博 士 ( 歯 学 ) 中 村 武 之 学 位 論 文 題 名
ラット下顎頭の成長に対する臼歯抜歯の影響
学位論文内容の要旨
近年, 顎関節 患者 の発症 年齢・ が低下する傾向が見られ,当科においても若年者の受診が増加し ている 。成長 期の早 期に 咬合関 係に急 激な変 化を与 え, その状 態を維 持する ことが顎関節の成長 発育に 及ぼす 影響を 知る 目的で 本研究 を行っ た。
【材料 と方法 】
実 験 動 物 と して20日 齢 体重48g士2gのWistar系 雄ラ ッ ト54匹を 用 い た 。 実験 群 は , ま ず生 後20日目 に両側 上下 第一・ 第二臼 歯を抜 去し ,その 後,両 側上下 の第三 臼歯 を萌出完了直後に抜 去した 。各動 物は恒 温動 物室で 固形飼 料およ び水道 水を 十分に 与え, できる だけ同一条件下で飼 育し た 。 実 験 開始 時 ,20日目,40日目,60日目 ,80日 目,お よび100日目 に対照 群4匹,実 験群 6匹 を 全 身 麻 酔下 で ブ ア ン液 にて灌 流固 定をお こなっ た。頭 部を一 塊と して摘 出した 後,5%蟻 酸溶 液に て脱灰 し, 顎関節 部を摘 出,通 法に従 いパ ラフィ ンにて 包埋し た。 各標本 から5〃の 矢 状断連 続切片 を作成 し, ヘマト キシリ ン・工 オジン 染色 もしく はアザ ン・マ 口リー染色を行い,
一部は 鍍銀染 色を施 して 組織学 的観察 を行な った。 また 同時に ,組織 学的に 観察された変化の定 量化を 試みた 。定量 化の ための 計測は ,標本 の顕微 鏡写 真のネ ガより 測定範 囲に適当倍率で印画 紙に焼 付けし た陽画 上で トレー スした ものを 原画と した 。@軟 骨層の 幅◎下 顎頭関節面の平坦化
◎ 下 顎 頭 後 部 の 後 方 へ の 突 出 @ 下 顎 頭 内 部 の 骨 梁 の 密 度 , 以 上 の4っ の 計 測 を 行 っ た 。
【結果 と考察 】
対照群 と実験 群は ともに 各日齢 におけ る体 重とそ の増加 量はほ とんど 同じ 値を示した。組織学 的所 見と しては ,実 験開始 時(20日齢) の下顎 頭は 外形が 丸みを 帯て, 下顎頭 の上 半分を 軟骨層 が占め ,軟骨 層の下 に細 かい網 目状構 造の骨 梁が連 続し ていた 。40日齢 では ,対照群は20日齢と 比ベ外 形にほ とんど 差は みられ なかっ た。実 験群は 下顎 頭の外 形の若 干の平 坦化と軟骨層の幅の 著しい 減少が みられ た。60日齢でtま 対照群 と実験 群に おいて下顎頭に見られる形態の差が大きく
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なり,実験群では下顎頭関節面が平坦化し,下顎頭後部の後方への突出が明瞭であった。軟骨層 の厚みは両群とも減少傾向にあった。また,対照群にみられた軟骨層直下の網状構造の骨梁は実 験群ではほとんどみられなかった。80日齢では,実験群において60日齢で見られた下顎頭の平坦 化ならびに後方への突出がさらに顕著になっていた。両群を比較すると対照群において見られた 下顎頭中央部の骨梁が実験群では欠落し,下顎頭が平坦化を生じているように見えた。軟骨層の 厚みの減少の割合は少なくなった。100日齢では,対照群の下顎頭にも平坦化する傾向がみられ,
実験群と対照群の下顎頭の輪郭の差が小さくなった。軟骨層の厚みもまた実験群と対照群の間に 差がみられなかった。実験群では骨梁の幅の増加と骨髄腔の減少傾向が強くみられた。120日齢 では,対照群は典型的な海綿骨の骨梁形態を呈していたが,実験群は骨梁構造が不明瞭で,骨髄 腔が非常に狭くなり,骨梁の間を埋めている骨が,ところどころ改造され,あたかも細いハバー ス系で埋められているようにみえた。また軟骨と骨との移行部は,対照群では典型的な軟骨性化 骨を示しているが,実験群では軟骨と骨の間に改造線のようなものが認められ,軟骨と骨との境 界が明瞭になっていた。軟骨層の変化としては,実験群では生後20日目の臼歯抜去後,40日齢ま での間に正常群に比べ急激な軟骨層の減少を生じたが,100日齢では両群ともほば同様の厚みと なっていた。下顎頭の平坦化は,対照群では80日齢迄は比較的平らで,そこから120日齢にかけ て高さの比が徐々に減少するのに対し,実験群では60日齢までの間に高さの比が急激に減少した ことが,100日齢・120日齢と対照群の値に近づいていた。このことは対照群では丸い状態が長く 保たれ徐々に平坦化していたが,実験群ではかなり早い時期から平坦化することを示した。下顎 頭後部の後方への突出は対照群では経過中に大きな変化はみられなかったが,実験群では60日.
80日齢に極端に大きな値を示し,この時期に後方への突出が大きいことが示された。下顎頭内部 の骨梁の密度は組織学的には60日齢から骨質の割合に差があるようにみえたが,今回設定した範 囲では80日齢まで対照群と実験群の間に有意差は認めず,100日齢で実験群に骨質の割合が多く なる傾向がみられ,120日齢において初めて有意差が生じた。実験群と対照群とでは軟骨層の幅 の滅少の時期に40日のずれがあるが両群とも120日齢で関節軟骨がほぼ同じ値を示し,軟骨層の 幅は安定したようにみえた。このことは,実験群ては対照群に比べて約40日早く成熟した下顎頭 の形態を獲得したことになる。さらに,抜歯後早期に下顎骨の平坦化が生じたのは抜歯後早期か ら関節頭前方部の軟骨層ならびに骨梁形成の抑制と骨化促進が生じた結果であると考える。この ことは軟骨の幅が対照群より実験群では約40日早く幅の減少が始まり,120日で,ほぼ対照群の 幅と同じになる事実と密接に関連する。この平坦化が成長の早期に与えられた咬合の変化によっ て顎関節にかかる負荷が関節前方部に集中し,その結果,軟骨の形成の抑制ならびに一次骨梁の
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形成不 全を 生じ, これら の総合 的影響として下顎頭前方部の骨梁の欠除を生じたと考える。また,
対照群 の120日齢 では骨 梁は典 型的な 海綿 骨の構 造を呈 し,軟 骨骨移 行部 では典 型的な 軟骨性 化 骨の像 を呈 し,成 長がま だ行な われて いる ことを 示して いた。 しか し,実 験群で は100日齢の 骨 梁構造 に海 綿骨の 骨梁が ハバー ス系に よっ て一部 改造さ れてい るよ うに見える所も少なからずみ られた 。と くに, 実験群120日 齢では 骨梁 構造が 不明瞭 で,そ の改造 され た部分 があた かも細 い ハバー ス系 で埋め られて いるよ うに見 えた 。この ことは ,まだ 成長 期にある対照群と比べ実験群 て はこ の 時 期 に すで に 骨の成 長が停 止し ,正常 な骨の 改造段 階に入 って いるこ とを意 味する 。
【結 論】
1. 抜歯を 行なう こと により 成長過 程にお いて, 下顎 頭の膨 隆の変 化なら びに 下顎頭 後部の 後方 ぺの突 出を 生じる ことが 認めら れた。 この ことは 抜歯に よって 下顎 頭にかかる負荷の大きさと方 向が変 化し た結果 である と考え られた 。
2. 抜歯に より下 顎頭 軟骨の 厚みに 急激な 滅少が 生じ た。こ れは軟 骨の化 骨が 促進さ れた結 果で あ る か , あ る い は 逆 に 骨 の 成 長 が 抑 制 さ れ た 結 果 で あ る と 考 え ら れ る 。 3.こ れ ら の 下 顎頭 に おけ る外形 ならび に軟骨 の厚 みの変 化はす なわち 形態学 的な 差は100日齢 で少な くな ってい るよう に見え たが, その ことは 今回試 みた計 測の 値が100日齢 に於い て対照 群 と実験 群が ほぼ同 じ値を 示すよ うにな って いるこ とで示 された 。
4. 120日齢 の実験 群にお いて骨 梁の 占める 割合が 急激に 増加 し,骨 梁間が 細いハ バース 系で 埋 められ てい るよう に見え ,また 骨と軟 骨の 境界線 の出現 は下顎 頭の 成長の停止を示しているもの と考え られ た。
5. 以上の 結果は ,成 長の早 期に咬 合が失 われる と, 下顎頭 の成長 発育は 早期 に成熟 状態に 達す ること を示 唆する ものと 考えら れた。
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学位論文審査の要旨
主査 ・副 査全員 が一堂 に会し ,口頭 にて 審査を 行なっ た。ま ず, 本論文 提出者より論文内容に っい てその 概要の 説明 を受け た。
顎関 節症 の原因 ないし 誘因と して内 在性 外傷が 挙げら れ,特 に咬 合の異 常や顎の偏位に起因す る慢 性外傷 がきわ めて 重要な 役割を 果たし てい ると考 えられ ている 。近年 ,臨床における顎関節 手術 経験の 蓄積, およ び各種 画像診 断法の 発達 により ,顎関 節症の 病態の 理解と臨床診断にっい ては 急速な 進歩が みら れてい る。し かしな がら ,その 発症機 序にっ いては 明らかではなく,咬合 異常 や顎偏 位が顎 関節 にどの ような 変化を もた らすか にっい ても, 現在ま でのところほとんど解 明さ れてい ない。 一方 ,顎関 節症は 従来20才台お よび30才 台に 発症す ることが多いと言われてき た。 しかし ,近年 ,若 年者に も顎関 節症が 増加 する傾 向が見 られ, 若年者 症例においても下顎頭 の変 形がま れでは ない との報 告もあ る。
そこ で, 本論文 提出者 は成長 期の早 期に 咬合関 係に急 激な変 化を 起こざ せ,その状態を維持す る こ と が 下 顎 頭 の 成 長 発 育 に 及 ば す 影 響 を 明 ら か に す る 目 的 で 本 研 究 を 行 な っ た 。
【 材料 と方法 】
実 験 動 物と し て20日齢 のWistar系 雄ラ ットを 用い, 生後20日目に 両側上 下第一 ・第二 臼歯 を 抜 去し ,その 後上下 の第三 臼歯の 萌出を待って抜去した。実験開始時,20日目,40日目,60日目,
80日 目 , およ び100日 目 に, 全身麻 酔下で ブア ン液に て灌流 固定し ,頭部 を摘 出後,5% 蟻酸溶 液 にて 脱灰し た。 っぎに 顎関節 部を摘 出し ,通法 に従い パラフ ィシに 包埋 した。 各試料 から5ロ mの 矢 状 断 連 続 切 片 標 本 を 作 成 し ,HE染 色 な ら び にAZAN染 色 を 施 し組 織 学 的 観 察 を行 な っ た 。ま た,一 部の標 本には 鍍銀染 色を 施した 。さら に,定 量化 のため の計測基準点を設定し,顕 微 鏡写 真を陽 画とし て組織 学的計 測を 行った 。・
【結 果およ び結 論】
1.実験 群の各 日齢に おけ る体重 とその増加量は正常対照群とほぼ同じ値を示した。したがって
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博 稔
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査 査
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抜 歯 そ の も の が , 全 身 の 成 長 発 育 に 及 ぼ す 影 響 は ほ と ん ど な か っ た と 思 わ れ る 。 2.実験群では下顎頭の平坦化ならびに下顎頭後部の後方への突出を生じた。このことは抜歯に よ っ て 下 顎 頭 に か か る 負 荷 の 大 き さ と 方 向 が 変 化 し た 結 果 で あ る と 考 え ら れ る 。 3.実験群では下顎頭軟骨の厚みが急激に減少した。これは軟骨の化骨が促進された結果である か,あるいは逆に骨の成長が抑制された結果であると考えられる。
4.実験群における下顎頭の外形ならびに軟骨の厚さは,100日齢で,対照群とほぼ同じ値を示 すようになった。
5. 120日齢の実験群において, 骨梁の占める割合が急激に増加し,骨梁間が細いハバース系で 埋められているようにみえた。また,骨と軟骨の境界線が出現した。このことは下顎頭の成長の 停止を示すものと考えられた。
6゛.以上の結果から,成長の早期に臼歯の咬合が失われると下顎頭の成長発育は早期に成熟状態 に達することを示唆するものと考えられた。
本論文提出者は以上の内容を明快に説明した。続いて,各審査担当者より本論文を中心にして 広く関連事項にっいて種々の質問があった。また,臨床症例と動物実験との関連などにっいての 質 問も あっ た。 これ ら の質問に対して論文提出者 よりそれぞれ適切な解答が 得られた。
本研究の成長期の早期に全臼歯を抜去しその状態を維持するという方法は,咬合状態が顎関節 に与える影響を単純化したーっのモデルとして評価された。また,下顎頭の場合,基準点の設定 がむずかしいために,定量的観察が,従来ほとんど行なわれていなかった。本論文提出者はその 定量化を試み,組織学的形態変化を定量的に裏づけ,さらに成長の早期に咬合が失われた場合,
下顎頭の成長発育は早期に成熟状態に達するという興味ある知見を得たことが特に高く評価され た。さらに,本論文提出者は外国語による参考文献を理解するに十分な語学カを有すると共に本 研究および関連分野に関して広い知識を有することが認められ,博士の学位授与に値するものと 認められた。
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