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徳島藩の組頭庄屋 ―近世後期を対象に―

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Academic year: 2021

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徳島藩の組頭庄屋ー近世後期を対象に-教科・領域教育専攻 社会系コース 阿 佐 浩 道 はじめに 第1節において,地樹士会論・幕領惣代庄屋 制・藩領大庄屋制の先行砂

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究を整理した。全国 レベルでの議論は活発ながら,徳島藩では大庄 屋市j研究が遅れているため,本稿の目的を徳島 藩大庄屋制(京厚真庄屋制)の解明に置いた。 第2節では,研究を進めるに当たって具体的 な課題を設定した。高橋啓の先行研究を軸とし, 他A文献を参照することで現在の研究状況を托握 し,組編成・組頭庄屋の任免・庄屋の兼務とい う制度的な観点と,組頭庄屋の身居(身分)・職 掌という実態的な観点の双方で課題を設定した。 第1章近世後期における組頭庄屋制

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組の編成 第1節では,組編成について考察した。 少なくとも近世後期において,徳島藩では組 の編成に流動性が見られる。文化期以降では組 の新設・廃止が入り混じりつつ,全体としては 増加している。それに伴って組村の編成も変化 しており,阿波においては近世後期に至っても 領主支醗貯を相対イとするような地域結合関係、 が生まれなかったといえる。 つまり,幕領惣代庄屋市jを始めとして,従来 前提とされてきた地域結合関係が阿波において は前提とできない。この原因は,組の編成権が 郡代にあるためであり,阿波においては領主支 配秩序に強く規定された地域の特色を見出すこ とができるD 指導教員 町 田 哲 2.組頭庄屋の任免・相続 第2節で、尚鹿則ミ屋の任免と相続にっし、て考 察した 来虫夏庄屋の任免権は郡代にあり,数代の世襲 は確認できるものの新規参入も退役も確認で きる。つまり,世襲「制jで、はなかったとし、え る。また,系島民庄屋の任免は組の編成の変化と 直結しており,徳島藩では組頭庄屋の任命が前 提にあり,その後で組を編成するとしづ他藩の 大庄屋制とは逆のシステムが成り立っていた。 また,系

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見主屋はその補佐役の経験者が多く, 組頭庄屋の縁者が補佐役に選ばれやすいこと, 補佐役が次期組頭庄屋候補で、あったことが,世 襲の要因のひとつで、あったといえる。

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庄屋の兼帯 第3節では,組謬庄屋による庄屋の兼帯嫌 務)について考察した。 近世後期においては,庄屋を兼帯するか否か についての明確な答えはないが,庄屋から任命 された者は兼帯していることが多く,それ以外 の者や2代目以降は兼帯しないことが多いとし、 う傾向が見出せる。 県史では庄屋の内から組頭庄屋を任命すると あることから,近世中期までは系車貢庄屋の任命 対象は庄屋であり,従って庄屋を兼帯すること が普通で、あったが,任命対象の広がり付眼庄 屋の職掌の増加によって庄屋の兼帯も変化した と考えられる。

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-346-第2章 組 頭 庄 屋 の 性 格 1.後藤家について 第1節では,近出麦期組頭丘ミ屋の担い手のひ とつで、あった後藤家を具体的に考察し,担い手 の性格を考察した。 後藤家は藍商売によって近世後期に壱家に昇 格した新興富裕層であり,その財力によって藩 から取り立てられた家であるといえる。後藤家 自体も積極的に藩に取り入り,身居などの権威 を付けようとする姿勢が見られる。 また,後藤家は小家の時に組頭庄屋に任命さ れており,近世後期に至ると家格がある程度重 要甥されなくなっている傾向を見出すことがで きる。

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組頭主屋と身居 第2節では,組頭庄屋の身居に注目すること で担い手の性格を考察した。 近世後期では,組頭庄屋のほとんどが高い身 居を有しており,時代が進むにつれてその傾向 が顕著になる。身居は後付けの場合もあったが, 結果的には特権階層による地方支配の独占であ ったといえる。 また,天保期 安政期にかけて見られる組頭 庄屋の身居翠髭等・上昇の例は,新興富裕層の権 威付けの動きであると考えられ,一度軽視され た身居(家格)の揺り戻しであるといえる。 3.職掌から見る組頭庄屋 第3節では,組頭庄屋の聴障のうちのいくつ かに注目し,組頭丘ミ屋の性格とともに,組彦、庄 屋市jについても考察した。 郡中諸割賦において,組頭且三屋iま組という支 配単位にとらわれず,郡中を単位として活動し ており,郡中の行政者としての紹頭庄屋の役割 が窺える。また,比較的平等な制度である年番 制が採られた割元には,組票庄屋全てが関わっ ているわけではなく,その実態は必ずしも平等 とはいえないもので、あった。 こ州原向は訴訟処理においても見られ,組は ある程度の関わりを見せたものの,基本的には 郡中すべての訴訟を対象に取り扱っており,郡 中を単位として活動していたといえる。また, 有能な者は他の者が解決できなかった訴訟も代 わりに手がけるなど,数多くの訴訟を取り扱っ たと考えられるD また,郡中の代表を選出する際も有能な者や 権威のある者が選ばれており,ここからも組頭 庄屋間の関係は決して平等なもので、はなかった といえる。 年貢との関わりは,近出麦期の段階でも本格 的なものではなく 組頭丘強制が夫役徴発機能 を継承したものである可能性が高いといえる。 総括と課題 第1章・第 2章で明らかにした系鹿

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庄屋制を 整理した。 組頭且強制は領主側に強く規定された制度で あり,組頭庄屋の任免権・組の編成権ともに領 主にあった。また,組頭庄屋の任免によって組 の編成が変化するとし、う,他藩とは逆のシステ ムが成り立っていた。 組票庄屋は郡中を単位に活動することがあり, 受け持ちの組はあったものの それにとらわれ ずに郡代の職掌の下請けをする面があった。 また,その担い手には,近世後期において家 格はさほど重視されず経済力のある者が任命 されていた。新興富裕層は自らも積極句に藩に 取り入ることで,自らを特権化しようとする姿 勢を持っていた。 課題として,初期夫役の流れを汲む伝馬役と の関わりと,他史料との突合せの不足を挙げた。 ヴ i

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