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Vol.66 , No.1(2017)053通 然「『観心論』の諸本について」

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印度學佛敎學硏究第66巻第1号 平成29年12月 (191) ― 302 ―

『観心論』の諸本について

通   然

1.

 はじめに

菩提達磨,あるいは神秀作として伝承された『観心論』は,北宗禅の思想を示 す根本資料というべきものである.しかも,そのテキストは唐代には長安 ・ 洛陽 という両京をはじめ,敦煌や江南に及ぶ広い範囲で流布したのみならず,隣国の 日本や朝鮮半島など,いわゆる東アジア地域に広く伝播したことが知られ,その 大きな影響力を窺わしめる.特に,この文献には異本が極めて多く,もしそれら 相互の関係や歴史的変遷をあとづけることができれば,初期禅宗史解明への重要 な視点を提供しうるであろう.この意味で,西口〔1996〕が『観心論』敦煌諸 本,伊吹〔1994〕が『破相論』日本所伝諸本についての研究を発表していること は,先駆的な意義を持つものと言えるが,諸本間の関係については,今なお多く の問題点が残されている.そこで,筆者は本論文に先立ち,今年度(五月)東ア ジア仏教研究会において「日本所伝『破相論』 (観心論) の諸本について――新出 の金沢文庫残欠本を中心に――」の題目で発表した.本論では主に三国の諸本間 の関係等を明らかにしたい. 2.

 敦煌諸本の関係について

敦煌本『観心論』には七種の写本が知られているが,それらの関係について は,既に西口〔1996〕が指摘したように,A系統(S2595, P4646, S5532)とB系統 (P2460V, 龍大本)の二系統に分かれ,A系統がより原本に近く,B系統は達摩作と して伝授されていた可能性があるから,後の時代に成立した.また,A系統の P4646とS5532の末尾に「瞋是忍辱花,喜是忍辱果,花来便摘却,果来無處坐.」 とある偈文は,西口〔1996〕が「この偈は論とは関係なく…本来はなかったもの と推測する.」と述べたが,この偈文の出典を明らかにできなかった.しかし筆 者は,智昇の『集諸経礼懺儀』巻上に「瞋是忍辱花,忍是瞋家果,花生便摘却,

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(192) 『観心論』の諸本について(通) ― 301 ― 果生何處坐.(T47.463b25–26)」という文があることを発見した.両者は第二句と 第四句に違いが見られるものの,意味としては全く一致するので,そこから取り 込まれたものであると考えられる.このことから,S2595が現存する諸本の中 で,最も成立当初の原型に近いものであることについてはほぼ間違いない. 次に,P2657Vであるが,これをA系統やB系統と対校すると,B系統に近い と言えるが,第12問答の部分には①「燃七灯者七識也」と②「造翻数珠念仏」の 二箇所の増加がある.また,①に示す唯識思想は,第3問答の一部に相当する S646にも見られるが,両者は対応する部分がないのである.ただ,想像を逞し くすれば,この両写本は共に種子説を説くから,欠落の部分も同一であったので はないだろうか.あるいはP2657VとS646が同系統であったとも考えられる. 従って,この両写本をC系統と呼ぶことにする. しかし,ここで問題となるのは,西口〔1996〕がP2657Vの用紙,即ち天宝十年 (751)頃の「敦煌県差科簿」という役所文書によって,P2657VをA系統からB系 統に変わっていく過程に位置付けたことである.ところが,P2657Vの末尾には 「天復三年(903)」という年号が見られる.では,この二つの年号の関係はどう考 えればよいのだろうか.実際のところ,敦煌文献の中では,前の時期の用紙に後 になって書写を行った場合もあるから,用紙の年代や筆跡の特徴だけで書写の時 期を判断するのは無理であろうと思われる.更に,P2657Vの本文にはB系統と共 通する写誤や脱字などが散見されるから,両者は本来密接な関係を持つようであ る.従って,P2657VとB系統の写本は,本来同じ祖本に基づいて書写されたが, 流伝の過程で,P2657Vは二箇所が附加されたと考えてよいのであろう.つまり, P2657VはB系統の写本よりも後の時期に成立したのであると推測される. 3.

 敦煌本と日本・朝鮮伝本の関係について

敦煌本『観心論』は,日本 ・ 朝鮮伝本といかなる関係にあるのであろうか1) これらの諸本を比較すると,その論名について,敦煌本ではA系統が「観心論」 とするのに対して,日本 ・ 朝鮮伝本はその間に相違が見られるが,「達摩」の名 が冠されており,また,朝鮮伝本は最初の問答に「惠可問曰,師答曰」とあり, 師の達摩と弟子の惠可の問答集として伝えられていたことが知られる.更に,日 本伝本の中でも,五山版『三論』『六門』本以外の諸本は,題名と序文の間に「可 禅師門(真福寺本は「門」を「問」とする)」があるから,両者が密接な関係にある ことを示すのである.そのため,ここではまず敦煌本と日本 ・ 朝鮮伝本の異同例

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(193) 『観心論』の諸本について(通) ― 300 ― を挙げてみよう. 番号 A系統P4646 B系統龍大本 日本伝本 朝鮮伝本 箇所 ① 於空無我中.了見 自心. 空無所有成.於中了見自心. 本空無我.了見自心起用. 本空無我.了見自心起用. 3 ② 除其三毒及以六 趣. 能除三毒及以六賊. 能轉三毒爲三聚淨戒.轉六賊爲六波 羅蜜. 能轉三毒爲三聚淨 戒.能轉六賊爲六 波羅蜜. 4 ③ 本若無心.則無三 界. 本若無心.即無三界 本若無心.於三界中.即出三界. 若能了心.於三界中.即出三界. 5 ④ 佛説三世阿僧 劫 者. 所言三毒大阿僧. 佛所説言.無虛妄也.阿僧 劫者. 即三毒心也.胡言 阿僧祇. 佛所説言.無虛妄 也.阿僧 者.即 三毒心也.胡名阿 僧祇. 7 この四箇所は,日本 ・ 朝鮮伝本の下線部が敦煌本に全く見えないのであるか ら,両者の親近性を示すものと言える.次に,日本 ・ 朝鮮伝本を敦煌本のA系 統やB系統と対校すると,次のような例が見られる. 番号 A系統 B系統 日本伝本 朝鮮伝本 箇所 ① 皆悉自心根本生長. 皆悉因根. 皆悉因根. 2 ② 有諸惡業. 一一根中.生諸惡業. 一一根中.生諸惡業. 4 ③ 其六賊者.則名六識也. 出入諸根. 其賊者.六識是也.由此六識.出令根. 六賊者.則六識也.由此六識.出入諸根. 4 ④ 云何免彼之苦. 云何勉彼無窮之苦. 云何免彼無窮之苦. 5 ⑤ 則離三毒心.成無量善. 即制三毒心也.制一一毒 心.無量善住. 則制三毒心也.制一毒.成無量善. 8 ⑥ 佛所説三毒者. 佛所説經.是眞實語.應 無 也.等諸涅槃於道去 内中修之苦行時.爲對三 毒 發 三 誓 願. 持 三 聚 淨 戒. 佛所説經.是眞實語.應 無 也.菩 摩訶 於過 去因中修菩 行時.爲對 三毒發三誓願.持三聚淨 戒. 9 ⑦ 如經所説.念必得解脱. 經云所言.至心念佛.必 得 往 生 西 方 淨 土. 此 一 門. 即 應 成 佛. 何 假 觀 心.求於解脱. 經所説言.志心念佛.必 得往生西方淨土.以此妙 門. 則 應 成 佛. 如 何 觀 心.求於解脱. 14 即ち,日本 ・ 朝鮮伝本が敦煌本のB系統に近いのである.前に述べたように, B系統は「達摩の著作」として伝持された可能性が強いから,これらの諸本の間 に極めて密接な関係があると考えられる.最後に,これら諸本の対校によって, 日本伝本と敦煌本や朝鮮伝本の間には,本文の存欠関係について次の事実が判明 する(本文がある場合は「○」,本文がない場合は「×」で示す).

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(194) 『観心論』の諸本について(通) ― 299 ― 番号 A系統 B系統 日本伝本 朝鮮伝本 箇所 ① 其淨心者.即是無漏眞如之心.其染心者.即是有 漏無明之心.∼若眞如自覺∼離其所覆∼ ○ × ○ 3 ② 一切諸惡∼無量無邊.取要言之. ○ × ○ 4 ③ 由此三心.結集諸惡.業報成就.輪迴不息. ○ × ○ 5 ④ 以制三毒∼若制得三種毒心. ○ × ○ 9 ⑤ 心無顧悋∼樂諸功德 ○ × ○ 10 ⑥ 爲燈盞信∼求解脱者∼何名行道.竊見今時鈍根之 輩.∼迷誤之甚.誠可愍歟.∼何異癡人見爛壞死 屍.稱言有命.∼以恭敬.不敢毀傷.以屈伏.無 令縱逸.∼用之則顯.捨之則藏.∼既無所得.云 何求道. ○ × ○ 12 ⑦ 故經曰.凡所有相.皆是虛妄.又云.若以色見 我.以音聲求我.是人行邪道.不能見如來.以此 觀之.乃知事相非眞正也. ○ × ○ 14 即ち,日本伝本のみ,敦煌本や朝鮮伝本より欠落した部分が多く,最も不備の 多い伝本であることがわかる. 4.

 おわりに

以上の論述によって,敦煌本は三系統に分けることができる.この中で,敦煌 本のB系統は日本 ・ 朝鮮伝本に親近性を持つのであるが全同ではない.また,日 本伝本と朝鮮伝本はその本文が極めて近いことから,同系統とは言えないが,少 なくとも,両者が最も密接な関係にあることは否定できない.更に,日本伝本は 諸本の中で,写誤 ・ 欠落した部分が多く,良いものとは言えないことがわかる. 1)敦煌本三系統のうち,C系統はいずれも断簡にすぎないから,A系統のP4646とB系 統の龍大本を取り上げたい.また,日本伝本の六種については既に明らかにしたよう に,全て同祖本を承けたものであって,ここでは,最も日本伝来の祖本に近い首尾完全 な五山版『達磨大師三論』本(1387)を対校本とする.更に,朝鮮伝本の六種を対校す ると,大きな相違がみられないため,最も古い鶏林府本(1335)を採用する. 〈参考文献〉 西口芳男 1996 「敦煌写本七種対照『観心論』」『禅学研究』74: 123–170. 伊吹敦 1994 「『達磨大師三論』と『少室六門』の成立と流布」『論叢アジアの文化と思想』 3: 1–115. 〈キーワード〉 観心論,破相論,達磨,神秀,普寂,北宗禅 (東洋大学大学院)

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