の解明
著者
?橋 優嘉
学位授与大学
東洋大学
取得学位
博士
学位の分野
生命科学
報告番号
32663甲第372号
学位授与年月日
2014-09-25
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00006742/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja【論文内容の要旨】 運動性を有する細菌のらせん状の繊維はべん毛(flagellum)と呼ばれる。細菌は、べ ん毛を 1 本または複数本束ねて回転することで推進力を得ている。べん毛の構造は、大き く分けて膜に埋まったモーター部分に相当する基部体、推進力を得るスクリュー部分に相 当するべん毛繊維、基部体とべん毛繊維をつなぐフックの 3 か所から構成されている。べ ん毛は様々な機能を持つタンパク質からなる超分子複合体であり、これまでの研究からべ ん毛モーターの構築や機能に関与している遺伝子は約 50 個存在していることが報告され ている。 べん毛の回転に必要な回転駆動力は、細胞膜に埋め込まれた基部体から供給される。こ の基部体のモーターに相当する部分には回転子と固定子がある。特に固定子はイオンチ ャネルとして機能し、エネルギー変換ユニットとして働いている。固定子の種類は、大 腸菌やサルモネラ菌など多くの細菌が持つプロトン(H+)駆動型固定子 MotAB と海洋性
Vibrio属細菌やBacillus属細菌が持つナトリウムイオン(Na+)駆動型固定子 PomAB と
MotPS に大別される。これまでの細菌べん毛モーターの駆動機構の研究は、主に大腸菌、 サルモネラ菌、海洋性ビブリオ属細菌といったグラム陰性細菌が中心に行われており、枯 草菌(Bacillus subtilis)などのグラム陽性細菌では未解明な部分が多く残されていた。 本論文の研究目的は、これまで研究が進んでいなかったBacillus属細菌のべん毛モータ ーにおけるエネルギー変換ユニットである固定子に着目してべん毛モーターの回転駆動力 発生機構やべん毛モーターの固定子へのイオン流入経路とその制御機構を解明することで ある。この研究を推進することにより、べん毛モーターの作動原理の解明だけでなく、ナ ノマシンとして精巧に組み上がった生体ナノマシンの人工モーターへの応用が期待される。 氏 名( 本 籍 地 ) 髙 橋 優 嘉(東京都) 学 位 の 種 類 博士(生命科学) 報 告 ・ 学 位 記 番 号 甲第372号(甲生第32号) 学 位 記 授 与 の 日 付 平成26年9月25日 学 位 記 授 与 の 要 件 本学学位規則第3条第1項該当 学 位 論 文 題 目 Bacillus属細菌が持つべん毛モーターの回転機構の解明 論 文 審 査 委 員 主査 教授 博士(工学) 伊 藤 政 博 副査 教授 博士(工学) 道 久 則 之 副査 教授 博士(農学) 鳴 海 一 成 副査 法政大学教授 理学博士 川 岸 郁 朗
本論文は、次の 5 章より構成されている。 第 1 章 序論 報告されている多くの細菌は運動性を持つことが知られており、細菌の運動性とべん毛 には様々な要素が関わっている。第 1 章ではBacillus属細菌のべん毛モーターの作動原理 と固定子への共役イオン流入経路やその制御機構について論じるために、これまで報告さ れている様々な細菌の持つべん毛モーターとその駆動機構について知見をまとめた。 第 2 章 枯草菌べん毛モーター H+駆動型固定子 MotAB と Na+駆動型固定子 MotPS の 回転駆動力の発生に重要なアミノ酸残基の特定と解析 第 2 章では細菌べん毛モーターの駆動機構の研究が進んでいなかった代表的なグラム陽 性細菌である枯草菌のべん毛モーター固定子においてモーターの回転に重要な荷電アミノ 酸残基の特定とその解析についての研究成果をまとめた。 一般に、細菌の運動器官であるべん毛は回転子構成タンパク質 FliG と固定子の MotA 型サブユニットが静電的相互作用することにより駆動力が発生すると考えられている。ア メリカのユタ大学の Blair らのグループは、大腸菌の H+駆動型べん毛モーターの研究に より FliG の C 末端領域に存在する荷電アミノ酸残基と H+駆動型固定子 MotA の 2 番目 と 3 番目の膜貫通領域の間に存在する細胞質内ループの荷電アミノ酸酸残基が静電的相 互作用を行うことで駆動力が発生すると報告している。また、Na+駆動型固定子の研究に おいて回転子タンパク質 FliG との静電的相互作用における駆動力の発生はこれまで確認 されていなかった。しかし、最近の研究によって、V. alginolyticusの Na+駆動型固定子 PomA(MotA の相同タンパク質)と回転子 FliG 間の静電的相互作用に多くの荷電アミ ノ酸残基が関与していることが報告された。このほかにも H+駆動型固定子 MotA の 90 番目のアルギニン残基と FliG の 289 番目のアスパラギン酸残基間における静電的相互作 用が、固定子がべん毛基部体に組み込まれるために重要であることが報告された。 枯草菌には、2 種類の固定子 H+駆動型 MotAB と Na+駆動型 MotPS が存在する。そ れぞれの固定子の駆動力の発生機構の解明を試みるためには、H+駆動型 MotAB または Na+駆動型 MotPS がそれぞれ固定子として単独で発現している株を用いて解析を行った 方がもう一方の影響を気にせず研究できる利点がある。そこで、あらかじめmotABおよ びmotPS遺伝子を欠失させた枯草菌固定子欠損株に H+駆動型固定子 MotA サブユニッ トまたは Na+駆動型固定子 MotP サブユニットの 2 番目と 3 番目の膜貫通領域の間に存 在する細胞質内ループの荷電アミノ酸残基を無荷電または逆の荷電アミノ酸残基に置換し た固定子遺伝子を導入した置換変異株を構築し、置換変異株の生理学試験を行うことで駆 動力の発生に重要な役割を持つ荷電アミノ酸残基の特定を試みた。 これらの結果から、枯草菌べん毛モーターの回転機構は、H+駆動型固定子 MotAB ま
たは Na+駆動型固定子 MotPS と回転子 FliG 間における静電気的相互作用に寄与する可 能性が示唆された。また、枯草菌べん毛モーターの回転に重要であると同定した荷電ア ミノ酸残基の電荷が、H+駆動型はマイナス荷電(E98)、Na+駆動型はプラス荷電(R94、 K95)であることを明らかにした。このことから、2 種類の固定子を持つ枯草菌べん毛モ ーターは、1 つの回転子 FliG に対して H+駆動型固定子と Na+駆動型固定子でモーター回 転に重要な相互作用部位が区別されている可能性が示唆された。また、枯草菌の固定子と 回転子間の静電気的相互作用様式は、H+駆動型と Na+駆動型共に大腸菌やサルモネラ菌 の H+駆動型における静電的相互作用様式に類似していることが示された。 第 3 章 枯草菌べん毛モーター固定子におけるイオン流入経路に関与するアミノ酸残基の 特定と解析 第 2 章で枯草菌べん毛モーターの回転駆動力に重要な荷電アミノ酸残基を特定した。次 に、第 3 章では固定子内を通過する共役イオンの流入に重要なアミノ酸残基を特定する研 究を試みた。 枯草菌が持つ H+駆動型固定子 MotAB の MotB サブユニットの 24 番目のアスパラギン 酸残基と Na+駆動型固定子 MotPS の MotS サブユニットの 30 番目のアスパラギン酸残 基はイオン結合部位であると推定されていた。そこで、これら推定イオン結合部位に着目 し部位特異的アミノ酸残基置換変異体を作製した。これらアスパラギン酸残基を他のアミ ノ酸残基へ置換した結果、MotS サブユニットの 30 番目のアスパラギン酸残基をグルタ ミン酸に置換した株(MotS-D30Eup)以外は運動性を失った。MotS-D30Eup 株の運動性 は野生株に比べて非常に低下していた。 また、MotB サブユニットの 24 番目のアスパラギン酸残基をグルタミン酸残基に置換 した株(MotB-D24E)と MotS サブユニットの 30 番目のアスパラギン酸残基をグルタミ ン酸残基に置換した株(MotS-D30E)から自然突然変異により運動性向上株を取得した。 取得した運動性復帰株(MotB-D24Eup と MotS-D30Eup)の変異箇所は固定子遺伝子内 に同定された。次に、これらの変異箇所が運動性の向上に関与しているのかを確認した。 MotB-D24Eup から同定された MotB-T181A は、MotB サブユニットの C 末端領域に存在 するペプチドグリカン結合モチーフ配列中に存在していた。大腸菌では、MotB-T181 が アミノ酸残基は複合体形成に重要であることが報告されている。次に、MotS-D30Eup か ら同定された MotP-L172P は、固定子のイオン流入経路を形成するチャネルポアの面とは 反対側に位置していると推定された。このことから、MotP サブユニットの 172 番目のロ イシン残基がプロリン残基に置換したことによりイオン流入経路の構造が変化したことに より、Na+が流入しやすくなり、運動性が回復したと推定した。今回、同定された変異は、 2 箇所とも固定子のイオン流入経路の構造変化に関与していると考えられた。このことか
ら、イオンチャネルである固定子のイオン流入経路は固定子の構造に依存的なのではない かと考えた。現在、固定子の立体構造は MotB の C 末端側の親水性領域の構造のみが報 告されている。今後、固定子の立体構造が明らかになれば共役イオンの流入経路に関して 興味深い結果を得ることが出来ると考える。今後のさらなるイオンの流入経路解析は、べ ん毛モーターの回転機構の解明の有力な情報となることが期待される。
第 4 章 枯草菌と好アルカリ性細菌Bacillus pseudofirmus OF4 の Na+駆動型固定子
MotPS の中性環境における Na+親和性の差異の解明
好アルカリ性菌Bacillus pseudofirmus OF4 のべん毛モーターの Na+駆動型固定子
MotPS は、アルカリ性環境である pH が 8.0 以上環境では Na+濃度に依存した運動性を 示すが、中性環境である pH7.0 では 100mM の Na+を要求する。しかし、好中性細菌で ある枯草菌のべん毛モーターの Na+駆動型固定子 MotPS は、外環境の pH が変化しても、 Na+濃度に依存した運動性を示す。同じ Na+駆動型固定子 MotPS を持つべん毛モーター において好中性細菌と好アルカリ性細菌では中性環境において Na+に対する親和性に違 いがあることが示唆された。そこで、好中性Bacillus属細菌のB. subtilisと好アルカリ性 Bacillus属細菌のB. pseudofirmus OF4 とB. halodurans C-125 に着目し、中性環境にお
ける Na+親和性に重要と考えられる領域の同定を試みた。その結果、3 番目の膜貫通領域 内で好中性Bacillus属細菌と好アルカリ性Bacillus属細菌で保存性の異なるアミノ酸残基 を同定した。好中性Bacillus属細菌ではリジン残基が、好アルカリ性Bacillus属細菌では グルタミン残基が高度に保存されていた。これらアミノ酸残基に対して構築した置換変異 株の運動性試験の結果、好中性Bacillus属細菌のリジン残基と好アルカリ性Bacillus属細 菌のグルタミン残基は、Na+親和性には関与していないことが示唆された。
枯草菌の固定子欠損株にB. pseudofirmus OF4 由来の Na+駆動型固定子 MotPS を導入
した株(OF4PS)は pH7.0 では NaCl を 200mM 添加しても運動性を示さなかった。そこ で、運動性復帰株を取得した。運動性上株からリボソーム結合サイト(RBS)の繰り返し 挿入配列と MotP サブユニットの 186 番目のアスパラギンがアスパラギン酸に置換され た点変異(MotP-N186D)、2 種類の変異を同定した。中性環境中での運動性の復帰には MotP-N186D が関与していることが示唆された。MotP-N186 は、MotP サブユニットの 3 番目と 4 番目のペリプラズム側のループの 3 番目の膜貫通領域の直前部分に位置している と推定した。このとこから、イオン流入ポアの入り口付近のアスパラギン残基がマイナス
の荷電を持つアスパラギン酸残基に置換されたことで、Na+がイオン流入ポアに入りやす
くなったために中性環境中において運動性を回復したのではないかと推定した。
中性環境中においても枯草菌は低 Na+濃度下で十分な運動性を示すが、OF4PS は運動
性環境、低 Na+濃度下では運動性を示さないのか検証した。低 Na+濃度下における運動
性向上株は全てにおいて MotS サブユニットで変異が同定された。MotS サブユニットで 同定した変異箇所は、膜貫通領域や Plug 領域、基部体に固定子が組み込まれるために大
きく構造変化すると考えられている C 末端領域であった。サルモネラ菌の H+駆動型固
定子 MotAB の MotB サブユニットの Plug 領域は、固定子の不活性化のために重要だと 報告されている。Plug 領域を欠損させた固定子を細胞内で発現させると共役イオン流入 制御ができないため細胞内外のイオン濃度勾配を維持できないことから生育に影響する。 また、V. alginolyticusの Na+駆動型固定子 PomB サブユニットの推定イオン結合部位 (D24)に変異を導入した D24N 固定子はイオンチャネルとして機能できないので Plug 領 域が欠損していてもイオンの過剰な流入が起こらない。そのため、野生株と同等の生育を 示す。これらのことから、Plug 領域は固定子の共役イオンの流入制御に重要であると考 えられる。低 Na+濃度下において取得された運動性向上株の変異導入箇所 5 箇所中 3 箇 所が Plug 領域であったことからも、Plug 領域が外環境の pH やイオン濃度に対応してモ ーターの駆動を制御している可能性が示唆された。また、今回、取得された運動性向上株 のうち、他の 2 つの変異箇所ついては、固定子の構造的な要因が考えられた。 今回の結果から、中性環境におけるB. pseudofirmus OF4 の運動性の低下の原因が、 Na+駆動型固定子 MotPS の Na+の流入制御にイオン流入ポア付近に存在するアミノ酸残 基(N186)や MotS サブユニットの Plug 領域が関与していることを示す結果を得ること ができた。今回の結果は、べん毛モーター固定子の共役イオン流入制御機構を解明するた めの重要な発見となった。 第 5 章 総括 本章では、第 2 章から第 4 章までに明らかにした成果について総括した。 【論文の審査結果】 本論文では、Bacillus属細菌のべん毛モーターのエネルギー変換ユニットである固定子 に着目し、固定子側からのモーターの回転に重要なアミノ酸残基の同定、固定子内を流入 するイオン透過にかかわる機構の解明、好中性菌由来と好アルカリ性由来の Na+駆動型 固定子の中性環境における作動機構の違いの解明を行い、その成果をまとめたものである。 そして、次のことが評価される。 1 )これまで研究例がなかったグラム陽性細菌の枯草菌べん毛モーターの回転駆動力の発 生に関与する H+駆動型と Na+駆動型の 2 種類の固定子の細胞質側の親水性ループ領域 に存在する複数の荷電アミノ酸に着目し、それらの荷電アミノ酸からモーターの回転と 固定子のべん毛基部体へ取り込みに関与するアミノ酸残基を明らかにした。その結果は、
これまで報告例のある大腸菌や海洋性ビブリオ属細菌のものとは異なり、2 種類の固定 子で荷電の異なるアミノ酸残基が回転子側の FliG と相互作用して回転駆動力を発生さ せているというこれまでの概念を改変させる新規性が認められる。 2 )今回の研究成果より、枯草菌べん毛モーターの回転駆動力の発生に関与する H+駆動 型と Na+駆動型の 2 種類の固定子における推定イオン結合部位とイオン流入経路に影 響を与えるアミノ酸残基を同定した。これらのアミノ酸残基がどのようにイオン流入経 路に影響するかのモデルを提唱している。このような今後の研究アプローチへの方向性 を示したことは評価できる。
3 )枯草菌と好アルカリ性細菌Bacillus pseudofirmus OF4 の Na+駆動型固定子 MotPS
の中性環境における Na+親和性の違いとして、これまでイオン流入調節に関与してい
ると考えられていた固定子複合体の Plug 領域の関与が示唆された。これまで固定子
の Plug 領域が外環境 Na+濃度に対する応答に関与していることを示した報告例はない。
今回の成果はべん毛モーター固定子の共役イオン流入制御機構解明するための重要な情 報であり、新規性が認められる。
これらの独創的な研究成果は、論文として「Journal of Biochemistry 誌」と「Journal of General and Applied Microbiology 誌」の査読付き英文雑誌に、高橋優嘉さんが筆頭著 者として掲載された。このうちの「Journal of Biochemistry 誌」へ掲載された論文の研究 成果で 2 度のポスター賞を受賞し、外部からの高い評価も頂いている。また、生命科学研 究科(生命科学専攻)の博士学位審査基準に照らしても妥当な研究内容であると認められ る。 従って、所定の試験結果と論文評価に基づき、本審査委員会は全員一致を持って高橋優 嘉氏の博士学位請求論文は、本学博士学位を授与するに相応しいものと判断する。