1章 歯 と口の解剖 と働 き
1 節 口腔領域の内臓
六反田 篤
( 1 ) 口 腔
口腔は消化管の初部で,
岨噂器,究語器,味覚器および呼吸器の補助気道 と して重要な機能を持 っている。
口腔の前壁は口唇,側壁は頼,上壁は口蓋,下壁は口腔底の各壁で囲まれ, 前方は口裂を もって外界へ,後方は口峡を通 して咽頭に続 く一大空隙である。
この空隙は上 ・下歯列弓と上顎歯槽突起および下顎歯槽部を境 として,これよ り外方部の口腔前庭,内方部の固有 口腔の 2つの空隙に大別 され る。閉口時 は,この 2 つの空隙は,歯間隙と最後臼歯の後方で交通 している
。顎骨骨折の 折 ワイヤーで上下歯牙を固定 して も栄養補給ができるのはこの経路を通 して行
うことができるか らである。
口腔の内面はすべて一連の口腔粘膜で被われている。粘膜は,一般的に粘膜 上皮,粘膜固有層,粘膜下組織よりなり,粘膜筋板はない。 しか し,歯肉と硬 口蓋では粘膜下組織を も欠 き,粘膜固有層 は直接骨に付いている。 このため, この部の粘膜には移動性はない。粘膜上皮 は重層偏平上皮よりなり,歯肉,口 蓋,糸状乳頭のみは角化 している。
口唇の外面は,鼻唇溝,オ トガイ唇溝によって,口唇 は,頼およびオ トガイ
と境 されている。すなわち, これ らの唇溝に囲まれる部分が口唇である。口唇
の中央には,消化管の入 り口をなす口裂がある。口裂の上方を上唇,下方を下
唇 といい,口裂の外側部で互いに移行 している。 この部を口角 という
。上唇の
正中には鼻中隔と上紅唇 との間に浅い溝をなす人中がある。口唇中には,外面
の皮膚 と,内面の口腔粘膜問に口輪筋を入れている。女性が口紅を付けるとこ
ろは唇紅 といい,皮膚 と同構造を持つが,表皮は角化が弱 く,色素を欠 くため
図
1
口腔の前頭断面(生体解剖 藤田 ・寺田編 南山堂
1 9 7 8 )
オ トガイ唇溝
図
2
顔面の皮膚の溝(生体解剖 藤田 ・寺田編 南山堂
1 9 7 8 )
血液が透 けて赤 く見える
。口唇の内面には, 口唇正中に歯肉との間に上 ・下唇小帯 とい う粘膜の ヒダが 見 られ る。また,頬の後部では軟 口蓋 との境 に,翼突下顎 ヒダという粘膜の ヒ ダが見 られ る
。上顎第 2大 臼歯 の歯冠 の高 さの頬粘膜 には,耳下腺乳頭が あ る
。大唾液腺の耳下腺か らの唾液 は導管を通 って ここか ら出て くる。
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1 章 歯と口の解剖と働 き
図
3 口腔の前面
(口を大 きく開かせ るため左右の頬が深 く切 り込んである.
生体ではこんなに広 く開口させ ることはできない) (生体解剖 藤田 ・寺田編 南山堂
1 97 8)
口蓋は固有 口腔の上壁で鼻腔 との隔壁をな している。前 鴇 は硬口蓋,後 ろ 1 / 3
は軟 口蓋 とい
う 。胎生 7 週頃 ( 胎長 1 . 6 c m 前後) 口蓋が形成 され るが,形威不 全を起 こす と口蓋裂 となって口腔 と鼻腔が交通 して,発語や構音,嚇下などの 機能が障害 される。
硬口蓋の基礎をなす ものは骨 口蓋である。 この部の口腔粘膜の表面には,正
中に口蓋縫線 という縦の隆起がある。 この口蓋縫線の前端では切歯孔に相当す
る部に切歯乳頭 とい う小隆起が見 られ る。口蓋縫線の前半部の両側には横走す
る数条の構 口蓋 ヒダが形成 されている。槙 口蓋 ヒダは四足獣ではよ く発達 して
い るが, ヒ トでは退化 して いる
。これ は食物 を摂取す るための補助装置であ る
。軟 口蓋の後縁 は自由縁 となって口峡上縁をなす。後縁の正中部か ら口蓋垂が 下垂 し喋下時にはその先端が咽頭後壁 に接 して食物の鼻腔への逆流を防いでい る。口蓋垂か ら口峡の側縁をなす,口蓋舌 弓,口蓋咽頭 弓が外下方に走 ってい る。 この 2 つの弓間は陥凹 し, ここに口蓋扇桃がある。 ここが炎症を起 こす と 肥大 し,喋下などが困難 になる。軟口蓋には骨の支柱 はな く鼻腔粘膜 と軟 口蓋 粘膜の問には口蓋筋 という多 くの横紋筋があるため,軟 らか く可動性 に富んで いる
。胎生 4 週の胎児の前頭隆起 は膨 らみ大 き くな り,第 1 鯉 弓 との間 に裂 を作 る。 ここに消化管の先端が開いて口となる。一方前頭隆起 に鼻 の穴 が作 られ る
。この穴を境 として前頭隆起 は内 ・外側の鼻隆起 に分 け られ る
。上顎隆起 は 最初頑の側方 に僅かな膨 らみ として伸 びだ していたが,発生が進む と,次第に 大 きくな り,顔の前方 に侵入 して くる
。これに伴 って最初左右 に大 きく広が っ ていた鼻の穴 も正中に近づいて くる。そ して内 ・外側鼻隆起,上顎隆起 は将来 上顎 となる。第 1 鯉 弓は下顎隆起 と呼ばれ下顎を作 る。
最初,鼻の穴は鼻嵩 といい,ただの凹みであったが,次第に深 くな り,その 後 口と開通す るようになる
。この時期の口蓋を一次 口蓋 とい う。 さらに発生が 進む と,上顎の左右か ら口蓋突起が一次口蓋の後方 に現れ,次第に伸びて,左 右癒合 し,二次口蓋が作 られ,鼻腔 と口腔 は分 け られる。
( 2) 歯
歯は唄噂を行 うので非常 に硬い組織か らで きている。上 ・下顎骨の歯槽 に植 立 し,馬の ヒズメ型を した歯列 弓をな して並んでいる。乳歯では上 ・下顎それ ぞれ 1 0 本づっの 2 0 本,永久歯では上 ・下顎それぞれ 1 6 本づっの 3 2 本である
。乳 歯 は,乳切歯,乳犬歯,乳臼歯の 3 歯種,永久歯では,切歯,犬歯,小臼歯, 大臼歯の 4 歯種 よりなる。乳歯の歯腔 は,胎生 7 週 〜1 0 週頃に形成 され る
。永 久歯の歯膳は,第 1 大臼歯が胎生 3
1/2‑ 4 カ月頃,第 1 小臼歯が出生時, これ 以外の歯 は生後 5‑ 9カ月頃に形成 され る。なお第 3大臼歯 は,最 もおそ く 3 1 /2 ‑ 4歳頃形成 され る。 このため,母体が妊娠初期に風疹 ウイルス等 に感染 す ると経胎盤的に胎児 に感染を起 こ し,歯 の形成等 に異常を起 こす ことがあ
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1 章 歯と口の解剖と働 き
る。乳歯の萌出は,生後 6 カ月 〜2 4 カ月頃に行われ,永久歯の萌出は, 6 歳〜
1 2 歳頃に行われる。なお第 3 大臼歯は ,1 7 歳 〜21 歳頃に最 も遅れて萌出する。
歯冠は,口腔内に露出 している部分で,エナメル質で被われている。歯根は 歯槽骨の歯槽 というくぼみに入 り込んでいる部分で,セメン ト質に被われてい る。 これ らの内側は象牙質によって出来ている。さらに象牙質の内側 は,歯髄 腔 とい う腔所で,根尖孔によって外界 と交通 している
。この歯髄腔 には,神 経,血管, リンパ管などが根尖孔を通 して出入 りしている。上顎の歯は,上顎 神経,下顎の歯は,下顎神経によって司られ,歯の痛みを脳に伝えている。ま た,顎動脈の枝の下歯槽動脈は下顎の歯を,後上歯槽動脈,眼高下動脈は上顎 の歯を栄養 している。伝達麻酔はこれ らの神経が顎骨に侵入する部に行われ, その神経の支配領域を麻棒 させる。
エナメル質 は人体中で最 も硬い組織で,モース硬度計で 6‑7 0の硬 さがあ る。長石や水晶の硬 さに相当す る。エナメル小柱が放射状に走 り,小柱 と小柱 の問は小柱間質で満たされている。これ らはほとんどハイ ドロキシアパタイ ト というリン酸カルシウムの結晶よりなっている。象牙質は歯髄腔を直接囲む層 で,最 も厚い。無数の象牙細管が走 り,細管内には象牙芽細胞の突起である象 牙線維をいれている 。7 0% がハイ ドロキシアパタイ トを中心 とする無機質でで きている。象牙細管の間は,基質で腰原線維が含まれる。セメン ト質 は骨組織 に似た硬組織である。ハイ ドロキシアパタイ トなどの無機質を 5 0 ‑6 5% 位含ん でいる。歯根膜のシャーピー線維が基質内に侵入 して歯槽骨 との間を走 り,歯 を歯槽内に固定 している。
歯の発生は,胎生 6 週頃( 胎長 1 . 0 ‑1 . 3c m)歯肉( 口腔上皮)の上皮に増殖 ・
肥厚が起 こり,癌のよ うな塊が現れる。次いで次第に形態が複雑にな り,歯
を作 る原基である歯腔 となる。歯膝の分化の程度によって次の段階を経 る。胎
生 8 週〜 9 過頃 ( 胎長2 . 5 ‑3 . . 0c m)歯堤が次第に肥厚 し,歯堤の先がふ くら
み,菅の形に似た歯膝に発育す る。胎生 9 週〜1 0 週頃 ( 胎長3 . 0 ‑4 . 0c m)歯腫
上皮の下面が陥入 し,次第に深 くなり帽子状の構造を取 るようになる。帽子状
の部分をエナメル器 といいエナメル質を,また,帽子状の中に囲まれた組織を
歯乳頭 といい象牙質を作 る。帽子状の部分 は歯の形態を整え,歯冠が作 られ
る。歯冠ができると,歯根が作 られる。その際,歯乳頭の組織が象牙質の内側
図
4
頭部動脈系の見通 し図 (生体解剖 藤田 ・寺田編 南山堂1 9 7 8 )
に残 り,歯髄 となる。歯根ができる時,結合組織の一部 ( 歯小嚢)が分化 して セメン ト質ができる。また この時顎骨 も作 られ,骨 と歯の間の歯小嚢が歯根膜
となる。
( 3 ) 舌
舌は,口腔底の後方か ら前上方 に突出す る筋性器官で,大変運動性 に富んで いる。岨噂,嘩下,発語など口腔の補助器官 として,また味覚器 として重要な 役割を果 している。口腔粘膜の うち,舌表面を被 う部分を舌粘膜 といい,重層 偏平上皮 と固有層よ りなっている
。舌尖,舌体の背面には数種類の舌乳頭が見 られ, このため表面 はざ らざ らしている
。その部の固有層 は二次乳頭を形成 し, ところどころに舌腺が含まれている。舌根の背面には舌扇桃が見 られ る。
舌の下面には乳頭は見 られない。 このため舌背 と異なりつるつ るしている。
舌乳頭には,糸状乳頭,茸状乳頭,葉状乳頭,有郭乳頭の 4 種類がある。糸 状乳頭は舌背全面に密生 している。上皮は角化 しているため白 く見える。味膏
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1 章 歯と口の解剖 と働 き
図 5 三叉神経の見通 し図
(生体解剖 藤田 ・寺田編 南山堂1 97 8)
は有 していない。 この乳頭は,猫を見ればわか るように食肉類に発達 している ことか らも食物の摂取に役立っ ものと思われる。また舌の感覚装置 とも思われ る。茸状乳頭 は舌背全面 に散在する。その上端 は膨大 して茸状を呈 している。
上皮は角化せず薄いため血液の色が透 けて赤 く見える。上皮中には幼年者では
よ く味菅が見 られるが,成人ではほとんど見 られない。 このため味覚よりむ し
ろ触覚に関係があるといわれている。葉状乳頭 は舌の外側縁後部に数個並列 し
ている。上皮 は角化せず,味菅を含んでいる。有郭乳頭 は分界溝の前に 1 0 個前
後認め られる。乳頭の周囲には深い溝 と, これを囲む輪状の堤状の輪郭により
囲まれている。溝に面 した上皮中には味菅があ り,溝の底には衆液性のエブネ
ル腺が開口 している。最大の味覚器である。味膏 は甘 ・苦 ・酸 ・辛を受容す
る。 これ ら味菅は舌乳頭の上皮中以外 にも軟 口蓋,口蓋舌弓,喉頭蓋の前面に
もある
。顕微鏡で見 ると昧菅は卵形を して基底膜上にある。上端 は味孔を もっ
て上皮表面に開口 している。支持細胞,味細胞,基底細胞の 3種の細胞よりな
り,味細胞 はシナプスを作 り,味神経 に連な り味覚刺激を伝えている
。舌筋 はすべて横紋筋よ りな り,頭蓋骨や舌骨などの舌外か ら起 こって舌内に 終わる外舌筋 と,古内に起 こり古内に終わる内舌筋 とがある。外舌筋 にはオ ト ガイ舌筋,舌骨舌筋,茎突舌筋,内舌筋 には縦舌筋,横舌筋,垂直舌筋が あ
り,それぞれの筋の作用の組み合わせにより,舌 は色々な形 となる。舌筋の運 動 はすべて脳神経の 1 2 番 目の舌下神経 によって支配 され る
。舌の知覚 は舌の前
2 /3 が舌神経によって支配 され,その中には一般知覚を司る三叉神経枝 と味曹か らの刺激を伝え る顔面神経枝が含 まれ る。後 ろ 1 / ′ 3 は舌咽神経枝が 一般知覚 と味 蓄か らの刺激を伝え る。なお舌根後部の中央 は,迷走神経の咽頭枝に支配 され ている。
舌の発生 は,第 1 ‑第 4 鯉 弓の内壁か ら舌の粘膜を作 る。第 1 鯉 弓 ( 三叉神 経支配)が,舌前 2 / ′ ′ 3 の舌粘膜を形成 した ことは,舌体の知覚が舌神経支配であ ることに反映 されている。第 2 鯉 弓 ( 顔面神経支配)は,鼓索神経を通 して, 舌体の味覚を司っている。第 3 ・第 4 鯉弓の関与 は舌根の粘膜の知覚 と味覚 を 舌咽神経,迷走神経が支配 していることで示 されている。舌筋の発生 は鯉 弓由 来ではな く
。体節起源であ ることを, この筋の運動を脳神経の 1 2 番 目の舌下神 経支配であることか ら分か る
。( 4 ) 扇 桃
口腔 と
咽頭の移行部の口峡の周辺 には リンパ小節が多数集合 して 出来 た組 織,いわゆる届桃がある
。舌根部の舌背面 にある舌扇桃,口峡の外側縁をなす 口蓋舌弓と口蓋咽頭 弓の問の くぼみにある口蓋扇桃 と咽頭鼻部の後壁 にある咽 頭后桃である。 これ らは, 口峡を輪状 に取 り囲んでいる。そ して,それ らは互 いに連結 している。幼年期 にはよ く発達 しているが,年令が進むにつれ次第に 退化す る傾向がある。免疫 グロブ リンを産生 し,菌の侵入を防いでいる。
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