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「即自的階級」と「対自的階級」に関する一考察 : 階級概念把握の二つのレベルに関連させて

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(1)

「即自的階級」と「対自的階級」に関する一考察

― 階 級 概 念 把 握 の 二 つ の レ ベ ル に 関 連 さ せ て ―

階級概念 における二 つの レベル

マルクスの階級概念の把握において、相異なる 二つの レベルが存在す ることはよ く知 られている ところであ る。第-の レベルは「生産関係 レベル」 ともい うべ き見地であって, この レべノLにおいて 階級 は生産手段 の所有関係によって区別 された社 会的集団 と規定す ることがで きる。第二の レベル は 「運動主体 レベル」 ともい うべ き見地であ り, この レベルにおいては階級は特定の利害を もって 組織 され闘争 す る社会的集団 として とらえ られ る。前者が 「客観的存在 としての階級」であるの に対 して後者 は 「運動主体 としての階級」 をあ ら わ してい る(1)0 マルクスが階級概念を この ような二つの レベル で把握 してい ることを示す若干の文言を引用 して み よ う。 まず

,

「生産関係 レベル」の階級概念 とし ては 『資本論 』全

3

巻の最終章 (第

5

2

章) に登場 す る諸階級 をあげることがで きる。その章 の冒頭 でマルクスは 「労賃,利潤,地代をそれぞれの収 入源泉 とす る単 なる労働力の所有者,資本の所有 者,土地所有者,つ ま り賃金労働者,資本家,土 地所有者 は,資本主義的生産様式 を基礎 とす る近 代社会の三大 階級をなしている

(

2

)

と述べている。 資本主義社会 の 「三大階級」である賃金労働者, 資本家,土地所有者が生産手段 の所有関係か らと らえられた階級概念であることは,マルクスが「単 なる労働力 の所有者,資本の所有者,土地所有者, つま り賃金労働者,資本家,土地所有者」 と言い 換 えてい ることか ら明らかであろ う。 この ように マル クスには 「生産関係 レベル」で とらえられた 階級概念が明確 に存在す るのであ る(3)0 他方, マル クスには 「運動主体 レベル」 の階級

概念 も存在す る。 マルクスは 『共産党宣言』にお いて, ブルジ ョアジーに対す るプロレタ リアの闘 争 の発展過程について,はじめは個 々のプロレタ リアと個 々のブルジ ョアジーが衝突 しているが, やがて, プロレタ リアの団結が広が り,地方的闘 争か ら全国的闘争- と発展 し,階級闘争が政治闘 争 にまで発展す ると指摘 した後,次の よ 7>に述べ ている。 「プロレタ リアが階級に,それ とともにまた政 党に組織 されてい くこの過程 は(DieseOrgani -sationderProletarierzurKlasse,unddamit zurpolitischenPartei),労働者その もののあい だの競争 のために,たえず くりかえ し打ち砕か れる。だが, この組織 は,いつで もいっそ う力 づ よ く,強固で有力なもの となって復活す る。 それは, プルジ ョ7ジーの内部の分裂 を利用 し て,法律の形で労働者の個 々の利益 の承認 を強 要す る。イギ リスの10時間労働法がそれである」 (4)

0

この文中における階級が 「生産関係 レベル」で とらえられた「単 なる労働力の所有者

-賃金労働 者 を意味す るのでな く, ブルジ ョアジーに対抗 し て同盟(Koalition)や結社(Assoziation)をつ くっ ているプロレタ リア,労働組合や政党 に組織 され てい る労働者 を さしてい る ことはい うまで もな い。 ここにおいて階級概念 は労働組合や政党のよ うな,特定の利害を もち,その利害 の実現のため に運動す る社会的集団 として,換言すれば,階級 闘争の現実的にない手 として

,

「運動主体 レベル」 で把握 されているのである

(

5

)

0 なお,ついでまでに指摘す ると,階級概念をこ っの レベルか ら把握す ることはマル クスに固有な のではな く,彼 と理論的 立場 を異にす るとはいえ, 社会学的階級論の見地に立つ論者 に もみ られ るこ

(2)

とである.例 えば

,M

・ウェバーは財産階級 ・営 利階級 ・社会階級 とい う三つの階級 と階級的利害 関係者の組織化 としての 「階級団体Klassenver -b芸nde」を区別 していた し(世良晃志郎訳 『マ ック ス ・ウェーバー経済 と社会 支配の諸類型』第四 章),ウェ-バーか らの弓鋸 、理論的影響の もとに闘 争理論 を展開 したR・ダーレン ド/レフも 「準集団

quasi-group」か ら 「利害集団interestgroup 」-の発展について述べている (富永健一訳 『産業社 会における階級お よび階級闘争』)。また,マル クス の階級論を強 く意識 しつつ,独 自の社会的勢力論 を樹立 した高 田保馬 も 「単なる社会的部類 として の階級」 と 「既 に-集団 としての意識を伴 える階 級」とを区別 している (『階級及第三史観』)。 これ らの論者たちの レベル設 定の仕方 は決 して一様で はないが, ともか くも,いわ ば二段がまえで階級 概念 をとらえていることに留意 してお きたい。 ところで,問題 はこの ような階級概念の二つの レベルが どの よ うに関連す るのか とい うことで ある。この点 についてはF・エンゲルスの有名な見 解が存在す る。エンゲルスは『フランスにおける階 級闘争』(1895年刊行)の序文で 「ここにあ らたに 出版 される著作 は, マルクスが彼の唯物論的 な見 解 によって現代史の一時期を,与 えられた経済状 態か ら説明 しよ うとした最初 の試みであった」 (6) と述べ,その著作でのマルクスの唯物論的方法に ついて,「政治的闘争 を,経済的発達か ら生 じた現 存の社会階級(Gesellschaftsklasse)お よび階級分 派(Klassenfraktion)問の利害の闘争 に還元す る (zuriickfiihren)こと,そ して,個 々の政党が, これ らの階級や階級分派の多かれ少なかれ適当な 表現 (Ausdruck)であることを証明す ること」(7) と規定 してい る。私見 によれば,階級概念の二つ の レベルの関連 についてのエンゲルスの見解 は明 瞭であ り,彼 は 「生産関係 レベル」の階級 と 「運 動主体 レベル」 の階級 とを還元 と表現 とい う概念 を使 って関連 させているのであ る。 このエンゲル スの見解を,政治闘争 をもっぱら経済的諸関係に 還元 し, もって,政治闘争を経済的諸関係の直接 的表現 として とらえるならば,それはいわゆる経 済決定論の見地 にほかならず, マルクスの 「唯物 論的方法」 とは区別 されねばならないであろ う。 晩年 のエンゲルスが こうした経済決定論の見地 に 対 して 自己批判 をまじえつ つ反論を加 えているこ とは周知のとお りである

(

8

)

0 晩年 エンゲルスの反論,tこもかかわ らず,経済決 定論 といわないまでも経 済還元主義的傾向はその 後 のマルクス主義的思考 に根づ よく残存 して きた よ うに思われ る(9)。 こうした経済還元主義的傾向 に反対 して理論的作業を進 めている論者の一人が ルイ ・アルチ ュセールであ る。彼は歴史的現実 を 「経済的 なものによる最終次元での決定の上への 有効 な諸決定 (上部構造 お よび,国内的,国際的 な特殊 な諸状況か ら生 じる)の集積」 として とら える 「矛盾の重層的決定」 とい う独 自の見解を打 ち出 している(10)0 近年, アルチ ュセールの理論か ら示唆を受けつ つ, スチ ュアー ト・ホールはマルクスの階級概念 における二つの レベルの関連 について興味深い考 察を試みている。彼は F共産 党宣言』か ら Fルイ・ ボナパル トの プ リュメール18日』を経 て

,

F資本 論A・『フランスの内乱』等 の後期 の著作における 階級分析をフォローし

,

『共産党宣言』における経 済的階級 と政治的階級を直結 させ る見地か ら

,

Fル イ・ボナパル トのブ リュメール18日』における 「複 合的単純化」の見地 (政治 を階級利害の直接的表 現 としては扱わない)- とマルクスO.階級分析が 発展 していると述べ

,

「階級闘争の理論 とは,経済 的なもの,政治的なもの,イデオ ロギー的 なもの, とい う種 々の在 り場所 と諸 審級 での階級諸関係 を,矛盾を含み転位を示す諸代表 として F統一J す る理論である」 と結論づ けてい る(ll)。つ ま り, ホールは階級の経済的構成 と政治的構成 との直接 的照応 とい う考 え方を退 けて,両者を 「代表の形 態 と代表の過程」(12)とい う媒 介の論理 を導入す る ことによって関連づけよ うとしているのであ る。 以上の ように,マルクスの階級概念における二つ の レベルをどの ように関連 させてつかむか とい う 問題 をめ ぐって諸論議が進 行中であるが,本稿 は そ うした論議を総括 して独 自の見解を提示す るこ とを意図 した ものではない。本稿 は,従来, こう した問題で引 き合いに出 され ることの多か ったマ ルクスの 『哲学の貧困』 における 「即 良的階級」 か ら 「対 日的階級」への発展 とい う定式 を検討 し, そ こに こめ られたマルクスの真意 を明 らかにしよ うとす るものである。 こ うした作業は,階級概念

(3)

-2-における二つ の レベルの関連 とい うテ-マを真正 面 か ら論 じる ことにはならないが,やや迂 回的 に それ にアプ ローチす るもの となろ う。

即 日的階級」 と 「

対 日的階級」

従来, マル クスの階級概念 における二 つの レベ ルの関連 につ いて十分 に掘 り下

た分析が試み ら れた とは必ず しも言 えないのであ るが, この点 に 関 して, しば しばマル クス 『哲学 の貧困』 の一文 を典拠 として 「即 日的階級」か ら 「対 日的階級」 への発展 ・転化 が語 られて きた。 その さい

,

「即 日 的階級」は 「生産関係 レベル」での階級 に

,

「対 日 的階級」 は 「運動主体 レベル」での階級 に, ほぼ 等置 された もの として理解 されて きた個。 ところ で, マル ク ス の一文 を,経 済 的諸 条件 に規 定 さ れた客観的存在 としての階級

(

即 日的階級)が明 確 な階級意識 を もつ組織 された闘争集団 (対 日的 階級)へ と発展 してい くプロセスを定式化 した も の と解釈で きるであろ うか。 同 じことだが, マル クスの一文 は生産関係 レベルでの階級 (即 日的階 級) が運動主体 レベルでの階級 (対 日的階級)-と発展 してい くプ ロセ スを叙述 した ものであろ う か。そ こで,問題 の一文 を検討す ることに しよ う。 マル クスは.『哲学 の貧困』第2章第5節 ス トラ イキ と労働者 の団結 において,労働者 のス トライ キ と団結 (労働組合) に反対す るブル ー ドソの所 説 に反駁 し,近 代産業 の発達 とともに労働者の団 結 も進展 して きた こ とを イギ リスに即 して叙 述 し,次の よ うに述べてい る。 「経済的諸条件がまず最初 に国民大衆 を労働者 に転化 させたのであ る。資本の支配 は, この大 衆 に とって,共通 な一つの地位 を,共通 な諸利 害関係をつ くりだ した。だか らこの大衆 は,質 本 にたい してはすでに一個 の階級であ る。 しか し, まだ,大衆それ 自体 に とっての階級ではな い。 さらに,われわれがその若干の局面 だけを 指摘 した闘争 において, その大衆 は 自己 を相互 に結合す るよ うにな る。大衆 自体 に とっての階 級 に自己 を構成す るのであ る。大衆の防衛す る 利害が,階級的利害 となる。 しか し,階級対階 級の闘争 は一つの政治闘争 である」(14)0 上記 の一文 を 「即 日的階級」か ら 「対 日的階級」 - の発展 を定式化 した もの と理解す る論者 の一 人 として鈴木安蔵氏 をあげ ることがで きる。氏の見 解 はそ うした理解 の一 つの典型 をな している と思 われ るので,やや くわ しく氏の見解 を引用す るこ とにす る。 「階級を以上 の よ うに解す るな らば,階級関係 は, その成員が充分 に, その関係 を意識す る と いな とにかかわ らず,客観的 に成立 し存在す る 社会関係であ る。『何百寓 とい う家族 が,その生 活方法,その利害, その教養 を,他階級のそれ か ら分離 し,他階級 と敵対的 に対立せ しめてい るよ うな経済的諸生存 条件 の下 で生活 してい る か ぎ り,被れ らは,一つの階級 を 形 成 してい る のであ る』(マル クス 『ル イ ・ボナ/1ル トの プ リュメール18日』

,

『全集』第8巻,194ペ ージ。 ただ し,訳文 は同 じでない- 引用者)。す なわ ち,人 々 は,意 識 す る と否 と に か か わ らず, この客観的 な社会関係,生活条件に よって, そ の生活 の仕方,考 え方,教養等 を決定 され る。 階級 内部 におけ る一定 の共通 な心理,感情,壁 界観,風習,生活様式,利害関係が成立 し,他 階級 と異 なる生活圏が成立す る。 しか も社会生 活 における結合 ない し対立 ・闘争 の原理,主体 としての階級が機能 を発揮 し うるためには, こ の客観的実在 は,成員 によって意識 され,組織 化 された表現を もたね はな らぬ

『個 々の個 人 は,被れ らが他 の一階級 にたい して共 同闘争 を 遂行せ る必要 を もつか ぎ りでのみ,一つの階級 を形成す る』 (マル クス ・エ ンゲルス 『ドイツ・ イデオ ロギー』花崎泉平訳 『新版 ドイツ ・イデ オ ロギー

1

3

5

ペ ージ。 ただ し,訳文 は同 じで な い一 引用者)Oす なわ ち『彼れ らの利害の同一性 が,被れ らの間 において何 らの一致 を も生ぜず, 何 らの国民的結合 も,何 らの政治的組織 を も生 み出 さないか ぎ り,被れ らは,何 らの階級 も形 成 していない』 (マル クス 『ル イ・ボナパル トの ブ リュメール18日』,前掲害,194ページ。ただ し, 訳文 は同 じで な い一引 用者)。客 観 的 に形 成 さ れ存立す る階級関係一一一-中略---を,他の諸階 級にたいす る独 自な自階級の地位,条件,利害, その利害の実現 の方法, そのための組織,行動 方針 を,成員が意識 し,団結 し行動す るにいた るとき,す なわ ち階級意識 に 目ざめ るとき

,

『初

(4)

めて社会的範 臥!享としての階級 が成立す る』 ( M-ax Adler,D1-c Sf(((ELwIllfftlLblLblZl)Zg d(,∫JIllJr_rl'S一 川 ノバ,S.100.- 引用者)。客観的実存 として存在 す る階級

,

『それ 自体 としての階級』(uneclasse ∼,is-;-vis,Klasseansich)か ら, 自覚せ る階級, 階級意識 に 目ざめ, 自己を階級 として団結 し行 動す る階級

,

『自分 自身 のため の階級』(classe pourelle・m昌me.Klassefi'lrSi°h)に発展す る」 (15)

以_1二の引用か ら,マル クスの 階級概念 について の鈴木氏の見解 を次の三点 にまとめ ることがで き るだろ う。第一 に,、階級概念 を二つの レベルにお いて とらえてい ることであ る。階級 は,一万では, 成員の意識 にかかわ りな く 「客観的 に形成 され存 立す る階級関係」 (「それ 自体 としての階級

)

とし て,他方 では,客観的実在 としての階級関係の「成 員 によって意識 され,組織化 された表現」 として の階級,す なわ ち 「階級意識 に 目ざめ, 自己を階 級 として団結 し行動す る階級

」(

-

「自分 自身のた めの階級」)として,把捉 されてい る。前者が 「生 産関係 レベル」 に,後者が 「運動主体 レベル」 に それぞれ対応す る階級概念であ ること,い うまで もない。第二 に

,

「それ 自体 としての階級

」(

-

「生 産関係 レベル」 の階級)か ら 「自分 自身のための 階級」 (- 「運動主体 レベル」の階級)-発展す る と考 えられてい ることである。つ ま り,二つの レ ベルの階級概念 は発展段階 を異 にす るもの とされ ている。第三 に,階級概念 におけ る二つの レベル を区別 す る基準 として 「階級意識」が重視 されて いることであ る。「それ 自体 としての階級

」(

-

「即 日的階級

)

と 「自分 自身のための階級

」(

-

「対 日的階級」)とは階級意識 の有無 に よって区別 さ れ,それゆ えに,発展段階 を異 にす るとみ なされ ているのであ る。 鈴木氏 は 『哲学 の貧困』・『ルイ ・ボナパル トの プ リュメール18日』等 を典拠 として マル クスの階 級概念 を上記 の よ うに理解 してい るが, この よう な理解の仕方 は文献解釈 として問題 はないのであ ろ うか。 まず

,

『哲学 の貧困』について検討 してみ よ う (『ル イ・ボナパル トの ブ リュメール18日』 に ついては後述す る)。

I

即 日的階級」と 「

対 日的階級」の真

す でに述べた よ うに, マル クス『哲学 の貧困』の 一文 は,しば しば、「即 日的階級」か ら「対 日的階級」 への発展 を定式化 した もの と理解 され て きた。 そ こで, まず指摘 してお きたい ことは, マル クスの 一文 には「対 日的階級」と訳 されてい るKlassefar sichとい う用語 は確 かに存在 してい るが

,

「即 日 的階級」 に対応す ると思われ るKlasseansichと いった用語 は見 当 らない ことであ る。「即 日的階 級」 と 「対 日的階級」 とは対 をなす カテ ゴ リーの はずであ るが

,

「即 日的階級」に関 しては, それは マ/レクス自身の用語 ではな く後世 の人 々に よる造 語だ と言わ な くてほならない(16)0 マル クスの一文 に「即 日的階級」なる用語が存置 しない ことは確かであるが

,

「即 日的階級」に対応 す ると推測 され る用語 はないわ けではない。再度 マル クスの文章 を引用 してみ よ う。「だか ら,この 大衆 は,す七に,資本に対す る一つの階級であ る が, しか し, まだ,大衆それ 自身のための階級で はな

」(17)。念 のため, この箇所 についてマル ク スの 7ラ ソス語 原 文 とカ ウツキーお よびベ ル ン シ ュタイン翻訳 の ドイツ語文 を示 してみ よ う。

7ラソス語文一Ainsicette 一masseestdeja uneclassevis-a-visducapital,Imaispase

n-corepourelle一m昌me.(18)

ドイツ語 文一SoistdieseMassehereitseine KlassegegenuberdemKapital,aber れoch nichtfursi°hselbst.(19)

前後 の文脈 を考慮 に入れ ると, この文 における 「資本 に対す る一つ の階級 (uneclassevisふvis ducapital

)

,(eineKlassegegenGberdem Ka-pital)」 と 「大 衆 そ れ 自身 の た め の 階 級 (〔une classe〕pourelle一m昌me),(〔eineKlasse〕farsich selbst)」(20)とは範 醇i的 に区別 されてい る用語であ り,労働者階級 の異 なる発展段階 をあ らわ してい る用語 と考 えて さしつかえない よ うに思われ る。 その よ うに考 えるな らば

,

「即 日的階級」はなるほ ど造語で はあ るが,根拠 のない造語で はな く, マ ル クスの 「資本 に対す る一つの階級」 に対応す る 用語であ る と推察で きるのであ る。

(5)

-4-ここまで来 ると,問題 はマル クスが 「即 日的階 級」 とい う用語 を使 ったか どうか とい うことよ り ち, マルクスの一文 を,客観的実在 としての階級 が組織 された闘争集団 としての階級へ と発展 して い くプ ロセ スを述べた もの と解釈す ることが妥当 であ るか否 か とい うことであ る。それでは,問題 のマル クスの一文 は全体 として何を主張 してい る のであろ うか。 この点 について服部文男氏 は次 の よ うに述べ てい る。 「マルクス 自らの言葉か らも明 らかなよ うに, この一段 の叙述 は,その前 の部分で略述 された 労働者階級 の成立 とその闘争 の発展過程を理論 的 に要約 した ものであ る。す なわ ち,資本主義 的生産 とともに生 まれた労働者大衆 は,共通 の 利害 を もつ ことに よって『資本 にたいす る階級』 であ るが

,

『団結』の形成 と発展 に よって 『大衆 自身 に とっての階級』 とな り,その闘争 は政治 的性格をお びることになる, とい う趣 旨 と解す る ことがで きる」但1)0 服部氏が言 われ るよ うに,マルクスの一文 は「労 働者階級の成立 とその闘争の発展過程 を理論的 に 要約 した ものである」。そ うだ とすれば

,

「資本 に 対す る一つ の階級」 も闘争 の発展過程 にあ るもの として把握 されねばならない。す なわ ち

,

「資本 に 対す る一つ の階級」 としての労働者階級 は何の運 動 も闘争 も展 開 しない 「客観的実在」ではな く, 個 々ば らば らではあ って も,それぞれの資本家 ㌢こ 対 して賃金増額等 の労働条件改善 を要求 し,時 に はス トライキで抵抗す るな ど不十分 なが ら一定 の 運動 を展開 してい る存在 なのであ る。私 は,鈴木 氏 とは異な り,マル クスのい う 「資本 に対す る一 つ の階級」 す なわ ち 「即 白的階級」 を 「生産関係 レベル」で は な く

,

「運動主 体 レベル」 の階 級概 念 として とらえるべ きだ と考 えるものであ る。 つ ま り, マル クスの一文 は 「生産 関係 レベル」 の階 級 か ら「運動 主体 レベル」の階級-の発展を述べた ものではな く,運動主体 レベルの階級を未発達な段 階 と発達 した段階に区分 し,前者か ら後者への発展 を論 じた もの なのであ る。以上 の ことは,労働者 階級 の成立 とその闘争 の発展過程を『哲学 の貧困』 よ りも一般 的 な観点 か ら論 じてい る『共産党宣言』 と対比すれ ば さらに 明確 になるであろ う。 「ブルジ ョアとプ ロレタ リア」 と題 された 『共 産党宣言』第

1

章 では,資本主義の発達 に ともな うブルジ ョアの台頭 お よび ブルジ ョ7 との対抗関 係のなかで とらえ られた プ ロレタ リアの闘争 の発 展過程が大略以下 の よ うに叙述 されてい る。封建 社会 の没落 か ら生 まれた近代ブルジ ョア社会 は ブ ルジ ョアとプ ロレタ リアとい う二大階級の対立す る社会であ る。 中世都市 の城外市民 か ら生 まれ出 て きた ブルジ ョアは,近代的大工業 が現われ世 界 市場が成立す るに及 んで, ます ます資本 を増大 さ せ,中世か ら受 け継がれて きた諸階級 を押 しのけ て経済的 ・政治的支配 をかち とった。 この過程で ブル ジ ョア は きわ め て革 命 的 な役 割 を果 した - 封建的 ・家父長的諸関係の解体,生産手段 の 不断の改良,世界市場 による諸国民の全面的交通 と全面的依存関係の成立,未開 な国を含むすべ て の国 々の文 明化,政 治上 の中央 集権 化, 巨大 な 生産諸力の実現等 々。 こ うした ブルジ ョアの発展 とともに, プロレタ リアす なわち近代労働者 の階 級 も発展す る。 さて, プ ロレタ リアの闘争 の発展過程 は次の と お りであ る。まず

,

「ブル ジ ョ7ジーにたいす る彼 ら (プ ロレタ リアー 引用者) の闘争 は,彼 らの存 在 とともに始 まる」(22)。 そ して

,

「最初 は個 々の労 働者が,次 には一つの工場 の労働者が, その次 に は一地方 の一つの部門の労働者 が,彼 らをち ょく せつ搾取 してい る個 々の ブルジ ョア とたたか う。 一一ヰ 略- この段階では,労働者 は,全 国に散在 し て競争 のために分裂 してい る群 であ る」(23)O こ う して,資本主義的大工業 の発展 とともにプロレタ リアの人 口が増大 し, プ ロレタ リアの大群が形成 され る。機械の導入 はプ ロレタ リアの労働の差異 を解消 し,一様 に賃金 を低 い水準 に押 し下 げ, プ ロレタ リアの利害 と生活水準 を平均化 してい く。 こ うして,「個 々の労働者 と個 々の ブルジ ョアとの 衝突 は, ます ます二つの階級 の衝突 とい う性格 を おびて くる」(24)O労働者 はブルジ ョ7に対抗す る ために同盟Koalition(労働組合 な ど)や結社Ass・ oziation(政党 な ど)を組織す るよ うにな る。 こ う した労働組合や政党 に結集 した労働者階級の闘争 こそ, それ までの-労働者,一工場,一地方 にお いて行われていた個別的,分散的 な闘争 とは質的 に区別 され る 「一つの全国的闘争」であ り

,

「一 つ の階級闘争einKlassenkampf」なのであ る。 この

(6)

段階での階級闘争 は必然的 に国家権力に対する闘 争であ り,この意味で「政治的闘争einpolitischer kampf」であ る。 こうして, プロレタ リアの存在 とともに始 まるブルジ ョアに対す る闘争 は,は じ めは個 々の ブルジ ョアと個 々のプ ロレタ リアの闘 争 に とどまっているが,やがて,労働組合や政党 が組織 され ると,階級 と階級 との全国的闘争へ と, 政治的闘争 としての階級闘争へ と発展 してい くの である。 以上に見た 『共産党宣言』の叙述 と 『哲学の貧 困』の叙述 とを比較 してみ ると

,

『哲学の貧困』に おける「資本に対 する一つの階級」 (「即 日的階級」 とされているもの)が 『共産党宣言』における, -労働者 として,一工場 の労働者 として,一地方 の労働者 として, 自分 を直接に支配 している資本 家に対 して閉 っている労働者階級 と対応 している ことは明 らかであ る。同様 に

,

「大衆 自身のための 階級」 は 『共産党宣言』 における,労働組合や政 党に結集 して全国的闘争を展開 している労働者階 級に対応 しているのであ るOこの よ うに

,

「資本に 対す る一つの階級」(- 「即 日的階級

)

は単なる 「客観的実在」ではないのである。 マルクスが言 うように

,

「ブルジ ョ7ジーに対す る彼 ら〔プロレ タ 1)7- 引 用者〕の闘争 は,彼 らの存在 ととも に始 まる

「資本 に対す る一つの階級」 (

-

「即 白的階級」)としての労働者 は,労働組合や政党を 結成 して全国的闘争を展開す る以前の,労働者一 個人 として,一工場の労働者 として,一地方の労 働者 として,直接的支配者である資本家 と闘 って いる労働者であ る。だか ら

,

「資本に対す る一つの 階級」 (

-

「即 日的階級」)は階級闘争の初歩的で 未発達 な段階における労働者階級をさした もので ある。 ところで, マルクスの階級概念について F哲学 の貧困』 とともに, しば しは引用 され るのが Fル イ ・ボナパル トの プ リュメール18日』の一文であ る。鈴木氏 も 「即 日的階級」 と 「対 日的階級」に ついて述べ る際, この一文 をも典拠 としていたの で,簡単なが らこれに言及 してお きたい。 周知のよ うに

,

『ルイ・ボナパル トの プ リュメー ル18日』 は1848年 2月の 7月王政の崩壊 (2月革 令)か ら1851年12月のルイ ・ボナパル トの クーデ ターによる権力樹立 までの政治史を分析 した もの である。 マルクスはこの著作 の最終章である第

7

章で7月王政の崩壊か らクーデターの成功 までの 全経過 を総括 しつつ,ルイ ・ボナパル トの権力 と その社会的支柱であ る農民 (分割地農民) との関 係について分析 し,ボナパル トを自分たちの代表 とせ ざるをえない分割地農民の存在諸条件を明 ら かに している。マルクスによれは

,

「分割地農民 は おびただ しい大衆である。その成員たちは,似た りよった りの事情の もとで生活 していなが ら,お たがいのあいだで多面的な関係を結ぶ とい うこと がない」(25)O農民たちはそれぞれの分割地で 自給 自足的生活を営 んでお り,彼 らの問に限定的で狭陰 な結 びつ きはあるものの,「多面的 な関係manni n-gfacheBezieung」や 「豊かな社会関係Reichtum der・gesellschaftlichenVerh芸Itnisse」(20が発 展

す る余地 はなか ったのである。 マルクスはこの よ うな経済的諸条件に起因す る分割地農民の孤立性 を指摘 したのち,次のように述べている。 これが マルクスの階級概念 に関 して しば しは引用 され る 一文であるo

仏)数百万の家族が,彼 らをその生活様式,刺 害,教養 の点で他の諸階級か ら区別 し,それ と 反 目させ るような経済的生存諸条件のもとで生 活 して い るか ぎ りで, 彼 らは一つの階級 をつ くっている。(B)分割地農民たちのあいだにたん なる局地的な結びつ きlokaler Zusammenha・ ngLかな く,利害の同一性 とい うことか ら,彼 らのあいだに どんな 共同関係 も,全国的結合 も, 政治組織 も生 まれて こないかぎ りで,彼 らは階 級をつ くっていない」CZ7). 上記 のよ うな 「分割地農民は階級をつ くってい て,階級をつ くっていない」 といった叙述 はある 種の レ トリックを含んだ表現であ って,その正確 な理解 は必ず しも容易ではない。 しか し, さしあ た り,分割地農民は生活様式 ・利害な どの客観的 基準に照 らしてみれば他の階級 と区別 され る一つ の階級をな しているが,彼 らは局地的な結 びつ き にとどまっていて,共通の利害の もとに全国的組 織や政治的組織 を結成す るに至 っていないか ら, 完全 な意味では階級になっていない, とい うのが この一文 の主 旨であ る と理解 す ることがで きよ う。別の言い方 をすれば,分割地農民 は 「生産関 係 レベル」では確かに階級であ るが

,

「運動主体 レ

(7)

ー6-ベル」ではきわめて不十分な段階にとどまっている 階級だ とい うことである。 このマルクスの一文に 関 して鈴木氏 は引用文仏)における階級を 「客観的 実存 として存在す る階級」 として,引用文脚 にお ける,全国的結合 をなし政治組織 を もつ階級 を「自 己を階級 として団結 して行動す る階級」 として解 釈 されてい る もの と察せ られ るのであるが, こう した解釈は基本的に妥当なもの と思われ る(28)a

マル クスにおける階級闘争 の概念

前節で述べ た よ うに

,

「即 日的階級」か ら 「対 日 的階級」への発展 とは 「生産関係 レベル」 の階級 が 「運動主体 レベル」の階級- と発展 してい くこ とではな く,階級闘争 において未発達な段階にあ る階級が よ り発達 した段階の階級つ と発展 してい くことを意味 していた。「即 日的階級」と 「対 日的 階級」 は階級闘争 の異なる発展段階に対応 した概 念 として位置づ けられ るべ きである。その ように 考 えると, それでは階級闘争の未発達 な現階 と発 達 した段階を区別す る基準 はなにか,そ もそ も階 級闘争 とはいかなる概念か とい うことが問題 とな ろ う。 そこで, マルクスの階級闘争概念をやや立 ち入 って考察す ることにしたい(29). マル クスの階 級闘争概念 については,彼の比較的初期の著作で あ る 『哲学 の貧困』や F共産党宣言』において, その骨格 はほぼで きあが っていた よ うに思われ るO マルクスの階級闘争 とい う概念 はかな り独特 の意味あいを もってお り,そこには少な くとも次 の よ うな三つの含意が存在 してい る。それ らにつ いて 『哲学 の貧困』・『共産党宣言』を中心 とし, 後期 の著作 を も参考に しなが ら考 えてみ ることに しよ う。 第一 に,マルクスが階級闘争 とい う場合,それ は個 々の労 働 者 と個 々の資本家 との闘争 で はな く,総労働者 と総資本家 との闘争 を意味 していたo 「個 々の労働者 と個 々のブルジ ョアとの衝突 は, ます ます二つの階級の衝突 とい う性格をおびて く る」冊

F資本論』にも次のよ うな表現がみ られる。 「こうい うわ けで,資本主義的生産 の歴史では, 労働 日の標 準化 は,労働 日の限界 をめ ぐる闘争 - 総資本家す なわち資本家階級 と総労働老す な わち労働者階級 とのあいだの闘争(einKampfzw -ischen den Gesamtkapitalisten,d.h.der Klas -sederKapitalisten,unddem Gesamtarbeiter,

oderderArbeiterklasse)- として現われ るの であ る」 (31).階級闘争が個 々の労働者 と個 々の資 本家 との闘争でな く,総労働者 と総資本家 との闘 争であるとい うことは,それが労働者や資本家の 個 々の利害ではな く,労働者や資本家の全体の利 害すなわち階級的利害をめ ぐる闘争だ とい うこと で もある。「大衆の防衛す る利害が,階級的利害 と なる」細。このように,階級闘争概念 には階級全体 の利害 (階級的利害)をめ ぐる総資本家 と総労 働者 との闘争 とい う意味あいが存在 してい るのである。 第二 に,階級闘争 とは,労働者の団結 の発展 と い う点か ら見れば,局地的 ・地方的団結か ら全国 的団結へ と到達 している労働者階級の闘争 を意味 している。換言すれば,階級闘争 は地方的闘争 でな く,全国的闘争である。「交通手段の発達 は,さま ざまな地方 の労働者をたがいに結びつ ける。だが, どこで も-様 な性格をもってい.る多 くの地方的闘 争 を集中 して,一つの全国的闘争,一つの階級闘 争 とす るには,結 びつ きさえあれば,それで十分 であ る」(33).労働者の全国的闘争が行われ るため には労働組合や政党 とい う全国的組織が結成 され ね ばならない。 このよ うな全国的闘争組織に よる 全国的闘争の展開が階級闘争概念 には意味 されて い る。 第三 に,階級闘争 は全国的闘争組織 としての労 働組合や労働者政党による,資本家階級の掌垣す る国家権力に対す る闘争である。つ ま り,階級闘 争 は政治闘争 なのである

F共産党宣言』でマルク スは 「ブルジ ョアジーの内部分裂を利用 して,汰 律の形 で労働者の個 々の利益 の承認 を強要」 した 「イギ リスの

1

0

時間労働法」

(

1

8

4

7

年制定)を労働 組合や労働者政党 による階級闘争 -政治闘争 の成 果 としてあげている(34)。労働者階級の政治闘争に ついてはマルクスのF・ボルテ宛 の手紙(1871年11 月

2

3

日付)が重要 であ る。そ こでは労働者階級の 政治闘争が経済闘争 との関連で説明 されてい る。 「政治運動 にかんす る所見。 労働者階級の政治運動 は, もちろん労働者階 級のため の政治権力 の奪取 を最終 目的 と して

(8)

もってお り,そのためには もちろん,ある程度 まで発達 した,労働者階級の事前の組織が必要 で,そしてその組織 は彼 らの経済闘争のなかか らおのず と生い育 ってきます。 しか し他方,労働者階級が階級 として支配階 級に対抗 し,そ とか らの圧力 によって これに強 制を加 えよ うとす る運動 は,すべて政治運動で す。た とえは,個 々の工場 な り個 々の組合でス トライキ等 によって個 々の資本家か ら労働時間 の制限をかち とろ うとす る試みは,純粋に経済 的 な運動です。 これにたい し,八時間労働法等 の法律をかち とる[=めの運動 は政治運動です. そ して この よ うに して,いた るところで労働者 の個 々ばらば らな経済的運動のなかか らひとつ の政治運動,す なわち,彼 らの要求を一般的 な 形で,つ ま り,一般的で,社会的 に強制力を も つ形で貫徹す るための階級の運動が生まれて く るのです」(35)O ここでマルクスは 「個 々の工場 な り個 々の組合 でス トライキ等 によって個 々の資本家か ら労働時 間の制限をかち とろ うとす る試み」が 「純粋 に経 済的 な運動」であるのにたい して

,

「八時間労働法 等の法律をかち とるための運動」 は 「政治運動」 であ り,個 々はらはらの経済運動か ら一つの政治 的運動が 発展す ると述べている。マルクスに とっ て経済的運動 と政治的運動を区別す る基準 は何で あろ うか。前者が労働者の個 々の要求を当事者た る個 々の資本家 にぶつけ,その要求を個別的に解 決 しようとす る運動であ り,後者が労働者の要求 を法律 などの一般的で社会的 に弓踊 り力をもつ形で 実現 しよ うとす る運動 を さす ことは明 らかであ る。両者 は労働者の要求 とその実現 の方法が質的 に一個 別性 と一般 性 とい う点 で一異 な るので あ る。 い うまで もな く,労働者階級 の個別的要求 (階 級 としての要求)を一般的で社会的 に強制力をも つ もの として実現す る場所 は国家である。それゆ え,労働者階級 の政治闘争 は国家を舞台 として展 開 され,そ こにおいて全国的闘争組織 としての労 働組合や労働者政党 は自分たちの階級的要求を ブ ルジ ョアジーに強制 し,法律等の形でその要求を 一般性 (普遍性)の高みにまで引 きあげ全社会的 に承認 させ るのである。 こうした政治闘争 は労働 者 の個 々ば らば らな経 済 的 闘争 か ら発展 して く る,とい うのがマルクスの趣 旨である。「階級対階 級 の闘争 は一つ の政治闘 争 であ る

」(

F哲学 の貧 困』),lあ らゆ る階級闘争 は政治闘争である

」(

F共 産党宣言』)とい う命題 は以上の よ うな労働者階級 の経済闘争か ら政治闘争 - の発展 とい う文脈のな かで理解 されね ばならない。 以上 に見 てきた ように, マルクスの階級闘争概 念 には(1)階級的利害をめ ぐる総資本家 と総労働老 との闘争, (2)労働者の全 国的組織 による全国的闘 早, (3)国家権力に対す る政治的闘争, とい う意味 あいが こめ られていた。 これ らの三つの含意 を満 た してい る場合が完全な意味における階級闘争概 念であ り,それ は発達 した段階の階級闘争 をさし ている。 これに対 して,未発達 な段階の階級闘争 とは,(i)個 々の資本家 と個 々の労働者 との個別的 利害 をめ ぐる闘争,(ii)労働者の地方的組織.による 地方的闘争

,

‖国家権力 とのかかわ りを もたない 経済的闘争,をさす。それ らの闘争 は発達 した段 階の階級闘争ではないが, それに転化す る可能性 を もつ ものであるから, 階級闘争ではないと言い 切 って しま うのは当を得 ないであろ う(細。 くりか えす ことになるが,マル クスは階級闘争 の発展を, 個別的利害をめ く・る闘争 か ら階級的利害をめ ぐる 闘争へ,地方的闘争 (団結)か ら全国的闘争 (団 結)-,経済闘争から政 治闘争へ, とい うふ うに とらえていた. これが前述 の

(

i

)(

i

i

)

i

i

Dの闘争 を階級 闘争範暁 か ら排除せず,未発達 な段階の階級闘争 とみな した所以である。

語 前節で階級闘争概念の三つの含意を考察 し,階 級闘争 における未発達な段階 と発達 した段階 とを 区別 したのであるが,かか るもの としての階級闘 争概念 と F哲学の貧困』 における 「即 日的階級」 お よび 「対 日的階級」 とを 照 らしあわせ ると,吹 のよ うな結論が得 られるのである。すなわち

,

「即 日的階級」 とは,いまだ階級的利害をめ ぐる闘争 に至 らず,全国的闘争組織 も未結成の,依然 とし て経済闘争の域を脱 しえない段階の労働者階級, 階級闘争の未発達な段階 の労働者階級を さし,「対

(9)

ー8-臼的 階 級 」 と は前 述 の三 つ の含 意 を満 た して い る 階 級 闘 争 を展 開 して い る労 働 者 階 級 , 階 級 闘争 の 発 達 した段 階 の 労 働 者 階 級 を さ してい る, と。 こ こで 確 認 す べ き は

,

「即 日的 階 級 」は階 級 闘 争 が 未 発 達 な段 階 の 階 級 で あ っ て 「客 観 的 実 在 と して の 階 級

」(

-

「生 産 関 係 t/ベ ル」の 階 級) と同- で は な い とい う こ とで あ る。 以 上 の よ うに, わ れ わ れ は階 級 概 念 に お け る二 つ の レベ ル の 関 連 を

,

『哲 学 の 貧 困』の一 文 を典 拠 に 「即 日的 階 級 」 か ら 「対 日的 階 級 」へ の発 展 と い うふ うに説 明す る見 解 を批 判 的 に検 討 した。 そ の結 果 , マ ル ク スの一 文 は階 級 闘 争 に束 け る未 発 達 な段 階 と発 達 した 段 階 を 区別 し, 前 者 か ら後 者 へ の 発 展 を述 べ た もの で あ って

,

「生 産 関 係 レベ ル」 の 階 級 か ら 「運 動 主 体 レベ ル」 の 階 級 - の発 展 を述 べ た もの で は な い こ とが判 明 した。「即 日的 階 級 」 か ら 「対 日的 階 級 」 - の発 展 とい う定 式 は 階 級 概 念 に お け る二 つ の レベ ル の関 連 を どの よ う に把 握 す るか とい う問 題 を解 くもの で は な か った の で あ る。 で は, そ の定 式 は全 く無 意 味 か とい え ば, 決 して そ うで は な い。 前 述 の定 式 は階 級 闘 争 の 未 発 達 な段 階 と発 達 した 段 階 を質 的 に区 別 し, 前 者 か ら後 者 へ の 発 展 を 明 らか にす る こ とに よ っ て, 階 級 闘 争 の発 展過 程 の法 則 性 を と ら えて い る の で あ って, こ こに そ の定 式 の理 論 的 意 義 が 存 す る とい え よ う。 (証) (1)階級概念における二つの レベルについては渡辺菊雄 T歴史科学 と階級闘争の理論j(校倉書見 1977年)第 1章および第 2章を参照されたい。渡辺氏は私のい う 「生産関係 レベル」の階級概念を 「社会経済的な階級 概念」とし

,

「運動主体 レベル」の階級概念を 「階級闘 争における階級概念」 とされている。なお, レ-ニソ の著作を中心 として論 じたものに佐 々木一郎 「レ一二 ソの階級闘争論から-大衆的自覚化 ・組織化 と階級関 係の変動-」.

r

科学 と思想j第19号,新 日本出版社, 1976年1月,がある。 (2) K・マルクス r資本論j第3部

,r

マルクス ・エンゲ ルス全集1 (以下

,r

全集J と略記)第25巻第2分冊, 大月書店,・1130ページ。 (3

)r

資本論

l

以外から r'生産関係 レベル」の階級概念 を挙げてお く。「プルジ ョ7社会の内部的仕組みをな し,また基本的諸階級が存立す る基礎 となっている諸 範瞬 .資本,賃労働,土地所有.それら相互の関係. 都市 と農村.三大社会階級」(マルクスF経済学批判要 綱1第1分冊,大月書店,30ベ-メ)。なお, レーニン も階級概念を二つのレベルで用いているが,それにつ いては前掲の渡辺 ・佐 々木の両氏の著作を参照 された い。 (4)マルクス ・エソゲルス r共産党宣言J

,r

全集j第4 巻,484ページ,傍点・ドイツ語一引用者。MaばIEngels Weyke(以下,MEW と略記),Bd.4,S.471. (5) 「運動主体 レベル」の階級概念の使用例を二,三あ げてお く。「個々の諸個人は,彼 らがある他の階級に対 して共同の闘争をおこなわねばならないかぎりにおい -9-てのみ,ひとつの階級を形成する」(マルクス・エンゲ ルス Fドイツ・イデオ.,ギー

,花 崎東 平 訳 F新版 ドイ ツ ・イデオpギ

Ij

,合同出版,1966年,135ページ)。 「彼 らを悩ました蛇にたいす る F防衛」のために,労 働者は団結 しなければならない。そして,彼 らは階級 として,彼ら自身が資本 との自由意志的契約によって 自分たちと同族 とを死 と奴隷状態 とFこ売 り渡す こと を 妨げる一つの国法を,超強力な社会的障害物を,強要 し なければならない

」(

r

資本論j第1部

,

F全集1第23巻 第 1分冊,397ページ)

「一般に,労働者階級が闘争で きるためには自国内で自己を階級として組織 しなけれ ばならないこと, 自国が彼 らの直接の闘争の舞台であ ることは,全 く自明のことである」(マルクス 「ゴータ 綱領批判」,r全集J.第19巻,23ページ,傍点- マルク ス)0 (6)

F

・エソゲルス

,

Fフランスにおける階級闘争i(1895 年版)への序文

,

T全集j第7巻,518べ-ク。 (7) ェソゲルス,前掲書,519ページ,ドイツ語捜入-引 用者。MEW,Bd.7 S.512. (8)ェソゲルス,1890年8月5日付および同年10月27目 付

K

・シュミット宛手紙

,同年9月21-22日付 「

J

・ 7㌧,ツホ宛手紙」(以上 F全集j第37巻所収),1893年 7月14日付

F

・メ- I)ソグ宛手紙」お よび1894年1月 25日付

W ・ポルギウス宛手紙」(以上 F全集」第39巻 所収)参照。 (9) 例えは,丸山真男氏による 「基底体制還元主義」 と い うマルクス主義の 「思考傾向」の特徴づけを想起 さ れたい。丸山真男 「Fスタ- リン批判lにおける政治の

(10)

論理」,同 『増補版現代政治の思想 と行動j (末来比, 1964年),323ページ参,EIL1.0 (10) ルイ・アルチ ュセ ール 「矛盾 と重層的決定」,河野鰹 二 ・酬 寸fFl訳 F挺 るマル クス

J

I(人文IlE]!院,1968年), 125-184ペ ージ参照。 (ll) スチ ュアー ト・ホール 「マル クスの階級論 における F政治的 な もの』 と F経折的 な ものj」,大橋隆憲 ・小 山陽一 はか訳 階 級 と階級構造j(法律文化社,1979年) 参照。 (12) ,+- ル,前は三jt,65ページo (13) N・プ- ー リンは F史的唯物論」(1921年初版発行) で述べてい るo「すべて これ らの事情が,階級が生産過 掛 こおいて一定の役割 を浜ず る人び との総和 としては すでに存在 してい るのだが. 自覚 した階級 としてはま だ存在 していない とい うよ うな状態 を もた らすのであ る。階級は ここに存在 は してい るが, まだ F意識的で はないjのであ る.階級 は生産 の要素 として現存 して いる。 それ は生産諸関係o:一定の総和 として現存 して い る。だが まだ ここには,階級 は,何を欲 し何 を志向 しているか を知 り, 自らの特殊性, 自分たちの利害 と 他 の階級の利害 との対立性 を意識 した社会的, 自立的 な勢力 として は,存在 していないのであ るo階級の発 展過 程の この よ うな異 なった状態 を示すために, マル クスはふたつ の表現 を用いてい る。 す なわちかれはま だ自覚に達 していない階級を

T

即 日的J階級 とよび, すでに自らの社会的役割 を意識 している階級 を F対 日 的j階級 と名づ けてい る」 (佐野勝隆・石川晃弘訳 F史 的唯物論』, 日高六郎他編 F現代社会学大系j窮 7巻, 383-384べ -メ.なお, この訳吉 の原本は1923年刊行 の第2版 であ る).それに続 けて,プ-∼ リンはマルク ス F哲学 の貧困j窮 2章第5節 に叙述 されてい る文章 を典拠 として引用 している。 ここで, プ-- リンは, 全体 として

,

「階級意識」が 自覚 されていない段階か ら 「階級意識」が 自覚 された段階-の 「階級の発展過程」 を述べてい るが, この場合,彼 は 「階級意識」が 自覚 され ていない段階の階級を 「生産 の要素」お よび 「生 産諸開係の一定 の総和」 としての階級 (私のい う 「生 産 関係 レベル」 の階級) と同一祝 し,それをマル クス の 「即 日的階級」とみ な してい るのではないだろ うか。 つ ま り, ブ- - リンには

,

「階級意識」が 自覚 されてい ない段階の階級

-

「生産諸関係の一定の総和」 として の階級

-

「即 白的階級」 とい う等式が成立 してい ると 思われるのであ る。 こうした等式 は後 に検討す る鈴木 -1 0-安蔵氏の見解 において きわめて鮮明になっているとい えよ う。かつて私 も氏 と同様 な理解 を していた ことが あ り (拙稿 「マルクス社会理論 と産業社会論」

,r

社会 学年報jIV,東北社会学会,1970年),本稿 は過去の見 解への反省に もとづいた ものであ る。 (14) マル クスr哲学 の貧困」

,r

全集1第4巻,189ページ。 (15)鈴木安蔵 「階級」

,r

社会科学講座 第3巻 社会構 成の原理j (弘文堂,1950年),144-145ページ。念の ために言 えば,鈴木氏 はこの引用文 の末尾の「

r

自分 自 身のための階級

J

(classepourelle一m昌me,KlassefGr sich)」に註 をつ けマルクス r哲学 の貧困」第2章第5 節 を典拠 として挙げている。 (16)おそ らく

,

「即 日的階級」も 「対 白的階級」も--ゲ ル論理学の用語 を転用 してつ くられた言葉であろ う。 だがその由来 を探 ることは他 の践会に委ねたい。 (17) マル クス,前掲召,189ページ。ただ し,訳文 は少 し 変 えてある。

(18) KarlMarx,Misere de la I)llilospllie,Editions

Sociales,1961,p.177.

(19) KarlMarx

,

DasEle71dderPJlilosPJlie,MEW,Bd. 4,S.181. 位0) 括弧 (キ ッコ-) のなかの語 は引用者 が補 った もの であ る。 ¢l) 服部文男 「階級お よび階級闘争」,服部文男編 F講座 史的唯物論 と現代 2 理論構造 と基本概念j(青木召 店,1977年),296ページ。 なお,服部氏の論文 は F哲 学 の貧 困J第2章 第5節 を理解 す る上 で大変 参考 に なったはか りでな く, マル クスの階級お よび階級闘争 概念 について も教 えられ ることが多い論文 であ った こ とを付記 してお きたい。 e2)マル クス ・エ ンゲルス F共産党宣言

,r

全集」 第4 巻,483ページ。傍点一 引用者. CZ3) マル クス ・エ ンゲルス,前掲雷.483ページ。 CZ4)マル クス ・エンゲルス,前掲雷.484ページ。 e5)マル クス F,レイ ・ボナ′ミル トの プ ・)ユメ-ル18日

,

F全集」範 8巻,194ページ。 ¢6) マル クス.前掲苔.194ページ。MEW,Bd.8,S.198. 即 マル クス,前掲召,194ペ ージ, ドイツ語捜入- 引用 者。 なお,伽,C)は行論の便宜上引用者が付 した もの であ る。参考 までにこの引用文 に直接 に接続す る文章 を掲 げてお く。「だか ら,彼 らは,議会 をつ うじてであ れ,国民公会 をつ うじてであれ, 自分 の階級的利益を 自分の名 まえで主張す る能力がない。彼 らは, 自分で

(11)

自分 を代表 す ることがで きず,だれかに代表 して もら わ なけれ ば ならない」。 (2g) 鈴木氏 の解釈については前掲の註(14)を参照oただ し, 鈴木氏が 「客観的実存 として存在す る階級」 を 「即 白 的階級」 と同一視 してい る点 は支持で きない。 伽) 以下にお いて階級闘争 とい う場合, とくに ことあ ら ないかぎ り,すべて資本主義社会 のそれを さしている。 (30) マル クス・エンゲルス F共産党宣言』 『全集』第4巻, 484ページ。 (31) マル クス F資本論j第 1部

,

F全集』第23巻第1分冊, 305ページ,ドイツ語投入一 引用老

DMEW

,Bd_23, S.249. (32)マル クスF哲学 の貧困』

,

F全集j第4巻,189ページ。 (33) マル クス ・エンゲル ス r共産党宣言」

,r

全集1 第4 巻,484ペ ージ。 (34)マル クス ・エンゲルス,前掲書.484ペ ージ。 (35) マル クス,1871年11月23E]付「F・ポルテ宛の手紙」, F全集』第33巻,266ペ ージ,傍点- マル クス。 (36) ちなみに, レーニンは個 々の資本家 と個 々の労働者 との闘争を「階級闘争 の弱い萌芽」と述べ ている。 レー ニン 「われわれの当面 の任務

,

Fレーニン全集」第4 巻,大月書店,230ページ,参照。

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