ガートルード・スタインとヨーロッパ : 『ファウスト博士の明るい灯り』を中心に
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(2) . 1巻 第1号 北海道教育大学紀要 (人文科学・社会科学編) 第5 i副 ld soc I皿 如i ロe sal Jownal of Ho 直mdo Uhiversiけ of Bducanon G. 平成 12 年 9 月 l Sc i ) Vo ences .I .51 , No. Sept ember ,2000. ガ ー トノレー ド ・ ス タ イ ン と ヨ ー ロ ッ パ. - 『ファウスト博士の明るい灯り』 を中心に -. 大. 木. 文. 雄. 北海道教育大学釧路校ドイツ文学研究室. Gertrude Stein and Eu・ope. ly on Doczoγ FQ”肘郷 L省ゐ加 物e 乙増えZ -Pa l弘ar コ ni y. c. F晒oo皿 h l i l f Gennan L Depa i t t u r 中国en to a e o Ca i mpus l e r , ,Kus fEducadon i i汐 o Hokk凱do Un ve r s. Absせact in WaS an A=口edcan Gehαude ste. be . ed. m. i に f Eu t of herl に rope, because she spent mos e m Europe ‐ She .a‐. ly m せoduced ive ion“ , and was t he person Who act く れdh dhe term, “the lost generat parents ▽. i i ter terature scene i … European and new l -gardel terahure to the A 1口edcan l L . She wrote a lot of avant i bor Fmsr ic work Doc ”s 乙腐た加 法e 上智乃お is ly modemdst aty works by herse甘, too. Therefore , her ve i 1 Goedhe dh odher Emropean Works, above al l teq) s i red Wi ed andi 1 reted here studi . Her Workis compa “ “ I l le newness ion - Then,t losophy about daconsbnuct ヒ ida! 野α郷も joyce s phi S FZ ““egom 坪協定 and Den i i i ist ic me測匝 he m。del scussed. l l ng of her work is d and 灯. 1. ヨ ー ロ ツ′{の ア メ リカ人. Ger ihe A立口edkaner in in ist e l 窟ude Ste. m. ikaPdsche Eur。pa also ]mer に rchaus a ・ 貴ば VVerk hat du. ]et werden.1 Bes aber zur euばopaischen Li terat Z額ge t I r gerechl ‐ ロロ Gnunde mu」 ガ ー トル ー ド・ スタイ ン は, ゆ え にヨ ー ロ ッ パ の アメ リカ 人で ある. 彼 女 の 作 品 は全く アメ リカ 的 な. 特徴を備えている. しかしそれらの作品は根本的には, ヨーロッパ文学と見徹されねばならない. こ の よう に書 い た の は現 代 ドイ ツ 詩 人 で あ り, 「シ ュ ト ゥツ トガ ル ト・ グ ル ー プ」 (Stut tgar t e r Gruppe). の一人, ハ イ セ ン ビ ュ ッ テ ル(Herniut. HeiBenb茸t tel l921 -)で あ る. な る ほ どガ ー トル ー ド・ ス タ イ ン. 1874 1946 ( ) は, 生 涯 の ほと ん どをヨー ロ ッ パ で過 ごした の で ある か ら, 彼 女 がハイ セ ン ビ ュッ テ ル によ っ ‐. て 「ヨーロッパのアメリカ人」 と言われるのも理解できる. つまりスタイ ンは, 裕福な ドイツ系ユダヤ人家 庭 の子 と して アメ リカ の ペ ンシル バ ニ ア州, ピッ ツ バ ー グ (Pi t t sbmgh) に生ま れた の だ っ た が, 幼 年 時代 1903年) の と き, 兄 と 二 人 で パ リ の フ ル ー ル 街27番 地 か ら よく 家 族 と ヨ ー ロ ッ パ に旅 行 して い た し, 29歳( 47.
(3) . 大 木 ( ) 1 rue de F ewus. 文 雄. に移り住んでからは, 何度か講演旅行等でアメリカに帰国する以外, もう祖国アメリカ. にも どっ て生活 しようと はせず, 72年 間の生涯 を閉 じるま でヨーロ ッ パ, と りわ けフ ラ ンス の パ リ にと どま っ. たからである. スタインはしかし, ヨーロッパ に移住していたにもかかわらず, 彼女の作家活動において, 自らの作品の ほ と ん どを 母 国 語 の アメ リカ 英 語 ( ikandsch)で 書い た. しかも彼 女 は パ リ に生 活 して い な が ら, 自分 amer. の部屋にはできるだけ英語で書かれた書物を置き, 英語で考える習慣を作っていたという. それは一方では, 彼女の日常生活一般が全てヨーロッパ的なものに囲まれていたが故に, それだけいっそうアメリカ人として の自分をこういった形で守り通さなければならなかったからであろうし, 他方では, アメリカ人として今ま で と は異 な っ た新 しい アメ リカ 文 学 を創 作 して いく には, アメ リカ の 外 か ら, す なわ ち ヨ ーロ ッ パ とい う ア. ら自らのアメリカ英語で書くのが最善であると考えていたからであろう. ルキメデスの点に立って, そこか・ さらにスタインの住むフルール街27番地 (あるいは1937年以降住んだセーヌ左岸のクリスティ ン街5番地) には, 沢山のアメリカ の作家たちが訪れた. 例えばその中の数人を挙げれば, パウンド( Ez r a potu・d 1885‐ 1972 ), ドス ・ パ ソス 0欲1n DOS. Passos. 1896 1970 ), フイ ッ ツ ジ ェ ラ ル ド (Franc i ‐ s Scott Fietzgerald. 1896 1904 ), ア ン ダス ン (She ), ヘ ミ ン グウ ェ イ (Emes 1941 t Mi刀e ‐ r Hemingv▽ay rwood一&コder son 1876 ‐. ) たちということになる. とりわけアンダスンは, スタイ ンに最も信頼されていた人物の一人で 1899 196 1 - あったし, ヘミングウェイにあっては, スタインの影響で彼の文体が大きく変わっ たほどであっ た. スタイ ンは, 自分の住居に訪ねてくるこういったアメリカの作家たち, すなわち第一次世界大戦によって失われた 幸 福 を ヨ ー ロ ッ パ に 求 め た 国 籍 離 脱 者 た ち, の こ と を, い み じ く も 「失 わ れ た 世 代」 (The Los t Generat i ) on) と名 づ けた. そ して そ の 言葉 が ヘ ミ ン グウ ェ イ の 作 品 『日 はま た 昇 る』 (勤g 鉱〃 ゑ応o Ri ses. の題辞に用いられ, それが時代を映す標語にまでなったことは, 良く知られている事実である. かくしてスタイ ンはヨーロッパ に居ながら, しかし彼女の問題意識は祖国アメリカの文学にあった. 従っ て最初に掲載した例のハイセ ンビュッテルの引用 文, 「彼女の作品は全くアメリカ的特徴を備えている」 も また我々には良く理解されうるのである. しか し文 学 の あり よう に関 して, ハイ セ ン ビ ュッ テ ル が, す ぐ後 に, 「そ れ ら の 作 品 は根 本 的 には, ヨ ー. ロッパ文学と見倣されねばならない」 と書くとき, その表現は, 意義深いと同時になかなか解釈しにくい内 容 を牟 んで い る こ と が 分 かる. こ の 場 合 「ヨ ー ロ ッ パ 文 学」 と い う 言 葉 は, メ タ フ ァ ー で ある. ここ で は. 「ヨーロッパ文学」 という言葉で, その意味表現とは微妙に逸脱した意味内容が隠蔽されている. 「アメリカ 文学」 と書かれているのなら何も問題はない. 逸脱した意味内容への思考回路が一瞬途絶えるが, やがてそ こに至る回路が見つかる. すなわち, 彼女の文学作品は, アメリカ 的特徴を備えながらも, しかしあくまで もそれはヨーロッパ の生活に根ざした文学である, という意味内容をそれは含んでいるのだ. しかしこのよ 5年に うな表現だけではまだ落着かない. もう一歩進めなければならない. 例えば, スタインは1934年から3 かけて一時アメリカに帰国して, シカ ゴ大学で講演を行っ たことがあるのだが, . その講演の中で彼女は次の ような興味深い内容を語っている. 「アメリカでは生活は前進するのですが, 一時たりとも生活によって満たされるときがありません. ですからアメリカ人は日々の物語を書く必要がないのです. 彼らは毎日の生活, それぞれの瞬間の生 活について何も物語る必要がないのです. 彼らは, 日々の生活の中から実際に安らぎを与えるような 事柄を創り出すために, 何も言う必要がないのです. アメリカの物語文学のことを考えてみてくださ い. 言うべきものがありますか. 何もないではありま せんか. そもそもアメリカには日々の生活など 存 在 しな い の で す.」 2 48.
(4) . ガートノ レー ド・スタイ ンとヨーロッパ. ) で ある. 物 語 る と い う こと は, 省 察 しな が ら 日 々 の 生 こ の 講 演 のタイ トル は 『物 語 る こ と』 偏α”〃 i 『 o〃. 活を送るということである. 別な言い方をすれば, 日々の生活の中に 「安らぎを与えるような事柄を創り出 す」 ということである. 絶えず前を向いて, 進まざるを得ないアメリカ的生活の中では, ゆっくりと生活を 楽しみつつ反省する余裕はない. 物語とはそういうものであるとスタインは考えている. そしてそのように して彼女はヨーロッパで生活した. それゆ えスタインの文学作品は, 「根本的にはヨーロッパ文学と見倣さ れる」 の で ある.. これから問題にしようとするスタインのオペラ 『ファウスト博士の明るい灯り』 は, 従ってなるほど沢山 のアメリカ的特徴を備えているのだが, しかしそれはゆっくりとした, 物語性豊かな, ヨーロッパ的時間の 中で創作されたものであり, まさに 「根本的には, ヨーロッパ文学と見徹される」 に相応しい作品であるよ うに思われる. しかもこの作品は, シカ ゴ大学での例の講演が行われた三年後に完成されたものであり, そ こで講演された物語としての技法が, 特に密接に関係している作品である. かくして拙論のライ トモチーフは, 「スタインの作品 は根本的に, ヨーロッパ文学と見倣されねばならな い」 という問題の所在を, 作品 『ファウスト博士の明るい灯り』 の中に具体的に明らかにすることにある. そしてその際, ヨーロッパ に伝統として存在するファウスト文学という底流に触れながら, その伝統に対し て, スタインのこの作品 はどのような意義を持ち得るのか, その面白さ, 魅力を探っていきたいと思うので ある. 亘. 難 解 な オ ペ ラ 台 本 『フ ァ ウス ト博 士 の明 る い灯 り』. 『フ ァ ウ ス ト博 士 の 明る い 灯り』 (Doc r or Rq”sz“s L壇たぉ z庇 L壇た. は, スタイ ンが64歳 ( 1938年) の 時. の作品である. 彼女は生涯に75以上の戯曲を書いたが, この作品は彼女の代表的なものの一つで, 『最後の オ ペ ラ と 戯 曲』 ( Lq l opems α〃〆 騨勾ぶ s ,1949年 公 刊) に 収 め ら れ た. し か し こ の 作 品 は, コ ー ラ ス や デ ュ. エッ トといった歌う場面が, 多様に作品の中に配置されていて, 戯曲というよりはむしろオペラの台本の形 態をとって書かれている. 従ってこの作品は, 代表的オペラ作品 『3幕ものの4人の聖者』(Fmγ Sの〃な 加 勤Fee 4cな , 19 27年 作) 3と 並 ん で, こ れま で アメ リカ, ヨ ー ロ ッ パ 各 地 の 劇 場 で 上演 さ れ, 人 気 を博 して. き た. とり わ け1940年代 にアメ リカ のリ ビ ン グ劇 場 でメ リ ーナ ( i jud th Ma誼隙) によ っ て 演 出 さ れた も の, 4ある い は1960年 代 に フォ アマ ン (Ri ) によ っ て パ リ や ベ ルリ ン によ っ て 演 出 さ れたも の chard For emamn. は, 5それらが前衛的な趣向を帯びていたが故に大きな反響を呼び起こした. この作品は, 英文で30頁ほどのボリ ュームであるが, この 『最後のオペラと戯曲』 に収められている他の オペラ, 戯曲が比較的読みやすいのに対して, このオペラ台本は極めて難解である. 前者, つまり他のオペ ラ, 戯曲が読みやすいといっ ても, スタインの, オペラ, 戯曲は総じて難しいのだが, それでも後者に比べ ると, 筋がより明快で, 内容も意味も理解しやすい. ところが 『ファウスト博士の明るい灯り』 は, コンマ が無いし, 引用符も使われず, 同じ言葉の繰り返しが多く, 反対の意味がどんどん並置されるし, 予想もし ない人物が登場するという具合に, 意味の統一がなく, 登場人物の関係が不明確で, 物語の輪郭が暖昧で, 使われる言葉が多義的なために, 繰り返し読み直さなければその魅力がなかなか把握できない作品である. しかし読 み込むことによって, 単に意味が分からないという次元を通り過ぎ, そこにスタインによって, 周 到に計画され, 深い意味が隠蔽されていた構造が明らかになると, このオペラ台本の難解さは, 魅力へと変 貌する. スタインは毎日, 夜中から明け方まで集中的に執筆活動をしていた.6その際, 彼女は自己の文学を 通して, 19世紀の伝統的文学様式を乗り越えようという激しい意志を持っていたがために, 従来と異なった 文学技法で執筆することに没頭し, 常軌を逸した前衛的傾向の強い作品を書いたのである. スタインはだか 49.
(5) . 大. 木. 文 雄. ) 7と い う 別名 をも ら 「アメ リ カ ・ ア ヴ ァ ン・ ギ ャ ル ドの母」 ( the mother of the American avant -g i紅de 持 っ て いる ほ どで ある. ) はある. こ れか ら し ばら く 意 味 の統 一 が な い と は い っ て も, しか しこ のオ ペ ラ にも か ろ う じて 筋 (pl ot この オ ペ ラ の あ らま しを述 べ て いく こと にする. ~ I 全 体 は3 幕 構成 で, 第 1幕, 第 1場 は フ ァ ウス トの部 屋 で ある. フ ァ ウス トは,悪 魔メ フィ ス ト( d the de ) 8代 わ り に, 白 色 の 電 灯 (whi ) を作る力 )に,「自 らの 魂 を売 る」( ld my soul i Mep垣s t t t e elect檀c l so o gh. を与えられたのだが, それはメフィス トの助けなしでも自分で作れたと思っている. だからメフィストに向 ), 欺 さ れ (dece ), 希 望 の な い 毎 日 があ る だ けで,「自分 は何 で あ る か っ て, 自分 は誘惑 さ れ ( i t ved empt ed か」 (W頃at aml) と怒鳴り散らしている. メフィス トはそれに対して, 「自分は欺すが嘘はつかない」 ( he dece ives butthat is notl脆ロ heU )へ陥れようとたくらんでいる. )などと鳴きながら,ファウストを地獄( g. ) 電 灯 が あ っ たり, フ ァ ウス ト博 士 の家 には, 「点 い たり 消 えた り する」 ( come and go. ある い は 「有 難. ) う」 (Thank you) と 言 う 犬 が い た り, 9小 さ な少 年 が 出 入 り して い る. フ ァ ウ ス トは犬 と二 重 唱 (duet ) l ) と 言い, 突然 「彼 女 の声 が 聞 こ える」 ( 工hear he をする が, や がて 「ひとり に してく れ」 (Le t mea r one と 言 う. 遠 く か ら 聞 こ え る コ ー ラ ス が, 彼 女 の 名 前 は マ ー ガ レ ッ ト ・ ア イ ダ で ヘ レ ナ ・ ア ナ ベ ル (Margl l ena lente lda and He. ) で あ る と 告 げる. フ ァ ウ ス ト は, 彼 女 の こ と を 知 っ て い た l AJmabe. ( k ] ew) と歌い, 犬と少年も知っている, と歌う. しかし彼女の名前は 「それであるかもしれないそうでな 1 ) とファウストは大声でうめく. t mi )( 95 i い かも しれ な い」 ( t might be i ght not be p . ld he wi t 第1幕, 第2場ではマーガレッ ト・アイダとヘレナ・アナベルが登場する. 場所は未開の世界 ( ld), いわゆる未開の森 ( ) で ある. 速 く に日光 が あり, 木 の葉 の 下 にう ごめ く も の の ユd woods the wi wor. 方に振り向いた時, 「彼女は腹が彼女を噛んだことを知る」 ( she sees that a 汎per has stmlg her). や ) が や っ て き て, 「毒 を消 す こ と」 ( i t がて鎌をもっ た 田舎女 (a cotmtw woman mm a s o km the e ckl 97 ) が できる の は フ ァ ウス ト博 士で す, と忠 告 する. ・ son) (p po . ) 第 1幕, 第 3 場. マ ーガ レ ッ ト・ アイ ダと ヘ レナ ・ アナ ベ ル と 田 舎女 が, 噛ま.れた彼 女 を治 して ( cwe. もらいに, ファウスト博士の家にやってくる. 彼女はファウストに 「私はあなたを見ているけれどあなたは l see you but do not see mecme me do but 私を見ないで私を治して治してでも私を見ないでお願い」 ( do no i 101 ), ある い は 「あ なた が 私 を見た らこわ く な っ て しま うわ」 ( t would 血l tsee meli oreyou) (p pl ‐ f you d ) と言う. ファウストは彼女が見えず, 彼が 「腹はあなたを忘れた」 (The viper id s t e田 町 mei ee has forgot ) (p 102 ) と言 う と彼 女 は治 っ て いる. ten you .. 第2幕は, マーガレッ ト・アイ ダとヘレナ・アナベルを中心に場が展開する. 座っている彼女のそ ばには 人 工 の 腹( i t )が彼女の背後を照らして can証el )が置いてあり, 電灯ではなく蝋燭の 光( an art迂icial vi r gh pe いる. 陸路, 海路, 空路, 色々な手段で, 彼女を見にたくさんの人々がやってくる. 海の向こうからやって l am ) が, 彼女に恋をする. 男は 「ぼくは彼女のものそして彼女はぼくのもの」 ( きた一人の男 ( a man 0と 言 う hers a1 )1 l i ne ・d she is ロ .. 工 have あるいは 「ぼく は彼女に噛まれた」 (. been bi ) t ten by he r. l ( 107 ) と言う. それに対して彼女は 「あなたはファウスト博士ですか」 ( sit you Doctor Faustus) と p . 言う. 男は笑うが, 海の男のうしろにはメフィストフェ レスがいる. 男も彼女の正体がわからなくなり 「あ 109 ) と言 )( な た はだ れ か」 (who are you) と 尋 ねる. 彼 女 は 「腹 は私 の 力」 ( the viper is my might p ‐ ) と言 う. l despise a viper い, メフィ ストは 「私は腹を軽蔑する」 ( 第3幕は第1場と第2場に分かれる. 場所はファウスト博士の家. ファウストは明るい白色電灯に照らさ. れて, 終わりのない知識の究明にいそしんでいる. 犬は, 電灯で夜が明るくなってしまい, 月 を見ることが できなくなっ てしまっ たことを嘆く. 少年も 「月 がなければだれも狂いはしない」 (迂 there is no moon 50.
(6) . ガートルー ド・スタイ ンとヨーロッパ. ) (p 111 ) と言いな がら 眠り につく が, や がて窓 のところ に女 が 現れ, フ ァ then no one is cra町 any mor e . ウス トだ けが 夜 を昼 にする こ と がで き る ので はな く て, マ ーガ レ ッ ト・ アイ ダとヘ レナ ・ アナ ベ ルも で きる. と次のように言う. 「腹が彼女を噛んでそして彼女を傷つ けることなく彼女にやり方を教 えいまは彼女は夜 を昼 にする こ と が で き る」 (a viper bi t her and did she can. mm 1ughtinto day) (p.112).. not. ht直 her and he showed her how al ・d now. フ ァ ウ ス ト はそ れ を聞 く と, 彼 女 にそ れ が で き る の な ら, わ た. しは地 獄 へ行く こと がで きる, 「さ あ み んな も う二度 とわ た し は一 人 ぼっ ち で はない」 (Come on evew in never aga. one. 113 ) と 言 う. WI 亘工 be a l ) (p one .. 最終の第2場では, マーガレッ ト・アイダとヘレナ・アナベルが海の向こうから来た男と陽に背を向けて l f 工 want to be me myse 座 っ て い る. そ こ へフ ァ ウス ト がや っ て き て 「私 は私 自身 にす っ かり なり たい」 ( au now) , どう して も 地 獄 へ 行 き た い, 地 獄 へ 行 く に は どう す れ ば い い か, とメ フィ ス ト に聞 く. メ フィ. ) と 答 え, フ ァ h dmg )( 116 in), 「殺 す んだ何 で も い い か ら」 (Km anyt ス トが 「罪 を犯 せ」 (Commi tas p ‐. ウス トは少年と犬を殺そう とする. 「さらさらと音がして腹が現れそして犬と少年は死ぬ」 (The r e is le the 汎Per appears 粗st. a. 117 )● (p ). さ ら にメ フィ ス トは, フ ァ ウ ス トを i ar ld 故e dog and the boy d e .. 若返らせ, マーガレッ ト・アイ ダとヘレナ・アナベルをも誘惑させ, 彼女も地獄へ行かせようとする. しか し彼女は毅然としてそれを拒否し, 「私は何にでもそしてあらゆるものになれるそしてそれはいつも間違っ lczm ていない. だれにも私は欺せない青年も老人も悪魔も腹も」 (. h血ng al be any tis i t j l ld i ng and eve巧7u. l not i ld man not a de~ ive me not a yo・mg man not an o ight 7 always always alr ‐ No one can dece. 118 i ) (p ) と言う. メ フ ィ ス トは 「私 はいつ も 欺 さ れて い る」 d am always dece mpe )と嘆 く が, ved r ‐ n go to hen) と言 い, フ ァ ウ ス トは 「闇の中に没してい フ ァ ウ ス ト には 「あ な た は地 獄 へ 行 く」 ( you Wi. a. less). く」 ( smksinto 鉱e d嶺k1. 以上が 『ファウスト博士の明るい灯り』 のあらましである. m. 『ファウスト博士の明るい灯り』 執筆への誘惑 皿 -1. ヨ ー ロ ッ パ の フ ァ ウ ス ト. 29歳) 頃 か ら, か なり < フ ァ ウ ス ト> に関心 を示 し ス タイ ン はパ リ の フ ルー ル 街 に住 み は じめ た1903年 (. ていた. 例えば画家マチスの家に招待されたとき, そこに同席した画家 ドランと哲学について論争し, その 際フ ラ ンス語訳のゲ ーテ の 『フ ァ ウス ト』 第 二部 を話題 にし, 意見の相 違で烈 しく やり あ っ た, と 『アリ ス・ B ・ トク ラス の 自伝』 (勤e 4班o茂og切 り ダ イヱ ) の 中 で 書 か れて い る こ と か らも そ れ は分 かる. ! ce β. 7b卿α s 1ゲ ー テ の 『フ ァ ウ ス ト』 につ い て 関 心 を示 して い た と い う 事 実 は重 大 で あ る な ん と な れ ば ス タイ ン の 1 .. 『ファウスト博士の明るい灯り』 は, 多様にゲーテの 『ファウスト』 と関係しているからである. と ころ で ヨ ー ロ ッ パ で は, 至る 所 で< フ ァ ウ ス ト> につ い て 話題 にさ れる の が常 で ある. < フ ァ ウ ス ト> がヨ ー ロ ッ パ を代 表 する 人物 で ある と いう こ と は, 同 時 に, ヨー ロ ッ パ 文 化 は, < フ ァ ウ ス ト的精 神 >と 呼. び換えてもいいほどに, <ファウスト>という人物に強く影響されてきたということを意味する. 劇, 小説, 叙情詩, 絵画, 彫刻, 歌曲, 交響曲, オペラ, 映画などあらゆる文化的領域で, <ファウスト>は題材とさ れてきた. 例え ばヨーロッパ における<ファウスト精神>の概略を述べると次のようになる. それは, 中世の歴史上 ドイ ツ の ク ニ ッ トリ ン ゲ ン(Kn i t山腹gen)に 実 在 し た ヨ ー ハ ン ・ ゲ オ ル グ ・ フ ァ ウス ト(johann Georg ) 惚か ら 始 ま る. 実 在 した フ ァ ウ ス トが 錬 金 術 の 実 験 で, シ ュ タ ウ フ ェ ン(Stauf 1538 Faus t 1478 ‐ en)と い う 3と 数々 の民 間本 Wo lksbuch 町で, 爆死 する1 ) , , 特 に作 者不 明の 『各地 を歩 き回 っ た魔 術 師,ヨーハ ン・ フ ァ 51.
(7) . 大. 木. 文 雄. ウ ス ト博 士 の 物 語』 (賜お‘げi e〃 α鷹 如mzをγ q vo〃 D. ゐゐαm Fq“sr e〃 Zα”庇 だγ ”可 能おり , , ゐ m w凱旋s欲γりZ 1587 ) が 早 速 現 れ, 民 間 に流 布 す る. や が て そ れ がイ ギリ ス に渡 り, マ ー ロ ウ (Cmis t ophe r Marlowe) ) を 書く. が 『フォ ースタス博士悲史』(勤e か 唯i z i ‐90 c飢 版s oり げ D. 月α“ s ” s , 1588. さ ら にそ れ は ドイ. 4 幼 いゲーテ ( ) を刺 激 し, 生 涯 l ) の 形 で 広 ま り1 oe ツ へ 逆 輸 入 さ れ, 人 形 芝 居 (Puppenspi 1 the e v , .W. .G1 の 大 作 『悲劇 フ ァ ウ ス ト』 帆α郷z e l肥 野α卸 露aた”1,1808 ) を書 か せる に至 る. < フ ァ ウ , た” 〃,1832. スト精神>はここで頂点に達する. その後, 数々の詩人,音楽家, 彫刻家, 画家たちが,<ファウスト精神> を受け継いで作品化するが, とりわけ, ハイネα1 ine )の 『フ ァ ウス ト博 士, 舞 踏 詩』 ⑦e r poαoγ eむ血ch He Fα”舵 Ez 〃 7b〃勿oem 1851. グノ ー (Char ) のオ ペ ラ 『フ ァ ウス ト』 帆α硲も1858 l ) es Gom・od , ヴ ァ レリ ー. e ) の 『我 フ ァ ウ ス ト』 (Mo〃 Fα郷も 1945), ト ー マ ス ・ マ ン(Thomas Ma l (P. A. Va )の小 説 『フ ァ r ・ n ry ウ ス ト 博 士, 或 る 友 に よ っ て 語 ら れ た ドイ ツ の 作 曲 家 ア ー ドリ ア ン ・ レ ヴ ァ キ ュ ー ン の 生 涯』 (Do慮oγ Eq”sZ”s 〃 . Dαs Leるe. ), 等 が 有 名 で あ 叱s 砿 7bme鰹な ゑ市i伽 Lever如 加, e″αたZ r vo〃 ”〃em Fγ雛“花, 1947. る. フ ァ ウ ス トに関 する 事 柄 は, だ か らヨー ロ ッ パ で は枚 挙 にい とま がな い し, フ ァ ウス トの作 品 に関 する. 文献目録は優に一冊の本を凌駕するほどである. 従 っ て ヨー ロ ッ パ に住 む スタイ ン が, 「ヨ ー ロ ッ パ 精 神」 と して の< フ ァ ウ ス ト> に関 心 を持 ち は じめた. のは, 作家としては自然の成り行きであったし, しかもこれまで誰も書いたことのないような, 所謂19世紀 を乗り越える新しいファウスト劇を書いてみようという野心に駆り立てられたのも当然のことであった. 皿一 2. ジ ェ イ ム ズ・ ジ ョ イ ス. ところでスタインが<ファウスト>について執筆するべく誘惑された理由は他にもある. その理由の一つ 1941 ) との対抗意識 がある. ジ ョイ ス は, ローマ, チ ュ ー にアイ ルラ ン ドの作家 ジ ョイ ス oamesjoyce 1882 ‐ リ ヒ 等, ヨー ロ ッ パ 各地 を転 々 と した が, 1920年 か ら パ リ に移 り 住 み, 1940年ま で そ こ に住 んで い た. そ し ) を出 版 し, こ の 記念 碑 的 な 作 品 はジ ョイ ス の名 声 を て 1922年 にジ ョイ ス は, 大 作 『ユリ シー ズ』 (切ッ s s e s 確 立 し, 彼 はヨ ー ロ ッ パ の 新 文 学 の 巨大 な 星 にな っ て い た. 勿 論 スタイ ンも こ の こ と は知 っ て い た. 『アリ ス ・B ・ トク ラス の自 伝』 には, ジ ェ イ ム ズ・ ジ ョイ ス を彼 女 の 家 に連 れて き た い とい う, 友 人 が沢 山いた 5従 っ て ジ ョ イ ス の こと はい る い る な と こ が, な かな か実 現 しな か っ た と いう 意 味 の こ と が 書 か れ て い る. 1 ろ で 話 題 に上 せ ら れた こ と が 窺 い知 れる. しかも ス タイ ンの親 友 の 一 人 パ ウ ン ド (Ezra potuld) は, ジ ョ. イスの大事な親友でもあったことから, 両者はパウンドを通していろいろとお互い話題にされていたはずで ある. 作 品 『ユリ シー ズ』 は, ホメ ー ロ ス の 『オ デ ュッ セイ ア』 (ラテ ン名 が ユリ シ ー ズ) と かなり 正 確 に対 応. する筋であるが, ジョイスは, 彼の新技法 「意識の流れ」 を使って, 現代の新しいユリシーズを描いて見せ た. スタインはその新しいユリシーズの叙述方法に刺激され, 対抗意識をいだいたように思われる. ジョイ ス が< 新 し ,い ユリ シー ズ> を書い た よう に, ス タイ ンも < 新 しいフ ァ ウス ト> を書こう とする.. 1938年刊) を書いた時, ジョイスは次の大作 『フイ そしてスタインが 『フ ァウスト博士の明るい灯り』( ネ ガ ンス ・ ウ ェイ ク』 (F 9 39年刊) を書いていて, パリでもそれがさまざまな雑誌に分載さ z牌 総ロm 隣α庇 1 れたので, スタインはそれについても読んで, 刺激されたにちがいない. というのも例えば 『フィ ネガン ) は, ス ・ ウ ェ イ ク』 の 女 主 人公 アナ ・ リ ヴィ ア ・ ブル ー ラ ベ ル (Aima Livia pl班abene. 名 前 と い い,. その性格といい 『フ ァ ウスト博士の明るい灯り』 の女主人公マーガレッ ト・アイ ダとヘレナ・ アナ ベ ル (Mar隊lente lda and Helena Aぬnabe ) と驚 く ほ どの 類 似 性 を持 っ て いる か ら で ある. l. この こ と につ い. ては後に詳説するが, いずれにせよスタイ ンの 『ファウスト博士の明るい灯り』 は, ジョイスの作品を向こ 52.
(8) . ガートルー ド・スタイ ンとヨーロッパ. うに回した対抗意識の強く出ている作品でもある. かくしてスタインは, 『フ ァウスト博士の明るい灯り』 の中に, 従来のファウスト文学の伝統を超える新 しい内容と芸術性を盛り込むことを意図し, ジョイスに対抗できる作品を書こうと企てていたのだった. それではその斬新な野心とはこの作品のどこに見られるのであろうか. この作品における20世紀的内容と 芸術性とはどのような点に見出されるのであろうか. W. < マ ー ガ レ ッ ト・ アイ ダと ヘ レナ ・ ア ナ ベ ル> の謎 何 より も 最初 に挙 げたい も の は, 第 1幕第2 場 か ら登 場する 「マー ガ レッ ト・ アイ ダとヘ レナ ・ アナ ベ ル」. である. 4つの名前が薄然一体となっ ている不可解な女性であ る. 以下少しく一人の女性の中に, 4つの名前が溶け込んでいることはどういう意味があるのか, について 論述していこうと思う.. (Mar罫Ie口te lda and Helena A ) l 1mabe. t 1マ ー ガ レ ッ ト1と は勿 論, あ の ゲ ー テ の 『フ ァ ウ ス ト』 第 1 部 に登 場 す る 清純 な Margar e (マ ル ガ レー e. テ) のことである. ゲーテの作品の中では, 彼女は愛称で Gretchen (グ レー トヒ エ ン) とも 呼 ばれて い る. ゲ ー テ の Margare t e は フ ァ ウ ス トと 恋 に落 ち る. しか しメ フィ ス トの 策 略 で, 彼 女 は 自分 の 母, 兄, そ し て嬰 児 を殺 して しま う. そ の 罪 によ っ て Margare t t e は牢 獄 に繋 が れる. Margar e e を脱 獄 さ せ よう と して,. ファウストが助けに来るが, 彼女はその背後にメフィス トの存在を感じて脱獄することをきっ ぱりと拒否す る. Margar t e は処 刑 さ れる こ と にな る の だ が, 彼 女 は 「神 さ ま !私はこの身をあなたのお裁きにおまか e 4605行) せします!( 」 (Gencht. ! Got tes. 並 habrich mich dbergeben!)と言い切る. 第1部の最後は,. ! ) とい う 一 言 を打 ち消 す, 「救わ れた!」 Qs icht ! メ フィ ス トの 「女 は裁 かれた !」 (Si t ) t gerettet e ist ge e 1. という天上からの救済を約束する言葉が響き渡る. まさにゲーテの 『ファウスト』 第1部はグレートヒエ ン 悲劇によって頂点に達する. スタイ ンのマーガレッ ト・アイ ダとヘレナ・アナベルもまた, 若返って彼女を地獄へ連れて行こうとする フ ァ ウ ス トの 誘 い をき っ ぱ り と は ねつ ける. 若 返 り の 背 後 にメ フィ ス トの 力 を感 じた か ら で あ る. 彼 女 は 「だ れ にも 私 は欺 せな い」 と 拒 否 する 従 っ て 彼 女 を取 り 逃 が したメ フィ ス トは 「いつ も 欺 さ れて い る」 と .. 失敗の言葉を吐く. このようにしてゲーテのマルガレーテに似ている部分もなるほどあるが, しかしスタイ ンのマーガレッ ト・アイダとヘレナ・アナベルは, ゲーテのマルガレーテのような悲劇的女性ではない. な るほど聖なるものを備えているという点では, ゲーテのマルガレーテに似ているが, 先を見通すことができ ず母, 兄, 嬰児を殺してしまうマルガレーテとは違う. スタインの女性は強い. 彼女は 「正確に何を知る こ とができるかを本当に知っている」 Q do k1low just what工 can k1 low) と言 い 切 る 力 を持 っ て い る. 逆 にファウストの方が, 少年と犬を殺すことによって罪を犯す. 彼女のそういう強さはしかしマーガレッ トと いう名前からくるのではない. それはその他の3つの名前アイダとヘレナ・アナベルから起因している. Eコヨヨという名前は数々のフ ァウスト文学作品の中にも登場する古代ギリシャ, ス パルタの王妃の名前 である. 彼女はトロイアの王子パリスの心を奪い, それが原因でトロイ ア戦争を引き起こしたほどの絶世の 美女である. 勿論ヘレナはゲーテの 『ファウスト』 の中にも登場する. ただしヘレナは第2部の 「古典的ヴァ 6第1部は上述のマルガレーテである そういう意味からすれ ルプルギスの夜」 の祝祭場面から登場する.1 . ば スタイ ンの マ ー ガ レ ッ トとヘ レナ は, ゲ ーテ の 『フ ァ ウ ス ト』 の第 1部 (マ ルガ レー テ) と第 2 部 (ヘ レ. ナ) を合体した女性像といえる. 従っ てそういう合体した女性像には, マーガレッ ト的性格の清純さとヘレ ナ的威厳さとが同居する. すなわち彼女は, 強さを持ち, 先を見通す力を持ち, ファウストの誘いを毅然と して拒絶できる. 53.
(9) . 大 木. 文 雄. それでは巨白む司とくアナベル〉という名 前まどういうものと結びつきがある というのであろうか. スタ ) インは 『ファウスト博士の明るい灯り』 を執筆していた丁度その頃, 同時に 『小説アイダ』 ”加, ゑ Move/ をも書いていたという興味深い事実が見出される. アイ ダは, 双子の名前であり, もう一人の自分を絶えず. ) lda 考えながら, 成長し, 色々な男に出会い, 結婚し, 日々の生活を楽しむという小説なのだが, アイ ダ ( 7す なわ ちld- ) を融 合 した 名 前 で ある こと が知 ら れる. 1 は, アイ デ ンテ ィ ティ ( ) とイ デ ア ( ldea ldent i t y 工d- i i tat 【独】 と は, ラ テ ン 語 か ら 由 来 し た 言 葉 な の だ が, ty 【英】 : ent ent. Ent i ty t (Dasein im :Enロta. l be: 同 Unterschied れmn Wesen eines pi nges: 或る 物 の 本 質 と は異な っ て 実 存 する も の) が ld (dasse じも の) と な る こと で あ る.. iげ と は, も っ と 簡単 に表 現 す れ ば, 2 つ のも の, あ る い は2 人 つ ま り工dent. be の 人 物 が 一 致 する こ と (U1 ins t垣〕血 皿・ e r g) で ある. そ れ ぞ れ の 人物 の 独 自 性 が 溶解 して, 区 別 で き な く. なること, それぞれの 一義性がくずれ, 相互透入し新たなる意味が生まれ出ることである. < アイ ダ> i ( ty lda = ldent. dea ) 十l. と は, 従 っ て 1と not -1 が 同 一 になる こと, 1つ で2つ, 2 つ で 1つ の 新 た なる. ldea 【英】) であり, そういう一致, 同一は, スタインのような 「純粋な思考 私 (1) を 「考えること」 ( によ っ て の み 捉 え ら れ う る も の の 本 質」 ( ldee 【独】 : das nw im reinen De副;en eines. zu e lfassendeWesen. 8で ある とい う こと になる )1 Dinges .. ) という名 前ま, スタイン独特の言葉遊びで, 『アイ ダ』 の表題 「‘如, ゑ ところで1アナベル1(AI頭abe l l で あ る. 「小 説」 Mover (アノ ブル) から由来していることがわかる. すなわち A Novel → Annabe とは, 本来は暇つぶしの人間に 「新奇なものを語って聞かせる」 という意味から発生した文学形式なのだが, スタインは<アナベル>の中にそういう 「新奇なものの物語」 という意味を込めようとしたのである. さらにこの名前は, 意義深いこと にジ ョイ ス 『フィ ネガンズ・ウ ェイク』 の女主人公 Anna Li汲a plurabene の下線部分を重ね合わせたものであるということを指摘することができる. すなわちAnna 十 be l = 出lnabe lで あ る. ス タイ ン は こ の 当 時 ジ ョ イ ス を大 分 意 識 して い た こ と は 既 に述 べ た が, 何 故 に ス. タインがこういうことを意図的にやったのかと考えてみる と, 次のように推測され得る. まずジョイスのこ の女主人公の名前は, その作品の中で言われているように, いわゆる次のような意味を持つことが分かる. 1 9 ▼ le APna was, Livia is, P1mrabel s to be .. 0 アナは過去, リヴィアは現在, ブルーラベルは未来.2 ) を意 味 した が, キリ ス ト教 で は, マ リ アの <APna> と は ヘ ブ ライ 語 で は 本来, 「寵愛」(mer cy , Gnade 2 1 <Li i ia> と は 元 来, ロ ー マ の Li 母 AI コna と して 称 え ら れて い る 名 で ある. 2 v er 族 の 女 性 名 な の だ が, 2 v ジ ョ イ ス の 作 品 の 中で は,‐ジ ョイ ス の 生 ま れた地, ダ ブリ ン湾 に注 ぐ 疑f ey (リ フィ 川) を暗示 した も の で l走) 潟を暗 示 して も いる. と ころ で <P1mabene> と は, 本 文 で ある し, ジ ョ イ ス創 作 の 言葉 r i venun oi. も次のように書かれているごとくAPna Livia の洗礼 名 で ある. 4 )lore1ey!2 じ 江口u ien her P1 丘d wen to rech口ist They d i rabeue ・(. うまい洗礼名をつけられたもんだよ. 多産多生やか ブルフーラベルとは. 浪渡瀬な名! l皿a 1と は 「複 数」 と い う 意 味 で, bene と は ラ テ ン語 で 「かわ い ら しい, 美 人 の, 明る い, 落 ち 着 い た, p. 健康的な」 といった意味であるから, <P1urabene> は, 柳 瀬訳 の 「多産 多 生 や か」 とい う こと にな る. と い う こ と で < 山 節a Livia P1urabene> と は,. 源流 (山 ma) が大 河 (Lida) と な り 海 (P1urabene). に注ぐ, 川の流れを暗示し, 過去 (A1ma), 現 在 (Livia), 未来 (P1urabene) へ と変 容 して いく 意 識 の 流 54.
(10) . ガートノ レー ド・スタインとヨーロッパ. れの象徴となる. 従ってスタインもまた彼女自身の女主人公の名前に, 過去から現在を通り未来へと変容していく意味が込 められている名前, すなわち< アナベル>を与えたことが推察され得るの である. ー ‐ かく して< マ ーガ レ ッ ト・ アイ ダと ヘ レナ ・ アナ ベ ル > とい う 4つの名前の謎の組み合わせが明らかにな る. それはヨーロッパ の伝統としてフ ァウスト文学に伝えれられてきた二人の典型的女性, 具体的にはゲー テの 『ファウスト』 第一部のーマーガレッ ト-と第ニ部のE三三弓, を溶解し, それぞれの一義性を崩し, 相 互透入させ, 新たなる意味を生み出すことを実現し (区三こ め , それは同時に新しい創造の物語であり, 過去から現在を通り未来へと変容し, 流動化する姿 qアナベル1) を表現する名前である. V. 変容する女性と腹 1973 ) と 親 交 を 結 ん だ が, 彼 女 は ピカ ソ の キ ュ ー ビ ズ ム ス タ イ ン は画 家 ピカ ソ (Pabl o Picasso 1881‐. 立体派) を文学で実験しようとする. すなわち色や線を使って, 対象を複数の角度から幾何学 的面に分解し, 再構成するキュービズムの抽象的絵画の技法を, 一人の人物を変容させ, 流動化させ, 新た. (Kubismus. なる人物を再生させるという前衛的文学技法によっ て実験しようとするのである. <マーガレッ ト・アイ ダ とヘレナ・アナベ ル>はまさにその典型である. このスタイ ンの創造した女性は, 連綿として引き継がれて きたヨーロッパの伝統的ファウスト文学の中に見られる, ファウストをして絶えず魅惑してきた色々な女性 の姿を, キュービズム的文学技法によって再構成しているのである. その女性とは, 典型的には, ゲーテの 『ファウスト』 の<マルガレーテ>と<ヘレナ>である. スタイ ンの描く女性は, その二人の女性を飲み込 んでいる女性である. 女性たちを飲み込んでいる女性, それはゲーテが 『フ ァウスト』 第 n 部の結句に, いみじくも次の ごとく書いた, 「永遠に女性的なるもの」 とある意味で通じる. Das E▽ b l i i ▽ ig‐VVe che Zi eht uns mman‐. 永遠に女性的なるもの われらを高みへ導き行く. 5 ( 12110 -1 行) 2. ゲ ーテ にお ける 「永 遠 に女 性 的 なる も の」 と は, フ ァ ウ ス トの 生 涯 の 中で, 次 々 と 現 れ, フ ァ ウス トが前. へ前へと 「突き進む」 ( ) ことを促す女性たち, すなわち他者の生命を生かす女性たちの象徴である. sせeben しか し スタイ ンの< マ ーガ レ ッ ト・ アイ ダと ヘ レナ ・ アナ ベ ル > は, 他 者 を生 かす 女 性 と して より も (な. るほど彼女は海の向こうから来た男と恋愛をするが, 男のために献身的行動をするようなことはしない) , むしろ自らを変容させていく女性として描かれている. その際, 彼女のそばに絶えず付き添うようにして存在する 「腹」 は, 彼女が変容していくときに, 象徴的 な役割を演じている..つまり 「未開の森」 で 「腹」 に噛まれた彼女は, やがて身体に腹の毒がまわるが, 生 命が助かっ たとき彼女は新しい女性に変容している. 「腹が彼女を噛んでそして彼女を傷つけることなく彼 女にやり方を教えいまは彼女は夜を昼 にすることができる.」 (p. 112 ) 従っ て新たに変容した彼女は, ‐「腹 は私 の 力」 (p. 109 ) と 言う こ と がで きる し, 彼 女 の そ ば には 「人工 の腹」 (p. 104 ) が置 か れて いる.. しかし腹は, キリスト教の伝統では, 悪魔的な意味を帯びてきたし, 諸悪の源, 原罪をつくったものとし て邪悪の権化と見倣されてきたし, 一般的にも ヨーロッパでは悪い意味で考えられるのが常である. 例えば 『聖書』 マタイ 伝第3章7節で, 洗礼のヨハネは, パリサイ人やサ ドカイ人が, 水のパブテスマを受けにやっ てきたのを見て次のように言っているからである.. 55.
(11) . 大. 木. 文 雄. 6 Ye o f f コ ロg of 汎Pers, who wa111ed you to nee fro1m the wrath to come ? 2 sPロ. まむしの子らよ, 迫ってきている神の怒りから, おまえたちはのがれられると, だれが 教 えた のか.′. ところがスタインの 「腹」 は, 悪魔メフィス トとは敵対する力である. メフィストはだから 「私は腹を軽 10 9 ) と言う. スタイ ンの場合, 新たなる変容を女性に与 える力として腹は考えられているの 蔑する」 (p. は, ドイ ツ 語 で も “Vi peF (f) であるのだが興味深いことに女性名詞であ ( i る. さ ら にフ ラ ンス 語で も “v r n pe .f .) であり, これまた女性名詞である. 語源はラテン語から来 “i 〆 には特 に腹 i て いる の だ が, こ こで もま た “v r r〆 (f) は女性 名 詞 で ある. しかも ラ テ ン語 の v pe pe i で ある. 英 語 の 腹 “v pe. と いう意 味 と, 本来 的 な意 味と して, 古 代信仰 による 「元 気な 若い 女 を産 む」. ( lebendige Jtulge. 7さ ら に腹 (蛇一 般 も) は 険 を持 た な いた め に そ の 目の 威力 が恐 れ he rvorb血]gend) とい う 意 味 が ある. 2 ,. られ, 光を発すると考えられ, それが太陽の神を象徴する力として信じられ, 太陽 (光) と腹は密接な関係 8 「マ ー ガ レ ッ ト・ アイ ダとヘ レナ ・ アナ ベ ル」 の背 後 か らも 絶 えず 後 光 の よう に を持 つ こ と が知 られる. 2. 太陽の光が輝いているし, 蝋燭の光も輝いていて, それは彼女が太陽と密接な関係をもっ た女性として考え られ得るということであろう. さらに腹は, 繰り返し脱皮をし, 自らの殻を捨てて, 新しい生命を自らの中に形成する力を所有している 9それは腹に噛まれた後 自ら変容し 自らの中に 「元気な若い女 を産む」 マーガレッ ト・アイ ダ のだが,2 , , とヘレナ・アナベルの姿に類似 している. 彼女ははっ きりと 「私 は何にでもそしてあらゆるものになれる」 ) と唄う. 106 (p‐ ) と言い, 彼女を褒め称 える合唱が 「彼女には何でもある」 (p. 1 14 そして新しい女性になった彼女の中に, 興味深いことに, スタイン自身も変容して入り込んでいるのを知 らさ れる. スタイ ンはヨー ロ ッ パ の アメ リカ 人と して この時期 には, すで に 『アリ ス ・B ・ トク ラス の 自伝』. も大ヒッ トして有名になっており, いろいろな所から世界各国の人達がスタインを見に, 会いにやってきて いた. スタイ ン は 「マ ーガ レ ッ ト・ アイ ダとヘ レナ ・ アナ ベ ル」 を称 える グ ラ ン ドバ レー の合唱 に, スタイ. ン自身の称賛を重ね合わせて次のように書く. They come f rom even ywhere. 彼 ら はいた る と ころ か らや っ てく る. i By land by sea by a r. 陸路. They come 丘om evenメカhe re. ら はい たろ ことる か らや っ てく る 彼・. To look at her there .. 彼 女 を 見 る た め に.. See how she s i t s. ごら ん彼 女 は座 っ て い る. See how she ea t s. ごら ん彼 女 は食 べ てい る. See how shel ight s ,. ごら ん彼女 が灯り を つ ける. ights The candlel .. ロ ウ ソ ク の 灯 り.. See how the viper the r e ,. ごら んそ こ にい る 蝦 は. Carmot ht ln he r ‐. ) 彼 女 を傷つ ける こと が で き ない. (p ‐106. 海路 空路. かくしてマーガレッ ト・アイダとヘレナ・アナベルは, 全ての光を背に受け, マレンカも論文 『心の現在』 3 0 (Pr 〃の の 中 で 書 い て い る よ う に, 「宇 宙 の 象 徴」, 「女 性 の 象 徴」 と して の 腹 をそ ば に置 き, e舵れ惚 け Mi. ) のような人物として登場する. i 多くの人々に賛嘆され, 全てを知り尽くし, 何にでもなれる 「聖人」 ( sa nt. 56.
(12) . ガートルー ド・スタイ ンとヨーロッパ. 班. 昼と夜が区別できなくなることの災い マ ーガ レ ッ ト・ アイ ダと ヘ レナ ・ アナ ベ ル とい う 女 性 の 中 に現 れて い る, 二つ の も の が一 つ で あ る あり 方,. あるいは一つが二つになるあり方, すなわちキュービズム的な姿, それは単に彼女の場合だけがそうなので はない. こういうあり方はこの作品全体のいたるところに見られる. そしてそれはこの作品を解釈する際の 重大な事柄であり, この作品をして19世紀を超越させ, 20世紀の前衛的文学へと導いているところのもので あ る.. 例えば, ファウスト博士の電灯の発明によっ て 「昼」 と 「夜」 の区別ができなくなる (二つのものが一つ になる), とい う こ と が 述 べ ら れる が, そ れ は 「夜」 は 「暗い も の だ」 と い う 従 来 の 一 義 性 が, も はや20世. 紀では通用しなくなっ たことを意 味する. つまり20世紀では 「夜」 というこれまでの意味が少しづつずれて, 逸脱して, 「昼」 という意味の方へ移動するというわけである. しかし電灯で明るくされた空間は, 「昼」 ほ ど明るい光を持たない故に, そういう空間では 「昼」 もまた 「夜」 の方へずれることになる. そのように して 「夜」 と 「昼」 という二つの意味が溶解して一つの新しい類似性が生まれる. しかしスタインはそうい う20世紀的空間世界を, 例えば 「薄明かりの世界」 などと一義的名詞で表現することはしない. ではどのよ うに表現するか. スタイ ンはそういう状況を, いみじくも次のように書く. lect Not b口ght not nj ー r ic l ights dhey mL the e t be that 化l ake i ere i s no‐might and ght …” .. f there is i l do. no. m ー ghtthen there is. fthere is no mLoon l do not see i no mL oon and i f t and i. t. camュ。t bay ati not see i t .@.. ul ). あかりでない暗がりでない……暗がりがないのは電気の灯りを作るせいかそして暗がりがなければそ れなら月 はない月 がなければ月 は見えないそして月が見えなければ月 に吠えるわけにはいかない. スタイ ンは, 月 に向って犬が吠えなくなる, というように表現する. 薄暗くなっ た20世紀的世界では, 暗 闇の中ではっ きり見えた月 はもはや犬でも見えない, 従って犬も月 に向って従来やっていたような遠吠えは しなくなる, というわけである. まさにこういう人の意表をつくような表現は, スタインのおはこである. ある い は そう い う 「昼」 と 「夜」 が一つ にな っ た 世 界 を, ス タイ ン はメ フ ィ ス ト に次 の よう にも 言わ せる . 迂 工 work day and night and l do 工 do l work day a1 ・d ni ght. ①.110 ). 私が昼も夜も働けばそして私はほんとに私はほんとに昼も夜も働いている. まさに昼夜の区別が無くなって, 働きずくめの世界は, 悪魔的世界である. ゲーテの 『ファウスト』 では, 暗闇を支配していたのは, 悪魔メフィ ストだったのだが, スタインのメフィス トは反対に人工的に夜を昼の ようにしようとする力である. W. フ ァ ウス ト博 士 の 嘆 き. この作品の表題 『ファウスト博士の明るい灯り』 とは, 従って昼夜の区別を無くすようにしてしまったファ ウスト博士という意味なのだが, 昼夜の区別を無くしたのは, 魂を売って, メフィス トの力を借りたファウ ストである. ファウストは電灯という明るさを発明したが, しかしそこにはメフィスト的, 悪魔的力が及ぶ ために, 本来 「騒がしくする」 ( dog and. boy czm annoy ) 本 性 を持 っ て い る は ず の 「犬 と 少 年」 を無 気 57.
(13) . 大. 木. 文. 雄. 力状態へ落としめている. ファウスト自身も, 昼と夜の区別ができなくなり, 自分が 「どこへいったらいい か」 ( ) わからなくなり, 自分と他人の区別も出来なくなっている. ファウストは次の the e is no way r ように悲壮な声を上げる. am l a boy.aim l a dog is am l oh what am l ‐. a dog a. boy is a boy a. dog and what aエロ 1l cannot c ry what. ①‐98 ). 私は犬か犬は少年か少年は大かそして私は何か私は泣くわけには行かない私は何かおお私は何か ファウストの嘆きは, 混沌としてしまった世界の中で, 自分が一体何者であるか, 判断できなくなったこ とにある. つまり彼の嘆きの根本は, 電灯の発明が, 未来において どういう世界を到来せしめるか, 昼夜の 区別が崩壊し, 日夜働かねばならなくなり, 少年や犬を無気力に至らしめる, という負の事態をゆっくりと してしまったこと (それがメフィ ストの策略だったのだが) にある. ファウストが 考えず, 性急に事を起こ- メフィストに対して次のように激しく抗議するが, しかしそれはもはや遅きに失する. 迂 工had. not been. m a hロ11y. l d habe k1 flhad taken mly bにロe l wo可 lown how to and i. L dl do l saw you ight and what 山 l i ight and m t ゴ ロcl i te elec make whi ghtl ght and day‐ iesrabl i ユl i e de▽ l l ~i ュl saw you and l was deceived and l bel eved l miserable de thoughtl needed you,. 89) (p.. 私が急いでいなくて時間を掛けさえすればわかったことなのだどうやって白色の電光を作るのか昼光 を作るのか夜光を作るのかなのに私は何をしたか私 はおまえに会っ たみじめな悪魔私はおま えに会っ たそして私は欺されたそしてみじめな悪魔私 は信じたおま えを必要とすると思った 電灯の発明によって, 次第に負の事態が世界に広まるが, しかしはっきりとした罪の意識としてそれは意 識されない. しかし少年も犬も, 昼夜働く者たちも既に瀕死の状態にある. この負の状態は罪に至るまでも う一歩である. それが明確に表面化されれば罪となる. かくしてメフィス トは, ファウストに罪を犯させる 次のような場面を設定する. N1 ephi sto. 罪を犯せ. Colmmi in tas Faustus. l l VVhat si , how. I 1 col i in tas { パロhout a so J t l n o can I V. W[ sto ephi. Ki u ap og ー眺加b. メ フィ ス ト. 116 ) (p .. フ ァ ウス ト. どんな罪をγ どうしたら魂のない私 が 罪 を犯せるのか メ フィ ス ト. 殺すんだ何でもいいから. “ th i i 三度繰り返される “ nご とが, 音と音との間が歯切れ良く切られたスタッ s n” と最後に響き渡る any カート調でリ ズミカ ルである. 場面設定の見事さといい, この詩的なリ ズムといい, まさにこの場面はスタ イ ン の面 目 が 躍如 と して いる.. やがてファウストは 「少年と犬」 を殺すという罪を犯すが, それは, 夜昼の区別が無くなり, 自分が誰か も分からなくなっているファウストの無意識的罪から派生した, ほんの結果的に起こった表面上の罪にしか 58.
(14) . ガートルード‐スタインとヨーロッパ. すぎない. ファウストの罪はそれよりももっ と深くて, 大きい. それ故ファウストは地獄へ行かねばならな い. 幕が降りるとともにファウストは, 闇の中に没していく. 一方, マーガレッ ト・アイダとヘレナ・アナベルは 「夜を昼にすることができる」 力を獲得するが, ファ ウストと違って, 彼女は電灯の使い方をはっきりと知っ ている. 電灯, 蝋燭の光, 月明かり, そして昼間の る. それぞれの光を区別できるということは, その光に照射されている 光を区別して使い分けることができ, も のも 区別 で き る と い う こ と で あ る. 例 え ば, 「海 を越 え てや っ て き た 男」 の こ と を 見て, マ ー ガ レ ッ ト・. アイ ダとヘレナ・アナベルは 「誰も一人ではない二人いるのだもの, あなたのうしろを見てあなたの後ろを ) と言い, 男の背後にいるメフィ ストフェレスの存在を見破っ 見てあなた一人ではないあなたは二人」 ( pl08 てしまう. さらに別の場面では, 老人のファウストが若いファウストに変身し (二人が一つになる) , マー ガレッ ト・アイ ダとヘレナ・アナベルを一緒に地獄へ誘おうとするが, 彼女はメフィス トの力がその背後に 隠れているのを見破ってしまう. 孤. 19世紀を超越 した文学技法 この作品には, 二つが一つ, 一つが二つという, 二つの間の類似性の問題が多様に見出される. そういう 姿はしかし物語の 「意味」 の中だけにはとどまらない. 二つの単語の形式的な一致, 類似性の中にも見出さ れる. つまりそれは二単語間以上の音の類似性である. 特にこの作品はオペラ用の台本として書かれている から, 他のスタインの作品に比べて, 語の音, 朗読に重点が置かれているの は言うまでもないことであるが, その類似性はスタインの場合それ以上の重要性を苧んでいる. 例えばそれは次のような場合である. 数多く の中から幾つかを引用する. <音の類似性> w畝d wor1d & wad Wood,. catPet &. so ]mem mg & nl st誼1g,. l ight & might r ,. 口崖 chを ,. bought & said. &. ies &l ,. a boy & a dog,. bi te. ight &l ,. αies. bi te. i t ter. &. te whi. l山 so. & sold,. &. 立ue see. di e ,. i rough, & tr. & c皿re. bi t ten,. Com田牡t a s in &. thought ,. dead,. &. br ight ,. K追. anyt髭ing. 次に引用するのは, 二つの反意語が同一の文の中に見られる例で, これもこの作品の特徴である. 代表的 なものを引用する. <反意語> moves & stops, r i t e day. & 化le. mght ,. open. & closed,. 士icl ight elect. ing st. & bite,. go. &. stay,. ight & czmL斑e l ,. l she gets We副【er and we副【er and 化 e Poison stronger al ld stronger,. 引用された最後の例は特にすばらしい. 腹に噛まれたマーガレッ ト・アイ ダとヘレナ・アナベルは 「どん どん弱 っ て いく そ して 毒 は どん どん強 ま っ て いく」 (p 102 ) と は, 対立 する 二つ の語 が一つ の こ と を立 体 的 .. に表現して非常に効果的である. 59.
(15) . 大. 木 文. 雄. かくして 『ファウスト博士の明るい灯り』 は, 二つの類似性を追い求めた例を満載していることになる. しかしその二つの類似性の追い求めかたは, 単調ではない. 様々な技法が用いられている. つまりライ ヒエ ル トが 『柔 ら か い ボタ ン』 (Z″r e k〃勿於′ たね庇γ β閉めm) 論 の 中 で 書 い た と 同 じ よ う な 類 似 性 の 様 々 な レ. 1この 『ファウスト博士の明るい灯り』 の中でも 実現されているのである すな トリ ック (修辞学) が,3 , . わちそのレトリックとは次のようなものである. ① 「頭韻」 (AI豆teration:Stabrei 1n) ) ② 「母音押韻」 {Assona・泌:母 音 だ けが韻 を踏 む不 完 全 韻. 例 :sorgsam/kostbar ③ 「パ ロノ マ ジー」 (Paronomas i e: 語 源の 同 じ語 又 は, 音 の類 似 した語 を掛詞 風 に用 い る). ④ 「パルエケーゼ」 (Parechese:Lautnachah 1g: 音 の 類 似 を 求 め る) Lmu1 ⑥ 「脚 韻」 (Re i 1 n). こういうレトリックを 「意味」 よりも優先させることによって, 因習的なやり方では理解され得なかった, 語と語との間にある 「新しい類似性」 が発見される. そして 「その新しい類似性は, 関係する語と語との間 t の 意 味 を 変 更, 修 正 す る の で あ る」 (Die neuen A加山c土山ei r in emen den sma de en moご紙泌i 2 ). 3 Bez ieh班1g gesetzten Wo賞er. スタインは, 物を繰り返し認識できる, ある種の辞書に出てくるような一義的な語, を使用することを極 力避ける. 因習的に固定化されてしまった一義的な語を使用せずに, 新たなる類似性の語を追い求めようと ) の次のような発言はよく理解でき 90 1 す る. 従 っ て アメ リ カ の 女 流 詩 人 ライ デ ィ ン グ (Lama Ri歳ng l - る の で ある.. hi h 甑nter si Ke i nd 口icht iP benutzt i i l l / l iss ste ; ch. Sie s es der VVon er eD , hat Gesc c te i ,d 3 3 h ie von i ter al nen macht 1 s der Gebrauch, den s al ‐. スタインの使っている言葉のどれもそれ自身の背後に歴史を持っていない. それらの言葉は, スタイ ンがそれらに使 い慣れる時間よりも新しい. だからスタインの言葉は川の流れのように常に動いて止まず, 新しい. 20世紀は, 本来あった語の意味が次第に, その語から逸脱し始めた時代である. 男性と女性, 夜と昼, 善 と悪, その逸脱したことから起こる負の状態をうまく処理できない者は次第に不安にかられるようになる. スタインはそういう時代の危機をいち早く鋭く見極めそれを見事に, 彼女独特の文体にして 『ファウスト博 士の明るい灯り』 の中に文学化したのであっ た. ファウスト文学の伝統にはなかった新しい20世紀的テー マ が こ こ に結実 した の で ある. ida Jacque スタイ ンのこのような文学性は, 現代思想の最先端を走るフランスの哲学者デリダ ( s Dert l930 ) の 「脱 構築」 (deconst i huc t on) と 極 め て 近 い 考 え方 で ある こ と を, こ こ で さ ら に特 筆 しな けれ ばな -. らない. デリダもまたスタイ ンと同じユダヤ人 (彼の場合はフランス植民地時代のアルジェリア生まれ) で あり, さらに彼は脱構築思想のヒントを, ジョイスの 『ユリシー ズ』 から得たと言われていて, 縄スタイン のジョイスとの関係を考 えれば, ここにも不思議な類似性を感じ ざるを得ない. 「脱構築」 とは, 要するに 「階層秩序的二項対立」 , , 「男」 対 「女」 , 「自然」 対 「技術」 , 「精神」 対 「物質」 , すなわち 「内部」 対 「外部」 「 「西 洋」 対 「東 洋」 , 「自 己」 対 「他 者」, 「音 声 言 語 (パ ロー ル)」 対 文 字 言 語 (エク リ チ ュ ー ル)」 とい っ. たような前者優位の, 後者劣位の 「階層秩序的二項対立」 の境界線を, 流動的, 可変的, 不安定にし, 決定 60.
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