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一 七 六 五 〜 一 七 七 四
西 洋 史 ア メ リ カ 史 研 究 班
はじめに
ナライデンポー博士(
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rlBridenbaugh)の名著「Thecolon iat Cra ft
man@Jが公刊されたのは⊥4鹿紀以上も前のことである。また「下からの歴史の理鮎が提唱されてから,約諾を経過
している。しかし'独立革命期の民衆に関する初歩的特殊研究さえ始
められたことがなかっ軍もつとも,植民地時代なされたような,メ
カニッ〆スの1股史を'革命期についても書こうとしても'それは
隊めて困難であろう.なぜなら、革命期の政治・社会・経済史研究が
多方面に、進展し、その結果諸主要産業中心地史が多様化したために〜
今日の研究レベルでは不可能なほどのより広い取‑扱いが必要となる
からであ嬢それゆえ、まず,㌣ス・スタディを試みる他はないで
あ.ろう.以下筆者は'革命掛フィラデルフィ丁市のメカニックスに分
析のメスを入れたい。ただし'本稿では紙数に制限があるため'一七
六五年ごろから1七七四年ごろまでを述べ'その後については別の機
会に発表することにする。 ところで、フィラデルフィア市を選んだのは'同市が十八世紀アメ
リカの興野あるたきはなく,当時のアメリカ最大,最近代警最
もダイナ、、、ツクで、今日'本稿のような研究目的に最も有益な記録を
残もている都市だからである。従って'本研究は同市だけに見られる
特徴を浮き彫りにするであろう。しかしまた'他の都市にもあてはま
る点も措写されることになろう。その点は、本研究が完成したとき、
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おのずから明白であろう。
‑革命当時のフィラデルフィア市の急成長
する産業社会
革命期アメリカの蔵相ともいうべき著名なモリス(Robert
Morris)は、かつて次のように言ったO「その中楯的位置'商業の
広さ、商工業者の数などのゆえに'フィラデルフィアは'アメリカに
とって丁度、血液を循環させる上で'心臓が人体にとって評価される
ようなものであるLBoこの主張はモリスの好若愛国主義を単に
示すものではない。フィラデルフィア市は植民地時代末のアメリカで
指導的な都市であり'最富裕でもつともダイナ、、、ツクな都市であって'
他の都市に告をとるものではなかつ闇同市は多くの点で誓品
数を有していたが'なかでも目立ったのは'それがメカニックス社会
であったことである。
植民地時代末に'フィラデルフィア市の産業成長は驚異的なもので
あったO駐米英軍司令官グー・・b将軍(ThorriasGage)は、
「ヨーロッ.ハからの移民が'ペンシルヴアこア植民地のメカニックス
や製造業者のたえざる増大に何よ‑も貢献し'またアメリカで除隊し
た兵士もいささか貢献した。・・・・(このため結層目下、本国から
輸入している多‑の必需品を数年の内に自給自足するであろう」と観
察し麺これはまた、大英帝国の政策‑十三植民地人は,要と蕃
国の許可する産業にのみ従事Ltイギリス製造工業製品を購入すべき④であるという政第‑に反するものであった。しかも本国人だけがこの
現象に関心をもったのではなかった。一七六〇・七〇年代'フィラデ
ルフイ丁商人もまた'しばしばメカニックスの社会・経済・政治的出
現にわずらわされた。なぜなら'メカニックスの社会・政治的要求が
既成社会構造をゆるがすことを恐れたのであった。このことは'フィ
ラデルフィ丁市におけかアメリカ革命の性格に強いィン.ハクトを与え るであろう。すなわち'それはホーム・ルール政治の実現を促しI'
vvhoshou",ulea.thome"0決定するのを助けた言ろ麺
もちケん'フィラデルフィア産業の挑戦がいつから開始されたかを
正確に示すことはできない。なぜならそれは、ある意味では植民地の
初期から始まっていたからである。しかし'七年戦争終結までに、挑
戦は未曾有のものとなっていた。約十年間の戦時経済ブームがフィラ・
デルフィア産業を急成長させ、大英帝国の認め難いものにまで成長し
てしまっていた。しかも、七年戦争後の不況にも'産業は数量ともに
増大厄妄八五年までに,ヨーロッ・ハで知られている職感の産業で・
フィラデルフィアにないものはないばかりか、技術上でもヨーロッ.ハ
の最良のメカニックスのそれに匹敵したのであった。
こうしてフィラデルフィア市では'製造業者とメカニックスとが、
他のどの社会層よ。畠市住民申最も多警占めPoこの成長しゆ‑.
社会が'革命運動に重要な影響を与えることはさけられないであろう。
当時はセンサスが行なわれなかったので'正確な数字空所す資料はな
い。プライデンポーによれば、フィラデルフィア市の全人口は約四万㌧
そのうちメカニックスが約三〇%であろうと推定してい噛
フィラデルフィアの職人(Arti8an8)
︹FromOlton.Artisans.PP.4‑5︺
0度草葉⁚⁚コルドバ草職人・‑つ屋・手袋製造人・乗馬用馬具屋・
馬車馬用馬具屋・乗馬用ズボン製造人・なめし皮業者・製革工・毛皮
商人
o衣料品業⁚・任立屋・帽子屋・‑つ下線工・婦人帽子屋・コルセット
46
製造人・染め物及び漂白業者・マンチユ丁製造業者・理髪師・ふさ
飾り織工・テープ及びリボン織工
o造船業⁚⁚船大工・造船業者・帆製造人・帆柱製造人・ローブ製造
人・麟装業者・造船台製作者・錨製作人・船砲彫刻師・船舶塗装業者
0時計及び装身具製作業⁝⁚・宝石商・金細工師・銀細工師・時計工・
懐中時計工・楽器製造人
o練りもの業者⁚⁚⁚ロウソク製造人・石けん製造人
o印刷及び製紙業⁚⁚・・印刷屋・彫板工・文房具商・製本雪製紙業
者・羊皮紙製造人
o美術業‑・・・・細密画家・絵師・芸術家
o容器製作業⁚⁚⁚桶屋・たる製造人
o食料品及びタ・ハコ製造業‑‑カラシ屋・チョコレート苧かぎタ
・ハコ製造人・ビール建造業者・肉雫.ハン屋・タバコ屋・蒸留酒製
造業者・精糖業者
o建設業‑⁚・家大工・レンガ横工・レンガ製造業者・塗装屋・左官・
車大工・石工・ガラス工・馬車製作人・かんな工
o家具製造業‑⁚‑家具師・椅子製作人・家具商人・壁紙苧扇風機
製作人・彫刻人・金箔装飾屋・旋盤工・針金細工業者・ひっぎ屋・
むち及びステッキ製作人
o御着製造業⁚⁚⁚陶工・上塗り業者・磁器製作人・ガラス製造人・
o鍛冶・鉄工業⁚‑・鍛冶屋・蹄鉄屋・ブリキ職人・金物屋・真ちゅ
う鋳造業者・刃物屋・すず細工師・鉄砲かじ・しろめ製品製造人・
くぎ製造人・ブリキ製造人 o綿すき業・・・・・・すきぐし作‑人・ブラシ製造人・おき製造人品綿噂
製作人
屯フィラデルフィアメカニックス社会の特質
メカニックスの定義
十八世紀において,・Mechanic.,・qArtiSan"、。'raft‑rmnI,及び1radeSman"JJいった語は同義であ‑、またあいまいな
概念であった。それらは時として'個芸肉体労働に従事する人々‑①
奉公人・奴隷・徒弟・‑ItlIマン・親方‑を指したが、また他の
場合には一つの社会階級‑この場合には,徒弟・泰公人・奴隷を含
まない1を意味した。しかも社会的ランクを自覚した当時の社会に
あっては,無資産で財産所有に付随する自由を享受しない人々の範ち
ゆうと,経済的・市民的自由をもつ人々のもう一つの範ちゅうとを混
乱することはなかった。それゆえ我々は、通常「中産層」であるメカ
ニックスに、徒弟・奉公人・奴隷を含めないでお‑ことができよう。
しかし,メカニックスの定義についてなお問題が残る.汐ヤ土‑
マンは含めるべきか否か?従来の史家は'含めたばか‑か'メカニッ
クスの中でそれが人数も多く,かつ活動の上でかな‑のウェ‑トを占
めたとしてき閣なるほど今日,当時の精密芙口統計は鷺してい
ない。けれども当時の都会の社会行動や社会的姿勢については'かな
りの分析がなされており・そのことから、メカニックスは被雇用者で
はなく・圧倒的に独立企業家から成り,また彼らの姿勢が'企業的要
素によってほとんど全て決定されたと推定しても誤りではないであら