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[書評] 今野真二著--日本語の考古学

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Academic year: 2021

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(1)発 行. 専喜. 連 休 前 、 そ し て面白 く て 一気 に読 み通 す こと が で き た。 私 は国 語 、 国 文 学 、 国 史. を 専 門 に 学 ん だ わ け で はな いが 、 随 分 昔 の受 験勉 強 や 、 大 学 時 代 の講 義 のな か で、. あ る いは時 々 の癌 要 に迫 ら れ て古 典 文学 の世 界 を 垣 間 見た こと も あ った 。 し か し. そ う し た 表 面的 な 古 典 文 学 の理 解 と は異 な る研 究 が 、 こ の書 物 のな か に は 記 さ れ て いる 。. 著者 は そ の書 名 に用 いた ﹁考 古 学﹂ を、 ﹁ ﹃( 具 体 的 な ) モ ノを 通 し て﹄ 過 去 の文. 化 を考 え る学 問 だ と いう こと ではな いだ ろう か﹂ と 記 す 。 そ こ で こ の書 物 が 対象. と す る のは 、﹁か つて誰 か が 手 で書 き 写 し た、あ る いは 活字 を 用 いて印 刷 した 、具. 体 的 な モノ と し て の書 物 であ る ﹂と いう 。 目 指 す と ころ は 、﹁穏 や か な ことば で過. 去 の 日 本 語 のあ り よ う を 語 っ て み る ﹂ こ と で も あ る 、 と も い う 。 そ の考 え に 従 っ. て 、 日 本 文 学 の 古 典 作 品 の い く つ か を と り あ げ 、 ﹁日 本 語 のあ り よ う ﹂ を 探 って い. 典 ﹄、﹃必 携 落 款 字 典 ﹄、そ し て近 頃 使 う こ と が多 く な った 関 連 す る 古 文書 を 読 むた. 款 印 章 や 画 賛 を読 み 解 く た め の、 ﹃五髄 字 類. 筆 書印譜字. 改 訂版 ﹄、そ れ に 美 術作 品 の落. 新 潮 国 語辞 典- 現 代 語 ・ 古語. 私 の机 のう え に は数 冊 の辞 書 ・辞典 が の って い る。 国 語 関 係 で言 えば 、 やや 古. る 記述 も な い、 と いう こと か ら、 現 在 の ﹃源 氏 物 語 ﹄ は 、 藤 原 定家 が か かわ った. 自筆 の ﹃源 氏 物 語 ﹄ 原 本 が存 在 しな い、 ま た い つか の時 代 に そ れ が あ った とさ れ. が ら も、 ﹁ 紫 式 部 ﹂と言 え る かど う か 、はな はだ こ ころ も と な い。 いわ ゆ る紫 式 部. いう だ ろう が 、 で は書 いた のは 誰 か、 と のさ ら な る 問 いか け に は す こ し躊 躇 しな. 氏 物 語﹄ に つい て、 そ の作者 は誰 かと いう 問 い かけ には 、 だ れ も が ﹁ 紫式部 ﹂ と. 例 え ば第 二章 でと り あげ ら れ る ﹃源 氏 物 語 ﹄ のく だ り が 面 白 い。 私 た ち は ﹃源. く こと にな る。 具 体 的 に 見 てみ よう 。. 普 及版 ﹄ な ど で あ る、 日本 の美 術 史 を あ つかう 領 域 に. 新漢和辞典. る こと が でき るよ う に な って便 利 に はな った が 、 そ の情 報 に 全幅 の信 頼 を 寄 せ る. 近 年 イ ンタ ー ネ ット の世 界 が ひ ろが り、 ほと んど の事 柄 を ﹁いち お う﹂ 検 索 す. であ る。 そう な る と紫 式 部 が ﹃源 氏 物 語 ﹄ を ﹁書 いた ﹂ と は、 だ れ も自 信 を も っ. そう した 複 数 の テキ スト を校 正 しな が ら 、 現 在 の ﹃源 氏 物 語﹄ は成 立 し て い る の. で、 ﹁写 し 間違 い﹂ が 生 じ る のは 不 思 議 で はな い。 細 か いと ころ は本 書 に 譲 る が 、. 改 訂 第 二版 ﹄、 ﹃必 携. こと は、 ま ず あ り 得 な い。 古 く さ いと いわ れよ う が 、 紙 に 書 か れ たあ る い は印 刷. て 言え な い であ ろ う。. こ の章 のさ いご に著 者 は古 典 文 学 では そ う いう こと も あ り 得 る が、 で は近 代 文. 学 で はど う な のか を検 証 し て いる。 と り あ げ た のは 夏 目漱 石 の ﹃こ ﹄ ろ﹄ の 一節. 今 回 紹 介 す る 書 物 ﹃日 本 語 の考 古 学 ﹄ は、 そ の帯 の甚 句 に 大 き な 文字 で ﹁ 過去. て﹂に 置 き換 え て い る こと を 指 摘 し 、こ のふ た つの語 は 別 の語 であ り、 ﹁ 厳密 にい. いる。 そ のな か で単 行 本 のな か の ﹁ さ う し て﹂ と いう 語 を 、 あ る 文庫 本 は ﹁そ し. で、 大 正三 年 の単 行 本 と、 現在 各 社 から 発 行 さ れ て いる 文庫 本 と を 比較 検 討 し て. の 日本 語 の声 を 聞 く ﹂ と 書 か れ て い る。 な に これ ?と 思 って手 に 取 って みた のが. ろう 。. それ 以上 の こと を 追 求 す る方 法 を 避 け てき た 。 や は り 餅 は 餅 屋 に と いう こと であ. さ れ た 文 字 の情 報 が ま だ 信 頼 で き る。 言葉 への関 心 は 常 に 持 ち つづ け てき た が 、. 1 ﹄ の二冊 、漢 字 の辞 書 は ﹃大修 館. くな った が ﹃広 辞 苑 ﹄ ( 第 二版 補 訂 版 )、﹃新 装 改 訂. あ の =く ず し ・ 字馬 伽 辞 典. 写本 を ﹁お そ ら く ﹂原 本 に 最 も 近 いと判 断 し て、翻 字 刊 行 さ れ て いる ので あ る。 物. 橋冨. は最 小限 の辞 書 類 であ ろ う 。 そ れ ぞ れ の専 門 で研 究 の対 象 と な る事 物 に よ って 手. 経 営 ビジネ ス 学科. 語 の場 合 、 作 者 が 記述 し た のち 、 多 く の場 合 複 製 が 作 成 さ れ て いく。 そ の複 製 か. r日 本 語 の考 古 学 』. 元 に おく べき 辞 書 類 は 異 な る の であ ろ うが 、 私 の場 合 いま のと ころ こ れら の辞 書. 岩 波 新 書 、2014年4月18日. ら 写本 が 、 さ ら に 写本 か ら複 製 が と いう 風 に拡 大 し て いく 。 そう いう 作 業 のな か. 今野真二著. 類 は 日常 的 な 事 柄 を 調 べる のに 不 足 はな い。. [書 評].

(2) [書評]. 二六. えぱ﹃本文﹄を変えたことになるであろう。﹃作者﹄を、テキストの改変ができる. 唯一の人と定義すれならば、このテキストの作者は誰ということになるのだろう か﹂と疑問を呈している。近時問題となっているコピーアンドペーストのことも. このほか本書で取りあげられた古典は、﹃万葉集﹄、﹃士左日記(士佐日記)﹄、﹃平. 指摘する。. 家物語﹄などであり、さらに日本語表記における﹁行﹂の問題や和歌の行替え、. 誤写のことなどが記されている。そして最後に、﹁わたしたちは今生きている状 況おいて育まれた価値観にしたがって、抽象的な面もふくめて、物事を見たり判 断したりする。それは当然のことであり、悪いととではないが、前提としてその ことをきちんと自覚しないと、つねに現代をよしとした基準にょって(過去の事 物まで含めた)あらゆることがらを判断してしまうことになる。現代を基準とし て過去を認識しようとすると、見損なうことも少なくない﹂という。文学作品だ. けでなく、私のあつかう美術作品でも、歴史のなかで論じようとするときに忘れ てはならない姿勢であろう。肝に銘じておきたい。. {74}.

(3)

参照

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