農協による都市農村交流活動の現段階
3つの事例をもとにAgricultural Cooperatives and the Exchange between
Urban and Rural Residents:Three Case Studies
河 野 直 践
破綻と,それに関連する第三セクターの破綻 1 はじめに 課題の概観と本論の構成
は,「自治体破産」をもたらしっっあるとし 過疎化と地域農業の衰退に悩む農山村の活 てジャーナリズム等でも問題になっている 性化や,消費者の農業・農村に対する理解の し3),テーマパークの不振も一般化している。
促進をめざして,都市農村交流活動が注目さ こうしたなかで,海外のリゾート事例の安易 れるようになってから久しい。また近頃は, な輸入ではなく,国情に合ったリゾートづく グリーン・ッーリズムという言葉が流行し, りを考えるべきだとする指摘や,地域イベン その意義や日本的なあり方を論じる本もいく トにっいても失敗例をきちんと受け止めるべ っか出されている上)。筆者もむろんこうした きだとする議論が出されているの。
視点に異論があるわけではないが,ブームだ したがって,都市農村交流やグリーンッー からといってやれば成功するというものでは リズムにおいても,ブームに期待して無計画 ないし,華やかな報道などの裏側には,問題 に着手したり過大な投資を先行させるのでは が隠されている場合も少なくないのが現実で なく,きちんとした戦略と展望をもって,地 ある。実態をより突っ込んで把握し,方向を 道な活動を模索・拡大していく必要があるが,
検討することが必要と思われる。 そこでは活動や事業に取り組む主体のあり方 都市農村交流活動の問題点などにっいては も重要な問題になってくる。なぜなら,かっ 筆者自身,取り組みの歴史もふまえつっ一定 てのリゾートブームの主役は大企業であった の整理をした経緯がある。それによれば,都 し,都市農村交流活動も自治体主導のものが 市農村交流は1960年代の前史段階をへて70年 多かったが,これからは農山村の住民自らが 代に先駆的事例が登場し,80年代に農政上の 都市の人々と協同して,身の丈にあった活動 認知を受けるとともに各地に活動が広がった。 を作り上げていくことが必要になっているか さらに90年代には農政上の柱へと位置づけが らである )。それには,地域の農業者や住民 格上げされたが,実際には経済効果があがら を広く組織しながら,農業振興を柱にした自 なかったり,地域間競争の激化のなかでの淘 主的な協同組織として存在しているはずの農 汰といった現象や,交流活動を名目にしっっ 協の機能発揮も一っのテーマとなってくるが,
も農業振興からはずれて,公共事業に変質す 残念なことに農協の都市農村交流への取り組 るなどの問題点も出てきた2)。加えて最近間 みはおしなべて活発であるとはいえない。そ 題になっているのが,バブル崩壊に続く不況 の背景には農協の体質的な問題が存在してい 長期化のもとでのレジャーの抑制である。 るが6),後掲の事例のように,消費者や都市
一時期はブームを呈した大規模リゾートの 住民との接点づくりや交流活動に意欲をもっ
58 茨城大学人文学部紀要 社会科学論集
て取り組んでいる事例もないわけではない。 自然体験などの体験活動を主にしたもの,農 そこで本稿では,それぞれに特徴のある3っ 産物などのオーナー制や産直活動を柱にした の農協の事例を取り上げ,活動の歴史と現状 ものなど多様である。交流対象にっいても,
を述べるとともに,その成果と課題をみてい 不特定多数向けのものか特定の顧客にしぼっ くことにしたい。 たものか,遠隔の都市住民を対象にしたもの 最初に取り上げるのは,群馬県沢田農協の か近隣の消費者を意識したものかなど,実態 薬草テーマパーク「薬王園」である。この農協 はさまざまである。したがって,本稿はこれ は,特色ある農産加工事業と直売で成果をあ らの一部をみたにすぎないが,それぞれに特 げたユニークな農協として全国に知られてき 徴ある代表的な事例の分析をっうじて,農協 たが,近年さらに,健康ブーム意識した薬草 の都市農村交流の現段階的特徴を抽出し,方 のテーマパークを開設して話題をよんだ。農 向を展望するための一助としたい。
協が開設したテーマパークの中では代表的な 事例であるが,以下においては誘客の伸び悩
2.群馬県沢田農協の事例 みに悩んでいるという,厳しい現状と対応策
伸び悩むテーマパーク「薬王園」
が報告される。
次に取り上げるのは,新潟県魚沼みなみ農 沢田農協のある中之条町は,群馬県の北西 協のホテル事業である。このホテルは,農協 部(新潟県境)にあって,1,500mをこす標 の協同会社がスキー場の隣接に建設して経営 高をもっ山々の谷あいに,農地と集落が点在
してきたものだが,グリーンシーズンの誘客 している土地柄である。人口は1万9,000人 を目的に農業体験の実施に取り組んできた。 で漸減傾向にあるが,町内には四万温泉や沢 以下の報告では,近年はスキー観光が大きく 渡温泉があって,観光客の来訪が多い。
落ち込む一方で,グリーンシーズンの体験活 中之条町の東半分は,吾妻郡の大半をエリ 動が大きく成長してきている現状が示される。 アとする「あがっま農協」(正組合員戸数5,400)
この事例は必ずしも全国的に著名なものでは に広域合併されているが,西半分の沢田地区 ないが,農協陣営のなかでは最も早くから農 は未合併の沢田農協として今日に至ってい 業体験などに積極的に取り組んできた経緯が る7)。正組合員は514,准組合員は389,職員 ある。 は46名(いずれも99年度末)という小規模農 最後に取り上げるのは,兵庫県兵庫六甲農 協だが,地区内にある四万温泉の存在も活か 協の地域振興計画である。これはあくまでも しながら,農産加工と直販に力を入れてきた。
現在進行形の試みであるが,広域合併によっ 99年度実績では農産物の販売は6億円(肉豚,
て都市部と農村部の双方を含むことになった 野菜,こんにゃく,牛乳,きのこ等)である 本農協が,それを契機に管内の生産者と消費 ほか,農産加工場もまた別に5億円余りの扱 者を有機的に結びっけ,交流活動を農協の営 いをあげている。加工事業を試みた農協のな 農事業の柱にしていこうとしている現状が報 かには,品質管理や販路確保に失敗して撤退 告される。農協再編が急速に進むなかでの, した例もあるが,本農協は小回りをきかせっ 新たなタイプの試みとして位置づけることが っ堅実な事業路線をとり,成果をあげたこと できる。 で全国に知られてきたので,まずはそれにっ
むろん,ひとくちに都市農村交流といって いて述べておく必要がある。
みても,メニューにおいてはイベントタイプ 沢田農協では1971年以来,地域農業振興計 のものやテーマパーク的な誘客農業体験や 画の策定と実践を重ねてきたが,大規模産地
河野:農協による都市農村交流活動の現段階 59
化の難しい山間の農業振興方策として本農協 高値で買い上げる一方,加工品の販売にあたっ が選んだのが,地域の多様な特産物を活かし ては直販や独自の販路づくりを基本としてき ながら付加価値を高めていくという,農産加 た。具体的には,1985年に地区内の国道沿い 工事業の展開であった。構造改善事業を導入 に直売所を設置したほか,四万温泉に直売所
して農産加工場を建設し,1976年から運営を を設けたり通信販売にも取り組むなどし,93 開始したが,他から原料をかき集めてでも生 年には東京の北区にも直売所を設置した(商 産・販売規模を拡大するというような方法は 店街の空洞化に伴い,その後浅草に移転)。
排して,地域の多様な資源を発掘しっっ,あ 各方面から取引の依頼もあったが,一般への くまでも地元の原料で加工品を開発してきた 卸は避けて中間マージンを排除し,最終消費 のが一っの特色である。生産量は地域で確保 者の支払いの多くが産地に直接届くしくみを できる原料の範囲内にとどめるかわりに,桑 追求するとともに,派手な宣伝は行わずにク の実など従来は商品化されていなかったよう チコミで顧客を拡大する戦略をとった。それ なものも含めて,地域でとれるさまざまな農 は,「現地に行かなければ手に入らない商品」
産物を徹底的に利用したり,少量多品目の作 という印象を消費者に与えることとなり,希 付けを奨励するなどして,多種の製品を開発 少価値を高め特色を出すことにっながった。
した%工場に50名近くの地域の婦人を雇用 このようにして,沢田農協では加工品の開 し,機械利用は極力避iけて手作りの味を追求 発と長期的な有利販売の実現に成功を収めて しているのも特徴である。 きたが,図表1に見るように,90年代に入っ
原料調達は契約栽培や組合員からの買取り, てからは加工事業は頭打ちとなり,さらに近 市場出荷調整によっているが,組合員経済を 年は落ち込みも見せるに至っている9)。背景 助ける立場から,予め定めておいた契約価格 には不況の長期化や農産物価格の低迷,安価 や最低保証価格にもとついて市場価格よりも な輸入加工品との競合などがあると考えられ,
図表1 沢田農協の農産加工事業の推移(加工場取扱高の推移)
(百万円)
700 706
600 602
@577581
615 626 593584 515 532
500
456
缶詰その他
@(22)
434 ジヤム・ジュース
400 (33)
358
健康品
306 (42)
300
254
200 (435)漬物
157 109 100
58 35 38
T 0
1976 。・・ 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99
資料:沢田農協「農産加工事業の概要」に最新の数字を加えるなどにより,筆者が作成した。
60 茨城大学人文学部紀要 社会科学論集
近年は販路も変化を見せっっある。図表2か 「薬王園」と命名しての開園にこぎっけたの らは,直売や農協系統への卸の割合が低下す は1996年のことであった。26haの用地は農協 る一方で,スーパーなど一般小売店への卸が が借り受けているほか1°),箱モノなどの総整 増加していることが読み取れよう。これは, 備額は23億円にのぼり,補助事業が導入され 中間マージンの節減や希少性の維持といった てはいるものの,受益者負担分(4割)の約 路線とは反するものであるから,組合として 10億円は農協自身の投資によっている。
は苦渋の選択である。スーパー等に出すには 広大な敷地は,テーマパークの中核を占あ 小袋化が必要となり,経費がかさむのも悩み る「薬王館ゾーン」と「ハーブ園ゾーン」,
となっている。 薬草や薬木の栽培圃場,山野草や山菜にふれ 沢田農協にとっては目下,従来の販売事業 っっ散策のできる「自然園」などからなって や農産加工事業を補完する新たな事業部門の いる。「自然園」の一角には陶芸館・木工館・
確立が課題となってきているが,そうした事 染織館・炭窯も設置されているが,一般の入 態の到来に備えて構想・着手されてきたのが, 園者にとっては以下のようなものが配置され 人々の健康指向を意識した薬草の生産と薬草 ている「薬王館ゾーン」と「ハーブ園ゾーン」
加工品の開発であり,農協直営による薬草園 の見学・利用が中心である。なお,入園料は の開設であった。農協では1980年代なかばに 大人800円(冬季は500円。小人・高齢者・身 畜産部門を中心に経営不振農家の整理を行う 障者は半額。団体割引あり)となっている。
とともに,農地保有合理化法人の資格を取得 ・薬王館(薬草標本や漢方を取り入れた健康 して農地の貸借や交換分合に取り組んだ結果, に関する展示館)
標高600mの台地(元来は水田や桑園などで ・福寿館(薬膳料理のレストラン,漢方薬局,
あった)に遊休農地の集積を生じたので,薬 健康食品や加工品の即売場)
草園構想はその活用策とむすびっける形でた ・薬草展示圃と庭園広場
てられた。 ・薬草加工場と,パン工房・くすり茶屋 構想は80年代末にはまとまっていたが,具 ・ハーブの展示販売温室と,ハーブ館(喫茶・
体化には時間を要した。系統農協には薬草に 即売),ハーブガーデン
っいてのノウハウはまったくなかったために, 薬王園では季節のイベントを頻繁に催して 独自に中国に見学に行ったり漢方医や漢方薬 いるほか11),園内の施設を利用して行う草木 の研究者・ジャーナリストなどから情報を得 染・藍染・木彫・木工・陶芸・押し花創作な るなど,手探りを続ける必要があったからで どの工芸体験(予約制でいずれも有料)や,
ある。建設工事にも4年ほどを要した結果, 園内または農家組合員の圃場での収穫体験な
図表2 沢田農協の加工製品の販路
単位:百万円,()は%
農協直売 卸 販 売
直売所・四万営業 梶E東京営業所・
王園など8店舗 農協系統 生協系統 JR弘済会 一般小売店 合 計 と通信販売
1992年度 298
i51.6)
173
i30.0)
10
i1.7)
6(1.0) 90
i15.7)
577 i100.0)
1998年度 i49。5)289 i16.3)95
7(1,2) 8(1.4) 185
i31.6)
584 i100.0)
資料:沢田農協「農産加工事業の概要」の新旧を対比することにより,筆者が作成した。
河野:農協による都市農村交流活動の現段階 61
ども行っている。薬王園に配置されている農 のは合理化である。パートを含めて70名いた 協職員は営業も含めて7名だが,他に食堂・ 従業員をさきのような人数へと大幅に減らし 売店などのために18名のパートを雇用してい たほか,植栽なども手がかからないように改
る。工芸体験の指導には農協の職員が交替で めた。第二は,薬草だけでは客層が広がらな あたっているほか,収穫体験には農家組合員 いため,ハーブや果樹を植えるなどして若い の協力も得ている。 世代を意識した入園者層の拡大をはかるとと
ところが全国的にはユニークなテーマパー もに,体験メニューやイベントを積極的に導 クとしてオープンした農協直営の薬王園は, 入したことである(現状では,体験活動がら 所期の成果をあげるには至らなかった。第一 みの入園者は全体の1割程度とみられており,
は,初年度計画で年間40万人の入客数を見こ その参加は若い人や家族連れが多いのが特徴 んでいたものが実際には27万人にとどまり, である)。リピーターの獲得をめざした会員
これを最盛期に現在は20万人程度に減少して 制度も設けられ,現在は400名ほどが会員と いることである。入客が漸次減少する傾向は なっている(無料入園の特典があるほか,通 テーマパークー般に見られるものだが,当地 信の送付やイベント参加の割引が受けられる。
における観光客全体の減少も影響を与えてい 2,000円で3年間有効)。入園者は個人客と観 ると思われる(四万温泉への宿泊者数は,最 光業者を通じた団体客とに分けられるが,近 盛期には年間60万人を数えたが,現在は40万 年は団体旅行が一般に不振であるため,個人 人である)。第二は,入客単価の問題である。 客の割合が増える傾向にあって両者はほぼ半々 薬草がテーマであるために入園者は高齢者に ずつである。農業体験や薬草講話などを組み 偏りがちで,そのため飲食などにあまりお金 こんだ,小中学生の修学旅行の受け入れなど を落としていかなかったのである。 も始められている。
こうしたなかで,沢田農協が第一に行った とはいえ図表3に明らかなように,人件費
図表3 沢田農協の部門別損益の状況(1999年度)
金 共 購 販 東四直 農菌 薬 指利 企 合 融 済 買 売 京万売 産床 王 導用 画 計
店営所 加工 園 等・ 管 業 工場 簡 理 所 場 郵
i百万円) (百万円)
800レ (717)
量
(152)
600レ 業 (115)
(80) 400レ
) (43) 200レ
妻(・)15 46 39 (19)
@ 20
37 (6) (0)利 (一) ▲3 ▲41 ▲8 ▲128 ▲23
益 (28)
(32) (22) (13)
200レ
( (60)
蕃腓 ㈲
400レ鐸 (128) 600レ
200 レ (188) (192) 800レ (739)
(百万円) (百万円)
資料:沢田農協「第52回通常総会提出議案」にもとついて筆者が作成した。
香F事業総利益と事業管理費をそれぞれ上方・下方の細線で示した。また両者の差(事業利益)を,
+の場合には上方に白で,一の場合には下方に黒の太線で示した。
62 茨城大学人文学部紀要 社会科学論集
や減価償却費などの事業管理費も含めると, るところにあるから,観光部門での収支改善 薬王園事業は現状でもなお赤字部門にとどまっ が困難であっても,薬草製品の販売が伸びれ ていて,加工事業を補完する柱とはなりえて ば全体の改善がはかられる可能性もある。だ いない。背景には,減価償却費を相当額(当 がそれも,薬草製品の販路がまだ少ないため 初は約1億円だったが,現在でも4,000万円 に,農産加工場よりは1桁小さな7,000万円 余り)計上せねばならないうえに,薬王園の 程度の数字にとどまっているのが現状である。
取扱高そのものが少ないことがある。開園当 農業を売り物にしたテーマパークの開設な 初の薬王園の取扱高は年間約5億円であった どは他にもいくっかみられるが,大きな投資
が,現在は4億円である。当初の入園者は27 を要し,かっ不特定多数を対象にせざるをえ 万人であったのに対して現在は20万人である ないテーマパーク型の誘客には独特の難しさ から,客層のシフトや体験メニューの充実を が存在し,話題性だけでは必ずしも成功する っうじて客単価が若干上昇したのは確かだが とはかぎらないということを,この事例は教 依然として採算をとるまでには至っていない。 えている。こうしたなかで沢田農協がとりっ 参考までに薬王園の取扱高の内訳を,他の つあるのは,体験活動の充実や会員制度の導 直売施設の扱いの実態とともに図表4に示し 入によるリピーターの重視といった方向であ た。入園料が2割,直売店やレストラン・バー るが,それはいわば不特定多数の顧客を頼み ブ館・くすり茶屋・薬局での土産や飲食関連 にした戦略からのシフトであり,沢田農協を などの売上げが6割弱となっている。このほ 既に知った消費者や都市住民たちとのかかわ か,「薬草加工場」が2割弱あるが,これは りをより深めたり,多面化させていく方向に 組合員に栽培してもらった薬草を薬王園が買 ほかならない。
い上げ,それを園内の加工場で薬・入浴剤・ そこで,次に比較的早くから体験活動を導 飴・ドリンクなどに製品化しているぶんであ 入し,特定の地域の都市住民や消費者組織と
る。このように,薬王園事業の特徴は加工施 の交流も始めている魚沼みなみ農協の事例を 設と観光施設を一体にした事業部門としてい みることにしよう。
図表4 沢田農協の主要誘客施設の取扱高の内訳(1999年度)
単位:百万円,()は%
農産物直売所 四万営業所 薬 王 園
ワイン 民芸品 工芸村 栽培園 薬局
6(2.0) 3 (1.0) 14 (34) 10 (2.4) 2 (0.6)
宅配料他 くすり茶屋
12(3.9) 14(3.4)
雑貨 ハーブ館
飲食品
Q6 蚤錨8・) 31(7.5)
(8.1)
13(10,6)
健康品 加工品 直売店
28(9.0) 126㈹v (40.1) 合 計 食品 127レストラン 合 計 (3LO)
315 125 64 59 409
(100,0) みやげ (100・0) (512) (14・5) (100①
39
69 84(36.0) (16.8) (20,6)
資料:沢田農協「第52回通常総会提出議案」にもとついて筆者が作成した。
河野:農協による都市農村交流活動の現段階 63
似たようなものであったから,合併してでき 3.新潟県魚沼みなみ農協の事例
た魚沼みなみ農協の規模は,組合員数・販売 ホテル事業の柱に成長した体験事業
額ともに旧六日町農協の倍程度である(両農 新潟県の魚沼みなみ農協は,六日町をエリ 協の合併計画書では,魚沼みなみ農協の組合 アとする六日町農協と,大和町をエリアとす 員数は正が5,000弱,准が3,000弱,販売取扱 る新潟大和町農協が2000年3月に合併してで 高は40億円余りとしている) 2)。
きた組合だが,このうち旧六日町農協では, 六日町農協は,1973年に農協の全額出資で ホテル事業を軸とする都市農村交流に古くか 「㈱くみあい生活センター」を設立して生活 ら取り組んできた経緯がある(農協主体の都 店舗の運営を任せてきたが,同社は1987年に 市農村交流活動に早くから取り組んできた例 後述のホテル事業にも着手し,1992年にはホ
としては,他に群馬県片品村農協や長野県北 テルの隣りに作られた日本大学のセミナーハ 信州みゆき農協,長野県大北農協などが著名 ウス(収容130名)の管理も引き受けるよう である)。この事業は魚沼みなみ農協に引き になり,1995年からは食材の宅配事業も始め 継がれているが,上に述べたように組合は合 た。合併して魚沼みなみ農協となって以後も 併して聞もないので,以下では六日町の実情 協同会社は事業を継続しており,事業高は26
と旧六日町農協の取り組みを中心に述べてい 億円(うち生活店舗が23億円,ホテルとセミ く。 ナーハウスの管理受託が1億3,000万円,食
群馬県との境に位置する六日町は,巻機山・ 材が1億5,000万円)である。正職員は44名,
中の岳・八海山といった2,000m近い山々と, パートが40名,嘱託が9名だが,ホテルとセ その山麓に開けた盆地状の水田からなってい ミナーハウスの部門に従事しているのは正職 る。264k㎡の面積のなかで耕地は2,100haで, 員7名,パートと嘱託があわせて8名である。
そのうち1,946haを水田が占めている。日本 農協がホテル経営に乗り出すというのは全 で最高価格を誇る魚沼産コシヒカリの本場だ 国でも珍しいが,発端は1983年の八海山スキー が,転作率は当地でも28.3%にも達する現在, 場の開設にさかのぼる。経緯を述べておくと,
高く売れる米を自由に作れないもどかしさを 八海山の山麓には開拓集落があって水田や桑 抱えている。また,当地は豪雪地帯であるこ 畑・草地などが広がっていたが,観光開発の
とから,町内には八海山,六日町ミナミ,五 話がもちあがり,それがいったん失敗に終わっ 日町など中小規模の計4っのスキー場がある たあとの予定地を西武系の国土開発が買収し,
ほか,六日町温泉の旅館街などもあって観光 スキー場をオープンさせだ3)。西武系の開発 客が少なくない。人口は約2万9,000人で微 の場合には,スキー場に隣接してプリンスホ 増傾向,産業別就業人口は第1次9.0%,第 テルが建設されるのが通例だが,当地では宿 2次37.3%,第3次53.7%である(95年国勢 泊は地元が担当するとの条件をっけたので,
調査)。 西武のホテルは建設されなかった。しかし,
六日町農協の組合員数は正2,717,准1,574, 六日町の温泉街からは車で30分ほどかかるほ 職員数は148(99年度),2000年度の販売事業 か,山麓集落にできた民宿も数軒にとどまっ 取扱高は16億円(米12億,生乳・豚などの畜 た。そこで,国土側などの要請を受ける形で,
産3億,園芸1億)であった。一方の大和町 スキー場の隣接に農協が有していた土地を用 のほうは,六日町よりは面積・人口ともやや いっっ,農協の協同会社が信連から資金を借 小さいが,雪国で水田を中心とする似たよう り入れ,4億5,000万円をかけて「八海山パー な隣…接の町であり,農協の規模や販売品目も クホテル」を建設し,1987年12月に開業させ
64 茨城大学入文学部紀要 社会科学論集
たのである(ホテルは鉄筋コンクリート2階 と埼玉県の合計3つの小・中学校からの参加 建てで,和室13,洋室8,収容73名)。 があったほか,文部科学省の委嘱事業による
スキー観光を手がけている地域では,宿泊 長期の体験活動の受入れも行われている(宿 施設などの稼働率をアップさせるにあたって, 泊にっいては,14泊のうちの5泊を当地区の 雪のない夏場(グリーンシーズン)の誘客を 民宿で受入れ,あとはユースホステル・キャ いかにはかるかが頭の痛い問題である。それ ンプ・農家民泊などで対応した)。
は当地においても同様であったので,パーク 第二は,1990年代後半以降,体験メニュー ホテルが近隣…の民宿・ペンションの夏場の誘 の多様化をはかるとともに,温泉街の旅館と 客対策も兼ねて導入したのが,「六日町農業 も提携して日帰りを含めた各種の体験の受入 体験大学校」と銘打っての体験型の都市農村 れを開始したことである。そば打ちや藁細工 交流活動であった。規約では,町長と農協組 などは,1993年にパークホテルの向かい側に 合長をそれぞれ「理事長」「学長」としたう 完成した「農業体験実習館」を活用し,地区 えで,関係機関などの代表者で役員会を構成 の住民の協力も得て行われている。この建物 して運営にあたるものとし,事務局は八海山 は,国の補助と町の負担によって作られた多 パークホテルが担うとしている。 目的施設で,地区の民宿組合が管理を受託し
ノウハウは,すでに農業体験に取り組んで ている。また,前述のようにパークホテルで いた長野県白馬村(大北農協)の事例に学び, は隣接の日大セミナーハウスの管理を1992年 農協観光とタイアップして季節ごとにいくっ から開始したが,そこには望遠鏡が設置され かの体験イベントを企画し,それぞれ参加者 ているので,折にふれて借用させてもらって を募る方法がとられた。初年度の1988年の場 いる。
合には,以下の3っの企画がもたれた。 その結果,現在では図表5にまとめたよう
・「山菜学部」 5月に1泊2日で田植え に,パークホテルが事務局機能を担う体験活 と山菜取りを体験する。51名参加。 動のメニューは多様なものとなっており,実
・「畑作学部」 8月に1泊2日でじゃが 績も年間のべ6,000人を超えている。表には いも掘りなどを行う。81名参加。 各種のものが一緒に掲載されているので若干
・「稲作学部」 10月に1泊2日で稲刈り の整理をしておくと,パークホテルや地区の を体験する。21名参加。 民宿・ペンションへの宿泊とのセット企画と このように,初年度の実績は合計153人と しての体験活動に参加したのが3,000人程度 ささやかなものであったが,以後定着し成長 で,宿泊先の内訳はパークホテルと民宿等が をみせた。飛躍の第一は,1991年に生協傘下 ほぼ半々とみられている(それぞれ1,500人 のコープトラベルや公文学習塾と組んで電車 程度。当地区には10軒ほどの民宿・ペンショ を借り切るなどして,夏季の「畑作学部」で ン等がある)。したがって,残りの3,000人は 子供の誘客を大々的に行ったことである。そ 町場の温泉街に宿泊するなどしながら,体験
の結果,同年の「畑作学部」の参加者は551 活動に日帰りで参加した者である。
名という多数を記録し(パークホテルだけで 体験活動は,経営的にもパークホテルの事 なく,民宿やペンションに分宿する方法をとっ 業の中で相当の意味をもっに至っている。な た),それ以後,生協や学習塾との関係にも ぜなら,近年のパークホテルの年間宿泊者数 とつく,まとまった数の受入れが継続的に実 は約6,000人であるから,体験企画とのセッ 現をみている。近年は修学旅行(林間学校) トでの1,500人の宿泊者は,年間の宿泊者数 の誘致も行われており,2000年度には千葉県 の4分の1を占めるからである(なお,パー
b
河野:農協による都市農村交流活動の現段階 65
図表5 農業体験大学校などの受入実績(2000年度)
季節 コース名 日 程 宿泊の内訳 人数(のべ) 備 考
田植えコース 1泊2日 パークH・民宿 83 5・6月に計4回実施。個人・生協など。
山菜コース 1泊2日 パークH・民宿 92 4〜6月に随時実施。個人・生協など。
春 山菜日帰りコース 日帰り 496 六日町温泉旅館組合などから随時受入れ。
そば打ち体験 日帰り他 ( ) 173 温泉旅館組合,狭山市立入間野中学ほか。随時。
林間学校 2泊3日 パークH 196 市川市立曽野小学校。6月・98人×2泊(5年生)
ホタル観賞コース 1泊2日 パークH・民宿 52 6・7月に随時実施。首都圏「六日町会」含む。
畑作(芋掘り)コース 2泊3日 パークH・民宿 1,274 7・8月に随時実施。コープトラベル他。637人x2泊。
子供自然体験村 14泊中の5泊 民宿 135 文部科学省委嘱事業。8月に14泊で民宿・ユースホステ
夏 分を担当 ル,キャンプ等。与野市・深谷市・個人27人×5泊。
くもん体験村 6泊7日 民宿 294 くもん子供研究所主催。8月に3〜6年生49人×6泊。
そば打ち体験 日帰り他 ( ) 436 子供会ほか。随時。
サマーキャンプ他
一 ( ) 324
稲刈りコース 1泊2日 パークH・民宿 90 9月23〜24日。
きのこ狩りコース 1泊2日 パークH・民宿 104 10・11月に随時実施。
きのこ狩り日帰りコース 日帰り
一 96 10・11月に随時実施。
秋 きのこフェスティバル 1泊2日 パークH・民宿 141 10月14〜15日。
八海山登山コース 1泊2日 パークH・民宿 94 8〜10月に随時実施。
そば打ち体験 日帰り他 (一) 560 子供会・労働組合ほか。随時。
わら細工教室 日帰り他 ( ) 1,244 随時受入れ
冬 そば打ち体験 日帰り他 (一) 96 随時受入れ
ウインターキャンプ他 (一) 202
合 計 のべ⑤182人 k糖驚蒲禦゜(うちパークH約L5°°)
資料:八海山パークホテルの資料と聞き取りにもとついて筆者が作成した。
注:そば打ち体験・わら細工教室は,メニューとしては日帰りのものであるが,町場の旅館の宿泊客の ほか,パークホテルや民宿の宿泊者の参加も一部あると思われる。
クホテルの利用者には,このほかに会議や宴 客がメインになりっっある。図表6は,六日 会などの日帰り利用者も6,000人程度いる)。 町の観光客にっいて部門別と合計の推移を見 ホテル宿泊者の実績を月別にみても,かって たものだが一時は44万人を数えていたスキー はスキーシーズンの1・2月が月間1,000人 客が近年は22〜23万人に半減するなど,スキー 程度で最も多かったが,現在ではスキー不況 客の著しい減少が目につく。しかし,自然景 によってこれが月間500〜600人程度に減少す 観部門での観光客は増加しており,温泉地や る一方で,8月の宿泊者は1,000人を軽く超 イベント,登山などの入客も維持されている えており,売上げも2,000万円と年間で最も のが当地の特徴で,結果として観光客数はそ 多くなっている1の。むろん,スキー客の最も れなりの水準に維持されている。観光客中の 多かった1992〜93年頃には年間8,000人程度 スキー客の割合も,スキーの最盛時には4割 の宿泊者があり,事業高もホテルと日大セミ 近くを占めていたが,現在では2割に低下し ナーハウスの管理受託を合わせると1億7,000 ている。
万円ほどだったから,全体としてみれば落ち 入客数や宿泊数の月別実績をまとめた図表 込みが否定できないし,施設の稼働率にも問 7をみてもわかるように,当地の観光の実態 題がないとはいえないが,体験活動の充実に は,月別変動の少ない周年観光に移行してい よって夏場の誘客がはかられ,それによって る。八海山スキー場を筆頭に合計4っのスキー 入客が夏冬逆転したことは注目すべき点であ 場のある土地柄であるにもかかわらず,スキー ろう。パークホテルの経営にとっては,スキー 依存の傾向はもはやほとんど伺われない。ス 客よりも体験活動を軸とする夏場の利用者が キー観光のさかんな地域では,入客が冬場に 第一の柱になったのである。 著しく偏るいびっな構造が作られ,それが地 六日町の観光産業全体をみても,夏場の誘 域の観光産業を不安定なものにしている例が
66 茨城大学人文学部紀要 社会科学論集
図表6 六日町の観光客の推移
(千人)
1300 1260
1232 1224 1223 1200
P100
1187
@ 1111一嬰ノ 11。611。21046/ 一 観光客合計
1000
99/
500
439 428 400
300 Q00 P00
一_一_一_.一一一一一一一噛一一一一一冒一一一一一_ ■ _ 一 一
0
1989 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99(年)
資料:六日町「町勢要覧資料編2000⊥ならびに同町商工観光課のデータより筆者が作成した。
図表7 六日町の観光入客数・宿泊者数の月別実施(1999年度)
(千人) 207←(うち雪
200 まっり95)189←(うち六日町まつり116)
180 160
140 138←(うち産業まつり58)
P24 120
100 入客数 98
@ 83 、
a惣肪如レ慧35「騨器 15
0
1999.4 5 6 7 8 9 10 11 12 2000.1 2 3
資料:六日町商工観光課のデータ(観光動態調査・宿泊者数調査)にもとづき筆者が作成した。
注:1)観光動態調査は,温泉郷,景勝地,文化施設,スキー場などの主要な観光ポイントの入客数に,
主要なイベントの観客数をあわせたもの。
2)7月,10月,2月の入客数では,六日町まっり,産業まっり,雪まっりの観客数がかなりの割 合をしめるため,その数を()に付記した。
河野:農協による都市農村交流活動の現段階 67
少なくないが,当地ではスキーの凋落によっ でおり,保養施設が町内にあって小学生が雪 て地域の観光全体が大打撃を受けるというよ 国体験にきたりしている。そこで,パークホ
うな事態は,一定程度回避されているのであ テルも体験活動の企画をこれらの自治体の広 るL5)。むろん,周年観光化の背景には町当局 報誌に載せてもらうなどしているし,前述の や観光業界のさまざまな努力があると思われ 文部科学省委嘱の長期体験事業においても,
るし,六日町の観光客全体からみればパーク これらの自治体の子供たちの参加があった。
ホテルの実施している体験活動の実績はわず 深谷市や与野市は,関越高速道路を利用すれ かなものにすぎないが,それが周年観光の一 ば六日町と気軽に往来できる位置関係にある 端を担うものであることは間違いない。体験 から,住民間の交流をすすめていくには好適 活動には町と農協が協力して早い段階から取 といえる。加えて,与野市はこのたび浦和市 り組んできただけに,それが周年観光化の一 や大宮市と合併して人口100万人を数える っの端緒となり,波及効果を与えてきた面も 「さいたま市」となったから,これを機会に あるだろう。 従来よりもひとまわり大きな提携活動へと発
パークホテルでは,生協関連などのッアー 展させることをめざして,農協が積極的に対 参加者も含めた顧客名簿を整理しており, 応していくことも考えられよう。
1,000人程度に農業体験大学校の企画の案内 等を直接郵送している。今後はリピーターの
4.兵庫県兵庫六甲農協の事例 確保にさらに力を入れていきたい意向だが,
広域合併を生かした都市農村提携 あわせて検討したいとしているのが,より継
続的で奥行きをもった体験活動の企画である 以上の2事例は,ある程度の遠隔に居住し
(従来は,田植え・芋掘り・稲刈りなど,そ ている都市住民をターゲットにした誘客や交 のつど単発の企画を立てて参加者を募集する 流活動であるが,地元の消費者との交流をす 方法によっていたが,植付けから収穫までの すめたり,地域でとれる農産物の域内消費を 活動に通しで数回参加するような企画も始め すすめることも大切な課題である。農協の営
たいとしている)。群馬県倉渕村や長野県四 農・販売事業においては従来,大消費地に向 賀村では,遠隔の都市住民にそれなりの面積 けた単品型の産地形成が重視されてきたため の農地を貸出して週末耕作をさせる「滞在型 に,「足もとを固める」ような活動は軽視さ 市民農園」を開設しているが16),こうした形 れがちであった。だが近年は,こうした傾向 態と単発の農業体験の中間的なスタイルと考 を反省し,女性や高齢者などを生産の担い手 えられる。農産物のオーナー制度と,農業体 として前面に押し出しながら,地域の消費者 験を組み合わせたようなものともいえよう。 に向けた直販に取り組む事例や,近在の消費
このように,パークホテルでは農業体験を 者との交流活動に熱心に取り組む農協が増え 軸にしながら,より特定されたファン層との てきている。
深く継続的な交流をすすめていこうとしてお 岩手県花巻農協の女性部を主体とする直売 り,その点では,六日町や大和町と友好提携 施設「母ちゃんハウスだあすこ」,群馬県甘 などをしている都市自治体の住民とのっきあ 楽富岡農協の野菜などの直販活動,愛知県ひ いの深化も意識されてよい。具体例としては, まわり農協女性部の「グリーンセンター・100 群馬県川場村と東京都世田谷区の縁組にもと 円市」,同県あいち知多農協の農業テーマパー つく交流活動などが有名だが 7),六日町も埼 ク「げんきの郷」,愛媛県西条市農協の直売 玉県の深谷市や与野市と友好都市協定を結ん 所「水都市」などがよく知られているが,農
68 茨城大学人文学部紀要 社会科学論集
協の広域合併はこうした取り組みをすすめる には多数の消費者が居住している大都市と,
ための一っの契機となりうる。なぜなら,近 農業生産がさかんに行われている農村部の双 年の合併によってエリアが産地と消費地の双 方が含まれている点にある。すなわち,本農 方にまたがる広域組合が出てきており,そこ 協は神戸市や尼崎市,西宮市といった阪神市 には農村部の生産者と都市部の消費者の双方 街地をカバーしているので,管内の人口は300 を単一の組合の手で同時に組織化していく可 万人に及ぶ。だが同時に,地域には8,000ha 能性がはらまれているからである。産地的な をこえる農地もあって近郊の立地を生かした 性格の強かった従来型の農協ではないし,か 農業生産が盛んに行われており,農業粗生産
といって地主組合化してしまったような都市 額も200億円をこえている(とくに神戸市と 農協とも異なる,まったく新しいタイプの農 三田市には多くの農地があって,農業粗生産 協の出現といってよい18>。 額も大きい)。
もちろん,近年の農協合併には多くの批判 それに加えて,当地は複雑な地形からなっ がある。信用事業や経営サイドの論理に偏っ ていて,都市と平地農村,山間部が入り組ん た合併で営農面が軽視されている,上からの でいるのが第二の特徴である。大阪湾に面し 組織再編になっていて組合員が置き去りにさ た南側の海岸沿いには市街地が細長く形成さ れている,安易な合理化によって縮小再編に れているが,背後には六甲山(標高932m)
帰結する危険がある,具体的なあり方の検討 が間近に迫り,東西に長く屏風のような形で を欠いたまま形式的な合併だけが先行してい 聲え立っている。そして,六甲山の北側には
る(合併が自己目的化している)などの指摘 かなり広い農村部が存在するが,これも標高 であり,筆者自身も多くの問題点があると考 300〜700m程度の山中にひだをなすように走っ える。だがここでは,すでに合併が進行して ている小さな谷沿いや,点在する盆地に農地 いる現実をさしあたりふまえるならば,広域 が分散するという状態で,しかも近年はこれ 化に伴って生じる消費者と農業者の包摂とい らの間に大規模なニュータウンが点々と造成
う問題にどう対処するかといった問題(両者 されているために,林野と農地と住宅地が複 間の交流の促進と,農産物の域内消費をっう 雑に入り組んでいるのである。標高差も大き
じた地域農業振興)が,合併農協にとっての く土地や気象の条件も多様なので,生産され 一っの重要なテーマになってきたことに注意 ている作目も地域によってまったく異なる。
したい。場合によっては,広域合併農協の活 具体的には図表8に整理したように,米あり,
動の柱にそれを据えることが,新農協の組織・ 葉菜や果菜などのさまざまな野菜あり,いち 事業基盤を築いていくにあたっての有効な戦 じくや栗などの果実あり,神戸牛などの畜産 略になる可能性もないとはいえない。あくま や酪農あり,花や植木,お茶などもありといっ でも現在進行形の話ではあるが,こうした方 たぐあいに,じっに多様な作目がそれぞれの 向を強く意識しながら取り組もうとしている 地域で作られていて,作期にも幅があるのが 一っの事例として,兵庫県の兵庫六甲農協を 当地の農業の実情である。
あげてみよう。 各農協の営農指導体制や,営農事業の実態 この組合は,8市1町にまたがる9農協の も多様であった。図表9をみると,営農関連 合併によって2000年に発足したもので,組合 施設や営農指導員を欠いていたり販売事業実 員数は正2万3,000人,准1万7,000人を数え 績がほとんどないなど,すでに信用組合化し
る。特徴の第一は,エリアが1,200k㎡と広大 たような性格の組合もあれば,充実した営農 で東西50km,南北40kmに及ぶとともに,そこ 指導員の配置や基幹施設の整備がなされてい
河野:農協による都市農村交流活動の現段階 69
図表8 兵庫六甲農協管内の各自治体と農業の概況
人口 i千人)
農家数 i戸)
耕地面積
@(ha)
農業粗
カ産額 内 訳 (1,000万円)
自治体 〔翻 騨】 [翻(1,000万円)ka儲)〕 米 麦豆 芋 野菜 果実 花卉 工芸 種苗 肉牛 乳牛 豚 鶏 加工
神戸市 1,424i0.9) i13.0)5,998 4,850i8.9) 1,330i2.3) 382 2 8 338 66 129 0 7 107 250 x 12 0
尼崎市 489
i0,3)
433
i2.3)
106
i2.3)
88
i2.1) 9 0 1 66 1 0 0 1
x
9 1 0 0西宮市 390
i0.4)
581
i17.2)
186
i1,9)
158
i2.9) 13 0 1 139 1 3 0 1 0 0 0 0 0
芦屋市 75
i0.2)
7
i28,6) 5
i0.3) 1
i0.5) 1 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0
伊丹市 188
i1.0)
621
i2.9)
184
i7.4)
91
i1.5) 12 0 1 53 2 6 0 12 0 x
X
0 0宝塚市 203
i1.3)
834
i12.5)
458
i4.5)
149
i1.8) 29 1 1 16 2 18 0 53 9 16 0 X 0
川西市 145
i1,0)
528
i12.7)
198
i3.7)
84
i1.7) 14 0 1 27 18 6 0 8 x x
X
x 0三田市 96
i3。7)
2,404 i9.0)
2,200 i10、5)
396
i1.7) 210 4 3 50 1 12 4 10 46 50
x
1 3猪名川町 27
i3.5)
819
i8.5)
467
i5.2)
69
i0.9) 34 1 1 16 2 1 0 13 1 0 x 0 0
資料:国勢調査,農業センサス,耕地および作付面積統計,生産農業所得統計より筆者がまとあた。
注:1)人口と農家数は95年,耕地面積は97年,農業粗生産額とその内訳は96年(1戸当りの数は95年)
の数字。
2)作目別農業粗生産額のうち,Xは統計上で数字が伏せられているもの。
て,販売事業においてもかなりの実績を有し で営農事業の計画を立てれば対処がそれなり ている組合もあることがわかる。具体的には, に可能であったのに対して,今回は都市部と 尼崎市農協や伊丹市農協などが前者の典型 農村部の双方を含む組合の合併という,新し 神戸市西農協,神戸市北農協,三田市農協な いケースだったからである。合併だけが先行 どが後者の典型といえよう。 して肝心の営農事業のシナリオが描けなかっ
ところで筆者がこの合併計画にっいて知っ たり,合併効果が営農面で発揮されないよう たのは,1998年9月に当該農協の存する兵庫 な事態は避けねばならないと考えた中央会の 県農協中央会の合併担当者から,合併後の農 担当者が思いついたのが,これからの協同組 協の営農事業のありかたをめぐって相談を受 合の方向の一っとして筆者がかねてから提出 けたためである。すでに合併計画づくりは進 していた「産消混合型協同組合」という発想 行中であったが,農協の根幹をなす営農事業 を,活かすことができないかというものであっ のシナリオづくりに担当者は頭を悩ましてい た。
た。というのも,旧来の農協合併は農村部の 「産消混合型協同組合」というのは筆者の 農協どうしの合併をっうじて産地力を高める 造語で,生産者と消費者がともに組合員となっ とか,営農基盤の弱体化に悩む都市農協どう て一つの協同組合を組織し,農産物のやり取 しが,合併を通じて延命を図るというタイプ りなどを行うものをいう19)。戦後の職能別の のものが多かったから,かかる枠組みのもと 協同組合法のもとでは,生産者と消費者がそ