研究ノート
ヴェールト「小説断片」考
"
木 文 夫本稿はヴェールト
Georg Weerth(1
822−1856)の遺稿「小説断片Romanfragment」
!を 読み解こうとする試みである。(1)「小説断片」はヴェールトの生前にまったく日の目を見ることもなく,原稿のままで,
しかも未完成のままで残された。また,「小説断片」についてのヴェールト自身の発言 もほとんどないので,その成立時期を確定することは困難である。この「小説断片」を
『ヴェールト全集』Georg Weerth. Sämtliche Werke in fünf Bänden.Hrsg. v. Bruno Kaiser.
Aufbau Verlag. Berlin.1956/57 (以下SW)で初めて印刷に付したカイザーは原稿執筆開 始を1843/44年とし,主要部分はようやく1846年から1847年にかけて取り組まれたと しているが(同全集第2巻11ページ,以下同全集からの引用を(SWII/11)のように巻 数・ページを記す),2巻本の『ヴェールト選集』Georg Weerth. Vergessene Texte. Werk- auswahl in zwei Bänden.Hrsg. v. Jürgen-W. Goette, Jost Hermand u. Rolf Schloesser. Leske.
Köln.1975f.(以下VT)の編者は1845年および1846年に原稿の執筆が行われたと想定 する。その根拠として挙げているのが,「小説断片」に書き込まれた様々な実際の事柄,
例えば,エンゲルスFriedrich Engels(1820−1895)の著作『イングランドの労働者階級 の状態Die Lage der arbeitenden Klasse in England』(1845年)やイギリスとアメリカの 間で争われたオレゴン問題(1844〜46年),労働者階級や労働運動についての記述が 1847年以降とは異なった印象を与えていることである。後で見るように,イングランド の労働者像については自らの見聞およびまだマンチェスターに滞在していた時のエンゲ ルスとの交友によって描かれているが,階級関係については1846年春イングランドを 去ってブリュッセルに移りエンゲルスの他にマルクスKarl Marx(1818−1883)らとの交 友も関わっていると見ることができるからである。従って,どちらも確定的な意見であ るとは言いがたいと筆者は考える。他に,カイザーはこの断片を「小説の断片Fragment eines Romans」と し て い る が,本 稿 で は『選 集』の 編 者 が 採 用 し て い る「小 説 断 片 Romanfragment」を採用し,作品からの引用も編集が後で行われた『選集』に拠って,
例えば同書第2巻271ページは,(VTII/271)のように記すことにする。なお,作品か らの引用に当たっては,本作品がいまだ邦訳されていないことから,作品の内容をより 詳しく知ることができるようにと,拙い翻訳だが,長めに引用している。
香 川 大 学 経 済 論 叢 第85巻 第4号 2013年3月 289−315
プライス氏
エドゥアルト ダンクール男爵
「小説断片」は先行研究が指摘する ように
!
,貴族階級,ブルジョワ階級お よびプロレタリア階級の3つの階級を 対比的かつ包括的に描こうとしてい
る"。そして,各階級を代表する登場人
物はダンクール男爵
#
,プライス氏
$
そし
てエドゥアルトであるが,それぞれが図1のように,プライス氏を中心に二つの対立 関係にある。ただし,ダンクール男爵と労働者エドゥアルトはこの作品では対立的な 関係にはない。歴史上,各階級間の関係はまず王侯貴族対庶民(第三身分)との対立 関係から,封建的な社会構造から近代的なそれへの転換過程で後者が勢力を増大して
(2) 上記全集および選集の編者及びファーセンなど。Vgl. Vaßen, Frolian : Georg Weerth.
Ein politischer Dichter des Vormärz und der Revolution von 1848/49. J. B. Metzlersche Verlagsbuchhandlung Stuttgart.1971.他
(3) 但し,作品が未完成の「断片」に終わっているがために,作者の目論見通りの構成に なっているとは言い難いし,後述のように各階級の描き方にムラがある。
(4)「ダンクールd’Eyncourt」という姓は如何にもフランス的でドイツ貴族にふさわしくな い。このような姓を使用することで,ヨーロッパの貴族の汎ヨーロッパ性を表そうとし たのだろうか。この点について指摘した論考は管見の限り見あたらない。
(5) この工場主の姓Preissは勿論Preis(「価格」)に通じ,ヴェールトWeerthから連想さ れるWert(h)(「価値」)と通底していることは言うまでもなく,現にプライス氏のモデ ルはヴェールトがボンで働いていた時の雇い主フリードリヒ・アウスム・ヴェールト Friedrich aus’m Weerth(1779−1852,詩人の父親Ferdinand Weerth(1774−1836)の従弟に あたる)であるとされる。19世紀前半にはPreisとWertは同じような意味で使われてい たこともあるが,しかし,一族の姓WeerthはWertの意味ではなく,「(河や湖などの)
中州,川中島」であり,詩人の一族は元来ヴッパー河流域のバルメンにある「中州
(Weerth)」で晒し業や商業を営んでいたが,この「中州」を出て外に定住した一族はaus’m
Weerthを名乗っていた(WerthやWirthのような姓と同根である)。ちなみに詩人にaus’m
が付いていないのは父親がのけたことによる。ボンのaus’m Weerth一族の墓は現在ボ ン 中 央 駅 北 の 旧 墓 地Alter Friedhofに あ る。Vgl. Zemke, Uwe : Georg Weerth. Ein Leben zwischen Literatur, Politik und Handel.Droste. Düsseldorf.1989. S.7ff.
さらにヴェールトがボンの職場を辞した主な理由は「小説断片」にも反映されている ような,ライン地方のブルジョワジーの欺瞞性にある。Vgl.上掲Zemke, S.33
なお,このプライス氏は,後の,複雑な成立過程を持つ『ドイツ商業生活のユーモラ スなスケッチHumoristischeSkizzen aus dem deutschen Handelsleben』(1848年)では完全 な中心人物として,今度は工場経営者ではなく,商社の経営者として登場する。Vgl.拙 訳「ドイツ商業生活のユーモラスなスケッチ」(上),(中),(下)『かいろす』第37,43,
38号1999,2005,2000年
図1
−290− 香川大学経済論叢 566
支配層になり,産業革命とともに後者からプロレタリア階級が誕生し,ブルジョワ階 級と対立関係に入る。ちなみに作中ではダンクール男爵がプライス氏の工場経営やそ こで働く労働者の労働条件等について意見を述べる箇所で(
VT II
/301),あるいは当 代のイングランドの労働者の実態をエンゲルスの著作で知る箇所で,近代的な産業構 造に批判的で,労働者階級に対して同情的な態度をとり,歴史の歯車を押し戻そうと する考えを表明する(VT II
/387)が,このような考え方は非現実的で,作中では痛 烈に批判されることになる!。さて,「小説断片」では,歴史上の順番通りに各階級に属する人物が登場する。但 し,各階級が登場する順番が消滅する順番であるかどうかは,議論の分かれるところ であろう。そして,まず登場するのは没落する貴族ダンクール男爵であり,物語は以 下のようにダンクール男爵の城館の描写から始まる。舞台はヴェールトが精通するラ イン地方である。
たもと
ライン河の畔,魅力あふれる谷間にダンクール男爵の狩猟館がある。小さな窓 と巨大な破風がある,上方の屋根まで生い茂り,そこからまた密で深い敷物に
つた ぶ どうつる
なって垂れ下がる蔦と葡萄蔓に半ばを覆われた,古くて風変わりな建物である。
く る み
非常に古い胡桃の木が巨大な枝と大きな深緑色の葉とともに建物の背景になって
しつら
いる。前方では,隣村に続く細い道まで,広々とした庭園が広がり, 設え全体 が一目で分かり,以前の設備の維持にはもはや注意が向けられなくて,雑草や灌 木が気の向くままに絡み合って茂っている。(
VT II
/271)"このようにダンクール男爵の居城の一帯はまだ牧歌的な風景に囲まれている。しかし,
プライス氏の工場に象徴されるように工業化の波が周囲に着々と押し寄せていること
(6) ヴェールトはブルジョワジーに批判的であっても,フランス革命以前の封建制社会に 憧憬はまったくないし,むしろ新しい社会の主役はフランス革命によって支配勢力と なったブルジョワジーの役割であることを熟知し,その上で社会的歴史的必然として生 まれるプロレタリアートに対して共感を抱いていた。従って,彼にとっては封建貴族階 級は批判と揶揄の対象でしかなった。この姿勢は後年の『著名なる騎士シュナップハー ンスキーの生涯と行いLeben und Thaten des berühmten Ritters Schnapphahnski』(1849年)
で作品として結実する。
ヴェールト「小説断片」考
567 −291−
も現実であり,物語の進展とともに次第に明らかになっていく。男爵はこの先祖代々 受け継がれた城館に娘ベルタと使用人ジャン・バプティスト老人とマックス,そして 犬猫とともに住んでいる。この中でマックスはまったく存在感がないし,その他の使用 人と犬猫はすでにかなり老齢で,衰亡していく途中の貴族階級をそのまま象徴してい る。この城館の住人たちは今では過去の輝きの中にのみ生きているようだ。男爵には もうこの城館と付随する庭園以外の財産は何も残されていない。働きもせずに財産を 貴族としての体面を保つために蕩尽するばかりだったのである。世事に疎く,煩わしい 書類に関わることが何より嫌いな男爵には自分が置かれている状況が精確には分かっ ていない。当時のドイツの貴族の状況について語り手は辛辣に次のように述べている。
ドイツ貴族の状況はドイツ社会の他の全階層と同じである。貴族には明確なこ とや際立ったことがあまりに少ないので,徒党を組むようなことには至らない。
従ってまさにそれ故に政治的に重きを為すことはとっくの昔に止めている。政治 的な意味を停止することはそもそもこの意味というものがかつて総体として存在 していたとしても,現在存在しているこの階級の個々人が貴族の無価値さに落ち 着いてからすでにかなりたっている。強力な党派が没落するときに感じ,フラン スの貴族が革命時に感じ,今日イングランドの貴族がブルジョワジーが日々新た な傷を負わせているので思い知らされているあの大きな苦痛は考えられないほど の以前から我がドイツの紳士たちの魂の平和を脅かすことはもうない。彼らは政 治的にゼロであることに慣れ,半数の人たちの社会的な意味がただ実際に多くの 庶民より上手に銃を撃ち,馬に乗り,踊り,そして負債を作ることができること
(7) この「小説断片」の貴族の居城についての描写をカイザーが「月並みでぎごちなく歩む 冒頭の場面は殆ど耐えがたい」と酷評しているがこれはヴェールトが貴族の実生活に疎 かったからだと言える。この描写や貴族ダンクール男爵の世界を描く拙さに比べ,この後 の工場主プライス氏の描写がどれほど生き生きとしていることだろうか。この世界には ヴェールトは充分すぎるほどに馴染んでいた。Vgl.前掲ヴェールト全集(SW)第2巻11 ページ。なお,作中でダンクール男爵の娘ベルタBerthaがジョルジュ・サンドGeorge Sand(1804−1876)の小説『モープラMauprat』(1837年)を熱心に読んでいるが,ヴェール トが何故ベルタにサンドのこの恋愛小説を読ませているのか判然としない。しかし,登場 する貴族の設定や居城の描写には「小説断片」との近縁性を感じられないこともない。Vgl.
小倉和子訳『モープラ』ジョルジュ・サンド・コレクション第1巻 藤原書店 2005年
−292− 香川大学経済論叢 568
プライス氏
(工場経営者)
公証人 X ダンクール男爵
(貴族階級)
にのみ有るのに対し,その一方で他の半数は誠心誠意国家業務に献身するか,あ るいは良き経済人として自分の田畑を耕すか,あるいは他の分別ある人たちと同 じように産業の腕の中に身を投じるかである。それ故この小説でイングランド語 やフランス語の言葉の意味で老貴族を多面的にブルジョワ社会の対象として描こ うとすることは我々には思いつけない,いや我々のダンクール男爵は決してあの 官僚として,経済人として,あるいは産業家として活動する貴族の一人ではない。
[中略]一言で言えば,我らが男爵は家父長的に実直な博愛主義者なのである−
これこそが彼にあって明確に社会との軋轢をもたらす唯一のことなのだ。−我々 の,物に動じない男爵の無邪気な行為が発展しつつある他の世界と矛盾すればす るほど,この軋轢が大きくなることは自ずと分かることである。(VT II/280
f)
ドイツでは貴族の社会的な役割はすでに終わっているが,うまく対応できない貴族が 多く,ダンクール男爵はその一人である!。彼の取り柄は人の良すぎることで,その博 愛は労働者への同情となるが",すでにさほどの意味があるわけではない。一方ですで に述べたように彼の財産は崖っぷちに立たされている。彼は出入りする公証人
X
の思 い通りに扱われて,しきりに窮地に陥っている男爵を救済してくれるのはプライス氏 しかいないことを吹き込まれようとしている。実のところ,公証人X
は男爵を救うふ りをしながら,プライス氏と手を組んで,ダンクール男爵に唯一残された城 館と庭園がプライス氏の手に落ちるよ うに画策している。この構図を図式化 すれば,図2のようになる。繰り返す ようだが,このダンクール男爵とプラ イス氏との関係がこの「小説断片」の
(8) 勿論実態はこのような貴族ばかりだけではない。次の引用箇所にもあるように,うま く時代を通り抜けて自らブルジョワジーと変身を遂げた貴族も少なからず存在する。ま た,この「小説断片」執筆時にはヴェールトはまだプロイセンのユンカーを充分に知ら なかったようだが,このことは後に『シュナップハーンスキー』において挽回する。Vgl.
前掲Vaßen. S.125
図2 ヴェールト「小説断片」考
569 −293−
重要な構図である。没落してゆく貴族階級と新興の産業資本家が対立している。前者 は衰退し,やがては社会から消え去る運命にあり,後者は興隆し,社会の表舞台に登
(9) ダンクール男爵はプライス氏の家に赴いたとき,工場労働者の苦境について苦情を言 うが,逆にプライス氏からドイツの実業家の置かれた困難な状況について次のように聞 かされる。
「おそらくこうなのです。社会はシャツが欲しい,ズボンやスカートや帽子が欲しい。
社会はそのような工場の主人たちになるようにと私を誤って導きました。社会は労働者 になるようにと人々を誤って導きました。それでここのようなことが起こったのです。
産業階級が生まれたのです。社会が私たちの製品に対し,当然の額を支払っていたら,
すべてがもっと良くなっていたでしょう−工場主は繁盛し,労働者も同じだったでしょ う。しかし,社会はそもそも単にシャツやズボンやスカートや帽子が提供されるのを望 んでいるのではありません。いつも最安値で手に入れることを望み,すぐにもっと大き な需要を見越して私たちよりも安く買うようにそそのかされるのです。とたんに勿論一 方はすべてを行わなければなりません。私たちは何もしません。そして私たち全員が破 滅するならば,不用心な同業者の例にならわなければならず,同じように安く,あるい はそれどころかさらに安く売らなければならない,というふうにことが運んだのです。
己の繁栄だけを考慮する社会は,ある時は私たちの一人を,またある時は他の一人をお びき寄せ,最初の一人が窮地に陥ると二人目はそれに追随しなければならず,一人が相 手よりも価格を下げて,最後には私たちが,つまり工場主の稼ぎがなくなり,労働者の
プロ・パトリア・エト・グロリア
稼ぎがなくなるところまで,私たちが祖国と栄光のために働くだけのところまで,社会 の殉教者になるところまでなったのです。」(VT II/302)
自分たちをこのように追い込んだのは社会であり,自分たちだって労働者以上に苦し い状況にあるのだと言わんばかりであるが,実はプライス氏の家族は労働者とはかけ離 れた贅沢な暮らしをしている。しかも彼の欺瞞は,あたかも自分たちは労働者の生活向 上には心を砕いているが,経済状況がそれを阻んでいるのであって,自分たち自身もそ の被害を被っていると言いたげなところにある。そして,男爵の再度の質問に,すべて の責任は「自由競争」にあると答えたうえで,次のように述べる。
「しかし,今日の社会は独占に対し夢中になることはもうありません−社会は自由競 争に好意的です−独占は社会を意のままに支配します−自由に競争する者たちが社会の 意に従うのです。独占する者は望み通りのことができます−彼の商品は高価で粗悪かも 知れません−社会がそれを必要とし,それ以外を得ることができなくなっても社会はそ こから買わなければなりません。自由競争を行うものは社会の好意を得るために媚びな くてはなりません。社会は高価なものを廉価にし,粗悪なものを改善するものからだけ 購入します。一言で言えば,独占にあって社会が苦痛で−自由競争にあっては選択なの です。いいえ,男爵様,独占は過ぎ去ってしまいました−本来の独占はとっくの昔にガ ラクタ部屋に入ってしまったので,もう一度探し出すことはできません。[中略]私た ちは無条件の独占を望んではいません−しかし,無条件の自由競争も望みません,私た ちは国内で競争させます−しかし,私たちは外国の競争に対し毅然とした保護を要求し ます。祖国の不都合な状況と多くの未発達な状態が外国がつねに値段を下げ,破滅する ことを可能にしています。ですから,外国からの保護を望みます。それが私たちの救い であり,私たちの繁栄なのです。ご覧の通り,男爵様,私は保護関税制度を擁護します。」
(VT II/302)
−294− 香川大学経済論叢 570
場し,この後の社会発展の原動力となる。これは18世紀から19世紀へとヨーロッパ 社会が進んでいった構図そのものであり,19世紀前半,1848年革命前夜の,封建的 な社会構造が産業革命や市民革命によって破壊され,近代的な産業社会に変貌してゆ く過程がこの構図の背景にある。このダンクール男爵(封建的貴族階級)とプライス 氏(工場経営者=産業資本家)の対照的な社会的役割は「小説断片」の随所で語られ る。この公証人
X
は新しい産業社会に適応しようとする,あくまでも工場主プライス 氏の側に立つ人間なのだ。男爵は公証人と頻繁にやり取りをするが,自らが置かれて いる立場が分からず,公証人X
の思い通りに操られている。行き着く先はプライス氏 の掌中に落ちるのみだが,やはり「小説断片」ではその結末が明示されていない。そ れでも「小説断片」を読む者にとっては,ただただ最終的に男爵が公証人X,すなわ
ちプライス氏に身ぐるみ!
がされるという結末を可能性高く予想できるだけである。しかし,後で見るように,物語の進展とともに,冒頭で布石が打ってあることだが,
この二人の関係に別レベルの要因が持ち込まれ,様相が変わる。ダンクール男爵の娘 ベルタは偶然プライス氏の息子の一人ユリウスと知り合い,二人は恋に落ちる。ただ し,この恋愛の結末も,「小説断片」が「断片」として終わったために,定かではな
い"。やはり後に見るようにプライス氏は息子ユリウスの結婚相手としては経済的に裕
福で,自らの事業にも貢献する銀行家の娘エリカとの結婚を画策する。話の筋として はそのために悲劇が起こる可能性も大いに考えられるところであるが,その後の歴史 を考えると,必ずしも不幸な結末ばかりが考えられるわけではない。というのはブル ジョワジーは独自の生活習慣を持っているが,後には衣食住において前代に栄華を極 めた貴族階級の生活習慣を積極的に取り入れてもいるからである。ブルジョワジーの 生活面での貴族化は封建貴族がブルジョワジーの一員に変身していったことと重ね合 わせるとさらに興味深い。
次に「小説断片」において,ダンクール男爵とプライス氏との関係に重要な対立の 構図は図1に見るように,プライス氏と彼の工場で働く町の労働者#,そしてイングラ
(10) ファーセンは後述のようなプライス氏とエリカの叔父ヤンマー氏が進めるバーゼルの 銀行家の娘エリカとの結婚話にもかかわらず,ハッピーエンドにいたると予想している が,深読みであると考える。Vgl.前掲Vaßen. S.135f.
ヴェールト「小説断片」考
571 −295−
プライス氏
エドゥアルト 工場の労働者 ンド帰りの労働者エドゥアルト・マ
ルティンとの関係である。エドゥア ルトの家族は,両親そして自分を含 めて兄弟全員,二人の妹,マリーと まだ幼いグレートヒェンもプライス
氏の工場で働いていた。父親はすでに亡くなり,母親も若くしてすでに仕事を辞めて いる。両親をそうさせたのは工場での過酷な労働であった。生活のためにはまだ年端 のいかないグレートヒェンさえ学校に行かずに,工場勤めをしなければならない。
まず,労働者の劣悪な住環境について「語り手」は次のように語る。
我々は工場主の豪華な住まいを去って,彼の労働者の低級な小屋へ足を踏み入 れる。
我々の道程はライン川の,町の城壁に降りて行く。城壁と町はずれの家並みの 間を我々は進んでいく。通りは最初はまずまずであるが,次第に舗石が消え,粘 土状の汚い道に出る。雨水は左右のくぼみに集まっていた−ますます小さく,み すぼらしくなっていく住居のドアの前に泥沼が形作られていることも稀ではな
(11) ヴェールトが「小説断片」において,プライス氏の工場で働く労働者に二種類あるこ とを描いていることは注目に値する。労働者の一つは「田舎からの労働者」である。
「中庭で食事を取っている哀れな人々はみな田舎から来た人たちだ。幾多の人たちは 一年の一部分を工場で働き,畑の様々な仕事で工場内の辛苦から自分を取り戻すことが できる。全員が町の労働者よりももっとたくさん戸外の空気を吸って体を動かしてい る。朝に夕に彼らは半時間歩かなければならない−彼らの道のりは草地やブドウ畑をラ イン川に沿って続くが,彼らは最も新鮮で最もすばらしい空気を呼吸する。」(VT II/337)
もう一方は「町の労働者」で,彼らは「田舎からの労働者と混じり,我々は両者の間 にある違いに驚く。−後者にはまだいくつかのさっぱりした顔が見られ,−見るとこ ろ,彼らの体はまだ数千の有害な影響に持ちこたえるが,もう一方はとっくに圧倒され ている。町の住人が中に入れば入るほど,一群全体はますます不気味で静かになる。ま もなく我々が目にするのは他ならぬあの蒼白で悲惨な姿で,そのまなざしは我々を驚愕 させた−町の隅々に,劣悪な路地すべてが不幸な人々を再現し,本来の工場プロレタリ アートが再び居合わせるのである。」(VT II/337)
この一節にあるように「小説断片」において,しかもプライス氏との対比において重 要なのは「町の労働者」,「本来の工場プロレタリアート」である。彼らはまさしく近代 の産業の発展とともに誕生した階級であり,ヴェールトが問題とした存在であった。
図3
−296− 香川大学経済論叢 572
い。住居の古い,前に懸けられた切り妻や雨ざらしの壁やボロ切れと藁を詰めた 窓が一瞬毎に私たちが最貧地区にやって来たこと,劣悪な地域にいることをさら に分からせてくれる。[中略]すると私たちは労働者住居の前に到着する。(
VT II
/ 305)町の工場労働者の生活環境は劣悪であり,エドゥアルトやマリーの家族はこのような 住居で寝起きして,プライス氏の工場に通っている。
ふだん寝起きする住居はともかく,労働条件は「町の労働者」であれ,「田舎の労 働者」であれ,変わりはない。イングランドから帰国早々プライス氏の工場の現状に ついてエドゥアルトは妹マリーに尋ね,旧態依然であることを知って,改善されてい ない労働環境に憤慨する。
「工場は以前と変わらずひどくボロボロに見える。建物全体が以前から不健康 な穴ぐらで子どもたちは数年ですっかり破滅させられている。おれはいつもそう 言っていた。他のたくさんの労働者も同じだ−でも何も変わっていない。すべて 以前のままだ−プライス爺さんは本当の悪魔だ。あいつはくたばっちまうが良 い。」(
VT II
/309)このような劣悪な環境に改善の萌しはない。プライス氏も大惨事でも起こらない限 り,改善しようとはほんのわずかでも考えていない。そして労働者自身も甘んじて受 け入れているように見える。他の比較できる労働環境についての知識を持ち合わせな い彼らは自分たちの不幸について理解していない。語り手は「小説断片」の別の箇所 で,プライス氏の工場で働く労働者の実態についてに暴いてみせる!。
−そんなとき親方を先頭に紡績工場の連中がやって来た。妊娠9ヶ月の女性,
30歳で,哀れな女性の手がわずかばかりの見栄で木綿のホコリを前もって頭か ら払い落としていなかったときには灰色の髪やそれどころか白髪頭の女性たち だった。母親は家で小さな子どもが揺りかごの中で昼から両手を伸ばして母親を
ヴェールト「小説断片」考
573 −297−
空しく待っていたので,胸から母乳がほとばしり出そうだった。娘たちの顔は青 白く,零落し,黄ばんだ肩や張りを失った胸をちぎれた衣服で辛じて覆っていた
−解いた髪は背中で汚く結ってあった−ほっそりした指をボロボロの前掛けに隠
まつ げ は や り
し,眼はぼんやりとしたガラスのようで,睫毛は ホコリまみれだ−低俗な流行
うた
歌を口ずさみ,体には性病がひそんでいる。そしてこどもたちは,驚いたことに,
足をくじき,背中が曲がり,腺病質の男の子たち,イタチやプードルのように労 働するように仕込まれ,ブンブン音を立てる紡錘,ガタガタ音を立てる機械に縛 り付けられて,青春の芽が開く前,
!
にだんだんと喜びが目覚める初めての赤み が差してくる前に,自分たちがこどもであり,人間であることを知る前,最初の 呪いを忘れ,最初の祈りを学ぶ前,三度喜び,三度接吻し,一度人生を味わう前 のことだった。すでに労働によって衰弱させられ,虐待されて,肉を口にするこ ともなく,血管に血はなく,頭に頭脳はない。墓から出てきたばかりの幽霊のよ う,または明日には死ななければならない,萎れた花のようだった。プライス老人よ,見よ,これがお前の世界だ。−お前は何をしたのだ。(VT I/
327
f)
(12) ここで描かれているのはドイツの労働者の住宅の劣悪さだが,ヴェールトはイングラ ンドで,特に働いていた産業革命で急激に工業都市になったブラッドフォードの労働者 の住宅街を歩き回った。その悲惨さについては,ちょうど「小説断片」が執筆されてい たと思われる頃,雑誌『ライン年誌Rheinische Jahrbücher』に「イングランドのプロレタ リアProletarier in England」(1845年)を発表しているが,そこに詳しく描かれている。
「小説断片」の描写および「語り手」の批判的見解がヴェールトのこの実体験と無関係 であるとは言えまい。この時すでに長時間の児童労働についても社会的な批判の対象に なっていた。この文章は後に他の文章と組み合わされ,「イングランドの労働者Englische Arbeiter」という表題で未刊行の文集『イギリス・スケッチSkizzen aus dem sozialen und politischen Leben der Briten』(1849年)に収められた。Vgl.拙訳「イングランドの労働 者」(『かいろす』第31号1993年)また,ドイツの下層階級の悲惨さについて,ヴェー ルトは同時期に「ゼンネの貧しい人々Die Armen in der Senne」(年誌『ドイチェス・ビュ ルガーブーフDeutsches Bürgerbuch für1845』所収)という短文においてドイツ中部を舞 台に描写している。彼の関心はイングランドと同様に故国ドイツにも向けられていた。
なお,ヴェールトは同誌に「産業Die Industrie」という詩も寄稿しているが,そこでは 近代産業について讃えているが,彼の社会の進歩に対する肯定的な態度は明らかであ る。Vgl. Deutsches Bürgerbuch für1745. Neu hrsg. v. R. Schloesser. leske. Köln.1975. S.266−
271. u. S.346−348., Schauerte, Heinrich : Die Fabrik im Roman des Vormärz. Pahl- Rugenstein. Köln.1983. S.239f.及び拙稿「『ドイチェス・ビュルガーブーフ』掲載のヴェ ールトの作品について」(『香川大学経済論叢』第69巻第1号1996年163−172ページ)
−298− 香川大学経済論叢 574
工場労働者の実態は実に悲惨であった。エドゥアルトやマリーにとってもこの過酷な 労働のためにすでに父親は亡く,母親も若いうちに仕事を辞めなくてはならなかっ た。しかも,この労働に対する賃銀支払いも不当に行われる。
彼は土曜日夕方に賃銀が支払われる小さな帳場へ入り,直ちに様々な口座が 個々の労働者の名前を先頭に載せている帳簿を求めた。「留保した金額」のこの 帳簿は工場では我々がその目的をこれ以上は解説できないほどの重要な役割を演 じている。つまり,大半の工場主は労働者の賃銀を数グロッシェンでも切り詰め,
人々に保証するすばらしいシステムを持っているのだ。このような措置の根拠と してたいていは,賃銀を全部いっぺんに手渡すと労働者はお金の扱い方が余りに だらしないとか,サラリーの一部を取っておいてやることが彼らの無事息災への 純粋な配慮であるとかが言われる。「我々は労働者の良き摂理なのだ」とプライ ス氏は「留保した金額」のこの帳簿を始めるように命じたときに言った。(VT II/
345)
経営者は労働者に賃銀を全額渡さない。「労働者のため」と称して,手元に「留保」し,
労働者が困ったときに役立てるのだと主張する。理由として,労働者が多めの金を持 つと,良からぬことに使い,決して彼らのためにならないことを挙げる。確かに「聖 月曜日」との言い方があるように,土曜日にその週の賃銀を受け取るとそのまま飲み 屋に行き,飲んだくれ,月曜日に無断欠勤する労働者がいて問題視されたこともある!。
エドゥアルトが手厳しい口調でプライス氏を批難することには彼のイングランドで の体験が根底にある"。しかし,自分が置かれた,自分が働く工場の状況しか知らない 妹マリーは兄の激しい口調に驚き,プライス氏を弁護する。
(13) Vgl.喜安 朗『パリの聖月曜日−19世紀都市騒乱の舞台裏』(平凡社1982年)しかし,
労働者が月曜日に至るまで痛飲するにはそれ相応の理由があり,彼らの不道徳だけを責 めるわけにはいかない。また,賃銀の一部を留保して,即ち未払いのままにして,労働 者を自らの工場に縛り付けることはヨーロッパに限らず至る所で産業革命の過程で良く 見られたことである。
ヴェールト「小説断片」考
575 −299−
「兄さんがイングランドで見たものに比べるとそんなに良くなくて,適切なも のでは無いかも知れない。でも私たちはそれでもプライスさんがずっと工場を稼 働させていること,彼が私たちに仕事を与えていること,私たちはそれでパンを 得ていることを喜ばなければならないわ。プライスさんが急に工場を止めたら私 たちはどうなるの。」(VT II/309)
マリーの言葉は現代でもありそうな「常識的」な考え方で,工場が存在するから,仕 事があり,仕事があるから労働者も雇われて,日々の糧を得ることができる。労働者 は仕事を与えてくれる工場主プライス氏に感謝しなければならない。工場がなくな り,仕事を奪われたら,どうやって生きていけばいいのか。賃銀労働に頼らざるを得 ない労働者階級にとって,工場が稼働できなくなることは絶対に避けなければならな いことである。彼女は労働者の労働があって,利益も上がるのだとは考えられない。
マリーが兄にプライス氏の工場が停止することを望んでいるのかと問うと,イングラ ンドの労働者の行動を知っているエドゥアルトは次のように平然と答える。
「そうさ,神掛けてそう望んでいる。やつが自発的に止めないなら,強制する つもりだ。あの老人はもう一度我々の笛に合わせて踊るべきで,我々がやつの笛 に合わせて踊らないようにさせるさ。我々がやつのがらくたを全部壊してしまう ほうが,何てこった,毎週価値の乏しい数グロッシェンを稼ぐために数年かけて 我々自身を破滅させるよりは良い。一度我々全員が仕事せずに,腹を空かせて路 頭に迷えば,きっと何かが我々のために見つかり,良い方法もあるさ。だが,工
(14) エドゥアルトが「小説断片」で語る体験談や主張はヴェールトの実際のイングランド 体験がかなり強く反映されている。ヴェールトは1843年末から1846年4月までの2年 余りイングランドの工業地帯にあるブラッドフォードのドイツ系商社で働いていたが,
この長いとは言えない期間のエンゲルスとの交友,ブラッドフォードで知り合った人々 との交友そして体験は彼のその後を決定づけた。ここで彼は当時の世界最先進工業国イ ングランドの労働者の実態を知り,マルクス,エンゲルスらの運動に加わった。Vgl.
Wagner, Frank : Einige literaturhistorische Beobachtungen an Weerths Romanfragment. in : Georg Weerth. Werk und Wirkung. Hrsg. v. Akademie der Wissenshaften der DDR. Akademie- Verlag. Berlin.1974. S.82−91.
−300− 香川大学経済論叢 576
場はこの世界ではもっと違った風にならなければならない。」(
VT II
/310)エドゥアルトにとっては工場の主人公は直接生産に従事する労働者であって,工場主 ではない。少なくとも彼にとっては工場主は労働者の労働成果をかすめ取る搾取者に 過ぎない。
「この工場主というのは吊されるだけの価値もないんだ。プライス爺さんはお れは一番嫌いなやつなんだ。ところでおれはまたやつのところで仕事を探すつも りだ−やつはおれをうまく使うことができる,やつはおれの提案に喜んで同意す るだろう−おれにとって今はやつの近くにいることが本当に重要なのだ−そうす れば自分の機械の知識を応用できるだけでなく,他の労働者に別の精神を持ち込 むことが可能だ。プライス爺さんに自分の奴隷が己の状態について知るようにな ることがどういうことなのかいつか分からせてやるさ−あの悪漢老人に対し全労 働者を広く
!
動することにした−おれがそれで苦しむことがあってもどうでも良 い,おれは決心したんだ−明日にもプライス爺さんに申し出るつもりだ。」[中略]「何てこった。妹よ,おれを怒らせないでくれ−あの上品な連中を思い出させな いでくれ−あの工場主の息子どものことをな,あのキザ野郎たちのことを思うた びにおれは腕がムズムズする−あの怠け者の連中に我が家のグレートヒェンのよ うな十歳の子どもが紡績工場ではした金を稼がなければならないのに,狩りに出 ているか,舞踏会で飛び跳ねているかのどちらかをしているあの小心者たちにお 世辞を言わなくてはいけないと言うのか。」(
VT II
/312f
)マリーは兄がプライス氏を厳しく非難するのに対して,
「私たちがあの人たちのために働かなくてはならないことに,あの上品な人た ちに何ができると言うの。やはり誰かが仕事をしなければならないし,私たちは そうなるように定められているの。プライスさんの息子さん二人は幸運を引き当 てたのよ。」(
VT II
/313)ヴェールト「小説断片」考
577 −301−
と言い返す。まるで自分たちの境遇は運命だとして受け入れなければならないかのよ うに考えている。自分たちの境遇を自ら動いて変えることができないと思い込んでい るようだ。しかし,産業革命が先行し,それにともなう社会変化と人々の意識の変化 を直接見てきたエドゥアルトには妹のような考え方が受け入れがたい。彼は妹や母親 にむかって次のように言う。
お前はプライス爺さん,二人の輝かしい息子の父親に破滅させられた労働者の 子どもではないか。お前は,お前の傍らに座り,年齢よりも早く老けて白髪に なって,同じようにあのプライス爺さんにダメにされた母親の子どもではないの か。あの悪魔野郎に永遠の怒りを誓った兄の妹ではないのか。お前は誇りが唯一 の装いであるこの小屋に生まれたのではないか。[中略]おれたちの主人がほん の僅かでも善意を見せることは耐えられない。何故なら結局の所やつらはおれた ち貧乏人と触れあったとたん強欲さと偽善の組み合わさったものになるのさ。昔 はおれもそんなふうには考えなかった−しかし,冷たいイングランドがおれを正 気にさせたんだ−(
VT II
/313)エドゥアルトもイングランドに行く前は当然のように母親や妹と同じ考え方をしてい たが,イングランドでの体験が彼の認識をすっかり変えてしまう。ではどのような体 験をしたのだろうか。プライス氏の工場で働く仲間の労働者に問われて彼は次のよう に答える。
例えば,イングランドのある町で3万人が従事する梳毛工はかなり前から
!
ま ずたゆまず主人のために働いてきた。以前であれば,良い賃銀が与えられた−彼 らはそれで豪華な暮らしができた。彼らは結婚し,父親になり,いつでも妻や子 供たちの面倒を見ることができるとしか思っていなかった。彼らの当ては外れて しまった。いつも安く生産することが重要で,最も廉価な商品で同業者をしのげ るように,一方が他方よりも経費をかけずに,生産することを考える工場主はし だいに生産コストをどんな方法ででも減少させることで労働者の賃銀を下げるシ−302− 香川大学経済論叢 578
ステムに移行したのだ。(VT II/339)
勿論産業革命により生産性が上がり,有利な条件で商品を売ることが出来ると生産に 従事する労働者にも良い賃銀が与えられることもある。しかし,資本家同士の競争が 激しくなると値下げ競争と一層の生産性向上が求められ,そのために一番のしわ寄せ は労働者に向かう。賃銀引き下げにより,生活が苦しくなると労働者は雇い主に苦境 を訴え,待遇の改善,賃銀の引き上げを要求する。しかし,
主人たちは労働者を笑い飛ばし,説明した。商売は日ごとに悪化している,工 場主たちはそれで苦しみ,労働者もこの十字架をの一端を自ら背負わねばならな い,と。労働者は
!
された−賃銀は下げられ,運命に従うしかなかった。(VT II/339)!
これでは労働者は自らの不運を嘆くしかない。しかし,イングランドの労働者はドイ ツ・ライン地方の労働者とは違っていた。
イングランドの工場労働者はブルジョワジーに対する立場については他のすべ ての国々の労働者よりもはるかに分かっていた。彼らは雇い主たちが労働者なし ではやっていけないこと,まもなくこの二つの階級間にいつかはもっとはっきり と決着を付ける時が到来することを知っていた。だからイングランドのたいてい の労働者は無愛想に誇り高く,挨拶もせず,眉一つ動かさずに,武骨に,生真面 目に雇い主の前に歩み出る。彼らはお金を一枚一枚数えさせ,確かめ,悠然と手 に取り,礼も言わず,挨拶もせずに体を回し,入ってきたときと同じように武骨
(15) この見解が注9)に見られるようなプライス氏の発言と同じであることは論を待たな い。また,作品の中でプライス氏が工場で労働者の働きぶりを「のぞき見」する場面が あり(VT II/347),ブルジョワジーの卑しさが表現されている。Vgl. Nuth, Hildegunde : Die Figur des Unternehmers in der Phase der Frühindustrialisierung in englischen und deutschen Romanen. Ansätze eines Vergleichs. Teil 2. Peter Lang. Frankfurt/M, Bern, New York, Paris. S.497−S.520.
ヴェールト「小説断片」考
579 −303−
に,生真面目に,誇り高く部屋を去っていく。(
VT II
/326)これに比べるとドイツでは大いに異なっていた。賃銀支給の時でも,イングランドの 労働者は受け取ることは当然のこととする態度を取るのに対し,ドイツでは労働者は まだ中世の封建制度の時代のような「雇い主に対してはまだとてもうるわしい農奴制
の関係」(
VT II
/326)にある。しかし,イングランドの労働者は堂々とし,雇い主に対しても対等の態度をとる。彼らは雇い主の恩恵によって雇われているのではない,
雇い主が必要とする労働力を賃銀と引き替えに売り渡しているにすぎない。満足でき る,生活できる賃金が支給されないときには雇い主に対して反抗的になる。
しかし,労働で手にする賃銀では決して満足できなかった。何故ならそれでも 彼らは飢えていたからだ。だから工場主とのなごやかな交渉がすべて無駄だと分 かると,彼らはついに,窮鼠猫を
!
むと考えた。そして中心の最も経験豊かな 人々を選び,ある日曜日の朝戸外の近くの丘の上に人を集めさせ,どう困窮から 脱するかの手段について考えるように命じた。ミーティング
彼らが名付けるところでは,この労働者「集 会」には彼らの問題については 短く語り合った後では,決然たる強硬手段だけではこの件はわずかしか変えられ ないことが分かりすぎただけだった。手に武器を持って社会に抵抗して立ち上が ることは血まみれの結果を,さらに大きな不幸をあらゆる方向にもたらさざるを 得なかったことの他は,彼らには,自分たちは大勢だが,戦いでは決して支持し てはくれない国内の全住民に比べて孤立しすぎているので,この戦いでは打ち負 かされるだろうと思われた。それ故,これは何もなしだった。「こうしたらどう だろう」と不意に声が上がった。「荒々しく立ち上がる代わりに,突然三万人が 拱手傍観したら,そして甚だしく多く働く代わりに今度はもう何もしないという のはどうだろう。武器を磨きもせず,羊毛を梳きもせず,一言で言えば,貴族を 演じて数週間散歩するというのはどうだろう。我々の主人は血まみれの攻撃と同 じように正気に戻るだろうか。工場主は自分の財産を,所有者が莫大な額を失う のでなければ,つねにかかわってしまうと思える巨大な工場に注ぎ込んだのだ。
−304− 香川大学経済論叢 580
もし,今我々が仕事を放棄すれば,彼らにとってはすべてが突然休止してしま うのだ。(VT II/339)
ミーティング
イングランドの労働者は自分たちだけで「集 会」
!
を開き,協議し,必要があれば,
ス ト ラ イ キ
団結して同盟罷業も辞さないという態度を取る。もはや恣意的な雇い主を全面的に信 頼することもなく,自らの待遇改善を求めて集団による,そして肝心なことだが,ス トライキという,組織的な示威行動に出ることさえ厭わない。エドゥアルトが語るイ ングランドの労働者の実情はプライス氏の工場で働く仲間の労働者にとっては信じが たく,理解しづらいことばかりだった。
しかし,エドゥアルト自身もイングランドで驚きとともに学んだのだ。その様子を 語り手は次のように述べている。
彼は遊びながら現代を動かすことを学んでいたのだ。工業,商業,政治−すべ てが彼の心に残った。彼は自由な商業,自由な競争,過剰生産,プロレタリアー ト,そして類似の点がどのようであるか,故郷の町の多くの教授たちよりもよく 知っていた。というのは生活が,直接見たことが彼を成長させ,自然な関心が彼
ミーティング
(16) こうした労働者による「集 会」はイングランド滞在中にヴェールト自ら参加してい
ミーティング
たことである。このような「集 会」を通じて彼は当時興隆していたチャーティストと も親交を深めていく。上述のようにこの体験が「小説断片」に強く反映している。労働 者階級は置かれた境遇に甘んじているだけではない,原因について考え,団結し,行動 する。このようなイングランドにおける民衆運動について,ヴェールトは,生前は未刊 行に終わったルポルタージュ「ラジカル・リフォーマーの歴史Geschichte der Radical Reformers von1780bis1832」と「チャーティストの歴史Geschichte der Chartisten von 1832bis1848」で詳細に報告している(ともに上記『イギリス・スケッチ』に収録さ れている)。Vgl.拙訳「ラジカル・リフォーマーの歴史」及び「チャーティストの歴史」
(社会思想史の窓刊行会『社会思想史の窓』No.101, S.1−11, No.104, S.1−17, No.111, S.1−16, No.112, S.1−16,1993/94年)。またさらに労働者階級が身近な仲間だけでなく,
国境を越えた連帯感を求めることはヴェールトの「彼らはベンチにすわっていたSie saßen auf den Bänken」や「ドイツ人とアイルランド人Deutscher und Ire」などの詩に窺 うことができる。Vgl.拙稿「ヴェールトの『彼らはベンチにすわっていた』について」
(日本独文学会中四国支部編『ドイツ文学論集』第23号1990年S.31−38)これは実態と いうよりも詩人の願望であるとも言えようが,イングランド帰りのエドゥアルトがドイ ツでかつての仲間にイングランドの労働者のことを語ることは労働者階級の国際連帯と いう側面を持っている。
ヴェールト「小説断片」考
581 −305−
の自由な感覚を,これ以上ないほど世界の種本作者を勤勉に勉強して可能なこと よりも一つ一つの正しい印象への感受性を強くした。(VT II/342)
まさにエドゥアルトにとって,作者ヴェールト自身と同じようにイングランド滞在期 間は「イングランド修業時代」!だったのだ。その学習過程でエドゥアルトは労働者の 示威行動も決して成功することはないことも知る。しかし,重要なことは敗北の意義 も充分に理解していることである。
ひどく不幸な結末になっても,そんな戦いは大いに役に立つ。イングランドの 労働者は何年も前からこれ以上ないほどの悲惨な経験をしたにもかかわらず,今 日にいたるまで自分たちの努力を新たにすることを怠らなかった。何故なら,一 方で主人の残虐さによってそうするように挑発され,そのような戦いの誘発はご く間近にあり,他方で,これが大事なことだが,多かれ少なかれ非常に困窮し,
ス ト ラ イ キ
順番どおりに同盟罷業を強いられる全労働者階級が次第に交戦の方法に慣れるこ とを,同じ状況と運命が互いに折り重なって一つになることを,そしていつか工 場主の圧力が劣悪な営業状態によって,製品の過剰生産によって,不作などに よって,同じ瞬間に予想通りのことがさらに耐えがたくされ,あの規模での蜂起 が莫大なエネルギーで始まらなければならないことを,工場主の行動に結末を付 け,どんな抵抗が民衆の面前で不可能になるだけでなく,全面的な転覆が始まる
(17) Vgl.「イングランド修業時代」という言葉は多くの研究者の共通認識であるが,それ はヴェールト自身がボンでの雇い主,プライス氏のモデルと目される商務顧問官フリー ドリヒ・アウスム・ヴェールトに宛てた書簡(1845年1月22日付け)の次の一節で容 易に理解できることであろう。
「私は,イングランドは今この瞬間若い男にとって本当の学校であると思います。[中 略]同時に,あらゆる効果的な世界への動きの先頭に立ち,一挙に混乱の奈落や純粋に 人間的な努力の見事な領域へと展望を開くからです。−というのは普通の男の貧困や不 満がこれほど燃えているところはないからです。」(VTI/67)
そしてこれに続けてこのような状態を反対運動の指導者たちがうまく利用しているこ と,彼らのスローガン,「貴族は君らから何世紀にもわたって盗みを働いた。君らの商 人や工場主は君らから毎日のように盗みを働いている−所有に宣戦せよ,君らは勝利を 収めるだろう」を引用している。このことからヴェールトにとっての「修業」の内容が 明らかであり,「小説断片」において描写された労働者階級の姿も明らかである。
−306− 香川大学経済論叢 582