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儒教の環境思想 佐 久 間 正 *

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長崎大学総合環境研究 創 立10周年記念特別号 pp.99‑110 2007

儒教の環境思想

佐 久 間 正 *

EnvironmentalThoughtinConfucianism

TadashiSAKUMA Abstract:InthisarticleImakethefbllowlngpOlntS:

(1)Confucianismhasaclearconsciousnessoftheneedtoconservelife;timelyandsuitableuseofliving thingsisregardedasthebasisofvirtuouspolitics.

(2)Confucianism seesHeavenandEarthasthefatherandmotherofallthings,astheirorigin.

(3)LivingthingsareseenasbeingproducedandnurturedbyHeavenandEarth,andamongsuchliving things,humanbeingsareheldtoreceiveparticularfavorfrom HeavenandEarth・Forthisreason humanbeingsaretermed "thespiritofthemyriadphenomena〃and "childrenofHeavenandEarth・"

EvidenthereisconsciousnessofboththedignltyOfhumanbeingsandtheirequality.

(4)Inthisworldthathumanbeingsandotherlivingthingsmaketheirhome,humanbeingsareobligated tolovetheirbloodrelatives,peopleingeneral,andotherlivlngthings.Acleardistinctionmarksthese threefわrmsoflove.

(5)KaibaraEkiken'SenvironmentalthoughtwasbasedonthatofConfucianism,asdescribedabove.His orlglnalityliesinthewaylnWhichthoroughlydigestedConfucianenvironmentalthoughtandgaveit acoherent,systematicstructure.

Keywords:Environmentalthought,Confucianism,RelationbetweenHeaven‑Earthandhumanbeings, Humanity(仁),Distinctionoflove,KaibaraEkiken(貝原益軒)

は じめに

合成化 学殺 虫剤 の大 量散布 に よる生態系 の破 壊 を鋭 く告発す るとともに、様 々な生物 の複雑多様 な 結 びつ きに よって成 り立 ってい る 自然 界 のホ リス テ ィ ックな有様 を生彩 ゆたか に描 い た RachelL.

carsonSILENTSPRINGlの刊行 され た1962年 は、

多 くの人 々によって、生態学的危機 を告発 し環境保 全 を主張す る現代 の環境 運動 の始 ま りとされ てい 2。環境運動 の発展 に促 され、既存 の学問 ・科学の あ り方 を批判す る中で環境学 environmentalstudies も登場す るが、その一領域 である環境思想史研究の

*長崎大学環境科学部

受領年月日 2007314日 受理年月 日 200758日

嘱矢 は、現代 の生態学的危機 の思想 的淵源 として、

人 間 に よる 自然 の搾 取 を神 の意 志 で あ る とす るキ リス ト教 的世界観 の 「人間中心主義」を厳 しく批判 した1967年 のLynnWhiteJr.TheHistoricalRootsof ourEcologicalCrisis3と言 って よいo同論文では、キ

リス ト教 的世界観 の 「人 と自然 の二元論」に基づ く

人間 中心主義」 に対す るもの として、 「古代 の異 教や (ゾロアスター教 を除 く)アジアの宗教」が指 摘 されていた。

1973年 に刊行 され たE.F.SchumacherSMALLIS BEAUTIFUL4の 「第 四章 仏教経済学」では、 「唯物 主義」 を基調 とす る 「現代経済学」に対 し 「簡素 と 非暴力」 を旨とす る 「仏教経済学」の積極 的意義が 述べ られ てい るが、現代 の環境思想‑の仏教の寄与 とい う視 点は彼 か ら始 まる と言 って よい。 同年 、そ の歴 史 的 なマ ニ フ ェ ス トで あ る TheShallow and

一 99‑

(2)

DeepLong‑rangeMovement5を発表 し、欧米の環境思 想 の主要 な潮流 の一つ となったDeepecologyを創 唱 したノル ウェーの哲学者AmeNaesもまた、ガ ンジ ー をは じめアジア思想‑の関心 を示 してい る

同 じく 1973年 に刊行 された、前述 のホワイ トの キ リス ト教理解 を批判 し、環境破壊 に対す る西欧の キ リス ト教的伝統の二面性 を指摘す るJohnPassmore MAN'SRESPONSHIBILITYFORNATURE6は、「自 然崇拝 の伝統があるに もかかわ らず 、今 日の 日本 ほ ど生態学的な破壊 の顕著 な ところは どこにもない

(307頁) と指摘 し、 日本 の研究者 に 「自然崇拝 の 伝 統」(神道) の環境 思想 史的意義 の解 明を提起 し 。1983年 に刊行 された、重厚 な思想史的研 究で あ KeithThomasM4NANDNATURALWORLD7も、

この よ うなパ スモ アの問題 意識 を継 承 し、 「現代 で も、 日本人 は 自然 を崇拝 してい るといわれてい るが、

に もかか わ らず 日本 の工業 的汚染 を阻止 で きなか った。生態学的問題 は西洋 固有の ものではない」(23 頁) と指摘 している。

1989年 に欧米の環境倫理思想 史 を概観 した THE RIGHTSOFNATURE8を刊行 したRoderickNashは、

その 「日本語版 の序文」で、環境倫理学が学問 と し て明確化 され、現実問題 ‑応用 され るためには、「 洋 の哲学 と西洋 の哲学 との融合が必要であると述 べてい る。1993年 に刊行 されたAlainLipietzVERT ESPERANCE9は、 「東洋 的 な 「高い ところに立 って 物事 を眺 める意識」す なわち、個別 的な結果 よ りも む しろ全体の大 きな運動 を重視す る見方」を責任 回 避 的 と批判 しつつ、 「東洋的な 「全体 (Tout)と ド ス トエ フスキー的な 「他 の誰 よ りも責 めを負 わねば な らない私」 とを融合す ることは、おそ らく21 紀 に とってい ちばん大 きな道徳 的課題 にな るだ ろ 」(23‑24頁) と指摘 してい るが、 この リピェ ッ ツの理解 は東西思想 の 「融合」の方 向性 を示す一例 と言 えよ う。2001年 に刊行 された JoyPalmer編 の FIFTYKEYTHINKERSONENVIRONMENTIOは、紀 元 5世紀 頃の仏陀か ら 1952年生まれ のイ ン ドのエ コロジス ト、 ヴァンダナ ・シヴァに至 る環境思想家 について論 じた ものであるが、アジアか らは以上の 2人 に加 え、荘子、王陽明、芭蕉 、タゴール、ガ ン ジーが取 り上げ られてい る。

こ うした 中で、 日本 環境 思想 史 に関す る研 究 は 1990年代 に入 り漸 く姿 を現 し、90年代後半にな る と、中国 をは じめアジアの研究者 との環境思想 に関 す る共同研究 も登場す るよ うになる。99年 に刊行 さ れた農 山漁村文化協会編 『東洋的環境思想 の現代的

昔義』 (農 山漁村文化 協会) は、前年 と前 々年 の2 回にわた り杭州大学 (現漸江大学)で開催 され た国 際シンポジ ウム 「東方伝統環境思想 的現代意義」の 記録 だが、アジアの環境思想 を具体的に考察 した も の として先駆的な もの と言 えよ う。 また、同年 、 日 本仏教学会編 の 『仏教 にお ける共生 の思想』 (平楽 寺書店) が刊行 され るが、既 に指摘 した よ うに、仏 教 の所 説 を環境 思想 として どの よ うに捉 えてい く のかは極 めて重要な問題 であ り、同書 はその よ うな 取 り組 み‑の本格 的 な第一歩 と言 えよ う。 しか し、

環嵐 思想 史の視 点か らのアジア諸思想 の研 究、特 に 儒教思想 の考察 はその 「人 間中心主義」にも影響 さ れ、今 なお極 めて不十分であ り、前述 の 『東洋的環 境思想 の現代的意義』 も例外ではない。

さらに、1999年 、源 了囲 「熊沢蕃 山にお ける生態 学的思想」11が発表 された。彼 は、 「エ コロジー的発 想 を可能 にす る思想 が形成 され るの に必要 な思想 的条件 」についての 「作業仮説」 として、「(‑) 間を人 間界の生物 としてのみ捉 えるのではな く、 自 然界 の生物 として考 えること/ (二)人間 と人間以 外 の他 の生物 (動物 だけでな く植 物 も含 まれ る)、

場合 に よっては さらに広 く、他 の存在 との間に絶対 の障壁 を設 けない こと/ (≡)人間的生命 、 自然的 生命 を含 めて、生命体 の世界 には循環 の構造がある ことを認 めること/ (四)人間が 自然 の循環の営み の中に存在す るものであることを 自覚 して、その循 環 の輪 を断ち切 らぬ よ う、 自己を管理 し、宇宙内の 生物 と共生す る能力 を身 につ けて、人間 としての責 任 を果 たす こと」(27頁) を示 し、蕃 山に至 る 日本 の 「エ コロジー の思想」 を概観 した後 、 「日本 で初 めて‑ そ して恐 らく東 ア ジア儒 学世界 で も初 めて

‑ エ コロジー的発想 を したのは熊沢蕃 山であった」

(32頁)と評す る蕃 山の儒教理解 に言及 しつつ 「 態学的思想」 を分析す る。源論文 こそ 日本循環思想 史研究の本格的な惜矢 と言 えよ う。また、同論文は 環境 思想 と しての儒 教 につ いて考 え る上 で も示 唆 的である。

本稿 では以上の よ うな研究状況 を踏 まえ、環境思 想史の視 点か ら儒教の所説 を検討す るが、その具体 的考察 に入 る前 に、儒教 も しば しばその よ うに評 さ れ る 「人 間中心主義」anthropocentrismについて若干 述べてお きたい。環境思想 (史)研 究において、「 間中心主義」なる用語 を批判的な意味 を込 めて初 め て用いたのは、前述 のホワイ トの論文だが、それ以 降、生物 の絶滅や環境破壊 に至 る、 自然や人間以外 の生物 に対す る人 間 の行 動 を正 当化す る思想 のイ

‑ 100‑

(3)

儒教 の環境思想

デオ ロギー性 を指 して、それは用い られてきた。そ れ に 対 す る 用 語 と し て 、 「自 然 中 心 主 義 」 physiocentrism等が用い られ、現在 では 「人間中心主 義」批判 は環境思想 (史)研究では一種 ステ ロタイ プ化 した感 さえある。近年 では、この よ うな用語 を 安易 に用 い ることが反省 され、<自然 の根源性 ・有 限性>とく人 間の尊厳>の双方 を踏 ま えた方法的 自覚 が現れつつ ある12。 私 は、環境倫理学 の先駆者 であ る加藤 尚武 の主張す る環境倫理学 のテーゼ の一つ 、

人間にあっては個が、人間以外 の生物 にあっては 種が尊重 され なけれ ばな らない」13に賛 同 し、両者 が 対立 した場合 、究極的には人間の尊厳 が優位 しなけ れ ばな らない と考 えてい る。その意味ではあ くまで も 「人間中心主義」の立場 であ り、PeterSingerの言 う、 「人間 中心主義」 を さらに展 開 させ た 「種差別 主義」specismといった用語 には与 しない。

1 資源の適切な利用 と生物の保全

儒教の基本的内容が、その思想 内容 を拡大深化 さ せ た朱子 (1130‑ 1270)が端的 に指摘す るよ うに、

「己を修 め人 を治む るの道」(「大学章句序」)にあ ることは論 をまたないが、そ こには意外 なほ どに豊 かな環境認識 一環境思想 が認 め られ るのである。先 ず、儒教 のテ クス トにおいて、 自然資源 の適切 な利 用 と生物 の保 全 につ い て どの よ うに意識 され てい

るのか具体的に見てみ よ う

『論語』 では、 「子釣 りして綱せず 七 して宿 を 射ず」 (述而) と述べ られ 、稚魚 まで捕獲 して しま

う細かな 目の網 な どは用 いず、帰巣 した鳥は狙 わず 、 過剰 な漁獲や狩猟 を しない孔子 の行 動 が示 され て い る。 『孟子』 になるとさらに関連す る記述が多 く なる。孟子 は、梁 の恵王 に次の よ うに述べ、季節 の 推移 に応 じた適切 な農作業や 山林 の作業 を行い、稚 魚 は捕 獲 しない よ うに適 切 に配慮す る こ とに よっ て、穀物や材木、漁獲 を十分 に得 ることができるこ

とを指摘 してい る。 1

農 時 に遠 は ざれ ば、穀 は勝 げて食 ふべか らず。

べつ

数胃、袴池 に人 らざれ ば、魚髄 は勝 げて食 うべ か らず。斧斤、時 を以て山林 に人 らば、材木 は 勝 げて用ふべか らず。是れ民を して生 を養ひ死

を喪 して憾みなか らしむ るな り。生 を養 ひ死 を 喪 Lで 憾みなか らしむ るは、王道 の始 めな り。

(梁恵王上) 「数苦」細かい目の網。 「袴池」池。

魚篭」魚やすっぽん。

留意 してお きたいのは、適切な 自然資源 の利用 (

全)によって得 られ る生活 に必要な資源 の安定的な 供給 こそ人民が満足 した生活 を送 る前提であ り、王 道政治の始 めだ と孟子 が指摘 してい る点である。 こ の よ うな孟子だか らこそ、梁恵王上篇や膝文公上篇 に示 され るよ うに、民生 の安 定 を第一 とす る 「 産 ・恒心」論が述べ られ るのである。

次 に 「牛 山の木の誓 え」 として よく知 られ ている 告子上篇 の一節 を見てみ よ う。

らか

牛 山の木 も嘗ては美 な りき。其の大国に郊 きを 以て、斧斤、之 を伐 る。以て美 と為 るぺ けんや。

是れ其の 日夜 の息 う所 、雨露 の潤す所 に して、

げ ち

薪 ・葉の生ず る無 きにあ らざるも、牛羊又従い て之 を牧す。是 を以て、彼 の如 く濯濯たるな り。

人、其の濯濯 た るを見れ ば、未だ嘗て材 あ らじ お も

と以為はん。此れ豊に山の性 な らんや。 「薪 ・菓」

芽生え・ひこぼえ。「濯濯」草木の生えていないさま。

斉 の国の都 で あ る臨油 の南郊 にあ る牛 山は孟子 の 時代 には既 にはげ山だ ったが、かつて は樹木 が生い 茂 っていた。 ところが都 に近いために濫伐や過放牧 によってはげ山 となって しまった。人 は現在 のはげ 山の姿 を見て、ず っ と樹木 な ど生 えていなかったの だ と思 うだろ うが、山である限 りは樹木 が生い茂 っ ていたのだ と孟子 は言 う。濫伐や過放牧の危険性 を、

孟子 は確 かに認識 してい るのだ。 さらにここで も留 意 したいのは、続 いて孟子 が牛 山の変容 を心のあ り

やし

方 に誓 え、 「故 に 苛 くも其 の養 ひ を得れ ば、物 と して長ぜ ざるはな く、布 くも其の養ひ を失‑ ば、物

/

として消 きざるはな し」 と結論 し、 「養」の決定的 重要性 を指摘 してい る点である。牛 山の場合 な ら自 然の保全 、心の レベル で言 えば 「仁義の心」‑良心」

の滴養 で あ り、朱子 は 『孟子集注』 において、 「 木 ・人心、其 の理 は‑ な り」 と注 してい る。私 はこ の よ うな論理 にお け る 自然 を思想 的範型 と しての 自然 と捉 えてい るが、 この点 については後 に改めて ふれ るこ とに したい。

さらに、血縁 の人々 と一般 の人々 と人以外 の生物 に対 してふ るま うべ き態度 の違いについて、孟子の 述べ る ところを見てみ よ う。尽心上篇 の一節 では、

君子の物 に於 けるや 、之 を愛 して仁せず。民 に於 けるや 、之を仁 して親 しまず。親 を親 しみて民 を仁 し、民 を仁 して物 を愛す」 と述べ られ てい る ここ に見 られ るのは、 「愛物」 民」 親親」 とい う よく知 られた区別 である。 『孟子集 注』で朱子 は、

次の よ うに述べ、 「愛物」が禽獣草木 を資源 として 適切 に用 いることであ ると指摘 し、 さらに楊氏 を引 用 し 「理一分殊」 よって説 明 してい る。

‑ 101‑

(4)

物 とは禽獣草木 を謂ふ。愛 とは之 を取 るに時有 り、之を用いるに節有 るを謂ふ。・・・・楊氏 日 く、

其 の分 同 じか らず 、故 に施す所差等無 きことあ たはず。所謂理一 に して分殊な る者 な り。

後 にもふれ るが、朱子 は張載 の 「西銘」の 「存すれ ば吾れ順 ひ、没すれ ば吾れ寧んず るな りの注で、

墨子の 「兼愛 の弊」を批判 しつつ次 の よ うに述べ て いるが、血縁 の人 々 と一般 の人々 と人以外 の生物 に 対す る態度 を考 える場合、孟子及び朱子 においては

差等」がキー概念 であることがわか る 朱子 にお いては、それが特有の理一分殊説 に よって理論的 に 支 え られ てい るのである。

所謂分殊 は猶 ほ孟子の親 を親 しみて民を仁 し、

民を仁 して物 を愛す と言‑ るが ごとし。其の分 同 じか らず。故 に施す所差等無 きことあたは ざ るのみ。

次 に、儒教思想史 において しば しば孟子 と対比 さ れ る有子 の主張 を見てみ よ う。『苛子』王制篇 では、

王者 の政」王者 の人 (輔佐)」 王者の制」 者 の論 (倫) 王者 の法 (経済政策)が述べ ら れ、 「君 なる者 は善 く群せ しむ るものな り」 とい う 有子特有 の理解 を踏 まえ、 「聖主 (王)の制が論

じられ る 続 いて次の よ うに 「聖王 の用」が述べ ら れ る。

草木栄華滋碩 の時 は、則 ち斧斤 山林 に人 らざる けん は、其の生 を天せず、其の長 を絶 た ぎるな り。意

しゆ うせ ん よ う も う

義 ・魚篭 ・鯖 鰹 、孝別 の時は、同君 ・毒薬沢 に 人 らざるは、其の生 を天せず、其の長 を絶た ぎ るな り。春耕 ・夏転 ・秋収 ・冬蔵 、四者時 を失 はず、故 に五穀絶‑ず して、百姓余食有 るな り。

汗池 ・淵沼 ・川沢、其 の時禁 を謹む、故 に魚篭 優多 に して、百姓余用有 るな り。斬伐 ・養長其 の時 を失 はず、故 に山林童 な らず して、百姓余 材有 るな り。聖王の用な り。 「壷 ・」大すっぽん

と鰐の一種。「鯖 ・鰹」どじょうとうなぎ。「

別」

腹に卵を持ち、稚魚が独 り立ちする (時) 「童」草木 がないさま。

草木 が花 開 き葉 を繁 らせ 生長 す る時 には伐採 をせ ず、その成長 を中途 で絶つ ことのない よ うにす る。

魚 やす っぽん な どの産卵 時や稚魚 が独 り立 ちす る 頃には大小 の網や (魚 を採 る)毒 を沼沢 に入れ ない よ うに し、その成長 を中途で絶つ こ とのない よ うに す る。春 に耕 し、夏 に草刈 り、秋 に取 り入れ、冬 に 収蔵す る とい う四つ の農 作業 がそれ ぞれ 時 を失 わ なけれ ば、五穀 は絶 えることな く、人々は食糧 に余 裕 があるよ うになる。伐採や育成 (肥培管理) を適

切 な時季 に行 えば、山林 ははげ山にな らず 、人々は 燃料や用材 に余裕 があるよ うにな る。 ‑ このよ う に有子 は述べ る。 この一節 は、先 に見た 『孟子』梁 恵王上篇 の 「王道 の始」 を論 じた一節 と類似 してい るか ら、孟子 の場合 と同 じよ うに、生物 の保全や 自 然管理 、季節 の推移 に適切 に応 じた農作業が王道政 治の前提 として捉 え られてい るのは明瞭である。た だ し、苛子は、生物 の保全や 自然管理 を資源 の確保 とい う視点か らのみ主張す るのであ り、後 に詳 しく 述 べ る徳川 日本 の朱 子学者 貝原 益軒 の場合 の よ う に、生物 の保 全や 自然管理 をなすべ き人 の あ り方 が、範型 としての天地のあ り方か ら敷術 され るので はない ことに注意 してお きたい。

ところで、 この よ うな苛子 の 自然観 ・環境観 を高 く評価す る見解 がある。例 えば、先 に紹介 した 『東 洋的環境思想 の現代 的意義』 に収録 され た‑論文14

は、 「古代 中国にお ける 「天」 の観念 は、元来世界 の超 人 間的 な主宰者 を意 味す る神 秘 的宗教 的 な観 念であった。 したが ってかかる観念 の もとに 「天人 合一」 を唱える場合 、それ は結局 「天」の権威 ‑の 人間の隷属、 「天」 (自然)の支配下にお ける人間の 独 自性 の抹消に繋が らざるを得 ないであろ う この 点 においては、天象 と人事 との感応 関係‑の素朴 な 信仰 も、人間界 の事柄 をこ とごとく宇宙 (天) との 対応 において把握す る董仲野 (前漢)の 「天人相 関 説」も、道徳 の根拠 を 「天」の理法 に求 める孟輯 ( 秦)や末葉 (南宋) らの形而上学的 自然法理論 も、

基本的 に変わ りはない」 と指摘す る一方 、有子の天 人分離論 を、 「権威 的 ・神 秘宗教的 な 「天」の観念 を否認 し、これ をたんなる 自然概念 に還元 した」 こ とに よ り、 「人 間は 自然‑ の隷従 か ら解放 され た 自 立的な存在 として、外的 自然 (天)お よび内的 自然 (性) に対す る主体者の位 置 に立つ」 ものであると 理解す る (81‑82頁)。 そ して、先 に引用 した 『苛 子』王制篇 の一節 を 「エ コロジズムの歴史の うえで はま さに記念碑 的 とい って よい」 と高 く評価 す る (87頁)。私 は この よ うな苛子評価 には与 しない 15。

その理 由は、高 く評価 され る 『有子』王制篇 の一節 が 『孟子』梁恵王上篇 の一節 とほぼ同義であるとい うだけではな く、苛子の よ うな 「天人分離論」 よ り も孟子 に見 られ るよ うな 「天人相 関論」を環境思想 として評価す るか らである この点については後 に 改めてふれ ることに したい。

儒教 のテ クス トの中で、 『礼記』は適切 な 自然資 源 の利用 (保全) についてふれ る箇所が少 な くない が、王制篇 の天子以下の狩猟 を述べた箇所 では次 の

‑ 102‑

(5)

儒教 の環嵐 思想

よ うに述べ られてい る

(十月に)草木零落 して、然 る後 に山林 に入 る。

昆轟未だ塾せ ざれ ば、以て火 田せず、磨せず、

ころ

卵せず、胎 を殺 さず 、天を妖 さず 、巣 を覆‑ さ ず。「火田」草木を焼いて狩 りをすること。「」獣の 子。

草が枯れ木の葉 が落 ちた ら、山林 に入 り木 を伐 り始 める 昆 虫が穴にこもらない うちは草木 を焼いて狩 りをせず 、獣 の子や子 を孝 んだ雌 は殺 さず、鳥 の卵 を取 らず 、若 い獣は殺 さず 、鳥獣の巣 は壊 さない。

‑ これ は狩猟 をす る場合 の注意であ り、生物の保 全‑の配慮が示 されてい る。曲礼下篇 の狩猟 を述べ

べ い らん

た箇所 に も 「士は麿卵 を取 らず」とある。月令篇16

『呂氏春秋』十二紀の内容 とほぼ同 じであるが、四 季 の循環 にそった農事等 の年 中行事が述べ られ、 自 然 と生物 の保全‑の配慮 が散見す る。例 えば次 に見 られ るよ うに、一月 の条では、狩猟の際の注意 が記 され、二月の条では、山野池川 の保全 について記 さ れてい る

(一月)巣 を覆す ことな く、該轟 ・胎天 ・飛鳥 を殺す ことな く、磨す るこ とな く、卵す ること

つく

な し。 ‑‑ (二月)川沢を喝す こ とな く、被池 つく

を漉す ことな く、山林 を焚 くことなかれ。

また、祭義篇 には次の よ うに曾子 と孔子の言句が引 かれてい る

曾子 日く、樹木 は時 を以て伐 り、禽獣は時 を以

て殺す。夫子 日く、‑樹 を断 り、‑獣を殺す も、

其の時を以てせ ざるは孝 に非 ざるな りと

ここで も 自然 資源 を利 用す る際 の時季 の重要性 が 指摘 され てい るが、 この 「時を以てす」 とい う自然 資源 を利 用す る際の配慮 は、これ まで見てきた儒教 のテクス トに共通 に見 られ るものである。そ して、

そのよ うな意識 の前提 には、四季 の循環 を基軸 とす る 自然 の循 環 ‑ の深 い 関心 と生活 ‑労働 は四季 の 循 環 に則 るべ きで あ る とい う理解 が あ る と言 って

よい。

2 天地 と人

次に儒教のテ クス トにお ける天地 と人 との関係 、 換言すれ ば人間存在 の特質 について考 えてみ よ う。

『易経』繋辞下伝 で 「天地 の大徳 を生 と日ふ」 と端 的 に言 われ るよ うに、儒 教 の天 地観 の特質 の一 つ は、 「生生

「 造

化 」 化育」な どと言われ る万物 を生み育 む ダイナ ミックな働 きを中心 に天 地 を把 握す るところにある そ して、人 は天地 によって生

み育まれ るとい う点では他 の生物 と同 じだが、それ らと異 な りそれ らに もま して天 地 に厚 く育 まれ た 存在 であるとされ る。以上 について、 『書経』泰誓 上では 「惟れ天地 は万物 の父母 、惟れ人 は万物 の霊」

と端的に述べ られてい る 後述す るよ うに人 は 「 地の子」 とも称 され る こ うして、万物 の母胎 とし ての天地 、換言すれ ば天地 の根源性 と、人の尊厳性 の二点が押 さえ られ てい る こ とに留意 してお きた

『中庸』 (『礼記』中庸篇)では、首章冒頭 の 「 命之れ を性 と謂ふ」に象徴的に見 られ るよ うに、天 地 と人 との関係 につ い て しば しば言及 され てい る が、三者 の関係 を最 もよく示 してい るのは、朱子が

天道 を言ふ」章 とす る第 22章 (『中庸章句 よる)で あろ う。全文 を次 に引 てみ よ う。

唯だ天下の至誠 のみ、能 く其の性 を尽 くす と為 す。能 く其 の性 を尽 くせ ば、則 ち能 く人の性 を 尽 くす。能 く人の性 を尽 くせ ば、則 ち能 く物の 性 を尽 くす。能 く物 の性 を尽 くせ ば、則 ち以て

たすく

天地の化膏 を 賛 くべ し。以て天地の化青 を賛 く べければ、則 ち以て天地 と参 と為 るべ し。

ここでは、 「其の性 を尽 くす 人 の性 を尽 くす」

物 の性 を尽 くす」が、先 に見た 『孟子』尽心上篇 の 「親 を親 しむ」 民 を仁す」 物 を愛す」の場合 と同 じよ うに区別 され てお り、従 ってそ こには差等 性 が見 られ るとともに、それ らは人 の為すべ きこと

として人 に要請 され るもので もある そ して、 「 く物 の性 を尽 くせ ば、則 ち以て天地の化青 を賛 くべ し。以て天地の化青 を賛 くべ けれ ば、則 ち以て天地 と参 と為 るべ し」 と結論づ け られ るのである。朱子 は 『中庸 章句』で 「賛 は、猶 は助 の ごとし。天地 と 参 とは、天地 と並び立 ちて三 となるを謂ふ な り」 と 注 してい るが、 「天地 の化青 を賛助す るとは具体 的 にいかなるこ とで あるのか、 『朱子語類』巻 64

(中庸三) を見てみ よ う。

天地 の化青 を賛 けるとい うのは、人は天 と地の 真 ん中に居て、天地 と理 を一 に してい るけれ ど も、天 (地) と人 との所為 にはそれぞれ 自ずか ら分担があ り、人 のできることで、天 にはかえ ってできない ものがある 例 えば、天は物 を生 む ことはできるけれ ども、種 まきや耕作 には ど うして も人 を用 いなけれ ばな らない。水 は物 を 潤す ことができるけれ ども、潅概 には ど うして も人 を用いなけれ ばな らない。火 はよく物 を焼 くこ とができるけれ ども、炊事 には ど うして も 人 を用いなけれ ばな らない。 ほ どよく取 りはか

‑ 103‑

(6)

らって天地の働 きを助 けることは、人が しな け れ ばな らない。 これ らはみな賛助 にはかな らな い。程子 は、 「参賛」の意味は賛助 ではない と 言 ってい るが、 この説 は正 しくない。17

ここでは、 「天 (地) と人 との所為 にはそれぞれ 自 ずか ら分担がある」 とされ、 「人 のできることで、

天 にはか えってできない もの」について具体例 を挙 げ平明に説 かれてい る。 そ して、 「ほ どよく取 りは か らって天 地 の働 き を手助 けす る こ とが人 の為 す べ きこと」 とされ る。人 の営為 は天地の働 きの延長 上で、天地の働 きを賛助す ることとして位置付 け ら れ るので あ り、 「天地 と並び立ちて三 と為 る」 とい う人の主体性 は、あ くまで天地の全体的働 き と密接 に関連づ け られて捉 え られてい るのである。 自然 と 切 り離 され、 自然 と非連続 の人間の主体性 に重 きを 置 き、その よ うな主体 の確 立に<近代 的思惟>の歴 史 的意義 を見出そ うとす る、従来の研 究に しば しば見 られた立場 (先に見た 『東洋的環境思想の現代的意義』

所収の‑論文の所説を想起 していただきたい)か らは、

この よ うな人 間把握 の意義 は正 しく理解 され ない と言 って よい。 この点 については後 に改めてふれ る ことに したい。

先 に述 べ た万物 の父母 と しての天 地 とい う考 え に基づ き特有 の世界観 を簡潔 に述 べ た のが張我 の

西銘 」で ある。朱子 の注18を参照 しなが ら見てみ ともがら

よ う。 「民は吾が同胞 、物 は吾が 与 な り」の注 で 朱子 は次 の よ うに述べ てい る

惟 だ人のみ其の形気 の正を得た り。是 を以て其 の心最 も霊 に して、以て性命 の全体 に通づ るこ と有 り。並び生ず るものの中に於て又た同類 に して最 も貴 Lと為す。故 に同胞 と日ふ ときは則 ち其 の 之 を視 る こ と、 皆 な 己 が 兄 弟 の如 く す。 ‑‑惟だ吾が与な り。故 に凡そ天地の間に 形有 る者 の、動 の若 く植 の若 きの有情 ・無情 、

たが

以て其 の性 に 若 ひ其 の宜 きを遂 ぐるこ と有 ら まじ ざるな し。此れ儒者 の道、必ず天地に参 は り化 青 を賛 くるに至 りて、然 る後功用 の全 き と為 し て外 に強 うる所有 るに非 ざる所以な り。

人 は 「(天地の間に)並び生ず るものの中に於て又 た同類 に して最 も貴 Lと為す」とい う朱子 の指摘 は、

先 に見た 自然 の根源性 を踏 まえた人 間存在 の特質 、 す なわ ち天地 の根源 性 と人 の尊厳 性 を的確 に捉 え た もの と言 って よい。そ して、 「 (人以外 の生 物) は人 と 「並び生ず るものの中に於て又た同類 」 であるが故 に、 「以て其の性 に若い其の宜きを遂 げ ること有 らざるはな し」 とされ、 「此れ儒者 の道 、

必ず天地 に参 は り化 青を賛 くるに至 りて、然 る後功 用 の全 き と為 して外 に強 うる所有 るに非 ざる所以な り」と結論づ け られ る。 「外 に強 うる所有 るに非ず とい う文章 は天 地 の化 青 を賛助 す る こ との特質 を よく示 してい る

次 に、 「大君 は吾が父母 の宗子、其の大 臣は宗子 の家相 な り。高年 を尊ぶは其の長 を長 とす る所以、

孤弱 を慈 しむは其 の幼 を幼 とす る所以 に して、聖 は 其の徳 を合 し、賢は其の秀 でた るな り。凡そ天 下の 疲癌 ・残疾 ・惇独 ・鱗寡 は、皆吾兄弟 の顛適 して告

ぐるこ と無 き者 な り」の朱子の注 を見てみ よ う。

乾 は父、坤 は母 に して人 は其の中に生ず るとき は、ち凡そ天 下の人 は皆天地の子 な り。

是れ皆天地の子 を以て之 を言 うときは、則 ち凡 けい かん

そ天下の疲癒 ・残疾 ・惇独 ・鱗寡 は、吾が兄弟 の告 ぐること無 き者 にあ らず して何ぞや。「疲癌」

老衰の人。「惇独」兄弟のない者。「鱗寡」伴侶のいな い人。

先ず 「乾は父、坤 は母 に して人は其の中に生ず ると きは、則 ち凡そ天下の人は皆天地の子 な り」 と述べ られ、人は皆 「天地 の子」 として把握 され る。そ し て、 「是れ皆天地の子 を以て之 を言 うときは、則 ち 凡そ天下の疲療 ・残疾 ・惇独 ・鱗寡 は、吾が兄弟 の 告 ぐること無 き者 にあ らず して何ぞや」と結 ばれ る

ここには一種 の人 間的平等 の意識 を認 め る こ とが できる。徳川 日本 の朱子学者貝原益軒の人間的平等 の意識 を明瞭 に表現 した もの として、これ まで私 も

しば しば引用 してきた 『五常訓』巻 二の次の一節 も、

これ らに基づ くものであることは明 らかであろ う

此世ニムマ レテハ、高 キモイヤシキモ、皆 同ジ ク天 地 ノ子 ニ シテ 同 ジ人 ナル ニ、ナ カ ニ ッキ テ、不幸ナル人ハ、家マ ドシク財ナ クシテ、ツ ネニ衣食 トモ シク、朝夕 ウレヒクル シメ リ ツ年 アシク、衣食 トモ シク、ヤ シナ ヒタラズシ テ、世 ヲワタル ヨスガナキ人多 シ。 ワガ身幸ニ シテ、カ ヽル クル シ ミナ ク、カ レハ不幸ニシテ、

カ ヽル ウレヒニ シヅメ リ。彼 ノ貧民、タ トヒ疎 遠 ノ人ナル トモ、其 ノモ トヲタヅヌ レバ 、同ジ ク皆 ワガ兄弟 ノワビシキ人ナ レバ、アニカナ シ マザ ランヤ。19

西銘」末尾 の 「存すれ ば吾れ順ひ、没すれ ば吾 れ寧んず るな り」の注で、朱子が墨子 の 「兼愛の弊」

を批判 し、 「所謂分殊 は猶 は孟子の親 を親 しみて民 を仁 し、民を仁 して物 を愛す と言 うが ごとし。其 の 分同 じか らず。故 に施す所差等無 きことあたわ ざる のみ」 と述べてい ることは既 に指摘 した。

‑ 104‑

(7)

儒教の環境思想

以上見 て きた儒教 の天 地 一人 関係 論 の特質 をま とめてみ よ う。 (1)天地 は 「万物 の父母」とされ、

万物 の母胎 としての天 地 の根源性 が捉 え られ てい (2)人は他 の生物 と同 じよ うに天地 によって 生み育まれた存在であ るが、他 の生物 にもま して天 地 に厚 く育まれてい るが故 に 「万物 の霊」天地の 子」と称 され る 人 と他 の生物 は、認識能力や道徳 性等の有無 によって区別 され る。それ は朱子学では 理気論 に よって理論化 された。朱子 の 「(天地の間 に)並び生ず るものの中に於て又た同類 に して最 も 貴 Lと為す」とい う一文 は、以上の人 間存在 の特質 をよく示 してい る そ して、この よ うな人間把握 は 人 の尊厳性 の 自覚 とそれ を踏 ま えた人 間的平等 の 意識 をもた らしたのである (3)我 と人 と人以外 の生物 の棲 ま うこの世界 にお ける人 のなすべ き こ ととして、自らの道徳的修養 を前提 に、 『孟子』尽 心上篇 では 「親親 仁 民 愛物が要請 されて い る。それ らは明確 に区別 されてお り、いわば血縁 の人々 ・一般 の人々 ・禽獣草木 に対す る愛の差等性 が指摘 されてい るので ある。この場合 、朱子が、「 について 「物 とは禽獣草木 を謂ふ。愛す るとは 之を取 るに時有 り、之を用 うるに節有 るを謂ふ」 と 述べ、 「愛物」は禽獣草木 を資源 として適切 に用い ることで あ る としてい る こ とは環境 思想 史 の視 点 か ら特に注意 されてよい。 (4)我 と人 と人以外 の 生物 の棲 ま うこの世界 にお ける人 のなすべ き こ と は、 『中庸』第22章では 「尽性」 とされ、 『孟子』

の場合 と類似 して我 ・人 ・物 の場合 が区別 され てい る。人 は我 ・人 ・物 の 「尽性」をな し得れ ば、 「 地の化育」を賛助す ることにな り、天地 と並び立っ 存在 にな る。人 の営為 は天地の全体的働 きを賛助す ることとされてい るのであ り、いわば 自然的秩序 の 内に包摂 されてい る と言 って よい。

この よ うな儒教 の天 地 一人関係 の所説 を理論 的 に構造化 して述べ、環境思想史の視点か ら注 目され るのは、徳川 日本の朱子学者貝原益軒 (1630‑1714) の主張である。次に、環境思想 としての側面か ら益 軒の所説 を見てみ よ う。

3 貝原益軒の環境思想

貝原益軒は 『大和俗 訓』巻1の冒頭 で、人 とその なすべき 「人の道」を天地 と関連づ けて次のよ うに 述べてい る。 ここに論述 されてい る内容 は、彼 の思 想 の最 も基本的かつ中心的なもの と言 ってよい。

天地 は万物の父母、人は万物の霊 な りと尚書 に

聖人 とき給‑ り ‑・天地は万物 を うみ養ひ給 ふ 中にも、人 をあつ くあはれみ給ふ こと鳥獣草 木 にことな り、こ ゝを以て万物の うちにて、も は ら人を以て天地の子 とせ り。 されば人は天 を 父 とし、地を母 として、かぎ りなき天地の大恩 を受 けた り。故 に天地につか‑奉 るを以て人の 道 とす。天地 につか‑奉 る道はいかんぞや。お よそ人は、天地の万物 を うみそだて給ふ御 めぐ みの心を以て心 とす。此の心を名づ けて仁 と云 ふ。仁 は人 の心 に天 よ り生れつ きた る本性 な 仁 の理 は人 をめ ぐみ物 をあはれむ を徳 と す。此の仁の徳 をた もち失 はず して、天地の う み給‑ る人倫 をあつ く愛 し、次に鳥獣草木 をあ はれみて、天地の人 と万物 を愛 し給ふ御心、に し たがひ、天地 の御 め ぐみ のちか らを助 るを以 て、天地につか‑奉 る道 とす。 これすなはち人 の道 とす る所 に して、仁 な り。20

このよ うな益軒の所説 が張我の 「西銘」に基づ くも のであることは、次の 『五常訓』巻2の一節 に見 ら れ る益軒 自身の 「西銘」理解か らも明瞭である。

張子 ノ西銘 ノ意ハ、仁人 ノ天ニッカフマツル道 ヲイ‑ リ。 ‑‑凡 ソ西 ノ銘 ノ意ハ、ハジメ ヨリ 半マデ、人ハ天 ノ子ニシテ、天地万物皆我ガ一 体ナル事 ヲ トケ リ。半 ヨリ後ハ、天地ニッカ‑

テ、仁 ヲ行ナ フ道 ヲイ‑ リ21

先 に引用 した 『大和俗 訓』の一節では、天地の根源 性 に基づ き人間存在の特質が述べ られていたが、そ の要点をま とめてみ よ う (1) 天地は万物の父 母、人は万物の霊」である これは彼 もことわって い るよ うに、『書経』泰誓 に基づ く。そ して人は 「 物の霊」として天地 に厚 く育まれてい るが故 に、「 地の子」とも称 され る (2)このよ うに、人は 「 ぎ りなき天地の大恩」を受 けているか ら、 「天地に つか‑奉 ることこそ 「人の道」である。 (3)人 は天地の 「万物 を うみそだて給ふ御 め ぐみの心」を

本性」 として賦与 されてお り、 「仁」がそれであ る。ちなみに、 『朱子文集』巻67の 「仁説」も、「 地は物 を生ず るを以て心 と為す者 な り。而 して人 ・ 物 の生 も又 た各お の夫 の天地 の心 を得 て以て心 と 為す者 な り」 とい う文章 に始 ま り、 「天地 に在 りて は則 ち映然 として物 を生ず るの心、人 に在 りては則 ち温然 として人 を愛 し物 を利す るの心」 とい う一節 があるが、「仁説」を貫いているのは朱子特有の 「 は愛の理、心の徳 な り」 (『論語集注』学而篇、有子 日其為人也章) とい う仁の把握である。 (4) この 仁 の実践 こそ 「人の道」である 「天地につか‑奉 る

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