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生活学習論・序説-「生活科」における課題と展望-: 沖縄地域学リポジトリ

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Author(s)

加藤, 彰彦

Citation

沖縄大学人文学部紀要 = Journal of the Faculty of

Humanities and Social Sciences(8): 1-12

Issue Date

2006-10

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/6144

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生活学習論・序説

一「生活科」における課題と展望一

加藤彰彦

キーワード:生活カリキュラム、生活科マップ、教育ガバナンス はじめに 1989年(平成元年)、「学習指導要領」は大幅な改訂がなされた。 中でも、「教科」の統廃合が行われ、小学校低学年における「社会科」「理科」が廃止され、新 たに「生活科」が新設されたことは、戦後教育にとって大きなエポックであったと考えられる。 「生活科」が全国で実施されるようになったのは、1992年(平成4年)である。 本論稿では、この「生活科」の新設がどのような経緯で行われたのか、またそのことが日本の 小学校教育に及ぼす影響とはどのようなものなのかについて考察する。 また、これまでの教育観、学校観に対する本質的な転換を迫る内容を含んでいることを視野に 入れつつ、その可能性についても検討する。 I「生活科」新設にいたる経緯 日本における近代教育は、1972年(明治5年)の学制発布に始まる。 以来、小学校令、小学校令施行規則では、尋常小学校における教科として次の8教科が定めら れている。 「修身」「国語」「算術」「体操」「図画」「唱歌」「裁縫」「手工」の8教科目である。 ほぼここで原型は形成されているが、1906年(明治40年)の施行規則では、このほかに「日本歴 史」「地理」「理科」が加わり、11科目となっている。 この基本形は、その後大きな変化は無く固定化され原型は維持されていく。 戦時体制に入った1941年(昭和16年)からは,国民学校と名称も変わり、国民学校令によって, 若干変化しているが基本的には変わっていない。 例えば、この時期には各教科を4つの大きな教科の枠の中に組み入れているが、その中での教 科は、ほとんど変わっていない。 当時の教科グループを整理してみると、次の4つになる。 「国民科(修身、国語、国史、地理)、理数科(算数、理科)、体錬科(体操、武道)、芸術科(音楽、 習字、図画、工作、裁縫)」 あえて増えた教科を上げれば、地理と習字となるが、全体の教科の体系には特に変化は見られ ない。 そして、第二次世界大戦を経て、日本の教育は大きな反省を迫られることになる。 その後の日本にとって、共通の教育理念は、1947年(昭和22年)5月に施行された「日本国憲法」 の中に結晶している。 ここで、教育に関する条文をあげるとすれば、第26条、教育権の保障の条文になる。 「第26条、すべての国民は、法律の定める所により、その能力に応じて、ひとしく教育を受け -1-

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る権利を有する。 ②すべての国民は、法律の定める所により、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を 負う。義務教育は、これを無償とする。」 さらに、同じ1947年(昭和22年)に成立した「教育基本法」は、その前文で次のように書いてい る。 「われらは、先に、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人 類の福祉に貢献しようと決意した。 この理想の実現は、根本において教育の力に待つべきものである。」 つまり、戦後の日本をつくっていく基本は教育にあると考え、新たに、教育科目の中に「社会 科」を設けることにしたのである。 同じ1947年に中学1年生用の社会科の教科書として発行された『新しい憲法のはなし』には、 次のような記述がある。 「みなさんは日本国民のうちの一人です。国民のひとりひとりがかしこくなり、強くならなけ れば、国民ぜんたいがかしこく、また強くなれません。国民の力のもとは、ひとりひとりの国民 にあります。」 「人間がこの世に生きてゆくからには、じぶんのすきな所に住み、じぶんのすきな所に行き じぶんの思うことをいい、じぶんのすきな教えにしたがってゆけることなどが必要です。これら のことが人間の自由であって、この自由は決して奪われてはなりません。」 「またわれわれは、人間である以上はみな同じです。人間の上に、もっとえらい人間があるは ずはなく、人間の下に、もっといやしい人間があるわけはありません。・・・ みな同じ人間であるならば、この世に生きてゆくのに、差別を受ける理由は無いのです。 差別のないことを平等といいます。 そこで憲法は、自由といっしょに、この平等ということを決めているのです。」 このように、この教科書では、国民の権利として「自由権」と「平等」さらに、教育を受ける 権利などの「請求権」や「参政権」などがあり、それを「基本的人権」というのだと述べている。 このように、戦前の教育が旧修身科や公民科を通して国家に従う人間を育てるという発想であ ったことから考えると、自分で考え、自分達の社会をつくり出していく新しい生き方を育てると いう方向に変えていこうとしているのが伝わってくる。 したがって、1947年に発表された戦後最初の「学習指導要領」には次のように「社会科」の任務 が書かれている。 「今後新しく設けられた社会科の任務は青少年に社会生活を理解させ、その進展に力を致す態 度や能力を養成することである。 そして、そのために青少年の社会的経験を、今までよりも、もっと豊かにもっと深いものに発 展させていこうとすることが大切なのである。」 さらに、その翌年、1948年(昭和23年)に出された「社会科学習指導要領」の「補説」にはこう も書かれている。

「人々の幸福に対して積極的な関心を持っていることが肝要です。それは政治的、社会的その

他あらゆる不正に対して積極的に反発する心です。人間性及び民主主義を信頼する心です。」

このように、戦後教育の教科の柱は「社会科」に置かれ、むしろ総合的に生活力をつけることに 力点がおかれていることがよくわかる。

しかし、その後、低学年の社会科については指導が難しいと言う指摘が多くなり、低学年の社

会科存廃論が浮上するようになる。 -2-

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1967年(昭和42年)の教育課程審議会の答申には、次のような記述がある。

「低学年社会科について、具体性に欠け、教師の説明を中心にした学習に流れやすいものの取

り扱いについて検討を加えるとともに、・・・児童の発達段階を考慮して、他教科、道徳等とと

もに関連させて、効果的な指導が出来るようにする。」

ここに書かれている「道徳等とも関連させて・・・」とあるのは、1958年(昭和33年)に文部

省は、「道徳の時間」を特設した経緯があることと関係している。

戦後になって、人間の倫理や道徳については戦前のように特別に教えるのではなく、教育活動

全体を通じて行うものとされてきたのに対して、文部省は「特設道徳」の科目を新設したのである。

これに対しては教師や国民からの激しい反対があったが実施されることになった経緯がある。

低学年の社会科では、こうした道徳的内容とも関連させて行うことが必要ではないかという指

摘があったということである。

1975年(昭和50年)文部省は教育課程審議会の「中間まとめ」として次のような考えを述べて

いる。

「小学校低学年については、児童の具体的な活動をとおして、知識、技能の習得や態度、習慣

の育成を図ることを重視する観点から、第一学年及び第二学年の各教科等のうち、特に現行の社

会科及び理科の内容について、なおこれらの学年における内容の在り方や学習の実態等から見た

問題点を検討する。

これと併せて、第一学年においては、この学年段階における社会及び自然に関する観察力や思

考力を育てるためには、より広い見地に立って効果的な指導ができるよう、社会科及び理科の内

容を中心として、例えば、児童が自分たちをとりまいている社会的及び自然的な環境について学

習することを共通のねらいとするような目標と内容を持った新しい教科を設けることについても

研究してみる必要がある。」

この翌年、文部省は、そのための実証的資料を得るため「研究開発学校」の制度を設け、現行の

学習指導要領によらない教育課程を編成し、その実施を実験的に行うことにした。

この「研究開発」の課題の中に、小学校低学年における総合学習の取り組みがあり、その課題に

応募し、許可された研究開発学校は20校を超えたといわれている。 その中で、典型例として次の3つがあったと報告されている。 (1)社会科及び理科に関連の深い題材、内容が中心になっているもの (2)道徳、特別活動及び図画工作等に関連の深い題材、内容が中心になっているもの (3)各教材、道徳及び特別活動の全部が統合されているもの (『生活科教育の理論と方法』中野重夫箸東洋館出版P、161992年刊) ここから、いよいよ本格的に小学校低学年の科目統合の検討が始まっていくのである。 中央教育審議会の「教育内容等小委員会」では、小学校低学年の児童は、まだ思考と活動が未分 化であり、具体的にしかものごとを考えることが出来ないという幼児期の特徴を残しているため、

幼稚園から小学校へのつながりをスムーズに行うためにも体験的で具体的な学習を用意する必要

があるという結論を導いている。 また、体験学習は総合的な面を持っており-教科の学習内容とするよりは、総合的な学習にす るほうがよいという発想にたつ見解も示している。 文部省は、こうした「教育内容等小委員会」の報告を受け、1984年(昭和59年)に「小学校低 学年教育問題懇談会」(後に「小学校低学年の教育に関する調査研究協力者会議」に改称)を発足 させ、15回の会議を重ね、1986年(昭和61年)7月に「審議のまとめ」を公表することになった。 その結果、提案されたのが「生活科」である。この「審議のまとめ」は、教育課程審議会に報告さ -3-

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れ、審議会での検討を経た上で、1987年(昭和62年)12月、答申が出されることになった。 そこには、次のように書かれている。 「小学校の中学年及び高学年の各教科の編成については現行どおりとするが、低学年について は、生活や学習の基礎的な能力や態度などの育成を重視し、低学年の児童の心身の発達状況に即 した学習指導が展開できるようにする観点から、新教科として生活科を設置し、体験的な学習を 通して総合的な指導を一層推進するのが適当である。 生活科は、具体的な活動や体験を通して、自分と身近な社会や自然とのかかわりに関心を持ち、 自分自身や自分の生活について考えさせるとともに、その過程において生活上必要な習慣や技能 を身に付けさせ、自立への基礎を養うことをねらいとして構想するのが適当である。 なお、これに伴い、低学年の社会及び理科は廃止する。 したがって、低学年の各教科は、国語、算数、生活、音楽、図画工作及び体育により編成する こととする。」 この答申を受け、文部省では、「生活科」の学習指導要領を作成している。 こうして、1989年(平成元年)3月15日に、新しい学習指導要領は告示されることになった のである。 Ⅱ「生活科」の役割と意義 1990年(平成2年)に文部省から発行された「小学校学習指導要領」及び「小学校生活指導資料、 指導計画の作成と学習指導」を読むと、全体としては「社会科」「理科」の統合という面と共に「道 徳」等の側面も含まれているように思われる。 学習指導要領(生活)の「目標」には次のようにかかれている。 「具体的な活動や体験を通して、自分と身近な社会や自然とのかかわりに関心を持ち、自分自 身や自分の生活について考えさせると共に、その過程において生活上必要な習慣や技能を身に付 けさせ、自立への基礎を養う。」 また「各学年の目標及び内容」では、次の3点があげられている。 「(1)自分と学校、家庭、近所などの人々及び公共物とのかかわりに関心を持ち、集団や社会の 一員として自分の役割りや行動の仕方について考え、適切に行動することができるようにする。 (2)自分と身近な動物や植物などの自然とのかかわりに関心を持ち、自然を大切にしたり、自分 達の遊びや生活を工夫したりすることが出来るようにする。 (3)身近な社会や自然を観察したり、動植物を育てたり、遊びや生活に使うものを作ったりなど して活動の楽しさを味わい、それを言葉、絵、動作、劇化などにより表現できるようにする。」 (2)と(3)については、社会科、理科、さらに図工、国語などとの重なりもあるが、(1)は道徳と近 いように思われる。 そこで、「生活科」の役割と意義について以下、考えてみたい。前掲の文部省の文書及び「小学 校学習指導要領解説(生活編)」(文部省、1999年(平成11年)刊)などを通して生活科の特徴を整理し てみると、次の4つにまとめられるように思われる。 (1)体験を重視する これまでの学校教育は、教科書を中心に教室の中で主に知識を学び吸収するものであった。し かし「生活科」は、具体的な活動や体験を通して身に付けていく、いわばフィールドワークを中心 にしている。 -4-

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生活の現場に行き、見る、聞く、調べる、作る、探す、育てる、遊ぶなど実際に行動して感じ 取り、それを自分なりの言葉や絵、動作などを通して表現していくのである。 現在、子どもたちの生活の中には、親と一緒に行動したり働いたり、手伝うという機会は極め て少なくなっている。 地域の暮らしも知らず、農業や漁業、山や海での暮らしや仕事についても関心の無い子ども達 が多い。親の仕事もよく知らないという状況の中で、体で感じ、体験からで学び、仕事や遊びに も直接参加する学び、それが生活科である。 教科書による知識だけでなく、体験を通して学ぶという大きな転換が行われるのが生活科の内 容である。 (2)個'性を活かす 小学校においては基礎的な学力(読む,書く,計算する)をキチンと身に付けさせることは極めて重 要なことである。 それと同時に、-人ひとりの特質、長所,その子らしさを伸ばしていくことも重要である。子ど も達が何を感じ、何を考えているのか。また何をしたいと思っているのかを受け止め、その子ど ものやる気を育てていく。 そうした試みが特に低学年では重要になってくる。 その子らしさを発揮できるのは、子ども集団の中、特にクラスや地域の子ども会などに参加し、 仲間たちとかかわることの中で自分らしさを発揮していく。 こうした機会を作り出し、やる気と自信をもたせること。それも総合学習としての生活科の役 割である。 お互いに、自己主張をし、またお互いに相手の意見を聞き、思いやりを持って接していくこと。 そうした相互関係、相互交流が生活科にとっては不可欠の要素である。その中から子ども達の個 性が活かされるのである。 (3)家族や地域とのかかわりを見直す 生活科は、子ども達の生活圏を学習の場とすることになり、同時に学習の対象ともすることに なる。 子ども達の生活圏とは、具体的には、「家庭」であり、「地域」である。 地域と学校が疎遠になってきている現在、もう一度、地域と共に学びの場を作る実践を学校が 行うことが求められている。 生活科の授業内容を作るためには,子ども達が地域や家庭の中でどのように暮らしているのか、 また地域の暮らしがどのようなものであるのかを教師も知らなければならない。 つまり、地域の実態調査が不可欠であり、子どもと共に地域の環境や暮らしの実態を把握する 所から始めなければならないことになる。 生活科は、地域生活をもう一度見直し、その文化や歴史、さらには現状や課題についても知る 学習となっている。 この中で、親はどのように生き、地域の人々はどう暮らしているのか、その現実を学んでいく こと。つまり郷土の学習としての意味も生活科は含んでいることになる。 生活科は、地域に学び、地域と共に生きる力を養う地域学習の側面も持っている。 (4)生活科は授業を変える -5-

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こうして、生活科の特質を考えていくと、当然のことながら授業の質が変わっていか ざるを得ないということに気づく。 これまでの教師中心の教科書を学ぶという教育から、子ども達の関心に合わせ、子ども(児童) が中心の学びへと変わっていくことになる。 またそれは、一斉授業から、-人ひとりの子どもに即した教育への変化でもある。 教室には教師と子どもしかいないという授業から、地域の人々が授業に参加したり地域の中で の授業が展開したりするという変化もある。 子どもと教師が一緒に作る授業。 また、家庭や地域の人々から学ぶという授業展開もありうる。 ここには、教師を中心とした知識中心の競争はありえない。 子ども集団の中で学び合うという共生関係が成立していく。 また、トラブルや失敗がないように配慮し、遊びの要素の少ない授業から、日常生活で起こり がちなトラブルを引き受け、共に考え話し合って解決していくという「問題解決型」の学習形態が 生まれてくる。 以上の内容を別の角度から見ると,次の4点が「生活科」の教科目標とされていることがわかる。 (1)具体的な活動や体験を重視する。 (2)自分との関わりで社会や自然をとらえる。 (3)自分自身への気付きを大切にする。 (4)生活上必要な習慣や技能を身に付ける。 これら4つのポイントが究極的には「自立への基礎を養う」という目標に集約されている。 自立とは、人間形成の基本ではあるが、小学校低学年のレベルでは、どのような形で自立の基 礎が求められるのであろうか。 この点について、文部省の初等中等教育局の教科調査官及び視察官を長年勤めた中野重人氏は、 次の4点にまとめている。 「その一つは、学校という集団生活に入った初期の段階において、学級や学校という集団や社会 の一員として、集団生活ができるようになるということである。」 「その二つは、自分の事は自分で出来るようになることである。」 「その三つは、学習活動や集団生活において、自分の考えや意見が、はっきりと述べられること である。」 「その四つは、身近な社会や自然の事柄に関心を持ち、生きる主体として環境に積極的に働きか けることが出来ることである。」 (『生活科教育の原論と方法』中野重人著、東洋館出版、P54~551992年刊) これらの内容を総合して考えると、「生活科」は、これまでの学校教育の閉塞状況を打開し、学 びの原点をもう一度学校の中に持ち込む突破口になるかもしれないという期待がわいてくる。 教師中心、教科書中心の座学から、地域という生活圏を学ぶ場として、子ども達を生活の場に解 放し、自らの関心に向かって体験を通して関わりながら、調べ、まとめ、発表し、話し合いなが ら課題を解決していくという「生活学習」の場を作り出しているのである。 この「生活科」をモデルとして、学校も授業も、さらに教育観も大きく変わっていく可能性があ る。そう考えると、「生活科」を支える思想について、もう少し立ち入ってみる必要を感じるので ある。 -6-

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Ⅲ近代教育思想と「生活科」 今回、新たに小学校低学年に「生活科」が設置され、1992年(平成4年)に全小学校で実施されて 以来既に15年が経過しており、どのような効果を生み出しているのか気になるところではあるが、

「生活科」成立のルーツについて、もう少し深い部分からその成立史、あるいは思想史を探って

みたいと考える。 言うまでもなく「生活科」の特質は、具体的な活動や体験を重視し、生活の場、暮らしの場に直 接参加をしていく所にある。 ここには「教える」というよりも「学ぶ」という要素が強く働いていることがわかる。 「教える」主体は「教師」であり、そこでは教師が中心になる。 しかし「学ぶ」主体は「子ども」であり、ここには子ども中心の学習の場が生まれてくる。つまり、 「教師中心教育」から「子ども中心の学習」へという価値の転換が「生活科」にはあるということにな る。 また、子ども達が学ぶ場は、教室という固定された空間ではなく、生活の場、生きている現実 の空間であるという変化も大きい。 ここには「知識中心」の教育から「体験中心」の学習へと内容が転換していることが伺われる。こ うした「生活学習」の思想は、今回初めて主張されたものではない。 近代教育思想の中に早くから見られたもので、ここには「教育」概念と「学習」概念の違いも含ま れているように思われる。

近代社会の維持と発展のために作り出された教育機能は、大人が次の世代を担う子ども達に、

これまでの文化を継承させるために、伝統的な価値観や知識、生き方のルールなどを教え伝える ものとして誕生している。 つまり、文化、伝統、知識などを教え込み、現代の大人として育てることがその役割なのであ る。 現実の社会に適応し、現状を受け継ぐことを主目的として誕生した近代学校は国家や社会の要 請に応える人間の育成を担う場であった。日本における明治期の近代学校は、富国強兵を目標と し、そのための人材を育成するためにつくられた。 こうした教育観に対して、未来の大人になるために子ども時代を訓練の場にしてはならないと 主張したのが、ジヤン・ジャック・ルソー(1712~1778)である。 フランス革命の思想ともつながるルソーの思想は、子どもに知識を教え、指示することが教師 の役割ではないという所から出発している。子どもといえども-人の人格を持った人間であり、 その子どもが自ら知りたいと感じ自らその欲求を実現していくために活動をしていくことが大切 なのだと説く。 したがって教師の役割は、子どもにさまざまな欲求を起こさせ、活動の主体となって動き出し、 学び始めるよう手助けすることだと考えたのである。 ルソーの代表的著作『エミール』(岩波書店刊)は、-人の子どもが家庭教師と共に、自ら学び 成長していくプロセスを記録した物語であるが、そこには言葉による教育ではなく、実物による 体験に基づいた学習が展開している。子どもは、体制によって作られるものではなく、自ら育っ ていくものであり、外部から強制し従わせ、教え込むものではないという思想であった。 こうしたルソーの思想に影響を受けた教育の実践家にスイスのペスタロッチ(1746~1827)が いる。 ペスタロッチは、シュタンツにおいて孤児の世話と教育に生涯をかけたのだが、その主張は -7-

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「生活が陶治する」に集約される。 つまり、生活することそのものが「教育」なのだという主張である。 生活の中で学び、体験することによって学んでいく。これが本当の教育であると考えたのであ る。 いわば、与えられた概念を教えられるのではなく、子ども自身が主体的に自ら概念を作り出し 発見していくプロセスを大事にしたいというのである。 こうして、ヨーロッパを中心にして脈々と受け継がれてきた近代教育思想の中心テーマは「児 童中心主義」であった 教師中心の、書物と言語による教育から、子ども中心の、子どもの自発的な活動による学習へ と、その価値観を転換すべきであるという思想であり実践が、その内容であった。 こうした近代教育思想を受け継ぎ、戦後の教育に大きな影響を与えたのが、ジョン・デューイ (1859~1952)である。 アメリカのシカゴでデューイは小さな実験学校を作り、教育中心の教育から、子ども中心の教 育への転換を説いたのである。 その成果は『学校と社会』(岩波書店、1899年刊)にまとめられた。 この中でデューイは、現代の学校が問題なのは、地球社会と切断された閉鎖空間になっている ことだと述べている。 したがって、学校を社会の中に開き、学校を社会化することによって、地域での生活そのもの を学校の中に取り入れることが大切だというのである。 事実、シカゴ大学の実験学校では木工を中心とした仕事場や料理、裁縫、織物、手工芸などの 実習が取り入れられ、学校外での体験学習も熱心に行われた。 デューイの教育思想は経験主義教育と呼ばれ「なすことによって学ぶ」という考え方に集約され る。 また、経験とは主体と環境との相互作用であり、主体と環境との相互作用としての経験のプロ セスそのものが教育なのだという主張である。 したがって、子ども自身が自らの課題に取り組み、それを解決していく「問題解決学習」こそが、 デューイの学習活動であり方法論であるということもできる。 デューイの教育方法論は、経験カリキュラムにまとめられ戦後は「コア・カリキュラム」という 方法論として体系化されて行く。 こうしたヨーロッパ、アメリカを中心とした新たな教育思想は、日本にも取り入れられ、その 典型としては、私立池袋「児童の村」小学校がある。 ここでは野村芳兵衛(1896~1986)を中心に「生活教育論」が実践されていた。また、大正期か ら昭和初期にかけて、成城学園(澤柳政太郎)では新教育の実践が行われ、各都道府県の高等師範 学校の付属小学校でもユニークな、児童中心実践教育、経験主義教育、生活教育などの実験的な 教育が行われた。 また、地域の暮らしを記録することによって生活を見つめ、暮らしを考えるという「生活綴方」 教育も東北を中心に生まれている。 例えば、新潟県の農村で小学校教師をしていた寒川道夫(1907~1977)は、教え子の一人、大 関松三郎の詩集『山芋』(百合出版、1951年刊)をまとめたことで知られているが、その当時、教 え子の母親が「つつが虫」に刺されて死亡したことから、つつが虫の調査を始め、その予防のため に子ども達、村民そして医療関係者、役所の人々と協力して立ち上がり、村からつつが虫病の犠 -8-

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牲者を一人も出さないようにすること、さらにその調査結果や予防対策をまとめたパンフレット を村民に配布する実践をしている。 こうした一連の活動を寒川は、生活教育として位置づけるたのある。 日本においても、戦後の生活教育、児童中心主義教育、さらには生活綴方、経験主義教育の流 れがあり、戦後には文部省の社会科への期待とも重なり合って、多くの教育実践が生まれている。 無着成恭の『山びこ学校』(百合出版、1951年刊)もその一つの典型であり、「生活カリキュラ ム」あるいは「コア・カリキュラム」の実践も各地で取り組まれていた。 その中で、まとめられた『生活カリキュラムの実践』(小島忠治編、教育文化出版社、1949年 刊)では、次のように書かれている。 「生活カリキュラムが目指している教育は、いうまでも無く児童の生活経験の再編成である。 それは、生活から抽象されたものではなくて、生活している事実そのもの、経験そのものの教育 である。….つまり、生活の組織化、行動の体系化されたものが生活カリキュラムなのである。」 (『生活カリキュラムの実践』小学5年版P,1) そして、その単元は学年ごとにこのようなテーマとして提案されている。 「楽しい学校」「私のうち」「お友だち」「お客さま」(1年生) 「近所の人々」「お店」「交番」(2年生) 「私たちの町」「郵便」「火の用心」「大昔の人々」(3年生) 「選挙」「健康」「私たちの地域の今と昔」(4年生) 「公共の施設」「交通の発達」「衣食住の改善」(5年生) 「ラジオと新聞」「気象」「貿易」「世界と日本」(6年生) こうして、戦後初期の「経験カリキュラム」「コア・カリキュラム」「生活教育」の流れを見てく ると、既に現在の「生活科」の基本となる視点は提出されていると見ることもでき、中でも、戦後 は「コア・カリキュラム連盟」「日本生活教育連盟」のまとめ役として、民間教育運動の中心にいた 教育学者、梅根'悟氏の研究については丁寧にその業績を受け止めなければならないと思っている。 (『梅根悟教育著作選集全8巻』、明治図書、1977年刊) こうして、戦後は経験カリキュラム、生活教育が見直され、社会科を中心に、子ども達一人ひ とりを主人公とした教育プランが形成されていたにもかかわらず、各教科の学習が十分に行われ ていないという反省がおこり、再び科目ごとの教育に力がそそがれることになった。こうして生 活教育の流れは一時期止まってしまうのである。 Ⅳ「生活科」の課題と展望 「生活科」は小学校低学年に設置された教科である。小学校3年生以降に「生活科」という教科は 無い。 したがって、一般的には「生活科」は低学年担当の教員が中心になって取り組めばよいという ことになる。 しかし、「生活科」の設置は、小学校低学年だけの問題ではない。 これまで見てきたように小学校教育全体のあり方であり、教育観、授業観、さらには子ども観 までの変革を含んだ大きな課題なのである。 したがって、何よりも「生活科」のあり方については、担任まかせにするのではなく、学校全体で 取り組む課題と考えるべきものである。 この課題を別の角度から見ると、小学校3年生以降に用意されている「総合的な学習の時間」と -9-

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の連続性という問題がある。 2003年(平成15年)に改正された「小学校指導要領」には「総合的な学習の時間の取り扱い」とい う項目があり、そこにはこのように書かれている。 「1.総合的な学習の時間においては、各学校は、地域や学校、児童の実態等に応じて、横断的、 総合的な学習や児童の興味、関心等に基づく学習会など創意工夫を生かした教育活動を行うもの とする。 2.総合的な学習の時間においては、次のようなねらいを持って指導を行うものとする。 (1)自ら課題を見つけ、自ら学ぶ、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する資質や 能力を育てること。 (2)学び方やものの考え方を身に付け、問題の解決や日常活動に主体的、創造的に取り組む態度 を育て,自己の生き方を考えることが出来るようにする。 (3)教科、道徳及び、特別活動で身に付けた知識や技能等を相互に関連付け、学習や生活におい て生かし、それらが総合的に働くようにすること。 3.各学校においては、l及び2に示す趣旨及びねらいを踏まえ、総合的な学習の時間の目標及 び内容を定め、例えば国際理解、情報、環境、福祉、健康などの横断的、総合的な課題、児童の 興味、関心に基づく課題、地域や学校の特色に応じた課題などについて、学校の実態に応じた学 習活動を行うものとする。」 この文面を読むと、小学3年生から行う「総合的な学習の時間」では、これまで身に付けたさま

ざまの力を活用して子どもが自ら課題を見つけ考え、判断して問題解決するという大きな課題が

与えられていることがわかる。 しかし、文字通り、全学上げて取り組まねばならない学習でもあり、全員が指導計画の作成に も関わり、その内容を理解していなければ取り組めない課題である。 「総合的な学習の時間」は教科ではないので、教科書も無い。 したがって、全学あげて取り組まねばできない構造になっている。 そして、その基礎的な学び方、取り組み方を準備するのが「生活科」であるということが、全体 を見ていると明らかになってくるのである。 両者に共通した所は、どちらも体験学習を重視していること。また、子どもに根ざした学習活 動であること。さらに「教える」姿勢から「導く(サポートする)」姿勢への転換が大切にされている という点である。 あえて言えば「生活科」は体験に慣れ親しむ入門段階であるといえ、「総合的な学習の時間」では、 体験を使いこなす応用の段階といえる。

いずれにしても「生活科」で主体的に学ぶという基本が養われていれば、「総合的な学習の時間」

では、その体験をより深化、発展させることが可能になるのである。

こうして「生活科」の設置は続く「総合的な学習の時間」も含めて、育てたい「児童生徒像」、及び

身に付けさせたい「能力、資質」等について明確にし、その学習の方法についても具体的に取り組

まねばならないという課題を各学校、教員に背負わせたことになる。

次に「生活科」の授業を成立させるにためには、身近な生活環境と接していくために、日常的

に地域と有機的にかかわっていくこと、また学校内に体験学習を可能にする施設や設備、教材を

準備しなければならないという学ぶための環境づくりの課題がある。

まず「小学校、学習指導要領解説、生活編」には次のような記述がある。

「いつ、どこに、どのような花が咲き、実をつけるか、昆虫などの動物は、どこで、いつ頃か

ら活動を始めるか、それを観察できる場所はどこがよいか、近くにある公園はどんな公園か、祭

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りなどの地域の行事にはどんなものがあるか、季節によって人々の生活はどのように変わるか、 地域の伝統的な行事や人々の暮らしなどについて児童に話のできる人は近くにいるか、児童が関 心を持っているものにはどんなものがあるかなどについて、探索することが必要である。」 こうした準備は教材を作り上げていく上で有用な課題となるが、こうした一連の作業を「生活 科マップ」「生活科暦」づくりと呼んでいる。 こうした地域マップ作りや、地域暦を作り上げていくためには、日常的に地域の人々と接し、 協力を得なければならない。 また、家庭との連携や教職員同士の協力や支え合いも必要になる。 さらに、学内で準備しておく「標準教材品目」についても設定されており、こうした教材を用 意しておかなければならない。 しかし、こうした厳しい条件も含めて考えても、「生活科」設置は、学校のあり方を問い直し, 新たな「学校像」をつくりあげていく展望を開いたことは確かである。 今後の学校のあり方のヒントとなる、いくつかの実践例を以下に見ておきたい。 まず、新潟県上越市立大手町小学校の実践『雪の町からこんにちは』(日本教育新聞社1987年 刊)がある。 大手町小学校は1977年から6年間、文部省の「教育課程の研究開発校」の指定を受け「生活科」 領域で、地域の自然、社会、文化、人間にかかわる体験的活動に焦点を当て、指定終了後も一貫 して地域とのかかわりを続け、その実践をまとめたのである。 その内容を見ると「雪とたたかう人々」「ぼくたちが調べた昭和60年の雪害」「スキーの研究」 「雪を科学する」「雪国に住む幸せ」となっている。 教師と子ども達が、実際に「雪下ろし」を観察し、その苦労と工夫を知り、排雪作業に取り組む 人々の話を聞き、昔の除雪と今の除雪の変化を克明に調べていく。 この実践記録の「あとがき」にはこうある。 「自分の生活を見つめ、はたらきかけるというところから、生活を切り開いていく力が育って いく。わたしたちは、雪の町で育ったこの子ども達こそ、雪国の将来を真剣に考え、雪国の明日 を切り開いていくであろうと信ずるのである。」 また、愛知県の犬山市教育委員会がまとめた『自ら学ぶ力を育む教育文化の創造』(黎明書房、 2005年刊)では、子ども中心、体験中心の学びの文化を作るには少人数学級を作り出すことが 必要だという発想から「少人数学級」「少人数授業」を実現させている。 その意図として、次の3つを挙げている。 「①子どもが主体になって取り組む学習活動を保障する。 ②子供同士、教師と子どものふれ合いを深め、人間形成を図る゜ ③少人数学級に少人数授業やTT(ティーム.チィーチング)授業を組み合わせ、それぞれの指導 方法を工夫することにより、指導を充実させ、創意工夫ある学級作りを目指す。」 こうして犬山市教育委員会は、市独自の予算で非常勤講師を採用し、30人学級を実現し、ティ ーム・チィーチング(TT)授業を行い、生徒同士の学びの環境作りを目指して、学校建設委員 会も立ち上げ、教室空間のあり方も変えていったのである。 さらに部活動も地域の人々による指導者を導入して活性化し、地域との交流によって授業を創 り始め、学校は地域の人々との「学びの共同体」として甦っているのである。 この記録の編集後記にはこう書かれている。 「教育は学びを授け、次世代に未来を託す営みです。それは、未来への方向性を持った地道な 積み重ねです。犬山の試みは、義務教育を本来あるべき姿に引き戻すことです。 -11-

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本書の中で語られたく学びの学校づくり〉の多くは,子どもの基礎的な学力を維持しつつ、将

来にわたって自ら学び続ける子ども一人一人の姿勢です。つまり、自ら学ぶ力をはぐくむために、

子供が主体となった授業を整備し、指導法を工夫しく授業づくり〉の実践を積み重ねることです。

それは、教師自らの手で内側から変えていく自己改革なのです。」

また、埼玉県志木市では、「市民立学校」「地域立学校」を構想し,学校を地域の拠点として見直 すための実践を続けている。

学校とは、地域の共有財産として税金によって作られた「学び舎」であるとの認識から、志木市

教育委員会は「教育ガバナンス」を目標に活動を続けている。

教育ガバナンスとは「教育への市民参加を教育の自治」であると考えるところから出発してい

る。

一般的な意味での多数決原理の対象として教育がなじまないことから、子ども、保護者、市民

が自由に参加し、教師と学校の自治と自由の上に自主的な学校運営(ガバナンス)を創造すること

が意図されている。

それが、「市民の、市民による、市民のための学校」、「市民立学校」構想へとつながっていくの

である。

小学校低学年に設置された「生活科」は、その発想は広く、地域と共に作り出していく「学びの

共同体」の創造にまで視野に入れた展望をも内包していることが、本論では見えてきた。

筆者の生活する沖縄でも「生活科」「総合的な学習の時間」等で取り組まれている多くの実践があ

るに違いない。

今後、そうした実践に学びつつ、沖縄での「生活科」「総合的学習」により深くかかわっていきた

いと考えている。 <参考文献〉

『小学校学習指導要領(改訂版)』(文部科学省、2004年刊)

『小学校学習指導要領解説、生活編』(文部科学省、2005年刊)

「小学校学習指導要領改定の解説と展開、生活編」(寺崎千秋編、明治図書、2003年刊)

『小学校新学習要領生活編一解説と展望』(松村昌俊、野田敦敬編、教育出版、2005年刊)

『小学校生活指導資料、指導計画の作成と学習指導』(文部省、1994年刊)

『新訂生活科教育の理論と方法』(中野重人著、東洋館出版、1993年刊)

『コア・カリキュラム(梅根'屑教育著作選集、第6巻)』(梅根J悟著、明治図書。1977年刊)

『子どもと創る生活科』(丸木政臣、中野光、川井章編民衆社、1990年刊)

『生活科』(水内宏、小川修一編、大月書店、1997年刊)

『雪の町からこんにちは』(新潟県上越市立大手町小学校箸、日本教育新聞社、1987年刊)

「自ら学ぶ力を育む教育文化の創造』(犬山市教育委員会編、黎明書房、2005年刊)

『市民と創る教育改革』(志木教育政策研究会編、日本標準、2006年刊)

『たのしい教育実践』(おきなわの教育実践編集委員会編、あけぼの出版、1988年刊)

『沖縄・生活指導を切り拓く』(沖縄生活指導研究会編、2001年刊)

『読む、日本国憲法.あたらしい憲法のはなし』(憲法を読もう会編、現代人文社、2004年刊)

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