問題解決学習と役割体験 : 家庭科の授業実践の分 析を通して
著者 青木 幸子
雑誌名 東京家政大学研究紀要 1 人文社会科学
巻 47
ページ 1‑11
発行年 2007
出版者 東京家政大学
URL http://id.nii.ac.jp/1653/00009211/
問題解決学習と役割体験 一家庭科の授業実践の分析を通して一
青木幸子
(平成18年10月5日受理)
AProblem−Solving Study with Role Experiences 一Through Analyzing the Class Work of Home Economics一
AoKI, Sachiko
(Received on October 5,2006)
キーワード:家庭科,授業実践,役割体験,問題解決学習,指導方法
Key words:home economics, class work, role experiences, problem solving study, teaching method
はじめに
「家庭建設という生活経験」を,教科課程に不可欠の ものとして位置づけ,男女が共にその責任を担い「家庭 生活の重要さを認識する」ために新設されたのが家庭科 である.学習内容は単元で構成され,具体的な指導方法 として,問題の発見,調査,話し合い(討論),観察,
記録,実習,示範,説明・講義の各方法が「代表的なも
の」として説明された.1)以来,家庭科は,同じく新設された社会科とともに問 題解決学習を教科指導の方法論として採用してきた.実 践的・体験的学習を特徴とする学び方は,家庭科の独自 性の一っとして認識されている.
既報2)のとおり,学ぶことの意味と楽しさを実感させ るたあに,家庭科をはじめ学校教育における各教科は,
学習者の授業への主体的な参加と,体験的・実践的な指 導方法による学習展開を工夫している.
そこで,本稿では,問題解決学習による授業実践例を 取り上げ,学びにおける役割体験の意義について検討す
る.
1 問題解決学習と学習者の位置
(1)学習活動における位置
今日,問題解決学習は,学習内容を習得するための授
教職教養科 家庭科教育研究室
業過程の一つの型として定式化している.問題解決の学 習プロセスは,一般に①問題的場面の認識②解決すべ
き問題の形成,③仮説の形成,④仮説の検証,⑤問題の 3)
解消,の段階を踏む.
つまり,問題解決学習は,学習者が日常生活のなかで 問題性を感知し,不適応を感じることから始まる活動で ある.それは,問題性を発見していく感受性・視野・想 像性,問題との複雑な関係性を追究していく分析・比較・
判断力,残された問題を確認する整理・洞察力などの総 合的な能力を育む学習活動である.学習者自身の興味・
関心などの知的好奇心や生活経験から学習課題を見っけ,
内発的動機に導かれながら学習を進めていくことを特徴 としている.
しかし,学習者が皆一一一eeに問題を見っけ出すことがで
きるわけではない.教師の効果的な指導によって問題を 見っけ出す場合もある.さらに,そうした手立てを経て もなお,問題への気づきが成立しない場合もある.その ような場合,教師から課題が提示され,その解決に向け
て取り組むことになる.前者のケースのように,自分で問題を形成し,自分で 解決する自立・自学自決の問題解決学習,後者のケース のように,他者から提示された課題を個人や仲間と協力 して解決していく他支自決・他支共決の問題解決的学習 との違いは,問題の形成が個人の力でできるかできない かにある.
今日,知識・理解よりも関心・意欲・態度が重視される
「新学力観」が強調されるのも,実はこの考える力が弱 いことへの政策転換でもある.授業づくりにおける学習 者の参加は,学習意欲の開発とその継続性,そして学習 活動に対する達成感や喜びの体得など,学ぶ意味を実感
させるための重要な戦略である.
学習活動において学習者がどこに位置するかは,この 学習の達成感や学ぶ意味を実感する上において重要な影 響力を持っと考えられる.
(2)学習内容における位置
問題場面が認識できるかできないかは,日常生活場面 をどのように眺め・理解しているかによる.先述したと おり,問題の発見には感受性や視野の広さ,想像性など さまざまな能力が関わる.問題発見の場面においては,
感覚的・経験的・活動的に獲得された知識や能力などの 生活知が,学校知の獲得に到る興味・関心や意欲などに 大きな影響を与えている.4)生活の中での直接経験や体 験が重視されるゆえんである.
家庭科は家庭生活を対象とする教科であり,学習者に とっては取り扱われる題材にもリアリティがあるはずで ある.しかし,実際には,題材と学習者に距離感があり,
それを縮めることで学習者が実感を伴った分かり方がで
きることを確認した.5)(3)学習空間における位置
選定された題材についての学習空間は,教室であるこ とが圧倒的に多い.しかし,「総合的な学習の時間」の 導入以降,学習の場を家庭,地域や目的に適った施設・
機関に広める傾向が見られ,同時に授業者も教師以外に 拡大され,地域や他機関の人材活用が活発に行われてい
る.
問題解決に向けて最適な学習空間を求あることは,学 習効果の点からも望ましい.しかし,そこには当然,一 定の限界があり,また倫理上の問題も付きまとう.
先述したとおり,問題解決学習と問題解決的学習とは
「問題場面の認識」と「問題の形成」の段階に違いがみ られるが,今日,問題の把握一問題の究明一問題の解決 という問題解決の段階が授業プロセスに取り込まれてい ること,さらに学習者の授業づくりへの参加によって育 まれる能力に鑑み,本稿では問題解決的学習も含めた学 習活動における実践や体験を対象とする。
2 家庭科と実践的・体験的学習
「衣食住などの関する実践的・体験的な活動を通して,
家庭生活への関心を高めるとともに日常生活に必要な基 礎的な知識と技能を身に付け,家族の一員として生活を 工夫しようとする実践的な態度を育てる」(平成10年告 示 小学校家庭科の目標)
「実践的・体験的な学習活動を通して,生活の自立に必 要な衣食住に関する基礎的な知識と技術を習得するとと
もに,家庭の機能にっいて理解を深め,課題をもって生 活をよりよくしようとする能力と態度を育てる」(平成 10年告示 中学校技術・家庭科 家庭分野の目標)
「人間の健全な発達と生活の営みを総合的にとらえ,
家族・家庭の意義,家族・家庭と社会とのかかわりにっい て理解させるとともに,・生活に必要な知識と技術を習得 させ,男女が協力して家庭や地域の生活を創造する能力 と実践的な態度を育てる」(平成11年告示 高等学校家
庭科の目標)小・中・高等学校の家庭科の目標に見られるように,義 務教育においては,「実践的」「体験的」はセットで用い られており,また小学校から高等学校まで目標は「…実 践的な態度を育てる」ことで共通している.(中学校の 表記は「課題をもって生活をよりよくしようとする」
「態度を育てる」であるが,解説書では「実践的態度」
を育成することであると説明されている。)
鶴田は,家庭科における「実践」と「体験」について その違いを次のようにまとあている.6)小学校学習指導 要領平成元年(1989)の家庭科の目標は,「衣食住などの 実践的な活動を通して,日常生活に必要な基礎的な知識
と技能を習得させ,…実践的な態度を育てる」とあり,
「実践(的)」は,モノと関わる「体馬剣に近い概念で用 いられている.体験的な活動は,手と頭と五感を使う活 動であり,確かな手応えと実感を伴った学びができ,そ
の教育的意義は大きい.「実践」とは「書物を読み,人から聞き,自分で考え たところの主義・主張や思想を,自分で行動に移すこと」
という国語辞典の意味を踏まえながら,「実践的な学習 とは,実際生活の中で,自分の考えに基づいて,行動し ながら学ぶこと」と解釈している.
「実践」は表面にあらわれた「行動」では「体験」と 交差しているが,「体験」は認識の方法であり,「実践」
は認識の方法でありかっ教育の目標でもある.「実践」
は「体験」より広く,深い概念であり,「実践」を「体 験」に綾小化したり,「実用」で終止する学習活動を戒 あている.
また,「態度は,具体的な学習内容に主体的に到達す ること=能力」を通して育成されるものであり,心情・
情意目標は到達目標の上位に位置つく.したがって,実 践的態度の育成についても,「態度」は「認識」との相 互関係及び結果として育成されるものであり,「関心・意 欲・態度」という順番はなじまない,実践的態度の育成 は,「実践的能力」の育成を通してあざされることにな
る,と説明している.3 役割体験による学習の分類 (1)自己組織的な授業
井門正美は,自己組織的システム論を拠りどころとし た役割体験による問題解決学習について論じている.井 門は,「自己組織性とは,システムが環境との相互作用を 営みっっ,自らの手で自らの構造をっくりかえていく性 質を総称する概念」であり,「理論的には外(環境)から の影響がなくても,みずからを変化させうることが前提 になっている」という今田高俊の論を引用しながら,こ
の考え方を学校教育に援用し,次のように述べている.7)「学校組織では,管理者や中枢部にではなく,その構 成員である教師(管理者も含めた)や生徒個々人の存在 や活動に意義を与えることであり,ゆらぎに相当する異 議や反抗などにも自己強化現象として積極的な意義づけ がなされていく.学校組織自体が,内生的メカニズムに より自らを再生できるということである.
この自己組織性を授業に導入すると,教師と学習者個々 の主体が尊重される.また,教育内容(科学的知識とか,
倫理,道徳など)に対して,教師のみならず,学習者が 問いを発したり,疑問を呈したり,異議の申立てをした
りするなどの「自己言及」や「自省」が重視される.ま た,教師・学習者間,学習者・学習者間の相互作用も重 視される.科学的知識は尊重されるべきものだが,それ
自体,常に覆され新しい科学的知識にとって代わられる 存在であることが意識される.
それゆえ,自己組織的な授業は知識伝達型や知識注入 型を超越して,知識を獲得するプロセスが大切にされた り,知識の探求が大切にされたり,提案や討論,意思決
定などが大切にされる。」っまり,自己組織的な授業は,学習者の内面から発せ
られた欲求や要求,疑問に基づいて学習が展開され,こ の自己内対話を深めることで自分の存在を確認するとと もに,さらに学習対象を広げ,他者との認識の交流を深 あていく自己教育力を練磨・強化する考え方であること が理解できる.学びが自分を変え,社会の見方を変え,
他者と協同することの意味や価値を確認し,学ぶことの 意味が実感される学習活動がつくりだされるとするもの である.
21世紀の教育のキーワードである「生きる力」は,
主体的・創造的に考え,行動できる資質・能力の育成をね らったものであり,判断主体・行動主体としての個人の 能力もこのような学びの中から育成されていくものであ
ると考えられる.
(2)役割体験の意味
家庭科は,生活の中に潜む問題をとらえ,それを解決 するために必要な科学的認識と実践的能力を育成する.
そして,学校で習得した知識・技能を現実の生活に生か し,実際に生活を改善向上していくことをねらいとして
いる.
この現実の生活への適用は,学習者に現実世界と向き 合う機会を提供し,習得した知識・技能をフル動員して 自己内対話を活発化し,家族や仲間との協同による問題 解決の行動化を進める.っまり,実践的態度の育成に効 果的な活動となるのである.
主として実践的態度の育成を重視する学びとしてプロ ジェクト法があり,家庭科でもホームプロジェクトや学 校家庭クラブ活動として展開されている.しかし,学校 で習得した知識や技能が家庭生活で生かされることは少
ないのが実情である.8)問題を問題として認識できても,それが実践に繋がりにくいのである.
井門は,問題の認識と実践をっなぐものとして役割に
注目した.「新社会学事典』(有斐閣,1993)によれば,役割は「社会の構造的次元と個人の意識や行動の次元と を媒介する概念として重視されてきた」.この役割を教 育において活用し,社会認識と社会的実践とを媒介する 概念とし,教師が理解させたい事柄と学習者の主体性や
自発性とを媒介できる概念ととらえ,役割体験の4類型
を提案している.9)
表1 役割体験の四類型
「場」現実 「場」仮想
「主体」現実 第一類型 第二類型
「主体」仮想 第三類型 第四類型
表1は,「役割を担う主体」と「演技の場」という主 体と環境の二っの項目を設定し,これに現実の次元と仮 想の次元という二っの次元をクロスさせたマトリクスで ある.四っの類型の特色にっいて,概ね次のようにまと
めることができる.①第一類型(「主体」現実・「場」現実型)
この類型は,主体をある現実社会に存在する別な場 に移動させることにより,主体と場との関係性や相互 作用(主体の役割関係)を変化させるものである.教 育実習などにおける役割体験がこの類型に当たる.こ の類型では,現実社会の場のルールのもとで役割体験
が行われる.②第二類型(「主体」現実・「場」仮想型)
この類型は,仮想的な場や状況を作り出すことによっ て,主体と場との関係性や相互作用(主体の役割関係)
を変化させるものである.これには,フライトシミュ レータ,医療シミュレータ,防災訓練などで行われる 役割体験が該当する.仮想的な場のルールに基づいて
行われる.③第三類型(「主体」仮想・「場」現実型)
この類型は,主体を身体的・運動機能的側面などに おいて現実の自己とは異なる何等かの別な主体にシミュ レートして,その主体の視点を保有しながら活動する 形態である.この類型をコントロールするルールは,
例えば,車椅子での体験のように,健常者は障害者の 身体的,運動機能的に自己を制御するというものであ
る.
④第四類型(「主体」仮想・「場」仮想型)
この類型は,仮想的な主体(特定個人,不特定個人,
特定集団の成員,不特定集団の成員など)と仮想的な 場(教室,舞台,庭,砂場など)との関係性や相互作 用(主体の役割関係)を作り出すものである.劇化,
ごっこ学習,心理劇や社会劇などシミュレーションに おける役割体験の多くがこの類型である.役割体験の 状況設定のルールも,主体の担う役割や人物に対応し て自在に設定される.
4 役割体験からみた授業実践例の選定基準
家庭科の授業には,実にさまざまな体験を伴う活動が 仕組まれている.観察・調査・研究・討論・ディベイト・
ロールプレイング・インタビューなど学習者の主体的な 活動を積極的に採用した学習が奨励されている.高等学
校学習指導要領では,実験・実習はもとより調査・研究,観察・見学,就業体験,乳幼児や高齢者との触れ合いや 交流活動などの学習活動を実験・実習という言葉で一括 表記し,総授業時数の原則として10分の5以上をそう した活動に充てるとしている.10)実践的・体験的活動に よる学びが実感を伴った理解を促し,学習内容への認識 を深あ,実践的能力を育成することを企図している.
問題解決学習は,「自分で問題を見っける」ことが学 習成立の一っの大きなファクターである.授業づくりに 学習者が参加することは,その問題意識に留意し,それ を授業計画に位置づけることである.
もちろん授業計画は,予め教師によって周到に練られ,
準備されている.授業づくりへの参加といっても,その 参加の仕方はさまざまである.しかし,学習者の発言・
発案によって教師の授業計画が見直され,彼らの要求が 反映されたプログラムに取り組むことは,学習者の意欲 や自己内対話を活発にし,視野を広げ,物事の繋がりを 発見し,学ぶことの意味を考えさせる手立ての一っとな る.題材と切り口により学習者の授業への参加の仕方も 異なる.しかし,教師が学習者に対してそうした願いと 意図を持って授業を組み立てているかどうかは,学ぶこ との意味を実感する上において大きな差となって返って くるであろう.
第一の基準は,学習者がみずから問題を見っける実践 であることである.見っけられない場合,学習者の気づ きを促す実践であることが大切である.
第二の基準は,学習対象への認識の広がり,っまり自 己内対話,他者との認識の交流,社会的・文化的実践へ の参加という広がりを持っ実践例であることである.
本稿では,家庭科の授業展開において最も多く採用さ れていると考えられる第二類型の実践例を取り上げ,分 析する.
5. 第二類型の実践:高等学校
第二類型の実践例として,まず吉田和子の「新しい家
族文化を求めて一異質共存世界からの学習一」を取り上
11)この授業は,商業高校における「法規」の授
げる.業で行われた家族の学習である.
1980年代半ば,父子・母子家庭の生徒が2割を超え,
家族が変容してきていることを教師が実感し,家族関係 の揺れが生徒の思春期の揺れと親の思秋期の揺れが重なっ ていることに気づいたところから授業づくりが始まった.
「自分探し」と「家族探し」をリンクさせた本実践教材 が開発された.「家族を切り口にして現代という時代と 生活に批判的に介入していけるちからを育てたい」と願
い,「一人ひとりが自前の解答を自前の言葉で創り出し
ていく授業を」組み立てた.12)1993年4月,新たな実践の幕開けである.題材構成と 授業内容の要旨は,表2のとおりである.
表2 「家族法」(4月〜10月上旬)の授業の流れ
〈導入〉
*NHKのディベイト番組『男らしさ・女らしさ』視聴
*ディベイト「女に生まれて得したか,損したか」
「女って得.妻子養うなんて考えなくていいもん.これは絶対お得よ」「女って自分の夢実現に全力投球させても らえなくて損よ!」
*米映画『チャンプ』VTR鑑賞
デザイナーという自分の夢を実現するため夫の許に子どもを置いて離婚.夢を実現し,経済力豊かな男性と再婚 後,子どもを引き取りに来る
*この女性の生き方をめぐり討論(肯定か,疑問か)
「子育てを前の夫に押しつけておいて,…子どもを引き取りに来るのって勝手すぎる.…親子の情愛ってお金じゃ ないのよ」「自分の夢のたあに子育て放棄した女なんて,母親になる資格はない」「子どもと親は別々の人格で,
お互い自分の人生を自分で選んで生きていく権利がある.…子どもに自分の人生振り回されなくてもいいじゃん」
〈生身の大人の生活事実の共有〉
*夫婦別姓(「私は私以外の何者でもない」「結婚してる実感・一体感・家族の輪を私は名前では感じない.具体的な 生活の事実を共に創り出しあい共有しあうなかで,お互いを発見することで感じることが多い」)
*調べ学習(同姓と別姓の法律的な違い)
*事実婚(二度の事実婚,「自分を大切にするがゆえに,相手も大切にしたい.自分らしく人間らしく生きたいと
ずっと考えてきた」)*調べ学習(嫡出子と非嫡出子の法律的な違い)
*確信犯シングル(19歳からの自分の夢の実現に向けて努力を続ける結果としての選択)
【生徒からの提案】 (同性婚・未婚の母の招聰,リーダーによる知的ディベイトのための授業計画案の作成;自分 たちのディベイトを先に聞いてもらい,その後話を聞き,質問するという展開)
*同性愛・同性婚(支持派と不支持派のディベイト,憲法13条,スウェーデンの例,憲法24条,人類の生命維持 など「とても興味深く,レベルの高い議論を聞かせてもらって感激している」とのゲスト評)
*未婚の母(未婚の母はわがままか?の討論親の生き方選択の権利と子どもの人権との関わり)
*卒業論文の作成
【卒論でまとめた生徒からの提案】同性愛者を招いた学習会
(実践記録より筆者作成)
第二類型は,「主体」は現実,「場」は仮想である.し 業以降とでは,その「場」の持っ意味と生徒の学びが変
かし,導入場面と異質な生活事実を共有する出会いの授 化していく.具体的な授業場面・学習活動は次のように
展開した.
生徒は,自身が学習の主体者として参加している.「場」
は教室であり,導入ではVTRを視聴し,女の視点から 見た生活経験に基づく損得発言が飛び出してくる.映画 のストーリーに対する討論では,子育てと自立をめぐり,
生徒の知的関心や生活事実から多様な意見が交換され,
クラスメートの新たな面に対する発見,ジェンダーへの 気づき,親への振り返りなど多くの視点を抱き込みなが
ら自分の主張を吟味していく姿が見られる.その変化が,
指導者には「大きな収穫物=学び」13)となった.
いよいよ生身の大人の生活事実を共有する出会いの授 業が始まった.生徒は,別姓の体験者から「私は私以外 の何者でもない」14)という別姓の理由を聞き,名前と自 分の存在の一体感,自分を大切に思っているという感想 をもった.事実婚の体験者は,母親の生き方への疑問か
ら20年以上の自分史と心の揺れを包み隠さず語った後,
「自分を大切にするがゆえに,相手も大切にしたい.自 分らしく人間らしく生きたいとずっと考えてきたと結ん だ」15)言葉は,生徒の偏見や先入観を揺るがしたことを 指導者は察知した.生徒は「自分とまったく立場を異に する人間の生活現実を自分のなかに取り込むこと」がで き,「異なる人間の立場にたってものごとを考えてみる」
ことができ始めていた.16)確信犯シングルの体験者に対 しては,圧倒的多数の生徒がその生き方に魅せられた.
夫婦別姓・事実婚,シングルとの出会いによって,生 徒は今までの生活経験から育んできた生活文化との衝突
と葛藤を体験することになる.
そして,この葛藤が自分自身への問いを生み出し,自 己内対話を紡いでいく更なる契機が生徒からの提案であっ た.体験談から課題を導き出して調べ学習を進あるなか で,考え方に変化が表れ,異質なものに対する偏見の眼 差しが,現実のルールを疑う眼差しへと変化し,多様な 生き方と共生・共存していこうとする姿勢が学習要求と なって現れた.その変化は,「うんと知的なディベイト をやりたい」17)という意欲をかきたて,自前の授業計画 案を準備するまでになった.生徒が授業を作っているの である.同性愛者を前に行われたディベイトでは,憲法 の解釈論,外国の法律,産む・生まない自由,人類の存 続,エイズ等多方面に及び,生徒は複眼的な思考力を身 につけていった.話す側(大人)も聞く側(生徒)も「レ ベルの高い議論を聞かせてもらって感激している」「一 冊の教科書を学ぶより,それ以上に得るものがあった」
と感じられた授業であった.18)
非嫡出子の差別に気づいた生徒たちから「未婚の母」
の話を聞きたいという要求が出された.「男に捨てられ たんですか…」「結婚はしたくない,子どもは欲しい,
なんてワガママ.親のワガママで生まれてくる子どもは
可哀相」「なぜ,認知してもらわないんですか」.19)遠慮会釈ない言葉が矢継ぎ早に繰り出され,討論は二度目を 迎えた.
反対のリーダー的存在の生徒は次のように発言してい る.「私はこの授業で,いろいろな人と会って話を聞き,
自分の先入観・偏見に気づいて,納得させられたり,共 感したりして考えも変わってきたけど,今回は納得でき ない.親の勝手で子どもを生み,子どもは私生児という レッテルを貼られて生きる.○○さんは私が もし自分 の子どもが,未婚の母になるといったらどうしますか と質問したとき, 自分のことだから自分で決めなさい と答えてくれたけど,私はあの意見は単なる未婚の母で ある○○さんの強がりにしか思えない.私生児に対する 差別偏見はよくないけど,現に差別・偏見が社会に存在 している.親の権利も守られるべきだけど,社会的に無 力な子どもの人権はもっと守られるべきだと私は思う.
だから,私生児を産むのは反対です」.20)
親の生き方を選択する権利と子どもの人権をどう止揚 していくのか.むずかしい問題をはらんでいる.
「未婚の母って, 本人の自由 だと思っていたので,
みんなの意見を聞いて,本人の自由だけで済まされない 子どものことがあることがよくわかった.たしかに批判
的な人がいうように, 勝手でワガママ かもしれない.でも子どもを産むだけ産んで,あとは知らんぷりという うちの親より,○○さんの子育てのほうが立派だと思う.
(中略)私は未婚の母になってもいいぐらいの気持ちが あったけど,なりたくてもなれないということを二人に 出会って実感しました」.21)未婚の母として生きられな
い自分を発見した生徒.自身が未婚の母に育てられた生徒は「私の支持しない という考えは,憲法14条を読むかぎり,憲法違反して いると頭ではわかっていたのです.みんなの話を聞きな がら,私は未婚の母の子どもに対して呵哀相 と思った ことじたいが差別=偏見であるということに気づきまし た(中略)私の母に対する考え方が,また少し変わるか
22)もしれません・・」.この生徒にとっては,母との自己内対話,母親発見の
旅がこれからも続く学びであった.
この高校では卒業論文を作成する.ある生徒は,未婚 の母の事実認識から認知制度を課題に選び,再度の聞き 取り調査や文献研究により理解を深め,国際比較を試み た.仲間や教師と疑問を語り,弁護士へのインタビュー などを通してまとめあげた.そして,「未婚の母を社会 病理として捉え,社会的規制力を働かせていることのお かしさを発見した⊥23)これがこの生徒の「自分の物さ
し」となった.
他にも,同性愛者に対する物さしづくり,夫婦別姓に 対する物さしづくりが,卒業論文というスタイルをとり
ながら鮮明に,確実に進められていく.同時に,課題を 一っの切り口として事実と向き合い,自分の生活や内面 世界と交わした対話は,自分探しの旅に引き継がれたり,
新たな学びへと繋げていく.
「少数・異文化の生活事実を共有しながら,生徒たちに 見えてきた世界は,自分らしく人間らしく自己定義しな がら,人格的自律権(自分の人生を自分でデザインする 権利)を行使しようとする大人たちの模索の姿であった.
その大人の試行錯誤の生き方を自分の中にとりいれてい くことで,時代と生活に参加しっっ批判的に加入するこ
とができ,『自分探し』『家族探し』『大人探し」にリンクした多様さ発見と異質共存・多様な文化との共存の新しい 物さしづくりができたように私には思える」24)と指導者 は結んでいる.そして,学校での学びの成立は「未完の
対話」づくりではないかとも思った,と語っている.25)第二類型の「場」は仮想であるが,本実践例では教室 という仮想空間に現実世界の出来事が再現されている.
少数派として現実世界を生きている大人たち,世間の 常識に敢えて逆らい・抗いながら偏見という視線と対峙
しながら生活している大人たちが教室にいる.「場」は 教室という仮想空間でも,そこに登場する人間は,紛れ
もなく現実世界を生きている存在であり,生徒はそこで 現実世界のシステムやルール,常識と否が応でも向き合 わなければならない状況が作り出されている.目の前の 大人たちに立ちはだかる問題が,生徒自身の前に立ちは だかっているのである.それを問題として引き受けるこ となしに,問題の解決はない.
仮想の場という設定にもかかわらず,生徒はリアルな 問題と向き合い,葛藤し,認識を深めていく.だからこ そ,学びの場を外に求め,現実世界の事実を客観的に見
っめ直そうとする.事実を自分や家族,そして日本と世 界の家族や男女のあり方をも相対化してみようとする.
一っの疑問は,自前の物差しを作り上げるために生徒を 客観的・科学的な認識へと誘い,未知のエリアに果敢に
学習を進あていく.そのきっかけが学外から招かれたゲストである.生徒 の質問内容にも偏見が満ち溢れている.ゲストは現実世 界でより酷い状況を体験しており,信念を貫いている度 量の大きさが感じられる.質問にはストレートなよさも あるであろうが,予めディベイトをして問題点を整理し ておくことも倫理上の課題として残されるかも知れない.
本授業実践に見る授業への生徒の参加は,彼らの家庭 を通して見えた家族の変容を教師が実感し,彼らの苦悩 と向き合い,応援し,伴走する中から模索された問題解 決の取組みの結果であった.教師と生徒の密度の濃いコ
ミュニケーションから生まれたものである.
6.第二類型の実践:中学校
中学校の実践例として,森陽子の「肉を食べる一ソー 26)
セージ」を取り上げる.この実践は,中学校家庭科にっいて,独自の教科理論 とそれに基づく展開例として示されたものである.27)独 自の理論とは,中学校の技術科と家庭科を二っの教科と
して分離して構想する.構想の基本的視点は,次の3点 である.①家庭科は性別・進路に関わりなく,すべての 男女生徒がともに学ぶ基礎教養の教科とし,1司一の教育 課程とする.②男女を問わず,「ひとりでも生きられる」
身辺処理能力=生活力と,生活文化の基礎を継承した主 体的な生活者を育てる.③男女,高齢者,障害者,地域 や世界の人々など互いの主体性を認めながら,共に生き,
かっ対等な関係づくりができる教科とする.
このような構想に基づいて立案された学習要素試案は 表3のとおりである.学習要素案とは聞きなれない言葉 であるが,それは,具体的な教材を地域の子どもの生活 実態に応じて取捨選択することを前提に,「不可欠な学 習要素のみを抽出した」28)結果によるものである.ま た,表中の数字は学習の順序を示すものではない.
表3 中学校家庭科・学習要素試案 1.ひとりの生活者として生きる
(1)生活的自立に必要な身辺処理として考えられ
ること
(2)生活必需品と生活費を調べる
(3)働くこと(経済的自立と職業労働)を考える
(4)生活者からみた生活過程の問題を調べる (5)衣食住の最小限必要な内容を調べる 2.生活文化の基礎を継承し,生活力を育てる
(1)食べる
◇地域の食生活の実態と問題点を調べる
◇食べ物をっくる(原材料を見極める.調理と加 工の原点がわかる)
◇食品を食べる
◇食品の生産・流通・消費・廃棄を調べる
(2)着る
(3)住まう
3.生活者として共に生きる・共に暮らす
(1)いろいろな生活共同体を調べる
(2)共に暮らすときのルールを考える
(3)人間の誕生から死までを考える
(4)近隣の人びとの暮らし方を考える
(村田・福原編著,中学校家庭科の授業,pp.33−35より筆者作成)
このような内容をもっ試案の一っの授業実践例として 本実践を取り上げる.「◇食べ物をっくる」に含まれる
指導項目は,「野菜,穀類,魚・肉・牛乳,砂糖・塩,地域の素材を生かした調理」であり,「組み合わせや調理上 の性質がわかる」ことがねらいである.実践例は,その 中の「肉」の授業である.授業の流れは表4のとおりで
ある.
表4「肉を食べる一ソーセージ」の授業の流れ
〈ドイツのソーセージ作り〉
*VTR『一滴の血も生かす』視聴
ドイッの食生活,豚の解体,肉に対する思いなどにっいて理解する くソーセージ作り〉
*ソーセージ作りを実習する
①ひき肉,塩,玉葱ニンニクをすり鉢でする
②牛乳,片栗粉,香辛料を加えてさらに混ぜる
③細長い形にして,アルミホイルで巻く
④オーブンで焼く
<市販品との比較〉
*市販のソーセージと比較する ・市販ソーセージの原材料
畜肉(豚肉・マトン),鶏肉,家兎肉,魚肉(かじき),結着材料(でんぷん・粗ゼラチン・植物性たんぱ く),ブドウ糖,食塩,ビーフエキス,香辛料,調味料(アミノ酸),りん酸保存料,PH調整剤,くん 液・酸化防止剤,発色剤,着色料
・手作り品は豚肉と数種類の材料だが,市販品は豚肉と結着剤の他に,保存料,りん酸塩,PH調整剤,酸化防 止剤,発色剤等の多くの食品添加物が使われている
・市販品のほうが,色・弾力性・味ともよいと感じる生徒が多い ・市販品は,売るたあ・もうけるために作られている
く食品添加物〉
*VTR『添加物表示の見方・選び方」を見て,食品添加物にっいて理解する
*食品添加物の少ないソーセージ(生協の品)が生活者の要望によって作られたことを紹介する ・COOP無塩漬ウインナソーセージの原材料
豚肉,豚脂肪,結着剤料(でんぷん,卵たんぱく),食塩,砂糖,香辛料,調味料(アミノ酸)
(村田・福原編著,中学校家庭科の授業,pp.123−124より)
中学校学習指導要領には,家庭分野の目標として,実 践的・体験的な学習活動を通して,生活の自立をめざし,
家庭生活をよりよく豊かに創造しようとする能力と態度
を育てるとしている.「一人でも生きられる」生活力の育成をあざした本授 業実践は,食べ物の原材料から調理・加工の原点を体験 できるような実習を取り入れ,外国の食生活観の違いを VTRから実感させるよう工夫されている.
この実践には,先の吉田実践のように生徒の具体的な 言葉は文章化されていない.したがって,この授業計画
と資料から判断する.
まず,VTR視聴によりドイッ人の食生活観と宗教,
一頭の豚から製品化される加工品の量などを通して,
「いのちをいただく」心を見っめさせる.特に,我が国 においては飽食の時代といわれる近年,供給熱量と摂取 熱量の差は大きくなる一方であり,廃棄される食材が多 いことを裏づけている.29)幻想の「場」であるドイツ人 の食材への思いをわが身に置き換えて振り返らせ,生活 を見っめなおす契機とする.
そのような生活環境の中で,ドイッの代表的な料理で あり,日本の食卓に頻繁に供せられるソーセージを手作 りする実習を組み入れる.材料と手法の理解に偏りがち な調理実習において,生徒は,幻想空間で繰り広げられ たドイッのソーセージ作りを一挙に身近に感じ,VTR の内容を反鋼する機会をもつ.この調理実習は,自分の 生命を守るために他の命をいただいていることに思いを
致す体験となる.しかも,市販品と比較することで,材料の違いを実感 し,食品添加物の多さに驚くものの,市販品の味に舌鼓 を打つ,添加物の利用目的と安全性,慣らされてしまっ た味覚の画一化に気づく生徒はどれくらいいるだろうか.
加工食品は,日本の食生活を画期的に変化させ,利便 性を向上させたが,それは健康を担保するにはあまりに
も危うい安全性と表裏の関係にある.
家庭科の実験・実習においては,肉以外にも穀類や魚 類などさまざまな食品にっいて市販品と手作り品の比較 が行われ,手作り品に軍配が上がることが多い.しかし,
いつも手作りができるとは限らない.そうした生徒や家 庭の事情に応じた食品選択の意思決定を明確な理由に基 づいてできるようにすることが生活の自立に繋がると考
える.
添加物の学習には大まかに二通りのまとめ方がある.
一っは,添加物は有害なものが多いから添加物の少ない ものを選びましょう,と締め括る.品質表示を見て,添 加物の少ない商品を選ぶことは賢明な消費行動である.
しかし,多くは表示を見るだけで内容については黙認し てしまう.これでは真の問題解決にはならない.少ない 添加物に有害なものが多いのも事実だからである.また,
原材料にのみに拘ることはその他の価格や購入に関わる 観点,つまり経済的・時間的要因に目をっぶることにな
り,日常生活の購買行動が制約されることになる.
二っは,添加物のないものを選びましょう,という締 あ括り方である.本題材でも食品選択の選択肢を増やす 試みとして有害な添加物のないハムやソーセージも作ら れていることを紹介し,それが生活者運動の中から出て きたことに注目させている.「消費者は王様」を売り手 に都合のよい言葉として理解されている現状において,
消費者が安全な食品作りの主体者になれることを事実と して理解させることの意義は大きい.
食材の購入における意思決定には,献立や調理法との 関係,保存期間,安全性と健康,調理や購入に要する時 間,値段,資源や環境とのかかわりなどの観点が関わる.
さまざまな観点を了解しながら,健康と食生活の安全に 注視した消費行動が採れる実践力を育成することの重要
性を確認した.ソーセージは腸詰にせず,アルミホイルを使って,家 庭でも容易に実践できるよう工夫されている.時間的・
精神的なゆとりや行事などさまざまな生活条件がマッチ した時にソーセージが試作され,本実習の経験が生活に 生かされ,味の探求が行われることを期待したい.
学校での仲間との学びが家庭での実践に繋がり,材料 や手法が工夫され,我が家の味として定着する.そのよ うな学びが生活知と学校知の関係を強化することになり,
生徒の更なる学びを呼び起こす動機づけとなる.学びの 協同化を期待させる実践であるが,生徒がどのくらい問 題を見っけることができたかは,この実践記録からは窺
い知ることはできない.
7.問題解決学習における体験活動の意義
体験活動の乏しい現代の子どもたちにとって,体験は 学習題材への入り口である.自分の位置と学習題材との 距離を測る手段であり,題材を認識する手段でもある.
役割体験は,リアリティ豊かに迫ってくる題材に自分
を投入しやすい状況を作りだしてくれる.役割体験は,
「場」が現実空間であればなおさら,仮想空間であると しても自分と具体的な係わり合いを持ち,アクチュァル な学びを体験できる.そのアクチュアルな体験の中で,
誰とどのような関係を築きながら学んだか,どこまで感 情の絆を持って分かり合えたか,が大切である.そのよ
うな経験を繰り返して学習者は「知の著者」になること ができる.っまり,実践例に即していえば,自分のもの さしをもち,自分の言葉で語り,自分の信念をもって,
社会的・文化的実践に参加することができる人間である.
既報30)において,「知の著者」は,学習を通して新た な気づきと発見,感動を体験し,認識を深め,技を磨く など実感を伴った経験を再構成していくことで形成され ていくことを指摘した.また,家庭科が感覚的・経験的 に獲得されてきた知識や能力などの生活知をなぞる教科 のイメージから脱却し,生活問題を社会的問題としてと らえ直し,問題解決への活動を進めることができる環境 醸成能力のある主体的な生活者を育成していくことがで
きることも強調した.
家庭科は,人,物,こととの関係性の中で学びを実感 し,自分を問い直し,学びの世界を広げていくことを特
徴としている.吉田実践は人を対象とし,森実践は物を対象とした記 録である.先に授業実践例選択の基準を,自分で問題を 見っけることができる実践であり,社会的・文化的実践 へと広がりのある実践であることの二っとした.実践記 録の長さ,拠って立っ教科観の違いなどから,断定的に 言及することは難しいが,同じ第二類型でも,「場」の 仮想には大きな差がある.
リアリティさとアクチュアリティさにおいて吉田実践 は,生徒に大きな達成感をもたらしたと思われる.価値 観と自らの生き方に大きな影響を及ぼしたことである.
すべての学習内容がこの実践のように展開できるわけで はないし,このような実践ができた教師の教科経営の手 腕が高く評価されなければならない.しかし,教師の資 質力量に帰してしまっては実践記録は生かされない.教 師と生徒のコミュニケーションの結晶としてこの授業実
践を評価したい.森実践は,対象が物であり,物は言葉を発しない.し かも短時間での実践である.物を物としてみるか,物に も命があると見るか,ここでも価値観の見直しを迫り,
生徒に揺さぶりをかけている.調理実習も作るだけの実
習ではないことをこの実践は意図している.ここには生 徒の「問題を発見する」出番を具体的に見っけることは できなかったが,学習要素案にみられる内容を学習する ことによって主体的な生活者の育成が願われており,物 事を広く,批判的に見る目を養っていくことを積み重ね
ることによって問題への気づきと発見が期待される.
生徒の出番,生徒の問題発見への手立てを考えてみよ う.「・市販品は売るため・もうけるために作られてい る」という指導上の留意点をどのように解釈すればよい か.留意点は事実であろう.しかし,加工食品の選び方 と併せて考えると,この留意点は「市販品は悪」という 暗黙のメッセージを生徒に伝えている.売るため・儲け るためなら手段は選ばないとする誤った企業倫理を生み
出す元凶ともなる.生命と健康を守るための食材にっいて,国民の一人ひ とりが安全性の重みに気づき,実行できるようにしたい.
そこで,生徒の出番を作り出す一っの方法として生産者 と消費者の立場に立たせて検討する学習機会を設定する ことで,添加物や安全性にっいての別な理解が得られる ように思われる.第四類型の学習場面が準備できよう.
以上のことから,役割体験活動の意義として,①問題 をリアルに把握できること,②問題を相対化してとらえ る力を育成すること,③学びを広げる自己教育力を育成
すること,が確認された.役割体験の類別による授業実践例を紐解きながら,問 題解決学習の奥行きの深さを改めて確認した.「なすこ と」による学習者自身の対話を尊重しっっ,物事を相対 化してとらえることのできる科学的認識力を育むカリキュ
ラム構成にっいて検討していきたいと考える.
註
1)文部省:昭和22年度学習指導要領 家庭科編(試 案),日本書籍1947,pp.1−8
2)青木幸子:家庭科における「知」の再構成と学びの 転換,東京家政大学博物館紀要第9集,2004,p.4 3)青木幸子他:家庭科教,学文社,2002,pp.96−97 4)2)p.3
5)青木幸子:英国における家庭科の学習目標とトピッ ク学習の関係,東京家政大学研究紀要第46集(1)
人文社会科学,2006,p.44
6)鶴田敦子:実践的能力や態度を育てる授業,家庭科 教育実践講座刊行会編,第1巻 21世紀を生きる子 どもを育てる新しい時代の家庭科教育,ニチブン,
1998, pp.92−94
7)井門正美:役割体験を主軸にした問題解決学習論,
1995年度日本教育方法学会発表資料,p.9 8)日本家庭科教育学会編:家庭科教育50年,建吊社,
2000, p.166 9)7)P.8
10)文科省:高等学校学習指導要領解説 家庭編p.104 11)吉田和子:新しい家族文化を求あて,佐伯絆・藤田 英典・佐藤学編:共生する社会,東京大学出版会,
1995, pp.117−151,
12) 11) p.120 13) 11) p.125 14) 11) p.126 15) 11) p.128
16) 11) p.128−129 17) 11) p.134 18) 11) p.139−140 19) 11) p.141 20) 11) pp.141−142 21) 11) p.142 22) 11) p.143 23) 11) p.145 24) 11) p.151 25) 11) p.149
26)村田泰彦・福原美江編著:中学校家庭科の授業,ぎょ うせい,1996,pp.122−126
27) 26) pp.10−27 28) 26) p.23
29)昭和の時代,小学館,2005,pp.44−45
30) 5) p.44
Summary
Home economics has distinctive featUres of practical and experiential activities.
In these activities students roles are classified into fbur types, depending upon whether the sub−
jects and situations of the study are real or imaginary.
Ihave analyzed the class work of home economics su切ects and examined the significance of role
experiences. As a result, the fbllowings are con且㎜ed:1.It is likely that students can grasp themes as relating to their own problems through role expe「1ences・
2.Role experiences can bmsh up the abilities of the students which will enable them to grasp
themes exactly.3.Role experiences can cultivate the abilities of the students who will expand the chances and places of leaming in self−education.