争議行為制限・禁止の法理O
‑ 1 立 法 ・ 判 例 ・ 学 説 法 理 の 整 理 ー
争 議行 為制 限 ・禁 止 の法理(一)
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目次
序説争議行為制限・禁止立法の推移‑
第一部争議行為制限・禁止立法の法理
第一︑人命保護論
第二︑全体の奉仕者論
第三︑公共の福祉論(以上本号)
第二部︑争議行為制限・禁止の判例法理
第一︑判例法理の一般的動向
第二︑判例法理の推移
一公共の福祉・全体の奉仕者論
ー国鉄弘前機関区事件を中心にー
二公共の福祉論
ー国鉄三鷹電車区事件を中心に
三国民生活全体の利益論
i全逓・都教組事件を中心に1
四国民全体の共同利益論 高橋保
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ー全農林警職法事件を中心に1
第三部︑争議行為制限・禁止の学説法理
第一︑人命保護肯定論
第二︑全体の奉仕者否定論
第三︑公共の福祉制約論
一︑公共の福祉制約肯定論
二︑公共の福祉制約否定論
結論(以上次号)
1破壊法理と罪刑法定主義1
序説ー争議行為制限・禁止立法の推移‑
一︑周知のように︑戦後制定された日本国憲法は︑その第二八条において︑いわゆる官公労働者を含むすべての労働
者の争議行為を保障している︒しかし︑官公労働者の争議行為が︑ほぼ全面的に保障されていた期間は︑全く短期
間‑正確には七ヶ月ーにすぎない︒戦後の官公労働者の争議行為の歴史は︑立法上︑保障と発展の歴史ではな
く︑制限・禁止と停滞の歴史であったのである︒それ故︑官公労働者の﹁スト権奪還闘争﹂は︑長い歴史的意義を有
しているのである︒
ところで︑争議行為制限・禁止立法は現行法では︑労調法︑スト規制法︑船員法等の制限立法と︑国公法(地公法)︑
公労法(地労法)等の禁止立法に見出すことができるが︑今日に至るまでには︑いくつかの立法上の推移があったこ
とを指摘することができる︒大別すると︑0昭和二一年代の旧労組法および労調法︑ω昭和二二年から二三年代のゼ
ネスト禁止命令および政令二〇一号︑国昭和二一二年十二月の公労法の制定および国公法改正︑㈱昭和四一年代のIL
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〇八十七号条約の批准から現代︑の四つの段階に分けることができる︒以下︑それに基づいて︑争議行為の制限●禁
止立法の推移を概観してみたい︒
■[︑まず︑eの昭和二一年代の旧労組法および旧労調法であるが︑前者の立法は︑官公労働者の争議行為をほぼ全面
的に保障した解放立法であるのに対して︑後者の立法は︑これを制約︑剥奪した制限・禁止立法であった・しかし両
者の立法は︑いつれも昭和一一一年内において制定︑施行されているので︑立法上の推移の一時期を画したものとし
て︑挙げておきたい︒
さて︑戦後︑アメリカを中心とする連合国の占領政策の中心をなしたものは︑わが国における平和︑民主化政策で
あった︒そして︑さらに︑その平和.民主化政策の中心的な背景は︑わが国における後進的な労使関係であったとい
っても過言ではない︒なぜなら︑わが国の戦前の労使関係は︑封建制︑身分制を残存させていたし︑また︑それらの
イデオロギーを背景としながら治安維持法︑国家総動員法という労働運動に対する弾圧立法によって︑低賃金︑長時
間労働︑強制労働を実施していたからである︒そして︑これらの労使関係の実態は︑ソシアルダンピングを可能に
ヘヘへし︑戦争を誘発せしめ︑世界をして好戦国といわしめたのである︒かくて︑連合国は︑労使関係の平和・民主化政策と
しての対日労働鐘驚をうち出したので哲炉・これを受けて・昭和三年三旦日に・戦後の最初の労働立法であ
る労働組A口法(以下旧労組法と称する)が制定されるに至った︒そこで︑この旧労組法をみると冒頭に﹁本法は団結権
の保障及び団体交渉権の保護助成に依り労働者の地位の向上を図り経済の興隆に寄与することを以て目的とす﹂(第
一条第︼項)として︑その立法目的を規定している︒もとより本条第一項は︑労働者の経済的地位の向上のために・
すべての労働者に︑団結権︑団体交渉権のみならず︑争議権をも全面的に保障することを主たる内容としていること
は ︑ 彗 の 対 日 労 働 管 理 政 策 の 基 本 方 謝 凄 ら ず 本 法 の 争 議 行 為 に つ い て の 目 六体 的 な 保 護 規 定 か ら み て も 明 ら か
である︒問題はこの旧労組法の下で︑すべての労働者が争議行為を保障されていたかであるが︑この点は︑第三条で
労働者の定義を規定しているので参考となる︒つまり︑第三条では︑﹁本法に於て労働者とは職業の種類を問わず賃
金給料其の他これに準ずる収入に依り生活するものを謂ふ︒﹂と規定している︒そして︑この﹁賃金給料其の他これ
に準ずる収入に依り生活するもの﹂という労働者の中には︑当然官公労働者も含まれる︒したがって︑旧労組法の下
では︑官公労働者も︑争議行為を保障されていたのである︒しかし︑同法第四条は︑﹁警察官吏︑消防職員及監獄に
於て勤務する者は労働組合を結成し又は労働組合に加入することを得ず︒﹂と規定していた︒したがって︑官公労働
者のうち︑警察︑消防︑監獄各職員を除外したすべての官公労働者が︑争議行為を保障されていたのである︒
思うに︑旧労働法が︑官公労働者の争議行為の制限・禁止について︑警察︑消防︑監獄各職員に限定していたこと
は︑解放されるべき争議行為が︑その限りにおいて制限・禁止されていたという問題はあるが︑その制限.禁止を必
要最小限に止めたこと︑いいかえれば︑官公労働者に︑ほぼ全面的に争議行為を保障したことは︑高く評価されるべ
きである︒
しかし︑旧労組法が︑争議行為の制限・禁止をほぼ全面的に解放したものの︑わずか七ケ月後︑すなわち昭和二一
年九月二七日に制定された労働関係調整法(以下旧労調法と称する)によって︑官公労働者の争議行為は制限.禁止さ
れるに至ったのである︒以後︑現在に至るまで︑争議行為制限・禁止の時代が継続するのである︒ときに︑旧労働法
の制定は︑当地の政府の無為無策に基因した︑食糧難とインフレの促進という社会的地盤もてつだって︑労働組合の
組織化の集中とそれに伴う労働組合運動の一層の激化をもたらした︒すなわち︑旧労組法が制定された年の八月から
九月にかけて︑国鉄労組争議︑海員組合争議の二大労働争議が行われ︑それが前哨戦となって︑当時﹁十月攻勢﹂と
称された電産争議を中心とする大規模な共同闘争が実行されたのである︒これらの大型争議に対して︑政府は︑次の
態度をとった︒すなわち︑﹁電気産業の性質上ストライキが国民一般の生活に甚しい迷惑を及ぼすこと及び︑当時よ
うやく復興の緒につきつつあった産業全般に︑大きな障害を与えることを心配して︑できるだけ争議行為を防止する
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へ3)こと﹂であった︒これらの政府内外の情勢を背景として︑政府は﹁労務法制審議会﹂を設置し︑労働関係調整法の法
案要綱の作成を命令し︑そして︑第九〇回議会で旧労調法を制定せしめたのであ死旧労調法の施行期日は・若干遅
れたが(同年+月三日施行)︑この法律は︑従来の官公労働者の争議行為に重大な二つの変更をもたらしたのである︒第
↓に︑旧労働組法の下では︑公益事業に従事する労働者は︑自由に争議行為を行い得たが︑旧労調法の下では︑その
争議行為が制限されたのである︒すなわち︑旧労調法第三七条は︑﹁公益事業に関し︑関係当事者が争議行為をなす
には︑第︼入条第一項第一号および第三号の規定によって調停の申請をなし︑その申請をした日又は同項第四号の決
議若しくは同項第五号の請求がなされた目から︑三十日を経過した後でなければならない︒但し︑争議行為の発生中
にその事業が第八条第二項の規定によって公益事業として指定されても︑その争議行為については︑この限りではな
い︒﹂と規定している︒これにより︑旧労調法の下での公益事業に従事する労働者は次の二つの要件を充足しない限
り︑争議行為をなすことができなくなった︒一つは︑争議が労働委員会の調停に付されること︑二つは調停の申請︑
決議又は請求があったときから︑三十日を経過すること︑である︒因に︑当時の公益事業の範囲は︑0︑運輸事業︑
ω︑郵便︑電信又は電話の事業︑倒︑水道︑電気又は瓦斯供給の事業︑㈲︑医療又は公衆衛生の事業︑等で︑公衆の
日常生活に欠くことのできないものであった(旧労調法第八条)︒なお︑この点は現行法と同じ(労調第八条第一項)︒い
ずれにせよ︑旧労調法は︑公益事業に従事する労働者の争議行為を制限したのである︒なお︑その制限の論拠につい
て︑末弘博士は︑次のように指摘されている︒つまり︑﹁公益事業⁝⁝中略⁝⁝は︑﹃公衆の日常生活﹄に関係すると
ころ多く︑その正常な運営が阻害されることは⁝⁝一般普通の事業に違って⁝⁝ひとり関係当事者にとってのみなら
ず︑一般公衆の日常生活に影響を与えるところが大きいから︑一般の事業に於けると異って︑抜き打ち的に争議行為
(5)をなすことを禁止し﹂たのであると︒
第二の重大な変更は︑警察官吏︑消防職員および監獄勤務者と並んで︑いわゆる非現業の国または地方公共団体の