唐代唯識諸師の著作にみられる
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唐代目佐識諸師の著作にみられる「無性雨釈Jについて め はじ
本研究は、唐代唯識諸師の著作にみられる﹁無性両釈﹂として示される無性説が、漢訳としては唯一現存する 無 性 広 告 与g
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の著作である玄英訳﹃摂大乗論釈﹄一O
巻(以下﹃無性摂論﹄)に存在するのか否かを確認 1 -することを目的としている。 ② この﹁無性両釈﹂という表現については、すでに佐久間秀範氏が着目している。佐久間氏は、慧沼﹃成唯識論 了義灯﹄において無性の転識得智説を評するにあたり、慧沼が﹁無性両釈﹂として無性が二説を有していたとし ているものの、漢訳﹃無性摂論﹄には﹁両釈﹂を記載している箇所は認められないという問題があることを指摘 している。この慧沼がいう﹁無性両釈 L の記述は、佐久間氏が詳細に検討し、筆者もいくつかの論を発表してき た転識得智に関するこ秘(寸八七六五﹂説と寸八七五六﹂説)に関する部分でもあり、転識得智説の研究におい ても注目すべきものとなっている。 本研究においては、﹁無性両釈﹂として示される論の詳細な内容に踏み込むことはしないが、慧沼以外の諸師 においても﹁無性両釈﹂と指示する場合があるとすれば、﹁無性両釈﹂を唐代唯識諸師に共通する指示方法とし て用例を整理し、その典拠を確認する作業は無意味ではないと思う。そこで本研究では、円測(六二ニ l 六 九④ 六 ) 、 基 ( 六 三 二 l 六八二)、慧沼(六四八 l 七一四)、智周(六六八 1 七二三}の著作を中心に、﹁無性両釈﹂あ るいはそれに類する指示を抽出し、﹁無性両釈﹂の内容が、おそらく無性の著作の中で唯一漢訳された﹃無性摂 論﹄に確認できるのか、確認できない場合それはどのような意味を有するのか、といった観点から検討する。抽 出した﹁無性両釈﹂の用例については、 現存漢訳﹃無性摂論﹄に照らし合わせ、 そこに指示通り寸両釈﹂が明確 に記載されている場合と﹁両釈﹂が明確に記載されていない場合に分類し、該当する﹃無性摂論﹄の説について 唐代唯識諸師の著作にみられる「無性雨釈」について は適宜並記していくこととする。 ﹁無性両釈﹂の指示通り﹁両釈﹂が漢訳﹃無性摂論﹄に明確に記載されている場合 ここでは、﹁無性両釈﹂あるいはそれに類する指示のもと無性の二つの説を記載している唐代唯識諸師の著作 の記述と、その﹁両釈﹂に一致する﹃無性摂論﹄の記述を並記する。これは﹁無性両釈﹂と指示する諸師が、現 存漢訳﹃無性摂論﹄を見ながら﹁両釈 L を構成したことを意味する。これに該当するのは以下の①から④までの 四例で、①から③までの三例は円測﹃解深密経疏﹄巻一に集中しており、④の一例は智周﹃成唯識論演秘﹄巻四 の 記 述 で あ る 。 ①円測﹃解深密経疏﹄巻一﹁趣無相法﹂の釈文 釈目。顕第二穂。世親釈云。謂清浄真如。名無相法。趣謂趣入。即是於有無無二相真知最勝清浄能入功徳。 謂此真加。非是有相。諸法無性。以為相故。亦非無相。自相有故。於此無相真知最勝清浄能入故。解云。真 知有其二義。一者最勝。二者清浄。証智能人最勝清浄二種境義。亦令他人。是故説最勝能入清浄能入。無性
岡 山 両釈。初同世親。後復次云。無住浬襲名為無相。不住生死浬襲相故。 唐代唯識諸師の著作にみられる「無性雨釈Jについて ﹃無性摂論﹄巻五※﹁初同世親(世親釈云)﹂説 於有無無二相真知最清浄能入功徳者。此即開示趣無相法。調此真知有円成実相。無遍計所執相。由此道理 名無二相。無有無相田疋実有故。無有有相所執無故。最勝清浄能入功徳者。謂即真如最勝清浄。一切法中最 ⑥ 第一故。遠離一切客塵垢故。於此真知自既能入。亦令他人。是故説為最勝清浄能入功徳。 ﹃無性摂論﹄巻五※﹁後復次云﹂説 云何而得此最勝覚。故次説言不二現行。諸声聞等於所知境有二現行。所謂正智不染無智。仏無此故智徳円 l i l -I l l i -I I l l i -1 防 満。為顕知来断徳円満。故次説言趣無相法不住生死浬繋相故。 3 -②円測﹃解深密経疏﹄巻一﹁遊於三世平等法性﹂の釈文 釈目。弁第九徳。世親論云。即日疋授記功徳。無性釈云。謂於三世平等法性能遍遊渉。以於三世平等性中。能 随解了過去未来曽当転事。皆知現在而授記故。解云。無性自有両釈。此則初釈。謂能了知三世諸法平等真知 故。証知過未。猶知現在。或即三世。名為法性。証無差別。故名平等。無性後釈。三世諸仏利有情事皆相似 l陶 故 。 ﹃無性摂論﹄巻五※﹁初釈(無性釈一玄)﹂説 授記功穂者。即日疋開示遊於三世平等法性。謂於三世平等法性能遍遊渉。以於三世平等性中。能随解了過去 ⑨ 未来曽当転事。皆如現在市授記故。
﹃無性摂論﹄巻五※﹁無性後釈﹂説 ⑬ 何者遊於三世平等法性。三世諸仏利有情事皆相似故。 唐代日住識諸師の著作にみられる「無性両釈」について ③円測﹃解深密経疏﹄巻一﹁証無中辺仏地平等﹂の釈文 釈目。第十八徳。世親釈云。即是三種仏身方処無分限功徳。謂仏法身。不可分限爾所方処。受用変化。亦不 可説爾所世界(文顕可知)。梁論釈云。如来三種身中。法身約処所不可度量。応化両身瓦爾。不可言但此世界 有彼世界無。無有一法出法身外。無有衆生界出応化両身外。無性問釈。初次中復有四種。意向世親。故彼論 云。如世界無中無辺。仏地亦爾。功徳方処無有分限。或復世界方処無辺。諸仏三身即於其中称世界量。平等 遍満以法身等即住。知日疋諸世界中非余処故。或法身等於仏地中平等遍満。無中無辺無有分限。此法身等遍一 切処。為諸衆生現化鏡益。然非自性無中無辺(解云:::︿中略﹀:::)。無性複云。非一非異。其相一五何。 為答此問。故次説言。証無中辺仏地平等。不相問雑。故云非一。乗前得仏無二。故云非奥。如是非一異相。
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云 何 応 ( 解 云 : : : ︿ 後 略 ﹀ ) ﹃無性摂論﹄巻五※﹁初次中復有四種(意向世親)﹂説 説為解脱三種仏身方処無分限功徳者。即是開示証無中辺仏地平等。謂如世界無中無辺。仏地亦爾。功徳方 処無有分限。或復世界方処無辺。諸仏三身即於其中称世界量。平等遍満以法身等聞住。如是諸世界中非余 処故。或法身等於仏地中平等遍満。無中無辺無有分限。此法身等遍一切処。為諸衆生現作鏡益。然非自性 ⑫ ・ 無 中 無 辺 。 ﹃ 無 性 摂 論 ﹄ 巻 五 ※﹁無性復云﹂説⑬ 非一非異其相云何。為答此問故次劃言。証無中辺仏地平籍。 唐代唯識諸問の著作にみられる「無性同釈Jについて ④智周﹃成唯識論演秘﹄巻四﹁又行縁識応不得成転識受幕前巳遮故﹂の釈文 無性摂論知灯具弁。世親釈云:::︿中略﹀:::若不信有阿頼耶識当於何処安立黒習。知六識身不能任持所有 黒 習 。 : : : ︿ 中 略
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-又依倶舎似有種義。若依摂論種相難明。故無性云。謂行為縁貧等倶生。眼等諸識許 為識支。又云。許続生識為識支者。此亦不然。按斯両文牒彼宗計。識支但現。世親亦現。文如前引。今応説 云。拠大小乗合為三釈。依無性論二文不同開為両釈。並依現説。准倶舎文。復為一釈。但依種説。文知上引。 ⑬ 或為四釈第四通取種現為支。如世親論。文言総故義可通也。文知前云。審観可悉。 ﹃ 無 性 摂 論 ﹄ 巻 一 一 釈目。矧剥制調不相応故者。此説於転融業雑染不成。謂行為縁食等倶生。眠等諸制許為融支。此不応理。 識縁名色有聖言故。所以者何。眼等諸識剃那速壊。久巳謝滅為名色縁。不応道理。若畏此失制嗣出制剥劃 支者。此亦不然。於続生時。福与非福及不動行久巳減故。非従久滅此復応生。又続生心非無記性。愛悉倶 故既非無記。以行為縁不応道理。若説転識与行相応。由此為縁阿頼耶識。能持黒習説名識支応正道勤。
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一 この中で①から③までの円測﹃解深密経疏﹄においては、﹃無性摂論﹄では若干離れて記載されている内容を、 円測が﹃解深密経﹄の文のもとに集約し、無性の﹁両釈﹂として並記していることがわかる。①と③については ﹁無性両釈﹂のもと、無性の初めの釈を﹁初同世親﹂﹁意向世親﹂として世親釈と同意であるとし、後の釈を無 性特有の説として別出するという手法をとるが、②は、まず世親の釈と無性の釈を並記して、続く﹁解一F
の 中で﹁無性白有両釈﹂として、先に示した無性の釈が初釈であるとした上で、さらに無性の後釈を記載している。 ④は、智周が﹃成唯識論﹄の﹁又行縁識応不得成転識受幕前巳遮故﹂の文のもとに、黒習を受け種子を持す る識に関する諸説を列記し、それが阿頼耶識以外にはありえないことを証明する内容であるが、智周は初めに 唐代唯識諸師の著作にみられる「無性雨釈」について ﹁無性摂論知灯具弁﹂として﹃無性摂論﹄の説の説明を慧沼﹃成唯識論了義灯﹄に譲り、続いて世親釈をあげて 正説としている。しかし、無性説については、初めに﹃了義灯﹄に譲っているにもかかわらず、さらに﹁無性 云﹂﹁又云﹂として二説あげ、﹁依無性論二文不同即為両釈﹂として﹁無性云﹂と﹁又云﹂の内容は同じではない ⑬ ので二つの説として扱うという検討を加えている。この無性の二つの説は﹃了義灯﹄でも扱われているのである が慧沼は﹁両釈﹂とはしていない。そこで﹃無性摂論﹄の該当部分をみると、﹃無性摂論﹄では黒習を受け種子 を持する識について三説あげている。智周が指示する﹁鉱山性云﹂(眼等諸識)と﹁又云﹂(続生識)の説は﹃鉱山性 摂論﹄の三説・中の前二説であり、﹃無性摂論﹄ではこの二説を排斥している。﹃無性摂論﹄の正義は最後に示され る﹁阿頼耶識﹂であり、これは智周の指示する世親釈の内容と一致する。 つまり、智周のいう﹁依無性論二文不同即為両釈﹂とは、薫習を受け種子を持する識に関する諸説の用例とし て、正説とは別の内容が﹃無性摂論﹄に二つあるということであり、﹁﹃無性摂論﹄の正義は世親釈と同じである が﹃無性摂論﹄には他にも他にはみられない説が二つ記述されているので諸説の中に含めて列記する﹂という意 味で﹁両釈﹂という表現を用いていることがわかる。これは、先の円測﹃解深密経疏﹄のように、無性の見解と して二つあると判断され使用される﹁両釈﹂とは異なる使用法である。
﹃無性問釈﹂の指示通り﹁両釈﹂が漢訳﹃無性摂論﹄に明確に記載されていない場合 唐代唯識諸師の著作にみられる F無性調釈」について ここでは、﹁無性両釈﹂あるいはそれに類する指示のもと無性の二つの説を記載している唐代唯識諸師の著作 の記述と﹃無性摂論﹄の記述とが一致しない場合について検討する。これには﹁両釈﹂の中、どちらか一方しか 明確に﹃無性摂論﹄に認められない以下の三例が存在するが、内容的に①と②に分け、②については②ーーと② │ 2 として二例記載した。①は慧沼﹃成唯識論了義灯﹄、②ーーは円測﹃仏説般若波羅蜜多心経賛﹄、② │ 2 は 慧 沼﹃成唯識論了義灯﹄の記述である。 ①慧沼﹃成唯識論了義灯﹄巻四﹁異熟心依染汚意或依悲願相応善心﹂の釈文 論又異熟心依染汚意等者。何故無性問釈。一云聞第六識為染汚依。第二同世親。所謂末郡。何故二別。答両 論不違。此有二義。一恒相続。二縁内外起増上愛故。無性即拠通縁内外起染汚故。不言第七。世親即拠恒相 続識常起染汚。非無第六。以非恒故隠而不説。無性菩薩拠続生時。非無第七。以不外縁故亦不説。然今此師 所説染意。或同世親。或同無性。或可染意依第七説。相応悲願即第六識。以此為証。証誠第八用第六七為開 導依。以因大悲依第六故。染復第六不証第七。或此師意且拠凡夫一分而説。初受生識。以染汚意方得受生。 ⑫ 即中菰末心。除転輪王必起食嘆方得受生。相応悲願聞是二智。
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-これは慧沼が﹃成唯識論﹄の﹁異熟心依染汚意或依悲願相応善心﹂を釈する部分であり、異熟心(第八識) の染汚の所依について述べた部分である。慧沼は﹁何故、無性には両釈があるのか﹂として、第六意識を染汚依とする説と第七末那識を染汚依とする説(同世親)とをあげている。これに該当する﹃無性摂論﹄の記述は以下 の 箇 所 と 考 え ら れ る 。 唐代目佳識諸師の著作にみられる「無性両釈」について ﹃ 無 性 摂 論 ﹄ 巻 三 如是結生相続時識。於一切処一切種類一切時分。皆依染汚。即中有摂後心為依。此所依心生有為境。於一切 処一切種類一切時分是染汚故。能依之識非是意識。由此越於意識法故。或有説言。与四煩悩恒相応心名染汚 例。巳相続心応成染汚。此己成立許為無記異熟性故。由異熟性時無間断。由此亦遮是意識川町。 これは﹃摂大乗論﹄の﹁染汚意識﹂が第六意識ではなく異熟識(阿頼耶識)であることを証明する内容に対し ⑬ て、﹃鉱山性摂論﹄がその染汚の所依を述べている難解な部分である。ここでは傍線部に﹁有説﹂として﹁与四煩 悩恒相応心名染汚依﹂と述べられているので、これが第七末那識を染汚依とする説(慧沼のいう無性の第二説) であることは明確である。しかし、慧沼が先に無性の第一説としてあげた第六意識を染汚依とする説ははっきり とは示されていない。おそらくは引用の破線部の内容、つまり、中有に摂されつつ生有(未来)を境とする所依 心は、三世を縁ずることができる第六意識であるという解釈から、これが第六意識を染汚依とする説とみなされ て い る と 考 え ら れ る 。 ここで先の慧沼の記述にもどると、慧沼は﹁無性両釈﹂として示した二説について、二つの見方にもとづいて 述べているだけで﹁両論不違﹂であるとして両者を認める。この処理は、おそらく﹃成唯識論﹄の﹁異熟心依染 汚意或依悲願相応善心﹂という内容を釈する上で、世親釈に示される第七末那識(依染汚意)のみならず第六 意識(依悲願相応)も所依として認める必要が生じたため、内容的に近かった﹃無性摂論﹄の説を﹃成唯識論﹄
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マに合わせて解釈・加工して﹁無性両釈﹂とし、さらに世親釈にも第六意識を染汚依とする説が含まれて いるとすることで立証しようとしたためと考えられる。 ② !身代唯識諸師の著作にみられる「無性両釈」について 円測﹃仏説般若波羅蜜多心経賛﹄ 二転識得智者。仏地第三有二師説。一日転第八識得大円鏡智。転第七識得平等性知目。転第六識得妙観察智。 転五現識成成所作智。一回転第六識得成所作知目。転五現識得妙観察知目。此不応理非次第故。説法断疑則遍観 察非五用故。無性摂論亦有両釈。広如彼説。大荘厳論同仏地論第二所説。成唯識第十巻中即同仏地初師所説 須 鈎 。 ② 慧沼﹃成唯識論了義灯﹄巻七 - 9 釈転識得知甲中。大荘厳論転第六識得成事智。転五識得妙観察知目。此論相違。如何会釈。答本有二解。一云荘 厳不依次説。非言転六得成事知目。故不相違。二疏外別解云。荘厳論中拠第六識能作神通等諸成業云得事智。 五識因佐島不観察。果住方能云得観察。故亦不違。無性両釈。各随一義不違二論。然仏地論破転五識得観察 @ 智。云説法断疑非五識能者。是破別師。非破荘厳。如理門論破古因明言。諸師異釈。繁不具叙。 この二つの文は、無性が転識得智に関して二つの説を有しているとする。それは、第八阿頼耶識を転じて大円 鏡智を得て、第七末那識を転じて平等性智を得るという、ここまでは共通するものの、残る二智に関する転識得 智について、第六意識を転じて妙観察智を得て、前五識を転じて成所作智を得るという説と、第六意識を転じて 成所作智を得て、前五識を転じて妙観察智を得るという説があるとするものであり、ここでは便宜上、前者を寸八七六五﹂説とし、後者を﹁八七五六﹂説とする。 この円測と慧沼の文を比較すると、円測は玄英訳親光等造﹃仏地経論﹄巻三の 唐代日住識諸師の著作にみられる「無性同釈」について 転第八識得大円鏡智相応心。能持一切功徳種子。能現能生一切身土智影像故。転第七識得平等性智相応心。 遠離二執自他差別。証得一切平等性故。転第六識得妙観察智相応心。能観一切皆無礎故。転五現識得成所作 智相応心。能現成弁外所作故。 ⑫ 復有義者。制動対謝倒劇附句剖到珂謝伺馴観劇叶凶刻刷醐可制刻矧制叶剖出制劇刷圃樹剰刺到刷。 という記述を要約して引用している。そして﹁無性摂論亦有両釈﹂として、﹁八七六五﹂と﹁八七五六﹂の両方 の解釈が﹃無性摂論﹄にあることを指示し、広くはそこに説かれている 経論﹄と﹃仏地経論﹄の第二説(八七五六) (広知彼説)とする。最後に﹃大乗荘厳 ﹃ 成 唯 識 論 ﹄ 巻 一
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と﹃仏地経論﹄の初師説(八七六五) が一致するとして、﹁須会﹂とするが、これは﹁八七六五﹂説と﹁八七五六﹂説を会通すべきであると円測は述 が 一 致 し 、 べていると考えられる。文をみると﹁此不応理非次第故﹂とあるので、 一見、﹁八七五六﹂説が排斥されている ようにみえるが、これは﹃仏地経論﹄の文の引用であり、さらに円測は﹁此不応理非次第故﹂を﹁﹃八七五六﹄ 説は順番通りに説こうとしたものではない (順番通りに説けば﹃八七六五﹄説になるごというニュアンスで捉 えていると考えられる。円測の見解は﹁無性摂論亦有両釈﹂からであるが、円測が無性に両釈があることを根拠 として両説を会通しようと考えていたとすれば、なおさらそのように思える。 次に慧沼であるが、慧沼は﹃大乗荘厳経論﹄には﹁八七五六 L 説が説かれているのに、﹃成唯識論﹄は﹁八七 六五﹂説を説くので相違していることを指摘し、これをどのように解釈するのかということについて二つの解釈唐代唯識諸師の著作にみられる「然性雨釈Jについて を提示する。一つ目は﹃大乗荘厳経論﹄は順番通りに﹁八七六五﹂と説くことを意図していたわけではないから、 第六識を転じて成事智(成所作智)を得ると述べているわけではないので、﹃成唯識論﹄の﹁八七六五﹂説と相 違しないとする解釈をあげる。これは円測の捉え方と同じであると考えられる。二つ目には﹁疏外別解云﹂、お そらくは﹁文献で伝えられた説ではないが聞くところによる説﹂というような内容になると思うが、それによる と﹃大乗荘厳経論﹄では第六識は神通などの諸業を作すから成事智(成所作智)を得るとし、前五識は因住にお @ いては観察しないが果位においてはよく観察するから妙観察智を得るとしているのであり、これもまた間違って はいないとする。そして慧沼は﹁無性両釈﹂と指示する。この﹁両釈﹂は因位の前五識に依った﹁八七六五﹂説 と果住の前五識に依った﹁八七五六﹂説を意味していると考えられ、次の﹁各随一義不違二論﹂は、﹁八七六五﹂ 説と﹁八七五六﹂説は、前五識について因位と果位の二義がある中で、それぞれがどちらか片方(一義)のみに 随っているから異なるようにみえるのであり、﹃成唯識論﹄(八七六五)と﹃大乗荘厳経論﹄(八七五六)の二論 における転識得智説には本来違いはないということを﹁無性両釈﹂を緩衝として慧沼が判定しているのであろう。 そして、この判定を根拠として、﹃仏地経論﹄では﹁八七五六 L 説を排斥しているが、これは別の師を破してい るのであって、﹃大乗荘厳経論﹄を破しているのではないとする。 円測と慧沼の両者の見解を比較すると、共通する点は、無性(円測は﹃無性摂論﹄とする)は﹁八七六五﹂説 と﹁八七五六﹂説の両釈を有していたとする点と、﹃大乗荘厳経論﹄は﹁八七五六﹂説を説き、﹃成唯識論﹄は ﹁八七六五﹂説を説くとする点である。また、﹁八七六五﹂説と﹁八七五六﹂説の両者を相違しないものとして @ 会通する(しようとする)点でも一致する。ただし、円測が﹃大乗荘厳経論﹄の﹁八七五六﹂説を﹁順番通りに 説こうとしたものではない﹂とした上で﹃仏地経論﹄の第二説(おそらく円測は﹃仏地経論﹄は第二説を排斥し ていると捉えていない)と一致するとし、会通を支持するのに対し、慧沼は﹃仏地経論﹄が第二説において排斥
しているのは前五識の果住の視点を前面に出し因位の部分を含みながら隠している﹃大乗荘厳経論﹄の﹁八七五 六﹂説(慧沼は﹁無性両釈﹂と同じと判断している)ではなく別の寸八七五六﹂説であるとし、﹃仏地経論﹄の 第二説の排斥自体は認めている点が異なる。つまり、慧沼は﹁八七五六﹂説について、﹁八七六五﹂説と違わな い﹁八七五六﹂説と、排斥されるべき﹁八七五六﹂説という二つの﹁八七五六﹂説を認めていることになる。 では、この﹁八七六五﹂説と﹁八七五六﹂説に関する記述が﹃無性摂論﹄にどのような形で記載されているの 唐代唯需品諸師の著作にみられる「無性同釈Jについて かというと、現行の大正蔵(麗本)を支持した場合と大正蔵の註記(宮内省・宋・元・明本)を支持した場合と では、次のように説が異なってくる。 ⑮ ﹃ 無 性 摂 論 ﹄ 巻 九 [ 大 正 蔵 ( 麗 本 ) ] 転意識故。得妙観察智。具足一切陀羅尼門三摩地門。猶如宝蔵。於大会中能現一切自在作用。能断諸疑能悶 法 雨 。 転五識故。得成所作智。普於十方一切世界。能現変化従観史多天宮而没乃至浬襲。能現住持一切有情利楽事 故 [宮内省・宋・元・明本] 転五現識故。得妙観察智。具足一切陀羅尼門三摩地門。猶知宝蔵。於大会中能現一切自在作用。能断諸疑能 雨 法 雨 。 転意識故。得成所作智。普於十方一切世界。能現変化従観史多天宮而没乃至浬換。能現住持一切有情利楽事 故 。
これは大正蔵(麗本)が﹁八七六五﹂説で、大正蔵の註記(宮内省・宋・元・明本)が﹁八七五六﹂説となっ @ ているということであり、これに類する事態は、実は波羅頗蜜多羅訳﹃大乗荘厳経論﹄でも生じている。これで は﹁八七六五﹂説と﹁八七五六﹂説が並記されていることにはならないので、﹁両釈﹂とみなすことはできない。 どちらが本来の形態であるのかというと、この部分は漢訳﹃無性摂論﹄のみにみられる記述であり、現存 する蔵訳﹃無性摂論﹄には確認できない。そこで基﹃成唯識論述記﹄巻一
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の 記 述 を み て み る と 、 で は 、 唐代唯識諸師の著作にみられる r無性雨釈Jについて 述日。第四転何識得何智門。八七六五等知次而得。無性菩薩及荘厳論説。且観智転五制等。此中唯転第六識 得。仏地論中有二師説。彼非次故。説法断疑非五用故。広加仏地。不能繁引。与此無違転識得智所以。此 中有二復次。初釈可解。第二釈中。識是分別有漏位強。智為決断無漏位勝。転強得強故言得智。此中因解捨 識得智困更成名智所跡。 とあり、無性と﹃大乗荘厳経論﹄は﹁八七五六﹂説を説いており、これは﹃仏地経論﹄ の第二説であるとしてい る。ただし、ここで基は、円測と同様に、﹁八七五六﹂説は﹁八七六五﹂と順番通りに説こうとしたわけではな い説として、﹁八七六五﹂説の﹃成唯識論﹄と﹁八七五六﹂説の無性および﹃大乗荘厳経論﹄とは﹁無違﹂であ るとしている可能性もあるように思う。筆者はこれまで、基は﹃仏地経論﹄に依って﹁八七五六﹂説を排斥して いると考えていたがそうではないかもしれない。 ともあれ、基のいう﹁無性菩薩﹂は﹃無性摂論﹄を指すと考えて問題はないであろうから、漢訳﹃無性摂論﹄ の原形は﹁八七五六﹂説であり、大正蔵の註記(宮内省・宋・元・明本)が指示するものであったと考えられる のである。同時に漢訳﹃大乗荘厳経論﹄の原形も﹁八七五六﹂説であったことになる。このことから考えると、円測のいう﹁両釈﹂は、﹃無性摂論﹄に記載される﹁八七五六﹂説は順番通りに説こ うとしたわけではなく、無性が順番通りに説いたならば﹁八七六五﹂説となることを認めるという意味での﹁両 釈﹂であると考えられ、﹁八七五六﹂説と﹁八七六五﹂説が並記されているという意味での﹁両釈﹂ではなかっ たと推測できる。また、慧沼は、前五識の果位の視点を前面に出し因住の部分を含みながら隠しているのが﹁八 七五六﹂説であり、この点を支持して﹁無性両釈﹂とするから、 ﹄れも並記されているという意味での﹁両釈﹂ 唐代唯識諸師の著作にみられる「無性両釈」について ではない。しかしながら、なぜ ﹃仏地経論﹄によって﹁八七五六﹂説をすっきりと排斥せず、﹁無性両釈﹂とす る 必 要 が あ っ た の か 、 その動機については結語において考えてみたいと思う。 語 結 これまで﹁無性両釈﹂あるいはそれに類する指示のもと無性の二つの説を記載している唐代唯識諸師の著作の 記述と﹃無性摂論﹄の記述とを照合してきた。全体を通してみると﹁無性両釈﹂という指示は円測と慧沼の著作 に集中しているといえる。これは円測が使用していた表現を、円測を批判していた慧沼が意識していたというこ と も 考 え ら れ る 。 また、﹁無性両釈﹂として指示される内容は、著者の意図によって、テーマに応じて﹁両釈﹂として構成され ているのであって、必ずしも﹃無性摂論﹄にまとまった形で﹁両釈﹂が並記されているわけではなかった。また、 のもとに示されるこつの解釈が﹃無性摂論﹄に認められる無性の説であった場合、多くは世親釈を ﹁ 無 性 両 釈 ﹂ 補完する、あるいは著者の論を拡充させるための論拠としての役割を担っていたと考えることができる。こうい った著者(唐代唯識諸師) の意図を読み取る作業は、﹁両釈﹂に該当するこつの解釈が﹃無性摂論﹄にみあたら
ない場合は特に注意を要する。本論文中でも、転識得智説に関して、無性(﹃無性摂論﹄)は﹁八七六五﹂説と ﹁八七五六﹂説を有していたとする円測と慧沼の﹁無性両釈﹂を取り上げたが、当時﹃無性摂論﹄では﹁八七五 では、なぜ円測と慧沼は﹁無性両釈﹂としたのか。筆者は、中国に 六﹂説のみが記載されていた可能性が高い。 おいては以下のような経過と事情があったと推測する。 唐代唯識諸師の著作にみられる「無位向釈」について ︻ 第 一 段 階 ︼ 玄柴渡天直後に、波羅頗蜜多羅訳﹃大乗荘厳経論﹄(六三
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年夏 1 六三二年冬訳出、六三三年春奏上)によ って、具体的な四智と八識との関係を説いた説が中国に紹介される。﹁八七五六﹂説(漢訳﹃大乗荘厳経論﹄ の み に 認 め ら れ る ) 。 ︻ 第 二 段 階 ︼ 玄英訳﹃無性摂論﹄(六四七年三月一日 1 六四九年六月一七日訳出)に、玄英訳の中でははじめて具体的な 四智と八識との関係を説いた説が記載される。それは﹃大乗荘厳経論﹄と閉じ﹁八七五六﹂説(漢訳﹃無性 摂論﹄のみに認められる) で あ っ た 。 ︻ 第 三 段 階 ︼ 玄実は親光等造﹃仏地経論﹄巻三(六四九年一O
月三日 i 一一月二四日訳出)において、漢訳でははじめて @ ﹁八七六五﹂説を記載する。玄突は同時に﹁八七五六﹂説を﹁此不応爾非次第故説法除疑周遍観察非五 用﹂として排斥する。玄奨はおそらくここで﹁﹃八七五六﹄説は順番が間違っているので正説ではない﹂という判断をしている。この玄突の自身の転識得智説を﹁八七五六﹂から﹁八七六五﹂に修正する作業は、名 指しこそしないものの、暗に﹃大乗荘厳経論﹄と自身の訳である﹃無性摂論﹄の修正もともなうことを意味 していた。これ以前の玄撲は﹃大乗荘厳経論﹄にもとづく﹁八七五六﹂説を支持していたと考えられる。 ︻ 第 四 段 階 } 唐代目佳識諸師の著作にみられる「無性両釈」について 修正を済ませた玄奨は、護法等造﹃成唯識論﹄(六五九年間一
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月 訳 出 完 了 、 @ て転識得智説を述べる際に﹁八七六五﹂説のみ記載する。 一 二 月 三O
日説あり)におい { 第 五 段 階 ︼ ところが、基﹃成唯識論述記﹄において﹃大乗荘厳経論﹄と﹃無性摂論﹄が排斥対象とみなされないよう工 夫がなされる。特に﹃仏地経論﹄ の﹁非次第故﹂を﹁﹃八七五六﹄説は順番通りに説こうとしたわけではな い﹂というニュアンスでとらえ、﹁八七五六﹂説も順番通りに並ぴ替えれば﹁八七六五﹂説と違わないとい う会通的解釈が生ずる。 ︻ 第 六 段 階 ︼ の﹁非次第故﹂を﹁﹃八七五六﹄説は順番通りに説こうとしたわけではない﹂ というニュアンスでとらえ、さらに玄奨訳﹃無性摂論﹄の﹁八七五六﹂説には、順番通りに説かなかった場 円 測 も 基 と 同 様 、 ﹃ 仏 地 経 論 ﹄ 合の﹁八七五六﹂というパターンと順番通りに説いた場合の﹁八七六五﹂というパターンの二釈が含まれて これを明示するために﹁無性両釈﹂とした。また、これによって﹃大乗荘厳経論﹄も同じ意 い る と 会 通 し 、図であることを間接的に示した。なぜ﹃大乗荘厳経論﹄に対しては間接的な手法をとって﹁両釈﹂と明示し おそらく玄英訳ではなかったということが影響しているように思う。 なかったのかという点については、 ︻ 第 七 段 階 ︼ 慧沼も基や円測の判定の影響を受けたが、彼は﹁八七六五﹂説と﹁八七五六﹂説の相違を、前五識の因位と 唐代田佳識諸師の著作にみられる「無性両釈」について 果佐のどちらを前面に出しているのかという表面上の問題にすぎないと捉え、両者は本質的に相違しないと 会通し、この証拠を示すべく﹁無性両釈﹂とした。そして、この﹁無性両釈﹂を根拠に﹃大乗荘厳経論﹄も 同じ意図であるとして排斥の対象から逃れさせ、﹃仏地経論﹄が﹁八七五六﹂説を排斥する(これは玄突の 意図)際に典拠をあげていないことを利用して、﹃仏地経論﹄においては無性でも﹃大乗荘厳経論﹄でもな い別の寸八七五六﹂説が排斥対象になっているとした。この別の﹁八七五六﹂説がどのような内容であった - 17-のかは検討を要するが これには﹃仏地経論﹄において第二説を排斥した玄突の意図を尊重するねらいがあ った。このように慧沼は、﹃無性摂論﹄も﹃大乗荘厳経論﹄も﹁八七五六﹂説のまま排斥対象からはずすと 同時に、﹁﹃仏地経論﹄において﹃八七五六﹄説は排斥されているではないか﹂という難も回避する。また、 基や円測の会通的解釈に対する難が﹃成唯識論﹄の﹁八七六五﹂説にも及ぶことを回避することにも成功す る 以上の推測を根拠づけるためにはさらなる検討が必要であるが、円測と慧沼には、特に玄笑訳である﹃無性摂 論﹄の﹁八七五六﹂説がそのままで誤りがないことを立証しなければならないという危機感があったように思う。 ﹁無性両釈﹂はその産物であったと考、えられる。そして、さらに慧沼は、その危機感の原因でもあった玄英訳
l普代田佳識諸師の著作にみられる「無性両釈」について ﹃仏地経論﹄の真意(玄襲の意図)である﹁八七五六﹂から﹁八七六五﹂への修正も尊重する解釈をして、 なる状況においても玄奨に対して論難が及ばないようにしたのではないかと考えられるのである。 本論文においては、﹁無性両釈﹂の存在を漢訳﹃無性摂論﹄に確認してきたが、そこに様々な立場からの意図 を汲み取ることができた。本論文では検討しなかった無性{﹀雪印
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-︿巴自身の意図(蔵訳に残される彼の ﹃摂大乗論﹄﹃大乗荘厳経論﹄の註釈と漢訳﹃無性摂論﹄との比較)の分析が重要であることはいうまでもない が、訳者や註釈者(唐代唯識諸師)の立場によって、元の論の著者(無性)の意図とは別の教学が構築され中国 で根付いていく状況の一端を﹁無性両釈﹂は示していると思う。 註 ①無性の年代については、四五 Oi 五 一 二 O 、五世紀後半 i 六世紀前半、五 001 五 六 O など諸説ある。また、片野氏 は無性の学流の検討から六世紀後半 1 七世紀初と推測している(片野道雄﹃インド仏教における唯識思想の研究﹄文 栄 堂 、 一 九 七 五 年 ) 。 ②佐久間秀範﹁中国・日本法相教学における識と智の結合関係│封印された第六識←成所作智、五現識←妙観察智の 正当性﹂{木村清孝博士還暦記念論集﹃東アジア仏教ーその成立と展開﹄春秋社、二 OO 二 年 ) ③このこ説についての研究状況については、前掲の佐久間氏論文を参照のこと。筆者の研究も註記において取り上げ ていただき、さらなる考証と分析を期待していただいているが、現在のところほとんど進展していない。 ちなみに佐久間氏の関連する研究には、前掲論文以外に之智﹀と︿識﹀│両者の結合関係とその成立過程 ( ﹃ 豊 山 学 報 ﹄ 二 八 ・ 二 九 号 、 一 九 八 四 年 ) と ﹁ 玄 突 に お け る ︿ 識 ﹀ の 扱 い 方 ﹂ ( ﹃ 東 方 学 ﹄ 七 八 輯 、 一 九 八 九 年 ど が あ る 。 拙稿としては、﹁転識得智に関する唯識諸家の見解 l イ ン ド ・ 中 国 篇 │ ﹂ { ﹃ 龍 谷 大 学 仏 教 学 研 究 室 年 報 ﹄ 七 号 九九四年)と﹁転識得智に関する唯識諸家の見解l
日 本 篇 │ ﹂ { ﹃ 龍 谷 大 学 仏 教 学 研 究 室 年 報 ﹄ 八 号 、 一 九 九 五 年唐代唯識諸師の著作にみられる r無性問釈」について @ @ @ @ ⑬ ⑬ ⑪ ⑬ ⑮ ⑬ ⑬ ⑫ ⑪ ⑬ ⑨ ⑧ ⑦ ⑥ ⑤ ④ 通 い 依 あ ( 慧 大 大 大 る 小 大 大 大 大 大 大 大 新 大 大 新 大 大 新 つ 慧 る ♂ 沼 正 正 正 。 谷 正 正 正 正 正 正 正 纂 正 正 纂 正 正 築 た 沼 。 柚 の 二 四 三 信 三 四 四 三 四 三 三 国 三 三 国 三 三 田 控 六 三 三 千 一 三 三 一 三 一 一 統 一 一 統 一 一 続 生 霊 の ・ ・ ・ 代 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 蔵 ・ ・ 蔵 ・ ・ 蔵 没 EF観 三 八 五 『 三 七 七 三 八 四 四 二 四 四 二 四 四 二 年 と 点 0 0五 摂 九 四 三 九 九 一 一 一 一 一 一 一 0ー に は 二 九 O 大 二 一 八 二 0 - 0・- 0・0九 ・ つ 長 」 下 下 中 妻 下 下 下 上 上 上 中 ー 上 上 ー 下 下 ー い 珊 I I 九 九 九 て 唯 仏 醐 中 下 五 三 二 は 識 地 究 上 中 上 論 経 』 塾 . . I I 根 と 伊
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おいて、日本の﹃成唯識論本文抄﹄巻四四の﹁西明疏﹂のもとに引かれる以下の記述を失われた円測﹃成唯識論疏﹄ からのものであるとみなして、それを本論文でも引用した慧沼﹃成唯識論了義灯﹄巻七の記述と同じく慧沼﹃金光明 最勝王経疏﹄巻三の記述と比較して論じたことがある。この﹃成唯識論本文抄﹄巻四四の﹁西明疏﹂には﹁解﹂が二 つあるが、前者は内容的にみて円測の説として問題ないように思う。また、これは慧沼﹃了義灯﹄の述べ方とも類似 している。後者は円測が何らかの党本をみていたと考えられる内容になっているが確認する術は今のところない。こ れについては佐久間氏が疑問を呈している(前掲﹁中国・日本法相教学における識と智の結合関係﹂)。 ﹃成唯識論本文抄﹄巻四四の寸西明疏﹂ 西明疏云。問。荘厳論如何会釈 O 答。説四智諸教不問。依仏地経。広説四智而不配釈。転識得智。出斯諸論取意 不 同O
何故如是諸教異者。矧到。世尊不説転識得智市有差別。然前六識。皆有説法現化等用。由斯道理。荘厳唯 識。各取一義以為所宗。無性論中具存有二義。親光菩薩。雌有両釈。正義所存意向護法。故彼此尚不相違。又解。 荘厳訳家可謬。取親光護法弥勅宗不応理故。此既相違。須勘党本(云云)。(大正六五・七七三上) @大正コ二・四三八上 @波羅頗蜜多羅訳無著造﹃大乗荘厳経論﹄巻三(大正二=・六 O 六下 1 六 O 七 上 ) [宋・元・明・麗(大正蔵)本] 四 智 鏡 不 動 三 智 之 所 依 八 七 六 五 識 次 第 転 得 故 釈日(中略)八七六五識次第転得故者。転第八識得鏡智。転第七識得平等智。転第六識得観智。転前五識得作事智。 [ 宮 内 省 本 ] 四 智 鏡 不 動 三 智 之 所 依 八 七 五 六 議 次 第 転 得 故 釈日(中略)八七五六識次第転得故者。転第八識得銭智。転第七識得平等智。転五識得観智。転第六識得作事智。 以上は漢訳のみにみられる記述である。このことについては、すでに佐久間氏の前掲論文(本論文註の②と③参照) で指摘され検討されている。唐代唯識諮問の著作にみられる「無性雨釈」について @大正四三・五九九下 1 六 OO 上 @この﹃仏地経論﹄以前に﹁八七六五﹂説を明確に説いているのは、蔵訳に残されている安慧﹃大乗荘厳経論釈疏﹄ ︿ ﹁ 菩 提 口 叩 ﹂ 党 本 第 五 二 偽 ( 転 依 ) に 対 す る 前 文 ﹀ の み で あ る 。 八識の内、阿頼耶(識)が清浄になると大円鏡智になる。染汚意が清浄になると平等性智になる。意識が清浄にな ると妙観察智になる。眼(識)乃至身(識)の五識が清浄になると成所作智になる。(この)四智と清浄法界との五 つを得ることを五つの転依という。(西蔵文典研究会﹃西蔵文献による仏教思想研究﹄一(山喜房仏書林、一九 七九年)一七頁、同冨ご