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* ナチス環境思想のインパクトードイツ環境運動と緑の党一

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長崎大学総合環境研究

1 0

2

pp.1 5‑23 2008

3

ナチス環境 思想 のイ ンパ ク ト ー ドイ ツ環境運動 と緑 の党 一

保 坂 稔 *

I mpa c torEnvi r onme nt a lThoughti nNa zi s

Ge r ma nEnvi r onme nt a lMove me nta ndt heGr e e nPa r t y‑

Mi nor uHOSAKA

学術論文】

Abs t r ac t

Thei mpa c tofe nvi r onme nt a lt houghta mongNa zi sha snota l wa ysbe e nc o ns i de r e dwi t hr e l a t i ont ot he Ge r ma nEnvi r onme nt a lMove me ntt husf a

r

.Oneoft hec a us e soft hi si sr e l a t e dt ot hei nf l ue nc eoft he 1 970S .Thes e ve nt i esha dama j ori mpac tone nvi r onme nt a lt ho ught .Fore xa mpl e,St one,Na e s s ,a ndSi nge r we r ea c t i vea tt ha tt i me.The r e f わr e,Ibe l i e vet ha te nvi r onme nt a lt houghtbe f or et he 1 970sha sbe e n unde r es t i ma t e d.Howe ve r ,ma nys t udi ess how t ha tt hel a wsf わrt hepr ot e c t i onofna t ur edur i ngt heNa z i Re gi mewe r ei nf a c tr e l a t i ve l ya dva nce d.Fur t he r mor e,t heGr e e nPa r t yi nGe r ma nyt oda yl Si nf lue nc e dby Ant hr opos ophy.Thi spa pe re xa mi ne st hei mpa c tofe nvi r onme nt a lt houghta mongNa z i sont heGe r ma n e nvi r onme nt a lmove me n

t.

Ke yWor ds :t heGe r ma nGr e e nPa r t y,Envi r onme nt a lMove me nt ,Na z i s ,Ant hr opos ophy

1.はじめに

環境保護 を考 えるとき,1

9 7 0年代の思想的転換が

着 目され ることが多い。日本において環境思想 を幅広 く簡潔にま とめた最初の著書 といえる鬼頭秀一の 『自 然保護 を問いなおす』 (

1 9 96 )

は,1

97 0年代の意義 を

強調す る(鬼頭

[ 1 9 96: 3 4] )。1 9 7 0

年代の転換のきっか けとなった環境思想 として鬼頭は,P・シンガーの 「 物解放論」(

1 97 3 )

,C・ス トーンの 「自然物の当事者 適格

」 ( 1 97 2 )

,A・ネスの 「デ ィープ ・エ コロジー」

( 1 9 7 3 )

3つを挙げている(鬼頭

[ 1 9 9 6: 3 5 ] ) 。特に鬼

頭は,シンガーやス トー ンの思想が, 「自然権

( n a t u r a l r

ig ht s )

の及ぶ倫理的,あるいは法的な射程を,動物や 植物, さらには 自然物にまで拡張 していこ うとす る」

(鬼頭

[ 1 9 9 6: 3 5] )

点で画期的であると考える。

*長崎大学環境科学部

受領年月 日 2007(平成19)1031 受理年月 日 2008(平成20) 3 5

そ してこのような

7 0

年代の転換を考えた場合,鬼頭 に とってみ る とそれ以前の思想 は,場合 によっては

ロマ ン主義的な感性 を共有す る部分 に訴 えかける 以上の ものはな く,希薄であった と言わ ざるを得 な い」 (鬼頭

[ 1 9 9 6: 49] )

のである。

しか し

1 9 7 0

年代に環嵐 思想が転換 した とす る主張 は,ともす ると ドイツ環境運動における右派のイ ンパ ク トを見落 とす ことにつながる(1)。 「自然保護 は保護 す る自然そのもののために行われ るべ き」とい う転換 は,動物 に限っていえば,すでにナチスの時代にみ ら れたか らである。実際に現在の ドイツでも,環境運動 の担い手である 「緑の党」が,環境思想 においてナチ ス と類似点があるとして批判 されている

( Li ns e[ 1 98 6

])

本稿は,ナチス環境思想の ドイツ環境運動に対する イ ンパ ク トについて,イ ンタビュー調査 を交えて検討 す ることを目的 とす る。今 日,ナチスにおける環境思 想 が生命 中心主義的であると位置づける論者 は多 く

(2)

み られ るが (た とえば,sax[2000]),これ らの研究 はあま り着 目されることがないのが現状である。まず 本稿では,環境思想をめぐる日本での現状を踏まえ, ナチスの環境思想 を文献的に整理す る (

2

節)

3節では,戦後 ドイツにおける環境運動草創期の状況 について触れる。そ して第 4節では,ナチスにおける 環境思想 の意義に関す る議論の訴求力 をさらに高め るため,筆者独 自のイ ンタビュー調査を踏まえて,緑 の党に対す るナチス環境思想のイ ンパ ク トについて 述べ る。ナチスの環境思想 を論 じている論者の中に は,ナチスを実際に体験 していない人 も存在す るた め,単に文献上の整理 に終始 しないことを筆者な りに 考えたためである。

イ ンタビュー対象者 は,まずナチス体験者であ り, 環境思想 に興味がある人 とい うことで緑の党関係者

とした (表参照)(2)。

表 緑の党インタビュー対象者の概要

ツインク氏 ○バーデン .ヴユルテンベルク2005/ (He汀 Dr.∫. 州緑の党 2/21 Zink) ○創設時より党員

○著書,テレビ出演多数

○83歳 (インタビュー時)

○プロテスタン トの牧師

ツエツヒヤ ○バーデン .ヴユルテンベルク2006/

‑氏 州緑の党 1/26

(FrauⅠ. ○現在, 「元代表会」会長 zecher) (Altersprasidentin)

○1984年より党員

○85歳 (インタビュー時)

○州元代表 (1987‑1993)

カナル氏 ○バーデン .ヴユルテンベルク2006/ (FrauDr. 州緑の党 1/26 G.Canal) ○創設時議長代行

(stellV.Vorsitzende)

○創設時より党員

○80歳 (インタビュー時)

〇人智学者

ハーグア‑ベ ○ブレーメン州緑の党 2007/ ツク氏 ○創設 時主要メンバー 1/30

(インタビュー順,右欄はインタビュー実施 日)

緑の党関係者 としたのは,一般の高齢者では環境問題 に関心がない人 もいることか ら,そもそもナチスの環 境思想 とい うテーマに抵抗がある人 もいると想定 さ れたか らである。緑の党党員であれば,環境政党 とい うことで環境問題 に関心があると考え られ ることに 加 え,緑の党 とナチスの異同に関す る論争についても 聞くことができると考えたためでもある。戦後60 の今 日にあってナチスを体験 した人は,80歳前後 と 高齢であ り,なおかつ1981年結成の緑の党の関係者

とい うことで,接触できたのは4人にとどまった。し か し接触できた 4人はそれぞれ戦後における ドイ ツ 緑の運動を代表す る人物であ り,貴重なインタビュー であったと筆者は考える。

2. 2 0

世紀初頭の環境思想

は じめにで述べたように,環嵐 思想が1970 以降に飛躍的な転換を遂げた とい う総括がある (3)。世 界各国の動物保護法の比較を試みた青木仁志は, 「ド イツ語圏 (とさらに西 ヨー ロッパ)における動物保護 法について語 る際には,ナチスによる強力な動物保護 立法政策の推進 を無視 してその歴史を描 くことはで きない」(青木[2002:160])と指摘 している。現代 ドイ ツの環境保護 を論 じるときに, ドイツにおける20 紀初頭 の動 きをみ る必要があるとい う主張をもった 研究は,青木にとどまらず,L ・フェ リ(1992)やA ・ プロムウェル (1989)など近年その数を増 している。筆 者は,ドイツの長年にわたる環境保護の流れをみずに

環境先進国」を理解 しようとすることでは不十分で あると考える。む しろ,環境保護 に取 り組む際に,誤 った指針を得 ることにつなが りは しないだろ うか。ド イツの環境先進国‑の道を理解するためには,とりわ 20世紀初頭の動きに着 目する必要がある。

B・サ ックスは,ナチスの環嵐 思想が生命中心主義 的であると主張す る。 「動物保護 に関するナチスの評 価は,人間中心の構図の拒否 ‑ 動物は人間の利益の ためではなく,動物それ 自体のために保護すべきとす る 考 え 方 ‑ で 明 快 を き わ め る 」 (Sax[2000‑2002:62]) うようにである(4)

ナチスにおいて,環境保護‑の取 り組みが,表面的 には今 日か らみて もかな りの水準であったことが指 摘 されている。 「1933年の動物保護法は良い法律 と みな され,1972724日に ドイツ連邦共和国が厳

しさをやや緩和 した法律でこれを置き換えるまでは, 旧西 ドイ ツでは若干修正 されただけで通用 した」

(Sax[2000‑2002:181]) またフェリは,ナチスにおい

(3)

ナ チス環境思想 のイ ンパ ク ト‑ ドイ ツ環境運動 と緑 の党 ‑

て実現 された 「動物保護法」 [1933], 「国家狩猟法」

[1934], 「国家 自然保護法」 [1935]な どの法律が,今 日か らみて大規模 な環境保護計画 と現実の政治的介 入の配慮を両立 させた,世界で最初のものであった と い う指摘 を している(Feny[1992‑1994:160]) さらに

リンゼは,ナチスで成立 したこれ らの法律によって,

郷土お よび 自然保護 の長年の望みがかなえられた」

(Linse[1983‑1990:42]) う主張を している。 「その (1933年)以来郷土お よび 自然の保護,発展す る

経済‑‑‑との妥協は,人種主義的な血 と土のイデオロ ギー に よって容易になった」(Linse[1983‑1990:39]) のであ り,ナチスのイデオ ロギーの中に,環境保護 を 支持す る見方があったことが うかがえるのである。今 日では多 くの論者が,結果はどうであれ,ナチスにお ける環境政策の水準の高 さを認 めているのである(5)

193311月24日に公布 された 「動物保護法」の 草稿 を執筆 した帝国内務省 の技術顧問であるC・ギー ゼ とW・カー ラーは,この法律施行 にあたっての内実 を,後に 「ドイツの動物保護法(Dasdeutsche Tierschutzrecht[1939])

う著作で明か している。

この著作の中で,ギーゼ らはこの法律の特色を,動物 自身が所有す る自分 自身のために保護 され る権利 を 認 めるとしている(GiesetndKahler[1939:18]) 彼 ら の考えによれば,それまでの動物保護 は,動物 を虐待 す る人間の感性 を保護す ることを 目的に していた。だ 1933年の動物保護法では,このよ うな人間の側の 事情を考慮す ることなく,動物 自体のために保護 され ることをは じめて明文化 した点が,動物保護 をめぐる 転換 を意味 しているのである。このよ うなギーゼ らの 主張を踏まえて,サ ックスは同法の特色 について,

動物は人間のためでな く, 『それ 自体のために』保 護 され ると明示 している」(Sax[2000‑2002:171])と指 摘 している(6)

動物 を不必要に苛めた り手荒 く虐待す ることを禁 ず る」とい う動物保護法のは じめの条文 (第 1部 1条

1

)を一瞥 しただけでは,動物が主人公 となってい るよ うな印象は受 けない。しか し,ギーゼが明 らかに している 「動物保護法」の主張によれば,この最初の 条文だけをみても,人間が脇に追いや られ,動物それ 自体を主人公 とす ることが明示 されているといえる。

いってみれば,動物が虐待 されない権利 が,は じめて 動物 自体のために与えられた といえる。

ナチスにおける環境思想 を研究 している

J

・ツイン ク博士に筆者 は,ナチスの環嵐 思想 について聞いてみ た。戦後は 「赤のツインク」と呼ばれ るほど革新的な

思想 の持 ち主であると位置づけ られ るが,著書やテ レ ビ出演多数であ り,バーデ ン ・ヴユルテ ンベル ク州緑 の党のブ レー ン的存在である。ツインク氏は,第

2

世界大戦 中は,ドイツ軍の空軍パイ ロッ トとして戦っ た。筆者 の 「木 と自然の権利はナチス当時対等だった のか」とい う問いに, 「そ うで した。木は保護すべき で した」 と答 えている。続いて, 「1970年代 に環境 思想が転換 した とい う説について どう思 うか」とい う 筆者の問いに, 「動物の保護 は1970年 よりも前で, 1920年代か らあ ります」 と答えて くれた。その具体 例 として,やは りドイツ動物保護法を挙げた。ツイン ク氏は,ナチスの時代にも,動物や木の権利 を重視 し た環嵐 思想が存在 したことを主張 している。1970 代の環嵐 監想 と1920年代の環境思想の両者 には動物 や木 の権利 を重視す る とい う共通点があるとツイン ク氏は考 えているのである。

ツインク氏にとってみ ると,ナチスの時代に環境思 想が高まったのは, 「血 と土」とい うナチスのイデオ

ロギーに影響を受 けている。

ナチズムにおいても環境運動はあ りま した。ナチ ズムでは,農民,農業が非常に地位 が高かったので, 環境 はポ ピュラーな要素のひ とつで した。ナチズム のイデオ ロギーのもとになるのは,血,そ して大地 で したので,環境 もそこに入っています。その土地 に対す る権利 は,そ この土地で育った人 しかないの で,人種学が発達 したよ うです。ユダヤ人は外 にい ます。 1933年,わた しが少年時代の頃,少年たちは みな,わた しも含 めて環境 を大事 に しま しょう,そ して環境 と共に生 きま しょうとい うことを教 え られ た。

血 と土」とい う言葉は,ナチスが農民の支持を獲 得す るために持 ち出 したイデオ ロギーでもある(7)。ツ インク氏の理解 によれば,土地を大事に しよ うとい う ナチスの運動 は,ナチスの環境思想 に も関連 してい る。土地を大事に しよ うとす るとい うことは,環境を 大事 に しようとす ることを意味す るのである(8)ただ し同時に,土地を大事 に しよ うとい う思想 に由来する 環嵐 思想 は, 「人種差別」を伴っている。ツインク氏 の理解では, 「人種差別」を伴 う点において,ナチス 時代の環嵐 思想 と緑の党の思想 は相違がある(9)。

もちろん,ナチスの環境思想が 「人種差別」を伴 う 点において,70年代の環嵐 思想 と相違 があるとい う のもまた困難である。ハ‑デ ィンの 「救命ボー トの倫

(4)

」 (1974)は,70年代の時点で限 りある地球環境保 護のために,先進国の限 られた人 口を残すべきである とい う人種差別を主張 している。 「人種差別」とい う 観点か ら,ナチスの環境思想を過去の環境思想 と一蹴 できないように筆者は考える。

また,戦後の ドイツをみても, 「右派から始まった 緑の運動」(永井[1983:115])なのである。緑の党の草 創期における右派活動家たちの活躍は,戦後 ドイツに おいて知識人や大学生な どの革新的左派がタブー と していた環境運動の封印を解 た大きな意義がある。

次節では,緑の党の草創期の状況を,右派活動家たち の活躍か ら紹介 し,ナチス環境思想の戦後緑の党に対 するイ ンパク トに言及することに しよう。

3.右か らはじまった戦後 ドイツにおける環境 運動

永井は,ドイツ緑の党設立にあたって西 ドイツの緑 の運動が右か ら始 まった とい うことを指摘 してい る (永井[1983:115])。緑の党は,知識人や学生が主体で, 反核運動や平和運動な ど革新的な左翼の運動 に 日本 では思われがちであるが,農民などの保守的な人々の 運動が緑の党成立に大きな影響力があるのである。

ドイツにおいて,原子力発電所の段階的廃止を打ち 出す ことに貢献 した緑の党は,日本か らみると反原発 とい うことで左派の位置づけをされがちであるが,も ともと戦後 ドイツの左派は,環境運動に積極的ではな かった。 「リベラルそ して左派には,環境,自然の問 題で発言することに,少なくともためらい,戸惑いが あった」(永井[1983:106]) とい うのは, ドイツで環 境運動 とい うと,どうしてもナチス時代の環境運動が 想起 されるか らである。

ドイツの歴史には,自然‑の関心が反動 と結びつ いた伝統がある。そ うした関心がナチズムの 「血 と 土」のプロパガンダに利用 された記憶 も生々 しく, 環境保護の視点か ら体制の変革を迫ってい くとい

う発想は,む しろタブーに近かった。

(永井[1983:115])

いってみれば,戦後 ドイツの左派にあって,環境運 動はタブーであったのである。む しろ環境保護 を主張 することは,ナチス時代の環境思想 を持ち出す ことに 抵抗を感 じなかった右派のほ うが容易であった。西 ド イツにお ける反原発運動の歴史的なシンボル ともい

えるヴュールでの運動 も,左派の活躍ではなく,保守 層の活躍によるものであった

原子力発電所反対の運動 も,南西 ドイツヴェール での反対闘争 は,少な くともスター トしたころに は,およそ反体制的なものではなかった ブ ドウ畑 をもつ農民 ・漁民 ・地元名士 ら保守層が中心で,近 くの大学町フライブルクの学生たちは,のちにこそ

緑の人び と」 として体制の前に立ちはだかった が,最初の うちこの運動にはまったく知 らぬ顔であ った。 (永井 [1983:104])

永井によれば,西 ドイツ反原発運動のシンボル とも いえるヴュール も,左派の活躍はほとんどみ られなか った さらにいえば,日常的な自然食運動 も保守層に み られたと

環境保護 も,伝統的な立場か ら取 り上げるケース が大半であった し,運動の参加者 も,のちの 「緑の 人び と」のように,若者が圧倒的,とい うわけでは なかった いまも西 ドイツの街 には, 「改善の家」

(Refomlhaus)とい う店があちこちにあ り,いわゆる 自然食品,無農薬野菜を扱っている。これはもとも 19世紀末の 「生活改善」運動のなかか ら出たも ので,む しろ保守層に受けていた。

(永井[1983:115])

以上のような状況を踏まえ,永井は戦後西 ドイツの 環境運動を 「右派か ら始まった緑の運動」とま とめる のである(10)。環境運動の歴史を持っていた右派が,戟 後においても環境運動に抵抗なく参加する一方で,環 境運動 はナチス環境運動 と通底 していると考 えてい た左派は,環境運動に参加 しなかったのである

では,知識人や大学生を主 とする革新的な左派が, どうして右派 と一緒 になって環境運動 をす るよ うに なったのであろ うか。あるいは,現在の緑の党が左派 の運動であるとす るならば,緑の党の草創期当初は, 右派が どのように活躍 していたのだろ うか。緑の党草 創期の右派の活躍を,どのように左派は追い出 したの だろ うか。次節では,州 レベルでは最初に緑の党が州 議会に進出 したブ レーメンの事例を取 り上げ,緑の党 草創期の状況をみることに しよ う。

(5)

ナチス環境思想 のインパ ク ト‑ ドイツ環境運動 と緑の党 ‑

4.ブレーメン緑の党の状況 ‑ ハーヴァーペ ッ ク氏とのインタビューか ら‑

ブ レーメン州緑の党は,ベル リンやハ ンブルクなど の大都市における緑の党 と同じく,革新的な緑の党 と して有名であると同時に,草創期に左右の衝突が存在 したことでも有名である。

ブ レーメン州 における右派の運動家 として有名 な のは,U・ハ‑ ヴァ‑ペ ック氏 (UrsulaHaveIもeck) である。1

92 8年生まれのハー グァ‑ペ ック氏は,ナ

チスを賛美することを近年 も繰 り返 ししてお り,この ため ドイツ政府 か ら罰金 を命 じられているほどの過 激な活動家でもある。実際に会ってみると,礼儀正 し い女性であ り,インタビューの当初では過激な運動家

とは筆者には思えなかった

ハー グァ‑ペ ック氏の活躍は,70年代にブレーメ ン州で活躍 した環境団体であるWSLの機 関誌LSIにそ の足跡をみることができる。WSLとは,'weltbundzum schutzedesLebensDe山schland'(ドイツ生活保護世界 連盟)で,その機関誌LSIとは,'Lebensschutz Infom ationen'(生活保護情報)の略である。ブ レーメ

ン州緑の党は,ドイツ緑の党の中でもっ ともはや く州 議会に進出 した特に注 目すべき存在であるが,ハ‑ ヴ ア‑ペ ック氏の発言によれば,その前身には

5

つの運 動体が存在 した(ll) その中の 1つであるWSLの代表 が,ハ‑ ヴァ‑ペ ック氏の夫W ・ハー グァ‑ペ ック氏 (wemerGeorgHaverbeck)である。W ・ハー グァ‑ペ ック氏は,1

90 9

年生まれであ りナチスSSのメンバー であったが,戦後は

1 97 4

年か ら1

982

年までWSL 代表を務めた。彼女は,機関誌創刊時期か ら寄稿文を 寄せている。た とえば,LSI

1 97 9

年 4月号には,

経済,エ コロジー,社会的安全(Okonomi e,Okologie, sozialSiche血eit)」と うタイ トルで,環境や健康に関 する寄稿文を寄せている。

ハ‑ ヴァ‑ペ ック氏の創設期における活躍は,現在 のブ レーメン州緑の党の職員たちも認めている。筆者 がインタビューを実施

( 2 007 /1 /3 0)

したブ レーメン 州緑の党のシュミッ トマ ン氏 (D.Schmidtmam :社会 政策担当職員)お よびデ ィ トマ‑氏 (F.D血nar :経 済政策担当職員)は,彼女の創設期における活躍を認 めていた。WSLにおけるハー グァ‑ペ ック夫妻の活躍 は, 日本ではほとん ど注 目されていないが,wsL 右派環境保護団体 としての位置づけは,ドイツ国内で は取 り上げ られることがあ り (た とえば,反ファシズ ムの

HP

「hq)://W .antifa‑west.org」では, 「もっと

も著名な極右の環境組織」と位置づけている),

U・

ハー グァ‑ペ ック氏の右派エ コロジス トとしての活 躍は,注 目するに値すると筆者 は考えている。

ハ‑ ヴァ‑ペ ック氏が,環境運動に参加 した動機 は,核兵器反対 とい う理由か らである。しか しその動 機 には,やは りナチスの 「血 と土」とい うイデオロギ ーが根底に存在す る。そ してナチスこそエコロジーで あるとい う主張も展開 していた。以下,ブレーメン緑 の党誕生の時に活躍 した右派エ コロジス トのハ‑ ヴ ア‑ペ ック氏 とのインタビューか ら,ナチス環境思想 のイ ンパ ク トについて触れることにしよう。

ハー グァ‑ペ ック氏の緑の運動‑の参加の動機は, 大きく分けて

3

つあるといえる。具体的には,反原発, シュタイナーの有機農法,そ してナチスの環境思想で ある。 「日本では環境思想 は

7 0

年代で変わった と理 解 されているが,ドイツではどうで しょうか」とい う 筆者の問いに対 し,

「 1 9 45年の原爆が完全に環境破

壊であると考えたことがきっかけであって,その後環 境運動が起こってきた」と環境運動に関する彼女な り の状況理解を語ってくれた。さらに, 「戦前は どうだ ったので しょうか」とい う筆者の問いに対 し,

「 1 9 25

年にシュタイナーが食の改善についていっています

と,シュタイナーについて語ってくれた。では,1

9 4 5

年の原爆 が環境破壊 とい うことで環境保護 の始ま り なのか,あるいはシュタイナーが環境保護の始ま りな のか判然 としなかったため

「 1 950年に環境保護がは

じまったのか,あるいは人智学が環境保護の始ま りな のか」と聞いた ところ,‑‑ ヴァ‑ペ ック氏は次のよ

うに答えてくれた。

第三帝国があって,有機ダイナ ミックや環境保護 を重視 していた。有機 ダイナ ミックといえば人智学 で しょう。そ うい うわけで,人智学の頃か らです。

現在 も第三帝国を信奉する‑‑ ヴァ‑ペ ック氏は, ドイツにおける環境保護の始ま りが人智学であって, 有機 ダイナ ミック農法が第三帝国でも重視 されてい た とい うのである(12)そ して今 日でも,有機ダイナ ミ ック農法 は,有機農園 「デメタ(demeter)」ブラン ド として ドイツに数多 く存在する。さらにいえば,人智 学が作 り出した 「シュタイナー学校」は,現在の ドイ ツでは人気のある私立学校であ り,シュタイナー教育 は野外保育園等で導入 されている。

筆者が‑‑ ヴァ‑ペ ック氏 とのインタビューで強 く印象を受けたのは,20世紀初頭の環境思想の高ま りが,彼女 自身の人生に強 く関連 してお り,戦後にお

(6)

ける緑の運動‑ と彼女 自身の中でつながっているこ とである。戦後 ドイツにおいて緑の運動で活躍 したハ

‑ ヴァ‑ペ ック氏は,ナチス時代の環境思想 を評価 し,その環境思想の中で環境運動に参加 しているので ある。実際,

「 1 9 3 3

年の ドイツ動物保護法は,環境 先進国 ドイ ツを理解す る上で避 け られないで しょ う か」とい う筆者の問いに, 「この法は,今までで一番 いい法律で しょう」 と答えてくれた。いってみれば, 戦後 ドイツにおける緑の運動の起点を考える際は,ナ チスの環境思想抜 きでは考 えられない とハー グァ‑

ペ ック氏は述べるのである。そ して,戦後における産 業化による汚染に対す る危機感は,具体的にはナチス 時代の環境思想か ら芽生えてきた ものであるとハー グァ‑ペ ック氏はいう 。 戦後の環境運動は,20 代の環境意識の高ま りとつながっていますか」と 筆者の問いに対 し,ハー グァ‑ペ ック氏は次のように 答えて くれた。

わた しは

1 9 2 8

年生まれなんですが,つなが りは あ ります。私たちの時代は何 もなかったわけですか ら,古いものを大事 にし新 しいものを作ってい くと い う考え方があった。この考え方がもっとも盛んだ ったのは第三帝国の時代だった。今は使い捨ての時 代ですが,使い捨てをしない人は,ファシズム的だ といわれて しま うんです。節約 と秩序 とい うとファ シズム的だといわれ る。それは第三帝国で学んだ と い うことですか ら,若い人たちはそ う捉えて しま う わけです。70年代や80年代は,節約するとい うこ とは反社会的だったんです。節約す ることばか りで は,新 しい物はできないではないですか。そ うす る と労働の場がなくなって しま う,だか ら反社会的だ とい う風潮があった。第三帝国の良かった面でも絶 対否定 とい うことはある。

戦争時代にものが乏 しく, 「倹約」が叫ばれたのは 第二次世界大戦中の 日本でもそ うであるが,その倹約 の精神 を 「環境保護」と結びつけた意見は,筆者にと って斬新であった(13)。もちろん,当時の ドイツにも「 駄なくせ闘争」があ りリサイクルにつながっていた と 藤原 も指摘 しているとお り(藤原[2005:130]),第三帝 国下にお ける倹約の精神 がエ コロジー と関連 してい たとい う議論 自体はこれまでなされてきている(14)。し か し,環境先進国 ドイツの環境運動家の動機の一つに

倹約」があって,その倹約の精神の理想像が まだ に第三帝国であるとい うのは,筆者 にとっては得がた

い知見 となった。とい うのは,筆者はこれまで緑の党 関係者や,エ コ村関係者な ど20名近 くにインタビュ ーを実施 してきたが,第三帝国と関連づけて倹約の観 点を持 ち出 したのはハ‑ ヴァ‑ペ ック氏がは じめて であったか らである。逆にいえば,第三帝国に由来す る倹約の精神は,現在の ドイツ環境運動で触れ られる ことが少ないことなのかもしれないが,それでも緑の 運動の旗手の一人が,具体的にエ コロジーの精神をど のよ うに第三帝国か ら得ているか記録できた点で も 意義があると筆者 は考える。

さらにハ‑ ヴァ‑ペ ック氏は,現在の緑の党 との異 同の観点か ら,ナチスの環境思想 を具体的に語ってく れた。

今の緑の党の人たちはアンチ ・ドイツです。とい うのは,今の緑の党の人たちは,世界中か ら皆 さん 来て ください といっているのですが,それでは難民 が来て しま う。人間は人それぞれの生活空間を必要 としているわけですか ら,そ う う風にみんな来て くだ さい とすると全然エ コロジーではないんです。

ですから緑の党の人たちが,皆 さん来てください と い う主張をしていると,それは緑の党ではないで し ょう。彼 らはエ コロジー的な考え方をしていないわ けですか ら。

ハ‑ ヴァ‑ペ ック氏によると,快適な環境の生活を 送るためには,一定の空間が必要であ り,必要以上の 人 口は環境を汚すのである。‑‑ ヴァ‑ペ ック氏の考 えに反 し,今の緑の党は人 口の観点をもってお らず, 結局は環境汚染を招いているので,環境のためになっ ていない政党であるとハー グァ‑ペ ック氏は主張す る。だからこそ彼女は, 「今の緑の党は,当時の緑の 党 とはまった く違 った緑の党になって しまっている ので,今思 うと党を作るべきでなかった」と述べるの である。筆者は,このような環境 と人 口をめぐるハー グァ‑ペ ック氏の主張を聞いて一驚 したが,それでも 右派の環境思想 に関す る具体的な知見を獲得 した と 考える。

以上の論点を踏まえ,引き続き‑‑ ヴァ‑ペ ック氏 における環境保護 に対す る第三帝国の位置づけにつ いて聞いてみた。 「ハ‑ ヴァ‑ペ ックさんのよ うな人 たちが環境運動の担い手 と考えれば,動物保護法 とか 節約の精神があった第三帝国は,環境運動には必要な 時代だった と思 うんですが

との筆者の質問に対 し, ハ‑ ヴァ‑ペ ック氏は次のように答えてくれた。

(7)

ナチス環境思想 のイ ンパ ク ト‑ ドイツ環境運動 と緑の党 ‑

第三帝国では環境運動は大きなテーマだった。そ うい う意味では,6

0年代の終わ りか らいろいろな

環境問題 が出てきていろいろなものが汚染 されて きて,第三帝国の環境運動はわた しには橋渡 しにな っている。人智学,第三帝国,生活改善は関係 して

る。

以上のように,ハー グァ‑ペ ック氏の考えでは,彼 女の戦後の環境運動において,ナチズムの環境思想は 大いに貢献 している(15)。ハー グァ‑ペ ック氏の創設期 緑の党における活躍を考えれば,ナチズムの環境思想 は,戦後緑の運動に大きな影響を与えているといえよ

戦後の緑の党の うち左派は,永井の主張にもあるよ うに,当初は環境運動に積極的ではなかった人たちで あるといってもいい。その左派 と右派は,ハー グァ‑

ペ ック氏の理解によれば,反原子力 とい う点で一致 し ていた。 しか し, 「人種差別」とい う点で左派 と右派 は相容れず,ナチスを反省するとい う憲法の存在 もあ り,次第に右派は緑の党か ら追い出されていく。ハ‑

ヴァ‑ペ ック氏は, 「最後は私たちの 目標が達せ られ なかったので残念だった」と,追い出されたことを現 在 も恨んでいた。

確かに現在の緑の党は,左派が力を持ってお り,こ の意味ではナチスの環嵐 思想 の貢献は現在の時点で は限定 され るといえるだろ う。しか しなが ら,これま で述べてきたように,緑の党の草創期にあっては,右 派の活躍が見逃せないのである。左派は環境運動に消 極的であったのであ り,右派が緑の運動の発端の一つ であったことは違いないだろ う。そ してその右派は, ナチスのエ コロジーを信 じ,活動 しているのである。

ハ‑ ヴァ‑ペ ック氏は, 「原爆を落 とされた 日本で どうして反原子力運動が盛んではないのか」と筆者 に 聞いてきたが,ドイツでのみ原子力発電所の段階的廃 止 を打ち出 した緑の党が可能であった一因 としてナ チスのエ コロジーを数えるのは,ハー グァ‑ペ ック氏 の存在を考えれば不可能でないように思われる(16)

5. おわ りに

以上検討 してきたように,ドイツ社会民主党 と連立 与党にな り,原子力発電所の段階的廃止 を打ち出した 緑の党は,革新的左派の特徴をもつ一方で,創設期は 右派の活躍がみ られた。革新的左派は,ナチズム期に おける環嵐 思想の存在に気づいていたが故に,戦後 ド

イツにおいて環境運動の端緒 とはな り得なかったの である。環境運動の 口火 を切 るとすれば,それは ドイ ツにおいて戦前のナチズムにお ける環境運動 を想起 させ るか らである。む しろ,戦後 ドイツにおいて環境 運動の端緒 となったのは,ナチズムの環境運動に影響 を受 けた 「右派」の存在であった結果 として 「右派」

は現在の緑の党の主流 とはな り得ていないが,それに も拘わ らず今の緑の党の端緒 となった 「接ぎ木」であ ることは違いないだろ う。

もちろん,環境運動の端緒 となった 「右派」と現在 の緑の党の主流である 「左派」のあいだには, 「反原 子力運動 う共通項 もある。右派 と左派は,立場 の相違があるのにも拘わらず, 「反原子力運動」と

う点で共鳴 し,同 じ緑の党 として活躍す ることができ 後に,右派は緑の党か ら追い出される傾向がある が,追い出された としても右派 と左派の相違は, 「 原子力」とい うよりは,む しろ人 口や人種に対する考 えの相違であ り,右派は反原子力の考えは保持 してい た。ドイツで原子力発電所を段階的に廃止することが できた一因として,環境運動を推進する団体が廃止に 関 し右派左派を問わず に支持 したことがあるといえ よう。 「ドイツで,原子力発電所の段階的廃止を打ち 出 した緑の党が可能であったのはなぜか」といった背 景には,以上のような事情があると考えることができ

る。

右派か ら始まった緑の運動」といった ドイツの事 情を考えれば,環境先進国 ドイツを検討するにあたっ て, 「右派の存在は無視 し得ない。そ してまた,そ の 「右派」がナチズムの環境運動に影響を受けている とい うのであれば,環境先進国 ドイツを理解す るにあ たって,ナチズムの環境運動を切 り詰めることはでき ない。環境先進国 ドイツの理解には,2

0世紀初頭か

らの環境運動の歴史で検討する必要があるのである。

注】

(1)ナチスが右派 と定義できるかどうかは議論の余地 があるが,本稿では後述する永井の指摘を受けて, ナチスを右派 として論考を進めたい。

(2)筆者がバーデ ン ・ヴユルテンベルクとブ レーメン をフィール ドに しているのは,緑の党の議会進出 が,前者が

2

番,後者が

1

番であるか らである。な お,カナル氏やツェッヒヤー氏にナチスの環境思想 について聞いたが,この点について存在は認めつつ も,口を濁 した。ツインク氏の著作は,本稿で取 り 上げる文献の他に少なくとも

1 0

冊は 日本語版が出

(8)

版 されてい る (『幼児の心 との対話

』[ 1 9 7 4:

新教 出 版社 ], 『イエスは生 きてお られ る

』[ 1 9 7 5:

新教 出 版社], 『神 さま よ うこそわが家‑

』[ 1 9 81:

新教 出 版社], 『レンブ ラン トのイースター』

[ 1 9 9 6:

‑麦 出版社], 『 ば らに暮夜が咲き満 ちる 』

[ 2 0 01:

新教 出版社]ほか

5

冊) なお,ツインク氏や‑‑

ヴァ‑ペ ック氏は,ドイ ツ版 ウイキペデ ィアで取 り 上げ られている。

(3)鬼頭 の議論 は,アメ リカを中心 とした環境思想 の 整理 であ り筆者 も評価す るが,以下 に述べ るサ ック スや フェ リらの主張を踏 まえて,ドイ ツに関 してい えば事情が異なる と う立場で検討 を進 めたい。

( 4 )

サ ックスの この引用部分 は,ギーゼ らの文献か ら の引用

( Gi e s eu n dKa l1 l e r [ 1 9 3 9: 1 3] )

を踏 まえてサ

ックスが主張を展 開 している箇所 である。

(5)もちろん, ヒ トラーの環境政策が どの程度実効性 があったかについては,議論 の余地がある (た とえ ば

,pa t t e r s o n[ 2 0 0 2] )

本稿 では,

2 0

世紀初頭 の環 境 思想 の緑 の党 に対す るイ ンパ ク トを検討す るた め,サ ックス らの立場 に立って議論 を展開 したい。

なお,環境意識 と権威主義 については保坂

( 2 0 0 3 )

を参照。

(6)サ ックスの この引用部分は,ギーゼ らの文献 か ら の引用

( Gi e s eu ndKa l1 l e r [ 1 9 3 9: 1 8 ] )

を踏 まえてサ

ックスが主張を展 開 している箇所 である。

(7)「血 と土」 とい うイデオ ロギー は,ダ レ‑が提唱 したが,

1 9 3 0

年 にナチ党の農業政策 の指導者 とな りナチスのイデオ ロギー となって く。

(8)農業重視が環境重視 につながる とい うツインク氏 の発 言は,彼の幼少 時代か ら学生時代 の体験 も背景 にあ ると思われ る。彼 はその著書 の中で,幼少期 に 体験 した,ハ‑ベル ト農 園の動機 として 「人工的な 都市環境 に背 を向けて,自然 を新 たに見直 し」た こ

とがある としてい る

( Zi nk[ 1 9 9 2 ‑2 0 0 4: 5 9 ] )

( 9 )

ナチス と緑の党の相違 については,

Ge r h a r d[ 2 0 0 5 ]

を参 照。

(10)もちろん,永井 は右派のイ ンパ ク トを強調 してい るが,筆者 が緑の党草創期の関係者 をイ ンタビュー した限 りで も,戦後生まれの運動家の中には,戦前 の状況 に とらわれず に反核運動 に参加 してい る者 もお り,左 派のイ ンパ ク トをみ る必要 もあ るだ ろ う。

( l l )

具体的には,

BBU(

環境 を守 る住民運動全 国協 議会),

AUD

(独立 ドイ ツ人行動),

BUMD

(ド イ ツ 自然保護 同盟),

GAZ

(未来 のための緑 の行

動) である。 なお,

1 9 7 0

年代 にお ける右派エ コロ ジス トの活躍 については,Gn

血[ 1 9 7 8

]を参照の こ

と。

( 1 2 )

ハ‑ ヴァ‑ペ ック氏 は, 「人智学,第三帝 国,坐 活 改善」 と同 じ水 準で あ るかの よ うに論 じてい る が,もちろん厳密 にいえばこの

3

者 は歴史的背景等 で異 なる点 もある.短いイ ンタビュー時間で彼女 な りに結論 を端 的 に述べ た部分 で あ る と筆者 は受 け 止 めたい。

( 1 3 )

近年興隆 してい る 「マイバ ック運動」は,倹約精 神 の一つ といえるが,本稿 は

2 0

世紀初頭 にお ける 倹約精神 が,緑の党‑ とつながってい る点に着 目し てお り,第二次世界大戦後の倹約 については機会 を 改 めて検討 したい。

( 1 4 )

「無駄 な くせ闘争」の詳細 は,藤原

[ 2 0 0 5

]を参照。

ナチス下にお ける倹約運動 については,た とえば冬 季 救 済 事 業 が あ る が , 詳 細 は Gr

mb e r g e r [ 1 9 71 ‑2 0 0 0

]を参照。

(15)人智学 は, ヒ トラー か ら支持 を得 るこ とがで き ず,

1 9 3 5

年 にはゲシュタポに よって禁止 され る。

有機 ダイナ ミック農法 も,ナチス幹部の支持 を受 け ていたが,支持者 の一人である‑スが渡英

( 1 9 41

年)

してか らは,ナチスの運動 としては表舞台か ら姿 を 消す。この点 を踏 まえれ ば,ハー グァ‑ペ ック氏の 発言 には,事実 と異なるところもあるが,筆者 の質 問に端的に回答 して くれた と受 け止 めたい。

(16)ハ‑ ヴァ‑ペ ック氏 は,日本 の原子力利用 につい ては触れていたが,ドイ ツ物理学 の原爆‑の寄与に ついては特に触れ ていなかった。日本 の保守層 にも 反原発運動家 も存在す るが (た とえば磯部甚三),

日本 では ドイ ツ と異な り,実際原発 は廃止の見込み がないのであ り,この意味で も ドイ ツの保守層 の動 きに着 目す る必要 がある といえる。

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※本研究は,平成 18年度長崎大学高度化推進経費 (学長裁量経費)による研究成果である。

参照

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