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純粹宗學本質論の資料と問題 : 即身成佛硏究本論

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純粋宗撃本質論の資料ミ問題

||即身成偽研究本論

第一篇問題皐的究明その一

1l

会 ニE二

一般に問題撃が哲撃研究の世界に於ては、非常に重要な機能守果すぺきものであるとと、今夏いふまでもたい。 五 口 が 宗 臨 T .特に純粋宗皐研究に於ても‘その本来の意味からして‘その急要たる所以はすでに諸論文に於て論及し・米 っ た 所 で あ る 。 従来の諸宗の宗兼が、往々にして互に荘厳己義一蹴されたり‘或は牽強附曾乃至猫善的危蹴念遊戯た

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に了ったのは 自ら深刻に内省魁質していく所の、問嗣皐的機能を忽諸にしたために外ならむと忠ふ。そとで我 L K は 蕊 に 枝 末 的 ・ な 諭 争や.ひいては感情的紛議の水かけ論に能ることなく・民に最も重要なる根本問題を提出し、是に趨

E

安営危而も公 正厳密な方法態度 b L とって、貰際的成果を盛んと期するものである。 我々は数年来、純粋宗曲学の理念とその展開.宗皐の基調、救椛本質論‘乃至即身成悌研究序説等に於て、宗串一般 に沿ける問題撃的研究の歩武を進め必り‘今ゃいよ/\その本論の聖扉を拘かんとするとき.かへりみて問題接的耐 究のメスを一居新鋭に致さねばならぬことを痛感する。 純拙仲宗組中本質論の資料と問題 一問丘

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純 帥 仲 宗 胤 中 本 質 論 の 資 料 と 問 題 pq

そ も J ・ ・

1

斯の研究 m 即身成僻附究︶は‘問題壊が提起したのである。ぞれも徒らに机上に提出したのではなく、問 題撃的・な経緯に於て提起したのである。従ってその経緯にゐける諸保件が附殺され七ゐるのであるが.此の事は純粋 宗撃の金一機構に沿ける中植地位に劃する要意を備へ、自づと本論の第二何冊以下の究明に於て具体的に明かとなるで あ ら う 。 但 し 、 一例はさきの研究序説と敬樺論とに於てその急要を論じた中に現質的論理的に一の天運として提題

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れでゐるのに見られよう。 問 題 態 は 、 即 也 芳 成 伸 研 究 を 提 起 し つ L .その研究封象とそれに闘越する方法論を厳終に制定する。而もさ丸に研究 過程及び成果に劃しでも註詮そのものへもあくまで吟味を怠らぬものである。 序説に謹ペた如く、との研究は単に一科の研究題目ではない。持久古来の一論題でもない。純粋宗串の本質論でる る。その方法も・諸多の即成論の編成乃至論究で友くして、直爾に宗副そのものへである。宗臨御自身の即成論でも − 泣 く 、 ﹁ 宗 組 自 体 の 即 身 成 僻 ﹂ そ の も の に 封 す る 研 究 で あ る 。 それ故に研究方法としては‘さし賞り︷一市岨の書き遣された諸文献、賞際行蹟

b z

惇 ふ る 史 停 錯 す の 研 究 資 料 に 針 す る 、 文献閥単的、精紳科率的思想史的人間撃的研究も必要とする。之が研究の具体的方法や分野を開拓していくにしても、 まづ問題曲学的に究明することを先決せねば危らぬ。即ちまづ.御遺文だけについても、宗岨の即成に闘する交献が年 代的にいかにあるか、 いかに放はれてゐるか.始中総と護展的にいかにあったか、いかに宜詮されたか等々を窺はね ぽ・ならねでるらう。市もそとに白づからたる体系を認めよろし‘さらに之に本づいていかたる研究課題が新たに提起 されるであらうか、叉同時にそれに劃する受賞た研究方法をとるべきかといふやうに、綾剃たる理念 bL 字み、新鋭な 問題畢的意園を以て‘かうした根本資料に封虚すべきでるる。

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扱て我々はかうした意闘のもとに、研究を進めるに堂り、ごくすたほに大聖人の民姿或は御意志のありゃうを伺は うとするとき、刊とろしても編年体の御遺文をそなへねばならぬ。現行の版では編年休と雄も、完全とはいへないが、 今のととろはやむなく‘大凡の見営をつけるに大過なきを期するのみである。

戒体即身成備義

遺 文 録 谷 踊 の も り ‘ 御 自 題 の 辿 作 。 ︷ 一 双 岨 廿 一 才 、 蓮 長 時 代 、 現 に 題 下 に ‘ ﹁ 安 一 長 凶 清 澄 山 住 人 蓮 長 摂 ﹂ と

b

る 。 ︷ 一 不 岨 が未曾有の閑休大賓と敬凶作の素澗・新興との混沌裡に根本的た疑惑を懐かれ、護心出家立願修壌となり、清澄寺の賀 識を讃破し去り、時の覇府鎌倉に笈を負うて‘締念伸の新興宗救の門を拘いてその根械を伺き、 一度故山にかへり思 を凝らしてものされた‘新進気鋭の属女作なのである。それだけに志向態度資料な

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と し て も 聖 人 一 代 の 殺 閥 単 行 跡 に 深遠な t u るものを合んでゐる。之が研究は、草に文献的た訓詰的左方法でなく、全く新しい光をそ L がねばならぬ制 野 で あ る と 思 ふ 。 なほ本題に入るに先だち、新たな研究問題として提出し度いのは.宗串本質論としての、護心立繭の一研究である。 以前、宗撃の基到として﹁主体性﹂の把握とそその中植中接たるととを論じたが、然る上からは営然‘主体の務勤が 一 に か L ってとの護心にある、立願にあるのである。即ちいか・なる動機によって琵心し、いかなる態度に或は経過に 於て進んで行ったか。それが並優れた事業者である限り・なほそれが現宮人間性︵凡人吐舎住﹀以上の謂はど、神秘 的境域にまで連関してゐるものである限り‘ 一居の公正殿密さを以て之が検討を致さねば左らぬのである。 現在の宗敬科皐・宗敬哲壊の研究に於ても最近かろした点を重要閲されて来てはゐるが、我宗風ナ界に於ては、何を 純粋宗劇中本質論の資料主問題 一 問 七

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純粋宗串本質論の資料と問題 一叫八 措いても斯の点の再吟味を最大慎一良さを以て果さねばならぬのであるまいか。 併し現今の宗政心理事に於て回心現象が重視されてゐても‘それが単に偶殻的鍵態的事象を扱ふのが営然とするか の如き恩ナ界の趨勢には煩はされやに、我々は、聖人の救事本質論に於て、神秘性よりは等ろ一小常性健全性が、その特 質でるるととを注意しつ L 検究すぺきである。従て予常健全な部面であるから、人間謬的に理解し易い所であらう。 周知の如く‘聖人の性絡は弱い人間性とか、感傷的とかいふよりも、強い人間性と現宜吐曾性に根ざした理性。情 烹性である以上、その聖人の費心立踊が、自づ 3 C 殻勤して、多年の修皐と立敬問宗と博道岡諌と迫害に底するの態度 喪身失命底の大白莞等− R 、 一代の行跡思想信仰悉くを、勤恥したのであると見なくてはならぬ。即ち殻心立闘として 張したあるものは、現・質人間てふ地盤の底探く、地下霊的に根張り乍ら、一代の行動自費の花賞を開結したのである。 的 ハ J て斯の研究課題は、聖人の始中経一貫せるものを基礎づけ.乃至は把握する上に於てまととに不可欠のものたる こと、今兇冗諭するにも営らぬのであるが、今日まで純粋宗皐領域も開拓されや九ましてとの課題の重要意義も認め られなかったのであるか色、特に誌に念記する次第である。 次に之に引き麗いて出て来るのは‘琵心立願の動きである。聖人の修島一求自の経過である。なるほぞ従来、清法寺 出 家 、 島 一 a習、鎌倉叡山南都等の遊撃は、偉記にはたしかに記されてゐるが、之をばもっと科撃的にるとづけねばなら ぬのでるる。最近僅かの研究文献は散見するが、系統的に綜合的にもっと大いに進めねばならね。いまの戒休義その 他数結の開宗前の著作、手記類、或は先年登見の十七歳の時の寓本等・みな重要資料であらう。清澄寺の︿一否日系統‘ ヰ寸格因縁等は勿論、その近漣の宗救情勢、さらに鎌

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遊些期の岬究︵営時の傾﹄倉府の教界等の間接的諸研究をふ︿む︶ 摂山遊鳳十期︿叡山の賀情‘特に聖人をめぐる師友とその皐系、諸寺諸山への遊歴なげと︶の研究にはできる限りの資料

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を蒐めて、ごく科曲学的危研究を進めねばたらぬであらう。 扱て本題に入って、まづ題撹を見る。すたほに﹁戒体と即身成備との闘係﹂を明されたものと見て、本文に入ると 胃胤﹁法花浬撰之戒体少有不問、分詩二門‘ 一者小乗戒体、二者樺大衆戒体‘三者法花開舎戒体、問者真言宗戒休﹂ 曹とあるに見れば、この交の限り閥単に戒体義ともいふべきであるが‘内容では戒体と即成との開係を非常の熱意ある筆 で 論 ぜ ら る 。 末尾に﹁真言の戒休は人見 ι 不 し 依 師 ノ 相 承 可 レ 失 故 に 別 に 記 し て 一 具 に 不 レ 時 。 但 し 標 章 に 載 す る 事 は 宿 入 下 一 一 − 人 州 一 一 問 問 教

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特教ノ勝一也﹂とるって、首尾不相躍を断はられてゐる。﹁別に記﹂されたものとしては現に停ってゐないやろだ が 、 更 究 。 本筋は前三顕救分、後一密政分.市も掘劣智勝の立場で、内容は後一を欠いた顕救常分の戒体即成義である。即ち 戒の本末論‘戒体色心論、戒法依経論・開舎未開合論等。就中小一飛は茨身減智の故に、二乗永不成怖の故に即成の義 −泣く‘構大乗も陸劫修行の故に即成に非や、賀大乗法花浬繋の戒体は、具足根本業清持戒とは菩薩戒で即ち五戒に外 −ならぬ。十界すべての身土は丘戒戒体の依報正報であるとし、﹁五戒を以て得たる六根六境六識を改めやして押へて伸 因と間合する也。龍女が即身成備は不改高生蛇道身三十二相之即身成伸也しと一不し、﹁九界の衆生の身を帥閃ム﹂習へぱ 五 戒 即 悌 悶 也 ﹂ と 定 義 し 、 ﹁ 愚 左 る 思 一 者 は 法 花 己 前 に は 二 乗 計 り 色 心 を 滅 す る 故 に 不 レ 成 = 得 道 − c 強 口 躍 凡 夫 は 可 し 成 = 得 道一と思へり。不し爾事也。十界五共する故に妙法也。さるにては百一=十界一二乗菩薩凡夫を共足せり故に二飛を不成悌 と 一 去 は ぱ 、 凡 夫 菩 睡 も 不 成 仰 と 一 足 ふ 事 也 Q 法 花 の 意 は 一 界 の 成 怖 は 十 界 の 成 伸 也 。 法 花 己 前 に は 怖 も 非 一 一 貫 伸 一 。 九 回 作 純粋宗製本質論的安料と問題 一 問 九

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純粋宗串本質論の養料正問題 一 沢 O を隔てし帥・なる故に。何に況んや九回仲をやっ然るに法花の意は凡夫も質には仰なり。十界具足の凡夫去る故に。何に 況んや仰凶作をや﹂かやうに十界王共を以て雨前無得遣を姑して法花員賓の敬戚を一不

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・衆ねて持土宗義の易符論法花 誹読を難破して最後に﹁法花魁の悟と巾すは此困土を我等が身と搾迦如来の御舎利と一っと知る也﹂の詮文に提婆品 の﹁翻三千大千世界﹂云 k の文を引き‘草木園土人高等一切樟迦併の御舎利と活脚侍されたのは、まととに全信の周目 で ぢ る 。 以上その梗蹴と片鱗を見ても‘即身成併の貨義をば、俳敬串的戒休論を以て賓詮された一の試みである。敬判とし ては顕劣続勝の立場でるるが、その着眼は優に営代口体法門の奥底に徹し、意闘はまさに聖人一代の敬皐的諸領域を ー ノ \ ノ 暗示するもの多々ある。例せば、即成の理体的究明として、一自然科撃的世界観︵五戒・色心二法・十二因縁︶二法 f s

、 、 ノ 、 、 ノ 花艇の敬理ハ五陰・十如・一念三千・間合︶等。叉法花艇の敬判的地位にういては、一龍女成伸・二乗作帥、ご雨前 f z 、 、 r , 、 、 1 ノ 無得道‘三約宗判の念伸破。或は即成と戒法との問題.久遠質成の本仰に闘する問題等閑宗前は勿論開宗後の諸御苦 の基本的な立場を暗示し.乃至はその素材的内海を合んでゐるもので、との点さらに研究を要するであらう。 たほとの抄の戒の詮明や、法花開舎の戒体については、蓮長ム﹂御署名ある一 A 戒法門﹂に詳しい。叉即成義の末に﹁法 花経を日疋の体に得レ意則真言の初門也。此関土と我等が身を不 L捨、寂光洋土耽庫遮那怖にて有也。十界具足の搾迦如 来の御合利と可知。 此をとそ大日経の入院宣茶雑具縁品には憶に詑れたる也。真言の戒体は人見レ之師に依らやしては 相承を失ふベし﹂とされ、果して別に記された真言宗の戒体かどうか分らぬが‘二年後寛一冗二年九月の興宝刀ある﹁色 心二法抄﹂の内容がそれに営るものではなからうか。

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胃一闘に﹁先づ止観民言に付て此旨を能々可 ι 得 ι意也。道心とは無始より不思議の妙法蓮花粧の色心、五輪五怖の白河 を持ち・ながら迷ひける事の悲しき也。如何しでも此旨を能 K 可 し 等 也 。 二世の諸仰の世に出でましましては.先づ如 何にしても此理乞詑き知せばやと思食す。叉大日如来も是を一大事と思食して五倫五俳の旨を詑き即身成帥の理を顕 はし給ふ﹂とて以下五戒瓦智五伸、妙法の五字は全く我等衆生の依正色心の二法に外ならぬ ζ と 乞 附 さ れ た 。 ﹁ 放 に 生 死の二法は、色心の二法にて有ける也。円疋即民言止視の観法、出離生死の頓設也 o 道場所得の妙情、妙売則然の知見 也。最後嗣格の時は此理主忠食し定むぺし﹂と結ぼれゐるのは、たしかにかの即身義の結論と相麿せる一筋である。 以上みな開宗前の連作である故か、信行をす t A めや、法行的

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.即成の理体論に格的する。即ち訟花魁の数理と臼 然法︵自然科曲学的世界観︶との一設に向って論詮乞努められ、所々﹁との理な知る﹂とよくあるのは、との問の消息 をもの語る υ 然しこの敬︵法花経の敬理︶と理︵自然法、世界原理︶との契設を莞如した上での修行へ信心問題とか 知解説心﹀は開宗後の詩作に始めて期間はれる。開宗直後数年間は、やはり即成の理体的究川の色は相営濃厚である。 十二因縁御書・一念三千理事・一念三千法門・栂在一念抄等はその例である。 失に開宗以後の御者を拝するに営り新たに問題となることは﹁悶宗時の御確信について﹂である。即ち聖人の護心 立願修属片の結果が‘いかにもたらされたかである。之はたどその開宗営時の文献によって分ることでないととは勿論 であるが、そも/

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聖人の御態度としてまた御性格として、考へたこと忠ひついたととをた

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漫然と背き浅されかり 純粋由市場本質論の資料と問題 :ti.

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純粋宗与が質論の資料正問題 五 費表される方では・なかった乙とからしても、否む

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ろなるべく局限して、寡獣の聖者の常として時底位に陪じてやむ たく謹言行動せられてゐる以上.よほど慎重にこの↓諜題を解決せねばならぬ。但し論裁はいふであらうつ聖人の策作 にうれその時院に即して解轄していけばよろしいではないか、開宗時にピう考へられようと、また確信が刊とうあらう とも、その殻去の時路でない限り筆作以上の確信たど詮京するにも及ぶまいと。然し、さきにも辿べた泊り聖人の内 懐された確信はよほど深いものであり乍ら、議一衣はその必要性の最低限度であるとと L 、 従 て 琵 去 、 表 現 が も の 一 品 川 る 内容と時臨位そのものが非常な亘要た意味をもってゐるととを窺ふ上に於ても、裁らは最初開宗時の御確信を充分に 慎重に検究してをかねばならね。例へばかの安凶論中封破された営のものが、文面では単に念併特に法然の撰揮集に 止まるやうであるが、後年聖人自ら h 調 書 き に な っ た も の に よ る と 、 安 岡 諭 に は 蹄 念 仰 を 悦 し 、 そ の 裏 に は 杭 い も 良 一 一 つ 口 も 諸宗一蹴

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破されたものとされ、思者にはこの趣は知り難いと一五はれてゐることに徴しても︵古来之を附文元意と曾 通はしてゐるが︶我々はなほ岐・立法門の経多の諸問題についても同様に、かたり慎亘な興寄進退の沿もむきを察し 筆作の文節表現の内面にひそむ御精神を窺はねばならぬ。いかに自由奔放暴誕極まる文掛の中にも、決して無責任な 放一口口や、空疎な説文の・たいととを‘少くとも聖人主千常人健全人と信認する限り、心得べき僚件であらう。よって、 開示営峠の御確信について、少︿も重一要救出申上の問題、世合同家人生観世界観的な信念を‘できるだけ透察してをか ね ば た ら ぬ と 岡 山 ふ 。

建長五年即ち同宗の年の作、大意は女人往生は法花艇に以るといふ旨 b L 一 一 代 俳 救 の 大 小 、 樫 貨 の 帥 性 論 よ り 詑 き

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起し・末代後丘百蔵の女人往生成制仰の立場から救判を立てられた。之は成仰のための信心修行を生むべき基調とし℃ 重要な意義をもっと思ふ。 なほかうした批判的立場を論明されたものに次の二者がある。

何れも建長七年の作‘前者は岬宗封破、後者は、台家失意の島一者を貢め、蹄宗の立義 b L 牒 破 、 民 三 一 口 花 厳 法 相 等 を 評 破 し ‘ 一抄未完の御書でるるが.中に﹁結封妙とは闘舎の法門﹂とて﹁随て法花の大海に入ぬれば雨前の権救とて嫌 は る h A 者無きなり。皆法花の大海の不可思議の徳として南無妙法蓮花魁と一足ふ一味にた L き た し つ る 問 、 念 悌 戒 民 一 言 時とて名の名言を呼出すぺき道理曾てたきなり﹂といふのは、事行︵修行門︶の南無妙法蓮花魁ではなく、敬判所詮 の要法としての七字に扱はれてゐるのも註意を要する。

念備無問地獄抄

建長七年の作.標章に﹁念仰は無間地獄の業因也 G 法花経は成悌得道の直路也。早く浮土宗を捨て法花粧を持ち、 生死を離れ菩提を得べき事﹂との趣旨を法花の賞義より詮明し、つぶさに位宗?史停を引いてふ一羽田導法然等の堕械の相 と近世念悌者停止の御歌書を載録。 一 八 敬 、 三 種 教 祖 、 衣 庵 室 御 書 、 穴 凡 四 雲 御 書 純粋宗串本質論の資料と問題 ヨI.

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純粋宗血中本質論の資料と問題 一 五 円 右 の 諸 御 堂 同 は 敬 判 に 閲 す る 抄 録 。

正 嘉 二 年 ︵ 開 宗 後 五 年 、 品 川 七 歳 ︶ の 作 。 大体敬判論であるが、中に別敬の評決に﹁一人として一生に怖に成る者なし。又一行を以て併になる事なし﹂とあり 末に爾前の成仰往生の授記について、﹁此等は法花魁の二乗龍女提婆菩薩の授記にいかたるかはりめかある。叉設ひか はりありとも諸艇にでも成俳はうたがひなし、如何。窓口ふ、予之脅ひ偉ふる所の法門此答に顕はるべし。此答に法花 経の諸艇に超過し、叉諸経の成併を許し許さねは聞ふべし。秘蔵の故に顕露に脅さや’﹂と、と L に 聖 一 人 の 撃 的 根 本 態 度として、敬判の大綱とは、正に即血芳成抽仰の賓詮を以てすべきを一不されてゐる。即ち聖人の些ばれた、否畠・ぽうとさ れた一代俳教の大意は.との批判標準がもの語ってゐる。同様に聖人の一代の行蹟信仰、間百有飴篇の大意もとの質 践 験 詮 に 外 − な ら ぬ の で は あ る ま い か 。 次下に﹁問日妙法定一念三千と一疋事如何﹂之に釘しては、天台大師の一念三千の出様と開戯放光の榊秘曹をのせて 委細は略されてゐる。との一・文の臓してゐる問題は、佐渡の本隼抄開閉闘に至るまで、所

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散見しつ L 、本隼抄に沿 ける主題の伏線をたす一文である。

﹁夫れ無始の生死をとピめて此度決定して無上菩提を詮せんと思はど、すべからく衆生本有の妙理を観十べしo衆生

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本有の妙理とは妙法蓮花経也。故に妙法蓮花艇と唱へたてまつれば衆生本有の妙理を観するにであるなり﹂ とれ開宗前の戒体等の自然法、世界原理的の莞知より、衆生本有の妙理と翠的に主体化されたところ、理体の進展 を見る。叉理の費知より、妙理の硯解、閥解の方便としての玄題口唱を立てられたところ、 一 ︷ 一 市 救 調 立 の 規 模 を 確 に せ ら れ て ゐ る 。 ﹁但し妙法蓮花経と唱へ持っと一五ふとも若し己心の外に法ありと想はど、全く妙法にあらや、食法・なり、危法は今経 にあら歩、今経にるらやば‘乃玉、 一生成伸叶ひかたし。故に妙法と明へ蓮花と読まん時は、我が一念を指して妙法 蓮花粧と名くるぞと深く信心を都民すべきなり﹂ ﹁深く信心を穫し℃日夜朝暮に叉慨らや磨くぺし。何様にしてか麿く べき。只南無妙法蓮花経と唱へたてまつるを日疋をみがくとは一五ふ也﹂ 主体化した衆生本有の妙現も、更に求心的に行者の己心に協同し来り﹁我が一念を指して﹂と強く示され、共下に ﹁深く信心を殻すべき也﹂と誠められたのは、間早なる法行的危翻心や口唱ではない。﹁聖人の信行的集時を感歩る点であ 乙 。 ﹁ 此 旨 を 深 く 信 じ て 妙 法 蓮 花 経 と 唱 へ ば 一 生 成 伸 一 史 に 疑 あ る べ か ら や 。 故 に 経 交 に は 一 耳 々 、 一生成仰の信心南無妙法 蓮花経/\﹂と結敵されてゐる。 視解即信心、信心即唱題、唱題即成伸の趣意は、本隼抄の法問頴の伏線的陪一不と認められる。

建長七年両親への御堂耳と倖ふ。内容は我等が得めには主川親三徳の救主制作寧を信じ‘その本懐法花粧は別して女人 純粋宗事本質論の資料と問題 一 五 五

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純粋宗挙本質論の委料と問題 一 五 六 成仰の経なるとと﹁南無妙法蓮花経とだに唱へ奉りたらましかぽ速かに怖に在るべかりし﹂とも﹁然るに善男子善女 人此法花粧を持ち、南無妙法蓮花鰹と唱へ奉らぽ、此コ一罪を脆るべしと詮き給へり﹂と唱題成怖の信心をす L め ら る q

回 一 品

﹁されば我身の体性を妙法蓮花経とは巾しける事たれば粧の名にはあら・干して、はや我身の体にでありけると知りぬ れば、我身頓て法花粧にて法花鰹は我身の休をよび顕はし給ける怖の御言にてとそあれば、やがて我身三身即一の本 費の如来にであるものたり。乃至、是主信じて一週も南無妙法蓮花鰹と申せぽ、法花粧を魔て如法に一部をよみ奉る にである也。乃至、かく信守るを如詩修行の人とは巾候也﹂とあるも翻解即信唱の妙行を一不されたのである。

一怠三千法門

﹁法花艇の余艇に勝れたるは何事ぞ、此経に一心三観一念三千と云ふ事あり﹂とて十如質相の法門を解轄し﹁始の三 如是は本費の如来也。本質の如来を悟り出し給へる妙畳の悌・なれば我等は妙鹿児の父母たり﹂とは本莞即始畳‘始直司即 本 費 の 闘 係 を 一 不 し ﹁ 我 身 本 畳 の 如 来 た る 事 悟 −

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され‘無明の雲晴れて法性の月明かに、妄想の夢醒めて木畳の月輪 いさぎよく‘父母所生の肉身煩悩具足の身即本有常住の如来たるべし。此を即身成帥仰とも煩悩即菩提とも生死即浬喋 とも巾す﹂現身を、現身に即せる本質如−来たりとの畳悟が始畳である‘即身の成備なりとの観解である。之が信心の 行を説いて﹁さて粧をよま・?とも心地の観念ばかりにて成併すべきかと思ひたれば、 一念三千の観法も妙法蓮華経の 五字に納まれり。妙法蓮花粧の五字は叉我等が一心に納て候けり。乃至さて此妙法蓮花経を唱ふる時心中の本費の併

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問問はるべし﹂とは観解を完躍した妙行をば信心唱題に結師し、信即削耐の融一をあくまでも主張されてゐる。 ﹁一念三千一心三割等の翻心ばかりが法花粧の肝心・なるべくば、題目に十如是を世くべき鹿に妙法蓮花経と置かれた る上は仔細に及ぶべから守、乃至、智者は誤諦に観念をも並ぶべし。思考は題目をも唱ふとも此理に猷ふペし。今此 経に値奉って三身即一の木魔の如来を唱ふるに顕はれて現世に共内読成僻するを即出芳成怖と巾す。死すれば光を放 0

是れ外則。成併と巾す。乃至、妙法蓮花経と唱ふる時心性の如来顕る。耳にふれし類は無量阿併祇劫の罪を減す。 念も随喜する時即身成俳す。縦ひ信ぜ十とも種となり熟とたり、必十之に依て成伸す。妙葉大師の云く‘若取若拾或 順 或 謹 終 因 斯 肱 一

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。 日 蓮 一 広 く 、 若 取 若 拾 或 順 或 遣 の 文 肝 に 銘 す る 詞 也 。 法 花 紅 に 若 有 開 法 者 住 一 寸 と 設 か れ た る は H 疋 か 。 既に聞く者と設かれたり。観念許りにて成併すべくぽ若街観法者と設かるべし﹂との中の銘肝の金文とは逆化下種の 意に営るかと察せられ、聞の字眼を点せられたのは明題戚俳の傑義を合み、後段に此経は専ら聞を以て本と認すと一五 ﹁法花経の行者は如説修行せば必歩一生 はるに臆十。観解より口唱。開法下程に重きををかれ来るとと注意に値す。 の中に一人も盛らや成伸すべし﹂とて、早暁稲の一年牧穫を聾へ ﹁ 凡 そ と の 粧 は 悪 人 女 人 二 一 来 問 提 を 間 ば 歩 、 故 に 皆 成俳迫とも一五ひ、叉千等大舎とも云ふ。善悪不二邪正一如と聞く鹿にやがて内詩成俳す。故に即身成俳と申す。 ~t. に詮得する故に一生妙受と云ふ。義を知らざる人たれ

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も 唱 ふ れ ば 唯 帥 興 帥 悦 び 給 ふ 。 品 代 即 撤 喜 諸 伸 亦 然 一 広 々 ﹂ と の 御文中﹁法花位行者﹂と如設修行の文は佐渡後のそれとは白づから義分に淀深あるとと注意すべを点。 大休との期の即身成帥は内詮成品川親解閲覧を主とせられつヘそとに口唱を傍従より正主に顕古川以せられるところを 野祭し得るであらう。 純粋白川製本質論の資料と問題 宝ζ ー じ

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純粋宗血中本質論の資料と問題 喧 − L K − ヨ ノ

﹁ 組 在 一 念 別 分 色 心 ﹂ を標章し、念、色、心・十界互兵の理体につき、三千三観の視法をのペ、﹁然れぽ即ち我等も 一二千を具するが故に本有の悌勝也﹂とて、二乗の作伸、提婆の授詑を以一て、﹁今の経には此理を設き顕すが故に妙法蓮 花経とは題する也﹂とて僻種を示し﹁向云一文不通の黒人南無妙法蓮花経と明へては何の径有んや。党日ふ文盲にして 一宇を畳悟せざる人も信をいたして唱へ奉れば身口意三業の中には先づ口業の功徳を成就せり。若し功徳成就すれば 悌の種子をむねの中に牧めて必歩出離の人と成る也﹂とて成併の時の三身を示し、﹁悟の仰と云は此理を知る法花経の 行者なり﹂﹁悟とは只此理体を知るを悟りと一足ふ也﹂﹁若し繭らぽ輔迷開悟は行者の所作による。三千三諦三身の理体 わず は全く人の所作に非守、口ハ是れ本有也。叉迷を修行する事は人の作なりといへ

r

も但迷の去る底を見る左り。百年の 間室に火をともすが如し。全く閣の去る慮を見守、日疋れ時迷高見悟返流選源・なり。無明即明は唯迷悟に名け、無明法性 は全く共体一なり。あたかしと/\﹂とは即成の瑚体、理体の畳悟にあるととを明し﹁よく/\此大旨を心得て失錯 あるべからざる也。我等が生死一大事也。出離生死の素懐なり﹂&切に勧奨せられてゐる。

前来見来った諸御堂同より此の論に到ると、我らはと L に重大友閥節のあるととを感やる。それはとれまでの御堂つは 専ら﹁即成﹂の理体究明とそれに即する例人の信行を勧奨されたのであったが、木論に到つては、聖人御自身一の特 換といふか、飛躍といふか、とも、かく一の重要契機を字まれ、内面的に凄惨な一大煩悶在通過せられたのであらう。

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御倖記には正嘉の大震に打ち観く天災飢疫を祈って験なき現.貨を一詰る。之に封して聖人の深刻な内省が加へられた。 街頭の救紘から退いて、さらに一切経閲讃の鰐観探思のため湘一年有余、岩本質相寺に入臓せられたとも侍へてゐる。 担て今簡単に要を取ってその問題を究明しよう。序分段には、一・無始腰劫来の流轄と、十方土御座分の一てふ人田仲 f s 也 、 の受生と‘値ひ難き僻法.中でもなほあひ難き正法と普知識とは難中の至難たるととを切に辿ペ、働法中の最極正法 ’と善知識を明すために、法然の撰揮集を徹底的に批判せんが、との守護園家諭と名くる一篇であるとされ、別に題騨 はないが.之は本文に入って仔細に検するならば自づから題稗されてゐる ζ とを知る。本論が、外になほとの年時に 編入されてゐる敷結の附帯論文を有しつ L 、失の立正安園論に沿ける研究的側面をうけもってゐるととは特に注意を 要す。聖人親しく文段を科し、大文七段の槙目、 、 , ノ 一如来ノ経救−一於テ樫寅二敬ヲ定ムルコトヲ明シ

t‘ 、 、 , ノ ご正像末ノ興陵ヲ明シ , , ‘ 、

B ノ 三 世 、 持 集 詩 法 ノ 縁 起 ヲ 明 シ r t

ー ノ 四説法ノ者ヲ退治スベキ誼文ヲ出スコトヲ明シ r , ‘ 、

1 J 五 一 品 口 ’ 知 識 並 ユ 異 質 ノ 法 − 一 ハ 謹 ヒ 難 キ コ ト ヲ 明 シ r s ‘ 、対法 花 浬 繋 − 一 依 ル 行 者 ノ 用 心 ヲ 明 シ r d 、 、 、 , , ノ 七間二随テ答フヲ明ス r f

、 目 ノ 、 B ノ 、 B ノ 、 , , との内、二一を以て撰捧集批判の根本基準を一不し‘三は之を致事上から徹底的に破斥し.四之が貨際上減蓋の方策を f k ﹁ \ f t f

、B ノ 、 i ノ 、 、 ノ 論じ、は一い仇は序での如く‘立正の序正流通として、聖人の宗救的立場内容を明されたものと拝する。 純粋宗俗本質論の掛食料と問題 ヨL

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純粋宗挙本質論の資料止川泊

以上諭越のうちに自づから、聖人の一般仰救率的態度と方法論、特に撃的良心の鮮明にうかがへるととである。 聖人の時土念仰に封する御意見や破斥は、すでに附宗前より所々に散見する所であるが、此論の序分段でも自ら立−冨 されてゐるやうに、専門率的に烹分の徹底的駁撃を企固されたのであるが、殊に大文第凶段の一説法者を退治すべき詮 文の中には.流一仰せる仰訟の正却によりて天災耐天の起るべき詮文を引き次に、﹁市ル一一営世ハ随分闘土ノ安結ヲ祈ル ト雄毛、去ル正嘉元年−一ハ大地大工削シ.同二年ニ大風大附苗質ヲ失ヘリ。定メテ悶ヲ喪フノ要法、此闘ニ有ル欺ト 勘フル也﹂とて廷に撰雌集の一説法の要点を重ねて映しい然りベ而ル一一近年ヨリ予我不愛身命但惜無上道ノ交ヲ謄ル問、 雪 山 常 晴 ノ 心 ヲ 起 シ テ ‘ 命 ヲ 大 乗 ノ 流 布 一 一 替 へ 、 強 − 一 百 ヲ 吐 イ テ 一 E ク、撰碍集ヲ信シ一ア後世ヲ願ハン人ハ無問地獄ェ堕 スベシト﹂次に﹁正シク一説法ノ人ノ王地=属スルヲ釘治スペキ詮文ヲ出サパ﹂とて涯操粧党網経を引き、特に﹁見壊 法肴世.小川云ル至仰法中怨﹂の文を一不されたのは.聖人弘経の態度乞根底強く間明された一段で.守護国家の趣意は と L に去はれてゐる。 諒法者の退治につき、設年の災難退治抄忙はもっと充分に趣旨を究め、具体策として﹁施ヲ止ム﹂ペきを提案され てゐるが、之が‘立正安国論中に採用されたのである。 たほ十八文第丘の善知識識には、人と法との普知識乞論じ.法花魁と雨前経の救判的決論として﹁円近ノ故− 7 在世滅後 ノ一切衆生ノ誠ノ善知識ハ法花魁日記也。常詰ノ天台宗ノ皐者ハ爾前一一於テ営分ノ得道ヲ許セドモ、白義一一於テハ猶、 営分ノ得道ヲ許サズ o 然 リ ト 雄 モ 此 書 − 一 一 於 一 ア ハ 共 義 ヲ 謹 サ ズ ‘ 略 シ テ 之 ヲ 記 ス 、 追 テ 之 ヲ 記 ス ベ シ ﹂ と の 迫 記 の 論 仰 い 州 とは恐らく同年時編入の、十法同作事.繭前菩睡二乗不作仰事等に営るであらう。ともかくも、と九に支はれた瞬時無 得義はすでに之より前年の語調掃にも鋭鋒の閃比する所であるが、聖人絹自の確信的決判であり、その根醸は前越の

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如く、即身成僻の賞理に本くと思はれる。 叉此の文段中﹁問一五夕日本国ハ法華器製有縁ノ地ナリヤ否ヤ﹂の答樺は聖人敬判論の闘の問題であり、本論はすで に撰樺集の念僻に劃する敬と時と機とを論じ、今固に及ばれたもので、五綱敬判中の四までを窺へるのである。 大文第六﹁法花渥繋ニ依ル行者ノ用心ヲ明ス段。 一エハ在家ノ諸人‘正法ヲ護持スルヲ以テ生死ヲ離ルベク、悪法 ヲ持ッ=依テ三起道ニ堕スルコトヲ明シ、一一=ハ但グ法花経ノ名字許りヲ唱ヘテ三悪道ヲ離ルベキコトヲ明シ、一一一= ハ浬襲経ハ法花経流通ノ潟メニ之ヲ設キ給フ﹂第一一は正法行者として語法禁断が根本戒法たることを一不すもの、同時 に聖人の十回介因果の徹底的世具視を窺ふべく‘之はなほ翌年の十法凶作明因果抄に至ってさらに充分趣旨を究明されて ゐるが、供に非常に重要すべき世界観である。第二の唱題離揺趣は受持法花名者踊不可量の文を引から乍ら、経題ヲて のものに深厚の不思議功徳力を共すとは明され守、宿善に依る功徳力とされ﹁設ヒ先−一一昨心ナクトモ此法花経ヲ聞イ テ訪ゼザルハ大善ノ所生ナワ﹂とは即ち消極的反自の功徳を顕ほされたと見られる。との一段、立正の正法の一端− D L 示すに詫より探へと‘大聖人の深き用意のほどを拝する。之も翌年の十法界明因果抄並に唱法花題白抄に至って内容 は一居の深化を拝する。

念働者逼放宣獄事

之は安園論にも牒用された参考文献、念僻者の追放停止の公文書の編録。

+法界明因果抄

純粋宗串本質論の資料と問題

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純粋宗革本質論の資料と問題

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十 法 凶 作 の 名 義 を 樟 し つ L 、之が因果は戒法にあるととを論操として‘ 一代俳訟を決判せられ、悌乗戒のうち法花経 の相伴妙絶叫げ妙戒が速疾頓成戒なることを明されたもので‘開宗前の戒体即白河義とはその信仰並に敬判的立場は全く 異るが、意固された即成と戒法の問題をば.即身義では小大賞絡の四批判を越とし、その戒体を緯とされ、今抄では 十回介を経とし、模質敬判を緯とされた点でるる。なほ之等の問題は聖人一代の重要課題となるものでるる。結は﹁法 花挫=於テハ二乗七逝ノ者ヲ許ス上、博地ノ凡夫一生ノ中早川仰位ユ入リ妙畳−一至ツテ因果ノ功徳ヲ共スル也﹂

主容の問答に託して、念悌宗徒が法花粧を理傑解徴と敬遠して念仰に誘惑する義を破し、現世にとの詩罪によって 災一附玄米す悪知識たること、叉大日経浬撰経も法花経に釘しては不了義経といふ救判は、前の岡家論や後の安困論の 例文を解く鍵でるる。 又﹁相似の義理より由来する訪法﹂を本抄では強く警められ、天台宗の固頓義費、四散の中爾前の固の扱ひ、往生 成併の難易などその例でるる。 ﹁問て一五く法花粧を信ぜん人は本尊並に行儀並に常の所行は何にでか候ぺき。答て一式く第一に本隼は法花粧八巻一品 或は題目を斉いて本隼と定むペし。法師品並に神力品に見えたり。叉たへたらん人は耀迦如来多賓怖を書いても遺て も法花魁の左右に之を立て奉るぺし。叉たへたらんは十方の諸伸普賢菩薩等をもつくり書きたてまつるぺし。行備は 本隼の御前にして必十店一立行たるべし。道場を出でては行住坐臥をゑらぷべからや。常の所行は題目を南無妙法蓮花 経と唱べし。たへたらん人は一偏一句をも讃み奉るべし。助紘には南無稽迦牟尼仰多賀僻十方諸伸一切の諸菩薩二乗

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天人龍紳八部等心に随ふべし。患者多き世とたれば一念=一千の視を先、とせ歩、共士山あらん人は必や習墜して之を翻す べし﹂以上御遺文にあらはれたる最初の本曾行儀の詮明である。 かの安岡論には立荘の正法の内容にういては、文上法花民言とか質乗一善とのみで、信仰本傘行儀について説明を 欠くが‘本抄は安闘論献上の殆んど直前︵月余前﹀の文臆元年五月廿八日の由契警がある。彼此相照らして研錯すペ含 も の で あ る 。 而して、題目の功徳についても、岡家論では依擦の経文を県げ、店長引に約するのみで、法体については述べられぬ が、今抄には﹁問て云く只題目計りを唱ふ功徳如何﹂に答て、題目は一切経一切僻菩薩の能門能躍の粧王たるとと、 ﹁今法花鰹は四十余年の諸粧を一粧に牧めて十方世界の三身岡浦の諸併をあつめて樟迦一⋮仰の分身の諸伸と談する故

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乙 一俳一一切併にして妙法の二字に諸伸皆牧まれり。故に妙法蓮花粧の五字を唱ふる功徳莫大也。諸悌諸粧の題目は 法花粧の所開なり。妙法は能開たりとしりて法花粧の題目を唱ふべし﹂と詳説されてゐる。 次に従来の単純の封機設法以上に自行即化他、但令別賓の唱導勧奨も‘法花粧行者の資格にふれて来た点を見る。

本論の講解は古来宗門でも相営に重んじられ、述作動機も周知の所であるが、宜に聖人の立散開宗の根本的性格の 郡 山 現 で あ る 。 ﹁ 正 嘉 ヨ リ 始 レ 之 、 文 麿 元 年 一 ニ 仰 畢 ル ﹂ と も 、 ﹁ 去 ル 距 嘉 一 冗 年 市 川 一 八 月 廿 三 日 成 亥 之 砧 ノ 大 地 震 ヲ 見 テ 之 ヲ 勘 フ。共後文臨元年駄口一七月十六日ヲ以テ宿谷神川ニ付テ最明寺入話限二献シ奉リ﹂とある。との間の岡史年表を見ると 建長六、正‘十 鎌倉名越大火‘焼死者多シ 純粋宗事本質論の資料と問題 一 六

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純粋宗製本質論の食料と問題 一六阿 間 五 . 十 一 京都大震 七 鎌倉大風雨 康 元 元 . 八 、 赤斑傍流行 正 嘉 元 、 八 、 鎌倉大震 正元元、春 疫痛流行.京都及諸岡飢校、餓李多シ 文臆元、四 鎌倉大火 と見えるやうに‘聖人も諸問の飢疫殊に錐倉大震に弧く内省を深め、正嘉二年正月に岩本経臓に龍られた。との間寺 伶等の請に隈じて止悦を講ぜられたと偉へられるが、強ちに推測でもたからろ。現行遺文録周年編入の一代聖歌大意 一念三千理事十如是事一念三千法門組在一念抄の瓦簡はその時の講録とも見られ‘聖人の敬撃の結前とも考へられよ ぅ。守護岡家論念帥者迫放宣欣十法界事爾前不作僻事災難退治抄十法界明因果抄唱法花題目抄等は立五安岡論の序論 叉は別論をなし、敬皐の生後とも考へられよう。然も本論は満二年余の深田山究明を経られたもので、との問、聖人の 即成問題はいかなる進展を見たであらうか。先づ本論の大綱を伺ひ、弐に木回目を論究して進まう。 、 ‘ , J 一現下問難ノ原因ヲ明ス r , ‘ 、 、 ‘ , J 二 右 ノ 経 詮 ヲ 一 不 ス r ’ 也 、 、 ‘ J = 一 読 法 ノ 事 貫 ヲ 一 不 ス f t

. .

ノ 四諦法ノ人法ヲ出ス r

五法然ノ詩法ヲ論ス r a ‘ 、 大 段

(21)

一 川 念 仰 停 止 ノ 先 例 ヲ 堪 グ r , ‘ 、 、 、 , , ,七闘難ノ退治ヲ論ズ , , , E・ 、 、 、 ‘ , , ,八詩法禁断ノ方ヲ論ズ , , ‘ 、

九退治ノ急必司促ス f k 、 刊 立 王 安 関 ノ 本 懐 ヲ 越 ブ 〆 E

以上の文段は御親科では左いが、主容の問答より・同九構成された段落であって、既に先師閥単匠の治定されたもので ある。就中前五段は、岡家論に於て閥単的究明を経、第六は迫放宣献、第七八は災難退治抄にそれ

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\ 腹 実 を 一 不 さ れ 、 第九の退治の念必主論じ、大集経の三災のうち二は蟻んに兵革の一は未だ起らや、襲師経七離の中、前五すでに起り の二白界叛逆と他国侵逼難特に来らんとするを預言警誠され、誘法禁断の策を催促された。日疋本論に始めての宣言 である。第十に客の領解を歎じた結文、﹁汝早グ信仰ノ寸心ヲ改メテ速カ一二往来ノ一善一一蹄セョ。然ラパ三界ハ皆伸凶 也。僻岡ソレ衰ヘンャ。十方ハ悉ク賓土也。費土何ソ一壊レシャ。閤ニ衰微無ク‘土=破壊ナクンパ身ハ日記レ安全−一シ テ心ハ日疋レ蹄定ナラン。コノ詞コノ言信ズペク崇ムベシ﹂ ﹁汝早ク﹂の一節は営面倒入信仰に見えるが. 前章すでに ﹁汝一身ノ安堵ヲ思ハパ先ヅ同表ノ静説ヲ稽ルベキモノ カ﹂とも‘容の領解 K ﹁唯ダ我ガ信ズ凡ノミ=非ズ、叉他ノ諜ヲ誠メシノミ﹂とあって単に個人信仰の安心に事畢る のではたい。さり乍ら仰人の正信を立つるが闘土安泰の原素とたるもので、例入の正信とはいふまでもなく、信仰の 寸心を改めて賓乗の一寺に蹄依した信念に外たらね。然り市して‘帥問責土の現前であり、身日疋安全心是開定の’冨在 と成る。之をば即身成併と郁する。但しと LK 立正の内容的説明は第十段の主人答の芋より外にないが、前越の如く 純粋白山政本質論の委料と問題 一 六 五

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純粋白川串本質論の資料と問題 一 ・ 六 六 木論の直前、完全越作の一抄唱法花題目抄に於て確かに委細を諒されてゐる。即ち蹄順信仰の人を容として、いと懇 切に穣 h 論されたのは、いかにも聖人の切置にして而も周到た御用意のほ

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戚慨にたえたい。さらに立正の内容を誼 理文詮即ち現休論的に敬判論的に‘糊れば二年前の一代聖歌大意外敷筋の連作、たほ湖源せぽ開宗時代の一生成梯抄 女人往生抄等に到らねば危らぬ。 以上聖人の即身成怖につき問題関学的に但し費料検出のつもりで尋究し来ると‘今、本論に於て、聖人一代の劃期的 意味を感得するのでるる。 それは本論が単・なる越作、理論的究明や歌曲申的設論に止ら歩、針枇舎的、岡家諌暁の書である。従て一面公的のも のであるからごく制約的である。文鮮の則法論旨の整備、引詮の繁簡等親ひ知れぬ傑思遠慮を挽はれ、進献者本人の 肩書も天台宗沙門と普かれるやうに制約的であるが、その反面、よほどの自信と費悟とがなくて貯はぬとといふまで もたい。然らばその自信・費悟とはいかなるものか。之について後年聖人自ら幾度も告白もされ宣言もされた所であ るが‘今わざとそれを且くをいて、とれまで検等し来った諸文献によって考究を進めるとと L す る 。 それは聖人の深刻た俳救的世界観に本く無常感、加ふるにその時代の現賀、保一冗平治の胤につどく平家の波落、閤 休的大逆.幕府要路の骨肉相喰む世舎的奥慶等に到する・無常感懐疑激憤憐慰慎悩と、それらを超えて徹底的解決の 教 法 の 把 握 と 白 鹿 児 に 達 し ら れ た 聖 人 に と っ て は 、 車 に 一 宗 一 一 棋 の 開 立 ・ む

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問題でもなく、まして一身の地位安危も何 等 一 一 服

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値せぬとと。されぽとそ旭森山頂の巌儀に見る法界的

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大さと大裁に封する容赦たき詑敬、鎌倉街頭の大獅 子肌。聖人の胸懐まさに猫一法界に遊履するの概があったであらう。此の率的根底はすでにかの即身義の結論に、我

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等衆生は躍迦本伸の御合利の生命であり、戒法門では世界の情非情乃至依正等はみな五戒戒体のあらはれとなし‘色 心二法抄では瓦戒五僻五宇︵妙法︶の目覚休であるとされたやうに、本側同体の白畳観解が自ら南無妙法蓮花魁の唱題 行となり‘その念々口唱につれて減罪除陣離悪頓成の果を件ぺく・即ち一生入妙は早晩とそあれ全︿疑無き所とされ たのは、門下信徒への救論たると同時に御自身の問覚悟自信の証溢でなくてはならぬ。草曜の夜は順縁に封する救化‘ 白霊は街凶の強折、大悲血授の披樫でるるoかうした‘数年間体導の聖人の眼前に天時現地夫の運績でるる。安国論御 勘由来に自ら記してベ正嘉元年太才丁巳八月廿三日戊亥時前代二組エタル大地震、同二年戊午八月一日大風、同三年 己未大飢陸、正元元年己米大疫病.同二年庚巾四季=豆一ア大疫己マズ、高民蹴=大半・ヲ超ヱテ死ヲ招キ了ンヌ。而ル 間尉主之=驚キ内外典ニ仰セ付ケテ種々ノ新橋有リ o 繭リト雄モ一八刀ノ験畑一ク、還テ飢疫等ヲ増長ス。日蓮世間ノ体 ヲ見−ア粗々一切経ヲ勘フルニ御前時験無ク泣テ凶悪ヲ増長スルノ山道理文詮之ヲ得了ンヌ。格一一己ムコトナク勘文一 通 . 7 詰り作シテ共名ヲ立正安凶論ト抗ス。文雌元年庚巾七月十六日反ノ時屋戸野入道一一一付シテ故最明寺入道殴−一一巡メ 申シ了ンヌ。此レ偏ニ因土ノ恩ヲ報ゼシガ搭ナリ﹂ 以上簡明な由来であるが.就中、閣に到する聖人の御内詮については.国家論中﹁日本国ハ法華経出総ノ岡﹂なる 一科を立て、現下の災難退治

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策として法花軽信仰の樹立を骨張された。市も本論には来らんとする内外の一一難の諜 言警告とそ、乙 L に聖人御自身一大畳悟を要した所以であった。そは何一鴫民家への呼枕のみで・なく、もっと吐舎中橿 へ働きかけねばならぬ事である。なるほど辻説法そのものも聖人の潤創で、僧衣をつけた情説の説法はいかにも野人 的態度で、之も時代の急迫に底するやむを得古る態度であった。否時代の先きを見、増掃き持ゐる者にとっては、之す らたほ手経しとして諸宗禁断の公訴欣を中央に提起したのであるが、事誌に至るまでの聖人の探謀背哀を沿察しする 純 粋 宗 凶 盟 十 本 質 論 の 資 料 と 問 題 七

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純粋宗血中本質論の養料正問題 一 六 八 と同時に、我等はさらに吟味すべく検討すべき軍要問題の伏在を感やる。そは即ち聖人の宗教に於ける猫自の性格が 杢的に殻現したとと、従てまたそは宗国の歴史的展闘を運命づける所以でもあるからである。我らはとれまで宗雌の 御侍記もよみ.又安岡論は勿論遺文録

ω

拝讃講樺も承け、徴力乍らも宗撃の研錆も多年であったが、今にして看過し 来ったことはとの点である。純粋宗撃の本質論として

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宗祖自体の精一柳が、宗副の主体的即成研究によってのみ間川 されると期して︶上来研究の結果、蕊に一大関節に街き営ったのである。 宜に安凶論の進献諌肢が‘たどの調諌や意見封事の類ではなくて. 一国上下の信仰界を根底より掃海せんとする、 革命的直接行動なのである。本論の表面は法然の念仰宗を停止せよてふもの L ゃうであるが、その底には諸宗禁断の 鋭鋒を蹴してゐる。之を宗旨弘通の一策として採られたとしては余りにも憂逸れた暴来、或は憂閣の至情の設すとと ろとしても傍若無人の狂沙汰に近い。後人が本論の題蹴の字面を見て、直ちに聖人 bL 国家主義者と遇し、ひ

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い の は 間家棋力に有合したものかに謂ふのは自己の卑俗友情見で憶測したもの甚だしい侮辱である。或は叉とれば宗祖の個 性の設す所、先天的な性質か後天的左宗敬信仰の陥る偏執性調隼性誇大妄想性の殻作でもあらうかといふのも亦、宗 阻の御人格を胃漬するもので、現に幕末の宗曲学者さへ ﹁立正安閣論ハ営時スデ=ソノ用ヲナサズ、況ンヤ今世−一至ツ テ金クソノ立論ノ無貫ヲ見ル﹂等はその趣意する所.別にあるのでるらうが、安闘論 bL 引き合に出しての無用よばは り は 以 て の 外 の 邪 義 、 功 利 的 ・ な 湾 曲 屑 ・ な 俗 見 を 出 で 向 。 現 に 御 在 世 中 に も 聖 人 の 御 態 度 を 難 じ て 、 ﹁ 聖 人 の 御 義 は 余 り に とはし。道理

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る間住に悪口の雑るが如し、我らはやは/‘、、と法花粧を弘むペし﹂と巾した御門下を﹁ヵ、ル奴原ハ 念働者ヨリモ永ク地獄ノ底=沈ミテ‘地獄ノアラシ限リ出ヅル期アルペカラズ﹂と激烈た大喝を浴びせられたととを 想起する c それほど聖人の強折は舌端火を吐き、痛烈什を刺すもの、野鞍の鋭鋒‘縦横の機絡、直ちに敵の本陣を衛

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くものがある。さり乍らも聖人の只今の岡諌は正にすべての宗敬︵王公持相の蹄命崇敬措かざる信仰﹀を根底的に爆 陣せやにはをかぬ永恒の挑戦献たのである。 但し聖人とても人間である。肉体的に心理的に並々ならぬ豊かな人間的存在者である。因ってより探くより寅く遠 ︿‘縦横に深謀知慮せられ、煩悶もされたのであるoされば宗祖も、かくすればかく友るものと知りながら.やむに やまざる行動に出られたのである。そは遺体的血の勢でも骨髄の動きでもない。宗敬的熱情の殻作でも、愛国右傾の 暴患でもたい。即ち聖人の絶釣に確信せられた概威的批植の自然の行動なのであった c 性格といへば性格だが、そは 所謂自然偶然的た性格ではなくして、自費的主義的性格ともいふべきであらう。さればとそ此性格は、自主人一代の運 命生涯を血と涙で貫き、さては宗閣の歴史枇舎的展開をも運命づけてゐるでは友いか。僅 K 五千字に充たぬ小論稿、 忽ち月余にして民衆に焼き打ちされ、官人に流罪、棲むに荏なく、食ふに糧危く、小松原に斬られ、龍口に例ねられ 北海の氷雪に老いの身をさらさねばならたかった等々の二十年ょ。たどとの小結の論集とさう働かねばなら・なかった 一貫の主義的性格のもたらした賜に外ならぬのでるる。 是れ後年この聞の決意態度について、その消息をものがたられてゐるが、我 K は之をたど法門義撃の概念的説明で なく‘主体的に拍車人の内面生活をもっと検討すべきである。私は今その詳論を他日に譲って、こ h A には︵問題率的究 明として︶その問題を字んだ資料の検出 km 同めてゐるが、要するに聖人の立敬開宗以来の態度信仰行動救皐なるもの が、車に個人的観念的友ものでは断じてたいとといふまでもないが、との論篇の民の意味はかう考へ・なくてはなるま い と 思 ふ 。 即ち、聖人の懐抱された信念︵教事信仰﹀||それは即身成俳問題に外たらねが

i

ーとして、聖人の全身全謹を盤 純 蛇 伴 凸 布 製 本 質 論 の 食 料 と 附 越 一 六 九

(26)

純粋宗準本質論の受科と問題 七 0 げて、大自然と人間生活との、その中植休︵閥次能力﹀へはたらきかけたといふ事でるる。との事態とそが‘理の即 成でなく‘事の即成であるといふ事凶質的た大問題である。 聖人はと a A を充分と自覚され、全く背水の陣をしき、自己の皮肉を斬らせ骨をも碍かせて、精髄を琵揮せんとする の積極的危態度を、我 K は慎重に見つめ仰ぎ度い ο と O 製肉砕品口の剥那よりひらめき出づる光輝とそ.園土の謹性を 開穎し‘末法高年の閣を限破するものではあるまいか。日疋とそ即成の理論でたく、即成の賓現への必然営然の道たの で は る る ま い か 。 げに、元品の無明を切る大利剣は‘との時の聖人の施設の上に管々 ξ 鍛 へ ら れ 、 臨 明 か れ 始 め た ξ 思 ふ 。 さらに之は聖人一生一の闘節として、佐渡・身延の時代的諸闘節にいかに運闘伸長してゐるかを見たくてはたらぬ問 題もあるのである。

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