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アメリカにおける"就学義務規定"をめぐる教育判例の動向

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め ぐる教育判例 の動 向

清 水 一 彦 ほ じ 担) に 近年 の学習権 ・教育権 に関す る国際的合意 の中には,教育におけ る人権 お よび基本的 自由 ・l・ の尊重 の強化 が誼われてい る。そ こでは,学習者 お よび父母 の学習権 あ るいは教育権 とその 他 の一般的人権 との統一的実現がめざされている。 こ うした学習権 ・教育権 床障 の国際的発展動 向の中で,今 日のわが国において も,敏 育内 容や学校 に関す る学習者 お よび親 の教育選択権 をは じめ,人権 や基本的 自由を尊重 し強化す る教育活動 の実現, と りわけ法制上 の整備が,学 習権 ・教育権理論 のい っそ うの深化 を図 る 上 で重要 な課題 の一 つ とな ってい る。 本稿 は, こ うした今 日的課題 の解 明の知見を得 るために,多 くの判例が蓄積 されてい るア メ リカの教育判 例の分析 を通 して,学習者 お よび親 の学校 教育 に関 して もつ権利 の性格 ・内 容 を明 らかにす る とともに,教育関係諸主体 の権利 (権限) ・義務 関係 の構造, お よびそ こ にみ られ る法理 を明 らかに しよ うとす る大 きな研究 の一環 をなす。 これ までわが国において, アメ リカの教育判例 を扱 った先行研究 は数多 くあるが, と りわ け子 どもの学習権保障 とい う観点か ら,その論理 と方 向性 を具体的 に分析 ・追究 した論 文 は (2) 意外 と少 ない。本稿 では,当面 の課題 として,子 どもの学 習権保障 の制度形態 の 一 つ で あ り,具体的には学校制度に近 づ く行為 と位置づ くもの と考 え られ る義務教育制度 を 取 り上 げ, と くに 「就学 義務」に関連 した教育判例 を対象に選 び,次 の3点を明 らかに してい きた い。 (1)就学義務規定 に関す る教育判例 の歴史的動 向 とその特色 を明 らかにす る。 (2) そ こにみ られ る教育関係諸主体の権利 (権限) ・義務関係 お よびその法理 を明 らか に す る。 (3) 子 どもの権 利が どの よ うな形で 自覚 され,確認 され よ うとしてい るのかを明 らかにす る。 考察 を進 め るに あた って,本稿 では, アメ リカの就学 義務規定 をめ ぐる教育判 例の歴 史的 流 れを,大 き く州権 の確立期,州権 の制限 と親 の教育権 の確立期,子 どもの権利諭 の萌芽期 とい う過程で とらえ ることにす る。そ して,それぞれ の時期 の代表的 な教育判例 として,主 に連 邦最高裁に係属 した事件 を取 り上げ,分析 ・考察す ることに よって主題 に迫 ることに し たい。

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14 研究紀要 (第3号) Ⅰ. 州権 の確 立 アメ リカでは,1852年のマサチ ューセ ッツ州にお い て義 教 就 学 法 (CompulsoryAtten・ danceLaw)が始 めて制定 されて以来,1918年 までに全州が これを制定 し,近 代的 な義務教 育制度が確立 され ることにな った。 こ うした義務就学法の制定 を促進 させ る背景 には,当時 の過酷 な児童労働か ら子 どもを保 護す るとともに,増加 の一途 をた どっていた海外か らの多 くの移民に英語 お よびアメ リカの習慣 を教 え る とい う社会的要請 もあ った。そ して, この義 務教育の制度化 は,当初か らとくに就学義務に関す る規定 を定 め る州の権限 を認 め る判例に よって も,強 く支え られていたのである。 就学 義務に関 して,教育判例上 その州権が最 も明確 な形 で確立 された最初 の も の と し て ほ,1901年 のイ ンデ ィアナ州最高裁 の判決 (Statev.Bailey,157Ind.324)が挙げ られ る。 この判決の中では,次 の よ うに論 じられた。 「子 どもを監護す る親 の 自然的権利は,州権 に属 し,それは内国法に よって制限 され規定 され る。親 の最 も重要 な 自然的義務は,子 どもを教育す る義務であ り, この義務は,子 ど もだけでな く, 国家 (common wealth)のために もある。 この義務の遂行を怠 った りあ るいは意図的に拒否 した場 合,親 は法律に よって係 る市民の義務遂行 を強 い られ る.子 ど もの幸福 と社会 の最 も大 きな利益は,州がその主権 を行使 し,子 どもに教育 を受 け る機会 (3) を保障す ることを要求す る。」 こ うして,いか なる親 も,州憲法に定 め られた総合的 な教育制度か ら享受す る子 どもの利 益 を奪 う権利 を有 しない として,義務教育制度 に関わ る州の権限 の正当性 とともに,親 の権 利 に対 す る州健の優越性が明示 されたのである。 州裁判所 に よって言明 された州権の確立 は,連邦憲法に関す る争 いの中で,連 邦最高裁に よって も支持 され ることにな った0 1944年の Prince事件 (Princev.Massachusetts,321 U.S.158)は,その代表的 な一例である。 マサチ ューセ ッツ州の 「児童労働法」第

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項 では,次 の よ うな規定 が定 め られていた。 「12歳未満 の少年 もし くは18歳未満の少女の未成年者は,街頭 お よびその他の公共の場で 新 聞,雑誌,定期刊行物 その他 の品物 を販売 した り手伝 った りしてはな らない。 また, い か なる者 も彼 らにそ うした物 品を供給 した り,親 ・後見人が彼 らを働かせた りしてほな ら (4) ない。」 この事件は,上記 の州法 の規定 に反 して,後見人である一市民が,宗教上 の理 由か ら9歳 の少女に係 る不法行為 を させた ことに始 まる。そ して,連邦最高裁 では,同州法が連邦憲法 (5) (6) 修正第1条 お よび第14条の信教 の自由,平等保護条項 を侵害 しないか ど うか,その合憲性が 争われた。 その結果,判決では,次 の よ うに述べ られた。 「家族それ 自身 は,信教 の 自由の要求に相反 す るもの としての公益 (publicinterest)の 規定 を超越す るものではない。-・--・・宗教の権利 も親 の権利 も限界がある。若者 の幸福に 関わ る一般的利益を堅持 しなが ら, parenspatriae(祖 国の親) としての州は,就学 を制

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限 し,児童労働を制限 ・禁止 し,あるいは他の多 くの方法に よって親の コン トロールを制 (7) 限す ることができる。」 そ してそ こでは

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「州の子 どもの活動に対 す る権限は, 親 の類似 した行為に対す るもの よ り ち, もっと広範囲なものである。 これは, とくに公的活動や雇用 の事項について 真 実 で あ (8) る」 として,か くして同州法の合憲性を認める判断を下 したのである。 この事件は,直接に就学義務規定をめ ぐる問題 ではなか ったが,判決の中ではその ことに も触れ る形 を と り,州が parenspatriae としてその権限を行使す るとい う理論 の下, 就学 義務に関 しても州は絶対的 な権限をもつ ことが示 され ることにな った0 Ⅰ. 州権 の制 限 と親 の教 育 権 の確 立 "義務就学"の概念についての司法上 の強い支持に よって,就学義務規定を制定す る州の 権限に関 しては,その後何 ら問題 とされ ることはなか った。 しか し,就学義務規定の実行や 適用については,い くつかの制限が判例の上で課せ られ ることにな ったOそ して,その中で 州の権限 と子 どもの教育に対す る親の教育権 との関係が,憲法上の問題 として取 り上げ られ たのである。その最初 の代表的 な判例が, 1925年 のPierce事件における連邦最高裁 の判決 (Piercev.SocietyofSisters,268U.S.510)である。

本件は,私立学校-の就学を認めず,すべての児童に公立学校の義務教育を施す ことを規 定 した1922年のオ レゴン州教育法改正についての合憲性が,連邦憲法修正第14条の適正手続 条項 との関係で争われた事件である。 (9) 判決では,すでに2年前の1923年のMeyer事件における連邦最高 裁 の 判 漢 (Meyerv. Nebraska,262U.S.390)- 州は連邦憲法修正第14条に よ り保障 されてい る市民の 自由を 不合理 に侵害 してはな らない として,親 の教育権が連邦憲法上保障 され るとい う判決- を 踏襲 しなが ら, 1922年 のオ レゴン州義務教育法は

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「自らの子 どもの監護 と教育を行 う親権 (10) 者 の 自由を不当に侵害す るものである」 とい う違憲判決が下 された。連邦最高裁は,その判 決理 由について次の ように述べ ている。 「これ まで しば しば指摘 された ように,憲法に よって保障 された権利は,州の権能 内の 目 的 とは合理的な関係をもたない法規走に よって, これを奪 ってほな らない。 この国のすべ ての政府が基礎 とす る自由権 の基本理論 の下では,子 どもに公立学校の教師の授業 だけを 受け させることに よって,子 どもを標準化 しよ うとす る州のいか なる一般的権限 もすべて 排除 され る。子 どもは決 して州の被遺物ではない。子 どもを養育 し子 どもの運命 を決定す る者が,高度 な義務 と結合 した形で,そのほかの責務 を子 どもに認識 させ,その準備 をさ くHilE せ る権利を有す る。」 こ うして,本判決では,親の教育権 の一つ として,親 の学校選択権は連邦憲法修正第14条 の 「自由」に含 まれ,憲法上保障 されるものであることが明示 された。 ここで親 の教育の自 由 (教育権)を連邦憲法修正第14条の適正手続条項に基づいて構成 し,今 日の ように修正第

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16 研究紀要 (第3号) 1条 に拠 って構成 しなか ったのは,本件 お よび先 の Meyer事件 の時代 には,修正第1条が 修正第14条 を媒 介 として州に も適用 され る とい う法理 が未発達 であ ったためである。 ともあれ,本判決に よって,義務教育は公立学校 あるいは私立学校 のいずれの教育を通 し て も行われ る とい う原則が判例上確立 された ことにな る。 これは また, のちに州法 の中で家 庭 におけ る義務教育 (HomeSchool)を認 める, とい う法制上 の整備 へ と発展 してい くこと に な った。 なお,本判決では,公立 ・私立 を問わずすべての学校 を対象 として教育上 の諸要件 を規定 で きる州の権限 については何 ら否定 は しなか った。そのため,私立学校に対す る州 の視察や 監督指導 あるいは教員 の資格付与,教授科 目等 についての州規定 は,その正 当性が認め られ た形 とな り,実際, ほ とん どの州 においてそれが実践 されたのである。 Ⅱ. 子 ど もの 権 利 と親 ところで,直接 に就学 義務規定 の運用 に関 してその合憲性が問われた連邦最高裁の判例 は, (12) 1925年 のPierce事件以後 お よそ半世紀 の問は全 くなか った0 しか し,1972年5月15日の Yoder事件 におけ る連邦最高裁の判決(Wisconsinv.Yode一 etal,406U.S.205)において,長 い歴 史を もつ州の義務就学法 の効用 についての一定 の 歯止 めが今 まで以上 に厳格 に課せ られ る ことにな った。そ こでは,州 の定 め る就学義務規定 は,他 のすべての利益 を従属 させた り, あるいは排除す る よ うな絶対的 な ものではない とい う判断 が明示 されたのである。そ して, この判決は,結果的 にアメ リカの義務教育制度 それ 自体 を蚕食す るほ どの大 きな影響 力を もつ判決 ともな った。 この Yoder事件は, ウ ィス コンシ ン州 において,近代文明お よびその影響 を否定 し拒絶 (13) す るキ リス ト教一派 であるAmish 派 の親 が,州法 の就学 義務規定 "保護者 は7歳か ら16歳 までのすべての子 どもを就学 させ る義務 を負 う"に反 して,宗教上 の理 由に よ り,第8学年 を超 えた正規 の-イス クールへ子 どもを就学 させ るこ とを拒否 した こ とに始 まる。そ して, 本件 では, ウ ィス コンシ ン州法 の就学 義務規定 が連 邦憲法修正第1条 の規定す る 「信教 の自 由」 を侵害す るものであ るか否かが,連邦最高裁 に まで持 ち込 まれて争われ るこ と に な っ (14) た。 連 邦最高裁は, まず基礎教育 に関す る州 の権能 は最高度 のものであ る と確認 しなが らち, 子 どもの早期 の人格形成期 において親 が宗教心 の滴蓑や教育 を指導す る価値 もまた,社会 の 高 い地位 を占めるものである と判断 した。そ して,本件 の場合,普遍的教育 におけ る州 の利 益 をいか に高 く位置づけ よ うとも,それ が基本的権利や他 の利益,例 えば修正第1条 の自由 活動条項 に よって特別 に保障 され る権利 とか子 どもの宗教教育 に関す る親 の伝統的 な利益 に 抵触す る場合,何 らか の 「比較考量手続」(balancingprocess)を とる必要 がある と考 えた。 こ うして,連邦最高裁 は,州 の就学 義務規定 が合法的 な宗教上 の信念を実践す る妨げ とな る主張 に対 して,ウ ィス コンシ ン州が第8学年を超 えた就学 を強制で きる条件 として

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「州が

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その要件に よって信教 の自由を否定 しないか ど うか, もしくは自由活動条項 の下でその保護 (15) を求める利益を凌駕す るだけの州 の強力な利益が存在す るか どうか」 の どち らか一方を明 ら かにす る必要がある とした。 判決では,以上 の審査基準 に基づいて論理を展開 している。 これに沿 って,以下やや詳 し くみ ることにす る。 (1) 判 旨とその意義 連 邦最高裁は,第一 の審査基準である 「信教の自由の否定」を検討す る前に,憲法上 の宗 教条項 の保護を得 るためには,その要求が宗教上 の信念に根 ざした ものでなければな らない として,被告 (-Amish派 の親)の 「合法的な宗教上 の信念」についての判断を示 し た。 そ こでは,憲法上保護を受ける権利 としての宗教上 の信念 もし くは実践 とは何かを決定す る ことはかな り微妙な問題 であるとしなが らも,憲法で保障 され る自由の概念それ 自体 は,個 々人 が自分 自身 の行動 の基準を立てることを許す ものではない とした0 この前提 に立 って,本件の場合, Amish派 の伝統的な生活様式は, これ までの多 くの記 録に よれば,単 なる個人優先の ものではな く,組織集団に よって共有 され しか も日々の生活 に密接 に関連 した深い宗教的信念に基づ くものである。 さらに,生活や共同体,家庭 に対す る被告の宗教上の信念や態度は,一般社会の驚 くべ き知識の進歩や教育の変化す る時代にあ って不変のままであるとい う十分 な証拠 もあ る と し た。連邦最高裁は, こ う し て ま ず, Amish派のほぼ300年にわたる首尾一貫 した実践や基本的生活様式お よび信条の堅持 に基づ いて,被告の 「合法的な宗教上の信念」を確認 したのである。 そ して

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「信教の自由の否定」の審査基準に関 しては, とくに現代の教育状況の変化 と の 関連においてその判断を示 している。す なわち,現代は,従前の よ うな Amish信仰の生徒 が大部分を占めていた田園地域で, しか も第8学年 までの初等普通教育が与え られていた時 代 とは違 う。中等教育が義務化 され,中等学校には遠隔地で しか も日常の家庭生活の異 なる 生徒 が多 く集 まってきている。 現代の中等学校 は, Amish派の基本的な生活様式 とかな り 矛盾す るもの となっている。 それゆえ, そ こでは,Amish派の子 どもの信念に反 して,彼 の態度や 目標,価値に関 して現世 の影響を与え られ,宗教的発達 お よび重要 な青年期の発達 段階にある子 どもの Amish派共同体 の生活様式への統合を本質的に侵す もの とな り, これ は親に対 して も子 どもに対 して も,Amish教 の基本的信条お よび実践に矛盾す るもの で あ る, と結論づけている。連邦最高裁は, さらに現行法の下では, Amish派の子 どもたちは 彼 らの信念を捨て,広 く社会に同化 ・融合 され るか, もっと寛大 な他の宗教に移 りかわ るこ とを余儀 な くされ ることを付け加 えている。 こ うして, 第一の審査基準に関 しては

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「州の第8学年を超 えた正規 の義務就学要件の強 制は,た とえ被告の宗教上の信念の自由活動を破壊す るものでな くとも,重大な危険を及ぼ (16) す ことになるであろ う」 との判断を下 したのである。 次に,第二の審査基準である憲法の自由活動条項を凌篤す るだけの 「州の強 力な利益」の

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18 研究紀要 (第3号) 存在 に関 しては,次の よ うに論理を展開 している。 まず,連邦最高裁は,社会全体に参加で きる市民の育成 と社会で独立独行で きる人間の育 成 のためにはある一定 の教育は必要である とい うトーマス ・ジェファー ソンの民主的教育論 を援用 した州の主張を容認 しなが らも, 実際問題, Amish沢の子 どもは第8学年を超 えた 1- 2年の正規 の-イス クール教育か ら,そ うした利益をほ とん ど享受 していない とい う十 分 な証拠 もあるとした。そ して,州の主張す るような第8学年を超えた1- 2年 の義務教育 について,大多数の人 々が生活す る現代社会-の生活準備を子 どもに施すために必要 である ことと,Amish派の主眼である現世か ら分離 した農業共同体-の 生活準備を 子 どもに施す こととは別個の問題 であるととらえた。 また,連邦最高裁は,Amish沢の子 どもの中にはAmish派社会か ら離れ る可能性 もあ り, 1- 2年の義務中等教育はそ うした場合の生活準備のために利益があるとす る州の主張に対 してほ,Amish派が青年期の子 どもに とって理想 ともいえる職業教育を継続 して施 し て い る現実を強調 しなが ら,次 の ように判断 した。 すなわち, Amish派の子 どもは,実際的な 農業訓練や勤勉,独立独行の習慣を身につけてお り,教育欠如に よる社会の重荷になるとい う証拠は何 ら兄い出せない。 連邦最高裁は,州の主張が Amish派に とって も義務中等教育はわれわれの民主的社会に 効果的かつ知的に参加できるために必要不可欠であるとい う立場に立 っている限 り,そ うし た主張は上記の理 由に よって排除 されなければならない として, さらに次の ように述べてい る。 「正規 の中等学校教育に代わ るAmish派の教育は,彼 らに現世 との関係において自己に 課 した制限の中で, 日々の生活を効果的に機能 させ, また この国において

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年以上 もの 間,かな り同一視できる高度 な独立独行の分離社会 として,現代社会において存続 し繁栄 す ることを可能 に してきた。その こと自体,宗教上の信念 の自由活動を危険にお とし入れ る犠牲を払わせて第8学年を超えた就学を強制 しな くとも,彼 らが社会的,政 治的市民 と しての責務を果たす ことができる確固た る証拠である。 トーマス ・ジェフ ァー ソンが専制 政 治に対す る自由な国民の砦 として教育の必要性を強調 した時,彼 の心 の中には基礎教育 を超 えた一定 の年齢を通 じた義務教育は含 まれていなか った。また,実際 Amish社会そ の ものは,彼が理想 と考 えていた民主的社会の基礎 を形成すべ く『頑健 な自由民』(sturdy (17) yeoman)の考え方に含 まれ る多 くの諸価値に匹敵 し,それを反映す るものである。」 こ うして,第二の審査基準に関 しては, Amish派に16歳 までの子 どもを就学 させ る州の 利益は,一般に他の子 どもにそ うした就学 を要求す るのに比べ てそれほ ど価値があるとはい えない として, 自由活動条項 の下でその保護を求める利益を凌駕するだけの十分 な 「州の強 力な利益」の存在 を否定す る判断 を下 した。 連邦最高裁は,本件で設定 した二つの審査基準について以上の よ うな判断 を示 した後, さ らに先の Prince事件において判決の論拠 ともなった parenspatriaeについて触れている。

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導す る親 の基本的権利が州のそれ との対比において問題にな っている ととらえなが ら, もし 親 の決定に よって子 どもの健康や安全が損 なわれ社会的重荷になる可能性がある時には,演 の権限はparenspatriaeの原理 の下で制限 され るであろ うとしている。 しか し,本件では, Amish派 の宗教上の 目的に適合す るために,第 8学年を超 える義務教育を受 け させな く と ち,子 どもの身体上,精神上 の健全性は損 なわれ ることもない し, また 自活能 力や市民 とし ての責務能力に欠けることに もな らない ことは明 らかであるとした。 この上に立 って,連邦 最高裁は,「われわれは, 立憲政治の下で宗教条項 に含 まれ る重要 な諸価値を一貫 して強調 す る時,すべての範囲を取 り巻 くような, しか も州が論 じる広 くて予知で きない適用 の可能 (1R)

性 を もつ ようなparenspatriaeの主張を受け容れ ることはできない」 として,Prince判決 でみ られた parenspatriaeの広い解釈を宗教条項 に関わ るもの として適用 しなか った の で ある。 か くして,連邦最高裁は,州の主張を斥け,Amish 沢 の親 の主張 を全面的に認める形 で, 6対 1 (2名 の判事 は判決に加わ らず) とい う圧倒的多数 を もって,州最高裁の判断 を支持 す る判決を下 した。 この判決の重要 な点は,最初に述べた ように,普遍的義務 教育におけ る 州の利益がいかに強 くとも,それは決 して他のすべ ての利益を排斥 した り従属 させ るもので あってはな らない ことが明示 された点である。 これに よって,子 どもの教育に対す る親 の権 利が憲法上優越的 な保障 (信教の自由)を与 え られ るとともに,読 み ・書 き ・算の基礎教育 は州の強力な利益 であるが-イス クール教育 は必ず しもそ うでない こと, また強 い宗教上の 信念をもつ生徒に限 って第8学年を超えた義務就学 は免除 され るとい う原則が,判例上確立 され ることになった。 (2) 少数意見と子 どもの権利論 ところで,本判決では Douglas判事一人だけが反対意見を述べ ているが, 彼 は州の主張 を全面的に擁護 しているわけで もな く, また多数意見を全 く否定 しているわけでもない。彼 は,あ くまで もこの問題 を子 どもの権利に主眼をおいて とらえ ようとしたのである。 彼に よれば,多数意見では,本件で問題 となっている利益について,一方 に Amish 派 の 親 の利益を,他方 に州の利益をおいて考 えている。そ して,法廷では もっぱ らAmish派 の 親 の信教 の自由のみが問題 とされ,子 どもの信教 の自由 (権利)は実証 され なか った と批判 す る。彼は,法廷意見批判の根拠 として,次の二点を指摘 している。 第一に,訴訟当初,被告は親 の信教の自由だけでな く子 どものそれ をも主張 し,法廷 で も 親 と子の間の利益を同一視 していたにもかかわ らず,結果的に子 どもの宗教上の利益は単に (19) 分析の一要因 として取 り扱われたにす ぎなか ったO第二に, 自らの要求を表明できるほ どに 成熟 した子 どもの見解 を論究 しないで,親 が子 どもに宗教上の考 え方 を課す ことは,子 ども の権利を侵害す るものである。 こ うして彼 は,子 どもの権利に主眼をおき,子 ども自身 の見解 ・判断を最優先かつ最高度 (20) のもの と位置づけるのである。彼の こうした主張 は,子 どもも「権利 の章典」(BillofRights)

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20 研究紀要 (第3号) に含 まれ る 「人」(persons)であ り,憲法上保 護 され得 る利益 を もつ とい う最近 の判例動 向 を強 く支持す るものであ った。 本件 において子 どもの見解 が決定的 である と強調す る彼 は,本判決の影響 を次 の よ うに と らえている。す なわち,本判決に よって危険 に さらされ るのは, まさしく子 どもの将来であ る。子 どもは,今 日の新 しい驚 くほ どの多様 な世界-巣立 つ ことか ら永久に閉め出 され るで あろ う。親 の判断 に従わ ない子 どももい るか も知れない。 もし,親 の権限に よって子 どもが Amish派 の生活様式 の馬装 を した り, その教育が不十分 なものであ った な ら, 子 どものす べ ての人生 は荘然 自失 し崩れ る恐れ もある。 いずれにせ よ,就学義務 に関す る問題 を子 どもの権利,子 どもの信教 の 自由を中核に据え て考 え よ うとしてい る点 は, これ まで この問題 が もっぱ ら州 と親 との関係で とらえ られてい たのに対 して,判 例史上 きわ めて画期的 な視点 を与 えるものであ った とい うことができる。 お わ り に 以上,Yoder事件 を中心 としたアメ リカの就学義務規定 をめ くやる教育判例の分 析 か ら, まず その動 向についてま とめ る と次の よ うにな る。 (1) 就学義務規定 の制定 それ 自体 については,当初 か ら州 の権 限 が 認 め ら れ,そ れ は Prince判決 で展開 された "parenspatriae"(祖国の親 )理論 に も支 え られ なが ら, 千

どもに対す る親 の 自然的権利 を超越す る絶対的権限 とされた。 (2) しか し同時 に,就学 義務規定 の運用に関 しては,州の権限 に一定 の制約 が課 せ られ る ことにな った。す なわち,公権力に よる就学強制は,憲法上優越的 な保障 を享受 し うる 権 利 として確認 された親 の教育の 自由 ・権利 (学校選択権- Pierce判決,宗教的信念 に基づ き中等教育を受 け させ ない 自由- Yoder判 決) を不 当に侵 してほな らない こと が判示 された。 と くに Yoder判決では,州の就学義務規定 は他 のすべ ての利益を従属 させた り, あるいは排除す る よ うな絶対的 なものではない と 明 示 さ れ, 先 の parens patriaeの考 え方 が否定 された。 次 に,就学義務 をめ く、、る判例 におけ る教育関係諸主体 の権 利 (権限) ・義務関係 について は,常 に州 と親 を両極 におき,両者 の権限 ・権利関係が もっぱ ら問題 とされてきた。そ こに は,子 ど もの権利や利益 の観点 は兄い出 され なか った。 この ことは, ある意味 では子 どもに 対 す るアメ リカの伝統的 な考 え方 に よるもので もある。 一般 にアメ リカでは,長 い間,子 ど もは保護 され る存在 であ り,権利 を主張 できる存在 で はない とい う考 え方 が支配的 であ った。それゆえ,他 の判例 において,早 くか ら 「子 どもの (21) 利益」(child benefit) とい う観点が と り入れ られた こともあるが, そ うした認識 は, 一般 に州や学校 当局 あるいは親 の利益に還元 され るもの として論 じられていたのである。 この意味では,Yoder判決において, 傍論 ではあるが, 就学 義務 をめ く中る問題 の中で子 どもの権利 との関係 を考慮す る ことが必要不可欠 とされた点は,子 どもの権利の原則的確立

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- の- ステ ップ として重要 な意 義 を もつ もの とな ろ う。換 言 す れ ば ,就学 義務 を め ぐる教 育 判 例 に おいて も,教 育上 の子 どもの権 利 の確 認 が無 視 で きない課 題 とされ つ つ あ る とい え よ う。 (22) しか し,少 な くとも現 時点 では, 1969年 のTinker判 決 以降 ,子 どもの権 利 が一 般 人 権 の 中 で理 論 的 に確 立 され る状況 の中に あ って,就 学 義務 の問題 領域 に おいて ほ,子 どもの権 利 は学 校 制度 に お け る他 の諸主体 の関係 の 中 では一 定 の制約 を受 けて い る とい え るの であ る。 なお,就学 義務 の問題 とも密接 な関連 を もつ, 子 どもの学 習権 床陣 の制 度原理 の一 つ で あ る "無 償性 " に関 す る判 例 の検 討 について は,稿 を改 めて論 及 す る こ とに した い。 註 (1)例えば,1956年のILO・ユネスコ共同勧告 「教員の地位に関す る勧告」第3項。 (2) これに関す る代表的な先行研究には,教育課程に関わる判例を撤密に分析 した佐藤全 「米国教育課 程関係判決例の研究- 日米比較教育法研究序説

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」(風間書房,1984年),教育を受ける権利の問題を 歴史的に検討 した千葉卓 「教育を受ける権利-アメ リカ ・西 ドイツに関す る法的検討」(「北海学園大 学法学研究」12号∼,1972年∼)が挙げられる。 (3) Statev.Bailey,157‥nd.324,329-30. (4) Princev.Massachusetts,321U.S.158,160.

(5) 連邦憲法修正第 1条 「連邦議会は法律により,国教の樹立を規定 し,もしくは信教上の 自由な行為 を禁止す ることはできない。--」 (6) 連邦憲法修正第14条 「--・いかなる州といえども正当な法の手続に よらないで,何人か らも生命, 自由或は財産を奪ってはならない。 -」訳文は, 富沢俊義編 「世界憲法集」岩波文庫 (1974年) に よる。 (7) 321U.S.166. (傍点は引用老) (8) Ibid.,at166. (9) 本件は,一定学年以下の子どもに外国語を教授す ることを禁止 したネブ ラスカ州法に反 して,私立 学校の教師が ドイツ語の授業をし,起訴された事件である。 (lq 268U.S.534-535. 餌 Ibid.,at535. (1分 親の教育権に関 していえば,Pierce判決における学校選択権のはかに,特定の学校行事出席拒否権 も容認された。BoardofEducationv.Barnette,319U.S.624(1943年).

(1う Amish派は,もともと16世紀のスイス再浸礼教徒 (SwissAnabaptists)に よって始 ま り,彼 らは 既存の教会を拒絶す るとともに,物質的成功,立身出世の重視をきらい競争心を否定 しなが ら,彼 ら 白身現世か らの隔離を求めるといった,初期の簡素なキ リス ト教的生活を追求 していた。 (14 州の下級裁判所における一審,二審の判決では同州法の合憲性が認め られたが,州最高裁では,一 転 してAmish派の親の主張が受け容れられ,同州法は修正第1条の信教の自由を侵す ものであると して,違憲判決が下 されていた。 (1う 406U.S.214. (傍点は引用老)

ゆ Ibid.,at219. 的 Ibid.,at225. 鯛 Ibid.,at234.

8

9 この点に関 して,多数意見では,本件の当事者は親であ り, 自由活動条項の下で親の権利 との関わ

(10)

22 研究紀要 (第3号)

りが問題であるとして,子 どもの利益については取 り上げなかった ことを言明 している。 鰯 連邦憲法修正第 1粂∼第10条の こと。

餌 宗派学校 に対す る州の間接援助を認めた1930年の連邦最高裁の判決 (Cochranv.LouisianaState BoardofEducation,281U.S,370)において,この 「子 どもの利益」論が展開 された。

鋤 Tinkerv.DesMoines∫ndependentCommunity SchoolDistrict,393 U.S.503.そ こでは, 学 校 における生徒 (子 ども)の意見表明 ・表現の自由が,連邦憲法上の権利 として確認 される画期的な 判断が下 された。

参照

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