歴史的背景
内分泌腫瘍は,当初臓器別に呼称されていたが,消化管 に発生する腫瘍には,1907年にOberndorferが “カルチノ イド”(Carcinoid)と命名して以来,独自のニュアンスを 持って100年間その “ゆるぎない” 地位を確立して来た。し かし,Oberndorferにより,カルチノイドは “転移をしない”
“indolent tumor(良性腫瘍)” と定義され,その後臨床的 な事実に鑑みて,カルチノイドは “misnomer” (誤った名 称)であると言われ続けてきたが,臨床でも病理でも余り に定着していたために,なかなか変更することが出来なか っ た。Oberndorferが 命 名 し て100年 近 く 経 っ て や っ と ENET,WHOなどが主体となって変更する動きが具体化 した。Oberndorferの先見の明など大いにcreditを与えな くてはいけない。
カルチノイドは,消化管・肺など広い範囲に発生すると ころから,dispersed endocrine cells(広範囲に分布する 内分泌細胞)由来の腫瘍との考えが導入された。この考え
方により,カルチノイドが他の内分泌腫瘍と共通の認識が 生まれてきたものと考えられる。
病理学的には,“カルチノイド” は,病理医が “瞬時に診 断可能な” 特徴ある組織所見を呈する内分泌腫瘍,転移を する可能性がある,部位によっても予後が異なる(たとえ ば回腸カルチノイドは高頻度に転移)などが特徴とされて きているが,本腫瘍群を “内分泌腫瘍” とみなしてきた場 合,カルチノイドという曖昧な呼称よりは内分泌腫瘍とい う特徴のある呼び名にすべく考えられてきた。
2000年,2004年にはWHOで膵内分泌腫瘍を以下のよう に呼称することが提案され大きなステップとなった。
高分化型内分泌腫瘍 Well differentiated endocrine tumor(WDET)
高分化型内分泌癌 Well differentiated endocrine carci- noma(WDEC)
低分化型内分泌癌 Poorly differentiated endocrine car- cinoma(PDEC)
と大別された。この際に,これらペプチドホルモンを産生 する内分泌腫瘍では,分泌顆粒という一部の神経終末 “シ ナプス” との共通構造から “神経内分泌腫瘍” と呼ばれる ようになり一般化してきている。現在では高分化型神経内 分 泌 腫 瘍WDNETと 呼 ば れ る こ と が 多 く, 他 の 群 も WDNEC,PDNECなどと呼ばれている。
別冊請求先:〒108-8329 東京都港区三田1-4-3 国際医療福祉大学三田病院病理診断センター 長村義之 E-mail address:[email protected]
210-214,2012
神経内分泌腫瘍(NET)のWHO分類(2010)と病理診断
国際医療福祉大学三田病院病理診断センター
長村 義之
Neuroendocrine tumor (NET) : WHO classification 2010 and pathological diagnosis
Diagnostic Pathology Center International University of Health and Welfare Mita Hospital Tokyo Robert Yoshiyuki Osamura
現在の神経内分泌腫瘍(NET)の病理組織学的分類と,その問題点につき概説する。
Key words: Neuroendocrine tumor (NET),WHO classification,Pathology 内分泌甲状腺外会誌 29(3):
P-NETの特集
特集2
一方肺ではカルチノイドという用語が引きつづき用いら れており定型的と非定形的に分け使用されているが,悪性 腫瘍は,大細胞型神経内分泌癌Large cell neuroendocrine carcinoma(LCNEC)の名称が定着しており,この呼称が 他の腫瘍にも応用されてきている,例:子宮頸部LCNEC など。
カルチノイドに端を発した議論は,膵臓と消化器の神経 内分泌腫瘍に形態学的および生物学的な特徴を共有すると ころから,膵・消化管神経内分泌腫瘍Gastro-entero-pan- creatic neuroendocrine tumor(GEPNET)と呼ばれて解 析が大いに進んできた。これにはヨーロッパ神経内分泌腫 瘍学会ENETSでの議論が先導することとなった。
先ずNETSのGradingとして提唱されたのが
このGradingは腫瘍の予後と明らかな相関を示した。そ こでNET,NECの分類はこのGradingが基盤となった。一 方米国では,核分裂像のカウントが診断病理では定着して おり,両者を併せる形で,WHO2010が公表され現在に至 っている。
WHO 2010について[1]
WHO Classification of the tumors of the Digestive Tractでは,腫瘍群を神経内分泌新生物Neuroendocrine Neoplasm(MEN)として総称し,以下の表のような分類 となっている。基本は,以下のごとくとされている。
図1
WHO 2010の基本は以下のごとくであり,最も汎用され る略語は,NET G1,NETG2,NECである。
図2
NET G1,NETG2 NECは以下の増殖能の判定を基盤に している。
図3
また,膵・消化管に発生する神経内分泌腫瘍では,これ を主体に以下のように更に特徴を表す用語を追加すること が可能である。
膵腫瘍では,以下のごとくであるが,産生するホルモン は予後とも関係するところから付記出来るようになってお り(Gastrinoma,Glucagonomaなど),Carcinoidも用語(特 にCarcinoid症候群を呈する場合)として残存している。
図4
ENETS WHO
Grade 1 <2% <2%
Grade 2 <20% <30%
Grade 3 >20% >30%
消化管でも,同様であり,その特徴ある腫瘍の用語は存 続している。
図5
以下の虫垂での分類には,Goblet cell carcinoid,Tubu- lar carcinoidがむしろ特殊型として含まれている。
図6
利点と課題
基盤をNET G1,NETG2,NECとすることによって,膵・
消化管での神経内分泌腫瘍は予後も視野に入れてかなり整 理されることになった。課題としては,他の臓器,特に肺 においても神経内分泌腫瘍の考え方が適用されてゆくか?
WHO2010で存続したCarcinoidの名称の意義,使い方,な どが残されている。
今回のWHO 分類では,増殖能を非常に重視している。
組織像が典型的な高分化型神経内分泌腫瘍を示し,Ki-67 指数が20%を超える場合,NET “G3” とういう表現が適切 だと考えられるが,今後広くコンセンサスを得て行く必要 があろう。こういったケースの場合,増殖能が高く臨床的 に も 非 常 に 予 後 不 良 と 考 え ら れ る。Small cell NEC,
Large cell NECとの整合性はないが,NECに準じると考 えた治療方の可能性を含めて検討することが重要と考えら れている。
取り扱い規約とWHO2010
癌取扱い規約上では “内分泌腫瘍(膵)” “カルチノイド 腫瘍(胃や大腸)” として記載されている。
本邦の膵癌取扱い規約では,NET は内分泌腫瘍に相当 し,膵・消化管ホルモン産生腫瘍と定義されている(表)。 取り扱い規約では膵内分泌腫瘍は,2000 年の旧WHO分 類 に 従 い, 高 分 化内分泌腫瘍(well-differentiated endo- crine tumor:WDET),高分化内分泌癌(well-differentiated endocrine carcinoma:WDEC),低分化内分泌癌(poorly- differentiated endocrine carcinoma:PDEC)に分類され ている。胃では,WHO分類のWDETとWDECがカルチノ イド腫瘍とされ,PDECが内分泌細胞癌とされている。ま た,大腸では,WHO分類との対応に関する記載はなく,
カルチノイドは「消化管線管内の増殖帯にある未熟内分泌 系細胞を母細胞として発生する腫瘍で,悪性度の低い腫瘍 である。」と定義され,一方,内分泌細胞癌は悪性上皮性 腫瘍に分類されている。当面は,癌取扱い規約における分 類名とWHO2010 における分類名を併記することが望まし いと考えられる。
TMN分類
腫瘍の形態学的診断と併せて,病変の進み具合を明確に するために,TMN分類を記載することが望ましい。現在 TMN分類には,ENETsとAJCCのと種類あり,どちらの TMNかを明記する必要がある。
神経内分泌腫瘍(NET,NEC)の治療
原 発 腫 瘍 は 外 科 的 摘 出 が 第 一 で あ る が, し ば し ば NET・NECは早期より肝臓,リンパ節に転移することが 知られている。また,従来より化学療法が施行されてきて いるが,近年分子標的治療の一環として,ソマトスタチン アナローグ(SA),mTOR 阻害剤,チロシンキナーゼ阻 害剤(TKI)などが使用されてきている。中でも,SAに 対しては,腫瘍細胞の細胞膜上のソマトスタチン受容体 SSTR2aの発現のある腫瘍細胞に対してその薬剤効果が期
表. 腫瘍のサイズによるT分類
待できると言われている。
ソマトスタチンレセプターSSTR
SSTRには,5種類のアイソフォームが存在し,現在使 用されているSAであるオクトレオチドはSSTR2aと親和性 が強い。SSTRは下図[シェーマと下垂体腺腫での細胞膜 染色像]のように細胞膜を7回貫通する蛋白で細胞外ドメ インにSAの結合部位があり,細胞内ドメインはホルモン 分泌および増殖を抑制するシグナルに連携する仕組みにな っている。
SSTR2aは,免疫組織化学的に検出が可能であり,細胞 膜に染色される場合に陽性と判定する。Volanteの基準に より細胞膜に染色されるスコア2(細胞膜の一部),スコ ア3[細胞膜全周性]が陽性と判定されている。
これまでの,我々の経験ではNET/NEC全般の約60%が SSTR2a スコア2,3の陽性であり,25例のSSTR2a陽性の 膵・消化管神経内分泌腫瘍GEPNETの肝転移腫瘍では,
約70%にSDも含めてSAの薬効が確認された[3]。
図8
膵神経内分泌腫瘍の肝転移(A)腫瘍細胞の細胞膜に SSTRaが強く染色されている。[2]
mTOR阻害剤
mammalian target of rapamysin(mTOR)はリン酸化 され活性化されると他のシグナルを賦活化し,細胞増殖な ど 腫 瘍 細 胞 の 増 殖 を 促 す こ と が 知 ら れ て い る。 こ の mTORを阻害するEvelorimusが今年より膵神経内分泌腫 瘍に認可になり保険収載されている。特に転移性PNETな どでの薬効が期待されている。[4]
まとめ 神経内分泌腫瘍の病理診断 必要事項
上に述べてきたように,本腫瘍群として診断名はOder- dorferにクレジットを与えつつも,整理に約100年かかっ たことになる。このWHO2010を基本にしつつ病理診断に は以下の諸点に留意して記載することが望ましい。
(矢印)
図7
Acknowledgment :
使用した表の一部は,“長村義之 監修 神経内分泌腫 瘍(Neuroendocrine tumor : NET)2010年WHO分類によ る病理組織学的分類・病理診断” より転用した。
【文 献】
1. Bosman FT, Cameiro F, Hruban RH, et al. : WHO Classifi- cation of Tumours of the Digestive System 2010
2. Volante M, et al. : Somatostatin receptor type 2A immuno- histochemistry in neuroendocrine tumors: a proposal of scoring system correlated with somatostatin receptor scintigraphy. Mod Pathol 20 : 1172-1182, 2007
3. Osamura RY et al. : Immunohistochmical Detection of SS- TR2a in Gastro−Entero−Pancreatic Neuroendocrine Tu- mors (GEPNET) and Response to Somatostatin Analogue (SA). Mod Patholl (Abstract). USCAP, San Antonio, 2011 4. Osamura RY et al. : Immunohistochemical Detection of
Somatostatin Receptor 2a (SSTR2a) and mTOR in the Cases of Neuroendocrine Tumors (NETs) for Appropri- ate Biotherapy; Experience of a Large Series of Referred Cases. Mod Pathol (abstract). USCAP, Vancouver, 2012