福祉のポストモダン : 80年代福祉改革の底流
その他のタイトル Post‑Modern Aspects of the JapaneseWelfare State : Another Story of the Welfare Reform in the 1980s
著者 杉野 昭博
雑誌名 関西大学社会学部紀要
巻 27
号 2
ページ 61‑69
発行年 1995‑12‑05
URL http://hdl.handle.net/10112/00022518
関西大学「社会学部紀要」第2
7
巻第2
号,1 9 9 5 , p p . 6 1 ‑ 6 9 ISSN 0 2 8 7 ‑ 6 8 1 7
研究ノート福 祉 の ポ ス ト モ ダ ン
-80年代福祉改革の底流一•―
杉 野 昭 博
Post‑Modern Aspects of the Japanese Welfare State:
Another Story of the Welfare Reform in the 1980s Akihiro SUGINO
Abstruct
There i s a variety o f arguments about the welfare reform i n the 1980s i n Japan, that i s , the 1982 Health Service Act for Old People, the 1985 Reform Act of National Pensions, and the 1990 amendments of the major eight l a w s of personal social services. While some support the welfare reform since the reform may improve the efficiency of services, others are opposed since the reform may endanger the rights of welfare recipi‑
ents, particularly the poor. The p a i ; 0 r examines the welfare reform from a third perspective. The reform can b e regarded a s the universalization of welfare provisions. However, the universalism which underpinned the Japanese welfare reform i n t h e 1980s did n o t necessarily fit into the conventional definition o f the term, a s i t had nothing to do with the growth of social solidarity. Instead, the universal provisions o f w e l f a r e services have emerged i n Jaqan accompanied with post‑modern social developments, such a s the decline of'social harmony'and the rise of individualism.
Key words : U n i v e r s a l i s m , S e l e c t i v i s m . Need‑based m o d e l s , Right‑based m o d e l s , Post‑modernism.
抄 録
わが国における
1 9 8 0
年代の福祉改革については主として賛否二つの評価がなされている。「サービ ス供給の効率性」という観点から80
年代福祉改革をとらえる議論が改革に対して肯定的であるのに対 して, 「権利保障と社会的公正」 という観点からこれをとらえる議論は改革に対して懐疑的である。本稿では, 「福祉供給の普逼主義化」 という第三の観点から
8 0
年代福祉改革をとらえることにより,今
H
の日本社会における社会連帯意識の退潮と私生活主義の台頭というボストモダン状況における80
年代福祉改革の意味を再検討する。日本における福祉供給の普逼主義化は,従来の福祉国家論が想定したような社会連帯の増進に伴うものではなく,むしろ社会的価値観の多様化への「苦しい対応」と して理解される。
キーワード:普逼主義選別主義,ニードモデル,ライトモデル,ボストモダン
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号は じ め に
わが国では 1 9 8 1 年の国際障害者年をひとつの契機として, 1 9 8 0 年代にはさまざまな福祉改革が おこなわれた。もちろん, 1 9 6 0 年代の年金および医療制度の拡充, 1 9 7 0 年代の老人医療費無料化 など,画期的な改革は過去においてもおこなわれている。しかし, 1 9 8 0 年代の福祉改革は過去の 改革に比べると,わが国福祉制度の根幹にかかわる大改革であったといえよう。すなわち, 1 9 8 0 年代の「老人保健法」の制定および国民年金法の改正と, 1 9 9 0 年の社会福祉関係 8 法の改正は,
今後数十年間にわたる日本の福祉政策の方向性を決定したといえる。その意味で, 1 9 8 0 年代の福 祉改革は, 1 9 4 0 年代後半から 1 9 5 0 年代にいたる戦後の福祉制度確立期に匹敵するような一大改革 であったといえる。この 8 0 年代福祉改革の持つ意味を戦後の福祉政策の展開の中で考えることに よって,今後の福祉を展望してみたい。
1 . 戦 後 福 祉 制 度 の 展 開 : 普 遍 主 義 の 理 想 と 選 別 主 義 の 現 実
わが国の戦後福祉制度の確立は 1 9 4 6 年の「旧生活保護法」および「児童福祉法」さらに 1 9 4 9 年 の「身体障害者福祉法」といういわゆる福祉三法の制定によって始まった。この時,新福祉制度 の制定に際しては, アメリカを中心とする日本占領軍当局 (GHQ) による強力な指導のもと に , 「無差別平等原則」すなわち<国民すべてが同じように福祉を受けられる>といういわゆる
「普遍主義」の理念が導入された。一方,戦前の日本の福祉制度は,<一部の困っている人だけ が福祉を受けられる>という「選別主義」をとっていた。このように戦後の福祉制度は,とくに
「児童福祉法」において顕著なように,<一部の国民のための福祉>から<国民みんなのための 福祉>への転換という理念が含まれていた。このような「福祉の普遍主義化」は,いわゆる「福 祉国家」理念として第二次世界大戦後の世界の潮流にもなっていたのである%
ところが, 1 9 4 0 年代における「普逼主義化」は, 「福祉国家」の元祖であるイギリスでさえも 不完全におわったように,日本においてはほとんど不発におわった。現実の日本の戦後福祉は少 なくとも 1 9 7 0 年代までは戦前と同じく「選別主義」に基づいていたといえる。なぜ,戦後の普逼 主義化が不発におわったのかといえば,普逼主義的福祉供給をおこなうだけの財政的ゆとりがな かったこと,西欧諸国では戦前からある程度発達していた老齢年金や健康保険など先例となる普 遍主義制度が日本ではほとんど未発達であったこと, GHQ の関心が普逼主義化そのものよりも むしろ戦前の軍人優先主義の廃止にあったことなどがあげられる。
l)普遍主義 U n i v e r s a l i s mと選別主義 S e l e c t i v i s mの厳密な定義については,平岡公一「普逼主義と選 別主義」大山博・武川正吾編『社会政策と社会行政』 1 9 9 1 , 法律文化社, p p . 6 8 ‑ 7 1 および三浦文夫「社 会福祉制度改革の意義と課題」『季刊社会保障研究』 2 3 ‑ 1 ,1 9 8 7 , p p . 2 3 ‑ 4 参照。本稿ではこれらのイ ギリス福祉学における本来の定義を念頭に置きながらも, 日英の福祉事情の違いに配慮して,供給範囲 の広い福祉供給を「普遍主義」 狭いものを「選別主義」とするきわめてゆるやかな概念規定をとって いる。
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かくして,たとえば児童福祉においては,理念としては「すべての子ども」を福祉の対象とし ながらも,福祉行政の現実は戦前までの「孤児救済」となんらかわらない消極的福祉が戦後もつ づいた。高度成長期にはいると,保育サービスや青少年活動などの積極的・予防的福祉も登場す るが,国が社会的責任を負うのはあくまでも「要養護児童」つまり<親のいない子ども>である という基本姿勢はかわらなかった。すなわち, 児童福祉の対象は「親のない子ども」や「障害 児」といった「一部の子ども」だけであり,<親がいても不幸な子ども>あるいは<親がいるか ら不幸な子ども>などの問題については国はほとんど無視してきた。このため,欧米諸国であれ ば明らかに児童福祉の問題とされるような「パチンコ店での幼児の放置」といった問題が, 日本 では児童福祉の問題とはみなされないのである。このことは, 日本の児童福祉が本質的には今日 においてもなお選別主義的であることを示している。
また,戦後の老人福祉について概観すれば, 1 9 6 0 年代初頭までは「生活保護法」によって老人 福祉が供給されており,<一部の極度に貧困な老人のためだけの福祉>という戦前までの選別主 義原則からまった<脱け出していないことがわかる。 1 9 6 3 年の老人福祉法制定によってようや く,選別主義的福祉の代表といえる「生活保護」から老人福祉を分離して普逼主義化への一歩を 踏み出した。 しかし, ここでも理念としては「すべての老人の福祉=幸せ」が追求されながら も,「養護老人ホーム」の入所基準に所得および資産による選別が残り, 所得による選別のない
「特別養護老人ホーム」でも<家族ではどうしても介護できない老人>すなわち主として「身寄 りのない老人」を対象とするというやはり戦前の選別主義的な傾向が 1 9 7 0 年頃までは根強く残っ た 。 このように, 児童福祉と同様に老人福祉においても, 1 9 7 3 年の老人医療費無料化までは,
<一部の老人>を対象とした福祉にとどまり,真に普遍主義的と言える老人福祉は存在しなかっ た 。
2 . 1 9 8 0
年代の福祉改革:遅れて来た「普遍主義」以上のように,戦後日本の社会福祉制度の展開を 理念の上では「普逼主義」=<みんなの福 祉>をめざしながらも,実際には「選別主義」=<一部の人の福祉>にとどまっていた段階とし て総括するならば, 1 9 8 0 年代の福祉改革こそが,わが国の福祉制度において戦後も根強く残って いた「選別主義的枠組み」を解体して「普逼主義的枠組み」へと再構築した一大改革であったと いえる
2)。 この 1 9 8 0 年代の福祉改革は老人福祉を軸として展開したのであるが,ここでは医療,
年金, 対人サービス, 福祉観という四つの柱を想定して 8 0 年代の福祉改革をふりかえってみた
し9。
第一の柱は老人医療の普遍主義化である。先触れとなったのは, 1 9 7 2 年の老人福祉法改正によ 2) 三浦文夫 ( 1 9 8 7 ) 上掲論文のほか,小林良二「福祉サービスの供給における普逼主義の意味について」
および平岡公一「普逼主義一ー選別主義論の展開と検討課題」ともに社会保障研究所編『社会政策の社
会学』 1 9 8 9 , 東京大学出版会,参照。
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号って, 1 9 7 3 年から導入された 7 0 歳以上の老人に対する医療費無料化である。この老人医療費無料 化は, 1 9 6 0 年代末から革新自治体をはじめとして自治体レベルですでに幅広く実施されていたこ
とや, 1 9 6 1 年の国民皆医療保険体制成立後の制度間調整の中で老人医療保険の行き場がなかった ことなどさまざまな要因がからみあって成立したものであり s > , 普逼主義的福祉制度への転換を 意図して導入されたものではない。しかし, 7 0 歳以上のすべての老人に対して「医療費を無料化 する」という統一的な処遇をおこなったという点において,その内容はまさしく普遍主義的福祉 供給そのものであった。そして 1 9 8 2 年には, より本格的な普遍主義的制度としての「老人保健 法」が成立するのである。
この老人保健法は医療費の一部負担を導入したことによって, しばしば 1 9 7 3 年の「無料化」か らの<後退>として批判されてきた。しかし,普遍主義化という文脈から見れば,健康づくりか ら医療にいたるまで老人のあらゆる保健ニーズに対する包括的なアプローチを取っている点,ぉ よび,経済的に余裕のある老人層への供給をも念頭に置いている点など,あらゆる健康状態あら ゆる経済状態のくすぺての老人>を対象としたまさしく本格的な普遍主義制度といえる。むしろ 1 9 7 3 年の医療費無料化の方が,<老人=経済的弱者>とする旧来の選別主義的福祉政策の前提に 基づいて導入されたものと考えるのが自然である。つまり, 1 9 7 3 年には旧来の選別主義モデルに 基づいて<老人=弱者>を救済するための「医療費無料化」が導入され,それは「意図せざる結 果」として普逼主義モデルヘの政策転換を促進することになり,その「当然の帰結」として 1 9 8 2 年の老人保健法へとつながったと考えられる。
1 9 8 0 年代の福祉改革の第二の柱としては老齢年金制度の普逼主義化が考えられる。 1 9 6 1 年に 国民皆年金の体裁は整ったとも言えるが, 制度間の格差が大きい点, 「国民年金」の給付水準が
「所得保障」と呼べるようなものではなく永らく「福祉手当」といった金額にとどまっていた点 を考慮すると,それは決して本来の意味での普逼主義制度と呼べるものではなかった。これに対 して 1 9 8 6 年の年金改革は,国民年金の財政問題の解消が当面の課題ではあったが,同時に基礎年 金制度を導入することによって,基礎部分だけとはいえわが国で初めて全国民に共通するまさし く普遍的な年金制度の枠組みを提供した。これによってようやく,戦後長く続いた老齢年金の制 度間格差の解消へ向けて一歩踏み出したといえる。今後,伝統的な終身雇用形態の減少にともな
ぃ,ますます制度間格差は解消に向かうことになる。
三つめの柱は, 1 9 9 0 年の福祉八法改正によってもたらされた「施設福祉」から「在宅福祉」へ の転換である。これもまた,在宅独居老人の生活問題や「寝かせきり」が「寝たきり」につなが るといった老人福祉現場における反省と,将来の老人医療福祉財政についての政府の懸念という 二つの異なる関心から出発している。しかし同時に,この「在宅福祉」化もまた普遍主義化とし てとらえることができる。「施設福祉」とは, そもそも「施設に入所を認める」という形でつね 3) 地主重美「高齢化社会の医療保障ーー老人医療保険の展開を中心に_」東京大学社会科学研究所編
『福祉国家第 5
巻日本の経済と福祉』 1 9 8 5 , 東京大学出版会, p p . 2 9 5 ‑ 3 0 7 .
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に利用者を選別し,そうした「入所者」という特定の一部の国民のみに集中的にサービスを提供 するという性質をもっている。一方「在宅福祉」は「福祉の出前サービス」と言われるように,
少しずつでも多くの人が利用できる。 1980 年代になって「在宅福祉」が強調されるに伴い, 「施 設福祉」もまたショート・スティやデイ・サービスといった「地域福祉施設」への機能転換をす すめている。このような,「在宅福祉」も「地域福祉施設」もともに, <多くの人が少しずつ利 用する>という普逼的な供給パターンヘの変化としてとらえることができる。
四つめの柱は「ノーマライゼーション」すなわち「福祉観の普遍化」をあげることができる。
ノーマライゼーションという概念は本来,北欧とくにデンマークにおける発達障害者福祉施設の 理念として出発したものだが,多くの外来語と同様に本来の意味とはだいぶ異なる日本独特の概 念として行政現場で多用されることになる
4)。第一に, 欧米ではノーマライゼーションと言えば まず発達障害者福祉を意味するが, 日本では障害者福祉一般さらには老人福祉をも含めた一般理 論として用いられ「意味の膨脹」が起きている。第二に,このことから欧米と日本の間では「ノ
ーマライゼーション」の意味内容に微妙な歪みが生じる。すなわち, 「ノーマライゼーション」
とは欧米ではまず第一に,発達障害をはじめとするきわめて固有のニーズを抱えた特定の人々に 対して「ふつうのくらし」を保障しようという理念として用いられるのに対して, 日本では「障 害をもつ人やお年寄りにやさしい街はみんなにやさしい街」といった行政標語に代表されるよう に,「誰もが使い易い街づくり」といった理念として用いられることが多い。つまり, 欧米にお いては障害をもつ人の不利益に対する権利保障としての選別的な福祉祉供給(積極的優遇政策)
という選別主義的なニュアンス
5)をもつのに対して,日本ではむしろ「みんな一緒にふつうに」
というどちらかと言えば普逼主義的なニュアンスが強くなっている。
このように「日本型ノーマライゼーション」においては,障害者と健常者との間の経済的・社 会的格差の是正という本来のノーマライゼーションの理念よりも, 「我々は皆同じ人間であり,
したがって同じ(普遍的)ニードをもっているのだから,福祉は一部の人のためだけでなくみん なの役にたつものである」という 「福祉ニーズ銀の普遍化」を促進した側面が強い。結果とし て,「日本型ノーマライゼーション」の対象は「障害者」より普逼性の高い「お年寄り」が中心 とされるようになった。 このように, 1 9 8 0 年代の「ノーマライゼーション・プーム」もまた,
「老人福祉を軸とした普遍主義化」という大きな流れの一部として見ることができる。
3 . 福 祉 改 革 の 思 想 的 背 景 : 「 ニ ー ド ・ モ デ ル 」 か ら 「 ラ イ ト ・ モ デ ル 」 へ 以上のように 1 9 8 0 年代の一連の「福祉改革」は「老人福祉を軸とした福祉供給枠組みの普逼主 4)拙稿「ノーマライゼーションの初期概念とその変容」『社会福祉学』 3 3 ‑ 2 , 1 9 9 2 , 参照。
5) 「同和政策」のような「積極的優遇政策」は「救貧対策」ではないので,イギリス福祉学上の定義によ
ればこれは「選別主義」ではない。しかし,本稿では「供給対象範囲の限定」という意味でこれも「選
別主義的」と考えた。詳しくは,平岡公ー ( 1 9 8 9 )前掲論文および拙稿「イギリス福祉学における制度
的再分配論のゆくえ」『社会福祉学』 3 2 ‑ 2 , 1 9 9 1 , 参照。
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号義化」として総括できる。しかし,このような包括的で大規模な福祉改革は,たんに「福祉供給 パターンの変化」として分析するだけでは十分でない。そこには当然, 「改革」の背景として福 祉イデオロギーの変化が伴うはずである。そこでまず,選別主義と普遍主義のそれぞれの福祉観 の違いに着目して, 1 9 8 0 年代の福祉改革の思想的背景を考えてみたい。
まず,選別主義的福祉供給の特徴は, 「受給者」をきわめて限定的に定義することにある。し たがって,何を基準にして「受給者」を選別するかということが福祉供給の中心課題となる。こ の「選別基準」となるのが「ニード」という概念である。つまり,ニードの有無によって受給者 の選別がおこなわれる。このことから,選別主義的福祉供給は「ニード中心」の福祉観すなわち
「ニード・モデル」に基づいた供給方法といえる。一方,普逼主義的福祉供給の特徴は受給対象 を制限しないことである。したがって,老齢年金のように,年齢などをはじめとする一定の客観 的基準さえ満たせば誰でも福祉を受けることができる。この意味で普逼主義は「国民誰もがもら える」という「福祉権」を前提としており.「ライト(権利)中心」の福祉観すなわち「ライト
・モデル」に基づいた福祉供給である
6)。
ところで,福祉供給の基準として「ニード」を用いた場合,供給の公正を期すためには受給者 個人の「ニード」が客観的かつ明確に判定されなければならない。 このため. 「ニード」の有無 は本人の主観的要求などによるのではなく,医師や施設長やケースワーカーといった「第三者」
の専門家によって客観的かつ科学的見地から判断される。したがって「ニード・モデル」に基づ く福祉供給は,供給側の福祉行政職や専門職の方に主体性が置かれ,受給者にとっては「受身の 福祉」になりやすく「福祉を受けることは恥ずかしい」というスティグマ(恥の烙印)を感じゃ すい。このことから,受給者個人が主体的に「福祉権」を行使することを想定した「ライト・モ デル」すなわち「普逼主義的福祉供給」は,社会福祉における「権利保障の前進」といった文脈 でとらえられてきた。
このような視点に立てば,わが国の 1 9 8 0 年代の「福祉改革」は, 1 9 7 0 年代からの障害者運動お よび 1 9 8 0 年代における高齢化社会に対する国民世論の強い関心がもたらした「成果」ということ になる。世界の福祉国家の動向に目を向けると, 「ライト・モデル福祉」と国民による権利要求 運動との関連は明らかである。 1 9 6 0 年代のアメリカでの黒人公民権運動に始まる「権利要求」の 波は, 6 0 年代末の「学生運動」を通じて世界中の先進国に波及した。 7 0 年代には世界的規模で,
障害者や公害犠牲者や少数民族などによるさまざまな権利要求運動が起こり,これに「女性」と
「先住民族」が続くことになる。
しかし, このような 1 9 7 0 年代以降の世界的な権利要求運動とほぽ並行して, 「反福祉国家」ィ デオロギーが世界的に台頭してきた点に注意しなければならない。当時の「反福祉国家」イデオ 6)三浦文夫は選別主義と普逼主義に関連して n e e d y ‑ o r i e n t e dと n e e d ‑ o r i e n t e dという概念モデルを提 出しているが,本稿の「ニード・モデル」と「ライト・モデル」は,三浦の概念モデルの中では「措置 型福祉」と「自由契約型福祉」という対比に最も近い。三浦文夫 ( 1 9 8 7 ) 上掲論文, p p . 3 2 ‑ 3 , 参照。
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ロギーは,新マルクス主義と新保守主義に大別できる。前者は, 「福祉国家」とは労働者運動の 成果などではなくまった<資本家の利害関心によって成立したものであり, 福祉とはいわゆる
「アメとムチ」のアメとして「労働者統制」の役割を果たすものであると主張した。一方,新保 守主義はフリードマンのような経済的リベラリズムとハイエクやフーコーのような政治的リベラ リズムにさらに分類できるが,いずれも「福祉国家」を個人の経済活動あるいは私生活における
「自由」に対する抑圧装置とみなしている。新マルクス主義も新保守主義もともに,「福祉国家」
の管理=統制的側面を批判している点で共通している 。
このような 1 9 7 0 年代以降の「反福祉国家」イデオロギーの台頭と世界的な権利要求運動をあわ せ考えるならば,今日の福祉供給システムの「普遍主義化」は単なる福祉供給パターンの技術的 改変といったものではないし,また, 1 9 6 0 年代にティトマスが主張した「普逼主義化=権利保障 の前進」といった福祉国家賛美に解消できるものでもない。むしろ,今日の「普遍主義化」を軸 にした福祉改革とは, 7 0 年代以降の「福祉国家」批判に対する「苦しい対応」のようにも受け取 れる。 1 9 7 0 年代以降, 「福祉国家」および「社会福祉」の成立そのものを困難にしているものこ そポスト・モダニズムという歴史の力なのではないだろうか。
4 . ボ ス ト ・ モ ダ ン の 福 祉 : 「 社 会 福 祉 」 か ら 「 個 人 福 祉 」 へ
「ポスト・モダン」という概念を一言で言えば「近代主義的秩序理論の崩壊」と言いかえるこ とができよう。そもそも,近代主義(モダニズム)は「個人」と「社会」という対立的な価値を 内包していた。この「個人」と「社会」との潜在的な葛藤を調停する自己解決が可能であると考 えたのが「近代主義」と言える。アダム・スミスの「自由市場」 もデュルケームの「有機的連 帯」も,そうした自由な個人の間の対立を調停する自然調和メカニズムであった。 1 9 世紀末から 2 0 世紀にかけてこうした機能主義的な「自然調和」の仮説には一定の疑念が広がり,個人と社会 の調和には「人為的介入」が不可欠であると考えられるようになる。 こうして「自由市場」と
「有機的連帯」といった<自然調和>は,それぞれ「計画経済」と「福祉国家」といった<科学 的=合理的調整>によって補完されるようになる。しかし,自然調和にしろ合理的調整にしろ,
「近代社会」の自己調整能力そのものは 1 9 6 0 年代まで疑われることはなかった。
近代社会に固有で不可欠なこの「自己調整」に対して深い疑念を抱き,これを「抑圧=統制装 置」とみなすことにより近代主義の前提を問いなおし, 「個人の自由」を純化・徹底させようと するのがポスト・モダニズムである。したがってポスト・モダンにおいては,近代主義的調整装 置である「福祉国家」は,ハイエクが指摘したように国民から自主決定権を奪い「幼児化」させ る「全体主義国家」とみなされる。 また「社会福祉」概念も, フーコが「公共性」や「公衆衛 生」などについて指摘したように,個人の自由を抑圧するために「<近代化>という虚構」が映 7) 拙稿「社会福祉と社会統制 ーーアメリカ州立精神病院の脱施設化をめぐって一」「社会学評論』 4 5
‑ 1 , 1 9 9 4 ,
参照。関西大学『社会学部紀要」第
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号しだした<幻影>としての「統制用具」の一つとして理解される。
岩見和彦はこのようなポスト・モダン時代の社会を,その社会意識に着目して「ミーイズム社 会」と呼んでいる。その特徴は,公共性に対する私生活領域の優位,エゴイズムに対するナルシ ズムの優位,誰もが「主役」であり同時に「その他多勢」でもある<カラオケ>に代表されるよ うな「自己演出社会」あるいは「社会の劇場化」などである
8)。 このような「ミーイズム社会」
の姿は, かつてデュルケームが述べた「有機的連帯を形成し損なった近代社会」の姿すなわち
「アノミー状況」によく似ている。<アノミー>すなわち「社会規範が崩壊した社会」では,も はや「社会」という概念そのものが成り立たないのであるから「社会福祉」という概念も成立し ない。「ミーイズム社会」において「福祉」が論じられるとすれば,それは「個人福祉」「私福 祉」「自己福祉」といった概念にならざるをえないだろう。
このようなポスト・モダン状況における「社会福祉」概念の定立にかかわる困難を松原一郎は
「モダニティ統制の自己矛盾」としてとらえる。従来, 「社会福祉」は近代化に伴う社会変動に よって縮小された家族や地域共同体に対する機能的代替として定立されてきた。 しかし, 「近代 化」とは単に家族や地域共同体といった社会制度の機能的多元化や細分化をもたらしただけでは なく,社会制度の上位に位置する社会規範の相対化,ビークー・バーガーにならえば「信憑構造 の多元化」をも同時にもたらした。したがって,今日まで「社会福祉」が近代化に伴う社会的機 能の欠陥を補うものとして一定の支持を得てきたのは,それが家族や共同体に代わって育児や老 人介護をしてきたからだけではなく,同時に社会規範の崩壊あるいは信憑構造の弱体化に伴うア イデンティティの不安をも隠蔽し先送りしてきたからであるとも言える。つまり,社会福祉は近 代化がもたらすアノミー状況を回避する上で,社会制度上の機能的貢献だけではなく,イデオロ
ギー上の価値的貢献もしてきたのであるが,従来の福祉研究はこの後者の側面をあまりに無視し てきたと松原は主張する
9)。
仮に,「一元的な信憑構造」あるいは「安定した社会規範」を前提にして初めて「社会福祉」
が社会制度の機能的多元化に対応できるのであるとすれば, 「社会福祉による近代化の統制」と いう機能主義的命題には自己矛盾が含まれる。社会福祉は近代化に伴う 「貧困」を解消できて も,近代化に伴う「アイデンティティの危機」は解消できないからである。そして,社会規範上 のアイデンティティ問題が解消し得ない以上,その社会制度上の対応物である「貧困問題」も決 してなくならないはずである。「相対的貧困」や「剥奪」をめぐる「現代の貧困」問題の存在は このことを如実に示している。そして「社会福祉」が,このような現代の福祉問題を「価値観の 多様化に伴う問題」としてとらえ,これに対して多元的サービスで対応しようとするならば,そ れはさらに「自己矛盾」を重ねることになるのかもしれない。
8) 岩見和彦「ミーイズム社会」岩見和彦•
岡田至雄・徳岡秀雄編『基礎社会学・増補版』 1 9 9 4 , 福村出 版,参照。
9)松原一郎「社会福祉研究のミッシング・リンク」『社会福祉学』 3 3 ‑ 2 , 1 9 9 2 , p p . 9 0 ‑ 7 , 参照。
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