とうもろこし畑でつかまえて
―Field of DreamsとBruce Springsteen―
三 浦 久
1 9 91
年のGr a mmyLi f e t i meAc h i e v e me ntAwar d
の受賞式でBobDyl a n
は,口ごもりなが ら,次のように述べた。" Oh,mydad,hes a i d,youknow
,i t ' spos s i bl et obe c omes ode f i l e di nt hi swo r l dt hatyou rownmot he r andf at h e rwi l la ba ndon yo u.And i ft hatha p pe ns ,Go dwi l lal way s be l i e vei ny ourowna bi l i t yt ome ndyo urownways .
''本心を決 して見せ ないDy l an
一流の自喝気味のj o ke
だとして も,彼が自分の父親 に言及す る というのは希有 なことだ。彼 は高校の頃か ら, 自らの出生や生 い立 ちを隠 し, 何度 も家出を し,両親に見捨て られるどころか,両親の存在 さえ も否定 し, 自 分 は孤児であると繰 り返 し述 べ,l as tname
さえZi mme r ma n
か らDyl a n
に変えて しまった
。Do n' tt r us tan y bo dyove rt hi r t y.
を合言葉 に, 親 たち の世界 を否定 した6 0
年代 の対抗文化 のmus i c ‑ s c e n e
のv angu a r d
であ ったDyl a n
は,
「時代は変わる」1の4t hv e r s e
で次のように歌 った。Come ,mo t he r sandf at he r st h r o u gho utt h el an d Do n' tc r i t i c i z ewhatyo uc a n' tun de r s t and
Yo urs onsan dyou rda u ght e r sa r ebe y ondyou rc omma nd Yo urol dr oa di sr a pi d l ya gl ng
Pl e as ege tou toft hen e w o nei fyo uc an' tl e n dyo u rha nd Fo rt h et i me s ,t he y' r ea‑ c ha ngi ng
2 5
国中の母 さん父 さんたちよ
理解できないことを批判 しないでほしい
あなたの息子や娘たちはあなたの思 い通 りにはなりは しない あなたの道 は急速 に古 くなっている
もし手をかせないのなら新 しい道か ら出ていってほしい なぜな ら時代 は変わっているのだか ら
6 0
年代ばか りでな く,アメ リカの歴史 はその始まりか ら,権威に対する抵抗, 対抗の歴史であったことは言 うまで もない。加藤秀俊 は,
「二世 は,一世 を否 定 し,親を否定す ることによって初めて "アメ リカ人" に近づ くことがで きる」2と述べている。世界の各地か ら,様 々な 一政治的,経済的,宗教的一 理由で
,
「アメ リカの夢」を求め,本国を捨てて移 り住んで きた者 たちは, 自 分たちが権威を否定 したように, 自分たちもまた否定される存在にならざるを えなか った。「アメ リカの夢」が夢である以上,それは常 に, 未来 にあ り,千 供 は親 を踏み台に し,
「アメ リカの夢」に手を伸ば した。親 もまた, 子供 たち に,親 に依存 して生 きるのではな く,親を乗 り超え,独立心を持ち, 自らの手 で行 く手を切 り開いていくことを期待 した。その意味で
6 0
年代のアメ リカの若者たちはアメ リカの伝統の忠実な継承者で あると言 うことができる。事実,彼 らは,東南 アジアの小国を相手 に, いかが わ しい正義を振 りかざ し,最新の科学兵器を駆使 して殺数を続 ける政府 に対 し て, またその政府を支持 し,
「人類史上最高の豊かさ」のなかで 自 らの安寧 に しか目を向けることができない親たちに対 してNo!
を叫び,1 7
世紀,1 8
世碁己 にアメ リカに入植 して きた人たちの理想,
「誰の手 も借 りず に, 家族を単位 と して, じぶんの土地を耕 し,食べ ものをつ くり, じぶんの着 るものを じぶんで 紡 ぐ生活」 3
を目指 したのである06 0
年代,特にその後半,若者か ら支持された大衆文化 は,いわゆるc o unt e r ‑
c u l t ur e
と呼ばれ,その特徴のひとつは親を含む既成の権威,道徳の否定であった.文学 においては
J.D.Sa l i n ge r
のTh eCat c h e ri nt h eRye
が読 まれ, 音楽ではDy l a n,Th eBe a t l e s ,Th eRo l l i n gSt o n e s
を中心 に, 完全 にr o c k
がその主流を占めた。しか し
,Do n' tt r u s ta n y bo d yo v e rt h i r t y.
を合言葉 に していた若者 たち も今では全て3 0
を超え,Dy l a n
は,すでに5 1
歳であ る。2 0
世紀最後の10年間 が始 まった頃を境 に, アメ リカの大衆文化において顕著な変化が見 られるよう になった.それは一言で言えば,
「父親 との和解」 というテーマが様 々な ジャ ンルに現われてきたことである。父親 の否定か ら父親 との和解へ ー ここに現 代のアメ リカの社会を理解す る鍵が隠 されているのではないか。それはアメ リカの成熟を意味 しているのか。あるいは,アメ リカの衰退を意味 しているのだ ろうか. この小論 において, 映画
FL ' e l do fDr e a T n
S とBr u c eS p r i n g s t e e n
の作品に見 られる 「父親 との和解」 というテーマがアメ リカ社会の変化 といか なる関わ りを もっているか考えてみたい。2
マクルー‑ ンは
「 1 9 2 0
年代のサイレン ト映画を振 り返 って見 ると,多 くの画 面 に自動車 と巡査が出て くるのを思 い出す」
4と述べているが,S p r i ns gs t e e n
の作品に関 しても全 く同 じことが言え る。1 9 0 3
年 にFo r dMo t o rCo mpa n y
が設立 されて以来,車はアメリカ人にとっ て,s t a t u ss y mbo l
以上の何かであった。広大 な土地 に住む彼 らは, 車 がな ければどこへ も行 けない。車 こそ自由の象徴である。 アメ リカの若者たちが飲 酒が許可 されたり,選挙権が与え られる年齢になるよりも,免許証が取得で きる年齢になることの方が重要であると考えるのは当然である。彼 らにとって, 車を運転するということは,親か ら独立 し,大人になることの最初の一歩を意 味 している
。S p r i n gs t e e n
の歌の世界 は,まさにこの,親か ら独立 し, 自由を 求め,
「アメ リカの夢」を追 い続 ける若者たちの世界である。2 7
最初の二枚のアルバム
Gr e e t i n gsFT ・ O T nAs b u T TPar h 5
とTh eWi l d,Th e I T mO C e T u & Th eESt T ・ e e tS hu Nl e
̀では, 自らの無意識の中か ら噴出 して くる衝動を説明 しようとして,マシー ンガンのように言葉を吐 き出 しているが, 彼自身その衝動を明確にとらえることができないでいるようだ。彼の世界が, 彼自身の中で も.そ して聴 く側 にとって も明確になるのは
, 3r dal bum βom t ol hn
になってか らであるO彼の出世作 となったこのアルバムによって,我々 は,彼の作品の中の主人公たちが,なぜ夜毎に暴走 しているのか,なぜそうせ ざるをえないのか知 ることがで きる。このアルバ ムの リリースは,建国
2 0 0
年祭直前 の1 9 7 5
年 であ った.al b u m t i t l e
の" Bo r nt oRu n" 7
は次のような言葉で始 まる‑I nt hedaywes we ati to uti nt hes t r e e t sofar una wayAme r i c an dr e am
Atni ghtwer i d et h r ou ghmans i o nsofgl o r yl nS u i c i d ema c hi ne s
昼.つかむことので きないアメ リカの夢のス トリー トで汗水た らして働 き 夜, 自殺 マシー ンに乗 り,栄光の館を走 り抜 けるこのアルバムになって初めて 「アメ リカの夢」 と,その夢が もた らすはずであ る 「約束の地」が歌われる。
" Th und e rRo ad"
では," Oh‑ o hc o met a k emy ha nd/Ri di n goutt o ni ghtt oc as et hepr o mi s e dl an d"
(さあ, ぼ くの手 をとって /今夜 は約束の地を下見に行 くんだ) と歌 い," Bo r nt oRun"
で は," Some d aygi
rl ,Ido n' tkno w whe n,we ' r ego nnage tt ot hatpl ac e
(いつの日か, いっだか分か らないが,あの場所へたどり着 くんだ) と歌 われ る。S pr i n gs t e e n
の歌の世界の若者たちは,建国2 0 0
年祭 に沸 きかえ る人 たちの アメ リカを陽のアメ リカとするならば,陰のアメ リカに住む, アメ リカの夢に 裏切 られ続 けた若者たちである。裏切 られ続けなが らも, アメ リカの夢 にたいす る信仰を捨てられずにいる若者たちである。彼 らは,昼 は汗水た らして働 き, 夜 は車 を とば し 「約束 の地
」
「あの場所」 へ到達す ることを夢 見 て い る。̀ ̀ Thu nde rRoa d"
の最後の二行 ‑I t ' sat o wnf ul lofl os e r s
An drm pul l i ngoutofhe r et owi n
町は負 け犬でいっぱいだ俺 は勝つためにここか ら走 り抜 ける
4t ha lbum DaT ・ hne s so nt heEd geo fTown 8
で も 「アメ リカの夢」
「約 束の地」 が随所で歌 われ る。Tal kaboutadr e am /Tr yt oma k ei tr e al
(夢 につ いて語 り / その夢を実現 しよ うとす る),Le tt heb r ok e nhe a r t s s t an d/Ast hepr i c eyou' v egott opa y
(夢やぶれた心を立て直 そ う /代 価 は自分 で払 わね ば な らな い の だ か ら)( Badl a nd s)
0Bl o w a way t he d r e amst hatt e a ryo ua pa r t/Bl ow a wa yt hed r e amst ha tbr e akyo ur he a r t /Bl ow away t he l i e s t hat l e av e you not hi n g but l o s t a nd b r o k e nhe a r t e d/Ibe l i e v ei nap r o mi s e dl and
(吹き飛ばせ,俺 を引 き裂 く すべての夢を /吹 き飛ばせ,俺の望みを くだ くすべての夢を /吹 き飛ばせ, 俺を打ちのめすすべての嘘を /俺は約束の地を信 じている」 ( ThePr omi s e d Land )
5t ha l bum TheRi u e
T・になると少 し様子が変 わ って くる. アルバ ム ・タ イ トルの̀ ̀ TheRi v e r "
の中の主人公 は,職を失い,大切だと思 っていた もの すべてが消えて しまった状況の中で 「かなえ られない夢は偽 りなのか」と問 う。このアルバムを通 して伝わ って くるのは, アメ リカの夢の終蔦である。何台 も の車が墓石のように地面に突 き刺 さっている
i n ne rs l e e ve
の写真 は, まさに アメ リカの夢の終蔦を象徴 しているかのようだ。その雰囲気がさらに明確 にな るの は,6t h al bum Ne b r as h
a で,We l lt he y c l os e d do wn t heaut o
2 9
pl a nti nMa hwahl at et ha tmo nt h
「その月 おそ くマ‑ワーで は / 自動車 工場がつぶれた」( don n y9 9 )
という言葉 は極 めて象徴的である。 このアルバ ムか ら感 じとれ るのは,全 くの絶望,出口な しの絶望である。 このアルバムの 最後の作品̀ ̀ Re as o nt oBe l i e ve "
では次のように歌われる。St i l latt hee ndofe v e r yhar dda ype o pl ef i nds o mer e as o nt obe l i e v e
辛い一 日の終わ り,それでも人は信 じる理由を見出そ うとするBo m i nt h aU. S. A. ,9
このS pr i ngs t e e n
の7t hal bum
に収 め られてい るal bum t i t l e
曲 は,ベ トナム戦争の帰還兵の苦悩 の1 0
年間を歌 った もので ある。生 まれなが らに差別 され,苦渋をなめさせられ,ベ トナムへ送 られ,戻っ てさて も職がない。 アメ リカで生まれたのに。 アメ リカの夢はどこへ行 ったの か。確かにこのアルバムで も,かなえ られないアメ リカの夢が歌われ,絶望感が 満ち満ちている。犯罪,失業,離婚,ベ トナム帰還兵等のテーマは, アメ リカ の世相 の忠実 な反 映 であ る。
" NoSu r r e nde r "
の中 で, 彼 はWel e a r n e d mo r ef r om at hr e e ‑ mi nut er e c o r dt ha nwe 一 de ve rl e a r ne di ns c hool
(学 校より3
分間の レコー ドか ら多 くのことを学んだ)と言 っているが,彼のレコー ドか ら,我々はアメ リカの社会 について極めて多 くのことを学ぶことができる0このアルバムではもう以前のように,夜の闇をっんざいて暴走す る若者たち は登場 しない。やみ くもに走 り続けた
S pr i n gs t e e n
は, そ して彼 の作品のな かの主人公たちも,年をとり,昔を振 り返 ることが多 くなった。" Gl o r yDay s ' '
がその典型である。 しか しそれは当然のことだ。初期の粗けず りな言葉づかい が完全 にな くなったとは言えないまで も, イメージは明確にな り,世界をそ し て自分 自身を距離を置いて眺めている。Dy l an
とは異なる方法で,S pr i ngs t e e n
も常 に変化 している。彼の音楽が生 きている証拠である。
S pr i n gs t e e n
の作品の主題が 「アメ リカの夢」であり,そ,の夢の実現 のための象徴的な媒体が車であることはすでに述べたが, もうひとつ重要な主題があ る。それは車 ほど前面 に出て こないが,彼の音楽が暴走 し,一面的になること を防いでいる抑制的な働 きを持つ主題である。それは彼の父親,あるいはアメ リカ人一般の父親像 とかかわるものである。 この主題が表面 にでたのは
4t h a
lbum DaT ・ hne s so n t h eEd geo fTown
の" Adam Rai s e d a Cai n"
と" Fac t o r y"
か らで,以後 どのアルバ ムにも必ず ひ とつ は父親 とのかか わ りを 持っ作品が登場す る。Sp r i n gs t e e n
の作品に登場す る父薫別ま権威的で強圧的な父親で はない。 「ア メ リカの夢」に裏切 られ,失意 のうちにその日暮 らしを余儀な くされている父 親である。Da ddywo r ke dhi swhol el i f ef orno t hi n gbutt hepai n
No w hewa l kst he s ee mpt yr o omsl oo ki ngf o rs o me t hi n gt obl ame
親父は 一生 苦 しみなが ら働いてきた今 彼 は 責めることができるものを探 しなが ら部屋を歩 いている
( Ada m Rai s e daCa i n)
Is e emyda dd ywal ki ngt hr o u ght h e m f ac t o r yga t e si nt 九ar ai n Fac t o r yt a ke shi she a r i n g,f a c t o r ygi ve shi m l i f e
l t ' st hewo r ki ng,t h ewo r ki n g,j u s tt hewo r ki n gl i f e
親父が雨の中 工場の門を通 っていくのが見える働 き過 ぎて耳が悪 くなって も 生 きてい くために働かずにはい られない 働 くだけの 働 くだけの 働 くだけの人生
( Fa c t o r y)
父親を見 る
S pr i n gs t e e n
の目は決 して冷たいもので はない。 しか し父親 の 生 き方を肯定 しているわけではない。生 きることに疲れ,屍のようにただ存在31
しているとい うだけの人生。 自分 は父親 の二の舞 にはな りた くないと思 ってい る。父親 は自らの人生 の失敗の責任を他 に転嫁 しようと 「責 めることがで きる もの」 を探 している. しか しこの父親の中に も,裏切 られた 「アメ リカの夢」
に対す る煮えた ぎるよ うな思 いがある。息子 はその思 いを受 け継 ぐ。
Wewe r epr l S O ne r SO fl ov e ,al o vei nc ha i ns
Hewass t a ndi n gi nt hedoo r ,iwass t and i n gi nt h er ai n wi t ht hes a mehotbl o odbl l r ni n gl nOu rV e i ns
Adam r ai s e daCai n
( Ad am Ra i s e daCa i n)
俺たちは愛情 という鎖に繋がれた囚人だ った親父 は戸 口に立 ち 俺 は雨の中に立 っていた そ して二人 の血管の中には同 じ熱 い血が燃えていた アダムがケイ ンを育てたのだ
エデ ンの園を追放 されたケイ ンのよ うに,息子 は家を出る。それ は父親 の否 定 とい うよ りも,父親 を打 ちのめ した ものの否定,幻想 としての 「アメ リカの 夢」に対す る挑戦である。だか ら彼 は
5t ha lbu m Th eRi u e
T・の" i nd e pe nd e nc e Da y"
の中で,The yai n' tgon nadot ome/Wh atlwat c he dt he m do t oyou
「父 さんが打 ちのめされたようには /俺 は打 ちのめされは しな いよ」と歌 うのである。 そ して彼 は結果 として父親を否定 し,家を出て行 く。
We l lPa pagot obe dnow,i t ' sge t t i ngl at e Not hi n gwec ans ayl Sgo nnaC han geanyt hi n gnow rl lbel e av l n gi nt h emo r nl n gf r om St .Mar y' sGat e Wewo ul dn' tc ha nget hi st hi n ge v e ni fwec o ul ds o me ho w
( i nde pe nde n c eDay)
,父 さん もう寝た方がいい 夜 も更けた 何を言 って も何 も変わ りゃしないんだ
明 日 俺 はセン ト・メア リーズ ・ゲイ トか ら旅立っ もうこの決心 は変わ らない
しか し彼 は父親 を見捨 て た ことに対 して罪 の意 識 を持 っ
。 6t h al bum Ne br a s ha 1 0
の中に,̀ ̀ MyFa t he r ' sHous e "
という作品が収められているが,これは
La s tn i ghtld r e ame dt hatiwasac hi l d
「昨夜 ぼ くが子供 だ っ たころの夢を見た」 という‑行 目か ら分かるように,夢で見た 「父の家」 につ いての深層心理学的な物語である。彼は,夢の中で,夜の闇の中に輝 いている 父の家を見 る。小枝やイバ ラに傷つけられなが らも,彼 は林を走 り抜 けて父 に 会いに行 く。 そして震えなが ら父の腕に抱かれる。そ して目覚めた時,彼 は二 人を引き離 したい くつかの辛い出来事のことを考える。彼は服を着,車に乗 り, 何年 も会 ったことのない父親 に会いに行 く。 しか し父が住んでいるはずの家に は, 見知 らぬ女 が いて,Ⅰ ' m s o 汀yS O nbutnoon eb y t h atnamel i ve s he r ean ymor e
「そんな名前の人 はもうここには住んでいない」 と言 う。l as t ve r s e
は息子の罪の意識をよ く表わ している。Myf at h e r ' Sho us es hi ne sha r da ndb r i ght l ts t a nd sl i k eabe a c onc al l i n gmei nt heni ght Cal l i n gandc a l l i ngs oc o l da ndal on e
S hi ni n g c I r o s st hi sda r khi ghwaywh e r eo urs i nsl i euna t one d
父の家はしっか りと輝いて建 っている 俺を導 く夜の闇の松明のように
その冷たい孤独な光 りは しきりに俺を呼んでいる
その光 は我々の罪がまだ償われていない暗い‑イウェイの こちら側まで射 している
3 3
「アメ リカの夢」 に裏切 られ,疲れ果てた父親。その父親に対す る憐れみと 否定,罪の意識,和解への頗望が,上述 した
" Ada m Ra i s e daCai n", " Fac ‑ t o r y" , " I nd e pe nde nc eDa y", " MyFat he r ' sHo us e "
の一連 の作品 の中 に描か れている。 この最後の作品では,和解への願望を意識するようになるが,和解 はまだ成立 していない。それは彼の8t hal b um Tu T me lo fLou e
llの" Wa l k l i keaMa n"
まで待たなければならない。 このal bum
は1 9 8 7
年秋 に リリースされたが, この年
Spr i ngs t e e n
は3 8
歳で,結婚 して2
年半 が経 って いた。" Wa l kl i keaMa n"
は, 彼の結婚式 における父親 との再会 の歌 で あ る。Ⅰ r e me mbe rhow r o ug h yourhan df e l to nmi l neo nmywe ddi n gd ay
「ぼ く の結婚式の日,あなたの手 の荒れた感触を覚えています」 という最初の一行から,父親 に対す る慈 しみの念が感 じられる。かつてはあれほど嫌 っていた疲れ 果てた父親の手。 ささくれだった労働者の手。彼 はその手を握 りしめ,昔を思 い出す。父親 に反発 を感 じ,暴走を繰 り返 していた青春時代ではな く,父親が この世で最 も男 らしく,最 も光 り輝 いて見えた幼年時代まで遡 る。
We l ls omuc hhasha ppe n e dt omet ha tIdo n' tund e r s t and
Al lIc a nt hi n kofi sbe i ngf i veye ar sol df ol l o wl n gbe hi ndyouat t hebe a c h
Tr ac i ngyo urf oo t pr i nt si nt 九as and Tr yi n gt owal kl i keama n
( Wa l kl i keaMa n)
ぼくの人生 にはよ くわか らないことがいろいろお こりましたが今恩い出すのは海辺であなたの後を追いかけていた
5
歳の時のことです 父さんのようにな りたいと,思い切 り足をひろげて砂についたあなたの足跡 どお りに歩 こうとしていたことです
5
歳の時,父親 は彼 にとって完全無欠な英雄だ った。父親 もまだ若 く, まだ「夢」 は手 の届 くところにあるように思えた。 しか し結局 その夢 はい くら手 を 伸ば して も届かなか った。そ して ‑
We l lIwasy o l l nga ndldi d n' tkno w wha tt odo Wh e nIs aw yo u rbe s ts t e pss t ol e nawa yf r om yo u
( Wa l kl i keaMa n)
あなたの人生の最善の部分があなたか ら奪われるのを見た時ぼ くはまだ若 くて, どうしていいか分か りませんで した
徐々に生活のために父親は 「働 くだけの人生」 になり
,
「目の中に死 を持っ」ようになる。息子はそんな父親 に同情 しなが らも反発す る。 しか し父親が歩 い た道 はまた息子が歩 く道で もある。 そのことはある程度の年齢に達 しなければ 分か らないことなのだろうか。彼は言 う‑
We l lnow t heye a r shav ego nea ndry egr o wnf r o m t ha ts e e dyou' ve S OWn
ButIdi d n' tt hi nkt he r e ' db es omanys t e psrdha vet ol e a r non myO Wn
( Wal kl i keaMa n)
長 い年月が経 ち,ぼ くはあなたが播いた種か ら成長 しましたで も自分で学ばねばならないこんなにも多 くの道の りがあるとは思いませ んで した.
ここにおいて,息子 は再 び父親 と出会い,手をさしのべ,全てを許 し,和解 が成立する。 この作品の最後の三行,
No w I ' l ldowhatIc an
35
Ⅰ ' 1 1wal kl i keama n AndI ' l lke e pwa l ki n g
これか らは ぼ くはできることをや って行 くつ もりです あなたのように歩 いて行 くつ もりです
歩 き続 けて行 くつ もりです
が示唆 していることは,真の独立 とは,単 に否定することによって得 られるの ではな く,その否定を更に否定する時に,つまり否定 した ものとの和解が成立 した時に得 られるものであるということである。権威 に抵抗 し否定することか ら始まったアメ リカ,親を否定することによってより 「アメ リカ人」に近づ く ことがで きたアメ リカにおいて, ここ数年,少 な くとも
popul a rc ul t u r e
の レベルで. 以上検討 して きたBr uc eS pr i n gs t e e n
の作品に見 られ るよ うな「父親 との和解」 という主題が数多 く見 られる。
その一つが
Fi e l do fDr e a ms
である.次にこの映画がいかにその主題を扱っ ているか見てみよう。3
1 9 8 9
年 に リリースされた映画Fi e l do fDr e a T n S1 2
は,主人公Ra yKi ns e l l a
が, 自分のとうもろこし畑でI fyoubui l di t ,hewi l lc o me .
とい う声 を聞くところか ら始 ま る
。RayKi n s e l l a
と父親 との関係 は,S pr i n gs t e e n
の" Adam Rai s e daCai n"
や" Fac t o r y"
で歌われている親 と子 の関係 に酷似 している‑ 「アメ リカの夢」に裏切 られ,生 きることに疲れはてた屍のような 父親,そ してその父親 に失望 し,独立するために家を出るが,そのことに罪の 意識を感 じている息子。Ray
は言 う。ine v e rf or gav ehi m f orge t t i n gol d.Byt het i mehewas
asol dasIam no w…hewasan c i e nt .Ime a n,hemus thav eha ddr e ams ,
buthene v e rdi danyt hi n gabo ut' e m‥. Dadne v e rdi do n es ' po nt a ne o us t hi n gi nal lt h ey e a r sIk now hi m.
(ぼ くは親父が歳を取ることが許せなかっ た。今のぼ くと同 じ歳の頃… もうまった く老け込んでいた。親父にだって夢 は あったろう。で もそのことに対 して何 もしようとしなかった…親父はぼくが知っ て るか ぎり, ひとつの自発的な行動 も起 こさなか ったo) この映画 の冒頭bRa y
のmo nol o gue
によれば, 彼 の父親,JohnKi ns e l l a
は1 8 9 6
年Nor t h Dak ot a
に生 まれ,3 8
年に結婚 し,5 2
年にRay
が生 まれ た時,造船所で働 く 老人だ った。 ( Ma r r i e dMo m i nt hi r t y‑ e i g ht ,andwasa l r e ad yano l dman wor ki n gatt henavalyar dswh e nIwasbor ni nf i f t y ‑ t wo. )Ra y
が生 ま れた時,父親 は5 6
歳であった。妻の,つま り
Ray
の母親の,死が,彼 にいかなる衝撃を与えたかにつ いて は映画 は何 も言及 していない。ただ,年を取 ってか ら生まれ,若 くして母を亡 くした一人息子を,父親ができるか ぎりの愛情を もって育てようとしたであろ うことは想像 に難 くない。Ray
自身 も,母親の死 に関 しては 「母 はぼ くが3
歳の時に死んだ」 と事実を述べているだけである。 3
歳ではおそ らく彼は母親 のことはほとんど何 も覚えていなか っただろう。彼が覚えているのは,母の死 級,父親がいかに彼を育てて くれたかということであ る。Mo m di e dwhe nI wast hr e ea ndls uppo s eDaddi dt hebe s thec oul d.Ⅰ ns t e a dofMot he r Goo s e ,Iwasp utt obe datni ghtt os t o r i e sofBa beRut h,Lo uGe hr i g
,a ndt hegr e atSho e l e s sJo eJac ks ons .
(励 まぼ くが3
歳のときに死に, 父 は ぼ くを育てるためにで きるだけのことを して くれたと思 う。ぼ くを寝かせなが ら,父 はマザーグースのかわ りにベーブ ・ルースやルー ・ゲー リック,それに シュー レス ・ジョー ・ジャクソンの話を して くれたものだ。)かつてマイナー リーグでプレーしたが,結局 メジャーに上がることができず, 野球選手になる夢をあきらめたことがある父菓削ま, 息子 にその夢 を託す
。He n e v e rmadei tasabal lpl a ye r ,s ohet r i e dt oge thi ss o nt oma kei t f orhi m.
(彼 は野球の選手 としては大成 しなか ったので,代 わ りに息子 に夢3 7
を実現 して もらおうとした)。 しか し
,1 0
歳の頃には,野球は野菜を食べた り, ゴミを出 したりす るのと同 じくらい嫌 な ことにな っていた。 ( Byt h et i meI wa st e n,pl a yl n g bas e bal lgott o bel i k ee at i n g v e ge t a bl e so rt aki n g outt hegar b a ge . )
S pr i ngs t e e n
は前述 したように,彼の作品に登場する父親 に対 して, わずか なが らの憐れみ,あるいは同情の気持ちを抱いているように思われ る。親を捨 て,家を出て行 くことは彼の心の中では決 して容易なことではな く,蹟精 し続 けた後の決断であった。家を出て行 く時には,すでにい くらかの罪の意識を抱 いている。 しか し,Ra yKi n s e l l a
は父親に対 して嫌悪感以外のなに もの も感 じない。だか ら父親か ら逃れるために家か ら最 も遠 いところにある大学を選ぶ( Andwhe ni tc amet i met o go t o c o l l e ge ,Ipi c ke d t hef ar t he s to n e f r o m homeIc o ul df i nd.Thi s ,ofc ou r s e ,d r ov ehi m r i ghtupt hewa
ll,wh i c h,Is up pos e ,wa st hepoi nt
.)。そ して,1 7
歳 にな った時, 荷物 をまと め,父親 にひどいことを言 って家を出る。( Anyway,whe nIwass e ve nt e e n
,Ipa c ke dmyt hi ngs ,s ai ds o me t hi n ga wf ula ndl e f t . )
しか し
Ra y
は,家を出てか らしば らくして,罪の意識を感 じ始 める。 そ し て,父 との和解のために何度か家へ戻ろうとす るが,結局,家に戻 ったのは父 親 の葬 式 の時 で あ った( Af t e rawhi l eIwa nt e dt oc omehome ,butI di d n' tknow ho w.Imadei tba c kf o rt hef u n e r al ,t ho ug h
.)。彼 の父親 と の和解 はこの映画の最後のところで成立するが,その場面 に言及す る前 に,い かに して彼が若 き日の父親 と出会 うようになったか ということを簡単に述べて みよう。I fyoubu i l di t ,hewi l lc ome .
という声を聞いたRa y
は,i t
とは野球場 で,he
とはSho e l e s sJoeJa c ks on
であると理解す る。つ ま り, 自分 の とう もろこし畑 に野球場を作れば,父親 が愛 してや まなか った1 9 2 0
年 に八百長の かどで永久追放 され,1 9 51
年に死んだS hoe l e s sJo eJac ks o n
がや って来て,pl a y
す ると考える。隣人たちや妻のAn ni e
の驚 きを しりめに, 彼 は収穫 まぎわのとうもろこしをなぎ倒 し,整地 し,照明塔付 きの立派な野球場を作 り上 げる。冬が過 ぎ,春 が来て も
,S ho e l e s sJoe
は現れない。 あ る晩,Ray
とAn ni e
が ローンの支払いが難 しいという話 を しているところへ5
歳 にな る娘 のKa r i n
が来てThe r e ' sama no utt he r eo nyo u rl a wn.
(お父 さんの芝 生の上に誰かいるわ) と言 う。 はた してそれ は昔 のChi c a goWhi t eSox
の ユニフォームを着たS ho e l e s sJo e
であった。 しば らく二人はプレーをす る。Ra y
が球を投げ,S ho e l e s sJo e
が打つ。別れ際にJoe
はCanIc omebac k a gai n?
と言 う。Ye a h.Ibui l tt hi sf o ryo u.
とRa y
が答え る。 その後,Jo e
は野球界か ら追放 された仲間たちと何度 もRa y
の球場へやってきて, プレー し,夕暮れになると, とうもろこし畑の中に消えて行 った。
その後
Ra y
はEas ehi spa i n.
という第二 の声を聞 く。hi spai n
とは誰の 痛 み なのか。 その答 え は, 悪書 追 放 のた め に学 校 の体 育 館 で 開 か れ たPTA me e t i n g
で与え られる。そのme e t i n g
で親たちが追放 しよ うとしてい た本 は,6 0
年代 に活躍 したTe r e nc eMan n
とい う名 の黒人 の作家 が書 いたTheBo atRoc h e r
という小説であった。 口々にこの本の悪 口を言 い,学校 の 図書館には置かれるべ きで はない と主張す る親 たちにAn ni e
は反論す る。Te r e nc eMa nnwasawar m a ndge nt l evoi c eofr e as o n d u r i n g a t i me ofgr e a tma dne s s …Whi l eot he rpe o pl ewe r ec ha nt i ng" Bu
rn,ba by,bur
n"
,hewa st al k i nga bo utl o vea ndpe ac ea ndunde r s t an di n g.
(テ レンス ・マンはあの狂気の時代に暖か くて優 しい理性の声を上げた人で した…他の人たち が 「火をつけろ,ベイ ビー,燃や して しまえ」 と叫んでいた時 に,彼 は愛 と平 和 と理解を説いていたのです。)
Anni e
と親たちのや り取 りを聞いて いたRa y
は,hi sp ai n
とはTe r e nc e Ma nn
の苦痛 であ ることに気づ くのである。 彼 はアイオワ大学 の図書館 でTe r e nc eMa nn
について調べ始める。 彼 は,Te r e nc eMan n
が熱狂的な野球 ファンでありなが ら,1 9 5 6
年以後,生の野球を見ていないことを発見する。そ こか ら彼 はTe r e nc e
を野球見物に連れ出す ことで彼の苦痛 を癒す ことがで き3 9
るのではないか と考える
。Ray
はアイオワか らはるば るブル ック リンへ出か けて行 き,世間か ら身を隠 し,隠者のような生活 を しているTe r e nc e
に会 い に行 く。何度 も手荒 く断 られた末,ようや く
Ray
はTe r e nc e
を野球場 に連 れ出す ことに成功す る。そ してそこで彼は第三の声 を聞 く。Got h edi s t a nc e .
そ し て電 光 掲 示板 に映 し出 されたMOONLI GHT GRAHAM
,CHI S HOLM
,MI NN
,NEW YORK GI ANTS, 1 9 2 2
,LI FETI ME S TATI STI CS 1 GAME 0 AT BATS
とい う文字 を見 る.Te r e nc e
とRay
がGot he d i s t a nc e .
という言葉に従 って, ミネソタ州チゾムへMo onl i ghtGr a ha m
を 探 しに行 った経緯 は省略す るが,二人 は "若 き"Mo on l i ghtGr a ham
をっれ てアイオワのRa y
の家 に戻る。そこには
Sho e l e s sJoe
と仲間たちが,試合をするために他のチームを連れ てきていた。次の日,試合が終わ り,選手がつ ぎつ ぎにとうもろこし畑 に消え ていった後,Sho e l e s sJo e
だけが残 ってRay
とAnni e
の方 を見て いる。そして
Jo e
がバ ックネッ トの方 をち らっと見 なが ら言 う。Ifyo ubui l di t
,h ewi l lc o me . Ray
がJo e
の視線につ られてバ ックネ ッ トの方 に目をやる と, そこには若 き日の父親が立 っていた。I fyoubui l di t ,hewi l lc o me .
のhe
とはSho e l e s sJoe
ではな くRa y
の父親だ ったのである。Eas ehi spa i n.
ち
,Te 汀e nC eMa nn
の苦痛ではな く,彼の父親の苦痛だったのである。 さら にGot hedi s t anc e .
とは,Moo nl i ghtGr aham
に会 いに行 くことを意味 し ているのではな く,
「父親 との和解」が成立するためには,Ray
の心の中 にな んらかの 「気づ き」があり,彼の方か ら父親の方へ歩み寄 らねばな らないとい うことを意味 している。Ray
はJo e
に尋ねる。Wasi tyo u? Jo e
が答える。No,i twasyou. Ra y
が聞いた三つの声 は,結局,Ra y
の心, つ ま り彼の 無意識の世界か ら出てきた ものなのである。 自分が生 まれる前 の若 き日の父親 を目のあた りに して,Ray
は言 う。Ion l ys aw hi m ye a r sl at e rwhe nhe
waswo r nd ownbyl i f e .Lookathi m.He ' sgothi swho l el i f ei nf r o nt
ofhi m,andrm note ve nagl i nti nhi se y e .
最後 の シー ン。 父親が言 う。
I t ' ss obe a l l t i f ulhe r e .Forme …we
ll ,f o r mei t ' sl i k ead r e am c omet r ue .
さ らに尋 ね る。I st hi sh e a v e n? Ra y
は答える。I t ' sl o wa.
そ して逆 に父親に聞 く。I st he r eahe a ve n?
父親 は, 当然 といった顔っ さを して答え る。Oh,ye a h.I t ' st hepl a c ed r e a msc ome t r ue . Ray
は辺 りを見回 し,そ して自分の家の方を見 る。暖かい光 りが窓 から洩れ,ポーチのプランコか らは
,Anni e
とKa r i n
の楽 しそうな笑い声が聞 こえて くる。Ra y
は自分 に言い聞かせるように,We
ll ,maybet hi si she ave n.
とつぶや く。
「アメ リカの夢」 は人によってそれぞれ異なっているか もしれないが
,6 0 年
代の若者たちが目指 したものは,Ray
のように,豊か な自然 の中で, で きる だけ自給 自足の生活をすることではなか ったか。Ra y
は, 父親 の二 の舞 にな ることを避 けようともがいているうちに,
「家族を単位 として, じぶんの土地 を耕 し,食べ ものをつ くり, じぷんの着 るものを じぶんで紡 ぐ生活」を手 に入 れたのである。父親 は
Ra y
と握手 し,背中を向 け, とうもろこし畑の方へ歩 き始 め る。Ra y
はその背中に向か ってため らいが ちに言 う。He y … Dad? Yo uwanna hav eac at c h?
父親 は振 り向いて,嬉 しそうに言 う。Ⅰ ' dl i k et hat .
暮れて ゆ くI owa
の空の下,二人 は淡々とポールを投 げ合 う。1 4
歳 の時 に拒否 した キャッチボールをす ることによって,Ray
は今,再び父親 と出会い,父親 の, いや, 自分 自身の苦痛を癒す ことができたのである。キャッチボールをすると いうことは,まさに二人の心が通 い合 ったということの象徴である。Fi e l do fDr e a ms
は,W.P.Ki ns e l l a
のSho e l e s sJo e
とい う小説 に基 づ いてPhi lAl de nRo bi ns o n
が映画化 した もので あるが, 原作 で は, 作 家Te r e nc eMa n n
はJ. D.Sa l i n ge r
にな ってい る。●だ か ら映画 の中 のPTA me e t i n g
で追放 されようとした本はTheC T al c h e ri nt h eRye
『ライ麦畑でつ か まえて』 で参ったのである。 この本 の主人 公Hol de nCa ul f i e l d
は, 妹41
Ph o e be
に将来な りたいものは何かときかれて,科学者や弁護士のよ うな もの にはな りた くな く,ただt hec at c h e ri nt h er ye
になりたい と答 え る。 つま り,広 いライ麦畑で遊んでいる子供たちが,遊びに夢中になって,崖か ら落ち そうになった ら,崖のところに立 っていて.落ちる前 に捕まえてやる人になり たい, と言 うのである。1 3
RayKi ns e l l a
はHo l de nCaul f i e l d
の中年の姿であると見 ることもで きる。Sho e l e s sJoe
の訳者,永井淳は 「訳者 あ とが き」 で次 のよ うに述 べている.「主人公で もあるキ ンセラは….思春期特有の潔癖 さで大人の世界の偽善や俗悪 を激 しく嫌悪する Fライ麦畑でつかまえて』のホールデ ン・コールフィール ド であるとい う見方 も許 されるだろう
」
14
小此木啓吾 は,ホールデ ンはアイデ ン ティテ ィ拡散症状群にかか っていると述べている15が,その中年のすがたであ るRayKi ns e l l a
はライ麦畑な らず, とうもろこし畑で,父親 を捕 まえ るこ とによって, 自らのアイデ ンティティを捕 まえたと言 うことがで きるだろう。4
S pr i ngs t e e n
の作品 とFi e l do fDr e aT n
S にお け る 「父 親 との和解 」 のpr o c e s s
を検討 してきたが, この主題 は最近のアメ リカ大衆文化の様々な レベ ルにおいて見 ることができる。そのことはアメ リカ社会のいかなる変化をあら わ しているのだろうか。常に 「権威」を否定 し,理想の 「アメ リカ人」により 近づ くために,
「薫別 を超越 しようとして きたアメ リカが,今 「親」 に手 を差しのべているのである。
S pr i ngs t e e n
の作品に登場する 「父」, それ にFi e l do fDr e a ms
の 「父」とは単 に個人の父親であることを超えて, アメ リカその ものを象徴 しているの ではないか。理想 に燃えていた建国時代の若々 しいアメ リカは
,
「アメ リカの 理想」
「アメ リカの夢」を信 じ,行 く手を阻む全ての ものを打倒 し, 領土 を広 げて行 った。 しか し,建国以来21 0
数年を経た現在, アメ リカは確実 に年老 いている。「アメ リカの夢」 は言葉 としては存在 して も,実在す るの は 「アメ リ カの悪夢
」
「アメ リカの悲劇」である。 このアメ リカの老化 を決定的 に した も のかベ トナム戦争であった。そのベ トナム戦争に反対 した
6 0
年代の若者たちの理想 は,既成の権威や価値 観の否定 という形であ らわれたが,それ もベ トナム戦争の終蔦 とともに形骸化 されていった。7 0
年代,8 0
年代, アメ リカにはme i s m
がはびこり,かつての 若者 たち も年を取 り,Fi e l do fDr e a ms
の中のTe r e nc eMan n
に象徴 される ように,で きるだけ社会 との関わ りを持たない隠者のような生活,あるいは,h i ppi e
の生活の裏返 しである, ビジネスでの活躍 と優雅 な家庭生活 を重ん じる
yu p pi e
の生活が求め られたのである。しか し
,8 0
年代 も半ばを過 ぎた頃か ら,6 0
年代 に対する見直 しが始 まり,社 会の中に変化への期待が高まって きた。その最 も象徴的なで きごとが1 9 9 2
年1 1
月のBi l lCl i nt o n
の大統領選挙戦 における勝利である。周知 の とお りCl i nt on
は,6 0
年代,ベ トナム戦争に反対 し,デモまで組織 した活動家であった。その ことをGe o r geBus h
は,選挙戦の中で繰 り返 し非難 したが,Cl i nt on
は動 じ なか った。彼は.ベ トナム戦争は間違いであ り, アメ リカを愛 していればこそ, 自らの信念 に忠実に,反戦活動を したのだ, と述べた。勝利が確実になった1 1
月3
日の夜,Ar ka ns as
のLi t t l eRo c k
で,彼 は勝利宣言 の演説 を行 い, そ の最後の ところでつ ぎのように述べた。Ia s kyo ut oj o i nwi t husi nc r e at i ngar e u ni t e ds t at e s ,a uni t e d c o u nt r ywi t hane w s e ns eofpat r i o t i s m t of ac et hec hal l e nge sof t hi sne w t i me …To ge t he rwec a nma ket hec ount r ywel ovee ve r y ‑ t hi n gi twasme a ntt obe .
みなさんにお願いしたいことは, この新 しい時代のチャレンジに立ち向か うために,新 しい意味での愛国心を持 って, リユナイティッド・ステイツ を,つまり,みんなの心が一つになった国を,私たちと一緒に創 ってはし
4 3
いということです…みんなで力を合わせれば,私たちは私たちのこの愛す る国を,その本来の理想的な姿にすることがで きるのです。
この
Cl i nt on
の言葉 はまさにme t aphor i c al
な意味で 「父親 との和解」 を 示唆 している。RayKi ns e l l a
が, 自分が生 まれる前の若 き日の前途洋 々たる 父親 と出会 うことによって 「和解」を成 し遂 げたように,疲れ果てた父親 とし てのイメージのt heUni t e dSt at e sAme r i c a
か ら,
「アメ リカの夢」
「アメ リ カの理想」 に立 ち戻 ることによ って,t heRe ‑ Uni t e dSt at e sofAme r i c a
喜 創 り出そうと言 うのである。Cl i nt on
が 「父親 との和解」 に成功するかどうかは,そう望むけれども,誰 にも分か らない. しか し,Spr i ngs t e e n
の作品や映画Fi e l do fDr e ams
に見 られる 「父 との和解」 というテーマか ら分か ることは,アメ リカの社会が,そ して その価値観 が変化 しつつあ るとい うことであ る。 しか もそ′の変化 は,Dyl an
の 「時代 は変わる」 とい う歌 に象徴 され る60
年代 のc ount e r ‑ c ul t ur e
,ant i ‑ e s t abl i s hme nt
的な変化ではな く,よ り融合的 な, 対立を調和 させていこうとす る変化である。調和への願望 自休が対立の存在を証明 していることは 言 うまで もないが, この変化がアメ リカ社会の衰退ではな く成熟を意味 してい
ると,少 な くとも,その方向に進んでいる, と信 じたい
。( l l / 4/' 9 2 )
注