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英語に於ける文法範疇としての‘話法’に就いて

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Academic year: 2021

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(1)Title. 英語に於ける文法範疇としての《話法》について. Author(s). 永田, 正美. Citation. 北海道學藝大學紀要. 第一部, 5(1): 1-11. Issue Date. 1954-08. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/3539. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 第5 穣 第1号. 昭和29年 8月. 北 海 道-学 馨 大 学 紀 要 (第一部). 英語 に於 け る文 法範 噂 と して の ‘話 法’ に 就 いて。 氷・. 田. 正. 美. 札 幌 分 校英 語 研 究 室. Masami NAGATA : ON ‘ORATION’ AS A GRAM MATICAL CATEGORY IN BNGLISH.. は. し が. 註 1 . 従来伝達の二形式として認め られてい る も の を. き. ‘d indi i speech t speech’,‘ rectspeech’の 如 く ‘ r ec. と称するのは不適当に思 われる。 speech はす でに 言語学上、 重要な独自の意味を有っものであって、 之を以て一箇の文法範嘩の名 称とするのは誤解を生. 英女法に於ける ‘話法’ は、 英語学の現段階 では、 文 法範嘩としては理論的に成り立たないことを筆者は明か にしようとした。 そして筆者は惇統文法の方法が、 構造 学派の方法へと移行せざるを得ないと考えるものである. ず る 原 因 と な ろう。 speech の こ の ょ.ぅ な 不用 意 の. t’ 乃至 r 解釈に基いて、,上掲定義に見ら れる ‘r epo ‘ ’ ・ i i は repe t t on の概念が生 じたも のと考えられる。. が、 それは如何なる意味に於てであるかについて一箇の 考察を加えた。. 、立 を ‘di i rectspeech’,の労 t speech’ と ‘i nd rec ‐ 支え て いるのが 例えば onions の ‘original. 、. 本稿は、 昭ー953年度以来続けた、 ‘英文法の諸問題-. ’ Jesper i l en の研究’ と題 -‘P1 s osophy of Grammar . ・. した講義の一部であって論文の体裁を備えていない。 念 遮纏めたこともその一因である。. 2 fa statenユent made by ano‐ e郷α en we γ ・ Wh f i i di f t ways ere l ther per . son , we can do so n N E P 6 Swee G 0 1 t , . . . . ‘ l 3 osophy’ に 於 け る J . Phi .氏の所論に就き考察. 1. W’hen one wi t what someone shesto repor. するに止めて、 他の指導的文法家のものを一々検討 しな い の はゞ 氏が激しく論難 したり、 或は意見を異 にするものとして挙 げた学者達をも含めて、 自らの わら 方法の科学的なことを公言 したと否とに か ず、 その方法が巌密な意味で互いに分化 したもので ないために、 一括 して、‘前科学的’ な一紙に属せ. i d( inks or has thought)- l th e sesaysor hassa f onsome i l d orthought onese orwhatone hassa i ious occas -two ways are open to one on- pr ev , i Ei t t ther one gives stog ve ,orPurpor ,theexac i ter): di tspeechl rec words ofthe speaker(or wr ・ io r (orat ta) ec ., or el ngtothe sthe words accordi se one adapt i ed: t ch they are.now,quot ・cums ancesin whi c l i b i l i to i 、o qua) rectspeech (ora I Id . i losophy’ . 290 ) に於て‘ こ れ が、Jespersen が ‘ph ,. ch’ に輿えた定義である。 氏のこの所説には、 私の s pee. 知る限りでは従来の英文法学者が共通に有ち、 叉有たざ. i tspeech r ec るを得なかった点が三つある。 それは ‘d ’ ‘ d t と そ r s e x a c wo れの ‘再 の定義の中に見られる ’. 生’、 2 indirectspeech’ の 定 義 に 見 ら れ る ‘adaptation ds’ によって示された説明の仕方である。3 r ofthe wo. 、. indendent f orm’ の思想であり、 J . 氏にも通 じる ‘ igi nal も の で あ る。 之●を J . 氏 に 隙 用 す れ ば、 ,or ’ l t のt 種 ogy 之 は 一 u o h a に な ろ う と う こ と い speec 。 で あ る の だ が。. しめ ね ば な ら ぬ,と思 う か ら で あ る。. 2 . 先ず上述の三点に就いて解釈 しなけれ ば な ら な い。これ等は互に独立した観念で ,なく、一つの言語観から ‘ ‘i ’ t r ec 出たもので相筒って、この文法縄壕の成 立と、 d ’ る i i t の二分法を支えて来たものであ 。 nd r e c ・最初に ‘exac i t r e c t words’ であるが、 これは ‘d ’ なった 可からざる語句と h のに欠く 。 c を説明する spee h 本来の性 格からすると、 c 自律性、 一回性という spee ds’ な,どあり得ないであ twor 反覆を予想 しての ‘exac ろう。 語が、 辞書の項目と してもつ意 味と・ 心理的、 社会的、 等々、 その生起を促 した総環境や、 その結果と. 1 - -、.

(3) . 水. 田. 正. 美. l な観点より見れば反覆 t tu r r 来ない。 然 しこれを s uc a 性を有っので、 音の分節な り、 形態の分節なりを認める. も要 しない。 この ‘spe e c辞 は元の話手が虞に言お うとしたこと、 員に闇手に理解 して欲しかったこと とは無関係である。 元の発言が虚言にせよ、 員言に せよ、 その話手は何等かの効果を開手の上に期待す る。 その期待と、 現実に生 じた効果は、 発言の構造 的な形式からは知り得ない。 J ・の観 ,氏の定義の中に観取されるものは、 心理重税1 i 点と、根 纏い言語実体観2の奇妙な同居で ある。‘i t nd r ec. のは、 或る善、 叉はその連続が反覆して生起するという. i speech’ の定義に見られる ‘adaptat on ofthe words’. 経験的な事実にか っている。 常に反覆 生起するものと. の語句によって益々その感が深まる。 これには二重の意. しての実際上の反隙といったような、 完全な分析を許さ ない ‘意味’ をもった一箇の発言の部分と しては反覆性 を有ち得ないことは論をr挨たない。 このような考えから twords’ なる語句はそれ自身矛盾 すれば、 この ‘exa c したもの で、 そこから何等の意味をも汲みとることが出. して、 分析され、 認同された形態上の分節が、 此処 で言 われるところの ‘心理的’ な行篇たる発言の部分として 規定 された ‘語’ と同一でないことは言う迄もない。 斯 く して. morpheme2‘は反覆を前提として仮定されたも. の で あ り、 speech に於ける wo rds はその非反覆性が. 強調されたものである。 心理的な立場に立って ‘話法’ の現象を説明 しようとする3J .氏によっては、 考えられ るが如き反覆性は頭初より問題とはならなかった筈 であ る。. ‘ l a omn ch’の如くc 証 1 .文法純鴫を示すときは spee を 附 し、 parol e に 対 す る も の と して は た ゞ speech と した。 d と一致する。 但 し word は 2 .大体に於て wor. - 厳密な分析の後に 規定されたものでな い 点 mor. ‘ ’ pheme と拠る。 前者は 意味 と関連するし後者 ・ は ‘意 味’ を 問 わな い。 ne ofthe l 3 on l rat s an ou[ col rect nar .The di l .….‘Phi t e. osophy’P.290 ogi cals at ・ nepsychol sa. 味がある。 話手の心理が強調されていること 、 語を物 i の如く見たこと である。 話手の心理か adap t t on の a tされるものは、 物たろ元の語の入れ 動機であり、adap i tspeech’ では、 一語よりな 換えと変形である。‘d r e c i t t t re る u r nd c e an c e が問題外に置かれているのは、 ‘i spee ch’への言い換え、 叉は書き換えに際して、 入れ換 えと変形の操作がきかないか らであろうし、‘女’ の 長 い連続は ‘spee ch’ ではなくて引用になるのである。 さ もなくば、 記憶力の制約から、 語形変化させることを忘 irect speech’ と な る の で あ る。 れた ‘i nd i i t ve な t rospec ve な re 謎 1 .氏の心理主義も subject 観点に立っo 2 .次の如く言って自ら歎いているにも か } わ ら ime …・words and ず で あ る。 But in f ormer t fthey we for t t rethi ngs ed asi en t rea 1 ns were of i j t ts wi r th an exi ence of the s ec or natural ob ‘Phi l osophy’ own.・ . , Preface Au fond t ps a ogi out es que dans l ychol , t l .F.de Saussur e・Cour sノChap angue…, . .=. 繰り返しとか、 再生とかは言の獅噛では不 可 能 で あ る。 話手叉は書手がある語結合の形式によって、 発言 し. Spee ch は言語的な叉は非言語的な環境を無脱しては. 書記したとき、 それは、 彼以外の人によっても彼自身に よっても繰り返すことの出来ないものである。 繰り返し. 理解されない。 それを音波と して生起せしめる係件と、 その後に来る現実の反騰との総和が speech である。. h は、 実は新 しい話手叉は 書 手 c たように見えた spee の speech 叉はそれの書記されたものに附け加えられた ものでなくて、 彼の・ speech を、 また彼の女章を成り立 たせている不可欠の部分 である。 それを含め て 新 し い. ch が繰り返されたというのは、 女法学が死語の研 spee 究に始まったことから避け得られなかった言語事象の分. spee ch が彼自身のものと して成立するのである。 繰り 返されたものは、 spe ech ではなくて、 言語材と してみ. た語の構造的に規定された連続である。 謎. 演奏された曲は一 それが以前に、 彼叉は他人によ って嘗て演奏されたものでも、 被叉はその他人の演 奏を繰り返したものでもなく、 ある楽師がそのま 再生されたのでもない。 引用 文であっても 元の書 手の思想が繰り返されたのではなくて、 新 しい書手 が、 自己の見解を説明 したり、 読手を説得したりす る目的で引き合いに出されたに過ぎない。 ある発言 ” ‘ rects eech と l l の一部、例えば、”lam i p . が di ー まれても、 新 しい話手が病気であることを要 啄む ‐しな いのは勿論、 元の話手でさえ病気たることを必ず し ‐‐ 2. 析法の停承的な適用であり、 書記された変化表の輿える 錯覚であるo 1 言語が 3 . 凡そ実際に行われる言語は音声 を 伴う。 2 す 言えと切 り換えられる利那、 必ず音声の姿をとる。 べての学問は言語を媒材として行われ、 記号の記号とも 3 言 語学の有 っ最も特 言う可き女字によって行われる。 徴的な性格は、 言語によって言語を記逮するということ であった。 此処では、 言語は、 研究の対象であると同時 にその手段である。 謎 1 .文字言語の説はこれと容れない。 書記されたも のの有っ重大な価値に敏感であること 、 これを言 語 と み な け れ ば な ら な い こ と は自 ら別問題だ。 B1 d は ‘話 し言 葉 ’ と ‘書 き 言葉’ の対 l oom云e ‘ l i を ‐ t 照 schol is as c’ と き め っ け る (Lingu popuar.

(4) . 英語に於ける女法鎚瞳としての f話法’ に就い て i t t i c Aspec s of Sc ence )。 .6 . ,p. 筒、 こ の説 に は D.Jones が The Phoneme: l t s Nature and Use . 2づ で そ れ と なく ,1950 ,pp. 2 .だか らといって、 晋声即言語ではない。 このこ . とは ‘話法’ の性質を解明するのに重要だ。 籾て、 音声は人体のある器官によって発せられ叉容けられ る。 言語学が生理 学につながるというのはこの意味 である。 どのようにつながっているかは簡単な問題 でない。 叉言語活動を刺戟と反応の側面より見れ{ 求 心理学と関係する。 就会学、 人類学 民族学等々 。 、 言語が人間の瞥みであれば、 人間の営みとしてのあ らゆる学問と無線 ではなかろう。 然し、 能会学は 言 語学をその一部門 としないであろうし、 言語学も厳 会学をその一部 門とは しない。 歴史学でさえ 言語 、. 賛意を表わしている。 彼の考えている語は心理 ‐的な一連の行鴬の各部分に 対応する ‘語’ であろう。 語と譜のきれ目がわから ないと言うのは、 分散と代置の代数学的方法を知ら. な い か ら で あ る。 と こ ろ が phone i t t c uni s を知 り 得 た そ の 方 法 に よ りて、l i i i i t ngu t s cun s た る words. も構造的に知ることが出来るはずで、 それ以外の方 法で words を析出 しうるとは思われない。 但 し、此. 処 に こ れを 引 い た 員 の 目 的は phone i i t l cana sが ys 、 word と wo rd の間に線を劃することが出来ればよ. 史を そ の 一 部 門 と な して い な い。 .. 3 .科学者が現行言語は理論的な目的のためには 不 適当であるとして、 人造語 me l t a anguage の提唱 をしたりしているが強い反対に遭ってい る。 Logic. いという口 吻に注意することであった。 之は心理 ‐的 imenta な も の か ら、 ant lな方法への無意識の接近だ か ら で あ る。. and Language t y . 第 二 巻、 J .J . C. Smar , Theor i of Cons t t ruc hatcom‐ i b on を 見 よ。 l l ti et s poss l ex thought may be c i in- p l l l t ‐ rys zed in non a i t b h s ぐ te rms t gui i d i i t l 1 t u e e n e c e s a a a v g ns , i t i i P tory of Eng r 3 o pei l 4 3 . Ma sh , Thes . ,. あたかもこの困難 から逃がれるた ・めに案 出 さ れ た か の如くに思え るのが、 言語を ‘物’ と見る 少く と も 、 ‘物’ として取扱わうとする 文法家によって嫌悪され 、 っ も筒固執されて来た観点であり方法である。 この 観 点に立って言語を眺めたり、 叉この方法によって分析の. この事実は諸種の言語現象を記逃し、 定義する場合に. 不完全な操作を加えたり、 叉その結果を強いたりするこ. 思わぬ困難を闇らす。 これは dog l d r 、 , ove , wo , の三. とに反対 しないものはないであろうが、 然もこれを捨て. 種の書連続の表わすものは何かの間に対する答に漸増的. きらないでいるのが従来の英女法学の通弊であった。 本 稿の取り上げている ‘話法論’ も、 このことを語る多く の事例のうちの一に過ぎない。 女法学に於けるこの 矛盾 を心理学の立場から解消, しようと試みたのが、 心理学者. l dog は ob に見られるところの困難 である。 j d2 t ‐wor ec imar とか pr y‐word3 とか言われるもので、 孤立的に対 象を示すことの出来るものである。 l ove の場合はそれ 4 最後の wo 程自明ではない。 rd に到っては、 之が何で d あ る か、 wor によって定義することは極めて困難であ. 1 然 し彼の psychologicaladjust‐ Kant or 教授 である。 、. ろう。 言語を心理的な活動であると言い切っ た 人 で さ え、 wo rd という吾連続を何か ‘物’ を示しているよう に取扱わざるを得なかったのである。5. R2 の方式によって解明 し それに文法の組織をえよ う 、 とした努力も、 所詮は、 心理学の分野に対ける一試論で. 註. ‘ 1 ol ogy を .但 し 譜 で 説 明 す れ ば、 dog’ は taut 用 い るタト はな い。 {. 2 inc lud ing a l l .There ale words , however---- these that a chi ld l t----tha earns 行r t can be s i used in i 1 sol at on: prope ・ names assnames of ,C f i l l ami ar kinds of ani l na s ours , names of col , l l ‘ob j and so on. These a ・e what l ca t ‐ ec ’ l i h words e ng and Trut . B. Russ ,凸dean .25 ,P 3 imary Rank に入れるものとは J rsen が Pr . espe 勿論違 う。 但し Ranks の 説 は 不 可 解 で ある。 4 i ing words ec se way of de行n .VVe haVe no Pr l ike‘l te’ i i ove’ or ‘ha tua t ch concern s ons , whi tha t have not,been accurat i行ed…・ l l ・ ・L. e ass y c B1 l d oom賃e , Language , P.139 5 i i i t t el ngu s cuni s e not .VVords ar ,butthey ar i t l i t:no l i t l c uni r 1 er e phone c ana s of a y phone ys ing of spo l t r S く en sounds can reveal t o us the number of words i ti s made up of , or the d i i tween word and word vi s on be sen .Jesper , P. . G. P.92 ,. t 鵬n s としての人間行篇の-たる言行罵を 金充s =. はあっても、 旧女法家は勿論、 新女法家も直ちにこれに 興しうるものでない。 彼の観点と方法とによ って、 言の 溌刺たる躍動が強調されたに しても、 これを言語の法則 と構造に関連させっ 定着することが出来なかったから である。 註 1 i i t ec ve Ps ogy of .J . R. Kantor ychol , An 〇b Grammar .. i 2 e s の方式は S→R .C .C .Fr .但し心理学の方式 を借用 した ゞけ で あ る。→ と ← → は 違 う。‘Structure. ’ P 32 什 古 く は B1 i dのLi of Engl l sh, n‐ . . 、 oom行e i i i t 9 1 9 t 3 7 s c Aspec 8参 s of Sc ence 1 一 1 gu p p , , . 。. 言語の定義 が、 学者の言語観によって異なるのは蓋し. 当然である。 叉それが、 言語研究の対象を言語の何処に 置くか、 即ち対象の選び方の相違から生じたことも叉当 然である。 かりに三箇の定義に見るに、 ・The ess ence ofl anguagei t shun ・ anac l l v ヒ コトー-- t t ・ iv i t of one ind dualto make ac l v y on the par him域 f unders l tood by another e iv i t ty o 1 1 ,and ac. ー ラ ー.

(5) . 永. 田. t was tand wha r s t otherto unde t oftha the par G P J en t .2 in the mind ofthe 行rs ,p , . . . esPers l i rary voca t em of arbt A 1 s a sys age i 1 angL ial group l l members of a soc c bol s by whi ・ syn ‐ l A rodu t n ant S t n t e a i t erac e and nt . ur v , cooperat i i i t ence c Sc i s ngu .2 on to Li c t ,P i ngsequences t e l n ofrecurr sa sys A1 anguagei ch l f unds o s o c a f v r e o , whi lls t erns o sa or pat i t ‐ l i ‐ f u s t u s l n u ing sames o s th r ecurr la t e wi corre t e s ll l ng sa i i l trecurr c ch e i terns on pat at ,and whi d Lin ‐ i n D 1 a i n F e a n g e 1 s f t r e s , ofresponse ea u . 0 1 3 i l i s i t c Ana ys s , Language . . gu Jespe rsen. 氏の言語本質論は、 心理的側面を強調して. てい ることに注 いる。 この言語観が彼の方法から遊離し 目 しなければな らない。 れた t 氏の定義は細心の 注意 を 以って下さ S t e tur van 隙すること るが、 之 では分析の方法 と緊密に承 l s i t rary vocalsymbo い。 arb. 正. 言語を心理活動と見つ 、 然も ‘物’ として取扱 おうと. ‘ ’ する態度を許すものでない。 言語を 物 と見た上で、 これを心理的に取扱おうとする立場に於てそう映ずるに. 過ぎない。 重要な点は、 物と心理活動が方法上意識的に 区別されているか否かにある。 . 動として捉えようとする J 4 . Spech を心理的 な活 た 義 し 定 言 て っ と 返 り し d ● の 繰 t wors c 氏 が exa ‘di ts ch’ を如何に解すべきであろうか。 繰り返 rec pee 一人の心理状態を しうるものは何 もない筈である。 ある J 氏は、 自己 他人が繰り返すという ことはあり得ない。 . をも博 叉は他人の words のみ ならず、 脳裡にあるもの h t …とき h H t o u g e えると言うのである。 之は正 しく、 ‘ r tspeec甘 と 呼 e c り出された女 のある一つの形式を di 他人の ば ざるを得ないと考えたからに他な らないので、 こ いった せると 出して見 脳裡にあるものをそのま 取り 語結 る一定の hought…の次に来 t と は関係がない。 He 称に他ならない。 例えば、 えた名 対して輿 合の方式に ion l nany s t the pas lways wondered a l have a. は言語の形態と. あり、 書記さ 意味の結合のもつ契約性を規定 したもので 宜から であると れたものを除外したのは、 取扱い上の便 i l group a rs of a soc ch the membe 言 う。 by whi 機 語の社会的 く言 t は言う迄もな terac e andin cooperat. 美. ed t the cerebrat to ・ l . r l ee e have・ peop ’ t r ec 分は ldirectspeech (ま た は ‘indi. の下線の部. 、 l e sked n ch)とは言わないであろう。 然るに、 He a spee ’ ‘ i t と 言 っ て、 treques t once ndrec to come a .は i. J 氏の 心理主 能を遮 べたものである。 この定義には、 . 的な活動 義が前面に押し出されていない。 此処では心理 として わば道具 言語が言 たる の主体に対して、 記号体系 通 じる のに J 規定さ れている。 対象の処理法は 氏のも. ‘indi ts e ch’ の中に入るのである。 その根拠は、 rec pe ‘ 下線の部分が、 Comeatonce’ と い う ‘directspeech’. であろう。 る 最後の Fries 氏の定義は新 しい傾向を表わ してい 。. i the pass on の語結合の方式が来たからにす ぎない。 と. 的に選び出 此処では、 分析の対象が、 分析の方法と相対. 遊離した規定 が され、 互いに緊密に対臆する。 方法から 主義を、 来の心理 i ch…以下の規定 は、従 ない。 たゞ、 wh らない態 構造学派の用語に流訳 したに過ぎない。 煮え切 彼の定義に く とにか う 、 度のあらわれと言ってよかろ 。 d rs t i i and ty t ’lnind の如 v sence ac J 氏 の es , un e は、 .. 、. ,. き模糊 とした語を用 いた観念的な規定のない点に於て、 立場か ら、 F J . 氏の立場 J . 氏の定義と対立する。 . 氏の えの移行には、 興味がある。 できない。 Spe e ch が心理活動であることは 勿論否定 るものは、・言 然し、 言語学の、 或いは女法学の対象とな 言では わば、 言語へ繰りい れられた言であって、 なまの 問題 々の 言は我 あ りえない。 刺戟と反瞳の現象と しての で あ ころ としないところ であり、 叉問題に し得ないと ‘ i t r ec . 氏の d る。 心理的なものを切 り捨てる態度は、J d の o r s ’ h t w i t x a c e ee speech の定義に見られ る、gv 見解を容 れるものに見えるかも知れない。 然 しそ,れは、. に還元出来ると考えたからである。 は じめの例が、 ‘話 r ed の次に at 法’ と関係のないのは、 lhave wonde こ ろ が こ の、 wondered 以 下に示されたことは、 J .氏. の所謂る脳 裡にある何かではないだろうか。 他人の老を述 べるとい う説明であるが、 選 べるものは l lcome あく迄自分の考えである。若しある人が、l wi . ’ l l come wi と言ったとすると、 直接話法では、 . で l lnotc wi ome も .’ でもその他なんでも構わない。. 話法というのは、 誰かが、 何とか言ったとか言わな いな ・ ど と い うこ と は 関 係 が な い。 ‘the exact words は ‘ ’ di h 解明のための重要な用 rects ec その意味でも pe 、. 語であり得ない。 ‘d i ts rec ch’ の成立が、 我々を納得せしめうる根 pee i t spee ch’ も自ら認め re nd c 拠を有たないとすれば、‘i 難くなって来る。 二つの ‘話法’ 間の差は、 今遮 べた如 i d (hoped ed…) の次に来る語連結の く、 ls a ,wonder. 方式の差であって、 樽達と、 非停達、 反覆と変形の違い ではなかった。 叉この方 式を二つに分類する理由も薄弱 であった。 ところが従来、 この二分法の原理が文法家に 4 ー.

(6) . 英語に於ける文法範鴫としての ‘話法’ に就いて よって発見されていた。J .氏はそれを、 人称、 時制、 法 の移行と、 発問、 要求の形式の一定の変形に認めた。 こ i tspee れ等が ‘i nd re ch’ を立てる根拠となっているの c. i oned wa t of what the person ment sby a repor ings i f h i i k i h t ing or thn ng att e tl ese say ne say ,as. である。 それを彼は、 ‘元の話手の語を新たな環境に悪 じて適騰させる’ と言ったのである。 これは次のように. i i t ence er doesnotexper outward happenings . The wr ’ ‘ h h h h t ) rs e e c e s i l b t t o l ( o s n e e p u ere e s g or ve ,but .h l h ave repres ent s them to us , hence t e name. h c 解することが出来よう。 即ち、 両話法の 差 は、 spee としての性格の多寡にある。‘directspeech’ は speech i tspeech’ で は nd r e c としての性格が稀薄であるが、 ‘i e ch の反覆性の .spe それが濃厚であると。 叉その差は、 ‘ i d t とも解せられよう s re c peech’ に於て 強弱にある 。 ‘ ’ i tspe ech に於けるより そ れ が 強 い と。 は、 i r nd e c ch としての性格の張弱に反比例 反覆性の強弱は、 spee するであろうから。 然し、 そうした差は実際には存在 し な い。 speech を、 語という抜き差し自在の部分品より 成る道具かなにかの如くに見る我々の習慣は 実 に 抜 き 難いものがある。2 独 自 に して 全 一的な言は斯くして. 極めて自然に分解、 組立が 可能なのである。 そ こ で、 ‘i t speech’ は 更 に、 ‘dependent speech’ と ndi rec. inuat i on ofthe ・ edi at e cont r nn orthought were the i. chosen. P. G. P. 291. i t r’ と断っている通り、 これは女学上の書 e 彼が iwr 記された文体にか わ るこ と で、 speech とは関係がな り ‘speech’ な り を ′経験’せずに. い。 叉書手が思想な. i r ence ‘代表’ するというのも明断な表現でない。expe l i r eben で補足しているのもそ のせいであ ve とか e をl ‘ ed speech’ で な く と も、 dependent る。 ・represent ‘i tspe e ch’でも話手 (叉は書 r e c speech’ でもゞ また d. i ve’ されたものとは限らないであろう。 手)に よって‘l 叉、 これ等の話法をすべて、 話手 (又は書手) の全一的 な活動としてみれば、 執れの場合に於ても、 話手 (書 ‘ pe a‐ i ence でないものはないのである。 s 手) の exper. ′represent ed s ech’ へと分れて行く。J pe . 氏は言う。 h i d h h tG,or t h t o o u g , ped 前者はすぐ前の動詞 ( esa , ,e. i i ve’ on’‘l twords’‘adaptat i ker’‘wr ter’‘theexace. heasked…) に従属し、 後者は全体からこのことが了解. 式と文体、 物と心理活動、 言語と言語学の研究対象とし. さ れ る と。 i i tquot 考 え る。 Thed at on rec 註 .jespersen は 逆 に‐ - 1 i h l t l h t f a e a t s o o c t c i e a m e s e o s g n om p a o u c s y l l i tthatca inat i d imag s t on ofthe pas th i v wi s Vi ’ i for th the ‘dramat c present tense . Hence we . f t ed nser 1pl oyed inthe i ense en en 行nd that t ot ’J ’ins ‘sa s he say(s d d of‘sai 1 n t e r e e s s ) e a p . , y , , P. G. P.290 i i vid か否かが、 i d imag t on と 言 うの も、 vi na vi v ,. 等の語が自由に用い られているのは、 言と言語、 女法形 ての言語等々に厳密な区別が意識されていないところか ら生 じたもので、 此処に論述の暖味さがある。. dependent ‘repre‐ di t’‘ rec 5. 以 下文 例 に つ い て、 ‘. 別出 t ed’ が どの程度に、 そ していかなる 意味で識 s en 来るか検 してみたい。 女例が少し長いのは、 短いのより .氏のものをその儒用い も理 解に便であるからであり、J なかったのは便宜のためにす ぎない 。 ‘f s‐ re any dres Soon l asked her , i there we ’ ? i l l h e i a t V g 1 woman n e i ‐wor n a maker or pl. 論理的に同一なことを意味するこの 二つの発言形式 f tの に よ っ て 決 定 さ れ る も の で な い。 例 え ば、 Swi i i i れて i ら i d t か 生 n が な magna o 冷 静 な 女 体 、 vv い る 事 実 に注 意 しな けオいまな らな い。 speech で も こ の こ と に 変 硯はな いo. i t t quota rec on は 現 実 の こ に 言 わ れ る di speech の 問 題 とい う よ り も 寧 ろ、 文 学 的 な 文. 体の問題であり、 戯曲様式に通 じるもの で あ る。. ‘di ch t speech’ を spee ree. に 於 て用 い た と す れ. ば、 意味不明確となる。 不明確とならない迄も不自 然である。 2 .女法教育 (国語、タト国語を問わず) に責 めの大 牛 が あ る の で は な い か と 思 う。 ‘Repres ed Speech’ と は J 氏の特に挙げるもの ent. で、 話法の混渚 (彼はこの用語を嫌う) などと言われる tischieny ものである。 次のように説明されている。 l i i l t t on ed nar r at ves wherethere a ong connec used in l. i ‘Yes; two orthree t e as many asthere . Qu ’ oymentfor . wasempl int now.1 he po i 1 d ven t0 t 刊 t 1re ec e . was dr i t ty ood N i h f e s s t e c .ls was broughtfaceto ace w ce: thout a resour ion of one wi i t in the pos do 1 t i mu s n i h o . t c d a f i t o u . w i e n ; wthout a r l t app ing y th some . Wrhat? l mus. somewhere .. he Wr re? ighbourhood ‘Did she know anypl aceinthene ’ where a servant was wanted? ’ ’ ‘Na dn t say . y; she coul ‘VVha l i ace? VVhat sp radeinthi eft t wasthech e do?’ did mos t ofthe peopl. i l di ingsi errupt ed n the exter or wor s int of happen. ー 5 ー. l ‘Some were fa rm labouters; a good dea.

(7) . 永. 田. ’ [r i tM t ver ef worked a ac ory…’ s needl . 0l ‘Di i dN 1 r 1 mpl oy won I en?’ . 0lver e ’ ’ ‘Na t was mens work y; i . ‘And wha t do the wo ・ nen do?’ ’ , ‘1 1 ‘ r h t e does くnawn , was t e answer . . Sol ing t oneth olk1 1 l unge . Poor f ,and some another ’ -asthey can on .. Jane Eyre I I ) ( . XXVI . , Chap. これは、 会話ではなくて、 会話の叙述の平板を避ける ために用いられる、 ごくありふれた ‘書き方’ である。 一見複雑に見えるこうした会話の書き方は専ら文学上の. 正. 美. s’ の繰 t word る ら しいo 然 し 2 ) のその部分が ‘exa c ) のその部分がそう でない の と 変 り ・返 しでないのは、 3 e ) は、 仮定された元の s ch の、 精 らない。 2 )と3 pe ‘Di dyou 4 の ) のでないのは 叉は粗にひき写されたも 、 ’ know“?,が、 元の speech のひき写しでないのと変ら ないo i t c に描出しようと ama 2) の特徴として、 それが dr する心理状態から出たものとする説明がある。 然 しこ の ing ‘di l l ong te ‐ t ory t speech’ は主 と し て、 s , 即ち l r ee. h の方式 ives に用いられるも ので、 現実の s c t pee narra. 手法から来たもので、 これを現実の s ch と混同して pee はならない。 文 学 に於ける文体上の差異を、 文法縄嘘の. ではなさそうで、 書記されたものとして、 女学作品に多 く見られる描出上の一つの型であろうことは醗遮の通り. 差異と無差別に取扱うことの不可なるは言を俣たない。 ところが、 この混渚が、 ‘話法の混渚’ などという文句 で平然と行われているのである。‘Repr t e en s edspeech’. である。 戯曲の、 台詞の割 り当てを示す人物名が、 この i d なりに対隙すると考え 話法の she asked なり hesa i t c 云々の言 葉が ・ a an れば、 その意味では、 たしかに dr 当 るであろう。 然し J . 氏の贋意 がそこにあるのでない ‘ h’ とは文学上の女体とか、 べ S c ことは前に述 た。 pee ’ ‘ 書記法の習慣に就いて言われることでなく、 博達 の. と説明するのも同断。 扱て ‘話法’ の別を検 しなければならない。 都合上、 .Di d she know any pl ighbourhood ace in the ne where a servant was wa t n ed?’ の一行を従来行われ. 方式でなければならなかった。. て来た書き換えの規則に従って次の四女を捻り出すと一. このように考えると、 所謂る博達方式は、 一義的には 所謂る間接話法 ではないかと思う。 このことは、 接続法 i i t’ の識別が従来 t’ と ‘i e nd r c r ec の衰退によって、 ‘d. 1) Do you know any pl ace … … where a servant i s wanted? ‘ 2) She asked her l ace … … , Do you know any p , dフ t where a servanti s wan e. の文法で必ず しもうまくいかない基本的な発 言 形 式 の l isez alam i 〕 あることか ら推定出来る。 例えば、 〔h. 3) She asked heri fsheknew anypl ace… …where. t rec l i waz i 〕 は 一 義 的 に は、 .indi i sed a 叉 は 〔h. a servant was want ed. d she know any pl 4)‘Di ace…”whe re a servant ’ d? Was want e 1) が 元 の speech で あ り 2 )、 4)、 が 夫 々 、 ) 、 3 ‘di ’ ‘ ’ ‘ h i i t d t speech , repesent rec speec , n rec ‐ eds pee. ch’ と呼ばれるものである。 1) と 2 ) の外見上の相違は言う迄もなく、 s he .asked her の有無である。 若しこの二つを文学作品中の二女 と. ) には当然 she asked her が了解 さ れ て い 見れば、1 )の s る。 作者が読者に、1 ch の生起を博達したの pee である。 叉これらを夫々独自の spe e ch である と す れ ば、2) の ”Do you know“?” は 元 の speech が そ. h’ と見るのが正しいであろう。 これを hesays e c , s pe ’ ‘ ’ l i d i l l h の如く 書記 i l l w a s s a 乃至は e am . . , 、 、 i tspeech’ r e c 上の特別の印を附けることによって、 ‘d t’ と speech の上 rec と 見 せ る こ と を 以 て、 これ を ‘di. ないことはない。 事実は寧ろ逆 に於て認めなければなら・ であろう。 免も角、 これは、 従来の、 語の入れ換え、 変 形の女法では区別はつき得ないのであるが、 現実につき 得ないな どということはあり得ないのである。 但し、 こ e ch に れが、 書 記 された もの でなくて、 本 来 の s pe ’ ‘d i t として生起したとすれば、 不自然な声調を伴 r e c l 〕 に うこと勿論である。 このことは、〔Hised ai am i. speech であったとすれば、2 ) に於て偶然同一の語結合. は精々二つの声調の型のあることを示す。 そしてこの二 i i t’ の相違をも示すもの t’ と ‘i nd r e r e c つの型が、‘d c ‘ l l の よ うに見えるのは、 元の speech’, 例 え ば l ami .. が現われたに過ぎない。 1)と2)が抜き差しならぬ関係に. を想像 して、 その中に含まれた語形と対照するからに過. あるように思えるのは、1) から2) を、2 ) から1 ) を作 り出す、 習慣的な文法の練習法に熟達 したことからもつ. ぎない。 このような考え方が、J .氏をは じめ・ 他の殆ど 総ての停統文法学者をして、 人称、 時制等の移行を強調. に至った考えである。 2) と3 ) の区別は she asked he r ,を除いた部分にあ. せ しめるの である。 これ、 とりもなお さ ず、 J . 氏が、 ’ ‘adapta i f h d で言わんと t するところの rs on o t e wo. の, 盤の形で存在したか否か決定出 来 な い。 1 ) が元の. 6 -.

(8) . 英語に於ける文法範寝としての ‘話法’ に就いて ものである。 今述べたのは、 発言のある一つの基本的な形式に就い てゞあった。 他の形式に就いても略々同 じことが言いう るであろう。 本例の 3) に戻らなければならない。 こ れ は 通 常 、. ‘ she asked her now…・ ・?’ の引用符号の中 , Do you k. の書き換えの如く に説明される。 扱て 〔Hised の wα2 、 ”〕の下線 に部分の構造的 に独立 して生起する ut terance. と考えられるものは、1 ) の Do you know, ,…? であ った筈であろうから、ごd i ts r e c peech’ とは 言われな い。とすれば、‘indi ts rec ech’ と言わな ければならな pe い。 若しそうだとすれば、 既にこれに加えられている筈 の ‘adap i t t a on’ を解いて還元すれば、 Do you know… …? が得られるであろうか 疑問文の ‘a i dapt t a on’の 。 手順はそのようなものではなかったのである。 独立では. t ern であるのに反し この i fshe kn pat ew……はそう 、. 生起し得ない部分構造となった筈 で あ る の に ‘Does 、 ds she know…・ ・ ・?’ も ‘Di heknow……?’も独立構造. でないという相違を見 る。 そして ある構造 の一部とし 、 fshe k てしか現われない i new……は、 所謂る傑 件節を も形成するの である。 反問は当然意味の相違を言 うであ. s ch’ pee ・は、 夫々識別可能の徴表をそれ自身に構造的 に 有ったものでない。 今仮に、. ろう。 ところが、 この意味を問題 にすること自体が 実 、 はゞspeech を独自に して一回的な s e ch 本来の性格 、 pe に墓いて論 じようとすることに 他ならないの で ‘adap‐ 、 i t t on’ 説の入り込む余地はない筈である。 然もs a ch pee を成立せ しめる意味は、 構造分析の具とはなり得ないも のである。1 詩E I tpresentnome thodsof measur一 .Therearea i i ls 1ng soc i tua a t i毎i l dent onsandofuni ng que yi i i l s i tuat soc a ons ascomposed of cons i t t uent s part de the t we can di vi ,in such a way tha t ut erance whi ch occur sin (orcorrespondst o) thatsoc i i ls i tua a t i l ー on i nt l r ー ent o seg s wh ch wi correspond to the cons i t t t uent par s of the ′ i ion tua t s . Z i de thodsi i t s n St ruc t uraILingui .S .Harr cs s ,n , P.188 2 i es の ‘Stru‐ ,会話の記録を資料 と し た Fr ture’ の 中 に、 所 rect speech’ の例が 「詔 る ‘di 見 当 ら な い の は 示 唆 的 で あ る。 ま た Amer i can Eng i l sh Grammar に さえ 見当.らな か っ た。 書 記. 物たる手紙を資料に したにもか. わらず。. 次に 4) の ‘represented speech’ と J 氏の称する もの で あ る。 こ の ,Di d she know “… fshe は ‘i kno沖 …“?’ と して も、‘i fshekne沖 …-’ と して も 、 ’ 叉 sheasked ?’ で も、sheasked ・ ・ , Doyou know‐…・ . , ‘Doesshe kn W……フ ’ であっても これ 等は文体上 o. 、 の差であって、 言われるが如き、 s e ch に於ける博達 pe 様式の厳然たる識別の徴表を有っものでない。 寧ろ こ 、 の形は speech に於ては、 現実にあらわれないものであ る。 所謂る ‘s e ch’ の二分法を以てして、sheas pe ked , ’Does she know …・ ・?’ の説明はどうなるであろう か。 引用符号の中は、 ‘exac t words’ の繰り返 したろ ‘di ts rec peech’ と大低のものは思うであろう. 。 語形変 化をこの二分立を支えるものと考え るものには そうと 、 しか受け取れないであろう。 ところが ‘元の speech’ 、 ↓ 7. で あ る。 こ の よ う{に、 ‘di i t speech’ と ‘i rec t nd rec. ‘ ・ ・ she asked ・”?’ , Do you know・ ‘ h k d D h k s e as e , oess e now. ・ ・ . ・ ・?’ ‘ d she know. . . . . .フ, she asked Di fshe know・ ・ ・ ・ ・ ・ she asked i. i t’ から の如く排列して、上から 下への四段階を、‘d r e c ‘i ’ i t への接近として見ると、 問題の二つの偽達 nd r e c 方 式に劃然たる区別の設けられないことが察せられるも のと思う。 二つの‘s ech’の違いは、 語形の変化、入換 pe えと見るとしても、 その間にことさら取り上げね ばなら ぬ相違は見出せない。 叉 ‘女’ 全体からその意味を推す i i i t ngu ccontext によらなけ と して も、 更 に その 文 の l s he asked る 例 ( え ば、 s れば、 その意味も決 しか ね , ‘Di d she know… … ?’ の如く) とすれば、 停達 二方. 式を特徴づけるものは何たるか知ることが出来ないと言 えるであろう。 次に、 二分立を可能ならしめる徴表と従来目されて来 た人称、 時制の移行に就いて一言つけ加えなければなら l l ない。 例えば、 he said that 棚 wasi . の如き発言に ‘ 於て、 斜体の he は、 空想 した 元の s ch’ た る l pee l l の 1 が移行 したものと説 く。 然 し、 この he は am i 1 の変形でもなければ、 その代用でも移行でもない。. 元来 he なのである。1 でも、 you でも Mr . S-その 他の如何なるものでもないだけのことだ。 この全一的な l l l l でも、 その he was 発言に於て、s -i , で も、 l wasi 他どのような人称が現われよ うと問題でない。 仮に she l l であれば、 ある女性に就いて代名詞を以て言及 wasi した泡のことである。 he であったところが、 之 が he id の heと論理的に同一人物に言及したものとは限ら sa. l 1とある女性が言ったとす・ ない。lam i る。 その言に言 及して、 その言主たるものが女性たることを表現しよう とすれば、 そしてそれが過去のことであるならば s he l l wasi , と言わなくて何と言おうか。 彼女の言が. ’と. なっていること 、 此処で she となっていること は・.

(9) . 河く. あるよう 一般に信 じられているよ うな深い関係はない。 と、 学校 ら直接へ 間接か 接 ら間 直接か 、 に見 えるのは、 , 表 別の徴 J 氏が識 である 。 で積んだ女法習練の賜ないの として挙げる人称の移行 は認め難い。 言い得る。 叉時制の移行に就いても同様のことが i d the army . の各 ins the army Hejo , と Hejone. i i o ned は後者 が 前 者 の ns o ,j 独立形式に於ける動詞 j. 非言語的な ng ではなく、 各々の発言の、 言語的、 shi貸i. で 両形式 の比較に発 環境によって夫々決定さ れたもの 、 ined は pret er‐ o i ns は present o ,j したものではない。j ’ ‘ われる、 i te と 言 えを よいのである。 停達形式 と言 id he was in the army と 日e sa sto jo He says hei. rmy に於 いても、 同 じことが言える。 前 to j oin the a. t で言わ れる が如 きものとしてある事件に e en s 者は pr i t e で言われ る事件に言及したま 言及し、 後者は pfeter nthearmy と言 i d hei oi H sto j es a でのこ とである 。. yの っても差し支えないところから見ても、 was が、sa で もの i d の語形によって決定された i る s a t e た・ er pfet i l lher を terance ,lk ないことがわかる。 若し一つの ut ‘ i h’ の ee c. ts e c p ndr 想定して、 従 来の方法によって、 i k i l l h s her を i l l i d he k ed h er He sa . 叉は Hesays e の悪 作ったとき、 特に前者 の意味は不明瞭で、 落ちつき l lhe ki r . の如く るい発言である。 He said he wasto i なってい t e t r に e すべきであろう。 成る程 たしかに Pfe べたので るが、 それは新話手が、 過去の事件に就いて述 博達形 あって、 これは英語の一般的な仕 組みであって、 ら れ るの 形が見 式を特徴づける もの ではない。 語の変 が 過去 は、 機械的操作によったもの でなくて、 新話手 、 解さなけ べ たものと 以て述 葉を 彼の言 の事件に就いて、 i sh の例 と し て あ i es はVulgar Engl ればならない。 Fr i l l ・=”.の t h げて い る l diten know hejoyn t e anny 、. i te と して い る が、 (A.E.G. P.66)根 拠 は ter joyn を pre. i ns から識別 o ・は j oyn 二重 であるに違いない。 即ち j i t en との承顧が強制的 でなければならな されること、d j on 想 いという感 じがそれである。 この承隙を予 して y いが 構わな しては 一解釈と は 、 te と見 るの 、 を preteri する この j oyd を以て承窓が張制的 であることの根拠と i t en との時 制 oyn を、 d ことは出来ない。 熟ま、 この i j を 上の承騰を示してい るものとは取 ら な い し、 oyn ない も服し得 。 i te とする前述の根拠にも必ずし ter ) fe 1 表のな 此 処に、 この承感を示さない (示す形態上の徴 te を oy …,と、join が ple[eri ten know hei い)ldi 一つの言 形式 i d h ……の j k n e i d e o d 取っ た、ld t now の生起する領域の決定が、 ある特定の資料に基いてなさ れたことは意義深い。1. 美. 正. 田. i tesin te r fthe pre 副三 1 y about4percent o . onl tu sed df o h sn rm o i h l t t r a the Vulgar Engls e e s he onesthat t e Th r i e a l e s sh in Standard Eng . f tseem i t t on and because ofthat ac ta t ent t rac a i l E n sh than V l r i a g u g arger n nuch l to bulk r l l r e a tua y theyac . 1ar i l , ,66 sh Gramn i ,p i can Eng Fr ー er es , A菖. ‘id i t’ の排 r e c 今二つの例をひいて、 時制の移行を、 n t en べ た。 但 し、 l di 他的特徴となし得ないこと を 述 定 決 論 を oyned が生起するか否かは、 結 know he j ら 前二の 二 例 は、 的にするか否かの鍵となる。 何故な 、 ih と に 夫 i sh と Standard Bngls i Fr es の Vulgar Engl. することは常に妥 々属するもので、 一を以て他の 基準と 今この第 三の型が生 当であるとは限らないからであり、 i E l sh に属するもの で 起 したとすれば、 之は Vulgar ng i h ls に於てはこの結論 l gar Bng あろう故、 少くとも Vu i n the ddt know he jo di が決定的となる。 若 し、l ‘ i h では、 時制の l s idBng t anda army が生起すれば、S h の徴表たり得ないという結 t speec rec ndi 移 行’ が、i. 発言 × が、仮 定された 論が決定的となる。 このことは、 Y が 他の仮定された方言 に 方 言 X に生起し、 発言 y 、 X Y に同時生起 , が夫々、 , ,y 生起 したことを以て、 x 出された結論 は、 現実の言 するもの 如くみ なして引き ずしもならぬとい う自明の 語事象を説明 したものとは必 原理を述べた迄である。 ’ ‘ 先に 仮 定 し た direct この自明の原理によれもま、 ech style に属 pe ,i t, の四段階が、 夫々同 一のs i ee r nd されなければ ならないで する発言形式であることが実証 i t r e c , j 氏の三分法 (d あろう。 然し、 この四段階は、 . 成 ) を認める立場に於ては、 立 t ed en r e s ep dependent ,r. l t ) l ec a t e(di y s eech s せ ざ る を 得 な い も の で、 こ れ は、 p. であろう。 若 し そ の 成 立 を度外観 しては否定出来ない J 氏の三分法 l t の見地に立って否定 すれば、 ec a を、 di わざるを得ないo 何 も、 その同 じ見地より認め難いと言 t’ と女 ec al h と い う ‘di 故な ら、 その三分法は、 speec t’ が無差別に取扱われてい i l ec a l t e という ‘d y 学上の s ′ X に生起する ,y が執れも、 る か ら で あ る。 即 ち、 x,y である ら ているか 。 もの 如く取扱われ うとすると、ID 6 ech を本来の姿のま 捉えよ pe .s の融然と混入し合った、 生 理的なもの、 社会的なもの等 る そのようなことは の言を記逸しなければならなくな o 明確に掴まず、 篇に、 出来るものでない。 記述の対象を この異質物を 記選 の一貫 した方法を見出し得ない倦に、 ’ ‘r i t on )に分析を加えようとす a 含む言事件 (例えば、 o となり、 勘が幅を るのは妥当であり得ない。 方法は粗雑 H said‘lanl ’ ‘ 利かす。 仮に、 心理 を強調す れば、 e. - 8 ー.

(10) . 英語に於ける文法範噂と しての ‘話法’ に就いて i ー 1’ が lam i l l の正確な繰り返しであるどころか. ‘ l be i f t l ng ut er t ed byi e sen s osophy’ . Jesper . Phi .. 、 刺戟. た る、‘lam i l l’に対する反騰であって、l tisadog:が. P.307. dog の繰り返えしでなく て 刺戟たるある動物に対す る 、. 反感であるのと変らない、 と言 った工合に説かれるであ ろう。 それどこ ろか、 その心理現象を説明する方法は、 語を物と見て、 入れ換え、 変形自在の習慣に従うもので ある。‘元の言’ と ‘第 二 次の言’ との分立は、 そのよ うにして成就したの である。 この二分法が自然に見えるのは、 人称、 時制が目印と なり、 それを附けたり、 取り除いたりして、 ‘話法’ の ‘轄換’ をいとも軽便に行うことが出来るという信念に. この定義は、 所謂る一語女を容れ、 叉任意の語結合. も、 それ等が ‘独立’ しているという燐件の下で女とし て認めるもの である。 この ‘独立’ は、 実に心理的な ‘独立’ に他ならないであろう こ に 女は 非言語 。 、 、 的な場面に、 その成立が依存することが言われたものと 解せ られる。 即ち発言の ‘意味’ が前面に押 し出されて 来たのである。1 註 1 彼 は、 Sweet が 所謝る ‘一語女’ を ‘文法的 ‘ ’ 見地’ より女と認 、め難いと言ったのを 誤解 であ るとし、 女が一語でありうるのは、 一箇の部屋が、. よる錯覚 である。J 氏の如き、 慣重に警戒しっ も、 こ れが氏の目に自然なものと映じたのである。 s ch が pee. 一 軒 の 家 で あ り うる の と 同 じだ、 と 言 って い る。 こ. の比-熟ま巧妙であるが、 誤謬でもある。 被自らが否 定した、 言語実体観に根ざすものである。. 心理的な事件たることを強調 しつ 、 語形の目印を尊 重 したのがその証拠である。. l 氏の言は、 一語女に関連して、 多 次の、 B e s .Rus 大の示唆を興えるものと思う。. Jesper i l s en 氏の ‘ph osophy’ に於ける態 度も、 彼を. f 0n l f t ec s eas ysentenceshaveintendede ,wher j t- n 1 eaning i s notcon行nedto sent ences ec . 0b ing whi l ean ch doesnotdepend words have a 立 i inginsent ing and (Mean roccurr ences uponthe .. その最高峰とする一団の群峰女法学 者に共通に思えるこ との一つは、 定義と方法の遊離であるようだ。 妥当性の ある言語資料の集団に 対してなされた、 徹底的な分析の 結論として、 諾々の定義が行われていないという点 であ る。 一貫して矛盾なく用いられた方法によって明かにさ れた事実と相関的に定義されていないという こ と で あ る。このようにして得ら れた言語事象の総体が、‘言語’ ‘女’‘格’‘話法’ 等の記号を規定していな い の で あ る。 要するに、 不必要な定義をしていたわけ である。 こ のどちらかと言えば、 ‘直覚’ 臭の強い方法を ‘前科学 的’ という言葉で特徴づけることが出来よう。 ‘ ‘i J ts tspeeh’ rec rec ch’ の定義を pee . 氏 が、 d , indi. 下してか ら (この定義は、 彼が ‘古くさい女法家’ と呼 んだ 人々の定義と変らない)、 その分析に進んだのはそ の一例である。 勿論私は、定義の出された場所が、分析が 行われた場所に先行しているの故をもってのみ斯く言う のではな い。 彼の方法によって得た結論と、 彼の輿えた 定義を検討することによって、 両者間に必然的なつなが i h l りのないことを認めて斯く言うの である。 彼は ‘1 ) o‐ i l c’ に osophy’ を ‘Log sophy of Grammar’ の ‘phi. すべきか時賭したが、 野心的に、 前者をとったと言って いるが、 同著に於ける、 彼の定義は ‘哲学’ 的であり、 その方法は常識的である。 定義の一例を ‘女’ にとってみよう。 A sentence i l i l l t ve l et s a ( ・e at e an pー y) con. T1uth . pp .28‐29) j d とは、 対象によってのみその意味を t wo ec ob r 知りうるような譜である。 二頁. 註 2 . 参. Rus l e の言語観に就いての研 究 と し ては Max s , B1 1 1 こ Russe ack osophy S , Language and Phi ,1949を Ph i l osophy of Language の一章がある. 。 このように、 心理的な 意味を分析に用いたことは注意 しなければならない。 彼が、 声調を‘f orm’ と見ざるを. 得なくなったのは、 形式主義と主観的心理主義の板挟み. からであったろう。 とにかく、 ‘独立’ 感の徴表と解せ ら●れるような一定の声調とか、 語間の沈黙の長さの一定 の比とかいうものが未だ明かにはされていない。 だから 研究の現段階では、 感じに基く ‘独立’ は意味がない。 意味を重脱するか否かで、 二つの態度が区 別 さ れ よ う。 心理的、 社会的等々をつきまぜた意味から離れられ なかったのが前科学的な態度とすれば、 それを問わない のが科学的態度と言えよう。 7 30年泡の主流 . 女法学に於ける前科学的態度は、19 ‘ であった。 この年を挟んで、 こ の 二 態 度 を 代 表 す. る、 英語学に於け る業績の二大モニュメ ントとも称すべ ー osophy of Gr ammar’ きものが、 Jespersen の ‘Phi 24) と B1ooln行eld の ‘Language’(1933) で あ る。 ( 19. 前者は、 前科学的態度の総決算的大著であり、 その慣値. i t hu terance--thecompl teness ndependen r e l ー anut. に就いては喋々を要しないであろうし、 後者は、 科学的. ing shown byi tg s tanding ndependence be and i. 方法のほうはいたる勃興の機運を醸成した酵母の地位を. i l l l ty ofs tandi t ng a one scapabi a one ori .of .e ,i. imen- t 占める。 実に、‘Language’一巻は、 随所に、an. ー 9 ー.

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