Ⅰ はじめに
近年,深刻な環境・社会問題への取り組み の重要性を認識した企業がますます増えてい るとともに,環境戦略,CSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)戦略,CSV (Creating Shared Value:共通価値の創造)戦 略などのように,持続的な競争優位性を確保す るためのサステナビリティ戦略が様々な企業 で 実践 さ れ て い る(Porter and Kramer, 2006, 2011, Stead and Stead, 2014, 竹原等, 2016, 八 木, 2017).サステナビリティ経営の先行研究で は,サステナビリティ戦略の重要性は検討され ているが,効果的かつ効率的な実行を支えるサ ステナビリティ業績(Sustainability Performance) 評価・管理に関する研究は始められたばかりで ある.そこでは,どのようにして,サステナビ リティ戦略に関連する目標や KPI を業績評価 と報酬制度に組み入れ,従業員の環境保護と社 会貢献の意識を彼らの日常業務に落とし込むか が喫緊の課題となっている.本研究では,こう したサステナビリティ戦略とサステナビリティ 業績評価および報酬制度をリンクさせることが できるマネジメント・ツールについて検討す る. 具体的には,バランス・スコアカード(Balanced Scorecard:BSC)をこうしたサステナビリティ 業績の測定,評価と管理に対応したマネジメン ト・ツール と し て 位置付 け,特 に 経済的・環 境的・社会的要素を組み込んだサステナビリ ティ・バランス・スコアカード(Sustainability Balanced Scorecard:SBSC)に着目する.すな わち,本研究はサステナビリティ業績の定義と その評価・管理の重要性を究明した上で,サス テナビリティ業績管理・評価を支援する BSC すなわち SBSC に焦点を当てる.したがって, 本研究の目的は,国内外の先行研究,およびゼ ネラリグループなどの SBSC を導入した先進 的企業のケースを踏まえて,サステナビリティ 経営におけるサステナビリティ業績評価・管理 の役割を明確にした上で,サステナビリティ業 績評価・管理 ツール と し て の SBSC の 機能 と 有用性を体系的に示すことである. Ⅱ サステナビリティ業績評価・管理の意義 1.サステナビリティ業績の定義 一般的 に,業績 あ る い は パ フォーマ ン ス (Performance)は,企業の何らかの活動の結 果または事業成果である一方で,企業のビジョ ンと戦略目標を達成するための手段と考えられ る(青木,1967,清水,2009).従来 の 管理会 計の視点において,企業の経営活動による経済 的成果(例えば売上高,利益の増加など)は企 業の財務的業績あるいは経済的業績を表す指標 であると認識される.しかしながら,今日,国 際的に,国連の SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標),パリ協定による 気候変動対策に関する長期目標と枠組などの普
企業のサステナビリティ業績評価・管理に関する研究
──サステナビリティ・バランス・スコアカードに基づいて──
曹 勁
及が進み(United Nation, 2015, 2016),社会的 責任や環境保全に企業が積極的に取り組むこと が求められるようになったことから,サステ ナビリティ戦略の構築とマネジメントの重要 性が高まっている(Stead and Stead, 2014, 八 木, 2017).そこで,サステナビリティ戦略を 実施するために,現在の企業は財務的業績(あ るいは経済的業績)のみならず,環境的・社会 的対策への取り組みを反映する環境的業績と社 会的業績を合理的に評価,管理する必要がある (Epstein and Buhovac, 2014, Maas et al., 2016,
Schaltegger and Wagner, 2006a).
1999 年に国際標準化機構(ISO)が設定した 環境パフォーマンスの測定における国際規格で ある ISO14031 では,環境的業績が「自らの環 境方針,目的及び目標に基づいて,組織が行 う環境側面の管理に関する,環境マネジメン ト・システムの測定可能な結果」と定義されて いる(ISO, 2013, p. 2).すなわち,企業などの 組織が環境に配慮した事業活動の結果で,どの ぐらい環境負荷を低減したかを示す指標が環境 的業績である.例えば,資源節約,マテリアル リサイクル,省エネルギー,再生可能エネル ギー,環境汚染物質 の 削減 な ど で あ る.一方 で,企業の社会的業績に関連する国際規格で あ る ISO26000 は,「組織統制」,「人権」,「労 働慣行」,「環境」,「公正な事業慣行」,「消費者 問題」,「コミュニティ参画・開発」という 7 つ 中核課題から,社会的責任の目的で企業の持続 可能な発展への取り組みを合理的に測定,評 価するためのガイドラインを提供する(ISO, 2010).例えば,労働災害件数の減少,障害者 雇用,男女雇用機会均等,人権保護,NPO・ NGO 等への支援状況などを示した指標が社会 的業績である.さらに,企業において経済的業 績,環境的業績と社会的業績はそれぞれ独立し ている概念でなく,企業の競争優位を維持する ためにお互いに影響し合っていると考えられる (Schaltegger and Wagner, 2006a).2013 年には, サステナビリティに関する国際報告ガイドライ
ンを策定する GRI(Global Reporting Initiative) が発行した『サステナビリティ報告ガイドライン 第 4 版』でも,企業に経済・環境・社会を統合し たサステナビリティ業績の開示を要求している (GRI, 2013).また,米国 S & P Dow Jones Indices
社が開発した DJSI (Dow Jones Sustainability Index:ダウ・ジョーンズサステナビリティ指標) は,経済・環境・社会という 3 つの側面から企業 の持続可能性を分析し,ESG(環境・社会・ガバ ナンス)の投資家と投資機関に有用な情報を提供 するものである(DJSJ, 2017). 以上のことからは,企業のサステナビリティ 業績を,経済的業績,環境的業績,社会的業績 を 統合 し た 指標 と 定義 づ け る こ と が で き る (Schaltegger and Wagner, 2006c).企業 は サ ス テナビリティ業績を企業経営に統合すること で,経済的側面と環境・社会的側面を同時に配 慮した Win-Win の関係を築くことが可能となる (Epstein et al., 2015).そのためには,現代の企 業はサステナビリティ戦略を実現するために, 「経済・ 環境・ 社会」 の TBL(Triple Bottom Line)(Elkington, 1998)の視点から,企業業績 を多面的に評価,管理する必要がある. 2.サステナビリティ経営における業績評価・ 管理の機能
Schaltegger and Wagner(2006b)は,サ ス テナビリティ業績評価・管理は,経済・環境・ 社会の相互作用を評価,管理することと定義し ている.また,サステナビリティ経営の業績評 価・管理システムとは,より良い経営意思決定 を支援するためのサステナビリティ経営業績に 関する情報の収集,分析と伝達という一連のプ ロセスである(Burritt and Schaltegger, 2010; Maas et al., 2016).こうした環境・社会の業績 評価指標を企業の業績評価・管理システムに組 み込むことは,サステナビリティ業績評価・管 理の特徴となっている(岡 , 2008, Epstein and Buhovac, 2014).企業のサステナビリティ経営 において,サステナビリティ業績評価・管理が
果たす主な機能は以下の 2 つである. 1 つの機能は,サステナビリティ経営におけ る戦略目標と経営成果をリンクさせ,企業のサ ステナビリティ経営の継続と持続的な成長を促 進することである.経営者はサステナビリティ 戦略を実施する際に,サステナビリティ業績評 価と管理のシステムを利用して,戦略目標と目 標値を確定し,実績値と目標値の比較を通し, 実施プログラムの評価を行う.すなわち,適切 なサステナビリティ業績評価・管理システム は,経営者に彼らのサステナビリティ戦略の妥 当性と,それに対応した行動を評価する根拠を 提供する.具体的には,サステナビリティ戦 略を実行するために,サステナビリティ業績 評価・管理システムは以下の 3 つの役割があ る.①戦略策定の前提条件の検討,策定した戦 略への全社的合意を形成する.②サステナビリ ティ戦略とその実行を全社に浸透させ,各部門 と個人の間のコミュニケーションを促進する. ③戦略の成功と戦略目標の達成のために,活 動の方向性を評価する(Epstein and Buhovac, 2014). もう 1 つの機能は,企業は企業内外の様々な ステークホルダーのニーズ及び期待に応えるた めに,自社のサステナビリティ業績を適正に評 価,管理し,それに関する透明かつ公正な情 報を開示することである.近年になって,CSR と CSV などのサステナビリティ経営の概念が 広まると同時に,企業を取り巻く環境,特にス テークホルダーの価値観が変化し,企業外部の ステークホルダーへの対応の重要性が一層増し ている.Clarkson(1995)による企業のステー クホルダー・アプローチの観点から,企業はサ ステナビリティ経営を成功させるために,株 主,従業員などの内部ステークホルダーのみな らず,地域住民,サプライヤー,政府と NPO などの外部ステークホルダーの長期にわたり良 好な関係を構築,維持する必要がある.一方 で,企業が自社の業績を評価,管理と報告する ための有効かつ透明なアプローチを有しない場 合に,様々なステークホルダーが企業のサス テナビリティへの努力(Sustainability Efforts) を 合理的 に 分析,評価 す る の が 困難 で あ る (Perrini and Tencati, 2006).
したがって,サステナビリティ戦略に対応し た適切な目標と目標値の設定,合理的な経営資 源の配分,アクションプランの作成と実行,サ ステナビリティ業績の測定と評価,企業内外 のステークホルダーへの報告,報酬制度との連 動,そして様々なフィードバックによる目標調 整と業績改善という一連のサステナビリティ業 績評価・管理プロセス(すなわち PDCA サイ クル)をマネジメントすることは企業のサステ ナビリティ戦略の実行にとって必要不可欠であ る.また,企業のサステナビリティ業績評価・ 管理システムを支援するためには,サステナビ リティ業績に関連している財務的と非財務的な 情報が求められている. 3.サステナビリティ業績評価ツール ⑴ BSC とサステナビリティ戦略 サステナビリティ戦略を構築し,実施してい く上でのサステナビリティ業績評価・管理が果 たす 2 つの機能について考察したが,これらの機 能を果たすマネジメント・ツールは必ずしも多く ない.本研究では,先行研究から,最も有力な 当該ツールとして BSC および SBSC を位置づけ, 検討 を 加 え る(Butler et al., 2011, Hansen and Schaltegger, 2016, Journeault, 2016, Junior, 2018, Mio et al., 2016, Schaltegger and Wagner, 2006b, Sundin et al., 2010, 岡, 2010, 曹, 2018, 竹原等, 2016).サステナビリティ戦略を推進するため には,ISO14001,ISO26000 と CSR スコアカー ドなどのマネジメント・ツールが適用されてい るが,これらのツールと比較して,BSC は以 下の特徴を持っている.まず,多くのマネジ メント・ツールでは,戦略と業績指標との間の 因果関係,及び各業績指標間の因果関係を必ず しも十分に考慮されていない(Mio et al., 2016) のに対して,BSC は,サステナビリティ戦略
に関連する最も重要な財務的業績指標と環境・ 社会的業績指標を洗い出し,それらの間の因果 関係を明確にし,全社のサステナビリティ業績 を効果的かつ効率的に評価,モニター,管理す ることができる.次に, BSC は,サステナビリ ティ戦略の策定と実施から,業績評価と改善, 外部の報告と社内コミュニケーションの円滑化 までの一連のプロセスを支援できる可能性があ る.
Kaplan and Norton の BSC は,企業 の 財務 的と非財務的な業績を適切に測定・評価する ための業績評価システムとして開発されて以 来(Kaplan and Norton, 1992),全社的 PDCA サイクルにおける戦略マネジメント・システム (Kaplan and Norton, 1996a, 1996b)と,戦略 志向の組織へ変革するための組織変革フレーム ワーク(Kaplan and Norton, 2001)と し て 発 達してきた.多くの先行研究から,BSC は企 業の経営業績と成果の多面的・総合的な評価・ 管理を促進できる戦略的なツールと評価される (Anthony and Govindarajan, 2007, Atkinson
et al., 2012, Kaplan and Norton, 2004, Santos et al., 2012, 櫻井, 2008, 清水, 2007, 2009, 田中, 2002, 古田, 2002).財務,顧客,内部プロセス と学習・成長などの視点から,企業の業績管理 に財務および非財務の双方の指標を提供できる ことは BSC の最大の特徴である.しかしなが ら,従来 の BSC は 財務的指標(利益,売上高 等)もしくは関連する非財務的指標(市場シェ ア,顧客満足等)に偏重し,経済・環境・社会 という TBL を組み入れた業績評価・管理シス テムに十分に適応できない(Figge et al., 2003, Hansen and Schaltegger, 2016, 曹, 2018).そ のため,サステナビリティ経営を支援できる BSC の開発が必要となり,企業のサステナビ リティ業績評価・管理を支援し,サステナビリ ティ戦略の実現を目指す SBSC が提唱された. ⑵ BSC と SBSC SBSC は BSC に基づき,企業の経済・環境・ 社会の 3 つの側面を同時に成功させるためのサ ステナビリティの業績管理と戦略マネジメント のツールとして定義される(Figge et al., 2003). 当初は,企業が環境と社会問題を効果的かつ効 率的に管理するとともに経済的成功を実現す るために,環境・社会的業績を従来の BSC に 組み入れて SBSC が開発された(Figge et al., 2002).その後,SBSC は単なる業績評価のた めだけでなく,サステナビリティ戦略に対応し た目標と KPI の策定,環境・社会に配慮した 活動の実施,業績の評価,報告と改善,最後に 企業全体のサステナビリティ業績の向上といっ た一連のプロセスを有効にマネジメントする ツールへと進化した(曹, 2018, 八木, 2017). すなわち,現在の SBSC は,サステナビリティ 戦略の策定から活動実施,評価と改善,企業内 外のコミュニケーションまでの PDCA サイク ルの推進に有用な情報を提出できるツールとし て機能している.
Hansen and Schaltegger(2016)は,過去の 69 篇の SBSC に関する先行研究のレビューを 基にして,SBSC がサステナビリティ戦略の策 定と管理に活用できる 2 つの理由を示した.1 つは, SBSC は,戦略目標をサステナビリティ 経営の経済,環境,社会の 3 つの側面に同時に 組み入れることを実現することである.もう 1 つは,SBSC は 1 つの統合的な戦略マネジメン ト・システムとして,それぞれの独立した環 境・社会・財務に関する並列システム(Parallel Systems)を代替することで,企業のコスト削 減と効率向上に役立つことである. 前述の通り,Figge らが最初に開発した SBSC は環境的および社会的業績指標を企業の業績評 価システムに組み入れることで,企業のサステ ナビリティ業績を全面的に測定,評価及び監視 することができる(Figge et al., 2002). Junior et al.(2018)は,BSC と TBL の結合に基づく 1 つの新たな企業のサステナビリティ評価モデ ルを提案し,ブラジルの飲食企業への適用可能 性を検証した.同モデルの目的は,サステナビ リティ業績指標の選択と設定,業績の測定と評
価,および今後の改善に関する経営者の意思決 定に役立つ情報を提供することである. また,Mio et al.(2016)は,SBSC を利用し てサステナビリティ業績と報酬制度とのリン クが可能となることを指摘する.本来,従業 員の報酬や賞与は企業の財務的業績のみに関 連していたが,SBSC を導入した企業(例えば リコーグループ,ゼネラリグループ(Generali Group)等)では,環境・社会的業績も従業員 の個人評価と報酬を決定する要素となってお り,彼らに環境保護と社会貢献への積極的な参 与を促している. さらに,サステナビリティ業績管理では,従 業員と管理者の間でのコミュニケーションを 促進するために,SBSC が有効なツールして 用いられると考えられる(Villiers et al., 2016). SBSC は,サステナビリティ経営における各部 門と個人の役割や共通目標を明確にし,お互い に分担,調整,協力することで,社内コミュニ ケーションを向上させることができる. 以上のことから,進化した SBSC は,サステ ナビリティ戦略目標の策定と実行への支援,サ ステナビリティ業績測定と評価および改善への 支援,サステナビリティ業績と報酬制度の連動 への支援,社内コミュニケーションの円滑化へ の支援という 4 つ役割を有している(Hansen and Schaltegger, 2016, 2018, Journeault, 2016, Junior et al., 2018, Kaplan and Norton, 2001, Villiers et al., 2016).すなわち,従来の BSC か ら展開した SBSC は,企業サステナビリティ経 営に関する戦略目標の策定から活動実施,評価 と改善までの PDCA サイクルに財務的および 非財務的な情報を提供することで,企業のサス テナビリティ業績評価と管理に関する一連のプ ロセスのマネジメントを円滑に遂行し,最終的 にサステナビリティ戦略を実現させることにな る. 本章では,サステナビリティ業績評価・管理 の機能を考察した上で,これに対応したマネジ メント・ツールとして BSC および SBSC の開 発の必要性を提示した.次章は,業績管理に有 用な財務的・非財務的な情報を提供する SBSC がサステナビリティ業績評価・管理で果たす有 用性について検討していく. Ⅲ サステナビリティ業績評価・管理と SBSC 前述の通り,SBSC は,経済面・環境面・社 会面の 3 つの側面から企業のサステナビリティ 経営 を 総合的 か つ 計画的 に 推進 す る こ と か ら,企業全体 の サ ス テ ナ ビ リ ティ業績評価, 管理と改善に活用することができる(Hansen and Schaltegger, 2016, 2018, Journeault, 2016, Junior et al., 2018, 岡, 2010).本章 は,ゼ ネ ラ リグループなどの SBSC を導入している先進 事例を踏まえて,SBSC のサステナビリティ戦 略目標の策定と実行への支援,サステナビリ ティ業績の測定と評価および改善への支援,サ ステナビリティ業績と報酬制度との連動への支 援,社内コミュニケーションの円滑化への支援 という 4 つの役割を考察し,サステナビリティ 業績評価・管理における SBSC の有用性を検討 していく. 1.サステナビリティ戦略目標の策定と実行へ の支援 BSC は戦略マップとスコアカードを通じて, 企業のビジョンや戦略に対応した戦略目標,目 標値,KPI,アクションプラン(実施項目)な どの設定に活用されると同時に,「財務の視 点」,「顧客の視点」,「内部ビジネス・プロセス の視点」と「学習と成長の視点」という 4 つの 視点から,定量的な業績評価尺度で企業の業績 を総合的に評価することができる(Kaplan and Norton, 2004, 吉川, 2004).そして,BSC から展 開した SBSC は,企業の環境と社会などの非財 務的業績を評価する環境的業績評価指標と社会 的業績評価指標を財務的業績と連携させること で,経済・環境・社会に関わる戦略を企業全体 で統合し,サステナビリティ戦略の中長期的な 業績を統合的に評価する方法である(岡, 2008,
2012).すなわち,サステナビリティ経営を志 向した企業と経営者は,SBSC における戦略 マップとスコアカードを利用して,サステナビ リティ経営の長期的なビジョンや戦略に最も関 連している戦略目標を明確化し,戦略目標を達 成するための最適な目標値と KPI を洗い出し, 環境と社会を考慮したサステナビリティ・アク ションプラン(例えば,環境配慮活動,社会貢 献活動等)を策定,実行することができる. また,2000 年以来,SBSC はサステナビリティ 戦略目標の策定と実行に支援できるツールとし て,飲食業,小売業,発電所,ホテルと空港な どの世界中の様々な企業または組織,プロジェ クトで運用されている(岡, 2010, 曹, 2018).例え ば,2000 年前後にイギリスの貿易産業省(DTI: Department of Trade and Industry)が 主導 し た SIGMA(Sustainability Integrated Guidelines for Management)プロジェクトにおいて,企業の 持続可能な発展の支援と,経済面・環境面・社 会面の企業経営管理への統合を支援するために 開発された SIGMA ・サステナビリティ・スコア カードが代表的な SBSC である(DTI, 2003). BSC は戦略マップを使って,ビジョンや戦 略目標を達成するための道筋を図式化すること ができる.そして,戦略マップは戦略を成功さ せるための重要な視点と戦略目標,および戦 略目標の因果関係を明らかにし,戦略の全体像 を示すことができることから,戦略策定と実行 のために有効である.例えば,図 1 に示した ように,SIGMA・サステナビリティ・スコア カードの戦略マップは「サステナビリティの視 点」,「外部 の 利害関係者 の 視点」,「内部 の 視 点」と「知識と技術の視点」の 4 つの視点から 構成されている.「サステナビリティの視点」 とは,企業が持続可能な発展を成功させるため に,“企業の価値,ビジョンとミッション” と “経 済的・環境的・社会的業績” の関連性を示す視 点である.続いて,「外部の利害関係者の視点」 とは,持続可能な発展を実現するために,企業 が様々なステークホルダーとどのように優れた 関係を築くかということを示す視点である.さ らに,「内部の視点」とは,持続的な発展の実 現に貢献し,各ステークホルダーの満足度を向 上するために,企業が経営活動とプロセスをど のように管理すればよいのかを明らかにする 視点である.最後に,「知識と技術の視点」と は,持続的な発展の実現に貢献し,優れた内部 プロセスを作るために,企業がどのように学習 と革新を行い,業績向上しなければならないの かを示す視点である.そして,この 4 つの視点 において企業サステナビリティ戦略に最も関連 する戦略目標を選定し,各戦略目標の間の因果 関係を明確にし,企業のサステナビリティ戦略 を実現するための道筋を可視化できることが, SIGMA ・サステナビリティ・スコアカードの 戦略マップの最も重要な特徴である. 一方,戦略マップにおける各戦略目標に対応 した指標,目標値と実施項目などを明示した 表 1 のスコアカードが SIGMA・サステナビリ ティ・スコアカードのもう 1 つの重要な要素で ある.スコアカードにおいて,戦略目標に関連 している業績評価指標(ドライバー指標と成果 指標)と目標値は企業のサステナビリティ業績 を定性的かつ定量的に評価することを可能にす ると同時に,作成した実施項目がこれらの目標 値と KPI を達成するために,企業がどのよう な活動を行うべきかを経営者に伝える.例えば, 内部の視点における地域社会満足を満たす戦略 目標に対応した成果指標として企業の女性管理 者の割合を確保するために,企業は男女雇用と 昇進の機会均等政策を制定,実行する必要があ る . SIGMA プロジェクトは 2003 年に成功に終了 して,ガイドラインおよび SBSC などの 13 種類 の「ツールキット(Toolkit)」を開発し,ジャガー (Jaguar)社,ランド・ローバー(Land Rover)社 と英国航空会社などの多くの企業に導入してお り(SIGMA Project, Homepage),当時に企業 のサステナビリティ戦略の推進に大きな成果を もたらした.SIGMA プロジェクトには,サス
テナビリティ戦略の目標策定と実行および業績 評価における SBSC の有用性を説明し,企業に SBSC のフレームワークと作り方を提供したが, 以下の若干の課題が残っていた.まず,サステ ナビリティ戦略が 1 つのツールのみを通じて実 行されるのが難しいので,SBSC と他のサステ ナビリティ・マネジメント・ツールがどのよう に連動して機能するかという課題が存在してい 表 1 SIGMA・サステナビリティ・スコアカード - 戦略・指標・目標・実施項目 図 1 SIGMA・サステナビリティ・スコアカードの戦略マップ 出所:DTI(2003), p. 11 サステナビリティ の視点 外部利害関係者 の視点 内部の視点 知識と技術 の視点 株主価値向上 ステークホルダー・エンゲージメント& アカウンタビリティ 生態環境保護 費用削減 売上増大 “満足した”顧客 サプライヤー“満足した” 政府・規制機関“満足した” “満足した”地域社会 “満足した”環境 有効な資産管理 優れた提案顧客への 調達管理の健全性 ライアンス管理有効なコンプ 汚染管理 の強化 企業活動への認可―透明性と業績の向上 より良い 教育・訓練 マーケティング・レバーの理解 組織価値の訓練 法律問題の専門的訓練 業績評価の連携環境価値と 出所:DTI(2003), p. 10 ビジョンと戦略 戦略目標 ドライバー指標 成果指標 1995 1997 2000目標値 実施項目 サステナビリティ の視点 ・株主価値の向上 ・生態環境保護 ・ステークホルダー アカウンタビリティ □売上高 □エネルギー効率化のプログラム □営業利益の成長率□エネルギー使用量 10% 14% 17%- - - 外部利害関係者 の視点 ・顧客満足 ・サプライヤー満足 ・環境満足 ・政府/規制機関満足 ・地域社会満足 □顧客ロイヤルティ □サプライヤーロイヤルティ □重要問題の合意 □社会会計プロセスと報告 □販売年間成長率 □ブランド価値指標 □納期の遵守 □水の総使用量 □罰金 □女性管理者の割合 - - - 68 75 85 - - - - - - - - - - - - ・ポストカードなどで顧客との コミュニケーションを向上する ・顧客コメントカードの再設計 ・社会会計プロセスの実行 ・機会均等政策の制定と実行 内部の視点 ・ファッション&卓越性 □サブブランド・製品別 □重要商品の初の市場参入 -3 -5 -10 ・設計者との関係改善・製造技術の迅速的な革新 ・優れた調達と配送 □潜在的なサプライヤー □在庫切れ関連品質 □重要商品の在庫数 □サプライヤーの増加数 1.4% 1.0% 0.5% - - - - - - ・5年調達計画の策定 ・在庫切れの報告制度の編成 ・重要商品在庫の管理 ・良好なショッピング 体験 □顧客のフィードバック □平均売上高 $65 $85 $110 ・コメントプロセスの再設計・連続サンプリング 知識と技術 の視点 ・戦略意識の強化・目標アライメント □個人目標との連動 □戦略意識レベル指標□内部促進レート 30% 60% 80%35% 50% 85% ・職員調査 ・職員能力の向上 □戦略スキルの習得率 - - - ・RSI技法の使用 ・情報技術の活用 □戦略情報の有用性 □知識ネットワーク使用率 - - - ・人材データベースの構築
る.ま た,従業員 の 環境・社会活動 へ の 参与 と継続のモチベーションを向上させるために, SBSC と企業の報酬・昇給制度をどのようにリ ンクさせるかという問題は解決される必要があ る.さらに,今後,企業のサステナビリティ情 報開示が社会的に重視されていくことを考える と,SBSC における戦略関連の財務と非財務情 報をどのように企業内外の様々なステークホル ダーに適切に報告するか,すなわち SBSC とサ ステナビリティ報告をどのようにリンクさせる かが重要な課題となる. 以上のことにより,SBSC はサステナビリ ティ業績評価・管理における戦略目標,目標値 と KPI の設定,アクションプランの策定と実 行,および企業経営資源の配分と効率化に役立 つ情報を提供することができる.しかしながら, 現在の企業を取り巻く外部環境の変化,内部管 理の変革,および多様化するステークホルダー の期待に対応した SBSC モデルの考え方は,サ ステナビリティ戦略の推進に不可欠である. 2.サステナビリティ業績の測定と評価および 改善への支援 企業経営の業績を継続的かつ総合的に測定, 評価し,評価の結果に基づいて目標調整,計 画修正と業務の改善を支援できることが BSC の最大の役割と考えられている(Kaplan and Norton, 1992, 1996b, 2001).すなわち,BSC は 単に短期的な財務的指標を重視する業績の獲得 より,中長期的な目線から企業価値向上に関す る財務的・非財務的指標を統合した業績の評価 と管理に着目している.しかしながら,既述 の通り,従来の BSC は企業の財務的指標を中 心にしていたことから,サステナビリティ戦略 の実行とサステナビリティ業績評価・管理に対 応できる SBSC が登場してきた(Figge et al., 2002). SBSC が用いる環境・社会に関する代表的な サステナビリティ経営指標としては,社会貢献 支出額,エコ・エフィシェンシー指標(売上高/
環境負荷)(Möller and Schaltegger, 2005,岡, 2010),ROC(Return on Carbon)(岡,西谷, 2015)などが挙げられる.また,これらのサス テナビリティ経営指標は,GRI 報告ガイドライ ンなどの外部向けのサステナビリティ報告の指 標に対応させることで,企業の環境的・社会的 な問題への取り組みを外部のステークホルダー に明示できる(Butler et al., 2011, Nikolaou and Tsalis, 2013, 曹, 2018) 一方で,Junior et al.(2018)は,サステナビ リティ指標と BSC の業績評価指標との関係性 を明らかにするために,TBL の 3 つの側面(経 済面・環境面・社会面)と BSC の 4 つの視点 (財務,マーケット,プロセス,学習と成長)の 間における相関関係に基づいて,図 2 に示し たような新たなサステナビリティ業績評価モ デルを提案した.図 2 のサステナビリティ業績 評価モデル(SEM)には,BSC の視点と TBL の側面の結合によって,12 の相関関係を示す TBL×BSC マトリックスが挙げられている. 具体的には,学習と成長の視点では,「魅力」, 「認識」と「企業評判」,プロセスの視点では, 「生産性」,「社会コンプライアンス」,「環境コ ン プ ラ イ ア ン ス」,市場 の 視点 で は,「QCDI (品質,コスト,物流とイノベーション)」,「社 会インパクト」と「環境インパクト」,財務的 視点では,「収益性」,「社会インベストメント」 と「環境インベストメント」が設定されている. また,表 2 には,各の相関関係の特徴の解釈と それらに対応した指標が示されている.例えば, プロセスの視点における社会面の評価指標は労 働災害防止(件数)であり,企業の社会と社員 への関心と安全作業の重視を反映している. さらに,Junior らはアンケート調査とイン タビューを通じて,提案したモデルがブラジル の飲食業界における大手企業に適用できるかど うかを検証した.調査の対象は,この企業の六 つの工場における各管理者である.管理者らが 工場のサステナビリティ経営の実行状況によっ て,TBL×BSC マトリックスにおける 12 の相
# コード* BSC TBL 相関関係 特徴 指標 1 PE 学習と成長 経済 魅力 優れた人材を惹き付け,維持する企業 給料,給付と手当 2 PS 社会 認められる 社内環境,社員の高い意識と能力を確保する企業 離職率 3 PN 環境 企業評判 働きがいのある企業 道徳規範と透明性 4 PrE プロセス 経済 生産性 ムダの最小化,環境的・社会的を確実に考慮した 生産性(営業費) 5 PrS 社会 社会コンプライアンス 社員と社会への関心が高い,安全作業の重視 労働災害防止 6 PrN 環境 環境コンプライアンス 環境法令を遵守する 環境法令の遵守 7 ME マーケット 経済 品質,コスト,物流とイノベーションQCDI 品質,コスト,物流とイノベーションに対する市場ニーズの満足 市場シェア 8 MS 社会 社会インパクト 引き起こした社会的影響とその反応 社会的影響 9 MN 環境 環境インパクト 引き起こした環境的影響とその反応 環境的影響 10 FE 財務 経済 収益性 収益率が高い企業 収益性指標 11 FS 社会 社会インベストメント 企業の社会配慮的行動への投資ともたらすベネフィット(ステークホルダーの視点) 社会プロジェクトへの投資額 12 FN 環境 環境インベストメント 企業の社会配慮的行動への投資ともたらすベネフィット(ステークホルダーの視点) 環境プロジェクトへの投資額 (*)P-学習と成長(人);M-マーケット;Pr-プロセス;F-財務;E-経済;S-社会;N-環境 出所:Junior et al.(2018), p. 88 図 2 サステナビリティ業績評価モデル 表 2 TBL×BSC マトリックス(指標付け) 出所:Junior et al.(2018), p. 89 の表 1 と表 2 に基づいて筆者作成 サステナビリティ業績評価モデル(SEM) 視点 側面 学習と成長 経 済 魅力 社 会 認識 環 境 企業評判 マーケット 品質,コスト, 物流とイノベー ション(QCDI) 社会 インパクト 環境 インパクト プロセス 生産性 社会コンプ ライアンス 環境コンプ ライアンス 財務 収益性 社会インベ ストメント 環境インベ ストメント 戦略と ガバナンス 人材の採用,育成と維持 と法律の遵守適正な規範 と期待の満足顧客ニーズ 収益性の獲得持続可能な
42 横浜国際社会科学研究 第 23 巻第 4 号(2019 年 2 月) 関関係に関する問題を回答し,そして彼らの回 答によって企業全体のサステナビリティ経営業 績を点数で総合的に評価した.その評価結果の 一部は図 3 の通りである.図 3 によれば,この 企業は MN(環境×マーケット)と MS(社会× マーケット)の 2 つの側面で満点 10 点を取り, 市場における各ステークホルダーが企業の環境 と社会課題への努力を認めていることがわか る.一方で,FN(環境×財務)と FS(社会× 財務)の評価が比較的に低いので,今後企業が 社会と環境へのインベストメントを適切にマネ ジメントする必要性が示されている. サステナビリティ業績評価モデルのブラジル 飲食企業への検証により,現在の SBSC は早 期の SBSC と比較して,単なる業績の達成度 を測定するためのツールより,他のサステナビ リティ・マネジメント・ツールと有効に結合し て,企業全体のサステナビリティ業績を全面的 に評価,モニターと管理をすることになってい る.すなわち,SBSC を利用して,サステナビ リティ経営の改善点を発見することができる. しかしながら,Junior らは,このモデルにお ける業績評価指標は文献調査に基づいて選択さ れ,適用も飲食企業に特定されていることか ら,他の業界,地域または国の企業への適用可 能性は課題として指摘している.そのため,サ ステナビリティ経営の推進に対して,汎用性の あるサステナビリティ業績評価指標の開発は必 要不可欠である.一方で,SBSC における内部 管理のための業績指標と,GRI などにおける外 部向けの開示に求められた指標との関連性およ び統合の可能性の検討は,サステナビリティ経 営の業績評価にとってもう 1 つの重要な課題で ある. 3.サステナビリティ業績と報酬制度との連動 への支援
Anthony and Govindarajan(2007)によれば, すべての企業が自社のビジョンと戦略を持ち, そのビジョン,価値観と行動基準を社内に浸透 させるためには,役員や従業員のモチベーショ ンを向上・持続させるインセンティブ制度ある いは報酬制度が必要不可欠である.優れた報酬 制度を導入した企業は,目標に対する達成度合 いによって部門と個人に適切な給料,手当と賞 与を与えることで,従業員のモチベーションを 向上させ,エンゲージメントを高める.また, 企業経営にふさわしい優秀な人材を採用,定 着,育成することもできる.一方で,サステナ ビリティ経営を志向している企業にとっては, 役員と従業員にサステナビリティ戦略の重要性 を理解させ,環境・社会への意識を向上させ, サステナビリティ経営のための実務能力を開発 するために,環境的業績と社会的業績をどのよ うに企業の報酬制度とリンクさせるのかが喫緊 の課題となる(Berrone and Gomezmejia, 2009, Paillé et al., 2014, Hong et al., 2016).そのため, 役員と従業員に対するサステナビリティ成果の 合理的な評価およびこれと連動した合理的な業 績報酬制度が重要であり,長期的な価値創造を 行うサステナビリティ経営をするためには,客 観的かつ公正的な業績評価システムが求められ て い る.環境的・社会的要素 を 統合 し た BSC すなわち SBSC はこれを支援できるツールと (456) 3 出所:Junior et al.(2018), p. 92 図3 TBL×BSC 得点(ブラジル飲食系企業) 図4 マネジャー向けの年間変動報酬システム 出所:Generali Group(2018), p. 14 出所:Junior et al.(2018), p. 92 図 3 TBL×BSC 得点(ブラジル飲食系企業)
資金プール 資金プール の定義 資金プールの最終評価 総予算(すなわち資金プー ル)の定義と最終評価:全 社的業績の達成度(グルー プ全体の調整後純利益とグ ループ全体の営業成績)に よる最小値と最大値の範囲 内に収める数値である. 個人業績 BSC 目標の定義 目標の評価BSC 全般的な評価BSC 個人BSCの意義:全社,地域,国家,ビ ジネス/職能と個人のレベルによって5 ~7個の目標を設定する. 業績“レート”でBSCにおける目標に関 連している参加者が達成した業績を評 価する. 業績キャリブ レーション キャリブレーション ミーティングで,そ の他の職能,市場の 背景,およびコンプ ライアンス/監査/行 動規範/ガバナンス プロセスへの適合性 などを総合的に考慮 した上で,個人的業 績を再評価する. 個人へのSTIの 配分 資金プールと業績で の割当に基づく個人 ベースラインのパー センテージである各 評価“レート”を用い て,STIを個人に配 分する. して期待されている.
Kaplan and Norton(2001)は,企業 が 個人 の成果連動型報酬制度と BSC との結合で企業 の経営戦略と日常的業務活動を結びつけること ができる可能性を指摘した.すなわち,報酬と BSC との結合には,従業員の関心を戦略の実 行に最も重要な業績測定尺度に向けさせ,従業 員および組織が目標を達成するために,報酬を 与えてモチベーションを高めるという 2 つの効 果 が あ る.近年,BSC は 報酬連動型 の 業績評 価システムとしてゼネラリグループ,キリング ループ,リコーグループなどの国内外の様々な 企業に導入され,企業経営に貢献している(Mio et al., 2016, 櫻井, 2008, 曹, 2018, 横田等, 2010). 本研究では,特に,ゼネラリグループの BSC に着目するが,そこでは,部門と従業員個人 の業績が ESG 要素を含めて総合的に評価され, 指標と個人の報酬や昇格が連動しており(Mio et al., 2016),企業のサステナビリティ経営の成 果と業績が多面的に測定,評価され,環境や社 会指標を統合した業績評価と報酬制度に結びつ けられている. ゼネラリグループは 180 年以上にわたりイタ リアの保険会社として,約 71,300 人の従業員を 擁し,685 億ユーロ超の収入保険料総額(中で は約 113 億の社会的価値と 7 億の環境的価値を 含む)で,保険業において世界をリードして いる(Generali, 2017).図 4 に示すように,ゼネ ラリグループにおけるマネジャー向けの個人的 業績評価と報酬システムは資金プール,個人業 績,キャリブレーション(Calibration)と支払 という 4 つの部分から構成されている(Generali, 2018). 資金プールでは,毎年企業の各マネジャーに 支払う予定の短期的なインセンティブ(Short Term Incentive)の総金額が示される.この 金額はグループの調整後純利益と営業成績の達 成度により決定される.例えば,調整後純利益 と営業成績の達成度が両方とも 85% 以下の場 合には,ボーナスがゼロである一方で,両方と も 125% 以上に達成する場合には,ボーナスが ベースの 1.5 倍になる.図 5 は,BSC を組み入 れたマネジャーの個人評価システムを表してい る.ゼネラリグループは,各マネジャーが管理 出所:Generali Group(2018), p. 14 図 4 マネジャー向けの年間変動報酬システム キャリブ レーション
している子会社の所在の国や地域の状況,事業 の種類および職能のレベルなどによって各自の BSC を作成する. 個人業績では,個人 BSC によって,経済・財 務的業績,効率・ビジネス変革と従業員のエン パワーメントという 3 つの視点から,各マネ ジャーの 個人的目標 と KPI を 設定,モ ニ ター し,年末に達成した業績が評価される.非財務 的業績の評価割合は全体の 25% を占めており, 各マネジャーは自社の財務と非財務的業績を同 時に向上させることを求められている.また, ESG 投資を重視しているゼネラリグループは, ESG 要素を主要なドライバーとして位置づけ, トップマネジャーの個人 BSC の非財務的業績 評価に組み入れている.サステナビリティ KPI を報酬や昇給とリンクさせていることで,彼ら が社会や各ステークホルダーに対する責任を果 たすことが動機付けられている.すなわち,従 業員の環境保全と社会貢献の意識を向上させ, 環境・社会活動を部門の日常業務に落とし込 み,最終的にゼネラリグループ全体の環境・社 会活動の管理を効果的に促進することができ る. キャリブレーションミーティング(Calibration Meeting)では,市場の状況,コンプライアン ス,行動規範などに基づいて個人的業績を再評 価する.最後に,支払いでは,個人的業績評価 の結果により,各マネジャーに当年度の短期的 なインセンティブのボーナスの支払が行われ る. こうしたゼネラリグループの報酬システム は,ESG 要素を組み込んだ BSC を有効に利用 して,管理者の賞与や昇給とサステナビリティ KPI をリンクさせ,個人業績を客観的かつ公 正的に評価できるが,ミドルとダウンの従業員 に適用するかどうかをさらに検討する必要があ る.また,この報酬システムは保険業に特定さ れるか,あるいは製造業,飲食業などの他の 業界の企業に普及していくことができるかを考 察しなければならない.さらに,サステナビリ 図 5 個人 BSC と報酬 財務的評価 特定のKPIs に基づく 非財務的評価 経済と 財務的 業績 効率&ビジネス変革― 主要な戦略プロジェクト 従業員の エンパワーメント 子会社からの配当 グループ全体の 調整後純利益 グループ全体 の営業成績 グループ全体の RORC 出所:Generali Group(2018), p. 17
ティ KPI を組み入れた業績システムに従業員 が納得しているか,従業員満足度にどのような 影響を与えているか,または企業業績を向上さ せるかといった課題への分析が行われる必要が ある.そして,これらの分析を踏まえて,従業 員満足度向上とサステナビリティ業績改善を同 時に促進できる SBSC に基づいた全社的な報 酬システムの構築が期待されている. 4.社内コミュニケーションの円滑化への支援 経営者は戦略志向の組織へ変革するための組 織変革フレームワークとして機能する BSC を 用いて,企業内の各部門と組織の役割や共通目 標を明確にし,お互いに分担し,調整し,協 力すること,企業の全ての従業員に対して企 業の戦略目標を理解させることと,戦略につ いての内容を各階層のマネジャーと従業員に 伝達して指導することができる(Kaplan and Norton, 2001).そのため,Kaplan and Norton (2001)は,BSC が組織にコミュニケーション や方向付けのための強力なツールを提供すると 指摘している.それは,全社員の能力やエネル ギーを組織の戦略目標に集中させる.すなわち, BSC の戦略マップを通じて企業全体にわたっ て,戦略に対する理解を啓発し,戦略意識を高 揚し,社内コミュニケーションを円滑にする. また,サステナビリティ経営の推進とサステナ ビリティ業績の管理では,従業員と管理者の間 での良好なコミュニケーションを築くために SBSC が有効なツールして使われると考えられ る(Villiers et al., 2016). Villiers et al.(2016)では,SBSC を導入した ニュージーランドの大手林業企業の K 社に対 するインタビュー調査により,経営者が企業の サステナビリティ推進に関連する重要な内部の ステークホルダーとしての従業員に,企業の環 境・社会課題への取り組みを説明する責任を負 うと指摘している.そして,SBSC は,サステ ナビリティ戦略を従業員の行動に転換する方法 として実施されている.健康,安全と環境事 故率など指標を含んだ K 社の SBSC は,環境 と社会課題が経営者の管理と意思決定の中心 とされていることを示している.また,K 社 は各部門における環境マネジメントシステム (ISO14001 など)と健康・安全,環境とリスク の 月次報告 か ら 得 ら れ た 情報 に 基 づ い て, SBSC の月次レポートを作成して,毎月の取締 役会報告ならびに毎月のチーム報告での従業員 への解説に使用している.一方で,K 社は毎 月,従業員に対する管理者による対面式プレゼ ンテーションを行っている.その目的は,企業 の経済面・環境面と社会面をバランスした事業 戦略や計画および SBSC を従業員に理解させ, 社内のコミュニケーションを促進することにあ る.従業員は毎月一回彼らの管理者とのミーティ ングを通じ,自分の個人月次スコアカードをレ ビューして検討することにより,個人的な業績 目標と自分の責任を知ることができる. ここでは,SBSC は企業戦略と経済・環境・ 社会に関連する貨幣的および非貨幣的な情報の コミュニケーションとその伝達を効果的に促進 するための全社的な “共通言語” として機能し ている.また,SBSC による報告の形式で,健 康,環境と安全などの要素を従業員の日常業務 に落とし込むことができると同時に,管理者が 従業員の健康状態,および環境保全と安全生産 へのモチベーションを遂次把握し,管理するこ とが可能となる.ただし,こうした月次報告と 月次レポートの作成がもたらす従業員へのスト レスやコスト増加の可能性に注意する必要があ る. 以上の検討により,SBSC はサステナビリ ティ経営のためのマネジメント・ツールとし て,企業のサステナビリティ業績管理 PDCA サイクルにおける戦略目標,目標値と KPI の 設定,サステナビリティ・アクションプランの 策定と実行,サステナビリティ業績の測定,評 価,報告と改善,またはサステナビリティ業績 と報酬制度との連動などの各プロセスに役立つ 財務と非財務的な情報を提供し,社内の社員間
および部門間のコミュニケーションを円滑に し,ひいては従業員エンゲージメントを向上さ せて,最終的に企業全体のサステナビリティ業 績の評価・管理を支援する役割が期待されてい る. Ⅳ 終わりに 本研究では,企業のサステナビリティ戦略に おけるサステナビリティ業績評価・管理の重要 性を明らかにし,それに対応する SBSC の機能 と有用性を中心に論述した.すなわち,経済面・ 環境面・社会面を統合した企業のサステナビリ ティ経営において,SBSC はサステナビリティ 戦略に関する目標,KPI とアクションプラン の策定から,サステナビリティ業績の測定,評 価,報告と改善,報酬制度との連動までの各プ ロセスに財務的・非財務的な情報を提供するこ とで,サステナビリティ業績の向上とサステナ ビリティ戦略の実行を支援するための有効なマ ネジメント・ツールとして機能していることを 示した.また,SIGMA プロジェクト,ゼネラ リグループ,飲食企業と林業企業などの SBSC を導入している事例を通じて,SBSC の企業の サステナビリティ業績評価・管理の実務への適 用可能,有効性,問題点などを検討した.今後 も,SDGs,パリ協定,ESG 投資などに象徴さ れるサステナビリティへの急速に高まる関心を 背景に,SBSC の企業経営への活用が注目され る. 本研究は,文献調査に基づく理論研究を中心 に,サステナビリティ業績評価・管理におけ る SBSC の 役割 を 検討 し た が,定量的分析 や SBSC 先進企業への調査などによって,運用の 実態を的確に把握することが重要である.そこ では,SBSC の導入がもたらしたサステナビリ ティ業績,従業員 の 環境保全 と 社会貢献 の 意 識,企業と各ステークホルダーとの関係への影 響などを考察することが必要になる.サステナ ビリティ経営をめぐる企業内外の動向は急激に 進展しており,これらの背景,理論研究と調査 結果などを踏まえたさらなる SBSC モデルの 開発と展開が期待されている. 参考文献
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付 記 本研究は合﨑記念研究助成金による研究成果の 一部である.助成金交付により研究を遂行するこ とができて心より感謝申し上げます . [ソ ウ ケ イ 横浜国立大学大学院国際社会科学 府博士課程後期]