病気の子どものためのデザイン
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(2) デザイン学研究特集号 Vol.28-1 No.103. ムとして,子どもの理解を促すためのデザイン,病気とうまく付き合ってい くためのデザインなど,医療の中でのデザインも紹介したい。. 1.2. 小児医療で活用されるデザイン要素. 小児医療現場で活躍するツールは,‘教育的要素が入ったデザイン’と. ‘子どもの代弁あるいは癒しの要素が入ったデザイン’の二つに大きく分け られる。教育的要素とは,例を挙げてみると,子どもの病気についての説明 があるデザイン,必要な医療処置の説明があるデザイン,生活上あるいは集 団生活上の注意説明があるデザイン,そして将来の見通しがつくデザインで ある。形態も,紙媒体のもの,デジタルツール,模型,隠し絵本など多種多 様である。 医療処置の中で,子どもにとって「注射」は嫌いな処置として最たるもの だが,この静脈持続点滴のための針の刺入の説明として,どのように行う か,どこに刺されるか,母親はどこにいるのか,イラストで示すと可愛らし く興味を引くものに変化する(図1)[注5]。 これは,子どもに説明できるだけでなく,その家族も絵を見ただけで自分 の役割が瞬時に理解できる。卒業したばかりの新人医療従事者の教育にも役 立つ。. 図1 静脈注射針挿入場面のイラスト. 次に子どもの代弁あるいは癒しの要素が入ったデザインである。代弁する ためには,子どもの喜怒哀楽あるいは「Yes or No」,または感覚をツールに. 置き換えることが必要となる。有名なものに Face raring scale があり[注6], 5)川崎医療福祉大学医療福祉マネジメント学部 岩藤百 香講師と共同で制作。イラストは,新潟大学医歯学総 合病院でも活用している。 6) D.L. Wong(1988) . Pain in Children: Comparison of. Assessment Scales.Pediatric.Nursing; 14, 9-17.. 主として痛みの評価として使用される。自分の気持ちを,Scale の顔の表情 に投影するものであり,その使用方法や判断指標は,今も検討が続いている. [注7]。筆者も病院で,この Face raring scale を使用した経験がある。その際, その患児は5歳で術後数日経過したが,継続する疼痛に苦しんでいる時で. あった。(後日,術後合併症で相当辛かったことが判明した。)その患児は本 当に痛い時には口も聞いてくれず,Face scale どころか,看護師が顔を覗き 込むだけで,眉間のしわを寄せるのみであった。この経験は,子どもの疼痛 の判断の適切なツールとはどのようなものなのか,子どもの目線で考えなく 7)https://wongbakerfaces.org/. てはならないと気づいたきっかけであった。なぜなら Max の「10」の痛み. 83.
(3) 84. 特集:なぜ、子どものためのデザインに取り組むのか. であっても,自分が泣いていないなら,涙を流している顔を選択しないの が,子どもの素直な反応だからだ。同時に,子どもが感じていることをその 通りに表現してもらうためには,多くの場面で多くの子どもたちに対する検 証が必要であると感じた。この時の疑問は,筆者が「子どものためのデザイ ン」に関わり続ける,動機づけとなった出来事であった。 さて,癒しあるいは気晴らしのデザインには,音がなる玩具,触り心地の 良いボール等がある。病院の中では,こどもにとって不安や恐怖が大きい処 置室などで活用されることが多い。最近では,処置室に専用のワゴンを設置 して,子どもの恐怖の緩和に役立てられている。このアイデアは,子どもの 恐怖心を緩和すること,子どもの権利擁護への関心が高まったからこそ導入 できてきた動きである。このように少しずつ,小児医療の場が良い方向に動 いていることが,「病気の子どものためのデザイン」に関わる大きな喜びで ある。 ここまで,簡単に小児医療現場で活用されているデザインについて解説し た。次は子どもの疾患により必要な要素を搭載し,子どもたちの理解と納得 を得るために工夫したデザインについて説明する。(住吉智子). 2.病気の子どもたちに必要なデザインの工夫 2.1. 糖尿病:子どものセルフコントロール促進に向けた取り 組み ─ 教材パンフレットと体重管理ノートの作成 ─ 糖尿病は,膵臓から分泌されるインスリンの作用不足によって血糖値(血 中ブドウ糖濃度)が慢性的に高い状態を呈する疾患群である。その病因や病 態は多様であるが,よく知られているタイプに1型と2型がある。以前は, 小児期にみられる糖尿病のほとんどがインスリンの絶対的欠乏による1型糖 尿病と考えられていた。しかし近年は,世界的に小児の間で肥満,高血圧, 高血糖等の生活習慣病,リスク保有者が増加傾向にあり,小児期発症の2型 糖尿病が増加していることが社会的問題となっている。. 図2 低血糖・高血糖につい てのパンフレット. 図2 1型糖尿病の子どもと家族のためのパンフレット 左は「疾患について」右は「食事療法」についてのパンフレット. 糖尿病の子どもと家族の生活は,慢性的な高血糖や代謝異常による合併症 を予防することが第一義となる。そのため治療の目的は,血糖コントロール 8)インスリン注射療法は,自分で実施する自己注射であ る。血糖値の自己測定も含めると1日に7∼8回,自 分の体に針を刺す行為である。薬の量は血糖値や食種 や量に応じて自己調整する必要がある。. を行うため生涯にわたるインスリン注射療法[注8],食事・運動療法,低 血糖対策などを継続的に行いながら,健全な家庭・学校・社会生活を送り自 立していくことにある。糖尿病の子どもは適切な療養行動によって,健常な.
(4) デザイン学研究特集号 Vol.28-1 No.103. 小児と同等の成長と精神発達を遂げることができるので,小児医療において は発達段階に応じた知識,技術の教育と,心理的なサポートが重要となる。 今回は,小児医療現場で作成した子どもが病気や治療を正しく理解でき, 「自分の健康は自分で守る」というセルフコントロールの促進に向けたデザ インツールを2点紹介する。 1点目は,「教材パンフレット」の作成である[注9]。小児医療の対象年 齢は幅がひろく,理解力やセルフコントロールの育成時期を鑑みて,抽象的 思考がはじまる小学生3年あるいは4年生くらいの児童が理解できるレベル で作成することにした。パンフレットは,病気の理解や対処方法,生活面へ の指導に関する『1型糖尿病』『2型糖尿病』『高血糖・低血糖・シックデ イ』『食事療法』『運動療法』の5冊を作成した(図2)。このパンフレット の特徴は,全ての内容を1冊にまとめず,指導する内容ごとにパンフレット を選び教育や指導の焦点をしぼることで,子ども自身も何について知識を深 めるのかを理解しやすいようにした。また,文章はなるべく少なくし漢字に はルビを振り挿絵を増やすことで,子どもが興味や理解しやすいように工夫 した。 2点目は,肥満傾向の子どもを対象とした「体重管理ノート」の作成であ 図3 体重管理ノートの表紙. る(図3)[注10]。病院への受診は多くても月に1回程度であることから, 自宅での体重管理に役立てるとともに医療とのつながりの継続感と受診時の 生活指導に役立てることを目的とした。このノートの特徴は,半月単位で毎 日書き込める複写式用紙の形態とした。そのため,受診時にはノートの複写 用紙側をミシン目から切り離し診療録に保存することが可能である。また最 終項は1年間の体重の推移をグラフ表示できるようにしている(図4)。. 図4 体重管理ノート. 小児医療の現場では,子どもが理解できる言葉選びや環境調整を行い,試 行錯誤しながらツールの作成に取り組んでいる。子どもが慢性疾患を有し成 長していく過程においては,さまざまな葛藤を抱き自分に向き合っていく。 その支援において,段階的そして繰り返しながら子どもの理解と納得へと関 わるうえで,ツールというデザインは重要な役割を担っている。(石見和世) 9),10) この冊子は平成24年度「母と子のすこやか基金」(研 究代表者:石見和世)の助成を受けて作成したもので ある。 10)体重管理ノートは,自分の健康管理ノートとして活用 できるように工夫されている。. 2.2. 小児がん経験者である AYA 世代の若者たちとともに. 小児医療の進歩とともに,小児難治性疾患の子どもの救命率は著しく改善. された。その代表的な疾患のひとつは小児がんである。過去30年間に目覚ま. 85.
(5) 86. 特集:なぜ、子どものためのデザインに取り組むのか. しい進歩を遂げており,かつて2~10%であった治癒率は70~80%となっ た。1年間の小児がん発生率は人口10万人に12.3人といわれ,大人に比べて. 子どものがんの発生度合いは少ないが,治癒率から仮定すると15歳から30歳 前後の思春期・若年成人(Adolescent and Young Adult:AYA 世代)のおよそ. 1,000人に1人が小児がん経験者ということになる。. しかし,思いもよらず「がん」になってしまった子どもたちが,大人とな. り社会生活を送っていくには,多くの困難があることも明らかになってい る。一例として,成長してからの告知・再発リスクや治療による晩期合併 症・二次がんなどの医療的問題,進学・就職・異性との交際・結婚・妊娠・ 出産などライフイベントの問題,小児の医療費助成から外れた20歳以降の経 済的問題などがある。 このような問題を解決するために,わが国では,がん対策のひとつとして小 児がん経験者に向けた長期フォローアップ体制を構築してきた。しかし,現状 として子どもたちは多様な施設で治療をうけていて,長期フォローアップを受 療できるのは専門施設に限定的である。20歳を機に医療から離れている小児が ん経験者も数多く存在する今,社会で活躍するかつての患児たちが,自分の病 気について必要なときに正しい情報を得て,直面する問題を乗り越えていくた めに,我々にできることは何かを考えていくことが重要と感じている。ここで は,著者らが研究活動で得た「AYA 世代となった小児がん経験者の語り」を. 手掛かりに, “小児がん経験者が体験を振り返るためのツール”を提案したい。. 2.3. 子どもの頃の病気からくる問題を乗り越えるために. 著者らの研究インタビューによると,思春期に成長した小児がん経験者は. 「小児がん経験者である私」と対峙するアイデンティティの苦悩を体験して いた。小児がん治療による影響は小児がん経験者として生きる存在意義の戸 惑いにまで及び,生命を脅かすがんの恐怖よりも辛い体験として語られた。 この辛い体験の帰結は(1)大人になっても小児がんに関わる心理的・社会 的問題に対処できずに不安や恐怖を抱え込んで生きる(心的外傷)と,(2) 辛い闘病体験に価値を見出し心理的成長を知覚する(心的外傷後成長)の2 つに分かれた。では,心的外傷後成長に至る対象者の成長過程に何がおこっ ているのか。前述(2)の対象者の特徴として,思春期頃に,アイデンティ ティの苦悩にもがきながら治療を振り返り,これまで頑張ってきた軌跡を辿 り,がん体験を意味づける認知活動が確認された。筆者らはここに「カギ」 があると考えている。思春期の子どもたちは,本来もっている認知的発達に 即した適切な関わりを受ければ,子どもの頃の病気に囚われる自らの思考を 客観的にみる強いメタ認知を獲得可能な存在である。病気を理解しようとす る思春期の子どもたちが,今までしてきた治療とはどのようなものだったの かを振り返りながら自分が頑張ってきた軌跡を辿れること,時には闘病体験 の捉え直しを助けることが重要なのではないか。すでに小児がんの長期フォ ローアップでは,病気理解に向けた教育的支援が構築されているが“小児が ん経験者が体験を振り返るためのツール”は見当たらない。今後デザインの 専門家の方には,小児がん経験者自身で自己成長感を認められるようなライ フログツールを開発してくださることを切に希望したい。(益子直紀). 2.4. てんかん児の服薬におけるデザイン. てんかんとは,脳の慢性疾患である。脳に何らかの原因があり,その作用.
(6) デザイン学研究特集号 Vol.28-1 No.103. により大脳神経細胞が過剰に興奮することで様々な発作を起こす。治療の第 一選択は服薬であり,治療終結は,てんかん発作が2年以上起こらないこと がひとつの目処である。その間,てんかん発作が起こらなくとも長期的な服 薬が必要である。 小児の服薬に関しては,保護者への責任が大きいが,服薬が長期に渡る場 合は,子ども自身が服薬に向き合うことが大切である。一般的な子どもの病 気理解は,幼児期になると正しい理解はできないが,病気の為に行われる処 置や治療に関心をもち始める。学童期になると,かなり正確に自分の疾患を 理解できるようになる。このことから,服薬が開始された年齢に関係なく服 薬教育支援を行うことが必要だと考える。特に,薬剤名・薬剤量・服薬時間 について教育することで,服薬アドヒアランス[注11]は向上すると考える。 これらが,視覚的・感覚的に興味をもたせるデザインで示すことができれば, 子どもが自身を助ける薬に興味をもつきっかけになるだろう。(山田真衣). 3.おわりに 本稿では「なぜ,子どものためのデザインに取り組むか」の問いに対する 回答として「病気の子どもたちの‘理解’と‘勇気’ 」のためにデザインが必 要であることを,疾患例を挙げて報告した。我々は,保護者でも,医療従事 者でもできないことを,例えば玩具の力で,わかりやすく書かれた絵やキャ ラクターによって,あるいは制限があっても遊べる工夫によって(図5) ,子 どもたちの気持ちを動かす原動力となることを目の当たりにしてきた[注12] 。 このようなデザインのアイデアを,小児看護の領域で見出していき続けたい 図5 固定用の筒をつけて遊ぶ患児. と思うと同時に,医療の中に根付くことを心から願っている。 近年,保健医療福祉の現場では,多職種連携の重要性が高まっている。各 専門職が有意義な働きをするためには,「並行」した働きではなく,「協働」 する活動がより良いとすることは,複数の報告が示している。このような連 携を医療従事者とデザイナーの間にも取れるように取り組んでいきたい。そ して病気の子どもたちが,少しでも安心して過ごしていけるよう,また自分 のことを自分の意思で決めていけることが,医療の現場で当たり前となって いけると良いと思っている。 参考文献 住吉智子,外山紀子,中島伸子:子どもの病気や治療に対する理解と反応 ─ 発達心理学のエ ビデンスに基づき考えよう ─ ,小児看護,42(1),17-22,2018. 前田正一:インフォームド・コンセント,入門・医療倫理Ⅰ巻,頸草(東京),147-148,2007. 日本糖尿病学会・日本小児内分泌学会(編・著):小児・思春期1型糖尿病の診療ガイド,南江 堂,1-6,2017. 杉浦令子,坂本元子,村田三範:幼児期の生活習慣病リスクに関する研究,栄養学雑誌,65(2),. 67-73,2007. 白澤貴子,落合裕隆,島田直樹,他:健診結果からみた小児生活習慣病,昭和医会誌,70(6),. 11)服薬アドヒアランスとは,患者が薬の作用・副作用に ついて十分な説明を受け納得したうえで,服薬意義を 理解し,主体的に治療を受け,継続した服薬を行うこ とを意味する。 12)写真は,手作りの「肘を曲げないため」の筒である。 口腔内術後管理のために,患児が手を口に持っていか ないようにしたもの。以前から類似したものはある が,近年は痛くない素材を用いて,圧迫感が調節で き,手指の遊びができるように調節できるようになっ た。手の自由度も格段に向上した。 (写真使用については承諾を得ている). 458-462,2010. 前田 尚子,堀部 敬三:小児がん経験者の晩期合併症,小児科,58(2),171-178,2017. 泉真由子,小澤美和,細谷亮太,金子隆:小児がん患児の心理的問題∼心的外傷後ストレス症状 発症の予測因子の検討∼.小児がん,45,13-18,2008. 本田涼子:てんかんの治療 外科治療,小児看護,40(7),793-800,2017. Brock D, Abu-Rish E, Chiu CR., et al. Interprofessional education in team communication: working. together to improve patient safety. MJ Qual Saf. 22(5): 414-23, 2013. 87.
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