1 学 位 論 文 要 旨 2008 年より,人口減少社会を迎えた日本では,農村部,都市部問わずさまざまな問題 を抱えている。これら地域が抱えている問題に立ち向かう概念の一つとして「Social Capital(以下 SC)」に着目する。SC が蓄積されることによって,国民生活面や経済面の 効果が発揮される可能性を有しており,その重要性が指摘されている。この SC の蓄積に あたり,重要な役割を果たすと考えられているのが,都市農村交流である。 都市農村交流は,広く都市住民と農村住民,農家と非農家の交流による経済・社会活動 を指し,多様な取り組みが展開されている。なかでも,「農村ワーキングホリデー(以下 農村 WH)」と「農業体験農園」は,コミュニティに与える影響が大きいと考えられる。 農村 WH とは,農業・農村に関心を持ち田舎暮らしや農作業をしてみたいと希望する 都市住民に,繁忙期の地元農家が寝食を無償で提供する仕組みを指す。 農業体験農園は,農園主である農業者が作付計画を作成,農作業に必要な資材などを準 備し,定期的に講習会を実施することで,農業技術の指導を行う。利用者は入園料と農作 物収穫料として利用料金を前払いし,播種・植え付け,施肥,農薬散布から収穫までの一 連の農作業を体験する農園を指す。 しかし,どちらの取り組みにおいても意義や効果を指摘している研究は見られるが,コ ミュニティの変容という視点に着目し,SC の概念からアプローチしている実証研究はほ ぼみられない。 そこで本研究では,岩手県胆江地方(奥州市と金ケ崎町)で行われている域学連携型農 村 WH と,東京都練馬区の農業体験農園を事例対象とし,都市農村交流によるステーク ホルダーの意識変化や SC からのアプローチによるコミュニティの変容について明らかに するとともに,都市農村交流研究の有する社会的意義,多様な展開をみせる都市農村交流 のあり方について検討した。 序章では,本研究が取り扱うテーマに対する研究の領域と課題,取り扱う対象の位置づ け,本研究における課題と分析方法について整理した。本研究においては,当該分野の既 存研究において課題としてあげられていた,①二時点間以上の比較分析,② 量的データと 質的データによる分析という二つの分析方法を採用した。 第 1 章では,本研究の分析において用いる概念である SC の研究動向を整理し,SC と は何を指すのか,SC 研究は何を明らかにしてきたのか,そして,SC 研究の展開可能性を
2 考えるうえで,残された課題についてまとめた。本研究では,既存研究の整理から SC を 「ネットワーク・信頼・互酬性の三つの構成要素から成り立つ個人に蓄積されるもの」と 定義づけ,既存研究における残された課題に対する調査分析を行った。 第 2 章では,都市農村交流が多様な展開をみせるに至った背景として戦後の都市と農村 の関係性の変化について概観した。都市農村交流の特徴と代表的な取り組みについて紹介 したうえで,一回の活動の長さと地域とのかかわりの深さからポジショニングを行い,事 例対象となる取り組みを選定した(農村 WH・農業体験農園)。 第 3 章では,域学連携の取り組み及び域学連携型農村 WH の展開について整理したう えで,受入農家に対するアンケート調査(マーク式・記述式)と参加者に対する記述式レ ポートから分析を行った。受入農家の変容として, ①内向き(自地域の活性化)の意識か ら外向き(次世代の担い手育成)の意識への変化,②高いレベルでの SC の蓄積が確認さ れ,参加者の変容として,①継続的な参加による学びの深化,②将来的な SC の蓄積・見 直しの可能性が確認された。 第 4 章では,まず,都市農業をめぐる動き及び農業体験農園の展開について整理し た。それらを踏まえ,農園主に対するヒアリング調査と利用者に対するアンケート調査 (マーク式・記述式)から分析を行った。農園主の変容として,①都市住民への農業理解 促進にとどまらない農業体験農園が有する農業経営面の可能性への気づき,②サポーター に代表される利用者との新たな関係性の構築が確認され,利用者の変容として,①都市農 業や農業,食料に関する意識変化と生活の変化,②SC の蓄積による多様なコミュニティ (農園主間,利用者間,居住地域の住民間)の形成が確認された。 上記の調査結果を踏まえたうえで,終章では,都市農村交流がコミュニティの変容に 果たす役割として,①外部人材との交流による意識変化の創出,②人と人とのつながりを 見つめ直すことによる新たなコミュニティの形成と既存コミュニティ活動への参画 の二点 を考察し,その役割を果たすための都市農村交流のあり方として,①地域とのかかわりの 深い取り組みの展開,②一過性の交流にとどまらない反復的な交流の必要性があると考察 した。 本研究は,これまで,農業経済学,農村社会学の分野から取り扱われることの多かっ た,都市農村交流に焦点をあて,SC の概念を用いて接近することを通じて,多分野の研 究領域からアプローチをしたことに学術的意義がある。