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(1)

日英語母語獲得過程に見られるフラグメント/ショ ートアンサーの統語操作

著者 根本 貴行

雑誌名 英語英文学研究

巻 20

ページ 54‑66

発行年 2014‑09

出版者 東京家政大学人文学部英語コミュニケーション学科

URL http://id.nii.ac.jp/1653/00009711/

(2)

日英語母語獲得過程に見られる

フラグメント/ショートアンサーの統語操作

根 本 貴 行

概要

Fragment or short-answer phenomena are observed from the early stage of language development. Merchant (2004) analyzes that fragments /short-answers are derived by PF deletion. However I pro- pose that children cannot use an operation as complex as PF deletion in the early stage of grammar development based on my assumption about the economy condition on language development; during the process of language development, children start to create simple sen- tences by quite economical operations and then intricate operations are gradually available for children as time goes by.

Keywords:First Language Acquisition, Principles of Economy, Fragment /Short-Answer, Deletion, English-Japanese Comparison(母 語獲得、経済性の原理、フラグメント/ショートアンサー、削除現象、日 英語比較)

1.はじめに

子供の母語獲得過程は、12か月くらいから単語を発すようになり(一語 期)、概ね18か月くらいに単語を二語続けて発する二語期を迎える。その

(3)

後発される文は長くなり、4〜6歳くらいまでに成人と同じ文法の状態に達 することが一般的に観察されている。初期の文法状態(S0)については、

Radford(1990)などのように機能範疇を欠いた構造を仮定する考えや、

Deprez and Pierce(1993)、Lust(2006)のように文法の比較的早い段 階から機能範疇を備え、成人の文構造と同じものを利用しているという考 え方がある。しかし、自然な見方として、文法発達の初期段階における構 造がどのようなものであるにせよ、子供にとって利用できる操作はシンプ ルなものから始まり、次第に複雑な操作が可能になると考えることがきる だろう。例えば、文の長さもしくは平均発話語数(MLU = mean length of utterance)が徐々に長くなるということも、より複雑な操作が可能に なるにつれてより多くの単語や形態素を並べることができるということを 示している。母語の獲得が進むにつれて、それまで見られなかった文法現 象が次第に発現するようになることも、子供が簡単な操作から、徐々によ り複雑な操作利用可能になることを意味していると考えられる。

本論では、英語と日本語において母語獲得初期に見られるフラグメント もしくはショートアンサーと呼ばれる現象について、英語と日本語の振る 舞いの差異を考察していく。Merchant(2004)はフラグメント/ショート アンサーについて、文が一度完全に派生され、残余要素(フラグメント要 素)が文から外置されたうえで残りの箇所が削除されるシステムを仮定し ている。しかしこの現象は文法発達のかなり早い段階から観察されること から、早期の文法状態でそのような複雑な統語操作が介在しているのかと いう問題点を指摘していく。

2.フラグメント/ショートアンサー

成人の文法において、wh疑問文の答えとして次のような応答が見られ る。

(4)

(1)A: Who did she see?

B: Her teacher.

(1)のBによる応答文はフラグメント、もしくはショートアンサーと呼 ばれている。こうした応答は文法発達のかなり早い段階から観察される。

(2) の発話はMOT(母親)とLaura 17か月の間で交わされている会話の中 に見られるものである。

(2)MOT: What’s this, Laura?

CHI: Baby. (CHILDES)

この時期のLauraの発話は初期段階特有のものであり、問いかけに対し ても自発的な発話においても一語のみによるものしか見られない。さらに、

一般的に一語期の特徴として観察されている通り、冠詞や機能範疇に属す る助動詞や補文標識の類、名詞の複数形、動詞の屈折などは見られない。

日本語においても、成人の文法にフラグメント/ショートアンサーが見 られる。

(3)A: 何組の生徒が優勝したの。

B: 3組

さらに、日本語の母語獲得過程においても、英語と同様にかなり早い段 階からこの現象が観察される。(4)はCHILDESデータにおけるIshii 22 か月の発話であり、(5)は筆者の娘24か月の発話である。

(4)FAT: kore nan [: nani] desu ka ?

HI: jusshu . (CHILDES)

(5)

(5)母: 今日は誰と遊んだの。

子: せんせとりょうりょ

(4)における発話者の文法段階は一語期で、二語以上からなる発話はほ とんど見られない。また筆者の娘のこの発話が観察された時期は二語期相 当時期である。格助詞は21か月より観察されるものの、主格のマーカーに 限定され、その後26か月にかけてその他の助詞、時制や相を示す機能語が 発現するようになる。

以下では、子供が初期段階でどのような文法操作を利用できるのかを考 えながら、本節でみた現象がどのようなシステムによるものなのかを考察 していく。

3.文法の発達と経済性の原理

子供が文法を獲得する過程はよりシンプルな文法操作から複雑な操作へ と移行するものであると仮定しよう。統語要素を一つしか用いることがで きない状態から、統語要素を複数並べることができるようになったり、そ れまで発現しなかった動詞の屈折が次第に用いられるようになったりする ことからも、この仮説は自然な考えであろう。一方で、Chomsky(1995)

他にみられる極小主義の枠組みでは、文は経済性の原理のもとで派生され ると考えている。すなわち、経済性の原理において、文はより操作の少な い派生が優先される。文法の発達過程においても、最も経済的な派生が利 用可能で、また、文法の発達過程は統語操作上、より経済的なものから始 まり、操作数が多くなる(コストをかけることができる)派生へと進んで いくものと仮定してみよう。

(6)文法発達における経済性の原理

文法の発達はより経済的な操作から始まり、次第にコストのかかる操作

(6)

を獲得していく。

Chomsky(2004)によると、語と語を融合させる操作である外的融合

(pure-Merge)はコストのかからない操作で、「無料」の操作ある。従っ て、文派生の途中で次の操作として融合と移動の可能性がある場合は、よ り経済的な融合操作が選ばれることになる。

(7)a. I expected there to be a proof discovered.

b. [TPto [be a proof discovered]]

c. [TPa proofito [ be tidiscovered]]

d. [TPthere to [be a proof discovered]]

(7a)の派生が(7b)まで進んだ段階で、次に行う操作によりTのEPP 素性を満たさなければならない場合、(7c)では‘a proof’ の移動を、(7d)

では‘there’ の融合を行っている。移動より融合のほうがコストレスであ

ることから、(7d)が選択され、(7a)の文が派生される。子供の文法獲 得過程においても、初めに融合操作が利用可能で、移動操作の利用開始は これに後続すると考えられる。また、Chomsky(1995)による先延ばし の原理(procrastination)によると、音声出力を伴わない統語操作は、音 声出力を伴う操作より経済的である。

William(1977)によれば、14か月から30か月の子供のwh疑問文を調 査した結果、傾向として目的語wh疑問文より主語wh疑問文のほうが多く 出現しているという。1目的語からのwh疑問詞の移動を必要とする操作が 介在する文より、主語がwh疑問詞となる文のほうがより経済的な派生と いうことに起因すると考えられる。

(7)

4.フラグメント/ショートアンサーの分析

本節では、初めにMerchant(2001、2008)等による削除現象の分析を 概観し、説明的妥当性を考えた際の問題点を指摘したい。その上で、フラ グメント/ショートアンサーが発現する段階で仮定される文構造と利用可 能な文法操作から、フラグメント/ショートアンサーのシステムを述べて いきたい。

Merchant(2004)によるフラグメント応答文の分析は、Merchantに

よる一連の削除現象の分析と同様、PF削除の考え方に基づいている。動 詞句削除もフラグメントの場合も、削除対象とならない統語要素はフォー カス移動により上位機能範疇の指定部へ移動し、機能範疇にE素性(省略 素性)が付与されることにより、機能範疇より下の構造がPFで削除され る。E素性は先行文との同一性など一定の条件のもとで付与される。

(8)a. John didn’ t see the teacher but Bill did.

b. …but [CP[TPBill [T(E feature)did [VPsee the teacher] ]]]

(9)a. Who did Mary see?

b. John.

c. [FPJohn [F’F(E feature)[TPMary saw t ] ]]

(8)の動詞句削除では、TP指定部で格とEPP素性の照合がおこり、先 行文に適切な先行詞があることからTにE素性が付与され、VP以下が音声 出力されず、結果として削除される形で派生されている。同様に(9)の フラグメントにおいても、Johnが焦点移動によりTPより上位の機能範疇 に移動し照合操作が行われる。照合操作と合わせて先行文に適切な先行詞 をもつことから、機能範疇FにE素性が付与されてTP以下が音声出力され ず、結果として削除効果が得られることとなっている。

(8)

2章で述べたように、フラグメント/ショートアンサー現象は英語で17か 月、日本語の例でも22か月あたりで観察されている。この時期は概ね一語 期から二語期に相当する時期で、特に英語における17か月頃の時期には機 能範疇がほとんど現れず、移動操作を想起させる文の発現は見られない。

この時期には動詞の屈折や機能語のも見られないことから、照合操作も起 こらない段階であると考えられる。

こうした制約がある中で、この時期にみられるフラグメント/ショート アンサーを派生する際、(9)で述べた操作が利用可能か考えてみよう。(9)

ではJohnが基底の位置から機能範疇Fの指定部まで移動した上で照合操作 が行われている。しかし、17か月の子供にこの一連の操作は利用可能であ るとは考えづらく、文を完全に派生した上でのPF削除分析は、フラグメ ント/ショートアンサー現象については妥当でないと言わざるを得ない。

この段階での発話には両親や兄弟の個人名など固有名詞は多く見られる が、代名詞の使用はthatなどを除いてあまり見られない。しかし2節で述 べた通り、先延ばしの原理により音声を出力する代名詞の利用より、意味 のみをコピーする代名詞や統語構造の利用は、(6)の文法発達における経 済性の原理の観点から、より可能であると考えられる。(2)で挙げた Laura 17か月の例は、以下のような派生であると考えられる。

(10)a. MOT: What’ s this, Laura?

CHI : Baby.

b. [VP[baby]] --- transfer c. [this [VP[baby]] ] 2

(10bc)は(10a)の子供のフラグメントによる応答の派生を示したも のである。(10b)でbabyが文派生に導入され、述部フェイズを構成する。

この段階でPFに書き出し(transfer)され、続いて質問文で用いられた

thisの意味素性のみが融合され(10c)となる。3一語期または二語期相当

(9)

の段階において、焦点化された名詞以外の要素を音声出力せず、意味素性 のみで処理する派生は、より経済的でこの段階の子供にとって利用可能な ものであると仮定したい。

5.日英語の比較

日本語において、フラグメント/ショートアンサーと思われる例のうち、

英語には見られない動詞のみによる応答を見てよう。

(11)a. A: ちゃんと宿題やった?

B: やった

b. A: Did you see your friend?

B: *Did.

日本語では動詞のみの応答が可能であるが、英語では非文法的な文とな る。以下では、こうした動詞のみの文について日英語の差異について論じ ていきたい。

Deprez and Pierce(1993)によると、英語話者の初期の文法において、

主語はVP内に留まりTP指定部には移動しない。英語話者の初期の頃にし ばしば見られる文否定の否定辞が主語の左側(文頭)に見られる現象につ いて、文法の初期段階でも子供は大人と同じ文構造を利用しているが、主 語がVP内に留まり、NegP(否定辞)を超えてTPに移動していないため であると考えている。

(12)a. No I see truck.

b. [TP[T’[NegPNo [Neg’[VPI [V’see truck ]]]]]

英語話者が動詞句削除文を発する時期は、根本(2015)によると22〜

(10)

27か月あたりからであり、この時期の発話の特徴として、主語と動詞があ きらかに照合をしているものと主語を欠いている文が混在していることが 挙げられる。

(13)a. Want that pink one. (Alex 2-3-28)

b. I did do this. (Alex 2-3-28)

Deprez and Pierce(1993)によると、主語がVP内に留まることができ るは、VP内の主語がTによって統率されて格が付与されているためである としている。VP内がTによって統率されているとすれば、Jaeggli and Safir(1989)による空主語proのライセンス条件と軌を一にすることとな る。つまり、文法の発達段階において主語がVP内に留まる時期に限り、

空主語が認可されることとなる。

Merchant(2001)によると、動詞句削除文の派生には機能範疇に省略 素性(E feature)が付与されてその補部が削除される。省略素性は概略、

先行詞を持ち指定部と照合操作が起こる機能範疇に付与される。このシス テムの下では、TPに主語が移動し照合操作が起こらない場合は動詞句削 除が生じないことが予測される。既に述べた通り、22か月から27か月の動 詞句削除を発する時期には空主語proが用いられる文も同時に観察される。

空主語の際、proは動詞句内に留まり、TP指定部まで移動しないことを 既に見た。もしそうだとすると、空主語の際は機能範疇Tで照合が生じな いため、省略素性の付与ができず、動詞句削除が起こらないことを予測す る。

(14)a. *Did

b. [TP [T’did [VPpro [V’see my friend]] ]]

実際、筆者がCHILDESデータベースで数名を追跡した結果、(14)に

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相当する発話は見られなかった。

一方で、(11a)のような応答はどのような構造をともなっているのだろ うか。そもそも空主語を許す日本語において、空主語の場合、(14)と同 様にTには省略素性の付与がおこらず、補部であるVPの削除は生じないこ とが予測される。したがって、(11a)の応答文は動詞句の削除ではなく、

項削除が起こっていると考えられる。一般に、動詞句削除が起こった文で は、先行文に含まれる副詞も削除されている場合、削除されている副詞も 復元されて解釈される。

(15)a. Mary politely answered the question and Bill did, too.

b. みんなが急いでごはんを食べていたので、私も食べた。

c. お隣さんは丁寧に車を洗っていたので、私も洗った。

(15)において、Billの答え方は‘politely’ であることが含まれて解釈さ れる。一方で日本語での例(15b)は、こうした副詞の復元がないと判断 する意見と、復元があると判断する場合がある。4しかし、(15c)のよう に主語が空主語proの場合、主語は動詞句内に留まりTでの照合が起こら ないためE素性が付与されず、動詞句削除が生じない。(15c)は項削除と 解釈され、副詞の復元も起こらないことが予測される。実際(15b)にく らべて(15c)の後続文では副詞を含めた解釈がしづらい。

6.まとめ

フラグメント/ショートアンサーは文法発達の早期から見られる現象で あるが、初期の段階からMerchant(2001、2008)によるPF削除分析の ような操作が可能であるとは考えづらく、LFコピーによる分析が妥当で あると考えられる。また、Merchant(2001)による省略素性付与条件に よると、動詞句削除文には主語の照合操作が伴われなければならない。動

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詞句内に留まりTP指定部に移動しないと考えられるpro主語が現れた場合、

省略素性が付与されず、動詞句削除が生じないと予測されることから、主 語を欠いた動詞のみによるフラグメントは英語において生じない。その一 方で、日本語における削除現象について動詞句削除の存在の有無が問題と なるが、空主語と動詞句以降で削除現象が生じている文においては、先行 文の副詞を復元した解釈が困難なことから、英語と同様の動詞句削除が生 じている可能性が考えられるということを見た。

参考文献

Agbayani, Brian (2006) “Pied-Piping, Feature Movement, and Wh- Subjects,” in Lisa Cheng and Norbert Corver (ed.) Wh-Movement:

Moving on.MIT Press. 71-93.

Chomsky, Noam (1995) The Minimalist Program, MIT Press.

Chomsky, Noam (2004) “Beyond Explanatory Adequacy,” Adriana Belleti (ed.) Structure and Beyond The Cartography of Syntactic Structure, vol. 3, Oxford University Press, 104-131.

Deprez and Pierce (1993) “Negation and Functional Projections in Early Grammar,” Linguistic Inqyiry24, 25-67.

Lust, Barbara (2006) Child Language: Acquisition and Growth, Cambridge University Press.

Merchant, Jason (2001) The Syntax of Silence: Sluicing, Islands and the Theory of Ellipsis, Oxford University Press.

Merchant, Jason (2004) “Fragments and Ellipsis,” Linguistics and Philosophy27, 661-738.

Merchant, Jason (2008) “Variable and Island Repair under Ellipsis,” in Kyle Johnson (ed.) Topics in Ellipsis, Cambridge University Press.

132-153.

根本貴行(2015)「文法の発達過程における削除現象」ms.(出版予定)

(13)

Radford, Andrew (1990) Syntactic Theory and the Acquisition of English Syntax, Basil Blackwell.

William, Edwin (1977) “Discourse and Logical Form,” Linguistic Inquiry8, 101-139.

データベース

Child Language Data Exchange System (CHILDES) http://childes.psy.cmu.edu/

1.主語がwh疑問詞になる場合でも、vPからTP指定部へ格とEPP照合のために 移動し、さらにCP指定部へのwh移動をすると一般的には考えられる。この 移動を仮定すると、目的語のwh疑問詞がCPへ移動する場合と同じ操作を要 することとなる。ここではAgbayani(2006)が仮定する音声素性と意味素 性の隣接性条件に基づき、主語のwh疑問詞は意味のみCP指定部へ移動し、

音声素性はTP指定部にとどまることを仮定したい。

2.網掛け部分は書き出し規則によりPFに出力され、アクセスできないことを 示している。

3.フラグメント/ショートアンサーによる応答で発話される名詞は意味役割を 持つと考えられる。そのため、一語期から二語期相当の段階においても、

Merchant(2001)と同様に文全体を派生し、その一部が応答として用いら

れていると考える。また、(11bc)において、be動詞が導入されていないが、

文法発達段階において機能語は省略される傾向にある。ただし、(11)にお いてbe動詞も含めた派生を仮定し、母親による質問文にbe動詞を含めたコ ピー相当箇所を捻出することは困難である。

4.日本語における副詞の復元の判断については様々な意見がある。副詞の意味 によって、副詞の解釈が後続文で強いられると考えられるが、以下の例にお いて、特に副詞の意味に強制力を感じないものについても、副詞の復元があ

(14)

ると判断する者が多い。

i. みんながゆっくりごはんを食べていたので、私も食べた。

ii.先週、鈴木君は最初に発表をした。今週、田中君もした。

ii.に関しては、動詞句削除で副詞の意味も含めた解釈を受けやすい。

参照

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