー
ションの原理﹄︵9①蔑ぎ︒言一Φo︷oo∋ヨロづ8p︒口︒コVとして︑また﹃あらゆる道徳的特質の源泉﹄として共感につい 45て論及した場合は︑ハチソンが同じ言葉を用いて意味したことと︑まったく異なった何ものかを意識していたこと
︵7︶は明らかである︒﹂ヒュームの共感論については︑後に詳しく述べることにして︑ここにはバトラーについての言
及はないが︑バトラーの共感の議論も︑シャフツベリ︑ハチソンの議論に近いものであったといってよいであろう︒
ヒュームの道徳論を扱ったところで︑既に述べておいたように︑シャフツベリは人間の行為を導く感情を︑自然
的・公共的・社会的感情︑私的・自己的感情︑反自然的感情の三つに分けている︒ところでシャフッベリは︑﹃徳 ︵8︶あるいは価値に関する研究﹄︵昌謡ミ餐ミG§ミ§鴨鑓ミ\ミ恥︒︑ミ鴨ミ︶の中で︑次の三つの点を立証している︒
一、
ゥ然的感情が強力であることが自己享受の主要な手段と力を持つことになる︑二︑私的感情が余りに強ければ︑
悲惨である︑三︑反自然的感情を持つことが︑最も悲惨である︒シャフツベリは︑一を立証するところで共感に触
れている︒シャフツベリは次のように言う︒﹁自然的感情︵愛︑満足︑善意そして︑同種あるいは同類族への共感 ︵9︸に基礎を有する︶を持つことは︑自己享受︵ωΦ一や①ao月日Φ巨Vの主要な手段と力を持つことである︒﹂また︑﹁いか ︵10︶なるものであれわれわれが持っている社会的感情︑また土ハ感を働かせることは最高に楽しいことである﹂︑と︒シ
ャフッベリは︑個人だけでなく種族︵夢①ωOΦo凶①ω︶を重視し︑従って︑個人の内部に個人︵私︶的感情と共に社会
︵公共︶的感情を見出し︑徳は両者が適切に調和するところに存するとした︒にも拘らず︑モロウもいうように︑
シャフッベリは基本的には個人主義であったし︑その社会的感情も神によって賦与された個人的な財産だったので
ある︒ バトラーの中で共感という言葉が出ているのは︑例えば︑﹃説教集十五篇﹄︵§鴨§留ミ謹蕊辱ミ§ぎ駄ミミ鳴 ︵11︶沁︒駐G§馬き嵩b︒①︶の説教五﹁同情について﹂︵..COoづOoヨ℃p︒ωωδコ.︑︶である︒他人の富裕を見ると楽しくなり︑
他人の困窮に出会うと悲しくなる︒そうなるのは︑われわれが言わば︑われわれを他人の立場︑状態に置くからで
46
D・ヒュームの経験論的人間学の研究(十九)
ある︒しかしながら︑われわれは他人の幸福に必ず喜ぶとは言えないけれども︑他人の不幸には必ずといってよい
ほど悲しさを感じる︒同情や憐欄といった言葉は︑専ら後者のような場合に用いられる︒バトラーは更に注で説明
を加える︒他人の苦しみを見るとわれわれは色々な感情を持つ︒その苦しんでいる人に対し心から悲しみを感じる︒
バトラーによれば︑これが真の同情である︒自分がそのような苦しみから免れていることから少し満足を感じるこ
ともある︒同様なあるいは別の苦しみに陥りがちな自分自身のことを考えることもある︒更には︑他人の苦しみを
見た時︑自分自身に危険が起ると想像するかもしれない︒実際︑T・ホッブズは︑この最後のようなことを言って
いる︒だがバトラーは︑ホッブズが言っているようなことは︑種族に属している各個人間に見られる相互的共感 ︵12︶︵g︒ヨ三二巴ω︽ヨロ讐ξσ卑甫Φ①づ$oザ℃母ユ︒巳震︒︷毎①ωづΦ9ΦωVから最も遠く離れたもので︑そうした感情が仁愛
の例でないことは勿論︑自愛の例でもない︒そしてバトラーは︑相互的共感のことを人類に共通な同胞感情︵p
h巴︒≦点①Φぎαqooヨヨ︒コ叶︒ヨ弩鉱pα︶とも言っている︒
ハチソンは︑感覚を︑一︑外的感覚︵Φ×8ヨ巴ω①房Φ︶︑二︑内的感覚︵ぎ8ヨ巴ωΦ霧Φ︶︑三︑公共的感覚︵窟σ− ︵13︶
一一ZωΦ昌ω①︶︑四︑道徳感覚︵日︒﹁巴ωΦ口︒・Φ︶︑五︑名誉感覚︵︒︒①昌ωΦo︷げ︒昌︒霞︶︑などに分けている︒ハチソンの土ハ感
は︑同情︵ooヨ冨ωωδp︶︑同胞感情︵琶一〇≦点①①ぎαQ︶︑憐欄︵口哀れ︑豆q︶と略々同意語であるから︑上の分類
でいえば︑三の公共的感覚に入ると思われる︒ハチソンによれば︑公共的感覚は共通感覚︵ωΦゴ﹁ωζωOQ5P冒P¢ロ一ω︶と
も呼ばれ︑ある程度︑すべての人に見出される感覚で︑他人の幸福を見れば喜び︑他人の不幸に出会えば悲しむ感
覚である︒遺著﹃道徳哲学体系﹄︵毎 留欝ミ & ミqミ︑き§的ミ︸書堕嵩﹃㎝︶では︑共感的感覚︵ω団ヨO讐財Φ口︒評 ︵U︶ω窪ω①︶という言葉も使われており︑以下のように論じられている︒われわれが他人の状態を気使う時︑われわれ
47
の心は自然に他人に同情するが︑それは共感的感覚によってそうなるのだとされる︒他人が受けている苦痛︑悲惨
を見たり知ったりすると︑われわれは憐欄を感じ︑利害を考えずに︑助けたいと思う︒このような感情は生涯持ち
続ける︒同じように︑他人が喜んでいると︑われわれはその人々に自然に祝福︵oO昌αq同讐巳鋤鉱︒巳してやりたくな
る︒このような共感は理性を持たない動物に対しても持つ︒しかし怒りや憤慨のように︑悪を追い払うわれわれ自
身の私的情念は︑私的善福︵℃ユく讐①ひqoo畠︶を求める情念よりも強力である︒それ故に︑憐欄の方が祝福よりもよ
り強力な仁愛的感情であるといえる︒苦痛から逃れることの方が︑善福を享受することより以前に必要のように思
われる︒心は最も必要なものの方へより強く向けられる︒このような共感はすべての感情︑すべての情念に広がっ
ていく︒それらは自然に伝染していく︒恐怖を観察したならば︑その原因が分かる前に︑観察者の中に恐怖を惹き
起す︒このような共感は︑普遍的な幸福へ魂を大きく向かわせる点で︑いかにも有益である︒ハチソンは共感につ
いておおよそ以上のように論じている︒
ヒュームよりやや年長で︑連合心理学の提唱者として知られるD・ハートリもその著作﹃人間に関する諸観察﹄ ︵15︶︵O雰ミ§§§§ミ§℃ミの隷§魯ミ的b§㌧§翫ミのξ僑§§§し謹㊤︶において︑共感について論じている︒そ
の中でハートリは︑快・苦を七つに︑即ち︑感覚︵ωΦコω餌け一〇﹁P︶︑想像力︵冒帥ひq冒9︒鉱︒巳︑野心︵鋤ヨ三鼠op︶︑利己
心︵ωΦ一調−ぎ8話馨︶︑土ハ感︑神人融合感︵曄Φ8讐ξ︶︑道徳感覚︵ヨ︒鑓一ωΦコωΦ︶の七つに分けそれぞれ詳しく説明
している︒そして共感の快は︑感覚︑想像力︑野心︑利己心の快を改善すると共に︑神人融合感︑道徳感覚の快と
結合する二合的で︑無限の拡大を許容するものであるから︑人間の第一に追求すべきものかもしれない︑という︒
更にハートリは︑共感的感情︵塁ヨO簿冨け凶︒既hΦo鉱︒づω︶を四つに分類し︑一︑他人の幸福を喜ばせる感情で︑社
48
D・ヒュームの経験論的人間学の研究(十九〉
交性︵︒・oΩ巴ξ︶︑善意︵帥qoO㌣惹一一︶︑寛仁︵鴨コΦ﹁oo凶なV︑などの感情︑二︑他人の不幸を悲しませる感情で︑憐
欄︵8ヨ窓ωω一8︶や慈悲︵言臼︒琶などの感情︑三︑他人の不幸を喜ばせる感情で︑念怒︵雪ひq興︶︑遺恨
︵おく窪αq①︶︑怨恨︵一①巴oo昌︶︑悪意︵ヨ巴胃Φ︶などの感情︑四︑他人の幸福を悲しませる感情で︑競争︵①ヨ三甲 ︵16︶甑︒づV︑嫉妬︵Φpく巳︑としている︒かようにハートリは︑共感についてかなり詳しく論じているのであるけれども︑
共感をその道徳論の中心には置いていない︒
パークは︑ヒュームより十八歳︑スミスより六歳年少であったにも拘らず︑上述したように︑スミスよりもキリ
スト教神学の影響を濃く留めている︒パークは理神論のみならずシャフツベリやハチソンなどの道徳感覚論をも批
判した︒パークにとって︑啓示︵おくΦ冨甑︒づ︶は当然のことであり︑摂理︵震︒<δ①=oΦ︶は議論の余地のない絶対
のものであったからである︒さて︑﹃崇高と美の観念の起原﹄の中で︑パークは︑情念を︑自己保存︵ω①〒只Φω①響
く簿ご昌︶に悟るものと︑社交︵ωoo圃①q︶に祠るものとの二つに分類し︑更に後者の社交を︑両性間の社交と一般 ︵17V的社交に分ける︒そして共感は︑一般的社交の中に︑模倣︵凶コP一け90叶一〇昌︶︑野心︵僧ヨσ圃自8︶と共に︑含められてい
る︒われわれは他人の身の上に何時も関心を寄せる︒他人が心を動かすようにわれわれも心を動かし︑人々が経験
しているすべての事柄に無関心な傍観者︵冒島陳臼Φ簿︒・OΦ9鉾︒﹁︶たることに耐えられない︒われわれがこのよう
になるのは︑共感によるからである︒パークは︑共感を一種の身代り行為︵︒︒ω○答︒胤ω二げω葺︒鉱︒コ︶である︑﹁と言
う︒それによって︑﹁自分を他人の位置に置き︑多くの点で彼が感ずる通りに自分も感ずるようになる﹂からで
︵18︶ある︒それ故︑共感は場合場合に応じて︑苦に困ったり快に困ったりする︒詩や絵画や他の芸術が情念を一人の胸
から他の胸へと伝え︑不幸︑悲惨︑更には死に対してすら︑しばしば喜悦を与えるのも︑主として共感によってで
49
ある︒またパークは︑われわれ人間は︑他人の現実における不幸や苦痛に対して︑少なからぬ喜悦を感ずる存在だ︑
という︒また︑歴史の中に見出せる不幸や苦難に対してもわれわれは喜悦を感じる︒こうした喜悦は純粋な喜悦で
はない︑大きな不安が躍った喜悦である︒このような事柄においてわれわれが持つ喜悦は︑われわれが悲惨な光景
を避けることを妨げる︒また︑われわれが感ずる苦は︑苦悩せる人々を救済することでわれわれの苦を取り払うよ
うに了すのである︒しかし前にも述べたように︑共感の絆によってわれわれ人間は結びつき︑他人が苦しんでいる
場合に︑共感が強く表出するのも︑パークにとっては︑神の意図・設計によるものであった︒しかし神学的色彩を
濃く残していたとはいえ︑パークが土仏感を一種の身代りとし︑人と人とを関らしめる絆であるとしたことは注目さ
れてよいだろう︒
共感については︑功利主義者達も論じている︒ヒュームは一七七六年に死んだが︑それから間もなく︑ベンサム
の﹃道徳および立法の諸原理序説﹄︵︾誌ミ︑こ§ミ§&ミ鴨︑適ミら膏智・︒ミミ︒ミ冴§職卜轟蹄ミ職§・h冒2只冒冨9
嵩︒︒O●旨ωけ冒げ房7Φρ一飛︒︒9が出た︒旧著の中でベンサムは︑人間の行為の正・邪を判断する基準を提示する原理
として四つ程挙げて馳・一・功利の原理︵昏Φ買冒︒旦Φo︷三韓滑唄︶︑二︑禁欲主義の原理︵§喜旦・︒h
pωoΦ鉱︒圃ωヨ︶︑三︑共感と反感の原理︵夢︒℃二重昼Φo︷目白︒¢・叶ξ£・巳雪ユO讐ξ︶︑四︑神学の原理︵夢Φ嘆ぎ9宮Φ
oh夢Φo一〇ひq︽︶︑がそれである︒言うまでもなく︑ベンサムが主張し擁護するのは功利の原理である︒功利の原理と︑
全面的に対立するのが︑禁欲主義であり︑部分的に対立するのが︑共感と反感の原理である︒神学の原理は︑以上
三つの原理の何れかが︑別の形をとって現われたものに過ぎないとされる︒
ベンサムは︑共感と反感の原理を︑﹁気まぐれの原理﹂︵夢Φ只冒q且①o噛80﹁陣︒Φ︶とか︑﹁感情主義の原理﹂︵臼Φ
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D・ヒュームの経験論的入間学の研究(十九)
︵20︶蔑ぎ9且Φoh︒・①⇒骨導①簿曽叶圃ωヨ︶とか︑﹁独断の原理﹂︵芸①凛ぎ︒一昆①oh首ωΦα凶×一けδヨ︶といった言い方もしているが︑
ベンサムは同原理に対して以下のような批評・批判をしている︒ベンサムによれば︑共感と反感の原理は︑同原理 ︵21︶を支持している思想家達の主観的判断や感情に還元できる︒そうした思想家達は︑人々の行為が正しいかそうでな
いかの試金石を︑自然法とか正しい理性︵ユσq巨話g︒ω8︶とか道徳感覚などに置いている︒しかし︑例えば︑自然
法を取り挙げると︑自然法が命じているものが一体何なのかについて︑人々の意見は一致するだろうか︑決して一
致しないだろう︒自然法の命ずるものを決定する究極的根拠は︑ある人の意見や感情であって︑他人のそれらとは
対立する︒もっともベンサムも︑土ハ感と反感の原理の命ずるものが︑功利の原理の命ずるものとしばしば一致する
ことを認めている︒というのは︑前者の擁護者達は︑道徳的好悪において︑何が有益で何が有害であるかを考える
ことによって︑多少無意識的に影響されがちだったからである︒だが︑彼等が︑功利性に訴えることを回避する限
り︑彼等の道徳説は単なる主張︵廿PΦ﹁Φ 鋤ωωΦ﹃け一〇コ︶あるいは独断︵首ωΦ臼×三ωヨ︶に過ぎぬものであった︑とベン
サムは言っている︒
次にベンサムは︑苦痛と快楽の制裁︵ωき︒ユ︒口︶を論じ︑物理的制裁︑政治的制裁︑道徳的制裁︑宗教的制裁の
四つの制裁を挙げている︒そして︑共感の快楽および苦痛と仁愛の動機︵昏Φ∋o賦くΦo︷げΦ器く巳①コ︒①︶は︑物理的
制裁の中に入っていた︒ところが︑一八一四年になって︑これら四つの制裁に︑共感の制裁︵昏①ω磐∩鉱8 0h
紹日℃鋤昏︽︶が第五の制裁として付加された︒ベンサムは次のように考えるようになった︒共感的感情︵ω益田℃甲
9①口︒噛Φ①ぎαq︶は︑他入によって経験されているか経験されようとしている快楽あるいは苦痛を考慮することに
よって生じるもので︑自愛的感情の快楽・苦痛とは異なる︑それ故に︑そうした感情およびそれと結びついている
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動機の源泉とは別々に分類されるべきである︑と︒しかしベンサムにおいては︑J・R・ディンウィディもいうよ ︵22︶うに︑共感の制裁と仁愛の動機の力は余り強くはなかった︒
J・S二・︑ルも︑ベンサムの影響下に育ったので基本的に功利主義者だったが︑ミルの功利主義はベンサムのと
異なり︑質的要素をかなり含んだ功利主義であった︒ミルが功利主義に関してまとまった形で著したのは︑言うま
でもなく︑﹃功利主義論﹄︵零ミミ薗§詠ミし︒︒①ω︶であるが︑二更でも共感について論じられている︒さて︑同著第
三章は︑功利の原理の究極的強制力︵11制裁︒ω雪〇二8︶について論じられているが︑ミルによれば︑その強制力
には・外的強制力と内的強制力の二つ奴罷︒このうち後者の内的強制力とは・功利の原理によって正当化された規
則を遵守することを義務であるとする感情である︒この感情が利害を離れて純粋な義務観と結びついた時︑良心と
なる︒道徳性は︑義務感という究極的強制力を得てはじめて獲得できる︒義務感は道徳的能力とも呼ばれているが︑
後天的に獲得される︒では功利的な道徳と義務感との連合はどうやれば養成されるのか︒しかしそうした連合は︑
作為的に創られる︵p︒﹁什窪9巴里$二8︶ならば︑知的開発が進むにつれて分解していく︒功利的な道徳を受け容
れる感情の自然的基礎がなくてはならない︒幸いなことに︑強力な自然的感情なる基礎は存在する︒この自然的感 ︵24︶情が共感である︒そこには︑R・クリスプもいうように︑ヒュームの影響が見られるといってもよいかもしれない︒
その強力な基礎が人類の社会的感情︵ωoo一三け①ぎσqω︶のそれである︒それは︑人類の同胞と一体化したいという
欲求である︒この欲求は人間の本性︵自然︶の強力な原理であり︑しかも︑文明の進歩と共に次第に強くなる傾向
を持つものの一つである︒こうして文明国においては︑誰もが他人の利益に関心を持つようになり︑自分の感情と
他人の善をますます同一視するようになる︒ミルは次のように言う︒﹁この感情︵利他心︶をもっている人は︑利
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D・ヒュームの経験論的人間学の研究(十九)
益と共感といういちばん強い二つの動機にせきたてられて︑この感情を示すように︑また他人のもっこの感情を力 ふるのおよぶかぎり奮いたたせるように︑行動する︒この感情を全然もたない人も︑他人がこれをもっことに対しては︑
だれにも劣らぬ大きな利害をもつのである︒その結果︑この感情のほんのわずかな萌芽でも︑共感の感染力︵導Φ ︵25︶oo暮鋤αqδ昌︒暁ω蜜ヨ︒碧ξ︶と教育の感化力によって保持され養育される︒﹂
またミルは︑﹃功利主義論﹄の第五章で︑正義の感情の一つの本質的要素︑即ち︑加害者を罰したいという欲求
を扱ったところでも共感に触れている︒ミルによれば︑加害者を罰したいという欲求は︑自己防衛の衝動
︵ぎ窟一ωΦohωΦ一やα臥①コω①︶と︑共感︵hΦΦ一冒σqohω︽筥℃讐ξ︶の感情から自然に生まれたものである︒そして︑自
己防衛の衝動も共感の感情も︑自然的︵コ地響平なもので︑本能か本能に似たものである︑とミルはいう︒こう
した点で︑人間は動物と共通している︒いかなる動物も︑自分や自分の子供を傷つけたもの︑そう思われるものを︑
傷つけようとするからである︒従って︑人間と動物との違いは次の二つしかない︒一︑人心の共感の及ぶ範囲は︑
子孫や動物だけでなく︑全人類︑生きとし生けるものすべてに及ぶ︑ということ︒二︑人間は知力︵貯け二胡・
ぴqウ50①︶が発達しているので︑人間の感情一利己的なものであれ土ハ感的なものであれ一の全体の範囲が動物のよ
りひろい︑ということである︒知力が優れているため︑共感の及ぶ範囲が広いことを別にしても︑入間は︑人間と
人間がその一部をなしている社会との間に利害の共通性があることを理解できる︒そのため︑社会一般の安全を脅
かす行為は︑何れも人間の安全を脅かすのであり︑従って︑入間の自己防衛本能を喚起するのだ︒そしてミルは次
のように言う︒﹁このすぐれた知力が︑人間全体への共感力︵夢Φoo≦臼ohω︽ヨ鴇夢貯幽コゆq田畑ゴ三尊雪σΦぎひqω
鋤qウ昌Φ轟ξVに結びつくと︑人間は自分の種族︑祖国︑または人類という集団の観念を愛するようになり︑これら
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を傷つけるような行為があればただちに共感本能︵圃謬ωけ圃昌O叶 O︷ ω︽ヨ℃鋤けげ︽︶が目ざめ︑抵抗にたちあがるように
︵26︶なる︒﹂
このようにミルは︑共感を社会的なものではあるが︑自然的︑本能的なものと理解しているようだが︑必ずしも
そうはいえない︒これは︑﹃宗教三論﹄︵§ミ鳴 穿の桟俵 § 勘職喧6.§ 一︒︒起︶に収められている論文﹁自然﹂ ︵27︶
(.
DZ讐霞Φ.︑︸一八五〇年から五八年頃の問に書かれたと言われるVの中で︑次のようなことを言っている︒利己心
が人間の本性にとって自然的であることはあらゆる経験の示すところであるが︑共感もまた自然的なものである︒
この共感が自然的なものであるということは重要な事実であって︑この事実に︑善︵σqoo工臨①ωωVと高貴︵嵩︒亘ρ
5①ωω︶の滴養の可能性と︑それらが結局は優勢になるという希望とは依存しているのである︒だが共感的性格が凋
養されずに︑共感的利己性に引き渡すならば︑利己的なものとなる︒問題は利己性の種類の違いにある︒洒養され
ざる性格は孤立した利己性ではなく︑土ハ感的利己性︑それは︑二人︑三人︑四人の利己主義である︒確かにそれは︑
共感する人々にとっては大いに親しみのある喜ばしいことかもしれない︒しかしそれはそれらの人々以外の人々に
とっては︑非道く不正であり無情になろう︒また︑﹁宗教の効用﹂︵..⊂け葭蔓Oh閃魯αqδ蔑.矯この論文は一八六八年か ︵28︶ら一八七〇年の問に書かれた︶の中で︑ミルは以下のように言っている︒道徳というものは︑社会全体の善につい
ての度量の広い賢明な見地に基づいている︒即ち道徳は︑個人を集団のために犠牲にせず︑反対に︑集団を個人の
ために犠牲にしない︑そして適切な領域を一方で義務に与え︑他方で自由と自発性︵ωOo葺雪①一壷︶に与える︒そ
のような道徳はその力を︑優れた本性をもっている人々の場合には︑共感と仁愛を理想的卓越性︵乙Φβ︒一Φ×oo旧
一20Φ︶への情念から獲得し︑劣った本性をもつ人々の場合には︑恥と共に︑彼等の能力の限度まで洒養された共
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D・ヒュームの経験論的人間学の研究(十九)
感と仁愛とから獲得する︒以上から理解されるように︑ミルの共感は︑自然的なものであると同時に︑また教育な
どによって洒養しなくてはならないものであったのである︒
ミル以後も多くの思想家や社会科学者達が共感について論じておりH・スペンサー︑L・F・ウォード︑P・ク
ロポトキン︑W.マクドゥガル︑M・シェーラーなどがその主な人物である︒中でも注目されるのは︑シェ!ラー
の共感論であってその﹃共感の本質と諸形式﹄︵きG︒§ミ謡賊き§§§︑魯§ミミ魯H㊤一︒︒︶において︑シェーラー
は︑一方でヒュームやスミスなどの共感に基づく道徳哲学を批判しながら︑他方でカントの形式主義の克服を目指 ︵29︶し︑両者を統合するような実質的倫理学の構想を企てようとしている︒また︑J・ロールズも︑その﹃正義論﹄
︵﹄§8蓬9書︑母魯お謡︶の中で︑ヒュームやスミスなどの共感論をロールズ自身の原初状態︵oユσq言巴 ︵30︶Ooω凶臨○コ︶︑正義の二原理などと比較検討している︒
以上︑簡単に︑共感をめぐる議論を歴史的に見たが︑何れにおいても︑共感は︑確かにそれなりに重要な意味を
有してはいるが︑それぞれの思想あるいは思想体系において︑土台とか骨格を構成するほどのものではなかった︒
古代においては︑共感は︑古代の自然観︑世界観の中で論じられていたし︑中世においては︑キリスト教神学の創
造論︑摂理論の中で議論されていたといってよいだろう︒近代になると︑多くの思想家達が共感について論じてい
るが︑例えばハートリやパークの共感論は各々の思想の骨格を成すようなものではなかった︒ベンサムやJ・S.
ミルの共感論は︑ヒュームのそれと類似したところも見られるけれども︑しかし基本的には︑彼等のそれぞれの功
利︑寸義 ベンサムとミルの功利主義にはかなりの違いがある一の枠内で論じられている︒しかし︑ヒュームの
共感論に直接影響を与えたと思われるシャフツベリ︑バトラi︑ハチソンなどの人々も︑その道徳感覚は︑神によ
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って賦与されたものと考えていたのである︒それ故︑キリスト教神学を︑道徳哲学︑社会科学の領域に適用するこ
とを拒むヒュームが︑道徳感覚学派の人々から共感について何らかの影響を受けたとしても︑それはせいぜい示唆
といったところに止まるであろう︒実にヒュームの共感論は︑ヒュームの道徳哲学・社会科学の出発点であり土台
であり︑骨格を成しているのである︒それは︑中世のキリスト教神学における摂理と同じような地位を占めている
といってよかろう︒キリスト教神学でいう摂理は︑神と人間との共存︑人間と人間との共存を︑神は予め知り配慮
されているという意味である︒キリスト教神学を社会科学に適用することを拒否するヒュームにとっては︑神と人
間との共存ということは問題ではなく︑人間と人間の共存ということだけが問題であった︒では︑人間と人間との
共存の問題はどう考えていけばよいのか︒ヒュームはこの問題を共感というものから考え始めるのである︒
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第二節 自我の社会的性質
キリスト教神学でいわれる摂理は︑上述のように︑神と人間との共存︑人間と人間との共存を︑神は予め知り配
慮されているということである︒しかしキリスト教神学においては人間と人間との共存あるいは関係も︑人間を超
越している神を媒介して成り立つのであるから︑摂理も結局は神と人間との共存の問題になってしまう︒従って︑
キリスト教神学においては︑個人主義もキリスト教士ハ同体︵主義︶も成り立つのであって︑視点をどうとるかで変
るのである︒モロウが︑シャフツベリやハチソンなどの道徳感覚論が個人主義的であるというのは︑個人の視点か
ら言えばそうなるということであって︑媒介者たる神を入れていえば︑個々人はキリスト教共同体の一員というこ
D・ヒュームの経験論的入間学の研究(十九)
とであって︑決して個人主義ではない︒ところが︑キリスト教神学を道徳哲学・社会科学に適用することを拒否す
るヒュームに対しては︑そうした解釈はなされ得ない︒即ち︑ヒュームがもしシャフツベリと同じような共感論を
説いていたとすれば︑ヒュームは個人主義者ということになるからである︒何故ならば︑ヒュームにおいては︑人
間と人間︑個人と個人とを結び付ける媒介者たる神は存在しないからである︒従って︑ヒュームが個人あるいは自
我をどのように考えていたかを知ることが︑ヒュームの社会科学を理解する上で非常に重要になるのである︒そし
て言うまでもなく︑個人・自我の考えが出発点となって︑ヒュームの共感論は形成されていくのである︒
近代の個人主義は︑シャフツベリやハチソンなどに見られるようにキリスト教にその起源を持つものもあるが︑
他方︑合理主義に由来するものもある︒勿論︑近代初期の合理主義者の多くは︑キリスト教︑キリスト教神学の神
を信じていたので︑彼等の議論では︑人間と人間の関係︑自分と他面との関係︑我々と他の人々との関係なども︑
神が︑神の理性が媒介となって︑それぞれの関係を結びつけていたのである︒だが︑合理主義者で︑神あるいは神
の理性に訴えて︑社会科学を確立しようといった試みはそう長くは続かなかった︒ここに︑合理主義に基づく個人
主義は︑神の理性という媒介者を失うことによって剥き出しの個人主義に陥るが︑しかしまた︑神の理性の位置に
人聞の理性が置かれ︑人間の理性が媒介者となって︑自分と他人との関係︑我々と他の人々との関係などを結び付
けていこうとするのである︒設計主義︵ooコω耳ロ︒鉱≦ωヨVがそうした流れの中から出てきたことは言うまでもない
が︑社会契約論︵ω09巴oo導轟9夢ΦoH︽︶も︑後に述べるけれども︑そうした流れと無関係に唱えられたもので
はなかった︒合理主義を批判した経験主義者ヒュームが︑こうした方向を辿らなかったのは言うまでもない︒しか
しヒュームはまた︑シャフツベリやハチソンなどとも違った道を行くのであった︒道徳哲学・杜会科学の出発点で
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ある個人あるいは自我が︑ヒュームと︑シャフツベリやハチソンなどの人々や合理主義者達とは違っていたのであ
る︒ ヒュームの自我については︑既に︑ヒュームの情念論の最初のところで述べておいたが︑しかしそこでは︑十分
議論を尽していた訳ではない︒確かにそこで︑ヒュームの自我論が︑﹃人性論﹄の第一篇と第二篇以下とを繋ぐ重
要な議論であること︑従って︑ヒュームの自我論にネガティブな側面とポジティブな側面の両面あることを指摘し
ておいたが︑ポジティブな側面に︑ヒュームのいう自我が社会的性質を有していることまでは述べていなかった︒
ヒュームの自我が社会的性質を持っているところに︑ヒュームの自我論と︑シャフツベリ︑ハチソンそしてデカル
トなどの自我論とを分つ最も重要な契機があるのである︒
ヒューム自我論のネガティブな側面は︑簡単に言えば︑自我を本質主義的に捉える自我論︑つまり自我を実体︑
実体的なものとする自我論に対する批判である︒ヒュームはそうした自我をフィクションだとして否定する︒そし
てヒュームは心︵ヨぎ自︶を﹁知覚の束﹂︵鋤げ琶已ΦohoΦ需①鷺δ昌ω︶だとした︒以上のことは既に詳しく述べた通
りであるから繰り返えさない︒
ではヒューム自我論のポジティブな側面を見てみよう︒ここでは自我は実体ではない︒そして﹁同一性﹂︵ごΦ亭 ︵31︶陣︽︶という用語は︑絶対的意味でなく緩い意味で使われている︒さてヒュームによれば︑想像含煮薗σq貯鋤甑︒嵩﹀
において観念を結合できるのは︑類似と接近と因果性という三つの関係である︒これらの三つの関係が︑観念の世
界の結合原理︵9Φ¢巳口pゆQ冒冒9覧Φω︶であって︑この原理がなければ︑すべての個々の対象は︑区別でき︑別々
に考察し得る︒それ故に︑同一性は︑これちの類似︑接近︑因果性のどれかに依存する︒これらの関係の本性は︑
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D・ヒュームの経験論的人間学の研究(十九)
観念を容易に推移せしめる点にある︒従って︑入落の同一性︵OΦ﹁ωo轟=α①暮潔団︶についてのわれわれの想念は︑
結合された観念の系列に従いスムーズに絶えることなく進行するところがら生まれるのである︒そこでヒュームは︑
人格の同一性を︑上の三つの関係の中で︑接近︵08賦Φq巳蔓︶は影響が極めて小さいとして︑残りの類似と因果性
の二つの関係によって考察する︒
ヒュームは先ず類似︵﹁Φω①日げ冨⇒oΦ︶から始める︒先ず次のようなことが仮定される︒一︑われわれは︑他人の
胸中︑その心即ち思考原理を組成する知覚の継起を観察できること︑二︑人間は常に︑過去の知覚の大部分を記憶
として保存しているということ︑である︒そして︑記憶︵ヨΩBO憎︽︶こそ︑知覚継起のあらゆる変化を通して︑当
該継起への関係を与えることに最も貢献し得るものとされる︒ヒュームはその理由を次のように言う︒﹁何故なら︑
記憶とは過去の知覚の心象を起す機能に他ならないではないか︒且つまた︑心象は必然的にその対象に類似する故︑
︹記憶によって︺かように類似した知覚が思想の連鎖のうちに頻々と出現すれば︑そのため想像は︑類似する知覚
のない時に比して容易に思想の環から環へ伝わるに相違なく︑従って︑全体は一対象の継続のように見えるに相違
ないではないか︒然らばこの点で︑記憶は同一性を発見するのみならず︑知覚間に類似関係を産んで︑よって以て ︵32︶同一性の産出に貢献するのである︒これは︑我々自身を考察するにせよ︑他人を考察するにせよ︑同じである︒﹂
と︒ 次に因果性︵〇四自ω鎚口Oコ︶に移る︒ヒュームは心を︑﹁因果関係によって繋がれ且つ相互に産み・滅し・影響し・ ︵33︶変容し合う様々な知覚ないし存在の体系﹂として理解する︒つまり心は﹁知覚の束﹂というのである︒ところで︑
われわれの印象はそれに対応する観念を生む︒そしてその観念は次に別の観念を生み出す︒一つの思想は先に進ん
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でいる他の思想を追い駆けるが︑同時に︑自己の背後に第三の思想を伴う︒しかしその第三の思想によって自己自
身が追い立てられる︒ここでヒュームは自我を共和国︵餌﹃8二窪︒︶あるいは民主国︵曽ooヨBo﹃≦Φ巴昏Vと比較 ︵34Vしている︒共和国や民主国では︑丁度心と同じように︑いくらかの成員が支配と隷属の相互的絆によって結合され
ているし︑また︑共和国はその成員だけでなく︑その法律や組織まで変えながらも︑尚同一の共和国であり得る︒
それと同様に人間においても︑同じ人物が同一性を失うことなく︑印象や観念のみならず性格や性向まで変えるこ
とができる︒同一人物がどんな変化を受けようとも︑いくらかの部分はなおも因果性の関係によって結合されてい
るのである︒そしてこの点で情念に関する同一性は︑われわれの痴った知覚を互いに影響させ合って︑過去あるい
は将来の苦と快に対する関心を現在抱かせしめることによって︑想像に関する同一性に確証を与えるのに役立つの
である︒ 以上から次のことが明らかである︒一つは︑人格の同一性ということが決してフィクションではないということ︒
そしていま一つは︑類似と因果性双方の関係において︑記憶が決定的に重要だということである︒というのは︑類
似あるいは因果性という関係を獲得する過去の知覚の蓄積を︑記憶が提供するからである︒ヒュームは後者につい
て次のように言う︒﹁このように︑知覚の継起が︹因果的に︺継続し且つ︹時間的に︺拡がることを識らすものは
記憶だけである︒従って︑主としてこの故に︑記憶は人格同一性の源泉であると考えらるべきである︒蓋し︑若し
記憶がなかったとすれば︑我々はいかなる因果性の念も決して持たないであろう︒また延いては︑我々の自我ない ︵35︶し人格を組成する原因結果の連鎖という念も決して持たないであろう﹂︑と︒ヒュームは議論を続ける︒しかし注
意されるべきは︑因果性の想念が一度記憶によって獲得された後は︑原因の同じ連鎖・人格の同一性を︑記憶のな
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D・ヒュームの経験論的人間学の研究(十九)
いところまで及ぼすことが可能となる︒それ故︑完全に忘れたけれども大体存在していたと想定される時代や状況
や行動を人格の構成要素に包含させることができる︑と︒
さて︑上の議論について少し説明を加えておこう︒先ず︑人格の同一性を類似によって論じたところである︒ヒ
ュームは︑その最後で︑﹁我々自身を考察するにせよ︑他人を考察するにせよ︑同じである﹂と言っているが︑こ
れは説明してよい箇処である︒というのは︑ヒュームは︑同一性一勿論︑緩い意味のではあるが一を︑我々に
も他人にも帰属し得ると考えているからである︒つまり自我は単に主観的なものではないのである︒しかしヒュi ︵36Vムはこれ以上議論していない︒恐らく動植物に同一性を帰したところの議論と同じということなのであろう︒ヒュ
ームの世界では︑人間と動植物との関係は︑キリスト教神学におけるのとは異なって︑次元の違いではなく程度の
差に過ぎないのである︒ヒュームは︑人間の社会性を人間の動物的性質によって基づけているようなところがある
けれども︑これはそうしたヒュームの世界観に由来するのであろうが︑これについては後に述べることにする︒ま
たヒュームは︑あるところで︑身体︵o弩σo身︶を自我の一部としている︒もっとも︑身体が自我の同一性の説
明において重要な側面を担っているなどといっている訳ではない︒
次に︑因果性によって自我の同一性を︑共和国・民主国との類比で議論しているところであるが︑このような類
比を還元主義︵﹃Φα虹O什凶○昌繭ω︹P︶の例として解釈する向きもあるけれども︑ヴァルズは︑そうした解釈に必ずしも満 ︵37︶足せず︑以下のような説明をしている︒われわれが同一性を自我に帰属させるのは︑われわれが共和国のような実
在物を扱うのと同じ理由からである︑ここに上の類比におけるヒュームの議論の要点がある︒殆どの部分は変化し︑
部分間を相互に関係づけている原理−共和国の場合であれば法律tも殆ど変化するかもしれない︑だがそうし
61
た変化が漸進的に起り︑しかもわれわれがそれらの変化の間に連続性︵昏ΦoO導冒巳身︶を跡づけることができれ
ば︑われわれは同一性を帰せしめる傾向がある︒イングランドは︑多くの変化を経験してきたけれども︑依然とし
て︑イングランドである︒そのことをヒュームは︑大著﹁イングランド史﹄︵§恥§&藁庶爵ミ§9罵罐よb︒︶
において追跡したのである︑と︒
重要なことは︑.﹁自我﹂であれ︑﹁我々﹂であれ﹁他︵の︶人︵々︶﹂であれ︑それらの同一性がポジティブな意
義を獲得するのは︑同一性が絶対的な意味でなく緩やかな意味で使われているからである︒つまり︑自我も我々も
他人も国家も実体ではないが︑それぞれ︑緩やかな意味ではあれ︑同一性を有している︑というのがヒュームの考
えである︒しかし後に述べるように︑自我が社会的性質を持つのもぞうした考えからなのである︒また︑共感とい
ったことが持ち出されるようになるのも︑そうした考えからである︒もし︑自我や我々や他人や国家などが実体で
あれば︑個人と個人︑我々と他の人々︑国家と国家との共存は︑それ等を超越した何か︑例えば神とか理性とかが
先在しなくては考えられぬであろうし︑また︑自我や我々や他人や国家などに︑緩やかな意味のであれ︑同一性と
いうことがなければ︑社会は自然状態でもうまくいくということになって︑非現実的議論になるであろう︒ヒュー
ムが共感という概念を持ち出すのも︑何れの考えも拒むからである︒
さて︑同一性に関する以上のごとき議論から︑ヒュームは以下のような結論を導く︒﹁人格同一性に関する一切
の繊細且つ細微な疑問は如何にしても解決できなく︑かような疑問は哲学的難問と言うより寧ろ文字の︵ひq8孚 ︵38︶匿鉾一〇巴︶難問と見倣すべきであるということである︒﹂入格の同一性に関する議論が﹁単に言辞上﹂︵ヨ①話 く嘆・
σ巴︶に止まっているのは︑それが同一性という用語を絶対的・厳格な意味で使っているか︑あるいは︑より緩や
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D・ヒュームの経験論的入間学の研究(十九)
かな通俗的な意味で使っているかによって決まってくるからである︒確かにどちらの意味でも︑同一性の用語は
様々な対象に適用できる︒しかしわれわれは︑その﹁同一性の名称に相当する資格を獲得する時や失う時に関する ︵39︶何らかの論議の正しい基準︵冒ωけω8a餌a︶﹂を持ち合わせていない︒何故なら︑想像が同一性についてのわれわ
れの帰属を決定しているからである︒だが︑事情によって想像の働きも変る︒同一性を帰属させることが意味を持
つこともあるけれどもないこともある︒同一性の帰属に関する決定は︑想像の傾向性とその傾向性が生み出す通念
を超えていかなる基準にも基づいていない︒そして︑想像の傾向性もそれが生じせしめる通念も︑同一性が帰属さ
せられねばならない時については明瞭な基準を提供することはないのである︒大体以上が︑人格の同一性について
のヒュームの結論である︒
ヒュームの自我の社会的性格についての議論は︑ヒュームの情念と共感の議論を読み進んでいく過程で次第に明 ︵40︶らかになっていく筈であるが︑少し先回りして︑ここで︑その結論部分を些か述べておこう︒
自我は実体あるいは実体的なものではなく知覚の束である︒この知覚には反省の印象である情念も含まれている︒
情念は︑自我を組成している知覚の束の重要な部分である︒共感は︑われわれに他の人々の情念を分有せしめるメ
カニズムであるが︑﹁我々﹂と﹁他人﹂の同一性を形成する際︑﹁他人﹂の役割に注意を向けさせる働きをする︒つ
まり自我は︑共感を通してその社会的性質を現わす︒要するに︑自我あるいは個人は社会的性質を有しているので
ある︒ここからヒュームは︑人間も社会的存在であるという議論を行っていく︒個人は社会に先行しないとなれば︑
人間は他の人々を求め仲間になることを喜ぶ︒この点で人間は動物と同じである︒上にも述べたように︑ヒューム
は糾問の社交性︑社会的性質をそうした人間の動物的性質に求める︒ヒュームは人間の生物学的性質を強調し︑人
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間を自然の上にではなく︑自然の中に置くのである︒ヒュームは人間の社会的性質を次のように述べる︒﹁すべて
の生物には︑仲間を造る顕著な欲望がある︒この欲望によって彼らは結ばれ合う:⁝・︒この点は人聞に於てなお︸
そう歴然としている︒けだし人間は︑宇宙の生物のうちで社会を造る最も熱烈な欲望を有するものであり︑また社
会によって最も多く利益を得るところがらそれに適したものなのである︒我々人間は︑社会と関連のないいかなる
願望も抱くことができない︒完全な孤独は恐らく我々の受ける最大の罰である︒すべての快は︑仲間から離れて享
受するとき萎え︑すべての苦は残忍と耐え難きを増す︒自負︑野心︑貧血︑好奇︑遺恨︑色欲⁝⁝それら情念に
いのち ︵41︶生命を吹込む原理は︑共感である︒﹂
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︵1︶ ヒュームの共感論の前に論ずると予告していたヒュームの道徳感情論とA・スミスの道徳感情論は拙著﹃ヒューム社会科学の 注
基礎ーデイヴィド・ヒューム研究11﹄︵行人社︑平成十一年︶︑第四章︑第五章を参照︒︵2︶R旨9ミq鋭欝&叶℃隷ミミ駐ご塁ミミ馬ミミ〜電ぎ℃砂ミ§ミ§織ミぎミ駄のミ§﹁¢竃℃>buΦ=立国︒≦巴
Ooヨ冨ロざ一89昌昌■一二Uo轟己ρ≧口巴ρ雪乞憩§黛§自壽概の8紺碧§ミ§Q.軌寒ミ帖総ミミ§§≧ミミ蚕9≦一δO刈.
︵3︶ω自葺﹀こ寒S譜魯\ミミの導§曇ミ鴨﹄臼窪ωσq①㈹Φσ雪く︒ロ二巴昏9国︒厨鹸Φ旦くΦ二宮ひq<8閃①受竃①ヨ①びお・︒①一しd蝉邑ど
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︵5︶寄︒冨Φ♂∪﹄.卿ζ碧h一ρ﹀.ぴ︑.ぎq&9江︒胤.8陶砂寒8這ミミqミ縛ミ§§融言ぎQO喜ミミミ§ミ§き蚤
轟§織OOミ愚O§魯詰亀ミ.国§§⑦§隷拓くOドド.Ω①﹁Φ昌匹Oづ勺﹁Φωの.○×hOalH箋O■℃・N
︵6∀ bσ霞冨讐国山彦⊆民こ︾き§の魯ミらミ窪心ミ建§言︑曹O蔚§ミ︒ミ§蕊黛ミ鳴留ミ篤§驚§氏ヒロ鴨匙ミミ︑−ぎ的蜜幕鰹︑滝︑
勘冬︒ミ職§斜建至勘詰碁︑Ooヨσユ自αq①↓Φ×房房9①団一見oqoh℃〇一腕江︒臼︒一↓げ8ぴq簿電Ooヨ暫置αq①α穿く■勺﹁①ωρ一8ωも為O●邦訳﹃崇