松 本 武 彦
はじめに
まず、理解しにくい文言となった標題の意味するところに関し、いささかの説明を しなくてはなるまい。
ここでいう「人々の生存維持活動」とは、人間が身体を形成しそれを維持し、さら に、その活動の発露としての精神活動を通じて自己実現を図るために必要とされる限 りにおいての、脳を直接の由来とする活動とその受容体としての生体・身体を生み出 す、栄養素とカロリーの獲得行動をあらわす。多くを捨象して表現するとすれば、生 殖・食事にかかわる行為とすることができるかもしれない。ただし、このことは、実 はヒト・人類にのみ固有な行為ではなく、いわゆる生命体すべてにあてはまるもので あるが、本論においてはそうしたとらえかたをおこなわないことを、上述の、精神活 動を通じた自己実現を図るために必要とされる限りにおいての、という部分に注意を 喚起するにとどめて、深入りしないことにする。
つまり、通常、食事などによって果たされる、われわれの栄養・カロリー摂取行動 について、「人々の生存維持活動」と当面考えることとする。
さて、問題となるのは、「生存維持活動」と「生涯学習活動」というかたちで、つ まり、食事という生命維持の原初的つまり幼稚だが必須の活動が、生涯学習活動とい う高次の精神活動ではあるが、単に生命維持という観点からは必ずしも我々にとって 必須とは言い切れない行為と、なぜ、併記されうるかということである。
1 .生涯学習 : 高度だが必要性の低い精神活動?
ならば、生涯学習活動は、生存維持活動に比し、高度な精神活動ではあっても、ひ とびとの日常生活のうえでは必要性の低いものであろうか。
結論から言えば、現代社会における両者は分かち難く結びついており、社会変化の 速いことに関する適切な理解や情報機器の進化についての肯定的認識が形成されね ば、生存維持活動へのアプローチは不全なものとならざるを得ない。社会変化の速度 や機器の操作に関する基礎理解は、それこそ不断の生涯学習によって獲得されるもの
生涯学習活動と人々の生存維持活動
──大分市と甲府市の比較の観点から──
だからである。
ポケベルや単なる携帯電話の操作に関する知識はそれらが出現した当初に比べいま や不要のものとなったと言っても良く、それらを学ばねばスマートフォンが使えない ということではない。しかし、それは、情報機器の進化とそれを必要とする社会の変 化を適切に認識し、新しい情報機器の価値に対する理解とその操作法を希求する精神 によって支えられているのである。正当に座席を専有して特急電車で移動するという あたりまえのことが、スマートフォンやパソコンの操作によって果たされる社会が目 の前まで来ているのである。
こうした観点からすれば、生涯学習で学ばれること、たとえば現代社会のイノべー ションの内実、現代社会のイノベイティヴであることは、決して高度な問題に結びつ くものではない。
2 .生涯学習と生存維持活動の相似性
生涯学習活動と生存を維持するための活動は、極めて高い類似性を持っており、そ の実相は相似性を持つと言ってもよいかもしれない。なぜなら、両者はその基本構造 の骨格的部分に、高い類似性がみとめられるからである。
第一に、両者が果たすことを期待されている、機能である。われわれとわれわれの 社会、その全き形成に必要とされる物的精神的な、いわば“栄養素”を供給する役割 を果たしているのが、生涯学習活動であり生存維持のためにおこなう“食う”という 活動・行為である。両者の機能としての類似性は、そこにほとんど全く齟齬が無い。
もっとも、現実社会において、社会全体にとっても個々人にとっても、この機能が遅 滞無くまた誤り無く果たされているかといえば、そうでないことは生涯学習活動の、
たとえば需要と供給のアンバランスの存在や、個々人の身体的特徴などに個別性があ ることから明白である。われわれは、精神活動においても形質においても個別的であ る。
第二に、その目的である。上述の機能面において類似性が認められることからも、
両者の活動の目的において類似性があることは、多言を要しない。生命体としての 個々のヒトは、自身の生体の維持つまりは生きていくためのカロリー・栄養の確保 を、その究極の目的として活動していると言っても良かろう。しかし、そのことのみ では他の生物、たとえば類人猿や狼、ある種の細菌や単細胞生物等々と、それこそ生 命体の維持という活動の目的において、相違が無い。そこで、ヒトは、絶えず単体た るヒトが形成する人類社会が生み出す科学技術の進化発展に追いつくことを目的とす る活動を行う。ここに、人類にとっての生体と社会維持のために、生涯学習という活 動が、必要になってくる淵源があるのである。
第三に、それらの活動をおこなう方法における類似性ある。生涯学習活動の方法に は、個人での学習活動、集団での学習活動、そして集会という形式での学習の三つが 想定される。これを生存維持活動つまり“食う”ことにそくして理解するとすれば、
個人学習は個々に食事すること。独居老人が自身の住居で、学生が帰宅後のアパート の部屋でおこなう、近年、個食などとも言われる食事形態と同じである。講演会や学 習会・フィールドワークなどに参加しての集団学習は、家族での食事や学校給食がこ れにあたる。同じ食物を、一定の場所に集まった者が摂取するわけだ。最後に、集会 学習である。生涯学習活動の場合、特定の場所に任意に集まった人々が、そこで提供 される情報に接する。政党や政治家が主催する選挙の街頭演説会に参加して、人々が 特定政党・政治家の政策を理解したり、外交や内政の政策課題を理解するがごときで ある。また、集会への参加は、興味関心や必要性が感じられれば集会の場にとどまり、
またそこで提供される情報が不要・陳腐なものと感じられれば、ひとびとはその場を 離れる。一方、
“食う”ことのなかで似たようなことがなされるのは、たとえば、レ
ストランやホテルの食堂でのバイキング形式を思い浮かべればよい。ひとびとはあた かも集会に参加する如く集い、しかし定められたものを定められた量“食う”のでは なく、好きなものを好きなだけ摂取し、それが十分果たされたと感ずれば、その場を 離脱する。イノベイティヴな現代社会を生き抜くための情報を入手する方法として、新たな知 識などを獲得し、また、獲得のための方法について学びこれに修熟する。このことを、
われわれは、老いも若きも日々求められているのであり、その様相は、"食う"営み を本能の欲求によって為しているのと何等変わりが無い。両者が、相似性を以って存 在する点にこそ、現代社会の特性が認められるとすることができよう。
3 .方法
論理的には以上のように言う事ができる生涯学習活動と生存維持活動であるが、現 実の社会においては、果たしてどうだろうか。そこには理論と実際の乖離が認められ るのだろうか。
生涯学習活動と生存維持活動は相似性を持つという仮説を実証するため、山梨県甲 府市と大分県大分市の生涯学習施設ならびに生存維持活動の場について、その立地に おいて両者の重複のあり方を検討してみたい。
生涯学習活動の場としては、当面、以下の諸施設を対象とする。
図書館、公民館、生涯学習センター、青少年教育施設、女性教育施設、博物館、美 術館、その他社会教育施設、ホール等市民利用施設、スポーツ施設、宿泊施設、動植 物園等観光施設。以上を、大分市に関しては、『大分市公共施設白書』および『大分
県の生涯学習・社会教育』から、また、甲府市については『山梨県の社会教育行政』
などから抽出する(1)。
生存維持活動の場は、極めて対象が広範である。レストランもあれば寿司屋もあり、
ファストフード店や鉄道駅の立ち食い蕎麦店も対象である。それらすべてを検討の対 象とすることは煩雑に過ぎるので、ここでは、近年提起されている「町中華」に限っ て検討の手を加えることとしたい。この概念はそれほど古いものではなく、また、そ れほど厳密なものでもない。新聞などにこの語すなわち「町中華」あるいは「まち中 華」が散見され始めたのは、2016、 7 年頃。それも「町中華」を扱った書籍の書評と してである(2)。
その内容は、代表的料理を麺、定食、飯・丼類とし、具体的には餃子、炒飯、麻婆 豆腐、焼きそばを挙げるもの(3)や、ラーメン、炒飯、餃子を代表的メニューとし、
さらに、不可欠なものとてカレーライス、オムライス、カツ丼が挙げられることもあ る(4)。「中華と洋食の二枚看板」を町中華の特徴とする場合もある(5)。
経営や立地などの観点からは、「ほとんどが家族経営」や「個人経営」の大衆的な 食堂であり(6)、駅前などに立地しているという(7)。その発祥は浅草とする説もあり、
また、古いものは昭和以前から営業している、という(8)。
現在までに為されている比較的まとまった定義は、以下のようなものである。すな わち町中華とは、「主に高度成長期以降に開店した店で、中華料理店の看板を掲げつ つも、本格的に中華料理の修業をしたとは限らない店主が、中華料理以外のさまざま な料理とともに地域の人々の胃袋を長年満たしてきた飲食店」(9)。町中華こそわれわ れの生存維持活動の、明確かつ基本な場のひとつなっていることは間違いない。
この町中華と生涯学習活動の場、それぞれの立地を、比較して、両者の重なりあい について検討し、相似性の有無を明らかにすることとしたい。
4 .大分市の町中華と生涯学習活動の場
大分市内の町中華の数は、NTTタウンページ(2018年 5 月)によれば、中国料理店 8〔7.8%〕、中国料理店(上海料理)1〔 1 %〕、中国料理店(台湾料理)1〔 1 %〕、ラー メン店92〔90.2%〕。総計102店。これらの分類は、電話設置者の自己申告という。
以上の102店を市内の地区ごとに整理し、 1 地区に 2 店以上ある地区を店数の多い 順に列挙すると以下のとおりである。
都町 12店 松原 2 店 上宗方 4 店 中鶴崎 2 店 中央 4 店 皆春 2 店 中戸次 4 店 玉沢 2 店
弁天 3 店 津守 2 店 羽田 3 店 乙津 2 店 明野北 3 店 青崎 2 店
一方、大分市内の生涯学習活動関係施設の類別とそれぞれの数は以下のとおりであ る。総計は64。
図書館 2 公民館 13 青少年教育施設 6 ホール 4 美術館 3 博物館 7 スポーツ施設26 動植物園 3
これらのうち、 2 施設以上が立地する場所を多い順に列挙すると以下のとおり。数 字は施設数
府内町 3 国分 2 野津原 3 鶴崎 2 東鶴崎 3 中戸次 2 佐賀関 3 神埼 2 西浜 3 豊饒 2 王子西町 2 日吉町 2 玉沢 2 三佐 2
町中華の立地と生涯学習施設の立地の重なりあいを見ると、地区別では 2 件に過ぎ ない。中戸次と玉沢の 2 地区だけである。町中華が12店立地する都町は、生涯学習施 設が 2 施設以上立地する場所に挙がっていない。大分市に関しては、町中華の立地と 生涯学習施設の立地の観点からは、相似性の仮説を十分に証明するデータが得られな い。
生涯学習施設が立地する玉沢地区と中戸次地区に関しては、両者とも市の中心部か ら郊外に向う中間地域にあたる。玉沢は大分市南西部にあり、国道210号線が通じて いる。大規模ショッピングセンターわさだタウンが存在する。また、中戸次は市の南 東部にあり、ここを通る国道10号線は市の中心部と郊外を結んでいる。
5 .甲府市の町中華と生涯学習活動の場
甲府市内の町中華の数は、NTTタウンページ(2017年 9 月)によれば、中華料理店 25〔27.8%〕、中国料理店 8 〔8.9%〕、中国料理店(台湾料理)2 〔2.2%〕、ラーメン 店55〔61.1%〕。総計90店。
以上の90店を市内の地区ごとに整理し、 1 地区に 2 店以上ある地区を店数の多い順 に列挙すると以下のとおりである。
丸の内 10店 下飯田 3 店 上阿原 2 店 中央 8 店 朝気 3 店 中小河原 2 店 住吉 6 店 伊勢 2 店 塩部 2 店 下石田 5 店 富士見 2 店 大里 2 店 国母 5 店 酒折 2 店
徳行 4 店 飯田 2 店 上 4 店 相生 2 店
一方、甲府市内の生涯学習活動関係施設の類別とそれぞれの数は以下のとおりであ る。総計は46。
図書館 2 公民館 10 青少年教育施設 15 ホール 2 美術館 2 博物館 4 スポーツ施設10 動植物園 1
これらのうち、 2 施設以上が立地する場所を多い順に列挙すると以下のとおり。
青沼 3 善光寺 2 国母 3 中央 2 川田町 3 下向山町 2 北口 2 貢川 2 丸の内 2
武田 2 下曽根町 2
町中華および生涯学習施設、両者の立地の重なり合いを見ると、地区別では 3 ヶ所 の重なり合いが存在する。しかもその 3 ヶ所は上位 5 ヶ所に入っており、大分市に関 しては、町中華の立地と生涯学習施設の立地の観点からは、相似性の仮説を一定程度 明らかにし得るかもしれない。
生涯学習施設が多数立地する丸の内・中央・国母、とくに丸の内と中央は市の中央 部に存在し、官公庁が立地し、他の飲食店や諸種の商店も集積しており、いわゆる繁 華街の一部である。国母もそうした繁華街の市南部の南の外縁にあたる。
小結
甲府市の生涯学習施設が多数立地する丸の内・中央は市の中央部に存在し、官公庁 や飲食店・諸種の商店も立地しており、繁華街を形成している。甲府市の町中華の立 地と生涯学習施設の立地は高い重なり合いがあり、相似性の仮説を一定程度明らかに し得るかもしれない。
一方、大分市については、町中華の立地と生涯学習施設の立地の観点からは、両者
の相関を認めにくい。生涯学習施設が立地する玉沢地区と中戸次地区に関しては、両 者とも市の中心部から郊外に向うルートの中間地域にあたるという共通点はあるが、
町中華の立地と生涯学習施設の立地の観点からは、相似性を認めにくい。
「生存維持活動」と「生涯学習活動」の間においては、アプリオリに、相関・相似 性を言うことは、当面、困難である。
注
⑴ 大分市財務部管財課公共施設マネジメント推進室編『大分市公共施設白書』大分市財務 部管財課公共施設マネジメント推進室、発行年記載なし。大分県教育庁社会教育課編『大 分県の生涯学習・社会教育─平成29年度市町村生涯学習・社会教育の現状及び平成28年 度生涯学習・社会教育推進の実績──』大分県教育庁社会教育課、2018年。山梨県教育 委員会社会教育課編『平成30年度山梨県の社会教育行政』山梨県教育委員会社会教育課、
2018年。『生涯学習やまなし』95・96・97・98、2018年。各市県のホームページ
⑵ 『朝日新聞』2016年 2 月23日、第17面「ふれあいまち中華」。『読売新聞』2016年 9 月25日、
第12面、清水克行「書評」。『朝日新聞』2017年 4 月25日、第25面、(北九州地方版)、「ラー メン屋『錦龍』、祭り仲間引き継ぐ」。『毎日新聞』2017年 6 月13日夕刊、第 2 面「特集:
町中華、 おいしい昭和」。『朝日新聞』2017年11月 4 日夕刊、 第 7 面「各駅停話:1049 東急大井町線:10 自由が丘 自由の誇り」。
⑶ 『ぴあMOOK 絶品!町中華 首都圏版』ぴあ、2018年、 4 ~ 5 頁。日外アソシエーツ 編集部『新訂 人物記念館事典』日外アソシエーツ、2002年、 4 頁。
⑷ 町中華探検隊『町中華とはなんだ』立東舎、2016年、106~107頁。
⑸ 前掲『ぴあMOOK 絶品!町中華 首都圏版』82頁。
⑹ 『散歩の達人』262、2018年 1 月、 6 頁。
⑺ 『サライ』30- 2 、2018年 1 月、54頁。
⑻ 前掲『散歩の達人』262、56、76頁。
⑼ 「日本人よ、今こそ町中華に行こう」『サンデー毎日』96- 9 、2017年 3 月、148頁。