魂のケアについて : 仏独・ホスピスとスピリチュ アル・ケア研修報告
著者 浜渦 辰二
雑誌名 人文論集
巻 56
号 2
ページ A1‑A23
発行年 2006‑01‑31
出版者 静岡大学人文学部
URL http://doi.org/10.14945/00006880
魂のケアについて
―仏独・ ホスピス とス ピリチュアル・ ケア研修報告 ― 渦
「魂を語ることを怖るるなかれ」1 は じめに
邦訳『 プラ トン全集1』 (1975)に収録 された対話篇『パイ ドン』には、「魂に ついて(peri psychёs)」とい う副題がついている。アリス トテレスの著作でまつ たく同じタイ トルをもつ作品があるが、邦訳『 アリス トテレス全集7』 (1968) では、『霊魂論』 と訳されていた'(ラテン語では、『デ・アニマ』 と訳されてい る)。 これが数年前に、『心 とは何か』(講談社学術文庫版、1999)と い う新訳で 出版されたときには、そんな訳も可能なのかと驚いたが、現代の心理学的な関 心から読んでもらえるなら、それもいいかと思つた。現に目次を見れば分かる ように、同書は、世界初のまとまった心理学書 と呼ぶこともできよう。しかし、
さらにその後、『魂について』(西洋古典叢書版、2001)とい う新訳が出版され た。植物の魂、動物の魂、人間の魂 と、魂を三つの層で考えていることも考え ると、「,い」とい う訳語も苦 しいところがあ り、結局、無難なところに落ち着い たと感じた。これを見ても分かるように、ギ リシア語「プシユケー」は、「霊魂」
とも「心」 とも「魂」とも訳すことができる。
さらに言えば、周知のごとく、日本語で「心理学」と訳されている「Psychologie」
とい う語は、「psyche」 と「logos」 (学)から作 られた造語であ り、また、「精 神医学」と訳 されている「Psychiatrie」 とい う語は、「psyche」 と「iatoria」 (治
療)から作 られた造語である。つま り、 ともに「プシユケー」 とい う語を合ん でいるのだが、それが一方では 「心理」 と訳 され、他方では「精神」 と訳され ている。同じような事情は、ラテン語の「アニマ(animυ」「スピリトウス(spi五tus)」
にもあるし、ドイツ語の「ガイス ト(GeisO」「ゼーレ(Sede)」「ヘルツ(Herz)」
1龍村仁監督『地球交響曲 (ガイア・ シンフォニー)第3番』 より。
辰
にもあり、さらに、英語の「ソウル(soul)」「マインド(mind)」「ハー ト(heart)」
にもあり、それぞれ、日本語の「霊魂」「魂」「精神」「′い」のどれに対応するか を言 うのは困難である。
小論?タイ トルにある「魂のケア」という語は、
ドイッ語の Seelsorge"を
訳したものである。これがどういう語であるかは、本論で述べることになるが、
これは筆者が、「第12回
心 と魂のケア (スピリチ ュアル・ ケア)とホス ピス 研修旅行― よりよい援助者 になるための旅―」 (2005年 9月 9日〜21日)2に参 加 して、一番気になった言葉である。小論では、この研修旅行について報告す るとともに、そのなかで、気になつたこの語について紹介することにしたい。
この研修は大変充実した内容で、全体を報告することはできないので3、 ここで はその一部を、「2。 フランス・ ドイツのホスピス」「3。 ドイッのスピリチュア ル・ケア」「4。 倫理・法 とケアについて」 とい う三点に絞つて報告 し、そのな かで「魂のケア」とい う語の文脈を明らかにしたい。 しかし、その前に、研修 出発前のこうしたテーマについての私 自身の準備状況について、簡単に述べて おくことにする。
1‐ 出発前の準備状況
2003年4月 に、静岡大学大学院人文社会科学研究科修士課程に臨床人間科学 専攻 (臨床心理学コースとヒューマン・ケア学コース)が設置され、私はヒュー マン・ケア学に属することになったが、そこで、ヒューマン・ケア学の院生を 連れて、次のような施設に訪問・インタヴューを行つた4.
①介護老人保健施設ユニケア岡部 (2003年 11月 26日)
②聖隷三方原病院ホスピス科 (2004年 2月 4日)
③山谷ホスピス「きぼ うのいえ」(20M年 2月 20日)
④静岡県立総合病院緩和ケア病棟 (2005年 1月 26日)
⑤静岡県立静岡がんセンター緩和ケア病棟 (2005年 6月 17日)
一つの老人保健施設のほか、静岡県の代表的なホスピス・緩和ケア病棟三つ 2臨床パス トラルケア教育研修センター(所長 ヴァルデマール・キ ッペス神父)が、毎年企画 し
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4これ らの訪間・ インタヴューについては、院生による報告が、発表 される予定である。
と、少 し性質の異なる山谷ホスピスを見てきたことになるが、私な りに日本に おけるホスピスについて、一定程度の情報を得たつもりである5。
また、それより1年遡つた 2002年5月 より、静岡市立静岡看護専門学校の看 護系教員ならびに同校を卒業 して現役で働いている看護師の方々とともに、「ケ アの人間学」合同研究会を始め、現在に至つているが、そのなかで、次の三つ の講演会を開催 した。
①沼野尚美 (神戸市・六甲病院緩和ケア病棟チャプレン)「終末期における心 のケアースピリチユアル0ケアー」(2004年 1月)
②高橋卓志(松本市・神宮寺住職)「科学 と霊性の関係論一仏教の視点から一」
(2004年 3月)
③内藤いづみ(甲府市・在宅ホスピス医)「いのちをつなげるとい うこと― トー タルペインに向かい合って学んだこと一」(2004年 5月)
これらは、いずれも、さまざまな角度から「スピリチュアル・ケア」につい てお話 しいただいた講演会だつたと言える6。そして、三つの講演会を踏まえて、
私は上記合同研究会の『 ケアの人間学一合同研究会要旨集一No.2』 の「まえが き」では、次のように書いた。
「ケアする」ことと「ケアされる」こととは、単なる対人的な「ギブ・ア ン ド・テイク」の関係を越えて、それらがともにその上で支えられている ような何か 〈スピリチュアル〉なものへの関係のなかで初めて成 り立って いるように思われてきます。つまり、何か 「スピリチユアル・ケア」と呼 ばれる特殊な「ケア」があるのではな く、「ケア」はすべてそのような 〈ス ピリチユアル〉なものへ と通じる何かをもつているのではないでしょうか。
私が、沼野尚美さんの「スピリチュアル0ケア」をめぐる講演、高橋卓志 さんの「コミュニテイ0ケア」をめ ぐる講演、内藤いづみさんの「いのちを つなげるとい うこと」をめぐる講演を聞きながら、考えていたのは、そんな ことでした。「ケアは初めからスピリチュアルなものへ と開かれている」と7.
6他にも、時期的に遡るが、別の関係で、他県の或 る病院の緩和ケア病棟 を訪れた ことがある。こ れについては、拙稿「末期がん患者の精神医療のあ り方をめ ぐって一― ケアの人間学へむけて二―」
(『いのち とこころに関わる現代の諸問題の現場 に臨む臨床人間学の方法論的構築』平成12・ 13 年度科学研究費補助金・基盤研究 (C)(2)研究成果報告書、代表 :浜 渦辰二、2002年 2月、所収) を参照 されたい。
6以上については、拙稿 「研究活動報告:「ケアの人間学」 と「生命ケアの比較文化論」」(静岡大 学哲学会編『 文化 と哲学』22、 2005年11月発行、所収)を参照 されたい。
7『ヶァの人間学一合同研究会要 旨集二No.2』2005年3月。これ については、拙編著『くケアの人間 学》入門』(知泉書館、2005年10月)の「1 ケアの人間学」 も参照 されたい。
‑3‑
もちろん、スピリチュアル・ケアについて、日本では、すでにいろいろな議 論が行われていることは知つていた。そもそも、スピリチュアル・ ケアをどう 日本語に訳すのか、から始まって、 日本でスピリチュアル・ケアを担 うのは誰 なのか、まで:後者の問いについては、「スピリチュアルケアは専門職である。
だれにでもできるものではない」 として、│そうい う専門職を育成する必要があ るとい う考え方8もあれば、「スピリチュアルケアは、医師、看護師、検査技師、
理学療法士、ソーシャルワーカー、チャプレン、ボランティアなどによって行 われる」、それゆえ、「すべての医療者がスピリチュアルケアを学び、理解を深 め、多少の実践ができるように備えてお くべきである」9とい う考え方もあれば、
さらには、「今まで手をつけていなかつた新 しいケアを要求しているのではあり ません。むしろ、実は、今まで皆さんがしてきたあのケアがスピリチュアル・
ケアだとい うことを今日気づいてくださつたら」10と、その垣根をできるだけ低 くしようとする考え方まである。これらとも関連 して、QOLにおけるスピリ チユアリテイの側面をどう捉えるのかn、 とか、日本のようにキ リス ト教の伝統 がないところで、スピリチュアル・ケアから宗教的な色合いが拭い去られ、「ど んな人でもできるケア」になっていった時、ある大切な一面が剥離されていっ たのではないか12、 とぃった議論も見られた。
このような日本におけるホスピスの現状 と、スピリチュアル・ケアをめぐる 議論を踏まえた上でB、 それでは、これらの問題について長い歴史をもつフラン ス・ ドイツでは、どうなつているのだろうか、それを実地に見聞したいとい う
8ゥ ァルデマール・キッペス『スリピチュアル・ケア』(サンパウロ、1999年 12月、p.120)。 このよ うな信念から、キッペス神父は、前述の臨床パス ドラルケア教育研修センターを設立して、臨床 パス トラルケアフーカーの育成に努めている。
9窪寺俊之『スピリチュアルケア学序説』(三輪書店、2004年6月、p.65,71)
10沼野尚美「終末期における心のケアースピリチニアル・ケアー」(『ケアの人間学一合同研究会要 旨集一No.1』 2004年 3月、p.32)
・ 小林睦「存在と希望一QOL評価におけるスピリチュアリティの問題一」(東北大学倫理学研究会
『モラリア』第11号、20044、 所収)参照。
レ竹之下裕文「人間の死生とスピリチュアルケア」(同上所収)参照。
Bその他、参考文献としては、次のようなものには、いちおう目を通していた。ホスピスについて は、A・デーケン/飯塚員之編『 日本のホスピスと終末期医療』(春秋社,1991年 11月)、 内藤いづ み 。鎌田賞・高橋卓志『 ホスピス最後の輝きのために』(オフィスエム、1997年 6月)、 高橋ユ リ カ『医療はよみがえるか―ホスピス・緩和ケア病棟から』(岩波書店、2001年 5月)、 黒田輝政監 修・服部洋一著『米国ホスピスのすべて』(ミネルヴァ書房、200343月)。 スピリチュアルケア については、上記のほか、ヴァルデマール・キッペス『NHS〔イギ リス国家医療制度〕における スピリチュアルケア』(NHS連合、2003年11月)、 日本死の臨床研究会編『スピリチュアルケア』
(人間と歴史社、200勢閾月)など。
のが、今回の研修に参加 した動機であった。出発前の準備状況が分かったとこ ろで、実際に参加 した研修について、簡単に紹介することにしよう。
2ロ フランス・ ドイツのホスピス
この研修の目的の一つは、フランス・ ドイツのホスピスを訪問・見学・イン タヴューすることであり、今回私たちは、① Accueil Notre Dame(Lourdes)、
②Haus Ma五aF五 eden(Oberhallllersbachx③Hospiz Stuttgart(Stuttgartx
④Hospiz GnlppeRAlbatrOs"(Augsburgx⑤Sto Vinzenz‐Hospiz(Augsburg) とい う、五つのホスピスを訪れ話を聞 くことができた。それぞれ簡単に紹介 し よう。
① Accudl Notre Dame(Lourde→
この施設を紹介するには、まず、このルル ドとい う町、そ してそ こにある「ル ル ドの泉」のことを簡単 に説明 しておかねばな らない。カ トリックの信者には 有名な土地であるが、それ以外の人には誰で も知つているとは言えないか らで あ り、 しか も、 この施設の存在は、 この 「ルル ドの泉」の ことが分かつていな い と理解できな いか らである。
話は、1858年、小 さな村の貧 しい水 車小屋に生まれた14歳の少女ベルナデッ タの前 に、18回にもわたつて聖母マ リ アが姿を現 した、とい う出来事 に遡 る。
聖母マ リアは自分を「無原罪の御宿 り」
であると名乗 った と、ベルナデ ッタが 村人に告 げた ことにより、周囲の人々 が信 じるようになつた。それは無学な ベルナデ ッタが知るはずのない教会用 語だつたか らだ。そ して、9回目に聖母 マ リアが現れた時、ベルナデ ッタに洞
窟 の奥 の場所 を指示 し、そ こか ら湧 き出た水 で体 を清 め る よ う命 じたが、それ が、後 に数多 くの病人 を奇跡的 に治 した と言われ る 「ルル ドの泉」 とな つた。
1862年、司教 区調査委 員会 に よる調査 の結 果、司教 は聖母 出現 を公的 に認め る 調書 を発 布 した。1878年、パ リ大司教 に よ り聖別 され て以来、 この聖地へ の巡 礼 が盛 ん にな り、巡礼者 は年 に平均60万人 となつた。その後、泉 が湧 く洞窟 の 上 に、荘厳 な大聖堂が建て られ、泉の水 は、給水場(Fontane)と水浴場 (Piscines)
ルル ドの絵はがき:右上がベルナデッタ。上中央 が聖母マリアの現れた洞窟で、出現したと言われ る場所に像が建てられている。左上はそのマリア 像を拡大 したもの。下は、洞窟の左手奥にある泉。
とに配管で補給 されてお り、世界 中か ら来た巡礼者がその水を飲み、あるいは、
その水を浴びて祈 りを捧 げている。そ こには、健常者 もいるが、病気を抱えた 人 も多 く、車椅子でや ってきている人 もあれば、ベ ッ ドに寝たままで押 しても らってや って来ている人 もいる。現在は、年間5CICl万人の巡礼者が訪れ るカ ト リック最大の聖地 となつている 。
7月 か ら 11月 まで毎晩、その巡礼者たちが、大聖堂の前 に集ま り、「アヴェマ リア」 を歌いなが ら、大聖堂の前 にある地下大聖堂の周 りを巡 るろ うそ く行列 に参加する。私たちが参加 した夜 も、翌 日泊まったホテルの人に聞 くと、3〜 4万 人が参加 していた らしい。 しか し、それは少ない方で、聖マ リア昇天祭である 8月 15日 前後は、10万人 ほどの人々が、 このろ うそ く行列に参加す るとい う。
しかも、 このろ うそ く行列には、車椅子やベ ッ ドで参加する人 も多い。行列の 最後 には、みんなが大聖堂の前 に集ま り、「復活の炎」が燃や され、祈 りのクラ イマ ックス とな り、儀式は終わ る。 これが、 もちろん、人が入れ替わ るわ けだ が、毎晩行われている、 とい うのは驚嘆 に値する。
さて、以上 の よ うな情報 を前提 に して初めて、私たちが訪問 した Acctёil
Notre Dameと い う施設 の存在す る 意味 も分か って くる。私 た ちはルル ドに夜遅 く到着 した翌朝 、 まず ルル ドの大聖 堂 に向か つたが、 その前 を 素通 りして、横 を流れ る川 にかか る 橋 を渡 つて、川 向かい にあ る この施 設 に向か った。 この施 設 は、一般 に は (観光ガイ ドな どで は)、 「ノー ト
ル・ダム病院」 と称 されているが、正確 には 「病院 (Hospital)」 ではない (少 な くとも、そ う自称 してはいない)。 「Accueil」 とは、英語では 「Welcome」
とい うような意味なので、「受け容れ=受容施設」あるいは「歓待=もてな し施 設」とで も訳すべ きか も知れない15。 要す るに、前述の よ うにしてや つて くる世 界か らの巡礼者達の うち病 んでい る人々を受 け容れ るための施設なのである。
1997年に新設 された現在の建物 (それまでは川向かい、つま り、大聖堂の敷地 内の建物が使われていた)は、一人部屋、二人部屋、六人部屋 とりまぜて、全
14ロメオ・マジ ョーニ (杉原寛信訳)『ルル ドー巡礼者へのしお り』(サンパ ウロ、2001年)参照。
15四国88カ所の霊場巡礼のお遍路 さんを歓待す る「お接待」 とい う言葉 を思い出す。
Accue‖ Notre‐Dameの入 り口にある看板
部で30部屋、920床あ り、毎年約3万人の病気の巡礼者を受 け容れているとい ぅ16。 病気の巡礼者 (ここでは、「患者」ではな く「ゲス ト」と呼ぶ)は、医師、
看護師、ヘルパー、ボランテイア らととともに団体でや つて来て、3〜 4泊す る
(患者以外は、別のホテル に泊まる)とい う。なかには、 ここで看取 られる巡 礼者 も少な くない とい う(それはそれで本望なのか も知れない)。 施設の入 り口 にインフォーメンシ ョン・セ ンターがあ り、そ こには、「Accuell Hospitalit6」
と書かれていたが、 この施設は、病 んでいる巡ネL者をもてなすホス ピタ リテイ の場、つま り、伝統的な意味での 「ホス ピス」 と呼べ る施設 と言 えよう。私た ちが、
ドイツのい くつかのホス ピスを回るに先立 って、距離的にはかな り離れ た、 ピレネー山脈の麓、スペインとの国境近 くのフランスのルル ドまで遠回 り をしてか ら、私たちの研修が始まったのも、 このよ うな伝統的なホス ピスの意 味を掴んでお くためであっただろ う。
② Haus Maria F"eden eberharmersbach) 次 に訪れたハ ウス・マ リア・フ リー デ ンとい うのは、
ドイツ南西部 にあ るシュヴァルツヴァル ト (黒い森)
の奥深 く、ほ とん どその ど真ん中に 位置する小 さな村オーバニハルマー スバ ッハに、1990年にフランシスコ 修道会運営で創設 された、
ドイッで 初めてのエイズ 。ホス ピスである。
村を見下ろす小高い山腹にある、11床 の居住棟 と事務管理研修棟からなる、
ペ ンシ ョン くらいのサイズの建物である。所長は社会教育学 (Sozialpadagogie) と心理療法 (Psychotherapie)を学んだ とい う方 (日本 にはない学歴で、あえ て言 えばソーシャル ワーカーに近いか も知れないが、それ とは違 って、 こうい う施設の管理者 にもなれ るよ うな教育 を受 けてきた とい う)で、看護師9名、
2005年4月に亡 くなった ローマ教皇 ヨハネ・パウロ2世も、晩年 にここを訪れた ことがあるとい う。
その際に泊まった部屋を所長が案内 して くれたが、驚いた ことに、それはごく普通の庶民 も泊ま る6人部屋であつた (警備上の問題か ら1人で泊まってもらつた とのことであるが)。 その部屋の ドアの上に ヨハネ 。パ ウロ2世の顔 をあ しらつたメダルが記念 として取 り付けられていることを 除けば、他の6人部屋 とまった く区別がつかない ものであった。所長は、貧 しい無学なベルナデ ッ タに聖母マ リアが現れた ことと、ローマ教皇が このよ うな部屋に泊まることとは、同じルル ドの 精神か ら来ている、 と誇 らしげに語 つた。
Haus Maria Frieden
A^q
Eうち1人はシスター (常住)である。週 2日 、医師が往診 に来 る。平均入院 日 数 137日 とい う。
私たちは、 ここに二泊三 日したので、ゆっ くり所長の話 を聞き、利用者の居 住棟 も見学 し、利用者達 とも話 をかわす ことができた。所長の話は、 このエイ ズ・ホス ピスの設立の経緯や基本的理念か ら、 この施設でのス ピリチ ユアル・
ケアのあ り方、スタッフに要求 され ること、利用者 との関係のあ り方、アー ト・ セ ラピーの意義、安楽死 についての考 えr、等々、広汎に及んだ。ルル ドの Accueil
Notre Dameとはまた違 った意味での、ホス ピスの原点 に触れた思いが した。
③ Hospた Stuttga蔵 (Stuttgartp シュ トウッ トガル ト市の郊外、中 心街 を見下ろす ような山の手の少 し 高台の住宅街 にある一戸建ての普通 の集合住宅で、看護師・女性の市民 運動 により個人住宅にエ レベーター を設置 して作 られた とい う。「在宅ホ ス ピス」(子どもホス ピスKinder‐
Hospizも 合めて)のセ ンターである とともに、7床をもつ「施設ホス ピス」
でもあ り、ホス ピススタッフの教育
を行 う「エ リザベ ー ト・キ ュー ブラー・ ロス・ アカデ ミー」 も併設 してい る18。
住宅 内の施設 も見学 させ ていただいたが、地下 には霊安室 があ り、家族・友人 ◆ ス タ ッフ とお別れ の時間 を持 て る よ うに してい るのが、印象 に残 つた。二人の ス タ ッフか ら、話 を聞 くことがで きた。
④ Hospz Gruppe Albatros"ぃugSburD
これは、アウグスブルク市の在宅ホス ピス と緩和ケア相談のNPO(1990年創 設)で、アウグスブルク中央病院の近 くにあ り、同病院 と連携 している研修セ ンター「 トビアス」(後述)の場所 を借 りてtそこに二人のスタッフが来て、話 を していただいた。 このNPOは、女性の市民団体が母体で、「熟練 した素人
17これ については、後 に取 り̲上げる。
18ドイツではキューブラー・ ロスの名前 を看板 にす るのは、危険な ところもあるとい う。とい うの も、病院関係者のなかでは、有名な『死ぬ瞬間―死 とその過程 について一』(中公文庫)の著者 としては大変評価 され るが、その後、臨死体験や死後の生を語 り始めた『「死ぬ瞬間Jと死後の 生』(中公文庫)の著者 としては、いかがわ しい と見な されているか ららしい。
Hospレ Stuttga威 の外観
(qualiizierte Laien)」 の集ま りを謳 つていて、職員 (看護師、パス トラルケ アワーカーD、 管理職)5人、応援会員5∞ 人、ボランテイア70人で運営をして お り、在宅ホス ピス と病院や老人施設の出張サー ビスが活動の中心だが、職員、
ボランテイアの教育 (45分 単位で100時間の訓練)もしているとい う。
⑤ St.Ⅵnzenz・Hosttz ougSbuo これは、アウグスブルク市郊外の 住宅地にある、2階建ての集合住宅を 使つたホスピスで、1階 が在宅ホスピ ス (Das ambulante Hospiz)のセ ンター、研修室、チ ャペ ル、等 になつ てお り、2階が6床の施設ホスピス①as stationare HOspiz)と な つて い る。
職 員 (看護 師、介護 士、 パ ス トラル ケア ワーカ ー、等)数名 と、1,100人 の協 力会員 と60人のボ ランテ ィアで
運 営 してい る とい う(ボランテ ィアの教育 もや ってい る)。 同ホス ピスの 中心 に な つてい る看護 師の一人か ら詳 しい話 を聞 くことがで きたが、 医師 は、各患者 の ホーム ドクターが訪 問診療 を行 うとの ことであ った。
さて、 この よ うに南 フ ランス 0南 ドイ ツの ホス ピス を見て きて、 フ ランス・
ドイ ツのホ ス ピスの ほんの一部 を垣 間見 ただ けではあ るが、感 じた ことをま と めてお こ う。ドイ ツには現在、900以上 の在宅 ホス ピスセ ンター と130の施設 ホ ス ピスがあ る とい うが、施設 を持 たず派遣 だ けを してい るNPOも合 めて、在宅 ホ ス ピスが基本 で、それ が家庭 の事情 か らして無理 な人 だ けが施設 ホス ピス に や つて くる20。 そ して、それ をホーム ドクター制度 が支 えてい る。これが、 ドイ ツのホス ピスの基本的 な体制 で あ る。 いずれ の施設 で もボ ランテ ィアが多 く、
い ま、 ホス ピス・ボ ランテ ィアはブームだ とい うし、近代 ホス ピスの創始者 シ
19パス トラレルケアワーカーについては、後述。
"このあた りが 日本 と状況が異なるところであろ う。日本では、1990年に一定の施設・人員配置基 準を満たす緩和ケア病棟 に対 して定額の診療報酬が支払われる制度が厚生省によつて設けられ、
その結果、施設のホス ピスの増加が促進 された。が、その後、「自宅で最期を迎えたい」 とい う 声に応 えるために、在宅ホス ピスが広がっていった(前出の内藤 いずみ さんは、そのパイオニア の一人である)。 この 「施設か ら在宅へ」 とい う動きが、 さらに在宅をコミュニテイで支えよう とい うコ ミュニテ ィ・ ケアの動きとなつている。これについては、山崎章郎「コ ミュニティの中 のホスピスケア」、山崎章郎・高橋卓志「〔対談〕なぜ今、コミュニテイの中のホスピスケアなの か」(ともに、『 ター ミナルケア』vol.14,No.1,2004年1月)を参照。
聖 ヴ ンツ ェンツ・ ホス ピス (2階が居室)
シリー・ソンダースや、『死ぬ瞬間』の著者キューブラー・ロスの名前は ドイツ でもよく聞 く。 しかし、ルル ドの「受け容れ=歓待施設 (Acceuil)」 に見られ るように、ドイツのそれぞれのホスピスも、中世以来のホスピスの伝統があり、
それを上台として、その上に近代ホスピスが建てられている。そ うい う歴史の 重みとともに、 日本 との落差も感 じさせ られた。そして、その点は、次に紹介 する「ドイツのスピリチュアル0ケア」のこととも連動 してくる。
3. ドイツのスピリチュアル・ ケア
WHO(世界保健機構)では、「ペイン (痛み・苦痛)」 に対する「ケア」を、
「身体的 (physical)」 「心理的 (menta1/psyChological)」 「社会的 (social)」
「スピリチュアル (spi五tual)」 とい う四つの層に分け、その四うが揃つた「全 人的(total)ケ ア」の必要が説かれているa。 日本では、この第四の層にある「ス ピリチュアル・ケア (spi五tual care)」 をどう訳すかが議論 されてきた2.例え ば、「霊的ケア」では「幽霊」のようなイメージになるし、「精神的ケア」では
「心理的ケア」とどう違 うのかが問題になる。また、WHOでは、「スピリチュ アル」は「宗教的」 と同 じ意味ではないお、 としているので、「宗教的ケア」 と 訳 して しま うわ けにもいかない。「ス ピリチ ュアルケア」を「心理的ケア」(い わゆる「心のケア」)とも、「宗教的ケア」 とも異なるもの として、 どう位置づ けるか とい う問題 と、 これをどう日本語 に訳すか とい う問題が絡んでいるわけ である。次頁の図は、これ についての一つの考え方を示 してはいるが2、 「ス ピ リチ ュアルケア」をどう訳すのかについては、依然 として、何 ら答 えを出して はいない。
a前述 (注7)の拙稿 「ケアの人間学」参照。
2前掲沼野、p.32。 ・
"WIIO編の『 がんの痛みか らの解放 とパ リアティヴ・ケアーがん患者の生命へのよき支援のため に一』(金原出版株式会社、1993年)では、「ス ピリチュアル」を次のように定義 している。「『 ス ピリチュアル』とは、人間 として生きることに関連 した経験的一側面であ り、身体感覚的な現象 を超越 して得た体験 を表す言葉である。多 くの人々にとって『 生 きていること』が もつス ピリチ ュ アルな側面には宗教的な因子が含まれているが、『スピリチ ュアル』は『宗教的』 と同じ意味で はない。ス ピリチュアルな因子は、身体的、心理的、社会的因子を包合 した人間の『 生』の全体 像 を構成す る一因子 とみることができ、生きている意味や 目的についての関心が懸念 とかかわっ ていることが多い。特に人生の終末に近づいた人にとっては、自らを許すこと、他の人々との和 解、価値の確認などと関連していることが多い。」
2前掲窪寺、p.46参照
.
スピリチュアルペイン
心理的ペイン 宗教的ペイン
ス ピリチュアルペイン:超越者 との関係の欠落,究極 的自己の喪失などが原因で,病気の中でのわたしの生 きる意味,目的,価値の喪失などからくる虚無感,無力 感,疎外感,喪失感,怒り,いらだちなど.
心理的ペイン:人間関係での孤独,疎外,不和,軋蝶,葛 藤からくる怒 り,恨み,不安。また病気の悪化からくる 不安,恐れ,後悔,いらだち,焦りなど感情的,情緒的問 題(心理療法家,精神科医による治療やケア)
宗教的ペイン:宗教者,信徒がもちやすい,死後の命,
天国,地獄,極楽浄土,永遠の生命などの確信の喪失,
病気回復の祈祷,宗教的閑話,宗教的典礼からの疎外 感.
三つのペイン
ところが、今回の研修で改めて教 えられた ことであるが、
ドイツには、長い 歴史をもつた Seelsorge"[Seele+Sorge]と い う言葉があるあ。そのまま直 訳すれば、「魂のケア」とで も訳せ るであろ うか (考えてみれば、今回参加 した 研修旅行 も、「′いと魂のケア」 として、それ に「ス ピリチ ユアル・ケア」 とい う ル ビをふ つてある)。 これは、哲学史を学んだ ことのある者 には、ソクラテスが 哲学の営みを「魂の世話/配慮」 とも呼んだ ことを思い起 こさせ る26。 っま り、
もともとの言葉 としては、必ず しも宗教色があるわ けではない。それ に対 し、
この語が英語では、「パス トラル・ケア (pastoral care)」 とも訳されるが、こ れは、「パースター (pastor)」 (羊飼い、牧人、牧師)から来た言葉で、牧師な いし神父とい う聖職者が行 うケアとい うイメージが強 くなつてしま う。前述の ように、WHOでは「スピリチユアル0ケア」は必ずしも「宗教的ケア」を意 味しないとしているところからすると、しヾス トラル・ケア」という訳語ヤよ℃eelsorge"
を「宗教的ケア」に近づけてしまうことになる。後述するように、これも実際 の運営のなかでは、英語で「パス トラル・ケア」 と呼ばれて行われていること に対応するもので、「宗教的ケア」に近いところもあるが、ここでは嗽
Seelsorge"
に対する訳語 としてはできるだけ原意を生かして、「魂のケア」と訳 し、それに
%キッペス「あ とがき ス ピリチ ュアルケア と日本の医療界」(前掲『NHSにおけるス ピリチ ユア ルケア』所収、p.56)や、同「患者 に対す るパス トラル・ ケア〜臨床司牧〜」(『聖マ リア学院紀 要』Vo.11,1996.12,p.2)で この言葉 を見ていたはずなのだが、今回の研修 に参加す る前は、強 く 気にとめてはいなかつた。
"ただ し、 ソクラテスが考 えているのは、 自分の魂 を配慮す ること(自己配慮)であるのに対 し、
ここで問題になつているのは、他者の魂を配慮 (ケア)することであるらそれは当然、大 きな違 い と言 うべきかも知れない。
携わ る人 Seesorgerln"27を「魂のケアをする人」と訳 してお くことにする。こ れは、英語では上の様 に、パス トラルケア・ ワーカー、あるいはもっと限定 し て、臨床パス トラルケア 0ワ ーカー、ない しは、チャプレンと呼ばれるものに 対応す ると言えようお。
私たちの研修では、① Klinikum Stuttgart Katha五 nenhospital(シュトゥッ トガル トのカテリーナ病院)、 ② Zentralklinikum Augsburg(ア ウグスブルク の中央病院)、 ③ Klinikum der Universitat Munchen Gro3hadem(ミ ュン ヘンの大学病院)、 ④ Bundeswehrkrankenhaus Ulm(ウ ルムの連邦軍病院)
という、性質の異なる四つの病院を見学 。インタヴューすることができた。そ
こで分か つたのは、いずれ の病 院 に も、少 々名称 の違 いはあ るものの、必ず、「魂 のケア (Seelsorge)」 部 とい う部 局 が あ り、 神学 を学 んだカ トリックの神父 ま たは プ ロテ ス タン トの牧 師で あ る とともに臨床的 な 「魂 のケア」 のための研修 と実習 を学 んで きた、「魂 をケ アす る人」 力`、患者・家族 そ して医療 ス タ ッフの
「魂 のケア」 に携わ ってい る、 とい うことである。
例 えば、ミュンヘ ン大学病院では、
建物 に入つて病棟 に向か う廊下 に、
大 きな掲示板の コーナーがあ り、「病 院 にお ける魂 のケア (Klinikseel―
sorge)」 とい う看板の下に、「魂のケ ア」部のスタッフ12名が、顔写真 と ともに紹介 されている。 も う一つの 棟の入 り口にも、「病院における魂の ケア(Seelsorge im Klinikum)」 と い う大 きな掲示板があって、い くつ
かの関連す る催 し物の紹介が してあった。そのほかにも、いずれの病院でも、「魂 のケア」とい う言葉が大 き く載った、さまざまなパ ンフレッ トや企画の案内が、
自由に持 って行けるよ うに置かれている。 どこを見て も、 ごく当た り前のもの として、「魂のケア」 とい う言葉が溢れているのである。
これ ら「魂 をケアす る人」は、多 くの場合、教会か ら派遣 されていて、病院
′ ドイツ語では、男性形が Seesoroger"で 、女性形が Seesogerin"であるが、両者を併せて指 す時には、I"を大文字 にして、 Seesorgerln"と 表記す る習慣がある。
お前述 (注2)の 「臨床パス トラルケア教育研修センターJは、 日本で こうした人材 を育成するた めのセ ンターである。 また、前述 (小論3頁)の沼野尚美は、 日本では稀な ことであろ うが、公 立の病院でチャプレンとして働いている。
ミュンヘ ン大学病院「魂のケア」部の掲示板
経営か ら独立 した立場にあるが、病院側はその存在 を必要 と認め、病院の体制のなかに位置づ け、礼 拝堂 (チャペル)や研修室な どの ような活動の場 を与 えてお り、チーム医療の一員 として認めてい る刀。病院が認めているとい うだけでな く、日本人 としては驚 くことに、ドイツ連邦共和国基本法(憲 法)第140条には、軍隊、病院、刑務所、その他の 公共機関において 「礼拝 と魂のケア」への要求が 患者か らあれば、それ に対 して宗教団体が宗教的 行為を実施するのを認めなければならないことが、
明記 されている30。 そ して、こうした大 きな病院の みな らず、施設ホス ピスや在宅ホス ピスにも、ス タッフの一員 として、必ず、「魂 をケアする人」が 入 つているのである。 しか も、 日本で言 う「心の
ケア」に従事する精神科医や晦床心理士とは別に、
ァゥグスブルク中央病院 この「魂をケアする人」が、チーム医療の一員と
「魂のケア」部バンフレット して働いているのである。 ここでは、「身体的ケア」 をする人 (医師、看護師、
PT、 OT、 薬剤師、な ど)、 「社会的ケア」をする人 (MSWなど)、 「心理的・
精神的ケア」をす る人 (精神科医、臨床心理士)、 そ して 「魂のケア」をする人 (Seelsorgerln)と 、まさに、「全人的ケア」が行われているわ けである訊。
"彼らに対 して給料 を払つているのは、病院ではな く、教会だ とい うことであつた。では、教会の 収入は といえば、「教会は信者か ら税金 (教会税)を徴収す る権利 を有す るが、実際の徴収は通 常国が費用弁済 と引き換 えに行っている」(ドイツ連邦共和国外務省)ので、そこか ら支払われ てぃることになる。病院内でも、「魂のケア」部の重要性は認め られてお り、医師 と「魂をケア する人」は、お互いにお互いの仕事 と役割を認め、尊重 しあっているとい う。
30次のような くだ りがある。Soweit das Bedurfnis nach Gottesdienst und Seelsorge im Hcer, iln Krannkenhausem,strafanstalten oder sonstigen ёffentlichen Anstalten besteht,sind die ReHgionsgeseHschaften zur Vornahme religiёser Handlungen zuzulassen,wobeileder Zwang femzuhalten ist."(前掲キ ッペ ス「あ とがき」、p.56。 http:〃deiure.Org/gesetze/GG/
140.htrnl)
Л こうい うドイツの病院の体制を見ると、振 り返つて、 日本では、「心のケアJをする臨床心理士 の身分です ら、国家資格 としては認められず、冷遇 されているとい う状況は、「全人的ケア」に はほ ど遠い と言わ ざるをえない。臨床心理師 と医療心理士 とい う二つの身分を国家資格 としよう とする法律案が、「郵政国会」を前にして吹き飛んで しまつたのは、記憶に新 しい。それに対 し て、 ドイツでは、1999年に発効 した 「′い理療法士法 (Psychotherapeutengesetz)」 により、心 理療法士が国家資格 となつている (http:〃www.datenschutz―berlin.de/rOcht/de/rv/arbeit/
psychthg.htm)。 これ については、小椋宗一郎氏 (一橋大学大学院博士課程在学中)の教示 によ る。
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そ してまた ドイッでは、そ うした 「魂 をケアする人」を養成するための研修 セ ンターが、あちこちに設立 されてお り、米国の「臨床パス トラル教育(Clinical
Pastral Educadon=CPE)」 2も取 り入れなが ら教育が行われている。私 たちの 研修 も、そ うした研修セ ンターを訪れ、話 を伺 うのが、 日標の一つ になつてい た。私たちが訪ねたのは、次の三つであつた。それぞれ、簡単 に紹介 しよう。
創 aus Birkach‐ Studenzentrum der evangeぃ Chen LandesHrche・ Semharfur
SedsorgefottЫ!dung(Stuttgartp
ここはプロテスタン ト系の研修所であつたが、 ここでは、「魂 をケアす る人」
の養成教育 に携わつている神父か ら、話 をき くことができた。「魂 をケアす る人」
になるためには、神学がベースになるが、心理学 も学ばねばな らず、 さらに、
病院な どでの実習、実習か ら戻 つてか らの討論、スーパーヴアイザーか らの指 導な どがある。逆 に、心理学を学んだ人が、「魂のケア」に関心を持 ち、神学 を 勉強 し始めて、ここの研修 コースに来 ることもある、との ことであつた田。神父 か らは、心理士が携わる「心のケア」(Psychische Beratung)と SeelsOrgerln が携わる「魂のケア」(SeelsOrgische Gesprach)の違いについて、対比した表
を用 いなが ら詳 しい説 明があ つた34。 この辺 りが、彼 らに とつて一番 関心 のあ る ところで ある ことを感 じた。
②Haus Tobhs‐ Katho‖sche n:雨ksedsorge日‖ungs O und Begegnungszentrum
CugSbuo
ここはカ トリック系で、アウグスブル ク中央病院のす ぐ近 くにあ り、その「魂 のケア」部 とも密接 に連携 をとりなが ら、「魂 をケアす る人」の養成 に携わる研 修セ ンターである とともに、集会所 として 「魂のケア」 に関わ るさまざまなプ ログラムの会場 ともなつている。前述のよ うに、Hospiz Gruppe AlbatrOS"
(Augsburglか ら来た二人の話 を聞 くための会場 も提供 して くれた。1日 目も所 長 と、教育 に携わる神父の、二人で対応 して くれたが、2日 目には、この神父が ファシ リテーターになつて、研修参加者全員が ビブ リオ ドラマ (聖書のテキス
"これ については、窪寺の前掲書の うち、「第14章 チャプレンの教育プログラム」(p.103ffuを参 田 こうした ドイツでの「魂をケアする人」教育プログラムに倣つて 日本で臨床パス トラルケア教育照。
に携わつているキ ッペス神父によれば、次の二つの道がある とい う。1)哲学 と神学 (6〜 8年間) を卒業 し臨床司牧 〔パス トラル〕教育 (3〜 12ヶ月)を修了す る。2)社会学・心理学・教育学な どを卒業 し、神学の通信教育修了 と臨床司牧教育(3〜 12ケ月)を修了す る。(キッペス前掲「患 者に対す るパス トラル・ ケア」p.6、 同 「あ とがき」p.56)
鍋『 こころの病(psychisch krank)』 とい う冊子(プロテスタン ト教会の編集 したものではあるが)
には、精神医学や心理療法 による「心のケア」の話 と並んで、「魂のケア」の章が設けられている.
卜に基づ く ドラマ)を演 じ、解 説 を受 けた。 これ は研 修 の一部 として も行われ てい る手法 だ とい う。
③Klinik Seelsorge Aufbaukurs(KSA)im Klinikum der Universlat Munchen̲
Groshadern(Munchen)
この ミユンヘ ン大学病院には、プロテスタン トの 「魂のケア」部 とカ トリッ クの 「魂のケア」部 とが、併設 されているが、両者は連携 をとりあつて 「魂を ケアす る人」の研修 にあたつている。私たちに対 して も、プロテスタン トとカ トリックの先生が一人ずつのペアで揃 って話 をし、インタヴューを受けて くれ た。毎年8人だけ受講生を受け付 けて、「病院での魂のケアの研修 コース」(KSA) をや ってお り、1年間で仲良 くなつた同期生たちが毎年残 してい く記念写真が、
研修室の壁いっぱいに貼 られていた。大学病院内にある研修セ ンター らしく、「魂 のケア」に関す る文献 も数多 く揃 えられていた。
最後 に、も う一つ付 け加 えてお こう。 ドイツでは、「魂のケア」の場は、これ まで紹介 した病院やホス ピスだけではない。 もちろんもともとは、それぞれの 町や村 には、 中心 に広場や役所 ととも
に教会があ り、それぞれの教会の神父0 牧師がそれぞれの町や村の人々を 「ケ ア」 して回つていた とい う伝統 もある のだろ うが、そのよ うな伝統か らは分 断 されているかに見える現代の施設、
空港や高速道路 にまで、「魂のケア」の 場は広がつている。例 えば、
ミュンヘ ン空港 には、「教会サー ビスー魂のケア (Kirchlicher Dienst¨ Seelsorge)」と い う設備がある。ルル ドに行 く時に利 用 したフランスの トゥールーズ空港 に も、「ス ピリチュアル・セ ンター(centre spi五tual)」 があった。どちらも、カ ト
リック・ プ ロテスタン ト0正 教いずれ にも利用できるようになっていたが、
ミュンヘ ン空港の場合、イスラム信者 も利用できるようにイスラム教の礼拝 のための絨毯が用意 されていた。また、
ミュンヘン空港の…角にある礼拝堂(晦 "の表示がある)
高速道路上の教会 (Autobahn‖rche)
ウルム近郊の高速道路(Autobahn)上には、「高速道路教会 (Autobahnkirche)」
があ り、「マ リア様、旅人をお守 りくだ さい」と壁 にかかれた礼拝堂で、静かに お祈 りを捧 げることができるよ うになつている。
要するに、「魂のケア」は、至る所に浸透 している。ただ、これまで述べてき たように、それは、やはリキ リス ト教の伝統 と結びついてお り、それが土台に あって、初めて可能になつている。 したがって、病院やホスピスで 「魂のケア をする人」も、まずは、神父・牧師か、神学を学んだ者であることが前提になっ ている。その うえで、心理学を学び (前述のように、順序 としては逆のパタニ ンもあるが)、 臨床経験を積み、初めて、「魂のケアをする人」 として働 くこと ができるようになるわけである。したがって、「魂のケア」とい う言葉そのもの は、必ず しもキ リス ト教的な合意をもっているわけではないが、実際に「魂の ケアをする人」には、前述の研修のあり方を見れば分かるように、キ リス ト教 的な素養が要求されることになる5。 その点、日本の場合は、キ リス ト教の伝統 が、必ずしもないとい うわけではないが、やはリー部の人々のあいだに留まっ ている状況のなかで、この 「魂のケア=スピリチュアル・ケア」をどう根付か せてい くことができるのか、それ を担 うのは誰なのかが、問題 として残ると言 わ ぎるをえない。
4.倫理・ 法 とケアについて
最後 に、 この ような研修のなかでぶつかることになった 「倫理 と法」あ問題 を簡単 に紹介 したい。今回の研修は、 この問題の調査が メインではなかったの で、 ここで期せず して遭遇 した問題 を、余 り深 く追求することはできなかった が、 ドイツの「魂のケア」め現場の人が、どのよ うにこ うい う問題 にぶつか り、
対応 しているのかを垣間見ることができた よ うに思 う。
ぶつかつたのは、一つは 「安楽死」の問題であ り、 も う一つは「人工妊娠中 絶」の問題であつた。言 うまで もな く、 ともに、人間の 「誕生」 と「死」に関 わる問題 として、生命倫理でもよく議論 されているテーマであ り、「人間の尊厳」
に関わるテーマでもあり、しかも、今回訪れた南ドイツはカトリックが強いと
ころなのだが、カ トリックでは、 これ らは ともに、強 く反対 している問題であ 鑢ただし、いずれのホスピスや病院でも、「魂のケア」はキリス ト教信者に閉ざされているわけで
はなく、どのような宗教の信徒に対しても、さらには、無宗教者に対しても開かれていることが 強調されていた。しかし、他方では、確かに姿勢としては開かれているのだが、では実際に例え ばイスラム教徒が来るかといえば、言葉の問題もあるだろうし、情報のルー トの問題もあるだろ うが、それが自分達に無関係ではないという認識をもつていないことが多い、とい う話も聞いた。
る。 そ して、 これ らは、倫理 の問題 であ る とともに、法 の問題 ともな つてい る テーマで あ る。そ こで私 が感 じたのは、これ らこそ、「魂 のケア=スピ リチ ュア ル・ ケア」が必要 とな る よ うな場面 ではないか、 とい うこ とであ った。
1)安楽 死 につ いて
まず、安楽死 についてで あ るが、この 調 になつたのは、Haus Maria F五eden の所長 の話 のなかである。 エイズ・ ホ ス ピスの利用者 には、 身体的 な苦痛 ば か りでな く、社会 か ら、場合 に よつて は家族 か らも差別 されて、心理的 な苦 痛 もあ り、罪 の意識や 自分 の人生 を振 り返 るなか で、安楽死 を希望す るよ う な ケース はないのか、 とい う話 にな っ た。所長 さんの話 では、具体 的 に安楽 死 (積極 的安楽死)を希望 す るケー ス
はこれまでにはなかつた、
とレヽう。そ
マリア。フリーデンにあった安楽死のパンフレット こか らさらに、次のよ うな ことを語 つて くれた。そもそも、「私はもう生きた く ない」と安楽死 を希望す る人の、その言葉の背後 にあるのは、「私は (この よう には)も う生 きた くない」 とい うことである。 したがって、重要なのは 「この ように」 とい う、いま置かれた環境・状況 を変えてあげることであ り、そ うす れば、安楽死 を望む とい う人 もな くなるのではないか、ホス ピス運動の原点は そ こにあった36。 ェィズ患者に「避難所」と「家族的雰囲気」を提供 しようとす る、 ここのエイズ・ホス ピスの理念 もそ こか ら出発 している。
とは言いなが らも、抗 ウイルス剤、エイズのための薬 をもうい らない とい う
(消極的安楽死=尊厳死 を望む)患者は、 これまでに何人かいた、 とい う。 し か し、その ような時に大切なのは、
ドグマ的 に規則や教 えに従 うのではな く、
個々の例 において、その問いを議論することだ、 とい う。
ドイツでは、積極的 安楽死は禁止 されているが、間接的安楽死 (無意味な延命治療の停止)は許 さ
アルフォンス・デーケン『 シ リーズ教育の挑戦 生 と死の教育』(岩波書店、2∞ 1年)にも、諸 外国のホス ピス施設の医師の次の ような発言が紹介 されている。「もし、患者が積極的安楽死を 希望するとした ら、それは私たちホス ピス関係者の敗北だと思 う。つま り、私たちの疼痛緩和や 症状緩和な どの総体的なケアが行き届かないために、患者が最期まで生き抜 くことよりも、死を 望む としか考えられないか らだ」 と。