労働条件と福祉条件
−−Ⅶ社会問題の総体的認識のために・−−−−
木 村 正 身
Ⅰ
われわれは,わが国で独自紅発達してきた礼金政策論とその閑適諸研究の多、
くの成果に稟びつつも,今日,国際的紅通月]しうる礼金問題・社会政策の概念 を頭構成すべき時期に値面しているのでほある率いか。すなわら,・一刀でほ,
労働(賃労働)問題・労働政策を中心に据えながらも,化かごほ,ひろく生活 問題・福祉政策といわれて.−いる領域をも包摂しうるような,社会問題・礼会政 策の全体的概念を,いわば総体的認識として規定し確立することが,緊要でほ・
なかろうか。これが,かねて−からの筆者の見解なのであるが,わが国のこの方 面の研究動向としてこは,それとほ反対に.,とりわけ労働経済論と社会保障論と 社会福祉論との3分立状態が固定化し,分極化・専門化と各部門の相互断絶の 様相とが慢性化し・たばかりでなく,との事態そのものに対する根本的反省も,■
いまだほとんどまともに.ほ行なわれて言いないように・思われる。
こうしたわが国のこの領域での一般状況ほ,じつほ国際的にほけっしで一腰 的ではなくて,むしろ例外的・特殊的状況紅はかならないが,このような状況 ほ.,一層ではもとよりとりわけ焦労働問題の集中的解明との関越でほ大きなメ
リットをもつ紅ちがいないけれども,他面でほ,社会問題および社会政策の包 括的・総体的認識をほぐらかせつづける点で,おそらく重大なデメリットをも
もつのでほないだろうか。
この点,わが国の社会政策論の主流を指導してきた最も代表的な学説が,戦
前ドイツ的社会政策(Sozialpolitik)論の系譜を踏まえながら,その立論の出
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・− ニ ーーー
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発点において,「社会問題」をそのまま社会政策の対象としてあげることほ「祉
\−\
会政策の本 質理解に何物をも附加しないであろう」とし,種々の社会問題群の なかから「労働者問題紅係わる社会問題」だけをただしい対象として選び出す もの1であると規定したことが,想起される。
「近世の社会政策ほまさに.その対象を社会問題と称ばれる新しい問題群の中 から選択するのであるが,それにも拘わらず,社会問題のすべてがそのまま社 会政策の対象として採り⊥げられるのでほなく,それらのさまざまな問題の中 で,資本制経済の存立並びに.発展に.とって最も根幹的であり且つ最も有意味な 問題だけが礼金政策の対象として選び出されるのである。現実の社会政策的実 践は,常に必ずしもその間題の選択において駄−・性があり体系的であると咋言 えないであろうが,理論的にほ,社会政策の対象は厳密に限定しておかなけれ
(2)
ほならない。」「 社会問題 と称ばれるものは実にさまざまな面を持っている。
あるものほ経済的な意味内容をもち,あるものは政治的な,またあるものほ文 化的な,意味内容をもっているといえる。またある社会問題は宗教的な色彩を 帯び,あるものは民族間過としての核尤、をひそめている。これらさまざまな面
またほ角度に.おいて拡がる問題の中で,社会政策はとくに労働者問題に係わる 社会問題をその対象として採りあげるものである0蓋し一切の社会問題の中
で,労働者問題という形碇‥おいて登場する社会問題こそ,最も基本的であり,
またその間題の解決いかんが他の一切の社会問題の解決を左右するからであ
(3)
る。」−
だが,この学説では,そのような経済学的選択・限定の枠からはみでたとこ ろの「社会問題」の部分や「社会問題」自体に/ついて−の規定の試みは,はじめ から断念されており,礼金問題−・般とは・−・体なに.か,そのイメ」−ジさえもきわ めて不明瞭なまこまに.放棄されることになったようである。そして,はやくも4 分の1世紀が経過した。
(1)大河内山男『社会政策(総論)』(初版,1948年)改訂版,1963年,3−4ぺ−ジ。
(2)同苔,4−5ぺ一汐。
(3)同署,5ぺ−ジ 。傍点は原文のもの。
労働条件と福祉条件
287 一一、?一
この間紅・,わが国で上記の支配的学説とならんで,またはそれに続いて現わ れた多くの学説ほ,がいして階級的視点を−・段と明確に.しつつ,他の多くの論 争点に.もかかわらず,社会政策の本質的対象として,社会問題のなかからとく に労働者とその貧困化問題,ないし労働力・賃労働をめぐる問題を選択し他を 棄去ロするという一一点においては,まったく共一遍同一・の理解に立ち,この選択作 業こそ社会科学的認識確立のための不1−i〕欠な大前提だとみなしてきたと,いっ
てよい。この点でほ,たとえば正統的研究領域が社会政策論か労働経済論(な いし肇労働論)かをめぐる基本的対立論議さえも,じ?ほ同一次元内のもの紅 すぎなかった。そして−,とうした選択・仮定を行なうことにはって,・−・方では 多くの研究成果があげられてきたことほ,たしかである。Ⅶ−−ペニこで,誤解を さけるためとり急ぎつけ加えるが,社会問題の外延や内包がなんである紅せよ,
資本制社会の社会問題の核心を,原理論的かつ客体的認識次元において,労働 問題,とりわけて賃労働問題として押さえること自体については,筆者として ほ.なんらの異論もないばかりか,その理解の舷要さを強調するこ.とにおいて人 に譲るつもりもない。問題は,負労働問題として理解された核心的社会問題と,
その他の社会問題とを,後述するような一足の根拠から,ぜひとも総体的に統
−・把握する必要があるのでほ.ないか,ということである。
ところで,じつほ今日,現代資本主義の仕組みからかけ離れたところに・おい ででほなく,逆に,この仕組みとのなんらかの意味で不可分な関連に‥おいて,
いわば労働問題というプロクルスデスのベッドから・−\見ますます大きくほみ出 しつつあるていの「社会問題」とそれへの政策的対応との具体的種々相が,刻 々にクローズアッフ○されつつあるようにみえる。そして,このほみ出した現実 の社会問題とその施鹿紅ついてほ,戦後とりわけアングロサクソン系諸国を中 心として急速軋確立・定着してきたところの,学際的だが主としては社会車 的。臨床病理学的な理解が目だつ研究領域,すなわちいわある社会福祉問題・
社会福祉政策(以下,言葉の広い意味で両語を用いるため,それぞれ単に.福祉 問題・福祉政策と呼ぶこととする)をめぐる研究対応が,すっかりアブ・ツ・
デノートになり,とくにイギリスではすで匿 socialpolicy ないしHsocialad−
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一・メ ー 288
\1\
ministration という独自な政策阻鴫用語もすっかり普及してきたが,わが国 でほ,この領域に.ついてほ事実上いまだその素朴な翻訳的処理で問にあわせつ つあり,しかもその翻訳の藷系が,労働問題論的に.編成されたわが国の′社会政 策桝先の語系と質的収異なるため,たとえば⊥記の2基本用語の適訳もないま ま,困惑が継続しているという実情にあり,社会問題・礼金政策の認識の両体 系の文脈・語脈の相互断絶と,それに伴う礼金問題の理解の分断化の進行と が,石放され,これが桝兜J.および実践⊥.の大きな障害となりつつある。
それでは,わが国で従来支配的な社会問題・社会政策観についで以上のよう なメリットおよびデメリットが見当づけられうるとして,このうちのデメリッ トを克服するためには,どうすべきであろうか。具体的・端的にいって,一方 で『資本論』の経済学原理論を踏まえながら,同時紅他方で英米で今日支配的 な社会問題・社会政策の概念をも包挺しうるような,呉に.総体的な社会問題・
社会政策の概念の新構成なり,それらに関する一腰理論の模索というものほ.,
可能であろうか。また,可能だとすれば,・それほ,どのように・してか。
本稿は,およそ以上のような問題意識堪.もとづきながら,さしあたり,社会 政策の総体的認識の課題庭ついてはしほらく措き,社会問題トー十わけても労働 問題と生活問題との通関状況−→に.関する総体的認識の課題に焦点をしぼり,
それもとくに.労働福祉問題を素働として,若1二の検討を行なうことを目ぎすも のである。
(4) socialpolicy という用語がすっかり定着したことは,それが関係単行苔や論文 の標題に最近境用されつつある状況からもうかがえる。筆者の手許で気づいたものだ けでも,R‖MTitmuss,ProblemsqfSocialPolic.y,1950;ditto, The Roliof Redistributionin SocialPolicy,〃SocialSecurity Bulleiin,Vol.28,No.6,
1965;T.H。Marshall,SocialPolic.y,1965;K… E Boulding, The Bo11nd・
aries of SocialPolicy,〃SocialWork,Vol.12,No.1,Jazlり1967;R.Pinker・,
S♂CよαJ71ゐ印タ一γ α乃d 50ぐまαJJ〕♂/よc二γ,1971;D.FI・a$eI・,TJゐβ 助βJ〟如〝 q/■〃ね β㌢・よgよぶカ Ⅳβ/./おγβ SJα′e:A」雛sね㌢.γ(〃 5∂C∠αノ ダoJ∠c.γ 裏那e fゐβJ柁血ざfγよαJ
点βぴOJ〝如乃,1973;K.Tones(ed,.),TカβYβα7・β00々q/S〃CよαJP〃才物∠形β木妨扇〝,
197ニ∴1973:M BluCe(ed),TJI(Risc of fJ[C・lr(T/FGrC Sta(cE〃gJi$JL SociL7(
Polic.y160L−1971,1973・,など。 SOCialadministration についてほ,とくにR MTitmuss,E∫5抑ざ0符 Tゐβ肋そ/おγ・β5fαfβ,,1958(谷昌恒訳『福祉国家の理想
と現実』社会保障研究所,1967年),ditto,Commitmenito WelfbYIe,1968(三浦文
夫監訳『社会福祉と社会保障』東京大学出版会,1971年)を参照。
労働条件と福祉条件 ーー 5 一−
289
ⅠⅠ
筆者ほ,1974年秋(11月17・18日)に洞山大学で開催された社会政策学会欝
(5)
47回研究大会に.おいて,たまたま共通論題「現代の労働者福祉」の総拓討一論の 座長を,西村沿適教授とともにつとめたが,そのさい,こ.の主題をめぐる諸報 告および総括討論をつうじて,労働問題論ないし労働経済論の立.場からの生活 問題ないし福祉問題への接近の具体的努力のありかた紅ついて−親しく知る機会 を得て:,大変に参考に.なった。と同時に.,以下広遠べるような根本的疑問を抱 き,あわせて−,労働問題論ないし労働経済論と福祉問題との間に厚い隔壁が存 続しているという感じを深くせざるをえなかった。
でなく,福祉問題の研究領域の状況を多少とも知る者なら,おなじよう紅抱い た感想でほないかと思う。
すなわち,筆者の目からす−れば,この研究大会をつうじて全般に.= ̄労働者福 祉」ないし「労働福祉」という場合の「福祉」の意味が,ついに.明確に.されず
じまいであったように思われる。・一・般に.,労働者のための福祉(「労働福祉_l)は,
その実施主体の種類に.よって,国や地方自治体の政策に.よるもの,企業に.よ
るもの(企業内福祉),労働者自身の牒主的組織湛・よるもの(「労働者福祉」運
動)に3区分されることほ知られ七)、るが,それらが,職場の労働条件をめぐ るものか,労働者の私的生活の場におけるものかのlヌ∴別認識は,わが国でほま だあまり進んでいない。そして,この研究大会での共通の雰囲気として,労働 者の福祉とほ労働・雇用をめぐる諸条件の改善をつうじての労働者の生活の向 上,ぐらいの意味に理解されるに.とどまったとの印象が残った。この状況を各 報告についてみれば,次のとおりであった。
藤原報告ほ,企業内福祉を,間接賃金ないし社会的賃金としての再把握のも
(5)この共通論題のもとに次の6報告が行なわれた。一藤馴土介「企業内福祉と労働 組合」/河越重任「労働災害と労働者福祉」/関谷嵐子「住宅問題と労働者福祉」/
松村彰「中小企業問題と労働者福祉」/向井沓典「高齢労働者問題と労働者福祉」/
佐藤進「最近の労働福祉関係諸立法の動向と問題点」。なお,以下の各報告論旨の引
照紅ついてほ,当日配布の『研究報普要旨』による。
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ー 6 −
とに.,労働者の権利の対象として,労務管理から解放し,労働組合のもの紅転 化させることの意義を論じたが,しかし,労働紅1合もまた企業別であることに・
伴う展望の限界の問題を残しただけでなく,「福祉」とほな紅かを,企業の枠を こえて考える余裕にも乏しかった。川越報告ほ,「福祉の=理念は,労働者の生存 権的基本権に.基づくものではあるが,それが消極的にほ,生活上の困難に対す
る負担を緩和するため相当程度の生活水準な・保証すること/を内容とする措置で あり,また積極的紅は,生活上の困難をもたらす事故の発生を未然に.防禦する ことによって,階級対立を緩和しようとする施策に外ならない」とし,本稿の 末尾で述べるように.,資本主義社会における福祉問題が具体的紅は種々の反福 祉状態をめぐる社会的権利の侵害の補償の問題として展開するものであること の,いわば原点として,労働災害を論じたと解される点で啓発的であったが,
結局,論題自体が,本来労働条件的問題をあまり越えられない性質のものであ った。松村報告は,「福祉にかんしても,中小企業ほとりのこされた存在」との 視点から,労働福祉全般に・おける企業間格差紅ついて論じ,とくに・労働連動・
住民運動・地方自治体の3者連係による中小企業労働者福祉の前進に展望を串 した点で興味深かったが,中小企業労働者の福祉と一・般市民の福祉とが運動論 として−1Ⅹ別される理由が不明確だったし,.また福祉概念自体の分析もなかっ た。
向井報告は,高齢労働者問題を,人口老齢化傾向下の雇用保障および年金制 度の状況を軸として検討し,それを労働者福祉運動の窟要課題として位置づけ
ることの必要を指摘した点,注目されたが,こ・の報告もまた労働問題論ないし 労働運動論の枠内のものであり,所得保障の側面をこ・えて老人福祉そのものに 正面から.リンクするものではなかった。佐藤報告では,労働福祉関係立法史が,
労働省階級の生存隠政府の政策目的,労使の力関係の3者によ・?て規定され てきた状況を踏まえつつ,とくに.(1)「総体的に昂て−従来の社会政策立法か,
労働生産過程を中心とした労働者生活の保護に.向けられてきたのに比し,最近
の立法は生産過程のみならず市民的消費過程を含む仝生活的な髄域紅及んでき
つつあること」,(2)「従来の広く,国民対象的な社会保障(あるいは社会福祉)
ー 7 −
労働条件と福祉条件
291
に.よる最低限的福祉に対し,とりわけ特定の 勤労青少年 あるいほ 勤労婦人 対象の(中小企業の)福祉を,中小企業政策と関連した 雇用対策 と関連させ た立法に.なりつつあること(ただし, 勤労老齢者 福祉は欠如している)」,
(3)ただし,(2)については無内容で労務管甥的性格が強く,労働運動にも マイナスであること,などの事実を指摘した点で注目されたが∴以上の動向指 摘のうち,(1)はとくに社会政策がいまや現実に.労働政策をこえた本来的福祉 領域に.も拡大しつつあることな・しめすもので,最も頚要な指摘と考えられる。
6つの報告のうち,住宅問題に関する関谷報告だけ■ほ.,労働経済論の立場か らでほ.あるが住宅そのものをとりあげ,とくに.労働者の「住宅のニーズ.」とい う本来的に.福祉問題的なカテゴリーを,ライフ・サイクルや労働移動等との関 連で具体的紅取り扱った点で,きわめて啓発的であったが,しかも労働者の福 祉が,究極的に.は国や企業の立場からの客体的概念でほなくて労働者自身の立 場からの主体的な生活充足概念だとすれば,そして−,労働者福祉運動もまた労 働者自身の自主的福祉の組織化・社会化だとすれば,こ一の場合にもなお「労働 力再生産に.とって住宅が適合的に.提供されているか否か」という生産力説的視 点を維持しなければならない理由があるのかどうか,という肝心の1点で,筆 者は疑問を禁じえなかったのである。
要するに.,以上め諸報告をつうじて,−・般紅労働者の福祉の問題が福祉問題 論ないし生活点の見地でほなくて,労働問題論ないし生産点の見地から取り扱
われたため,「福祉」の意味が,いきおい抽家的。観念的・他律的・間接的に・,
総じて峻昧に処理されるにとどまったという印象が,破いがたかったように.思 われる。しかし,じつほ労働問題も福祉問題の半分の側面紅すぎず,他の半分
(生活問題またほ狭義の福祉問題)に.関する客体的論理の媒介に.よる体系化と,
全体としての労働問題・福祉問題の総体的認識の論理の構築とが,要請されて いるのでほなかろうか。
ⅠⅠⅠ
ところで,この「福祉」概念紅関する抽象的紅客体論的な語法の普及ほ,ひ
292 算47巻 箆4・5・6弓
・】・β 一
とり上記の社会政策学会研究大会の折だけのものでほなく,こ.の学会の基本的 性格(つまり,政策研究ほ.政策対象をとりわけ純客体的に.観察せざるをえない
こと),およぴこの学会の労働経済論的方法へのレフト傾向という二届の事情 紅支えられてのものだと考えられるが,すすんでいえほ,マルクス経済学・近 代経済学の区別をこえて,総じて経済政策論的文脈紅おいて定着して−きたとこ ろのものでもあるといえ.よう。「労働福祉_1ほ,具体的には,とりわけわが国 の高度経済成長が労働者はもちろん国民全般の「福祉」をとり残しできたとい
う認識一−【い わゆる「成長なくして福祉なし」から「成長に結びつかぬ福祉」
への転換認識一≠→が,政治家・官庁エコノミストないし経済政策論看たちを中 心に.,1970年代に入って急速に成立・拡大してきたこ.とに.伴って−,システム化
〈6)
思考との関連で盛んに.用いられだした文脈_l二のものであり,それほ.,とくに労
\71
働経済論の面紅収赦したものとしては,昭和48年版『労働自害』(副題:「 労働
(給)
老福祉充実への途」)の見解に先駆的に例示された。
すなわち,「雇用の安定と所得分配の公平ほ,労働者福祉の重点であり,基礎 的目標でもあるが,産業構造や社業構造の変化に.伴って,労働移動が増加する ことが予測され,労働者の側からも,受け入れるべき環境の側からも,これを 円滑にする必要性が増大して\おり,また,所得分配に.ついてほ.,物価やl地価な
\
どの.上昇が資産所得の分配の公平をゆがめているなど解決しなければならない 課題が多い。こうした問題についでほ,企業内に.おける労使の団体交渉のみに.
よっては解決するこ.とができないものが多く,産業段階,全国段階での労使の 話合いを促進するとともに,政府の政策運営についても労使の意向の反映をは
(6)たとえば,江幡備・加藤寛・力石定一‥富永健一Lの4氏の座談会「経済成長と労働 福祉」『円木労働協会雑誌』第132弓,1970年3月や,中傾毅「経済成長と労働者の福 祉」同誌,第136弓,1970年7月,参照。
(7)同自書の執筆ほ,降失意−・労働省労働経済課長。なお,参照,「■座談会:労働福祉へ の途・−一昭和47年労働白書をめぐって+−−」上掲誌,第174弓,1973年9月。
(8)同時にその前後から,産業福祉をこえた市民−・般の福祉の問題として,都市政策的
および市民運動的鯛点から,「シ′ピルけ ミ.ニマム」の設定とそれにもとづく物的およ
び人的サービス面の社会計画の構想とが提唱された。参凰,松下皇一・『都市政策を考
える』1971年;佐藤進「福祉政策の新しい論点」上掲誌,第168号,73年3月。
一− 9 −一一
労働条件と福祉条件
293
かって1、くこ.とが必要であろう。//本年の自書でほ労働者の福祉の充実という 視点から,雇用安定に影響を及ぼす労働移動と所得・富の分配の公平の問題を 取り上げるとともに,福祉実現のための基本的な方策である労使コミュニケ⊥
(9)
ション,参加の問題を取り_上げた。」というのが,同自書の基本視点であった。
みられるとおり,この自書における r労働者福祉〔労働福祉〕の重点」の概念 は,経済政策論的に伝統的な抽象的・規範的規定匪二∴従っている。ただ,同白書 が具体的軋「福祉実現のための基本的な方策」としてイ労使コミユニケ−・ジョ ン,参加の問題」をあげたことが留意される。ちなみに.,昭和49年版『労働白 書』(副題:「高度成長からの転換と今後の課題」)になると,「勤労者福祉充実
の方向」紅ついてとくに.具体的な関心を集中しており,ポイントとして前年度 の「コミユニケ−㌢ヨン・参加の問題」から・一渉を進めて,勤労者福祉充実の 力点としてその「長期生活設計_卜への勤労者のエ・−ドの集中紅注目し,その目
(10) 標な実現するための問題について分析を試みているのが,特徴的である。すな
わち,勤労者のニ−ド紅/ついて,従来ほそれがどちらかといえば日常生活(プ ロ−)面の、ニTドの充足であったし,高度成長とともにそれは賃金・所得水準 の上昇で充足がすすんだが,しかし他面,子弟の教育,住宅取得,老後生活の 安定等,勤労者の長期生活設計上の課題一岬一とりわけ資産(ストック)保有面 での立ちおくれ一−−が目だつ点,そしていまや勤労者のニ−ドが,あげてその 方向に′向かっている点を,同自書は解明指摘した。
このように.『労働白書』が最近,社会福祉論的な分析シェ、−マを活用して労 働者の福祉問題紅かなり具体的に.,きめこまかく切り込んでいることは,注目 される。けれども,本来,近代経済学が主観価値論を基底とし,また,近代理 論的経済政策論が「目的−手段」のレェーマから出発するのに.照応して,近代 理論的労働経済論(『労働白書』の立場)ほ.,「よ−ドー充足」のシェ−マと,も
≒もと親和的なのであり,レたがって,「雇用の安定と所得分配の公平」という 抽象的な福祉規範理念は,急転直下,具体的福祉の主観理論たるニ−・ド理論と
(9)昭和48年版『労働自書(昭和47年労働経済の分析)』1973年,193ぺ、−ジ。
(10)昭和49年版『労働白書(昭和48年労働経済の分析)』1974年,169−208ぺ一汐。
諸47巻 欝4・5・6号 294 一 刀・−
整合しうるものなのであって∴最近の官庁エコノミ.スいグループの「社会指
(11)
標」(socialindicators)案出作業なども,この可能性を示唆している。ただ,
その整合化のあとでも,資本制下の福祉(じつほ,反福祉拡大への補償対策と しての)の必然性と限界との−・般理論そのものほ,ついに与えられないだろう し,それは,やほり『資本論』の立場に.立つ以外に.ほ期待できないと思われる。
そこで問題は,『資本論』の立場,すなわち労働価値論の立場に立つ労働経済 論なり労働問題論が,ほたしでニード理論とどう整合しうるのか,ましてや,
はたして−ニード理論を包摂しうるものかどうか,ということである。上記の社 会政策学会研究大会に′おいて筆者が感じた根本的な因/難点ほ,まさに.この点を めぐるものであった。この整合ないし包摂の作業がもし不可能ならば,結局
『資本論』的労働問題論ほ,社会問題=福祉問題に∴ついての総体的認識の視点 を放棄しなければならなくなるかもしれない。が,ここで,この間題の打開に.
ついて考察するに.先だち,比較運動史的な視点から,この困難点の具体的な所 在の様相を,若干検討しておくこと紅しよう。
ⅠⅤ
労働者の福祉,またほ労働福祉ほ,労働条件に.よって直接媒介される局面を べつとすれば,こと労働者の家庭ないし私生活に関するかぎり,福祉の内容そ の、ものの点からいえば,住宅の入手や生活物資の調達といい,所得保障といい,
余暇やレクリエージヨンといい,けっして∴劇般市民生浩次元の福祉から区別・
特出するにたるような独自点などほなく,したがって,労働問題に含まれる部
分(いわゆるindustrialwelfareまたほemploymentwelfar・e)以外の労働福祉 の領域ほ,労働者とプチ・ブルジョアジーとの混成物とみなしていいところの
市屈大衆の福祉の領域と,労働運動上の親織の見地からの区分の必要をべつと すれば,区別しがたくなってくるうえ,この市民大衆のうちのどの部分,どの 階層が,どんな地域分布で,どの程度に.実際に福祉問題をほらむ要救護者(貧
(11)参照,国民生滴審議会調査部編『■社会指標一岬よりよい暮らしへの物さし}』大
蔵省印刷局,1974年9月刊,および『日本経済新聞』1974年10月12日付,貨13面卜経
済教室樹。
一 ヱヱ−
労働条件と福祉条件
295
困老およびハンディキャップ者)であるかは,国ごと,時代ごと,地域ごと,
各サービスごとの歴史的社会的事情に.よって緒々多様でありうるはずである が,こ.の辺の関連が,「労働者福祉」の運動論的見地から,ほたしてどのよう に対応・展望されるのか匪ぃついて,既述の社会政策学会研究大会の席上では,
報告者・討論者とも問題を現代日本のカレントな実践問題にあまりにも限定し すぎ,抜本的な理論的および比較運動史的吟味の用意を告げてくれずじまいで あったよう紅思われる。
この点,比較運動史的に例をとれば,たとえば19世紀,とく紅ヴィクトリア 期のイギリスの場合,産業革命疲紅おびただしく族生・発展した市民レベルの 各種の共済組織一1叫協同組合(co・Operative societies),友愛舶合(friendly SOCieties),貯蓄相互銀行,建築組合(building societies)など−のうち,
比較的に労働者階級を基本的地盤としたものとして協同組合をあげうる紅せ よ,結局,「これらのうちのどれにせよ,純粋に労働者階級だけの運動として発 展したといえるものほなかったし,友愛組合のうちでも,すこぶるお粗末な形 態たる貯金会(slate clubs)や集金会(collecting societies)が,わずかK,労 働者階級の最下層に多少とも事を届かせた以外ほ,どの組織も,そ・んなことは
(12)
できなかった」(G.D.H.コ−−ル)といわれているが,しかも,労働者階級の 運動自体が,この段階でほ,組織的紅は上層熟練労働者のものたるに.とどまっ たし,イデオロギ⊥的にも,協同組合。友愛組合・労働者教育組織と
(13)
ミドル・クラス思考に疹透されていた。つまり,ここでは,国の福祉政策の欠 如(自由放任と劣等処遇原則)という背景のもとに.,ブルジョア化した上層労 働者だけの労働運動と,下層労働者紅ほとんど手の届かない市民的藷福祉組織
(上述のはか,後段ではCOSを加えなけれはならない)と,そして実際の切 迫したニ−ドの主体たる貧困者層ないし要救護者層との3老が,たがい紅ずれ あい,ちぐはぐな関係をもちつつ,併存していたことになる。
(12)G.D.軋Cole,A Short HiStOY.y qf ihe BYlilish Working・Class Moveme ヱ7β9一ヱ947,1948,p..166.
(13)Derek Fraser,Tke Evoluiion qfthe Briiish WeljdYe Staie,1973,p.100.
寛47巻 第4・5・6弓
・− エ2− 296
この状況ほ,現代のわが国において,福祉政策の立ちおくれと,そ・れに代位 する企業内福祉(じつは労務管理の延長)の支配とのもとで,官公・大企発中 心の,かつ強固に企業別・タテ型で福祉問題へ.の関心が伝統的紅稀薄な労働組 合を基盤とした労働運動と,生協や労働金庫や共済保険などの,いまだ微々た
る分野で始まったばかり1で商業競争,とくに独占資本の圧力に.苦悩している労 働者福祉運動と,そ・して,実際に要救護件の度合いを深めている零細・中小企 業就労者,勤労婦人,高齢能力者,さらに.(労働者の枠をこえたところで)老 齢者,児童,各種身障者,交通事故・公害・犯罪等の被害者等々の分布と,以 上3者のありかたがたがいにくいちがったままで低迷しているという−・般状穿
と,ある意味でかなり相似的だといえないだろうか。
イギリスでほその後,地方自治の社会化改革やブースやラウソトリ、岬に.よる 貧園実態調査ととも紅貧民の・ニ−ドの所在状況が具体的に.発見・規定され,王 命救貧法委員会の多数派・少数派の両報告を経て,思潮も変遷し,「福祉国家」
への歩みとなったが,世紀の転換期紅ほ下層労働者もようやく組織化されると ともに,諸種のプチ・ブルジョア・レベルの友愛離合やブルジョア・レベルの COSの歴史的役割も実質上おわり,協同組合運動も独占資本の支配からます ます逃避して地域主義に埋没していった。ところで,第2次大戦後も4分の1 世紀をすでに経た現在,資本主義的祉会保障のシノニムだった「福祉国象」の 神話は,崩壊すべくして崩壊し,この制度に.よって社会問題の抜本的解消を期 待した労働者階級をすっかり幻滅させたこ.とも,周知のとおりである。最近に いたるまで,ニー・ド調査どとに.予想外紅彪大な貧困の実在が下層労働者を中心
(14)
に検証されてきた。剛が,こうした期待と幻滅とのくりかえし紅・もかかわら ず,他方でほ忍耐づよい社会的ニードの調査の累積があり,発見されたニ−−ド の充足を国民の権利とし,その充足の施策を国家および地方自治体の至上命題 とするという原則が実像に.維持され,そのもとで調査→報告→立法→サ−・ビス
(14)とくに,1960年代の低所得多子就労家庭をめぐる真因を報告して大きな反響を呼
んだものとしては,B。Abel・SmithandP.Townsend,The Poorandihe PooY eSt,
1966.
労働条件と福祉条件 −− エ?一
297
のきめこ.まかな試行錯誤がたゆまず続けられ,その積みあげの体系が social policy と呼ばれるように.なってきたし,このような国の側からのニ−ド対応 の努力によって,既述したような往時のずれがカバーされ,こうした政策的・
行政的活動が,ほじめでようやく有効に.労働者レベル・雄民レベルの自主的福 祉活動の伝統的内容な,協同組合活動の枠外に.おいて承継包擁しうる展望を得 ること紅なったとみられるとと.ほ,注目されよう。そしてこのような過程のう ちに,福祉問題としての社会問題とそれへの施策についての総体的・統合的視 点が,実践関与率たち自身濫よって事実上独得されてきたのではないかと思わ れる。そうした状況で牲,協同雑合的活動次元をべつとすれは,労働者福祉運 動にあたるようなものへの要請も,もほや小さいであろう。
それに反して:わが国でほ,ミクロ的なニ−ドの調査・対処についても,マク ロ的な施策の統合調整の努カについても,そして給付・調査両面の福祉予算の 比壷評価についても,国の側における努力の椎横ほ・まだ乏しく,福祉に関する 活発で機能的な試行錯誤の風習も未確立である。他方,独占の弊害がひどい。
このような背恩下■でほ,わが国の労働者福祉運動も,あまりに.も困難で遠大な
(15) 探題を抱えゼいるものといわなければなるまい。
Ⅴ
以上で筆者が,昨秋の社会政策学会研究大会における共通論題の取り扱い状 況の検討を足がかりとして導出紅努やてきたことを要約すれば,結局次の3点
となる。第1に,わが国に.おける社会問題の研究は,労働問題論ないし労働経 済論の視角に規制されることによって,部分的な関連成果をあげた反面,総体 的・統合的認識を喪失するという犠牲を払ってきたこと。しかし,もし労働問 題論なり労働経済論なりの立場が『資本論』の立場であり,『資本論』の立場 が本来なによりも社会問題なり社会現象の総体的認識を基底とするものだとす れば,とれは,兵剣に.考えるべき事態といわなければならない。
(15)それ紅もかかわらず,この課題は壷襲であり,実践的に.も放置されて−は.ならず,こ の点,最近の西村紫通教授の業績にいたるまでの先覚的諸研究が想起されるが,それ
らの検討については別の械にゆずりたい。
第47巻 策4・5・6号
ーJ4− 298
ところで第2に,他方,社会問題へ・の福祉問題論的アプローチの主流は,そ の本来的にブルジョア科学的一役歴史的・没階級的仙な認識方法の限界に
もかかわらず,即自的には社会問題を福祉問題として効果的に受けとめ,
を,ミクロ的・主体的側面に.おいてほ,「ニ−・ドー充足」ないし「クライエソ ト…・診断」処置」のレェ−マによって解明し,マクロ的・客体的にほ,共同 社会関連的ニニー−ドに対する統合的施策の必然をみとめて,これをeconQmic POlicyと本質的に.異なるsocialpolicy として\範疇化するにいたっており,こ のこLとによって,つとに.社会問題・社会政策に.ついての即自的な総体的認識 Nポールディングやティトマスのいわゆる「統合性」(integration,tOtality)
(16)
の視点一に到.達していると.みられること。もっとも,この立場が,逆に労働 問題の主体的側面を「産業福祉」とか「雇用福祉」という概念のもとでどこま で真実紅包摂しうるものかほ,別段の検討を翠しよう。
そこで第3に.,おそらくわれわれほ,福祉問題論に.おけるプル汐ヨア・イデ オロギ一にもとづくがいして:没歴史的・没階級的な思考を対自的紅選別批判 し,このことに.よって,この系譜の総体性認識にかくれている部分性を摘出し ながらも,同時に福祉問題論におけるこうした成果を率直にみとめたうえで,
あらためてその成果を『資本論』の立場に包摂ないし連接し,これによって社 会問題の即かつ対自的な,本当の総体性認識を獲得すべきであろうというこ
と。−だが,それほ,どのようにして可能か。すなわち,生活問題としての 福祉問題の主体的世界次元を,『資本論』の客体的論理次元に摂取するこ・とほ.,
どのように.して可能であろうか。
ここで筆者は,『資本論』における客体的論理の展開に・さいして−,とくにいわ ゆる歴史的叙述の諸章において−労働者の極貧状態の諸相や,かれらが労働日等 の労働条件をめぐって行なった闘争について−の描写が添加されていた態様を想 起し,そこ紅マルクスが諸史実をめぐるなまなましくもゆたかな階級的要救護
(16)KいE.Boulding, TheBoundar・iesofSocialPolicy, SocialWork,Vol・12,
No.1,Jan.1967,p。7;R.Mu Titmuss,Commitment to Welfdre,1968,pp,2l−
22,65,131(三浦監訳,16−18,75,163ぺ−ジ).
労働条件と福祉条件 −J5 一
299
性認識,階級的ニ−ド認識を牲得していたことを感じつつ,そして労働者階級 の闘争とほ,階級レベルの社会的ニ−ドの充足=福祉のためのかれら自身の最
も基本的な自主的活動形態にほかならないのでほないかと番月訳しつつ,労働条
件をとおしてあらわれる福祉条件というものについで以下■考察することで,上
記の問題を考究する手がかりを得たいと思う。
ⅤⅠ
−・般に.労働者(以下,賃労働者と同義とする)の福祉には,労働の現場(生 産点)における諸条件−一環金,労働時間,労働の質。態様・強度,労働環境 ないし労働安全衛生,労務災害補償,解雇条件,企業福祉などに.関する事項(こ れらを,本稿では「労働条件」と総称するこ.とにする)−−をとおして看取さ
(17)
れる領域(いわゆるindustrialwelfare またほ与mployment welfareの領域)
と,労働老の家庭ないし私生活(消費点=生活点)の維持。充足に直接かかわ る諸条件一任宅,広義の生活環境,安価良質な生屑物資如手,諸事故に対
する所得および救護サービスの保障,休息,娯楽などに関する事項(これらを 狭義の「福祉条件.」と名づけて−おく)−をめぐって吟味される領域との,2 領域が考え.られるが,結局のところ「労働条件」もまた広義の「福祉条件」の
−・環にはかならないものと思われる。
けれども,労働条件ほ.,そのままでほ,あくまで資本制商品生産にリンクし た社会的労働をめぐっての,客体的かつ階級的な条件であって,原則として価 値法則のタ−ムに.瀾訳が可能であり,だからこそ,賃金にしても労働日にして
も,その他の諸労働条件にしても,団体交渉や立法規制の画・一・的な対象となり うるものだし,また,そうならざるをえないものでもある。そして,労働およ び労働条件の吟味は,われわれを.「疎外された労働」の成立から「資本制蓄積 の−・般法則」の展開紅いたろまでの,いわば即自的に客体的な社会問題一言
(17)たとえば,イギリスに.おける社会諸サノービスの包括的体系のなかで雇用福祉が占め る位置を鳥看したものとして,SocialSeY・Vicesin Britain(Centra10ffice ofIn・
formation Reference Pamphlet,3),HMSO,1964.をみよ。
屠47巻 第4・5・6琶
ーJ6 一− 300
其の最も広い意味での貧困および貧困化ないし労働者状態の感化の問題・…−の 次元に,導くであろう。しかしながら,このような社会問題の即自的に客体的,
価値法則的な次元ほノ,当然,労働者の生活主体としての活動紅影響を与える。
すなわち,労働者ないしその家族共同体たる生活主体が調達・消費する使用価 値の代謝過程が,影響をこうむる。こうした,生活主イ本の側における使用価値 の代謝過程のあしき変動ないし障害を媒介として,生活主体の側に要救護認識 ないしニ ド認識が生じよう。この主体的な要救護認識ないしニ−ド認識の
1つ1つほ,即自的にほ.没社会的・没階級的なものとして発生しうるだろう。
しかし,早晩,無数の個々の労働者の・ニ−ド認識ほ,経過的に.ほ集団的・階層 的・地域的に,しかも結局基底的に.ほ.階級的レベルにま で,対象化・客体化・
社会化してあらわれ,福祉条件を構成するにいたるであろう。こうして,はじ
めていまや客体的な福祉問題の次元が成立し,即かつ対自的に客体的な社会問 題の世界が,福祉問題の次元を包摂しつつ成立することになるであろう。
要する把,ニ−ドおよびその充足とほ,経済学原理論的に几、.え.ば,生活主体 に.とっての使用価値の代謝過程の維持および変動への対応をめぐる概念にはか ならず,生活主体の側での使用価値の代謝過程の維持・変動に伴う問題の生起 を媒介として,本来主体的なニ・−・ド認識が対象化され,社会化し,客体的な価 値法則の世界に投げこまれなおすとき,そとに資本制的社会問題の福祉条件的 側面が編成されるものといえるであろう。
このように,われわれの理解にとってほ,「福祉」の概念はきわめて現実的・
具体的なものであり,日常生活上のあれこれの具体的な福祉条件と不可分な概
(18) 念なのであって,したがって−,かの抽象的な規範墟念をさす伝統的用語法とほ
(18)現代の Welfare State〃概念もまた,そのような具体的なイノーi7のものである ことが留意される。プリッグズによれば,この語は,1947年に.,社会保障的な楕動を 行なうていの「新種の国家をさす便利なレッテルとして,はじめて−・般的に用いられ
た」(Asa Briggs,A Siu4y of the Work of SeebohmRou,ntree187L−J954,1961,
P 191)。1951年のラウントリ−・=レイプァ−ズの本ほ,すでに welfare measures とか welfarelegislationりという用語を基本的な術語として使用している(S.Rown・
tree and G小R.Lavers,PoveYty andiheWel.fdre State,AThiY.dSocialSuY・Vey
OfYork,etC.,1951)。1947年秋のペグァン演説あたりが,おそらく welfar・e という
労働条件と福祉条件 − ヱ7−
301
別個のものとい:らてよい。もっとも,規範理念としての「福祉」ほ,具体的な
(19)
ニ・−ド充足のためのサ−ビス提供に.対する労働者やその他要救護者の「社会権」
(タイトマス)を認定・推進するために.,運動論上ないし実践上,有意味なも のであるから,それを放棄する必要は,すこしもない。しかし,「福祉」の以上 両概念は,′厳密に区別されなくてはならず,ここでほ,社会科学的検討に堪え る「福祉」概念がなに.よりもまず規定されなければならないのである。
なお,つい■でながら,規範理念としての「福祉」ほ,それ自身の思想史をも っていることに留意しておきたい。それほ,古くほユ7−18掛紀のドイツ諸領邦 で財産国家観の修正物として成立した身分的・中央集権的民族国家(Polizeト Staat,Wohlfahltsstaat)の理念から,近代の上中らの社会改良理念としての 講壇社会主義的福祉観を経て,現代のアングロサクソン系譜のプル汐ヨァ民主 主義的なr福祉国家」(Welfare State)の理念まで,さまざまなバク−ンを包 摂してきた。このうち民主的語法のもの以外ほ,すべて過去のものに.なった。
しかしさらに,民主的「福祉」概念自体もまた,たとえばイギリスの場合で も,超保守派のイノック・パクエルから頗準的ならざるフェビアンだったデイ
トマスまで,きわめて:種々でありうることほ,たとえば普遍主義か選別主義か をめぐる論争や「逆所得税」論議によっでも,うかがうことができよう。
ⅤⅠⅠ 最後に,残された紙幅で若干の補論を加え.ておきたい。
第1紅,現代的な社会福祉サ叫ビス活動の「社会的」性格の意味紅関する解 釈をめぐって1つの論点が浮かんでいる。われわれの理解でほ,すでにみたと おり,価値法則の客体的世界の展開が即自的に貧困・貧困化問題としての社会 問題を展開させ,これが生活主体紅.とって■の使用価値の代謝過程を萎縮的に変 動させるこ.とによっで生活主体に.とって:の「ユードー・充足」のシェーマの挺乱
語を現代的な意味で明白紅用い出した最初の代表例かもしれない。CfハM.BI・uCe
(ed..),7Ⅵ♂点ね♂♂ノ■放り吼直物−β5払お都励ヱgJ≠ぶゐ50C∠αJPクJ〜qγJ6♂ムヱ97ヱ,1973,
pp¶ 264−266.
(19)Titmuss,Commitment to Weudre,pp.129,164(三浦監訳,159,204ぺ・−ジ).
−Jβ− 第47巻 第4・5・6号 302
が生起じ,さらに.これが社会的に対象化・客体化して即かつ衷自的な社会問題 としての福祉問題となり,価値法則の世界に投げ返されるものであった。とこ ろで,福祉問題が結局このように.して価値法則をとおしてしか社会化せず,チ
−ド充足の円滑化(すなわち,生活主体にとっての使用価値の代謝過程の安定 回復)もこのままでは価値法則の次元での調整をとおしてのみ,間接におこな われうるにすぎないの紅,しかも価値法則次元そのものが,そもそ・も生活主体 の使用価値の代謝を困難におとしいれた元凶たる経済的必然なのであった。だ とすれば,これは.,まさに堂々めぐりであり,悪循環であり,呉のニードの充 足ほ永久に.実現しえないことに.なる。この矛盾ほ,どうなるのか。−近代主 義の福祉理論家のなかでもティトマスのような論客は,この問題に気づき,文 化人類学的な視点から,この悪循環をたち切る論理を人間の制度的共同行動原 理匿求吟たようである。すなわち,デイトマスほ,マルセル・モ−スやポ一ル
ディングの示唆を受けつつ,轟の福祉が,・−・定の制度的条件下において交換な いし相互移転を内実とするところの「経済」の決定論的な世界とは別な,供与・
贈与ないし一方的移転を内実とすると側ころの自由な選択の世界−〃gift rela・
tionship 一に・おいて成立する点において−,まさ紅「社会」的となるものであ るというこ■とを主張し,そうした制度的条件の整備てそ・が「社会政策」の任務
(28)