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フランスにおける教育の自由 ― 憲法学の観点から ―

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奈良教育大学学術リポジトリNEAR

フランスにおける教育の自由 ― 憲法学の観点から

著者 高野 真澄

雑誌名 奈良教育大学教育研究所紀要

巻 8

ページ 1‑11

発行年 1972‑03‑15

その他のタイトル Freedom of Education in France: From Constitutional Point of View.

URL http://hdl.handle.net/10105/6255

(2)

フランスにおける教百の自由*

憲法学の観点から

高 野 真 澄**

  (法律学教室)

序    論

 小稿はフランスにおける教育の自由について憲法学の観点からその概念・態様および法的特質を論 じようとするものである。フランスにおける教育の自由の問題は実に古くして新しい問題である。そ                         れは, Enseignement d Etat ou eco1e i ibre?の命題にも象徴されているように(1),単に 教育領域の事項たるにとどまらず,その背景に宗教問題をもつが故に,個人(家族)・団体(教会),

国家夫々の利害に直接かつ重大にかかわって屡々激しい政治論争を惹起する原因になっている(2)。

従って,フランスにおける教育の自由をめぐる憲法学上の考察においても,単にフランス歴代諸憲法 の教育条項を取りあげるのでなくて,教育事項に対する国法の微妙なかかわりかたやその消長の軌跡 一主要な政治階梯における制憲者の教育観および立法者の教育政策とその法制一を社会的・

政治的背景に徴して綿密に吟味する用意をもつことが不可欠の前提となろう。しかし,かかる教育

(法)制度史をべ一スにしての教育の自由の憲法史的考察は到底小稿においてこれを試みる余裕をも たないし,またそれは筆者の能力を超えることがらである。

 本稿では,フランスにおける教育の自由の原理について,第一に規範の内容において,第二に規範 の壷法上ゐ地血において問題にしようと思う。予めこれについて少しく触れておこう。豪二点につい て。教育の自由の観念は,フランスにおいて革命下の1791年憲法によって措定された公教育の創設・

組織の過程で国家の教育権(独占)原理と対立・拮抗するなかで生れたと解されるが,それは,およ そ民主制社会の基礎をなす自由と思想・良心および意見の多様性に基づく教育の組織・編成を要請す る,市民的自由防衛のための法原理としてフランスのみならず広く自由主義諸国の伝統的な憲法原理 の一に高められるに至っている。フランス共和暦3(1795)年憲法第300条,同1848年憲法第9条,

同1946年憲法前文をはじめ,1815年オランダ王国憲法第201条1831年ベルギー国憲法第17条1911 年ギリシャ憲法第16条,1948年イタリア共和国憲法第33条,1949年ドイツ連邦共和国基本法第5条,

第7条その他ドイツ州憲法等(3〕がこれである。しかしながら,この伝統的な自由の法原則も,それが もともと教育の私事性に発したという沿革もあって,これを構成する個々の規範は多くの実定法の中 に不明確な形で散在せしめられているのであワ,またこの法原則の展開においては平等原則や他の精

* Freedom of Education in Fran㏄:Fr㎝C㎝stitutiona1Point of View 榊Masumi Takano(Department of LaW Nara Uni versi ty of Educat ion,Nara)

一1一

(3)

神的自由と不可分に結びついて規範形成がなされてきているので,自由権相互間の関係を含めて,綜 合的にこれを解明する必要がある。更に,近時,教育の自由の法原則は,他の公的自由と同様1すべ ての者にひとしく権利の具体的・現実的行使を確保せしめることを意図する国の関与によって規範内 容を補充(4)されつつある。かくして,教育の自由の原理が公教育における自由の確保というより近代 的な要請との調和を含む限りにおいて.この法理の現代における意義と課題についても検討を要する 点は少なくないように思われる。第二点について。ここでは,いわゆる教育の自由を審法上の公的自 由,共和国の諸法律によって確立された基本原則(ないし法の一般原理),法律上の自由の各節贈の 何れに位置付けることができるか,いわば教育の自由の原則の人権保障体系における基本的な地位が 問題となろう。

 小稿は,上記の諸点の何れにも充分に答えているとはいえず,ただ問題の所在に触れるにとどまっ ている。とくに,第二点は,憲法固有の領域に属するが,問題の性質上人権理論の根本問題にかかわ ってくるものであるだけに,これに関するコソセイユ・デタの判例の発達を考慮した上での綜合的な 検討が今後必要だと考えている。小稿はそうした将来の課題(フランス公法における教育の自由の原 理)を追求するための一つの伏線にすぎない。夫々の問題点について,他日改めて考察をすすめる機

会をもちたいと思うものである。

  第一節 教育の自由の概念.態様

 「教育の自由」(1ibert6de1らnseignement)の観念は,上にも触れたように,単に法理上 のものでなく,すぐれて宗教的・政治的な観念であるといわねばならない。それだけに,教育の自 由の概念構成を試みることは容易でない。が,制度的側面を重くみて規定するならば,教育の自由の 原理は,すべての市民に共通する公教育( instruction PubI ique 1791年憲法第1篇諸権利の 保障7段),国費による共同教育ないし知育・訓育を含む統一荊な国民教育( 6ducation nati㎝a1e

Lepe1etier de St.一Fargeau,Robcspierre)(5),子は家庭に属する以前に国家に属す(Danton)

等の教育観を通じて国家による教育独占と教義の強制を要諸した国家の教育権(droit≧エ inst一        ruct ion)の原理と対立し,教育事項における公役務(service pub1ics denseignement)

と私的制度(inst i tut ions pr iv6es)の共存ないし二元的協働を承認する教育の自由体制を基礎 づける原理を意味する。従って,教育の自由原理は,公役務と私的制度の間には対立(riva1i t6)

でなく協働(co11aboration)が支配すること(6)を前提とし,公役務の私的制度に対するある種の 監督・統制を許容しつつもなお教育事項における後者の独立・自律性を承認するところに,法原則と して大きな特色を有している。では,かように規定された教育の自由はいかなる態様ないし法的構造 をもつものなのか,以下M.Duvergerの分類するところに従って(7),(1)学校開設の自由(2)学校 選択の自由 (3)教育内容の自由の三に分けて考察しよう。

 1。学校開設の自由 学校開設の自由(1ibert6d ouvrir des6co1es)は,教育の自由生成 の中核をなすもので,教育の自由原則中最も古典的なものに属するといってよい。その基本的性格は 宗教教育の自由を意味するが,同時に経済的自由とりわけ商・工業および営業の自由とも深く結びつ

いている(8)o

一2i

(4)

 学校開設の自由は革命期の先駆的法制をなす共和暦2年fr imai re29(1793年12月19日)デクレ,

共和暦3(1795)年憲法第300条および本憲法の教育条項を具体化した1795年10月25日法で明記せら れた。開設の自由は,やがて第一帝制下の立法が一切の教育施設の設置を大学総長の厳格な許可にか かわらしめたので(1806年5月10日法),中断をみたが,1830年憲章第69条8号および1848年第二共 和制憲法第9条で復活し,法原則とこそ壷血した。その後,自由教育は1833年法(初等教育),1850

       ・  ・ I  ・  ・  .  ・  ・  ■ ・       

年法(中等教育)および1875年法(高等教育)によってあらゆる段階を通じて(主tous1es degres)

承認されるに至った。1946年第四共和制憲法は,教育の自由について沈黙するが,その前文で1789年 人権宣言の諸権利とともに「共和国の諸法律によって認められた基本原則」を再確認しておワ,教育 の自由が上記基本原則の一に含まれるとする解釈論に説得的根拠を与えている。現行1958年第五共和 制憲法の前文は,1946年憲法前文で確認し補充された人権への愛執を厳粛に宣言するというにとどま っている。そして憲法第34条は「教育の基本原則」の定立を法律事項とした。これを承けて,国と私 立校の関係に関する1958年12月3I日法(Loi Debr6)は,教育の自由を宣言し尊重するとしたうえで,

とくに私立校の開設と運営の自由を法認している(同法第1条)。

 学校の開設はすべてのフランス人(私法人を含む)に認められるが,法律の定める一定の条件の下 で行政官庁(学校段階により市町村長・学区監もしくは大学区総長)への届出が必要とされている。

届出(d6cIaration)に際しては「法律の定める能力および道徳の要件」(1848年憲法第9条2項)

               

その他教育施設(etab1i ssements densignement)の安全・衛生に対する配慮が審査される。

関係官庁は届出に対して異議(opposi t ion)を主張しうる。開設者はこの異議に対して出訴するこ とができる。私学開設の自由は,実際上 ほぼ全面的に認められているといわれる(g)。かようにして,

学校開設の自由はこの国において強い制度的保障を与えられている。従って,国は公教育を組織する に当って公権力の特権を私立校の開設・運営の自由を排除するために用いることは許されない㈹。そ うでない限ワは国が公役務を組織することそのことをもって直ちに私立校の開設の自由を侵すものと いうことはできないω。判例も同様に,教育の自由といえども公法人が教育公役務を組織する権限を 制限し叉は公役務の適用上パリ大学都市を新設するが如き教育公役務を補充する事業の実施を制限し

うるものではないとしている(C・…Hd 企t・t,27…i11945.L・・di・・,D.1945,282.

       conc l.Lagrange;C.E.,27 fevr.1942.Mo11et,Rec.64.65)⑫。

     

 適法に(regu1iさrement)開設された私立校は運営の自治を有する(1959年法第1条)。私立校

                     ^

が自ら卒業証書を発行する自由(1iberte de de1ivrer des dip1omes)を有することはその 一である。但し,私立校の卒業証書は社会的にはともかく公的な価値をもたない蝸。しかも,ナポレ

オンの中央集権的教育法制の遺産は今日なお私学の創意と責任に基づく運営の自治を強く制約してい る点に注意を要する。大学は常に国が創設し,私立の高等教育機関は大学の名称を付することを禁止 される。私立夫学学部は学位授与権を有していないことなどがこれである(1808年3月17目デクレ,・。.

1880年3月18日法)。

 2。学校選択の自由 家父(父のないときは母,以下,親という)は自ら子を教育する自由を有す る。家庭教育の自由は,革命家によって自然権の一に数えられたもので(Condorcetなど),子の人 間的発達のための不可欠の自由に属する。親の子を教育する権利(droit d台nseigner)は子のため

一3一

(5)

の義務(devoir〕一の性質をもつ。教育は自らの思想を良心の命ずるところに従りて行われるべきもの である。従って,親は子に与えられるべき教育ないし学校を良心に基づいて自由に選択することがで きなければならない。国家の教育権(独占)の体制は親の教育権と学校選択権を同時に拒否すること により基本的に思想・良心の自由を否定するに至る蜥これに対して、教育の自由体制においては,

上にみたように,親の教育権(教育義務)とこれに由来する学校選択の自由(1ibert6du choixde 1 6CO1ε)は「教育の自由」の一部をなすものとして親に優先的に保障されるから,国は親の教育権 と親が子に与えることを希望する教育(学校)の種類の選択を圧迫したワ干渉してはならない。従っ

て,

eの教育の内容に亘る指示が許されないほか(C.E.1942.10.30).,親の選択権行使の前提と して教育公役務を組織すべき国の義務の履行が要求される場合にも,国は,第一帝制下の1811年11月 15日デクレ(第22条)のように,公立校への就学を強制することは許されないこと当然である。それ ではI19世紀後半以降,社会国家の展開に即応して次々に成立した1881年法(無償制),1882年法

(義務教育制)および1886年法(非宗教性)に見られる国家と教育,法と教育の現代的契合ははたし て教育の自由にどうかかわるのかが間われよう。フランスでは義務教育制 無償・非宗教の教育公役 務を全面的に否認する徹底した自由教育論も根強い。しかし,教育の私事性と公共性の共存・自由の 推持と公役務の整備はフランス社会国家の歴史的課題として与えられており,従って私教育は広い意 味での公教育体制の枠内で市民権が与えられるとする考え方が支配的である。義務教育制(ob1iga−

tion SCo1aire)は,公立校のみならず私立校にもひとしく開かれているという事実から,法律上教育

(学校選択)の自由に矛盾しないし,国が公役務として教育を組織することもその適用上特別の規制 が加えられるのでない限り蝸個人(私立校利用者)の自由を侵すことにならないとされている。義務 教育制と教育の自由を説明する法律論としてはとくに異論はないとしても,義務教育制(その結果と して親は子の通学を拒否する自由をもたない)の根拠が理論的に明確にされていないと教育の自由の 本質を見失うおそれがあろう。本来,義務教育制は,これによって教育の最低限度を実施1分配する ことによワ人間の「出発点での力の不平等を是正」⑯して,児童・生徒の生存の維持・発展に塞仕す べき国の責務に由来する。この義務の履行として,教育のミニマムを平等に確保することにより個人 の生存権を実効あらしめるため,国は公・私立校間の修学条件の均等保持のための監督(人的・物的 条件の劣等措上等)と教育機会の配慮義務の内容の拡大のための施策(義務教育年限の延長,現在 は満6−16才の男女,教育予算の比例配賦制等)を行うことが要求せられる。かような点に,義務教 育制が伝統的な教育の自由と両立しうる実質的な根拠があるのである(1959年1月6日デクレ,いわ ゆるBerthoin改革参照)。 同様に, 「無償かつ非宗教的な公教育組織はあらゆる段階を通じて,国        家の義務である」 (1946年憲法前文)。無償制(gratui te)は,現状において統一を欠くが,初等

(1881年法で実施、とくに第1条参照。1890年法以後貧困児童に教科書支給,他に学校金庫制,なお 初等校では寄宿生は認めない), 中等(1930年以後通学生・寄宿主<給費制>)公立校で実施されて おり(グラン・セコール,ユニヴェルシテでは一部給費制奨学資金制にとどまる、1945年I月8日

オルドナソス),それが親の学校選択の自由を制約するとの非難がある。無償制が教育の事実上の国 家独占を生んでいる傾向は否定しえない(私立校の児童・生徒数は公立校のそれに対比し約10分の1

<1968−1969年度>)㈹。が,私学無償制には私経済制度を維持する建前から無理であって,法的に

       一4一

(6)

は国は適法に開設された私立校の運営(1 eXerCi㏄jを保障することによって教育の自由を尊重す るにとどまるべきものである。無償制は国の宗教的中立性の原則および受教育者の良心の自由の尊重 に基づいて教育役務を遂行すべき国家の責務の結果と解される。むしろ,無償制を無意味にしないた めに,公立校利用者の通学の便益を考慮した適切な学校配置が求められる。教育の非金ゑ佐(1aiCit6)

および中立性(neutra1it6)の原則も自由国家における精神(思想)の自由を基調とするものであ って,この趣旨から国が私立校に補助金を交付することはっとに違法とされ(1886年10月30日法第2 条),判例もこれを肯定してきた(C.E.,avis1g jui11.et13nov.1888;C.E.,25

fevr.1928.S.1928.3,103)。確かに,教育のライシテが徹底しすぎて宗教を圧迫し宗教に対立 するようになると問題であるが⑱,そうでない限り教育のライシテは教育の自由と両立しうる理であ る。しかるに,補助金の禁止(1㍗nterdiction de subvention)が.無償制の場合と同様,父兄 の私立校選択を著しく脅かすのみならず市民(児童・生徒)の平等権を侵すとの論議を生むことにな

った。国と私立校の関係に関するこの困難な問題は,判例の動揺する中で、結局政治的に解決される ことになった。即ち,公・私立校の生徒数の割合いに比例してかつ父兄会(1 association des       parents d e Iさves)を通じて教育予算を配賦するという形での私学助成の技術的合法化がこれで ある(1948年5月24日デクレ,1951年9月28団法)。ところが,第五共和制下,1959年法の定めた国

と私立校間の単純・結合契約制度は国の統制と引かえに助成を許容するとともに,場合によっては私        

立校の公立校への編入(integration)を措置しうることとした(同法第3条)。本法の適用を受け る私立校は私学固有の性格を保持しつつ良心の自由の全面的な尊重において教育をなしうる旨が規定 されているのであるが,本法の示す措置の内容には教育の自由の根本を否定する趣旨を含むとする強 い非難が向けられている。

 3。教育内容の自由 教育内容の自由(1ibert6du contenu de1 enseignement)は,上 に述べた伝統的な私立校の開設,選択の自由に較べてよワ新たな意義を有する。適法に開設された私 立校(国と契約関係にたたない私立校<1959年法〉)は,憲法その他の法令、義務教育制および公序     良俗(1ordre pub1ic et des bomes moeurs)に反しない限り,運営の自治が認められる。

従って,開設の趣旨に立脚した指導の自由が尊重され、宗教教育(inStruCtion re1igieuSe)

の自由が認められることになる。この結果,私立校の児童・生徒にとって教育内容の自由はないこと になるが,それは親の選択権の行使の結果とみるべきものである。親と子の信条等の衝突は終局的に は子の利益に従い解決すべきものである。国から財政上の援助を受け叉は国と契約関係にたつものに ついては更に国の特別の規制に服する(1959年法,1965年4月30日デクレ)。これに対して,公立校

(高等教育を除く)では,児童・生徒の教育内容の自由は国の非宗教性・中立性の原則によって保障 されることになる。教育の非宗教性と中立性はフランス公教育の基礎原理であるが,同時にそれは公 教育における教育の自由(教育内容の自由)の保障原則でもある。教育を宗教の支配から解放する要         末に基づいて行われる公立校の教育(1enseignement officie1)では児童・生徒に教育内容の

自由の享受,即ち「あらゆる信条の平等な尊重69a1respect de toutes1es croyancesに おいてその能力に応じて教育を受ける可能性を保障する」(1959年法第I条)。1883年に出された文 部大臣(Jules Ferry〕通達に,日く「教員は,その言動により訓育下にある児童の宗教的信条を

一5一

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損ない,児童の精神を混乱させ,児童の意見に対し尊重と慎重を欠く発言をなすなどの誤りた行動を 避けるべきである」と(なお,1903年4月9日デクレ参照)。前記各学校段階の諸法制中.中・高等 教育法は寄宿生のための嘱託司祭(aumδnerie)の制度を定めており(但しその費用は家族の負担)、

        1886年10月30日法(第17条)は初・中校教員資格試験の受験を聖職者(ecc1esiast ique)に拒否し ている(C.E.,10m i1912.Bouteyre S.1912.3,145)。 判例は父兄会が国の非宗教性に反 すると思われる教科書の使用の禁止を中立てもしくはコソセイユ・デタに出訴しうることを認めるほ か(C.E.,17janv.1913Lachai se.Recue i1des arrεts80),公役務の中立性の原則を擁 護するものは極めて多い(C.E.,gm i1914.Fabas et Aur ignac,S.1921.3,11;C,E..

4mai1948.Comet S.1g4g.3.41)σ卵しかし,個人の宗教的立場は尊重され机公立校は。

父兄が希望する場合,日曜日以外に週一日学校の建物の外で児童に宗教教育を与えるため休校とする ことが認められている(1882年3月28日法第2条)。

 嵩毒義古においては事態は以上と異なる。ここでは,高等教育享受者は年令・知的水準・批判力か らみてたとい教育内容に宗教的偏向が含まれてもこれに耐えうると見倣されることと,何よりも教授 の自由の保障に重点がおかれることの結果,中立性の制約から免れる紐功。大学(ユニヴェルシテ即ち 国立総合大学は全国で23校),高等専門大学(グラン・セコールの著名なものに国立行政学院,理工 科大学,高等師範学校などがある)における教授の自由(1ibertるdes enseignants ou pro−

fesseurs)はいわゆる大学の自由(1ibertきs universitaire その具体的な内容は公序と科学 的な教育の要請という制約内での教育研究活動の独立,表現の自由から成る。高等教育の基本に関す る1968年11月12日法第36条)の一面をなすからである。従って,ここでは聖職者たることも教職欠格 事由に該当しない。

 フランスにおけるいわゆる教育の自由は,大体以上のような内容をもつものと考えられるが,これ をふまえて,ここで改めて教育の自由の法構造を示すならば 「教育の自由」は学校開設の自由(私 立校の自由)と親の教育および学校選択の自由(私立校への自由)という伝統的な二つの要素と教育 内容の自由(公立校への自由・公立校における自由)という現代的な要素から成りたっている。そし て,全体としての「教育の自由原貝■1」の根底には,個人の人問的発達のための権利,法的には国民の 人権としての享ふ縁㍉(droit dらPPrendre)ないし薮古を壷痔る梅毒1」(droitら1 6ducation)

の思想が存在すると考えられる。確かに,国民の教育を受ける権利は革命期の諸憲法はもとよワその 後の諸憲法においても不毛であワ㈲,そわだけに教育の自由の原則を受教育者の人権としての教育へ の権利を基軸として編成された法構造として捉えることは厳密な法律論としてはなお吟味を喫するも のがあるであろう。が,沿革的な法思想を熟視し,教育の自由の制度的保障の思想的根拠として人権 の思想を援用することは不可能ではないであろう。この意味で,ジロンド派のCondorcetなど革命 の思想家が,端的に,教育を受ける権利は万人平等の権利でありこれを保障することは公権力の崇高 な義務であると述べていることは注目されてよい(17囎隼2月15・16ジロンド憲法案権利宣言第23条 参照)㈲。又そこで自然権的な親の教育権が論ぜられるとき,そこに子どもの学ぶ自由(1ibert6 d apprendre二の承認が前提されていたと推論しうる。そして,教育はこのような人問的発達のた めの権利に規定されるが故に,真理にのみ仕えるべく,国家の教義の強制ないし教育独占から教育の

一6}

(8)

独立(1 independance de1 instmction)を確保することの意義が強調される。もちろん,か かる人間固有の人権としての教育への権利の思想は,当時実効性を与えられなかったのであるが,そ れはその後のフランス教育世界において,健全な教育条理論と離れがたく結びついて継承されてきて いるとみられる。これとの関連において,同じ市民革命の高揚期に,ジロンド派(とくにCondorcet)

がそうでありた以上に,ジャコバン派(とくにRobespi erre)が人民の教育への自由と平等を一層 徹底すべきことを国家の責務として強調し(1793年6月24日憲法第22条参照),人民の教育を受ける 権利(droi tき1 enseignement)の社会権的構成に端著を示したことも注目されよう。しかし,

ジャコバン派のみた人民の教育権は,少くとも1793年7月RobespierreがLepe1Ietier案の弁護 を引き受けることになった時点において㈲,それは国家の教育権原理によって止揚される性質のもの であった。つまワ,人民の教育権は教育に対する国家強権の貫徹において他律的に国家の利益に組み 込まれる性質のものとなっていたのである。この意味で,ジャコバン派の教育観は,むしろのちのパ リ・コミューンの前景となワうるにふさわしく,又その故に更にのちの社会主義教育観に接続する意 義をもつものであったのに対し,フランスにおける国民の教育権思想の形成においては教育の自由を 承認しつつ国民の受教育権の社会権的構成を示した同じ時期のジロンド派の教育観が正統的な源流と 目されるのではないかと考える。しかし,この点の論議をしばらく描くとしても,革命期憲法におけ る人権原理はフランスにおける教育の自由の法原則の思想的基盤をなしていると思われるのである㈱。

  第二節 教育の自由の法的特質

 それでは,以上にみたようなフランス人権思想に支えられた教育の自由の原則は憲法上いかなる規 範的性格のものと考えることができるか,換言すれば教育の自由は単なる法律上の自由なのか,公法 の一般原理に属するのか,それとも憲法上の公的自由と解すべきか,教育の自由の性格規定をめぐる 憲法理論上の究明が次の問題となる。

 フランスにおける教育の自由法制は,国家の教育権(droit≧1 instruction)と教育の自由と いう相互に対立する二つの教育体制原理を革命社会の現実を考慮しながら妥協を図る方向で,共和暦

2年frimaire2g(1793年12月19日)デクレではじめて実現された。本法は,国家による教育の独占 を排し,教育の自由を維持しつつ国の教育統制を意図した先駆的法制の地位にたつが,人民の要求に 拘らず,教師と財政の貧困によって著しく困難な条件の下で緩慢に実施された㈲。憲法の上では,教 育の自由は,共和暦3(1795)年憲法ではじめて規定され(第10篇第296−301条 とくに第300条。

同年10月25日のLo1Daunouはその具体化立法である), その後1830年憲章第69条8号で立法的保 障を約されたのち,1848年憲法第9条において伝統的な諸権利に追加されて㈱,憲法原則として確立 をみた。更にのちの立法例である1931年3月31日の財政法第91条は,とくに教育の自由の原則に言及 して, 「教育の自由の維持は共和国の基本原則の一である」と明記した。判例も,公・私立校間の生 徒の処遇の平等を認めない大臣の決定の無効を宣し(C.E.,22mars1941,D.H.1941.3岨.),

私立校にその開設および教授任命のために大臣の同意をうる義務を課することを違法とした(C.E.

ユg42.1.7〕。1946年第四共和制憲法は教育の自由について明文の規定を避けたが,憲法前文では,

1789年人権宣言の諸権利とともに, 「共和国の諸法律によって認められた基本原則」(Principes

白7一

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fondamentaux recomus Par1es1ois de Ia Rきpub1ique)を再確認している。この憲法 前文におけるいわゆる「法の一般原則」(principes gきnるraux du droit)の再確認がはたして 教育の自由を含む趣意なのかどうか,制憲者によれば教育の自由は単に法律上の自由にとどまる。曰

く,教育の自由は,真の人権ではなく,もともと個人が人間として成長し発達する権利を実現するた めに可能な技術の一つであって,それは通常法に属する組織の問題に過ぎない,と㈲。憲法の沈黙は この立場のあらわれである。

 しかし,教育の自由を憲法前文で宣言された法の一般原則の一に属するとする見解は,議会では少 数の立場であったが,第四共和制を通じて学説・判例ではこれを肯定する傾向にあった。教育の自由 は,憲法上明文の規定に欠けるとしても,沿革的には屡々述べたように、 「精神の自由」(Iibertきs

spi ri tue1Ies〕ないし「思瀬の自由」(1ibertるde1a pensきe)の一態様,即ち思想の形成(陶 冶)の自由(1ibert6de1a format ion de Ia pensるe)㈱として良心・信教の自由等と密接 に関連しつつ生成・発展をみた伝統的自由の一つをなし,あるいは又,結社の自由と同様 「共和国 の諸法律によって認められた基本原則」として一般に承認され遵守されてきているものである。従っ て教育の自由を承認するこれ迄の蓄積された共和国の諸法律や本原則の基本原則性を明示した前記

1931年法の先例に徴するなら,第四共和制憲法前文における「基本原則」の再確認は,制憲者の消極 的な立法意思にも拘らず,解釈論としてはそこに教育の自由を国の確立した法原則となすべき合理的 意思を続みとることができる。コソセイユ・デタの判例もこの点極めて積極的で,教育の自由の原則 を行政府を拘束する法原則として肯認する態度を示し(C.E.,6f6vr.1952),更に共和国の諸法律 によって認められた基本原則の資格において前文で宣言せられた公的自由(droi ts dる。1arるs)と 同一の水準に高められるとする立場に立っている(C.E.,1947.8.13行政部意見およびA.de Laubadさreの見解参照)㈲。以上を要するに,7ランスにおいて教育の自由は,形式的には法律上 の自由に属するが,実質的にはいわゆる「法の一般原則」  成文であると否とを間わずそれは行政 府を拘束する確立された法規範としての権威をもつ に属し,いわば法律上の自由と憲法上の自由

との間に位置する「憲法的自由」に属すると解すべきものである。しかも,フランスにおいては憲法

(権利宣言ないし憲法前文)上明記された人権規定といえども必ずしも一切の公権力に対する法的拘 束力をもっとはいえない⑬Φ。フランスの人権保障におけるかような特殊性を考慮に入れるならば教 育の自由原則は,憲法上「1789年人権宣言や憲法前文に規定されている自由」のあ今ものにもまして 手厚い行政的保護を受ける自由とさえ見倣すことができる。

 現行1958年憲法では如何なる事態となるのか。ここでも教育の自由は沈黙している。これは制憲者

(とくにM.Debrき)が、先行憲法制定者と同様に,否それよワも明白に教育の自由を憲法上の公的自由 li㎏rtきs pub1ique と,考えなかったことの現われたといわれる帥。即ち,憲法前文について いえば、その形式は「不当にも控え日」鉤で,先行憲法が再確認の対象とした「共和国の諸法律によ って認められた基本原則」には言及していないし,憲法第釧条では教育の基本原則の定めを「公的自 由の基本的保障」と区別して規定している。従って,憲法規定の上からみて,教育の自由の規範は憲 法上の公的自由に属しないことはもちろん,共和国の基本的法原則の一とも見倣されないはずである。

けれども,憲法第34条4項を承けた1959年法第1条ではr国は教育の自由を宣言しかつ尊重する」

一8一

(10)

(じ白tat proc1ame et respecte1a1ibert6de1 enseignement.)として, 「教育の 自由」が「立法者によって特に保護されるべき自由として規定」㈱されていることからみて行政府を 拘束する実効性は否定されえないし,他方コソセイユ・デタの法の一般原則に関する判例法理も1958 年の政治体制の変革後においてなお継承されてお1鯛,それは融こ反対の綻のない眼1やはワ選ばれた 地位鉤をもつ規範として対政府拘束力をもたされることになろう。

  補論 結語にかえて

 G.Burdeauによれば,人が自己の学問なワ信念を他の者に伝達することが認められるとき,教育 する自由叉は権利(1ibert6ou droit d inseigner)鯛が成りたつ。それ民法的には.人が 一定の学問なり信条を背景として意見表明の形式の下に他者の思想を形成・陶冶する自由として保=護

されることはいう迄もない。教育する自由は第一次的には家庭の親が享有するが.それは単に親のみ ならずすべての市民の享有しうべきものである。就中,学校教員(ma?tre)は教育を専門職とする もので特に問題となる。が,小稿で,学校教員の教育の自由について別段述べられなかったのは,フ ランスにおいて教育の自由がもともと私(宗教〕教育の自由に淵源するという沿革的事情と,法的に 学校教員の教育活動は受教育者の固有の人権としての全面発達権一そのための学ぶ権利一に規定 され,これを伸長させるための技術上の組織の問題とみられているという事情を考慮したからである。

もとよワ、フランスにおいても,学校教員はフランス特有の中央集権的な教育管理体制の全般的制約 下におかれてきているし,学問および教授の自由について外国憲法におけるような明示的な憲法保障

(1948年イタリア共和国憲法第33条1現1949年ホソ基本法第5条3項,なLお日本国憲法第23条参照)

ももたない。違憲立法審査制も久しく不毛の状況におかれている。けれども,国の教青行政権の運用 においては,他の公役務と異なる教育役務の自主性一その根底に教育の本質に基づく教育条理の承 認がある一が確立し,上述の憲法上のライシテに基づく中立性の制約のほかは教育の方法と課程に 関して広く教員の教育活動の独立・自律性が保障されている現状にある。このようなことから,学校教員の 教育行政権からの自由をあえて受教育老の教育への権利に訴えあるいは教育の本質に遡りて強調する ほどの必要をみていない㈱。要するに,フランスにおいて学校教員の教育の自由をいわゆる教育の自 由の塗規範として構成することは,理論的にはともかく,それほどの実益をもたないように思われる のである。

 註

(1)O1i vi er Gi scard D estaing,厄nse ignement:contre1e monopo1e de I 趾at,

 Revue poH t ique et par1ementai re,73e annるe N0824,septembre1971,p.45.

(2)Francois Bore11a,Le gouvemement des frangais,1960,P.183,野村敬造rフ  ランス憲法と基本的人権』昭叫 239頁以下 とくに248,249頁。

(3〕 Georges Burdeau,Tra i tきIde sc ience po1i t i que,t,vi,1956,p.481.

(・)G.B・・d…,・p.・it.,P.481;M…i・・D・…9・・,重16m・・t・d・d・・itp・b1i・、

 1957,pp.165,166.

一g一

(11)

(5)⑫uvres de Maximi1ien RobesPierre,t.I本1958,XpP−10et.s、;J.M.Thomp−

 son,RobesPierre,vo1.u,1968,P.63;A1bert Sobou1,La1「e R6Publique  (1792−1804),1968,p.132.

(6)Loui s Ro11and,Pr6c i s de droi t admi ni s trat i f,1957,P.538.

(7) M二Duverger,op・c i t・,pp・178−182・

       ! (8) Jean Roche,Li be r te s Pub l i que s,1971,P.49.

(9)M.Duverger,op.c i t.,p.179.

      

(iΦ Phi l i pPe Braud,La not i on de l i ber t es Pub1i que en dr oi t f ranca i s,1968,

 p.322.

       

ω  George s Burdeau,Les 1i ber t es Pub1i ques,1966,P.300.

⑫ M.Long e t P.Wei1,Les grands arrさts de1a jurisprudence admi ni st一

               、            

 rat ive,1965,P.203;Andre de Laubadere,Trite e1ementaire de droi t ad−

 ministratif,1966,p,211−

03 M.Duverger,op.ci t.,p.17g.かかる建前に判例が批判的であることにつき,後述。

ω G.Burdeau,op・cit・,Pp・292.2931

㈹ この点で,学区制が問題となるが,実際上大学区Acad6mieは生徒の就学区域について別  段の制限措置をとっていない。文部省調査普及局編『各国の教育行政』昭25,110頁。

蝸 G,Burdeau,T.S.P.,t.v,p.550.

⑰ 0.Giscard D estaing op.cit.,p.47.

㈱ 宮沢俊義・ライノテ(1alclt6)の成立  フランス憲法史における一r立教法学」10号,

 1968年,17頁。

㈹ この点たお,野村『前掲書』,205頁。

㈲ M.Duverger,op.ci t.,181,182.

㈲ 1848年憲法の制定に際して「共和国はすべての市民の教育・労働および扶助の権利を承認する」

 旨を含むMathieu de la Dr♂meの修正案は排除せられ.教育への権利(droi t≧1 in−

 stmction)と労働権は確定案において夫々教青の自由(1ibert6d enseignement)と労働  の自由となったこと(F61ix Porltei1Les institutions de Ia France de1814主  1870.1966,pp.271,272;m倉me,1848.1966,pp−157_15g;中村睦男・フランス憲法にお  ける社会権の発展(二)r北大法学論集」第15巻1号,164−177頁),また,この国家形成期の一  世紀後に「すべての児童は,自由の尊重において,教育と訓育を受ける権利(droi tら

 1 instruct ion et主1 6ducat ion)を有する」(第25条)と規定した1946年4月憲法案が  国民投票で否決せられたことが、想起せられよう。

㈲L6㎝C・h・へC・・d・・・…tl・・6・・1・・i・・f…g・i・・,Ig04,・.41.

㈲ A1fred Cobban,The pol i t ica11deas of Maximi1ien Robespierre dur ing

 t he Pe r i od o f the Conven t i on,Eng1i sh h i s t or i ca1 rev i eW1946,1xi,P,63.

㈱ この点,考察の対象を異にするが,日本国憲法および社会主義憲法の教育規定の解明に当って,

一10一

(12)

 フランス革命憲法の精神=教育権思想に遡って綿密に考証される堀尾輝久氏の論稿(教育を受け  る権利と義務教育一教育権理論の一前提『社会科教育犬系第2巻社会認識の理論」1961年,198  −222頁,同・現代における教育と法一憲法=教育基本法体制の歴史的・原理的究明を中心と  してr現代法と市民』現代法8.1966年,149−204頁は.注目に値する。小稿の執筆に当って  も多くの教示を得たことを,ここに付記す飢

㈱  Jacqes Godechot,Les institutions de 1a France sous 1a R6vo1口tion  et1 empi re,1968,p.447.本法の概要・特色につき,A.de Laubadさre,op・ci t・,

 Tr.6I6m.de dr.adm.,P.204.松島鉤『フランス革命期における公教育制度の成立過程」

 1968年,162頁以下等参照。

㈱ Robert Pe11oux,Le citoyen devant I 6tat,Que sais_je?1966,P.25.

㈲ A,de Laubadきre Cours de dro i t cons t i tut i onne I e t d i ns t i tut i ons  pol itiques,Licence 1「e annきe 1955−1956,p.側3.

㈱ M.Duverger,op.ci t、,p.176.

⑳  A−de Laubadさre, op.cit.,p.443.

⑬Φ ドアエーヌ(Dehaene)事件における政府委員Gazi erの論告Revue du droi t pub1i c,

 1950,p.704;なお,フランスにおける人権保障の特殊性,就中,法の一般原則の行政規制的側  面につき,Jacques Georger,Aspects du pr6ambu1e de1a cons t i tut i on du4

 octobre1958,Rev.du dr.Pub1.,1960,PP.94−g6;神谷昭・フランス行政法における  法の一般原理rフランス行政法の研究」,昭40,297頁以下;野村敬造r前掲書』,65−67頁;

 杉原泰雄・フランスにおける集団行動の自由『法律時報臨時増刊・公安条例」,昭42,10月号,

 82,83頁。

帥  P.Braud,op.c i t一,P.322, note(61)・

鉤  J.Georger,op.cit.,p.87.

㈱ 杉原・前掲論文83頁。

鯛J.G・o・g・r,・P.・it.,PP.96−101.

鍋  J.Georger,op.ci t.,p.94.

㈱ G.Burdeau,op.cit.,p.291、

碗 フランスにおける教育課程法制の実態について,参照、兼子仁r教育法学と教育裁判』、1969  隼,4−12頁。

一11一

参照

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