筑波技術大学テクノレポート Vol.15 Mar.2008
1.研修概要の報告(天野和彦)
1.1 目的・日程など
○目的:1 大学間交流協定締結校であるニューヨーク州 立大学バッファロー校を中心に訪問し,米国 において視覚障害者をとりまく環境について 理解を深める。
2 この訪問および交流を通じて,参加学生の生 活意識の高揚を図る。
3 異文化に触れることで,国際理解の向上につ なげる。
○研修期間:平成19年3月7日~15日
○研修先:ニューヨーク州立大学バッファロー校(UB)
ニューヨーク州西部生活自立支援センター
(ILP)
パシフィック・カレッジ・オブ・オリエンタル・ メディスン,ニューヨークキャンパス(PCOM)
・日程:
3月7日(水)成田空港発
ニューヨーク経由バッファロー着 3月8日(木)UBにおいて研修
午後:ELI(English Language Institute)で授業参加 3月9日(金)UBにおいて研修
午 前:CAT(Center for Assistive Technology)お よ び CIRRIE(Center for International Rehabilitation Research Information & Exchange)を訪問
午後:ILP(Independent Living Project, Inc.)を訪問 3月10日(土)Niagara Falls観光
3月11日(日)バッファロー発ニューヨーク着 3月12日(月)PCOMにおいて研修
キャンパス内の施設見学
PCOMおよび米国内での東洋医学についての講義 3月13日(火)漢方薬局見学および自由活動 午前:東海岸最大の漢方薬局とその工場見学 午後:自由活動
3月14日(水)ニューヨーク発 3月15日(木)成田空港着 1.2 まとめ
訪問先個別の研修内容については、金堀准教授および参 加学生の報告に詳しいので、引率責任者として、ここでは 研修全体を総括する。
1.2.1 主な訪問先での研修で得られた成果について ○バッファローでは、高等教育機関(UB)やニューヨー ク州およびアメリカ国内における障害者へのサポート体制 について情報収集をすることができた。また、障害補償機 器や実際の障害者支援プログラムの一端にふれることもで き、より深い認識を持つことができた。また、UB学内の ELIでは、海外からの留学生に対する英語授業に参加する 機会を得たことにより、参加学生自らの英語学習への刺激 を受けるとともに、わずかな時間ではあったが留学生との 交流を図ることができた。
第 6 回筑波技術大学保健科学部アメリカ研修
障害者高等教育研究支援センター1) 保健科学部保健学科鍼灸学専攻2年2)
天野和彦1) 金堀利洋1) 中村文信2)
要旨:筑波技術大学保健科学部としては第1回、筑波技術短期大学視覚部時代からは通算で6回目のアメリカ 研修を平成19年3月7日から同15日までの日程で行った。
研修期間の前半は大学間交流協定締結校のひとつであるニューヨーク州立大学バッファロー校(UB)を訪 れた。訪問した学内の障害補償支援センターやニューヨーク州西部生活自立支援センターでは、高等教育機関 やニューヨーク州・アメリカ国内における障害者支援や社会自立について理解を深めた。語学研修センターで は実際の授業に参加する機会を得た。
期間の後半は場所をニューヨーク市に移して、参加学生自らの立案により、東洋医学に関するプログラムを 提供しているパシフィック・カレッジ・オブ・オリエンタル・メディスン(PCOM)を主たる研修先として訪 問した。そこでは、アメリカ国内での東洋医学の現状と今後の展望などについて理解を深めた。
キーワード:海外研修,視覚障害,ニューヨーク州立大学バッファロー校(UB),
パシフィック・カレッジ・オブ・オリエンタル・メディスン(PCOM)
を紹介・実演したところ、先方が非常に高い関心を示し相 当時間の意見交換をはかるなど、これまでの研修とは異 なったアプローチが見られた。今後の研修において、また 今後の大学間交流の積極的な活用を図る上でも、新たな一 歩であったと考えられる。
○ニューヨークでは、東洋医学に関するプログラムを提 供している大学を訪れた。アメリカ国内での東洋医学に対 する認識や東西医学の統合、今後の展望など興味深い話を 聞くことができた。同大学は学部学生の受け入れだけでな く、大学院も持っているとのことで、今回の参加学生は留 学の希望もあり、今後への大きな刺激を受けるとともに有 意義で充実した研修となった。
○ニューヨークでは、学生自らがプログラムを企画・立案 し、それを引率教員がサポートして遂行する形を取った。
参加学生が1名であったことや本人の意識が高かったこと もあり、積極的に所属学科の教員や英語教員からのアドバ イスを受け、非常にユニークなプログラムを企画してくれ た。このプログラムを計画・遂行できたことにより、参加 学生にとって、英語学習はもちろん、これからの大学生活 への大きな刺激と自信を得ることになったと思われる。
1.2.2 その他の反省や課題など
○事前指導:5分程度の英語での自己紹介、現地の地理 や気候、訪問先の概要、ニューヨークでの研修企画、の4 点に焦点をおいたレポートを作成させた。それをもとに ミーティングを重ね、レポートの内容を濃いものにしてい くことで、研修への意識を高めることができたと考えられ る。特に、学生参加型プログラムとして、学生自身に任せ たニューヨークでの研修企画に関しては、本当に素晴らし いプログラムを計画してくれた。
○英語について:読むことについての不安はそれほどな かった(英検2級)が、聞くことについてはもっと時間を かける必要があった。特に、機内や出入国など不可避な場 面設定でのシミュレーションは最低限行っておくべきであ ろう。
○渡航準備について:参加学生の障害程度にもよるが、
長時間の移動である飛行機の座席に関して、トイレの近く にしてもらうことや研修参加者にまとまった座席を指定し てもらうなどの手配をあらかじめ行っておく必要があるだ ろう。
また、今回は研修期間中にサマータイムへの移行があり、 そのニュースに気づいていなければ、フライトをミスする などの可能性もあった。
および研修プログラムともに十分に余裕のある計画にする 必要がある。実際今回の研修でも、ニューヨーク発バッファ ロー行きのフライトが大幅に遅れたため、現地到着が午前 1時を過ぎることになった。また、言葉や習慣などすべて において慣れない場所での活動であることを考慮し、ゆと りのある活動計画をたてることを提案したい。
○危機管理体制について:2001年に起こった米同時 多発テロ以降、やり過ぎとも思える厳重なセキュリティ チェックを見るたびに、常にテロの危険が隣にあることを 認識させられる。学生をあずかる立場として、安全確保を 最優先にしなければならない。今後、米国研修に限らず、
大学行事としての海外研修について、どの部局がどういう 基準を持って渡航の可否を最終決定するのかというシステ ムづくりを検討してもよいのではないかと考える。
また万一、現地で不慮の出来事に遭遇したときの連絡 ルートや行動マニュアルなどの策定も提案したい。少なく とも、引率責任者に現地と日本で通話可能な携帯電話を持 たせておく程度の手段は講じられてもよいのではないかと 思われる。
2.引率教員として(金堀利洋)
2.1 総 括
学生の引率を行なうのは今回が初めてで、緊張した日々 を迎えると覚悟していたが、同行者に大変恵まれ思いのほ か快適で大変有意義な研修旅行を経験できた。特に中村君 の渡米前から渡米直後の不安いっぱいの様子から、次第に 力強く成長していき、最後には自ら警官に写真を頼みに行 く姿には感動すら覚えた。
また自らの研修旅行として得られたものも大変大きい。
日本とは違うアメリカでの「障害」の大きな要因として戦 争や薬物が頻繁に挙げられていたのが印象に残っている。
戦争はともかく薬物に関しては今の日本の現状からしてそ う遠くない現実と思われ考えさせられるものがある。
日本とアメリカでは「平等」というものに関する考え方 が徹底的に違うように思われる。アメリカでは「平等」は 至極当然の権利であり、また他人の「平等」を実現するの も当然の義務であるかのように支援し、さらにそれを州・
国レベルで行なうためにシステムを構築しているように感 じられた。やることがダイナミックである。日本では支援 のレベルが市民・団体レベルに留まっているものが多く、 細やかな配慮がなされていたりするが、ローカルなもので 終わってしまっているように思われる。
保健科学部アメリカ研修
今回、観光と呼べるものはバッファロー滞在3日目のナ イアガラ観光とニューヨーク2日目午後の自由活動であっ たが、観光と言えども慣れない外国の地では休息とは言え ず、実質休みなしの日程であった。内容の濃い研修日程で あったが、体調管理や今回実際にあった飛行機の遅れなど を考えるともう少し余裕のある日程であってもよかったの かもしれない。また、今回の研修旅行がこのような成果が あげられた要因としては、学生参加型のプログラムを計画 したこととそれに応えて自ら研修先を見つけてきた中村君 の熱心さによるところが大きかったものと考えられる。
2.2 バッファローにて
バッファロー初日は中村君をUBのELIに一人残し天野 准教授と学内の見学を行なった。少々不安も残ったが、後 から考えるとここでの経験が後々の見違えるような成長に つながったようである。
見学中に「健康フェア」なるものが開催されており、そ の中でも摂食過多による糖尿病に関する展示が目に付い た。また、健康食として豆腐が紹介されていたが、その中 で「いかにして豆腐が入っていることを隠すか」というよ うな料理法が紹介されており、少々疑問を抱いたことを覚 えている。
2日目は以下に紹介するUB内の別キャンパスにある CIRRIEとCAT、そしてILPを訪れた。
2.2.1 CIRRIE と CAT
CIRRIEとCATは共にUB内の部局である。「アメリカと 多国間とのリハビリテーション研究・支援に関する情報・
技術の共有」をCIRRIEは目的とし活発な活動を行なって いる。Stone先生から説明を受けた。特に印象に残ってい るのはマイノリティへの配慮である。障害だけでなく、非 常に多くの国・人種、更には宗教が複雑に絡み合う国内の 事情に対して真摯に、そしてそれが当然の事であるとして 取り組む姿は同じ支援活動の一端を担うものとしては大変 刺激となった。
CATでは主に以下の活動を行なっており、それは我々 支援センターの活動と非常に近いものである:
(1)支援機器・技術の研究開発とその製品化
視覚障害向けだけでなく、その他の障害全般への支援機 器・技術の研究開発を行なっており、更に開発された機器 の製品化まで強く視野に入れている。自分の経験からも、
特にアメリカでは「より多くの人に使ってもらい、そのサ ポートをするため」に製品化するという考え方は非常に一 般的なもののように思われる。実際にATA(The Alliance for Technology Access)という障害者・支援者・研究者・
販売者からなる団体が存在し積極的に支援技術・機器の製
品化を支援している。
(2)支援機器の操作指導と情報提供
支援をされる側・支援を行なう側に対しての支援機器の 操作や情報・サービスの提供を行なっている。活動の一環 として、本学の障害保障教育室にあたると思われる部屋 に支援機器が並べられていた。機器としては拡大読書器や 点字ディスプレイ・スクリーンリーダはもちろん、特に多 いと感じたのは肢体不自由者向けと思われる様々なポイン ティングデバイスやキーボードで、額にマーカー(シール)
を貼り付け、それをWebカメラでトレースすることでマ ウスの操作を行なうものもあった。このように様々な肢体 不自由者向けの機器が用意されているのは、この部門の設 立の大きな目的の一つに「負傷兵(退役兵)の支援」があっ たためではないかと思われる。実際にキャンパス内の研究 施設には「veteran」という単語が多く見られた。これもま た日本とは全く違っている点である。
視覚障害者向けの機器に関しては障害保障教育室の方が 様々な機器を用意していたが、アメリカにおいてJAWSと 並んで使用されているスクリーンリーダ・Window-Eyesを 実際に見ることが出来た。
(3)教育機関・企業のアクセシビリティへの取り組みの 評価と指導
日本でも近年はアクセシビリティの重要さが浸透して きてはいるが、その先進国アメリカでは企業が積極的に CATといった機関にアクセシビリティの評価と指導を依 頼するというのはほぼ義務化しているようである。また教 育機関においても教材の作成などの指導もおこなっている とのことである。さらに支援機器・技術・サービスに関す る情報の普及・啓蒙といった多岐にわたる活動を行なって いる。
このCATにおいて以前国際会議でお会いしたCATの所 長であるLane氏と再会することができた。そこで我々が 開発している科学技術文書処理システムInftyの紹介を行 なった。このシステムは論文や教科書など数式の入った文 書を光学文字読取システム(OCR)を用いて認識し数式部 分も含めて読み上げ、更には読み上げだけを用いて数式の 入力も行なうことが出来るシステムである。このシステム について先方は関心を示し、貴重な意見交換を行なうこと ができた。その際、前述したATAを紹介され、このシス テムの製品化を勧められた。ATAは有効な支援技術・機 器に対して資金面の援助だけでなく、販売の際にはマーケ ティングなどの実務も請け負い、その普及を強力にバック アップする団体である。こういったATAに関してだけで も非常に有益な情報であった。しかし、既にこのシステム
の協議の結果、今回は支援を受けない事になった。
2.2.2 ILP
ILPとは障害者の自立支援を目的として設立された機関 である。施設内には様々な障害補償器具が台所・バスルー ム・リビング・寝室といった部屋にところせましと展示さ れており実際に使用してみることができた。ほとんどの器 具は日本のものとあまり変わらないように見えたが、薬に 関するものが少し多く目に付いたのはやはりアメリカで の薬物依存という問題の大きさが関係しているようであっ た。実際、今回施設を案内していただいた方の一人も、か つて薬物依存であったとのことだった。このように、この 施設ではかつては支援される側であった、ある意味一番 相手を理解することの出来る人間として支援する側に立た せ、なおかつ本人の自立をも支援することが出来るという 仕組みには感心した。また、製品だけでなくCATでお会 いした富田博士が提唱する「スマートハウス」という費用 をかけずに自立した生活を送ることを可能とする工夫を凝 らした器具も見ることが出来た。
施設の見学の後、ILPやアメリカでの障害者の状況につ いての説明を受けた。ILPでは車での送迎といった移動支 援や金銭的支援・就職のための技能訓練・生活環境の改善・
カウンセリングといった心のケアなど非常に多くの支援活 動を行なっているが、それらの最終的な目標は障害者の「自 立」である。どのような支援を行なっていてもそれは「自 立」のためである、という大原則があることを強く主張し ていた。
面白かったのはネイティブ・アメリカンに対して資金の 援助などを行なう際に、政府の人間からだと受け取らない が、同じネイティブ・アメリカンからだと受け取るという ことがあり、そのためもあり様々な人種のスタッフが働い ているという話だった。このようにこの国では人種・マイ ノリティという問題はどこにでもついてまわる問題のよう である。
2.3 ニューヨークシティーにて
バッファローでは主に支援技術やサービスについての研 修を行なったが、ニューヨークでは主に鍼灸を始めとする 東洋医学の現状について学んだ。ニューヨーク初日と2日 目の午前はPCOMを訪問しチャイナタウンにある漢方薬 の販売店を訪れ、午後はニューヨークの観光を行なった。 その際、PCOMで勉強されている日本人の田中知美さんに PCOMの案内やチャイナタウン・ニューヨークの案内をし ていただいた。また、アメリカで暮らす日本人の現状を聞
PCOMの訪問に関しては、まずその訪問先の決定からア ポイントメントまでの一切を中村君に一任した。少々乱暴 なように感じたが見事にその重責を果たし、結果として非 常に中身の濃い・貴重な取材を行なうことができた。その 詳しい内容については中村君の報告をご覧になられたい。
簡単な感想としては、キャンパスといってもニューヨー クのビル街の1棟に入っていてさほど大きな敷地ではな かったが、様々な年代の学生から感じる熱意は大きなもの であった。しかしながら、実際にキャンパスのスタッフ・
学生の話を聞いてみるとアメリカにおいて鍼灸を始めとす る東洋医学はまだまだごく一部での「流行りもの」・「神秘 的なもの」から次第に一般的なものになろうとしている始 まりの段階の手前にあるということが伝わってきた。それ 故に自らがパイオニアとして担っていこうという気概が熱 意として感じられたのかもしれない。
チャイナタウンでは「KAMWO」という漢方薬店を訪れ、 地下にある貴重な薬草の倉庫を見ることが出来た。これら の詳細についても後述の中村君の報告をご覧になられた い。
3.参加学生報告(中村文信)
3.1 はじめに
私が、アメリカ研修に志願した理由は大きく分けて2つ ある。ひとつめは、大学卒業後、漠然とであるが、海外 に渡り自分の世界や可能性を広げたいと考えているためで あった。留学前に一度、英語圏の生活とは、如何なるもの かを少しでも知りたかったのだ。ふたつめは、どうしても アメリカの鍼灸・視覚障害施設を自分の目で見てみたかっ たためである。日本にある視覚障害者施設や鍼灸大学はい くつか見学したことがあるので、アメリカと日本の違いに ついても大変興味があった。ただ、大学からの補助金がで るとはいえ、研修にかかる費用は決して安いものではない ので、私の中には、とても大きな葛藤があった。「アメリ カにいったら、何かが変わるような気がしているだけじゃ ないだろうか。」、「研修にかかるお金は、もっと有意義な 使い道があるんじゃないだろうか。」、「必ずしも自分の目 的が達成されるとは限らない。」など、色々な言葉が私の 中で渦巻いていた。自分のお金であれば、自由に使え、誰 にも気をつかう必要などないので、さして悩むことはな かったのだが、そのような大金は持っていなかったので、
親に頼らざるを得なかった。それが、上手く表現できない が、ひどく後ろめたくて、プレッシャーになっていた。
保健科学部アメリカ研修
研修を終えて感じることは、研修それ自体は決して楽な ものではなかったが、十分に得るものはあり、とてもよい 経験になったということである。特に、日本では決して経 験できない、言語的なマイノリティとしての体験、日本と は異なった障害者に対する価値観に触れた体験は、とても 貴重なものであった。
3.2 事前活動・準備
私はアメリカ研修のために、大きく分けて3つの事前活 動を行った。
まずは、英語である。英語で5分間以上自己紹介できる ように作文し、青木先生にもチェックしていただいた。本 を買って、英会話の準備もやれるだけのことは行った。
次に、研修先についての調査である。地球の歩き方やイ ンターネットを使って、ニューヨーク・シティ、バッファ ロー・シティ、UBについて調べた。この作業が一番面白かっ た。
最後は、ニューヨークでの訪問先を決めることである。
私は、ニューヨークで医療施設か鍼灸大学を見学したいと 考えていた。そのため、形井先生に相談して、ニューヨー クにあるPCOMという鍼灸大学を紹介していただき、ア ポイントメールを送った。その後、何回かやりとりをした 結果、訪問の許可を頂くことができた。しかし、この作業 は本当に疲れるものであった。手をつけるのが遅く、ニュー ヨークと日本の時間が正反対ということもあり、徹夜で メールをつくった日も何日かあった。その他にも、英文で 書かれたWebサイトを、とにかく読みまくった。はっき り言って、非常に面倒くさくて、大変でなものであったが、
今となっては本当によい勉強になったと思う。
3.3 バッファロー
アメリカ研修の出発当日、私たちは、バスでつくばセン ターから羽田空港に向かった。私にとっては生まれて初め ての海外旅行だったので、何もかもが新鮮で、少し怖くも 感じていた。入国審査では、目の写真をとられた点と、私 が白杖を提示すると係の人が、何の躊躇もなく列の順番を 早めてくれた点に驚かされた。アメリカのニューアーク空 港からバッファローに再度飛行機で移動すると、そこには マイナス9°Cの世界が待っていた。そしてついに、私の アメリカ研修が本格的に始まったのである。
3.3.1 ELI
バ ッ フ ァ ロ ー で の研 修 初 日、私た ち は、UBに あ る CIRRIEの責任者をされているStone先生に、ELIへ案内し ていただいた。ELIとは、英語圏以外で暮らす学生に英語 の授業を提供する施設である。ELIのクラスは5つに分か れており、主にTOEFLの得点UPを目指した授業が行わ
れている。クラスは午後1時から2時半まであり、3時か らは、チャットタイムという時間が設けられおり、そこで は、UBの学部生や大学院生と話をすることができる。私 が参加したクラスは、難易度的には真ん中のクラスで、13 人の学生が参加していた。中国や韓国など、アジア系の方 が多いように感じられ、日本人の学生も2名ほど在籍して いた。
授業開始前、授業を担当するエミー先生に授業の概略に ついて説明していただいた。その時エミーさんは、話すス ピードをセーブし、簡単な単語を選んで会話してくださっ たので、内容を理解するのにはさほど苦労しなかった。ま た、授業を始める前に、先生が自己紹介する時間を私に与 えてくれた。事前に準備していたので、5分以上は話せる 自信があったが、しかし、いざ本番となると緊張して、2、 3分しか喋ることができなかった。
クラスが始まると、まず、熟語を使って、文章を作る練 習をおこなった。使っている単語や構文自体はそんなに難 しくないようだったが、スピードが恐ろしく速くて、授業 の内容を追っかけるので精一杯だった。
次に、DVDをみて、その会話の内容を再現するという トレーニングをおこなった。この時間は、ほとんどついて 行くことができず、本当に授業を受けるのが苦痛で、泣き たくなった。しかし今思えば、この時の大挫折と劣等感が、
「英語をもっとやりたい。」というエネルギーと動機づけに 変わっているように感じられる。
最後に私たちは、グループに分かれて、大学生の転学・
編入の増加問題について話し合った。中国人の女の子の発 音がすごく聞き取りやすかったのが幸いし、ここでは、初 めて自分の意見を述べることができた。しょうもないこと であるが、本当に嬉しくて、一人で盛り上がっていた。
おそらく、日本人の心の中には、少なくとも私の中に は、英語を話せない事に対する特有の劣等感があるだと 思う。そのコンプレックスが、「変な英語を話したらどう
しよう...。」という恐怖を生み出し、コミュニケーション
に挑戦して、英語能力を上達させるチャンスをつぶしてし まっているのである。よくよく考えれば、日本にきたアメ リカ人に我々日本人は、正確な日本語など求めてはいない。 ほとんどの人は、ちょっと日本語のできる人よりも、明る くて接しやすい人を好むものだ。「英語に対して、必要以 上にコンプレックスをもたない。」、ELIのクラスで私が学 んだ最も大切なことである。
3.3.2 CIRRIE
バッファロー2日目の午前中、Stone先生は私たちに CIRRIEについて説明して下さった。CIRRIEとはUBの学
Classification of Functioning、Disability and Health(ICF) Utilization、Cultural Competenceの4つから構成されている。
最初のInternational Research Information部門では、アメ リカと他国間での、リハビリテーションや障害に関する研 究の情報や専門知識の交換、専門職員の派遣や研究者の受 け入れなどを行っている。また、情報をデータベース化す る仕事も行っており、アメリカ以外の事例も30000件以上 含まれているとのことである。
2番目のExchange Program部門では、アメリカと他国間 での共同活動をサポートする仕事を行っている。その中に は、障害者だけでなく、社会的なマイノリティである先住 民の子供などに対するケアも含まれているとのことであっ た。
3番目のInternational Classification of Functioning、Disability and Health(ICF)Utilization部門では、国際的な障害の定義 や規定を統一する仕事や、障害に関するワークショップを 行っている。
4番目のCultural Competence部門では、それぞれの国、
文化によって、どのように障害に対する考え方が異なるの かを調査し、その情報を医療従事者やリハビリテーション 提供者に与える仕事を行っている。実際の資料もStone先 生に見せていただいた。
もう少し事前にCIRRIEの役割や国際的な障害に対する 考え方などを頭に入れておけば、もっと深い部分まで学ぶ ことができたのではないかと思うが、何はともあれ、これ もひとつのよい経験になったと思っている。
3.3.3 CAT
CIRRIEの説明を受けた後、私たちはUB内にあるCATで、
様々な障害補償機器を見学した。施設内には、肢体に障害 を持つ方のための、「おでこの動きでマウスを動かす機械」、
「息でマウスを操作するための装置(吸気でWクリック、 呼気でクリック)」、「高さの変わる机」などがあった。
拡大読書機に関しては、日本のものと見た目はほとんど 変わらなかったが、黒色と黄色、青色と白色など配色の バリエーションが沢山あった。値段は、30数万円と日本 にあるものとほとんどかわらなった。他にも、キーの大き なキーボードや高齢者の方でも簡単に習得できるように、
キー配列をABC順に変えてあるキーボードなどがあった。
また、点字使用者は、日本と同様少なく、視覚障害者全体 の20%以下だそうである。主な理由は日本同様、視覚障 害の要因の多くが老化によるもので、高齢になって点字を 覚えることは容易ではないためだ、との説明を受けた。
マートハウス」という高齢の方でも、利用しやすい家の研 究をされているそうで、カーテンの開け閉めをする機械の 話が印象的であった。
3.3.4 ILP
バッファローでの3日目、私たちは、ILPを訪問した。
最初の30分ほどは、施設内にある障害補償器具を見学し た。また、ILPにあった補償器具のほとんどは、国立リハ ビリテーションセンターや盲導犬センターにあるものと同 じであったが、個人的には、ライトのついている白杖が最 も印象的だった。
事前に補償器具について、もっと詳しく学んでいれば、
日本とアメリカの補償器具の違いなどにも気づくことがで き、もっと多くのものを得ることができたのではないかと 思った。
3.3.5 ナイアガラツアー
バッファロー3日目に私たちは、ナイアガラをバスで見 学に行った。当日はあいにくの雨だったので、ナイアガラ は真っ白でほとんど見ることができなかった。それに加え、
英語でのナビゲーションに全くついていくことができな かったこともあり、ナイアガラで、私のフラストレーショ ンは最高点に達していた。天野先生や金堀先生には、本当 に迷惑をかけてしまったと思う。今回の研修で一番後悔し ているのが、このナイアガラツアーである。
3.4 ニューヨーク・シティ(NYC)
バッファローに3日間(移動日を除いて)滞在した後、
私たちは、飛行機でNYCに移動した。NYCには2日間(移 動日を除いて)滞在し、初日はPCOMを見学し、2日目は PCOMでお世話になった田中さんに、NYC内を案内してい ただいた。
3.4.1 PCOM 3.4.1.1 はじめに
PCOMには、日本からあらかじめメールで訪問のアポイ ントメントはとっていたので、当日は直接大学に伺って、
都合のよい時間を訪ねようということになった。訪問前日 に、事前に用意していた質問リストの再確認をし、PCOM での自己紹介の練習をしていたのだが、だんだん気持ちが 高ぶってきて、正直その晩はよく寝ることができなかった。
おそらく、度重なる英語コミュニケーションの挫折により、
PCOMでの研修に対する期待が不安にかわってしまってい たためであると思う。
訪問当日は、地下鉄を利用して現地に向かった。PCOM に到着すると、受付ではわりと落ち着いて自己紹介と訪問
保健科学部アメリカ研修
の目的を伝えることができ、肩の荷が下りた気分になった。
話し相手に対して初めて「もうすこし、ゆっくり喋っても らえませんか。」と伝えることができたのもこの時であった。
は じ め の2時 間は、職 員で あ るGina Leporeさ ん と Synthia Neiprisさんに学内を案内していただいた。そして その後1時間ほど、学生である田中知美さんとお話しさせ ていただいた。正直に言うと、GinaさんとSynthiaさんの お話の7割は、一方の耳から入って、もう一方の耳からぬ けていくような状態であった。だから、日本語を話してく ださる田中さんは、私にとって女神のような存在だった。 3.4.1.2 PCOM の概要
PCOMは、東洋医学・鍼灸学を学ぶために1986年にア メリカに設立され、現在では、シカゴ・ニューヨーク・サ ンディエゴの3つのキャンパスを持っている。鍼灸学と東 洋医学の博士、修士、学士課程などをとることができ、私 達が訪問したニューヨークキャンパスは、マンハッタンに ある21階建てのビルの2・3・5階に位置している。ビル の一角にあると聞いていたので、小さな大学を私は想像し ていた。しかし、実際に中に入ってみると奥行きがあり、
大変広く感じられた。ニューヨーク市は地価が高いため、
こういった形式の大学が一般的だそうである。また、セメ スター制をとっており、毎年1月・5月・9月の始めの週 から授業が始まるそうだ。
3.4.1.3 授 業
少人数制の授業を行っており、教師1名に対して、座学 では約20名、実習では15名、専門科目になると4名の生 徒がついて学ぶ形式をとっている。漢方に関しては、調合 方法から詳しく学ぶことができる。西洋医学系科目に関し ても、DNAの構造からガンの発生機序・要因などを学習 するなど、かなり専門的な領域まで踏み込むとのことであ る。一方、東洋医学に関する教科書自体は中国の教科書を 翻訳したもので、先生も中国で中医学をマスターしたドク ターが多いとのことであった。
また、卒業後独立開業を目指す学生がほとんどであるた め、経営理論やビジネス学などの科目もカリキュラムに多 く組み込まれている。授業の雰囲気は、学生の平均年齢が だいたい30才と高めであるためか、教授と学生との距離 が近く、よい意味で対等に話ができていたように感じられ た。
3.4.1.4 施 設
3.4.1.4.1 ON-SITE(大学付属クリニック)
ニューヨークキャンパス内にあるON-SITEは大変大き く、1年生から実習に参加できる。クリニックは、夜も含 めて週に6日開かれており、1週間に約500~600名の患者
さんが訪れるとのことである。施術室は全て個室になって おり、鍼は全てdisposableを使用していた。また、日本製 の鍼は他のものより5倍の値段がするのにも関わらず、一 番人気があるということであった。
学生の施術時間に関しては、全体で60分と決められて おり、最初の15分で問診を行い、次の5分で先生と治療 方針について話し合う。その後、30分で施術を行い、最 後の10分で鍼を抜いて、今後の治療計画について患者さ んとの話し合いが持たれる。実際に、施術しているところ を見学することはできなかったが、患者さんと施術者であ る学生がすごくうち解けあい、治療とは第一に、「明るさ」
が必要なのだろうなと、つくづく感じた。
クリニックでは、患者さんからの治療担当学生に対する 人気不人気があり、そういった競争の中で、技術を向上さ せ、実践的なスキルを身につけていくそうである。ちなみ に、学生は1日に3名まで患者さんをとることが可能で、
施術料金は学生が担当する場合は$40で、先生が担当する 場合は$60である。また、患者さんの基本情報に関しては 電子カルテとして管理しているが、残りのデータはペー パーで保存しているということだった。
3.4.1.4.2 OFF-SITE(学外研修施設)
PCOMは、OFF-SITEという学外研修施設を約20ほど持っ ている。ニューヨーク市内だけでも、6つのOFF-SITEが あり、エイズセンター、がんセンターや病院などが含まれ ている。3・4年次になった学生はこういった施設でエク スターン生として学び、様々な経験を積んでいく。私が2 日目に田中さんと訪れた「KAMWO」もその一つで、エク スターン生は、週に1回以上OFF-SITEを訪れるとのこと である。来院される患者さんも様々で、兵役や服役を終え た後の方、アルコールやドラッグ依存症の方なども多く来 られるそうである。また、エイズセンターを訪れる患者さ んの多くは、鍼によって、免疫力を高めることを目的とし ており、学生の中にも数名HIVに感染している方もいる とのことであった。
3.4.1.4.3 漢方薬調合室
PCOMには、部屋の棚いっぱいに薬草や鹿の角などをお いてある部屋があり、学生はここで漢方の調合方法を学ぶ。 私は漢方の材料である薬草を見たことがなかったので、と てもよい経験になった。
3.4.1.4.4 その他の施設
図書館には、書籍の他に、経絡経穴を学ぶための人体模 型、薬草のモデル、パソコンなどがあり、私が訪問した時 にはだいたい30名くらいの学生が勉強していた。また、
特に面白かったのが、学内に瞑想室という広い暗室があり、
に対して、一種の憧れのようなものを抱いているのではな いかと、その時ふと感じた。
3.4.1.5 キャンパスライフ
PCOMでは、授業料が年間約200万円ほどかかるため、
働きながら学校に通う学生がほとんどである。そのため、
修士号取得に5、6年かかることも珍しくない。1・2年生 の授業では、とにかく覚えることが多く、経済的な要因も あって、ドロップアウトしていく学生も少なくないそうで ある。実際、田中さんの学年では、入学時は60名いた学 生が現在同じクラスに20数名しか残っていないそうだ。
田中さんに、「学生生活はどうですか。」と尋ねると、「講 義は辛いの一言だけど、エクスターン生として患者さんと ふれ合うのが本当に楽しい。」と答えてくれた。
また、NYCは非常に家賃や地価が高いので、友人が数 人でひとつの家をシェアする学生が多いようだ。大学近く にはNYCが運営する障害者のための施設もあり、よく視 覚障害者が歩行訓練をしている姿を見かけるとのことで あった。また、英語能力に自信がない学生は大学の近くに 設置されている民間の語学学校に通っているそうだ。
3.4.1.6 アメリカ・NYC の東洋医学・鍼灸
ここでは、SynthiaさんやGinaさん、田中さんに聞かせ ていただいたアメリカやニューヨークでの鍼灸の話を大き く7つに分けて紹介する。
○鍼灸師の資格制度について:アメリカには日本のよう に、全米で統一した鍼灸の国家資格はなく、州によって試 験が行われ、州が資格を認定する。つまり、「ニューヨー ク州では治療できるけれど、アリゾナ州ではできない」と いった事態が起こりうるということである。さらに、資格 は終身制ではなく、カルフォルニア州の場合だと、2年に 1度の更新と30時間の講習が必要であるとのことだ。
○鍼灸師の職域について:アメリカには、先生について 修行を積み、技術を磨くという概念はなく、ほとんどの学 生が卒業後、開業を目指すそうである。しかし現実に治療 院を経営していくのは容易ではなく、例えば、PCOMでは 卒業後、約50%の学生しか、鍼灸師として生計を立てて いくことができないそうだ。要因としては、学費の返済で 開業まで手が回らなかったというものが最も多いとのこと であった。また、アメリカでは、ヘルスキーパーとして企 業に勤務したり、病院内で鍼灸師として働く人はほとんど いないそうである。
○漢方のとらえ方について:日本で、漢方は医師が処方 する薬品の一部として位置づけられているが、アメリカで
治療が認められている。ただしそのためには、大学で300 時間以上の漢方の単位を取らなければならない。特に、最 近漢方の効力が科学的に証明されるようになり、鍼灸より も漢方への期待が高まりつつあるとのことだった。
○鍼灸師の地位について:アメリカでの鍼灸師の社会的 身分は非常に高く、医師と同等の社会的評価を受けている。
主な理由は、アメリカ人のもつ「鍼は、新しい上に、3000 年の歴史がある。」という鍼灸や東洋医学へのイメージに よるものと考えられている。また、このイメージが、自然 主義的な思想に重なるという点も大きいと言われている。
特にニューヨークでは、「ヒーリング」や「気功」などを 好む人が多く、「霊気」をコントロールする資格が存在す るほどである。ちなみに、この資格は、約30時間の講習 で所得可能だそうである。こういった、西洋独特の東洋へ の憧れを背景に、アメリカで鍼灸は発展したのではないか と私は考えている。
○患者層について:大きく分けて、3点ほど日本との違 いが感じられた。1番目は、ストレスを理由に施術を受け に来る患者さんが大変多いという点である。ニューヨーカ
―は特にストレスを抱えている人が多く、「睡眠をとって、
生活管理をよくすれば、たいていの慢性疾患はよくなりま すよ。」と田中さんはおっしゃっていた。また、市として もストレス対策のために、無料でカウンセリングを受ける ことができる政策を行っているそうだ。2番目は、難病や 急性疾患を抱えた患者さんが多いという点である。この背 景には、アメリカの保険制度があると考えられる。特に、
ガン治療の分野で鍼・漢方は活躍しており、副作用を抑え、
放射線治療や抗ガン剤による治療の補佐的な役割で使われ ている。3番目は、日本では一般的であるスポーツの現場 で鍼灸を使った治療がほとんど行われていないという点で ある。スポーツ障害を持つ患者さんのほとんどが、医師に かかり、鍼灸師が治療することが全くないというわけでは ないが、非常に少ないそうである。
○アメリカの日本鍼に対するイメージについて:アメリ カでも、日本流の鍼はマイルドということで有名で、学生 にも、患者さんにも人気だそうである。しかし、アメリカ の鍼灸師は、日本鍼を、あまり深く刺さない施術方法だと 認識しているようであった。
○訴訟について:私は、以前よりアメリカは訴訟の国だ と聞いていたので、鍼灸関係の医療訴訟も非常に多いだろ うと予想していた。しかし、実際に訴訟はほとんど起こさ れておらず、起こされた訴訟も、施術には関係のないもの
保健科学部アメリカ研修
で、施術後の金銭上のトラブルなどが原因だとうかがった。
3.4.2 NYC 見学 3.4.2.1 はじめに
NYC2日目は、PCOMでお世話になった田中さんがご親 切に、NYCを案内して下さった。まず午前中には、PCOM
のON-SITEでもあるチャイナタウンの「KAMWO」とい
う漢方店と、漢方を販売しているスーパーを見学した。そ して午後には、ウォール街やグラウンド・ゼロ、自由の女 神像などをまわった。田中さんは、以前人権保護団体に所 属して活動されたこともあり、話をしていて本当に面白 かった。
3.4.2.2 「KAMWO」
「KAMWO」はNYCにある東海岸最大級の漢方店である。
東海岸の鍼灸師のほとんどは、薬草や漢方、鍼をここから 入荷しており、付属の治療院も持っている。店頭では、パ ルスや日本鍼、茶、亀の甲、人間の胎盤なども売っていた。
PCOMの学生も値段が安いため、よくここに薬草や、鍼を 買いに来るそうである。
次に、私たちは、田中さんもインターン生として一週間 に一回勉強しに来るという「KAMWO」内にある治療院を 見学させていただいた。治療院を経営されているのは台 湾出身のDr. Roger Tsaoという方で、カルフォルニア州や ニューヨーク州をはじめ、5つの州の鍼灸師免許をもって おられるそうだ。Dr. Rogerはもともと、生理学の博士課 程を取得するためにアメリカに渡り、その後、リサーチ関 係の仕事をされていたが、その時の先生が鍼灸をやってい たので、跡を継いで、鍼灸の勉強を始めたそうである。施 術に関しては、舌診と脈診が主で、問診はほとんど行わな いとのことであった。「KAMWO」の治療院では、実際の 施術を見学することはできなかったが、Dr. Rogerに台湾や、
台湾の鍼灸について聞くことができ貴重な経験ができた。
最後に私たちは、田中さんも一度しか見学したことがな いという地下にある薬草から漢方薬をつくる工場を見学さ せていただいた。地下室には、見渡す限りの棚にぎっしり、
バキュームパッグに保存された薬草が保管されており、そ の種類は、1400種類にも上るそうである。私たちが伺っ た時は、漢方薬を作っていなかったので幸いにも、さほど 臭いは気にならなかった。漢方薬を作り出す機械は予想以 上に小さく、薬草のほとんどは中国から輸入しているそう である。
3.5 研修まとめ
今回のアメリカ研修で、私は様々な経験をした。特に心 に残った点、考えさせられた点をまとめてみる。
まずは、英語圏での生活に関してである。今回の研修
で、私は初めて、言語的にマイノリティであることからく る劣等感、言葉が通じない恐怖を経験した。そのせいか、
研修のはじめの頃は、まわりの人と積極的にコミュニケー ションをとることができず、Stone先生とも挨拶ぐらいし かできなかった。しかし、研修半ば頃になると、「文法と か発音とかもうどうでもいいや。」と開き直ることができ、
Stone先生とも、ポーリー先生の話題で盛り上がることが
できた。
また、コミュニケーションにおいて反省すべき点が2つ ほどあった。ひとつめは、話がわからないのにわかったふ りをして、頷いたり、愛想笑いをしてしまう癖である。も しも、自分が日本語で海外の方と日本語で話をしていたと したら、わかったふりというのは、すぐに気づくと思うし、
いい気分のするものでもないと思う。ふたつめは、自分の 主張をもっと明確に相手に伝える必要があるという点であ る。アメリカには、日本独特の相手の気持ちを推し量るこ とを美徳とする文化はそれほど強くなく、そのため、「自 分は、視覚障害をもっているから、こういう補助が必要だ。」
ということなどを日本以上に、はっきりと主張しなければ ならないと感じた。さらに、会話の語尾がどんどん小さく なってしまう癖も反省点の一つであった。
とにかく、今回の研修は「英語の挫折研修旅行」と言っ ても過言でないほど私にとって厳しいものであった。しか しその分、大変大きな動機づけを得ることができ、日本で は決してできない体験ができたと考えている。
最後に、視覚障害についてである。私は、アメリカ研修 の間ほとんど、白杖を使用していた。視覚障害者であるこ とを明確に表現するためである。日本で白杖を使うことは めったにないので、一概に言うことはできないが、アメリ カでは、障害者を助けることが「善行」などではなく、「当 たり前」であるように感じられた。また、日本でしばしば 感じるマイノリティに対する「異物を見るような視線」が アメリカにはなかったように思えた。特にニューヨークは 色々な人種が混在しているため、マジョリティ、マイノリ ティという概念が希薄なのかもしれない。
今回のアメリカ研修は、はっきり言って私にとって楽な ものではなかった。しかしその分得るものも大きく、とて もよい経験になった。是非これからも、この研修旅行を継 続的に行っていただきたいと思っている。
文 献
[1] 青木和子,天野和彦他:第5回筑波技術短期大学視覚 部アメリカ研修.筑波技術短期大学テクノレポート,
vol.12:79-84,2005.
Sixth Study Tour to the United States of America by the Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology
AMANO Kazuhiko 1), KANAHORI Toshihiro 1) and NAKAMURA Fuminobu 2)
1) Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired
2) Student of the Department of Health, the Faculty of Health Sciences
Abstract: A group from the Tsukuba University of Technology visited the State University of New York at Buffalo (UB) and Pacific College of Oriental Medicine, New York Campus (PCOM) from March 7th to March 15th, 2007. This was the sixth such study trip. Two members of the Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired and one student from the Faculty of Health Sciences participated.
At UB, we toured the Center for Assistive Technology (CAT), which conducts research and provides education and services for adaptive devices and the student attended an actual class in the English Language Institute (ELI), which prepares international students for university study. We also visited the Western New York Independent Living Project, Inc.
In New York City, we toured PCOM and it was excellent. Actually, the participating student came up with this plan. The faculty member in charge had delegated the task of making plans to him. He did his best to create a wonderful program.
His individual impressions and a report are also included.
Keyword: Study tour, Visually impaired, State University of New York at Buffalo (UB), Pacific College of Oriental Medicine (PCOM)