「大乘五方便」の成立と展開
著者名(日)
伊吹 敦
雑誌名
東洋学論叢
号
37
ページ
1-62
発行年
2012-03
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00003261/
「大乘五方便」の成立と展開
伊
吹
敦
はじめに
北宗の綱要書と見られているものに『觀心論』と「大乘五方便 (1 ( 」の二つがある。これらは、北宗禪の思想を解明 するうえで基礎となるべき重要な文獻であり、その資料價値は疑うべくもない。 ただ、兩者の性格は大いに異なっていたようである。というのは、 『觀心論』 (「觀心破相論」 「破相論」とも呼ば れる ( が敦煌本、朝鮮傳本、日本傳本と樣々な經路で傳えられているにも拘わらず、基本的にテキストに大きな相 違 が 見 ら れ な い の に 對 し て、 「 大 乘 五 方 便 」 系 の 諸 本 は、 結 構 は 共 通 し つ つ も、 テ キ ス ト に よ っ て 内 容 に 大 き な 相 違が見られ、 また、 その標題も異なっているからである。この文獻を初めて紹介した久野芳隆氏が「流動性に富む」 と 評 し た (( ( 所 以 で あ る が、 こ の 特 異 な 性 格 の た め、 「 大 乘 五 方 便 」 に つ い て は、 そ の 思 想 内 容 を 檢 討 す る 以 前 に、 次 のような種々の問題を解決しておく必要が生ずるのである。 a.異本にはどのようなものがあり、それら相互の關係はいかなるものか。b.原本の撰者は誰か、あるいは、その思想は誰に由來するか。 c.文獻そのものの性格、あるいは、テキストが流動性に富む理由をどう考えるか。 當然のことながら、これらについては、從來からしばしば研究が行われてきた。最初に着手されたのはaの異本 の 探 索 と 整 理 で あ り、 久 野 芳 隆、 宇 井 伯 壽、 鈴 木 大 拙、 武 田 忠 ら の 諸 氏 の 研 究 は、 こ れ を 主 と す る も の で あ っ た (( ( 。 筆者もかつてこれに關して私見を明らかにしたことがある。即ち、 「「大乘五方便」の諸本について︱文獻の變遷に 見 る 北 宗 思 想 の 展 開 」 と 題 す る 拙 稿 が そ れ で、 「 通 一 切 經 要 義 集 」 と 題 す る 新 た な 異 本 を 紹 介 す る と と も に、 從 來 の諸説を參照しつつ、 「通一切經要義集」をも含める形で諸本間の關係の解明を行った (( ( 。 bの問題を初めて提起したのは、 他ならぬ、 この拙稿であった。それまでは、 宗密が『圓覺經大疏鈔』において、 神秀のものとして「大乘五方便」の異本を長文に亙って引用しているのをそのまま承認していた。しかし、宗密は 神秀より百數十年も後の人であるからその説を安易に信ずべきでなく、 再檢討が必要であることを指摘したうえで、 禪宗關係の碑銘や塔銘、敦煌文書等を調査し、それらにおいて「大乘五方便」と關聯する記述がいかに現われてい るかを檢討することで、 「「大乘五方便」の大綱は既に神秀にあったが、それを完成して現在の形にしたのは普寂で ある (( ( 」という結論を述べておいた。 cは「大乘五方便」の本質に關わる最も重要な問題であるが、從來、ほとんど問題にされてこなかった。先の拙 稿でも、テキストの展開に沿って、北宗の思想がいかに變化していったかを論じておきながら、どうしてこのよう に流動性に富むのかという最も根本的な問題については、いまだその重要性に思い至らなかったのである。 今、 二十年の歳月を經て、 再び「大乘五方便」を問題にしようとする第一の理由はここにあるが、 それと同時に、
筆者自身の研究の進展に伴い、先の拙稿を補正すべき點をいくつか見出しており、また、その間、意見を異にする 論攷の發表もあって、それらも含めて私見を明らかにする必要があると判斷したからである。
一
「大乘五方便」の諸本の展開過程について
「大乘五方便」の諸本については、先の拙稿において、 a本:スタイン〇一八二號 b本:スタイン〇七三五號背面 c本:スタイン一〇〇二號 d本:スタイン二五〇三號第一 e本:スタイン二五〇三號第二 f本: スタイン二五〇三號第三 g本:スタイン七九六一號 h本:ペリオ二〇五八號 i本:ペリオ二二七〇號 j本:北京一三五一號(生二四 ( 背面 という十の寫本が存在し、それが次の六類に分けられることを明らかにした。 第一類(b本・f本・j本 ( 第二類(d本 ( 第三類(h本・i本 ( 第四類(a本 ( 第五類(e本 ( 第六類(c本 ( そして、その相互關係についても、次のような展開過程が想定できるという見解を示した。こ の 私 見 に 對 し て 異 論 を 唱 え た の が 河 合 泰 弘 氏 で あ る。即ち、氏は、 「『北宗五方便』とその周辺」と題する 論 文 に お い て、 「 大 乘 五 方 便 」 の 異 本 の 數 を 十 二 と し た 上で、私見に對して批判を加えている (( ( 。異本の數が増え ているのは、新たな寫本を發見したわけではなく、筆者 が「五方便」という結構を前提していないがために異本 とは認めなかったペリオ二八三六號を再び異本の一つと 認め、更に、i本の一部を別出して一異本に數えたため である。しかし、これには大いに疑問がある。 前者について言えば、 後に述べるように、 「大乘五方便」 の主要部は、以前から行われていた「通經」を取り込ん だ も の と 見 る こ と が で き る。 從 っ て、 「 大 乘 五 方 便 」 の 成立以前に、その素材が存在したことは十分に想定でき るのであって、類似した記述があるだけで一異本と認め る と い う の は 極 め て 危 險 で あ る。 そ れ を「 大 乘 五 方 便 」 の一異本と認めるためには、少なくとも「五方便」とい う結構の存在を窺わせるものがなくてはならないであろ う。 第六類 (標題未詳) (『大乘無生方便門』)第一類 未詳の資料 第二類 (標題未詳) 第三類 (大乘五方便北宗) 第四類 (『通一切經要義集』) 第五類 (名稱なし) 一部插入 一部插入 一部省略 第二章以下の節略序章の省略 序章の書き換え 文章の整理と簡略化 第一章以下の項目化
後者についても、i本の當該部分のみが異本として別に存在するのであれば、その部分を他本の竄入と認めうる が、そうでなければ、別の一異本と認めることは許されないであろう。確かに、その部分はi本の全體から見て不 自然であり、後の插入であることは間違いない。しかし、i本は正しく、それを含む形の一異本なのであって、こ れを勝手に二つの異本に分解するなどといったことは差し控えなくてはならないのである。從って、異本の數を十 本とし、それを六類に分類できるとした先の私見は、依然として正當なものと判斷できる。 次に諸本間の關係についてであるが、主要な異本については、河合氏の見解は筆者のものと完全に一致している ( 斷 片 に 過 ぎ な い 第 六 類 に つ い て は 見 解 が 異 な る が、 こ こ で は 必 ず し も 重 要 で は な い か ら、 こ れ 以 上 は 論 じ な い (。 もっとも氏は、私見に對して第二類や第四類を第一類から直接的に展開したものとは見做しがたいと批判し、第一 類、 第 二 類、 第 三 類 に 共 通 す る 原 本 の 存 在 を 假 定 す る が、 拙 稿 の 説 は、 「 第 一 類 が 古 形 を 保 っ て い る 」 と い う 認 識 のもとに、諸本の展開の概要を述べようとしたものに過ぎず、この批判は不當である。筆者の主張は、原本の形態 は 第 一 類 に 極 め て 近 い も の で あ っ た と い う こ と で( 恐 ら く、 そ の 名 稱 も『 大 乘 無 生 方 便 門 』 で あ っ た で あ ろ う (、 第一類がそのまま原本だと言っているわけではない。 從って、この點でも特に私見を修正する必要性は感じていなかったのであるが、最近、再び諸本の比較を行った ところ、第二類と第四類に共通する祖本の存在を假定した方がよいという結論に達した。その理由は、第二類と第 四類との間には文體等において大いに相違が見られるものの、兩者に共通しながら第一類とは異なる點が見られる ためである。 この例は多く見られるが、例えば、第一類( 『大乘無生方便門』 ( の第一章「總彰佛體」で、
「 法 界 一 相。 則 是 如 來 平 等 法 身。 問。 是 沒 是 法 界。 [ 答。 ] 意 知 是 法 界。 是 十 八 界。 眼 見。 意 知。 念 起 多 想 生。 隔障不通。是染法界。是衆生界。 [問。 ]是沒是淨法界。 [答。 ]眼見意知。離念即無隔障。是淨法界。是佛界。 [問。 ]是沒是佛界。 [答。 ]法界一相。意知處是法。是法界。眼見色。耳聞聲。鼻覺香。舌知味。身覺觸。意知 法。意通知上五種法。若心起同縁。即是染法界。是衆生界。若不起心同縁。即是淨法界。是佛界。 法界一相。於十八界中有二。一染。一淨。先染後淨。眼見色。意識同縁知。眼等五根依塵。五處起染。即一切 處 染。 一 切 處 染。 即 是 染 法 界。 是 衆 生 界。 問。 是 沒 是 淨 法 界。 [ 答。 ] 淨 法 界 者。 於 離 念 中。 眼 見 色。 不 分 別。 即於眼處得解脱。餘四亦同。五處解脱。即一切處解脱。一切處解脱。即一切處淨。即是淨法界。是佛界 (( ( 。」 となっている箇所に對應する第二類、第四類の文章を掲げれば、それぞれ次のごとくである。 「法界一相者。 意知是法界。 是十八界。 眼見意知念起。 多想生隔障不通。 即是染法界。 是衆生界。 眼見意知離念。 即無隔障。即是淨法界。是佛界。一相無相。無一二相。即是實相。實相即是法界一相。 (( ( 」(第二類 ( 「 通 法 界 一 相。 和 問。 法 是 麼。 子 言。 意 知 名 法。 意 知 五 根 法 所 到 名 界。 眼 見 色。 意 同 知。 染 法 界。 心 不 起。 不 同 知。 淨 法 界。 餘 根 准 上。 ( 中 略 ( 通 法 界 一 相。 一 相 謂 無 相。 無 相 沒 相。 沒 相 是 無 相。 即 是 實 相。 是 名 法 界 一 相。 (( ( 」(第四類 ( つまり、第一類が同種のことを三度も繰り返して敍述するのに對して、第二類と第四類は、いずれも最初のもの
だけ殘して他を削除し、更に兩者とも、その末尾に「一相は無相で實相だ」とする傍線部の一節を附け加えている のである。これは偶然ではあり得ない。兩者がともに基づいたテキストがかつて存在したのである。 また、第一類の第二章「開智慧門」の、 「 妙 法 蓮 華 經。 是 沒 是 妙 法。 心 是 妙 法。 蓮 華 是 色。 心 如 是 智。 色 如 是 慧。 是 智 慧 經。 大 方 廣 佛 華 嚴 經。 大 方 廣 是心。 華嚴是色。 心如是智。 色如是慧。 是智慧經。 金剛經。 金是心。 剛是色。 心如是智。 色如是慧。 是智慧經 ((( ( 。」 という箇所についても、これに對應する第二類、第四類の文章は、 「問。是沒是妙法蓮華經。答。心不動是是妙法。身不動是蓮華。身心不動 4 4 4 4 入入無量義處三昧。是名妙法蓮華經。 問。 是 沒 是 金 剛 般 若 経。 答。 般 若 是 西 國 梵 語。 此 地 往 翻 名 爲 智 惠。心 不 動 是 金。 身 不 動 是 剛。 身 心 如 如 不 動 4 4 4 4 4 4 。 是名金剛般若經。問。是沒是佛方廣華嚴經。答。心不動是方廣。身不動是華嚴。身心寂滅不動 4 4 4 4 4 4 。是名佛方廣華 嚴經 ((( ( 。」 (第二類 ( 「通妙法蓮[華]經題目。心不動。妙法。是智。色不動。蓮花。是惠。色心倶不動 4 4 4 4 4 。經。是常。常依智慧脩行。 通 金 剛 經 題 目。 釋 心 不 動。 金[ 剛 ]。 是 定。 色 不 動。 般 若。 是 惠。 色 心 倶 不 動 4 4 4 4 4 。 經。 是 常。 常 依 定 惠 脩 行。 法 華經長行云。入於無量義處三昧。身心不動 4 4 4 4 。天雨花等。 釋 有心則有量。無心則無量。心不動 4 4 4 。三昧。是定。色 4 不動 4 4 。無量義處。是惠。色心倶不動 4 4 4 4 4 。天雨花。散花是色。一切色惣是花。不起一切心上皆佛果。所以品品方便
道。 心心入佛果。 ……通大方廣佛花嚴經。 心不動。 大方廣佛。 是智。 色不動。 花嚴。 是惠。 倶不動 4 4 4 。 經。 是常。 常依智惠修行 ((( ( 。」 (第四類 ( となっており、第一類が單に「心」 「色」とするところを、第二類は「心不動」 「身不動」 、第四類は「心不動」 「色 不動」と改めている(傍線部を參照 (。 「身」と「色」に相違が見られるものの、同じく「不動」とするのは、明ら かに兩者の密接な關係を示すものであるし、兩者がともに「入無量義處三昧」に言及するのも同樣である。この點 から見ても、兩者が共通に基づいた異本がかつて存在したことは間違いないのである(この異本を假にX本と呼ぶ こととする (。 ところで、上の第二章「開智慧門」の箇所で注目されるのは、第二類や第四類では、傍線部以外でも、傍點部に 見るように、 「不動」が極めて強調されているということである。というのは、 第二章の標題は、 第一類が單に「開 智慧門」というのに對して、 第二類や第三類は「開智慧門。亦[名]不動門」としており、 この「不動」の強調が、 こ の 章 名 の 改 變 と 呼 應 す る も の と 考 え ら れ る か ら で あ る。 つ ま り、 X 本 の 段 階 で、 既 に 第 二 章 は、 「 開 智 慧 門。 亦 名不動門」に既に改められていたと考えられるのである。 同樣のことは、第一章や第五章の標題についても言える。先ず第一章についてであるが、第一類は、第一章の標 題を「總彰佛體」としていたが、第二類や第三類では、これを「總彰佛體。亦名離念門」に改めている。實際のと ころ、第一章で第二類のみに見られる文章には、 「 身 心 離 念。 返 照 熟 看 清 淨 法 身。 得 入 佛 道。 身 心 離 念。 着 力 硬 看 清 淨 本 覺。 得 入 佛 道。 身 心 離 念。 加 功 照 德。
清淨躰眞得入佛道。身心離念。虚空功德。清淨微塵。等目端正 ((( ( 。」 「虚空不生不滅。 離念亦不生不滅。 虚空無相無爲。 離念亦無相無爲。 虚空不増不減。 離念亦不増不減。 虚空無心。 離念亦無心。無心故。等無所不遍。有念即不遍。離念則遍 ((( ( 。」 などがあり、 「離念」が強調されていることが知られるが、第四類の第一章においても、 「若離心。貪不起。離色。嗔不生。色心倶離。愚癡不現。又離心出欲界。離色出色界。倶離出無色界 ((( ( 。」 「通五法義。離心名不起。離色相不起。倶離即無妄想。離心即正智。離色即如如。倶離即正智如如 ((( ( 。」 等 々 の よ う に、 「 離 」 が 強 調 さ れ て い る の を 認 め る こ と が で き る。 こ の 點 か ら 見 て も、 兩 者 が 共 に 基 づ い た X 本 の 第一章が既に「總彰佛體。亦名離念門」であったことは、先ず間違いないものと考えられる。 次に第五章についてであるが、第一類がその標題を「自然無礙解脱道」としていたのを、第二類や第三類は、こ れを「了無異門」に改めている。第四類や第五類は、第五章の文章を纔かしか傳えないが、その中に、 「於眼入 遠塵 。於色起 離垢 。示現法不思議。諸天世人莫能知 了無 。於色法入 離垢 。於眼起 遠塵 。觀眼無生無自性。説 空寂無所有 了無爲 。又於眼根中入正受 根不礙塵 。於色法中三昧起 塵不礙根 。已上了無異。 ((( ( 」(第四類 (
とあり、同じく第四類の第三章には、 「而四大天王及 忉 利諸天。不見不知己之所入。何爲不知。謂。有異故 ((( ( 。」 という一節があって、第四類やそれが基づいたX本が「無異」という概念を極めて重んていたことを窺わせる。 從って、 各章の標題は、 第一類が、 第一章「總彰佛體」 、 第二章「開智慧門」 、 第三章「顯示不思議法」 、 第四章「明 諸 法 正 性 」、 第 五 章「 自 然 無 礙 解 脱 道 」 で あ っ た の に 對 し て、 X 本 に お い て 既 に 第 一 章「 總 彰 佛 體。 亦 名 離 念 門 」、 第 二 章「 開 智 慧 門。 亦 名 不 動 門 」、 第 三 章「 顯 不 思 議 門 」、 第 四 章「 明 諸 法 正 性 門 」、 第 五 章「 了 無 異 門 」 と 改 め ら れていたと考えることができる。 ここで注意すべきは、各章が「門」とされたことの意味である。これは第一類で既に用いられていた第二章の標 題、 「 開 智 慧 門 」 を 全 體 に 擴 張 し た も の と い え る が、 「 開 智 慧 門 」 は、 本 來、 「 智 慧 の 門 を 開 く 」 の 意 味 で あ っ た。 ところが、 これがX本では、 「智慧を開く門」と讀まれるとともに「動かざる門(不動門 (」という別名が付加され、 他の各章についても 「念を離れる門 (離念門 (」「不思議を顯す門 (顯不思議門 (」「諸法の正性を明らかにする門 (明 諸法正性門 (」 「無異を了する門(了無異門 (」という名が與えられるに至ったのである。 つまり、第一類の『大乘無生方便門』では、その標題は、この文獻の全體が「方便の門」だという意味であった はずであるが、X本以降は、各章それぞれが獨立した「方便の門」だ考えられるようになったのである。實際のと ころ、第四類には、第一章を「第一の方便」と呼ぶ次のような文章が見える。
「已上是第一方便正義。傍通三竟。名總彰佛體。皆以離心離色通一切法。故名總彰 ((( ( 。」 つまり、X本以降の諸本では、章を追って五つの「方便」が提示されていることになるのであって、ここから見 て、X本の名稱が、既に第三類のごとく『大乘五方便』となっていたことは略ぼ確實である(第三類の名稱は「大 乘 五 方 便 北 宗 」 で あ る が、 「 北 宗 」 の 二 字 は や や 小 さ く 書 か れ て お り、 ま た、 北 宗 が 自 ら「 北 宗 」 と 名 乘 る は ず も ないから、後世の附加と見做すべきである (。 先に見たように、X本が編輯されたとき、全體の標題や各章の名稱が改められただけでなく、各章に改變が施さ れたと考えられるが、この際に行われたと考えられることの一つとして、引用經論の整理があるので、次にこれに ついて考えてみよう。 次 頁 以 下 の 一 覽 表 は、 第 一 類、 第 二 類、 第 四 類 に つ い て 引 用 經 論 を 列 擧 し た も の で あ る。 「 大 乘 五 方 便 」 は、 第 一章以下において、種種の經論を引用しつつ、それをいわゆる「心觀釋」の手法で解説してゆくのであるが、この 一覽表を見ると、それに用いられる經論は、比較的數が限られていることが知られる。我々は、これらを北宗禪が 尊んだ經論と認めてよいであろう。 ところで、第二類や第四類の雙方がX本に基づくにしても、それぞれ獨自にX本に對して削除や附加を行ったと 考えられるから、先ず、X本で扱われていた經論を特定しなくてはならないが、これに關しては、おおよそ次のよ うに判斷することができる。
章 經論名 No. 第一類 鈴木大拙 『禪思想史研究 第三』 第二類 宇井伯壽 『禪宗史研究』 第四類 伊吹敦 「 「 大乘五方便 」 の諸本について」 出典 (大正藏) 序章 金剛般若波 羅蜜經 1 金 剛 經 云。 凡 所 有 相 皆 是 虚 妄。 (一六八頁 ( 金 剛 云。 凡 所 有 相。 皆 是 虚 妄。 (九七頁上 ( ( − (((上 第一章 成唯識論 2 如 唯 識 云。 此 是 無 漏 界。 (九七頁下 ( (1 − ((上 3 界 是 藏 義。 此 中 含 容 無 邊 廣 大功德。 (九七頁下 ( (1 − ((上 大乘起信論 4 所 言 覺 義 者。 爲 心 體 離 念。 離念相等虚空界。 無所不遍。 法 界 一 相。 即 是 如 來 平 等 法 身。 於 此 法 身。 説 名 本 覺。 (一七〇 –一七一頁 ( 所 謂 覺 者。 爲 身 心 離 念。 離 念相。 等虚空界。 無所不遍。 法 界 一 相。 即 是 如 來 平 等 法 身。 依 此 法 身。 説 名 本 覺。 (四六九 -四七〇頁 ( 所 言 覺 義 者。 謂 心 體 離 念。 離 念 相 者。 等 虚 空 界。 無 所 不 遍。 法 界 一 相。 即 是 如 來 平等法身。 説名本覺。 (九七 頁下 -九八頁上 ( (( − (((中 5 覺 心 初 起。 心 無 初 相。 遠 離 微細念。 了見心性。 性常住。 名究竟覺。 (一七一頁 ( 覺 心 初 起。 心 無 初 相。 遠 離 微 細 念。 了 見 心 性。 性 常 住 名究竟覺。 (四七〇頁 ( (( − (((中 第二章 金剛般若波 羅蜜經 6 金剛經 (一八一頁 ( 金剛般若經 (四七六頁 ( 通 金剛經 題目(九九頁下 ( ( − (((下 7 佛 説 般 若 波 羅 蜜。 即 非 般 若 波 羅 蜜。 是 名 般 若 波 羅 蜜。 (一八五頁 ( 佛 説 般 若 波 羅 蜜。 即 非 世 人 執 相 般 若 波 羅 蜜。 是 名 無 相 般若波羅蜜。 (一〇〇頁下 ( ( − ((0上 8 佛 説 檀 波 羅 蜜。 即 非 世 人 執 相 檀 波 羅 蜜。 是 名 無 相 檀 波 羅蜜。 尸波羅蜜。 忍。 進。 禪。 及世界。 (一〇〇頁下 ( ( − ((0中
第二章 金剛般若波 羅蜜經 9 佛 説 微 塵 衆。 即 非 微 塵 衆。 是名微塵衆。 (一八五頁 ( ( − (((中 妙法蓮華經 10 妙法蓮華經 (一八一頁 ( 妙法蓮華經 (四七六頁 ( 通 妙法蓮經 題目 (九九頁下 ( ( − 1下 11 法華經 (一八一頁 ( ( − 1下 1( 諸 菩 薩 説 大 乘 經。 名 無 量 義 教 菩 薩 法。 佛 所 護 念。 佛 説 此 經 已。 結 跏 趺。 入 於 無 量 義 處 三 昧。 表 身 心 不 動。 (一八一 -一八二頁 ( 爾 時。 世 尊 爲 諸 菩 薩 説 大 乘 經。 教 菩 薩 法。 佛 所 護 念。 説 此 經 已。 結 跏 趺 坐。 入 於 無 量 義 處 三 昧。 身 心 不 動。 (四七七頁 ( 法 華 經 長 行 云。 入 於 無 量 義 處三昧。 身心不動。 天雨花。 (九九頁下 ( ( − (中 1( 通 法 華 偈 誦。 照 明 佛 法。 開 悟衆生。 (九九頁下 ( ( − (下 1( 獨 處 閑 靜。 樂 誦 經 典。 深 修 禪定。 得五神通。 安禪合掌。 以 千 萬 偈。 讃 諸 法 王。 智 深 志固。 能問諸佛。 聞悉受持。 破魔兵衆。 而撃法鼓。 (九九 頁下 −一〇〇頁上 ( ( − (上 1( 説 寂 滅 法。 種 種 教 詔。 觀 諸 法性。 無有二相。 猶如虚空。 (一〇〇頁上 ( ( − (中 1( 爾時。 世尊從三昧安詳而起。 告 舍 利 弗。 諸 佛 智 慧 甚 深 無 量。 其 智 慧 門 難 解 難 入。 一 切 聲 聞 辟 支 佛 所 不 能 知。 (一八二頁 ( 爾時。 世尊從三昧安祥而起。 告 舍 利 弗。 諸 佛 智 惠 甚 深 無 量。 其 智 惠 門 難 解 難 入。 一 切 聲 聞 辟 支 佛 所 不 能 知。 (四七七頁 ( 法 花 長 行 云。 爾 時。 世 尊 從 三 昧 安 詳 而 起。 諸 佛 智 惠 甚 深無量。 其智惠門難解難入。 (一〇〇頁上 ( ( − (中
章 經論名 No. 第一類 (鈴木) 第二類 (宇井) 第四類 (伊吹) 出典 (大正藏) 第二章 妙法蓮華經 1( 不 能 測 佛 智。 盡 思 共 度 量。 (一八二頁 ( 不能側 (測 ( 佛智(四七七頁 ( 通 法 花 偈 誦。 假 使 滿 世 間。 皆 如 舍 利 弗。 盡 思 共 度 量。 不能測佛智。 (一〇〇頁下 ( ( − (上 1( 亦 復 不 能 知。 又 告 舍 利 弗。 無 漏 不 思 議。 甚 深 微 妙 法。 我 今 已 具 得。 唯 我 知 是 相。 十方佛亦然。 (一八二頁 ( 無 漏 不 思 議。 甚 深 微 妙 法。 我 今 已 具 得。 唯 我 知 是 相。 十方佛亦然。 (四七八頁 ( 無 漏 不 思 議。 甚 深 微 妙 法。 我 今 已 具 得。 唯 我 知 是 相。 十方佛亦然。 (一〇〇頁下 ( ( − (上 1( 止止。 不須説。 我法妙難思。 諸 増 上 慢 者。 聞 必 不 敬 信。 (一八二頁 ( 止止。 不須説。 我法妙難思。 諸 増 上 慢 者。 聞 必 不 敬 信。 (一〇〇頁下 ( ( − (下 (0 増 上 慢 比 丘。 將 墜 於 大 坑。 (四七八頁 ( ( − (下 (1 未 得 爲 得。 未 證 爲 證。 有 如 此失。 (四七八頁 ( ( − (上 (( 諸 佛 世 尊。 爲 一 大 事 因 縁。 出 現 於 世。 諸 佛 世 尊。 來 爲 衆 生 開 佛 知 見。 示 佛 知 見。 悟 佛 知 見。 入 佛 知 見。 (一八四 -一八五頁 ( 諸佛世尊。 爲一大事因縁故。 出 現 於 世。 諸 佛 世 尊。 來 視 衆 生 開 佛 知 見。 示 佛 知 見。 悟 佛 知 見。 入 佛 知 見。 (四七八 -四七九頁 ( 一 大 事 因 縁 故。 出 現 於 世。 開示悟入。 (一〇〇頁下 ( ( − (上 (( 如 其 所 得 法。 定 慧 力 莊 嚴。 以 此 度 衆 生。 自 證 無 上 道。 (一七四頁 ( ( − (上
第二章 妙法蓮華經 (( 開 方 便 門。 示 眞 實 相。 (一八一頁 ( 開 方 便 門。 示 眞 實 路。 (四七六頁 ( ( − (1下 (( 法華 三昧(四七九頁 ( ( − ((上 大方廣佛華 嚴經 (( 大方廣佛華嚴經 (一八一頁 ( 佛方廣華嚴經 (四七六頁 ( 通 大 方 廣 佛 花 嚴 經 ( 一 〇 〇 頁上 ( ( − (((上 大般涅槃經 (( 涅 槃 經 云。 不 聞 聞。 不 聞 不 聞。聞聞。 (一七五頁 ( 1( − ((0上 佛垂般涅槃 略説教誡經 (( 遺 教 經 云。 一 切 世 間 動 不 動 法。 皆 成 敗 壞 不 安 之 相。 (一七九頁 ( 1( − 111(中 維摩詰所説 經 (( 經 云。 菩 提 不 可 以 心 身 得。 寂 滅 是 菩 提。 滅 諸 相 故。 (一七七頁 ( 菩 提 不 可 以 身 得。 菩 提 不 可 以 心 得。 寂 滅 是 菩 提。 滅 諸 相 故。 不 觀 是 菩 提。 離 諸 縁 故。 (九九頁上 ( 1( − (((中 (0 障 是 菩 提。 障 諸 願 故。 (一七七頁 ( 1( − (((中 (1 不 會 是 菩 提。 諸 入 不 會 故。 (一七七頁 ( 1( − (((下 (( 直 心 是 道 場。 無 虚 假 故。 (九九頁上 ( 1( − (((下 (( 擧足下足。 (九九頁上 ( 1( − (((上 (( 通 維 摩 經 文 殊 問 疾 品 第 五 。 …… 貪 着 禪 味。 是 菩 薩 縛。 以方便生。 是菩薩解。 (九九 頁下 ( 1( − (((中
章 經論名 No. 第一類 (鈴木) 第二類 (宇井) 第四類 (伊吹) 出典 (大正藏) 第二章 維摩詰所説 經 (( 維 摩 經 云。 無 方 便 慧 縛。 有 方 便 慧 解。 無 慧 方 便 縛。 有 慧方便解。 (一七八頁 ( 無 方 便 惠 縛。 有 方 便 惠 解。 無 惠 方 便 縛。 有 惠 方 便 解。 (四七四頁 ( 無 方 便 惠 縛。 有 方 便 惠 解。 無 惠 方 便 縛。 有 惠 方 便 解。 (九九頁下 ( 1( − (((中 (( 菩 薩 以 愛 見 心。 莊 嚴 佛 土。 成 就 衆 生。 於 空 無 相 無 作 法 中。 而 自 調 伏。 是 名 無 方 便 慧縛。 (一七九頁 ( 爲 諸 菩 薩 以 愛 見 心。 莊 嚴 佛 土。 成 就 衆 生。 於 空 無 相 無 作法中。 而自調伏。 (四七五 頁 ( 1( − (((中 (( 菩薩不以愛見心。 莊嚴佛土。 於 空 無 相 無 作 法 中。 而 自 調 伏。 是 名 有 方 便 慧 解。 (一七九頁 ( 爲 不 以 愛 見 心。 莊 嚴 佛 土。 成 就 衆 生。 於 空 無 相 無 作 法 中。 以 自 調 伏。 而 不 疲 倦。 (四七五頁 ( 1( − (((中 (( 無 方 便 慧 縛。 謂 菩 薩 住 諸 貪 欲 嗔 恚 邪 見 等 諸 煩 惱。 而 殖 衆德本。 (一八〇頁 ( 無 惠 方 便 縛。 菩 薩 住 貪 欲 嗔 恚邪見諸煩惱。 而殖衆德本。 (四七五頁 ( 1( − (((中 (( 有 方 便 慧 解。 謂 菩 薩 離 諸 貪 欲 嗔 恚 邪 見 等 諸 煩 惱。 而 殖 衆 德 本。 廻 向 阿 耨 多 羅 三 藐 三菩提。 (一八〇頁 ( 有 惠 方 便 解。 菩 薩 爲 離 諸 貪 欲 嗔 恚 邪 見 諸 煩 惱。 而 殖 衆 德 本。 廻 向 阿 耨 多 羅 三 藐 三 菩提。 (四七五頁 ( 1( − (((中 (0 又 復 觀 身。 身 不 離 病。 是 病 是身。 非新非故。 (一八〇頁 ( 1( − (((中 未詳 (1 處 世 界 如 虚 空。 如 蓮 華 …… 超於彼。稽 [首] 禮無上尊。 (一八〇頁 ( 處 世 界 如 虚 空。 若 蓮 花 不 着 水。 心 清 淨 超 於 彼。 稽 首 禮 無上尊。 (四七六頁 ( 處 世 界 如 虚 空。 若 蓮 花 不 着 水。 心 清 淨 超 於 彼。 稽 首 禮 無上尊。 (九九頁上 -下 ( 未詳
第二章 未詳 (( 佛 説 燈 即 非 燈。 是 名 燈。 (一八五頁 ( 未詳 第三章 維摩詰所説 經 (( 不 思 議 品 第 六 。 爾 時。 舍 利 弗。 見 此 室 中 無 有 床 坐。 思 諸 菩 薩 大 弟 子。 當 於 何 坐。 維 摩 詰。 舍 利 弗。 云 何。 仁 者 爲 法 來 耶。 求 床 坐 耶。 我 爲法來。 非爲床坐。 維摩詰。 舍 利 弗。 夫 求 法 者。 不 貪 軀 命。 不 見 有 軀 命。 不 見 有 受 想 行 識。 不 見 有 欲 色 無 色。 不 見 有 佛 法 僧。 不 見 有 苦 集 滅 道。 不 見 有 染 不 染。 不 見 有 取 捨。 不 見 有 住 着。 不 見 有 見 聞 覺 知。 説 是 法 時。 五 百 天 子 於 諸 法 中。 六 根 一 時 清 淨。 爾 時。 維 摩 詰 語 文 殊 師 利。 仁 者 遊 於 無 量 阿 僧 祇三昧。 何等佛土有好上妙。 成就師子之座。 文殊師利言。 居 士。 度 三 十 六 恆 河 沙。 有 世 界 名 須 彌 相。 其 佛 號 須 彌 燈 王。 今 見 在 彼 佛 身。 長 八 萬 四 千 由 旬。 師 子 座。 八 萬 四 千 由 旬。 嚴 飾 第 一。 長 者 維 摩 詰。 現 神 通 力。 令 三 萬 二千師子之座。高廣嚴淨。 (闕 ( 1(− (((上 中
章 經論名 No. 第一類 (鈴木) 第二類 (宇井) 第四類 (伊吹) 出典 (大正藏) 第三章 維摩詰所説 經 (( 來 入 維 摩 詰 室。 諸 菩 薩 大 弟 子釋梵四天王等。 昔所未見。 其 室 廣 博。 悉 皆 苞 容 三 萬 二 千 師 子 之 座。 無 所 妨 碍。 於毘耶離。 及閻浮提四天下。 亦 不 迫 迮 。 爾 時。 維 摩 詰 語 文 殊 師 利。 就 師 子 座。 與 諸 菩 薩 上 人 倶 座。 爾 時。 維 摩 詰。 唯。 舍利弗。 就師子座。 舍利弗言。 居士。 此座高廣。 吾 不 能 昇。 維 摩 詰。 唯。 舍 利弗。 爲須彌燈王如來作禮。 乃 可 得 座。 於 是 新 發 意 菩 薩 及 大 弟 子。 即 爲 須 彌 燈 王 如 來 作 禮。 便 得 坐 師 子 座。 (四八〇 -四八一頁 ( (( 維 摩 詰 言。 唯。 舍 利 弗 聞。 諸 佛 菩 薩 有 解 脱 名 不 可 思 議。 若 菩 薩 住 是 解 脱 者。 已 須 彌 之 高 廣。 納 於 芥 子 中。 無 所 増 減。 須 彌 山 王 本 相 如 故。 而 四 天 王 忉 利 諸 天。 不 覺不知己之所入。 於此衆生。 亦 無 所 嬈 。 是 名 不 可 思 議 解 脱 法 門。 又 以 四 大 海 水。 入 於毛孔。不 嬈 魚鼈 黿 蛇水性 爾 時 維 摩 詰。 唯。 舍 利 弗。 諸 佛 菩 薩 有 解 脱 名 住 不 可 思 議解脱。 菩薩以須彌之高廣。 内 芥 子 中。 無 所 増 減。 須 彌 山 王 如 故。 而 四 天 王 忉 利 諸 天。 不 覺 不 知 己 之 所 入。 唯 應度者。 乃見須彌入芥子中。 菩 薩 又 以 四 大 海 水。 入 一 毛 孔。 不 嬈 魚 鼈 黿 水 性 之 屬。 而彼大海本相如故。阿脩羅 諸 佛 菩 薩 有 解 脱 名 不 可 思 議。 若 菩 薩 住 是 解 脱 者。 以 須 彌 之 高 廣。 内 芥 子 中。 無 所増減。 本相如故。 而諸天。 不 覺 不 知 己 之 所 入。 唯 應 度 者。 乃 見 須 彌 入 芥 子 中。 (一〇一頁上 ( (以下、闕 ( 1( − (((中 下
第三章 維摩詰所説 經 (( 之 屬。 而 彼 大 海 本 相 如 故。 諸 龍 鬼 神 阿 修 羅 等。 不 覺 不 知 己 之 所 入。 於 此 衆 生 亦 無 所 嬈 。 又 舍 利 弗。 住 不 可 思 議 解 脱 菩 薩。 斷 取 三 千 大 千 世 界。 如 陶 家 輪 著 右 掌 中。 擲 過 恆 河 沙 世 界 之 外。 其 中 衆 生 不 覺 不 知 己 之 所 往。 又 復 還 置 本 處。 都 不 使 人 有 往 來 相。 而 此 世 界 本 相 如 故。 又 舍 利 弗。 或 有 衆 生 樂 久 住 世。 而 可 度 者。 菩 薩 即 演 七 日 以 爲 一 劫。 令 彼 衆 生 爲 之 一 劫。 或 有 衆 生 不 樂 久 住。 而 可 度 者。 菩 薩 即 促 一 劫 以 爲七日。 令彼衆生爲之七日。 (一八五 -一八九頁 ( 等 不 覺 不 知 己 之 所 入。 於 此 衆生。 亦無所 嬈 。 又舍利弗。 斷 取 三 千 大 千 世 界。 如 陶 家 輪 着 右 掌 中。 擲 過 恆 河 沙 世 界 之 外。 其 中 衆 生 不 覺 不 知 己 之 所 往。 又 復 還 置 本 處。 都 不 使 人 有 往 來 相。 而 此 世 界 本 相 如 故。 又 舍 利 弗。 或 有 衆 生 樂 久 住 世 而 可 度 者。 菩 薩 即 演 七 日。 以 爲 一 劫。 令 彼 衆 生 爲 之 一 劫。 或 有 衆 生 不 樂 久 住 世 而 可 度 者。 菩 薩 即 促 一 劫 以 爲 七 日。 令 彼 衆 生 爲 之 七 日。 ( 四 八 一 -四八三頁 ( 第四章 維摩詰所説 經 (((闕 ( 維摩詰言。 善來。 文殊師利。 不 來 相 而 來。 不 見 相 而 見。 文 殊 師 利 言。 居 士。 若 來 已 更 不 來。 若 去 已 更 不 去。 來 者 去 無 所 從 來。 去 者 去 無 所 至。 可 見 者 更 不 可 見。 (四八五 -四八七頁 ( (闕 ( 1( − (((中 思益梵天所 問經 (( 思益經 。 梵天菩薩問望明言。 云 何 是 諸 法 正 性。 望 明 言。 ……法正性。 (一八九頁 ( 思 益 經 云。 思 益 梵 天 告 網 明 菩 薩 言。 云 何 是 諸 法 正 性。 網 明 言。 離 自 性。 離 欲 際。 是諸法正性。 (四八五頁 ( (闕 ( 1( − ((中
章 經論名 No. 第一類 (鈴木) 第二類 (宇井) 第四類 (伊吹) 出典 (大正藏) 第四章 未詳 (( 達 摩 和 上 解 …… 諸 法 正 性。 如 水 大 流 盡。 波 浪 即 不 ……。 (一八九頁 ( (以下、闕 ( 達摩解云。 心不起是離自性。 識 不 生 是 離 欲 際。 心 識 倶 不 起是諸法正性。 如水大流盡。 波 浪 即 不 起。 如 是 意 識 滅。 種種識不生。 (闕 ( 未詳 第五章 大方廣佛華 嚴經 (((闕 ( 一 切 無 礙 人。 一 道 出 生 死。 (四八九頁 ( (闕 ( ( − (((中 (((闕 ( 於 眼 根 中 入 正 受。 於 色 塵 中 三 昧 起。 示 現 色 法 不 思 議。 諸 天 世 人 莫 能 知。 於 色 塵 中 入 正 受。 於 眼 中 三 昧 起。 知 眼 無 生 無 自 性。 了 空 寂 滅 無 所有。 (四九二 -四九三頁 ( 於 眼 根 中 入 正 受。 於 色 法 中 三 昧 起。 示 現 法 不 思 議。 諸 天 世 人 莫 能 知。 於 色 法 入。 於 眼 起。 觀 眼 無 生 無 自 性。 説 空 寂 滅 無 所 有。 ( 一 〇 一 頁上 ( (第五類による補闕 ( ( − (((下 (0(闕 ( 非 長 亦 非 短。 解 脱 人 所 行。 (四八九頁 ( (闕 ( ( − (((下 1.第一類と第二類、あるいは第一類と第四類に共通する引用は、X本が第一類からそのまま引き繼いだもの と認めうる。 2.第二類と第四類に共通し、第一類に見られない引用は、X本が新たに導入したものと認めうる。 3.第一類にありながら、第二類にも第四類にも見られない引用は、X本において既に削られていた可能性が 考えられる。
このような基準に照らし、更に心觀釋の内容を考慮しつつ、上の一覽表の引用を檢討すると次のようなことが窺 われる。 第一章:X本は、略ぼそのまま第一類を繼承し、 『大乘起信論』の心觀釋に終始していたと考えられる。 第 二 章 : X 本 は、 『 法 華 經 』 の 引 用 は 略 ぼ そ の ま ま 繼 承 し た も の の、 第 一 類 に お い て 經 典 名 を 明 示 し て 引 用 さ れていた 『涅槃經』 と 『遺教經』 の經文 (№ ((、 ((( は全て削られた可能性が強く、 『金剛經』 と 『維摩經』 の 引 用 も 一 部 が 削 ら れ た と 考 え ら れ る( № 9、 (0、 (1、 (0(。『 維 摩 經 』 に 關 し て は、 第 一 類 で は、 「 維 摩 經云」として引用が行われていたが(№ (((、X本では、この句が省かれ、經典名が明示されなくなった。 こ れ に よ っ て、 經 題 解 釋 が 行 わ れ る『 金 剛 經 』( № 6 (、 『 法 華 經 』( № 10(、『 華 嚴 經 』( № ((( 以 外 の 經 典 名の提示は全てなくなった。 第三章:第二類には第一類に見られない『維摩經』の引用がある(№ (((。この引用部は、經文では、 「舍利弗 言。居士未曾有也。如是小室乃容受此高葊之座。於毘耶離城無所妨礙。又於閻浮提聚落城邑及四天下諸天 龍王鬼神宮殿。亦不迫 迮 」という文章を挾んで、№ ((の引用文に接賡するが、第四類の當該箇所を缺くた め、決定的なことは言えないものの、これに對する心觀釋は内容的に時代が降るもののごとくであり、恐 らく、第二類が獨自に附加したものであろう。從って、X本は、第一類をそのまま継承して『維摩經』の 「 維 摩 詰 言。 唯。 舍 利 弗。 諸 佛 菩 薩 有 解 脱 名 不 可 思 議 」 以 下( № ((( を 心 觀 釋 の 對 象 と し て い た も の と 考 えられる。 第 四 章 : 第 二 類 に は『 維 摩 經 』 の 引 用 が あ る が( № (((、 こ れ に 對 す る 心 觀 釋 の 内 容 は 第 三 章 に お け る 附 加 部
( № ((( と 共 通 す る 性 格 を 有 し て お り、 や は り 後 代 の 插 入 と 見 做 す べ き で あ る。 よ っ て、 X 本 は 第 一 類 を 承け繼ぎ、 『思益經』を中心に心觀釋をおこなっていたものと見做せる。 第五章:第二類のみに見られる『華嚴經』の引用(№ ((、 (0( は、第一類や第四類では、テキストの闕損のた め、その存在が確認できないが、これは第一類の第五章の名稱「自然無礙解脱道」の根據となるべきもの であるから、第一類に既にあった可能性も考えられる。ただし、第二類にあっても、これに對して心觀釋 が 行 わ れ て い る わ け で は な い か ら、 心 觀 釋 の 對 象 と し て は、 X 本 に お い て も、 『 華 嚴 經 』 の「 於 眼 根 中 入 正受」以下の偈文(№ ((( が中心となっていたであろう。 つまり、X本は、心觀釋に關しては、第一章、及び、第三~第五章の四章に關しては、基本的には、第一類をそ のまま繼承していたにも拘わらず、第二章に關しては、 『涅槃經』 『遺教經』 『金剛經』 『維摩經』の心觀釋をかなり 削っていたと考えられるのである。この理由はどこにあるのであろうか。思うに、これは、第二章を『法華經』を 中心にする章であることをはっきりさせたかったためであろう。 いったい、第一類は、經論の心觀釋という點で大きな不統一を來たしていた。というのは、第一章、及び、第三 章から第五章までの各章は、それぞれ、 『大乘起信論』 『維摩經』 『思益經』 『華嚴經』といった具合に、それぞれあ る特定の經論を中心とするものであったにも拘わらず、第二章のみは雜多な經論が心觀釋の對象とされていたから である。恐らく、X本は、この體裁上の不統一を少しでも解消しようと努めたのである。 X本が第二章において「不動」を強調し、 その章の別名を「不動門」とするのも、 恐らくは、 このためである。 「不 動」は、この章で引かれる『法華經』に、
「 爾 時 世 尊。 四 衆 圍 遶。 供 養 恭 敬 尊 重 讃 歎。 爲 諸 菩 薩 説 大 乘 經。 名 無 量 義 教 菩 薩 法 佛 所 護 念。 佛 説 此 經 已。 結 加趺坐。入於無量義處三昧。身心不動。 ((( ( 」 と説くように(№ 1(を參照 (、 『法華經』に由來するものであるから、標題の別名を「不動門」とすることで、この 章が『法華經』を中心とするものであることを明示できると考えたのであろう。 いったい、第一類の第二章そのものは、 『法華經』と『維摩經』が二本柱となって、 「智慧の門を開く」ことを明 らかにするものであったのだが、第三章が『維摩經』を中心とするものであったため、それとの差別化を圖る必要 から、X本の編者は敢えて『法華經』を前面に押し出したのである。 要するに、X本の編者は、第一類のごとき形態のものに基づきつつ、その五章を五つの經論に基づく五つの方便 を 説 く も の と す る 新 た な 視 點 か ら 改 變 を 行 い、 「 五 章 」 =「 五 方 便 」 を 次 の ご と き も の と 規 定 し 直 そ う と し た の で ある。 第一章(第一方便 ( =「離念門」=『大乘起信論』により「離念」を説く。 第二章(第二方便 ( =「不動門」=『法華經』により「不動」を説く。 第三章(第三方便 ( =「顯不思議門」=『維摩經』により「不可思議解脱」を説く。 第四章(第四方便 ( =「明諸法正性門」=『思益經』により「諸法正性」を説く。 第五章(第五方便 ( =「了無異門」=『華嚴經』により「無異」を説く
ここで注目すべきは、この經論の配當が、宗密が『圓覺經大疏鈔』卷三之下で掲げているものと完全に一致する という點である ((( ( 。現存するX本以降の「大乘五方便」の諸本は、上の一覽表に見るように、後世の插入を大量に含 み、各章の引用經論は、必ずしもこの配當に一致するわけではないが、X本の示した方針を更に徹底した異本があ った可能性も否定しきれない。宗密は、現存諸本で第二章にある『維摩經』に關わる文章を第三章の文章として引 用しているが、この事實は、曾てこうした異本が存在したことを示唆するものかも知れない ((( ( 。 それはともかく、當面の問題との關聯で注目すべきは、次の二點である。 1. 「五方便」という観念はX本に始まり、それ以前にはなかった。 2.第二章が『法華經』に基づくものだという認識もX本以前にはなかった、 あるいは、 極めて希薄であった。 何 故 な ら、 こ れ ら は 次 節 に 見 る よ う に、 「 大 乘 五 方 便 」 の 諸 本 の 成 立 時 期 を 決 定 す る う え で 極 め て 重 要 な 示 唆 を 與えるものだからである。
二
「大乘五方便」の由來について
冒 頭 で 觸 れ た よ う に、 先 の 拙 稿 で は、 「 大 乘 五 方 便 」 の 基 本 思 想 は 既 に 神 秀 に あ っ た が、 そ れ を 現 在 の 形 に 纏 め たのは普寂であろうとする私見を述べた。この見解は、その後に書かれた河合氏の一連の論攷においても、略ぼそ のまま承認されていたが ((( ( 、その後、これとは全く異なる見解が中國で相次いで出た。即ち、1.杜繼文・魏道儒『中國禪宗通史』 (江蘇古籍出版社、一九九三年初版、江蘇人民出版社、二〇〇七年再版 ( 2.徐文明「禪宗第八代北宗弘正大師」 (『敦煌學輯刊』一九九九年第二期 ( がそれである。 先ず、杜繼文・魏道儒兩氏は、宋之問(六五六? – 七一二 ( 撰「爲洛下諸僧請法事迎秀禪師表」に、 「兩京學徒。群方信士。不遠千里。同赴五門 ((( ( 。」 とある「五門」を、 『楞伽師資記』の「道信章」にいう、 「知心體」 「知心用」 「常覺不停」 「常觀身空寂」 「守一不移」 等 の「 五 事 」 を 指 す と し、 神 秀 が 東 山 法 門 の 思 想 を そ の ま ま 承 け 繼 い で い た こ と を 示 す も の と 理 解 す る。 そ し て、 宗密が「大乘五方便」を神秀から普寂に傳わったものとするのは、この上表文にいう「五門」を「五方便」と解釋 し た 結 果 で あ り、 門 下 の 思 想 を 神 秀 に 遡 及 さ せ た も の だ と 説 く。 そ の 一 方 で、 義 福 の 塔 銘、 嚴 挺 之( 六 七 三 − 七四二 ( 撰「大智禪師碑銘并序」に、 「既而攝念慮。棲榛林。練五門。入七淨 ((( ( 。」 と あ る「 五 門 」 に 關 し て は、 正 し く「 大 乘 五 方 便 」 に 外 な ら ぬ と し、 「 大 乘 五 方 便 」 の 思 想 は 東 山 法 門 や 神 秀 の 思
想とは大きな懸隔があるから、これは義福・普寂ら神秀門下の著作であると論じている ((( ( 。 これに對して徐文明氏は、 「大智禪師碑銘并序」にいう「五門」も「大乘五方便」ではなく、 「五事」 、 或いは「五 門禪」のことであろうとする ((( ( 。そして、李邕(六七八 – 七四七 ( 撰「大照禪師塔銘」に、 「 其 始 也。 攝 心 一 處。 息 慮 萬 縁。 或 刹 那 便 通。 或 歳 月 漸 證。 總 明 佛 體。 曾 是 聞 傳。 直 指 法 身。 自 然 獲 念。 滴 水 滿器。履霜堅氷。故能開方便門。示眞寶相 ((( ( 。」 と い う「 總 明 佛 體 」 が「 大 乘 五 方 便 」 の 第 一 章「 總 彰 佛 體 」 を、 ま た、 「 開 方 便 門 」 が「 五 方 便 門 」 を 暗 示 す る よ うにも見えるが ((( ( 、これを普寂において既に「大乘五方便」が確立されていたことの確かな證據とすることは難しい とする。そして、 新たに普寂門下の宏正こそが「大乘五方便」の作者であるとして、 次のような理由を擧げている。 a. 「(擬題 ( 第七祖大照和尚寂滅日齋讚文」は、 宏正の弟子のある禪師に關する資料であるが ((( ( 、 これによると、 この禪師は、普寂のもとで心源を了し、宏正によって五方便を開いたとされている。 b. 「大照禪師塔銘」によると、普寂が『思益經』と『楞伽經』の二つを重んじたことは間違いない。從って、 普寂にあっては、 四經一論( 『大乘起信論』 『法華經』 『維摩經』 『思益經』 『華嚴經』 ( に基づく「大乘五方便」 のような立場はまだなかった。 c. 「 唐 故 東 京 安 國 寺 契 微 和 尚 塔 銘 并 序 」 に は、 契 微 が 宏 正 の も と で 四 部 の 經 に 通 じ、 と り わ け『 楞 伽 經 』 に 詳しかったと書かれている。この四部の經とは、 『法華經』 『維摩經』 『思益經』 『華嚴經』に違いなく、これ
に『大乘起信論』を加えれば、 「大乘五方便」所依の經典が揃うことになる。 d.ここには『楞伽經』が含まれていないが、これは『楞伽經』を輕視したのではなく、達摩以來の禪宗の根 本經典としての地位を回復させるために別格扱いとしたのである。 從來、あまり注目されていなかった「唐故東京安國寺契微和尚塔銘并序」の記述を取りあげ、それを「大乘五方 便」と關聯づけることで大膽な假説を提出した注目すべき論文というべきである。ただ、私見に據れば、この論文 には、 1.諸本の展開過程を考慮に入れていないため、四經一論に基づく「五方便」という認識が當初からのもので あるという前提のもとに立論がされている。 2.資料の博捜が十分でなく、外にも「大乘五方便」と關聯を持つ資料が存在するのに論及されていない。 という二つの缺陷があるため、その結論は妥當性を缺くものとなっている。 第一の點については、前節で見たとおりであるから、ここでは、第二の點を中心に論じてゆこう。先ず、從來の 研究で既に「大乘五方便」との關聯が指摘されている資料を列擧すれば次のごとくである(なお、この外に『楞伽 師資記』神秀章の師事問義との關聯も指摘されているが、これについては後で別に言及する (。
Ⅰ.これまでに「大乘五方便」との關聯が指摘されていた資料 a.杜朏(生歿年未詳 ( 撰『傳法寶紀』 「自序」 (七一三年頃 ( 「 大 師 傳 之 而 去。 惠 可 傳 僧 璨。 僧 璨 傳 道 信。 道 信 傳 弘 忍。 弘 忍 傳 法 如。 法 如 及 乎 大 通。 自 達 摩 之 後。 師 資 開道。皆善以方便取證於心。隨處發言。略無繋説 ((( ( 。」 b.淨覺(生歿年未詳 ( 撰『楞伽師資記』 「道信章」 (七二三年頃 ((( ( ( 「 其 信 禪 師 再 敞 禪 門。 宇 内 流 布。 有 菩 薩 戒 法 一 本。 及 制 入 道 安 心 要 方 便 法 門。 爲 有 縁 根 熟 者 説。 …… 是 故 經云。一句染神。歴劫不朽。初學者前方便也。故知修道有方便。此即聖心之所會 ((( ( 。」 c. 羊 愉( 生 歿 年 未 詳 ( 撰「 唐 嵩 山 會 善 寺 故 景 賢 大 師 身 塔 石 記 」( 七 三 五 年 ( : 神 秀(? -七 〇 六 ( の 弟 子、 敬賢(六六〇 -七二三 ( の塔銘 「則星馳駿邁。而得大通。發言求哀。揮汗成血。大通照彼精懇。喩以方便。一見悟乂。冏然昭洗 ((( ( 。」 d.李邕(六七八 – 七四七 ( 撰「大照禪師塔銘」 (七四二年 ( :神秀の弟子、普寂(六五一 – 七三九 ( の塔銘 「 其 始 也。 攝 心 一 處。 息 慮 萬 縁。 或 刹 那 便 通。 或 歳 月 漸 證。 總 明 佛 體。 曾 是 聞 傳。 直 指 法 身。 自 然 獲 念。 滴水滿器。履霜堅氷。故能開方便門。示直 ( 眞 實 ( 寶相。 ((( ( 入深固藏。清淨因。 」
e.撰者未詳「 (擬題 ( 第七祖大照和尚寂滅日齋讚文」 (七五〇年頃 ( :宏正(生歿年未詳 ( の弟子による普寂 の祭文? 「禪師代家相魏。訪道伊洛。創頭大照和尚。了一心源。并依弘正導師。開五方便。 ((( ( 」 f. 權 德 輿( 七 五 九 – 八 一 八 ( 撰「 唐 故 東 京 安 國 寺 契 微 和 尚 塔 銘 并 序 」( 七 八 一 年 ( : 普 寂 – 宏 正 – 契 微 と 嗣 ぐ契微(七二〇 – 七八一 ( の塔銘 「至天寶元年。 始受具於福先寺定賓律師。 隸東京安國寺。 師事苾芻尼無勝。 受心門方便之學。 以為心實境化。 真由妄遣。 遣之而真亦隨盡。 化之而心乃湛然。 故外示律儀。 内循禪悅。 因初心而住實智。 離有相而證空法。 乃通四部經於宏正大師。尤精楞伽之義。而住無住證。洗六妄。離二邊 ((( ( 。」 g. 楊 叶( 生 歿 年 未 詳 ( 撰「 唐 故 禪 大 德 演 公 塔 銘 并 序 」( 八 〇 二 年 ( : 慧 安(? – 七 〇 九 ( – 義 琬 – ○ – 明 演 と嗣ぐ明演(七三三 – 八〇一 ( の塔銘 「乃隸名於洛陽縣敬愛寺。因具戒於嵩岳壇場。厥後口茹一麻。身衣百納。洞達五方便。便探賾脩多羅。 」 ((( ( h.金獻貞 (生歿年未詳 ( 撰 「海東故神行禪師之碑并序」 (八一三年 ( :普寂 -志空 -神行と嗣ぐ神行 (七〇四 -七七九 ( の碑銘 「爲道根者。誨以看心一言。爲熟器者。示以方便多門。通一代之祕典。傳三昧之明燈 ((( ( 。」
i.韋處厚 (生歿年未詳 ( 撰 「興福寺内供奉大德大義禪師碑銘」 (八一八年 ( :馬祖 (七〇九 -七八八 ( の弟子、 鵝湖大義(七四五 -八一八 ( の碑銘 「秦者曰秀。以方便顯。普寂其允也 ((( ( 。」 j.圭峯宗密(七八〇 -八四一 ( 撰『圓覺經大疏鈔』卷三之下 「 疏 有 拂 塵 看 淨 方 便 通 經 下。 二 敍 列 也。 略 敍 七 家。 今 初 第 一 也。 即 五 祖 下 北 宗 秀 大 師 爲 宗 源。 弟 子 普 寂 等 大弘。……疏方便通經者。方便謂五方便也。 」 ((( ( 以上である。かなりの數に上るが、決して十分ではない。というのは、筆者は、先に俗人の墓誌銘について調査 を行なったが ((( ( 、 その際に、 それらにも「大乘五方便」と關聯する用語がしばしば見られることを知ったからである。 今、それらを列擧すれば、次のようになる。 Ⅱ.新たに關聯が指摘できる資料 a.王渙 (生歿年未詳 ( 撰 「大唐故泗州刺史瑯耶王妻河東裴郡君夫民墓誌銘并序」 (七四五年 ( :義福 (六五八 -七三六 ( と普寂に學んだ王同人夫人(裴援の二女 ((六八五 -七四一 ( の墓誌銘 「手自繕寫法華經。 演鈔金剛華嚴涅槃奥義。 比二十餘載。 志求無上道。 外榮華去滋味。 厭服錦繍。 不茹薫辛。 雖處居家。常脩梵行。毎禪家皆多法樂。説經論廣勸童蒙。嘗謂女于氏二娘嗣子渙。吾久依止福寂和上。彼 岸者降伏其心。心是道場。如如不遠。伏惟證密行矣。登正覺耶 ((( ( 。」
b.畢宏(生歿年未詳 ( 撰「大唐故通議大夫上柱國劍州刺史晉陽縣開國男郭府君夫人新鄭郡君河南元氏權殯墓 誌」 (七四六年 ( :普寂・宏正に學んだ元婉(六八〇 -七四六 ( の墓誌銘 「 開 元 十 七 年。 詣 天 竺 寺 崇 昭 法 師 受 菩 薩 戒。 持 金 剛 經。 轉 涅 槃 經。 於 大 昭 和 上 通 戒。 得 禪 定 旨。 又 於 壽 覺 寺主惠猷禪師受具足戒。於弘正惠幹禪師皆通經焉。戒珠光明。心地清淨。忽爾言説。若見 端 (瑞? ( 兆。 ((( ( 」 c. 高 蓋( 生 歿 年 未 詳 ( 撰「 大 唐 故 汝 州 刺 史 李 府 君 夫 人 鄧 國 夫 人 韋 氏 墓 誌 銘 并 序 」( 七 五 〇 年 ( : 普 寂 に 學 ん だ韋小孩(? -七五〇 ( の墓誌銘 「 逮 府 君 冥 寞 朝 露。 而 夫 人 低 徊 晝 哭。 服 喪 之 後。 禪 悦 爲 心。 嘗 依 止 大 照 禪 師。 廣 通 方 便。 爰 拘 有 相。 適 爲 煩惱之津。暫證無生。因契涅槃之境 ((( ( 。」 d. 鄭 珈 鹹( 生 歿 年 未 詳 ( 撰「 唐 故 尚 書 右 丞 盧 府 夫 人 滎 陽 鄭 氏 墓 誌 銘 并 序 」( 七 五 一 年 ( : 普 寂 と 弘 正 に 學 ん だ 盧藏用夫人、鄭冲(六八六 - 七五〇 ( の墓誌銘 「 於 是 忘 形 覺 路。 向 晦 禪 門。 開 元 中。 受 祕 旨 於 大 照 宗 師。 天 寶 際。 證 微 言 於 弘 正 法 主。 通 楞 伽 思 益 法 華 維 摩等經密義。啓玄關之扃鍵。豁爾洞開。討巨浪之源流。湛然常定。登寂滅境。廣知惠宗。龍象高僧。知證 果矣 ((( ( 。」 e.王維 (七〇一? -七六一 (撰 「工部楊尚書夫人贈太原郡夫人京兆王氏墓誌銘」 (成立年未詳、 天寶年間 〈七四二 -七五六〉か? ( :普寂に學んだ王潛女(生歿年未詳 ( の墓誌銘
「同德大師大照和尚覩如來之奥。昭羣有之源。夫人一入空門。便蒙法印。朱簾紺 幰 。無復餘乘。龍藏寶經。 悉通至義。惠用圓滿。誡力堅嚴 ((( ( 。」 f. 裴 潤( 生 歿 年 未 詳 ( 撰「 大 唐 故 段 府 君 夫 人 魯 郡 孔 氏 墓 誌 銘 并 序 」( 七 八 二 年 ( : 師 承 不 明 の 段 府 君 夫 人、 孔氏(七一六 -七八二 ( の墓誌銘 「夫人以早歳參禪通經問道之故。 潤先人在日。 義居四十餘年。 靡惡必同。 是非無間。 潤爰自襁褓。 奉收鞠育。 雖姓氏不易。而□養爲男 ((( ( 。」 g. 令 狐 專( 生 歿 年 未 詳 ( 撰「 唐 故 上 都 唐 安 寺 外 臨 壇 律 大 徳 比 丘 尼 廣 惠 塔 銘 并 序 」( 八 五 九 年 ( : 普 寂 の 系 統 を承け繼ぐ廣惠(八〇三 -八五九 ( の塔銘 「 菩 提 達 摩 降 及 大 照 禪 師。 七 葉 相 承。 謂 之 七 祖 心 印。 傳 示 爲 最 上 乘。 羣 生 以 癡 蓋 愛 網 纏 覆 身 宅。 不 以 慧 炬 燭之。慈航濟之。即皆蹈昏溺之中。迷方便之路矣。嗚呼。文殊戻止。金粟來儀。窮象譯之微言。罄龍宮之 奥典。即我唐安大德其人也 ((( ( 。」 以上に掲げた全ての資料をその成立順に沿って掲げると次の一覧表のごとくになる。
No. 成立年 資料名 人名 師承 用語 記号 1 七一三頃 傳法寶紀 — — 方便 Ⅰ -a 2 七二三頃 楞伽師資記 — — 方便法門 Ⅰ -b 3 七三五 唐嵩山會善寺故景賢大師身塔石記 敬賢 ( 六 六 〇 -七 二 三 ( 神秀 方便 Ⅰ -c 4 七四二 大照禪師塔銘 普寂 ( 六 五 一 -七 三 九 ( 神秀 總明佛體/開方便門。示眞實相 Ⅰ -d 5 七四五 大 唐 故 泗 州 刺 史 瑯 耶 王 妻 河 東 裴 郡 君夫民墓誌銘并序 王同人夫人 ( 六 八 五 -七 四 一 ( 義福 普寂 手 自 繕 寫 法 華 經。 演 鈔 金 剛 華 嚴 涅 槃奥義 Ⅱ -a 6 七四六 大 唐 故 通 議 大 夫 上 柱 國 劍 州 刺 史 晉 陽 縣 開 國 男 郭 府 君 夫 人 新 鄭 郡 君 河 南元氏權殯墓誌 元婉 ( 六 八 〇 - 七 四 六 ( 宏正 惠幹 通經 Ⅱ -b 7 七五〇 大 唐 故 汝 州 刺 史 李 府 君 夫 人 鄧 國 夫 人韋氏墓誌銘并序 韋小孩 (? -七五〇 ( 普寂 廣通方便 Ⅱ -c 8 七五一 唐 故 尚 書 右 丞 盧 府 夫 人 滎 陽 鄭 氏 墓 誌銘并序 鄭冲 ( 六 八 六 - 七 五 〇 ( 普寂 宏正 通楞伽思益法華維摩等經密義 Ⅱ -d 9 ? 工 部 楊 尚 書 夫 人 贈 太 原 郡 夫 人 京 兆 王氏墓誌銘 王潛女 (未詳 ( 普寂 龍藏寶經。悉通至義 Ⅱ -e 10 ? ( 擬 題 ( 第 七 祖 大 照 和 尚 寂 滅 日 齋 讚 文 未詳 普寂 宏正 五方便 Ⅰ -e 11 七八一 唐故東京安國寺契微和尚塔銘并序 契微 ( 七 二 〇 -七 八 一 ( 宏正 方便 / 乃通四部經於宏正大師。尤 精楞伽之義 Ⅰ -f
No. 成立年 資料名 人名 師承 用語 記号 1( 七八二 大 唐 故 段 府 君 夫 人 魯 郡 孔 氏 墓 誌 銘 并序 段府君夫人 ( 七 一 六 -七 八 二 ( 未詳 參禪通經問道 Ⅱ -f 1( 八〇二 唐故禪大德演公塔銘并序 明演 ( 七 三 三 -八 〇 一 ( 未詳 洞達五方便。便探賾脩多羅 Ⅰ -g 1( 八一三 海東故神行禪師之碑并序 神行 ( 七 〇 四 - 七 七 九 ( 志空 示以方便多門。通一代之祕典 Ⅰ -h 1( 八一八 興福寺内供奉大德大義禪師碑銘 大義 ( 七 四 五 -八 一 八 ( — 秦者曰秀。以方便顯。普寂其允也 Ⅰ -i 1( ? 圓覺經大疏鈔 — — 方便通經 / 五方便 Ⅰ -j 1( 八五九 唐 故 上 都 唐 安 寺 外 臨 壇 律 大 德 比 丘 尼廣惠塔銘并序 廣惠 ( 八 〇 三 - 八 五 九 ( 未詳 方便之路 Ⅱ -g こ の 一 覽 表 に お い て 注 意 せ ら れ る こ と は、 「 大 乘 五 方 便 」 と の 關 聯 が 認 め ら れ る 資 料 は、 基 本 的 に は、 普 寂 の 流 れを汲む人々に關するものに限られるということである。もっとも、 №1~№4については普寂系とは言えないが、 これらの資料に見られる「方便」という概念は、東山法門の時代から強調されたものであるから ((( ( 、必ずしも「大乘 五 方 便 」 を 指 す と は 言 え な い。 東 山 法 門 に お い て は、 「 方 便 」 は 單 に「 悟 り に 導 く 獨 特 な 方 法 」 の 意 味 で あ っ た と 考えられ、 「大乘五方便」のごとき「通經」の意味では決してなかったと思われる。 また、№ 1(の明演も慧安系で神秀 – 普寂系ではないが、その成立が極めて遲く、この頃には、圭峯宗密や鵝湖大 義のように全く異なる系統の人々も「大乘五方便」の内容をよく知り得たのであるから、他派の人々がこれを取り
込んで布教に利用したということは十分あり得ることであり、慧安の一派においても代々傳持されてきたとするの は當たらないであろう ((( ( 。 既に明らかなように、 「大乘五方便」への言及であるかどうかの決め手は、 「方便」よりもむしろ「通經」や「五 方便」にあるのであるが、前者に該當するものとして、№5、№6、№8、№9、№ 11~№ 1(、№ 1(を、後者に該 當するものとして、№ 10、№ 1(、№ 1(を擧げることができる。 先ず、前者について考察するに、對象となる人物の師承は、 義福・普寂:王同人夫人(№5 ( 普寂:王潛女(№9 ( 普寂・宏正:鄭冲(№8 ( 宏正・惠幹:元婉(№6 ( 無勝・宏正:契微(№ 11( 志空:神行(№ 1(( となって、普寂とその弟子の宏正、志空に學んだ人々の間で「通經」が行われていたことが知られる。 次に「通經」の對象とされた經論について考えてみよう。先ず、これについて、師承ごとに資料の記載を整理す ると次のようになる。 普寂:『法華經』 『金剛經』 『華嚴經』 『涅槃經』 (№5 ( 「龍藏寶經」 (№9 ( 宏正:『楞伽經』 『思益經』 『法華經』 『維摩經』 (№8 ( 『楞伽經』を含む「四部經」 (№ 11(
志空:「一代之祕典」 (№ 1(( 先に觸れたように、 徐文明氏は、 № 11の契微の塔銘に「乃通四部經於宏正大師。尤精楞伽之義」とある「四部經」 を「 大 乘 五 方 便 」 で「 通 經 」 の 對 象 と さ れ る『 法 華 經 』『 維 摩 經 』『 思 益 經 』『 華 嚴 經 』 と い う 四 つ の 經 典 で あ る と 見たが、同じく宏正に學んだ、№8の鄭冲の墓誌銘に據れば、當然、 『楞伽經』 『思益經』 『法華經』 『維摩經』と見 る べ き で あ る。 し か し、 い ず れ に せ よ、 『 楞 伽 經 』 以 外 は「 大 乘 五 方 便 」 の 各 章 で 重 ん じ ら れ て い る 經 典 と 重 な る ので、これらの記述は、宏正の時代には既に「大乘五方便」が成立していたことを示唆するものと言える。 これに對して、普寂や志空に學んだ人々に關しては、 「龍藏寶經」や「一代之祕典」のような形で、 「通經」の對 象を漠然と一切經とするのが一般的であり、經典名を明示する場合も、 『金剛經』や『涅槃經』などを含めており、 「大乘五方便」の各章との對應關係は明確でない。 これは、一見したところでは、徐文明氏の言うように、いわゆる「大乘五方便」そのものが宏正によって生み出 されたことを示すようにも見えるが、決してそうではない。というのは、普寂の弟子、王同人夫人(№5 ( の墓誌 銘に掲げられる四つの經典は、いずれも第一類( 『大乘無生方便門』 ( の第二章において「通經」の對象として重ん じられているものばかりだからである。 先 に 述 べ た よ う に、 第 一 類 を 改 編 し て 成 立 し た X 本 で は、 こ れ ら の う ち、 『 涅 槃 經 』 に 對 す る「 通 經 」 は 完 全 に 削 除 さ れ、 『 金 剛 經 』 に 對 す る そ れ も 一 部 が 削 ら れ た の で あ る が、 こ の 變 化 は、 宏 正 に 學 ん だ 人 々 が「 通 經 」 の 對 象とした經典の中に、 『金剛經』 や 『涅槃經』 が含まれていないという事實と正しくパラレルな關係にあるのである。 つまり、宏正の時代に編輯されたテキストとして相應しいのは、外ならぬX本であって、それ以前の形態を留める
第一類は、それ以前の普寂の時代にまで遡ると見做すべきなのである。 次 に「 五 方 便 」 に つ い て 考 え て み よ う。 「 五 方 便 」 と い う 用 語 の 初 出 は、 八 世 紀 中 葉 に 宏 正 の 弟 子 の 某 禪 師 の た め に 書 か れ た、 № 10の「 ( 擬 題 ( 第 七 祖 大 照 和 尚 寂 滅 日 齋 讚 文 」 で あ る が、 九 世 紀 に 入 る と、 № 1(や № 1(と い っ た 他派の著作にも用いられるようになっている。これは「大乘五方便」そのものが廣く知られるようになった結果と 見ることができる。 この事實も、 宏正が「大乘五方便」の撰者であることを示すかのごとくであるが、 實際には、 先に論じたように、 「 五 方 便 」 と い う 觀 念 そ の も の が X 本 に 始 ま る も の で、 そ れ 以 前 に は な か っ た の で あ る。 從 っ て、 こ の 點 で も、 宏 正の影響下に行われたのはX本の編輯であり、第一類のような形態の異本は、それ以前に存在したと見做すべきな のである。 從 っ て、 「 大 照 禪 師 塔 銘 」 に、 「 總 明 佛 體 」「 開 方 便 門。 示 直 ( 眞 實 ( 寶 相 」 と い っ た 言 葉 が 見 え、 前 者 が「 大 乘 五 方 便 」 第 一 章 の 章 題、 「 總 彰 佛 體 」 と 呼 應 し、 ま た、 後 者 が「 大 乘 五 方 便 」 で「 通 經 」 の 對 象 と さ れ る『 法 華 經 』 の 句 で あることは、普寂の時代に既に「大乘五方便」の原型が存在していたことを示すものと見做すべきなのである。 更 に 注 目 す べ き は、 「 大 照 禪 師 塔 銘 」 で「 開 方 便 門 4 4 4 4 。 示 4 直 寶 相 4 4 4 」 に 直 ぐ 賡 い て 現 わ れ る「 入 深 固 4 4 藏 4 。 了 清 淨 因 」 という句である。從來、 全く指摘されていないことであるが、 この句は明らかに、 第一類( 『大乘無生方便門』 ( に、 「 開 方 便 門 4 4 4 4 。 示 4 眞 實 相 4 4 4 。 六 根 不 動 等 是 開 方 便 門 4 4 4 4 。 定 慧 是 眞 實 相 4 4 4 。 由 有 定 慧 藏 4 諸 功 德。 法 相 圓 滿 藏 4 無 漏 法 等。 是 法華經藏 4 。凡夫二乘所不能到。天魔外道不能壞。深 4 故 4 (固 ( 幽遠。無人能到。凡夫二乘所不能到。名深 4 。天魔外道不 能壞。名故 4 (固 ( 。 ((( ( 」
と言うのを受けているのであって、このことから見ても、普寂の時代に現在知られる「大乘五方便」の内容の多く が既に確立していたことは疑えないのである。 こ れ と は 別 に、 も う 一 つ、 「 大 乘 五 方 便 」 の 由 來 に 關 し て 注 目 す べ き 事 實 が 存 在 す る。 既 に 先 の 拙 稿 で 示 し た こ とであるが ((( ( 、淨覺(生歿年未詳 ( 撰の『楞伽師資記』 「神秀章」に、 「師事問義」として「大乘五方便」に通ずるも のがいくつか載せられているということである ((( ( 。即ち、 『楞伽師資記』の、 1 「又云。汝聞打鐘聲。打時有。未打時有。聲是何聲。 」 2 「又云。瓔珞經云。菩薩照寂。佛寂照。 」 3 「又云。芥子入須彌。須彌入芥子也。 」 4 「又云。 涅槃經説。 有無邊身菩薩從東方來。 菩薩身量既無邊際。 云何更從東方來。 何故不從西方南方北方來。 可即不得也。 」 等 は、 そ れ ぞ れ、 次 の「 大 乘 五 方 便 」 の 文 章 を 彷 彿 さ せ る の で あ る( ④ は、 先 に 言 う よ う に、 「 大 乘 五 方 便 」 と は 認め難いが、内容的に密接な關係を有するテキストである (。 ① 「菩薩有聲無聲聲落謝常聞。 」( 『大乘無生方便門 ((( ( 』( ② 「體用分明。離念名體。見聞覺知是用。寂而常用。用而常寂。即用常寂。即用即寂。離相名寂。寂照照寂。 寂照者。因性起相。照寂者。攝相歸性。 」(同上 ((( ( (